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2019年07月28日
THE THIRD STORY純一と絵梨 <23 腑に落ちない話>
腑に落ちない話
絵梨の妊娠の喜びで家族が湧きたつ日々の中で大阪の祖母が狭心症で倒れた。叔父が電話をかけてきた。そして美奈子叔母さんに、「絵梨ちゃんと真梨さんは来たらだめよ。」ととめられた。
「自分のために絵梨ちゃんが無理するのん、おばあちゃん悲しまはるから。おばあちゃん悲しませんといて。そっちで、ひい孫の顔みれるようにって祈ってあげて。」と念を押された。父と僕が急いで駆けつけたが意識は戻らなかった。そのまま、帰らぬ人となった。
祖母は絵梨の妊娠を知った日には喜んで自分で電話をかけてきた。僕に「軽率なことせんように。パパになるんやから。」といった。ごく普通に「わかってるよ。心配性だなあ。」と言って電話を切った。
祖母の49日を済ませてお手伝いさんの宮本さんは、榊島の有料老人ホームに引っ越していった。そのホームは、東京の祖父が建設したもので、小規模だが設備が行き届いた高級施設だった。祖母はは宮本さんに割と大きな金額の預金を遺していた。
祖母が亡くなってしばらくして、父から長谷川が亡くなった話を聞いた。自死か事故かはわからないが、ひき逃げにあって犯人がまだ見つかっていない。小樽から刑事が来たということだった。もちろん絵梨には内緒の話だ。
絵梨が妊娠してから僕は命というものを大切に思うようになっていた。長谷川を恨んではいたが、以前のように殺してやるというような物騒な発想は無くなっていた。それよりは、長谷川が絵梨に危害を加えないかを心配していた。長谷川の死のニュースを聞いて僕はひそかに胸をなでおろしていた。
父は長谷川が亡くなった話をした時に少し含みのある言い方をした。「いろんな人から恨みを買っていたらしい。誰かが思い詰めたかもしれんな。」といった。そうかも知れない。と思った。
ふっと、宮本さんはこの話を知っているだろうかと思った。施設に電話してみると、宮本さんは少し老けたような気がしたが元気にしていた。長谷川のことは今初めて知ったと言った。
施設長に宮本さんの健康状態を気にかけてくれるように頼んだ。その時、施設長は「あの人は元気なもんですよ。つい1か月前にも九州旅行に行かれましたよ。」といった。九州とはまた意外な場所だと思った。なにか腑に落ちない感じがした。
続く
絵梨の妊娠の喜びで家族が湧きたつ日々の中で大阪の祖母が狭心症で倒れた。叔父が電話をかけてきた。そして美奈子叔母さんに、「絵梨ちゃんと真梨さんは来たらだめよ。」ととめられた。
「自分のために絵梨ちゃんが無理するのん、おばあちゃん悲しまはるから。おばあちゃん悲しませんといて。そっちで、ひい孫の顔みれるようにって祈ってあげて。」と念を押された。父と僕が急いで駆けつけたが意識は戻らなかった。そのまま、帰らぬ人となった。
祖母は絵梨の妊娠を知った日には喜んで自分で電話をかけてきた。僕に「軽率なことせんように。パパになるんやから。」といった。ごく普通に「わかってるよ。心配性だなあ。」と言って電話を切った。
祖母の49日を済ませてお手伝いさんの宮本さんは、榊島の有料老人ホームに引っ越していった。そのホームは、東京の祖父が建設したもので、小規模だが設備が行き届いた高級施設だった。祖母はは宮本さんに割と大きな金額の預金を遺していた。
祖母が亡くなってしばらくして、父から長谷川が亡くなった話を聞いた。自死か事故かはわからないが、ひき逃げにあって犯人がまだ見つかっていない。小樽から刑事が来たということだった。もちろん絵梨には内緒の話だ。
絵梨が妊娠してから僕は命というものを大切に思うようになっていた。長谷川を恨んではいたが、以前のように殺してやるというような物騒な発想は無くなっていた。それよりは、長谷川が絵梨に危害を加えないかを心配していた。長谷川の死のニュースを聞いて僕はひそかに胸をなでおろしていた。
父は長谷川が亡くなった話をした時に少し含みのある言い方をした。「いろんな人から恨みを買っていたらしい。誰かが思い詰めたかもしれんな。」といった。そうかも知れない。と思った。
ふっと、宮本さんはこの話を知っているだろうかと思った。施設に電話してみると、宮本さんは少し老けたような気がしたが元気にしていた。長谷川のことは今初めて知ったと言った。
施設長に宮本さんの健康状態を気にかけてくれるように頼んだ。その時、施設長は「あの人は元気なもんですよ。つい1か月前にも九州旅行に行かれましたよ。」といった。九州とはまた意外な場所だと思った。なにか腑に落ちない感じがした。
続く
2019年07月27日
THE THIRD STORY純一と絵梨 <22 受胎告知>
受胎告知
最近、絵梨が少し痩せてきた。父に慎むように叱られた。こんな時、僕の立場はややこしい。普通、義父が婿にそんなこというか? 父親が息子の嫁が少しやせたことに気付くか? 僕の父は、母よりもおせっかいなのかもしれない。過干渉だと思った。ただ、絵梨自身は幸福そうだった。
その、幸福そうな絵梨が、その日は朝起きるのが遅くなった。ふと見ればうたた寝をしている。朝食を作るのもやっとだった。父が言うようにやりすぎてしまったのだろうか?と反省した。「疲れてる?今日はゆっくり休めばいいよ。洗濯、僕が帰ってからやるから。夕飯はなんかとろう。」と言って出勤した。
その日、会社から帰ると絵梨はソファに座ったまま「お帰りなさい。」といった。本当に体調が悪いのだと思って心配になった。が絵梨はにこにこしていた。ソファからおいでおいでをする。僕は腹が減っていた。ちょっとイライラした声で「なんだよ。」と絵梨に近づいた。
絵梨が立ち上がらないので、絵梨の隣にどさっと座った。その時、絵梨がしなだれかかってきて僕の手を自分の胸に抱いた。疲れて帰ってきていきなりは無理だと焦った。絵梨が小さな声で、「受胎告知です。私たち夫婦は天から授かりものをしました。」といった。
ジュタイコクチ?なんだそれ?脳内変換に時間がかかった。やっと漢字変換ができたが、あまり実感がなかった。絵梨が「おめでとう。あなたはパパになりました。」といった。「ほんと?」というと「今日病院に行ったの、3カ月だって。」といった。
よくテレビドラマでやっている感動的な場面が現実に僕に起こった。こんな時、ドラマのように喜んで飛び上がるのかと思ったが、そんな風にはならなかった。絵梨の前では喜んでみたものの、それほどの感慨は湧かなかった。その日は、近所の蕎麦屋から出前してもらった。僕の子供の門出は地味な食事から始まった。
本当に感動が押し寄せてきたのは絵梨が風呂から出てきた時だった。絵梨の体をバスタオルで拭いてバスローブを着せて髪を乾かした。その間、僕は聖人君子のようにふるまった。しばらくは、きつく抱きしめてはいけない。無茶なことをさせてはいけないと思った。
喜びが込み上げてきた。このお腹の中に子供がいるんだ。子供ができたんだ。子供が生まれるんだよ。と何度も心の中でつぶやいた。いや、声に出していたかもしれない。絵梨が、クスクス笑った。僕は、実家に電話しようとしたが絵梨はしばらく二人だけの秘密にしようといった。僕は、だらしなくにやにやした。
その週の週末には両親を夕飯に招待した。絵梨は食事の支度をしかけたが、僕はイタリア料理屋のテイクアウトを提案した。最近評判になっている店だった。その料理を見て、父は一瞬つまらなそうな顔をした。僕は「絵梨は料理するっていったんだけど、僕が止めたんだ。」と絵梨の代わりに言い訳をした。
父は心配顔になり、母はすぐ具合はどうかと尋ねた。絵梨が、ちょっとむかつく程度だと答えると「いつ分かったの?」と聞いた。母はいかにも物知り顔でわざと父にわかりづらく話した。父もやっと事態を察したようだった。途端に笑顔がこぼれて、「おめでとう。大事にしないとな。」といった。
その日から、僕たちは絵梨のお腹の子供を守るためだけに動いた。母は毎日僕達の家に来て家事一切を引き受けた。絵梨も慎重に生活した。一日に何度か庭周りを散歩したが外出は控えた。少し、神経質かとも思ったが、何としても無事に出産したいという強い決心だった。
僕は相変わらず聖人君子だった。絵梨の検診に付き添って心音を聞かせてもらった。小さな小さな米粒のような影が映っているだけなのに、ドクドクドクっと心音が聞こえた。生きているんだと実感した。
こんなに短期間で人生が一変することがあるのだと思うと感慨深かった。あの時、叔父夫婦がうちへ縁談を持ってこなかったら、僕らは、この幸福をつかむことがなかったのかもしれない。
あんなに悩んだ恋愛も結婚してみれば、ごく平凡な夫婦だ。あの長い10年間は何だったのだろうと不思議になった。
続く
最近、絵梨が少し痩せてきた。父に慎むように叱られた。こんな時、僕の立場はややこしい。普通、義父が婿にそんなこというか? 父親が息子の嫁が少しやせたことに気付くか? 僕の父は、母よりもおせっかいなのかもしれない。過干渉だと思った。ただ、絵梨自身は幸福そうだった。
その、幸福そうな絵梨が、その日は朝起きるのが遅くなった。ふと見ればうたた寝をしている。朝食を作るのもやっとだった。父が言うようにやりすぎてしまったのだろうか?と反省した。「疲れてる?今日はゆっくり休めばいいよ。洗濯、僕が帰ってからやるから。夕飯はなんかとろう。」と言って出勤した。
その日、会社から帰ると絵梨はソファに座ったまま「お帰りなさい。」といった。本当に体調が悪いのだと思って心配になった。が絵梨はにこにこしていた。ソファからおいでおいでをする。僕は腹が減っていた。ちょっとイライラした声で「なんだよ。」と絵梨に近づいた。
絵梨が立ち上がらないので、絵梨の隣にどさっと座った。その時、絵梨がしなだれかかってきて僕の手を自分の胸に抱いた。疲れて帰ってきていきなりは無理だと焦った。絵梨が小さな声で、「受胎告知です。私たち夫婦は天から授かりものをしました。」といった。
ジュタイコクチ?なんだそれ?脳内変換に時間がかかった。やっと漢字変換ができたが、あまり実感がなかった。絵梨が「おめでとう。あなたはパパになりました。」といった。「ほんと?」というと「今日病院に行ったの、3カ月だって。」といった。
よくテレビドラマでやっている感動的な場面が現実に僕に起こった。こんな時、ドラマのように喜んで飛び上がるのかと思ったが、そんな風にはならなかった。絵梨の前では喜んでみたものの、それほどの感慨は湧かなかった。その日は、近所の蕎麦屋から出前してもらった。僕の子供の門出は地味な食事から始まった。
本当に感動が押し寄せてきたのは絵梨が風呂から出てきた時だった。絵梨の体をバスタオルで拭いてバスローブを着せて髪を乾かした。その間、僕は聖人君子のようにふるまった。しばらくは、きつく抱きしめてはいけない。無茶なことをさせてはいけないと思った。
喜びが込み上げてきた。このお腹の中に子供がいるんだ。子供ができたんだ。子供が生まれるんだよ。と何度も心の中でつぶやいた。いや、声に出していたかもしれない。絵梨が、クスクス笑った。僕は、実家に電話しようとしたが絵梨はしばらく二人だけの秘密にしようといった。僕は、だらしなくにやにやした。
その週の週末には両親を夕飯に招待した。絵梨は食事の支度をしかけたが、僕はイタリア料理屋のテイクアウトを提案した。最近評判になっている店だった。その料理を見て、父は一瞬つまらなそうな顔をした。僕は「絵梨は料理するっていったんだけど、僕が止めたんだ。」と絵梨の代わりに言い訳をした。
父は心配顔になり、母はすぐ具合はどうかと尋ねた。絵梨が、ちょっとむかつく程度だと答えると「いつ分かったの?」と聞いた。母はいかにも物知り顔でわざと父にわかりづらく話した。父もやっと事態を察したようだった。途端に笑顔がこぼれて、「おめでとう。大事にしないとな。」といった。
その日から、僕たちは絵梨のお腹の子供を守るためだけに動いた。母は毎日僕達の家に来て家事一切を引き受けた。絵梨も慎重に生活した。一日に何度か庭周りを散歩したが外出は控えた。少し、神経質かとも思ったが、何としても無事に出産したいという強い決心だった。
僕は相変わらず聖人君子だった。絵梨の検診に付き添って心音を聞かせてもらった。小さな小さな米粒のような影が映っているだけなのに、ドクドクドクっと心音が聞こえた。生きているんだと実感した。
こんなに短期間で人生が一変することがあるのだと思うと感慨深かった。あの時、叔父夫婦がうちへ縁談を持ってこなかったら、僕らは、この幸福をつかむことがなかったのかもしれない。
あんなに悩んだ恋愛も結婚してみれば、ごく平凡な夫婦だ。あの長い10年間は何だったのだろうと不思議になった。
続く
2019年07月26日
家族の木 THE THIRD STORY純一と絵梨 <21 最後の夜>
最後の夜
翌日からいろいろな観光地を回った。あの鬱陶しい気分はどこかへ飛んでしまった。両親には三日おきに電話した。僕たちは、修学旅行に来た中学生のようにはしゃいでいた。
絵梨の頬はピンク色に輝いていた。
ハネムーンの最後の夜「純、この二週間は私は本当に幸福な妻だったわ。でも、この後はあなたの好きな道に進んでほしい。私は十分に幸福だから心配いらない。誰からも祝福される恋をしてほしいの。」といった。
最初の夜のことが尾を引いていた。絵梨は嘘が下手だった。もし、今僕が離れたら絵梨は生きてはいられないはずだ。あんなに、親戚中巻き込んで結婚にこぎつけた二人がそんなに簡単に別れられるはずはなかった。少なくても僕は、つまらない友人の言葉に惑わされる絵梨に腹がったった。
「つまらないこと言うな。そりゃ、初めて外国人の女の子とあけっぴろげな恋をしたさ。その子が好きだったよ。だけど、それでも絵梨の不幸を聞いたら放っておけなかったんだ。その子を置いてさっさと日本へ帰っちゃったんだよ。だから、あんな風に嫌味をくらったんだよ。それが今の僕なんだよ。こんなこと説明しなきゃわからない?その子もあの男と幸福になるさ。それとも、青春の思い出も作っちゃいけなかった?」
「ごめん、なんかモヤモヤして笑えないの、腹が立つのよ。」
「知らないの?それをジェラシーっていううんだよ。これから、そのジェラシーを溶かしてあげるよ。」
帰国してから、実家の会社に平社員として入社した。僕がわりと一生懸命働いたので、他の社員とも仲良くなれた。穏やかな日々が続いた。
僕は会社関係や友人に絵梨のことを話すときには、「家内」とよんだ。そういう、ちょっとおじさん臭い言い方が気に入っていた。その言葉を言うときに、自分の口元がちょっとニヤけるのがわかった。
親しい友人は絵梨が姉だということを知っていて一瞬ぎょっとした。僕は、実父が誰だとは言わなかったが、自分が養子だったこと、養子と実子の結婚は法的に問題がないことを丁寧に説明した。友人たちは僕の説明を聞いてほっとした顔をする。めんどうだったが理解して欲しかった。
続く
翌日からいろいろな観光地を回った。あの鬱陶しい気分はどこかへ飛んでしまった。両親には三日おきに電話した。僕たちは、修学旅行に来た中学生のようにはしゃいでいた。
絵梨の頬はピンク色に輝いていた。
ハネムーンの最後の夜「純、この二週間は私は本当に幸福な妻だったわ。でも、この後はあなたの好きな道に進んでほしい。私は十分に幸福だから心配いらない。誰からも祝福される恋をしてほしいの。」といった。
最初の夜のことが尾を引いていた。絵梨は嘘が下手だった。もし、今僕が離れたら絵梨は生きてはいられないはずだ。あんなに、親戚中巻き込んで結婚にこぎつけた二人がそんなに簡単に別れられるはずはなかった。少なくても僕は、つまらない友人の言葉に惑わされる絵梨に腹がったった。
「つまらないこと言うな。そりゃ、初めて外国人の女の子とあけっぴろげな恋をしたさ。その子が好きだったよ。だけど、それでも絵梨の不幸を聞いたら放っておけなかったんだ。その子を置いてさっさと日本へ帰っちゃったんだよ。だから、あんな風に嫌味をくらったんだよ。それが今の僕なんだよ。こんなこと説明しなきゃわからない?その子もあの男と幸福になるさ。それとも、青春の思い出も作っちゃいけなかった?」
「ごめん、なんかモヤモヤして笑えないの、腹が立つのよ。」
「知らないの?それをジェラシーっていううんだよ。これから、そのジェラシーを溶かしてあげるよ。」
帰国してから、実家の会社に平社員として入社した。僕がわりと一生懸命働いたので、他の社員とも仲良くなれた。穏やかな日々が続いた。
僕は会社関係や友人に絵梨のことを話すときには、「家内」とよんだ。そういう、ちょっとおじさん臭い言い方が気に入っていた。その言葉を言うときに、自分の口元がちょっとニヤけるのがわかった。
親しい友人は絵梨が姉だということを知っていて一瞬ぎょっとした。僕は、実父が誰だとは言わなかったが、自分が養子だったこと、養子と実子の結婚は法的に問題がないことを丁寧に説明した。友人たちは僕の説明を聞いてほっとした顔をする。めんどうだったが理解して欲しかった。
続く