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三笠公園D51101↑(2022年2月26日、横須賀、神奈川県)D511101ではなくD511001↑(1972年4月5日、桑川付近、羽越本線) 横須賀市三笠公園にD51がありました。 D51101のナンバープレートが付いています。この機関車と横須賀にどんな関係があるのかと思いながら近づいていくと、なんとなく、本物の様な、本物ではない様な、どっちつかずの感じを受けます。 前照灯は本物のように見えますし、動輪その他の部品なども、張りぼてではなく鋼鉄製で本物の様に見えます。線路幅だけは本物からかけ離れていて、1067mmのはずが、1.5m位ありそうな感じです。 炭水車には、「横須賀市緊急用飲料貯水槽」の記述。 なんと、1980年に設置された災害時の飲料用貯水槽とのこと。戦艦「三笠」の正面に貯水槽を置いたのでは見栄えが悪いということで、D51の大きさが貯水槽の大きさに丁度良いということでD51の形にしたそうです。SLの形にしたとは、なんと素晴らしい発想でしょう。それにしても、どうして東北で活躍していたD51101にしたのか不思議です。 It is amazing that D51101 is not a real one but a drinking water storage tank in front of the memorial pre-dreadnought battleship Mikasa at Yokosuka Mikasa Park.【Bon appétit !】 The design of class D51 was based on the earlier D50, introduced in 1923. Wartime production featured some substitution of wood for steel parts like running boards, smoke deflectors and tender coal bunkers. A total of 1,115 D51s were built, the largest number in any single class in Japan. Early D51s were nicknamed Namekuji-gata ("slug-form") for their shape. The locomotive was designed by Hideo Shima. It was used mainly in freight service through the 1960s.(https://en.wikipedia.org/wiki/JNR_Class_D51)
2022.02.28
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伊勢神宮の池↑(2022年2月11日、外宮、三重県) 一昨日の記事で、Taiwan Grand Concert、台湾と日本のハーモニーが本日2月24日(木)開催される旨書きましたが、その後、急きょ中止することが決定しました。皆様にはご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。このシリーズは、今年は、3ヶ月に2回ほどの割合で開催することとしていますので、引き続きよろしくお願い申し上げます。
2022.02.24
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Taiwan Grand Concert、台湾と日本のハーモニー、が近づいてきました。明後日の2月24日(木)です。私が関わっているFormosaコンサート協会が主催します。お陰様でこのシリーズは、昨年は2か月に1回以上の間隔で開催できました。今年は9回予定していて、明後日は今年2回目の開催です。 コンサートでは、出演者全員が協力してコンサートを創り上げていきます。幕が下りる時には毎回多くの人が涙してしまいます。私も、いつも感動で涙が止まりません。 実力派の出演者に恵まれています。今回は、私の好きなピアニストの水野ゆみさんが出演します。ソロ演奏はもちろんのこと、他の出演者が歌う様々なジャンルの曲の伴奏もします。いつも素晴らしい演奏ですので、楽しみです。テノールの松原陸氏は、これまで何度も拝見していますが、いつもエナジー全開、見るたびにバージョンアップしています。賞も多く獲得している実力派で、楽しみです。 また、毎回、出演者による台湾語による台湾民謡を聞けることも私の楽しみです。普段台湾民謡に触れる機会は少ないのですが、とても懐かしい感じがして、心が癒されます。 2月24日(木)18時開演、豊洲シビックセンターホールがいよいよです。
2022.02.22
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ラオスの日常の食事は、とてもバランスが取れていて、感心してしまいます。 カオニャオ(おこわ)が主食でこれに汁物、おかず、サラダがついてくるという点では、日本人には馴染みがあります。 汁物はいろいろな種類があり、自分はケンノーマイ(筍スープ)とケンソムパー(酸味の魚スープ)が好きです。 おかず類は魚、肉を炒めたり焼いたり蒸したものが出てきます。焼いた鶏肉はとても美味しいので驚きます。ソーセージもとても美味しいです。 サラダは、必ずたくさんのハーブや草のようなもの、生インゲンや生ナスなどが出てきます。タムマックフン(パデーク(魚醤)入り青パパイヤサラダ)も美味しいです。 麺類も10種類以上の選択肢があり、麺好きにはたまりません。 どの料理も味付はシンプルで、タムマックフンを除いて辛いものはありません。テーブルの上には、調味料の容器やビンがたくさん置いてあり、自分の好みに味付けて食べます。トウガラシ調味料だけでも何種類もありますので、いろいろ試すと面白いです。(続く)【Bon appétit !】 The trifecta(御三家)of Laos' national cuisine are sticky rice, larb, and green papaya salad (00tam mak hoong). The most famous Lao dish is larb, a spicy mixture of marinated meat or fish that is sometimes raw with a variable combination of herbs, greens, and spices.(https://en.wikipedia.org/wiki/Lao_cuisine)
2022.02.21
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復刻塗装されている5200系ク5155↑(2022年2月11日、伊勢市、三重県)近鉄80000系↑(2022年2月11日、近鉄名古屋線) 大昔の近鉄特急が現れたのかと思いました。昭和30年代にビスタカーが出現する前の近鉄特急の黄色と紺の塗装をした車両がやってきました。 伊勢中川で、伊勢市に向かう電車を待っていた時のことです。大阪方面からやって来た車両は、5200系VX05で、昭和28年に近鉄の特急車両として新造された2250系の塗装と同じ塗装がされています。調べてみると、2014年からこの復刻塗装になっていたとのことです。 I was surprised to see Kintets 5200 series trains which had been repainted in the old limited express colors of yellow and dark blue used on the 2250 series, which is the first Kintetsu limited express design in 1953 before Vista Car appeared.【Bon appétit !】 Kintetsu Railway Co., Ltd. is a Japanese passenger railway company, managing infrastructure and operating passenger train service. Its railway system is the largest in Japan, excluding Japan Railways Group. The railway network connects Osaka, Nara, Kyoto, Nagoya, Tsu, Ise, and Yoshino.(https://en.wikipedia.org/wiki/Kintetsu_Railway)
2022.02.20
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夕方の梅↑↓(2022年2月16日、湯島天神)夜の梅↑(2022年2月18日、湯島天神) 湯島天神の梅が1週間ほど前から咲き始めています。来週か再来週が見頃になりそうです。 Plum tree blossom has just started blooming at Yushima Tenjin Shrine, Bunkyoku. Plum blossoms have not fully bloomed yet, and you may enjoy watching them until the beginning of March. “When the east wind blows, send the fragrance to me, you plum blossoms! Even though you lose me don't be oblivious to spring.” 【Bon appétit !】 Spring in Japan isn’t just about the cherry blossoms and at Yushima Tenjin Shrine you can see one of the island nation’s other flower festivals, the ume matsuri, or plum festival. Plum trees blossom earlier and for longer than cherry blossoms, so if your trip’s timing is that tiny bit off and you’re missing the pink tide, you can still get your fill of gorgeous blooms from the plum trees.(https://tokyocheapo.com/events/bunkyo-plum-blossom-festival/)
2022.02.19
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シンボルは再現された安土城↑(2022年1月11日、二見浦、三重県)庭園工事中の池と中洲↑↑(2022年1月11日、二見浦、三重県) 日本ルーツ・トラの巻勉強会の一環として、伊勢忍者キングダムを訪問しました。伊勢忍者キングダムは、二見浦の音無山(おとなしやま)にあります。音無山は、二見浦の海中にある興玉神石(おきたましんせき)と一体となっていて、珈琲でお馴染みの猿田彦が降臨したとされている場所です。また、伊勢神宮で最も重要なお祭りである神嘗祭(かんなめさい)が興玉神祭から始まっているように、ここは、天照大神が鎮座する場所を求めて諸国を回っていた倭姫(やまとひめ)が伊勢に初めに辿りついた場所です。 そのような、恐れ多い所に伊勢忍者キングダムがあるのは驚きです。中に入ってみると、以前、園内にあった池と庭が無くなっていて、工事の真っ最中でした。丁度、庭園デザイナーの石原和幸氏が来ていて、新たに造る庭園の工事を指図していました。完成はまだ先のことになるのでしょうが、楽しみです。 I visited Ise area in Mie where Yamatohime finally arrived 2,025 years ago after wandering for 20years for finding suiable location for Amaterasuomikami. The photo shows a replica of Azuchi Castle at Ise Ninja Kingdom, The origin of the replica was built by ODA Nobunaga.【Bon appétit !】 Legend says that about 2,000 years ago, Emperor Suinin ordered his daughter, Princess Yamatohime-no-mikoto, to set out and find a suitable permanent location from which to hold ceremonies for Amaterasu Ōmikami. Prior to this, Amaterasu Ōmikami had been worshiped within the Imperial Palace at Yamato, before a temporary location was created in the eastern Nara Basin. Yamatohime-no-mikoto is said to have set out from Mt. Miwa and wandered for 20 years through the regions of Ōmi and Mino in search of a suitable location. When she arrived at Ise, she is said to have heard the voice of Amaterasu Ōmikami saying that she wanted to live forever in the richly abundant area of Ise, near the mountains and the sea, and it was here that Yamatohime-no-mikoto established Naiku, the Inner Shrine.(https://en.wikipedia.org/wiki/Yamatohime-no-mikoto)
2022.02.14
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小学生たち↑(2007年9月26日、サワナケート、ラオス)通学する学生たち↑(2007年9月27日、サワナケート、ラオス) ラオスの朝、子供たちが元気に通学する風景をあちこちで見かけます。 その日の現金収入を得るために昼間から物売りをしている子供を見かけることもありますが、地方でも、学校に通う子供たちをよく見かけます。一党独裁国のラオスですので、偏向した教育がなされないように見守る必要性はありそうですが、子供たちが健全に育って、素晴らしい将来を担うようになってほしいと思います。(続く)【Bon appétit !】 With a primary net enrolment in primary education of 98.7% (2017), Lao PDR has met the Millennium Development Goals target of universal access to primary education with gender parity. Despite this achievement, Lao PDR still has some of the poorest education indicators in Southeast Asia. Approximately 70% of 5-year-old children are not enrolled in Early Childhood Education (ECE) programmes, with those in hard-to-reach areas and from poor families being the most excluded. Many of them do not speak the Lao language, which is the official language of instruction. Pre-primary teachers have limited skills on child-centred pedagogies(教育)and supporting materials. The high repetition and dropout rates in primary grades are strongly influenced by the limited access to quality ECE opportunities.(https://www.unicef.org/laos/education)
2022.02.06
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板橋区高島平から川越まで、新河岸川沿いに歩いてみました。 途中、ふじみ野市に素晴らしい日本家屋がありました。回漕問屋福田屋の建物です。江戸から明治時代にかけて、新河岸川舟運で栄えた舟問屋だそうです。 新河岸川の舟運は、1638年の川越大火で焼失した仙波東照宮の再建資材を江戸から川越まで運ぶ必要から始まったそうです。 I found an old Japanese hose at Fujimino City on the river side of the Shingashi River on the way to Kawagoe from Takashimadaira. You can see the prosperity of the shipping agent in the Edo period there. The building is three stories high with a retro atmosphere and brings you to travel back into good old days.
2022.02.05
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トラックに荷台に乗るお坊さん↑(2007年7月1日、ビエンチャン、ラオス)ボートで川を渡るお坊さん↑(2007年7月1日、ビエンチャン、ラオス) ラオスのお坊さんは、生産活動をしませんので、生計は、お布施で賄います。お寺は学ぶ場でもありますので、お寺で修行している小さな子供もいます。 僧侶に対するお布施はラオスの人々の生活に溶け込んでいます。お坊さんに布施することで、人々は功徳を積むことができるとされています。お坊さんは、人々に成り代わって修行し、自力救済を目指し悟りを開きます。 ラオス人にとって、お坊さんは、とても身近で尊敬できる存在となっています。(続く)【Bon appétit !】 The monk life is very hard. I spent 6 years as a monk and I am thankful to grow up in the monastery. It’s not that it was bad. There are many boys there with you. You sleep together, eat together, work together and play, so you’re not alone. It was also easy for my family, because my family is poor and the monks raise us and school us. But there are many things you can’t do… a long list…(https://grrrltraveler.com/should-you-be-a-monk-in-laos/)
2022.02.02
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ラオスの絹織物↑↓(2007年8月25日、ビエンチャン、ラオス) ラオスでは、高床式家屋の床下で、織物をしている人を良く見かけます。あるいは、庭で織物をしている人もいます。しっかりした織機を使用していることもありますし、腰に取り付けた簡単な装置で織っている人もいます。 織物は、ラオス女性が伝統的に守ってきた文化です。家庭でコツコツと織物を織り、自分たちの日常の生活で使います。素晴らしい絹織物の服を身に着けている子供たちを見かけることは稀ではありません。地方で見かける子供たちが、絹でできた立派な巻きスカートやズボンをはいていて驚くこともしばしばです。(続く)【Bon appétit !】 In Laos, the couple could see the potential for showcasing to the world the extraordinary weaving that was used for religious and ritual ceremonies as well as everyday wear. Woven silk cloth in dazzling(まばゆいばかりの)or muted colors are an intrinsic(固有の)part of rural life in Laos. The fabrics are fashioned into the borders of long skirts still worn by Laotian women, into curtains and bed covers for village and grander homes, and into head cloths, sashes(飾り帯)and intricate bodices(服の胴部)for dress up occasions.(https://www.nytimes.com/2018/01/31/travel/laos-textiles-weaving-silk.html)
2022.02.01
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