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昨年夏の新築と同時に庭に植えたハナミズキ(ホワイトラブ)が、先週になってやっと花を咲かせました。我が家で初めて咲いた花です。この花をいつもコメントをくださるMr.WHOさんに捧げます。落ち着いたら一杯やりましょう。
2007.04.30
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4月に入ってから、勤務先の駐車場に珍しい車が停まっているのに気がついた。誰が乗っているのだろう。miniなのだが、後ろはワゴンのように荷物を載せられるようになっている。mini wagon?正面にはオースティンのロゴマーク。かっこいいね。昨日の夜は消防団の新入団員歓迎会だった。大いに盛り上がった。分団の雰囲気は良くなっていると感じる。問題点もチラホラはあるのだが。2次会でみんなで飲みに行った。酔いが廻るといつも裸で踊り出す団員がいる。今回久しぶりに彼の裸踊りを堪能できた。金髪のアフロにパンツいっちょ。フロアは異常な盛り上がりであった。アホか。今日は二日酔い。夕方になったが、まだ吐き気が止まらない・・・・
2007.04.22
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久々の音楽遍歴続編です。当時、私の心の中には、ギターが2人のバンドに対する興味があったと思います。THE BULLSHITSはトリオ、k君がいたころは彼は専任Voだったから、いつも私1人がギターでした。また専任Voはよほどの煽動力、カリスマのあるフロントマンでないとうまくいかないということも身にしみて感じていたのです。だから全員が楽器を担当。かつギターバンドなのでKeyその他は不要。でビートルズスタイルの4人編成でいこうということになったのかなと。で、もう一人のギタリストはバンマスKさんが承諾。もう一人はIさんに頼んでみるということだが、はたしてIさんとはどのような人物なのか、本日の連載で全貌が判ることになります。結成秘話vol.2 ドラムはIさんにIさんは私がまだ20歳を過ぎたばかりの若い頃に一度面識があった。最初にIさんを見たのは、T君の大学のバンドサークルのライブを見に行ったときだ。たしか吉祥寺だったか。とあるバンドのキーボードを弾いていた。T君のいたバンドではなかったと思う。そのバンドも60年代のカヴァーをやっていたと記憶している。その時は私が一方的にライブを見ただけなので、お話などはする機会もなかった。初めて会って話をしたのはT君が大学時代に住んでいた世田谷のアパートだ。ある夏の日、私はT君宅に遊びにいった。T君は「実は先輩が遊びに来る予定だ。Iさんという」とのこと。そして「ちょっと買い出しに出かけてくる」と、留守番を頼まれた。また、「もしかしたらIさんから電話があるかもしれないので、電話がきたらすぐ戻る旨話しておいてくれ」とも頼まれた。他人の家で話したこともない人からの電話を取り次ぐのはなんだか面倒な気がして、電話が来ないことを祈ったが、悪いことに電話はかかってきた。Iさんからである。いきなり他人が電話口に出たので、ちょっと戸惑っているようだった。「自分はTの友人で、留守番を頼まれている。すぐ戻るからそのままアパートに来てもらってよいと言付かっている」と説明。要領を得ないようだったが、しばらくしてT君も戻り、Iさんもやってきた。T君のアパートで酒を飲みながら音楽の話をした。Iさんはキーボードプレーヤーだが、いろいろマルチに楽器に興味があるようだった。クラシックロックには相当詳しい人だという印象も持った。その日は夜半過ぎまで音楽を聴きながら飲み、そのまま意識を失った。深夜ふと目が覚めるとステレオにはプロコル・ハルムの青い影が繰り返しリピートで再生され続けていた。T君もIさんも寝ていた。朝になり我々は解散した。このことを後日、本人に聞いてみたが、あまり覚えてないようだった。私はとても印象的な出来事として記憶にあるのだが。99年から2000年頃には、トリオ時代のTHE BULLSHITSについて、客観的なアドバイスをもらおうということで、Iさんをわざわざ練習スタジオに招いたことがあった。これも先ほどのアパートの件が私の頭にあって、T君に「Iさんを呼んでみないか」と相談したのがきっかけだ。Iさんは快く(かどうかは判らないが)わざわざ東京から駆けつけてくれた。ドラムについて「たたき方にいろんなバリエーションがあるから工夫を」というような事を話していたのを覚えている。そんなことから、ああこの人はドラムも含め、バンドについていろいろ知っているんだなという印象が私の中にできていたのだ。そのIさんに白羽の矢を立て、T君から誘ってもらうことにした。後日、快諾の旨回答があった。ついにメンバーが揃った。Iさんは実はドラムを本格的に叩くのは初めてなのだとか。ほどなくしてその情報を知り、大丈夫かなとも思ったが、その心配は全く外れていた。それどころか、Iさんの存在はThe AcceleratorSの頭脳として大変重要な役割を持つことになる。そう、ストーンズでいえばチャーリー・ワッツ!さて、こうしてバンドは初めて顔合わせを兼ねたセッションに入ることになる。2001年初春のことだ。これはまた次回。 続く
2007.04.21
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桜が咲いているというのに、4月も半ばをすぎたというのに。なんだこの寒さは。風邪をひいてしまう。早く暖かくならないかな。ところで、我が消防団をとりまく環境は年々厳しいものになっている。なにが厳しいかって、ポンプ操法競技会への本部の入れ込み様がだ。確かに操法の重要性は分かる。この訓練を重ねていると、火事場での自分の動きが分かってくるのだ。しかし、年がら年中、操法ばっかりというのはどうにも納得できない。私の心の中でストンと落ち着くものがない。矛盾だ。何のための消防団なのだろう。今までにもっともらしい話は何度となく聞いたが、どれも納得できるものではない。難しいね。いずれにしても、私は分団長として大変な重責を担っている。中間管理職は本当に厳しいな。なんとしても今年度いっぱいで卒業させてもらいたいものだ。そして来年の今頃は、ホースをギターに持ち帰えて楽しもう。
2007.04.18
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1年ほど前、auのLISMOのCMで頻繁に流れており、どうにも耳に焼き付いて離れなかったナンバーが、宇多田ヒカルのKeep Tryin。いまだに私の耳の中で、時折流れてくるため、今頃になってようやくアルバムを聴いてみた。Ultra Blueである。・・・やられてしまった。これほど良いアルバムだとは思ってもみなかったのだ。彼女の声は心の奥にまで染み渡るものがある。何なのだろう。不思議な浮遊感。アンビエントなサウンドも好感が持てる。底の深い音だ。Keep Tryinはやはり恐るべき名曲だった。幾度と無く繰り返して聴いてしまった。ホントに今頃になって。リリースされたほとんどの曲は使い捨てられて消えてゆく運命にある。最近はもっと顕著。でも確実にこのアルバムは名盤として語り継がれるクオリティに達している。
2007.04.14
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更新の頻度が少ない。忙しいからだ。今日は無理に仕事を切り上げ、消防団の訓練。そして地元青年会の懇親会に顔を出した。時計は深夜1時。一刻も早く寝たいのだが、どうしても書きたいことがあったので頑張っている。 この間の日曜、前橋市に新たにオープンしたショッピングモールに家族で行ってみた。なんと新しい楽器屋がテナントで入っている。TWO-FIVEという。早速品揃えを拝見。高崎のイオンに入っている島村楽器と同じような雰囲気で、ギター自体にはそれほど食指をそそられるものはなかったのだが...見つけてしまった。気になっていたアンプ、GIBSON GA-5!わずか5W、つまみはボリューム1個。ベージュのトーレックスで基盤はなんとハンドワイアード。FENDERのチャンプのようなアンプなのだ。じろじろと眺めていると、店員がよってきた。「いかがですか、試奏できますよ。」私「素晴らしいアンプですね。前から気になっていたんです。なんといってもボリューム1個というのが潔い。」店員「どうぞ音出してみてください。ギターも好きなのを」私「ではお言葉に甘えて。ギターはSGでいいです。」チューニングをあわせてくれなかったので、私は自分で素早くチューニングした。店員「あ、すみません・・・」私「いやいや、いいんですよ」で、音の方は、これがまた素晴らしいクリーントーン。つまみの位置は9時程度だ。これでもかなりの音量。ドライブさせるにはまだまだ。フルテンを試したいが、こんなオープンなスペースでは無理だろう。迷惑になってしまう。素直なトーンで、いつまでも弾いていたい気分になるが、奥さんと子供が「なにやってるの」と近づいてきたので、早々と切り上げた。若い店員は「お客様、バンドやってらっしゃるんですか?ジャズとか好きなんですか?」と興味深そうに私に質問してくる。「ええまあ。今はちょっと休んでますけど。ジャズはできませんけどね。」などと答えながらギターを降ろした。「また弾きにきてください」と店員。しかし、この小さなボディでこの音量。ライブでも全然いけそうだ。ステージで使ってみたいなあ。若い兄ちゃんたちは驚くだろうなあ。・・・などと想像しながら、私の物欲はフツフツとわき上がってくる。68,000円だった。もう少しお金貯めたら買おうかな。
2007.04.11
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ひさしぶりの更新。新年度になって、仕事が急に増えた。嫌になる。こういう時の音楽こそがストレス解消の薬になる。ストーンズのGET YER YA-YAS OUT!を引っ張り出して聴いた。ストーンズは御意見番が多くて、私なんぞが語るのは気が引ける。後追いだし、のめり込みはじめたのもここ5年くらいだ。ライブアルバムもたくさんあるストーンズだが、個人的にはとても好きな盤。コンパクトにまとまっていて、演奏的にも良いと思う。ミック・テイラー期が黄金時代だといわれるが、本当にそうだと思う。彼の流れるようなギタープレイとキースのカキコキした感じの対比が良い。私のバンドも、バンマスがよく引き合いに出していた。私がミック・テイラー、バンマスがキースのようなものだと。大御所にはとても比べられないが、このコンビが私にとっての理想で目標だ。かくありたい。
2007.04.07
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2000年、勤務先のn先輩宅に招かれて出会ったストーンズクレイジーMさんとバンマスKさん。Mさんとの数奇なラジオDJ活動は遍歴-9で書いたとおり。今日はバンマスKさんを巻き込んでのニューバンド結成について書きます。結成秘話vol.1 隠居状態のKさんに声をかける2001年1月、私と親友T君によるバンドTHE BULLSHITSは伊勢崎LUVでのライブを最後に活動を停止した。Kさんはこのライブを見に来ていた(2007.1.26付け私の音楽遍歴-6参照)。なんだかよくわからないが、「衝撃を受けた」という感想のメールをいただいた。Kさんとは昼休みの食堂などでよく顔を会わせ話す仲となった。メールでも頻繁に情報を交換していた。そんな中から、Kさんも昔ギタープレーヤーであったが、現在はバンドはしておらず・・・というより、プレーヤーとしては既に引退し、一介のリスナーとして音楽に親しんでいる状態であることが分かった。また別にドラマーの個人的な事情でマイバンドTHE BULLSHITSは活動を休止したが、私とT君の心の中にはまだバンドに対する炎が燃えさかっていた。なんとかプレーヤーとしての活動を続けたいと考えていた。そこで話し合った結果、サイドプロジェクトとして2人で何かやろうということになった。コンセプトを色々考えたが、我々のルーツを探る意味で、シンプルなロックンロールをやる、ただし50年代アメリカのようなリーゼント系ではなく、60年代のクラシックなブリティッシュロックをカヴァーするバンドをやろう、となれば衣装もモッズスーツで揃えてみようか、と決定。丁度全盛期にあったミッシェルガンエレファントの影響も大きい。メンバーは4人で、もう一人ギターと、ドラマーを探そうということになった。私は早速Kさんに声をかけた。モッズスーツで、60年代のブリティッシュロックをやりませんか、とコンセプトを話し、説得した。T君とも先のライブで面識はできているので丁度よいと思った。方向性もぴったりだ。Kさんは承諾したが、なにしろ引退生活が長かったため、リハビリが必要だと話していた。あとはドラマー探しだ。実は一人心当たりがあった。T君の大学時代の先輩で、私とT君の卒業した高校の先輩でもあったIさんだ。T君に「ドラムにIさんはどうか」と話したところ、60年代好きだし、良いかもしれない、声をかけてみるということになった。Iさんとの出会いもまたおもしろい。後で本人に聞くと、あまり覚えてないようなのだが。どちらかというと私の方が一方的に覚えていた感が強いのだが。どうしてIさんを思いついたのか、次回は彼との出会いを含めて書こうと思う。 続く追伸:私の大事な友人であり先輩の、ある方がしばらくの間、休養をとることになった。どうぞよい機会です。何にも考えず、ゆっくり休んでください。治療すれば必ず直る病気ですから心配することもないでしょう。私はいつまでも待っていますよ。暇だったら電話でもしてください。
2007.04.01
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