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『少年ゲリラ兵の告白 陸軍中野学校が作った沖縄秘密部隊』 護郷隊については以前、別のラジオ番組「荻上チキ セッション22」で沖縄戦史を取材した映画の監督がゲストに来た時にいろいろお話をされていたのですが、当時、本土の司令部が沖縄という土地を「捨て石」としてしか考えていなかった、国を守るといいつつ、沖縄は日本に入っていない様子がいろいろと見えてきました。 で、その認識はいまだにこの国にはあって。代表的なのが米軍基地問題。特に昨今では県民投票で圧倒的多数で反対派が勝ち、民意というものを明確に政府に示したにもかかわらず、根拠もなく工事を「粛々と進める」など。そういう姿勢はずっと変わっていないのだろうな。 少年兵を組織的にゲリラとして育て、現地の子供と思わせ油断させ米軍に近づき、破壊工作を行う。村落内の情報を集め、不満分子の内部告発を行う、時には仲間をも処刑として殺させる。・・・そういった数々の「汚い仕事」を子供らにさせる。 太平洋戦争の悲惨な話はいくらでも聞きますが、東京大空襲や広島長崎の原爆より、実は本当に国が隠したいのはこういう「守るべき国民に対しての残虐行為を行った」部分であるのだとつくづく思います。 沖縄の基地建設反対派のデモに対して「あいつらは反日」といっているコメントをよく見ますが、戦後70年、恨まれるようなことをいまだに行っている日本の政府というのは本当に国を守っているのか?沖縄に住んでいる人はいまだに本土より低い身分としてみているのではないか? そう思うしかないんですが。
2019.07.31
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消費税を下げる!という候補者に「財源はどうするんだ!」という意見があったけど、企業減税が認められた時に「財源はどうするんだ!」論にはならなかったよな。 ちなみに「企業の減税による内部留保分で消費税増税分は相殺できる」ことを知られてない。
2019.07.30
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部活ガイドライン 抜け道探る動き 「闇部活」の実態最近特に聞く言葉に「ガイドライン」というのがあって。ルールとは違って守るべき基準みたいなもの。 しかし、これを「努力目標」としているのが非常に問題で。罰則のないガイドラインは確実に無視される。上の部活動の実態がまさにそのまま。 おかしな話で、学校の部活というのは授業の一環ではありません。というか部活に入っていない生徒も卒業できることからもわかるように、あくまで「学校内の愛好家が集まって行われる活動」であり、むしろだったらちゃんとした会費と指導者と時間が守られている地域のクラブチームの方がスポーツを楽しむという点において正統派である、のですが、この国では学生スポーツ=学校の部活 にされてしまう。 で、そのなかでも昨今話題になったのが高校球児の投球数問題。監督が子供の将来のために出場させなかったところ、学校に避難殺到という。しかし、これもおかしな話で子供は当然プロじゃないし、高校野球も単なる新聞社主催の大会。この場合、子供の人権侵害、虐待を厳しく非難する新聞社が連日35度を超える炎天下でやらせる、プロでも行われない連日試合・・・いい加減にしろ、としか。 漫画「大きく振りかぶって」で、あれは作者がスポーツ生理学を学んでいるため、科学的なトレーニングと実践を行っている、いわゆる昭和的野球漫画とは違います。が、それでも彼らは朝5時にグラウンド集合、夜は9時に帰宅、休日も夏休みも練習に明け暮れる野球漬けの日々。これだって上のガイドラインから明らかに違反しています。 漫画ですから実在の被害はない。それは許される。しかし、実際はどうか?これと大して変わらないこどもたちはいくらでもいて。事実、自分も中学時代、テニス部でしたが似たような毎日(毎朝6時から朝練、放課後もみっちり、休日も駆り出され、夏休みに家族と旅行に行くときは部長に「部活休暇申請を出す」という訳の分からない状況で。それが嫌で3年目から部活に出なくなり、高校では緩い美術部(という名の漫画研究部)に行きました。 話が取っ散らかりましたが上のような隠れた部活動が続くと、何かあった時に「いや、生徒が勝手に行ったんです」で逃げられる。だから絶対教育として、学校内の施設を使わせて練習している以上ダメなんです! この手の意見には必ず「現場を無視した上からの勝手な命令~」言う人がいますが、無理じゃない。部活の時間を規定時間内だけにすればいいだけ。 それによって弱くなったとしても何の問題があるというのか?それこそ学校教育で「ルールを破っても勝つためなら何をやってもいい」という野蛮な行為を肯定することになるのだが。
2019.07.30
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今回、新海誠監督の「天気の子」を見た感想ですが、作品のまとまり、きれいに終わらせてすっきり具合でいうと前作の「君の名は」の方がよくできているんです。確実に。 でもそれはあの時の感想でも書いた「すっきりさわやかな清涼飲料」の飲み心地であとに何も残さない。逆に同時期に話題になった「シン・ゴジラ」はげっぷが止まらない強烈なインパクトを残したコーラだと。 で、そういう点でいえば今回の「天気の子」の方が私は圧倒的に好きです。 ネットでの感想で「これ、2000年代のエロゲーをアニメ化したやつだ」という人がいましたが、まさにその通り。それを恥ずかしげもなくここまで作ってしまったことは突き抜けた意味ですげえなと。逆に言えばもっと大衆娯楽寄り、それこそヒロインの能力をめぐって悪い組織との対決、最後は能力を使って派手に倒してハッピーエンド もできたはずです。 だからこそ、今作のハッピーエンドに見えて何だか「後味の悪い」のは印象に残るという意味でよかった。 今後も「2000年代のエロゲー文脈が生み出した狂犬監督」として中二病という言葉やセカイ系などという揶揄する評価に屈することがないようにしていただければ。
2019.07.29
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後だしじゃんけんで評価を下げられることの苦痛について。 例えば仕事でよくあるのが、「剣をその場で横に振るアニメーションを作って」という依頼をされ、こちらがひな型になる簡単なものを作って見せる。それに対して特に何も言われなかったので作りこみをし、完成させ、見せたところ「うーん、これ、剣を右から左に振ってほしかったんだよね、あと、仕様書ではその場で振る、って書いてあるけど一歩大きく踏み込んでほしかったんだよね」と。 ちょっと待ってくれと。こちらは仕様通りに作ったし、作りこみ前にひな型もみせてOKもらったからつくったのにそれはないじゃんと。 また、他にもデータを実機に搭載してから「うーん、本当は○○(他社のゲーム)のこのキャラの動きみたいにしてほしかったんだよね」と・・・ちょっと待て!そんな話は全然聞いてないし、イメージがあったなら資料として作る前に動画など渡してよ! こういう後だしじゃんけんで評価を下げられる(思ったものを作ってこない)というのは不信感しか生まない。というか、作った後でもいくらでも変えていい、とおもっているのだろうか?スケジュールはどうするんだ、という話。 こういうのはトライ&エラーとはいいません。単に指示ミス、設計不足、決断力の欠如と。〇〇したい、という要望は最初になるべくこちらに伝わるように全部出す、こちらも早い段階(修正がまだできる段階)で見せているのだから・・・ レストランでカレーライスを注文され、お皿に盛って客前に出したら「やっぱハンバーグがいい、最初からそういう気分だったし、作り直して。あ、俺、急いでるから早くね」と言われるようなもの。 気持ちが悪いのは、こういう後だしじゃんけんを平気で言う人ほど自分の思ってきたものと違うものを作ってきた、と相手の評価を下げる傾向にある。後出しである自覚はなく、相手に理解力がないと判断する。 でも、他人の脳内など相手に伝わる形で外部出力されなければわかるわけがない。 一度ひどかったのは、本人が映像をもってきて「こういう動きで」と言われたからそれを参考に作ったら「うーん、なんで動きをそのまま作るかなあ?この場合、剣のふりを左右逆にするでしょ、普通」と・・・ 知らないよ!そんな普通は聞いたことがないよ! 「〇〇してほしかったのに…」という言葉は逆にこちらが言いたいセリフ。「もっと早く言ってくださいよ」と・・・ もっといえば「完成品の評価しかできないのはプロじゃない、単なる客だ」と。
2019.07.29
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話題の映画「天気の子」を見てまいりました。今回、自分の純粋な感想で見たかったので事前情報は一切入れず。その感想です。以下、ネタバレありで--------------------------------- 前作「君の名は」がそれこそ日本映画史上上位に食い込む大ヒット作の監督が、周りからの期待とプレッシャーの中で作った続編でしたがどうだったかといいますと・・・「やべえ、大衆迎合のふりをして実はこの監督、昔から狂犬だった!」 とにかく、結末がいい意味で「ひどい話」で。それこそ主人公とヒロインの愛のためなら世界などどうでもいい!という、チープな歌の歌詞にもある選択をするとどうなるか、という結末で、しかもそれを誰も責めない、被害総額で言えばシンゴジラの東京焼き払いを超える規模なのに「仕方ないね。2人の愛のためだもん」で強引に締める狂気w いや、マジで最高です!むしろ「君の名は」のラストのハッピーエンドを「新海誠らしくない!やつは大衆におもねった!」と考えていた人にとって「これだよ!この一見ハッピーエンドに見える大厄災バッドエンドが新海誠監督の本質、セカイ系エロゲー的エンディングだよ!」と。 一緒に行ったお友達とも話したのですが「あの終わり方はねえわ(満面の笑顔)」「結局あれだけのことを起こしておいて主人公、何も失ってねえじゃん!(富士鷹ジュビロ風笑顔)」でしたので。 例えるなら、劇場版エヴァンゲリオンQでシンジ君が綾波を助けるためなら世界がどうなってもいい!と叫んで引き起こしたサードインパクトを周りの人が見るのと同じ。2人の愛の犠牲になる世界という気持ち悪さ(誉め言葉)の作品でした。 作品内では突っ込みどころが多いのですが(警察が容疑者を簡単にとり逃しすぎ問題)、とにかくずっと画面から目が離せない、そして何より東京という街を「美しく描く」監督の手腕はそれだけでも見る価値があります。映画館から出て空を見上げてしまう、そういう作品で。 と、いうわけで監督は今後も丸くならず、この壊れた路線で突っ走っていただければと。
2019.07.28
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以前から思っていたのですが、今回の京都アニメーションのような事件も含めて、日本でも「犯罪被害者救済基金」をもっと大きく、きちんと整備すべきではないかと思うのです。 現在、同様の制度があるのですかあくまで民間の寄付で成り立っていて、遺族の子供に対しての学費援助などサポートレベルにとどまっています。が、これを税金レベルでプール金を国民一人当たり年間100円の徴収で100億円を超える金額になる。 特に今回のような事件だけでなく、テロ事件の爆発物被害や暴力団抗争の流れ弾、通り魔事件、交通事故による巻き込まれ被害など、本人に名にも落ち度がなく、また、加害者に責任能力がない事件の被害者に対して遺族に1000万円の給付金を公的に行うなどすれば、残された家族などにとって本当に助かると思うのです。 また、個人としてもそういった予測できない、避けようのない犠牲にいつなるかわからない。そういう人のためであれば今回のような募金に頼らず多くの被害者をシステムとして救えると思いますので。 また、場合によっては地震や洪水のような大規模災害にも適用することもできれば。 誰のためでもない、自分の明日の「まさか」に対する備えとして。
2019.07.28
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国会が始まる前ですが、さっそく大きな問題提起が行われました。臨時国会に「登院できない」重度障害者への制度の壁 つまり、重度障碍者と認定された人がこれまで受けることのできたサービスが、国会議員という職業をすることでそのサポートが受けられなくなる、という矛盾です。 これはこの国のシステムが「重度障碍者は仕事ができない」という前提で法整備が行われていた矛盾で。「働けるなら障碍者じゃない」という、ON,OFFで切り分けているシステムエラーでもあります。 同じようなことは、たとえば生活保護を受けている人は貯金ができない(資産ありと見られる)というのがあって。しかし、生活保護から抜けて自立したいとき、何のたくわえもなくいきなり世間に放り出される。それを恐れて生活保護を受け続ける、という人もいる(初期の給料だけでは生活できない)のもあります。また、2018年まで生活保護世帯にはエアコンが設置できないとされていましたが、ようやく許されるようになった。今の日本、この気象条件で都内でエアコンがないのは高齢者の場合、死に直結します。 今回のれいわの議員さんが行った仕事、それは「障碍者が国会にいる」というだけで発覚する大切な問題の可視化です。ずっとこの問題は言われていた、しかし、国会では論議もされなかった。 国会内のバリアフリー化もそうですが、「存在を見なければ問題はないことにされる」という残酷な状況であったことでもある。 これに対して「国会議員になる前からわかっていて、それでも出馬し当選したのだから自己責任」という人がネットで散見されました。違います。なぜなら「障害をもって生まれたのは自己責任ではないから」です。 れいわの2人の障害のある議員さんも、普通に歩け、行動できるのであればこういったサービスは使わないでしょう。しかし、使わざるおえない人生の選択まで「自己責任」にするのか?それにたとえこの二人は障碍者でなければ議員になってはいないだろう、という意見も逆にだからこそこうして「当事者として」議員になったのですから。 こういう問題は党派関係なく人権の問題です。 何より、誰もが高齢化すれば弱者になる、そんな状況で弱者にやさしい国家の何が悪いのかと。 このお二人が議会に入る前から存在自体が大きな仕事をした、議員のみならず、これを知った私たちも考えざるおえない状況にした。これだけで当選した価値があります。
2019.07.28
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ゼルダの伝説、ブレスオブワイルドで思ったこと。 このゲームのニコニコ動画に上がっている他人の実況プレイを見まして。で、物語の序盤からずっと見たのですが、こう、イライラするんですw。 このイライラは何かというと、その実況者が操作に慣れていない、このゲームのルールをまだ把握していない、思考が自分と違うから余計なことで時間をかける・・・ つまり、自分はクリアしたので「できて当然」と思っている。しかしこれは、自分がこのゲームを始めてプレイした時と全く同じ行動、試行錯誤の時間です。 このゲームの面白さの肝ってこれなんですよ。ゲームの中で自分で考え、行動し、失敗し、考え方を変えてリベンジし、クリアして、その経験が別の場所で生きる。やがて自分の中で効率化や楽な方法を編み出し、さらに応用する。 で、思ったのはよくベテランの腕のある人間が若手や後輩の仕事にイライラする、使えない、要領が悪い、って思うのって、他人から見たらこの部分が自分にもあった時代をすっかり忘れて、最初から今のレベルでずっとやってきたような気になっているからではないか、と思うのです。 これは怖いことで。新人の評価を無駄に下げ、逆に自分の評価を勝手に上げる。こういう状況が続くと会社でのパワハラになる。 今はだいぶ違うそうですが、たとえば昔の自動車学校の先生ってひどかったです。生徒は当たり前ですが運転の初心者。それに対して下手くそ!とか お前が公道にでたら危ないからやめちまえ、なんて罵声を投げつける。実際、教官の罵声が嫌で免許取るのをやめた人を何人も知ってます。 ちなみに上の動画の人、最終的には私でもしょっちゅう失敗するガーディアンのレーザー跳ね返しを当たり前にひょいひょいこなすレベルにまで上達しましたが、これを考えると「最初の何も知らない時期を罵倒する、イライラするのはだめだな。できなくて当たり前だと思わないと」と考えるんです。
2019.07.27
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京都アニメーションが自社で募金口座を開設した、とのことですので、私も入金してきました。金額は面倒なので言いませんが自分にしてみるとかなりの高額(一か月分の給料ぐらい)で。 で、これ、なんでこんな金額を入れることができたのかといいますと、実はこのお金、自分の中で「宙ぶらりんのお金」だったからで。というか、手を付けるのもなんとなく忌み嫌うような、そういう類のお金でした・・・ あ、別に悪いことをしたお金ではありません。むしろ自分が何年か前にとあることで被害にあって、その慰謝料みたいなもので。でもそういった類のお金ですから遊びに使う気にもなれず。当時も別に特にお金に困っていたわけでもないので口座に入金はされましたが、ずっと手付かず。 で、今回のニュースを聞いたとき、「ああ、こういう時のために使うお金だったんだ」と。 お金というのは不思議です。これがあれば自由が手に入る、ですが、使いたくない、なんとなくもらってもうれしくないお金もある。口座に入ってしまえば単なる数字の羅列なのですけど、一般のお給料で得た金額とは違って見てしまう。そして、使わないことでその過去の嫌な思い出がずっと心のとげのようにチクチクいつまでも残ってしまう。 悲惨で理不尽な思いをされた関係者の皆さんに、少しでもお役に立っていただければ。そして、こうやって使うことで自分でも過去に何らかの区切りが付けることができた、そう思っています。
2019.07.27
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大船渡に苦情殺到「何で佐々木を投げさせない」職員対応に追われる もう高校野球のルールを変えるしかない。投球制限をきちんと明確にして、それで負けたらたった一人の投手に頼っていたのが弱点だったと。 投げている選手にどんなに意思があっても「ルールだからダメ!」と言うことで負けた責任を押し付けないこと。今、こうやって「投げさせろ」の苦情をいう連中はそういうルールがないから。高校野球に限らず、プロの世界でもちょくちょくルールの改正があるように、ルールは選手を守るために変えるのが最優先。 上のような苦情を入れている人間は、どんなに言葉を飾っても古代ローマのコロシアムで殺し合いをする奴隷に客席から酒を飲みつつ娯楽にしているだけだ。俺たちを楽しませるためにもっと血を流せ!残酷になれ!と。主催者もそれを黙認している。 逆に言えば、この子が自分の意志で「〇〇球しか投げません」と勝手にマウンドを降りたら、この連中はまた非難するのだろう。身勝手だ、とか、こんな甘い奴はプロじゃ通用しない!と罵って。 つくづく愚かな話だ。
2019.07.26
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ツイッターで「?」と思った意見について。 日本の労働力としての外国人受け入れ政策にこの人は反対という立場。理由が「外国人を安い労働力として受け入れることは日本の労働者の単価を彼らと同レベルに引き下げることになる」という意見、これは私も同意する。経営者が求めているのは安価な労働力だ。 が、ここからが問題。「彼らを大量に日本国内に入れるということは、外国人のコミュニティーが日本各地に作られる。そこはやがて貧民街としてスラム化し、犯罪や病気の巣窟になる。そして、彼らの不満は私たち日本人に向けられ、テロや暴動をおこし、彼らに与えられない永住権、選挙権や年金、健康保険などの要求を要望してくる。それらを認めればこの国が外国人に乗っ取られてしまう。われわれ日本人の優位性が失われる」 というもの。 ・・・要求してること、人間として、働いている納税者として普通じゃね? というか、この国が求めて海外からやってくる以上、本来は好待遇でなければいけない。本国より劣悪な環境では出稼ぎ労働の意味がない。 私は、外国人を労働力として迎える以上、最低限「日本の市民として」迎えなくてはいけないと思う。この国で働き、生活し、国内どこに住んでもよくて、移動ができて、結婚や出産、家族を持つ、選挙に行く、保険がある、生活保護のようなセーフティーネットがある。希望があれば帰化も認める。・・・ これを求めることは上の人にとって「外国人による日本の乗っ取り」らしい。 しかし、これらを認めない外国人労働者は「奴隷」と呼ぶのではないか?
2019.07.26
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デパートの客からのご意見投書BOXに「〇〇の店員があくびをしているのを見た、プロとしての緊張感がない」というのがあって、これに対する店側の返答が「このようなことがないよう指導徹底いたします」とあって地獄を感じだ・・・ そのうちこの客は「店員が勤務中にトイレに入るのを目撃した、プロとしての自覚が足りない」って言い出すぞ・・・ こういう人間には「反応しない」「要求を聞いてやらない」ことが最善策なのに。
2019.07.26
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今回の選挙でれいわ新選組から当選した2人の重度難病患者の議員さんのため、さっそく国会内部でのバリアフリー工事が始まる、という話。 暗いニュースが多い中でこれは非常に朗報です。というか、結局「必要に迫られて、大義名分がないと変化できない国」なんだろうなと。 これに対して、例によって「税金の無駄使い」という言葉が乱雑に飛び交っていますが、これのどこが「税金の無駄使い」なのかと。きっと「たった2人のために予算がかかる」ことを挙げているのだと思いますが、段差にスロープを付ける、ベッドでも議会に参加できる座席を作る、というのは議員に定年制がない以上、より多くのこれから高齢になる議員にとっても必要になる可能性があります。 何より、この国では戦後、女性にも選挙権が与えられ、女性議員が誕生して初めて女性用トイレが作られたという、当時から平等意識からかけ離れた民主主義の国だったという。 差別抵抗の歴史というのはこういう弱い立場の人間が世の中の「当たり前」を変えていった歴史でもあり。最初から「当たり前」があったわけではなく、先人の苦悩と闘争の末の結果に、私たちは今、フリーライドされているに過ぎない。考えたらこの国は今現在、当たり前にやっている「選挙」すらなかった国なのだから。 日本は東京オリンピックに向けてバリアフリー化を進めています。が、これは将来自分が高齢で足が弱くなり、車椅子のお世話になった時のことを考えたら先行投資として絶対に無駄にはならない。 弱者にやさしい社会システムというのは、たとえ今、お金がかかるように見えても自分が確実に弱者になる人生において自分に返ってくる、そういう政治家を国会に送り出すきっかけにもなります。 同時に、今論議されている名古屋城のエレベーター設置問題も、すでに何度も失われ、歴史的建造物としての意義がなくなった施設を新築するのであれば、エレベーターはあって当然だと思う。新居を作るのに何も昔の使いにくいところまで再現する必要はないし、歴史的重要性は当時の残っているものに対して行うべき。
2019.07.26
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吉本の芸人さんがギャラ1円の振り込みの振込用紙をネットで公開して話題になりました。これだと社長が言っていた「事務所と芸人のギャラの取り分はせいぜい5:5、多くても6:4」と言っていた言葉も、じゃあこの仕事を2円で受注したのかよと、誰もが突っ込んだと思います。 それで思い出したのが、自分が学生時代、ある吉本のお笑い芸人のコンビを片方の方の出身校であるというよしみで文化祭で呼ぶことがあって。当時ほとんど無名の若手芸人さんでした。 で、当時私が学校の生徒会で文化祭実行員会の会計書記をしていまして。実際の事務手続きは生徒ではなく、学校側(大人)が行ったのですがその時、担当だった先生に「交通費別で80万円」と。領収書も確認、まとめてそれで決裁したのを覚えています。 もちろん、当時はネットもなく、こういう芸能人を呼ぶ相場を知らないわけですから「そんなものなんだなあ、芸人さんって儲かるんだなあ」と漠然と思ってました。 ですが・・・いったいこの金額の何割が本人の手に渡ったのか?上のような話を聞くと、いまだに謎です。 今回の件に関して多くの若手芸人が一斉に「ライブ一回の出演料が実質500円しかもらっていない」「往復の交通費を引いたら赤字」「仕事の出演料が振り込まれていないことをマネージャーに言ったら嫌な顔をされ苦言を言われた」といったものが続々と出てきた。これに対して大御所の芸人が「若手なんて食えなくて当然」「文句があるなら実力でのし上がってこい」「嫌ならやめろ」「私も昔はこうだった」と・・・結局今苦しんでいるものと、今は苦しまずにポジションをキープしているものの立場が鮮明に出て。 その中で卑怯だと思った言葉は「この期に便乗する若手がSNSで吉本の悪評を広げているが、文句があるなら正々堂々と一人で言ってみろ!」というベテラン芸人がいたこと。 これが「恫喝」なんですよ。これが「パワハラ」なんですよ!あのみっともない社長の会見から何も学んでいない。 私が嫌うのはこういう機会でもないと言えない、普段圧力をかけている側が世間の風向きが変わったこと、暗部が暴露されたとたん、告発した側、それに追随する側を卑怯者として攻撃する構図。 でもこれっていじめにあっている側がいじめを警察に届けたら「警察に言うのは卑怯!文句があるなら本人に直接言え!」という間抜けな言い分で。 少なくとも国の事業とも絡み、首相が舞台にサプライズゲストとして登場するような巨大エンタメ企業が、こんな人権無視、労働法を無視した体制で許されるわけもなく。 社員でない以上、フリーランスだからこそ仕事ごとに芸人との金額を確認して契約が必要、それがちゃんと行われて初めて「芸能会社のマネージャー」のはずです。
2019.07.25
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今回の京都アニメーションの痛ましい事件に日本のアニメファンはもちろん、世界各国から哀悼と悲しみ、そして募金と協力の声がかかっていて、これこそこのスタジオがこれまですぐれた作品を作り、多くの人を感動させたからこその反響なんだと胸が熱くなります。 一方、その反対にすごく嫌なこと。芸能人のアニメ好きを公言していたタレントさんが今回の件に「京都アニメーションのファンでした。犠牲者の方へのお見舞いと、一日も早いスタジオ復活を願います」という、当たり前の言葉を公表したところ、これに対して「ニワカがこの時とばかりに絡んでくるな」「けいおん!ぐらいしか知らない浅いファッションオタの芸能人が京アニを語るな」といったもの・・・ これ、つくづく嫌な話で。こういうことを言っている連中は、弔辞にすらマウントを取りたがる。「俺の方がアニメに詳しい!」と誇っているだけ。しかも、今回の事件はアニメスタジオであることを省いても、戦後最悪の放火殺人事件という悲劇。アニメファンでなくてもその悲惨さには心を大きく揺さぶられた。 今回の事件の受け取り方は、それこそアニメを愛する人、作品を愛する人ほど深い悲しみであることは想像できる。自分だってそうだ。しかし、悲しみの度合いに優劣はない。 あるとすれば、こんな時にさえ自分のオタク知識の優位性をひけらかそうとする、あるいはこの事件を差別デマに結び付ける下種極まる連中だ。 葬式で他人の香典袋を勝手に開けて「こいつは1万円しか入れてない。こいつは5000円だってさ!」と言っている馬鹿だと思えばいい。 一番の冒涜者だ。
2019.07.24
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本当に吉本興業が「家族的な経営」をしているというのであれば・・・ 売れてない所属芸人が会社に来たらタダで社内食堂で一日3食は食わせろ。 最低限、これだけのことができて初めて家族といってやれ。今の売れない芸人が食い扶持をお笑い以外のバイトで稼いて生活させるのは家族と呼ばない。
2019.07.24
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吉本の問題、だんだん気持ち悪くなってきたのは、あれだけの日本を代表する企業の問題なのに、なぜか芸人のメンツとか立場、顔に泥を塗った、塗らないの話で進んでいること。 これは本来芸能ニュースじゃなくて労働問題、企業のコンプライアンス、そして人権問題のはずです。これと同じことが別業種であったら同じように思うでしょう。 そして、この吉本興業には日本の笑いを世界に、という名目で多額の税金が投入されている。それが末端芸人どころか中堅の芸人すらバイトしないと生活できない報酬しか渡さず、しかも契約書も取り交わしていない・・・完全に立場の優位性を使った下請け、フリーランス搾取であり。 前に吉本の社長は「吉本は家族みたいなもの、だから契約書は取り交わさない」みたいなことをいってましたが、昔からブラック企業の社長の代名詞みたいな台詞がこの「家族的な企業」であり。これは違法な労働条件やセクハラ、パワハラなどを企業倫理ではなく「家族だから」でなあなあにする言葉で。上の者には都合がいいが、下の者には理不尽しかない。 特に今回のような事件が発覚したとたん、その家族を守るどころか恫喝するような。 今回、闇営業が問題になっていますが正式な契約書がない芸人は所属はあってもあくまでフリーランスなのが一般社会です。その会社を代表するゲームのイラストレーターが他社の仕事をすることもあるように。また、その場合、反社会的組織の仕事を別口で受けたとしてもフリーランスである以上、そっちの仕事にとやかく言う権利はない。 この辺をちゃんとしないと「法律を超えた業界常識」で基本的人権を無視することになる。それが一番怖い。
2019.07.24
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日大ラグビー部危険タックル、大相撲の横綱暴行、龍角散株式会社セクハラ、そして今回の吉本芸人・・・ これらに共通していることは組織内での権力者が恫喝、違法なことを「これがこの業界(会社)のルールだ、文句があるなら出ていけ」というパワハラが組織外に公になったとたん、急に慌てふためき、みっともない会見をしたり、でも、責任は取らず逃げ回るTOPの構図です。 本来、不祥事の責任は報告を受けている以上、対処しなかった上に行くほど重いはず。しかも、それを問題を起こした側は守られ、本来守られるべき被害者を切ることでなかったことにしようとする典型的な保身。 TBSラジオで荻上チキさんが「(吉本のことは)これを芸能問題にしてはいけない、労働問題であり、法律問題であり、人権問題である。だから報道として追及していきたい」と。 この手のセクハラ、パワハラを当たり前にやっている連中の共通する言葉が「この業界では常識」だ。しかし、そんなのは常識でも何でもない。なにしろ、公になったとたんコソコソ逃げ回る連中なのだから。常識とは「多くの人が周知共有して認めているから」常識なのであって、狭い組織の身勝手なルールではない。 セクハラで思い出したこと。前に大きなゲーム会社にいた際に社内でセクハラ問題があり。告発され問題視した会社側が社内での聞き取り調査を行ったところ、出るわ出るわ・・・その上層部役員の日常的なセクハラ、パワハラ・・・つまり、その人は皆から恨まれていた。組織内であっても誰もそれを常識的だなんて思っていなかった、ということ。 SNS時代。昔のように泣き寝入りするぐらいなら、その様子を録音して公開すればいい。どうせやめるんだ。辞める会社に恩義建てして何になる。 何より、セクハラ、パワハラは明確な犯罪です。「嫌だったらこの会社から出ていけ!」なんて言葉をなぜ犯罪を犯している側に言われなければいけないのか?出ていくのはお前だろう!、と。
2019.07.23
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今度の選挙で台風の目になった「れいわ新選組」。この党員の2人が当選し、しかもどちらも重度の身体障碍がある、ということで国会内部のシステムの変更が求められています。 まず、わかりやすいところですとASLの議員さんは常に介護用ベッドで生活しているため、通常の議員の椅子には座れない、また、発言も声が発生できず、瞬きなどを使った音声合成にならざるおえない。これまであった木札の投票もむつかしいので、世界では当たり前になっている押しボタン式の採決。それ以外にも会議中、介添え人の常設など、様々な想定外の対応が求められます。 で、これに関してネットでは「重度障碍者を国会に送り込むことで不要な出資やバリアフリー施設が求められる。山本太郎議員のパフォーマンスのための税金の無駄使いだ」と・・・ なんとひどい話で。というか、バリアフリーというのは障碍者だけのものじゃない。高齢者にやさしい、それこそ高齢議員が多い国会ではむしろほかの議員のためにもなる。また、ASLはいまだに原因がわからず、健康だった人がある日突然、みたいに誰もがなりえる病気です。 何より、国会という国政を決める場所が、これまで障害がある人もこの国にはたくさんいる、という当たり前の声を想定していない、という反省でもあり。これをパフォーマンスと受け取る人は難病と戦っている人も日本中にいて、そういう人も政治に参加する権利があるという基本的なことを思い出してほしい。むしろ、病に苦しんでいるからこそそういう人の声を届けられるはずですから。 この国は薬害エイズ問題、ハンセン病への対応や知的障碍者の強制不妊手術など、過去に科学的、倫理的に間違っているとわかっていることを惰性で延々と国の方針でつづけていた、そういう訴えを無視し続けてきた歴史があり、それは「健常者といわれる人のみの日本」「国家が決める標準的でない人間(難病、性的マイノリティー、障碍者、貧困者)は存在しないものとして視界に入れないようにすれば問題は起きない」という勘違いの歴史。 だからこそ今回の2人の当選は、大きな第一歩になることを考えてほしい。そして、自ら比例3位になったことで当選確実でもあるにもかかわらず議席を2人に譲った山本氏にたとえ次期選挙をにらんだパフォーマンスであっても敬意を。
2019.07.22
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路上をちょっと見てみるといい。いわゆるポイ捨てされているごみの多くが何なのか? それはたばこの吸い殻。先日も前を歩きながら煙草を吸っていた男が本当に当たり前のように、ピッとそこら辺に捨てている。 で、昔からたばこの吸い殻はポイ捨てしてもいい、みたいな空気があって。私はそれが嫌です。というか、タバコを吸っている人の煙以上にその辺の意識の低さ、無神経さが大嫌いで。 以前の会社でタバコを吸う人は会社の決められた場所(屋外の喫煙エリア)で、という取り決めがあったのですが、問題になったのはそこの灰皿を誰が掃除するかということ。一般ごみと違い、そこはビル掃除をやっている会社とは契約に入っていないらしく、かといって放置するわけにはいかない。最初は新人の仕事、ということになりかけたのですが、タバコを吸っていない大半の新人から猛反発が起きる。「みんなの共有物ならともかく、吸っている人が始末してください!」と。 なにしろ、タバコを吸っている人は気が付いていないんですけど、タバコの匂いってなかなか落ちない、特に灰皿に水が張ってあるタイプのやつなので、やにが染み出した吸い殻まみれの汚水を交換するってのは、タバコを吸わない側にしてみると不快&迷惑でしかない。 結局、なんやかんやあって吸っている人間が持ち回り当番制で始末することになりましたが。 上の話に戻ります。私は喫煙する権利は絶対にある、彼らを強制的にやめさせるのは自分からオタク趣味を取り上げるのと同じだと思うので絶対にあってはならないと。 ただ、吸わない側にこういったポイ捨てや灰皿処理のようなものを押し付けてくるとしたら断固拒否します。煙以上に後始末しないでいい理由はない。携帯灰皿というものがある以上、処分は自分でできるはず。自分が吸う量以上の吸い殻は出ないのだから。 愛煙家が世間から白眼視されるのは「後始末しない」人が多いことであり。ほかにも空き缶を灰皿代わりにするとか、過去の愛煙家がずっと「常識として」やってきてしまった蛮行の報いでもあるんです。*ちなみにたばこのニコチンの有毒性はもっと知っておくべき。何気なく池にポイ捨てした一本の煙草の吸殻で飼っていた金魚が全滅した、なんてこともある。
2019.07.22
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前に後継者不足を悩む伝統の切子細工の職人がインタビューで 「若い奴が時々弟子になりたいって来るんだけど、ちょっと殴って顔に青アザできたぐらいで翌日から来なくなった、根性がねえやつらばっか」 といってたけど、お前のせいで衰退してんだ!勝手に滅びろ!と思った・・・
2019.07.21
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世の中でテロのような凶行が起きやすい状況を作るには「現状が苦しい」「周りとの関係性が薄く社会的つながりがない」「将来に希望が持てない」 だと思っています。この3つがそろったとき、「死んでもいい」になる。 逆に言えばこのうち一つでもしっかりしたものがあると、世の中に居場所がある。今の生活が苦しくても、将来に希望があれば前に進むことができる。周りに家族や愛する人がいなくても、現状の生活が満足していれば楽しい。将来に希望がなくとも、愛する家族、楽しい友がいれば一緒に生きる・・・ 逆に言うとバブル以降、日本社会はこういう人を大量に作ってきた。 その絶望が「自殺」という方向に向かうか、「他者を傷つける」に向かうかは紙一重。しかし、日本の同調圧力は、ぞの人の人生最悪の決断でもある「自殺」にすら、「他人に迷惑をかけるな!死ぬなら一人でこっそり死ね!」と・・・時折ある電車飛び込みによる遅延には、ツイッターに大量に自ら命を絶ったものへの罵声。 たとえば今、自分にはそこそこの生活ができるお給料と、馬鹿話、オタトークができる友達と家族、近い将来に作るべきゲームという希望がある。だから、世の中に絶望せず生きていられる。しかしこれらをこの国で頻繁にある自然災害などで一瞬で失ったとき、私は正気を保っていられると思えない。 だから、こういう人が何とか生きる希望をつなげる、光明と安定を与えるのが生活保護というシステムなんですが。 なぜかこれを「施し」「卑しいもの」とする人がいるんですよねえ・・・上のような絶望による凶行を防ぐ安全装置でもあるのに・・・
2019.07.21
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「自粛」とは、文字どおり自らの意志だけで決定することにこそ価値があるので、世間やネットで「この時期は不謹慎だから自粛しろ!」なんて言われたから行った、というのは自粛ではない。 ネットでは「こんなことがあった以上、夏のコミケで京都アニメーションの同人を出す、あるいはコスプレをするのは不謹慎だ、自粛しろ」というアホがいる。お前がやらないのは自由意志だが、今回の事件と作品のコスプレや同人は関係ない。ましてや、自粛するように他人に言った時点で価値は奪われた。 そんな言葉に従わされる圧力は自粛ではない。 東日本大震災の時、当時の石原慎太郎都知事が花見の自粛を訴えたが、馬鹿としか言いようがない。10人で一日ひとつずつ、毎日10個必要なパンが7個しか手に入らないときはその7個を10人で分け合うのが理知的なのに、食べられなくなる3人分の人を出さないために残りの7つを捨てるという、単に不幸を増幅する行為。 だったら花見で人が集まる上野公園で募金活動を行った方がよっぽど役に立つ。 今回も海外のアニメ会社が京都アニメーションの犠牲者の方々のためにクラウドファンディングで募金を集めたり、アニメイトが各店舗で募金を集めたりして、すでに多額の応援金が集まっている。 これに対しても「他人の不幸を売名に使うような行為、自粛しろ!」と発言する人間もいる。 こういう人にとっての「自粛」とは、責任のないところからの脅迫でしかない。
2019.07.20
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話が通用しない相手をどう対処したらいいのか・・・ 自分がいるゲーム会社(結構大手)でも、「開発者に合わせろ!」といった直接受付に乗り込んでくる人がいる、それも年に数人。 だいたい警備員を呼ばれて押し問答があって、引き下がらないときは警察が呼ばれるようで。その際には社内メールで「こういう人が来ています、お気を付けください」と・・・ しかし、俺らってこの手の人にどう対処すべきなのでしょうか? 買ったゲームがつまらなかった!金返せ!、だったらまだ理解できるんです。(もちろん、返金はしませんけど)ですが「このアイデアは俺が考えたものだ!」とか「このゲームのシナリオは間違っている!ここに俺が描いてきたからこれを使って作り直せ」とか、「俺にこのゲームを作らせろ!」みたいなのはもはやどうにもならない。 特にゲームの内容に関する不満であれば、ユーザーアンケートに書いていただいた方がよほど今後の開発に役立てます。ましてや「このシナリオはこうあるべき!」みたいな「俺の考えるゲーム世界観」は同人でやってくださいよ・・・あと、「このゲームを俺に作らせろ」は、じゃ正規の手続きで入社試験受けてください(泣 ちなみにこの手の人は総じて頭がおかしいわけではないんです。単に熱心の方向性がおかしく、しかも真面目だから余計に厄介。「俺がわざわざ自費で会社に来て真剣に訴えているのに、警備員を呼ぶとはなんだ!」と・・・いやいや、私たちにしてみると単に怖い人ですから! こういうのは一般のお店でもある理不尽クレーマーと同じです。どう対処したらいいのでしょうか…
2019.07.19
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生活困窮者への社会保障の充実や保育士への給与拡充などの話をすると必ず「財源は?」という人がいる。金がないからできないんだと。 しかし、思い出してほしい。アメリカのいいなりで100機以上の戦闘機の購入、沖縄の基地埋め立て工事、イージスアショア決定の際に「財源は?」といっただろうか? いつの間にか決められ、すんなり通ってしまった。その予算規模は上の財源を十分賄える。しかも、この価格は暫定的なもので、追加予算でどんどん膨張している。 国防が無駄だというのではなく、予算の優先順位の問題。金が足りないと言っているのに、なぜそっちには優先的に回すのか? せやろがいおじさんが言っていた「すっごい鎧でガチガチに武装してる風邪ひいた人」 なんだろうな。誰かに切りつけられることを心配する前に、先に病院行けよとw
2019.07.19
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今回の京都アニメーション放火事件とちょっと離れますが、似た根底があるのは「テロは軍の強化では防ぐことができない」 ということ。もともと軍隊というのが敵対する組織的勢力に対しての対抗組織であるゆえに、銃を撃つ、戦闘機で攻撃する、といった作戦行動には特化しています。 しかし、いま世界を騒がせるテロというのは個人レベルでの破壊活動。宗教的、あるいは象徴的施設に単身で一般人を装って入り、足のつきにくい現地調達品で爆発物などを作って武装していない一般市民を狙っての破壊活動を行う。これは宗教テロも、今回の事件も通り魔事件も何の差もない。 これに対して日本政府は「対テロ対策のために軍事防衛費を増やす」という名目を語っていた。が、それをどうやって使うのだろうか? 軍事力がテロに対してあまり効果がないのは、世界最大の軍事国家であるアメリカが証明している。むしろまともに対抗できないと悟ったテロリストは上のような作戦に移る。なにも強大なアメリカ軍を相手にする必要はない。狙うのは市民だと。 テロに対して一番の対抗策というのが、実は「恨まれないこと」というのが皮肉な話で。日本がこれまで、世界中の他国である中東テロに巻き込まれなかった理由は「友好国であった、政治介入しなかった、援助だけ行った」 ということがあって。だから、彼らの攻撃対象にならなかった。しかし、もしアメリカがイラクと戦争状態になり、日本がアメリカ側に加担するとしたら、これまでイラクと友好関係があったからこそ保たれていた「テロ対象外国家」ではなくなる。 そうなったら国内でどんなテロが行われてもおかしくない。オリンピック会場で人がごった返す中、今回の事件のようにガソリンをまかれたら・・・あるいはもっと簡単に、自動車で人が多い夕方の繁華街を暴走したら? こう考えると本当のテロ対策とは何なのか考えてしまう。 ちなみに今、貧困や生活困難で社会に対する恨みを持っている人はたくさんこの国にもいる。自分がいつ、無差別殺人の被害にあうか、逆に社会への絶望からテロに走るか、なんてわからない。 自分がよく行く秋葉原で数年前、無差別テロが起きたことを忘れてはいけない。 あの時の犯人も理由は社会不満、浮かばれない自分の生活が理由だった。政府が考える「防衛装備品」では防ぐことが絶対できないテロだ。
2019.07.19
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京都アニメーションで発生した放火事件、それこそ戦後最悪のテロの様相に震えます。 で、事件のことはまだ何もわかっていないので控えますが、皆さんに知っておいてほしいのが「ガソリンの恐ろしさ」について。 ガソリンをいまだに灯油のような燃料、火が付いたら燃える、レベルの感覚の方がいらっしゃいますが、違います。あれは爆発物です。燃焼目的の場合、火薬より被害が大きい。 というか、床などにばらまけば気化し、これが燃えるんです。ので、ガスに引火したとたん、大きな爆発になる。しかも燃焼時に真っ黒の有毒ガスが発生し、その煙で呼吸できなくなって死亡する人も。 ガソリンというのはこれだけ危険な液体でありながら、入手は比較的容易で。それこそ田舎だと農家の機械に使うためにふつうに売っていますし、セルフのガソリンスタンドなんていくらでもある。ペットボトル一本分であっても恐ろしい燃焼効果がある。それが野外などでなく、建物内で撒かれ、ライターで着火されれば一瞬で火の手が回るわけで。 そして、この手のテロ行為は防ぎようがない。何らかの行動をする人間にとって、ナイフとか日本で銃を手に入れるより、安易な方法で多くの人の命を奪うことができる。数年前、新幹線内で男が自殺を図った事件もガソリンが使われた。 だからこそ、今回の件を「あの時防火設備がしっかりしていたら」「警備員がいたら」などという後付けの「こうすればよかった論」で関係者を責めてはいけない。ある日突然、自分の勤めている会社の玄関先で見ず知らずの人間がガソリンをまいて火をつけたら・・・そんな状況を想定しての危機管理などできやしない。
2019.07.18
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漫画家が自分のキャラクターに自分の政治思想を載せることはどうなのか、について。 漫画「遊戯王」の作者さんが、自身のキャラに本編とは関係のない政治的発言をするセリフを描いたイラストを公開した、ということで批判があり、それに対して作者が謝罪するというニュースがあって。 これが「異常な事態である」ということに気が付いてほしい。 いや、何が異常かというと「自分の政治的思想を公表することを謝罪させられる」という世間の圧力というか、「空気読め」みたいなことが当たり前になっている。これは芸能人や声優が政治について語ると「芸人風情が素人考えで政治を語るな」みたいなことを平気で言ってくる人がいる。 で、マンガの起源であるポンチ絵というのは、当時の新聞などで政治を批判する風刺画が発祥で。そういう点でも漫画家が自作品で政治を語るのは何のおかしさもない。昔から新聞4コマに代表されるように、むしろ「漫画というわかりやすい媒体で世の中の人に政治を訴える」優れた表現手法です。 今回問題とされているのは本編作品内では政治的なことを言わない(カードバトル漫画)キャラが政治について語っている、ということに「作品の雰囲気を壊すな」みたいな意見が大半でした。が、これってよくあるコラボイベント絵と何が違うのか?ほら、マンガキャラが本来の作品と関係ない商品のマスコットキャラとして広告しているのはダメなのか? それに今回のイラストは漫画本編ではない、あくまで作者が個人的に描いたものであり、これは誰からも文句を言われる筋合いはない。漫画家が自分の作品のキャラを原稿料が発生しない場所で書いて何が悪いというのか?だとしたらツイッターに漫画家さんが本編と違うキャラのギャグ、パロディーイラストを描くことがあるが、あれもダメ、というのか? また、漫画本編と関係ない政治思想を入れた作品なんて「美味しんぼ」に代表されるようにいくらでもある。あるいは、自分の応援する政党の漫画を描く人は「イメージが崩れる」から書いてはいけない、なんてだれが決めたのか?有名、無名は関係ない。 少なくとも漫画というのは原作者がその世界の「神(創造主)」であり、そこから作られるものが絶対。よくあるマニアがのぼせて「こんなの〇〇じゃない!」と言っても、それはファンが勝手に作った世界観でしかない。 ただし、私が今回「その言い方はない」と思ったのは、先生が「今の売国政権で日本は大丈夫か」という言葉を使ったこと。私は売国という言葉を自分の異なる政治思想に使う人間は嫌いです。それは自分と違う思想の相手を攻撃する際によく使われるけど、差別の温床になる、一方的に相手を悪い側として扱う言葉だから。「自分の意見と違う=売国」 という定義をする人は思想の右左関係なくおかしいと思う。 「漫画家だろうとタレントだろうと一般庶民だろうと貧乏人だろうと一票の重さは同じ。だから民主国家であり、有権者の政治表明の自由を圧力で妨げられてはいけない」と思います。 だから「高橋先生の政治的主張はおかしい!」というのは政治への思想が違うのをぶつけているだけなのでOKだけど「イラストを消せ!こういうものを発表するな!」と、相手のペンを奪う、表現検閲になってはいけない。このイラストを「よくやってくれた!」と喝采している人も反対側にはいるのだから。
2019.07.18
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ヤジの市民を道警が排除 安倍首相の街頭演説中 これに関して「政治家の演説を妨害する行為だから選挙妨害だ、捕まって当然」という人がいましたが、実は、街頭演説に対してヤジで言い返すという行為は「対等の表現行為」である、ということになっています。というのは、これが施設を借りたイベント(講演会)とは違い、駅前でマイクをもって聴衆に演説する行為は、それが政治家であろうと一般市民であろうと、選挙であろうとなかろうと公権が止められる行為ではない。朗々と語る候補者の政治演説と近所のラーメン屋のおっさんが「うそつけ!お前らのやってる政治は全く違うじゃねえか!」というヤジには「時の政治を街頭で語る」という意味で何の差もない。 あるとすれば騒音による被害、あるいは店の軒先を不当に占拠されたことによる迷惑といったことぐらいで、話(やじ)の内容は問われない。 今回の件は演説に対するヤジを行ったところ、警察5.6人に取り押さえられて確保されたということ。拡声器などを使っておらず、こうなると首相の演説に反論したら、即、警察に取り押さえられる、ということであり。 もっといえばこういう権限は警察にはない、不当な身柄拘束。まさに「お上に逆らうものは捕まる」という、戦前、戦中の思想弾圧そのもの。しかも5.6人で、ということは最初からこういった人間が現れた時の対処として身柄確保が想定されていたことになる。 で、もっと問題なのは、同様のことが選挙戦で他の政治家、他の政党の演説でも起きているのに、そちらはこういった身柄確保、ということは起きていない。先日、新宿駅前で某野党候補者の演説中、ヤジが飛んでいたけど近くにいた警察はその人物を身柄拘束はしていなかった。選挙の中立性というものが警察によって大きく揺るがされている。 安倍首相は以前、秋葉原の街頭演説でヤジられた際、顔を真っ赤にして「ああいう人たちには負けない!」と発言したことから、今回の選挙の演説では支持派によってまわりをがっちり固め、反対のプラカードを持ってきた人間を排除するという徹底ぶりからも、もはや「自分の支持者以外は敵」「反対する人間は姿さえ見させない」というやり方で。 でも、そんな政治家が憲法改正をしようとしている。恐ろしい話でしかない。 私は、ヤジというのが嫌いです。それは与野党関係なく、演説を聞きたい人の自由を妨げる行為だから。でも、そのヤジを飛ばした人間への警察の対処が政党や政治家によって変わるとなったら大問題だと思っています。
2019.07.17
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帰宅してPCでツイッターを見たらいきなり画面構成が変わっていて混乱する。 というか、画面を3ブロックに強制的に分けられたことで読みにくいったらありゃしない・・・しかも、慣れ以前になんで今まで上に横一列にシンプルに並んでいたので目障りじゃなかったアイコンの類を大幅にスペース取ったレイアウトにするんだ!このせいで画面が狭く感じる!現にトップバナーの幅が1/3になっているし・・・ ツイッターは以前もアイコンをいきなりなぜか丸に強制変更させた(これも意味があるとは思えない)ことがありましたが、今回もなんでいきなりここまで変えてしまったのか?しかも、元に戻せない。ユーザーに選択肢がないという・・・ 他のソフトでも、時折バージョンアップの際に意味不明なレイアウト大幅変更がありますが、あれって利用者の本当の使いやすさとは「現状維持、今まで通り」でもある、ってことを全く無視しているんですよね。 なんだかなあ・・・
2019.07.16
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アメリカのトランプ大統領が、次回選挙に対抗馬として出ると思われる候補者がもともと難民出身者であることをツイッターで「自国が崩壊している国の人間がこの偉大なアメリカでなにができるというのか」みたいな人種差別ツイートした、というニュース。 で、これに関して荻上チキさんが「この手の論説で必ず「もともとアメリカは移民の国じゃないか」的なことを言う人がいるけど、こういうのはやめよう、どの国であってもルーツ論を語ることは差別と変わらない、もっと「人権の話として」抗議しよう、というのがあって。 これはすごく感じます。たとえば日本でも在日外国人、特に特定アジアの国の2世、3世の方に対するヘイトスピーチで「自国に帰れ!」みたいなことを言っている連中がいますが、その人たちはこの国で暮らし、税金を払っていてたら日本人と何が違うのか?むしろ外国人を技能研修生名目で最低基準以下の違法な給料でひどい労働させる日本人経営者の方がどれだけ犯罪者であるか?ここには国籍もルーツも関係ない。単に鬼畜だというだけ。 少なくともアメリカはトランプ支持者だけのものではない、のと同様に、日本という国も今の政権を支持する人間だけの国ではない。にもかかわらず政府のやり方に人権的見地から反対すると「反日」とか「売国奴」「嫌ならこの国から出ていけ」と・・・ だいたい、国をよくしたいから政治家のおかしなこと、文章改竄などをする政府に抗議しているのであって、それがどうして反日行為なのか?「政府の奴ことはすべて正しい、逆らう人間は犯罪者」という時代の70年前、この国がどうなったかをしらないのかと。 それを言える権利は日本人だけじゃない、在日外国人にも、日系人にも、それどころか海外の人にすら「その国の民衆の人権を守れ!」ということを言う権利がある。それは中国でのチベット民族弾圧や北朝鮮、アメリカでのアジア人に対する差別、中東でいまだ続く女性差別に抗議する他国の人間を「お前らには関係ないだろ」と言われて納得できるわけがないのと同じ。 誰もが生まれる国を選んで生まれたわけではない。自分のルーツによってその国に住んでいい、いけないなどというのは決まっていない。誰もが等しくこの国の人として生きる権利がある。
2019.07.16
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昔のことを思い返しますと、自分が子供だったころにあったPC88系のRPG、特にイース以前ってものすごく理不尽な謎解きが当たり前の時代だったんだよなと。 と、思ったのがニコニコ動画で当時のゲームをプレイしている人の動画があって、その中でじぶんもやったハイドライド3の攻略動画を見ました。 で、当時、ネットもない時代によくこんなゲームをクリアしていたなと。たとえばゲームの序盤で200階建ての塔に上る、というのがあるのですが、この塔の内部が迷路になっていて、しかも、通り抜けられる壁がある(見ただけでは全く区別がつかない)。そこに気が付かないと上の階層にいけない、とか、実際200あるフロアの193階の、窓の外にほんのり雲の模様があり、そこを飛び込むと雲の上が歩けて町がある(それ以外の窓は飛び込むと落ちて死ぬ)とか・・・絶対気が付かねえよ!という理不尽さ。(ヒントもろくにない) 当時どうやってクリアしたかというと、私の場合は自力攻略はあきらめ、PCゲーム雑誌に載っていた攻略を読み解いていった。しかしこれって攻略でも何でもなく。なにしろ、謎解きになっていないから。 では当時これがクソゲーだったかというと、そんな評価はなく。むしろ前作より優しくなった、と言われるほど。 ある意味それ以前の作品ってもっと理不尽な謎が多くて。グラフィックの稚拙さもあって余計にわからない、なにしろ他の壁と全く変わらない場所でハンマーでたたくと壁が崩れて通路ができる、なんてごく当たり前に「謎解き」と称して組み入れられていた時代で。 つくづく思うのは、ネットのない時代に日本のパソコン少年たちはどうやってそれらゲームをクリアしていたんだろうかと・・・というか、のちのファミコンでもクリアできないようなな理不尽な難易度のゲームはたくさんあって。むしろ今のゲームって「そこそこやればクリアできる」レベルにちゃんと調整されているんだなと。 あの時代、ゲームがクリアできないのが普通だったのかもしれない・・・
2019.07.16
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グラフィックを詰めずにゲームのプロトタイプを量産する方法は現代でも通用するのか 回答:作ってみたらわかる ・・・と、これだと訳が分からんから詳しく説明しますね。 まず、あなたが家を建てる場合があります。その際、土地の広さも、部屋割りも、外観設計も、トイレや水道、電気、ガスの配管も決まっていない段階で「壁紙はこういう色にしたい、げた箱にはこういう芳香剤を置きたい、床のフローリングの質感はこういう色合い、照明の色は○○色にしたい」ということを優先して考えるでしょうか? で、ゲームの場合もそういうこと。上の文章を書いた人は「グラフィックを詰めずにゲームのプロトタイプを量産する方法は現代でも通用するのかもはやグラフィック無しではゲームは評価の舞台にすら登れない」とおっしゃっていますが、それは実は上の基礎工事の一つ。つまり、それ以外の作業がいくらでもあり、「ゲームとして遊べるレベルに達する以前の、商品になっていない、評価対象にすら当たらないこと」になる可能性になってしまうんです。 自分の過去の例を出します。ある大手会社で海外市場を意識した(と、当時のリーダーは言っていた)ガンアクションを作りました。しかし、仕様が詳細まで決まっていない段階で開発を動かしてしまった。 で、作業中、ある程度ゲームとして遊べる基本システムがようやく出来上がった時点で、このゲームの売りであるとしたシステムが、実際にゲーム内である方法を使うとほぼノーリスク、無敵で敵を倒せてしまうということが発覚します。大慌てで仕様変更&追加仕様。これによって先行して作りこんだマップやキャラのモーションが半分以上つかえなくなる。 また、この大幅な仕様変更でプログラマーさんも疲弊する。新たな仕様を追加するためにソースコードをいじらなければいけない。結局、追加した仕様でも穴があり、そこを埋めるためにさらに・・・みたいな。どんどんドツボにはまる。 結果、1年半で開発の予定が2年以上になり、出来たものも当初の予定のものとは全然違う、いびつで中途半端なものになり、当然売れなかった。 で、この例を見た時に何が悪かったかというと「紙の上の仕様書だけでゲームの作りこみを始めてしまった」こと。先にプロトタイプを作らなかったから、余計な作業をさせられて回り道や迷走をしたということです。 上の文章を書いた学生さんは、まだゲームを「完成させたことがない」のではないかと。完成させるというのは、OPからEDまで通しで遊べるものを作り、それをコミケなり、ネットなりで売る(金銭のやり取りがある商品を作った)ことをしたことがない。実は「ゲームっぽいものを作る」のと「ゲームを一本作る」のでは雲泥の差で、どんな糞ゲーも「ゲームっぽいもの」には勝る。そのぐらい一本のゲームにするというのは大変なんです。それこそ今でもUnityやUE4で「ゲームっぽいもの」を作れる学生なんていくらでもいますが、それをちゃんと売れる(お金を取ることができる)レベルにまで持ってこられる人は数パーセントです。 この方は「グラフィック抜きではゲームは語れない」とおっしゃっていますが、そのゲームにさえなっていないものをどうやって売るのか?あなたはそういうイメージビデオみたいなものを買いますか?まずそれを聞きたい。 ちなみに私はプロでゲーム作りをやっていますが、趣味で同人でゲームを作っています。人出が少なくできることは限られている。だからこそ、ダミーデータを山のように準備し、プラモデルでいう「仮組み」を素早く行う。仮組みだから修正も楽。必要なもの、足りないものも見えてくる。一通り最後まで通しで遊べる、面白さを担保出来てから、一緒に製作してくださる方に仕事の依頼をする。画面のクオリティーにこだわるのはこの後の作業です。 と、長々と書きましたが「グラフィックを詰めずにゲームのプロトタイプを量産する方法は現代でも通用するのか」ではなく「グラフィックのクオリティーとゲーム性を両立するために、失敗しないためにプロトタイプをたくさん作る」わけです。スーパーマリオメーカーのように足場のブロックを1ブロック分伸ばして、みたいなことを企画がスナック感覚でリアルに作りこんでしまったマップのモデラーさんに言ったら切れられます。そのぐらい大変なんです。 と、いうわけで昔と違い、今のゲーム作りはどんどん大規模化している、からこそ、本格始動の前の先行作業が必要で。大人数で冬山登山をするのにルートもビバーク予定地も決めず「とりあえず山頂にいけばいいや」で出立する。それによって屍さらしたプロジェクトを何本も見ていますから、昔よりプロトタイプは大切なんです。あと、プロトタイプの段階では画面にこだわらないこと。背景が方眼紙みたいなものでも、キャラの動きがカクカクでも、効果音がなっていなくても、それで面白いと思えるものを作ったら正解です。 プロトタイプの段階でうまくいったら、あとは必要な場所に肉付け(細部を作りこんだり、画面を派手にしたり)すればいい。逆に言うとここでゲームとして面白くないものは、面白くしようと細部にばかりこだわったり、サブイベントを逐次投入したりとぶくぶく膨れ上がっていく。 デッサンが崩れていたらどんなに細部を書き込んでもゆがんだ絵にしかならないのと一緒です。 でも、自分もこの子を笑えないんですよ。それは自分が最初に趣味でゲームを作り始めた時はそっちでしたから。見た目がわかりやすい、変化がすぐに結果に反映される部分というのはやっていて楽しいんです。が、実はそうじゃない、土台の地味な部分を地道にトライ&エラーすることが最終的に全体のクオリティー向上につながるというのに気が付いたのは何本も失敗作を作ったあとで。 また、これが一人で作っていたからマシであって(脳内でやりたいことが完結できる)他人を使うとなったらプロトタイプはもっと重要になる。イメージの共有は何百枚の仕様書を紙で書くより、ざっくりとした動けるゲームで見せたほうが伝わるし、相手も仕事がイメージできる。ナムコの「塊魂」みたいなゲームを紙の上だけの仕様書のプレゼンで面白さを説明できるか?財布を握っている人に予算をだしてもらえるか?そもそもゲームとして成立するか? その失敗の経験値を得ることが、まさに「プロトタイプを作る意味」なんです。
2019.07.15
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選挙でよく言われるのが「入れたい人がいない」という主張。だから棄権する、というのは実は投票したくない相手であっても一票を白紙委任するという、最悪の選択でもあります。 で、その場合どうしたらいいか?答えは簡単で「一番入れたくない人以外に入れる」ということ。たとえば年金だったり、原発であったり消費税であったり憲法であったり、その人の中で重要視するものを一つ選んで、自分の主張と全く違う候補者を外す。そしてさらに残った候補者の中から別の選択肢で自分と意見が合わない候補者を削る、さらに・・・と繰り返していく。 こうすれば残った人は、少なくとも「自分の意志とは別の行動をされた」という候補者には行き当たることはない。自分の主張は1票に反映される。 間違ってはいけないこと。選挙は政治家になってほしい人を選ぶだけではない。政治家にふさわしくない人を引きずり下ろす行動でもある。 今の政治に不満があればあるほど、そういう「入れたくない人や政党」はあるはず。だから、投票行動をこう考えればいい。
2019.07.15
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もはやこの国は自由な政治的発言ができなんだなと思ったこと。 ある芸能人が今回の選挙についてツイッターで自分の主張をつぶやいたところ、事務所から「そういう発言は控えるように」と言われたという。 これ、ひどい話です。要は「仕事が回ってこなくなる可能性があるから政治的発言はやめろ」ということ。しかし、憲法で保障されている最低限のことさえ破っていることをこの芸能事務所は考えていないのか? 芸能人は人気商売だからそれによってファンが離れるかのしれないから、というのはあくまで事務所の都合。しかしそれは、私のようなサラリーマンが「会社と付き合いのあるトップが〇〇党を支持しているから社員であるあなたもその政党を批判してはいけない」といっているのと何が違うのか? 仕事と政治信条は全く別の話。逆に言えば自分の支持しない党や政治思想を持っている芸人、音楽家、声優が出演しているアニメの映画を見てはならない、と言っているのに等しい。 これだけではなくて、日本では政治のことを話してはいけない、自分の政治主張や政治問題を公の場で話すのは「空気が読めないやつ」と白眼視する雰囲気が蔓延している。しかしそれは民主政治にとってもっとも無価値、どころか危険なことだ。 政治参加とは投票日に一票入れるだけの行動じゃない。ましてや、会社や所属組織に仕事を通して文句を言われることこそ完全な「政治弾圧」である。 そんな世界に慣れてはいけない。また、卑怯なのはこういうことを言ってくる人間ほど、自分の主張とは言わず「そういう空気があるから」「そう思うファンがいるから」といった責任を取らない同調圧力をおしつけてくる。 そんな卑怯者の言いなりになっても何もいいことはない。成人であり、有権者である以上、自分の主張を堂々と表明してなにが悪いのか?
2019.07.14
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『花とゆめ 読切「ロマンスとバトル」絵柄酷似で謝罪事件』、漫画家に対する擁護の声増加と編集部の失態!! ちょっと前にネットの漫画情報界隈でも話題になっておりましたが、わかりやすく言うと編集者主導で新人作家に「この作品の絵柄で」と似せて書かせた作品を掲載した、ということでSNSなどで炎上したのですが。 で、何が今回問題かというと、それについて編集側がいち早く謝罪してしまったこと、これが私は最大の問題だと思っています。 この抗議が誰からあったものなのか?SNSという不特定多数の人間による抗議であり、ネタ元にされた作家から直接の抗議とは書かれていない。 何より、元になっている作家:種村有菜さんの絵柄って、ちょっと古い、けど、少女漫画では「ベタ」なマンガ記号の集大成的な方で、逆に言えばこの人の先駆的絵柄でもない。もっといえば、「少女漫画の世界の女の子が異世界に転生?」という設定のギャグ記号でしかなく。(また、異世界転生後の絵柄も見たことはある、けど、特に誰と特定されるような絵柄じゃない)直接トレースを作家に抗議された、ならともかく・・・ しかも、編集部主体で新人作家に書かせたにもかかわらず、そんなぐらついた信念ですぐに掲載をひっこめてしまう。漫画や作家を守ろうという意志がまるで感じられない。 編集部は公式コメントで「掲載してしまったこと」を謝罪しているが、謝っている方向が全く違う。謝るべきはデビュー作で名前に泥を塗られた一番の被害者である新人作家であり。また、謝らなくていいのは真似られたとされた作家さんや、SNSで騒いだ読者に対してだ。 何年か前、ジャンプ編集部内の女性トイレの記号を「To Loveる」の矢吹先生にHな記号(女性がパンツを下げている記号)にした、という企画マンガに抗議が殺到した際も、女性差別的な問題ではなく、「騒動になったことを謝罪」しているようにしか思えない、頭の下げる方向が違っていて。ここには矢吹先生もその企画マンガを描いた作家を守ろうという意志も全く感じられない。 これって恐ろしい話で。たとえば漫画というのは、発表するまでは作家の責任ですが、雑誌に載った段階でその責任は「没にする」という強力な権限を持っている以上、すべて編集部側にあります。今回の件も、新人漫画家に絵柄を他人の作家に似せるように指示するという恥辱をさせたうえで、誰が言ったのかわからないSNSの抗議を受けてすぐに作品そのものを取り下げるという、ひどいやり方。 こういう編集者は信用できない、そう思ってしまいます。
2019.07.12
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できる人にとってできない人の「できない理由がわからない、から、できない理由を怠惰とかやる気がない、に集約される」ということ。 昔、伊集院光のラジオで「たとえば紙を円に切るとき、正方形の折り紙を縦横4つに畳んで隅をカーブして切って開けば円ができる、という自分にとって簡単なことが、ある若手芸人や自分より学歴があり数学が得意なはずの構成作家の渡辺君はぜんぜんわからないという。逆に伊集院はバスケットの基本中の基本のシュートが何度やってもできない、ここにはできる側には絶対わからない」 という話があって。 で、これ、すごくわかる。たとえば、私は小学生のころ、鉄棒や跳び箱といった器械運動は得意で、何の苦も無く先生に教えられることなくても、鉄棒の連続逆上がりとか、高い跳び箱をひょいひょいこなしていました。が、クラスにはそれが全くできない子が数人いまして。先生も一生懸命教えている、本人も顔を真っ赤にして真剣にやっている、でもまったく出来ない・・・ 逆に自分はサッカーのドリブルがまったくできない。走りながら自分の前に出たボールをコントロールするなんて何度やってもボールがあらぬ方向に飛んでいく。授業のサッカーでもチームメイトから「まじめにやれ!」と罵声を浴びるが、こっちはまじめにやってるんだよ! このように、10人中9人が当たり前にできることは「簡単なこと」とされがちですが、そのできない1人になった場合、最初からできる人のアドバイスは全く参考にならない。できる人の「簡単だよ、目線をここにして、足の内側でボールをけるというより押し出すように~」みたいなことをどんなに懇切丁寧に教えられてもまったくできない、だんだん惨めになっていって余計に苦手意識がついて・・・ で、このできる、できないを「不真面目」とか「怠惰」に変換する人は怖い。自分が簡単にできるから、できない理由がそれしかないと思っている。ただ、違うんだと。本当は重要なパーツが欠損していて、機械が全く動かないだけ。で、そのパーツが何なのかは周りも、本人もわからない。よく、最初はできなかった人であればいいアドバイスができる場合があるが、その人のハマっていた問題と違うことも多く、そうなると「私にはできたのに・・・」で、かえって混乱したり。 どんなに反復練習しようにも、ただエンジンだけが空回りするだけ。 記憶力が悪い、絵が下手、運動神経がない、歌が音痴、方向感覚がなくて道に迷う、泳げない・・・ こういう「自分に欠損しているパーツ」を誰もが持っている。それを努力だけで何とかなるなんて思わない方がいいし、自分には簡単にできるという基準で、できない相手を責めちゃいけないと思う。
2019.07.11
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選挙前に「国会議員の失言、主に男女差別発言」についてまとめている方がいらしたのでそれを読みました。 で、気が付いたことは、差別的発言が出るのは国会や記者会見など大きな舞台でなく、地元の講演会や後援者の集会みたいな場所が多いということ。 これに関して「その場の笑いを取るため、地元や身内の内輪の集会と気が緩み、ノリでつい言ってしまった」という解説がありましたが、その方が大問題で。 つまり、こういう差別的発言を「面白い」として考えている、すでに感覚のズレがある人なんです。 これは以前にダウンタウンの松本人志 がラジオで学生時代、同級生の気の弱い奴をからかっていたことを面白おかしく語っていましたが、私のような人間には全然笑えない、それ、単なるイジメじゃんと・・・しかも彼は他のテレビ番組ではいじめ自殺のニュースにいじめはいかん、みたいなことを当たり前のように語っている。自分がやっていたことがいじめである自覚がない。だからこそこんなことを言える。 上の国会議員の差別発言も、身内だから許される、と思っているのではなく、本心でそう思っているからこそ、身内の会合で本音が出た、というだけ。だからより当人の思想に近い意見だと思います。 そして、これらを言った議員には年齢関係ありません。老人から若い議員まで、中には差別を受ける側の女性がその差別を肯定するかのような発言も。 これら発言についてその後、政治家は一様に「誤解を与えるような発言をして申し訳ない」と言っている・・・けど、これって謝っていない。自分の発言意図を読み取れない側が悪い、と言っているだけ。 これに限らず、選挙前だからこそこういった過去の発言をしっかりチェックしなければいけないのですが。
2019.07.10
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選挙だけでなくですが、最近ちょっと怖いなと思うこと。 表現の自由の問題で「こうやって反対意見を言っても逮捕されないだけ中国や北朝鮮よりマシ」といっている人がいて。 いや、なんでそういう「〇〇よりマシ」論で語るのかと。本来、そうでない、忖度なく言える国はあるんだから、そっちを目指そうよと。 こういうのって、たとえば今年の公務員のボーナスが6年連続上昇、みたいなニュースがあると「公務員はもらいすぎ、もっと民間の中小企業並みにすべき」みたいな意見と同じで、なんで下に合わせようと足を引っ張るのか。逆に経営者に「公務員ですらこれだけもらっているのにもっとよこせ」にならない不思議というか。 足の引っ張り合いって、結局上の人間が得をするだけ。俺も我慢しているんだからお前も我慢しろ、にはならない。 芸能人が政治的発言をすると「芸能人は自分の分野だけやってればいい、シロウトが政治のことを言うな」なんて意見を言う人間がいますが、それって、じゃあお前は政治家でもなんでもない、単なる一般人なんだから政治について一切言うな、というのに等しいんですよ。 みんなが政治について意見が言えるのが民主主義であり、表現の自由。それを自分から首を絞めるような空気を作ってどうすると。
2019.07.09
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「何かあった時、責任とれるのか」 たとえば、仕事をしていて、現場の人間にとってどうにも非効率なところがある。特になくてもいいような作業を昔からの慣例でやっていて、それが無駄であると思ったとき、それを業務改善案として上司に提案すると、上の言葉をかけられたことがあります。 これっておかしなことです。責任を取るのはこの場合、報告を受けた上司です。というか、なんで提案者に責任を取らせようとするのかと・・・ 航空機のような重大事故につながる場合、あの業界はニアミスや問題発見したものを報告さえあれば罪に問わない、それによって発生しえる事故の対策を取るために報告させる(なにしろ一機落ちたら数百人規模の死者が出る業界なので)、報告が上がったことに対する対策は組織の問題として上が考える、というルールがあって。 しかし、何年か前にJRであった事故で、運転手は停止線オーバーや到着時間に遅れる運転をした場合、施設内の草むしりをさせられるといった懲罰があり、それによって精神的プレッシャーが常にあるという状況であったと報告されていました。しかし、心理学の世界ではこの懲罰というものの効果は当事者に緊張と思考の柔軟性を失わせ、場合によってはさらなるミスを生む、事実隠ぺいの理由になるという、むしろ逆効果であるという報告があります。 そりゃそうですよね。飴と鞭の鞭だけの世界なんだから。うまくやったご褒美がなく、叩かれないことが幸せの状況なんて当事者には何の益もない。 責任を取るというのが日本では「減俸、降格、辞める」というマイナスに直結しています。が、実際はもうすでに現場で発生している問題の責任を「気がついて報告したものに被せる」ことが横行していて。これはたまにいい言葉として言われる「不平があるなら自分で改善しろ」という言葉につながる。 何より、責任とって業務改善されてうまくいったら、その申し出をした人間の手柄であり、報われなければいけないはず。しかしそっちはない。 こうなると問題提起したものが損をする。だから、現場で問題だと思っていても誰も言わない、重大なことになって上の人間が「なんでお前らわかっていたなら報告しなかったんだ!」という・・・ いや、そういう環境作らなかったら、誰も言わないよ。
2019.07.09
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妙な話として。 第2次安倍政権以降、ずっと同じ会社に勤めている人は給与が月額どのぐらい上がったか、ちょっと考えてみてほしい。 政府の報告ではアベノミクスの成果で株価は上がっている、輸出も好調、外国人観光客も増えインバウンド効果、いざなぎ景気を超える好景気の長期化、らしい・・・ で、ちょっとこちらの方のBlogを グラフの数字が2013年を境に急におかしくなっていることがわかりますでしょうか? この辺は私のような素人でなく、学閥や忖度に縛られない海外の経済学者の方が早くから「日本の統計はおかしい」と指摘しておりましたが、ここ最近になって統計不正の問題が明るみに出て、実質経済はマイナス成長であった、数字のつじつまが合わなくなっているのを「その他」の数値にぶち込むことで成長しているような数合わせになっていることが発覚しまして。 そうでなくても冒頭の、自分らの給与が「手取りで(ここ重要)」どれだけ上がったかを計算してほしい。 それに、こんなに好景気であるなら、能力関係なくまじめにさえ働いていたら毎年給与のベースアップがあるはず。それがあっただろうか?このBlogを書かれた方の別の日の記載にありますが、2013年当時年収400万の人の場合、税金や物価の上昇だけであっても26万円のプラスがあってようやく「以前と同じ水準」になる。それに届いていない場合、実質マイナスになる。 何より、そんなに景気がいいならなぜ「財源不足」になっているのか?消費税10%にしたら、影響を受けるのは今、生活が苦しい人ほど影響を受ける税制。 だから、冷静に考えてほしい。テレビで見るセレブな人間のゴージャスな生活を見て「今は景気がいい」なんて思うのと、自分が今まで町の中華料理店でラーメン食べていたのをチャーシューメン食べることに躊躇なくなる生活するのとでは、どちらが実質「景気がいい」のか? で、多くの人間はそのセレブ側ではない。だから、どんなに帳簿のつじつま合わせで景気がいいといっても実感がわかないのだろうと。
2019.07.08
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いよいよ選挙戦が始まりました。週末、地元の大きな駅前で候補者が投票を訴える演説を行い、それに対して多くの人が足を止めておりました。 私は、今回の選挙で決めているのは「自民党以外に入れる」ということだけです。理由は1つ。「信じられないから」 これだけで。 ここ数年だけで森友、加計、自衛隊、そして統計改ざん、間違った資料に基づく労働法の改悪、沖縄の県民投票民意無視、書類の隠蔽、100日以上予算委員会を開かない、年金の報告を受け取らないと、もう感覚がマヒするぐらいにおかしなことが横行している。こんな状況で首相がやたらにこだわっている憲法改正なんて信用できるわけがないし、そもそもそんなのは庶民にとって優先課題でも何でもない。 よく「ほかに頼れる政党がない」ことを野党のだらしなさに変換する人がいるけど、だらしないのは野党に議席を与えない国民の側で。今の圧倒的議席数がなければここまでひどい政治を行える力は与党にはないはずですから。 たとえば、今の生活、今後の将来に何の不満もない人は現状維持という意味で与党の投票するのはいいでしょう。ただ、そうじゃない人、これからの社会に不安がある人が政治の現状を肯定してはいけない。それは彼らに「もっと何をやってもいい政治」を行わせるお墨付きを与えるのと同じ。 野党に政治を運営する力がないとしても、少なくとも与野党拮抗まで持ち込めばこんなフリーハンドは行われない。何より、この前の選挙公約と真逆のことを行った政党を支持などしちゃいけない。 それは政治の右左の問題ではなく、どんな政党が政権をとっても同じ。
2019.07.07
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先日、地元のバスに乗っていたら隣の人が私の顔を見て「あ、どうも」とあいさつしてくれて。 誰だかわからずぽかんとしているとその人が「あ~わからないっすね。ほら、駅前のラーメン屋の」 あ!そうか!常連のラーメン屋のご主人。いつもは頭にバンダナとエプロンだから気が付かなかった・・・ いやはや、こちらはよく行くのでそこそこ話をする&時々サービスしてくれる人ですけど、調理場の衣装で覚えているので言われなければわからなかった。 失礼な話ですけど、相手を顔じゃなく服装や仕事の場所で記号化して記憶してるとそういうことあります。
2019.07.07
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日本の商業捕鯨再開派の人の意見に「クジラが増えすぎて餌になる海洋生物を食べつくし減少する」という意見があるが、それはどう考えてもおかしい。 というのは、クジラというのは哺乳類の中でも出産頭数が少ないうえに大人になるまでの時間が長く、また、寿命が長い。そして、今のような商業捕鯨が始まるはるか前からこの星の海に一定数存在している。 つまり、人間がとらなくなることで数が増えすぎる、ということはあり得ないのだ。だいたい、機械動力船による大規模な遠洋商業捕鯨以前にも世界中でクジラ漁は古来より存在したが、その時代に水産資源を食いつぶされたということはない。それでは戦後、大量捕鯨で種の絶滅にまでわずか数十年ほどで追い込んだこととの整合性が取れない。捕鯨中止されてわずか30年でクジラが世界中の海に異常繁殖したとでもいうのだろうか? 日本人が日本近海の、それこそ昔ながらの「伝統的捕鯨」レベルで済ませていたら、こんなことはなかった。 イワシやイカなどクジラのえさになる魚介類が減った理由は、海洋汚染、温暖化による気候変動なども含めクジラ側が直接地球環境に影響を与えていない以上、基本的にすべて人間の責任です。だいたい、現在の数のクジラが食べる量と人間が巻き網漁で大規模に海をさらう漁、どっちが多いかなんて素人でもわかる。 だから私はIWCの方針を受け入れて「日本近海のみの捕鯨」であれば、少ない需要量としてのマッチも含めよかったのにと。
2019.07.05
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身だしなみを大切に、というのと完全に違う、単に「俺が気に入らない」で批判しているとしか思えない、それこそ大きなお世話を書いている。しかも、「ネットで賛否」のような、あくまで自分は言ってない風を装う逃げ口上まで入れて。 以前、日本水泳協会が「オリンピック候補選手が頭髪を染めることを禁止する」みたいなことを言っていて呆れたのですけど、こういうことを決めた偉い人というのは結局スポーツと関係ないところで選手を管理しよう、その管理というのも「自分の好みにしよう」という、ひどく人権無視、パワハラ的なやり方。高校球児の丸刈りと同じです。 ちなみに世界にはピアスの選手も、髪の毛を染めている選手、刺青を入れているトップアスリートなんていくらでもいる。そういう人々が集まる多様性が見られるのがオリンピックという場であるはずなのに。 ピアスをしているから天狗になっている、などという人間は、ではケニアの部族で伝統的つけている装飾品をみて「あいつら天狗になってる」とおもうのかね? 単に自分のファッション基準にない文化を気に入らない、とはっきり言えない、けどクサしたいから「天狗」というあいまいな精神論で批判しているだけだ。 それが本当に「恥ずかしいこと」です。
2019.07.05
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例えばスポーツで短距離走、10人で一斉スタートすれば必ず一等賞とビリが出る。 で、なぜかこのビリの人間が叩かれる。努力が足りないといわれる。そのビリの人間が体を壊すほどの努力をして9番目になった、そうすると今度はそれまで下から2番目だった人間がビリになる。そして新たな最下位の人間が叱られるようになる。努力が足りないと 以下、延々と繰り返し。必ず出る順番の低いものが「努力をしていない」ことにされる。そして、この手の指導者はビリの人間への技術的な指導は行わない。根性論、精神論と暴力によって指導しているつもりになっている。それで順位が上がらないのはその生徒の責任だと。 こんなニュースを見て思ったこと。 学校教育の、しかも部活という課外授業においての指導者の暴力の異常さ。それは「体罰」「行き過ぎた指導」なんて言葉にしてはいけない。「児童虐待」と報道すべきだ。そうなれば世間の見方は変わる。 この自殺をした生徒は「部活に行かなくてはいけない」という義務感に縛られ、追い詰められ自らの死を選んだ。これは自分が過労でうつ病になったときの精神状態に似ている。辞めればいい、という一番適切な選択肢が選べなくなる。我慢するか死を選ぶか?バカバカしいように感じるかもしれないが、精神疲弊はそういう視野になってしまう。 というか・・・あえていうが部活なんて「授業でも何でもない、単なる遊びの延長」だぜ?一生懸命やろうが適当にやろうが、一般受験では成績に反映されない。だが、部活による精神、肉体疲弊によって勉強がおろそかになる、学校に行きたくないとなったら話は別だ。その生徒にとって害悪でしかない。 何より、そういう生徒の状態にしてしまった部活動の指導者が即刻、現場から引きはがされるべき。「嫌ならやめればいい」というのは正しい指導が行えない側が言う言葉じゃない。生徒はスポーツを楽しむ、技術的に上手くなるために入部したのであって、拷問のようなトレーニングや言葉も含む暴力を耐えるためじゃない。異質なのはそういう指導者。 これはブラック企業でも同じで、「サービス残業が嫌なら会社を辞めろ!」と違法な状況をしている側が居直っているケース。改善すべき側が間違っている。
2019.07.04
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昨日行われた党首討論で記者の「選択式夫婦別姓に賛成の党首は挙手を」としたところ、自民党の安倍さん以外の党首が全員挙手。 これに対して安倍さん「印象操作はやめてください」と・・・ これ、全く意味不明です。そもそも選択式夫婦別姓は、様々な意見がある、からこその多様性を認める選択肢。今まで結婚すると必ずどちらかの苗字にしなければいけなかったのを「やってもいいしやらなくてもいい」という自由が増えただけで、今まで通りの考え方の人にも何のデメリットはない。 で、これに挙手できないということは明確な反対。もしこれを「自分がここで挙手しないことで有権者の印象を悪くすることが印象操作」だとおもっているのだとしたら、単に自分が明確に反対であることを知られたくない、という党内にはびこる日本会議的な伝統的(笑)家族像を崩してはならない系の意見に目配せしているだけ。 「YES、NOで軽々に答えられない質問」ではない。だってこれはYES、NO以外の選択肢が増えることに対しての、賛成か反対かの意見なのだから。それに答えられない、というのはこれまで首相が都合が悪くなるたびに「様々な意見がある」という言葉であいまいにしてきたが、その「様々な意見を組むための選択肢」なのだから。 つまり、これに挙手できないということは「夫婦別姓はNO、他は認めない」というのと同義語である、そう受け取らざるおえない。 だいたい、どうして自分のことならいざしらず、他人家庭の夫婦別姓がダメなのか?論理的な説明をお願いしたい。
2019.07.04
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動物を飼う責任論について。 よく「安易な気持ちでペットを飼うな!それは最終的にペットを不幸にする!」という言葉がありますが、私の実家ってすごく安易な形で動物飼ってるんだよなと。 まず、私が小学校入る前に近所で柴犬の子が生まれた、ということでたまたまお茶のみ話で見に行ったばあちゃんがかわいいと気に入ってもらい受け、以降10年、犬小屋を作り、餌と一日一回の散歩ぐらいののんきな付き合い。せいぜい、年に一回予防接種を受けにいくぐらい。 また、猫もこれまた近所の農家からもらってきた雑種。こいつらも餌を与えてあとは適当に。また、この猫が生んで子供も3匹一緒に飼っていたのですが、特に特別な覚悟もなく。家の壁の一部に父が日曜大工で猫が出入りできる大きさの穴をあけ、鍵がかかっていても猫は自由に出入りができるようにしたぐらい。 あと、庭池に10ぴきぐらい観賞用の鯉を飼っていて、こいつも一日一回、カップ一杯の飼料を池にざっとばらまくだけ。一年に一度、鯉の業者さんが病気予防の薬を撒いてくれる、4、5年に一度ぐらい池のカイボリをする際は業者さん任せ。その程度の付き合い。 と、まあこんな「基本はえさをやるだけ、あとは放置」の雑な飼い方で。ここには先の「飼い主としての覚悟」的なものはなく。なんとなく我が家に来て、そのままぼんやり同居して・・・の関係。また、旅行などで数日家を空けるときは近所の人にお願いして、買い置きの餌をあげるように頼んでいた、その程度。 で、これで愛情がないかというとそうではなく。むしろふわっと入ってきていつの間にか家族の一員になる。死んでしまうと本当に涙を流して悲しむ。その心の穴を埋めるようにまた新しい猫をもらってきたり。 まあ、田舎のいい加減な飼い方だからどこまでいいのかわかりませんが、少なくともペットショップで見かけた子猫を「かわいい、飼いたい」と思ったことをネットで書いたとたん、見ず知らずの人間から「責任はとれるのか!」「かわいいとかそんなことだけじゃだめだ!」「飼い主の自分が死んだらその動物はどうするんだ!」「命を預かる以上、最初に覚悟を決めろ!それができないなら動物を飼う資格はない!」みたいな声が飛んでくるのを見ると、なんだかなあと思います。 自分の経験ですが、最初は興味なくても一緒に生活していて情がわいてくる、なんていくらでもある。雨の日、たまたま路上で見つけた野良猫をかわいそうだと思って一時の感情で拾って、そのまま10年以上、その子が息を引き取るまで過ごす飼い主もたくさんいる。 だから、動物を飼う、ということに最初にそういうプレッシャーや匿名の責任論(といいつつそれを言う人は何の責任を取るわけでもない)で潰そうとするのは嫌だなと。 それに、ペットを飼うと自然と生活の中心がペットになりますw
2019.07.03
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そういえばちょっと気になったことですが、お笑い芸人の闇営業で、事務所を通さなかった、という話はまず置いておくとして、「反社会的組織から金銭を受け取っていた」ということを問題としていたことに違和感を関します。 と、いうのはこれ、芸人が彼らの行うイベントに行って「芸をしてお金をもらった」ってことですよね?これが反社会的組織への協力と。 ですが、別に何もしないでお金をもらったわけではない。となると、例えば暴力団の構成員が近所の中華料理屋に出前でラーメンを注文し、それをオカモチ持って届け、代金をもらったらそのお店は「反社会的組織から金銭を受け取った」ということになるのでしょうか? この辺の線引きがわからんのです。たとえば若手芸人は売れない頃、バイトで結婚式の司会の仕事をやっているケースが結構ある、と聞きますが、個人としては何のつながりもない、単に式場が仕事として組み入れたそういう人の結婚式だった場合も「反社会的組織に協力した」ということになるのか? 引っ越しのアルバイト先がその手の事務所の引っ越しであった場合はどうなのか?もっといえば個人商店のおばちゃんがヤクザと知りつつタバコを売ったら反社会的行為なのか? この辺、詳しい方教えていただきたい。
2019.07.02
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