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先週の土曜日の法事で訪れた福聚寺の桜。 またつぼみも小さいようだ。 見事なしだれ桜である。 写真を撮っていたら、弟に、いつからこの桜を知っているのか、と聞かれた。 実は十年ほど前まで知らなかった。 同僚に桜の好きな人がいて、その人の持っていた写真集に載っていたのだ。 言われてみれば、こんな桜があったような気がする、とそれから気にするようになった。 弟も同じで、三春に住んでいた頃は意識したことがなかったという。 考えてみれば、桜の時期にお寺に来ることはなかったし、三春はそこら中に桜の木があるので、いちいち気にとめていなかったのだろう。 三春といえば、今や滝桜が全国的に有名だが、昔は地元の人が見に行くだけだった。 今では、桜の季節には近辺が大渋滞になり、高速の出口からずっと渋滞だったりすることもあるそうだ。 三春で桜を見たい、という方。福聚寺の桜がおすすめです。 また、神社仏閣の多い町なので、歩き回れば、それぞれのお寺や神社の桜を見ることもできるはず。 いろいろ見て歩けば、心ひかれる桜もあるのでは。 なお、「福聚寺」というお寺の名に、新聞などで「ふくじゅじ」とルビをつけられていたりして、「そういわれてみれば、『聚楽《じゅらく》」という語もあるし、『ふくじゅじ』が正しいのだろうか」と思っていた。ずっと「ふくじゅうじ」だと思っていたのだ。 法事の後で和尚さんに確認したところ、読み癖のようなもので、「ふくじゅうじ」と「う」が入るのが正しいそうだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.31
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「[不正乗船]豪華客船オーロラ号でハワイへ フリーター逮捕」という事件そのものは、「地球幼年期の終わり」の終わりの方みたいだな、と思うだけ。 気になるのは、記事で紹介されている、横浜港は日本で最も客船の利用者数が多く、国の信頼につながりかねない。という部分。 「国の信頼につながりかねない」というからには、国の信頼につながることはよくないことのように思えるのだが、まさかそんなことはあるまい。 おそらく「国の信頼問題につながりかねない」「国に対する信頼をゆるがしかねない」ということを言いたかったのだろうとは思うが、この文言では誤解を招く。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.30
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大学進学のため、横浜で一人暮らしをする息子のアパートの鍵を受け取りがてら、荷物を積んで、取手市から車で出かけた。 出発は朝の9時半。 不動産業者とは、午後1時半に待ち合わせ。 早く着くだろうから、大学を見たり、昼食を取ったりしてからアパートに行こうと思っていたのだが。 いつものことながら、三郷から小菅までが大渋滞。 遠回りして湾岸を行くよりも近いのでは、と思って箱崎を目指したのが最初の失敗。 首都高の渋滞は想像を絶するものだった。 おまけに、渋滞を抜け出しても、高速道路から降りなくてもいいところでうっかり降りてしまったりして、時間を無駄にしてしまった。 ついたのは、約束の1時半。 何と、4時間のドライブだった。 息子は自分のことだから、まあ、仕方がない。 気の毒だったのは、ついてきた小学生の次男。 文句も言わずに乗っていたが、疲れた様子。 鍵を受け取り、荷物を運び込んで、大学の近くまで車で行ってみて、午後2時45分ごろに我が家へ向かう。 今度は、首都高の渋滞もさしたることはなく(いつものことなのだが、登りは渋滞でも、小菅から三郷方面への下りはさほどのことがない)、2時間かからずに我が家に到着。 計6時間のドライブ。 ああ、疲れた。 今度は、遠回りでも、渋滞を避けて湾岸を行こう。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.29
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昨日書いたように、土曜日に法事があった。 我が家は、福聚寺の檀家。 そこは、芥川賞作家である玄侑宗久さんのお寺である。 (法事の日は留守で、ほかの和尚さんが法事を執り行ってくれた。この方も話が上手で有意義な法事だと感じさせてくれた) 法事が始まるのを待つ間、本堂をうろうろしていると、片隅に、この本が積んであった。 著者のサイン入り。 脇に、代金入れの菓子箱だったようなバール紙の箱が置いてある。 代金700円を置いて一冊貰ってきた。 箱の中には、硬貨や千円札がたくさんあった。 毎日代金を回収する、ということはしていないらしい。 さて、本の中身だが、「般若心経」に「舎利子」として登場するシャールプトラに語りかける体裁で綴られている。「般若心経」がそうなっているからである。「解説」ではなく「翻訳」なのだから、当然そうなる。 しかし、読んでは見たもののさっぱり頭に入らない。 話が非常に抽象的なのである。 例えば、なによりも重要なのは、「般若波羅蜜多」が実践されているときには、素粒子の在り方と同じように、因果を条件づける時間そのものが存在しないということです。(p121) なんて言われてもさっぱりわからない。 念のため、私の名誉のために言っておくと、私だけが理解できないのではないと思う。 そもそも、言葉で説明することが不可能な世界なのである。 例えば、冒頭に、もともと言葉を用いた理知的な解釈は、生のリアリティーを感じるためには誠に不向きである。(p13)と出てくる。 そもそも、言葉や文字によって理解しようという私の態度が誤っているのである。 「無」や「空《くう》」といったところで、そう名付けてしまったらそれが存在してしまうのである。存在しないものを文字や言葉であらわすということは、それ自体が矛盾した行為なのだ。 私の過ちは、「あとがき」で明確に指摘される。 今もおそらく、読者の中には意味のわからない呪文(真言、マントラ)を唱えても仕方ない、またそれほど凄い呪文ならなんとしても意味が知りたいと思っている人が多いことだろう。 しかし私は、そこが現代人の救いがたさだと申し上げたいのである。(p217) この部分は、まさに目から鱗である。 ここで疑問を感じる人もいるだろう。 意味を求めてはならないようなものの内容を言葉で説明しようとして本を執筆するという行為は、「般若心経」に背くのではないか、という疑問が。 まさにその通りで、書物によってその世界を理解しようとすることには無理があるということを説くために書かれた書物なのである。 それが理解できただけでも、この本を読んだ甲斐があるというものだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.29
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土曜日に法事があって実家へ。 家族だけでなく、親戚もたくさん集まった。 法事そのものはさほど長くはない。 事前に、和尚さんから段取りの説明があり、お経の書かれた冊子が配られた。 それを見ながら、般若心経などを、和尚さんと一緒に唱えるのである。 私は法事そのものが初めてだが、ほかの人たちも同様だった。 自分が法事に参加しているという意識がもてて、なかなかいい趣向だ。 般若心経を唱えたのは初めてだ。 次にお墓でお経を上げて貰い、みんなで線香を上げて儀式は終わり。 その後は、町内の温泉(鉱泉をわかしたもの)宿へ。 昼食を兼ねたお斎《とき》。 久しぶりに顔を合わせた親戚が多く、飲んだり食べたり。 生臭物は出ないなどということはなく、肉も魚もある。 最初に出ていた料理ばかりでなく、後からまた運ばれてくる。 私は、親戚を車で送っていくことになるだろうと、酒は飲まずに食べることに専念。 それでも、どうしても食べきれない。 高校生や大学生の男もいたのだが、食べきれなかったようだ。 面白かったのが、喫煙者が一人だけだったこと。 両親とも農家の出で、タバコを作っていたこともあり、昔は、大人の男はタバコを吸うのが当たり前だった。 ところが、農家の人も今ではタバコを吸わない。みんなやめていた。 唯一吸っていたのは、東京で消防士をしていた叔父だけ。 現場でさんざん煙を吸ってきたので、たばこの煙ぐらい何でもないそうだ。 親戚はお斎で帰り、私も送っていったりした。 その夜は、家族は、そのままそこに泊まることになっていた。 親、子、孫と三代にわたって16人。(私の娘だけが就職活動のために欠席) 子どもたちをつれて少し出かけたり、夕食の時間を遅くして貰ったりしたのだが。 夕食がまた大量に料理が出るのである。 しかも、よくできていて、昼食に出たのと同じものはない。 今度はビールを飲みながら食べた。 やはり食べきれない。 ステーキなど、一切れ食べて、あとは子どもたちのテーブルに持って行ったが、食べきったものはいないようだった。 翌日の朝食は、焼き魚、納豆、豆腐、ハムエッグといった、よくある朝食。 その朝食が夕食でも十分なくらいだった。 「これは太る」と予感したのだが、案の定。 火曜日に、近所のスーパー銭湯に行って体重を量ったら、1キロ以上増えていた。 法事は太る。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.28
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千葉テレビで、「木枯らし紋次郎」を放送しているので、毎週ビデオにとって見ている。 今は、第2シリーズ。 この第8話は、演出も中村敦夫。力が入りまくり。 前に見たのは、もう30年以上も昔のことなのだが、ところどころ覚えている。 物語は忘れてしまっているのだが、遠くの鉄塔が映ってしまっていること、敵に囲まれてもはい出すところなど。今回見て、立ち回りは、ラグビーをモチーフにしていたことに気づいた。 ゲストは鰐淵晴子と加藤嘉のほかに、メン・サンダースという人で、この人、私の目にはジョー山中にしか見えないのだが、別人らしい。 第1シリーズでは情けないチンピラ役だった阿藤海(今は阿藤快)。 この人を初めて意識したのは、映画「ヒポクラテスたち」だったと思う。 その後、松田優作の「遊戯」シリーズを見直して、出ていたことに気づいた。 「カラスの」という異名を取る若い親分の役で、なかなかかっこよかった。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.27
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テレビ東京自前の時代劇で、しかも半年も放送。 力を入れていることがわかる。 最初の3回ほど見ていたのだが、陰謀の中身が理解できず、見るのをやめてしまっていた。 (見ていないときにブルート一生が出たらしい。見逃したのは残念) 今回は最終回スペシャルというので、久しぶりに見てみた。 結局、陰謀の仕組みはなんだかよくわからないのだが、出演者が豪華なだけでなく、展開が早いのであっという間に終わった感じがした。 主役の青山倫子は、スタイルがよすぎるものの、一生懸命であることは伝わり、好印象。 彼女にとっては、これがゴールではなく、スタートなわけで、今後有名女優になっていったときに、初主演作として名前が挙がることになればいい。 視聴率がどうだったのかはしらないが、おそらく、高視聴率ではなかったろう。 テレビ東京らしからぬ、と言っては失礼だが、力みが感じられるのだ。 低年齢層に時代劇を教えるために、アイドルを起用して、コメディタッチの30分時代劇からやり直してはどうだろう。(昔、たしか立花理佐を主役にした番組があったはず)楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.26
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「向井亜紀夫妻の出生届、不受理が確定」という見出しを見て、違和感を覚えた。 検索したら、「向井亜紀夫妻の代理出産、最高裁で審理へ」というのもあった。 生んだのは「向井亜紀」だが、「夫妻」というからには、同姓の二人と考えるのが、日本の常識だろう。(夫婦別姓の文化を持つ民族も少なくないが、これは日本の話) 「高田夫妻」なら「高田さんご夫婦」という意味だと、誰でも思う。 それをあてはめれば、「向井亜紀夫妻」は「向井亜紀さんご夫婦」となってしまい、「向井亜紀」が姓であることになってしまう。 もしかすると、産経新聞は夫婦別姓を推進していてこういう表記になったのかもしれない。 念のため、ほかの新聞サイトも検索。 朝日新聞では、「向井亜紀夫妻」という表記は見あたらない。 記事の本文でも、「タレントの向井亜紀さん(42)と元プロレスラーの高田延彦さん(44)夫妻」「タレント向井亜紀(42)元プロレスラー高田延彦氏(44)夫妻」としている。 読売新聞では、見出しには「向井亜紀夫妻」はなく、記事や社説の本文に「タレントの向井亜紀さん夫婦」「タレントの向井亜紀さん(42)夫妻」という表記があった。 「夫妻」よりも「夫婦」の方がやわらかい印象を受けるのは私だけだろうか。 毎日新聞も「向井亜紀夫妻」という見出しはない。 見出しには、「向井亜紀さんの双子」とあり、本文には、「タレントの向井亜紀さん(42)と元プロレスラーの高田延彦さん(44)夫妻」とあった。 どうやら、妻の通称に「夫妻」をつけるのは産経新聞だけらしい。(もちろん、数多くある地方紙を全部調べたわけではないが) 興味深いのは、父親である高田延彦の子であるというよりも、出産したわけではない向井亜紀が注目されていることだ。 父親も母親も大事なのではなく、母親の方が大事らしい。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.25
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日本テレビ。3月22日。 第2弾なのだそうだが、第1弾は見ていない。 各都道府県でだけ通用する週刊を取り上げて笑いを取ろうという番組。 面白いことは面白いのだが、都道府県単位でみんなが同じことをしているわけはないので、普遍化しすぎ。 冒頭に、「福島県ではまんじゅうの天ぷらをご飯のおかずにする、というのが紹介されていたが、福島県出身の私にも初耳だった。 そういうことをしている地域もある、ということなのだろう。 なお、なぜまんじゅうの天ぷらを食べるのかというと、「甘いものはごちそう」という感覚があるからだと思う。 鹿児島で、黒板消しを「ラーフル」というのは有名だが、これは、黒板消しの商品名にもなっている。 番組で一本驚いたのは、加藤夏希が秋田出身だったこと。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.24
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講談社ノベルス。1993年6月5日。 長編ミステリで、著者のデビュー作。 凝りに凝っている。 京都の近くのヨーロッパ風の洋館(古城?)蒼鴉城での連続殺人と、それにまきこまれた名探偵、そしてその友人。 その友人の方が主人公で、その一人称で語られる。 基本的には、謎解きを中心にしているのだが、仕掛けは二重三重で、また、いわゆる「人間ドラマ」の部分があまりにも濃厚であるために、内容はぎっしり詰まっている。 とにかく、手元にあるものは何でも使おうという若さが感じられる。 副題が「メルカトル鮎最後の事件」で、なるほどこれでは最後の事件になるわけだ。 トリックの部分は、違う人間の頭部と胴体が密室で発見された理由の所は、「いくらなんでもそんなことはないだろ」といいたくなるが、それが真実かどうかは、確認されないままになっている。 登場人物が聖書の故事にやけに詳しいのは、作者の趣味なのだろうか。 同じ作者のものは、「鴉」を読んだことがある。 二作に共通するのは、「過去の清算」である。 封印されたはずの過去を解き明かし、清算することが主眼となっている。 特にこの「翼ある闇」ではその傾向が強い。 また、メルカトル鮎は、どちらにも登場するが、作者にとって重要なのは、この人物なのではなかろうか。 おそらく、この人物は、主人公の一部なのだ。もちろん、物語の中では、一人の独立した人格として登場し、ほかの登場人物にもそう見えているのだが、主人公のある面を、違う角度から描いたものなのだろう。 野崎六郎の解説は、最近のミステリ界について論じたもので、何も知らない私には何のことかわからない。 しかし、珍しく、ワープロではなく手書きで書いたものらしい。 「与《くみ》する」ではなく「組みする」、「見返り」ではなく「見返えり」という表記が見られる。 表記といえば、「まじまじ」と書くのが普通の所で、二度目の「まじ」が、「く」を縦長にした踊り字になっている箇所(p204)があったのが不思議だった。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.23
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インフルエンザの治療薬「タミフル」を巡って動きがある。 厚生労働省が、十代の患者については子容を原則中止するよう呼びかけている。 私自身はは医学的な知識はないが、なくて済むものなら、無理に使うことはあるまいと思う。因果関係が明らかになってからでは遅いのだし。 このことについて、産経新聞は不思議なことを書いている。 22日の「主張」の「タミフル 改めて冷静な対応求める」は、題からして、中止するのは行き過ぎだという気持ちが感じられる。 読んでみると、不思議なことが書いてある。過度の注意喚起は、薬の安全性に疑問符を投げかけることになる。というのは、使用中止の呼びかけが「過度」であるということだ。 何を根拠に、「過度」であると断定しているのかというと、それについては説明はない。 また、薬には副作用が付きものだ。というのは理解できるのだが、それに続けて、効き目の高い薬ほど副作用が強くなる傾向もある。というのは疑問だ。 副作用のない薬はない、というのが常識のはずで、漢方薬でも副作用はあるはず。 ないとしてら、それは薬ではなくてサプリメントだろう。 しかし、効き目が高いからといって副作用が強いとは限るまい。 現に、私が使っている水虫の薬だって、効き目は高いが副作用は感じられない。 耳鳴りの薬として貰ったビタミン剤の場合は、効き目も副作用も感じられない。 驚いたのが、“悪魔の薬”とまで呼ばれた睡眠薬の「サリドマイド」は、その使い方を改めた結果、特定のがんに対する特効薬となっている。というところ。 「使い方を改めた」から、ガンに対する薬効が生まれたのではない。 サリドマイドは昔から同じ成分で、その中に、ガンに対する薬効があることが発見されて使い方が改められたのだ。本末転倒である。 また、調べればわかることだが、サリドマイドはガンにだけ薬効があるのではない。(こういうことをろくに調べずに書くところは、いかにも産経新聞らしい) 「産経抄」になると、タミフル使用中止批判がもっと露骨。まあ、薬害エイズという「羮(あつもの)に懲りて」、タミフルという「膾(なます)を吹く」ことにしたわけでもなかろうが。と、のんびりした口調で、今回の措置が「行き過ぎだ」と批判している。 (まさか、いくら産経新聞の記者でも、「羮に懲りて膾を吹く」の意味を知らないわけではあるまい) なぜここまでしてタミフルの肩を持ち、使用中止を批判するのかはわからない。 しかし、この主張と産経抄を読んで、裏で何かあるのだろうと思うのは私だけではあるまい。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.23
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3.5インチベイに内蔵できる、カードリーダー「CMR-CHAMPION」というのを使っている。 昨日、妻用のPCで、娘の写真をスキャンし、コンパクトフラッシュ(以下CF)に記録して、自分のPCとプリンターで印刷しようとした。 ところが、PCの電源を入れても、カードリーダーを認識しない。 これが初めて。 電源を切り、電源のスイッチも切って、接続を確認。 マザーボードのUSBポートにちゃんと接続されている。 念のためにCFを抜いて再起動。 今度は認識した。 さては、と、CFを差し込んだまま再起動。 今度は認識しない。 CFを抜き、電源を切り、電源のスイッチを切って、入れ直し、起動。 今度は認識した。 なんと、CFを差し込んだまま電源を入れると認識しないのだ。 電源のスイッチが入ったままだと、その時の状態が記憶されているらしく、次に起動したときにも認識しない。 今まで知らずに使っていた。 SDカードではどうなのだろう。 今度試してみよう。 (電源にスイッチのないPCをお使いの方は、電源ケーブルを抜けば同じことができます)楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.22
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韓国映画「私の頭の中の消しゴム」のリメイクドラマ。 しかし、元はといえば、2001年に永作博美主演で放送されたドラマ「Pure Soul~君が僕を忘れても~」なのだそうで、それを韓国で映画化したのがヒットして、それをリメイクという、ブーメランのようなドラマなのだ。 主人公は、深田恭子というよりも、その相手役の及川光博。 アルツハイマー病と診断され、記憶を失っていく女性と結婚し、見守る。 事態は予告通りに進展していき、奇跡は起こらない。 登場人物が皆、熱い魂の持ち主で、感情をぶつけ合う。まるでドラマのようだ、って、ドラマなんだけど。 最初のうちは、主役の二人の、浮き世離れした感じが気になるのだが、見ているうちに、この二人でなければ見ていられないことがわかってきた。 なまじリアルに演じられたら、怖くて見ていられない。 「お話」と割り切ってみるためには、こういう役者でなくてはならないのだ。 特に大作というわけではなく、こぢんまりときれいにまとめたドラマだった。 深田恭子の両親は、布施博と田中好子。 いつもおもうことだが、スーちゃんっていつまでもきれいだねえ。 弟役の中尾明慶という人が、プロレスラーの中嶋勝彦に似ていた。 番組サイト楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.21
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楽天では、Sofmapで作ったJACCSのVISAカードを使っている。 四月から、一人暮らしを始める息子のために、部屋を借り、家具をそろえなくてはならない。 家具を地元で買っても運ぶのが大変なので、家電セットは、全国配送無料の電気店で購入。 ベッドや机は、楽天で。 近くの店を見て回って、折りたたみ式ベッドが案外悪くないので、将来の引っ越しや部屋の掃除を考えて、店で見たのと同等品を注文。 次に、机。 PCもあるし、大学生なので、勉強机は必需品。 奥行きのあるのがあったのでそれを注文。 ところが、お店から、「カードの与信が通りませんでした」というメールが来た。 これが始めてではない。 3度目。 1度目は去年で、何かの間違いかと、銀行振り込みにして支払い。 2度目は今月に入ってから。 念のためにカード会社に電話したところ、勝手にセキュリティが働いてしまってはじいてしまうのだという。 そんなに高額なものではない。 いずれも2万円以下のものなのだ。 なるほど安全は大切だが、これではクレジットカードとしては困るではないか。 こんなことが続くようなら、カードを変えなくてはなるまい。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.20
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浴室暖房乾燥機で書いたように、換気扇が壊れて数日後。 今度は、混合栓が壊れてしまった。 我が家では、ソーラー給湯システムを導入していて、シャワーで風呂にお湯を入れていた。 温度とお湯の量を設定できる混合栓を使っていたのだが、これが壊れてしまったのだ。 何年か前にも一度具合が悪くなり、その時は、ホームセンターで同じ混合栓の部品を売っていたので、一部を取り替えて使っていた。 今度は部分的な修理ではどうにもならない様子。 業者に来て貰ったが、同じものはもうないし、必ずまた壊れるという。 そこで、違うものに取り替えて貰おうと思ったのだが、品物がないので、日数がかかるという。 かといって、そのままにはしておけないので、自分で交換してみることに。 業者は親切な人で、クランクの部分が回転するものなら簡単に交換できると教えてくれた。 通常のものは、ちょっとでも逆回転させると水漏れがしてしまうそうだ。 ホームセンターを三つ回って、タカギのJM957を購入。2万円ほど。 午前中、子どもがいない時間に交換してみた。 作業はさほど難しくない。 テープを巻いて差し込んで回転させ、固定。 「ベンリークランク」というだけあって、お湯と水の栓の高さの調節が楽。 心配していた水漏れは、というと、どうも水の方からは少しにじみ出ているような気がする。 しかし、ポタポタしたたる、というほどではない。 一度つけ直してみたが、結果は同じ。 栓が冷たいので、空気中の水分が結露してしたたっているのかもしれない。 今は、様子を見ているところ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.19
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3月15日放送。 私の、ミヤコ蝶々にかかわる最も古い記憶は、「ぼてじゃこ物語」というドラマである。 主演は三田佳子だった。 特に思い入れがあるわけではないのだが、以前、「日本経済新聞」の「私の履歴書」に、それまでの人生を綴ったのを読んだ記憶があり、どんなものか見てみた。 波乱に富んだ人生を要領よくまとめていて、すっきりしていた。 実際にはもっともっとどろどろした感情が渦巻くことがあったはずなのだが、さらりと見せていた。 主演は久本雅美。 どうして関西を中心に活躍している女優にしなかったのか、と思ったが、考えてみれば、ミヤコ蝶々を演じるとなればおそれおおくて、引き受け手がなかったのかもしれない。 不思議なことに、主役は余り印象に残らない。 うまいなあ、と思ったのは南都雄二を演じた山本太郎。 屈折した人間を自然に演じている。この人、こういう役がうまい。 面白く見たが、見終わってまた疑問。 なぜ今、ミヤコ蝶々なんだろう。 なお、ミヤコ蝶々の「私の履歴書」はここで読むことができる。番組公式サイト楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.18
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昔話題になったのを覚えていたので、テレビ放送を録画してみてみた。 もう十年も前なんだ。 不思議な映画で、物語はあるようなないような、話の展開がどうのこうのというものではなく、最初から予測されている結末へ向かって螺旋を描いて帰着していくものだった。 見終わってから気づいたが、監督は森田芳光だったのだ。 おお、懐かしい。 「の・ようなもの」を見たときに、「新しい感性の持ち主が現れた」と感心したものだった。 今までに見た中で、最高だったのは「家族ゲーム」だ。 ほかにも「それから」や「メイン・テーマ」や「ときめきに死す」も見たな。 と、懐かしい気持ちになったが、映画の内容は余り残らないのであった。 どういう客層を想定して作られた映画なのだろうか。 黒木瞳が濡れ場を演じているが、吹き替えもあるのではないかと思う。 そうそう、テレビ版では役所広司ではなくて古谷一行で、当時、V6の岡田准一が古谷一行に似ているということでちょっとまねしていたりしたっけ。失楽園(1997) - goo 映画・失楽園@映画生活楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.17
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元「ザ・モップス」の鈴木ヒロミツさんが亡くなったというニュースに驚いた。 まだ60歳。 モップスとして最大のヒットは、吉田拓郎の作った「たどりついたらいつも雨ふり」だろう。 ほかにも、「月光仮面」というコミカルなものもあった。 モップスには、星勝もいて、彼は後に編曲者として名をなし、井上陽水の「氷の世界」をヒットさせたりしていた。 俳優として一番印象に残っているのは、「夜明けの刑事」だ。 坂上二郎演じる「鈴木勇」(当時、最も同姓同名の人が多い名だった)というさえない中年刑事を主人公にした人情刑事ドラマで、当世風の若者刑事の役だった。 主題歌の「でも、何かが違う」は今でも覚えている。 最近では、「吾輩は主婦である」での、斉藤由貴のの父親役。 もうそんな年なのかと思ってみていたが、実際には、親子というには年が近すぎる配役だったのだ。 訃報を読んで、おそらく他の人も同じだろうが、余命3ヶ月と宣告されてもそれを冷静に受け止め、残された時間を、自宅療養で家族を過ごすことにした、というのに心を打たれた。 もちろん、さまざまな苦悩があったことと思う。 しかし、「こうありたい」と思わせる最期だった。 こころよりご冥福をお祈り申し上げます。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.16
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月曜日の午後、職場で寒気がするようになり、早退。 火曜日は、一晩寝たら治ったようだったので出勤。 ところが、水曜日の朝には再び寒気。 近所の医者へ行ったら、なんと、水曜日は休み。(診察券にそういうことが書いてなかった) 仕方がないので、水曜日は一日家で横になっていた。 月曜の夜から、何度も熱を測ったが不思議なことがある。 「ミミッピ」という、耳の穴で簡単に体温を測る器具を使っているのだが、何度やっても、左右で体温が違うのだ。 必ず、左耳の方が低い。 その差は一定ではない。 なぜだろう。 去年から、左耳でずっと耳鳴りがしていることと関係があるのだろうか。 謎である。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.15
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「週刊ゴング」が休刊ということになった。 発行会社の日本スポーツ出版社のゴタゴタの余波らしい。 わたしは「ゴング」派だった。 「週プロ」は、ベースボール・マガジン社に信用できない点があったことと、ターザン山本が好きになれなかったから。 新日寄り、長州寄りといわれていたが、全日ファンのわたしでも、そうは感じなかった。 竹内さんはどうしているのだろうと思ったら、闘病生活を送っているらしい。 そうそう、全日本プロレス中継の竹内さんの解説がよかったのも、ゴング派になった理由の一つ。 プロレス自体が低迷しており、かてて加えて出版業界も不況にあえいでいる。 復活する日が来るとしたら、違う出版社からではないだろうか。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.14
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テレビで放送されるというので、久しぶりにジャッキー・チェンを見てみようかと、録画しておいた。 確かに老けてはいるが、まだまだ若々しく見える。 体も動くようだ。 さすがアメリカ製で、お金もかかっていて、大がかりで、画面も美しく見やすい。 主人公が、厳しい単練の結果、超人的な能力を身につける、というのではなく、たまたま特殊なタキシードをきることになったことから事件に巻き込まれて大活躍。 基本的にはコメディーで、こういうのは吹き替えの日本語がよくなかったりするものなのだが、違和感がなかった。 一番驚いたのは、ジェームズ・ブラウンがジェームズ・ブラウンの役で出ていたこと。 ジャッキー・チェンとしては、せめて20年前から、こういう映画が作れる環境で仕事をしたかったと思っているかもしれない。 お金と手間暇をかけてやりたいようにできる。 でも。 「 酔拳 」ではまったわたしとしては、大がかりなセットなど何もなくて、体一つで観客を魅了して見せたジャッキー・チェンが一番なのだ。 ファンはまがままなものなのです。 彼はこれからどうなっていくのだろう。 現役引退の日が近いと発言したのを何かで読んで記憶がある。 主役を続けるのは難しいだろう。 監督やプロデューサーの仕事に比重を置くようになるのだろうが、俳優としては、袁小天のように、枯れた老人でありながら強烈な印象を与える脇役という道も悪くない。タキシード(2002) - goo 映画・タキシード@映画生活楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.13
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11日夜のテレビ東京「音遊人《みゅーじん》」で、ル・クプルの藤田恵美を取り上げていた。 最近は、ソロ活動をしていて、ボランティアで歌うことも多いそうだ。 その一環として、「ひだまりの詩」に手話をつけて歌うことにし、こころおとの女性に習う。 その場面が最も強く印象に残った。 「ひだまり」とは何か? と質問されていた。 「ひだまり」を表す手話がないのだ。 結局、意味を取って、「やさしくしてくれた」という内容の手話にしている。 手話にするというのは、ひらがなをカタカナに置き換えるようなものではなく、異なる言語への翻訳だったのだ。 内容を理解し、わかりやすくまとめて手話で表現しているわけなのだが、手話にない語はそのまま訳すことができないため、ほかの言い回しで代用しなくてはならないのである。 勉強になった。 番組サイト楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.12
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去年、「スーパーエッシャー展」を見に行ったこともあり、興味を持ってみてみた。 「版画の画廊」を中心に、エッシャーの人生や作風を紹介。 人間が出てきて、作品に入り込んでその世界を紹介するのは、NHK教育テレビのようだった。 不安な世界を見せるのは、「少年ドラマシリーズ」のようでもあった。 特に、「版画の画廊」で「似ている!」と思ったのは、諸星大二郎だ。 絵を見上げている人の後ろ姿、窓から見下ろしている中年女性、屋上で腰掛けている男。 どれも、諸星大二郎のマンガで見たような絵だ。 そして、不安を感じさせる画面も似ている。 影響を受けているのかどうかはわからない。番組サイト楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.11
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2007.03.10
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1976年9月24日第1刷。1985年七月10日第22刷。 こういうものをちゃんと読んだことがないので、最近、児童文学を続けて読んでいる。 さて、この「モモ」だが、果たして児童文学なのだろうか。 国は異なるが、トーベ・ヤンソンの「ムーミンパパの思い出」を読んだときにも同じことを感じた。ヨーロッパの子供たちは、こんな観念的な話を好むのだろうか。 副題は、「時間どろぼうと、ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語」。挿絵も作者が描いている。 収入を得るためにあくせくすることは悪であり、のんびり「今」を楽しむのがあるべき姿だ。子供は、純真無垢とまではいかなくとも、善だ。 同じドイツのケストナーの言うように、大人は子供だったことを忘れてしまってはならない。そういう話だ。 物語は壮大で、モモという少女が世界を救うのである。 しかし、そのモモの出自はわからないし、重要な登場人物であるマイスター・ホラが何者なのかもわからない。 作者が人に聞いた話、という体裁を取っているので、それでも不都合はない。 むしろ、説明がないからこそ、印象に残るのだろう。 全てが合理的に説明されてしまったとき、物語は、「そんなものを使ってもほんとうの遊びはできないような」(p98)「子どもがじぶんで空想を働かせる余地がまったくない」(p99)ものになってしまうのだろう。 今から30年以上も前に訳されたものなので、訳文はやや古めかしい。「視聴者」ではなく「聴視者」(p230)、「えりもえって」(p232)などという表記が時代を感じさせる。 観念的な物語を子どもにも理解できるように訳すというのは、大変な仕事だったろう。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.09
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先月、ついに、浴室の換気扇が壊れてしまった。 築十年以上。毎日毎日回転し続けてきたのだ。 去年一度、異音を発するようになり、自分で交換できないかと、型番を調べるのに外したりつけたりしているうちに音がしなくなったので、そのまま使っていたのだが、今回はもうだめだった。 ただ交換するよりも、と、以前から興味のあった浴室暖房乾燥機にしてみた。 近くのホームセンターを回って、一番安いところで十万ちょっと。 一度、取り付けられるかどうか見に来て、それからそこの下請けらしい業者が工事に来た。 工事は一時間ほど。 幸い、脱衣所に配電盤があったので、そこから直接電源を取ることができた。 今までの、換気扇と電灯のスイッチがついていたところは、電灯のスイッチのみに交換。 さて、使ってみたら。 快適、快適。 今までは、帰宅の遅いわたしは、冬になると、寒くて寒くて体を丁寧に洗うなどということができず、髪を洗うだけでも、洗っている間に体が冷えていたのだが、これをつけたら、そんなことはない。 体も洗い、髪も洗い、入浴が楽しめる。 ただし、乾燥機としての機能は期待したほどではない。 浴室で乾燥させようとすれば、かなりの時間がかかると思った方がいい。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.08
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京都で起こった小六殺害事件の判決が出た。 各紙読み比べてみると、アスペルガーについて、一番丁寧なのが読売新聞。 朝日と産経は特に解説はない。 毎日新聞もアスペルガーについて解説しているが、誤解を招きかねない点がある。 読売の解説にあるように、健常者より犯罪への関与は少ないとされ、専門家は、障害と犯罪を短絡的に結びつけるべきでないと指摘する。というところが重要だ。 こういう事件があると、「障害者に気をつけろ」という論調が起こる可能性がある。(実際にそういうことをブログに書いている人もいる) よく考えてみて欲しい。 健常者(これも妙な言葉なのだが)が事件を起こしたときに、「また健常者がやった」「健常者に気をつけろ」というだろうか。 犯罪率は健常者の方が高いのだから、むしろ、障害を持った人と一緒にいた方が安全だということになってしまうではないか。 障害に限ったことではない。 血液型で性格を決めつけるのも根は同じだろう。 もちろん、子を殺された親の怒りは当然である。察するに余りある。 わたしが親なら死刑を望むかもしれない。 出所後をねらって、自分で殺しに行くかもしれない。 しかし、それはそれとして、誤解を招くようなことがあってはならないのだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.07
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2007年3月2日放送。 かつてフォーク少年だったわたしが、一番好きだったのが泉谷しげる。 地方に住んでいてお金もなかったけど、一度だけ、コンサート(当時は「ライブ」なんて言わなかった)を見に行ったことがある。 肝心の泉谷しげるが電車に乗り遅れて、開演が遅れるというアクシデントがあったっけ。 あいかわらずの泉谷節。 柄の悪さを装い、悪態をつく。 始まりはロックだったこと、火事で仲間の楽器を焼いてしまったことなどは知らなかった。 「卒業していない」というのは象徴的な言葉で、いつまでも一つのスタイルを貫き通すということだ。 もちろん、常にそれが正しいとは限らない。 小室等なんか、最初から「卒業」して肩の力が抜けていたような気がする。 陽水にいたっては、最初から入学もしていないのではないか。 泉谷しげる公式サイト インタビュー楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.07
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岩波書店。1964年8月20日 初めて読んだ。 不思議な物語である。 いわゆる児童文学ではあるのだが、むしろ大人向けの小説なのではないだろうか。 子供が読んでも理解できないのではないだろうか。 主人公のメックスヒェンについては、合理的な説明は何もない。ただ、そういう存在なのだ。 我々とは異なる官製で生きている人たちの物語だった。 検索してみたが、「飛ぶ教室」とは違って、各社から出版されて版を重ねるということはないようだ。 「うーむ、世の中にはこういう小説もあるのか」というのが正直な感想である。 けっして退屈な小説ではない。 その後の展開が全く読めないので先が気になる。 事件が解決してハッピー・エンドではあるのだが、「では、この後、どうなるのだろう」と思ってしまう。 子供はそんなことを考えない、というわけではない。メックスヒェンは、自分と同じような少女がいてくれたら、と思っていることが、将来への不安を感じさせるのだ。 今から40年以上も前のものなので、訳文も時代を感じさせる。 今なら「ぐあい」と書くところが、「ぐわい」になっている。 「よりによって」ではなく「えりにえって」(p37) 「わたしあの人にすっかりチャームされましたわ」(p159)の「チャーム」は子供に理解できたのだろうか。 「まさに奇想天外《きそうてんがい》より落《お》つ」(p263)は本来の表現。 原文でどうなっているのか気になるのは、一座の「竹の家《や》一家《いっか》」(P16)、「おとうふのように、ふるえていました」(p211)。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.06
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今日、NIFTYからメールが来た。 「【入会11周年】ご利用ありがとうございます」というもの。 そうか、あれからもう11周年か。 家を建てたとき、自分の部屋からパソコン通信ができるようにと、電話回線だけ引いておいた。 そして、あることが実現したら、パソコン通信を始めようと思っていた。 それが実現しそうになったので、NIFTYに申し込んだのだが、実現しそうに思えたことは1週間で泡のように消えていった。 同時はまだインターネットは一般には普及しておらず、パソコン通信の会社がいくつかあるだけだった。 しかも、ダイヤルアップ方式で、電話代もばかにならなかった。 その後、通信環境は激変し、インターネットのみとなり、ISDN、ADSLから今では光通信を利用している。 料金も定額だ。 OSも、Windows95からWindows98、Windosw2000と変わり、システムリソース不足になる問題がほとんど改善されていて、感動したものだ。 WindowsMEはほとんど使わなかったが、今、職場の古いPCで現役で動いている。 WindowsXPはProを使っている。 もうこれで充分なのだ。Vistaなんてまだまだ手を出す気になれない。 あれから11年。 実現するかと思ったことは結局実現せず、今日に至っている。 昔のことが何もかも夢のようだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.05
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取手区役所の裏にある。 塔の裏を見ると、1988年10月に寄贈されたものだそうだ。 それ以外の縁起は記されていない。 人目につかないところにあるので、その存在を知っている人はほとんどいないと思うのだが、供え物があるところからすると、供養のために訪れている人もいるようだ。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.05
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竜ヶ崎にできたヤマダ電機に行ってみた。 建設中から、ここにできるのか、と期待していた。 金曜日には、開店売り出しと言うことで、大きな折り込み広告が新聞に挟まっていた。 大きなショッピングセンターのようなので、ヤマダ電機を見て、食事をしようと思って子供を連れて行ったみたら。 なんと、建物は大きいのだが、営業しているのはヤマダ電機のみ。あとはまだ準備中。 また、ヤマダ電機は2階の1フロアーだけだった。 また、飲食店が入る予定はないようだった。 それでも、客は大勢いた。 わたしは、一回りしただけで、何も買わず、すぐ隣のビバホームへ。 そこでラーメンを食べて買い物をしてかえってきた。 飲食店がないのは残念だ。ヤマダ、ケーズの牙城に宣戦布告!=茨城・龍ヶ崎市楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.04
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実業之日本社。1969年12月初版。1971年9月4版 遠い昔、NHKの少年ドラマシリーズで見た記憶があり、面白かったということだけ印象に残っている。好評だったので、再放送もされたはずだ。 読むのは今回が初めて。 農村で生き生き暮らすというような話かと思っていたのだが、全く違っていた。 少年を主人公とした冒険譚のような始まりでありながら、なぜ自分は自分として行動しているのかを考え、反目しあっているような家族一人一人もそれぞれ「自分」として生きているということを理解していく話なのである。 最後は、大きなできごとによって、再出発となっており、再生を予感させる。 驚くのが、戦争や社会運動の影が色濃く出ていることだ。。 ドラマでは全く感じなかった。 戦争の残した傷跡は、今ではすっかり癒えているのだろうか。 1967年に雑誌に連載したものをもとにしているので、もう40年も前の小説だが、テーマは古びていない。 しかし、風俗は大きく変わっているのだろう。 「あそびにもいかれない」(p16)の「いかれない」は昔から引っかかる表現なのだが、当時は一般的な言い方だったのだろうか。石原裕次郎の「赤いハンカチ」にも「行かれたものを」という歌詞がある。 「ふとんをしきながら」(p79)「ふとんをひく」ではなく、ちゃんと「しく」と表記してある。漢字で書くなら「敷く」だ。 「ルーパーに入った蛍光灯」(p202)の「ルーパー」がわからなかった。 格子状の覆いらしい。 誤植発見。 「批判」が「抑判」になっていて「ひはん」とルビが振ってある。(p166) 同じページに「全学連」という言葉が出てくるが、今では説明しても理解されない言葉だろう。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.03
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フジテレビの放送だが、制作は西日本放送。 モンゴルの遊牧民の8歳の少女。 本来なら学校に通う年齢だが、両親が思うように働けず、家の仕事のために学校へ行けない。 たくさんの家畜の世話、乳搾り、燃料集めと、仕事はたくさんある。 女優の永作博美がその一家を訪ね、少女の暮らしぶりを紹介する。 こういう子供は少なくなく、年に2度、移動教室が訪れてくれるそうだ。 少女は、夜になって自由な時間がとれると、宝物の教科書を取り出し、読み書きができるようになりたいと言う。 不自然なのは、兄や姉がいて、その二人は学校に通っていたのだそうだから、二人が教えればよさそうなものだが、そういう場面がない。 両親は画面に登場するが、その二人はほとんど登場しない。一緒に暮らしているはずなのに。 ゲルには、太陽光発電のパネルがついていたので、電化製品もあるはずだが、そういうものは画面に映らない。 演出、と言ってしまえばそれまでだが、制作者の意向が感じられる。 見ていて感じたのは、幸福は比較できない、ということだ。 学校に通えて幸せだと思う人もいれば、学校に通わなくてはならないから不幸だと感じる人もいる。 いやいやながら学校に通わされて、かえって悪い状態になってしまう人だっている。 学校に通えない少女は、幸福ではないかもしれない。 しかし、「学校に通えることこそが幸福なのだ」という視点は、あまりにも硬直したものである。自分の価値観の押しつけに過ぎない。 また、日本で、子供を義務教育に通わせずに家の仕事をさせていたら、虐待問題になるだろう。 では、このモンゴルの少女も虐待されているのか、というと、そうではないはずだ。彼女はただ生活しているだけなのだ。 「学校には通えないけれど、こんなに幸福だ」という番組だって作れるはずだ。公式サイト楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.02
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茨城県取手市役所の北側の斜面にある桜。 すでに満開を通り越して、葉桜間近になってしまっている。 そういう品種なのか、暖冬のせいなのか。楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へどうぞ。
2007.03.01
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