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新聞のテレビ欄で題名を見て、どんなものかと録画。 40年以上前の森繁久弥が見られる。森繁久弥だけじゃない、加東大介、夏木陽介、草笛光子、新珠三千代、東野英治郎、有島一郎、フランキー堺と名前を挙げていったらきりがない。 新珠三千代が、社長を手玉にとる芸者の役でびっくり。 題名からわかるように、清水の次郎長の話を下敷きにしたサラリーマンもののコメディ。 主人公側は、「清水屋」という酒造会社で、敵役は、東野英治郎が社長の黒駒醸造。 主人公は石井松太郎、略して石松。千秋実かと思ったら小林桂樹だった。 専務は大政、工場長は小政というぐあい。 しかし、次郎長の話を知らなくても内容は理解できる。 酒造会社が舞台ということで、出演者の名が、みな、日本酒のラベルになっているのがうまいところ。 焼酎の原料の芋を入手するために、石松は単身(社長は浮気が目的で大阪に)四国に渡り、金比羅代参は無事に勤めるが、黒駒醸造の陰謀に腹を立てて禁酒の誓いを破り、大喧嘩。 殺されちゃうのかと思ったら、そこはそれ、コメディなので、そんなことはない。 船の中で偶然知り合った女性・都田京子(司葉子)の力添えなどもあって、めでたしめでたし。もちろん、船の中では「鮨喰いねえ」がある。 「えっ、これで終わるの」と、あっさり「終」の文字が現れた。 さっぱりしたもんだ。 庶民の娯楽として、肩の凝らないものを作ったということなのだろう。 新聞配達の少年が「スーダラ節」を歌っているのもそれを象徴している。 しかしまあ、まさに毒にも薬にもならない映画だなあ、と思ったのだが、調べたら、脚本は、「南の島に雪が降る」の脚本も書いた笠原良三という人で、かなりの作品がある。 何でも書ける職人のような人らしい。サラリーマン清水港(1962) - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.31
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「松井秀の「予言」成就」という見出しが気になった。 「予言」「成就」は、見出しにあるだけで、本文には、本にはヤンキースの松井秀喜選手の出生前に、祖母が孫がプロの野球選手になり新聞を飾る予言をしたという不思議なエピソードも掲載されている。と書いてある。 これなら「予言が的中」だ。 そもそも、「成就」は願いが叶ったり、何かを成し遂げたり、成功したりという場合に使う言葉だ。 予言は成し遂げるものではないので「成就」はしない。 また、見出しだけ見ると、松井選手の予言が当たったかのように思ってしまうが、松井選手に関わる予言が当たったということなので、「松井秀の活躍を予言」とでもしておいた方がよかった。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.30
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「封印しません! 井上和香、要望あるまでグラビア宣言」という見出しを目にして、「封印してくれ」という要望があるまでグラビアに出ると宣言するのは妙なものだな、と思ったが、記事を読んだら、全然意味が違っていた。「いつまでグラビア?」の質問には「ご要望があるまで」とファンにはうれしい答えが返ってきた。ということなので、「要望がある限り」グラビアの仕事を続ける、ということらしい。 念のため、ほかのニュースを読んでみたら、スポニチでは、何歳になっても要望がある限りやっていきたいです スポーツ報知では、ご要望があれば何歳でもやりたいとなっていた。 こちらは問題ない。 「要望あるまで」を「要望のある限り」という意味で使っているのは、産経新聞だけのようだ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.29
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茨城県の大子町に観光やながあるということを最近知ったので、行ってみたいと思っていた。 ちょっと水戸に用事ができたので、これ幸いと子どもを連れて日帰りで出かけた。 昨日、偶然、テレビで紹介されていたので、混むのではないかと思ったのだが、10月いっぱいとのことなので、今日行くしかない。 今月に入って、電話で問い合わせたら、水が減っているので余りとれないということだったが、昨日の台風で水量も多くなっているはず。 お昼前に到着。観光バスも来ていた。 思ったほど大きくはない。幅は10メートルもないのではないか。 たしかにやなで、川水が竹の間を抜けていく。 自分でとったのを買い取るというようなシステムではなく、捕まえたのは、そこにある籠にいれるだけ。捕まえたから買わなくてはならないというようなことはないが、なかなか魚があがってこない。 たまにしかかからない。かなり気長でなくてはならない漁なのである。 それでも、子どもが小さいのを二匹捕まえたので、昼食をとることに。 二階建て建物があって、1階には団体客。 2階の座敷席へ。 食券を先に買うことになっているのだが、食券と言うよりは、レシート。 塩焼き、フライ、ライス二つ、鮎の天ぷらつきうどんを頼む。 団体客があるためか、かなり待たされる。 やっとフライだけが来た。ライスも一緒に持ってきてくれればいいのに、ただフライだけ。 天然物らしく小ぶりの鮎のフライが三つ。 そのうちの二つを食べてあとはおかずにするために残しておいたのだが、待てど暮らせどあとのものが来ない。 パートのおばさんたちが忙しそうに働いているのはわかるのだが、ただ待つのはつらい。 ほかの客からも、「あと何時間かかるの」といういやみの声が出る。 注文が通っていないのだろうと、たえかねて、「まだ作っていないならキャンセルしたい」と言いに行ったら、ちょうど、塩焼きができたところだ、と塩焼きとライスが出てきた。 それからしばらくしてうどんも来た。 味は悪くないのだが、あまりにも段取りが悪いのでいい気持ちはしない。 一生懸命働いているのはわかるし、人を増やせば人件費がかかって経営に影響するのでしかたがないのだろうとは思う。 むしろ、観光地で、客が多いときに食事をしようとするのが無茶なのだろう。 久慈川沿いには鮎料理の店がたくさんあるので、よそで食べてもよかったのだ。 子ども連れには、まず注文してからやなで遊ばせ、料理が来たら呼び戻して食べさせる、というふうにすることを勧める。 昼食の後、もう一度やなへ。 今度は、たくさん鮎があがった。時間や水温などが影響するのだろう。 鮎は群れることはないはずだが、次々にやなにかかる。 鮎ばかりではない。なんと、写真のように、鮭もいくつもかかった。 産卵後の鮭らしく、傷だらけ。 これは、係のおじさんが、やなのわきに寄せておいた。あとで食べるのだろうか。 やなそのものは面白い。子どもは楽しんでいた。 できれば、すいている時に行きたいものだ。奥久慈大子観光やな (その他 / 常陸大子)★★★☆☆ 3.0 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.28
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最近になって、「実は…使い方を間違えていたコトバランキング」というのを知った。 上位三つは知っていたが、「なし崩し」は知らなかった。 gooの一部なので、その言葉をクリックすると、その言葉が使われているサイトを検索してくれる。 そのトップに出てくるのは、産経新聞の「「ネット選挙」なし崩し 自民も民主もWeb更新」という記事。 もちろん、誤用は産気新聞に限ったことではない。 これでは、新聞が誤用を広めてしまっていることになる。 興味深い現象だ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.27
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ちくま文庫。1988.6.28初版。2006.5.10第12刷 水木しげるのマンガは、なぜか全巻通して読んだものはなかった。 今回、息子が持っていたのを発見し、「河童の三平(全)」と題したものを通読。 スクリーントーンを多用した、意外な絵だった。 ただし、この「河童の三平」は成立過程が複雑で、Wikipediaの解説のように、定本というものがない。 このちくま文庫版も、これですべてというわけではない。 子どもの頃に一部分雑誌で読んだ記憶があるのだが、それは、「少年サンデー」版だったようだ。しかし、記憶とちょっと違うような気がするのだが、記憶が間違っているのか、その後手を入れたのかわからない。 わたしが記憶しているのは、祖父が、死期の近いことを知って三平に、自分の死後、どうやって生活していけばいいかを教える話と、小人に初めてであった時に、その一人がさらわれる話。 一回分だったのか、二回分だったのかも覚えていない。 物語の展開はかなり行き当たりばったりである。 最初は、小人をねらっていたのはタヌキだったのに、途中から死神がねらっていることになっている。 タヌキや死神との関係は複雑で、敵でもなく味方でもなくなってしまう。特に、タヌキは、自分の一族のない、不思議な存在だ。 主人公の三平と、河童のかんぺいとの関係も不思議で、友情があるといえばあるが、最初の方では、三平は自分の代わりにかんぺいに死んでもらおうとするのだから、単純に仲がいいとはいえない。 もっとも、三平とかんぺいは一つの人格なのである。 だからこそ、最後に明かされるように、母親は三平とかんぺいをあえて区別しないのだ。 貸本だったのを書き直したのだから、もう少し整理されていてもいいはずなのに、全く予想外のことばかり、伏線のないことばかり起こる、恐るべきマンガた。 まさか、こんな終わり方をするとは思わなかった。あまりにも予想外だ。 読んでいてしみじみ思ったのは、現代は舞台にできない、ということだ。 三平の家が、人里離れた一軒家で、小学校まで10キロもある。 今や「一軒家」を「一戸建て」と同じ意味で使う人が多い。 わたしが覚えていた話で、今回「ああ、あれは河童の三平だったのだ」と確認できた話にこんな台詞がある。祖父が、三平に、自分の植林した山を指して、困ったことがあったら大きくなった木を一本ずつ売ってご飯を食べなさいと言うのだ。 大きくなった木が売れた時代があったのだ。しかし、今や、林業は廃れ、花粉症の原因にさえなっている。 木が売れなくなった現代において、三平は生活していけないのだ。 なお、最後になってあらためて認識させられるのだが、三平は小学1年生である。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.26
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夜中近く、一階の和室でテレビを見ていたら、障子に何かが見えた。 何と、この写真に写っているカマキリである。 砂金は涼しいので、ガラス戸はいつも閉めてある。外から入ってきたわけではあるまい。 なぜここにいるのか。 考えられるのは、洗濯物にくっついてきた、ということだ。 洗濯物を、部屋のなげしにかけた物干し竿にかけておくが多い。 それについていたのだろう。 洗濯物に卵を産んだりされなくてよかった。 もちろん、外へ逃がしてやった。 カマキリにとってはどんな経験だったのだろうか。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.25
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山あり谷あり波瀾万丈の物語なのだが、結局のところ何が何だかよくわからない。 作者は17世紀末にフランスに生まれた人物で、「解説」を読んでも、哲学者なんだか小説家なんだかよくわからない人物なのだが、おそらく、そういうものが「職業」としては成り立っていない世界において、思索と文筆によって生活していた人であるらしい。 あらすじだけ見れば、ジョットコースター小説である。 新だと思ったら生きていた、まさかこんなところで偶然に再会するとは思わなかったの連続である。 家柄主義や宗教者の権威というものに対する疑問が提示されているのはわかる。 しかし、「ソチン教徒」「マネス教徒」「痙攣派」「テアト派」などといわれても何が何だかわからない。 おそらく、執筆当時の、柔軟な頭脳を持ったヨーロッパの知識人なら抱腹絶倒するようなことが書いてあるらしい。 そういった、理解できない部分をのぞいても、物語は壮大で、読むものを飽きさせない。 中国の紹介小説のようなところがある。 そして、その結果がどうなるかというと、次の台詞でしめくくられる。「何はともあれ、わたしたちの畑を耕さねばなりません。」 薄い本である。すぐ読める。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.24
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眠狂四郎がたまたま知り合った老人が勘定奉行で、政争に巻き込まれる。 冒頭から、狂四郎が実は善人というのが描かれている。少年に、道場を取り戻してやったが、その少年のその後はどうなったのかわからないのは眠狂四郎らしい。 さて、重要な役の老人だが、加藤嘉が演じている。 かなりの高齢に見えるが、このあと、もっと若い役でも見た記憶があるし、おそらくふけ造りだったのだろう。 藤村志保は美しい。この人は、端整の顔立ちというのではなく、内面の知性が美しく見せているという人だ。(もちろん、内面などわたしには知りようはなく、ただそう見えるだけなのかもしれない) ただの美人なら、ここまで印象には残るまい。 物語は入り組んでいる。柳生但馬守が、好人物だったのは意外。 敵は数が多く、小物ばかりに見えてしまう。市川雷蔵を見るための映画だ。眠狂四郎勝負(1964) - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.23
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2007年10月21日放送。 日本SF創世記を取り上げた特集番組。 小松左京、石川喬司、筒井康隆、豊田有恒などのインタビューも交え、逸話を紹介。 かつてSF少年であり、大学の卒論もSFについて書いたわたしには、テレビアニメ製作にSF作家が関わっていたことなど、常識といえるような話も多かったが、知らない人もいるのだろう。 「8マン」を「アンドロイド」と言っていたが、「アンドロイド」ではなく「サイボーグ」だ。 初めのうちは、外からの圧力に対して、手を携えて結束していたが、だんだん、認知されていくと、ここの活動が中心になっていったというのは、まさにその通りだったのだろう。 筒井康隆の言う「拡散と浸透」なのである。 いまどき「SF」とわざわざことわるひつようがないほど、SFが浸透していて、当たり前の発想になってしまっているのだ。そのため、逆に、「SF」というジャンルが特殊ではなくなり、本が売れなくなってしまっている。30年前なら「SF」だったものが、今では「ミステリ」になっている。 一番感心したのは、福島正実が、何でも記録しておいたことだ。 音声も画像もある。 今、その時を大切にしたかったのだ。「今」が一番いい時代だったのだ。 時の流れは止められない。 鏡明が、ちょっと髪の薄いおじさんになっていたのに驚いた。 「奇想天外」の写真なんかだと、蓬髪の若者だったんだけどねえ。 世の中変わっていくんだよ、SFの環境もかわるのさ。 番組の製作姿勢には大いに不満がある。 栗山千明の服装が、60年代に予想された未来の女性の服のようだった。わざとそうしたのかもしれないが、意味はない。 また、「21世紀を夢見た日々」というタイトルはよくない。だれも「夢見」てなどいなかった。 日本SFで、明るい未来を予想したものを読んだ記憶がない。公式サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.22
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今年初めて借りた農協の畑で、これまた初めてサツマイモを作ってみた。 放っておくとツルが伸びる伸びる。 隣の畑に進入しそうなところだけ切った。 そして、収穫。 ほかの畑を前から借りている人の話だと、もともとは田んぼだったところだそうで、ほかの人もサツマイモは全然できなかったという。 ところが、畑の境界線近くに植えたのを掘ってみたら、結構大きいのができていた。 ただし、土が粘土質で、しかも深いところにあったので、掘るのが大変だった。 気をよくして毎週掘りに行ったのだが。 できていたのは、境界線近くの二列の畝だけ。 あとは、写真のように、ちょっと太い根っこにしかなっていない。 ツルの剪定が必要だったらしい。 残念ではあったがいい経験になった。 できたとしても掘るのが大変なので、もうサツマイモはやめよう。 湿り気はある土地なので、来年はサトイモに挑戦だ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.21
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ニュースサイトを見ていてびっくり仰天。 先日の、代々木大会のメインが盛り上がったようで、よかったと思っていたら、水面下でこんなことも進んでいたのだ。 西村は、新日時代から、一風変わったレスラーとして印象に残っている。 若手の時には、線が細くて、プロレスラーというよりも美少年風だった。天山と同期ぐらいではないか。(その頃、天山は顔に楊枝を刺す芸を見せいたと思う) 海外修行や、新日でのゴタゴタがあって、全日に参戦したときに、試合も見ている。 新日にいたのでは日が当たらない、全日向きだ、と思っていたのだが、「無我」旗揚げということになって、縁が薄くなったと思っていた。 それが、突然こんなことに。 無我では、所属選手ではなく、フリー参戦扱いだったというのにも驚いた。 まあ、これは、全日の保守本流だと思っていた川田が、実はフリーだったというのを経験しているので、そうだったのか、とは思えるのだが、西村なしで無我が成立するとは思えない。 無我の代表取締役は藤波辰爾だということで、藤波の、団体経営手腕の問題はあるのだろう。根っからの善人ではあるのだが。 試合がなければ、プロレスラーでいる意味がない。 かといって、全日が、藤波も含めて丸ごと無我を吸収することはできない。藤波だってそんなことは望まない。 経営が困難な状況が続けば、全日と新日との合併もあるのではないかと思っていたのだが、そうはならないようだ。 しかし、メジャー3団体鼎立ともいいがたくなってきた。 新日育ちが全日の主流になりつつある。 かつての全日はNOAHと名を変え、新日本プロレスが二つに分かれたような状況だ。 もちろん、全日本プロレスは、武藤体制になってからも独自の路線を追求していて、新日のコピーにはなっていない。だからこそ西村も入団を決意したのだろう。 さてこれからどうなるのか。 全日において焦眉の急なのは、新人の育成・定着である。 宮本や石狩が去り、一生は引退してしまった。 諏訪間はVMになっちゃうし。 小島でさえVMだ。 西村の入団は、今後のあらたな展開の伏線になっているのだろう。 先は読めない。 少しでもいい方向に動いて、再び武道館での興行が実現するようになってほしい。西村が無我退団!全日入団を電撃発表無我離脱!西村が全日電撃移籍西村が仰天行動!全日本に電撃参戦へ 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.20
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18日に、中国語がらみで気になることが二つあった。 一つは、19日の毎日新聞。 「[囲碁]女流本因坊に台湾出身の17歳・謝」という記事。 「挑戦者の謝依旻(シェイ・イミン)」と書いてある。 「謝」は「Xie」だから「シェイ」ではなく「シエ」のはず。 台湾では発音が違うのかと思ったが、検索したら、日本棋院の公式サイトで紹介されていて、ローマ字表記は「Hsieh Yi Min」になっていた。 これでもやはり「シエ」だ。 「シェイ」では、介音の「i」と主母音の「e」が逆になってしまっている。 これは珍しいことではないようだ。 何度か書いていると思うが、ジェット・リーの「李連杰」の読みが日本では、「リー・リンチェイ」になっている。 「杰」は「jie」だから「チエ」のはず。 どちらも、おそらく、耳で聞いたときに間違えただけなのだろうが、少し調べればわかることだ。 18日夜の「VVV6」という番組を見ていたら、「上海朝市」という中華料理店の焼きそばが紹介されていた。 調理をする「趙志利」という人の名に、「チョウシリ」とふりがながついていたので、日本語読み。これはこれでかまわない。日本人だって中国に行けば中国語読みされるのだ。 問題は、その人が作る麺の呼び名。 「ロンフーメン」というのだそうだが、漢字は「龍髭麺」となっていた。「髭」は「フー」ではない。 おそらく、「龍胡麺」なのだろう。「胡」には「ひげ」という意味がある。 「髟」の下に「胡」を書く字もある。 さらにいえば「ロンフーミェン」のほうが中国語らしい。 フジテレビにだって外信部はあるのだろうし、中国語の知識のある人だっているのではないか。確認さえすればいいことを確認しないのが不思議だ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.19
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この「雪国」というのは、大変有名な小説であり、わたしも原作はもちろん読んでいるのだが、正直なところ、どうもよくわからない話なのである。 主人公がどうやって生活費を得ているのかわからない。 映画では、日本画の画家で、パトロンがいることになっているが、原作では高等遊民の生き残りのような雰囲気だった。 そもそも、この主人公がなぜ雪国にひかれたのかわからない。 駒子にひかれる、というのはわかる。 しかしそれは、この雪国に来て駒子に出会ったからひかれたのであって、さいしょから駒子目当てに来ているわけではない。 表向きは、主人公と駒子のかなうはずのない恋の物語のようなのだが、本当のヒロインは葉子のように思える。 駒子と葉子は裏表の関係で、片方だけでは存在できないのではないか。 女性向けに書かれた話ではないのだが、どうも女性読者の方が多いのではないかと思う。 主人公は駒子や葉子の葛藤を描く都合上出てきているだけなのではないかとさえ思える。 特に、この映画は二人の間を描くことに重点を置いている。 主役が池部良で、育ちは良くて、いてもいなくても良さそうな雰囲気は出ている。 駒子は岸恵子。若いのは当然だが、声がやや甘ったるく少女じみているので驚いた。 葉子は八千草薫。こっちが妹で驚いた。調べたら、やはり八千草薫の方がちょっと年上。 ほかに、森繁久弥、加東大介、浦辺久米子、浪花千栄子などの若い姿を見ることができる。 一番嬉しかったのは、わたしの好きな田中春男を見ることができたことだ。雪国(1957) - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.18
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自宅から車で10分ほどのところにある、農協から借りている貸し農園に行き、農具を出そうとしたら、後ろのガラスにカマキリがいた。 自宅からついてきたものらしい。 車の振動にも、風にも負けずしがみついていたのだろう。 走っている途中で、窓にしがみついている昆虫を見ることは時々ある。 面白いことに、走っているときは必至にくっついている。車を停めると安心して離れていったりする。 風に抵抗してしがみつこうとする本能があるらしい。 このカマキリも、わたしの自宅からはるばる旅をしてきたのだ。 サツマイモをひと畝掘るのに30分ほどかかり、車に戻ったときにはもういなかった。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.17
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白黒。 原作は石坂洋次郎。読んだことはない。考えてみると、石坂洋次郎の本自体を、最近は見かけない。 主人公の若い教師が池部良で、まさに若い。 その主人公に対する、女性教師(久慈あさみ)と女生徒(島崎雪子)やその女生徒の母親(杉村春子)などの感情が絡み合う。 主人公は軽率といえば軽率だし、真摯といえば真摯で、まさに「若い人」のまっすぐさと苦悩が描かれている。 最後に「一つの人生を選ぶには、ほかの人生において死ななければならない」というような文章が紹介されて終わる。 この文章を出す意図はよくわからない。 女生徒と生きる道を選ぶために、教師としての人生を捨てるということを暗示しているのだろうか。 出演者では、沢村貞子や伊藤雄之助の若い姿を見ることができる。 伊藤雄之助はすでに独特の雰囲気がある。若い人(1952)(1952) - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.16
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前作の原作「羊たちの沈黙」を読んだことがあったので、どんな話かと見てみた。 アンソニー・ホプキンスの演じるレクターが、人間らしい感情を持ちながら、自分のしたいと思うことはどんなことでも躊躇せずに実行できる能力の持ち主の雰囲気を出している。 犯罪者としては冷酷な殺人鬼なのだが、自分を追い求めるスターリング捜査官(ジュリアン・ムーア)に対しては、仲間意識とも愛情ともつかない複雑な感情を持っている。 追われる立場でありながら、会いたいとも思っているのだ。 自分の出した手紙にわずかに残したにおいから、居場所を突き止められるのだが、実は、突き止めさせるためにそうしたのだ、ということろが、レクターの複雑な心理を象徴している。 ほかの捜査員なら簡単に殺してしまうところだが、彼女に対してはそうはしない。 合理的に理解しようとしてもつじつまの合わない話なのだが、人間の精神というのは、こういう非合理的なものなのだろう。 なお、映画と原作とでは、結末が大いに違っているらしい。ハンニバル(2000) - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.15
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6月16日放送。 もう四ヶ月も前に放送したものだが、やっと見た。 録画したことさえ忘れていた。 上海が舞台になっているから、というのが理由で録画したのだった。 今の上海はこんなふうなのか、と、そう言うところばかり目がいった。 わたしが初めて上海に行ったのは、もう20年前だ。 その次が13年前か。 現代と80年前の上海が錯綜し、主人公(常盤貴子)と、その叔父(長嶋一茂)の、それぞれの恋愛が描かれるのだが、なぜこういう構造になっているのかは分からなかった。 80年前の話だけにしておけば、森川久美のマンガや生島治郎の小説のように、それなりに楽しめたのかもしれないのに。 長嶋一茂は、声はややかすれ気味だが、悪くない。 浅野温子はちょっとふけ造り(だと思いたい)。 公式サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.14
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昭和30年代が舞台ということで見てみた。 最初は現代で、なんだかバタバタしていたが、昭和30年代に入り込んでからは安定していた。 主人公(長瀬智也)は二役で、現代の「旭」と昭和の「太郎」。昭和30年代って、まだ、戦争が終わって十数年しかたってなかったんだ。 全編土佐弁で、勢いはいい。 出演者では、斉藤由貴と風吹ジュンがいい。 家の造りは「寺内貫太郎一家」のようで、いかにもTBSらしい。 今回は「嵐を呼ぶ男」を上映していた。きっと旭の映画も上映するに違いない。 それを目当てに見てみよう。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.13
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しばらくアップの無かった「一太郎で青空文庫」に、田中貢太郎訳による「聊斎志異」の追加を始めました。 とりあえずは、「王成」「考城隍」「成仙」の三作。 田中貢太郎が「聊斎志異」の翻訳と明記していないものもあるようなので、ちゃんと整理するのは先のことになりそうです。 田中貢太郎のページはここ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.12
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主演は市川雷蔵。 犬の子とさげすまれながらも、花を愛する穏やかな青年に成長した主人公が、偶然から、居合いの奥義を極め、命ぜられるままに人を切っていく。 出会う居合いの達人が内田朝雄で、悪役ではない内田朝雄は珍しい。 しかし、師である内田朝雄をも切ってしまうのが、柴田錬三郎らしい。 思いを寄せてくれる娘(姿美千子)と、山奥に花を植え、見渡す限りの楽天地のような美しい花園が完成するのだが、主君の急死によって状況は変わり、最後は、その美しい場所が惨劇の舞台となる。 画面の美しさと主人公を襲う不条理な運命の対比が鮮やかだ。 佐藤慶の、情に流されない冷徹な男もよかった。剣鬼(1965) - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.11
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市川雷蔵主演シリーズ第8作。 4月に放送されたときは、あまり面白くなさそうに思えて途中で見るのをやめたのだが、今回見直したら結構面白かった。 新潟で産出される石油(くそうず)を巡って、商人や、天知茂を首領とする大塩平八郎一派の残党、藤村志保と行動をともにする謎の角兵衛獅子一座と、構造が入り組んでいて、実は物語はなんだかよく分からないのだが、眠狂四郎の円月殺法を見て、それを我がものとした天知茂との対決が山場であるということは分かる。 出演者では、ほかに、若い工藤堅太郎がいい。一癖ありそうな若い衆だ。 正義が必ず勝つわけではない。強い者が勝つのだ。 眠狂四郎とて、正義のために動いているのではない。世の理不尽が許せないから動くのだが、悪党を対峙したとて、虚無感が消えるわけではない。 虚無のうちに戦い虚無のうちに相手を倒しているだけなのだ。 - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.10
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実話(←)をもとにしたドラマなのだそうだ。 放送時間が1時間30分、CMをカットしたら正味1時間ちょっとのドラマで、内容が盛りだくさんであるためにいそがしい。 連続10回ぐらいのドラマで見てみたいものだ。 主人公を「母さん」と呼ぶものの、実の子ではないな、と分かる登場人物の経歴や、荒れる少年が人を刺す経緯などは見た者が想像するしかない。 あるいは、そうやって想像させることがドラマの製作意図なのかもしれない。 内容は現実的でけっして悪くなかった。 保護司というのがどんな仕事をするのか断片的にしか知らないが、これは、片手間にできるものではないようだ。 このドラマを見て「こんな保護司がいれば問題が解決するのに」と思ったら大間違いだ。 よくよく考えてみて欲しい。 人を刺してしまう少年、水商売で働き妊娠中絶することになる少女、どちらも、問題は解決していない。 しかし、遠い先に光があるのではないかと思わせる。 すぐに解決しないと不満に思う人には、現実がこうだったら、受け入れられないだろう。 少女の母親が河合美智子だったので驚いた。もうそんな歳かあ。「ションベンライダー」からもう24年もたっていたのだ。 なお、登場人物の背景については、公式サイトで詳しく紹介されている。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.09
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「常磐ハワイアンセンター」誕生の一面を描く、というようなドキュメンタリードラマではなく、事実に着想を得た完全なフィクション。 だからこそ、感動できる。 わたしが子どもの頃のことで、一時期、炭鉱閉山のニュースが相次いでいた。 「化石を掘って生活できないのか」などと思ったが、大人になってみれば、そんなことで生計は立てられまい。 大量解雇の一方で、雇用確保の一環としての勝負だったわけだが、成功したのは幸いだった。 最初は、人前で肌を見せるなんて嫌だ、といやがっていたのに、大量解雇で、父親が失業して、生活のために応募者が増えるというところはリアルだった。 一番印象に残ったのは、最初に自分からダンサーになることを望んでいながら、あくまでも炭鉱の仕事にこだわる父親(高橋克美)につれられて夕張へ去ってしまう木村早苗(徳永えり)である。 今の生活から抜け出したい一心で、自分の人生を賭けていたのに、幼い弟や妹の面倒を見ないわけにはいかないので、途中であきらめることになってしまう。 その無念さは生涯消えないだろう。 これも現実にありそうなことだった。 ただし、あくまでもフィクションなので、事実とは思ってはならない。 講師が、酒浸りで借金取りに追われているわけはあるまい。実際には、ずっと泊まり込みではなく、週に二日の通いだったのだし。 借金取りのエピソードは蛇足だ。あんな話はなくてもいい。 ダンス講師の松雪泰子意外は方言で話す。 松雪泰子がはきはき話すので、よけい方言が際立つ。 ただし、福島県出身(ただし中通り)のわたしからすると、細かいところで方言になりきってないところがあって気になった。 例えば、「一流」を「いちりゅう」と言っていたが、「いぢりゅう」になるはず。 また、言葉遣いの面では、「ナニナニだ」と言わず、「ナニナニなんだけど」と言うようになったのは近年のことで、この当時はまだそういう言い方はしなかったように思う。 福島県で生まれ育ったとは言っても、大人になって子どもを連れて行くまで行ったことはなかった。「ハワイアンセンター」に連れて行ってもらうなどというのは、わたしなどの経験したことのない贅沢だった。 今までに2回行ったことがあるが、実は、まだ、フラダンスは見たことがない。 「スバリゾート・ハワイアン」というのはこういうところです。フラガール - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.08
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ずいぶん前に放送されたのを録画したまま忘れていた。 80分しか記憶が持たない博士と、家政婦の話ということしかしらなかったので、いきなり吉岡秀隆が出てきてびっくり。おおよそのところは彼の回想である。 なぜ自分が数学の世界に入ったか、ということで博士の思い出を語り、その中で数学に関する説明もする。 見ている間は、ほうほう、そういうこととか、と思うのだが、見終わったらまるっきり忘れてしまっていた。 ただし、物語は、吉岡秀隆の視点ではなく、その母親(深津絵里)の視点ですすみ、母親しか知り得なかったことも描かれている。 寺尾聰はこういう役がうまい。若い頃は気の弱い長男だったのになあ。 兄嫁が浅丘ルリ子で、深津絵里とも対照的であり、寺尾聰とも対照的で、その存在が際立っている。 自分の感情を押し殺しているのに、家政婦に嫉妬しているのだ。 映像は穏やかで美しい。 記憶に関しては、以前、人間の記憶に関する番組で、自己にあったために、記憶が一定時間しか持たない人を見たことがある。その人も、事故以前のことは記憶しているのだが、事故以後は、一定の時間がたつと記憶が消えてしまうのだ。現実にこういう事があるのだ。 吉岡秀隆の子ども時代を演じているのは齋藤隆成。どこかで見たことがあるぞ、と思ったら「光とともに…~自閉症児を抱えて~」で、中心になる自閉症の子を演じた子役だった。 うまいものだ。 この映画を光らせているのは、なんと言っても主役の深津絵里である。 結婚できない相手との間に子を産んで一人で育てていながら、明るくて前向きで働き者で理想的な女性なのである。 社会的には許されない恋愛を経験してきたけれど明るい、ということが、博士の義理の姉の暗さと対になっているのである。公式サイトgoo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.07
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新潮文庫。2000.7.1。 副題は「まだ間にあう父親のあり方講座」。 第1章は「家族はフィクションだ」と、「健全な家庭」というイメージを打ち砕く。 家庭はかくあるべきだ、という主張をかざす人たちがいるが、これら「新保守主義」の「健全な家庭」の提唱は、何よりも政治運動だということを念頭におく必要があると思いますが、この主張の一番の過《あやま》ちは、まず自分たち男あるいは父親が、自己尊厳とかプライを持つべきだと主張していることです。(p16)と切って捨てている。 かといって、「ものわかりのいい親」がこどもの心を開かせるのがいいのではない。 1996年に、父親が、中学生の息子を殺してしまった事件にふれて、事件の父親に対して、一生懸命、息子の心を開かせようとした、なんて雑誌に書いてありましたが、思春期の子どもの心は開かれたら困るのです。(p120)ということだ。 わたしは見たことがないが、「パパは何でも知っている」「うちのママは世界一」といった、アメリカの、理想的な家族を描くドラマは、そのドラマが作られた当時、すでに「アメリカでも虚像だった家庭像」だったのに「日本の戦後世代に理想の家庭像として影響を与えてしまった」(p45)のだそうだ。 専門家からすると、世の中には間違ったことを主張する人が多い、ということではあるのだが、何事にも専門家がいるわけではない。そもそも不登校の問題では専門家はいないと思ってください。不登校についてよくしゃべっている人はたまたましゃべる機会があるから口を動かしているので、何か効果的なことを言っているわけではないと考えたほうがいいと思います。(p182)と述べている。 つまり、専門家と呼ばれる人たちの言っていることも、著者からすればデタラメなことが多いらしいのだ。 高校教師である父親が息子を殺してしまった事件では、その父親に対して厳しい目を向けている。 しかし、これは酷だと思う。 自分のしていることが不適切だと気づくことができなかったから行くところまで行ってしまったのだ。しかも、両親はそれぞれ精神科医などに相談もしている。 病気になったときに、医師の指示に従い、その指示が誤っていたために病状が悪化したとき、その病人を責めることができるだろうか。 適切な指示を出せなかった、相談を受けた側の問題の方が大きいのではないだろうか。 通読して感じるのは、つくづく「親は難しい」ということだ。 第2章以降は以下の通り。第2章「甘える夫、「母」になる妻」第3章「父は子に何ができるか」第4章「日本の父親と会社教」第5章「父親を再定義する」 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.06
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わたしは、こういう映画は好きだ。 特に何かが起こる、というわけではなく、おだやかに時が過ぎていく映画だ。 フィンランドの街角で、日本食の小さな食堂「かもめ食堂」を営む女性。メイン・メニューはおにぎり。 客はなかなか来ない。 なぜ、フィンランドでおにぎりの店なのか、などということについての合理的な説明はない。 主人公(小林聡美)はあくまで明るく前向きである。 最初の客が、日本かぶれの若者で、「ガッチャマン」の主題歌を知っているかと聞かれて、それが気になり、たまたま見かけた日本人(片桐はいり)に声をかけたことから、その女性も「かもめ食堂」で一緒に働くことになる。 やがて、これまたなぜかフィンランドにやってきた女性(もたいまさこ)も店を手伝うようになる。 日本人はこの三人だけ。あとは、フィンランド人で、日本人同士の会話以外はフィンランド語。 大事件が起こるわけではない。 やわらかい時間が過ぎていくだけだ。 その中に緩やかな癒しがあり、背負っていた重荷が消えていく。 店が満席になることがそれを象徴しているのだが、はたしてこの店が実在するものなのか、プールで泳いでいる主人公の心の中にだけ存在するものなのかもわからない。 謎は謎のままのこされて、わからない話といえばわからない話なのだが、人の心を合理的に説明したところで、合理的に理解できるとはかぎらない。 わからないことはわからないままでいいのだ。誰だって、わからないまま生きているのだ。 そんな気持ちになる。 主題歌は井上陽水。 それを意識してか、プールで、主人公の口ずさむ歌は、井上陽水の「白いカーネーション 」という歌だった。「センチメンタル」というアルバムに入っている。 小林聡美と片桐はいりって「光とともに…~自閉症児を抱えて~」つながりだ。公式サイトかもめ食堂 - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.05
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「喰いタン」で知った須賀健太の主演映画。サブタイトルは「幽霊と秘密のトンネル」で、そこだけ「ハリー・ポッター」のようだ。 タイトルから、少年の成長物語かと思っていたのだが、花田少年の周囲の大人たちの癒しの物語だった。 少女の幽霊につれられて、両親の過去を見に行ったとき、「あの女の子がお姉さんか」とおもったが、そうではなかった。 冒頭の、ほうきについている電気コードのむちゃくちゃさ加減は面白いが、あとはおとなしい。 一件落着かと思うと、その先がありそうなのが工夫。 篠原涼子は若くてきれいで、こんな大きな子がいるようには見えないが、ちゃんと「かあちゃん」になっている。 西村雅彦の長髪が斬新。 小林隆はいかにも、という感じ。 と、わたしのような世代なら出演者を楽しむことができるが、子どもはそうはいくまい。 対象年齢がよく分からない。 小学生が見に行くことはないだろうし、かといって、若い世代を対象にした出演者がいるわけではない。 映画の作りは決して悪くはないのだが、製作意図がよくわからない。・花田少年史 幽霊と秘密のトンネル@映画生活 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.04
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旅行の時など、車の中で子どもを退屈させないために、ポータブルDVDプレーヤーがあると便利。 以前、1万円以下の安いのを使っていたが、初期不良で回収となってしまったので、次のを物色。 画質が良くて軽くて、というので選択肢に入れた。 きめては、「ジャストワイド画面」。 横長の液晶画面に、通常の4:3の画面を、自然に拡大して表示する機能。もちろん、画面の上下は少し消えてしまうのだが、テレビで放送された映画などを見るときは、上下の黒い部分が消えるだけなので、全く問題ない。 これは非常に優れた機能だ。他の機種についてないのが不思議でならない。 おかげで、旅行中も、子どもは楽しく過ごすことができた。 外部出力をカーナビにつなげば、音楽番組を聞きながらのドライブもできる。 残念なのは、バッテリー一体型ではないところと、電源がONになっているときは、充電できないこと。 わたしは29000円ぐらいで8月に購入したが、今はもっと値段が下がっているようだ。 アナログチューナーとアンテナがついているが、これはまだ使ったことがない。 メーカーサイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.03
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この春に放送されたのを録画していたのに最近気づいて見てみた。 何の予備知識もなく見たので、かえって興味深く見ることができた。 こういう話は好きなのだ。 論理的な話ではないが、心情的に人を納得させる。 20年前にもどった主人公は、その20年間ずっと心残りだった願いを叶えることができるのか。 もちろん、叶えることができるだろうという予測は立つ。しかし、主人公の立場が明らかになったとき、願いが叶ったとしても、悲劇が待っていることがわかる。 クライマックスは、まさにドラマで、大がかりなことをして願いを叶える。 それは一つの奇跡である。 しかし、小さな奇跡であり、全体としては夢のようなファンタジーなのに、20年後、手術は成功したものの、障害を背負って生きているヒロインの姿が現実的だ。 エンドタイトルで、原作が梶尾真治であることを知って納得。 こういう話を書く人なのだ。 「美亜へ贈る真珠」は今でも忘れられない。 調べたら、何と、原作・監督は「黄泉がえり」と同じ組み合わせだった。 冒頭で、主要な登場人物が紹介される。高く評価している勝地涼が出ているので、それだけでも見る気になる。 倍賞千恵子が老けたのには驚いた(そういうふうに作っているのだろうが)。それに比べると、吉行和子は若く見える。 ヒロインは、最初、柴咲コウかと思ったが、ミムラだった。久しぶりに見た。この映画がきっかけで、指揮者の金聖響と結婚したんだそうな。 花を作っている男が中村勘三郎だったのはびっくり仰天。ずいぶん贅沢な使い方をするものだ。 影の薄い男は、見覚えはあるのだが、誰だったかなあ、と思ったら、宮藤官九郎だった。 そうそう、主人公の少年時代の富岡涼は「小さき勇者たち~ガメラ~」の主演の子だ。この子もいい目をしている。 - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.02
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先日、はいていたズボンが破けてしまった。 みると、生地が、透けて見えるほど弱っていた。 それで、かつて「古典落語」のシリーズを読んだときのことを思い出した。「さわるなよ、正宗なんだから」という台詞があった。 自分の着物にさわるな、といっているのだ。「正宗」は「さわると切れる」のしゃれで、着物の生地が弱っているから、さわられると着物が切れてしまう、ということなのだ。(念のために書いておくと、ここで言う「正宗」とは、名刀のこと) わたしのズボンも、まさに「正宗」になっていたのであった。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.10.01
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