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牛久沼のほとりに、「牛久アヤメ園」というのがある。 そんなに広いところではないが、花が咲けばきれいだ。 駐車場やトイレもある。 何年か前に行ったら、子どもたちがザリガニ釣りをしていた。 牛久沼には河童伝説がある。利根川にもあるし、河童になじみのある地域らしい。 これは、牛久アヤメ園の中の河童像。 なぜか、ちょっと寂しそうである。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.31
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日本映画の影響を受けているとは聞いていたが、これほどまでとは思わなかった。 いきなり、深作欣二への献辞から始まる。 アメリカが舞台になっているところはすぐに終わって、あっという間に沖縄に飛ぶ。 飛行機での移動はアニメで見せる。 回想シーンもアニメで、これがまた日本の劇画風。 そこで登場するのがSONNY千葉。一緒にいる男も見覚えがあるなあ、と思っていたら、なんと大葉健二だった。懐かしい! いくらなんでもハットリ・ハンゾウが刀鍛冶でもあるというのは変だし、なんで沖縄なのかさっぱり理由が分からないのだが、そんなことはどうでもいいのだ。 監督が、日本映画を通して身につけた日本のイメージを誇張して映像化したものと思えばいい。 沖縄に渡ってからは日本が舞台。 沖縄から東京までの飛行機の中でも日本刀を持っている。 日本人は拳銃を使わず、どんなやくざも日本刀を振り回す。 このあたりは徹底している。 最後の大立ち回りは、かなり香港映画風。 手すりの上で跳んだりはねたりは香港映画そのものだ。 栗山千明がとんでもない女の子の役で出てくるのだが、彼女の使う武器は、「 片腕カンフー対空とぶギロチン」のようだ。 (栗山千明は、その顔立ちから起用されたのかもしれない。しかし、彼女自身がこういう役を好むかどうかは疑問だ。「特急田中三号」のような、等身大の女の子の方が自然に思える) ただし、武器の使い方は、縄[金票]を思わせる。 しかしまあ、手が飛び足が飛び、全編血と暴力が支配していて、気の弱い人は見ていられまい。 最後は日本語での会話が多い。ただ、あまり流ちょうではないので聞き取りにくい。 どちらも英語で話して日本語字幕をつけてくれた方がよかったのだが、これもまた監督の思い入れなのだろう。 感心したのは音楽。 陰惨な光景を予想させる場面でもリズミカルな音楽が流れたりする。 音楽だけは明るい。 「ああ、たしかにこれは修羅雪姫だ」と思っていると、なんと、梶芽衣子の歌が流れるのである。 そうか、そこまで日本映画が好きか、と、嬉しくなってしまう。キル・ビル(2003) - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.30
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見たのはだいぶ前だが、感想を書くのを忘れていた。 こちらはだいぶ忘れていて、かなり新鮮。 オープニングが中国独特のアニメーションだったことなど、すっかり忘れていた。 川を挟んで、少林派と武当派の一家が住み、一方は男ばかり、一方は娘ばかりと、こりゃあ両家がくっつくしかないよな、ということを予想させておいて、その通りになる。 そこまでの屈折に、強盗団がからんでくるのだが、この強盗団がなんとも忍耐強いのだ。 武当派一家を狙うのはいいのだが、そのために偽物道士を送り込み、一年以上おとなしく待っている。それだけの価値がある家なのか、その間、どうやって生活しているのか、など、冷静になると疑問はわいてくるのだが、そんなつまらないリアリズムは超越した映画なのだ。 子どもたちもがんばっているし、大人たちは実力者揃いなので、武術面では非常に安定している。 「少林寺」ではヒロインだった丁嵐が、この映画では、胡堅強の相手役。 見た目はその方が釣り合っている。 この映画は、中国の一人っ子政策に反しているというので中国国内では公開されなかったという話を聞いたことがあるが、実情はどうだったのだろう。 今は「ジェット・リー」の李連杰。当時は、「杰」は「傑」の簡体字だと認識されていて、メディアでは「李連傑」と表記されていた。ところが、「李連傑」と書いてファンレターを出した人に、「李連杰」と書いて欲しいという返事が来た、というのを読んだ記憶がある。 今回、「少林寺」と「少林寺2」を見直して、出演者の名が、みな、隷書風の字体で正字になっていて、そのなかで彼は「李連杰」と表記されていた。 「傑」の簡体字とは認識していないのだ。JIS規格にもはいっているし、中国でも、異なる字として扱われるものらしい。goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.29
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先日、福島県の実家に帰省したときに、小野町で磐越道をおりて、コムコムというところで昼食をとった。 小野町あたりでこんなショッピングセンターがやっていけるのか、と思うようなところなのだが、15年前からある。 車がないと行けないところではないかと思う。 それはさておき、昼食だが、そば屋とラーメン屋が並んでいる。 家族の希望でラーメンつかさに。(そば屋は違うメンバーで入ったことがある) 私は、最近はめっきり小食なのだが、空腹だったので、量がありそうな日替わりセットにした。 日替わり麺(その日は味噌ラーメン)にご飯と餃子がついているのは、メニューで分かっていたが、きたのを見ると、なんと、納豆もついている。 餃子をおかずにご飯を食べるのかと思っていたら、納豆で一膳食べてしまえる。 というわけで、ご飯は納豆で、餃子は餃子、ラーメンはラーメンとしてたべたのだった。 私には量が多すぎるほどだった。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.28
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有名なドラマのリメイクかと思ったら、そうではなかった。 ドラマは、著作権のことでもめたことがあったはずだ、という記憶だけがあったのだが、今回調べ直して、遺書の部分に加藤哲太郎の書いたものを無断で使用したことが問題になったのであって、ドラマと、加藤哲太郎の人生とは無関係なものであることが分かった。 ドラマではなく、ほとんどが事実に基づいているのだが、それでも波瀾に富む。 戦犯となって死刑判決を受けることが予想され、逃亡して各地を転々とする。 東牟生活の様子などはほとんどドラマとしての捜索なのではないかと思うのだが、いくら戦後の混乱期とはいえ、3年もの間、逃げ続けるというのは、精神的には大変なことだったろう。 逮捕されてからは、死刑におびえる日々となる。 主人公を評価していた捕虜を証人にしてもらえばよさそうなものだが、なぜかそうはならず、家族の努力で死刑を免れる。 1976年まで生きていたことを初めて知った。 主役の中村獅童はなかなかいい。わたしは、この人は役者としては買っている。 母親が名取裕子なのだが、今でも若い。 精神病院にいた男がカンニング竹山だったが、意外にうまくない。ただ立ってしゃべるだけの役なのでやりにくかったこともあるだろう。 捕虜の一人はパックンマックンのパックンの方。悪くない。 あくまでも、事実をもとにしたフィクションであって、フィクションである以上、捜索を入れてもいいわけだが、こういうドラマに必ずついている、冒頭と最後が現代という作り方はやめた方がいい。現代の場面に意味はない。 かつてこういうことがあった、ということを描くだけで充分。 現代に再び捕虜だったアメリカ人が登場する。 そう思っているのなら、つかまったときに助けてくれりゃあよかったじゃないか。 そう思わされてしまう。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.27
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新潮社。1992年11月10日。 題名にひかれて読み始めたが、江戸の人々の日常を描くというような本ではなかった。 滝沢馬琴の残した詳細な日記をもとに、息子の嫁の路《みち》の生涯を中心に、滝沢家を描いている。 こういう内容なら、「江戸の明け暮れ」ではなく「滝沢家の明け暮れ」「馬琴と路女」の方がいい。 馬琴の研究者が書いたものなのかと思って読んでいたのだが、どうもそうではないらしいと、途中で気づく。日記の翻刻をしているのではなく、翻刻されたものをもとにして述べている。 では、どういう人なのだろうと思ったら、小説家だった。馬琴を主人公にした小説を書いたことがあり、滝沢家のこともいろいろ調べたことがあり、その時に印象に残ったことをまとめたものなのだ。「滝沢馬琴」という著書もある。 他人の日記など読んで面白いことはあまりないのだが、これは面白い。 馬琴の人となりが強烈であるばかりでなく、滝沢家の人々が皆アクが強い。強烈一家である。 初めのうちは不和だった馬琴と路だが、路を頼りにするようになり、彼女が滝沢家を支えていくことになる。 当時は印税制度など無いので、生活は楽ではない。それでも他家よりはましだったようだ。 馬琴と路の波乱の人生は、それ自体がドラマである。 内容は、「滝沢路女のこと」と「馬琴日記から」の二つに分かれている。 滝沢家に嫁したのだから「滝沢路」なのだが、お路が代筆した「吾仏乃記」の第二冊の普賢には、「土岐村氏路 受教 代写」とあるという。(p91) 姓は変わっても氏は変わらないと考えていたのか、中国式に表記したのか。 日記の引用が随所にある。 「右につき 予《よ》 子細《しさい》 相糺《ただ》し候えども 分明《ぶんみょう》ならず」 というように、読みやすく分かち書きにしてある。文語文なのに現代仮名遣いに改めてあるのは気になるが、読者の便宜を図った結果なのだろう。 巻末に「引用文の表記は、必ずしも原文のままでなく、かな遣い、漢文表記など、私意によって改めてあります。」と断り書きがある。 「馬琴日記から」は、路女からは離れて、著者が日記から感じたこと、特に、江戸時代についての思いこみを戒める必要があることについて書いている。 なんと、「自由」も「経済」も熟語として使われているそうだ。 明治になってからの言葉かと思っていた。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.26
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今日の産経新聞の「主張」の一つは『名前と漢字 公共財を棄損する「感字」』というもので、おおむね、漢字を好き勝手に読むな、といっているらしいのだが、いつものことながら、漢字の話になると支離滅裂で、首尾一貫せず、何が言いたいのかよく分からない。 近ごろの子の命名には「陽翔」と書いてハルトとか、「大翔」でツバサとか、漢字ならぬ感字のような文字選びが行われる向きがある。読み方に規定のないことが混乱を招いている。と言いながら、 とはいえ、ある漢字の人名に用いられる読み方を網羅することなどできない相談である。と書く。 ではどうすればいいのか、という話になるのかと思うと、「読み方に規定がない」「読み方を網羅することができない」原因の話になり、なぜそのような欠陥規格が作られたのか。それは、子につける名に用いる漢字が常用漢字だけでは間に合わなかったからだ。と言い切っている。 ここから常用漢字の話になってしまって、 常用漢字が国民の文字生活に十分間に合うだけの字種を収録した文字集合であったなら、このような漢字文化の劣化は生じなかったであろう。漢字制限の思想を引きずる常用漢字という大本を正し、人名用漢字のような規格は早く清算すべきだ。 と述べる。 常用漢字の範囲を広げ、人名用漢字のような規格を「清算」すれば、「漢字ならぬ感字のような文字選び」がなくなるとでも思っているのだろうか。 「どの漢字を用いるか」ということと「漢字をどのように読むか」ということを混同しているらしい。 結びは、 同時に、子の命名に当たっては、漢字が公共財という意識を強く持ち、いにしえに典拠を求めるなど、「感字」を戒める節度が求められよう。となっている。 いにしえに典拠を求めれば、かえって読みにくい命名が増えるだろう。 皇族の名がその実例だ。 皇太子は「徳仁」や三笠宮の「寛仁」をすんなり読める人がこの世に何人いるのだろうか。 これなど、知らなければ読めない読みだ。(それぞれ「なるひと」「ともひと」と読む) また、漢字の読みというのは、音読みは中国語(と言っても、朝鮮半島経由だったり、方言だったりするので、漢字伝来当時の標準音とは限らないのだが)基づくもので、本来の読みを重視したものだが、訓読みとなると、それこそ日本人の恣意的な読みでしかない。 例えば、「柏」を「かしわ」と読み、「鮨」を「すし」と読むのは、漢字の意味ともずれている。 しかし、そういう読み方をやめようという人はいないだろう。 むしろ、漢字を恣意的に読むことが日本の伝統なのである。 そうやって漢字を利用してきたのだ。 わたしは、命名法についてはできるだけ制限を無くした方がいいと思う。 「稀星」と書いて「きらら」でもかまわない。 珍名だと子どもが苦労する、という人もいる。しかし、我が子の苦労を願う親はいない。 子どもが、自分の名を嫌だと思ったら、自分で変えられるようにすればいい。 名を改めるのは、むしろ日本では伝統的に行われてきたことだ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.25
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有名な映画だが、初めて見た。 面白い。よくできている。 青春映画であり、挫折を乗り越えて成功する物語で、そこだけを見ればありふれた話なのだが、監督の感性の良さで、古くさく思わせない。 初めて練習しようとしたときに使う曲が、青江三奈の「伊勢佐木町ブルース」というあたり、ただ者ではない。 美人教師(眞鍋かをり)が教えるのかと思ったら、彼女の出番はほんの少しで、ほとんど奇跡の力によってマスターしてしまう。 その過程がことさらコミカルに描かれているのに、不自然さがない。 竹中直人の力に寄るところが大きいのだが、中心になる五人のエネルギーが、「さもありなん」と思わせるだけの力を持っているのだ。 花火が出てきたときには、何かの伏線だろうとは思ったが、ああいう展開になるとは思わなかった。なるほどなあ。意味もなく、三人でラインダンスを踊っている女の子たちという発想も意表を突いている。 最後の演技はまさに圧巻である。 あっさり終わるところも良かった。 何よりもこの映画が優れているのは、大人の力を借りていない、という点である。 なぜか、最近は「学園ドラマ」というと、生徒ではなく教師が主人公になることになっている。生徒はどうでもいいらしい。 しかし、この映画は違う。 水泳部の顧問(杉本哲太)は全くシンクロには興味がないし、協力もしない。 教えるはずの美人教師はあっという間にいなくなってしまう。 コーチを買って出る男はインチキおじさん。 すべて、生徒の力で成し遂げるのである。 これこそが学園ドラマだ。ウォーターボーイズ(2001) - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.24
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先日、ガソリンスタンドへ行ったら、前にパトカーがとまっていた。 給油なのだ。 パトカーだってガソリンがなければ走らないのだから、給油して当然。 何となく、警察の中に給油施設があるのかと思っていたのだが、そんなものがあったら維持管理にお金がかかってしかたがない。 わたしが知らなかっただけで、昔から、こうしてガソリンスタンドを利用していたのだろう。 代金はどうやって払うのだろう。警察のクレジットカードがあるわけではないだろうから、現金で払って領収書をもらうのか。 それとも、月末にスタンドから警察署に集金に行くとか。 会員カードを持っていると少し安くなるから、警察で会員になっていたりして。 自分の車のところに店員さんが来て、カードを渡したりしたので、支払いをどうしたのかわからなかったが、気がつくと、パトカーは洗車機の方へ。 なるほど、こうやって洗車もしているのだ。 パトカーがあまり汚れていたら、みっともないもんなあ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.23
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福島旅行で寄ったドライブインで見かけたもの。 分かるだろうか。 大きな水槽の中にザリガニがたくさんいる。 赤くない。 もしや、これが絶滅に瀕している日本在来のザリガニでは。裏磐梯にはいるのか、と店の主人に聞いてみたら、「ふつうのザリガニは赤いけれども、これは種類が違う。北海道の阿寒湖にいるらしいけれど、なぜか秋元湖で大発生している」とのことだった。 おそらく、誰かが持ち込んだのだろう。 それでも、外来種でありながら、「ザリガニといえば俺たちのことだ」というような顔をしているアメリカザリガニ(もちろん、当人たちはそんなことは思っていないのだろうが)ではなく、在来種が復活しつつあることは嬉しい。 と、思う一方で、ブラックバスのように、それまでの生態系に影響を与えるようなことがなければいいが、とも思う。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.22
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プールの後に寄ってみた。 ここも、2年前に来たことがある。 広くはないが、清潔で、霞ヶ浦の眺めも良く、大人400円、子ども200円というのは安い。 わたしが入ったときには、大人が一人いただけだったが、すぐに貸し切り状態になった。 (ただし、休日は混むこともあるらしい。今度の休日には子どもが100人入浴する予定だと書いてあった) 食事は、国民宿舎のレストランが利用できるが、ラストオーダーが午後2時。 早めに行かなくてはならない。 また、建物の中を抜けていくこともできない。 ちょっとした畳のスペースがあるので、何度も入ることもできなくはないが、飲食物持ち込みは禁止。←こんな張り紙が面白くて、ドライヤーをほかにどんなことに使うんだろう、などと思って写真を撮ったりしていて、大失敗。 いつも、入浴施設に行くときには持ち歩いている、籠と、あかすりタオルと、カミソリの三点セットを洗面台の上に忘れてきてしまった。 とほほ。 公式サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.21
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2年ぶりに行ってみた。 前回行ったときの記憶で、滑り台があるから、と思ったのだが、今回行ったら、なんと無くなっていた。 事前調査は何事にも必要だ。 気温は高いが曇っているから出かけたのだが、途中で天気が良くなってしまい、これでは日焼けしてしまうと、2時の抽選会までいて泳ぐのをやめた。 敷地は広く、流れるプールも長いので、そこそこ楽しめる。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.20
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原作は、山本純士という人の「授業の出前、いらんかね。」と「15メートルの通学路」だそうだ。 病院訪問教育というものがこの世にあることは聞いていたが、ドラマで見るだけでも大変そうだ。 なぜか、全3回という短いドラマなので、ややいそがしい。 大きな問題の一つがあっという間に解決してしまう。 その一方で、主人公は子どもが好きなのに、妻が妊娠しにくい体質で子どもができず、しかも妻はそのことを主人公に隠しているという、今後の葛藤に発展していくと思われる設定がある。こういうものはなくてもいい。 主人公の苦悩を描きたいのか病院訪問教育を描きたいのか、焦点がぼけてしまう。 病院訪問教育を受けるためには一時的に養護学校に転校しなくてはならないのだが、養護学校に籍を置くと経歴に傷がつく、と考える親(大友康平)が登場する。 これはリアルだった。 偏見だ、差別だ、というのは簡単だが、これが現実だろう。 感心するのは子役がうまいこと。 ここ数年、演出法に変化があったのか、子役の演技が格段に進歩している。 一方、主人公の長野博は、どのドラマで見てもV6の長野博である。 もちろん、それが要求されているのだ。 長野博と言えば、「ウルトラマン・ティガ」。わたしは映画も見に行った。 この人、さわやかな印象だけれど、酷薄な犯罪者をやらせたらうまいんじゃないか。(前にもたぶん同じことを書いたと思う) 公式サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.19
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副題は「水木しげるの戦争」。 水木しげるの自伝的マンガ「総員玉砕せよ!」を中心に作られたものだそうだ。 26年ぶりにニューギニアを訪れる場面からはじまり、最初は、当時の映像そのままなのかと思ったが、それもドラマだった。 主演の香川照之がよく似ているのだ。 マンガ家水木しげるとして話す場面など、そっくりだ。 今まで、この人のことは特に何とも思っていなかったのだが、俳優というのはすごいものだと思った。 物語は、水木しげるが「総員玉砕せよ!」を描いた背景と、その「総員玉砕せよ!」に描かれている内容の二重構造になっている。 作りが凝りすぎていてややわかりにくい。 「総員玉砕せよ!」だけでもよかったのではないか。 戦争の不条理や、「死にたくない」という気持ちは良く描かれている。 ただし、タイトルはちょっと変だ。 「鬼太郎が見た」のではない。「水木しげるが見た」のだ。 公式サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.18
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俳優加東大介の体験をもとにした映画。 ニューギニアに置き去りにされ、敵機の空襲にあいながら、「生き続ける」こと以外することがない状態の軍隊。 そこに、慰問のため「演芸班」が組織され、もともとプロの役者であった加東大介が中心になって、劇団が結成され、公演が好評だったため、常設の劇場まで作られる。 声高に反戦や平和を叫ぶ映画ではない。 基本的に、映画自体は娯楽である。 出演者も、伴淳三郎、有島一郎、渥美清、桂小金治、三木のり平、森繁久彌など、喜劇人として知られた役者がそろっている。 兵士たちが、娯楽によって、精神的に救われる話である。 もちろん、状況全体は悲劇なのである。 フランキー堺の所属する部隊など、全滅したことになっているので、軍からは放置されてしまっている。軍は、隊員が病死するのを待っているのだ。 空襲もあり、死者も出る。 しかし、最近のドラマとはかなり違う。 主役も自分で演じた加東大介自身の体験なのだから、戦地というのがどういうものかよくわかっているわけだし、制作当時は、戦争体験者が大勢いたはずだ。 わたしが子どもの頃に見たドラマや映画でもそうだったような気がするのだが、人が死ぬ場面が少ない。 死ぬとしてもあっさり死ぬ。 これは、「死」が身近なものであり、日常的なものだったからではないだろうか。 ことさら「死」を描いてみせる必要がなかったのだろう。 しかし、「死」が日常生活から切り離されたために、ドラマの山場を作る恰好の材料にされてきたのではないだろうか。 この映画の中でも、最後の、ある兵士の死はじっくり描かれる。 劇場に行くまでに山を越え川を渡り野営をしてやっとたどり着く。 そうまでしてでも「内地」の雰囲気に触れたいと、最後の気力を振り絞って仲間に連れて行ってもらう。 そして、「雪」を見て息を引き取る。 しかし、それは一つの挿話でしかない。その兵士の人生を描くなどというものではないのだ。 映画は、その後すぐに、やがて戦争は終わり、生き残った7000名は帰国した、とあっさり語って終わる。 それがかえって現実味を感じさせる。 不条理さや悲惨さを前面に押し出さないからこそ余韻が残る映画だった。南の島に雪が降る(1961)(1961) - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.17
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谷崎潤一郎の原作は、非常に読みにくい書き方がされていて、途中で挫折した記憶がある。 脚色はあるものの、おおむね原作通りらしい。 全編関西弁というのが新鮮だが、おそらく、地元の人が聞くと、違和感があるんだろうね。 山口百恵の主演映画ということにはなっているが、主役は三浦友和である。 佐助の、春琴にたいする、マゾヒステックな、屈折した愛情が描かれている。 春琴が大事というよりは、春琴に尽くしている自分が大事なのである。 テレビで放送されのを見る限りでは、春琴にやけどを負わせた犯人はつかまらないようだ。 犯人など、どうでもいいことなのである。 佐助が我が目を潰してまで春琴に心身を捧げるということが全てなのだ。 春琴にいいよるいやな若旦那が津川雅彦だったのは驚いた。春琴抄(1976) - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.16
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これも初めて見た。 「風立ちぬ」って、映画になるような話ではないと思うのだがなあ、と思っていたら、原作とは全然違う話になっていた。 男の方が三浦友和じゃ、頑健で、サナトリウムにいそうじゃないものなあ。 時代も変えてあるらしく、「絶唱」と同じ昭和十七年から始まるのだった。 山口百恵は、こっちの方がずっといい。お嬢様姿の方がさまになっている。 驚いたことに、三浦友和の学生仲間の一人が松平健だった。 今よりちょっと面長。 ヒロインの父親は芦田伸介で、その友人の医師は宇野重吉。これが、今の寺尾聰に似ている。 三浦友和の兄は森次晃嗣だった。 結局、最後まで、「なぜこれを映画にしようと思ったのだろう」という疑問が残った。 不思議な映画だった。 原作は、青空文庫で読むことができる。 「一太郎」ファイル化したものは「一太郎で青空文庫」からダウンロードできます。 風立ちぬ(1976)(1976) - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.15
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テレビ東京で、山口百恵主演映画を続けて放送した中の一つ。 「伊豆の踊子」と「潮騒」は見たことがあったのでパス。 この「絶唱」は3度目の映画化で、最初は1958年の小林旭主演映画。白黒だった。 これは見たことがある。 同じ監督かと思ったが、アキラ版は滝沢英輔だった。 西河監督は、1966年の舟木一夫と和泉雅子の方を撮っていて、脚本も自分で書いている。 今回はそのリメイクということになるのだが、アキラ版とそっくりだ。(同じ話なのだから当たり前) どうしても比較して見てしまう。 小林旭ファンとしては、やはりアキラの方がかっこいいと思うし、真摯な生き方を模索しているように見える。歌だってアキラの方がずっとうまい。 もちろん、三浦友和は好青年で、たくましく、悪くはない。 くやしいが、京都の学校に通っている、という設定にふさわしく、アキラよりちょっとインテリに見える。 見ていて驚いたのが、出演者の豪華さだ。 園田家の忠実な執事が吉田義夫、乳母が菅井きん、小雪の両親が大坂志郎と初井言栄、二人が間借りする家の主人が花澤徳衛。父親は辰巳柳太郎。 今でも現役の人もいれば故人もいる。 これらの名優を見ることができる、という点で、大いに価値がある。 困ったことに、スターである山口百恵については言うべきことがない。 「ああ、山口百恵だなあ」と思うだけなのだ。 そのアクのない透明な存在感が彼女をスターたらしめていたのかもしれない。 リアルタイムで知っているのに、すでに、わたしの中でも伝説の人になってしまっているようだ。絶唱(1975)(1975) - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.14
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原作が「少年ジャンプ」に連載されていた時のことを覚えている。 原爆投下後の地獄絵図が衝撃であり、正直なところ怖かった。 単行本になるまでは曲折があり、わたしが全巻読んだのは、大人になってからだ。 青年期までを描く、長編なのである。 テレビドラマ化は初めてだそうだ。 登場人物を減らし、エピソードをかなりはしょっている。 前後編で、前編は、原爆投下まで。 これは長すぎた。 食糧難や差別はありながらも、平和な家庭が原爆によって一変する、ということを描きたかったのだろうが、父親が反戦思想の持ち主であることなどに時間を割きすぎている。 そのあたりはもっと削って、戦後の苦労や、町内会長の変節ぶりなどを描いた方が良かった。 後編は戦後の苦労なのだが、期間が短い。 画家は死なず、その兄は、弟に温かい目を向けるようになってしまっている。 希望を持たせる話にしたかったのだろうが、現実はそう簡単ではない。 やはり、画家は死んで、家族が喜ぶという方が現実的だ。 妹もすぐに死んでしまう。 この妹の弔いの場面は、原作の中では、際だって情緒的だったはずだ。 1ページ全面か、あるいは2ページ見開きだったと思う。 原爆や世の中への怒りの怒濤のような原作の中で、ここだけは違っているのだ。 兄が復員し、住まいを建て、「新しい生活が始まるぞ」という、前向きの終わり方になっている。 麦の芽はその象徴だ。 しかし、これからが長い長い苦難の道のりなのだ。 次々に被爆者が死んでいくのを見て、髪を失ったゲンも、死の不安におびえるという終わり方でもいいはずだ。 最初と最後に、現在のゲン(山本学)が出てきたのはよくなかった。 生き残って生き抜いたということが明らかになってしまう。 当時を描くだけでいいのに。 こういうドラマで、約束事のように、現在を登場させてしまうのは、一体どういうわけなのだろう。 あらかじめネタばらしをしているのと同じなのに。 今回だけでなく、毎年続編を放送したらどうだろう。 終戦によって解決したのではなく、「戦後」というのもまた戦いの日々だったということを知るために。 出演者については、中井貴一や石田ゆり子がどんなにうまくても驚かないが、子役がいずれもうまいのにはほんとうに驚いた。 ゲンを演じた小林廉は、いかにもゲンらしいたくましさがあった。 そして、弟を演じた今井悠貴。これには我が目を疑った。まさに進次であり隆太なのだ。マンガと同じ顔をしている。 この二人が泣いたり笑ったり怒ったり歌ったりしてドラマが進んでいく。 その演技に不自然さが全くない。 まさに中岡兄弟なのである。 姉の小野明日香も落ち着いた感じでよかった。 公式サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.13
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吊り橋を渡っていく宿信夫温泉で撮った写真の中から。←まずは、露天風呂に張ってあったもの。 露天風呂(とはいっても屋根はある。山に面した壁がないもの)である以上、外からの侵入者は防げない。 わたしは1泊して3度入ったが、虫や葉っぱが気になることはなかった。←これは内風呂の入り口。 おそらく、時期によっては、カメムシが大量に発生して入ってくるのだろう。 これまた、わたしは、カメムシにも蛾にも出くわさなかった。 もちろん、窓を開けるようなこともしなかった。 なんとなく、温泉の成分が含まれる蒸気がもったいないような気がするのだ。 浴槽に入らずに、湯気に当たっていたりもした。←これについては注意はなかった。露天風呂からこれが見えた。 すでに書いたように、従業員に連絡して落としてもらった。 後で考えたら、息子に良く見せてから落としてもらうのだった。 ハチが巣を作っているところなど、なかなか間近では見られない。 こんな写真を出すと、営業妨害だと思う人もいるのだろうか。 わたしは、湿気が多いことをのぞいては、大満足の宿だった。その湿気だって、宿のせいではない。 もう一度行ってもいいと思うくらいだ。 「豊かな自然」「秘湯」「緑に囲まれた露天風呂」というような言葉から、何をイメージするだろうか。 わたしは、ここにあげた写真のような状況が浮かんでくる。しかし、多くの人は、テレビの画面でしか見たことのない、管理された不自然な「自然」しか想起できないのではないだろうか。知らないのだから仕方がない。 わたしは、旅行の前には、口コミ情報を確認する。「虫がいた」ということを不満に思う人がいて驚く。 こういう宿に泊まって、「虫がいる」などと文句を言う人は、「自然」も「緑」もないところへ行くことだ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.12
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福島旅行で寄ったところ。 初日は安達太良山。 ここのゴンドラは以前の旅行でも乗ったし、息子とスキーに来たときにも乗った。 今回は、時間がありそうなので、思いついて寄ってみたので、割引券を用意してなかった。 驚いたことに、カメラマンがいて、乗ると、写真を撮るのだ。 おりてくるまでにプリントアウトしてあるという趣向。 わたしは買う気はなかったのだが、義母が記念に購入。 あとで、わたしがスキャナーで読み取ってコピーを作ることにした。 二日目は、中野不動尊によって、磐梯吾妻スカイラインで吾妻山。火口を一周して、檜原湖へ。 じっくり見るのは初めて。 遊覧船もあるが、モーターボートがあるというので、それが目当て。 5人まで5000円。あとは一人増えるごとに1000円増し。 一行5人なのでちょうど5000円。 15分ぐらいのコースなので、あまり期待できないかと思ったのだが、なんと、これが面白かった。 前の席より後ろの席の方が波が間近に感じられて迫力がある。 わたしは前の方にいたのだが、それでも顔に強い風が当たる。 遊覧船に乗っていた子どもたちが手を振ってくれたが、手を振り返す余裕などない。 事前に、帽子を飛ばされないようにと注意されたのも頷ける。 5分ぐらい飛ばして沖に出て、しばらく停泊し、操縦士が檜原湖の説明をしてくれる。 福島県出身のわたしも、恥ずかしながら知らなかったが、檜原湖は湖ではなく、「川」なのだそうだ。 桟橋に戻ってから聞くと、操縦には船舶免許が必要だそうだ。 燃料は、軽油かと思ったら、ガソリンだそうだ。馬力が違うらしい。 乗っている時間は短いが、同じ1000円なら、遊覧船より、こちらの方が面白い。 ただし、小さい子どもは怖がってしまうだろう。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.11
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中ノ沢温泉は2004年にも泊まったことがある。 その時から、この万葉亭のことは気になっていた。 しかし、人気の宿らしく、予約が取れず、その時は西村屋に泊まった。 その時の記録はここ。 こんかいは、ついに万葉亭ということで期待して行ったのだよ。 まず、メインの通りから外れいているので、入り口が見つけられず、ちょっと迷った。 玄関に近い駐車場に停めることができた。その駐車場脇に足湯があるのが目についた。 従業員は親切で、玄関で荷物を持ってくれる。 JTBで予約を取ったので、その書類を見せ、チェックイン。 建物は新しい。 すぐに仲居さんが部屋に案内してくれたのだが。 予約したときから、JTBと宿で設定が食い違っているらしく、バタバタしたのだが、不安的中。パンフレットには5人一部屋の設定があるのに、宿にその設定がないらしいというので、JTBの職員が確認の電話をしたりしていたのだ。 5人一部屋なのに、4人分しか用意してないので、あと一人分追加する、という。 車の中を整理しがてら、息子と、足湯に。 これも源泉らしい。 それから部屋に戻ると、息子の分の浴衣が用意してないことがわかった。タオルも一人分足りない。 フロントに電話すると、仲居さんが浴衣を持ってきてくれた。 タオルもないことを伝えると、今度はバスタオルだけ持ってきた。 小さなタオルもない、ということを伝えて、やっとそろった。一人分足りないことは分かっているのだから、最初に全部持ってきてくれればいいのに。 温泉はさすがに本物である。 部屋数はたしか18で、小さな建物なのだが、満室のようだった。 それなのに、大浴場が混んでいるということがない。 息子と入りに行ったら、ほかに親子連れがいただけ。 露天風呂を水で薄めているので、どうしたのかと思ったら熱いのだ。 源泉そのままなので温度調節ができないとは書いてあった。 念のため、注ぎ口のお湯を手ですくってみたら、熱くて驚いた。 西村屋では飲泉ができたので、飲んでみようと思ったのだがそれどころではない。 これでは子どもは入れない。 お湯をかき混ぜる棒があったので、それでお湯と空気を混ぜてみたら、少しは温度が下がったようだった。 食事は6時から別室で。(ほかの部屋の人は部屋食らしい) 仲居さんの説明では場所がよく分からなかったのだが、時間になったら「ご案内に参ります」というので、部屋で待っていると、確かに、6時に「ご用意が整いました」と来てくれた。 ところが、5人で廊下に出てみると、仲居さんはいない。 しかたがないので、説明を聞いたときの記憶を頼りに会場へ。 大広間を区切った部屋。 良かったのは、畳の部屋ではあったが、テーブルと椅子だったこと。 これは楽でいい。 エアコンがききすぎて寒いので、とめる。 印刷してある献立がおいてあった。 イワナの刺身は初めてだった。 あれやこれやといろいろ珍しいものが出たのだが。 困ったのは、御飯がなかなか来ないこと。 子どもは酒を飲むわけではないので、フロントに電話して、催促して持ってきてもらった。 シラス干しなどの炊き込み御飯に枝豆の載ったもの。 吸い物は鱧《はも》入り。 御飯を食べ終えても、献立に書いてあるデザートが来ない。 これもフロントに電話して催促。 大人にはワインゼリー、子どもにはアイスクリーム。息子はこれは喜んでいた。 満室で、仲居さんもてんてこ舞いらしいが、これでは困る。 夕食後、息子と妻と風呂へ行こうとしたら、貸し切り風呂の「和合の湯」というのが空いていたので、3人ではいる。これは無料なのだ。 ベビーバスを大きくしたような浴槽が二つ並んでいて、ちょっと面白い。 屋根はあるが、一方の壁はなくて、開放感がある。 しかし、夏ではあり、電灯がついていると虫が飛んでくる。 風呂場の電気を消したら、虫は来なくなった。 しかし、洗い場があるわけではなく、長くは入っていられない。一回あたり40分程度、と説明にはあったが、40分もいられない。 15分ぐらいで出て部屋に戻った。 9時ぐらいに寝てしまって、よくあることながら、11時頃一度目が覚めた。 すぐには寝付けないので、また風呂へ。 一人で夜の風呂を楽しむ。 それから薬を飲んでまた就寝。 朝6時頃目が覚めたので、温泉街を散歩。 学生の団体客が多い。 万葉亭は団体がいないだけ落ち着ける。 それから、また風呂へ。 頭を洗い、ひげも剃る。 なぜか、こういうところの使い捨てカミソリを使うと、口の下のところに、小さな傷がたくさんできてしまう。 朝食は、昨日の会場の仕切りを外した大広間。 しかし、部屋ごとに間が開けてあるので窮屈さはない。 若鮎の一夜干しを固形燃料で焼いて食べるというのは初めて。珍しくもあり、美味でもあった。 それを焼いた後、焼き海苔を残りの火でちょっとあぶると、パリッとする。 御飯は、最初はおかゆを持ってきてくれて、それから普通の御飯。 どちらもおいしかった。 いつも思うのだが、こういうところの朝ご飯が、夕食のメニューでも充分なくらいなのだ。 どうしても食べ過ぎてしまうし、残すのがもったいない。 朝食後、またお風呂に入ってからチェックアウト。 万葉亭は、たしかに高級感はある。しかし、我が家には向かない。 親も、西村屋の方がよかったといっていた。 こんなことを書くと、西村屋に幻想を抱く人がいるかもしれないので念のために書いておくが、万葉亭の方が建物は新しいし、清潔感もある。料理も凝っている。西村屋は田舎料理で、若い人には物足りないかもしれない。 しかし、西村屋の方が楽なのだ。 西村屋は、浴室も三箇所あって、違う浴槽にはいると、それだけでも得した気分になる。 前日に泊まった信夫温泉と比べてしまうので、不満が残るのかもしれない。 泊まる順番が逆だったら、評価は違うのかもしれない。 サービスというのは難しいものだ。 そうそう、ここはauはアンテナがちゃんと立つのだが、なんとワンセグは受信できなかった。不思議だ。宿泊情報 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.10
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福島県の吾妻山に登る途中にある。「信夫」は「しのぶ」と読む。 名前から、信夫山にあるのかと思ったが、そうではない。 つい最近その存在を知った。 子ども連れだし、吊り橋があるというので興味を持って泊まってみた。 スカイラインに続く道を、高湯温泉の手前で脇にそれるのだが、駐車場への道が怖い。 上から見ると、ほとんどひよどり越え。 車の底を擦ってしまうのではないかと思ったが、無事におりて、車を置き、吊り橋を渡る。 意外にも、この吊り橋が全く揺れない。 ただし、川まではかなりの高さがある。 玄関脇の「歓迎」の札には、我が家の名前しかない。 それにしては、駐車場に何台か車があったが、と思ったら、それは、日帰り入浴の人たちなのだった。 その人たちが帰ったら、なんと、我が一行5人で貸し切り状態。 温泉は源泉掛け流しで、三つある。 内風呂が二つ、露天風呂が一つ。 それぞれ温度が違うらしいが、体感できるほどではない。 いずれも、あまり大きくはない。 洗い場が二つしかなかったりもする。 露天風呂は、それもない。 しかし、何しろ、貸し切り状態なのだから、好き勝手に入り放題。 充分に堪能した。 場所は、山に挟まれたところで、テレビはBS以外はゴーストだらけ。 ところが、わたしの携帯電話では、ワンセグはちゃんと受信できた。 携帯といえば、auは、フロント付近ではかろうじて通じるが、部屋では圏外。 宿の案内によると、Docomoは、吊り橋を渡って道路の近くに行かないと圏外だそうだ。 場所柄からか、湿度は高かった。 部屋に置いてあった浴衣がじっとり湿った感じ。 どうせ、風呂に入って汗をかくのだから、とわたしはすぐに浴衣に着替えたが、妻は気味悪がって、しばらく広げて乾かしていた。 食事は、夕食も朝食も、わたし達のためだけに用意してくれるわけで、かえって申し訳ない気分。 食事のために個室を別に用意してくれた。 イノシシの肉は以前食べたことがあるが、そのほかに、シカの肉、行者ニンニクといった、名前死から知らなかったものを初めて食べた。 また、大きな鯛を丸ごと姿造りにしてくれた。 いつものことながら、食べきれない。 もったいないが残してしまった。 ここが特に優れていたのは、御飯をすぐに持ってきてくれたこと。 なぜか、料理をあらかた食べてしまうまで御飯を出してくれないところが多い。 家庭では、御飯とおかずを一緒に食べるものなのに。 わたしのように酒を飲む人間はいいが、飲まない者には、御飯が出てこないのは迷惑なのだ。 朝食も、御飯がおいしくて大満足。 温泉もまた三つ入っていい気分。 チェックアウト前には、大人にはコーヒー、子どもにはジュースのサービスがあった。 朝、露天風呂の脇の「宝泉の湯」の屋根にハチが巣を作っているのを発見。 従業員に連絡したら、すぐに、ホースで水をかけてハチを追い払い、棒で巣を落としてくれたが、しばらくしたら、またハチが集まっていた。 しかたがないのでまた連絡しておいた。 これもまた、豊かな自然、というところなのだが、わたしはハチに刺されると大変なことになるので、ちょっと怖かった。 ほかに、蚊では小さな黒い虫が飛んでいたが、これが自然というものなのだ。 不思議なのは、吊り橋以外に川を渡る道がないのに、どうやって建物を建てたのか、ということである。 実は、裏に道があったりして、と思ったのだが、その様子はない。 聞いてみたら、吊り橋で少しずつ材料を運んだのだそうだ。 自動販売機が置いてあったが、業者も、車を乗り入れられないので、えっちらおっちら吊り橋を渡って飲み物を運ぶのだそうだ。 湿度が高かったのだけが残念だが、こればっかりは宿のせいではない。 これならまた泊まりに来てもいい、と思った。宿泊情報 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.09
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戦艦大和の乗組員たちそれぞれの人生。 生き残った者、戦死した者。 三千人も乗組員がいるのだから、さまざまな人生があったはずだが、それを今の価値観でとらえて描こうとするのは無理があるのではないだろうか。 喜んで死んでいった者もいれば、嫌だ嫌だと思いながら戦死した人もいたはずだ。 「必ず敗戦になる」ということが分かっていてドラマが作られているため、登場人物の行動が、割り切ったもののように感じられる。 無理に戦前の社会を高く評価しようとしているわけではないし、かといって反戦映画でもない。 その点は良くできているのだが、釈然としないものを感じさせるのだ。 現代の部分は不要だ。 どういう意図か分からない。 映像は迫力がある。 セットが巨大なものであることもわかる。男たちの大和 YAMATO(2005) - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.08
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千葉テレビで放送されていた「新 荒野の素浪人」が最終回だった。 この回を見るのは三度目。 一度目は最初の放送で、二度目は、テレビ東京で夜放送していたのを見て。 しかしまあ、人の記憶というのはいい加減なものだ。 わたしは、今回見直すまで、最終回は、前後編の二部作だと思いこんでいた。 それが一回だったのだ。 さらに、伊藤雄之助が出ていたことも初めて認識。 五連発が刺されるところは、二人で風鈴を見ていたような気がしていたのだが、茶碗だった。 夫婦になることを決意した時には、侍を捨て、町人になることにして、町人髷になっていたと思いこんでいたのだが、これも記憶違い。 また、最後に、次郎吉と別れる九十郎が笑顔を見せるのも意外だった。 わたしの記憶の中では、後を追おうとする次郎吉に刀を抜いて「ついてくるな」という態度を見せていたような気がするのだが、それは、第一シリーズだったのだろうか。 最初に見たときから不満だったのは、九十郎は五連発の死を察するのだが、次郎吉は気づかないところ。 二人はそれぞれの道を行き始めたのだが、どちらも胸騒ぎがして引き返す、というのがよかったなあ。 話そのものも一回では収まりきれないようなものだった。 幕府からも危険人物視されるようになった峠九十郎抹殺のための一味と、ただの地元のやくざ者との二つの敵がいて、やくざ者の方は、鮎香之介を殺しておきながら、うやむやになってしまう。 中野良子も、その後どうなったのかわからない。 三年後に大塩平八郎の乱があったということだが、そんな現実と結びつけては欲しくなかった。 きっと今でも荒野を旅しているのだ。 「荒野の素浪人」第一シリーズも第二シリーズも大好きだった。 今回、全作見直すことができて千葉テレビには大感謝。 大人の目で見ると、社会的矛盾に怒りを爆発させる話だったのだ。 不条理な世界で虐げられる弱者の味方をして、峠九十郎は切りまくるのだ。 もちろん、切られる方だって、武士としては弱者であることが多いのだが、そんなことまで考慮していたのではドラマがなりたたない。 社会的な問題から離れ、一人の人間としての幸せをつかもうとしたために、三人の旅は終わってしまうのだ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.07
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小学生の息子と、体力作りをかねて、筑波山に登ってきた。 筑波山神社の方は駐車場が遠いので、つつじヶ丘から。 女体山の山頂まで、約1・8キロ。40分と書いてある。 登山道は人が充分すれ違えるだけの幅があるところがほとんど。 ただし、ところどころ岩がゴロゴロして手も使わないと登りにくいところもあった。 2年前に来たときには、ロープウェイで登っただけだった。 その時は、途中に茶屋があるのが見えたので、そこで休もうと思ったのだが、それらしいものがない。 代わりに、平らな空き地がある。 家に帰ってから調べたら、去年で廃業していたのだった。 曇りがちの天気で、気温はさほど高いとは思えなかったのだが、湿度が高い。 首にかけた手ぬぐいで何度も汗をぬぐう。 登り始める前に、息子と、十分に水分を取っておいたのだが、それがすぐに吹き出した。 前腕部には、汗の粒が次々に現れる。 つぶつぶのしょっぱい汗を流し、つぶつぶのしょっぱい汗をぬぐいながら登る。 山頂に着いたときには、手で絞れるほどに濡れていた。 わたしは、タオルよりも和手ぬぐいを愛用している。 ごわごわしないからだ。 探せば、百円ショップでも売っている。 女体山に一番近い茶店で休憩し、男体山へ。 こちらは楽。 ケーブルカーの駅で団子を食べ、ラムネを飲み、帰りはロープウェイで。 山道は、登るよりも下る方が難しいからだ。 一昨年はザトウムシを見かけたが、今年は見なかった。 わたしが気づかなかっただけなのだろうか。 体が汗びっしょりになったので、以前から気になっていた、八郷温泉ゆりの里でお風呂に入っていこうと、遠回りしていったのだが。 なんと、お風呂の工事中で入れないのだった。 息子と軽い食事を取って帰ることに。 途中、雨が降り出したりして、波乱に富んだ一日だった。 帰宅してから調べたら、つつじヶ丘にあった「筑波山京成ホテル」は日帰り入浴が600円なのだった。 そこで入れば良かった。 また、そのホテルのサイトには、ロープウェイとケーブルカーの割引券があるのだった。 よく調べてから行けば良かった。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.06
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南方熊楠というのは、一体何をした人か、というのは説明できない。 もちろん、どんな人だって、その人が何をした人か、ということを簡単に説明できることはほとんどいないだろう。 粘菌の生態を観察するばかりでなく、東西の古典を読み、仏典を読み、文章を書き図をえがき、自分の好きなことだけに情熱を注いで生きた人である。 どんな人生を送ったのか知りたい、という人は、この本を読めばいい。 以下、「おやっ」と気になったところを羅列する。 「百姓の子でありながら武士の倅《せがれ》を誤って死なせ、代わりに養子となって討入りで奮闘した神崎与五郎《かんざきよごろう》の話」(p7) わたしは忠臣蔵の話は好きで映画やドラマをいろいろ見ているが、この話は初耳。 講談ではこうなっていたのだろうか。 熊楠と漱石はほとんど入れ替わるようにしてロンドンにいた。 帰国途中の熊楠の乗った船は、漱石の乗った船と行き違いになったのではないかという。 熊楠は、「支那人」よばわりされることを嫌ったが、漱石は違う。 「支那人は日本人よりもはるかに名誉ある国民なり、(中略)心ある人は日本人よ呼ばるるよりも支那人と言わるるを名誉とすべきなり」(p135)と書いているそうだ。 このように、同じ時代の人であっても、頭の中では別々に存在しているので、なかなか結びつけられない。 熊楠の手紙に登場する「兵隊帰りの植芝なる豪傑」(p225)は合気道の植芝盛平であるという。 この後、北海道に渡り、武田惣角に出会うのだ。 ほかに、河東碧梧桐や金田一京助、折口信夫、三田村鳶魚らとも会っている。 折口など、若山時代に合っていても良さそうなものだが、東京で会っている。 三田村鳶魚は、どういうつながりで熊楠に興味を持ったのだろうか。 以下に目次を引いておく。はじめに関係地図南方家系図第一章 和歌山時代第二章 東京時代第三章 アメリカ時代第四章 イギリス時代第五章 熊野の森に入る第六章 神社合祀に反対第七章 フォクロアの世界へ第八章 植物研究所前後第九章 大正から昭和へ参考文献おわりに南方熊楠略年譜人物・事項索引 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.05
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袋田の滝を見た後、日帰り入浴。 入れるのは11時からで、大人一人1000円。 安くはない。 フロントは2階で浴室は1階。 1階に行ってみたら、休憩室があった。 1回1000円なのではなく、1日1000円なのだ。 ほかの入浴客もなく、貸し切り状態。 使い捨てカミソリが用意してある。 また、ボディソープ類も、馬油入りのと炭入りの2種類が用意してある。 シャンプー、トリートメントと合わせて6個もあるので、つい間違えて、最初、トリートメントで体を洗ってしまった。 30分ほどかけてゆっくり入浴。 お風呂そのものは可もなく不可もない。 清潔ではあった。 出てから、「渓流露天風呂」というのが別にあることに気づいたが、そちらは12時30分からでないと入れないので、あきらめる。 お腹が空いていれば、レストランで食事をして、それからまた入浴ということもできたのだが、残念。楽天トラベルの情報 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.04
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今朝見た夢の話。 場所は、何かのイベント会場のような、お座敷のような、盆踊りの広場のような、なんだか人がたくさん集まっているところ。 なぜか分からないのだが、私はプロレスラーとして佐々木健介と戦うのである。 現実どころか夢にもあり得ない話で、夢の中でも、あんなぶっとい腕でラリアットなんかかけられたら死んでしまう、と思っているのだが、試合が始まってしまうのだ。 ところが、その試合がリングで行われるのではない。 イベント会場らしいところを動き回りながら戦うのだ。 幸いラリアットを食らうこともなく、組んずほぐれつ、上になり下になりではなく、なんと、わたしが上になっていることが多かった。 夢から時間がたってみれば、夢の中では「重さ」という概念がないらしいことが分かる。 もちろん、相手の技を受けるのが基本なのだから、夢の中であっても、健介はわざと技を受けてくれていたのだろうが、いくら夢でもわたしが健介の足をつかんでねじり上げるなんて想像を絶する。 そもそも、なぜそんな試合をすることになったのか分からないまま試合をしているのだが、どうも、前に何度も手合わせをしているらしいとは感じていた。 結局のところ、試合は、ルールも何もないので、無効ということになったのだが、わたしの方が優勢だったという声もあった。 結局何が何だか分からないまま目が覚めた。 この夢に何か意味があるのだろうか。 一日考えた。 思い当たるのは、最近、会場に足を運んでいないこと。 それから、ちばテレビで、「全日本プロレスマザー」という番組を放送していることに最近気づいて、見るようになったこと。 最近、「チャンピオン・カーニバル」の試合を放送しているので、有料放送の映像の使い回しだとは思うが、やはり、映像で見ると臨場感がある。 スポーツ新聞サイトによると、次は、健介が鈴木みのるの三冠にいどむのだとか。 そのことが頭にあったらしい。 しかしまあ、いくら夢でも、ボコボコにされなくて良かった。 夢の中でも健介はいい人だった。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.03
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音に聞く袋田の滝を見に行ってきた。 テレビでしか見たことがない。 水戸市内から1時間20分ほど。 同じ茨城県でも、市内とはだいぶ天気が違う。 市内は晴れていたのに、着いてみると、かなり雨が降った様子で道路が濡れている。 また、小雨模様だった。 平日のためか、それほど人はいない。 入り口に一番近い土産物店の駐車場が無料で利用できた。(もちろん、帰りにそこでおみやげを買ったりした) 入場券を買い、長い長いトンネルにはいる。 滝の音がザーザーと聞こえてくる。 トンネルを抜けると、目の前に滝があった。 なるほど、これは迫力がある。 文句なしの名所である。 厳冬にはこれが凍るのだそうだ。それも見てみたいという気になる。(寒いだろうなあ)楽天トラベルの情報 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.02
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茨城県日立市にある。 日立の駅から近いらしい。 磯もあるというので、ここを選んだ。 行ってみたら小さな海水浴場だった。 砂浜が半分、磯が半分というところ。 駐車場は1000円。 荷物を運び、サンシェードを広げてから、高波のため遊泳禁止だと初めて知った。 駐車場の入り口で言ってくれればいいのに。 それでも、子どもは、磯に蟹がたくさんいるので喜んでいた。 とにかくいる。うじゃうじゃいる。 磯のところは、うまい具合に、プールのようになっていて、そこでは泳げる。 潮が満ちてくるに従って、少しは波が入ってくるが、ほとんど穏やか。 子どもでも建てる深さなので安心。 売店は二つあったが、海の家という雰囲気ではなかった。 よく確認しなかったが、更衣室やシャワーは無いようだった。 更衣室、シャワー(冷水)、トイレは、無料のものが砂浜側にあって、利用できる。 平日で空いていたし、駐車料金しかかからなかったので、まあよしとしよう。 小さな子ども連れに向いている。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.08.01
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