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「ニワトリは朝に鳴いても良い フランス法廷の判決」という記事によると、「ニワトリはフランスの国鳥となっている」のだそうだ。 外国の国鳥なんて気にしたがことがなかったが、ニワトリとは驚いた。 気になって、ウィキペディアで「国鳥」を調べてみたが、制定していない国の方が多いようだ。 考えて見りゃあ、どんな意義があるのかわからないよね。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.30
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昨日、久しぶりに同僚と飲みに行った。 午前1時頃帰宅して、風呂に入り、布団に横になったが。 寝付けない。 しばらく布団の上で輾転反側。 寝付くのが遅かったから寝坊するのかと思ったらさにあらず。 7時前には目が覚めてしまった。 睡眠は難しい。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.29
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美空ひばり、江利チエミ、雪村いずみの豪華顔合わせ。 「ジャンケン」にはほとんど意味はない。ジャンケンをする場面はあるが、それぞれ異なる個性を持つ三つの存在を象徴している。 まさにフランス人形のような雪村いずみ、和風の美空ひばり、エネルギッシュでちょっと幼児体型の江利チエミと、全く異なるタイプの三人だからよりいっそう輝くのだ。 わたしが生まれる前の映画ながら、きれいなカラー映画だった。 家の中の様子など、アメリカのテレビドラマのようだった。 昭和30年に高校に通っているというのは、お金持ちの子ということで、一般人の日常生活からかけはなれた生活をしていて当然。 「男に、若いときに茶屋遊びをさせないから、結婚してから芸者と浮気したりするのだ」という意味の台詞があった。そんなのどういう世界だよ。わたしなんか、いまだに茶屋どころや芸者遊びもしらないよ。 雪村いずみは京都の舞妓、というところまではいいが、近々芸妓になって、金で男の自由にならなくてはならないというところに驚いた。 アイドル映画なのに、そういうところはリアル。当時としては、当たり前の話だったのだろうか。 三人が歌い踊るところは、なるほどこれなら無理はない、という設定になっていて、その知恵に感心した。 三人娘のうち、存命は雪村いずみのみ。 BSでの放送で見たのだが、本人が登場して思い出を語っていた。 江利チエミと美空ひばりの死が、彼女に与えたショックは大きかったろうが、こうして、昔の姿をみることができるだけでも慰めになるのかもしれない。ジャンケン娘(1955) - goo 映画・ジャンケン娘@映画生活 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.28
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(2007年6月26日放送) 前半は、テニスの松岡修造の思い出話とテニス指導。 「柳川」というと、北原白秋しか思い浮かばないが、こんな高校もあるのだ。 タレントとして、笑顔を見せている松岡修造が、テニスの指導となると目つきがかわり、全くの別人になる。 指導された方は名誉かもしれないが、松岡のレベルを目指すのはむずかしかろう。そもそも、この松岡は体が違うのだ。 わたしの同僚に、少年野球からずっと野球をやっているという人がいる。 その人に、 「プロ野球を目指していたんですか」 と聞いたことがある。その答えは、 「プロになれる連中は生まれつき体が違う」 というものだった。 生まれつき、努力では越えられない壁がある、ということなのだ。 V6のメンバーと並んでも、全く体が違う。これじゃあ勝負にならない。 しかし、慶應から離れてあえて柳川に行ったという松岡の判断は正しかったのだと思う。 今回印象に残ったのは、天才書道少年。 彼は、テレビ東京の「たけしの誰でもピカソ」で見たことがある。 渡辺満里奈はその番組にも出ているので、当然知っているはずだが、初めて知ったような顔をしていたのはさすがプロだ。 書道は、ただ単に文字を端正に書くということが目的なのではなく、自分の中のイメージを具現化するという「芸術」なのである。 今回、「そうだったのか」と思ったのは、彼が左利きである、ということだ。 右利きの人と同じ筆順では書きにくいはずだ。 芸術としての書であれば、筆順は自由に変えられるはず。そのことが幸いしている面もあるのだろう。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.28
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だいぶ前に放送されたのを、やっと見た。 予想していたのと全く違っていたので驚いた。 県庁の役人体質にどっぷりつかった男が、民間のスーパーで再教育されてまともになる、というのかと思っていた。 おそらく、制作者や、多くの観客はそう感じたかもしれない。 しかし、スーパーを軸にして考えると全く違うのだ。 主人公(織田裕二)はやる気満々なのに対して、スーパーの店長も副店長もやる気なし。 やる気があるのはパートの柴崎コウだけ。 民間企業では無気力と法令無視がまかり通っていて、当然の結果として廃店の危機が訪れる。 それを救うのは、主人公による「作業のマニュアル化」と「法令の遵守」なのだ。 県庁流のやり方で廃店を免れ、その一方、県庁には小さな改革の灯がともったらしい、という終わり方。 もちろん、県庁に問題がないわけではない。 しかし、県庁ではなく、県議会や知事と建築業界の癒着の方に問題があるのである。その県議会議員や県知事を選んだのは誰かというと、県民なのだから、文句を言う筋合いはない。 民主主義の原則からすれば、県民の代表である議員と民間企業の癒着に異を唱える公務員は、県民の敵なのである。 主人公も、その癒着の手を貸すことで自分が成り上がろうとしていたのだが、それができなくなって目が覚めた、というのも軸の一つではあるのだが、民間企業のデタラメさかげん、税金を食い物にしようという悪辣さが印象に残る映画だった。・県庁の星@映画生活 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.27
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新潮文庫。1986.1.25。1996.8.30第10刷。 交流の深い文人とのエピソードのあれこれ。 なにしろ、著者は躁鬱病なので、躁の時と鬱の時とでは別人のようになるので、北杜夫側の異常さに、ここに書かれている人たちが大迷惑したであろうことは想像に難くない。 俎上に載せられるのは、遠藤周作、佐藤愛子、阿川弘之、辻邦生、奥野健男、埴谷雄高、なだいなだ、矢代静一、星新一、宮脇俊三、そしてどくとるマンボウである。 北杜夫失敗談もあれこれ書かれているが、若かったときの、文学青年時代の話は興味深い。 「文芸首都」に愛想を尽かし、自分たちで同人誌「反世界」を始めるのだが、同人には、一時、水上勉、真継伸彦、川上宗薫、宇野鴻一郎などがいた。そうだ。 若いときの話ではないが、星新一は、SFが芥川賞や直木賞の対象にならないことには、大いに不満であったらしい。 「この上もなお憂きことのつもれかし、限りある身の力ためさん」(p53)は、検索して見ると、作者は、吉田松陰だったり山中鹿之助だったりしている。 山中鹿之助かなあ。 「一人で泳いでいてリーフの外まで出て行った。」(p142)の「リーフ」は、調べたら砂州のことらしい。聞かない言葉だが、阿川弘之の話なので、海軍で使われていた言葉なのだろうか。 誤字(誤植?)発見。 「この料理は以外とうまいし」(p229)。「意外と」だろう。 さらに言えば、「意外に」が正しい。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.26
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市民農園を借りて、野菜を作っている。 キュウリとナスは、小さな実がたくさんついて、2週間ほど前から、そろそろ収穫できるはずだ、と思っているのに、もう大きくなったろうと思って見に行っても、なかなか収穫できない。 その理由がやっと分かった。 食い散らかされたナス。犯人はカラスだった。これは現場を目撃した。出来るそばから食われていたのだ。実をもいで食うばかりではない。 枝についたまま、途中から喰われてしまっている。 さらに……。 キュウリも食われている。 しかも、写真のように、縦に溝を掘りながら食べて、中の柔らかいところだけを食べている。 おのれ! と怒り心頭に発し、翌日、釣り糸を持って行って、3本植えてあるナスをぐるぐる巻きに。 鳥は、細い糸に触れるのが苦手だと聞いたことがあるからだ。 その甲斐あって、今のところ、ナスは無事。 しかし、昨日、小雨の中、様子を見に行って、我が目を疑った。 カラスが逃げていったのは予想通り。 しかし、予想外の犯人がまだいた。 黒い体に茶色い背中。赤い頭。 雉子《きじ》だ! 野生の雉子がいるのだ。 飛ぶのは苦手なので、走って逃げている。写真を撮ろうと追いかけたが、逃げ足早く、携帯電話のカメラではその姿をとらえることが出来なかった。 どうやら、キュウリを食べたのは雉子らしい。 カラスの太いくちばしでは、できない仕業だ。 おそらく、雉子の場合、地面近くになったもの以外は食べられないだろうから、下の方のキュウリはあきらめて、キュウリのつるが高く伸びるのを待つことになりそうだ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.25
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ついに最終回。 ううむ、なるほど。 前回のタイトルが、「危機一髪! 最後のシャキーン!! 前編」だったのに、今回は「愛しのナポリタンよ永遠に…」。 「後編」はどこへ行っちゃったんだよ。 謎自体はあっけなくて、なんだかうやむやのうちに事件は解決。 あとは、主要な登場人物4人だけの話になって、さらば、さらば喰いタンよ、と涙の別れなのであった。 おそらくパート3は作らないということが事前に決めてあったのだろう。 こうなると、10年後に、「喰いタン2017」というような題で、須賀健太主演のドラマが始まるのかもしれない。 このドラマの優れているところは、ドライなところだ。 犯行に至る犯人のやむにやまれぬ事情だの、恨みつらみだの、刑事や探偵の過去の秘密だの、そういうものなしでできている。 一応、金田一(須賀健太)と父親の話や、その彼女(小池里奈)の父親が五十嵐刑事(佐野史郎)という複雑になりそうな設定もあるのに、そんなものは小道具でしかなくなっている。 「過去の清算」から脱却した珍しいドラマだった。 出演者で目を引いたのは、香港スペシャルにも出ていた香港人という設定の二人(北岡龍貴と春日井静奈)。 二人とも中国武術や中国語の心得があるらしい。 最初は本当に香港人なのだろうと思ったくらい、それらしかった。 調べたら、「ゴジラ FINAL WARS」にどちらも出ていたらしい。 香港人といえばこの人、という役者を目指してもらいたい。(本人にとっては迷惑な話かもしれないが)公式サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.24
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何となく最終回まで見てしまった。 三人で会社を始めるって、そこまで「俺たちの旅」かよ。 大学4年生の二人がアルバイトをするのは、就職までのつなぎとしても、主人公がアルバイトではお金は貯まらない。 正社員の方が年収は多い。 終わり方はこれでいい。 上げて落としてまた上げる、という展開。 こうでなくては救いがない。 田中聖目当てに見ている小中学生だっているだろう、と思うこともあったのだが、最後は、視聴者層にふさわしかった。 わたしが予想していた結末は次の二つ。・ほかの二組と、マスターとウェイトレスの三組がでかけて、主人公は留守番。「なんで俺だけー!」・三組とも別れてしまって、男三人は女よりも鉄道を選ぶ。 ドラマの内容とは別に、世田谷線が出てきて驚いた。 今はあんなしゃれた車両なんだねえ。 わたしが世田谷区に住んでいた頃は、緑色の木造車両だったのに。公式サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.23
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という記事を読んで驚いた。重度の不眠や、物が飲み込めないなどの状態が続いているという。というのだから、症状は軽くはないようだ。 疑問に思ったこと。 なぜ、そんなに酒を飲むことができたのか。 まさか、こっそり自分で買いに行って、誰にも見つからないところに隠しておいて、隠れて飲む、ということはできまい。 いつでも、飲みたいだけ飲めるようになったいたのだろうか。 健康管理を受け持つ職員はいないのだろうか。 また、病名の公表は誰が判断したのだろう。 本人だとしたら、そのこと自体は評価できる。 自分の経験を知ってもらうことで、警鐘としようというのだろう。 しかし、一般国民とは異なるから、という理由だけだとしたら、あまりにも気の毒だ。 そのうち、「ナントカ親王、水虫の治療に通院」「ナントカ妃、痔の手術」「ナントカ宮、耳鳴りがやまず」などという記事を目にすることになるのだろうか。 (なお、水虫も痔の手術も耳鳴りも、わたし自身が経験していることであり、けっして、それらの病気にかかる人をおとしめているわけではない) 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.22
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新潮文庫。1971.9.20。1972.5.10第三刷。 初期の作品集で、「三人の小市民」「埃と燈明」「為助叔父」「友情」「遙かな国 遠い国」を収録。 このうち、「埃と燈明」「為助叔父」はすっかり忘れていた。 始めて読んだのは30年以上前のことで、その時も良く理解できなかったが、今回もよく理解できなかったのは「三人の小市民」の真ん中の短い話である。 夜空を見上げるところでは、宮澤賢治の「銀貨鉄道の夜」を連想してしまうのだが、世界は異なる。 今読んでみると、時代を感じさせるものが多い。 「赤新聞」(p112)など、今ではすっかり死語だ。 「遙かな国 遠い国」は、実際に船で長い旅をした経験をふまえて書かれたもので、「甲板」には「かんぱん」とルビが振ってあるが、「甲板員」には「こうはんいん」とルビがついていた。 読み方を変えるものらしい。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.22
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フジテレビ版「木枯らし紋次郎」第2シリーズの最終回。ちばテレビで放送されていたものを見た。 最初の放送時に、見たことは覚えているのだが、冒頭の、道を聞かれて教えるところ、雷が落ちるところ、最後に道を聞かれるところ以外は全く覚えていなかった。 ゲストは嵐寛寿郎だったのだ。ただし、立ち回りは吹き替え。 故郷の人々を助けたものの、結局はよそ者は出て行けと言われるのかと思っていたら、それほどのことではなかった。 実は、紋次郎なりに故郷への思い入れはあったのだが、それを捨てる、ということだった。 同時期の「荒野の素浪人」では、嵐寛寿郎はうらぶれた親分だった。 何でもやる人なのだ。 なぜ木枯らし紋次郎が話題になったのかというと、「漂白」へのあこがれがかすかに残っている一方で、「正義ばかりじゃやってられない」という虚無感があったからなのだろう。 やがて、「自由」が欲しいと言いながらも「安定」を求めていく時代となり、社会の外側に生きる主人公は必要とされなくなっていくのだ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.21
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近年まれに見る佳作であった。 おお、これは良くできている、と感心してみていたら、あっという間に終わってしまったので驚いた。 たった8回はないだろう。半年ぐらいは続くものと思っていたのに。 重厚さはないものの、それを補う工夫が感じられ、しかも、宿敵が福本清三ときては、どう決着をつけるのか、と気になってしまう。 驚いたことに、最後まで、クレジットで、福本清三は、役名なしだった。いかにも福本清三らしい。 それにしても、3ヶ月とは、惜しい。 この後を描くことは出来ないのだから、続編というわけにはいかない。 番外編を作るしかないか。公式サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.20
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6月16日の「新日本紀行ふたたび」は、「山里に人形が生まれた ~福島県 三春~」と題して、わが故郷、三春町を取り上げていた。 とはいっても、高柴のデコ屋敷が中心で、行政区分では三春町ではなく、郡山市の一部になっている。 公式サイトに「三春町は現在、市町村合併で三春町と西田町に分かれている」と書いてあるので、「西田町」という町があるように思う人がいるかもしれないが、「郡山市西田町」である。そもそも、「合併」して二つの町に分かれるというのは変ではないか) 1974年には、「新日本紀行」で「山の城下町で~福島県三春町~」という題で放送したことがある。 その時の映像も少し流れた。 わたしは、その放送も覚えている。 わたしだけでなく、三春中の人が期待して見たのだが、少なくとも、わたしの知る限りにおいては、大変不評だった。 滝桜の下で宴会をしている場面があったが、貝山(といったも、よその人にはどこだか分からないだろう。滝桜に近いところ)に住んでいる同級生の話では、やらせだったそうだ。 ドキュメンタリーというのは作り物なのだということを知った経験だった。 今回の放送にも、スタッフの依頼で行われたのだろうと思われる場面があった。 しかし、そうしなければ、番組が成立しないのだろう。 何も起こらない日常生活をそのまま放送しても、番組にならない。 かといって、大仰に騒ぐレポーターを導入するわけにもいかない。 見る側が「これはつくられた事実なのだ」ということを理解した上で見るしかないのだろう。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.19
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「中国の統合失調症患者が780万人に」という記事によると、生活環境の変化を背景に、うつなどの精神的な統合失調症の発病率は国民の0・6%に相当する780万人を超えたと、新華社が伝えた。という。 統合失調症は、どんな国でも、発症率は0.8%なので、おそらく、中国でも、もっと患者がいるはずだ。 また、「うつなどの精神的な統合失調症」というのはよく分からない。 「精神的な統合失調症」と「肉体的な統合失調症」があるのだろうか。 また、「うつ病」が「統合失調症」に含まれるわけではないと思うのだが、日本と中国では分類の仕方が異なるのだろうか。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.18
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「特急田中3号」を第2回からずっと見ている。 15日の放送で、「おっ」と思ったので手近な紙にメモまでしてしまった。 田中聖演じる主人公と、塚本高史演じる大学生の会話。田中「……ひかれたレール……」塚本「……しかれていたわけじゃない……」 一方は「ひかれた」と言い、一方は「しかれた」と言っている。 もちろん、「しかれた」がただしいのである。 漢字で書けば「敷かれた」だ。 しかし、現実には、「ひかれた」という人の方が多いようだ。 布団も「ひく」と言う人が多い。 「かけぶとん」に対して「しきぶとん」と言うように、布団も「敷く」ものであるのに。 「しく」と「ひく」を脚本でかき分けていたとしたら驚きだ。 おそらく、出演者が、自分が普段言っているように言ったのではないかと思うのだが、そうなると、塚本高史はたいしたものだ。 さて、このドラマ。 前にも書いたが、「俺たちの旅」なのだ。 それはいい。これが一つの型なのだ。 しかし、やっと就職できそうになった旅行会社が、というと、「新・俺たちの旅」で、岡田准一が、勤め始めたばかりの旅行会社がつぶれて、というのを思い出してしまう。 仕事中に私用の電話で話をしていられることに驚いていたのだが、今回は、派遣社員を出向させることになってしまった。 自社の社員ではないのに勝手に出向させることができるのだろうか。 ドラマだからと言ってしまえばそれまでだが、不自然なところが多い。 しかし、見てしまう。勢いがあるのだ。 出演者がまた気を引くのだ。遠藤憲一には驚いたし、吉行和子も好きな女優なのだ。このあたりはうまくて当然。 もっとも感心してみているのは、大河内奈々子だ。 ただのイビリ役でもなく、ダメ女でもない。 こう役ができる人だったのか、と再評価。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.18
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livedoorに「阿部サダヲと柴咲コウが爆笑必死のデュエット」という見出しがあって、どういうことかと記事を読んでみた。 正直なところ、記事の内容はよく理解できなかったのだが、大笑いできるような歌を歌っている、ということらしい。 見出しを見たときには、「柴咲コウが爆笑・必死のデュエット」ということで、柴咲コウが爆笑し、必死に歌ったということなのかと思ったが、そうではないようだ。 「爆笑必至」ということらしい。 考えてみれば、一人で「爆笑」はできないわけだから、「爆笑必至」の誤変換だとすぐに気づくべきであった。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.17
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新潮文庫。1969.9.30初版。1972.10.20第17版。 懐かしい。中学生の時に買った本をもう一度読んだ。 何と定価120円! 始めて読んだときには笑いながら読んだような記憶がある。 大人になって読み返すと、すでに、作者の躁状態が反映されているようであり、やけくそのようであり、それでいながら、少年の成長の物語になっているという複雑なものだった。 結末はすっかり忘れていて、意外な展開に驚いてしまった。 さかんに「土人」という言葉が出てくる。これは今では編集者から何か言われてしまうのだろうな。(もともとは、差別語ではなく、「現地人」という意味でしかなかったのに) 「平つくばって」という表記があり、これにひっかかった。 「へいつくばって」と読むのだろうが、「はいつくばって」ではなく「へいつくばって」は耳慣れない言葉だ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.16
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昨日、「VVV6」を途中からみたら、ザ・たっちが出ていた。この二人には何の興味もないのだが、最後の物まねには笑った。 北斗・健介夫妻(これって、普通なら「佐々木夫妻」のはずなのに、北斗の方が先になるあたりが、二人の成功の秘訣か)に扮して現れたのだが、健介の方はそっくり。 顔の輪郭、目の形。体型まで似ている。 驚いてよくよくみると、もともと、顔、胴、足の大きさの釣り合いが、健介そっくりなのだ。違うのは腕の太さだけ。 そうか、健介は、ザ・たっち体型だったのか、と、再認識させられた。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.15
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足立区で見かけたおそば屋さん。 「満留賀」である。 看板にも、同じ字体でしか店名が書いてない。 しかも「そば」も変体仮名。 これでは、読めない人には何の店か分からないが、それでも営業しているということは、それなりの知名度があるのだろう。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.14
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新潮文庫。1973.8.30。1973.10.5第2刷。 「どくとるマンボウ」と同一人物が書いたとは思えないような、「文学」作品集。 いずれも1950年代に書かれたもので、初出も載っている。 収録作品は、「河口にて」「星のない街路」「人工の星」「異形」「浮標」「不倫」「薄明るい場所」。 いずれも、書き方が非常にかたい。 若さ故のことなのだろう。 作者自身の見聞に着想を得たと思われるものもある。 このうち、「人工の星」と「不倫」はSFである。 とくに「不倫」は、全くの異世界が舞台になっている。 なお、この「不倫」は、本来の意味である「人の道に背くこと」という意味であり、決して、今日のように「浮気」という意味で使われているのではない。 この30年ほどで、大きく意味が変わってしまった言葉なのだ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.13
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「スタート1年 イザ!に芽生えた“民主主義”」という記事(?)によると、イザ!は外部ブログからのトラックバック(TB、リンク通知)を制限していないのでのだそうだが、楽天からのトラックバックは反映されなくなったように思える。 ためしに、この書き込みからトラックバックしてみるが、さて、反映されるだろうか。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.12
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いよいよ、鬼若最後の出演。 アキとは互いに予感のようなものがあったようで、かなり長い伏線が張ってあったことは、前に書いた。 鬼若が殺されてしまう、などという話だったら「水戸黄門」らしくない、と、暴動が起きるぞ、と思っていたが、そうはならなかった。 ひさびさに夜叉王丸まで出てきていながら、鬼若があんなことに……。 かなり含みを持たせているものの、おそらくもう会えないのだろう。 今までの回想シーンがあったのはよかった。 鬼若をねらうしのびが大勢いて、もっととんでもない強敵が何人も襲いかかってくるので、自分がそばにいてはかえってアキが危ないと考える、というのでもよかった。 アキは、最後には、今までとは違う、少し大人びた柄の着物で登場した。 否応なく成長してしまうものなのだ。 俳優としての照英は、わたしはこの「水戸黄門」でしか見たことがない。 本人からの申し出で降板することになったそうだが、わたしはこの人を、時代劇以外で見たことがない。 新境地を開くとしても、すでにあてがあってのことではないのだろう。 今の仕事をきちんと終わらせてから次に移る、という、律儀な人らしい。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.12
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話題になったのは知っていたし、フォークファンとしては、「イムジン河」も気になるところだが、わざわざ映画館まで見に行く気はしなかった。 今回、テレビで放送されたのを見たら、なんと、さすがに話題になるだけあって面白かった。 エネルギーに満ちあふれている。 在日朝鮮人と日本人少年の恋など、民族的な問題が出ては来るものの、社会問題を描いた映画ではない。 行き場のない衝動の爆発を描いたものなのだ。 民族が何であれ、粗暴な人間は粗暴だし、穏和な人間は穏和なのだ。 繰り返し流れる「イムジン河」は、川を挟んで日本人の町と朝鮮部落(映画の中ではっきりそう言っている)が対峙していることの象徴でもある。 だから、少年はずぶ濡れになりながら川を渡り、最後には、みんなわざわざ川を渡って乱闘になるのだ。橋を渡れば簡単なのに。 朝鮮語の単語や会話がでてくると、必ず字幕がつく。 それがみな関西弁なのが新鮮だ。 なるほど、京都が舞台なのだから、気持ちとしては関西弁なのだ。 井筒監督というと、「タモリ倶楽部」で酒を飲んでいるところしか見たことがない、わたしには縁のない人だと思っていたのだが、調べたら、なんと、志穂美悦子の大傑作「二代目はクリスチャン」の監督だったのだ。・パッチギ!@映画生活 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.11
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毎週楽しく見ているドラマだが、今回は、「特別編!! なぜか江戸時代でたべまくる」ということで、時代劇バージョン。とは言っても、全編時代劇ではなく、「クレヨンしんちゃん」のような、タイムスリップもの。 「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦」は、子どもと映画館で見たが、傑作であった。 ということで、時代劇が好きなわたしとしては、期待して待っていたのだよ。 物語そのものは、いつもと同じで、たわいもないといえばそれまでなのだが、わかりやすくていい。 さすがにプロの考えることは違う、と思ったのは、喰いタンを十手持ちにしなかったこと。 むしろ、追われる立場なのだ。 京野ことみが与力というのが、またいい。若い女性の武士姿というのは、意外に似合うのだ。 当然、佐野史郎は同心ということになる。 これが2時間スペシャルなら、伊東四朗がお奉行様なのだろうが、今回は出番なし。 特に貧しいというのではなく、標準的な農民である森田剛・市川実日子夫婦の家が、畳はなくて、板の間にむしろ敷きというのも現実的でよかった。 もちろん、夢なので、リアリティがある必要はないのだが、ヒエやアワを食べていたり、わらじを編んだりと、工夫されている。 今回、唯一残念だったのは、「たべまくる」というのがタイトルだけに終わってしまったこと。 庶民は米も口に入らなかったということになっていたので、「たべまく」れないのだ。 こうなったら、全編時代劇の2時間スペシャルを作るしかないだろう。 江戸の料理もおいしそうなのがいっぱいあるぞ。 「喰いタン」で無理なら、東山で「半七捕物帖」はどうだろう。 設定を少し変えて、半七老人の孫の須賀健太が、おじいちゃんの昔話を聞く、ということにすればいい。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.10
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番組そのものは、「サタデーバリューフィーバー」というもので、今回はこういう内容、ということらしい。 タイトル通りの番組で、「名作」と呼ばれる文学作品のあらすじを紹介するもので、正直なところ、全く期待しないので見たのだが、意外や意外、面白かった。 内容は、 カンニング竹山・ドストエフスキー『罪と罰』 千原ジュニア・デフォー『ロビンソン・クルーソー』 中川翔子・尾崎紅葉『金色夜叉』 南海キャンディーズ山ちゃん・太宰治『新釈諸国噺』 酒井敏也・カフカ『変身』という具合。 タレントが、自分で作品を読んで、自分なりに内容を紹介する、という設定で、もちろん、スタッフが構成を考えているには違いないのだろうが、コント風あり、ドラマ仕立てあり、紙芝居あり、一人芝居ありで、それぞれ工夫を凝らしてある。 このうち、ちゃんと読んだことがあるのは、『新釈諸国噺』と『変身』だけだ。 『新釈諸国噺』は「裸川」が選ばれていたが、わたしは、「遊興戒」か「貧の意地」の方がよかったのではないかと思う。 良かったのは、「罪と罰」と「変身」。 おそらく、「変身」は、舞台化されたこともあるのだろう。最後は一人芝居になって、酒井敏也が、もともと舞台俳優だというところで実力を見せつけていた。 しかし、小説なんだから、ちゃんと読まなければ、と反省。 かといって、今から「罪と罰」を読むのもなあ。体力が続くかなあ。公式サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.09
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7日から始まった新しいドラマ。 若い人たちが中心の話らしいということしか知らずに見たのだが、驚きの連続だった。 若者3人の友情と成長って、また「俺たちの旅」かよ。 上級武士の娘が、供の者もなしに、一人であんなに出歩くのかいな。 「時代劇」としては違和感を感じるのだが、それを抜きにして「青春ドラマ」と思ってみればいいようだ。 全5回という短いものなので、この勢いで突っ走るのなら、疑問を感じながらも、見ていられそうだ。 主役の一人は、青山草太。おお、「ウルトラマンマックス」だ。 主題歌が、チューリップの「青春の影」なのは、青春ドラマらしくていい。 また、木曜時代劇は、題名を原作と違うものにしてしまうことが多いのだが、これは原作と同じ。この方がいい。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.08
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先日、久しぶりにパソコンショップへ行って、ホームページ・ビルダーの新しいのが出ているのに気づいた。 今のところ、別段不便はないのだが、いずれはVistaに移行することになるだろうし、半額のものがあるうちに買っておくか、と、購入を決めた。 凝ったページを作っているわけではないので、わたしのすることは限定されている。 しかし、10との違いは、複数のページを編集した後、一度に保存するときに、短時間ですむこと。 なぜか、今までは時間がかかっていた。 しかし、11になったら短時間で保存されるようになった。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.07
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新潮文庫。1994年8月1日。 検索してみたが、もはや絶版らしい。 躁鬱病の北杜夫が、躁の時に吐いた暴言を集めたもので、おそらくかなりの読者サービスが入っていて大げさになってはいるのだろうが、鬱の時との落差など、なるほど躁鬱病の人はこうなるのか、と病気への理解は深まる。 また、病気を理解して欲しいという願いもあって書かれたものであることも述べられている。 それにしても、こんなこと活字にしていいのか、と思うようなことが書かれている。 例えば、ある作家を評して、最近の彼は傑作を一つも書いていない。などと言ってしまう。 興味深いのは、文学とエンターテインメントをはっきり区別しているらしいこと。 少し長くなるが引用しておく。 エンターテインメントを馬鹿にしてはならない。深刻な純文学は、文学がまがりなりに分る人間に徒《いたず》らな苦悩のみを与えることが多いが、くだらぬエンターテインメントにせよ、文学なんか少しも分からぬ庶民に、少なくとも憩《いこ》いを与えることが出来る。(p22)彼女の小説は時代を先取りしているなどと誉《ほ》められることがあるが、所詮《しょせん》、高級エンターテインメントに過ぎない。それだからこそ、文学も碌《ろく》に分らない大衆にちょうどよく、しばしば芝居になったり映画化されるのであろう。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.06
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また、「サマータイム」導入論が頭をもたげてきたようだ。 どういうつもりなんだろうね、いったい。 全国の信号機の時間調整のために膨大な費用がかかることが、すでに指摘されているが、その費用はいったい誰が負担するんだ。 サマータイムのために増税するのか。 導入に賛成する理由は、「サマータイム、自民幹事長前向き」という記事によると、夏に時計の針を1時間早める「サマータイム」制度を導入することで、家庭や企業の使用電力を減らし、二酸化炭素排出量削減が見込める。さらに、明るい時間が長くなれば、余暇を楽しむ時間が生まれ経済波及効果が大きいといわれている。ということなのだそうだ。 なぜサマータイムにすると、使用電力が減るのか理解できない。 今までより早く起きるのだから、電力消費の時間が早まるだけではないか。 おまけに、終業時間になっても、まだ明るいから、と残業も増えてしまうだろう。 そもそも、「余暇を楽しむ時間が生まれ経済波及効果が大きい」ということは、それだけ二酸化炭素の排出量も増えるということだ。 明るい時間に自由時間を増やせば、遊びに行ったり買い物をしたりして消費が活発になり、金儲けにつながるという理屈らしいが、今だって、暗くなってから遊び回っている人がたくさんいるではないか。 サマータイム導入に賛成の企業は、自分のところだけ営業時間を変えればいい。 もちろん、サービス部門はそうはいかないだろうが、変えられるところだけ変えればいい。 そうすれば、時差出勤が増え、朝夕の混雑が少しは解消するだろう。 [小泉前首相]サマータイム導入「感心しない。面倒くさい」と、身内からも賛同を得られないのが「骨太」の証明なのだろうか。 かつて、法案が通らなかった理由などについては、「警察庁の元担当者が語る「サマータイム法案の国民不在」」という記事が良くできている。関連記事<骨太の方針>サマータイム早期導入を検討 諮問会議が素案 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.05
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今週の水戸黄門「異国の娘が抱いた謎」は、秋田に流れ着いた清国の船に乗っていた娘が出てくるという、つい最近の、北朝鮮から青森に流れ着いた家族を思わせるようなところがあって、おそろしいほどの偶然。 娘は中国出身のチェン・チューという人で、当然ながら中国語もしゃべる。 その父親は翁という姓の人で、やはり中国の人なのかもしれないが、この人はずいぶんゆっくりしゃべっていた。 アキちゃんが「ご老公様」と呼びかけた時の鬼若の寂しそうな表情で、これは何かあるな、と思っていたら、予告編でびっくり。 そうだったのだ。鬼若と入れ替わりに弥七が復活するのだった。 そのための伏線なのだ。 思えば、2005年の第35部ですでに伏線は張られていたのであった。 それまでは、鬼若の肩に乗っていたアキちゃんが、その回からは、自分で歩くことになったのだ。 その時の、鬼若の嬉しいような寂しいような表情も印象に残っている。 降板は、本人の希望であるらしい。 次回は、「死ぬな!風の鬼若!!」というタイトル。 永遠の別れ、などということがあってはならない。 笑って分かれるような話であって欲しい。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.04
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息子はわたしに似て体育が苦手だ。 この春から、日本男子として、チャンバラのマネぐらいできなくてはいけないと、家にあった木刀で素振りをさせることにした。 前進して振り下ろし、一歩下がって振り下ろす。これで一回。これを百回やらせる。 わたしは、午後から夜の勤務なので、子どもの相手ができるのは休日のみ。 見本を見せたあと、わたしの監督のもと、百回やらせる。 これでも中学校では剣道部だったので、素振りぐらいはできる。 見ているだけではよくないと思い、五月の連休に、成田山新勝寺を訪れた時、参道でもう一本買った。 こういうものは、お寺から遠い店ほど安い。 行きに当たりをつけておいて、帰りに購入。 もともとあった木刀も、わたしが大学生の時に、善光寺の参道で買ったものだ。 木刀が二本になったので、お手本を見せるためにも、わたしも一緒に素振り。 その意気や良し、だったのだが。 これがきついんだ。 素振りの二百回や三百回なんともない、と思っていたのだが、五十回もやると肩が痛くなる。こっちが続けられないので、五十回で小休止。 よくまあ、息子は百回続けていられたものだ。 なぜ肩が痛くなるのか。 一つには、日頃の運動不足があるのだろう。体力も筋力も衰えているのだ。 もう一つは、数年前にわずらった四十肩の後遺症ではないかと思う。 肩の関節が硬くなってしまったのだ。 以前は、両手を上と下から背後に回し、指先をつなぐことができたが、四十肩以降できなくなったままだ。 息子のためと思っていたが、自分のリハビリのために素振りをすることになってしまったのだった。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.04
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「荒野の素浪人」第2シリーズの中で、最高傑作だと思うのがこれ。 再放送で見たときに、強烈な印象を受けた。 賞金稼ぎたちの、情の入り込む隙のない生活。 その生活から抜け出そうとする男と、それを追う、老賞金稼ぎ。 抜け出そうとする男が必ずしも善人ではない。 「助けてくれ」と頭を下げる一方で、相手をだまし討ちにしようとする。 この回を傑作たらしめているのは、なんと言っても、伊藤雄之助の存在である。 すり切れた着物、薄汚れた風体。上目遣いに見上げる目つき。 お銚子を出されると、杯につがずに、そのままお銚子から酒を飲む。 「鬼」とあだ名される存在なのだが、それが実は「鬼の面」であることを、追われる男の子どもが持っている鬼の面が象徴している。 武士の妻が居酒屋を切り盛りしているというのは不自然だが、濃厚な味わいのある話である。 情を認めようとしながらも、救いはない。 まさに、荒涼とした荒野をさすらう峠九十郎の生きる世界なのだ。 三船敏郎と伊藤雄之助というと、「椿三十郎」が頭に浮かぶ。 映画では、ずいぶん年齢差があるように感じたが、実年齢は、伊藤雄之助が一歳年上なだけ。 伊藤雄之助の最後の映画出演は、「太陽を盗んだ男」だったと記憶している。 これも見ている。 昔から全く風貌が変わらない人だった。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.03
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今日の産経新聞の「主張」の一つは、「教育再生会議 評価したい徳育の教科化」というもの。 その中に、今回の報告で「親の学びと子育てを応援する社会へ」とし、早寝早起きなど規則正しい生活やあいさつ、礼儀作法などを学校や家庭、地域が連携して身につけさせることも盛り込まれた。とあって、そのことも高く評価しているらしい。 「評価したい」ではなく「評価する」と言えば良さそうなものなのに、わざわざ「評価したい」と書くのが不思議なところだ。 それはどの新聞にも共通したことで、産経新聞だけを取り上げてどうこういうつもりはない。 また、「早寝早起き」を重視することに異論はない。 残念なのは、なぜ「早寝早起き」が実現しないのか、ということに触れていないことだ。 夜遅くまで起きていたくなるようなことが世の中にあるからなのだ。 本当に早寝早起きが大切だと思うのなら、まずは、フジテレビとニッポン放送が、深夜番組をなくしてみることから始めるべきだろう。関連記事「道徳」が教科になるの!? 教育再生会議、論議の真相は[親学]政府提言に賛否が拮抗 毎日新聞世論調査 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.02
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「身近な出来事で、ニュートン力学もアインシュタインの相対性理論も、簡単に理解できる。」と書いてある。 一つの話を見開き2ページでわかりやすく解説し、物理学全般について概要を知ることができるようになっている。 しかし、高校生がこの本を読んで物理の成績が上がるかというとそんなことはない。 物理学におけるものの考え方とはどういうものなのか、ということはわかるが、物理に関する試験問題の解き方に直接つながるものではない。試験問題の背景を知ることはできる。 ニュートン力学が量子力学では通用しないことを、少なくともこの本を読んでいる間は理解できた。 以下、わたしのメモ。・「数学に王道なし」はアリストテレスが若きアレキサンダーに言った言葉。(p12)・SFでよく目にした「エントロピー増大」の「エントロピー」とは、「エネルギーの質の悪さ」のこと。(p59)・「若干22歳」(p66)は誤植なのか誤用なのか。・今まで、なぜ「津波」というのか考えたことがなかったが、p86によると、「津」に押し寄せてくる波だかららしい。・こたつで赤い光が出るのは、心理的な作用をねらったものらしい。(p166) 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.06.01
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