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1982.8.10第1刷。1989.2.15第7刷。 収録されているのは「一寸法師」「道成寺縁起」「横笛草子」「鏡男絵巻」「鉢かづき」「長谷雄草子」「猫の草子」。 「解説」のあと、長いものは何段かに分けて、本文、現代語訳、語釈、鑑賞と並んでいる。 その「解説」が独特で、冒頭にあらすじが書いてある。それを読めば、話が最後まで分かってしまう。 入門書なのだし、あらすじを知らずに読んだ方がいいのではないかと思うのだが、何か考えが合ってのことなのだろう。 「道成寺縁起」と中国の「白蛇伝」の関係について触れていないのは物足りなかった。 なるほど、と思ったのは、「鉢かづき」の鑑賞。 「平安時代の物語の舞台は、ほとんど都の中にかぎられていた。」(p149) したがって、「竹取物語」も「源氏物語」も、「冒頭起筆には、時間の明示はあっても空間指定はなかった。なくても十分にわかったのである。」のだという。 しかし、おとぎ草子になると、作品の空間世界が大きく広がり、「河内国」というように、どこに住んでいる人か記されるようになり、「それが物語的ではあっても平安期のものとは大きく違う印象を与えるのである。」という。 「むかしむかしあるところに」という昔話ではなく、伝説に近いのだ。 なんとなく、室町時代に物語として意識的に書かれたのが「おとぎ草子」かと思っていたが、そうとはかぎらないらしい。 巻末の解説によると、「おとぎ草子」は、絵入り本として「婦女子に提供された作品」であって、成立時代によって「おとぎ草子」かどうか区別されるのではなく「読者層の違いによって生じたテキスト形態の差によって区別すべきだ」という説もあるそうだ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.30
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水曜日の夜に、何となく右目が痛いような気がした。 翌朝、違和感があるので、鏡を見ると右のまぶたがあかくなってふくらんでいる。 ものもらいだ。 放っておいても治るとは思うが、違う病気だと困るので、出勤した後、午後、職場の近くの眼科医を検索して受診に。 ところが、行ってみたら、一番近いところは、木曜日だけ休診。 一駅先の眼科医へ。 午後3時から診察開始というところで2時過ぎに行って受付をしたので、早いうちに見てもらえるだろうと思ったら、なんと、そこは、日帰り白内障手術の専門医か何かで、事前に予約していたらしい患者が次々に訪れる。 結局、私の診察が終わったのは4時だった。 結果は、ものもらいで、「これから腫れてくるのではないか」と言われ、点眼薬を出してもらった。 医師の言葉通り、本格的に腫れてきたのはその後。 右目だけ、上がよく見えない。 若い頃なら、充分に腫れたところで、自分で針でつついて膿を出すところだが、めっきり体が衰えているのでそんな冒険はしないで治癒を待つ。 翌日、職場で、若い同僚に、「○○のできる原因って何でしょうね」と言われたが、○○のところが聞き取れない。 2度聞き返して、「めばちこ」であることがわかった。 その人は関西出身で、関西では「めばちこ」というらしい。 ほかの関西人もその言葉を知っていた。 わたしは「ものもらい」以外の言い方を知らないなあ、と思っていたのだが、実はそうではなかった。 郷里に住む父親に、話のついでにものもらいができたことを言ったら、「のんめか」と言われた。 そうだ、そうだった。こどものころは、「のんめ」と言っていた。 親に針で突いてもらったこともあったっけ。 身近な病気であるだけに、いろいろな方言があるのだろう。 あれ? でも「風邪」にも方言はあるのだろうか? 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.29
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Livedoorニュースの「英会話学校について(下)~英語は難しい」という記事は、珍しく文法を重視すべしと言う主張だった。 わたしは英語が苦手だし嫌いだ。 しかし、「日本人が英会話ができないのは、学校で文法重視の授業をしているからだ」という考えは間違っていると思う。 どこから生まれた俗説なのか知らないが、いまだに世にはびこっている。 この説がどこかで実証されたことがあるのだろうか。 ただし、文法を学べば「英会話」ができるようになるとは思わない。 英語は嫌いだが、中国語には凝ったことがある。 18日間の中国個人旅行も経験した。 中国語の勉強をしたことで、「英会話」についての認識が変わった。 「英会話」ができないのではなく、「会話」ができないのだ。 特に若い人は、日本語どうして話していても、「会話」をしていないことがある。 いくら英語を勉強したって、「会話」すべき内容を持たないのであれば、「英会話」は成立しないのだ。 幕末から明治にかけて英語を学んで通事になった人たちのことを思えばいい。 書物しかないところで英語の勉強を始めたのだから、「英会話」などいつ経験できるかわからない状態だったのだ。 それなのに、通訳ができるようになっている。 それは、話すべき内容を持った人たちだったからなのだ。 もういい加減に「英会話」幻想は捨てて、「会話」の中身を充実することに目を向けるべきだと思う。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.28
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Windows Vistaの企業導入がなかなか進まないらしい。(「まもなく発売1周年の「Windows Vista」、企業の導入進まず」) Vistaにすることにメリットがない以上、不思議はない。 私の職場では、今年度に入ってから2台新しいPCを導入し、先々のことを考えてVistaにした。 正直なところ、XPまでとの違いが大きくて、直感的にはわからない面がある。 MS-DOSからWindows3.1に乗り換えたときほどは、違いはないが、慣れるのには時間がかかる。 しかし、ゆくゆくはVistaだらけになっていくはずだ。 初めて触れるPCのOSがVistaという人が増えていくのだから。 それよりも、今後混乱が起こるのは、Officeの互換性だろう。 新しい様式になったので、Office2007のフォーマットで保存したファイルは、今までのOfficeでは開けない。「このパソコンで作ったファイルが、ほかのパソコンで開けないのはどうしてか」とよく聞かれる。 保存するときに、過去のOfficeの形式で保存してくれ、とは言っているのだが、そういうところの仕組みがよく理解できないらしい。 それはそうだ。同じ「ワード」「エクセル」なんだもの、当然どこに持って行っても開けると思ってしまうのが人情だ。 しかし、これもまた、Office2007の仕様が標準になっていくのだろう。 わたしはというと、職場では、自宅で余っていたWindows2000を使っている。 文書作成は、特に指定されたフォーマットが配布されているのでなければ一太郎を使う。 表計算も個人的にはOpenOfficeで間に合っている。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.27
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職場で年に一度健康診断があり、バリウムを飲んでレントゲンを撮った結果が出た。 なんと、二次検査で内視鏡検査を受けなくてはならないという。 胃潰瘍かと思ったが、ポリープだそうだ。 初めてのことで気が動転。 苦しくないんだろうか、いたくないんだろうか。 前日は午後9時以降は何も食べず、当日、指定された病院へ。 自宅から遠かったので早起きして指定された時間前に到着。 内視鏡検査の前に、血液検査。肝炎や梅毒を持っていないかどうか調べるのだそうだ。 受付の人が、採血するところへ連れて行ってくれた。 採血の担当者に何か言うと、「初めてなんです」などというからびっくり仰天。 しかし、採血が初めてなのではなく、採血の後すぐに血液検査に回すのが初めてということだった。 採血は簡単に終わった。 もう一人、採血した人がいて、五十代前半ぐらいの男性。 聞くと、その人も胃カメラだそうだ。 若いときに十二指腸潰瘍をやっていて、その跡が残っているので、毎年引っかかって胃カメラを飲んでいるのだそうだ。 「もう常連です。ここの先生はうまいからだいじょうぶ」といってくれたが、「何年か前に、下手な医者に当たって、カメラが変なところに行って血が出たりして大変だった」などとも言うので、ますますビビる。 一時間もしないうちに結果が出て、問題ないとのことで、わたしから内視鏡室へ。 まず、小さなコップに入ったドロドロの液体を渡されて、その半分を一分間のどの奥に含んで飲み干し、残りを、また一分からのどの奥に含んで飲み干すように言われる。 時計を見ながら指示通りにする。 それが麻酔なのだそうだ。 それからベッドに移動。 口に硬い円筒状のものをくわえ、横になる。 ベッドが高くなっていって、医師の作業しやすい高さになる。 いよいよ内視鏡を飲むのだが、それほど太いものではなく、とくに引っかかりもせずにのどを通っていった。 わたしにも画面が見えるので、自分の胃の中を見ることができる。 テレビの医学番組で見たのと同じだった。きれいな色をしている。 カメラの方向を変えてあちこち見て回る。 小さいふくらみと、少し大きいふくらみがあった。 これがポリープなのだろう。 組織をとって検査するということで、極細のマジックハンドのようなものがポリープに近づいていって、ちょっとひっかく。すると、ポリープの頭からたらたらと血が流れ出る。 それを二回。 検査はそれで終わり。 見た目で悪性かどうかわからないのか聞いてみたが、見た目ではわからないので組織を培養して検査するのだという。 レントゲン写真も見せてくれて、大きいポリープは映っているが、小さいのは映っていないと教えてくれた。言われてみると、ポリープのあるところには、丸い影がある。 検査が終わればその日の夜から飲めるのかと思っていたが、胃に傷をつけたので、今日は、お酒と刺激の強いものは避けるように、ということだった。 また、麻酔がまだ切れていないので、あと1時間は飲食できないということだった。 組織の検査結果が出るまでは二週間かかる。 悪性でなくても、毎年胃カメラを飲むのは嫌だから、取ってしまおうと、今のところは思っている。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.26
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アイドルを起用した時代劇ということで期待して見た。 全体に作りは悪くない。 主役の手越祐也が、いかにも線の細い若旦那という雰囲気でよかった。 あやかしというか妖怪というか、人間ではないものがたくさん出てきて、その力を借りて、「つくもがみ」になりきれなかったものが引き起こした事件を解決するということなのだが、その動機だけが弱い。 「ありがとうといいたかった」というのなら、言えばよかっただろう。 そんなことで何人も殺されてしまっているし、乗り移られて人を殺してしまった人だっているのだ。どうしてくれるんだ。え、墨壺さんよ。 映像の面では文句なし。 エンドタイトルのバックがNG集というのも映画のようだった。 少年女形スターらしいひとが出ていて、それはそれで目を引いたけれど、一番光っていたのは、岡っ引きの志垣太郎だ。この人、アイドル俳優だったんだけど、こういうコミカルな訳の方が合うんだよね。 格さんの合田雅吏がほんのちょい役で出ていて驚いた。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.25
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23日の夕方、月が煌々と照っていた。デジカメを持っていなかったので、携帯電話で撮影。 カレンダーで確認したら、十五夜ではなく、十四日の月。 なぜか、光のにじみが出てしまう。 肉眼で見る方が美しい。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.24
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まず、各章の見出しを書いておこう。プロローグ 過酷な批判者「インナーマザー」第1章 あなたのお母さんは「聖母」ではない第2章 私の中の「私」、私の中の「母」第3章 「親教」の信者たち第4章 「親教」のマインドコントロールを解く第5章 子どもの領域、親の領域 基本は「家族は怖い」ということである。 主に母親の呪縛が特に娘に対してどんなに悪影響を及ぼすかということについて述べているが、母と娘ということだけでなく、親と子の関係、あるいは祖父母と孫の関係が、子や孫にどんなに大きな影響を与えるか、ということについて述べている。 話は簡単ではない。 仲のいい、何でも話し合える家庭が理想なのではない。 親は親として、子は子として別々に生きていけるようにならなくてはならないのだ。 しかし、虚構の「理想の親子」にとらわれて不幸になる人はあとをたたないだろ。 素人の考えで(もちろん善意ではあるのだろうが)、ドラマなどの形で虚構を押しつける人は多いし、それを鵜呑みにする人も多い。 たとえは、「サザエさん」もそうなのだ。 気になる人は、「第2章」の「「マスオさん結婚」する都合のいい男たち」を読んでみればいい。 タラちゃんが問題行動に走る可能性が指摘されている。 しかし、問題行動は押さえつければいいと言う者ではなく、子どもは体当たりで、親に問題行動をプレゼントしているのです。ですから、問題を起こす子どもはとても親孝行だといえます。(p195)とも述べている。 結局は親子関係なのだが、原因を社会や学校にだけ求めようとする人にはこういうことは理解できないだろう。 かといって、いわゆる「専門家」が信用できるわけではない。 児童虐待について、著者は、 日本の専門家たちは、小児科医が児童虐待を見逃すという形で、精神科医が児童虐待後遺症に境界性人格障害などの精神医学的診断名を付して放置するという形で、法律家が死体となった児童や骨折した妻たちにしか関心を示さないという形で、この隠蔽《いんぺい》に手を貸し続けています。(p51)と述べている。 わたしは、著者の考えが、あらゆる子どもに当てはまるとは思わない。 もちろん、著者自身もそう考えているだろう。 しかし、この本意当てはまることがぴたりと当てはまるケースは少なくないだろうし、その場合には非常に役に立つ指針となる本だ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.23
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今年は、ブロッコリーの種を買ってきて、苗から作ってみた。 自宅で、大きめの植木鉢に種をまいたら、結構芽が出た。 売っている苗と同じぐらいの大きさになったので、畑に植え付け。 一週間後に見に行ったら、ほとんど根付いていて、一安心。 ところが、その後、一ヶ月近く、天候が悪かったり忙しかったりで畑に行かずにいて、久しぶりに行ったら。 写真のように、葉っぱがない! 虫に食われてしまったようだ。 気温がなかなか低くならないので、虫が生き残っているらしい。 しかし、枯れてしまったわけではないし、これから寒くなって虫が死ねば葉が出てくるのではないかと、かすかな期待を残して、そのままにしてある。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.22
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ヤブコウジ、漢字で書けば薮柑子。 我が家の玄関先にある。 万両のように、これでもか、とたくさんの実をつけるわけではなく、可憐である。 数年前に買って植えたのが根付いて、だいぶ広がった。 高くならないので邪魔にならないのがいい。 野生のものも見たことがある。 茨城県五浦の岡倉天心の花の近くで見た。 訪れたのが冬だったので、ちょうど、赤い実をつけていた。 冬に実をつけるものとしては、千両も好きなのだが、これは根付かなかった。 調べたら、ヤブコウジは通販でも売っていた。 ちなみに、千両はこういうもの→ 万両はこういうもの→ 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.21
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このブログは、普段は、一日のアクセス数が二百前後。少なければ、百数十、多くても四百ぐらい。 ところが、今日にかぎっては、すでに千を超えている。 ブログを見てもらえばわかるが、特に話題になるようなことを書いたわけではない。 アクセス記録を見ると、「***.zoot.jp」というのが目立つ。 繰り返しアクセスしているらしい。 何だろう。 悪質なスパムなのだろう。 トラックバックや、コメントのかたちで、人をだまして金を稼ごうとするサイトに誘導しようとしているのだろう。 世の中、悪知恵の働く人間はいるものだ。 こういうのを排除するのは難しい。 対策を立てても必ずそれを破る方法をみつけて違う経路からやってくる。 こういう連中を押さえつけるには、かなりの力が必要である。 故人としては、地道に、トラックバックやコメントをチェックするしかないようだ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.20
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来年放送の「水戸黄門」に、小沢真珠がレギュラー出演するそうだ。 鬼若(照英)とアキ(斉藤晶)がいなくなり、新機軸を打ち出すことにはなるだろうと思っていた。 それが小沢真珠とはねえ。 由美かおるがいる以上、お色気路線の人(由美かおるがお色気か、という疑問はさておく)が入る余地は無いと思っていたが、入浴シーンもあるかもしれないという。 アキの入浴シーンさえあったんだから、あり得るな。 気になるのは、1シリーズ限りのレギューラーなのか、今後出続けるのかということ。 むかしは、1シリーズだけ旅をともにする人がいるのが普通だった。 その形に戻すのだろうか。 それだと、シリーズごとに新鮮なレギュラー出演者が見られるのだが。 小沢真珠が黄門様ご一行入り小沢真珠、由美かおると“連れ風呂” 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.20
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たまたま歩いていた道沿いにあった神社に、こんな立て札がたっていた。 「芥を捨てないでください」というのである。 おそらく、「ゴミを捨てないでください」と読んで欲しいのだろう。 「ゴミ」を「芥」と書くところに教養を感じる。「塵」と書いたら「ちり」としか読めない。 かといって、「ごみを捨てないで」では芸がない。 などということを考えて書いたわけではあるまい。 「ゴミを捨てないで」ということを訴えるために書くのに、たまたま「芥」という字を書いただけなのだろう。 しかし、それを目にした方が、ひっかかりを感じれば、それはそれで成功なのだ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.19
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吉原の女版必殺なのだが、報酬はない。全くのボランティア。 さまざまなかたちで吉原に関わっている四人の女が、それぞれの特技を生かして、吉原の女を苦しめた悪人を殺す。 とにかく、悪い奴は悪い奴なんだから殺してしまうのだ。 理屈もなにもない。 そういうことになっているのだ。 第一回では、そうなるまでの話が描かれているのだが、そんなことはどうでもいい話なのだ。 芸者である主人公(東ちづる)が、必ず、三味線箱を担いだ男を連れて歩いていたりして、それなりに考証はしてあるし、いいものをつくろうという意気込みは感じられるのだが、どこかずれているように思えてならない。 しかし、毎週見るだけの価値はある。 製作会社は、以前テレビ朝日で放送した「銭形平次」と同じなんだろうか。 東ちづるだけではなく、アリtoキリギリスの石塚がでている。この人は時代劇に向いている。 こういう若い人がいるとありがたい。公式サイト 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.18
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東京都内で見かけたもの。 朝顔が木に巻き付いて花を咲かせ、まるで朝顔の木のようだ。 もう11月半ばだというのに、元気に花を咲かせている。 俳句では秋の季語だが、旧暦でもすでに10月に入っているので季節は冬のはず。 しかも、この写真を撮ったのは午後なのだ。 どうなってるの。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.17
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「序」の「青葉茂れる桜井の」から、「霧深きエルベのほとり」まで64曲とりあげ、それぞれの歌の生まれた時代、なぜその歌が受け入れられたかなどについて述べている。 歌の解説でもあるのだが、その歌が流行した背景を考察する方が重点が置かれている。 かといって、社会の風潮をあれこれ並べるというわけでもなく、例えば、「青い山脈」のところでは、歌詞の分析から時代を読み解くということもしている。 やはり著者は頭がいいし、文章もうまい。ロカビリー青年というのは、実は“宝塚の男役の男版”みたいななんなんですね。女にうけるのは当たり前です。(p355)なんて、常人には思いも至らない。 昭和40年までの歌だけなので、社会風俗なんてわたしは覚えていないのだが、一つだけ、「そう言えばそんなことがあった」というのがあった。成人の日を前にしたバスガールの振り袖姿(p331)というものだ。 成人の日になると、バスの前に並んだ振り袖姿の集合写真を見た記憶がある。 そうか、あれは、「自分で働いて自分の晴れ着が買える」ということだったのか。 「星は何んでも知っている」の「木ぼりの人形」の謎も、この本で解けた。 人形といったら「フランス人形と日本人形と温泉コケシ」しかなかった時代に若い娘がにぎって眠るとしたら、それは新しく入ってきたもので、「小さなインディアンの人形」だろうというのだ。 知っている歌もあれば知らない歌もあった。 美空ひばりが笠置シズ子のマネから出発したなんてしらなかった。 「若いお巡りさん」が三番では夜勤明けに納豆屋さんに呼びかけているのも知らなかった。 その納豆屋は学校に通っているのだ。子どもの納豆売りなのだろう。 なぜこの本を書いたかというと、橋本治は歌謡曲が大好きだからなのだ。 だからといって誉める一方というわけではない。変なものは変だ、でも、好きだ、なのだ。 いきなりとんでもない声で「逃げた女房にゃ 未練はないが」と、ほとんど未練丸出しで歌う一節《ひとふし》太郎の声に、まともな人ならみんな仰天した。(p432)というところは読んでいて笑ってしまった。 でも、橋本治は、この歌に時代を感じ取り、これを受け止めた日本の人々の精神に思いをはせ、この歌のすごいところをちゃんと示すのである。 疑問に感じたところ。『青い山脈』の映画の舞台になったのは海のある、温泉のある、暖かい伊豆半島なんですね。(p247) つい最近見たばかりなのだが、てっきり、原作と同じように東北なのだと思っていた。 言われてみると、暖かい土地の話のような気もするなあ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.16
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先日、板橋区内でみかけた看板。 「外国料理」と言われても、どんなものか想像がつかない。 どんな料理だろう。でも、「洋食」という言葉だって、よく考えると変なのだ。 「トンカツ」や「コロッケ」のような、日本生まれの料理でも、「和食」のイメージに合わなければ「洋食」にしちゃってるんだもの。 「洋食」などと言わずに、「日本の料理じゃないよ」と「外国料理」とだけ書いた、この精神は見上げたもの。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.15
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「一太郎で青空文庫」に、田中貢太郎の訳による「聊斎志異」のアップを少しずつ続けている。 先日、「織成」というのを一太郎ファイル化していたら、裙《もすそ》の下の二本の足は、人間の世にはないものだったよというせりふがあった。 わたしは、妖怪のような足だったということなのだろうと理解した。 しかし、「嚢陽《じょうよう》の名士」は「襄陽《じょうよう》の名士」の誤りではあるまいかと、とりあえず、手元にあった平凡社「中国古典文学全集21 聊斎志異」(1958.7.20)で読んでみてびっくり。 藤田祐賢の訳文ではこうなっていた。裾の下に見えた二つの金蓮(てんそく)は、とても人間の世界でみられるものじゃなかったよ つまり、纏足した足の小ささが人間離れしていた、すなわち大変魅力手名女性だ、ということだったのだ。 原文がどうなっているのかわからないが、おそらく、「金蓮」なのだろう。 女性の足というのが性的魅力を感じさせるものだったのである。 なお、「嚢陽」はやはり「襄陽」だった。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.14
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主演は長谷川一夫。「修羅城秘聞」とものものしいが、見始めたら、何のことはない、山手樹一郎「桃太郎侍」だった。 前編は「双龍の巻」で、四国へ向かう途中で崖から落ちるまで。でも、この人に助けられるんだろうな、とわかる。 後編は「飛雲の巻」。 原作のはじめの方をはしょって、最初から、長屋で手習いの師匠をしていることになっている。 敵役は大河内伝次郎。ヒロインの二人のうち、芸者の方は「姿三四郎」の轟夕起子で、なかなか合っていた。 最後は、いかにも娯楽時代劇らしいほがらかな笑いで終わるのであった。 公開当時の人は、テレビドラマの続きを一週間待つような気持ちで続編を待っていたんだろうね。修羅城秘聞 双龍の巻(1952) - goo 映画続 修羅城秘聞(1952) - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.13
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市川雷蔵の「大菩薩峠・三部作は」1960年から翌年にかけてでカラーだったが、これは白黒。 これは五度目の映画化。 片岡千恵蔵版が1957年から1959年までで、1960年から市川雷蔵版、その四年後には、この、仲代達矢版と、頻繁に映画化されている。それだけ映画にしたくなる原作なのだろうが、完結していないし、やたらと長いので、シリーズ化しても収拾がつかなくなるはず。 10巻ぐらいまでは読んだのだが、ほとんど覚えていない。 仲代達矢は虚無的というよりも野心家のような顔立ち。それでも、最後の祇園でも狂乱は、立ち回りも長く、狂気の目つきで見応えがある。 ヒロインが新玉三千代で、ほう、こんな役もやっていたのかと驚いた。 どんな役でもできる人なのだ。 巡礼の娘は内藤洋子で、さすがに可憐である。 三船敏郎が島田虎之助で、さすがに貫禄がある。 ほかにも加山雄三、西村晃、田中邦衛、佐藤慶、中谷一郎などの40年前の姿を見ることができる。大菩薩峠(1966)(1966) - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.12
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完結編。最初から2部作として作られていて、冒頭は前編のあらすじ紹介。 それが、ナレーションや字幕ではなく、新子(杉葉子)と六助(池部良)が、並んで座っていて、二人の出会いから今までの思い出を語り合うという形式になっている。 なるほど、これなら物語の一部にもなっていて自然だ。 若い二人の恋愛は、「新しい日本」を支持する人たちによって温かく見守られることになり、「大人」側の、若い医師と(龍崎一郎)と英語教師(原節子)の間にもロマンスが生まれ、若い二人のそれぞれの友人・ガンちゃん(伊豆肇 )と和子(若山セツ子)も新たなカップルになるかもしれないと予感させて終わる。いや、最後の二人は恋愛には発展しないかもしれない。 男と女の間にも、友情だけが存在する対等な関係がありうるということを示唆しているのでもいい。 さわやかな映画ではあるのだが、見終わってしばらくしてから疑問がわいてきた。 前編の最後で、医師を襲った連中は、なんのおとがめも受けていないではないか。 不条理は不条理のままなのだった。 出演者について、Wikipediaで調べて驚いた。 なんと、ガンちゃんの伊豆肇は「人造人間キカイダー」の道明寺博士だったのだ。 新子の杉葉子は、アメリカ人と結婚して、引退。アメリカ在住。まさに新しい生き方を選ぶ女性だったのだ。 丸メガネの和子を演じた若山セツ子は、55歳で自殺したそうだ。あんなに明るくて元気な役を演じていたのに。・青い山脈@映画生活 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.11
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前後編になっていて、この前編は前に一度見たことがあったのだが、例によってすっかりわすれてしまっていた。 白黒だが、原節子が美しい。また、木暮実千代も生き生きとしている。 寺沢新子は、自分のことを、身長160センチ、体重56キロといっていた。今だったら、体重が56キロある女子高生は少なかろう。当時としては、それが健康的な女学生だったのだろう。 遠い昔に原作を読んだことがあるのだが、今や、石坂洋次郎の本はほとんど出ていないらしい。 意外なことに、主題歌があまり明るくない。イントロも、「チャンチャンチャン、チャンチャンチャン、チャラララランランラン」というものではなかった。 「新子」という名が象徴しているように、「新しい」時代の到来を高らかに歌い上げる物語である。 男女が対等であること、民主的であるべきことなど、これから自分たちが新しい世界を作っていくぞ、という希望が感じられる。 この時代の日本こそが「美しい国」だったのだ。 映画の中の日本は、現在のような、努力しても報われない、自殺者の多い社会ではない。 戦後レジームからの脱却は、希望を持ってはいけないということだったのだ。 そんな気にさえなる映画だ。・青い山脈@映画生活 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.10
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庭の植木鉢でトウガラシを育てている。 トウガラシには、実が下向きにつくのと上向きにつくのがあり、これは上向き。 思ったよりたくさん実がなった。 庭で肉を焼いたとき、青いのを焼いて家族に食べさせたら、辛い辛いと大不評。 もちろん自分でも食べてみたが、胃が熱くなるのを実感できた。 まだ緑色なのもあれば、すっかり赤くなったのもある。 この赤は美しい。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.09
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新幹線車内でスクワット300回…修学旅行夜ふかしペナルティーという記事によると、修学旅行で、教諭が2年生の男子生徒11人に対し、就寝時間を過ぎても眠らなかったなどとして、帰りの新幹線車中で最大300回のスクワットを科していたとのことで、生徒の中には、体調を崩して入院した者もいるそうだ。 この記事はスポーツ報知のもので、スクワットについて、新日本プロレスの中邑真輔さん(27)によると、10回程度から始めるのが良いという。「全身運動なので、脳幹が刺激され、我慢強くなるらしいです」。レスラーともなると「1000回以上もこなす」というが「高校生で300回は無理。新幹線の揺れも加わると相当きつい」と顔をしかめた。と、中邑のコメントを載せている。 「顔をしかめた」というからには、記者が直接会って取材したらしい。 なぜ中邑なのだろう。「選ばれし神の子」だから? まさかね。 理論的なことを聞くなら、西村や佐山聡、あるいは三沢や高山の方が適しているだろう。 健介あたりに聞いちゃうと、「そんなものは根性でどうにでもなる」と言いかねない。(もちろん、健介だってちゃんと理論に基づいたトレーニングをしているはずなので、ギミックとして根性だけを表に出すだろう、ということ) それにしても、スクワットの効果が、全身の筋肉を鍛える、とか、足腰が強くなるとか、基礎体力がつくとかいいうことではなく、我慢強くなるらしいだとは知らなかった。 ほんとうにこう言ったのかなあ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.08
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「東幹久は気孔を信じない!?」という見出しだけ見ると、東幹久は、植物の、呼吸などのための小さな穴の存在を信じないように思われるが、本文には、以前「気孔で腰痛を治そう」と、山奥に住む気孔師を訪ねた事があるそうです。とあって、どうやら「気功」のことらしい。 「気孔」と「気功」じゃ大違い。 この記事の筆者は、どちらも同じと思っているらしい。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.07
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という記事が目にとまった。 キュウリ一本といえども、育てた方にしてみれば、「我が子同然」ということなので、金額の問題ではないらしい。 何年も市民農園を借りて野菜を作っているが、わたしなら、キュウリの一本や二本無くなったところで気づかない。よほどきちんと管理しているのだろう。 作ってみた経験で言えば、キュウリもニガウリもナスもトマトも、できるときは大量にできるが、その盛りが過ぎると、たちまちとれなくなる。 キュウリなど、毎日そう何本も食べられるものではないので、職場に持って行って同僚に配ったりするが、食べないまま黄色くなってしまうことも多い。 盗んだ人も、「おいしそうだからちょうだい」と言えば、気持ちよくもらえたのではないかと思う。 野菜作りにかかわる記事なので読み直した。引っかかるところがある。ニガウリやナスビなども盗んでいたとのことだ。「ナス」ではなく「ナスビ」というのが毎日新聞で決められた用語なのだろうか。 また、押収したキュウリを調べたところ、女性宅で育てられたものと一致したという。というのだが、どうやって「一致」を確認したのだろう。 まさかDNA鑑定まではしないだろう。 読めば読むほど気になる記事なのであった。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.06
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千葉県立房総の村の敷地の南端にある「旧学習院初等科正堂」の建物を見に行ったら、足下に、茶色い細長いものがたくさん落ちている。 松葉のようだが、それにしては長い。長さは30センチメートルはありそうだ。 顔を上げると、上には、異様な松の木が。 たしかに松の木なのだが、その葉がとにかく長いのだ。 名は「ダイオウショウ」だそうだ。漢字では「大王松」らしい。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.05
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5月の連休に訪れて、11月にも貸衣装のイベントを開催すると聞いていたので、行ってみた。 今回も、貸衣装のほかにいろいろなイベント盛りだくさん。 息子は、上下を着けた侍姿になってみた。 写真も撮ってもらう。 前回、「今度来るときは、コンパクト・フラッシュ(CF)・カードを持ってきて、データをもらって帰ろう」と思っていたのに、写真を撮ってもらうまですっかり忘れていた。 今回は私も人力車に乗った。座席が高いので、乗り降りの時、前のめりになるのがちょっと不安定だが、あとは快適。 ほかに面白かったのは、ドングリで笛を作る体験。無料だった。 頭をきれいに切ったドングリが用意してあって、錐で中身をほじくり出して完成。写真はその完成品。 唇に当てて、角度を調節しながら息を吹き出すと、ピーッと音が響く。 親子三人で一つずつ作った。大きさによって微妙に音が違うのもいい。 火起こし体験(50円)や、甲冑体験(200円)も息子にさせた。 縄文時代から近代までを体験できる施設だ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.04
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角川文庫。1958.6.10初版。1994.12.10第33版 「若草物語」のオルコットの小説。 サーカスから逃げてきた、身寄りのない少年が、彼を受け入れた人々の愛の力によって、穏やかな生活を手に入れ、成長する物語。 「愛の力」とはいっても、ただ愛を与えるだけではなく、紳士に育てるための教育も行われるのである。 また、養子として迎えられるわけではなく、家族同様に扱われながらも、給料をもらう住み込みの使用人という形になっている。 1958年の訳なので、訳文になじむまでに時間がかかる。 特に台詞は時代がかったように感じられる。たとえば、あの方は、いつも夏になると、一人お雇《やと》いになるんだが、まだおきまりでないようだから。坊や、牛追いができて?(p49)という具合。 楽しいことばかりではなく、悲しいこともあるし、嫌な思いもする。 しかし、「善」の心を持つ少年として誇りを持って生きている。 最後は何もかもがめでたしめでたし。 フィクションなのだからこれでいいのだ。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.03
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昨日が第3回。 藤沢周平の本は、その何分の一か読んでいるが、これは読んだことがない。 今までの時代劇とはちょっと違う。 長屋に住む浪人や、江戸の市井の人々ではなく、ある藩の家老にまでなった男の現在と過去を描く。 その周囲の人たちの出入りはない。 従って、若い頃と、現在とでは同じ人物だが年齢が離れていて、演じる人もそれぞれ違う。 そのため、どの人がどういう人なのかややわかりにくいのが残念。 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.02
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題名通り、「サラリーマン清水港」の続編。 最初から続編を作るつもりだったのだろうか。ちゃんとつながっていて無理がない。 冒頭、新聞配達が「スーダラ節」を歌いながら登場するのも同じ。 ところが、前作では新聞を受け取っていた夏木陽介が今回はいない、というところで変化を感じさせる。うまいものだ。 今回は、飲み屋の「三州屋」で出会った酒が銘酒「荒神山」ということで、三州屋の主人として吉良仁吉(河津清三郎)が登場。 かといって、吉良仁吉が荒神山を持っているわけではなく、荒神山を作っている会社の若社長(宝田明)の窮地を救うために、荒神山の吸収をねらう黒駒醸造と対決。 浮気をしたくてしょうがない社長の願いは結局いつも実現せず、小林桂樹のロマンスもあって、全てめでたしめでたしで明るく終わる。 見ていて、これほど何も考えなくていい映画も珍しい。続サラリーマン清水港(1962) - goo 映画 楽天ブログランキング←クリックしてください 楽天会員以外の方のコメントは「輾転反側掲示板」へ
2007.11.01
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