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いよいよ「国立がん研究センター東病院」へ。以下「がんセンター」と表記する。 柏駅からバスで行く。 バス停には長蛇の列。しかし、10分ごとに来るので並んでいれば乗れるし、座れた。 30分ほどで病院到着。入り口前のロータリーにバス停があるので、入り口もすぐわかる。 入ったら待合室に「ドトール」があったので驚いた。 初めてなので、受付で紹介状を出したりいろいろ時間がかかるかかと思ったのだがそうでもない。 まず、放射線科に、持参したCDを提出してから食道外科の前で待つように言われる。 放射線科にCDを持って行くと、CD内の画像を取り込んだら廃棄していいかと聞かれたので、捨てるなら欲しいと言ったら、帰りに貰えることになった。 感心したのは、呼び出し機を持たされたこと。 行くところもないので、診察室前の待合室でずっと待っていたが、診察時間が近づくと、呼び出し機が振動して、診察室の前に来るように表示が出て、自分の番になると、診察室に入るように指示が出る。 記入してきた問診票は、食道外科の受付で提出。医師に会う前に、看護師との面談があった。身長と体重を測ったりもした。 予約した時間より遅れて医師と面談。 直接診察するわけではなく、その場でどうするか決まるわけではなく、今後どうするかを話してくれる。 いろいろな検査をした後、治療方針を決める会議を開いて、その結果を7日に教えてくれるという。 その時には妻同伴で来いとのことだった。 その後、さまざまな検査。心電図、血液採取など通常の健康診断と同じ検査をしたほか、肺活量も測った。 待ち時間が結構あるので、病院内を見て歩く。 あちこちに本棚があり、マンガもある。寄贈書の文庫だそうだ。 「売店」はなんとコンビニエンスストアだった。 日用雑貨の他、なんと焼きたてパンもあり、おいしそうな匂いがした。 サンドイッチ、弁当類のほか、松屋の牛めしの持ち帰り弁当があり、それをレンジで温めて食べている人もいた。 その近くには理容室もあった。何ヶ月も、あるいは1年以上入院している人もいるのだろう。 次は12月4日に内視鏡検査。前次
2017.11.30
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出勤途中の病院へ、先週貰った紹介状を持って行った。 ここはもう何年も前から時々行っている。 たいした病気ではなかったが、二泊三日の入院をしたこともあり、いくらか様子がわかるし、車でも行けるので、ここがいいと思ったのだ。 医師は、紹介状を見ると、内視鏡で見てみるというので、再び内視鏡検査。 看護婦さんもついて、おえっとなると背中をさすってくれたりする。 健康診断の時よりも丁寧に見てくれた。組織も取った。 検査後しばらくして診察室に呼ばれ、画像を見ながら説明してくれた。 やはりがんで、二つあるという。初期だが、逆流性食道炎の炎症がひどいので、自分の所での内視鏡手術は難しいという。 がんセンターに紹介状を書くから、もっと設備の整ったところでよく見て貰った方がいい、ということだった。 結局、内視鏡で撮影した映像をCDに焼いたものと、紹介状を貰って帰った。 今日採取した組織検査の結果は12月5日に出るという。 「がんセンター」というのは、「国立がん研究センター東病院」というところ。物々しい名前だ。 やっかいだな、時間がかかりそうだなと思ったが、がんセンターに電話すると、30日(木)の午前中の予約が取れた。 初診の際にいろいろ記入しなくてはならない問診票があるのだが、公式サイトからダウンロードして事前に記入していくことができるので、記入しておいた。前次
2017.11.28
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10年前に健康診断で胃にポリープがあることがわかり、それ以来、健康診断で毎年内視鏡検査を受けている。 正直言って、自宅から遠いところで受けなくてはならず、数年でポリープも消えたので、毎年行くのは面倒だったのだが、人間万事塞翁が馬(この「人間」は「じんかん」と読むべきなのだろうな)、内視鏡検査のおかげでがんが見つかった。 先週内視鏡検査を受けて、いつもはその時の映像を見ながら医師と少し話して終わるだけなのだが、色が変わっているところがあるからと、組織を取ることになった。 今週になって、検診を受けた病院から、その結果を聞きに来いと電話があった。 他の日は忙しいので、土曜日の今日行くことにして予約。時間通りに面談があった。 面談したのは、内視鏡検査の担当者ではなく、外科医。 写真を見せて、「食道がんがある」と言う。 よく、がんを宣告されて「がーんとショックを受けた」などというが、全くショックはなかった。 「へえ、そうなんだ」と思っただけ。 写真を見ると、食道に、色が違う部分がある。出っ張っているわけではなく、色の違う平面があるというだけ。 自覚症状は全くない。 取らないと死ぬと言う。 「内視鏡でとれるような初期のものだから」と医師はつとめて軽い感じで話してくれた。 近くに内視鏡で食道かんの手術ができそうな病院はあるか聞かれ、思いついた出勤途中の病院の名を挙げると、その病院あてに紹介状を書いてくれた。 帰宅してから食道がんについてインターネットでいろいろ調べた。 まあ、内視鏡でとれるならそんなに重症ではないらしい。
2017.11.25
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今日の産経新聞の「産経抄」にこんな文章がある。そのとき知り合ったのが、モンゴル相撲の元横綱である白鵬の父親だった。父親から息子の城北高校入学を頼まれたものの、白鵬はすでに宮城野部屋に入門していた。こんないきさつから、監督と白鵬とは親しい間柄が続いている(『土俵の群像』岩崎友太郎著)。 問題は、モンゴル相撲の元横綱である白鵬の父親 これだと、「モンゴル相撲の元横綱」が「白鵬」なのか「白鵬の父親」なのかわからない。 文章の終わりに「(『土俵の群像』岩崎友太郎著)」と引用元を明記しているが、文章そのものを引用したのか、内容を引用したのかわからない。 おそらく「白鵬の父親」なのだろうとは思うが、もっとすっきりした書き方ができるはず。 例えば、そのとき知り合ったのが白鵬の父親だった。モンゴル相撲の元横綱だ。と書くこともできるだろう。 そもそも「モンゴル相撲の横綱」というのは存在するのか。 「横綱」は日本の相撲にしか存在しない。全日本プロレスの三冠王者を「横綱」と呼ぶことはない。 わけのわからない不思議な文章だ。
2017.11.21
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今までのゴジラの世界をすべてリセットし、初めてゴジラがこの世に現れたという設定。 こうしなければすべて思い通りに作ることはできないだろう。 しかしこれまでのゴジラを尊重する気持ちはあり、冒頭の足音のところや、伊福部明の音楽を使っているところにそれが感じられる。 ドラマとしては、よくある人間ドラマは極力排し、人間が出てくるのはほとんど政治的な場面。 政治家がとにかく「想定外」を繰り返し、具体的な対応策をとることができず、右往左往する。 過去の清算などないのがすっきりしている。 ただ、東宝は、これだけヒットすると続編を作ろうとするだろう。 その時どうするのだろう。 凍結されたゴジラが再び動き出すのだろうが、実はあの時こういうことがあったというような、個人の物語になってしまうのかなあ。 最初に現れた時の、頭を低くした姿勢の形状は、確かに以前見たことのある何かに似ているのだが、思い出せない。 主役の長谷川博己は、「八重の桜」で「川崎尚之助」を演じた人。 熱い気持ちを持ちながら冷静に行動できる主人公にぴったりだ。
2017.11.19
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展開がめまぐるしく、設定を理解するためには集中して見ていなくてはならない。 吹き替えで見たからいいようなものの、これを字幕で見たら見るのが追いつかないだろう。 記憶が本物なのかどうか、自分は本当に自分が思っている通りの自分なのか、自分の正体は何者なのか、という昔SFで何度か読んだテーマ。 諸星大二郎のマンガにこういうのがあったはず、と思ったが、原作の小説の方が古かった。 自分が今いるのは夢の世界なのか、現実なのか、自分が何者かということに疑問や不安を抱くのは人間の本能なのだろう。
2017.11.18
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インターネットの動画配信を利用して犯行を予告し、その通りにやってのける犯人とそれを追う警察。 犯人側がなぜ犯行に及ぶようになったのかはまあ理解できるが、女性警部の過去は必要だったのだろうか。どうしても、こういう過去があってこうなったという話にしなくてはならないのだろうか。 犯人も、個人的には何の恨みもない人に制裁を加えるばかりで、自分を傷つけた社長への復讐をしないのも不思議。 ただ、犯人側の役者は皆うまくて、ちゃんと役にはまっている。 最後に少しだけ救いがあるのはよかった。
2017.11.14
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日本映画専門チャンネルで放送されたのをまとめて見た。 「ツィゴネルワイゼン」は、移動式の小さなドーム型の映画館で各地を巡業して回る形式で上映されていた。 評判になっていたので、渋谷で見た。鈴木清順の映画を今までに見たことがなく、正直なところ「お勉強」のような気持ちがあって見たのだと思う。 後に小林信彦がこの映画について「どうして観客が笑わないのか」というようなことを書いていた。 みんな私のように「お勉強」という意識があったんだろうね。 「ツィゴネルワイゼン」はまだわかる。ものを食べることが性的なことを象徴している。 「陽炎座」はよくわからない。ただ、松田優作はこういうものに憧れていたんだろうなあ、と思う。 原田芳雄を慕っていたということをこの映画公開の時に知ったが、言われてみればよく似ている。 見直してみると、音楽の映画であることがよくわかる。「ツィゴネルワイゼン」の、女の死体が出てくる時のリズムの繰り返し。 「陽炎座」の拍子木。 映像だけでなく、音にもかなり力を入れている。 鈴木清順の映画は後に「けんかえれじい」を見た。 これには驚いた。見ていて自分の顔色が変わるのがわかった。 大傑作だ。面白い。 修行して強くなる場面など、香港映画に影響を与えたのではないかと思う。 映画そのものよりも、この映画を見た時の自分を思い出す。
2017.11.13
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テレビで放送されるのを知って、あまりの懐かしさに録画して見た。 松竹映画なのに撮影は東映。撮影場所も監督も東映。 大部屋俳優のプライドなど、いかにも東映らしい。 東映なのでアクションシーンにはJACがつきもの。(今はJAEとなっている) 志穂美悦子、真田広之、千葉真一が本人役で出ている。 最大の見せ場の階段落ちはJACの猿渡幸太郎が演じていて、クレジットにもちゃんと名前が出ている。 初めて見た時には、階段落ちばかりが気になったが、こうして時を経て見てみると、自分の仕事にプライドを持っている人間のドラマだということがわかる。 大部屋には大部屋の誇りがあり、スターにハスターの誇りがあるのだ。 小林旭が書いていたが、「俺は旭組だ」という大部屋の人たちがいたそうだ。旭が大部屋だった時にはいじめた人なのに。 最後に、出演者がそろって「蒲田行進曲」を歌うのは出色の演出だ。 映画の中に映画がある。 松竹はこの映画に対抗して「キネマの天地」を作ったそうだが、松竹らしい上品さが表に出てきていて娯楽作品としては不十分だった。 1960年代の時代劇を見ると、群衆シーンには文字通り「群衆」がいてびっくりする。 魚河岸のシーンなど、何百人使っているのかわからないくらい人がいる。 そういう時代の名残があったころを描くファンタジーなのだ。 時を経て見てみると、松坂慶子のすごさがわかる。歌はうまくない。だからこそいい。 銀ちゃんの風間杜夫、主人公の平田満も、もともとつかこうへいのところの人なのでそのままなじんでいる。 これがもし銀ちゃんが真田広之、小夏が志穂美悦子、ヤスが黒崎くんだったりしたら全然違う映画になっていただろう。 JAC全盛期を知っている身としてはとにかくなつかしい。 「愉快な海賊大冒険」は新宿コマ劇場で見た。 目黒にあったJACショップに行ったこともある。 ここ数年邦画は興行収入がよくて映画産業が盛り上がっているようだが、その基礎を支えているのはこの映画に出てくる大部屋なのだ。 福本清三さんが脚光を浴びるのはせめてもの救いだ。
2017.11.12
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この映画があったということは数年前に知ったのだが、見る機会がなかった。 スキー映画って珍しいなと思っていたのだが、スキー映画ではなかった。 スキーはスキーでもモーグルの世界かと思いきや、そういうわけでもない。 主人公たち3人の男がどうしようもなく、感情移入ができない。過去に何があったとしても犯罪者でしかないではないか。定職に就いているわけでもなく、雪山の何でも屋って、冬以外の季節はどうしているんだ。 むしろ、過去にいろいろあったが、いまはレスキューとして働いているという方がいい。レスキューのリーダーの杉本哲太の使い方がもったいない。 ただ、田中麗奈と佐藤江梨子は光っている。
2017.11.11
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GAORAで放送されたのが、お任せ録画で録画されていた。 女子プロレスも含め、試合のクオリティは高い。 驚いたのは、秋山と大森の25周年記念イベント。 何と、川田が現れた。にこやかで痩せてはいたが、川田は川田だ。 引退はしていない。プロレスができる体に戻ってはいないのだろうが、元気そうで良かった。
2017.11.10
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9月に放送されたものを今頃になってやっと見た。 どうして見る暇がなかったのかというと、3時間という長い時間が邪魔していたのだ。 テレビ朝日ではなくTBSというのが意外。 物語はそれなりに工夫してある。河岸の移転問題は時事問題をいれたのかなあ。 北大路欣也が出ていたのには驚いた。 松岡昌宏は、必殺シリーズに出ているし、時代劇もできる。 ただ、歴代金さんに比べると、若い。頭が小さい。痩せている。しかし、新しい金さん像を作り上げて行ければいいのだ。 3時間じゃなくて、1時間ドラマで3回放送してくれた方が見る方としてはありがたい。 次はそうしてね。 公式サイト
2017.11.08
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「続」とはあるが、全くつながりのない話。だって前作で主人公は死んでいるのだから。 今度の北島三郎は、すでにある程度名をなしたやくざで、助っ人に駆けつけようというところで半端物のやくざが弟分についてくる。 よくある話で、当然そのついてくる男がコメディ部分を担当する。 まっとうな世界で生きようとするもと元ヤクザと、自分のことしか考えていないヤクザ。こちらは小松方正がうまい。ところがその手下の代貸が里見浩太朗! おお、こんな役もやっていたんだ。 もちろん里見浩太朗は筋を通す。 敵対する側になってしまった北島三郎と途中から現れる鶴田浩二も筋を通す。 悲劇があり、親子ものの話があり、最後には一人で罪をかぶった男が護送されていく。それが馬車なのがいい。 舞台は上州に設定されていて、国定忠治の伝統が生きているということになっているようだ。 口は悪いが人情味のある小料理屋の主人が遠藤辰雄だった。万七親分になる前の姿だ。うまいなあ。 すべてが夢物語の世界なのだ。
2017.11.06
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テレビで放送されたのを録画して、初めて見た。 ハッピーエンドの「人魚姫」というところか。 「となりのトトロ」でも感じた違和感なのだが、子供が完璧すぎるのが気になる。気力も体力も大人をしのいでいる。 両親も子供も名前で呼び合うというのは、大人も子供も対等な世界であり、5歳の幼児でも大人と同じように自分の意思で行動できるということなのだろう。 ハッピーエンドはハッピーエンドなのだが、その後二人はどんな人生を送ったのか気になるところだ。 ポニョの父親のフジモトだけが手塚治虫のマンガに出てきそうな顔立ちなのだが、何か意味があるのだろうか。 嵐の場面とその後の様子は、どうしても東日本大震災を思い出してしまうが、これは作品の罪ではない。こんなふうにみんなが助かっていたら良かったのに。どこかで助かっているかもしれないという希望を持って救われる人もいるだろう。
2017.11.05
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どうしてこういう映画を作ろうとしたのかわからない。市川崑だから作れたのだろう。 話は淡々と進む。原作のエピソードをつなげているだけなのだが、苦沙弥先生と妻の物語であることがだんだんわかってくる。 秀逸なのは、猫が死んだ後の夫婦のやりとり。なるほど、と思わせる。
2017.11.04
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残すところあと一話になった土曜時代劇ドラマ。 足の速い女子高生が戦国時代で足軽になるという設定が斬新で面白い。 黒島結菜は、「時をかける少女」に続いて女子高生役。 実際に女子高生の年齢の人がやったらもっと子供に見えてしまうんだろうね。 見ていて気づいたのは、これは遠い昔人気のあった「少年ドラマシリーズ」なのだ。 「謎の転校生」とか「幕末未来人」とか。見てたなあ。 「少年ドラマシリーズ」を見ていた人が、その復活を目指して作っているのではないかとさえ思えてくる。 面白いよ。再放送があったら見てね。
2017.11.04
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「早急」の正確な読み方が「そうきゅう」じゃないって知ってましたか?知らない人が9割!という記事を読んでびっくり。 「早急」は「そうきゅう」だろう。 記事の中に、「さっ」は「早」の慣用音で、本来の正しい読み方は「さっきゅう」なんです。と書いてある。「慣用音」なら「本来の正しい読み方」のはずがない。 さらに、「そうきゅう」は、「早」の漢音による読みで、読めないわけでもなく、アンケート結果のように読み間違える人が大多数のため、現在では辞書によっては項目や語釈のなかに「そうきゅう」と追加しているものもあります。なので、「そうきゅう」も間違いではありませんが、本来の正しい読み方は「さっきゅう」です。もしかしたら、近い将来は「そうきゅう」という言葉が正しくなっているかもしれませんね。とも書いてある。 漢音の読み方が「本来の正しい読み方」に決まっているではないか。 「早」の音読みはもともとは「サウ」だから現代では「ソウ」になるはず。(漢和辞典を引いたら呉音が「ソウ」) これが「サフ」だったら入声音だから「早急」が「サッキュウ」になっても不思議はないが、「早急」は歴史的仮名遣いでは「サウキフ」だから「そうきゅう」にしかならない。 「早」を「サッ」と読むのは、「早速」に引っ張られた誤読だ。 「早速」をなぜ「さっそく」と読むのかということは、広辞苑などを引けばわかる。
2017.11.03
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映画化されていたとは知らなかった。今の方が制約(自主規制)があって映画化できないだろう。 大映映画だが長門裕之が出ていて驚いた。さすがにうまくて違和感はない。 市川雷蔵は「濡れ髪シリーズ」のような明朗時代劇もうまいのに、こういうのもしっかり演じている。名優だったんだなあ。 最後はひたすら謝罪するところで終わる。原作のようにアメリカに行くところまでは描かれていない。 もう随分前のことだが、原作を読んだ時に、この終わり方では差別されている人たちは納得できないだろうと思った。問題は何も解決しないままになっている。 しかし、小説の中であっても解決しようのない現実があったのだろうとも思う。小説の中で解決しても、そんなものは絵空事で、かえって不快な思いをする人がいたかもしれない。 こういう問題は、中学生の時に「カムイ伝」を読むまで知らなかった。昔はこんなことがあったのかと思ったが、それが現代まで続いていると知った時には驚いた。 40年近く前のことだが、長野県に行った時に、「部落解放の町」という大きな看板が立っていて驚いた。ことさらそんなことをことを大々的に表明する方が不自然ではないかと思ったのだが、そうしなければならない事情があったのだろう。
2017.11.01
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