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5月31日(金) 万葉秀歌(上巻)(59) 斎藤茂吉著 巻第二(23) 神風(かむかぜ)の伊勢(いせ)の国(くに)にもあらましを何(なに)しか来(き)けむ君(きみ)も有(あ)らなくに (巻二・一六三)大来皇女 大津皇子が薨じ給うた後、大来(大伯)皇女が伊勢の斎宮から京に来られて詠まれた御歌。 一首の意。「{神風の}(枕詞)伊勢の国にそのままとどまっていた方がよかったのに、君もこの世を去って、もう居られない都に何しに還って来たことであろう。」
2019.05.31
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渡辺幸一氏の短歌(60) (注)渡辺幸一氏はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌 「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまし て精力的にご活躍しております。(ブログ作成者) (2009年12月31日発行;世界樹 十六号より) イギリスの冬(2) 傷つきし獣のごとき影なして金融街は静もりてあり 譬ふれば銃口ほどの冷たさで金融街に夜が来てをり 暮れ早き冬の濃霧に滲みつつ高層ビルに灯が点りゆく デモ隊が仕事寄こせと叫びつつ冬のテムズの橋越えてゆく 仕事なき人ら溢るる辻角に聖歌流れて年暮れむとす (つづく)
2019.05.31
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5月31日(金) 北原白秋歌集(66) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月十日初版 「雀の卵」(13) 輪廻三鈔(2) 鬼ケ島沖の小島の荒磯辺に遊ぶ雀のこゑの愛(かな)しさ ひさかたの四方(よも)の天雲(あまぐも)地に乗りて碧々(あをあを)しかも蓋(きぬがさ)のごと 老いらくの父を思へばおのづから頭(かうべ)ふかく垂れ安き空(そら)しなし ははそはの母に向へばおのづから涙はふり落ち答ふすべしなし 今さらに別れするより苦しくも牢獄(ひとや)に二人(ふたり)恋ひしまされり
2019.05.31
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5月31日(金) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治36年より 昼夜の別 世の中が暗い時、わたしには昼間のように明るいのです。世の中が昼のように明るい時、わたしは夜のように静かです。わたしは人々が泣いているとき歌い、人々が歓んでいるとき、悲しんでいるように静かです。これは、わたしが人々と哀しみ喜びを共有しないためではないのです。わたしが望んでいる天国は、星の世界のようなものだからです、つまり世の中が暗くならなれば見ることが出来ないのです。
2019.05.31
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後藤瑞義の短歌(411) 5月31日(金) 旧作備忘記録 平成18年3月30日(金) 過去を捨て惨めな今も捨て去って未来描かん未来見詰めん 小椋佳「愛燦燦」を歌いおり「人生てええ嬉しいものですね」 〆切りの四日を過ぎて届きたり九十三歳の友の歌稿は 風邪ひくと元気な文字で書かれおり九十三歳の友の歌稿は
2019.05.31
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5月30日(木) 万葉秀歌(上巻)(58) 斎藤茂吉著 巻第二(22) 北山(きたやま)につらなる雲(くも)の青雲(あをぐも)の星離(ほしさか)りゆき月(つき)も離(さか)りて (巻二・一六一)持統天皇 天武天皇崩御の時、皇后(後の持統天皇)の詠まれた御歌。 茂吉:「北山は連なってたなびき居る雲の、青雲の中の(蒼き空の)星も移り、月も移って行く。」天皇おかくれになって万ず過ぎゆく御心持であろうが、ただ思想の綾でなく、もっと具体的なものと解していい。
2019.05.30
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渡辺幸一氏の短歌(59) (注)渡辺幸一氏はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌 「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまして 精力的にご活躍しております。(ブログ作成者) イギリスの冬(1) (2009年12月30日発行;世界樹 16号より) 窓の辺に蜂の死骸の二つ三つありて真冬の朝のさびしき 紅葉(もみ)づれば冷たき炎のごとく見ゆわが庭に立つ日本楓 ロンドンの石の舗道が霧雨に濡れてかなしく匂ふ午後なり イギリスで心病みたる漱石をふとしも思ふ冬の夕暮れ ごく薄き朱を刷きながら森閑と冬の異国の空暮れてゆく (つづく)
2019.05.30
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5月30日(木) 北原白秋歌集(65) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月十日初版 「雀の卵」(12) 輪廻三鈔(1) 南海の離れ小嶋(こじま)の荒磯辺(ありそべ)に我が痩(や)せ瘠せてゐきと伝へよ 小笠原嶋荒磯(ありそ)の洞(うろ)に寄る波のゆたのたゆたに日の永きかも 沖つ嶋荒磯の鷗(かもめ)こゑ寂びて飛びあへぬかも風変るらし 肉厚く重き護謨(ごむ)の葉かがやき久(ひさ)しおのづからふかき音たてにける 父嶋よ仰ぎ見すれば父恋し母嶋見れば母ぞ恋しき
2019.05.30
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5月30日(木) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治36年より 思想の軽蔑 純粋の思想は書物を読んだだけでは得られるものではありません。心の底から辛い経験に耐えること。すべての卑しい自分の心を捨てること。出来るだけ多く祈ること。多くの悪と正々堂々と戦うこと。そうして、あとはすべて神様にお任せするだけです。天才が難なく出来ると思うのは間違っています。天才は名文は作ります。しかし人の霊魂を活かすことが出来るような思想は生みだすことは、出来ないのではないかとわたしは思います。わたしが言う思想というのは、例えるとするなら、辛い体験の血と涙の結晶から得たものです。人間の心臓の肉の断片のようなものとも言えるでしょう。ですから、わたしが言う思想とは、もし刀でこれを切り付ければ、本物の生血が流れ出る、そうしたものです。ですから、血の出るような苦しみに耐えたことのない人には本物の思想は生み出せないと思っています。思想の文は、文字の羅列ではないのです。血であり、命であるような文字によって書かれたものがわたしの言う思想です。思想を軽く見る人は、自分の命も軽く見る人だとわたしは思います。
2019.05.30
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後藤瑞義の短歌(410) 5月30日(木) 旧作備忘記録 平成18年3月28日(水) 災害の映像われは好まざりたとえば老人の食事風景 海沿いのホテルの前の道路には渡るすきなき車の流れ ロープ張り洗濯バサミ吊るされる若布干し場の夕べを歩む 波の上に遊ぶ夕光もろともに巻き込みながら崩れゆくなり
2019.05.30
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よみうり文芸 入選歌 菜の花に紋白蝶が触れており二歳に逝きし子が遊ぶごと 下田市 後藤瑞義 (読売新聞静岡版 よみうり文芸 五月二十九日 入選 渡 英子 選)
2019.05.29
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5月29日(水) 万葉秀歌(上巻)(57) 斎藤茂吉著 巻第二(21) 山吹(やまぶき)の立(た)ちよそひたる山清水汲(やましみづく)みに行(ゆ)かめど道(みち)の知(し)らなく (巻二・一五八)高市皇子 十市皇女(とおちのひめみこ)が薨ぜられた時、高市皇子(たけちのみこ)の作られた三首の一首。 茂吉:一首の意は、「山吹の花が、美しくほとりに咲いている山の泉の水を、汲みに行こうとするが、どう通って行ったら好いか、その道がわからない。」というのである。山吹の花にも似た姉の十市皇女が急に死んで、どうしてよいのかわからぬという心が含まれている。
2019.05.29
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渡辺幸一氏の短歌(58) (注)渡辺幸一氏はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌 「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまし て精力的にご活躍しております。 滅ぶ日も(3) (2009年8月31日発行;世界樹 15号より) 職求め流れ来たりし東欧の男女が眠る真夜(まよ)の公園 安酒を回し飲みして交々(こもごも)に語れり遠き祖国のことを 古き瓶(かめ)に罅(ひび)走るごと欧州でしづかに何かが壊れ始めつ 滅びゆくもの悼むごと冴え冴えと異土の夕べに鐘鳴り響く 滅ぶ日もかく美しく晴れてゐむ眩暈(めまひ)に耐へて仰ぐ夏空 (つづく)
2019.05.29
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5月29日(水) 北原白秋歌集(64) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月初版 「雀の卵」(11) (三)(5) 刈小田(かりをだ)に落穂掻き掻く雀いくつうしろ向ける尻尾(しりを)上げて忙(せは)し 末広に陽のかげるらしほそり木の枯木の空の気遠(けとほ)き見れば 咳(せき)すれば寂しからしか軒端(のきば)より雀さかさにさしのぞきをる 春浅み背戸の水田のみどり葉の根芹(ねせり)は馬に食べられにけり 春といへどまだ寒むからし茨(ばら)の葉に面(かほ)寄する馬の太く嚏(はなひ)る 霧雨(きりさめ)のこまかにかかる猫柳つくづく見れば春たけにけり (つづく)
2019.05.29
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5月29日(水) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治36年より われの忠孝 わたしを不忠な人間だとののしる人はわたしよりもまごころの無い人だと思います。わたしを不孝な人間だと責める人はわたしより親に対して孝行をしてない人でしょう。わたしのことを偽善者と言ってわたしを苦しめる人は、わたしよりも誠実な人ではないでしょう。キリストにすべてをお願いしているわたしは、たいへん不完全な人間です。わたしは自分の力で忠ではなく、キリストにお願いして忠なのです。わたしは自分の力で親に孝行が出来るのではなく、キリストにお願いして親に孝行が出来るのです。ただただ、神様に感謝するだけです。
2019.05.29
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後藤瑞義の短歌(409) 5月29日(水) 旧作備忘記録 平成18年3月26日(月) 荒びたる雨風(あめかぜ)止めばうぐいすがのどかな声でまた鳴き始む 春嵐過ぎたる庭に何ごともなかりしごとく雀降り立つ 春嵐なごりの川は濁流となり川幅を広げ流るる 歌出来ぬ時こそ心が死んでいる感じる心が死んでいるのだ 地の底に潜むマグマのごとくにも歌よ心の中で滾れよ
2019.05.29
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5月28日(火) 万葉秀歌(上巻)(56) 斎藤茂吉著 巻第二(20) 人(ひと)は縦(よ)し思(おも)ひ止(や)むとも玉(たま)かづら影(かげ)に見(み)えつつ忘(わす)らえぬかも (巻二・一四九)倭娘皇后 この歌には、「天皇崩じ給ひし時、倭太后(やまとのおおきさき)の御作歌一首」と明らかな詞書(ことばがき)がある。 茂吉:一首の意は、「他の人は縦(たと)い御崩(おかく)れになった天皇を、思い慕うことを止めて、忘れてしまおうとも、私には天皇の面影がいつも見えたもうて、忘れようとしても忘れかねます、」というのであって、独詠的な特徴が存している。
2019.05.28
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渡辺幸一氏の短歌(57) (注)渡辺幸一氏はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌 「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまして 精力的にご活躍しております。 滅ぶ日も(3) (2009年8月31日発行;世界樹 15号より) 行間にふと一陣の風立ちぬ母国より来し手紙読むとき いつの世に生きたる人のたましひぞ白く光りて雲流れゆく 陽炎(かぎろふ)の奥に過去世の人たちの影揺れ動く一瞬(ひととき)があ り 黙(もだ)深く旗を掲げて進みゆくイラク帰りの若き兵士ら 配られしパン食(は)み終へて静かなり不法移民のチェコ人たちは (つづく)
2019.05.28
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5月28日(火) 北原白秋歌集(63) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月十日初版 「雀の卵」(10) 米の白玉(6) (三)(4) 椰子の実の殻(から)に活(い)けたる茶の花のほのかに白き冬は来にけり 独楽二つ触れてかなしも地の上に廻り澄みつつ触れてかなしも 独楽の精ほとほと尽きて現(うつつ)なく傾ぶきかかる揺れのかなしさ 目に見えて冬の陽遠くなりにけりきのふもけふも薄くみぞれして 枯れ枯れの唐黍(たうきび)の秀(ほ)に雀ゐてひようひようと遠し日の暮の風 (つづく)
2019.05.28
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5月28日(火) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治36年より 律法と福音 律法はものごとを殺し、福音は活かします。律法と福音は相いれないものなのです。ですから、律法でもって福音を律しようとするのは圧制をもって自由を制するようなものです。律法には律法の法則があり、福音には福音の法則があります。そして、福音の法則はすべてを自由にしてすべてに恩恵的です。律法によって福音を伝えようとするのは、死によって生を伝えるようなものです。つまり、キリスト教にとって最も用心すべきものは、死のような、冷たい、機械的な規則、条例、つまり律法なのです。
2019.05.28
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後藤瑞義の短歌(408) 5月28日(火) 旧作備忘記録 平成18年3月30日 次の世を築くは君ら教え子を尊敬をせし山桝先生 人間は一人で生きてゆけぬゆえ自分自身の責任つくす 東京の子よりの電話快活に仕事の辛さ厳しさを言う わが知らぬ世界に生きる子の仕事辛いと言えど手助けならず 一時間仮眠をとって夜明けまで働くわが子われ祈るのみ
2019.05.28
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5月27日(月) 万葉秀歌(上巻)(55) 斎藤茂吉著 巻第二(19) 青旗(あをはた)の木幡(こはた)の上を通(かよ)ふとは目(め)には見(み)れども直(ただ)に逢(は)はぬかも (巻二・一四八)倭娘皇后 御歌の内容からみれば、天智天皇崩御の後、倭姫皇后の御作歌と看做してよい。 「青旗の」は、下の「木旗」に懸かる枕詞。 茂吉:一首の意は、「{青旗の}(枕詞)木幡山の御墓のほとりを天がけり通いたもうとは目にありありと思い浮かべられるが、直接にお逢い奉ることが無い。御身と親しく御逢いすることがかなわない、」というのである。
2019.05.27
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渡辺幸一氏の短歌(56) (注)著者はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌 「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまし て精力的にご活躍しております。(ブログ作者) 滅ぶ日も(2) (2009年8月31日発行;世界樹 15号より) 迷ひ来し森の奥処(おくど)の暗がりに木に咲く白き花が散りをり 銀色の小(ち)さき蛾が舞ふ部屋の灯を消して一人の眠りに入らむ まだ死ねぬ理由を数へゆつくりと小(を)暗き部屋に立ちあがるなり 栄光と悲惨綾なす美しき孤立無援の生もまたよき 日英のいづれの人でもなきわれの心の裡(うち)は誰にも告げず (つづく)
2019.05.27
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5月26日(日) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治36年より 絶対的宗教 キリスト教は絶対的宗教です。すなわち他に並ぶもののない、絶対的宗教だと思っています。宇宙であり、人生であり、この世の全てのものはキリスト教でもって解釈することが出来ます。逆に、宇宙とか人生とかでもってキリスト教を解釈すべきものではありませんし、それではとても解釈できないのです。キリスト教を真理の一部とみなしたり、数ある宗教の一つであると思う人は、とてもキリスト教が何であるかを知らない人です。もし、仮にキリスト教が絶対的宗教でないのであれば、そんな宗教はこの世に存在しないと同じことです、なんの価値もないものだとわたしは思います。
2019.05.27
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5月27日(月) 北原白秋歌集(62) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月十日初版 「雀の卵」(9) 米の白玉(三)(3) うつつなく木賊(とくさ)にうつる秋日(あきひ)の蝶(てふ)驚きて立てど何の気(け)はひ無き 新しく障子張りつつ茶の花もやがて咲かなとふと思ひたり 稗草にをりふし紅(あか)くそよめくは水引草(みずひきさう)か交りたるらし 秋ふかむ夕日明りや枯小竹(かれざさ)に雀羽ばたくその閑(しづ)けさを ぽつぽつと雀飛び出(づ)る薄の穂日暮まぢかに眺めてゐれば (つづく)
2019.05.27
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後藤瑞義の短歌(407) 5月27日(月) 旧作備忘記録 平成18年3月29日 早咲きの葉桜となる川岸に染井吉野が開き始めり 紅色の早咲き終わりま白なる染井吉野と山桜咲く ま白なる染井吉野の根方には紅(くれない)光る椿垣なす 子の危篤思いて駆ける前方にわが家夜更けを明るく灯す
2019.05.27
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5月26日(日) 万葉秀歌(上巻)(54) 斎藤茂吉著 巻第二(18) 天(あま)の原(はら)ふりさけ見(み)れば大王(おほきみ)の御(み)寿(いのち)は長(なが)く天足(あまた)らしたり (巻二・一四七)倭娘皇后 天智天皇御不予(ふよ)にあらせられた時、皇后(倭姫王)の奉れる御歌。 茂吉:一首の意は、「天を遠くあおぎ見れば、悠久にしてきわまりない。今、天皇の御寿もその天の如くに満ち足っておいでになる、聖寿無極である、」というのである。 (注)「不予」:天皇・上皇の病気。(つづく)
2019.05.26
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渡辺幸一氏の短歌(55) (注)渡辺幸一氏はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌 「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまして 精力的にご活躍しております。(ブログ作成者) 金融街(シテイ)を去る日(4) (2009年8月31日発行;世界樹 十五号より) 滅ぶ日も(1) イギリスの真夏に咲きしくれなゐの薔薇の中なる暗き迷宮 簡潔で直(なほ)き言葉と生き方にあくがれやまぬ一日(ひとひ)もありて 失くしたる神と言葉を捜しつつ果てなくさまよふごとき世界ぞ 十九年異国に生きてゆくりなくこの身を襲ふ鬱に苦しむ 身に鬱の濃霧重たく満ち来れば濃霧の中をわれはさまよふ (つづく)
2019.05.26
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5月26日(日) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治36年より 絶対的宗教 キリスト教は絶対的宗教です。すなわち他に並ぶもののない、絶対的宗教だと思っています。宇宙であり、人生であり、この世の全てのものはキリスト教でもって解釈することが出来ます。逆に、宇宙とか人生とかでもってキリスト教を解釈すべきものではありませんし、それではとても解釈でいないのです。キリスト教を真理の一部とみなしたり、数ある宗教の一つであると思う人は、とてもキリスト教が何であるかを知らない人です。もし、仮にキリスト教が絶対的宗教でないのであれば、そんな宗教はこの世に存在しないと同じことです、なんの価値もないものだとわたしは思います。
2019.05.26
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5月26日(日) 北原白秋歌集(61) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月十日初版 「雀の卵」(8) 米の白玉(三)(2) 目に見えて門田の稲葉吹く風もとりわけて今朝は秋めきにけり おのづからうらさびしくぞなりにける稗草(ひえぐさ)の穂のそよぐを見れば 野分(のわき)だつ薄(すすき)の風に此方(こち)むきて子鴉(こからす)が啼(な)くよ口赤く開(あ)けて 下肥(しもごえ)の舟曳(ひ)く子らがうしろでも朝間(あさま)はすずし白蓮の花 はらはらと雀飛び来る木槿(むくげ)垣(がき)ふと見ればすずし白き花二つ (つづく)
2019.05.26
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後藤瑞義の短歌(406) 5月26日(日) 旧作備忘記録 平成18年3月27日、28日 雨粒が激しく屋根を叩きおり春の嵐か風も唸りて 焼酎のお湯割り今日は濃かったと自ら入れて独りごと言う 焼酎のお湯割りに酔い快しいま生きているわれは生きてる 子はわれの道具ではないわれも子の道具ではないさあ生きてみろ コロンボの細かい仕草ドア際で最も大事な一言をいう 部屋隅に飾られているドライフラワー幾年経るや埃かぶれり
2019.05.26
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5月25日(土) 万葉秀歌(上巻)(53) 斎藤茂吉著 巻第二(17) 家(いへ)にあれば笥(け)に盛(も)る飯(いい)を草枕旅(くさまくらたび)にしあれば椎(しひ)の葉(は)に盛(も)る (巻二・一四二)有間皇子 有間皇子の第二の歌。「笥」は、飯笥(いいけ)のこと。 茂吉:一首は、「家(御殿)におれば、笥(銀器)に盛る飯をば、こうして旅を来ると椎の葉に盛る、」というのである。
2019.05.25
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渡辺幸一氏の短歌(53) (注)渡辺幸一氏はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌 「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまして 精力的にご活躍しております。 金融街(シテイ)を去る日(1) (2009年4月30日発行;世界樹 14号より) 甲状腺の異常告げてわが喉に触れたる女医の指(および)冷たき 異土に病み浅き眠りの夢に見るわがなつかしき死者たちの顔 母国より届きし手紙読み返す窓打つ雨の音を聞きつつ 嘘多きこの世の風が水仙の黄の花群(はなむら)を乱しつつ吹く (つづく)
2019.05.25
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5月25日(土) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治36年より 神の不公平 神様は実はたいへん不公平です。この世の朽ちる物、たとえば金銀、土地、家屋の分配においてはたいへん不公平です。それらは、富める人に片寄って与えるように見えます。また、神様がわたしたち人類にお与えになる最も善い賜物、すなわち聖霊を注ぐことにおいても、公平のように見えますが不公平のようです。こちらは、前者とは逆に貧しい人には厚く、富める人には薄いよう思えます。ですから、わたしは少しもこの世で憂うことはありません。わたしは、たとえこの身が卑しく、位はなくても、全能の神様の子供となることが出来るのです。私は、みなさまは、どんな環境にありましても、喜びなさいと言いたいのです。
2019.05.25
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5月25日(土) 北原白秋歌集(60) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月十日初版 「雀の卵」(7) 米の白玉(三) ましら玉、しら玉あはれ、しら玉の米、玉の米、米の玉あはれ。絶ち絶ちて幾日をか経し、餓ゑ餓ゑて幾夜をか経し、この我や生きて貧しく、生きんすべせんすべだにもなきものを、米の玉、しら玉あはれ。はづかなるあるかなきかの金を得て、かきよせて、市のちまたに米買ふと破れし嚢(ふくろ)を手にさげて、これに米、すこし賜べよと乞ひのめば入れて賜びけり、さらさらと入れて賜びけり。うれしくて走り出づれば金賜べと人の驚く。忘れたり、ゆるされませと赤らみて、金置きてまた駈け出れば、うしらより米はとおらぶ。驚きて、また忘れたり、ゆるされと、此度(こたび)しらはしかと、しら玉の米の嚢をひきかつぎかかへて戻る、米の玉、しら玉あはれ、現(うつつ)なるこれや現か、ゆめならず、現なりけり。その現、現なるこそうれしかりけれ、果敢(はか)なかりけれ。しら玉の、ましら玉の、ましら玉の、しら玉あはれ。しら玉の米、玉の米、米の玉あはれ。 反歌 米を買へば金は忘れて金を置けばまたも忘れつこれの米の玉(つづく)
2019.05.25
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後藤瑞義の短歌(405) 5月25日(土) 旧作備忘記録 平成18年3月26日 波音の荒き岩間に流木が真白き肌をさらし横たう 松の木が海に向かいて枝伸ばす根は断崖の岩を掴みて 黒ずめる幹の枝よりま白なる染井吉野がいや咲き盛る いつしかに並木の桜を見上げずにもの思いするわれと気づきぬ 花などに興味なき子をつれて来たことを後悔しつつ歩めり 広場では中学生の吹奏楽ピンクレディの曲となりたり 電車にて妻子を連れて花を見に来しわれなるに海を見ている 半日を費やし花見して来たるわれはほとほと疲れ果てたり 好きなことするのはやはり一人にてやるしかないな花見も同じ(つづく)
2019.05.25
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5月24日(金) 万葉秀歌(上巻)(52) 斎藤茂吉著 巻第二(16) 磐代(いはしろ)の浜松(はままつ)が枝(え)を引(ひ)き結(むす)び真幸(まさき)くあらば亦(また)かへり見(み)む (巻二・一四一)有間皇子 有間皇子(ありまのみこ)(孝徳天皇皇子)が、斉明天皇の四年十一月、蘇(そがの)我赤兄に欺(あざむ)かれ天皇に紀伊の牟婁の温泉御幸をすすめ奉り、その留守に乗じて不軌を企て、捉えられる。この歌は行宮へ送られる途中磐代海岸を通過せられた時の歌。詞書に、「有間皇子自ら傷(かな)しみて松が枝を結べる歌二首。」 茂吉:一首の意、「自分はかかる身の上で磐代まで来たが、いま浜の松の枝を結んで幸を祈って行く。幸いに無事であることが出来たら、二たびこの結び松をかえりみよう、」というのである。松枝を結ぶのは、草木を結んで幸福をねがう信仰があった。
2019.05.24
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渡辺幸一氏の短歌(52) (注)渡辺幸一氏はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌 「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまして 精力的にご活躍しております。 金融街(シテイ)を去る日(1) (2009年4月30日発行;世界樹 14号より) 損失のドミノゲームの果てしなき金融市場の冬の暗黒 移民らの職脅かし全国に企業破綻の連鎖が続く この強き既視感(デジャヴュ)をわれは如何にせむ泡(バブル)潰えしイギ リスにゐて 閣僚の醜聞続く長過ぎる政権の滓(おり)噴き出づるごと G7(セブン)からG20(トウエンティ)へ時代(とき)移り日本の影薄 まりてゆく (つづく)
2019.05.24
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5月24日(金) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治36年より わが救いの希望 わたしは、自分自身を省みてなんら善いものがないことが分かりました。汚れた心、悪意に満ちた心、邪悪な心、貧欲な心、それを思うと絶望するしかありませんでした。もし、わたしがこれらの悪い心を清算しなければ神様に近づくことが出来ないのであれば、わたしは永久に神様には近づくことの出来ない人間です。しかし、神様はこのような罪深いわたしよりずっとはるかに広い大きな心をお持ちであると知りました。ですから、どのような罪深いわたしであっても、神様はわたしを救うことが出来ると知りました。神様はわたしの罪を一切消し去ってわたしを救ってくださるのです。わたしが救われることが出来るのは、唯々神様におすがりするだけなのです。それ以外にわたしが救われる希望は一つもないことに気が付いたのです。
2019.05.24
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5月24日(金) 北原白秋歌集(59) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月初版 「雀の卵」(6) 米の白玉(二) ましら玉、しら玉あはれ、白玉の米、玉の米、米の玉あはれ。そを一粒、また二粒、三粒四粒と数ふれば白玉あはれ。掻きよせて十粒に足らず、ひろへれど十粒を出でず。今は早や我は餓(う)ゑなむを、我妻もかつゑはてむを、ましら玉しら玉あはれ。さは云へど米のしら玉、貧しとてすべな白玉、その玉を雀子も欲(ほ)れ、ひもじきは誰もひとつよ雀子も来ては覗(のぞ)き、餓ゑて鳴き、鳴きては遊び、遊びては求食(あさ)り、米食るを、米の玉あはれ。雀来よ、雀来よ来よ、いとせめて啄(つ)めよこの米、ひもじくばふふめこの米、汝(みまし)らが餓ゑずしあらば、うまからば、うれしくかはゆく鳴くならば、白玉あはれ。わがどちはこの我は、わが妻とても、今さらに食さずともよし、食さずともよし。ましら玉しら玉あはれ、しら玉の米、玉の米、米の玉あはれ。 反歌 餓ゑ餓ゑて雀がふふむ米つぶはしら玉のごとかはかなかるらむ
2019.05.24
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後藤瑞義の短歌(404) 5月24日(金) 旧作備忘記録 平成18年3月25日 生きるため努力しているアメーバー 自己保存する本能を持つ 人間は生まれながらの未熟児で泣くしかないし依存しかない 種を残す本能あれば母親に子離れという難問残る 春なれば自ずからなる力満ちわれの内にも青き芽ふくや 依存する障害の子がいるゆえにわれら夫婦の絆強まる
2019.05.24
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歌集「悲しき玩具」(七十二)下書き 後藤瑞義 (注)歌の順序は歌集の順序によります。 引越しの朝の足もとに落ちてゐぬ、 女の写真! 忘れゐし写真! 「引越し」、何時ごろの歌でしょうか。引越しも何回かしているでしょう。たとえば、北海道の流浪の生活に見切りをつけて上京した啄木。東京でも、何回か引越しをしたはずです。東京での引越しを考えました。 前の晩に引越しの片づけをしたのでしょう。啄木のことですから、それほど沢山の家財道具があるようには思われません。本類がやはり多いのでしょう。その本のなかに昔渡された女性の写真をはさんであったのかもしれません。それがぱらりと落ちたのでしょう。その写真は、啄木にとっては「忘れゐし写真!」であったのです。「写真」となっていますが、その女性自身をもすっかり忘れていたのではなかったでしょうか。 明治四十年ころの写真に対する状況はどうだったでしょうか。やはり貴重であり、高価なものであったように推察します。そのような貴重の写真を啄木に与えた女性は、どんな女性だったのでしょうか。北海道の流浪時代、釧路で出会った女性、借金の記録も残っている女性、わたしは、根拠なく芸者「小奴」のことなどを思い出しました。 上京して自分の生活することでいっぱいいっぱいだったであろう啄木を想像します。夜の引越しの準備の時には気が付かなかったのですが、朝になって明るくなって一枚の写真が落ちていることに気がついたのでしょう。それはあんなに世話になった、親密に付き合っていた女性の写真であった。しかしその写真を見たとき、その女性のことをすっかり忘れていた自分に気が付いたのでした。心に余裕のなかった自分の日々を思わないではいられない啄木だったのでしょう。悲しく寂しい時を過ごしていた啄木だったのではなかったでしょうか。まだ家族を呼ぶ前の、単身上京をしているときの、生活に困窮していた啄木を想像しました。
2019.05.23
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5月23日(木) 万葉秀歌(上巻)(51) 、 斎藤茂吉著 巻第二(15) 青駒(あをこま)の足掻(あしがき)きを速(はや)み雲居(くもみ)にぞ妹(いも)があたりを過(す)ぎて来(き)にける (巻二・一三六)柿本人麿 これも、人麿が石見から大和へのぼって来る時の歌、第二長歌の反歌。「青駒」はいわゆる青毛の馬で、黒に青みをおびたもの、大体黒馬と思ってよい。「足掻を速み」 は馬の駈けるさま。 茂吉:一首の意は、「妻の居るあたりをもっと見たいのだが、自分の乗っている青馬の駈けるのが速いので、妻の居る筈の里も、いつか空遠(そらとお)く隔たってしまった、」というのである。
2019.05.23
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渡辺幸一氏の短歌(51) (注)著者はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌 「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまし て精力的にご活躍しております。(ブログ作者) デモ(1) (2009年4月30日発行;世界樹 14号より) デモ隊が怒りにまませ踏み荒らす金融街(シテイ)をプラズム画面は見しむ 金融立国の一つの終着点として火をつけ荒るるデモを見てをり デモ隊が火を放つとき国民は手を叩きけむテレビの前に 火を放ち凱歌をあげてデモ隊はしばし錯誤の勝利に酔へり 新聞に質素倹約訴ふる記事ありイギリス二〇〇九年 (つづく)
2019.05.23
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5月23日(木) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治36年より 花をみて感あり 花を見ていると心が喜びで満たされます、と同時に悲しさがわきます。その艶やかなさまにうっとりとします、またしおれ、散る運命を悲しみます。無常で、はかないこの世の中にあって、美しいものには悲しみが宿ります。「しかし神様のことばは永遠に変わることがない」(ペテロ前書一章二十五節)をわたしは信じています。
2019.05.23
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5月23日(木) 北原白秋歌集(58) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月十日初版 「雀の卵」(5) 米の白玉(1) (一) ましら玉、しら玉あはれ、白玉の米、米の玉あはれ。そを一粒、また二粒、三粒、四粒と数ふれば白玉あはれ。うすき瀬戸白の小皿に幾すくひすくへどあはれ、かそかそと声ばかりして、ころころと音ばかりして、掻き寄せて十粒に足らず、ひろへれど十粒を出でず、かそかそところころと、声するは音するは、空しき櫃(ひつ)の空櫃(むなひつ)の米櫃の底。ましら玉、しら玉あはれ、白玉の米、玉の米、米の玉あはれ。 反歌 米櫃に米のかすかに音するは白玉のごとはかなかりけり(つづく)
2019.05.23
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後藤瑞義の短歌(403) 5月23日(木) 旧作備忘記録 平成18年3月24日 先のこと過ぎ去りしこと皆捨てて今日に生きなん日雇いのごと わたしくしは誰だだれだれ誰なんだ生まれながらのほんとうのわれ フィクションで構築されていないかと常に自問のわが内のわれ(つづく)
2019.05.23
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よみうり文芸 入選歌 やわらかき葉をまといたる山々のおおきなあくび赤子のあくび 下田市 後藤瑞義 (読売新聞静岡版 よみうり文芸 五月二十二日 秀逸 渡 英子 選) (評)冬の季語の「山眠る」を重ねて読ませて頂いた。春の訪れに若葉が萌え出した山々が眠りから覚めてもらす大あくび。無心な赤子のあくびへの連想も楽しい春の讃歌である。
2019.05.22
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5月22日(水) 万葉秀歌(上巻)(50) 斎藤茂吉著 昭和13年11月発行 (注)作品は書籍通りです、解説は簡略化、意訳している場合もあります。(後藤) 巻第二(14) 小竹(ささ)の葉(は)はみ山(やま)もさやに乱(みだ)れども吾(われ)は妹(いも)おもふ別(わか)れ来(き)ぬれば (巻二・一三三)柿本人麿 前の歌の続き。 茂吉:大意。「今通っている山中の笹の葉に風が吹いて、ざわめき乱(みだ)れていても、わが心はそれに紛れることなくただ一向(ひとすじ)に、別れて来た妻のことをおもっている。」
2019.05.22
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渡辺幸一氏の短歌(50) (注)渡辺幸一氏はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌 「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまして 精力的にご活躍しております。(ブログ作成者) 金融街(シテイ)を去る日(4) (2008年12月20日発行;世界樹 十三号より) 肩を並べ木椅子に座して寡黙なる父子(おやこ)を包む時間(とき)のやさしさ この国でわが果てむ日を思ふ時丘越えてゆくしづかなる雲 イギリスの雨を聞きつつささやかな歌誌編みてをり一日(ひとひ)籠りて 新しき野心を持てと言ふごとく風に揉まれて騒(さや)ぐ夏の樹 みづからを鼓舞するために思ひ出す英語の成句“Never say die(弱気になるな)” (つづく)
2019.05.22
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