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6月30日(日) 万葉秀歌(上巻)(93) 斎藤茂吉著 巻第三(24) 田児(たご)の浦ゆうち出でて見れば真白(ましろ)にぞ不尽(ふじ)の高嶺(たかね)に雪(ゆき)は降(ふ)りける (巻三・三一八)山部赤人 茂吉:山部宿祢赤人(やまべのすくねあかひと)が不尽山(ふじのやま)を詠んだ長歌の反歌。「ゆ」は、「より」という意味で、動いてゆく詞語に続く、「打ち出でて」につづく。叙景歌の絶唱である。
2019.06.30
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渡辺幸一氏の短歌(90) (注)渡辺幸一氏はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞 しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまして精力的にご活躍しております。(ブログ作成者) 寂しき詩神(1) (2012年8月25日発行;世界樹 24号より) 朝なさなわが裏庭に鹿が来て木の皮を食ふ季節となりぬ 降り注ぐ粗き光が紅薔薇の花の翳りを深くする午後 誰の名を叫ばむとして立つ人か白き光の溢るる道に 言葉にはならぬ思ひが残る日の風に激しく揉まれゐる楡 日に幾度天気が変るイギリスは一日(ひとひ)のなかに四季を宿して (つづく)
2019.06.30
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北原白秋歌集(101) 中公文庫:日本の9(北原白秋)より 昭和49年十一月詩歌十日初版 歌集「海阪」(1) 道のべの春 きさらぎや多摩(たま)の山方(やまかた)、まだ寒き障子(あかりど)の内、人影の、手に織る機(はた)の、ていほろよ筬(をさ)うつらしき。立ちどまり、うつらに聴けばからりこよ、杼(ひ)の鳴るらしき。三杈(みつまた)の花咲き湿る、山の井よ、下井の水も滴(したた)るらしき。 反歌 障子にすずろにひびく筬(をさ)の音山辺の春はすでに動きぬ
2019.06.30
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6月30日(日) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治37年より われの幸運 わたしは、神様の救済、つまり福音を伝える仕事を授けられました。泣く人からは涙をぬぐってやり、乏しい人へは満たしてやり、愛する人を亡くした人には立ち直る秘術を教える、そうした職務を委ねられたのです。伝道の職を得て、犠牲者のように言う人がいますが、それは間違いです。わたしはどんなに高い地位になるよりは、今の伝道の職を得て喜んで死んでゆけるのです。
2019.06.30
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6月30日(日) 後藤早苗遺歌集「野菜とわたし」(仮称)下書き(2) (順不同) 虫たちもそれぞれ好みがあるらしくカボチャは蜜蜂ばかり集まる ようやくに風邪も癒えたり畑にて夏の野菜の植え場所決める 卵産む紋白蝶も殺虫剤かかる野菜は分かるものらし この野菜安全だよというようにキャベツ畑に卵産む蝶 ブロッコリーの花に群がる蜜蜂に心癒され羽音聞きいる
2019.06.30
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後藤瑞義の短歌(440) 6月30日(日) 歌集仮称「わが妻早苗」(5) (注)妻を詠んだ歌を拾い集めます(製作年月日はほとんど不明です)。 妻病むを口癖にしていささかも責めを己に帰せず過せり 長雨にジャガイモの葉は枯れにけり明日は掘らんと妻に言いたり 毎朝のテレビドラマを二人して観ることいつしか日課となれり 子の着るは妻のセーター小さくも喜んでいる匂いなど嗅ぎ 現状の打開をせんとするわれに透析の妻自閉症の吾子
2019.06.30
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後藤瑞義の短歌(439) 6月29日(土) 歌集仮称「わが妻早苗」(4) (注)妻を詠んだ歌を拾い集めます(製作年月日はほとんど不明です)。 大根を洗いながらに妻の言う少女のような真白な足 動物の野生生態映像に見ている妻よ少女のごとく 入院の妻に持たすと印捺(お)せり身元保証書また手術承諾書 部屋隅にボストンバック二つあり妻の入院準備整う 病持つ妻ありてわれおのづからつつましく日々を暮しゆくらし
2019.06.29
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6月29日(土) 万葉秀歌(上巻)(92) 斎藤茂吉著 巻第三(23) 昼(ひる)見(み)れど飽(あ)かぬ田児(たご)の浦(うら)大王(おほきみ)のみことかしこみ夜(よる)見(み)つるかも (巻三・二九七)田口益人 田口益人(たぐちのますひと)が和銅元年上野国司(かみつけぬのくにのつかさ)となって赴任の途上駿河国浄見埼を通って来たときの歌である。 茂吉:この一首は、「昼見れば飽くことのない田児浦のよい景色をば、君命によって赴任する途上だから夜見た、」というので、昼見る景色はまだまだ佳いのだという意が含まっているのである。
2019.06.29
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渡辺幸一氏の短歌(89) (注)渡辺幸一氏はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまして精力的にご活躍しております。(ブログ作成者) 空(3) (2012年4月25日発行;世界樹 23号より) かく生きて証(あか)すべきことわれにあり母国の語彙で綴りゆく夜 夜半醒めて作りし歌を枕辺の紙に書きつけまた寝(い)ねむとす 障害のある子を親が殺したる日本の事件を長く思へり 障害者の孤独死続く日本の「絆」とふ語を強く疑ふ 責任の在り処(か)を常に糾さざる国なり日本を外から見れば (つづく)
2019.06.29
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6月29日(土) 北原白秋歌集(95) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月十日初版 「風隠集」(17) 竹林逸興(2) さねさし相模の嶺呂(ねろ)に燃ゆる火の夜ははた赤く見ゆる頃かも 夏すでに花穂立ちそろふ巨(おほ)き草西洋大葉子(おほばこ)は吾子(あこ)より高し 竹の根にひとくきあかき曼珠沙華秋季皇霊祭の今朝見つけたり 月よみの光すずしくなりにけり通草(あけび)の莢(さや)はいまだ青きに 影面(かげとも)の棚田の狭霧(さぎり)うらがなしこのごろきけば刈りつぎにけり 氷の罅 梅の蕊(しべ)赤く毛ばだち雨しげし種痘のふれの今朝は来りし (つづく)
2019.06.29
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6月29日(土) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治36年より 無益の文学 第一に貴きものは精神です。その次に貴いものは智識です。わたしたち執筆業に従事している人間は、もし精神を伝えることが出来ないのであれば、智識を提供すべきだす。ですから精神をも伝えることが出来ず、智識をも提供することが出来ず、ただいたずらに人を批判したり世間に媚びている人の文は、まったく無益の文学といえるでしょう。印刷する紙代にも値しないものです。
2019.06.29
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後藤早苗遺歌集「野菜とわたし」(仮称)下書き(1) (順不同) 露に濡れ眠る野菜をゆりおこすやさしき朝の光差し来て なすトマト彼岸というに実りいて秋まき野菜の遅れてしまう 如雨露(じょうろ)持ち畑に行けば野菜たち早く早くと悲鳴をあげる 午前中畑の草取り午後からは庭の草取り今日は草取り 美味しいと言ってもらえるうれしさに食べ切れぬほど野菜を作る 自ずからスイカ畑に足が向き今朝十五個に日付札置く
2019.06.29
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6月28日(金) 万葉秀歌(上巻)(91) 斎藤茂吉著 巻第三(22) 此処(ここ)にして家(いへ)やもいづく白雲(しらくも)の棚引(たなび)く山(やま)を越(こ)えて来(き)にけり (巻三・二八七)石上卿 志賀に行幸あった時、石上卿(いそのかみのまえつきみ)のつくったものであるが、作者の伝は不明で、行幸せられた天皇も、荒木田久老は、大宝二年太上天皇(持統天皇)が三河美濃に行幸あった時、近江にも立よられたのだろうと云っている。 茂吉:旅を遥々来た感じで、直線的にいい下して、相当の感情を出している歌である。
2019.06.28
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渡辺幸一氏の短歌(88) (注)渡辺幸一氏はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまして精力的にご活躍しております。 ささやく声(3) (2012年4月25日発行;世界樹 23号より) 過ぎし日のわが恥と悔い遠景に見つつ六十路(むそぢ)の坂下りゆく 弱りたるわれの心を強く打つ言葉を探し一日(ひとひ)は暮れぬ 群るるなく生き来しことを誇れよとささやく声す寂しき時に 試されて生くる一生(ひとよ)と思ひつつ仰げば深き空の青さよ 幸不幸超えて運命(さだめ)といふものがあると悟れりわが老いそめて (つづく)
2019.06.28
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6月28日(金) 北原白秋歌集(89) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月初版 「風隠集」(16) 竹林逸興 毛のショール照り柔かし卓に置きてうすうすと引けり窗硝子(まどガラス)の影 春まひる向つ山腹(やまはら)に猛(たけ)る火の火中(ほなか)に生(あ)るるいろの清(さや)けさ 春山の尾根もとどろに燃ゆる火のたちまちさびし消ゆらく思へば 向つ山夕冷(ゆうびえ)早しくろぐろと此の面(も)のなだり焼け果てにけり
2019.06.28
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6月28日(金) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治36年より わが救済の希望 わたくしが、もし滅ぼされなければならない宿命の人間であるなら、わたしはとっくに滅亡していたことでしょう。しかしながら、わたしの神様はわたしを多くの危険から救ってくださいました。これまで、このように恵み深くわたしを救ってくださった神様は、将来もきっと救ってくださると確信いたします。わたしの希望は、このような恵み深い神様が常にわたしを守って下さっているとかたく信じていることです。
2019.06.28
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後藤瑞義の短歌(438) 6月28日(金) 仮称「わが妻早苗」(3) (注)妻を詠んだ歌を拾い集めます(製作年月日はほとんど不明です)。 出勤は養護施設に子を託し病院に妻を送りたる後 病身を虐げ農事する妻の汗出づる白き顔のふり向く またわれを呼ぶただならぬ声ひきつける子を胸に抱き妻叫ぶ声 また一人透析の人逝きたるとぽつりと言いて妻受話器置く 「寒いなあ」妻へ言いたりなんとなく何かを言いたき気分になりて
2019.06.28
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後藤瑞義入選歌 NHK全国短歌大会(令和元年6月25日於:伊香保) 沖 ななも選 特選 (渋川市教育長賞) 題詠「温」 生みたてのたまごをにぎり思ひ出づ死にしばかりの吾子(あこ)の温もり 静岡県 後藤瑞義 (評)生みたてのたまごと死にゆく吾子。命というものには温みがある。悲しい歌だが、吾子の命がたしかにあったという実感んが甦ったのだろう。温かさとは生命につながってゆくものなのである。
2019.06.27
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6月27日(木) 万葉秀歌(上巻)(90) 斎藤茂吉著 巻第三(21) 疾(と)く来(き)ても見(み)てましものを山城(やましろ)の高(たか)の槻(つき)村(むら)散(ち)りにけるかも (巻三・二七七)高市黒人 黒人羇旅八首のひとつ、山城の旅。 茂吉:一首の意は、「もっと早く来て見れば好かったのに、今来て見れば此処の山城の高という村の槻の林の黄葉も散ってしまった。
2019.06.27
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渡辺幸一氏の短歌(87) (注)渡辺幸一氏はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまして精力的にご活躍しております。 ささやく声(2) (2012年4月25日発行;世界樹 23号より) 薄き朱に染まり流るる夕雲を映しテムズの川面静けし 父母(ちちはは)のすでにあらざる故郷(ふるさと)に文(ふみ)書くことも 稀になりたり わたつみの小舟のごとくたどきなく妻と異国に老いゆかむとす 部屋ぬちに影なす古き家具たちが何か物言ふ瞬間があり 焦りつつ同じ漢字をいくたびも書き間違へる夢を見たりき (つづく)
2019.06.27
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6月27日(木) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治36年より 伝道師になること わたしは、自分で望んで政治家でも、科学者、詩人、社会の改良家などでもなることは出来るでしょう。しかしながら、わたしは自分で望んでキリスト教の伝道師になることは出来ないでしょう。まず、わたしが伝道師になるためには聖書における大奇跡をすべて事実として信じなければならないでしょう。そして、神様よりその大奇跡を自分自身が受けるのでなければ、真の伝道師にはなれないでしょう。つまり、神様の特別の使命を受けるのでなければ、いかなる人であっても、キリストの福音を真に伝えることは出来ないということです。ですから、神様の使命を受けた人は、この世の中でもっとも恵まれた人ということが出来るでしょう。
2019.06.27
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後藤瑞義の短歌(437) 6月27日(木) 仮称「わが妻早苗」(2) (注)妻を詠んだ歌を拾い集めます(製作年月日はほとんど不明です)。 透析を始めて十年経つ妻が太き血管今は隠さず 透析をしている妻よひっそりと食事の後に薬飲みおり 透析のシャントの手術せしために妻の腕の血管太し 透析の妻の腕にうねれるは血液浄(きよ)めるための血管 今日ひと日無事に過ししこと思う身障の子と透析の妻と(つづく)
2019.06.27
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よみうり文芸 入選歌 機関銃撃つごと草を刈りてゆくカエル、バッタの逃げまどうなか 下田市 後藤瑞義 (読売新聞静岡版 よみうり文芸 六月二十六日 入選 渡 英子 選)
2019.06.26
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6月26日(水) 万葉秀歌(上巻)(89) 斎藤茂吉著 巻第三(20) 何処(いづく)にか吾(われ)は宿(やど)らむ高島(たかしま)の勝野(かちぬ)の原(はら)にこの日暮(ひく)れなば (巻三・二七五)高市黒人 茂吉:黒人作。羇旅歌つづき。これは勝野の原の日暮にあって詠んだので、それが現実的内容で、「何処にか吾は宿らむ」はそれに伴う自然的詠嘆である。この詠嘆は率直簡単なので却って効果があり、全体として旅中の寂しい心持を表現し得たものである。
2019.06.26
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渡辺幸一氏の短歌(86) (注)著者はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまして精力的にご活躍しております。(ブログ作者) ささやく声(1) (2012年4月25日発行;世界樹 23号より) 東欧ゆ出稼ぎに来し若きらが路上で暮らす人となるまで ロンドンに五輪近づき路上よりホームレスらが追はれゆく春 次々と金融事件顕はれて人心とみに荒びゆく国 一枝のミモザの花を甕に挿し北の異国の春をことほぐ 日本の言葉いくつか聞き分くるわが黒犬と花野をゆけり (つづく)
2019.06.26
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6月26日(金) 北原白秋歌集(92) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月十日初版 「風隠集」(14) 水うちて赤き火星を待つ夜さや父は大き椅子に子は小さき椅子に 萩すすきにほふ日頃の親しくて通らせてもらふとなりの道を 隣べは秋いち早し萩すすきながめまさりぬ道をうづみて 外(と)の藪のあかつき雨や玻璃(はり)まどに電球の線の黄に映りゐる 鴨跖草(つゆくさ)に冷やき雨ふるこのあした夕刊と朝刊と濡れてとどきぬ 反歌 隣べの春もをさなしたき火して梅のつぼみをしたしとを見れ (つづく)
2019.06.26
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6月26日(水) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治36年より 天国の一瞥 わたしが見たいと思うのは、ロンドンでもパリでもありません。わたしは天国を実際に見たいのです。天国は簡単に見ることは出来ないでしょう。しかし、天国がはっきり見えたとき、わたしの宇宙観あるいは人生観が一変することでしょう。そのときは道端の草までがわたしのために讃美歌をうたっているように思えることでしょう。そのときこそ、わたしが今まで流した悔し涙は一瞬にして拭われることでしょう。わたしの今まで疑問に思っていたことがすべて分かることでしょう。この世の中がすぐさま楽園となるでしょう、勇気が泉のように湧くことでしょう。すべての恨みは消滅することでしょう。天国をちょっとだけでも見ることによって、魔法の杖を得たように、魔法の呪文を得たようになることでしょう。この世の中がなんと正しく整備されているかが分かるようになるでしょう。
2019.06.26
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後藤瑞義の短歌(436) 6月26日(水) 仮称「わが妻早苗」(1) (注)妻を詠んだ歌を拾い集めます(製作年月日はほとんど不明です)。 書店にて心の和むわれのごと妻は買い物しているだろう 元日は火曜日なれば仕度して妻透析に出でて行きたり ぎしぎしと庖丁を研ぐ妻の背をそっと黙して見ていたりけり 子の危篤を任地に電話せしときの妻よわれより苦しんだろう 透析の妻の腕に盛り上がる命の綱の太き血管
2019.06.26
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編集より(令和元年6月号「賀茂短歌」)下書き佐佐木信綱祭短歌大会 六月八日熱海市の起雲閣で佐佐木信綱祭短歌大会が開催されました。事前にわたしの作品が静岡県歌人協会賞に入賞された連絡がありました。最近短歌大会には出席してなかったのですが、今回は意を決して出席しました。幸綱先生は相変わらずお元気そうでした。県の歌人協会会長の柴田典昭氏、常任委員湯川邦子氏、同じく小池尹子氏、同じく榛葉貞代氏などのお顔がみえました。 歌人今野寿美氏のミニ講演がありました。作歌の心得を話されて参考になりました。つまり、「歌は塔を組むようによみべし」ということです。この言葉は実は佐々木信綱著『歌の栞』(明治二十五年四月 博文館刊)に出ている言葉とのことでした。 その意味は、短歌は塔を組み立てるように、土台をしっかりさせなさい、ということだというのです。そして、その土台になるのは下の句(七、七)だということでした。それについても信綱の言葉を紹介しておりました。それは、「歌は下の句よりよむべき事」ということでした。 幸綱氏とは少なからぬ縁があります。ビギナーズラック(初心者が好成績をおさめる)ですが、三十年くらい前NHK全国短歌大会で特賞(選者賞)に選んで頂きました。そのとき幸綱氏の毛筆でサインされた著書を今も大事にしております。また、昔の教育テレビ(現在のEテレ)で実況放送され家族を驚かせました。そんなことも思い出しました。
2019.06.25
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6月25日(火) 万葉秀歌(上巻)(88) 斎藤茂吉著 巻第三(19) 桜田(さくらだ)へ鶴(たづ)鳴(な)きわたる年魚市(あゆら)潟(がた)潮干(しほひ)にけらし鶴(たづ)鳴(な)きわたる (巻三・二七一)高市黒人 黒人作、覉旅八首の一首。 茂吉:一首の意は、「陸の方から海に近い桜の田へ向かって、鶴が群れて通って行くが、多分年魚市潟一帯が潮干になったのであろう、」というのである。
2019.06.25
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渡辺幸一氏の短歌(85) (注)渡辺幸一氏はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまして精力的にご活躍しております。(ブログ作成者) 空(4) (2011年12月15日発行;世界樹 22号より) 落葉(らくえふ)が腐りて土になるさまを見せつつ森の冬深みゆく 鬱深き日は寝ころびてわれが読む岩波文庫の牧水歌集 三百年前の風雨の匂ひせりコンスタブルの暗き画布より スティーブ・ジョブス逝く 毎日を一生(ひとよ)の終(つひ)の日の如く生きよと言ひしジョブス忘れず 死者ばかり思ひ出さるる暮れ方の雨はやさしき響きを持てり (つづく)
2019.06.25
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6月25日(火) 北原白秋歌集(91) 中公文庫:日本の9(北原白秋)より 昭和49年十一月詩歌十日初版 「風隠集」(13) 初夜後夜(しょやごや)の虫の声こそあはれなれ時のうつりに音(ね)いろ代へつつ 日おもての小竹(ささ)の靡(なび)きは明るけどしきりに涼し秋は来にけり 竹の枝(え)に馬追(うまおひ)啼けり良夜(あたらよ)の涼しきがほどをわれは湯を浴(あ)ぶ 秋は早や小竹(ささ)の根かたに水引(みづひき)のつぶさに紅(あか)しさきにけるかも 夏はまだ夕かげ永き柴(しば)の戸にねもごろふふむ蔦(つた)の花かも(つづく)
2019.06.25
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6月25日(火) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治36年より キリストの奇跡力 「わたしは、わたしに力を与えてくださるキリストにより、すべてのことを成し得ます(ピリピリ書四章13節)。わたしはキリストにより、未来永劫赦すことが出来ないと信じていた讐敵も簡単に赦すことが出来ます。わたしはキリストによって過去に被った侮辱を忘れ、痴者のようになって自分の敵を恩人のように愛することが出来ます。わたしはキリストにより遺恨を自分の心から一掃することが出来ます。わたしはわたしの心にこの大奇跡が施されるのを見て、キリストが神であることを決して疑いません。
2019.06.25
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後藤瑞義の短歌(436) 6月25日(火) 旧作備忘記録 平成18年5月10日(木) 突然の電話の知らせ20首詠啄木コンクールに入賞したり 一握の砂こそわれの短歌なりわれも示めさん一握の砂 砂金でも宝石でもなきただの砂取るに足らざる一握の砂 遊びでも娯楽でもなきわが作歌生きる証(あかし)の苦行にも似る
2019.06.25
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6月24日(月) 万葉秀歌(上巻)(87) 斎藤茂吉著 巻第三(18) 旅(たび)にしてもの恋(こほ)しきに山下(やました)の赤(あか)のそほ船(ぶね)沖(おき)に榜(こぐ)ぐ見(み)ゆ (巻三・二七○)高市黒人 高市連黒人(たかいちのむらじくろひと)の作。羇旅歌八首中の一首。「赤そほ船」は赤く塗った船。 茂吉:一首の意は、「旅中にあれば何につけ都が恋しいのに、沖の方を見れば赤く塗った船が通って行く、あれは都へのぼるのであろう。羨ましいことだ、」といったことである。
2019.06.24
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渡辺幸一氏の短歌(84) (注)渡辺幸一氏はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまして精力的にご活躍しております。(ブログ作成者) 空(3) (2011年12月15日発行;世界樹 22号より) われにまだ見果てぬ夢のあることを思ふ冬虹かかりゆく時 死や虹や花や果実を詠ひたる小中英之逝きて十年 ほの暗き森の奥なる老い樫の枝(え)に吊られたる鞦韆(ゆさはり)ひとつ 風のなき日にもかすかに鞦韆は揺れをり冬の木漏れ日浴びて 死者たちが降り来て遊びゐるならむ森の奥処(おくど)に鞦韆揺れて (つづく)
2019.06.24
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6月24日(月) 北原白秋歌集(90) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月十日初版 「風隠集」(12) 雑草(あらくさ)の花咲き煙る夕月夜まうらがなしも歩きて見れば りりとして鳴く虫の音は夏蕎麦(なつそば)の月の光に闌(た)けにたるらし 山はまたつくつくほうし鳴く声のまねくすずしき秋立ちにけり 茅蜩(かなかな)の啼きづるきけば眉引の月の光し白みたるらし 一つ啼く茅蜩ときくに音につぎてこもごもに啼く朝明(あさけ)の茅蜩(つづく)
2019.06.24
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6月24日(月) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治36年より 信仰の鼎足(ていそく) わたしは聖書と自然と歴史を研究しようと思います。そして、この三者の上にわたしの信仰の基礎を定めようと思います。神様の奥深さと自然の事実と人類のなしてきた実験、わたしの信仰はこれらの三足の上に築いて誤りは起らないと思います。科学的知識でもって聖書を検証し迷信は廃します、逆に聖書をもって科学の行き過ぎを正します。そして、この二つを歴史が示す常識でもってバランスを保つのです。三者は知識の三位一体です、どれ一つが欠けてもわたしたちの知識は円満とならず、わたしたちの信仰は健全とならないのです。
2019.06.24
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後藤瑞義の短歌(435) 6月24日(月) 旧作備忘記録 平成18年5月9日(水) 磔刑(たっけい)をむしろ喜び逝きたるやただ信仰に生きなんとして 給料の金繰り終えて決定すわれ三ヶ月遅らせること 三ヶ月遅れとなるも手にしたる給料袋を持ち帰宅せり ジャスミンの香り漂う街中は黒船祭り一色となる
2019.06.24
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6月23日(日) 万葉秀歌(上巻)(82) 斎藤茂吉著 巻第三(13) 鼯鼠(むささび)は木(こ)ぬれ求(もと)むとあしひきの山(やま)の猟犬(さつを)にあひにけるかも (巻三・二六七)志貴皇子 志貴皇子(しきのみこ)の御歌。皇子は天智天皇第四皇子、持統天皇(天智天皇第二皇女)の御弟、光仁天皇の御父という御関係。 茂吉:一首の意は、「鼯鼠(むささび)が、林間の梢を飛渡っているうちに、猟師に見つかって獲られてしまった、」というのです。
2019.06.23
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渡辺幸一氏の短歌(83) (注)渡辺幸一氏はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまして精力的にご活躍しております。 空(2) (2011年12月15日発行;世界樹 22号より) なかぞらに闘ひありてたちまちに羽根散らしつつ地に落つる鳩 一瞬に命賭けたる鳥たちの闘ひ果てしのちの冬空 さまざまに声変へながら梢より二匹の栗鼠がわれを威嚇す 限りある命生きゆくものたちを見おろし空の雲動くなり 日照雨(そばへ)降る空の遠方(をちかた)ひそやかに色ごく薄き虹かかり ゆく (つづく)
2019.06.23
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6月23日(日) 北原白秋歌集(89) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月初版 「風隠集」(11) 春鵙 おもしろの春や、この朝、花しろき梅のはやしに、をさな鵙(もず)来てををりける。草餅の蓬(よもぎ)よろしと、黄粉(きなこ)つけ、食(は)みつつきけば、いはけなの鵙や子の鵙。ふふみ音の、まだなづむ音の、うぐひすの鵙まねびをる。頬白(ほほじろ)のふりまねびをる。しづ枝(え)ゆり、ゆり遊びをる。移り飛びをる。 反歌 梅おほきとなりやかたは明るくて花のさかりををさな鵙飛ぶ
2019.06.23
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6月23日(日) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治37年より アルファ(始)とオメガ(終) キリスト教で第一に大切なことはもちろん信仰です、第二に善行、第三に智識、第四に礼節、第五あるいは第六、あるいは、第七、あるいは第八、つまり、もっとも最後に信徒を統治するための制度となります。キリスト教のような心霊的宗教におきましては、制度はもっとも最後に数えるべきものなのです。つまり、制度を重要視し過ぎてはいけないと言うことです。宗教のことを言う時、すぐ制度すなわち教会のことを話し出す人は、真のキリストの精神を理解してない人と言ってよいでしょう。
2019.06.23
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後藤瑞義の短歌(434) 6月23日(日) 旧作備忘記録 平成18年5月8日(火) 嘘つきと己を歌う啄木のその真実が迫り来る夜 楽器なく三十一音あるのみの短歌に託す真(しん)の心を 美辞麗句並べる余裕などはなし直の思いをわれ述べるのみ
2019.06.23
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6月22日(土) 万葉秀歌(上巻)(81) 斎藤茂吉著 巻第三(12) 淡海(あふみ)の海(うみ)夕浪千鳥(ゆうなみちどり)汝(な)が鳴(な)けば心(こころ)もしぬにいにしへ思(ほも)ほゆ (巻三・二六六)柿本人麿 柿本人麿の歌。「夕浪千鳥」は、夕べの浪の上に立ちさわぐ千鳥、湖上の低い空に群れ啼いている千鳥。 茂吉:一首の意は、「淡海の湖に、その湖の夕ぐれの浪に、千鳥が群れ啼いている。千鳥等よ、お前等の啼く声を聞けば、真から心が萎れて、昔の都の栄華のさまを偲ばれてならない、」というのである。
2019.06.22
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渡辺幸一氏の短歌(82) (注)渡辺幸一氏はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまして精力的にご活躍しております。 空(1) (2011年12月15日発行;世界樹 22号より) 不穏なる清しさに満ち霜深きイギリスの野の朝明けてゆく ひめやかに詩神添ひ来る時のあり霜深き日の薄明の頃 朝焼けに赤く染まりて流れゆく浮浪(はぐれ)の雲に思ひを重ぬ 朝の野に凍てし炎と見てゐたり霧の中なる楓紅葉(かへでもみぢ)を 残酷にかつ美しく襲ひ来る黒き鳥あり夜明けの空に (つづく)
2019.06.22
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6月22日(土) 北原白秋歌集(88) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月十日初版 「風隠集」(9) 見え来る春 かにかくにうつろふ冬や、隙間洩(も)る風を寒みと、破(や)れはてし家にこもると、はららうつ雨のこまかに、置く霜の置くと解くれば、ふる地震(なゐ)のふると消(け)につつ、おのづから霞立(かすみた)つ日ののどけくなりぬ。 反歌 いつしかとなごみ来(き)ぬらし向山(むかやま)の地震(なゐ)の壊(く)え土萌えかすみつつ (つづく)
2019.06.22
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6月22日(土) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治37年より 教会と信仰 教会は信仰を作りません、しかし、信仰は教会を作ります。教会を作ろうと焦る人の教会は衰えます。神様の信仰を説くことに夢中になっていて、教会のことを考える暇のない人の教会は、かえって盛んになります。このことは、真理であり、事実です。教会自体のことにあまりに熱心になることによって、かえって教会が衰退するのです、注意したいものです。
2019.06.22
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後藤瑞義の短歌(433) 6月22日(土) 旧作備忘記録 平成18年5月7日(月) 音たてて池に沈みし石つぶて意志持つごとく石のつぶやく ぽつぽつと音たて池に沈みゆくもの言えぬ子の投げるその石 二十四となるに言葉を拒む子の思い込めたるぎこちなき手話
2019.06.22
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6月21日(金) 万葉秀歌(上巻)(80) 斎藤茂吉著 巻第三(11) 苦(く)しくも降(ふ)り来(く)る雨(あめ)か神(みわ)が埼(さき)狭(さ)野(ぬ)のわたりに家(いへ)もあらなくに (巻三・二六五)長奥麻呂 茂吉:長忌寸奥麻呂(ながのいみきおきまろ)(意吉麻呂)の歌。神が埼(三輪崎)は紀伊国東牟婁郡の海岸にあり、狭野(佐野)はその近く西南方で、今はともに新宮市に編入される。「わたり」は渡し場。第二句で、「降り来る雨か」と詠嘆して、うったえるような響きを持たせているのにこの歌の中心がある。
2019.06.21
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