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師:原 昇先生の短歌観(三)(昭和五十三年二月十九日静岡県東部歌会において) (平成二十七年七月講演「短歌入門」より:後藤瑞義) (ハ) 歌は、口の歌、耳の歌であること。歌は本来一人のつぶやきであり、嘆きである。口に出して、それを耳に受け止めて、共感を伝えるものであるべき詩だ。それが、散文とは根源的に異なる所である。にもかかわらず、活字文化がすすんで、目の歌となってきた。目によって訴えようと、斬新な語句、難解な語句などを駆使して、一首に晦渋さを与え、時には意味さえ捉らえぬ、精神分裂症ではないかと思われるものを提供して新しいとウヌボレている者さえある。古来、名歌は万人に分かる平明な言葉で表現し、耳から心に浸みとおってゆくものである。(注)晦渋(かいじゅう):言語・文章などがむずかしくて意味のわかりにくいこと。
2019.08.31
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8月31日(土) 万葉秀歌(上巻)(171) 斎藤茂吉著 巻第七 (7) ぬばたまの夜(よる)さり来(く)れば巻(まき)向(むく)の川音高(かはとたか)しも嵐(あらし)かも疾(と)き (巻七・一一○一)柿本人麿歌集 茂吉:一首の意は、「夜になると、巻向川の川音が高く聞こえるが、多分嵐が強いかもしれん、」というのである。内容的に単純であるが、流動的で強い歌。
2019.08.31
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8月31日(土) 北原白秋歌集(158) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月十日初版 歌集「橡(つるばみ)」(1) 風塵四季(1) 牡丹花(ぼたんくわ)に車ひびかふ春ま昼風塵の中にわれも思はむ 春昼(しゆんちう)の雨ふりこぼす薄ら雲ややありて明る牡丹の花びら 白牡丹(はくぼたん)くれなゐ蘊(つつ)みうやうやしこれの蕾(つぼみ)に雨ぞ点(う)ちたる 春日向(はるひなた)牡丹香を吐き豊かなり土にはつづく行きあひの蟻(あり) (つづく)
2019.08.31
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8月31日(土) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治38年より キリスト教国 世の中にキリスト教国というものはありません、またキリスト教国などがあってはいけないのです。キリストは言いました、「わが国はこの世の国にあらず」と(ヨハネ伝十八章三十六節)。キリストの国はこの世に建設されるような性質のものではありません。国境があったり、それを守る兵士がいたり、政府があったり、警察があったり、法律があったり、そんなものがキリスト教の国ではありません。キリストの国は愛の国です、自由の国です、聖霊の国です。キリストを信じる人、一人一人の心の中に存在し、いつかはそれが世界的に広がって、世界的な王国として顕れるかもしれません。キリストの名を使って国を造ることは偽りです。
2019.08.31
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師:原 昇先生の短歌観(二)(昭和五十三年二月十九日静岡県東部歌会において)(平成二十七年七月講演「短歌入門」より:後藤瑞義) (ロ)調べのある歌。三十一音、五句という約束の上の定型詩である短歌は、その約束を最も効果的に使って心の機微を言い尽くさなければならない。叙述であっては、意味が分かるだけのことであっては、浅い、やせた歌となる。いわゆる、巾のある歌、余韻のある歌、かげりのある歌は一首の調べから生まれる。ほんとに喜ばずに居られない、ほんとに悲しまずには居られない――内部衝迫の歌は基本的に調子が韻律が自然と言葉にこもってくる。手の先でねり廻した調子は空調子で却って、歌の品格をそこねる。斎藤茂吉は写実主義、写生主義の大家でありながら、調べは歌の全部であるといっている。どうも最近砂をかむような歌の多いいのは残念だ。
2019.08.30
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8月30日(金) 万葉秀歌(上巻)(170) 斎藤茂吉著 巻第七 (6) 御室斎(みもろつ)く三輪山(まわやま)見(み)れば隠口(こもりく)の初瀬(はつせ)の檜(ひ)原(はら)おもほゆるかも (巻七・一○九五)作 者 不 詳 「御室斎く」は、御室(みむろ)に斎(いつ)くの意味。神を祀(まつ)ってあること、三輪山の枕詞。「隠口」は隠(こも)り国(くに)の意。初瀬の地勢をあらわしたもので、初瀬の枕詞。 茂吉:一首の意は、「神を斎(いつ)き祀(まつ)ってある奥深い三輪山の檜原(ひはら)を見ると、溪谷(けいこく)ふかく同じく繁っておる初瀬の檜原をおもい出す、」というのである。
2019.08.30
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8月30日(金) 北原白秋歌集(157) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月十日初版 歌集「渓流唱」(8) 夏鳥 雲仙ケ嶽つつじ咲き満つけだしくも夏来るらし躑躅咲き満つ 風隠(かざかげ)はいよよしづけさ時経(へ)てぞうつら照り合ふ躑躅花むら 鳥のこゑここださわだつ裾野原富士は花葉の時いたりける 筒鳥(つつとり)の啼(な)き合ふきけば日の曇りほうほうとして芽(め)立(たち)落葉松(からまつ) 山水のたばしる岩に来(こ)し鳥の黄の鶺鴒はたちまち飛びぬ 山がはの岩しづかなる日の曇り大瑠璃(おほるり)のこゑのたちて後消(あとけ)つ (つづく)
2019.08.30
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8月30日(金) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治38年より 神の救済法 善をしなさい、さらに、さらに善をしなさい、善の大軍でもって悪を、悪の小軍を打ち負かしなさい。すなわち、善の量をどんどん増やし悪が無いに等しいほどに少量にすべきです。これが大自然の浄化の法則ではないでしょうか。清い水が大洋ほどあれば五大湖ほどの汚物であっても簡単に浄化出来るでしょう。夜間にたまった汚れた空気も、窓を開けて新鮮な空気が入ればたちまち清浄に出来るでしょう。死に打ち勝つのに生をもってし、暗闇を追い出すのに光をもってする。これが神様の救済法です。ですから、神様の子であったら、悪を砕くのに悪をもってしたり、怨念に報いるのに怨みをもってしたり、暗闇を追い出すのに暗闇をもってするような、愚かなことはなさらないでしょう。
2019.08.30
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師:原 昇先生の短歌観(一)(昭和五十三年二月十九日静岡県東部歌会において) (平成二十七年七月講演「短歌入門」より:後藤瑞義) (イ) 内部衝迫の歌であること。言わずにはいられない歌であること。感動もないのに、あるかのように誇張し、技巧をこらしたものは歌ではない。えせ歌である。真剣に人生を生きることに努めている人間には命の燃焼があり、緊張がある。それは、自ずと湧き出る水のような潜在力をもっている。作歌前の人生を生きる姿勢に問題がある。ペンと紙だけでは解決されない基本問題である。芸ごとのように、趣味のように作歌を考えて居ては、内部衝迫の歌は生まれない。言わずには居られない歌は命そのものの息吹を伝えるので共鳴をよぶ。万葉集や古今、新古今の歌が時空を越えて共感を催させるのは、そうした歌であるからだ。歌は人である。人の心であることを念々忘れまい。
2019.08.29
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8月29日(木)万葉秀歌(上巻)(169)斎藤茂吉著巻第七(5)大海(おほうみ)に島(しま)もあらなくに海原(うなばら)のたゆたふ浪(なみ)に立(た)てる白雲(しらくも) (巻七・一○八九)作 者 不 詳 茂吉:一首の意は、「大海(だいかい)のうえには島一つ見えない、そして漂動(ひょうどう)している波には、白雲が立っている、」というのである。
2019.08.29
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8月29日(木) 北原白秋歌集(161) 中公文庫:日本の9(北原白秋)より 昭和49年十一月詩歌十日初版 歌集「渓流唱」(7) 枯山 雪しろき浅間とぞ思ふ上(かみ)の嶺(みね)けぶり吐きをり今朝はしづかに み雪つみ今朝はきはだつ浅間嶺(あさまね)の噴くけぶり見れば風無かりけり 短日は黝(くろ)き妙義の岩膚(いははだ)の眼にひた迫り暮れてしまひぬ 春の夜を灯(ひ)うつり朱(あか)きことごとは目無し達磨(だるま)の賑(にぎは)ひにして 春いまだ寒き達磨は目の無くて眉ばかりなる色のむなしさ 達磨寺霙(みぞれ)おりつつ灯(ひ)はあかし目無し達磨よ泣きたかるべし (つづく)
2019.08.29
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8月29日(木) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治38年より キリスト信者の善行 キリスト教は人に善をなしなさいとは言いません、善を行う人になりなさいと言います。あるいは、善をなす人にしてくださいと神様に祈り求めなさい。善をしない人はキリスト信者とは言えません。好んで善をする人でなければキリスト信者とは言えないでしょう。善行が自然と行えない人はキリスト信者とは言えないでしょう。キリストの霊が心に深く宿って、わたしは自然と善行をなす人間となるのです。
2019.08.29
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小池礼三氏のこと 下書き 後藤瑞義(「賀茂短歌」令和元年九月号) NHK大河ドラマ「いだてん」に、ロサンゼルスオリンピック の二百メートル平泳ぎで銀メタルを取得した小池礼三氏のことも紹 介されておりました。わたしが小池礼三氏の名前を見たのは、六十年前の高校二年の春だ ったと思います。すなわち沼津商業高等学校の校長室(校長室へ入る経緯については、話が長くなりますので割愛します)でのことでした。 校長室の校長の座る椅子の背後の壁の上段に、畳半畳ぐらいの大き さの写真が飾ってあった記憶があります。そこに、小池礼三氏の名前とロサンゼルスオリンピック及びベルリンオリンピックでメダルを取 得したことが書いてあったかと思います。(これはあくまでも、私の個人的な六十年前の記憶で、そう思い込んでいるのにすぎないかもし れません。写真が掲示されていた正確な位置、場所はあやふやですが、 写真自体はいまも鮮明に思い出します。) 小池礼三氏は高校の大先輩、英雄的な大先輩だったのでした。しか し、小池礼三氏の名前はそれから、すっかり頭の中より消えておりま した。 大学を卒業して十年くらい経った時だったでしょうか、大学のクラ ス会がありました。久しぶりにS君と会いました、そしてS君の方か ら近づいてきまして、関西の有名なホテルに就職していることを話し てくれました。S君は関西の高校の出身ですので、地元に帰られたのかとも思ったのでした。 S君の話は、「いや、会社に大学の先輩で小池さんという常務がい て、厳しいんだ。いつもしごかれてるよ…」、「その常務の出身を調べたら君といっしょの沼津商業高校で、君がなつかしかった…」、そ んなことだったと思います。私は、この時初めて、高校の偉大なる大 先輩小池礼三氏が、自分と同じ大学に入っていたことを知ったのでし た。 その当時、高校の偉大なる先輩が、会社の重役として働いておられ、クラスメートのS君などに発破をかけている姿を想像し、感無量の気 持ちとなったのでした。 当時私は、会社をすでに二度変えていた時期でした。自分は何をや っているのだろうか、とたいへん落ち込んだ気持ちになったのでした。 大河ドラマ「いだてん」に小池礼三役の若者が登場したとき、白い丸 首シャツの胸のところに沼津商業学校(現:沼津商業高等高校)の文字がちらっと見えたのでした。 私は、沼津商業高等高校の出身であったこと、卒業以来一度も高校に は行っていないこと、総会等の通知なども無視し続けてきたことなどを重く思ったのでした。追伸:S君にクラス会で会った後、私は勤めていた会社が解散となり、地元に近い熱海のホテルで二十二年、下田のホテルで八年つごう三十年のホテル勤務となったのでした。偶然そうなったのだとは思いますが…。
2019.08.28
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よみうり文芸 入選歌 住職の唱える和讃聞いている母に抱かるる赤子となりて (読売新聞静岡版 よみうり文芸 八月二十八日 佳作 渡 英子 選)
2019.08.28
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鑑賞:後藤早苗の歌(十二)(歌誌「賀茂短歌」平成二十六年七月~二十七年七月)(平成二十七年七月講演「短歌入門」より:後藤瑞義) 警察の裏のお宅のサクランボ小鳥もここでは盗らぬものらし (二十七年六月) 何か用事があったのでしょう、警察(駐在所)の裏側にあるお宅を訪ねたようです。ちょうどサクランボの時季だったのでしょう、いっぱいにサクランボがなっていたようです。これは、たまたまのこと、偶然に駐在所の裏にある桜の木にいっぱいのサクランボがなっていただけのことでしょう。あるいは、自宅に桜桃があり、小鳥に食べられているのかもしれません。それを駐在所の裏にあるサクランボだから小鳥も盗らないらしいと歌った。ここに作者のユーモアを感じるとともに、やはり作者のなかに警察に対する、あるいは権威にたいする恐れのようなものがあるようにも感じるのです。
2019.08.28
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8月28日(水) 万葉秀歌(上巻)(168) 斎藤茂吉著 巻第七 (4) あしひきの山河(やまがは)の瀬(せ)の響(な)るなべに弓月(ゆつき)が岳(たけ)に雲立(くもた)ち渡(わた)る (巻七・一○八八)柿本人麿歌集 茂吉:一首の意は、「近くの痛足(あなし)川に水嵩(みずかさ)が増して瀬の音が高く聞こえている。すると、向こうの巻(まき)向(むく)の由槻(ゆつき)が岳(たけ)に雲が湧いて盛んに動いている、」というのである。「なべに」は、と共に、に連れて、などの意である。
2019.08.28
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渡辺幸一氏の短歌(150) 「世界樹」38号より(2019年3月24日発行) (注)渡辺幸一氏はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌「世 界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまして精力的にご活躍しております。(ブログ作成者) 参考作品(角川短歌2019年3月号より転載) 離脱(2) 過ぎし日の英連邦の復活を真顔でわれに言ふ人のあり ながらへて女王はつねに湖のごとく静けき笑みを絶やさず 暗雲を吹き払はむと音量をあげてわが聴く「威風堂々」 日本を思ふ Gilets ( ジレ ) jaunes ( ジョーヌ )の記事読みしのち日本の怒ることなき民を思へり ひとしきり語られやがて忘れらるやまゆり園に起きし事件も
2019.08.28
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8月28日(水) 北原白秋歌集(150) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月十日初版 歌集「渓流唱」(6) 多宝塔 信貴(しぎ)の山月明らなりはろばろと真昼は我の飛びわたり来(こ)し 信貴の山榧(がや)のこずゑに照る月のそれまでを見て我やねぶりし 日の照りて水はとぼしきつくばひのうちらのしめり黒くのみあり (つづく)
2019.08.28
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8月28日(水) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治38年より 意志の刷新 わたしたちが必要なのは、境遇の改善ではなくて、意志の刷新です。境遇の改善であれば、人も出来るでしょうが、意志の刷新は、神様でなければ不可能です。「主は言い給う、われは新しき心と新しき霊魂を起こすべし」と(エゼキエル書十八章三十一節)。わたしは自分の心を新しく造り替えられることが必要です。そうした場合、神様はキリストを通して聖霊でもってこの奇跡をわたしの中で行ってくださいます。
2019.08.28
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短歌鑑賞(「賀茂短歌」平成14年3月号より) 「反対ねごめんなさい」と車椅子押すわれに言う癌を病む子は 橋都道子 三月九日に行われた東部歌会において私が一位に選んだ歌です。 「反対ね」が最初読んだ時すぐには意味が理解できなかった。「賛成、反対」の反対かとも一瞬思ったりした。しかし、二回目にはそれが車椅子を押してくれている母親に対する、謝りのことばであると理解できた。本来なら自分が母親を車椅子に乗せて押すのが普通なのに…という気持ちである。それから、癌という言葉はすこし強いのでは、とか考えながら読んでいた。この子供は娘さんだろうとか、年齢は案外若いのではなどとあれこれ空想しながら読んでいた。その時、思わず涙が出て来たのでした。これは、逆縁のことだ、自分が先に死ぬので、それで母親にわびているのだ、と思えたのです。思えば私の長男も親より先に死んでいるのです。娘が癌で親より先に死ななければならない、それを詫びていると思いながら読みかえし、涙が出て来たのでした。作者の感情を一切入れないのがよかったと思います。重い内容の歌は、かえってありのままに、感情をはさまないで述べるのがよいように思います。
2019.08.27
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鑑賞:後藤早苗の歌(十一)(歌誌「賀茂短歌」平成二十六年七月~二十七年七月) (平成二十七年七月講演「短歌入門」より:後藤瑞義) 雉のため作りし野菜でないものを我がもの顔で食べに来ている (二十七年五月) 今作者は畑にいるのでしょう。あるいは、野菜畑の見回りに来ているのかもしれません。そこで、雉に遭遇したのでしょう。それも、野菜を食べている雉に出会ったのでしょう。そこで上の句「雉のため作りし野菜でないものを」の思いが湧いてきたのでしょう。雉が、自分たちのために野菜を作ってくれて有難うとでも言っているように、我がもの顔で食べていたのでしょう。そこに、なにか漫画的なおかしさが感じられるのです。
2019.08.27
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8月27日(火) 万葉秀歌(上巻)(167) 斎藤茂吉著 巻第七 (3) 痛足(あなし)河河(がはかは)立(た)ちぬ巻目(まきむく)の由槻(ゆつき)が岳(たけ)に雲居(くもゐ)立(た)てるらし (巻七・一○八七)柿本人麿歌集 茂吉:一首の意は、痛足河に河浪が強く立っている。恐らく巻向山の高い一峰である由槻が岳に、霧が立ち雨も降っていると見える、というので、既に由槻が岳に雲霧の去来しているのが見える趣である。
2019.08.27
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渡辺幸一氏の短歌(149) 「世界樹」38号より(2019年3月24日発行) (注)渡辺幸一氏はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまして精力的にご活躍しております。(ブログ作成者) 参考作品(角川短歌2019年3月号より転載) 離脱(1) 名誉ある孤立をめぐり国論の割れて危ふきイギリスに住む 縺れ鳴る寺院の鐘の谺して老大国の冬暮れてゆく 職を棄て母国へ帰る人多しEU離脱の刻 ( とき )が迫りて 資本論理の矛盾が生みし階級の高き壁あり眼には見えねど 同盟を解けば必ず襲ひ来る通貨下落を身構へて待つ (つづく)
2019.08.27
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8月27日(火) 北原白秋歌集(154) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月初版 歌集「渓流唱」(5) 秋夕夢(3) 乏しくも足りてこそあれ山人はただにつかへむ山河(やまかは)にのみ 小河内村つひにむなしか声のみて寒き朝日に手をつかねつつ 我が族早(うから)や滅ぶべし寒食(かんじき)と漬菜噛みきらむ力すらなし 大菩薩(だいぼさつ)雪雲くらし眼は遣(や)りてこころ恋ほしき丹波山村 犬が噛む轍(わだち)の薄氷(うすひ)はりはりと音ひびくなりこの寒の土に 朝けぶり立つ野良見れば家居してまた事もなし大蔵ここは (つづく)
2019.08.27
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8月27日(火) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治38年より さらに可なり 悪を矯正することはよいことです。しかし、もっとよいことは善を勧めることです。古くなったものをこわすこともよいでしょう。しかしもっとよいことは、新しく築くことです。罵(ののし)るのも時にはよいでしょう、しかしもっとよいことは、教えることです。憎むこともあってもよいでしょう、しかしもっとよいことは、愛することです。「なんじら悪に勝たるるなかれ、善をもって悪に勝つべし」と言われます。キリスト信徒は積極的な人間です、ですから常に積極的に世の改善を計ります。
2019.08.27
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後藤瑞義 入選歌 その昔松陰漕ぎし湾内を水上スキー波しぶきあぐ 下田市 後藤瑞義 (読売歌壇 八月二十六日 入選 小池 光 選)
2019.08.26
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鑑賞:後藤早苗の歌(十)(歌誌「賀茂短歌」平成二十六年七月~二十七年七月) (平成二十七年七月講演「短歌入門」より:後藤瑞義) 捜せども見つからなかったふきのとう畑の隅に急に出てくる (二十七年四月) 今年は天候異変で作物の成長が遅いようです。一日の朝昼の温度差、または寒い日が続いたと思うと突然温かくなったりしました。そんな理由で、蕗の薹もなかなか見つからなかったのでしょう。それが、急に畑の隅に出ていた。土手とかではなく「畑の隅」というところが、偶然性を強調しています。作者は土手とか色々なところで蕗の薹を探したことでしょう。そして、見つからなかった。あきらめて畑仕事に精を出し、思いもみなかった畑の隅に蕗の薹を発見したのでした。最後に、この歌の注意ポイントは、蕗の薹が「出ている」ではなく、「出てくる」というところです。ここにちょっとした謎があり、この歌の魅力となっています。「働いていればそのうち良いことがある」とまではいわなくても、何か作者の心に浮んだものがあったように思うのです。
2019.08.26
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8月27日(火) 万葉秀歌(上巻)(167) 斎藤茂吉著 巻第七 (3) 痛足(あなし)河河(がはかは)立(た)ちぬ巻目(まきむく)の由槻(ゆつき)が岳(たけ)に雲居(くもゐ)立(た)てるらし (巻七・一○八七)柿本人麿歌集 茂吉:一首の意は、痛足河に河浪が強く立っている。恐らく巻向山の高い一峰である由槻が岳に、霧が立ち雨も降っていると見える、というので、既に由槻が岳に雲霧の去来しているのが見える趣である。
2019.08.26
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渡辺幸一氏の短歌(148) (注)渡辺幸一氏はイギリス在住、第41回角川短歌賞を受賞しています。 掲載につきましては、許可を受けました。 渡辺幸一氏は、郷隼人氏をはじめ海外在住の歌人をご自身の短歌誌「世界樹」(自費出版)で紹介したり、海外歌人のまとめ役としまして精力的にご活躍しております。(ブログ作成者) 「世界樹」38号より(2019年3月24日発行) 悼・西岡徳江氏(1) ゆくりなく君の逝去を知らされて苦き寂しき酒に酔ふ夜 闘病の君を励ますわが歌を贈りしこともすでに遥けき 闘病の苦をひとことも漏らさずに明るかりけり君の手紙は 北米の風と光を「世界樹」へ歌に託して送り来し人 志高く保ちて北米の歌の熾火を守り抜きたり 子供らに短歌先生と慕はれぬコロンバス日本語補習校にて 日本語と詩への思ひが溢れゐし朗読シナリオ『補習校の四季 神に拠り死と向き合ひて晩年は深く澄みたる歌を残せり 今もまだ電子メールで徳江氏の歌稿が不意に届く気がする 天界に歌語りなどしてをらむ高橋はるゑや海野よしゑと(高橋はるゑと海野よしゑは北米短歌の先達。ともに故人)
2019.08.26
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8月26日(月) 北原白秋歌集(153) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月十日初版 歌集「渓流唱」(4) 秋夕夢(2) 物のほろび早や感ずらし夜のくだち狢(むじな)がどちも声をひそのめ 山川を愛(かな)しと思へばかくのみに遠(とほ)の祖先(みおや)の声ひびくがに 鹿嶋のや神にいさめの笛つづみ小河内の族(ぞう)も今は失せなむ 春山の小峡(こがひ)の湍(たぎ)の日のたむろ家居群れつつ人は在(あ)り経し 堰(せき)の戸は末(ま)だ堰(せ)きあへね山水の瀬々のたぎちもいつか絶えなむ(つづく)
2019.08.26
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8月26日(月) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治38年より 忍耐の業=伝道 伝道はまさに忍耐の勝負です。つまり、福音の種を蒔いてその生育をじっと待つことです。それ以外のことはありません。雄弁ではないです、交際でもありません、学識でもありません。忍耐です、一にも忍耐二にも忍耐、三、四がなく五に忍耐です。「そはもし倦むことなくば、われら時にいたりてかならず収穫を得るであろう」(ガラテヤ書六章九節)。 たとえ、どのようなことにおいても才能があり、欠けるところがない人であっても、忍耐がない人は、決してこの伝道の仕事はしてはいけないでしょう。
2019.08.26
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鑑賞:後藤早苗の歌(9)(歌誌「賀茂短歌」平成二十六年七月~二十七年七月) (平成二十七年七月講演「短歌入門」より:後藤瑞義) おどおどと新幹線の列につくここでいいのか不安持ちつつ (二十七年三月) 新幹線にも、こだま、ひかり、のぞみなどと色々種類があります。作者はもちろん下田に住んでいますので、帰りはこだまに乗って、熱海で下りる必要があります。それでないと、最悪名古屋まで行ってしまいます。旅なれない作者なのでしょう、帰りの新幹線の列にならびながら、こだまはここでいいのだろうか、ひかりやのぞみではないだろうかと、不安を持っている姿が想像されます。作者はあえてこのような作品、自分は御上りさんですよといった告白めいた作品を作ることに、正直に自分の姿を表現することに、ある短歌の美学のようなものを感じているのかもしれません。啄木などの作品にもこれに似た作品あるいは作風にめぐりあいます。
2019.08.25
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8月25日(日) 万葉秀歌(上巻)(165) 斎藤茂吉著 巻第七 (1) 春日山(かすがやま)おして照(て)らせるこの月(つき)は妹(いも)が庭(には)にも清(さや)けかりけり (巻七・一○七四)作 者 不 詳 作者不詳、雑歌、詠月である。 茂吉:一首の意は、「春日山一帯を照らしている今夜の月は、妹の庭にもまた清く照っている、」というのである。
2019.08.25
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渡辺幸一氏の短歌(147) 「世界樹」37号より(2018年3月15日発行) EU離脱(3) 難民を酷使する地下経済があることもまた事実のひとつ たましひの故郷を求め聖戦(ジハード)に加はる移民二世らがをり テロといふ行為に賭けて幻影のごとき母国のために死にゆく ロンドン市長のサディック・カーンはパキスタン移民の子である。 中傷の言葉しづかに押し返すイスラム教徒の市長カーンは 報復と称しモスクを襲ひたるキリスト教徒のことも悲しき (つづく)
2019.08.25
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8月25日(日) 北原白秋歌集(152) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月十日初版 歌集「渓流唱」(3) 秋夕夢(1) 秋霖雨(あきづゆ)や多摩(たま)の小河内(をがうち)いやふかに雲立ち蔽(おほ)ひ千重(ちへ)の鉾杉 山沢や水の幽(かす)かに棲(す)みつけば水(すゐま)馬は細しひとり清(す)ましぬ うたたねの夢に顕(た)ち来(こ)しおもかげは山女魚(やまめ)にかあらし秋の水の香 秋霖雨(あきづゆ)の湯気と夜霧や家並(いへなみ)の数いくらあらずラムプ点(つ)けつつ 水底(みなぞこ)とつひに沈まむみ湯どころ小河内の村に一夜寝にけり (つづく)
2019.08.25
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8月25日(日) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治38年より 金力を要せざる事業 世の中に資金を必要としない一大事業があります。それは、キリスト教の伝道事業です。一冊の聖書と少しでも信仰心があれば、自然と天から伝道する力が降って来て、この世を天国にする道を説くことが出来るのです。外国の教会より資金を得なければ伝道できないと思うことは間違いです。伝道は物を売ることでも、物を作ることでもありません。伝道は霊力でもって人の霊力を大きくすることです。わたしは、キリストと共に、日本の人を救うのに外国の資金を必要とすることはありません。
2019.08.25
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歌人魂について(平成二十三年「賀茂短歌」一月号より) 後藤瑞義 私は、昨年の県の短歌大会で、次の三首の歌の選評をしました。 下半身の麻酔なかなか醒めなくて人魚のごとく夜の海に浮く 亡き夫の椅子におおきな文旦を据ゑて眺めてふふふと笑ふ 夫と子に話しかけつつはつかなるたのしみもあり盆棚整ふ 一首目(鷲巣錦司作)は、多分手術をして病院のベットの上にいるのだと思うのです。そうした境遇のなかで、人魚を思い、夜の海を思っているのです。 二首目(榛葉貞代作)は、夫を亡くしたこと自体には触れないで、文旦(ザボンの一種)に笑いかけるというものです。 三首目(原川みさ作)も、夫や子を亡くしたことに触れないでまるで生きているように、「話しかけつつ」と言っています。やはり悲しみを乗り越えた人の歌です。 選評をしているとき、ふいに歌人魂という言葉が浮びました。そして、その言葉は、この三首の歌に共通する何かを言い当てているのではないかと思ったのです。 境涯詠などという分類も西洋の思想が入ってきた明治以降のことなのでしょう。 西洋の思想の一つの特徴は物を分けるということでしょう。分類し、分解し、分析します。科学的と言ってもいいでしょうか。 短歌でも、正確に描写することの大切は言うまでもありません。しかし、私はどうも物足りなさを感じていたのです。 与えられ境涯を西洋的にリアルに切りとるだけではなく、現実は現実として受け止め、その後に立ち上がってくるものを歌う。苦しければ苦しいほど負けじ魂のようなもので苦境を歌い飛ばす精神。前にあげた歌はなにかそんな感じを与えてくれました。この気持ちをどのように表現をしてよいか迷った私は、とっさに歌人魂などという言葉を口走ったのではなかったかと今思っています。
2019.08.24
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鑑賞:後藤早苗の歌(8)(歌誌「賀茂短歌」平成二十六年七月~二十七年七月) (平成二十七年七月講演「短歌入門」より:後藤瑞義) 弟を荼毘にふす日に一輪の河津桜がひっそりと咲く (二十七年二月) 実弟であるか義弟であるかは、この作品だけではわかりませんが、自分より年若い身内の死です。死者を火葬する日に一輪の河津桜がそれもひっそりと死者を悼むように咲いていたといった気持ちでしょうか。方(かた)や死者の火葬の炎、方や早咲きの濃い桃色をした河津桜の咲いたばかりの一輪の花、一首の中に生と死をうまく取り込んでよい歌になったと思います。
2019.08.24
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8月24日(土) 万葉秀歌(上巻)(164) 斎藤茂吉著 巻第六 (14) 児等(こら)しあらば二人(ふたり)聞(き)かむを沖(おき)つ渚(す)に鳴(な)くなる鶴(たづ)の暁(あかとき)の声(こゑ) (巻六・一○○○)守 部 王 聖武天皇天平六年春三月、難波宮に行幸あった時、諸人が歌を作った。この一首は守部王(もりべのおおきみ)(舎人親王(とねりのみこ)の御子)の歌。 茂吉:一首は、「もし奈良にのこして来た嬬(つま)も一しょなら、二人で聞くものを、沖の渚に鳴いて居る鶴の暁のこえよ、何ともいえぬ佳い声よ、」という程の歌である。
2019.08.24
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渡辺幸一氏の短歌(146) 「世界樹」37号より(2018年3月15日発行) EU離脱(2) 誰もみな心足らはず苛立てり国の未来の姿見えねば 名誉ある孤立などなしまさびしく金融街を染むる夕焼け あまたなる人種の中にまぎれつつわが生きざまを貫かむとす 経済の理(ことわり)なれば耐へてをり通貨下落の起こすインフレ 仕事なき男ら群るるロンドンのアラブ街区に砂塵舞ひ立つ (つづく)
2019.08.24
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8月24日(土) 北原白秋歌集(156) 中公文庫:日本の9(北原白秋)より 昭和49年十一月詩歌十日初版 歌集「渓流唱」(2) 水戸頌 山かげの君が門田の水(み)さび田はまだ凍(し)みつきてくろき刈株 円刈(まるがり)の幾むら躑躅(つつじ)春あさし早や開(あ)けはなつ楽寿楼見ゆ 日向辺(ひなたべ)も寒き躑躅の群立(むらだち)は影多くして岩にしたがふ 石に添ふ霜凍(しもじ)み躑躅ここだくを明るしと見るは日の明るのみ (つづく)
2019.08.24
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8月24日(土) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫より) (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治37年より キリストに到るの道 キリストの心はは広大無辺で、だれでも彼を救い主として仰ぐことが出来ます。キリストに到る道は、教会によることも出来ますし、教会によらなくても彼の宝座(みくら)に近づくことが出来ます。ですから、キリストを独占するような教会も僧侶も存在しません。キリストに到る条件はただ一つあるだけです。それは、砕けた心だけです、打ち砕かれた心を持った人ならば、だれでもすぐにキリストの懐に入ることが出来ます。
2019.08.24
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鑑賞:後藤早苗の歌(7)(歌誌「賀茂短歌」平成二十六年七月~二十七年七月) (平成二十七年七月講演「短歌入門」より:後藤瑞義) 広告を何度も見てはこれと決め明日は伊東のユニクロに行く (二十七年一月) 下田にはなかなか良い洋品店がない、あるいは値段的な問題もあるかもしれません。そこで伊東まで買いに行くのでしょう。広告を見てと書いてありますから、広告に気に入ったものがあったのでしょう。「何度も見てはこれと決め」と書いてありますから、ただ無目的で店に行って良いものがあったら買って来ようということではないのです。なにしろ前の日に広告を何度も見てこれと決めて買いに行くという作者のオーバーに言えば決死の覚悟みたいなものを感じます。女性は、いや女性に限らないかもしれませんが、買い物ひとつにもこれほどの情熱をこめられるのかと感心します。
2019.08.23
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8月23日(金) 万葉秀歌(上巻)(163) 斎藤茂吉著 巻第六 (13) 御民(みたみ)われ生(い)ける験(しるし)あり天地(あめつち)の栄(さか)ゆる時(とき)に遇(あ)へらく念(おも)へば (巻六・九九六)海犬養岡麿 天平六年、海犬養岡麿が詔に応えまつった歌。 茂吉:一首の意は、「天皇の御民である私等は、この天地と共に栄ゆる盛大の御世に遭遇して、何という生き甲斐のあることであろう、」というのである。「験」は、効験、結果、甲斐等の意味となる。
2019.08.23
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渡辺幸一氏の短歌(145) 「世界樹」37号より(2018年3月15日発行) EU離脱(1) イギリスがEU離脱決めし日の透りて青き空を忘れず 街角にバイオリン弾く白髪(はくはつ)のヤツェクもポーランド移民のひとり 移民らを見る目たちまち変はりゆくEU離脱決まりたるのち 「福祉泥棒」などと移民をうちつけに罵る人の声にたぢろぐ いづこにか薄く冷たき刃(は)を秘むる空気を肌に感じつつゆく われに向け擦れ違ひざま中指を立てて蔑(なみ)する白人に遭ふ (つづく)
2019.08.23
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8月23日(金) 北原白秋歌集(145) 中公文庫:日本の詩歌9(北原白秋)より 昭和49年十一月十日初版 歌集「渓流唱」(1) 渓流唱(1) 行く水の目にとどまらぬ青水沫鶺鴒(あをみなわせきれい)の尾は触れにたりけり 事も無し冬の朝日に岩づたふ黄の鶺鴒の一羽をりつつ 岩づたふ黄の鶺鴒の影見れば冬の明りぞ澄みとほりたる 眼は向ふ大きかぐろき岩づらの上(かみ)のたぎちのひといろの渦 狩野(かの)の瀬や網代(あじろ)立て並(な)め堰(せ)く水の音のしづみに冬はふけなむ (つづく)
2019.08.23
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8月23日(金) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治37年より 愛の十字軍 わしは何をもってこの世の中を救いましょうか、鋼(はがね)の剣ではいたしません、また正義の言葉だけでもってしようとも思いません。天国における喜びを人々に与えることによって救いたいと思います。そうです、「新しい愛の心の強い力」をもって、世のすべての低い卑しい情欲を排除し、これに代える天の崇高な心持をもってしようと思います。異端者を撲滅するために十字軍は起こしません、傷つける人々を癒すための乳香を与えようと思います。わたしは愛と歓びと望みとをもって世の中を征服しようと思います。わたしは、夏の灼熱、冬の冽凍(れつとう)とを避けて、春陽の和気に世を緩和しようと思うのです。
2019.08.23
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短歌鑑賞(永田和宏の一首)下書き 俺の辞書を折って使うな、どの辞書も妻の折りたる跡ばかりなり 「百万遍界隈」 永田和宏 わたしがことさら言うまでもなく、夫婦は、もともと他人同士です。それが時に些細なことから、その現実を突き付けられることがあります。もっとも、この歌で詠われていることがらが、些細のことであるかどうかわたしが言える立場にはないでしょう。 「妻」、奥さんは言わずとしれた、高名な歌人の河野裕子さんです。主婦に歌人にと八面六臂の活躍をしていましたのでお忙しかったでしょう(現在は故人となられています)。なにしろ歌人としては、スター的存在でしたので、テレビ、雑誌、新聞、あるいは講演と多忙な時を過ごしたように聞いています。辞書を調べている途中で別の用事が入ったりすることも多く、辞書に折目をつけてしまう、そうしたことを想像します。ただ、忙しさだけのことであれば、作者永田和宏氏も細胞生物学者で大学教授、もちろん高名な歌人ですので忙しさは同様であったと思われます。 作者永田和宏氏にとっては、辞書はわからない言葉やわからない意味を知るだけのものではなく、貴重なもの、大切なもの、知らないことを教えてくださるもの、大袈裟に言えば辞書に宝物的価値を感じているように思いました。ですから、色々な辞書を集めていらっしゃったように思われます。「俺の辞書」とことわっているところも注意しました。一方奥さん河野裕子さんの方はといいますと、辞書はあくまでも、ものを調べるためのツール(道具)と考えていらっしゃるらしいということです。ですから、ご主人の多くの辞書に作歌上ずいぶん助けられたことが想像されます。それは、あくまでも実用的な意味で、利用価値があったということでしょう。作者と奥さんの辞書の取り扱い方について、どちらが正しいかといったことではなく、価値観の違いであったり、育った環境の違いであったり、生き方の違いであったり、もっと人間の根本的な問題をも含んでいるように思いました。作者は希望するように奥さんに辞書を扱ってもらえない、長い間の夫婦生活で、一種のあきらめのようなものを、私はこの歌から感じたのです。作者はこのような歌を作ることによって、あるいは心のカタルシス(浄化)をしていたのかもしれません。それが夫婦円満の秘訣だったかもしれません。歌人同士で、おしどり夫婦のように見えた、河野裕子さんと永田和宏さんご夫婦の間であっても、生活をするうえでは、やはりこのような行き違いがあったのでしょう。
2019.08.22
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鑑賞:後藤早苗の歌(6)(歌誌「賀茂短歌」平成二十六年七月~二十七年七月)(平成27年7月講演「短歌入門」より:後藤瑞義) 御嶽山の噴火する前描きしか穏やかな山の稜線を見る (二十六年十二月) 御嶽山、今年九月二十七日突然噴火して、六十数名の命を奪ったことは記憶に新しいことです。その御嶽山の名の付いた絵画があったのでしょう。その絵の中の御嶽山には煙がなく穏やかな稜線が描かれていた。その絵をしみじみと作者は見ているのでしょう。春の御嶽山でしょうか、夏でしょうか、あるいは秋の紅葉の絵でしょうか。どちらにしましても、色あざやかな御嶽山が描かれているのでしょう。そして、作者はテレビ報道などで見た煙を噴いている灰色の山の景色とを重ね合わせているのかもしれません。その御嶽山の激変ぶりを見て、あるいは人の世の無常なども感じているのかもしれません。
2019.08.22
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8月22日(木) 万葉秀歌(上巻)(162) 斎藤茂吉著 巻第六 (12) 振仰(ふりさ)けて若月(わかづき)見(み)れば一目(ひとめ)見(み)し人(ひと)の眉引(まよびき)おもほゆるかも (巻六・九九四)大伴家持 大伴家持の作った、初月の歌。家持の最も早期のもの、十六歳ぐらいの時か。 茂吉:一首の意は、「三日月を仰ぎ見ると、ただ一目見た美人の眉引のようである、」というのである。少年向きの美しい歌である。
2019.08.22
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