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詩集「バタフライ効果」(1)著者:金指安行(下田市在住、著者の第三詩集)発行:二○一八年十一月三十日発行所:ルネッサンス・アイ発売元:白順社 アマゾンの蝶 厚い雲が半島にかかっているあしたは雨の模様キャスターが順を追って状況を説明している一連の要因を上げ以前の観測と照らし合わせて 蝶の羽ばたきが少しずつ大気を変え巡り巡って遠くの空に雨雲をもたらすのだとこの「バタフライ効果」という本当のような嘘の話 予測できない未来に向かって私たちは観測する占いに頼り確かな要因を繋ぎ合わせカオスの中に一つの法則を見出そうとする 小さな差異を血眼になって探している異なる顔立ちに似通っている何かを探す そのようにして私の言葉があの人の心を和ませあの人の子供まで明るく変えて行くとしたら私も罪のないアマゾンの魔術師一匹の蝶になって大空を舞うだろうに詩集 バタフライ効果 / 金指安行 【本】
2019.02.28
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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治35年より 福音と社会 わたし(内村鑑三)は、福音(広辞苑:イエス・キリストの説いた神の国と救いの教え)は、社会のためにあるのではなく、逆に社会が福音のためにあると思うのです。わたしは、神様は世の中を救うために福音を世の中に下したのではなく、福音にあらわれた神様の御心を世の中に実際にあらわそうとするために下したのだと思っています。福音は目的であって、社会はその手段だと思うのです。キリスト教が社会改良を目的とし、福音がそのために必要だという考えはキリストのみ心に反しているとわたしは思います。(後藤:福音が先であって、それにもとづいて自然と社会は改良されると言うことでしょうか。福音が先で、社会改良は後と言うことでしょうか。)
2019.02.28
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明石海人歌集 白描(201) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 翳(二)(33) 天秤(2) 暗がりの天井にひろがる赤き花はらら燃えあがり燃えくづれ失せぬ 家の棟もさかさまになる夜の底に寝返りすれば骨きしむなり 跫音をぬすむおとなひ夜もすがら簷をめぐりて我をうかがふ わが窓にともし灯ばかり遺る朝をけだものどもはもう知つてゐる
2019.02.28
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後藤瑞義の短歌(320) 2月28日(木) 旧作の備忘記録 出稼ぎ(1) 出稼ぎの夜久びさに電話する子らの争う声が聞こえる 用のなき電話すまじと誓いしに受話器を取りて思い出したり 出稼ぎを帰り抱けば幼子は痛いと言いぬ言いて泣き出す 出稼ぎの社員食堂自づからわれの座れる位置定まりぬ 出稼ぎの夜帰りたるアパートの独りの部屋にひとつ窓あり
2019.02.28
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二月号歌評下書き(「賀茂短歌」2月号) 後藤瑞義 鈴木菊江 大らかに天城の槌音うたいたる(しに)歌友は逝きて春の雨ふる (評)原明男さんへの挽歌として読みました。原さんは白浜から天城山を越えて伊豆長岡にある順天堂大学病院へ通っていました。折から縦貫道の工事が天城山の北麓と南麓で行われています。病院への道すがら、徐々に形になってゆく工事を見ていたことでしょう。「大らかに天城の槌音うたいたる」はその辺の事情を詠んでいると思います。原さんが亡くなられたのは昨年の十月でした、その原さんが亡くなられて、冬が過ぎ、暦の上で春となりました。まさに今、「春の雨」が降っています、作者は亡き歌友原さんを思い出しています、そしてその「春の雨」はあるいは作者の温かい涙なのかもしれません。ところで、「うたいたる歌友」と「うたいしに歌友」とどうちがうかを考えたいと思います。 「うたいたる歌友」:「たる」は「たり」(口語で、うたった)の連体形ですから、「歌」に続きます。ですから、大らかに天城の槌音を歌った友は、亡くなり、今春の雨が降っているといった感じでしょうか。 「うたいしに歌友」:「し」は過去の回想の助動詞「き」の連体形で、「しに」(大らか天城の槌音をあのとき歌ったのに)とここでいったんここで終止します。過去を回想する「うたいしに」が余韻があって、わたしは好きです。 黒田幸子 我が家にも太く立派な大根が出来て切干しの手仕事のあり (評)今年は大根がよく育ったのでしょうか。近所の畑もよく育っていたのでしょう。お一人で農作業をなさっいる作者、それほど作物に期待はしていなかったかもしれません。しかし、「我が家にも太く立派な大根が出来て」なのでしょう。さて、この大根をどうしようと色々考え、長持ちをする切干大根にしようとしたのでしょう。寒いから家の中で出来る仕事、切干をつくる手仕事、一石二鳥の気持ちなのではないでしょうか。暇つぶしにもなりますし、実益にもなるようです。「切干しの手仕事のあり」、仕事のあることの有難さが伝わって来ます。わたしなども、短歌にたずさわっていられることを幸せに感じています。 小池美恵子 重ね着の一枚づつを剥ぐように老人の記憶は身軽になれり (評)重ね着自体は老いにふさわしいでしょう。年とともに寒さは身にこたえます。ですから、年とともに自然と厚着をするようになります。作者はこれにヒントを得たのでしょう。記憶の方は年とともに忘れてゆく、つまり身軽になってゆくということでしょう。これが、重ね着の一枚づつを剥ぐようにという比喩になったのだと思います。年齢を軸に片や肉体的なもの、もう一方は精神的といいますか目に見えない記憶ということ、これをうまく対比して一首にまとめられています。感心しました。 年取ると共に、忘れやすくなります。物忘れは、年齢とともに誰もが多かれ少なかれ体験するもので、病的になると認知症ということになるのだと思います。ですから、私は一種の恐れをもってこの問題に向かいがちです。ところが作者は、前向きといいますか、プラス思考といいますか、「身軽になれり」と詠っています。それが、素晴らしいと思いました。 鈴木きみ 三十年務めたほうびに旅行券母と連れだち箱根路の旅 (評)まず、「連れだち」ですが、原作ですと「徒然」となっていました。「徒然」:つくづく思いにふける。なすこともなくものさみしい。つくづく。…では意味が通じないように思いました。お母様と連れ立って箱根の旅に行ったのだと思います。三十年務めた褒美の旅行は、はからずも母への親孝行の旅行でもあったのでした。作者のうきうき感が伝わってくるようです。 土屋文恵 早鐘のごとき鼓動の治まらぬ床(ゆか)に臥す夫顔色失せて (評)これは実際に体験した状況を感情を抑えて詠って、臨場感があります。「早鐘のごとき鼓動」が多少あるふれた表現かも知れません。「床」が「とこ」ではなく、あえて「ゆか」になっている点に注目しました。次に「臥す」とありますから、「とこ」を連想するわけです。これは、突然具合が悪くなって、その場で床の上に横になったのでしょう。「顔色失せて」にその尋常でないことが分かります。下の句の語順について、「顔色失せて床に臥す夫」とどちらが良いかは、一考をしても良いと思いました。名詞止も余韻が残りますから。
2019.02.27
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2月27日(水) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治35年より 世に憎まれる者 世の中を最も愛するのに、世の中の人から最も憎まれる者が真のクリスチャンであるとわたしは思います。世の中に最も多くの利益を与えるにもかかわらず、まるで世の中になんの益するところがないように思われる者が真のクリスチャンであるとわたしは思います。真のクリスチャンは世の中を深く愛するけれど、そのことが世の中の人の嫌うところとなるのです。真のクリスチャンは世の中に利益を与えることがあまりに多いけれど、そのことが世の中の人が嫌うところとなるのです。真のクリスチャンは世の中の人から嫌われて良いのです、それが真のクリスチャンの資格ですから。
2019.02.27
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明石海人歌集 白描(200) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立 沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 翳(二)(32) 天秤(1) 頭蓋骨剥いでしまへばわが脳の襞はうつくしく畳まれてゐむ あるときは神も悪魔も光らせしこの眼の球と手にのせて看よ わがために南無阿弥陀仏と言ひし夜も人は眠るかその夜のごとく たましいの寒がる夜(よる)だ眠つたらそのまま地獄に堕ちてしまふ夜(よる)だ (つづく)
2019.02.27
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後藤瑞義の短歌(319) 2月27日(水) 旧作の備忘記録 わが家の天使 (6) 限りなくわれを愛する神がいて障害の子をわれに授けし 子を思う親心とは何なるか子のためになら死なん心か 掛け替えのなき一瞬と思うとき自づと息は深くなりたり 満足をせんと俄かに思いたち大きくひとつ息を吸いたり
2019.02.27
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2月26日(火) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治35年より 誰にか往(ゆ)かん シモン・ペテロがイエスに答えました、「主よわたしたちはあなた様より離れて誰のところにに行きましょうか、あなた様は永遠の命の言葉をもっておられます。あなた様こそ神様の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています。」(ヨハネ伝六章六十八節)と。わたしはイエス・キリストを離れて仏教徒になりましょうか、儒者になりましょうか、スピノーザに教えを乞い哲学者になりましょうか。ハイネに師事して詩人になりましょうか。財産を増やし蓄えることを一生の目的としましょうか。政治にわたしのすべをそそぐことを満足としましょうか。確かに、イエス様を信じるうえで幾多の苦難があるかもしれません、しかし永遠の命の言葉をもっておられる方はイエス様をおいてほかにおりません。わたしは、イエス様を捨て去ってイエス様の施される恩恵に優る幸福を得た人をわたしは知りません。
2019.02.26
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明石海人歌集 白描(199) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立 沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 翳(二)(31) 裏街 まつすぐに露路の正面へ日が落ちる光に行けば足音たかし 石塀のなかほどにある裏木戸の小さき見れば人の憎めぬ 街なかのとよみ一瞬鳴り歇んで太陽の嘘が空にひろがる 曇り日の土のしめりに湧いてくるしんじつのなかに蟲が芽を喰ふ 速く来て遊びすごした童心の悔を蹈みつつあてどもあらぬ 硝子戸はびしんと閉まりつかの間をひるがり消えるむなしさに澄む 夜もすがら青い臓腑をひき殺す情け容赦に泣き叫びつつ (つづく)
2019.02.26
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後藤瑞義の短歌(318) 2月26日(火) 旧作の備忘記録 わが家の天使 (5) 歯を磨かず顔も洗わぬ三郎は清潔でない誠実なんだ 自閉児のわが子を汚れしもののごと扱いしなり有体に言えば 不潔など存在しない心障の三郎の世界輝きおらん われのみに頼るかたちに縋りつく障害の吾子生涯の吾子 障害のわが子が施設に戻りし日開放されたる哀しみがある
2019.02.26
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2月25日(月) 明石海人歌集 白描(198) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 翳(二)(30) 光陰 墜ちてゆく穴はずんずん深くなりいつか小さい天(そら)が見えだす 草の葉にかたむく天(そら)を手にうけて冬を眠りの土に入りゆく まのあたり狙ひに息をつめたるがたまらなく何か喚きたくなる いちめんの壁の厚きに囲まれて今日のきのふの歌うたひ居り 雲の背に青いランプを灯(ひとも)して空(うつ)ろな街がまた呼んでゐる 夜の星のその一つには触れかねて樹に寝る鳥の命おびやかす ぬくもりの失せた掌を月に拍つ午前零時の時計台の上で (つづく)
2019.02.25
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2月25日(月) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治35年より 扇動と救済 社会を扇動することによって新しくすることは出来ません。(つまり、武力革命などで社会を改革することはできないでしょうというのでしょう。:後藤)扇動は塵を飛ばし、泥を 汲み揚げるにとどまるでしょう。扇動の効力は汚濁の存在を示すことにとどまります。それ以外の効力はありません。社会は愛する心でもって新しく改まるのです。人の罪を赦し、その罪を自分の身に担うことによって社会は清まります。贖罪(和解、赦し)は社会改良唯一の方法です。これによって、キリストは私の罪をゆるしわたしを清めてくれました。わたしもキリストにならって、贖罪によって社会を清め改革したいと思っています。
2019.02.25
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後藤瑞義の短歌(317) 2月25日(月) 旧作の備忘記録 わが家の天使 (4) 母親の笑顔が好きで自閉の子妻が笑えば遅れて笑う わが家(や)には天使がおれば台風も避けてくれたりそう妻に言う 自販機でジュースを買うを覚えたる子は眠りおり硬貨にぎりて 子の着るは妻のセーター小さくも喜んでいる匂いなど嗅ぎ 三郎をサブさんと呼びサブと呼びサブちゃんと呼びサブコロとよぶ(つづき)
2019.02.25
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明石海人歌集 白描(197) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 翳(二)(29) 秋日記 あかつきの風が投げこむ花の束いつか季節はびしびし清らか 梧桐の昼は旺んな陽のにほひあらぬ肢体がゆらゆらと撓む いつしかに狙ひ撃う気になつてゐるそのするどさをはつと見返へる ぬぐへども潔まらぬ掌のまのあたり日輪はまた赤く溺れる 脱走の夜ごとの夢はおづおづと杳(とほ)き団樂(まどゐ)の灯を嗅ぎまはる あきらめか何かわからぬ褪せた血が凩よりも暗く流れる (つづく)
2019.02.24
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2月24日(日) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治35年より 神の器具 わたしには罪があります。ですから、神様はわたしを罰し給います。しかしながら、わたしが罪深い人間であることは、神様がわたしを用いるのになんら障害になりません。神様は霊の力をもって簡単にわたしを清めて下さいます。神様はわたしの愚かさを霊の力で賢くして下さいます。わたしの弱さを使って神様はご自分の強さを表し給います。土塊(つちくれ)でもって人間を創造し、生命を吹き込んでくださった神様は、わたしを神様の御霊(みたま)を盛る器にしてくださいます。
2019.02.24
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後藤瑞義の短歌(316) 2月24日(日) 旧作の備忘記録 わが家の天使 (3) もの言えぬわが子の発する叫び声こころのこもることばと届く 施設より子の戻り来て週末を安眠できると妻は喜ぶ 自閉児のわが子とドライブするときにドラマのような沈黙がある 茜差す雲を頭上にミレー作「夕べの祈り」のごとき子とわれ 空染める夕日に向かい海中を分け行くように走る子とわれ
2019.02.24
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短歌鑑賞(柏崎驍二の一首) 開く花がまだわが内にあるのだといふことにして美術館出づ 「四十雀日記」 柏崎驍二 縁がありまして、わたしは、この作品の鑑賞をすることになりました。 短歌を鑑賞するには、作者を知っていることが大変助けになります。しかし、残念 ながら、私はこの作者をほとんど知りません。また、この一首以外に作者の作品を 読んでいるかもしれませんが、いま思い出せない状態です。インターネットで調べま すと、岩手県在住の歌人で、長く高校の国語の教師をなされていたようです。また、 現在最大の結社である「コスモス」(白秋系、宮柊二創刊)の選者をしているようで す、いや、既に平成二十八年に亡くなられているようです。 前置きが長くなりました、鑑賞にはいりましょう。前置きに書きましたように作者に ついての予備知識のないわたしは、鑑賞には直感のようなものに頼るしかありませ んでした。 この作品を一読しまして、わたしは次の言葉を思い浮かべたのです。それは、 「ひと花咲かす」という言葉でした。まだ、遅くないこれからでもひと花咲かせられるかもしれない。作者はそう思ったのではないかと感じたのです。ただ、問題は「あるのだということにして」です。ここは、作者を知っている人なら、別の解釈をするかもしれません。いやこの歌全体がわたしの思い違いかもしれません。しかし、あえて自分なりに、直感にもとずきまして鑑賞してみます。「あるのだということにして」について、わたしは、作者の照れのような気がしたの です。美術館でなにか大きな衝撃を受けた作者を考えました。たとえば、自分より 十も二十も歳の多い、高齢な画家の若々しい絵画を見たのです。自分にはまだ十 年ある、二十年ある、これからだ、これからひと花咲かすことが出来るかもしれな いといった感慨をもったのではなかったでしょうか。しかし、自分の心の中を人に 悟られないように、「ということにして」とつぶやきながら美術館を出たのではな かったでしょうか。自分の本心を言った後で、「…なんちゃって」と照れるのと類似することばとして、「ということにして」をわたしは考えたのです。なかなか複雑な心理状態であることは確かでしょう。自分の本心を素直に表せない、しかし抑えきれない、それに対し て「わかった、わかった、そういうことにしよう」と自分の本心をなだめているもう一人の自分、常識人として世間体を常に気にする自分、心の中で二人の自分が葛 藤している姿もまた想像できるのです。
2019.02.24
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2月23日(土) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 聖望 わたしがしようとしていることは、わたしが死んだ後消えてしまうようなものではなく、神様とともに死んだ後も消えてしまわないもの、そういった事業をすることです。わたしは、わたしの短い一生を今後永続するであろう世の中に役立つものとしたいのです。キリストを信じることによって、恵まれることは、わたしのような弱い欠点の多い人間であっても、神様のしようとしている素晴らしい偉大な事業の一部分をなす事が出来るという喜びです。
2019.02.23
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明石海人歌集 白描(196) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 翳(二)(28) 秋涼(2) 甘藍は鉛のごとく葉をたれぬ暮れてひさしき土のほてりに あかつきの干潟の砂はなめらかに不意にするどい狂気の懼れ 天地の虔しむなかをまぐはひつつ日月は黄金(きん)の谺に響けり(日蝕) 襲ひ来る翳あはただし天地にいやはての日の莫しと言はなくに(つづく)
2019.02.23
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後藤瑞義の短歌(315) 2月23日(土) 旧作の備忘記録 わが家の天使 (2) 子を託し養護施設を出ずる時明るき職員の声の聞こえり 出勤は養護施設に子を託し透析の妻送りたる後 今週は迎えに行けぬと施設の子に伝えたけれどその手段なし 今に来る迎えに来ると施設にて子は待ちおらんわれは行けぬに わが知らぬ世界のなかで自閉症病む子は神と遊びいるらし(つづく)
2019.02.23
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明石海人歌集 白描(195) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 翳(二)(27) 秋涼(1) 里ちかく生れいでては法師蝉月の無常に魘されもする ことごとく髪ふり乱す島に来てかたみに白き名残をくだく 夢に見るものの象(かたち)のせつなさは古き仏の頬(ほ)にも触(さわ)りぬ けだものら巳にけはひて青草の宵のいきれにわが血はにごる (つづく)
2019.02.22
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2月22日(金) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 神の助 神様を信じなさい。そうすれば、あなたの必要に応じてすべての善いものを恵んでくださいます。その方法は、あるいは天からの思想でもって、あるいは思わぬ友人をもって、あるいは身に降りかかるすべての思わぬことによって恩恵を与えてくれるのです。ですから、あなたの今の境遇を嘆いたりする必要はありません。現在の境遇でもって、自分はこれまでだと決めないでください。神様を信ずる力こそがあなたの力なのです。多くを望むことも可能です、神様の力は計り知れませんから。神様はあなたが多くを望んでくれることを待っているのです。
2019.02.22
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後藤瑞義の短歌(314) 2月22日(金) 旧作の備忘記録 わが家の天使 (1) 自閉症患いわが子は苦しいか頭を振って壁打ち叩く 血の滲む拳差し出す自閉の子父見てくれと言わんばかりに いかにせん夜中に騒ぐ自閉児の子を寝不足で施設に戻す 施設へと自閉児わが子を送る道「お花きれい」と言えばうなずく 薬物を投与されずに大人しく施設におれとわが子を祈る
2019.02.22
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明石海人歌集 白描(194) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 翳(二)(26) 七月(2) 窓のない白牙の市街が現はれて海に半日君臨してゐる 活栓に堰きとめられし水勢のあてどもあらぬ我が忿(いか)りなり 二・二六事件 叛乱罪死刑宣告十五名日出づる国の今朝のニュースだ 死をもつて行ふものを易々と功利の輩があげつらひする (つづく)
2019.02.21
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2月21日(木) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 最も貴いもの 富と権力より素晴らしいものは、智識です。しかし、智識より素晴らしいのは道徳です。しかし、道徳より素晴らしいのは、信仰です。しかし、信仰より素晴らしいのは、愛する心です。愛する心が強い人は宗教心も強く持っているでしょう。愛する心の強い人は、上品で道徳心もあるでしょう。愛する心の強い人は、知識も博学となるでしょう。ですから、富も権力も愛する心のある人に自然と備わるようになるでしょう。そうです、この世の中で最も貴いものは、愛する心なのです。
2019.02.21
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後藤瑞義の短歌(313) 2月21日(木) 旧作の備忘記録 夜警(3) 灯すなく今日を終えたる客室の闇に懐中電灯向ける ひと本の光の柱立ちにけり懐中電灯空に向くとき 犬のごと嗅ぎて歩めと教えらる夜間警備の心得として 深ぶかと夜警のわれに会釈して若きコンパニオン暗闇に行く 事なきを当然などと思ふまじ夜警となりて思い至れり 新しき世紀幸あれ夜明け前の闇照らしゆく夜警のわれは
2019.02.21
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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 伝道唯一の方法 伝道の方法をあれこれ話す人は多いですが、しかしそれを聞いていますと、あまりにも考えが淺いことに驚きます。福音の唯一の方法は福音をありのままに受け止めて、その正しさを確信し、飢えるようにそれを待っている人々に提供することにとにあります。福音の正しさを確信する心が乏しいのに伝道をしようとする人が多いのです。この人たちは、売る商品がないのにどのように売るかを考えるようなものです。
2019.02.20
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明石海人歌集 白描(193) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 翳(二)(25) 七月 水上に仔魚孵りて村々の樹立に清き雨灑ぐなり 隅もなき真昼の照りにひたむかふこの図太さは大地なりけり 真昼にはパナマあたりに跨つて白い森林を大陸に見む 隣人が我をうとむは年久し今は命をみづからが悪む (つづく)
2019.02.20
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後藤瑞義の短歌(312) 2月20日(水) 旧作の備忘記録 夜警(2) 次つぎに非常扉を巡回す夜警のわれのなす任務にて 癖を持つ鍵の施錠もいつしかに慣れたり夜警の職を得しわれ 白みゆく外の空気を吸いにけり今日の最後の巡回終えて 一日のはての幸い無事夜警終えて帰宅をせむひとときは 夜警とう小さき営為も意義あらむ平和を守ると人に言わねど 暗闇に向いて行かな夜警われ懐中電灯一つ携え(つづく)
2019.02.20
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よみうり文芸 入選歌 独り居の庭に降り立ち水仙に何か言いたき心もちする 下田市 後藤瑞義 (読売新聞静岡版 よみうり文芸 二月二十日 入選 渡 英子 選)
2019.02.20
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2月19日(火) 明石海人歌集 白描(192) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 翳(二)(24) 水無月(2) 立雲のなかに砕けるわらひ声蟹も小蛸も憑れて走る 蝉は鳥を夜は蝉を追ひ森のなかに我が影ばかりうろつきまはる 青蛙なきてやみたる日のさかり仙人掌の痛きに触りゐる わが弾丸(たま)は空に逸(はや)れど青羊歯の茂みに落つる声々もなく (つづく)
2019.02.19
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2月19日(火) 「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より わが社会改良法 人は直ちに社会を改良しようとします、しかしわたしは人を改良して社会を改良しようと思います。人は直ちに人を改良しようとします、しかしわたしはキリストを通して人を改良しようと思います。ですから、わたしの社会改良法はたいへん遠回りのように見えます。しかしながら、過去二千年の人類の歴史に照らしてみて、わたしの改良法は最も確実で結局近道であることを知ります。
2019.02.19
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後藤瑞義の短歌(311) 2月19日(火) 旧作の備忘記録 夜警(1) 通勤の群れ歩みいていつ知らに職なきわれのひとり遅れる 静脈の太く浮きたる妻の手を見ていたりけり職の無きわれ いっぱいに鋏をひらき沢蟹の道を横切る身構えあわれ 身を虫に刺され作歌をせしと言う茂吉を思う夜警詰所に(つづく)
2019.02.19
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明石海人歌集 白描(191) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 翳(二)(23) 水無月(1) 窓による日ごとの影のうつろひのきはまるはてに翅をひらく かの島の罌粟の実青くふる雨か往き交ふ船のけうとき無言(しじま) 空のをち根雪のごとくのこされて木草に凝る胚も思はず 短夜のしじま険しく山梔の酸ゆき毒にも染みかねにつつ (つづく)
2019.02.18
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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 意志の作用 神様によりて思い、神様によりて動き、神様によりて休息する、これがキリスト信者の生涯です。自分の意志はただひとつ神様の意志に従うように自分自身をコントロールすることに使い尽くすことです。神様の大きな意志でもってわたしの小さな意志に代えて、神の手足となって行動するのです。神様の意志は自由にわたしを使って、なお膨大な意志を有します。
2019.02.18
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後藤瑞義の短歌(310) 2月18日(月) 旧作の備忘記録 会社清算(5) 幾千の花に忙(せわ)しき蜜蜂を羨(とも)し見ている職のなきわれ 一枚の枯れ葉は今し散りにけり葉の元いまだ青味帯びつつ ひたぶるに打ちては散れる波を見に来しわれなるか断崖に立ち 潮風をまともに受ける断崖の磯菊の花石蕗の花 潮風に揺れるをむしろ喜ぶや陽に水仙の歌声がする 黒雲の覆いたる空うっすらと朝の光が割りて漏れくる(つづく)
2019.02.18
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明石海人歌集 白描(190) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立 沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 翳(二)(22) 新緑(2) 己が貌(かほ)ふと見わすれし物怖(おそ)れ紫陽花の花の黄なるをにくむ 襲ひ来る青鱶鮫の双の目を刄もてつらぬくま昼まのわらひ まざまざと白い葉並を軋ませてもろこし畠に夏は砕ける 伊エ紛争 アイーダの歌ものがたり杳(はる)かにて沙漠の国は亡ぶ時に知らる (つづく)
2019.02.17
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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治34年より 善きこと三つ ○健康のみが善いことではありません。病気も善いことです。人の同情を知ったり深くものを考えるようになるのは病気の時に起るのです、多年の怨みも一朝の病気のために氷解することがあるのです。 ○得することのみが善きことではありません。損することも善いことです。お金の損失によって利欲の枷(かせ)が取り去られ、いままで見えなかった神様のことだとか天国のことだとかが心の眼に映ることがあるのです。 ○愛されることだけが善いことではありません。憎まれることもまた善いことです。みんなの期待が取り去られることによって、わたしは初めて死と未来に望みを託し、神と聖人を友にすることがあります。
2019.02.17
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後藤瑞義の短歌(309) 2月17日(日) 旧作の備忘記録 会社清算(4) ベンチにて一人憩えるわが靴に止まれる蝶の動くともなし 職あぶれベンチに座るわがかたえたどきなき子猫一匹寄り来 近寄れる子猫にサンドイッチ投ぐ昼のベンチに独り座りて 海見える小公園のベンチにて昼を眠れる職のなきわれ 皎皎(こうこう)と月の光の降りそそぐふる里の川夢に見ている
2019.02.17
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明石海人歌集 白描(189) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立 沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。翳(二)音楽 昨日こそ四方が失せたと目をさまし空には無頼の花びらばかり つぎつぎに覘く指尖ほそくなりあげくは夢に紛れてやみぬ この上は槍を投げ込め太陽も鴉も消える真昼間の穴 軽戦車重戦車など遠ざかり花びらを啖 ( く )ふ小犬と私 行きちがふ甲板 ( デッキ )に灯もす人ふたり間の波間に僕は沈んだ なめくぢの縞はつぶさに見えながら翔 ( と )びもならない朝の疳癪 (つづく)
2019.02.17
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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治35年より 信仰の目的物 平和を望む必要はありません、キリストを望みなさい。一致することを望む必要はありません。キリストを望みなさい。熱心さを望む必要はありません。キリストを望みなさい。平和も一致も熱心もすべてキリストにおいて存在します。キリストは信仰の目的物であり、キリストはすべての善の所有者です。わたしたちは、如何なる困難にもめげず克服することによってキリストに至ることが出来ます。キリストはすべての善きものを有していますから、キリストによってわれわれはそれを手に入れることが出来ます。
2019.02.16
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後藤瑞義の短歌(308) 2月16日(土) 旧作の備忘録 会社清算(3) 仰向けに炬燵に臥してガラス戸を移りゆく雲ただ眺めいつ 職無くてテレビ見おれば舞台より歌手深ぶかとお辞儀をしたり 黄の帽子かぶり通学せる子等のなかに逝きたる長男はいぬ 灯を消して闇に安堵の息を吸うかくあらまほし死への旅路も 職探しさ迷うわれか炎天に蚯蚓一匹干乾びている 舗装路に潰されている蝸牛こころやさしきもののごとくに(つづく)
2019.02.16
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明石海人歌集 白描(187) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 翳(二)(19) 病閑(2) 春の絖(ぬめ)いちやうに眼をひらきわれも絵具もはじかれてゐる 干潟には鐘が鳴るなり捕られても浅蜊は浅蜊脊中を合はす 野茨のみだれに影をくづしては夏を呼びつつ青空を踏む ともすれば春になじまぬ今日このごろ空に鳴きつつ菜の花も見ず (つづく)
2019.02.15
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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より 信仰の実力 (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治35年より 自身の弱さを思って、とても出来ないと思えば、決してなしえることはないでしょう。神様の強さを頼りてなしえると信じれば、かならずなすことが出来るでしょう。「あなたの信じるようにあなたになされる」と主なる神様は言いました(マタイ伝九章二十九節)。神様の無限の力を頼りてあなたたちはあなたたちが信ずるようにすべてのことをなすことが出来るでしょう(ピリビ書四章十三節)。
2019.02.15
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後藤瑞義の短歌(307) 旧作の備忘記録 会社清算(2) くり返しのきかざる一世(ひとよ)すでにしてもみずる齢となりたるわれか ひたぶるに二十五年を勤めたりいま清算をわれも迎える 舗装路に轢かれし犬は横たわる四本の足を美(は)しく揃へて 水涸るる川にお游げる鮠(はや)の子の危うきさまを橋より見つむ 職の無き昼は炬燵に大の字に臥しいて天井をしばし見詰むる
2019.02.15
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明石海人歌集 白描(186) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 翳(二)(18) 病閑(1) 猫のごとあさく眠りて朝々の足音ばかり選(え)り好みする おのが掌(て)の皺など見ねばひたすらに鳥の鳴く音に雲を恋ひつつ ひとしきり入日をわすれ声をわすれ鴉ふたつの春のあらそひ 空はもうかすんでゐるのにこの朝の海へ落ちこむ沢山の蝶(つづく)
2019.02.14
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「内村鑑三書簡集」(岩波文庫)より (注)文語を口語に、わたしの意訳箇所もあります。 明治35年より 不幸の極 病気になってもわたしはかまいません。ただ、神様のみ心を知りたいと思います。貧しくなってもわたしはかまいません。ただ、神様のみ心を知りたいのです。人に憎まれてもわたしはかまいません。ただ、神様のみ心が知りたいのです。わたしがもっとも不幸に思うことは、神様のみ心を知ることが出来ないことです。わたしは、病気を怖れません、わたしは貧しさを怖れません、わたしは孤独を怖れません、わたしはただ神様に捨てられて、神様のみ心が伝えられないことを怖れます。神様どうかわたしにどんな苦しさを与えて下さってもよろしいですから、あなたさまのみ心をわたしから遠ざけないでください。
2019.02.14
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後藤瑞義の短歌(306) 作成年月日不明 旧作の備忘記録 会社清算(2) くり返しのきさざる一世(ひとよ)すでにしてもみずる齢となりたるわれか ひたぶるに二十五年を勤めたりいま清算をわれも迎える 舗装路に引かれし犬は横たわる四本の足を美(は)しく揃へて 水涸るる川にお游げる鮠(はや)の子の危うきさまを橋より見つむ 職の無き昼は炬燵に大の字に臥しいて天井をしばし見詰むる
2019.02.14
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明石海人歌集 白描(185) 岩波文庫より (注)明石海人(本名野田勝太郎)は、大正7年沼津町立沼津商業学校(現:県立 沼津商業高等学校)卒業で、私の先輩であることを知りました。 翳(二)(17) 春冷(2) 緒(いと)にぬけばみんな硝子になつてゐるそんな歌しかわたしは知らない 今はもう笛も吹かない掌を黄なる菌に埋めてねむる 後退(しさ)りゆく家並よ橋よ太陽がのぼらぬ朝を人はおもはず 器には昨日のごとく飯(いひ)を盛るならひに老いて繰る夢もなく ひたすらに待ちてかぼそき日もありぬほぐせば青き花芽ながらに (つづく)
2019.02.13
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