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ハイカラな西洋風の身なりや、生活様式に対し 否定的な価値判断から、オンボロ学生服に マント、破れた学帽、高下駄、腰に手拭いという 独特な身なりをした、旧制高等学校の生徒らが バンカラの発端である 帝国大学の入学前の高等教育機関として、設立を された旧制高校は、男子の国民道徳を充実させ 高等普通教育を完成する事を、目的していたが 旧制高校の定員と、帝国大学の定員は同じ位で 卒業さえすれば、どこかの帝国大学には無試験で 入学できたそうだ その為に勉強はそこそこに、いわゆるエリート層の 子弟らは、学生生活を大いに、謳歌をしたようで 1年ダブルと男爵、2年は。。。と爵位も上がり 6年いても卒業できずに退校になると凱旋将軍! 「檸檬」の梶井基次郎は、第三高等学校に進学を するが、荒廃をした生活を送り、ずらりと不可の 並んだ成績で、5年がかりで高校を卒業。それでも 東京帝国大学の文学部英文科に進学出来るのね~ 肺病を患わなきゃ文人になれないと豪語し、事実 若くして肺結核のため亡くなったそうだ ストイックそうな三島由紀夫の場合は、さすが! 旧制学習院高等科の成績は、体育が中上ぐらい 他は上、優、甲ばかりで、首席卒業だけある ヒマラヤ杉に囲まれたあがたの森には、かつて 旧制松本高等学校が創設をされ、大正時代に 建築をされた当時の校舎や講堂は、信州大学 文理学部に移行されて後、現在も市の公共施設と して利用され、この春に国の重要文化財の指定が 決まったそうだ 斎藤茂吉の息子である、作家であり精神科医 熱狂的な阪神タイガースファンであったという 北杜夫が、空襲の激しくなった東京を離れて 旧制松本高等学校の思誠寮でのバンカラな 生活ぶりを、著書「どくとるマンボウ青春記」で 描いている。むむむ、あのラーメンってこれ? 試験の科目を障子に書いて、終わるたびバリバリ 破りぬいていく・・・確かにすごいぞ~。普段は 勉強をしないから一夜漬けなんだろうな。たぶん 妻夫木聡主演の映画「さよならクロ」では、ここの 講堂がお葬式のシーンに使われているそうだが 当日は、盛大にクラフトフェアが行われており 人があふれかえっていた 世界一幸せな犬のクロは、実在をしたそうで 職員会議に出席し、授業の見回りをし、夜間の 警備の巡回についてまわっており、当時の職員 名簿に名前ものっていたそう。クロの住みついた 松本深志高等学校は、地域有数の進学校であり クロも闊歩した校舎も残されていた ちなみにまんぼうラーメンの食堂も、この映画で 登場をしているそうだ。こりゃ借りてこなきゃ! 長瀬智也の白線流ししかチェックしてなかったもん こちらは高校野球で有名な、松商学園高等学校の クラシカルな校舎が、ロケ地に選ばれている 穏やかな春の日、のんびりとアートな時間に ひたりながらも、バンカラな文士のエネルギーを 感じつつ、イケメン俳優の顔ばかりが目に浮かぶ 平成19年5月26日松本市内で撮影
2007年05月30日
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昨年の夏には、緑しかなかったような 松本城の春は、美しい花に彩られていて 華やかな雰囲気に包まれていた。今年は 松本市は市制施行100周年。様々な イベントが予定をされている 週末には、長野県とその周辺を通る街道が 育てた歴史や文化を再発見するイベント 「信州夢街道フェスタ2007」が行われ 松本市重要有形民俗文化財の舞台(山車)の 展示などもされていた 全国の観光協会や業者が集い、各地の ミスの皆さんもイベントに花を添えられて いたのだが、う~~む、美しいミスの横に ある「全国B級グルメグランプリ?」 さすが富士宮のやきそば!! なんて言ってる 暇に、湘南方面のミスが休憩に入って、写真 取り損ねました 日本にとどまらず海外のグルメのブースも あって、愛地球博でも話題になった、トルコ アイスをぱくり。のび~~~~~~~~る 海の無い県のイベントに移動水族館もやって きて、親子連れが長い行列を作っていた ちくわ人間も発見! 3年前に購入したデジカメは、バッテリーが 100枚程しかなく、旅行などで不満も多く 手振れの失敗写真が多い私としては、これを 娘に譲り、4月に新しいデジカメを購入をした 一眼レフはかさばるので、今回もコンパクト カメラにしたのだが、薄暗い城内を雰囲気を 壊さないために、フラッシュ無しで撮影した 写真なんだけど、ぶれてない! 二つの日記を 見比べると、たった3年でえらい進化だ 普段が風景しか撮影していないので、ここの 売りの顔認識機能をオフにしてたので、ミスの 顔を少しミスったかも。ちゃんとオンにして おけばよかった。せっかくの最新の機能も 使う人間がこうだと意味も無い 風景写真では、あまり違いはわからないが リスクのある場合にこそ、本領発揮といった ところだろうか。マクロ撮影なども距離が 縮まり、バッテリーも300枚程に増えて これで旅行でも安心にばしゃばしゃ出来る 購入の決め手は、アユよりオダギリジョーが かっこいいからという訳でなく、昨年秋の 発売のわりには、今も大人気の機種であり シンプルなデザインも、私好みだったしね 平成19年5月27日撮影 今年の桜の頃の松本城の写真は、以前の ナカタの頃のデジカメで撮ったもので、この クラスにしては、画質の良さで定評もあった 今では、娘の自炊のお料理写真で活躍中! 平成19年4月12日撮影
2007年05月28日
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ロックフィルダムで、堤高161メートル総貯水容量の6億6千万トンは、浜名湖の約2倍にもなる日本最大規模の徳山ダムはすでに貯水も始まって、旧・徳山村もまた水底に消えていったその目的は、揖斐川沿岸の水害など治水対案や愛知、岐阜県への上水道、工業用水供給であるらしい。しかし計画当初は水力発電だったといい時代が変わるにつれ、ダムの目的も変わっておりその必要性自体を、疑問視する一部の声もあった 岐阜県揖斐郡の山奥にあった徳山村は、ダム 建設計画にともない、村民らは1985年に 故郷を離れ、2年後には廃村となった その徳山村にあった古民家、旧宮川家住宅が 岐阜県百年公園に移築をされている。入り口には ひゃ~、マムシに注意!? 園内にある岐阜県博物館では、昨年春に 88歳で亡くなった「カメラばあちゃん」 増山たづ子さんの写真展が行われていた 太平洋戦争で戦死された、旦那さんと弟さんが 「いつか、生きて帰ってくるかもしれない 二人が帰ってきた時に、徳山のようすを説明を できるように」と、還暦を過ぎてから、カメラを 手にされ、在りし日の徳山村の営みを撮影を されてきた 京都のお寺のように、20年前に撮った 写真も、今年の春の写真もまったく変わらぬ 風景も多いが、今は水底に沈んだ村 そこに降る雪も、子供の歓声も、農機具の音も 囲炉裏端に立ち上る煙も、今は旧村民の心の うちにこそ生きているのかもしれない。写真に 写し出された人々の笑顔が、新しい土地でも 今も、変わらぬようにと願うばかりだ どこかの地域のイベントで使われたのか お手製の万華鏡があって、綺麗だなぁ~ 岐阜県博物館のホムペ 帰りに姉の家によって、あいかわらず 間抜けた顔の黒ワンコの散歩につきあった うちは柴系ばかりのように、家人の好みが あるのか、ここの家ではこうゆうワンコが 好みのようだ。くすっ、姉に似てるかも 平成19年5月18日、関市内で撮影
2007年05月24日
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前回の日記では、宝くじやうなぎの写真など 太田宿の宿場らしい写真も少なく、ご不満も あったかもしれないが、この宿場で誇る至宝が 国の重要文化財にも指定をされている脇本陣の 林家住宅である 大きな藩など、本陣だけで泊まりきれない場合や 宿場で藩同士が鉢合わせになった場合に、格式の 低いほうの藩の宿として、脇本陣は利用をされた 格子戸・連子窓・屋根の両端にあがるうだつなど 江戸時代そのままの姿を残す建物は、太田宿が大火に 遭った事で、明和6年(1769年)に建て替えられた もので、その後も度重なる水害などで修復を重ね 現在も御子孫がお住まいになっている(非公開) 本宅の右側の隠居家は、創建の時期は不明ではあるが 文政12年(1829年)の家相図に基づいて修復され 現在は一般に公開をされている 生涯のほとんどを、一介の苦行僧として過ごし 悲願であった、前人未踏の3180メートルの 高峰、槍ヶ岳の登頂をしたアルピニストの先駆者 でもある播隆上人が、この林家に逗留中に亡くなり 宿場内の祐泉寺に、ご上人の墓が建てられている (この展示は、「旧小松屋」のおやすみ処にて) 岐阜での遊説中に、暴漢に襲われて負傷した際に 「板垣死すとも自由は死せず!」と叫んだという 板垣退助が、前夜に宿泊をしたのもここだそうだ 本当は「痛くてたまらねぇ。医者をよんでくれ」と いったといわれているそうだと、ウィキペディアに 書いてあったが、果たして真相はいかに? 今は空き地となってしまった太田宿本陣ではあるが 和宮の将軍家への御降嫁で、攘夷派の妨害工作を 避ける為、東海道ではなく中山道を経由して東下を された際に、建築をされた門が今も残されている 沢山の旅人が通り過ぎた宿場には、芭蕉の歌碑も 残されており、すぐ横にあった水禽窟で、その 涼やかな音色を楽しんだ 平成19年5月18日、美濃加茂市内で撮影
2007年05月21日
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旦那が夜に飲み会があるので、ご近所の 同僚の方の車で出勤をしたので、いつもは 旦那の車で登校をする息子を、朝から学校に 送っていき、そのまま、どこかに出かけて しまおうか お気楽主婦は、思いつきドライブ決行! そうだ、姉の家のあたりにでも、久しぶりに 出かけてみようかな~などと、姉も呼び出し 二人で出かけたのは、岐阜県美濃加茂市! 中山道五十一番目の宿場である「太田宿」は 「木曽のかけはし、太田の渡し、碓氷峠が なくばよい」と詠われた、中山道三大難所の ひとつ、木曽川越えのという「太田の渡し」が あり、川止めで旅人が難渋をしたようだ 木曽の川くだりを楽しむ「日本ライン下り」の 出発点で、川くだりをした船は、このように 運ばれているのだ 果樹の栽培が有名で、堂上蜂谷柿や、山之上の梨 など美味しいものがいっぱい。こんなお土産も いいかもしれない 宿場のあちらこちらは、空き地なっており 世の盛衰を感じてしまう。すぐ裏手に木曽川を 背負っており、昭和58年の台風の水害では ここまで水がつきましたよと、おっしゃる 地元の方の指先は、背丈より高かった。この あたりが、空き地の多い原因でもあるのか? 美濃の銘酒の一つである「御代櫻」の蔵元が 宿場の半ばにあったのだが、桜の花の五弁花を 五味五感の調和の象徴として命名されたとか ここもまた水害に備え、土盛りをして酒蔵を建て 釜場、麹室、酒母室は2階に造られているとか かの東京大学予備門(旧制第一高等学校)から 東京帝国大学文学部英文学科を卒業。のちに 早稲田大学教授を勤め上げたという、明治の 文豪で演劇界にも貢献した坪内逍遥の出身地だ そんな話をしていたら、昼も過ぎて、お腹も 減ったので、ご飯を食べる事にした。これは姉が 頼んだもので1280円。鮨屋だけにネタも新鮮 最後のお楽しみは、岐阜では名の知れた大当たりの 出るというお店で、ジャンボと、今、話題沸騰の TOTO・BIGも1口購入。今週末のサッカーは じっちゃん、ばっちゃんもみんなで注目されるけど つかのま、億万長者になる夢を買うと思えば 300円は安いかも・・・・ 当たったら、あれにぃ~、これにぃ~とにやける私 平成19年5月18日、美濃加茂市内で撮影
2007年05月19日
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近未来都市を思わせるような、名駅や栄から 地下鉄で東に向かって、緑豊かな丘陵地に 昭和の時代を思い起こす、心温まるような街に 向かったのは、昨年の秋の事だった 覚王山日泰寺(かくおうざんにったいじ)の 参道は、ご老人より若い人の姿が目立った お寺の参道であるのに、そのアクセスのよさから 若い人をターゲットにしたお店も多く、若い アーティストらが、築40年以上のアパートを 改装してショップにしている、覚王山アパートも 路地裏にひっそりと見える 紅茶専門店のえいこく屋で、紅茶のソフトクリームを さっそく、ぱくり。周囲には外国のお食事が出来る お店も多く、なんだか多国籍ゾーンな感じが面白い 明治31(1891)年、英領であったインドの ピプラーワーで釈尊の遺骨(仏舎利)が発見をされ 仏教国であるタイ(シャム)の王室に寄贈をされ 日本にも黄金の釈迦像とともに、仏舎利の一部が シャム国王ラマ五世から贈られたのだ さっそく、その仏舎利と黄金の釈迦像を、ご奉安を する為に、名古屋に作ったのがこのお寺であるが 昭和20年の名古屋空襲で、全焼をしてしまった なんだか、お城を思い起こすようなあつらえの 大龍寺は、建築学的にも非常に珍しいものだとか 近代水道記念企画「近代水道百選」にも選定された 覚王山のシンボルの一つが、昭和5年にこのあたりの 高台の地域に、給水する為の配水塔として建設され 今は非常時の飲料水タンクとなっている東山配水塔だ 祝日でもあるので、七五三の晴れやかなお参りも 目立っていた城山八幡宮は、織田信長の父親である 織田信秀が、三河国松平氏や駿河国今川氏などの 侵攻に備えて築城をした末森城跡にあたり、信秀の 最期の地でもある 境内には、連理木(れんりぼく)という、アベマキ (ブナ科の落葉高木)のご神木があり、途中で一度 分かれた幹が、再び連なって、伸びていくという 事から、夫婦円満と縁結びの御神木とされているとか 昭和3年に、教化殿堂、人づくりの殿堂として 愛知県が建設をした「昭和塾堂」で、研修を受けた 受講生は16万人にものぼり、指導的青年層として 各界で活躍したそうだが、昭和18年に、軍に接収を されて東海軍司令部が入り、近年まで公共施設として 利用をされてきたそうだ 覚王山の検索をしていたら、私がたどった地域に 明治以降の、数多くの戦跡があるのがわかった 名古屋城も日泰寺も、名古屋市街地への度重なる 空襲で全焼をし、たくさんの人命なども失われた 美しい栄オアシスや、真新しい日泰寺の大伽藍を 眺めるにつれ、戦争の負の遺産もまた目をむけて 胸に刻まなければならないと思った。つい最近も 名古屋市内で、焼夷弾の不発弾が地中から見つり 処理をされたばかりだ 名古屋勤労市民生協のHPによる戦跡の記事 木太郎便りHPより名古屋大空襲の様子 小さなお寺さんの門に、かわいらしく 平成18年11月3日撮影
2007年05月15日
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褒めたばかりの息子が、先生に怒鳴られた ソロコンクール間近だというのに、楽譜だけで 演奏。実際にその曲を聞いていないというのだ そういえばGWの前に「○○○○って曲知らない?」 と、息子が言っていたときには、そのカジュアルな タイトルから、アニメの主題歌か何かと思い勘違いし 相手にしなかったのだが、まさか部活のものとは! 早速、ネットで検索をすると、その有名作曲家は そのテーマがいたくお気に入りで、同じタイトルの ものが6曲? 息子の楽器のメインのも2曲があり それぞれがCDに収録されているのだ 「で、ヘ長調か、ホ長調かどっち?」と聞いても 「そんなへだか、ホだかわからん・・・」と言うばかり もうネットで通販も間に合わないし、ここは山を降りて 名古屋の大型CDショップチェーンをまわるしかない 息子の期待を受けた母は「しめしめ、これで堂々と 名古屋に遊びに行けるぞ」などと思い、元気いっぱい 名古屋に向かったのだ。しかし・・・1軒、2軒、3軒と CDショップをまわるにつれて、そんなマイナーな楽器の マイナーCDがある訳もなくって、期待をしていた 大型チェーンで、市内の他店舗の在庫も無いと聞いて お先真っ暗・・・ はぁ~、重い足取りで名古屋嬢があふれ、普段は 絶対に踏み込まないようなファッションビルに潜入 お~~! 人形のようにかわいい「ゴスロリ」の お洋服の女の子が振り返ったら、あ、私よりも年上だった 上階にある外資系の大型チェーン店舗は、広い、広い 別区画になっていたクラッシックコーナーで、ついに お目当てのヘ長調をゲット! 息子が聞いて、ある 部分で「そりゃ、先生が怒る訳だ。全然違うもん」と ぽつり。やはり楽譜だけでは無理だったようだ ここまでの写真は、名古屋栄オアシス さて用事も済ませたし、3年来のネット友で名古屋の 情報通でもある、ひなのサンから頂戴をした招待券で 名古屋市博物館で開催されている「名古屋城障壁画展」へ 御三家である尾張徳川家の居城であり、金の鯱で有名な 名古屋城は、明治維新後に陸軍省の所管となって 名古屋鎮台司令部や兵舎がおかれ、 明治26年には 宮内省に移管され「名古屋離宮」となり存続された 昭和5年に名古屋市に下賜され、国宝として指定を 受け、市民にも一般公開がされるようになったのだが 昭和20年5月14日の大空襲で、約3000平方 メートル(千坪)にも及んだ本丸御殿や、天守閣は 焼失をしてしまったのだ 幸いにも、取り外しができた、狩野派による華麗な 本丸御殿の襖絵な障壁画は、疎開をして無事であった 名古屋市民の誇りでもある本丸御殿の復興がいよいよ 本格化し「名古屋城本丸御殿復興商品」なども販売を されている。二条城と変わらぬような豪快な松や、虎の 障壁画に圧倒されっぱなしだった 名古屋の地下駅は、やっぱ名古屋人の好きな金色で 輝いていた さて虎の後には白象だ。前にもこのブログで紹介をした 精密画や、鶏で有名な伊藤若冲のでっかい白象を この目で見てみたいと、栄の愛知県立美術館で開催を されている「若冲と江戸絵画」展に直行をしたのだが むちゃくちゃかわいいです。木の上に、葉の下に ポケモンみたいな動物がいっぱい♪ ももんがかな? もう、小動物に好きにはたまらないですよ しかもブライスコレクションというように、外国の個人の コレクションだけに、風俗的な美人画や、幽霊画まで かなり幅広いジャンルがそろっており、普段はあまり お目にかかれないような絵画も見物が出来て面白い 栄の新名所「オアシス」も、寒くも暑くも無くって この時期のお散歩は気持ちよく、中国など海外からの 団体客も、名古屋の「テレビ塔」見物をしていた 名古屋駅前に戻ると、愛知県の農業高校の学生たちが 丹精をこめた花々が、都会の無機質な世界にいろどりを あたえていた ラストは、CDショップめぐりの途中で目ざとく 見つけたデパートの「京都展」。夕方であったので お目当てのお菓子はとっくに売り切れていたのだが お年寄りにも購入しやすい食べきりサイズの蕨もち などのお土産も購入。あらら、レジ袋の中には近日 開催のデパートでの北斎の展覧会のペア招待券が!! またまた、名古屋に行く事になりそうだ♪♪ 平成19年5月11日、名古屋市内で撮影
2007年05月13日
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1年のうちで何月が一番好きかといわれれば 迷うことなく、5月と答えるだろう。なにせ 私の誕生月であり、新緑は美しく・・・ GW明けに、私も、また一つ年を取ったのだが (日にちはご勘弁)子供に「幾つになったの?」と 聞かれると「25歳!」 あ、気持ちはね・・・ 「四捨五入すると、40歳」 これホントです そんな母を祝う訳でもなく、母の日が近い 訳でもなく、学校の調理実習で残った材料で 息子が、学校から帰宅すると、学生服のままで ホイップ、ホイップ! レアチーズタルトを 作ってくれた(チョコ、タルトは市販品を利用) 田舎暮らしで一番嫌な例のやつ。足のうじゃうじゃ あるムカデも、昨夜は居間にお祝いにおいでになって 夜空につんざく、私のいつもの悲鳴~~!!! さらに今日のお昼には、夏の風物詩である 「カミナリ」だ。昨年はこれによって うちの無線ランはぶっこわれて、長らく ネットが出来なかった 今回はゴロ!と鳴った途端に、コンセントも 電話線も抜いて、ものの3分後、ゴロゴロ びっしゃーん!! けたたましい音と地響き 一度、雷が直撃し屋根瓦が壊れたお宅からは 裏のほうに赤い閃光を見たそうだ。しっかり ブレーカーが落ちて、被害はなかったです って・・・5月は良い季節じゃないかと言う はずなのに、田舎の夏は熊も出て怖いぞ~ って、そんなつもりじゃなかったので、画像は さわやかに、恵那の棚田を見に行った日に 途中で見た木曽川が、5月の誕生石エメラルドの ように美しかった やはり夏場は、マイナスイオンを浴びに滝に 行くのも楽しい。不動明王の祭られた小さな 滝のあるあたり、古代の遺跡らしきものが多く こんな立看板が。不気味な・・・・・ かわいらしい道の駅があって、山菜などが販売を されており、年配のお客さんでにぎわっていた 風景、平成19年4月27日午前に撮影
2007年05月10日
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こいのぼりと、日の丸が掲げられた 5月5日。いつもは静かな商店街は 大道芸に笑う人たちの声で賑やかだった 中津川といえば、和菓子という訳で いくつかの和菓子屋さんが、お得な 価格で即売をしており、栗きんとんが 10個も入って、他のお菓子ともども 1500円のお楽しみ袋を購入した 和菓子の材料としても、大人気の栗で 作った焼酎も、試飲でいただく 息子の部活も、とあるイベントにお招き いただいてのミニコンサート。こういった 演奏も、あと数えるほどしか聴けないと 思うと、なんだか寂しくもある さて、せっかくのお天気だし、このまま 家に戻るのももったいないし、恵那山ろくに 広がった、ふれあい牧場に出かけてみた 細い山道は、名古屋など都市部の車が行き かい、自然の中でのんびりとしたいと思う 家族連れでにぎわっていた 羊の毛皮の刈り取り実演や、小動物との ふれあいコーナーなどもあって、子供たちは 楽しそうだ 青空の下、初夏のような暖かな昼下がり 眠たい・・・・。うとうとと ひつじもねていた ヤギもねていた 黒ブタもねていた ボクは起きてるよ~と、モルモット 平成19年5月5日、中津川市内で撮影
2007年05月08日
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この時期、この地方でも、行楽や帰省などで 関東、関西などの車のナンバーも多く走り 渋滞嫌いの私としては、近場の無料イベント &行楽地でお茶を濁すに限る 以前から、新聞の地方欄で紹介をされていた 中津川市蛭川の一般のお宅で、栽培をされ ている芝桜を、今年こそは見に行こう! 芝桜もだが、まわりの環境や、チューリップも なかなか、かわいい♪ お~、恵那市の近場の 観光地をまわるトコトコぼんちゃんのバスや 一般の大型観光バスまでやってきているなんて 穴場観光地の域を超えているのかもしれない GWの前半では、中津川市馬籠で第37回の 「岐阜県みどりの祭り」が開催され、久しぶりに モリゾー&キッコロもやってきた。元気~!? それにしても、この時期の山々は新緑の グラデーションが美しく、その微妙な色合いが なんともいえない 以前、ここでも紹介をした恵那のゾウ園では 緑の中で、ゾウさんの親子が仲良く遊んでいた 皆さんは、このGW、いかがお過ごしでしたか? 平成19年ゴールデンウィークに恵那市、中津川市で撮影
2007年05月06日
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お天気にも恵まれたGW前半、青空の朝 これは、どこかに出かけなければなるまいと 部活も休みで、だらけた息子は家に残して 旦那と出かけた先は、お気に入りの安曇野 お昼には、穂高で名物の手打ち蕎麦を食べる という趣向だ 世界の黒澤明監督の「夢」のロケも行われた 環境省選定による名水百選でもある安曇野の 湧水を、大王わさび園で、見物をしたいと 思ったのは、最近見たばかりの旅番組の 影響も大きいかもしれない 北アルプスからの豊富な湧き水に恵まれた 安曇野には、日本で一番大きなわさび田があり その景観が、観光客に喜ばれている 安曇野の地を治めていた「魏石鬼八面大王」が 全国統一を目指す、坂上田村麻呂将軍が率いる 朝廷軍に果敢に挑んだが、三十三節ある山鳥の 尾羽で作った矢にあたり、力尽きてしまった そのあまりの強さから、再び生き返る事が ないように、大王の遺体はバラバラにされて 安曇野の各地に埋められ、その胴体が埋め られていた塚が、わさび園の中にあった ある土地では、胸がムカムカするくらいに まずかったわさびソフトなのだが、ここの わさびソフトは、娘のお気に入りで、一口 貰ったのだが、旨い♪ 甘い♪ にもかかわらず、勇気が無いので、数々の わさび料理にはチャレンジをしなかった わさびビールなどもあるらしい 駐車場に戻ると、なにやら人だかりが出来ており 観光中で主のいないバイクは、フィギュアとか デコレーションをされており、個性的であった 振り返ると、アルプスの白い峰々が安曇野の 春を彩っていた 愛らしい林檎の花 平成19年4月29日撮影
2007年05月01日
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