全55件 (55件中 1-50件目)
![]()
「チベット史」ロラン・デエ /今枝由郎 2005/10 春秋社 単行本 410, Vol.2 No.0032★★★★☆ 大国であれ、小国といわれる地域であれ、時間と空間が限りなく広がる歴史を、一冊の本で知ろうというのは、あまりにも多欲すぎる。その歴史の中に展開される世界が、戦争を軸としてまとめてあったりすれば、なおのこと、ほんとうのことは、どんどん秘められた方向へと逃げていってしまうだろう。 当ブログでは、知らず知らずのうちに、チベットの歴史をそれとなく読み込んではきたが、その全体を把握することなど、とてもとてもできることではない。しかし数ある本の中には、果敢に「神秘の国チベット」の歴史を読み解こうとしている本は何冊もある。「チベット文化史」も大冊だったが、1980年当時に書かれたものであった。ところが、この「チベット史」は、もうひとあじ違う。 これにまさるチベット史は、訳者の知る限りでは存在しない。p372 訳者・今枝由郎は、四半世紀以上フランスでチベット研究に従事しており、「チベット関連の研究者・大学関係者には、ほとんど例外なく面識があった」と独白する猛者である。その猛者が最も驚いたのは、「著者が未知の人だった」ことであった。著者・ロラン・デエ は、師匠より「仏教修行にとっても歴史研究が重要である旨を説かれたことが、この大著執筆の伏線になった」という。 この大著をじっくり通読する力もなく、この知識を活用する才も無い私としては、ただただ圧倒されながら行を追うのみだが、このような信頼できる最新の書があるというのは、とても力強く感じる。巻末には、120ページを超える索引や資料集がついており、昨今のチベット暴虐のニュースで初めてチベットの国のなりたちに関心を持った向きなどには、きわめて貴重な資料となることだろう。
2008.03.31
コメント(0)
![]()
「天梯のくに チベットは今」堀江義人 2006/3 平凡社 単行本 278p Vol.2 No.0031★★★★★ 「中国はいかにチベットを侵略したか」とほぼ同時に刊行されたチベット本。むこうが20世紀の中盤に何が起きたのかを中心に書き進めているとすれば、こちらは、21世紀になって、今チベットがどうなっているのかを中心にレポートしている。二冊一緒に読むとなお興味深い。著者1944年生まれ。留学生や特派員として中国に十余年の間、滞在した経験を持つ。 折々に挟み込まれたカラー写真の数々が美しい。千万行の文章よりも、一枚の写真が伝えることが大きいこともある。チベット暴虐のニュースが毎日報道されている最近だが、その火種は決してこの数日、数ヶ月のできごとではなく、年年、すでに織り込まれてきていたことだということがよくわかる。 とくに今年予定されている北京オリンピックを国家行事として推進してきた中国共産党が、清蔵鉄道を開通させて、チベットを中国の事実上の領土として併合しようとしている策謀が見え見えになっている。チベットの人々は、その策謀を知らないはずはない。この2008年になってFREE TIBETの声が大きな渦を国際社会に広げているのは、長年蓄積されてきた、土地の人々の苦しみに世界中の人々が呼応しようとし始めているからだ。 この本が書かれたのは2006年3月だから、今回の出来事について触れているところはないが、この本を読んでみれば、今回の出来事が起きることは、十分に予想されうる。決して恣意的な突っ込みや意図的に偏向した視線で見ているわけではないので、チベットに対しても中国に対しても、きわめて誠実に中立的に書いている。しかし、だからこそ、今回の出来事の因果関係がよくわかる。
2008.03.30
コメント(0)
![]()
「中国はいかにチベットを侵略したか」マイケル・ダナム /山際素男 2006/3 講談社インターナショナル 単行本 277p Vol.2 No.0030★★★★★ 市内の図書館を検索してみると、「チベット」という単語だけで約300冊の本がヒットする。開架書棚にも、政治、宗教、経済、文学、旅行ガイド、など、あちこちにチベット本は無造作に分類されており、これら全てに目を通すことなど、至難の業だ。これだけの多くの関心をもたれながら、本当のチベット像というものは、なかなかつかむことができない。 私は、先年、思い立って、チベット本を手当たりしだいめくってみたが、せいぜいが百冊が限界だった。自分の関心をチベットにとどめておくことは、見かけどおりのミーハーな私にはなかなかできない作業であった。しかし、当ブログで触れた1000冊のうち、約一割がチベット本であった、ということは、自分なりに驚いている。チベット本をおよそ百冊でとどめたのは、いくつかの理由があった。 同時に、アメリカ・インディアン(ネイティブ・ピーポー)にも関心を寄せて「チェロキー」なるカテゴリを作ってまで読み進めてみたが、こちらは、もっと茫漠としたもので、ほとんど砂漠地帯に迷い込んで、バッファローたちとともに白骨化したような状態のまま放置されている。つまり、チベットとネイティブ文化をひとつらなりのものとしてみることに挫折したのだ。 挫折はしたのだが、あきらめているわけではない。新規まき直しで、この「アンソロポロジー」なるカテゴリを作り直して、再スタートし始めているが、まだ時期至らずというところなのである。つまり、ただ単に個別なリアリティの渦の中に入っていくだけでは、迷いに迷って、行く手を阻まれるだけだ。ここはひとつ、いわゆる人類学なるメソッドでも使って構造的に理解を進める(あるいは整理する)方法を身につけなければならない、と思い始めているところなのだ。 さて、チベット本に戻るが、実は私は私なりにチベット本に見切りをつけたのは、ひとつの「これは」と思える本と出会ったからであった。その本は「シャンバラ 勇者の道」。この本に出会ったのは、別に特別な過程を踏んだわけではないが、読書を進める過程において、私にとっては、ああ、この本さえあれば、私のチベット問題は解決だな、とさえ思うことができた。 なぜそう思うかについては、他に譲るとして、仮に今後、残り200冊のチベット本を読み進めるとしても、あるいは、関連キーワードを増やしてもっともっと多くの本を読んだとしても、私は、きっとあの「シャンバラ」を一番の根底に据えることになると思う。 当ブログにおいては700年前のチベットにベース・キャンプを置いてきた。そこからいろいろ眺めてきた。そして、そこにいたはずの16歳の少年の目でチベットを見つめてみた。あの時、あそこであの少年が学びたかったのは、この「シャンバラ」の中にある。そして、あの少年が転生して現代に生きるとしたら、チベットから学ぶべきは、この本の中にある、と思えるのだ。 「中国はいかにチベットを侵略したか」。実に扇動的なタイトルだ。現在、チベットの地において進行している、中国共産党による暴虐は、あまりにも非道すぎる。その非道さを批判するためにも、このような本はおおいに読み語られなければならないだろう。この本の原書のタイトルは「Buddha's Warriors」だ。直訳すれば仏陀の戦士達、ということになるだろうか。 かたや「シャンバラ 勇者の道」も原題は「The Sacred Path of the Warrior」だ。つまり戦士の聖なる道。しかし出版された時期もかんがみながら、こちらでは「勇者の道」とされている。私はこの翻訳に賛成だ。だから「Buddha's Warriors」も仏陀の勇者達という意に解釈されるべきであろう。 翻訳者・山際素男氏は1929年生まれ、高齢な方である。訳書には「ブッダとそのダンマ」や「アンベードカルの生涯」、「ダライ・ラマ自伝」、「チベットのこころ」などがある。いずれも名著である。本書の中には、たびたび「チベット我が祖国---ダライ・ラマ自叙伝」や 「雪の国からの亡命」、「ダライ・ラマ自伝」などの類書が引用されている。 FREE TIBETそしてオム・マニ・パドメ・フム
2008.03.30
コメント(0)
![]()
「ウェブ国産力」日の丸ITが世界を制す佐々木俊尚 2008/1 アスキー・メディアワークス /角川GPアスキー・メ 新書 271p Vol.2 No.0029★★☆☆☆ 佐々木俊尚の本は、何冊か追っかけてきたが、このところ、トンとこれらIT関係の本に手が伸びなくなっていた。なぜだろう。って、つまり、あんまり面白くないからだ。パソコンや通信環境もほぼ安定した状況が生まれ、セカンドライフ周辺も、鳴り物入りで話題にはなったものの、本質的な爆発はまだのようだ。 この本、「国産力」や「日の丸IT」とか言って、ちょっと日本社会に媚を売ってはいるが、なんだかなぁ、という感じ。遅れをとっているのは確かだし、なにごとかを開発しようとはしているのだろうが、あまりいろいろごちゃごちゃ言っても、どうもならないのはしかたないかも。 「パソコン=仕事 ケータイ=プライベート」p064あたりは、うすうす気がついてはいたのだが、やっぱりなぁ、という感じ。パソコン文化は、なんとか楽しめたけど、ケータイ文化はどうもいまいち乗り切れない。でも今後の展開いかんによっては、私もいきなりケータイ文化にほおりこまれるかも知れない。 特段にこの本でなければわからないことはなさそうだが、発行年が2008/1ということで、気がついてみれば、今年になってから発行されたIT本は、当ブログこれが初めてかもしれない。記念碑的にメモ。
2008.03.30
コメント(0)

「空っぽの鏡・馬祖」<1>Osho /スワミ・アナンド・ソパン/スワミ・アナンド・モンジュ 1992/11 壮神社 単行本 367p Vol.2 No.0028★★★★☆ Osho最後のZENシリーズ目次 馬祖(マツ)はまた”ばそ”とも呼ばれる。私がこの”ばそ”という名前を使わないのは、この次のシリーズが日本の芭蕉、禅の偉大な神秘詩人についてのものになるからだ。そして、この馬祖(マツ)という名前のほうが、その一般的な呼び名の”ばそ”よりもはるかに意味深い。p16 この次のシリーズとは、88/09/26から始まった Hyakujo: The Everest of Zen, with Basho's Haikusのことだ。日本人なら馬祖と芭蕉は間違いようがないが、BasoとBashoでは、混乱が起きるかもわからない。ましてや一週間後にスタートしようとしていたわけだから、当然か。 英語版は一年後89年に発行され、日本語版は、そのさらに3年後の92年に翻訳出版されている。講話からすでに20年経過し、日本語版がでてからでさえ、すでに16年も経過しているのだった。でも、この本を私が読むのは初めてのこと。どうしてそんなことになったのかな、とふと考えた。 私はもともとそれほど読書に熱中するほうではなかった。必要なものは読んできたが、多読としては決して言えない。Oshoのもとにあっては、もともとあまり読書は薦められてはこなかった。この講話シリーズは、割合はやい時期にビデオがリリースされたり、ニューズレターなどで文字化されてきており、一冊の本になったからと言って、急いで買い求めるという雰囲気もなかった。 ましてや90年にOshoが肉体を離れると、視点はマーケットプレイスへと向き始め、ますます本は読まなくなった。インターネット社会が加速し、書籍離れがさらに進んだ。そんな中で、私は、書籍といえばインターネット以外のものはほとんど読まなくなってしまった。ほとんどがネットで間に合う感じがして、そちらに熱中していた、ということか。 そんな隙間のなかで、この「空っぽの鏡」はほとんど気にもとめないですごしてきてしまった。Oshoの最期のZENシリーズには、独特の香りがあり、鳴り物やジベリッシュ、など、他にはないスタイルが取られている。それが、むしろ本の中にとどめられるものではなく、もっと広がりがあるものであることを知っていたので、あえて、書物の中に求めることをしなかった、ともいえるだろうか。 しかし、ネット社会への対応にも落ち着きが見え、この「失われた」10年、あるいは15年を振り返る時、やたらとまた文字を見たくなった。一巡して、あらためてこの「空っぽの鏡」を読むと、なんとも言えぬ感慨が湧いてくる。むしろ、この最期のZENシリーズをめくると、他のOsho本は読めなくなるのではないか(とはちょと言いすぎだが)とさえ思えるほど、癖になる。 Oshoの存在感が、文字や翻訳からはみ出してくる。行間、あるいは空間からOshoが笑いかけてくる。決して知に落ちず、決して文字に落ちていない。OshoがOshoとしてくつろいでいる。もちろん、このシリーズの最期として、Oshoは沈黙の中にはいり、肉体を離れていくのだが、その存在がひしひしと伝わってくる。今にして初めて感じられる感触でもある。 馬祖はまさに、ひとりの覚者が、ほかの者が覚者になったことを見いだしたときの振る舞い方でふるまっている。彼を自分のもとにとどめておくことは浪費でしかない。いまや彼は自らの足で進み、自ら絶対的な自由を得るべきであり、偉大な師の蔭にとどまるべきではない。それは庭師の仕事に似ている。彼は大樹の下の小さな植物を移し替える。大樹の下では、小さな植物は育つことができない。それは自分自身の空間が必要だ。自分だけの太陽、自分だけの大空が。庭師は、いったんその植物に潜んでいる力を見抜くと----それが雑草ではなく、ばらであることを---それを陽光が降り注ぐ、新鮮な空気が通う、水が豊富な場所に移し変える。p231 彼が残した言葉は、恣意的に読むこともできるし、ただただそのエネルギーを感じるだけで、内容を吟味することさえしないほうがいい場合がある。ましてや、語らえているテーマはZENだ。ことばを超えている。 彼は山から市場まで降りてきた。彼は言った。「市場は私を変えることができないのだから、なぜそれを避けることがあるだろう? 私のほうが市場を変えてやろう。高みに坐っていたのでは、何千もの人びとを変えることはできない。しかも人びとのところまでおもむいて、彼らと同じように普通になることで、意思の疎通(コミュニケーション)はもっと容易になるはずだ」p258 訳者はあとがきに書いている。 かつてある時期から、彼がキリスト教について多くの批判をし始めたとき、「いずれは仏教も批判されるのではないか」と私は思ったものだった。が、和尚は仏教について、ほとんど批判めいたことを言っていない。理由はあれこれ考えられるが、彼は東西の民族性の違い、その精神性の違いを考慮しているのでないか、と私は考えている。p366 Oshoがその35年間の長い長いマスター稼業の中で、ついに仏教を、そしてZenを語り終えたことに、ある種の安堵感を持った人たちは多くいたに違いない。訳者は「和尚がこれほど多くの禅について語ってくれたことは良かった、と私は思っている。」と書いている。同感である。今、私が一番浴びたいと思うのは、ここのところのようだ。 <2>につづく
2008.03.30
コメント(0)
![]()
<1>よりつづく「和尚(ラジニーシ)、禅を語る」 <2> 玉川信明 2002/02 社会評論社 単行本 263p 玉川信明という人の最晩年の仕事がOshoに関わることだったということはご同慶に耐えない。が、一読者として感じたあの違和感というものは、いつまでも残ってしまっているのは事実だ。著者の他の作品を読むことによって、その違和感は和らいだし、よくもまぁ、最期にこのような仕事をやったもんだと、励まされる気分にはなるが、どうも、やっぱり、だけどなぁ・・・・という想いがいつまでも残る。 なぜか、という理由はいろいろあるのだが、玉川信明という人は、Oshoを日本語訳の日本で翻訳された文献でしか理解していなかったのではないか、という推測が、もっとも大きな要因となっている。ちなみに、この本の巻末に掲げられている15冊のOsho本は全て日本語訳。これだけ読んだら十分じゃないか、という受け入れる気持ちと、これで全部分かった気分になられるとちょっと困るなぁ、という気分がない交ぜとなるPune I74/07/10 The Empty Boat 「虚空の舟」74/08/11 No Water, No Moon 「無水無月」74/10/21 Hsin Hsin Ming: The Book of Nothing 「信心銘」75/06/11 am 75/06/20 am Tao: The Three Treasures, Vol 1 「永遠の大河」175/06/21 am 75/06/30 am Tao: The Three Treasures, Vol 2 「永遠の大河」275/08/11 am 75/08/20 am Tao: The Three Treasures, Vol 3 「永遠の大河」375/08/21 am 75/08/31 am Tao: The Three Treasures, Vol 4 「永遠の大河」476/03/01 The Search 「究極の旅」77/12/11 This Very Body the Buddha 「座禅和讃」78/04/11 Take It Easy, Vol 1 「一休道歌」78/04/25 Take It Easy, Vol 2 「一休道歌」79/06/21 The Dhammapada: The Way of the Buddha, Vol 1 「ダンマパダ」Rajneesh PuramWorld TourPune II87/07/05 Bodhidharma: The Greatest Zen Master 「ボーディダルマ」88/05/27 This, This, A Thousand Times This: The Very Essence of Zen 「これ、これ、千回もこれ」88/07/25 Dogen, the Zen Master: A Search and a Fulfillment 「道元」88/09/16 Ma Tzu: The Empty Mirror 「空っぽの鏡 馬祖」88/10/23 pm 88/10/31 pm Rinzai: Master of the Irrational 「臨済録」88/12/26 No Mind: The Flowers of Eternity 「ノーマインド」89/02/20 The Zen Manifesto: Freedom From Oneself 「禅宣言」 Osho最期のZENシリーズ28冊(あるいは27冊)中の6冊が入っているからいいのではないか、とも思うが、しかしなぁ、と、ちょっと裏が透けて見えてしまうようなところもある。 「TAO永遠の大河」全4冊は、のちに、質問応答を削除した形で「TAO老子の道」として改訂再版されている。著者は、この改訂版を読んでいるようだ。この15タイトルのうち、「ダンマパダ」や「老子の道」は、必ずしもZENというカテゴリーには入らないが、Oshoの講話の広範性、あるいは、禅成立の過程からみた場合、大きな範疇では禅の中にとりこむことも不可ではないだろう。 なにはともあれ「私が愛した本」の中の禅シリーズ、「和尚禅タロット」の中の出典リスト、と、この玉川本の「禅を語る」の出典リストを比較してみることも、興味深い。 <3>につづく
2008.03.30
コメント(0)
![]()
「まわりにいっぱい奇跡が起こる本」デイビッド・シュパングラー /高橋裕子 2005/10 日本教文社 単行本 307p原書 Everyday Miracles The inner art of manifestation 1996 Vol.2 No.0027★☆☆☆☆ フィンドホーン関連の主だった本はほとんど読んでしまった(めくっただけの本もあるが)ので、一旦は閉めてしまったドアだったが、忘れた頃に、遠くの図書館から、更に送られてきた一冊が、これだった。あのリストの中でも、最新の部類に属する一冊で、その中でももっとも「イデオローグ」として、「硬派」と目されているディビッド・シュパングラーの「難しい」本という触れ込み(と思っていたが)だったので、ちょっと期待はした。 しかし、この本をもっても、私は一連のフィンドホーン関連本に、まともなコメントをつけることはできない。立花隆であったか、こんなことを言っていたような気がする。「本は、手当たり次第に読むべきだ。しかし10冊読んで10冊お気に入り、なんてことはありえない。そのうちの2冊はつまらない本だろう。そんな本は、すぐやめて次の本にうつるべきだ。面白いところは読んで、引っかからないところは読まなくていい。そんな本が6冊ほどある。そして、どうしても全文読みたくなる本も必ずある。10冊中2冊はそんな本だ。そういう本は熟読すべきだし、再読すべきだ。再読、三読にこそ読書の楽しさがある。」 正確な再現ではないが、まぁ、文意としてはこんなものだっただろうし、私の意見もそれほど遠くない。そして、このフィンドホーンの一連の読書も、10冊中2冊の部類であった、ということをここで告白しておかなくてはならない。もちろん、上の例文でいうところの前者の部類においてだ。 これをニューエイジというなら、私は全くニューエイジに関係のない人間だ。しかしまぁ、こんな本のなにが気にくわなくてバチカンは、フィンドホーンごときに目くじらを立てているのだろうか。わからん。 このシリーズの一連の、まったくの面白く無さに憮然としている私は、ひょっとすると日本の訳者陣がよっぽど偏った訳をしているのではないか、と疑ってみたりしたのだが、それを確かめるために原文を読むほどの魅力も感じない。「Everyday Miracles」 The inner art of manifestation という原題を「まわりにいっぱい奇跡が起こる本」というタイトルに意訳してしまって、本当にいいのだろうか。日本教文社という、一種特殊な宗教団体下にある出版社から出ていること自体、いつもなら、まずは敬遠してしまう私ではあるが、縁のなさそうな本の、そのシリーズをほとんど読んでしまった、というのは、何かの、別なるものの縁か。 なにはともあれ、読んだ(めくった)というメモだけは残しておこう。
2008.03.29
コメント(0)
![]()
<再読>よりつづく「マルチチュード(上)」 <三読> きょうは50何回目かの誕生日。年に一回しかないが、年に一回は必ずやってくるこの日を、もう何度も迎えているわけだから、特別な感慨はないが、我が人生も後半戦か、やや冷静にならざるを得ない。10の位を四捨五入すれば、すでに私も百歳か。人は誰でも120年の寿命があるということだから、この根拠のあるのかないのかわからない俗説を、無批判的に受け入れて、いやいや、人生は「これからだ」、などと、どこかの保険通販会社の商品名を、無意味につぶやいてみたりする。 老眼鏡がはずせなくなってすでに久しいが、部分入れ歯のつけはずしも日常風景になり、最近では血圧になにごとかありそうだ。医者に、いろいろ説明はしてもらうのだが、やはり年齢には勝てない。次第次第に「あの世」は確実に近づいている。こんな環境になってしまったのだから、壺でも眺めながら写経でもするつもりで、SLをやったりブログを書いたりしているのだが、まぁ、これもまた老境を迎えるにあたって、ふさわしくない、とも言えまい。 Osho・Zenにうつつを抜かし、マルチチュードに血圧をあげ、チベット暴虐には涙を流す。SLをやるためにノートPCを新調したものの、数ヶ月経ってもまだ設定は終わらず、日々、年度末の書類の山に忙殺されている。子供達もそれなりに巣立ち、想いをはせる社会エリアはそれなりに広がるものの、活動するエネルギー源にすこしづつps不足を感じるようになり、属していたボランティア活動への参加を一つふたつと減らしている。 Osho・Zenについては、何冊かOsho本を買い増しし、気長に読み続けている。マルチチュードについては、せっかく図書館から借り集めたものの、この難渋な図書群を読み進めるほど暇が作れない。年度末の多忙さは、例年になくプレッシャーをかけつづけてくれている。チベット暴虐から、トゥルンパのタントラへと足を向けてはみるが、アップデイトで追いかけることはできない。 ペマ・ギャルポが今回のチベット暴虐に際して、どこかのテレビ番組にでて、ダライ・ラマについて、バチカン法王とイタリアとの関係や、第二次世界大戦直後の日本における、天皇と国民になぞらえて発言していた。彼は日本社会にチベット社会からのメッセージを届けるすばらしい使者であるとは思うが、この部分については、私の中で、なにごとか拒否感が強かった。 つまりは、イタリアがバチカンを守護するかわりに、バチカンはイタリアに祝福を与えているように、中国共産党はチベットを守護し、チベットは中国国民を祝福するという図式が作れないのか、という提案である(あるいは長いことそのような歴史もあった)。また、今、チベット国民をまとめることができるのは、ダライ・ラマしかいないのだから、ダライ・ラマを擁護することによって、チベット国民が全体的なまとまりを失うことを避けて、より安寧な社会を築くことを手伝うべきだ、という論旨なのであろうか。 「パジャマを着たままパソコンの前に座るブログ・ジャーナリスト」でしかない当ブログの編集長である私には、世の中の情報をひとつひとつ正確に拾い上げて、的確なコメントを加えるなんてことは、望んだとしても、とてもできるものではない。しかし、ここでペマ・ギャルポが言っていることに違和感を感じるとすれば、それは、次のような感慨に基づく。 つまり、今回の暴虐を、中国共産党VSチベット王国、あるいは、中国共産党VS自由社会、という図式でみるなら、それは、ちょっと違うのではないか、ということだ。中国共産党=チベット王国=USA=ロシア=日本(国家としての)=・・・・・これらは、ネグリのいうところの<帝国>としてひとくくりで見てしまうのが一番ただしいのではないか、ということだ。 そして、それに対峙することができる存在としては、ネグリのいうところの、ひとりひとりが多様性を維持したままのネットワーク=マルチチュードだ、という仮説は、私には一番的確であると思う。 チベットの人々やラマ僧たちが、どのような境遇に落としこめられ、暴虐の最中でどのような仕打ちを受けているのか、心が痛まないではいられない。しかし、冷静になって、考えてみると(瞑想していると、といいなおしておこうか)、21世紀の今日、<国家>VSマルチチュードの図式はより明瞭になってきているように感じる。 なぜに、中国共産党は、なぜに、アメリカは、なぜに、日本は、と、想いをめぐらすと、根底には「恐怖」がある。自らの内部に抱えている「恐怖」がゆえに、他者を落とし込み、国家や<帝国>づくりに邁進してしまっている、という図式がある。ここに対峙するには、ひとりひとりがリラックスし、創造的な人生を歩み始めるしかないのだ。これしかない。そして、その波動の広がりをすこしづつ大きくしていくしかないのだ。それを何となづけようとかまわないが、今は、ネグリいうところのマルチチュードという仮説に想いを重ねていてもいいのではないか。 OshoがいうところのZenは必ずしも、中国や日本の独占物ではない。もはや地球市民のスピリチュアリティのなにものでもない。鈴木大拙が欧米に日本や中国の禅を紹介したとしても、その遺産を相続するのは、日本人や中国人に限られているとはいえない。むしろ、その遺産は、地球市民=地球人たちにこそ受け継がれるべきだ。 それと同じように、もし、チベット・エリアで培われた文化を、仮にTANTRAと仮称しておくとして、そして、それをまずは現代の国際社会に伝えた存在のひとりを、仮にチョギャム・トゥルンパだとするなら、それを正当に引き継ぐのは、チベット・エリアに生活圏を持つ人々に限られるものではないはずだ。それは、新たなる地球人たちのスピリチュアリティとしての、もっともオーソドックスなセンスであるべきだ。 このような捉えかたをしないと、今回のチベット暴虐の真の解決策を見つけることはできないのではないか。国家VS国家の戦争としてはならない。ましてや、中国共産党内での内紛などではない。ましてや、共産主義VS自由主義でもない。恐怖VSリラックス、だ。人々が自らのなかにリラックスするメソッドとしてこそ、チベット文化=TANTRAはある。ここを国際社会が真に理解することこそ、今回の暴虐から離れていけるヒントがあるはずだ。 そういえば、本日は、順調にいけば、アントニオ・ネグリが来日し講演するはずだった日だ。私の中では、この来日中止とチベット暴虐のニュースが、どこかでつながっているようだ。
2008.03.29
コメント(0)
![]()
<11>よりつづく「シャンバラ 勇者の道」 <12> この本が優れていると思えるいくつかの点を列挙しておこう。・著者がチベット文化の中の転生システム内での指導者であったこと・英国や北米において、チベット文化を紹介したこと・ケン・ウィルバーなどとの絡みがあること・著者の一連の著作の中にあっても、本書は、実名(ふるさとの名前)で書かれていること・トレーニング・システムを打ちたてようとしたこと・私自身が学びたいと思っていた何かをヒットしてくれていること・著者自身が魅力的な「不良」であること(ちょいワル?)・なんとなく知り合いの中で評判が高いこと・訳者が知人なこと・コンパクトながら、網羅的なこと・人がどう生きるべきかを、教えてくれていること・えっと、それからいろいろあるが、それはこれから・・・チョギャム・トゥルンパ関連本リスト「チベットに生まれて」 或る活仏の苦難の半生 武内紹人・訳 1989/1 人文書院 原書 BORN IN TIBET 1966「仏教と瞑想」 1996/4 UNIO 青雲社 原著 MEDITATION IN ACTION 1969「THE RAIN OF WISDOM」 Chogyam Trungpa 編 1980 出版社 Shambhala ペーパーバック 384p 言語 英語 「タントラへの道」 精神の物質主義を断ち切って 風砂子・デ・アンジェリス・訳 1981/10 めるくまーる社 原著 1973 Cutting Through Spritual Materialism「The Life of Marpa the Translator」 Chogyam Trungpa (編) 1982 Shambhala; Reissue版 言語 英語, チベット語,「タントラ 叡智の曙光」タントラ仏教の哲学と実践 H・V・ギュンター 宮坂宥洪・訳 1992/8 人文書院 原書1975 The Dawn of Tnatra「タントラ 狂気の智慧」 高橋ユリ子+市川道子・訳 1983年 原書The Myth of Freedom 1976「シャンバラ」勇者の道 澤西康史 2001/6 めるくまーる 原書 SHAMBHALA The Sacred Path of the Warrior 1984 「チベットの生きる魔法」 ぺマ・チョドロン えのめ有実子・訳 2002/2 はまの出版 原著THE PLACES THAT SCARE YOU 2001「心の迷妄を断つ智慧」 チベット密教の真髄 宮坂宥洪・訳 2002/03 春秋社 ILUSION'S GAME・The Life and Teaching of Naroopa<13>につづく
2008.03.27
コメント(0)

<10>よりつづく「シャンバラ 勇者の道」 <11>チョギャム・トゥルンパ /沢西康史 2001/6 めるくまーる 単行本 241p 当ブログでは、先年、まとめてチベット本を100冊ほど読んでみた。一冊一冊が貴重な体験となったが、いつの間にか、自分の中のチベット熱は一段落していた。なぜか。それは、自分にとって、これは、と思える一冊に出会えたからであった。もう、この一冊さえ抱えて逃げれば、まぁ、自分にとってのチベット問題はほとんど全てが解決するに違いない、とさえ思える一冊である。あとはもう要らない。まぁ、そんな納得があったから、一段落していたのだ。 もちろん、その一冊とは、この「シャンバラ 勇者の道」だ。この本、いつかは、またゆっくり熟読しようとは思っていたが、今回、中国共産党がまたまたチベットの人々を暴虐の坩堝に陥れるという事件が勃発し、私の心は、うろうろしたまま、また、この本に向かい始めている。 畏友Mンジュの日記でみたYouTubeの動画とその後半は、よくまとまったニュースであると思う。チベット文化と中国共産党のかかわりがよく分かる。しかし、この中になにか不足しているものがあるとすれば、この「シャンバラ 勇者の道」の中にこそ、それを見つけることができるような気がするのだ。 今回のチベット暴虐を、人権や人道(ヒューマニズム)、あるいは領土問題や、思想、宗教問題に歪曲してはならないと思う。今回のできごとを真に理解するには、そしてこの機会を最大に活用するとすれば、それは、この本の中にあると、私は思う。 この本、定価は千数百円とお手ごろなのに、いまやアマゾンではその四倍の6000円をはるかに超えて高値を呼んでいる。いつの間にか品切れになってしまっていたのだ。しかし、この本は、関心のある人は、手にはいるうちに早く確保しておくべきだ。この本が、まだこの値段で買えるとすれば、それだけの価値は十分あると、私には感じられる。この本、再スタートするにあたって、どのカテゴリに振り分けようかとちょっと考えたが、今回は、「マーケット・プレイス」カテゴリの中で読むことにする。 今回のチベット暴虐問題、所詮「FREE TIBET」の旗を振っているだけでは、本質的な解決にはならない。私は私の解決策をスタートしなくてはならない。いろいろな方法が考えられる。しかし、いまは、まずはこの本に戻る。この本を再スタートさせることによって、何かがわかるような予感がする。<12>につづく
2008.03.26
コメント(0)

「ぼくはこんな本を読んできた」 立花式読書論、読書術、書斎論立花隆 1995/12 文藝春秋 単行本 311p Vol.2 No.0026★★★★★ 「ぼくの血となり肉となった五〇〇冊そして血にも肉にもならなかった一〇〇冊」を偶然図書館で手にして、相当に面白かったので、「ぼくが読んだ面白い本・ダメな本そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術」を読んでみたが、こちらは、ちょっと反感が募った。そんな状況だったので、この二冊に先立つこと95年にでていた、このシリーズ第一冊目には、あまり期待していなかった。 でも、読んでみて、やっぱり面白かった。この面白さはなんなのだろうと、思って想いをめぐらしてみると、プロレスを想い出した。立花隆は、決して看板プロレスラーでもないし、もちろん、悪役ヒールでもない。しかし、自分の弱点もさらけだし、相手のきめ技もしっかり受け止めながら、最終的には三本勝負一勝一敗、一引き分け、で、キチンと放送時間内に勝負を終わらせる技術を持っている。 力道山やジャイアント馬場型ではないが、ラッシャー木村や大木金太郎みたいに、キチンと脇役を勤め上げる業師の趣がある。初代タイガーマスクみたいな熱狂的なブームを巻き起こすわけではないが、吉村道明みないなセミ・ファイナルをきっちり固める実力者、という位置づけだろうか(さいきんのプロセスはわからないので割愛)。 相手の反則技をきちんと受け止める。そして、じぶんだって、レフリーの目に触れないところでは、反則ぎりぎりの技を繰り出す。もちろん観衆はみんな見ている。いや、見せている。観客を興奮の坩堝に落とし込みながら、きちんと自分の仕事をする。そんなイメージだ。 「千夜千冊」の松岡正剛には、私はなぜか、「オヤブン」という、やや揶揄した呼び名を贈りたいのだが、立花隆は、同級生の感じがする。いや同級生というより、同学年生。となりのクラスのちょっと目立つ奴、という役どころか。島田裕己ならクラスのいじめられっ子、というイメージが湧くのだが、立花をいじめるのは、なかなかてこずりそうだ。 となりのクラスの同学年生、と思わせるところが、立花隆=知的プロレスラーとしてのショーマンシップのなせるわざなのだろう。ジャーナリスト的スタイルや、週刊誌的感覚、あるいはごく親しみの湧く風貌がそう思わせる要因のひとつであるだろうが、総体的にはそれらすべてが彼の技であって、彼は現代日本を代表する知的巨人のひとりであることに変わりはない。 この本、抜粋したいところは山ほどあるが、しない。彼の仕事観、読書観には割目すべき点が多くある。妹尾河童の「ネコビル」レポートp176など、この地下一階、地上三階の立花の仕事場が彷彿としてリアリティが湧く。秘書の佐々木千賀子さんの仕事場の見取り図もある。95年の本だからこんなところまで書いているが、2008年の今日なら、怖くてこんな図解を公開できないのではないかな。 立花隆の世界は面白い。しかし、あまり深入りしないことにする。当ブログには当ブログが成立してきたプロセスがある。そういった面からは、立花の世界とクロスすることはあっても、長時間の同行はできないだろう。立花には、立花の世界がある。これはこれで相当に面白い。
2008.03.26
コメント(2)

「OSHO ZEN TAROT」 <1>出版社: AGM 79枚のカードと191ページのハンドブックVol.2 No.0025★★★★★ Oshoときて、Zenとくると、Osho Zen Tarotを思い出す。ふと気がつくと、このカード、日本語版も英語版も手元にあった。いままで、いくつかのOaho関連カードがあったが、最近はあまりカードを「愛用」していたとは思えない。ここで、ひとつ、もういちど振り返ってみることも必要かなと思い始めた。 このカードができた時期やそのネーミングやテーマから考えれば、Pune2の最後の講話・ZENシリーズから構成されているのかな、と思ったが、決してそうではなさそうだ。Pune1の講話も半分取り入れられている。あるいは、もっと他にも禅講話に関する本もあるのだが、触れられていないものも相当数ある。逆に「Dang Dang Doko Dang」などは、11枚のカードに取り入れられている。これは、Oshoの講話の質というより、このカードをつくるプロセスに関わった人たちの嗜好性に関係あるのではないだろうか、と思う。 なんにせよ、このカードを「遊んで」いるうちに、Oshoの言わんとしていた「LIVE ZEN」が次第に自分の生にしみこんでくる仕組みになっており、貴重なメソッドになることに変わりはない。ここからさらに大きな世界へ歩みだす窓のひとつになることは間違いない。 下記にリストを作ってみた。添付した番号は、巻末の「出典リスト」p186のナンバー。ベースとなったリストは、セツの「オショウの講話タイトル:年代順」。取り上げられなかった他のタイトルは割愛した。Pune I74/07/10 The Empty Boat 28、74/10/21 Hsin Hsin Ming: The Book of Nothing 55、74/12/11 Returning to the Source 24、44、76/02/21 Ancient Music in the Pines 15、72、76/03/01 The Search 25、 76/06/11 Dang Dang Doko Dang 1、9、20、32、39、41、58、60、62、74、76、76/08/11 A Sudden Clash of Thunder 4、8、29、45、77、76/08/21 The Discipline of Transcendence, Vol 1 10、57、 77/06/11 Zen: The Path of Paradox, Vol 1 61、77/12/11 This Very Body the Buddha 52、64、78/04/11 Take It Easy, Vol 1 6、11、34、43、47、59、66、78/04/25 Take It Easy, Vol 2 54、67、78/06/11 The Sun Rises in the Evening 30、35、38、63、79/10/31 The White Lotus 50、56、65、80/03/05 Walking in Zen, Sitting in Zen 12、80/12/27 Zen: Zest, Zip, Zap and Zing 7、Rajneesh Puram85/04/01 From the False to the Truth 23、World TourPune II87/07/05 Bodhidharma: The Greatest Zen Master 33、69、87/07/15 The Great Zen Master Ta Hui 3、21、48、53、70、88/04/22 Live Zen 40、68、88/06/27 Zen: The Solitary Bird, Cuckoo of the Forest 14、88/07/12 Zen: The Diamond Thunderbolt 13、18、75、88/08/02 The Miracle 42、88/08/12 Turning In 26、88/09/26 Hyakujo: The Everest of Zen, with Basho's Haikus 19、88/10/05 Nansen: The Point of Departure 27、88/10/15 Joshu: The Lion's Roar 22、88/10/23 Rinzai: Master of the Irrational 46、88/11/01 Isan: No Footprints in the Blue Sky 17、88/12/26 No Mind: The Flowers of Eternity 79、89/01/13 One Seed Makes the Whole Earth Green 16、89/01/22 Christianity: The Deadliest Poison and Zen: The Antidote... 31、 37、89/01/30 Communism and Zen Fire, Zen Wind 36、89/02/06 God is Dead, Now Zen is the Only Living Truth 2、71、73、89/02/13 I Celebrate Myself: God Is No Where, Life Is Now Here 51、78、89/02/20 The Zen Manifesto: Freedom From Oneself 5、49、 <2>につづく
2008.03.23
コメント(0)
![]()
「インテグラル・スピリチュアリティ」 <1>ケン・ウィルバー /松永太郎 2008/02 春秋社 単行本 469p Vol.2 No.0024★★★☆☆ まえまえから楽しみにしてリクエストしておいたのだが、図書館とは変なもので、あまりに新刊だと入庫されない。出版社に対する遠慮もあるのだろうし、人気度の見極めもあるのかも知れない。だけど、ケン・ウィルバーなら他にも読む人がいるようなものだが、今回は、やんわりキャンセルされてしまった。ひょとすると、ケン・ウィルバーは、公立図書館レベルでは、人気ないのだろうか。 たしかに、過去の著書もあまりそろっているところないようだ。この辺は、欧米と日本の嗜好の違いが現れているのかもしれない。ということで、なにはともあれ、書店で立ち読み。なかなか面白そうでもあり、なんだかなぁ、と思うところあり、複雑な気分。やはり、難渋な思想や哲学のほうに傾いていってしまっているのか。 いま彼はどこにいるのだろう。例えば彼が先頭になって、FREE TIBETの旗を振ったりすることがあるのだろうか。あるいは、そんなことはお門違いな期待であって、彼は彼で、自らのインテグラルに夢中なのであろうか。なにはともあれ、そのうちゆっくり読んでみたい本の一冊。<2>につづく
2008.03.21
コメント(0)
![]()
「ぼくが読んだ面白い本・ダメな本そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術」立花隆 2001/4 文藝春秋 単行本 407p Vol.2 No.0023★★★☆☆ 「ぼくの血となり肉となった五〇〇冊そして血にも肉にもならなかった一〇〇冊」が割と面白かったので、著者の過去の類書2冊を読むことになった。パラパラめくってみて、目次に違和感は無かったけど、『「捨てる!」技術を一刀両断する」p371のところに、一等最初に目がいってしまった。ここをまず読まねばならない。 「一刀両断する」という限り、やはり相当に切り込まれてしまっている。ここまで言われたら絶命しているに違いない。私はこの『「捨てる!」技術』は好きだった。新書本としてもマーケティング的に成功した一冊だろう。しかし、家族には不評だった。まず捨てるとしたら、そんな本をまず捨てるべきだわ、などと言われる始末。 その後、出た「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ 」がもっと面白くて、もっと私にぴったりで非常に役立ったので、実は今でも座右の書として、机のすぐ脇においてある。今じゃぁ、ほとんど内容に目新しさはなくなったが、この本の背表紙をみているだけで、毎朝のお題目をあげるような効果があるのかもしれない。 しかし、まぁ、2001年という時代背景もあるのだろうが、立花がここまで、この「捨てる」本を言うほどでもないのではないか。なにも捨てたくない人には捨てろという必要もなく、捨てたくても捨てられない人への、意思決断要求と読めば、この本は結構役に立つはずだ。立花のように、自分の蔵書を収めるために、地上三階地下二階のビルを建てられる人など、一般人ではない。 通常の人間は、本に埋もれて、本当に大事なものが見えなくなってしまっている人が多いのだ。そして本当に役に立たないものも多い。MOTTAINAI、とは意味が違う。ここでの立花の論旨に、私は賛同しかねる。 かくいう私は、朝刊の自宅配達を停止して、今月末でちょうど1年になる。テレビ番組欄が見れない、近所のスーパーのチラシが入らない、というデメリットより、情報過多、廃棄物過多の環境を排除できたという意味では、「捨てる」効果がだいぶあった。実は新聞もあればあったで便利なのだが、この実験はもうすこしつづけようと思っている。 さて、巻頭から読み始めていると、書評というより2001年当時の出版界の情報が満載されていて、なるほどなかなか面白い。面白いが、はてさて、そんなことをこの著者にいちいち聞かなくてはならないのかな、とちょっと気が重くなる。まぁ、すくなくとも、「私が愛した本」を前後左右から比較するために、松岡正剛の「千夜千冊」と、この立花隆の書評本3冊を読んでおくことも悪くはあるまい。すくなくとも、この二人は現代日本の読書人としての巨人たちだ。 このあと、「ぼくはこんな本を読んできた」も読んでみるつもり。
2008.03.21
コメント(0)
![]()
<1>からつづく「松岡正剛 千夜千冊」 4 神の戦争・仏法の鬼<2> せっかくネグリを思い出し、マルチチュード関連本を再読、三読しようかな、と考え始めていたのに、なんと!! <緊急急連絡・ネグリ氏の来日中止について>の告知が! う~~ん、残念というか、当然というか、新しい展開というか。ネグリの来日中止といい、最近の中国当局による「チベット暴虐」のニュースといい、<帝国>が暗躍しつづけている。 この本、索引を含めるとゆうに一冊で1400ページを超える大冊だ。1ページ10秒でめくり続けたとしても、一時間で36ページ、ぶっ通しで読み続けたとしても、38時間かかる。ということは、一日8時間読み(めくり)つづけたとしても一週間がつぶれてしまうということになる。万が一、、全8冊を読むのに二ヶ月。ふ~、それだけ格闘するだけの体力があるだろうか。めくるだけでこれだけかかるのだ。もし精読するなんてことになったら、どうなるのだろう。 この本のど真ん中は「ダダ宣言」だった。1章「闇と一神教」の最初は「旧約聖書・ヨブ記」からのスタートだった。2章「空と浄土と千年王国」あたりにくると、だいぶ当ブログとのインターフェースは増えてくる。4章になると、ようやくスピノザの「エチカ」が見えてくる。 スピノザについてぼくが数行以上のことを書くのは、たしか初めてのことだと思う。『エチカ』の幾何学的な香りと神を操る二重性にながららく惹かれてきたわりに、なぜか感想をまったく書いてこなかった。p474 なるほど正剛オヤブンにしてそうだったのか。 ようするにスピノザについて発言することは、たちまち全ヨーロッパの知ととの関係を問われるか、さもなくば自分の哲学を問われるということなのだ。まさに踏み絵なのである。それも全ヨーロッパの知を賭けた踏み絵として、スピノザは位置づけられてきたわけなのだ。だからこそ、こそがプラトンを批判して全ヨーロッパの知を問題にしたニーチェとつながる畏怖ともなってくる。こういうスピノザでは、ぼくでなくとも引っ込み思案にもなろう。p477 こここそがオールリセットのスイッチをスピノザが持っているところなのだ。 スピノザが思索し、表現しようとした神の弁証というものは、こうした交錯した二重信仰・多重信仰の渦中で開花していったのだ。そのため『エチカ』を読んでいてもしばしば感じることでもあるけれど、あまり説明もなく平気で概念の意味を変えて使うようなところもあったのだ。p480 スピノザを読み込むにはスピノザのアルファベットを使う必要がある。 あらためて縮めれば、結局、『エチカ』とは神のための論証の幾何学である。神と自己とを分かたず、精神と自然とを分かたぬ認識に入ることを倫理(エチカ)とするための論証なのである。その論証そのものの意匠が「神」と「神ならざるもの」をめぐっての自己原因の発露なのである。『エチカ』ではその全貌が「概念の構成のための手順の提示」であって、また「知性によっていかに神に酔えるのか」という「方法の提示」になっている。p481 しかし、まぁ、結局は、この著者にして、この短文の結句は「いつの日か、今度はホワイトヘッドからスピノザへという回路をめぐりたい」p482とするところでとどまっている。 さて、アントニオ・ネグリについてだが、10章「文明の衝突?」のなかで「マルチチュードの自治へ」というタイトルで、『構成的権力』にふれている。ほとんど、この第4巻の最後の結論部分に近いところに位置している。 マルチチュードとはもともとはスピノザに由来する言葉だった。スピノザのことを片時も忘れないネグリは、この異貌の思想者からマルチチュードを盗む。 マルチチュードとは自主的多数派のことである。「群衆」「多数性」「多性」などといった訳語があてがわれてきたのだが、どれもぴったりしない。マルチチュードと原語でいうのが、いちばんいい。それよりも重要なのはマルチチュードが何をするのかということである。一言でいえば憲法制定の力を担う者のことをいう。すなわち、マルチチュードが「帝国」を解体し、憲法制定権力をもつこと、それがマルチチュードのミッションなのだ。p1328 たしかに憲法制定能力はネグリのキーワードでもあるが、他には「武器」や「貨幣」というキーワードも忘れてはいけない。 ネグリは、マルチチュードが「帝国」に対抗するには、すなわちこれらのことをひとつでも実行プログラムに移そうとするには、マルチチュードはまずもって「特異性(シンギュラリティ)」としての多数性でなければならないと考えた。特異性を増殖させなければならないのである。マルチチュードがもし孤立してしまったら、マルチチュードはあのおぞましいファッショに墜落していくしかない。p1329 ファッション(流行)、ではなくてファッショ(独裁)である。いくら誤字脱字オンパレードの当ブログでも、ここでは誤字は許されない。中国共産党による「チベット暴虐」などのファッショは許してはならない。現代が乗り越えていかなくてはならない最大限の課題だ。最後の最後、著者は第4巻あとがきで書いている。 これらがハンチントンのいう儒教=イスラム教とユダヤ=キリスト教型の文明間の衝突かどうかとえば、まだそういう相貌は呈していない。また、それらを突破する行動と思想がアントニオ・ネグリの「マルチチュードな自治」や大澤真幸の「第三の審級」かどうかも見通されてはいない。そこでぼくとしては本巻をノージックの『アナーキー・国家・ユートピア』と埴谷雄高の『不合理ゆえに吾信ず』でおえてみた。「世の初めから隠されていること」はまだ浮上しきっていないのだ。p1365 万巻の書を読み、千巻の書を成す、この著者にして、この言葉なのだ。「世の初めから隠されていることは」、本当に、まだ浮上していないのだろうか。それとも、「不合理」や「不可知」であることに救いを求めているのだろうか。結局は、松岡正剛の「千夜千冊」も、闇夜で、そこにいない黒猫を、手探りで探し続けているに過ぎないのではないか、と、思ってみる。 つづく
2008.03.20
コメント(0)
![]()
「さらば、“近代民主主義”」 /杉村昌昭 2008/1 作品社 単行本 251p Vol.2 No.0022★★★★☆ まもなくアントニオ・ネグリが初来日する。これを機会に以前に目を通した本も取り寄せておいたが、どうもその流れにならない。せめてフォト・セッションを、と証拠画像。 「構成的権力」 近代のオルタナティブ 1999/06 松籟社 「未来への帰還」 ポスト資本主義への道 1999/10 インパクト出版会 「転覆の政治学」 21世紀へ向けての宣言 1999/12 現代企画室 「<帝国>」初読、再読 グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性 2003 「がんばれマルチチュード」初読 ああ21世紀 荒岱介・編 2003/4 実践社 「ネグリ生政治的(ビオポリティーク)自伝」 ・・・帰還・・ 2003 「マルクスを超えるマルクス」「経済学批判要綱」研究 2003 原書1979 「ヨブ奴隷の力」2004/12 情況出版 /世界書院 「非対称化する世界」初読、再読 2005 「現代思想」2005/11 特集マルチチュード 青土社 2005 「マルチチュード」(上)初読、再読 <帝国>時代の戦争と民主主義 2005 「マルチチュード」(下)初読、再読 2005 「芸術とマルチチュード」初読、再読 2007/05 月曜社 「自由の新たな空間」2007/6 世界書院 「アントニオ・ネグリ講演集」(上) 〈帝国〉とその彼方 2007/08 筑摩書房 「アントニオ・ネグリ講演集」(下) 〈帝国〉的ポスト近代の政治哲学 2007/08 筑摩書房 「さらば”近代民主主義”」 政治概念のポスト近代革命 2008/1 作品社 「未来派左翼」<上> グローバル民主主義の可能性をさぐる 2008/03 日本放送出版協会 「未来派左翼」<下> グローバル民主主義の可能性をさぐる 2008/04 日本放送出版協会 「スピノザとわたしたち」 2011/11 水声社 「世界が日本のことを考えている」 3.11後の文明を問うー17賢人のメッセージ 共同通信社 2012/03 「コモンウェルス」 <帝国>を超える革命論 2012/12 NHK出版 「叛逆」-マルチチュードの民主主義宣言 2013/03 NHK出版 「現代思想」 2013年7月号 特集=ネグリ+ハート 〈帝国〉・マルチチュード・コモンウェルス 「ネグリ、日本と向き合う」アントニオ・ネグリ他著 2014/03 NHK出版 ーーーーーーーーーーーー長文になったので、二分割した。2013/02/23 後半に続く
2008.03.20
コメント(2)

「道元」 その探求と悟りの足跡 和尚/講話 スワミ・アンタール・ガータサンサ/訳 和尚エンタープライズジャパン 1992年10月 Vol.2 No.0021★★★★☆Osho最後のZENシリーズ目次 パルヴァによれば、Osho最後講話・禅シリーズは28冊あることになっているが、どうやらセツの「オショウの講話タイトル:年代順」によると、27冊になっている。いずれが適正かしらないが、未確認のまま、便宜上、その直前の記念碑的な一冊「YAA-HOO! The Mystic Rose」を入れて28冊としておこう(必要なら、あとで訂正することにする)。 このうち、日本語訳は6冊しかないのかぁ、と思って、わがライブラリーをみたら、日本語版はともかくとして、その28冊のうち、なんと18冊の英語版が含まれていたのだった(緑色の部分)。いままで、あまり年代順に並べてみることもなかったが、そうか、そうだったのか、とあらためて再認識。Osho最後の講話録・ZENシリーズ(未確認版)88/03/19 YAA-HOO! The Mystic Rose 88/04/22 Live Zen 88/05/27 This, This, A Thousand Times This: The Very Essence of Zen 、「これ、これ、千回もこれ」88/06/11 Zen: The Quantum Leap From Mind to No-Mind 88/06/27 Zen: The Solitary Bird, Cuckoo of the Forest 88/07/12 Zen: The Diamond Thunderbolt 88/07/25 Dogen, the Zen Master: A Search and a Fulfillment 、「道元」88/08/02 The Miracle 88/08/12 Turning In 88/08/16 The Original Man 88/08/29 The Language of Existence 88/09/08 The Buddha: The Emptiness of the Heart 88/09/16 Ma Tzu: The Empty Mirror、「空っぽの鏡・馬祖」88/09/26 Hyakujo: The Everest of Zen, with Basho's Haikus 88/10/05 Nansen: The Point of Departure 88/10/15 Joshu: The Lion's Roar 88/10/23 Rinzai: Master of the Irrational 、「臨在録」88/11/01 Isan: No Footprints in the Blue Sky 88/12/03 Kyozan: A True Man of Zen 88/12/26 No Mind: The Flowers of Eternity 、「ノーマインド」89/01/08 Zen: The Mystery and The Poetry of the Beyond 89/01/13 One Seed Makes the Whole Earth Green 89/01/17 Yakusan: Straight to the Point of Enlightenment 89/01/22 Christianity: The Deadliest Poison and Zen: The Antidote to All Poisons 89/01/30 Communism and Zen Fire, Zen Wind 89/02/06 God is Dead, Now Zen is the Only Living Truth 89/02/13 I Celebrate Myself: God Is No Where, Life Is Now Here 89/02/20 The Zen Manifesto: Freedom From Oneself 、「禅宣言」 <2>につづく
2008.03.20
コメント(0)

「坐禅和讃」 Osho 白隠禅師を語る <1> スワミ・プレム・ラジヤ/ スワミ・アナンド・ヴィラーゴ/訳 1990/3 瞑想社Vol.2 No.0020★★★★☆ Oshoの禅の風合いも、いわゆるPune1の最後期における歯科椅子シリーズのひとつ「私が愛した本」などにでてくる禅の響きと、Pune2の最後期にあたるいわゆるZenシリーズにおける禅の響きには、微妙な違いがある。いや、大きな違いがあると言ってもいいかも知れない。 Pune1においては、禅の伝統を借りながら、さかんに禅にラブコールをしている風にさえ感じられる。ところが、Pune2においては、禅というより、Zenといったほうがいいくらい、日本や中国における伝統は伝統として、そこからはもうすでに遠く立ち去ったかに感じられるOshoがいるように感じる。Oshoは和尚ではなく、彼が語るZenは禅ではない。そんな感じさえする。 この「坐禅和讃」は、よく調べてみる気もないので、不明だが、Pune2のZenシリーズの一冊ではないのではないだろうか。セツの「シーポヨのしわざ」によれば、この本の原書「THIS VERY BODHI THE BUDDHA」は77/12/11に講話が始まっていることになっている。まさに私がPuneでテイクサニヤスした2日後に始まっていることになっている。 当処即ち蓮華国 此の身即ち仏なり 白隠禅師の「坐禅和讃」のなかの言葉は、当然、白隠禅師の存在があったればこそ生きてくる言葉ではあるが、すでに、この講話がなされて30年後に再び感じてみれば、この言葉を、Oshoの存在を通して感じなおしてみれば、 THIS VERY BODY THE BUDDHA THIS VERY PLACE THE LOTUS PARADISE という言葉もなんとも味わい深い。しかも、「身」と「処」の順序が変わっている。日本語訳の翻訳者たちは、このタイトルの講話の(たぶん)10日のうちの、第1日目と、第6日目を翻訳して、一冊にしている。本来であれば、このタイトルの10日間を通して読んでみたいところだが、(もう出ているのかもしれない)、ちょっぴり物足りない感じがする。 Oshoに、自分の知っている世界を解釈しなおしてもらいたい、新しい光をあててもらいたい、という気持ちはわかるのだが、しかし、あれから30年経過してみれば、Oshoは伝統に衣装を借りてはいたものの、自ら表現しようとしていたことは、むしろ、その伝統を断ち切ることだった。もっと現代的(つまり21世紀的に)なセンスで、この本はもういちど翻訳しなおされてもいいのではないだろうか。 THIS VERY BODY THE BUDDHA THIS VERY PLACE THE LOTUS PARADISE <2>につづく
2008.03.19
コメント(0)

<1>よりつづく「英知の辞典」 <2> Osho コミューン COMMUNE 真の社会主義は深い瞑想の中にあるコミューンのかぐわしい香りにほかならない。それは社会構造や経済とは何のかかわりもない。真の社会主義な社会における革命ではないし、それは社会的なものではない。それは個人の意識における革命だ。 内なる革命を経験しつつある多くの人々がともに暮らすとき、そこには必ず新たな質が生まれてくる。それは「社会主義(ソーシャリズム)」と呼んでもいいが、もっとよい名前は「コミューン」から来た「共産主義(コミュニズム)」だ。共産主義を実現できるのはコミューンだけだが、コミューンはごくまれにしか存在しなかった。 仏陀が生きていたとき、彼のまわりにはコミューンが成長した。彼はそれを「サンガ」と呼んだが、それはコミューンの別の名前だ。「サンガ」の意味は、門人たちが自らの自我(エゴ)を落とし、もはや孤島のように機能するのではなく、互いとひとつになっている場所、霊的交感(コミュニオン)が起こっている場所のことだ。コミュニケーションは頭と頭のものだが、霊的交感はハートとハートのあいだに起こる。 いつであれ多くのハートが開き、花々になるとき、すばらしい香りが解き放たれる。そのかぐわしい香りがブッダを取り巻いている。それは「ブッダフィールド(覚者のエネルギー場)」と呼んでもいい。そのエネルギーは全面的に異なっている。そこにはいっさい政治は含まれていない・・・・。 ブッダがいれば、コミューンは起こらざるをえない。それを止めることはできない。それは避けがたい。遠い世界の隅々から、真の探求者たちがブッダを目指して動きはじめる。ちょうど香りのよい花が咲いたとき。、蜜蜂が多い場所から列をなしてやって来るようなものだ。突然、その香りは磁石のような誘引力になる---だがそれは蜜蜂にとってだけで、誰に対してもというわけではない。犬は振り向きもしないで花の傍らを通り過ぎる。それは彼らにとっては存在しない。犬は花に敏感ではない。 ブッダは感受性、知覚力、応じられる用意、開かれた心、探究心を持っている者にしか存在しない。多くのものが仏陀に行き会い、そして彼を見逃した。何百人もの人々が彼に出会ったが、彼を認識できなかった。彼らにとっては、彼もまたもうひとりの学識のある人、もうひとりの聖者にすぎなかった。インドはいつでも聖者たちで満ちあふれている。彼らにとって仏陀はことさら特別視するほどの存在ではなかった。彼らは耳を傾け、わずかばかりの知識をかき集め、そして我が道を行ってしまった。 だが、感受性がある人々、このブッダのたおやかなエネルギー、この繊細な香りとともに踊ることができるハートを持った人たちは、失われ、完全に失われ、分解し、融けあった。これらの融けあった個人たちからコミューンが、ブッダフィールドが、サンガが生まれてきた・・・・。 ブッダのコミューンでは誰もが個性を持っているが、人格を持っている者はいない。誰も利己的ではないが、誰もがユニークな資質を備えている。誰もがその人ならではの仕方でコミューンに寄与する。そして誰もが何であれ他の人のやっていることに敬意を払う。個人に対するこの上もない敬意がある・・・。 有名なよく知られた詩人、画家、多くの本を出版している作家もいるが、彼らは靴をつくっているかもしれないし、大工仕事をしているかもしれないし、畑で肥料をやっているかもしれない。というのも、ひとつのことが完全にはっきりしているからだ-----どんな仕事をしても変わりはないし、あなたの個性はどこに行っても損なわれない。仕事がより高い地位をもたらすわけではないし、それが階級を生みだすこともない。誰もが自分なりのやり方で、全身全霊をこめて働いている・・・・。 ブッダのコミューンでは、最初から独裁というものがない----外部の者の目からは独裁があるように見えるかもしれないが。外部の者は、もしここにやって来たら、これは私の独裁だと思うだろう。だが私は誰にも命令したことはない・・・・私は誰がどこに住んでいるかも知らない・・・・・コミューンのほかの家を訪ねたこともない。私は自分の部屋にいく道しか知らない! だが、外から来た者なら誰でも、私が独裁者だと思うだろう。それはまったく違う。人々はここで自らの愛ゆえに働いており、誰ひとり命令されてはいない。彼らが私に尋ね、私が何かを言ったとしても、それはつねに提案であり、けっして命令ではない。それを受け容れるか否かは彼らの自由だ。彼がいつも受け容れるとしたら、その名誉は彼らのものであり、私とは何のかかわりもない。それを受け容れないとしても、彼らにはそう振舞うべき完全な自由がある。 真のコミューンでは、私のヴィジョンによるコミューンでは、至高の人が中心になる・・・・・。 ブッダを通じて、<光明>の人を通じて、神が流れはじめる。真のコミューンをつくるのは最高の人、至高の人だ・・・・・。 ブッダに明け渡すことは、あなた自身の決断であり、あなた自身の自由だ。明け渡すように強いられるわけではない。そして多くの人がブッダに明け渡すとき、彼らはほんとうは自分自身の未来、自らの究極の可能性に明け渡している。ブッダはたんに彼らに何が起こりうるかを象徴しているに過ぎない。彼はただ彼らの究極の開花の写し鏡だ。 ブッダに明け渡すとき、あなたはほんとうは自らの低い現実(リアリティ)をより高い現実に明け渡している。ブッダは口実にすぎない。こうした真のコミューンが存在するようになる。それは愛から、瞑想から、祈りから生まれてくる・・・・。 人間は進歩し、成熟した。とりわけ今日において。そういった何千ものコミューンが世界中に噴出し、爆発することができる時代が到来した。それこそ私が意図していることであり、何千ものサニヤシンをつくりだし、彼らを母国に送り返すことで、私は何千ものコミューが働きはじめるよう願っている。 私は世界中にコミューンの連鎖をつくりだしたい。そうすればこのコミューンは広大な砂漠の唯一のオアシスにとどまることなく、多くのコミューンと結びあわされる。このような形の結びつきがなされたことはかつてなかった。それは新しい試みだ。コミューンはつねに存在したが、世界中で多くのコミューンが機能することはこれまで可能ではなかった。今日初めてそれが可能になった。科学がそれを可能にした。世界はいまやごく小さなものに、ほとんど村のように、いわば地球村になってしまった・・・・・。 私がここでやっていることはひとつのバランス現象にほかならない。いまや宗教はこれまであたよりもはるかにたかいレベルで存在することができる。それは科学が正しい下地を整えたからだ。それだけではなく、科学は人類が科学そのものによって滅ぼされてしまいかねないとてつもない恐怖を世界中に生み出した。今や残された唯一の望みは、宗教がそれを救うかもしれないということだ。そして生存がかかっているかぎり、何百万という人たちが必ず瞑想に興味を持つようになる。なぜなら、瞑想だけが彼らを救うことができるからだ。ほかに彼らを救うう事ができるものは無い。人間がいつまでも変わらないのに科学が進歩しつづけたら、その発達した科学そののが人間にとって山のような重荷になってくるだろう・・・・。 それは第三次世界大戦、全面戦争をもたらすかもしれない。なぜなら、生きるか死ぬかの問題だからだ。このような問題がおこったことはかつてない。しゅうきょうが爆発しうる可能の生があり、何百万もの真正な探求者たちがそれを捜し求めている。 私たちはそういったコミューンの連鎖を世界中につくりだすことができる。全世界がブッダフィールドに変容されうる。そうして初めて共産主義(コミュニズム)が愛のなかから、至高の源泉、エベレストから起こってくることができる----プロレタリアートの独裁ではなく、ブッダへの信頼、明け渡しだ。その信頼と明け渡しのなかから、まったく新しい形の共産主義が誕生してくるかもしれない。 その意味では、私は共産主義に賛成だ-----だが、共産主義者は私に猛反対することだろう。なぜなら、もし私流の共産主義が成功するなら、彼ら流の共産主義は失敗せざるをえないからだ。 I AM THAT p228~233<3>につづく
2008.03.19
コメント(0)
![]()
<6>よりつづく「禅宣言」 <7> Osho この本もいつのまにか7回目の書き込みになった。マジックナンバー7で終わらせようと思ったが、どうもそれでは収まりきらないようだ。まぁ、急ぎの旅ではない。のんびり行こう。訳者パルヴァはあとがきで書いている。 この禅話シリーズは、英語の原書で合計28冊の本となって刊行されている。そのうち日本で翻訳出版されているのは、現在のところ、『これ、これ、千回もこれ』、『道元』、『臨在録』、『空っぽの鏡・馬祖』の五点。p532 28冊のリストをネットで探そうとしたが、いいのが見つからない。英語版の蔵書も何冊かあり、この「禅宣言」以後に翻訳されたものも何冊かある。「これ、これ、千回もこれ」は当ブログに登場済みなので、他の4冊も読み進めてみよう。 この『The Zen Manifesto』というタイトルは、言うまでもなくマルクス=エンゲルスの『The Communist Manifesto(共産党宣言)』を念頭においたものだ。p534 とパルヴァは書いているが、さて、他にも「宣言」はあったと思うし、日本の選挙においてすら、選挙公約という意味で「マニュフェスト」は不可欠のものになってしまった。しかし、もし、Osho最後のシリーズに、「共産党宣言」の下敷きがあったとするなら、やはり、「書かれているスタイルを愛する」といわれたその本から、まだまだ目を放せない。 それからひと月たち、ふた月たち、Oshoはいっこうにその住まいである老子館(ラオツ・ハウス)から出てこない。一度マニーシャから「今度Oshoは法華経について語るらしい」という話もあったが、それも実現することはなかった。p535 日本の歴史的禅マスター達も法華経に触れることも多かった。ブッダの法輪の最後の働きとされる法華経。「ハート・スートラ」の般若心経、「ダイヤモンド・スートラ」の金剛経のように、Oshoによって法華経が「ロータス・スートラ」として語られる機会は失われてしまった。実現していたら、いったいどのようなものになっていたのだろう・・・・・。 この経を語るのは、Oshoの弟子たちに託されたわけだ。そんな意味合いをこめて、かつて私は「湧き出ずるロータス・スートラ」を書いたのだった。<8>につづく
2008.03.18
コメント(0)

「英知の辞典」 <1>Osho スワミ・アナンド・ソパン 1996/05 単行本: 579ページ めるくまーる Vol.2 No.0019★★★★☆ 本書はTHE BOOK:An Introduction to the Teaching of Osho 全三巻のすべての項目のなかから、その10分の1を抜粋して独自に編集したものである。巻末 編集部注p580 とある。1984/03に発行された、その英文全三巻を持っているので、あ、いいか、と思って、日本語訳にはあまり関心をもたなかった。日本語訳がでたのが1996年という、私自身がほとんど本を読まなくなり、インターネットに夢中になってはまりきっていた時代と重なったこともひとつの要因だった。 ところがひょんなこと(つまりSNSで話題になった)で一冊購入しようとしたら、すでに売れ切れで在庫がなかった。近くの図書館で探すとなんと、きちんと蔵書に加えられていた。だから、資料として使う分には困ることはない。ただ、この本、私みたいに借りる人が多いのか、もともと造本に弱いところがあったのか、装丁の粘着部分が剥がれつつあって、ちょっと心が痛んでいた。 できれば自前でわが蔵書に加えようと、ネットで購入も考えたのだが、もちろん在庫がない。そこで、アマゾンを検索したら、あった。ただし、中古。それでも在庫はある。さっそく入手することになった。実際、手にとってみると十分だ。これは私的には朗報。つまり今後は、希少本や絶版本だから、と言ってあきらめることはないのだ。便利な時代になったものだ。 この本、原書は当然、A~Zの順で並んでいるのだが、日本語版は、日本語の訳語順に、あ~わ順にならんでいるので、なんだかまったく新しい本のようなイメージがある。例えば「Revolution」は英語版では「R」の項目にあるが、日本語版では「革命」となり「か」の項目にある。 革命 REVOLUTION 私が宗教は唯一の革命だというのは、それが人間を変えるからだ。それは人間の意識を変え、それは人間のハートを変える。それは個人にかかっている。なぜなら、個人こそ現に確固として存在するものだからだ。それは社会には関心を払わない。個人が異なっていれば、社会もおのずと異なってくるし、世界もおのずと異なったものになる。それに外側のものを変えることによって内側のものを変えることはできない。なぜなら、外側のものは周辺部にあるからだ。だが、中心、内側のものをかえることによって外側のものを変えることはできる。なぜなら、内側のものはそのまさに核芯にあるからだ。いくら症状を変えても病気を治すことはできない。あなたは人間のなかに深く入り込んでゆかねばならない。この暴力はどこからやって来たのか? この搾取はどこからやって来たのか? こういったエゴ・トリップのすべてはどこからやって来たのか? どこから? それらすべては無意識からやって来た。人間は眠ったままで生きており、人間は機械的に生きている。そのメカニズムが壊されなければならない。人間は改変されなければならない。これはかつて試みられたことのない宗教的な革命だ。THE WISDOM OF THE SANDS、Vol,2 p116<2>につづくTamagawa list of Osho Tantra
2008.03.18
コメント(0)
![]()
<5>よりつづく「禅宣言」 <6> Osho 人々は悟った人間たちを手酷く扱う。一度たりとも、愛と尊敬をもって接したことがない。悟った人間がもっとたくさん増えるなど、期待すべくもない。全体の空気が悟りに敵対している。p430 このような言葉には、ただただ敬して伏すのみだ。 ここで私たちのしていることは、ブッダを創り出すことだ----ひとりやふたりではなく、何百万も。そうすれば、そう易々と壊されることもない。私たちの望みは、地球全体を取り巻く覚醒の野火を創り出すことだ。これほど大きな実験は、いまだかつて行われたことがない。今まではただ個々の人間が悟りを開き、そして大衆によって虐げられてきた。 私は世界に知って欲しい。この場所は、ひとりの悟った師で満足するような場所ではない。何千ものサニヤシンにブッダになってもらいたい。 これら21の国々の、私を入れぬよう邪魔だてすることならできようが、私のサニヤシンたちがここにやって来るのは邪魔できない。わざわざ私が出かけて、彼らの道徳を腐敗させることもない。私は自分の天使たち、使者たちを送ろう。私のサニヤシンたちにはそれができる。私がするまでもない。私のサニヤシンたちでさえ、彼のいわゆる宗教を破壊できる----そうした宗教には、何の深みもない。p430 Oshoのサニヤシンたちひとりひとりに対する信頼は半端なものではない。 こうしたピラミッドが創られたのはエジプトの神秘家たちによってだが、その元はアトランティス大陸の非常に古い文書にあった。この大陸は、自然災害か人間の愚かさによって沈んでしまった。しかしエジプトのアレキサンドリアには、失われた大陸レムリアと、アトランティスの価値あるものすべてが残されていた。アレキサンドリアの図書館は、非常に大きかった----多分、世界で一番大きな図書館だった。イスラム教徒が、カリフ・オマールが、それを燃やしてしまった。p467 アトランティスやアレキサンドリアはともかくとして、Oshoがレムリアに触れることは珍しいのではないだろうか。そして、この講話をしたつぎの日の講話で、Oshoの全講話が終わる。 この同じであること、このあるがままこそ、禅の宣言(マニュフェスト)だ。それは「個」としてのあなたの美しさの宣言であり、また同時に、その「個」が普遍へと消え去ることの宣言だ。 いなくなればなるほど、あなたは在る。 まったくの無になれば、そのときあなたはすべてになる。 これが禅のマニュフェストだ。p476 Oshoは禅の伝統を愛しつつ、その伝統を超えていく。それは、かつての禅マスターたちなら、当たり前のことであった。 禅は宗教ではない それはまさにあなたの本性の宣言(マニフェスト)だ それはあらゆる社会構造からの自由だ それは自分自身からの自由でさえある それは純粋な自由だ この自由のなかから 創造的なものすべてが生じる 美しいものすべて 意味あるものすべてが 花開く 今まで一度も気づいたことのなかった優雅さがあなたを取り巻く 光のオーラがあなたに従う p485 不用意に言葉を挟むことは憚れる。 必要なのは、現代人を魅きつけるように禅を変えていくことだ。楽で、くつろいだものにする----厳しくすることはない。そのような古い伝統的な形はもはや可能ではないし、その必要もない。いったん探求されたら、いったんひとりの人間が悟りを開いたら、その道は容易になる。たとえば電気は何度も何度も発見する必要はない。いったん発見されたら、あとはそれを使えばいい----別に偉大な科学者である必要はない。p494 <7>につづく
2008.03.17
コメント(0)
![]()
<7>よりつづく「OSHO:アメリカへの道」 <8>マックス・ブレッカー /「Osho:アメリカへの道」プロジェクト 2005/10 「禅宣言」を読み進めていて、どうもきになった部分があったので、こちらを読んでみた。なるほど、たしかに怪しい動きがあったことは間違いない。 ジョン・ウェイン・ハーンが「トーマス・マクマレンとC・バック」からラジニーシプーラムのトレーラーをいくつか吹っ飛ばして欲しいと懇願されていたとき、ドン・スチュアートにはもっと大きな仕事、ラジニーシ本人を暗殺して欲しいという依頼が持ちかけられていた。「おれたちは軍仕様の性能を有するC/4プラスチック爆弾5ポンド(約2キロ)を使うつもりだった。これは政府の人間でないと手に入らないものだ」スチュアートは私に話した。これはデラウェアのデュポン・ケミカル社が製造しているものだった。「たとえおれがそいつを買いたいと思っても、買えはしないよ。盗むなんてことは、まず不可能だな」 スチュアートはこの事案における重要参考人であって、彼の信頼性が問われるのはまず間違いないから、ここで彼の人物像を手短に紹介しておく必要がある。彼は身長ほぼ6フィート(約180センチ)、眼鏡をかけ、体重は約27ポンド(約125キロ)あった。話しぶりはゆっくりとして、慎重で、明瞭だ。言うことの半分は率直にいって信憑性に欠けるが、その他の部分には随所に真実の響きが感じられる。p261 この「アメリカへの道」についてなにごとかメモしてからはや3ヶ月近く経過して、自分でもなにをメモしていたのか、忘れてしまっていたが、このアメリカのコミューンにおける出来事をジャーナリストの目で記録を残してあるというのは、とても重要なことであると、思える。 一連のアメリカにおけるコミューンつぶし、Osho追放、のキャンペーンの中で、アメリカ本国はともかくとして、日本語の文献として、信憑性の高い資料はきわめて少ない。そのような意味では、まだまだこの「アメリカへの道」は、多方面から検証される必要があるだろう。 スチュアートが私に語ったところによると、暗殺はラジニーシがドライブバイしているときに行われることになっていた。爆発によってたとえサニヤシンが2、3百人死んだとしても、「それは容認できる範囲内だ」と資金を出す者たちは言っていたという。「おれたちをあそこに入り込ませて、やつらの弾薬庫を吹っ飛ばして、州兵を派遣せざるをえなくなるような混乱を引き起こすという、別の計画もいくつかあった」p263 最近チベットで起きている暴虐のことも考えるとき、人間というものは、かくも非人間的になれるものか、と胸が痛む。 <9>につづく
2008.03.17
コメント(0)
![]()
<4>よりつづく「禅宣言」 <5> Osho この本は、Osho最後の講話録とされている。日本語版において、現在は参議院議員となったロックシンガー喜納昌吉が「まえがき」を書いている。彼の想い、彼の貢献で出来上がった翻訳の一冊ともいえる。最後の最後だから、特徴的なことがいくつも散見できる。 2日前に、あるサニヤシンが知らせてくれたのだが、ある男がアメリカで1年半監獄に入れられているそうだ。その罪状は、私がアメリカにいた1984年に、50万ドルでどんな殺しでも引き受けるという新聞広告を出したことだった。この広告のせいで彼は捕まった。そしてそのサニヤシンは監獄に行って、「その広告に反応はあったか」と男に尋ねた。 彼は言った、「あった。ある政府機関からだった。だが私はプロの殺し屋だ。政府のやり方はわかっている。50万ドルを約束し、そして計画のすべてを授けてくれる・・・・・」 私達のコミューンの入り口近くには、小さな湖があった。クリシュナムルティ湖だ。そして政府機関の授けた計画というのこうだった。いつも私クリシュナムルティ湖を通ってドライブすることを知っていたので・・・・・。それは静かな場所だった、コミューンからずっと離れたところにあって、30キロというもの誰もいなかった。p426 いつもコントラストのはっきりした物言いするOshoのことだから、この辺の表現は、すこし抑え気味に受け取っていたのだが、今回、あらためて「アメリカへの道」p261とつき合わせて読んでみると、かなり信憑性の高い情報となっている。アメリカによって毒を盛られたOsho、という姿は、サニヤシンたちにとっては定式化しているのだが、一般には、あまり説得力を持っていないようだ。しかし、この辺の事実から流れを読んでみると、たしかにOshoの身のうえに起きたことが、よりわかるように思う。 「そこに君は遠隔装置の爆弾を仕掛ける。そして身を隠す----その場所は教えてあげよう。誰にも跡をつけられないよう、その場所までヘリコプターで連れて行く。そしてその車が中にいる人間もろとも吹き飛んだら、君もヘリコプターで連れ去ろう」 しかしプロの殺し屋ならよく知っている・・・・・。彼はきっぱり断った。彼は知っている----政府は言ったとおりにするけれども、けっして金はくれないと。その逆に、実行させておいて、それから一発見舞うのだ。そうすれば証拠がみんな消える。50万ドルの代わりに、死がその報酬となる。これは世界じゅうでよく知られた事実だ。 政府機関は次々と人々を殺し、そしていつもその殺し屋を殺す。そうすれば金も節約できるし、証拠も消せる。それを知っていたから、彼は断った。でもその広告のせいで、実際には何も犯していなかったけれども、裁判で監獄に送られた。 この新しい証拠でわかるが、アメリカ政府は私を殺したがっていた。このサニヤシンはもっとたくさんの情報を集めようとしている。私を殺そうという陰謀について、本を書き上げようというわけだ。p426 <6>につづく
2008.03.17
コメント(0)
![]()
<1>よりつづく 「哲学者ディオゲネス」 世界市民の原像<2> ソクラテスと並び称せられたり、アレキサンダー大王と対峙する姿で語られるディオゲネスだが、本当の姿はなかなか知られていない。プラトンと相克したかに言われたりするが、著者は、隠れキリスタンならぬ「隠れアリストテリアン」p212だったアレキサンダーと対峙したことに、アリストテレス的思潮と対峙するディオゲネスが象徴的に表現されていると見る。 あるいは、都市国家を追放されるより死を選んだソクラテスと、都市国家そのものから追放されることを望んだディオゲネスの姿から、彼独特の世界市民(コスモポリタン)の原型を追慕する。この本の中では、著者の嗜好によって、世界市民についても評されているが、おしくもマルチチュード展開あたりまでは至らない。 ディオゲネスは、思うに、明治時代中期に「権利幸福嫌いな人に、自由湯をば飲ませたい。オッペケペ、オッペケペッポー、ペッポッポー」と歌って当時におけるお上の政のやりかたを痛烈に風刺した川上音二郎を、何十倍か壮大かつ過激にしたような人物であった。p400 ギリシャ哲学展開の一冊の中に、いきなり川上音二郎?と、虚をつかれるが、こう説明されるとなるほど、とちょっと納得する。都市国家追放の原因となる通貨変造事件とか、ねずみを見ておこったとされる「開悟体験」など、次第にあきらかになるディオゲネスの新たなる姿に、新鮮な驚きを感じる。
2008.03.17
コメント(0)
![]()
<3>よりつづく「禅宣言」 <4> Osho この本でOshoはサニヤシン達からの質問に答える形で、何人かの現代思想家達に触れている。例えば、フリチョフ・カプラについて。 これは同意するしないの問題ではない。なぜなら同意も不同意も、すべてマインドのものだからだ。私にはわかるが、カプラはただ想像しているだけだ。彼は現代物理学を知り、そして<道(タオ)>の哲学を少し知っている。タオの物理学、あるいは物理学のタオを作るというのは、非常にささやかなことだ。なぜなら、タオという言葉は道を意味するのみだからだ。そしてたしかに現代物理学はテクノロジーを超えている----マインドの境界を越え、たいへんな混沌の状態にある。マインドの枠内にとどまっているかぎりは、物事は明確だった。ところが今、現代物理学の到達した地点は、もうマインドには理解しがたいものだ。カプラ自身も、物理学者として、現代物理学の突入した混沌をどうにか理解しようとしてタオのことを学び始めた。そしてたぶんタオも役に立つだろう。 で、彼はタオの人ではない。いまだ一個の知識人で、なんとか定義を得よう、何とか混沌から脱しようとしていう。いまだ霊性の実現について考えている。でも霊性の実現というものはない。なぜなら霊性なるものがないからだ。 あるのは無の中への消失だ。それは実現とは呼べない。非実現となら呼べるが、実現とは呼べない。何も実現しない。存在していたものでさえなくなる----ただ静寂が広がるのみだ。p313 あるいはケン・ウィルバーについても触れている。 まず第一に理解すべきは、私は心理学は扱っていないということだ。心理学はマインドに結び付いたままだ----それはマインドの科学だ。そして私の仕事というのは、あなたをマインドの外に連れ出すことだ。だからこうした人々は、きっと私のことを敵のように思うだろう。彼らが探っているのは、マインドの機能の仕方---それが個人のもの(パーソナル)であろうと、人と人の間のもの(インターパーソナル)であろと----であり、その条件付けとは何か、そしてそうした条件づけをどうやって新しい条件づけによって置き換えるか、といったことだ。彼らの仕事は、それがインターパーソナル心理学と呼ばれようがスペクトラム心理学と呼ばれようが、マインドに閉じ込められたままだ。そして私の世界、禅の世界は、ノー・マインドの世界だ。p458 あるいはエーリッヒ・フロムについて。 まず第一に精神分析は禅とは何の関係もない。第二に、禅は仏教とは何の関係もない。ブッタとなら何らかの関係もあるが、仏教とは関係ないし、ブッタの言葉をめぐって生じた教条とも、哲学とも、宗教とも、信仰とも関係ない。 エーリッヒ・フロムは、彼自身、精神分析の人間として、禅をある一定の視点から見ているが、それは禅に対する誤った見方だ。禅とは直接入るものだ---イスラム教徒としてではなく、ヒンドゥー教徒としてではなく、精神分析学者としてではなく、共産主義者としてではなく。 あらかじめ一定の枠組みや様式を持っていたら、きっとその様式を禅に持ち込むだろう。禅はどこまでも無垢だ、小さな子供のように。p417 <5>につづく<5>につづく
2008.03.16
コメント(0)
![]()
「哲学者ディオゲネス」 世界市民の原像<1>山川偉也 出版社: 講談社 2008/01 文庫 500p Vol.2 No.0018★★★★☆ 「犬」と呼ばれたシノピのディオゲネス。ひとは彼についてどれほどのことを知っているだろうか。 大甕(おおがめ)のなかで日向ぼっこを楽しんでいたところ、アレクサンドロスがやってきて前に立ちはだかり、「余がアレクサンドロス大王だ。なにか余にしてもらいたいことはないか、何でも申せ」と言った。すると、彼はこれをじろりと見上げ、「わしが犬のディオゲネスだ。お前が前に立っているので日陰になる。どいてもらいたい」と一括したとか、昼日向にランプを灯してアテナイの雑踏を往来しつつ、「わしは『人間』をさがしている」と言い放ったとか、そういう類の奇抜な逸話が知られているだけではあるまいか。p13 あるまいか、とか言われても、それしか知らない。え、それ以上のことがあったの? だが、知るべきはこの男の生き方、その根底にあった「世界市民」思想だ。「世界市民」(コスモポリテース)という言葉は、この男が作った。p13 へぇ~、そうだったのか。<2>につづく
2008.03.16
コメント(0)

Free Tibet チベットで今、何が起こっているのだろう。いくらのんびり、お一人さま読書コースを漂っている当ブログとしても、過去にカテゴリをひとつ作ってチベット追っかけをしてみた身として、無関心ではいられない。なにはともあれオーム・マニ・パドメ・フーム
2008.03.16
コメント(0)

「20世紀の神秘思想家たち」アイデンティティの探求アン・バンクロフト /吉福伸逸 1984/09 平河出版社 単行本 405p Vol.2 No.0017★★★★☆ 友人の車のアラームが鳴った。ピピピ・・・・・と、かなりの音量だ。見渡してみたが友人はいない。ちょっとうるさいので、車に乗り込んで、アラームのストップ・スイッチを押した。でも騒音は鳴り止まない。しかたがないので、アラームを取り外してみたが、それでも音は鳴り止まない。ああ、これか。いつも友人が「困った、困った」と言っていた。このアラームを止めることができたら、きっと彼の私を見る目も変わるだろう。信頼感も高まるかもしれない。 よし、ここはひとつ腕の見せ所。裏を見ると電池ボックスがあったので、電池を取り外してみたのだが、それでも音は鳴り止まない。そんなことはないだろう。おかしい。路上に放り投げてみた。それでも変わらない。おかしい。踏んづけてみた。それでも音は止まらない。バラバラして、こなごなにしてもアラームは依然として鳴り続けている。やれることはやりつくした。お手上げだ。 ・・・・・ってところで目が覚めた。鳴っていたのは私の枕もとの目覚まし時計だった。問題は、そこに「いない」友人が困っていたアラームではなかった。自分自身が目を覚まし、私自身の目覚まし時計を止めるところにあった。ーーーーーーーーーー アラン・ワッツ、と聞いて、どこかに関連の本があったはずだなぁ、と貧しいわが書庫を探してみたが、引越し以来、整理していないので、まずは探せたのが、この本。グルジェフ、クリシュナムルティ、トゥルンパ、シュタイナー、カスタネダなど15人ほどの「神秘家」リストにアラン・ワッツの名前が、二番目にリストアップされている。序文などは、まずは最初からその名前が見える。 「自分が知っていることに気づいている人は驚嘆しているにちがいない」とアラン・ワッツは語る。本書の背景をなしているのは、まさにこういった実存的驚嘆である。私がいるという自覚からは「私は誰か?」そして「私がいるこの世界は何か?」という疑問が生まれてくる。その答えを見出すには、言葉を超えて自分たち自身に関する事実を体験する必要があると、われわれは感じる。数多くの人が高名な神秘主義や賢者に指導を仰ぐのは、この真の意義に対する渇望のためである。p1 日本語訳のこの本がでたのは1984年である。まだ日本の「精神世界の本」もあまり成熟していなかった。出版社もすくなく、翻訳者たちも限定されていた。どこかに的を絞るというより、網羅的なガイド・ブック的書物が好まれていたようだ。その中でも、ラマナ・マハリシの「私は誰か?」の「公案」も、まだ新鮮な響きが初々しい。 ワッツは少年のころ、キング・スクールに在学中、ヒンドゥー教と仏教経典を読みはじめた。彼の精力的な哲学・精神的生活の発端はそこにあった。すでに17歳のころ、禅に関する小冊子を発表している。彼はケンブリッジ大学の奨学金が受けられずに、17歳で学校をやめて、社会にでた。p36 Oshoのアラン・ワッツとは、かなりイメージが違う。 「彼は一度、キリスト教の牧師に任命された。」、 「アラン・ワッツは、キリスト教の宣教師としての訓練を受けた人だ。」とOshoは言うのだが・・。 ワッツは型にはまった職業を断固として拒否し、仕事上の役割に自分を合わせるといった考え方を毛嫌いした。自活するために仕事につきはしたが、自己流の激しい生き方にいかなる干渉も許さない。生まれながらの異端者(ドロップ・アウト)であった。しかし、ルース・フラーの娘で、禅の老師佐々木慶庵の義理の娘にあたるエレナ・フラーと結婚しアメリカへ渡ってからは、家族を養う手段を見つけなければならなかった。彼には監督教会(エピスコーバル・チャーチ)の聖職者が最も理想的に思えた。それに変に生真面目にやらなくても、誠実かつ自然にふるまえそうなので牧師になることに決めた。p37 1978年に58歳で亡くなったアラン・ワッツのことだから、1950年前後のことか。 数年間ノースウェスト大学で礼拝堂付き牧師を勤めたのち、ワッツはその地位および聖職から正式に退いた。ヴェーダーンタ哲学、仏教、道教への昔ながらの愛着は、生涯を通じて変わることがなかった。禅経典の偉大な翻訳家、鈴木大拙との何度かの出会いから、ワッツは禅を深く理解するようになる。そして『禅の道』、『禅の精神』などの著作で、アメリカ最初の禅の普及者のひとりとなる。p40 「アメリカ最初の禅の普及者のひとりとなる」とは、なんとも名誉な賛辞だ。 実践的な試みとして、彼は読書を提案する。本を読みながら、読書をしている自分を考えてみる。そうすると、「私は読書をしている」という思考が実際の読書にとってかわり、現在の体験になってしまうと彼は語る。p42 いつの間にか、読書ノートと化している当ブログにとっては、ありがたい救いの言葉であるが、「行住坐臥」すべてが禅なのであり、、別に読書だけが、特別の「体験」であるはずがない。
2008.03.15
コメント(0)
![]()
<2>よりつづく「禅宣言」 <3> Osho 「私が愛した本」の禅ジャンルの中にアラン・ワッツもあったなぁ、と思っていたら、こちらでもその名前を発見。 アラン・ワッツは、キリスト教の宣教師としての訓練を受けた人だ。禅を理解しようとするときにも、つねにその訓練が影響してくる。そして彼は最後に、ほんのちょっと禅に近づいたのだが、そのときキリスト教会から追い出されてしまった。そのことが人生の危機となった。まだ禅者にはなってなっていないのに、キリスト教徒としての信用を失ってしまったのだ。そのストレスによって酒を飲み始め、アル中となり、それで死んでしまった。この人間のことを知っていれば、彼がなぜそのようなことを言ったのかわかるはずだ。p222 彼はなんとか禅にキリスト教的な側面を見ようとした。でもそれはキリスト教徒にも、禅者にも不評だった。禅者にはキリスト教的な側面なんかいらないし、社会的な側面もいらない。それは個々人による反逆だ。あなたがヒンドゥー教徒であろうと、イスラム教徒であろうと、キリスト教徒であろうと関係ない。どんな重荷を背負っていても、それを捨てる。その重荷の名前が何であろうと、ただそれを捨てる。p222 アラン・ワッツは正しくない。禅についての彼の理解は、どこまでも観念的なものだ。「禅とは基本的に、社会的慣習という修練を会得した人たちのための解放の道だ」と彼は言うが、まったくのナンセンスだ。禅は社会的な側面なんか関係ない。最終的に捨て去るようなものを会得しても、仕方がない。時間を無駄にしてもつまらない。それはこんなふうに言うのと同じだ、「まず最初にカゴに入って、どこかの慣習、どこかの信仰体系の奴隷となる。それから自由になりなさい」 彼はただ無意識的に、自分の心を見せているにすぎない。彼はカゴに入っていた、そしてキリスト教の司祭として何年も訓練された。キリスト教徒なら追い出すこともできるが、キリスト教徒が自分の骨や血にまでしみ込んだキリスト教を追い出すのは、非常に難しい。彼はそれを追い出すことができなかった。それで、後に続くかもしれない人々にこう語るのだ、「禅とは基本的に、社会的慣習という修練や集団による条件づけという修練を会得した人たちのための、解放の道だ」と。まったく違う。p224 アラン・ワッツが転生して自分のもとにやってくるのを待っているかのようにほのめかしたOshoは、こちらの「禅宣言」において、輪廻転生については、次のように語っている。 輪廻転生という考え、それは東洋の宗教すべての中で生まれてきているが、それによると自己は肉体から肉体へ、生から生へと移っていく。こうした考えは、ユダヤ教から発した宗教、キリスト教やイスラム教には存在しない。ところがいまでは精神科医でさえ、それが本当なのではないかと思い始めている。自分の過去生を覚えている人々もいて、この輪廻転生の考えは支持を広げつつある。 しかし、私はひとつ言っておきたい。この輪廻転生の考えはすべて勘違いだ。たしかに人が死ぬと、彼の存在は<全体>の一部となる。彼が罪人であったか聖者であったかは関係ない。しかし彼にはまだ、マインドとか記憶と呼ばれるものがある。今ではあまり知識もなかったから、記憶のことを思考の束だとか想念波動だとは説明できなかった。ところが、今はそれも容易になった。p266 ほとんどの人々は覚えていない----なぜなら、一個人の記憶システムをまるごとそっくり受け継いでいないからだ。ただ断片的にあちこちからもらってきて、そうした断片からあなたの苦悩システムが作られる。p267 転生というものはない。でも苦悩は転生する。無数の人々の傷があなたのまわりを飛んでいて、苦しみたがっている人を探している。もちろん、至福は何の痕跡も残さない。目覚めた人が死ぬときは、ちょうど空を飛ぶ鳥のようだ-----轍も踏み跡も残さない。空は空っぽのままだ。至福は轍を作らずに動く。だからこそ、ブッタたちから何かを受け継ぐことはないのだ。彼らはただ消え去る。そしてありとあらゆる愚者や低級な人々は、その記憶によって輪廻転生し、それは日に日に厚くなっていく。p268<4>につづく<4>につづく
2008.03.14
コメント(0)

<13>からつづく「私が愛した本」 OSHO <14> 「禅宣言」を読みすすめながら、アラン・ワッツのことがでてきたので、こちらのアラン・ワッツのことを思い出した。 私はもうひとりの人、アラン・ワッツをそのすべての著書とともに含めるつもりだ。私はこの上もなくこの人を愛してきた。私は仏陀を別な理由で愛してきた。ソロモンを別な理由で愛してきた。この人たちは光明を得ている。アラン・ワッツはそうではない。彼はアメリカ人が・・・生まれつきのアメリカ人ではないが・・・それだけが彼の希望だ。彼はアメリカへの移民だ。だが彼は、途方もなく価値のある本を書いている。『禅の道』は、もっとも重要は著書として数えられるべきだ。『This is it』は途方もない美と理解の作品だ・・・・しかも光明を得ていない人間が書いたものだ。だからこそますます評価される。 人が光明を得れば、何であれその人の言うことは美しい。それは当然すなる。だが、人がまだ光明を得ておらず、闇の中を這いながら、しかもなお小さな明かり窓を見つけることができたら、それこそ途方もないことだ。信じ難いほどにすばらしい。アラン・ワッツは酔っ払いだった。だがそれでも彼はきわめて近かった。 彼は一度、キリスト教の牧師に任命された----なんという不運だ!-----だが彼はその職を辞めた。聖職者であることを放棄する度胸を持っていた者はきわめて少ない。その地位はこの世の実に多くを与えてくれるからだ。彼はそのすべてを放棄して、ほとんどルンペンになった。だが何というルンペンだったことか! 彼はボーディダルマを、芭蕉を、あるいは臨在を思わせるルンペンだ。アラン・ワッツがいつまでも覚者にならずにとどまっていることはありえない。彼はずっと以前に死んだ。今頃彼は学校を出ようとしているに違いない・・・・・私の所に来る準備をしているに違いない。私はこういう人すべてを待っている。アラン・ワッツはそのうちのひとりだ。私はこの人を待っている。p129 Oshoは、このような表現を、いくつかのところでしている。だれだれはだれだれのもとにいくべきだったとか、かれはもうすぐやってくるだろうとか。なんとも、ほのぼのした感じがする。 11番目。そして最後だ・・・・アラン・ワッツの『本』(邦題『タブーの書』)だ。私はこれを取っておいた。アラン・ワッツは覚者ではなかったが、いつかはそうなるはずだ。彼はそれに近づいた。『本』は、途方もなく重要な書物だ。これは彼の遺言書だ。禅の祖師たち、禅の古典との、彼の体験の全てだ・・・それに彼は途方もない知性の人だ。彼は酔っ払いであった。知性プラスワンが本当に豊潤な書物を生み出した。私はこの『本』を愛してきた。だからこれを祭儀に取っておいた。 「幸いなるかな、最後に残りしもの」というイエスの言葉を覚えているかね? そうだ、この本は祝福されている。私はこれを祝福する。そして私は、このセッションのシリーズをアラン・ワッツの思い出に捧げたい。p242 この本をもってOshoの「私が愛した本」168冊のシリーズが終了した。<15>につづく
2008.03.14
コメント(0)
![]()
<1>よりつづく「禅宣言」 <2> Osho さて、いざ思い立ってページを開いてみると、いきなり一撃を食らう。 友よ。 今まさに禅宣言の機は熟した。 西洋の知識層は禅になじみ、禅に想いを寄せているが、まだ頭(マインド)で禅に近づこうとしている。禅がマインドと無縁だということが、まだわかっていない。 禅の大きな役割は、マインドという牢獄からあなたを連れ出すことだ。禅は頭で考える哲学ではない。禅は哲学ではまったくないし、宗教でもない。なぜならそこには何の虚構も、嘘も、慰めもないからだ。それは獅子吼だ。そして禅が世界にもたらした最大の貢献は、自分自身からの自由だ。p12 こういきなり言われてしまえば、もう、当ブログで書き続けることなど、一発でその根拠を失う。足場がない。もうこの本にたどり着いたことで、もうこのブログを終了してもかまわないのだ。もういい。あとは・・・・ いやいや、ここでまた私は思い直す。当ブログはOshoを理解することに目的があるわけでもなければ、Zenを生きることに目的があるわけでもない。当ブログの目的は、自己撞着的だが、「当ブログを続けること」にある。当ブログを続けることができるなら、もうOshoやZenなど排除したっていいのだ。そんなものは忘れてしまおう。 ブログという比較的新しい「おもちゃ」をもうすこし遊びたい、それが本音だ。以前はSNSも面白かったが、私個人は飽きてしまった。まだ足は抜けないが、積極的に参加するほどでもなくなってきた。ブログの次はセカンドライフがあるだろうと、私個人は思う。最近、ようやくSLがわりとスムーズに動くノートを手にいれたので、意識はそっちのほうに向かっている。 もし、OshoがいうようなZenをネットでやるならSLのほうが向いていると思う。SNSはほぼ言語を介したコミュニケーションだ。画像や動画、音楽も添付することができるが、表現できる範囲は圧倒的に言語空間だ。もちろんブログも言語に依存している部分が大きい。ましてやSNSは短文や感覚的なチャットですむ場合もあるが、ブログはもっと論旨に気を配らないといけない。しかしなんであれ、そこにはまだ未確認、未体験ゾーンの新しい可能性がある。ここを自分なりに確かめたいと思う。 当ブログでOshoやZenなどについて、延々と触れ続けることなどできない。それは矛盾にみちている。ピカソの絵を数式で書こうとしているかのようだ。あるいは浄瑠璃をJavaやC++で編めと言われているようなものだ。あるいはあるいは、交響曲「ツラトゥストラはかく語りき」をタップダンスで表現しろ、と言われているかのような、ほぼ不可能な「公案」だ。 だから、最初から無理なのだ。そして無理なのだ、と分かりつつ、あえてその無理を有理にしょうとするのも、またOshoであるだろうし、Zenであろう。「月」であることと、月を指差す「指」であることに、途方もない差がある。差というものを考えること自体、愚かしい。しかし、その愚かしい現実を生きることもZenだろう。 つまり、どうやら私はあきらめていないらしいのだ。自分の力量、自分の能力、その手段の限界性、テーマの永遠性、それらのことについては、一切、思惟するのはやめよう。なにはともあれ、当ブログでOshoとZenをやるのだ。 J・クリシュナムルティでさえ開悟(エンライト)していなかったのだから。p20 同時代人の中では、OshoはグルジェフとJ・クリシュナムルティだけは、エンライトメントした存在として一石を置いてきた。しかし、この文脈の中では、簡単にこんなことをサラリと言ってしまう。 鈴木大拙は、<存在>に対する新しい見方をひっさげて西洋に現れた。彼が人々を惹きつけたのは、その偉大な学識、深い学識のためだった。そして彼は西洋のマインドに、まったく新しい宗教の概念をもたらした。ただ、それは概念にとどまり、知的な議論のままだった。けっしてそれ以上深くはいかなかった。p30 不合理のマスターOshoの言説が、言葉上においては矛盾的な表現を用いることは日常茶飯事だが、以前に大拙に触れた部分のイメージとは、ここでもおおきな遠近の差が生まれてきている。あるいは「禅肉禅骨」のポール・レップスについても、前言を翻すかのような表現を使う。 何の目的か。生に目的はない。目的という言葉を使うこと自体、千崎とポール・レップスのふたりが、禅の意味を理解していないということだ。p167 非A=Bという数式を理解するには、頭ではなくて体験でなくてはならない。ブログといオモチャがついに非力であるということを理解するには、ブログを「体験」としてとことん遊んでみる、という試みもあっていいだろう。<3>につづく
2008.03.13
コメント(0)
![]()
「死の哲学」シリーズ・道徳の系譜江川隆男 2005/12 河出書房新社 単行本 166p Vol.2 No.0016★★★★☆ このタイトルからでは、スピノザを連想するのは難しい。しかし、しっかりと表紙に掲げられているのはスピノザの肖像だ。いくらうろうろばかりしている私でもそれはわかるようになった。そして、それにしても、その後ろから背後霊のように覆いかぶろうとしているのは、いったいだれだろう。どうやらそれは、本書の文脈から考えても、その風貌からも、ジル・ドゥルーズであると判断できそうだ。 ここまでスピノザを追っかけてきているのに、「エチカ」一冊すら読みきれず(1頁も、1行さえも)、いまだにスピノザのなんたるかは、理解できない。本も読み、カテゴリをひとつ作っても、ほとんど効果はなさそうだ。にもかかわらず、あちこちでスピノザを取り上げている本も多くなってきた。 ふと考えてみる。スピノザが言っている内容自体はともかくとして、彼がやった仕事とは、春の苗代に田植えをするために、たて横の線を引いているような、始まりにしなくてはいけない座標軸の設定ではなかろうか、と思うようになった。それは、あるい意味では、やがてはLinuxとしてネット社会へオープンソースの大きな波を生み出したリーナス・トーバルスの仕事に比肩されるかもしれないし、あるいは、現在進行形の3D世界セカンドライフのバーチャル空間での地図作りにさもにているかもしれない。 OSとしての形をなす前のカーネルの部分における原初的なもの、それをスピノザは思想や哲学という世界でやっていたのではないか。だからこそ、数百年間、それを理解する人も決して多くなかった。むしろ、次第に人があつまってきて、それにいろいろは周辺ソフトを貼り付けていったとき、初めて、その意味を持ち始めてきた、と言えるのかもしれない。スピノザをプラットホームとして、さまざまなアプリケーションが開発されてくればこそ、ようやく一般ユーザー(私のような)にもその利用方法がわかってくるのかもしれない。 この本は、そんな一般ユーザーにスピノザをすこしづつ身近に感じさせてくれる、アプリケーションの一冊、といえるだろう。
2008.03.12
コメント(0)

「鈴木大拙の世界」鈴木大拙 1989/11 燈影舎 文庫 192p Vol.2 No.0015★★★★☆ 大拙、最晩年の著作とされる。1961~66年、90歳~95歳当時に雑誌に掲載された文章である。世の中は、いわゆる60年安保から東京オリンピックを経て、ビートルズ来日あたりまで。全共闘世代台頭の前夜あたりである。 その文章がまとめられて1989年に、一燈園燈影舎からでている。一燈園、とう名前にひかれるところがある。もちろんミスプリだが、印刷年月日が、元成元年10月とある。平成元年とは、なんとも大拙にふさわしい。 もう一編云い直せば、元通り、本具の人間性に還ることである。「還ること」こそが大事なのである。仏にならないで、仏になりきらないで、もとの凡夫になることである。禅者の云う「平常心是道」である。それは何かと云えば、餓えては食らい、渇しては飲むことである。疲れたら寝て、起きたら働くことである。それは、犬猫の生活とどう違うのかと尋ねられよう。別に違わぬ。が、また別に大いに違うところ、霄壤の差あるところがある。それは人間にのみ許されて居る自覚である。何もかも喪失してしまえと云うが、そう云うところに、人間生活の価値があるのである。これを忘れてはならぬ。p126 Oshoは例によって、ちょっと大げさなコントラストの効いた物言いをするが、ビヨンド・エンライトメントは、別にOshoが最初では決してない。いや、むしろ、ここを見逃したら、本当は、すべてを見逃したことにさえなってしまうのだ。 東洋の人はこの悟りの経験なるもののあることを、実際自分で経験しなくとも、聞き伝えなどで、知って居る。これが強味である。西洋には、この悟りに相応する良い言葉が見当らぬ。似たようなものがあっても、東洋人の耳には響かない。p69 大拙がこの文章を書いてからすでに40年が経過した。東西の文化の根源は変わらないし、その伝統が一朝一夕に理解合えるなどということはありえないが、しかし、すくなくとも「さとり」をめぐる東西の意識には、だいぶ変化がでてきていることは間違いない。これも大拙の大きな業績のひとつに数えられるだろう。 真宗は他力、禅宗は自力というのが、一般の考え方であるが、それは表面上のことで、実際は、自力も他力もないのである。いわば、何れも自力で他力である。禅には修行とか公案とうものがあり、それを自力のように考えるが、その実、最後の処は、自我を超越したところから来るのである。真宗では阿弥陀さんであるが、他力の阿弥陀さんでも、何の因縁もなしに、慈悲を施されるわけではない。無縁の慈悲だといっても、そこには、無縁ということを自覚する主客があるのである。つまり自力他力は閑議論である。p139 たしかにabhiがいうように「大拙=禅とするのは、物事の半分であり、浄土真宗と大拙の出会いを考えないと、大拙の全体像はつかめない」。それはまた、往相と還相の円環としてあるのだから、禅やら真宗やらを持ち出さないまでも、当然といえば当然なことなのだが。 この本は、コンパクトで、しかも含蓄が深いので、人気はありそうなのであるが、ネット上で本の画像をさがすことはできない。当ブログでの画像が最初になるかも知れない。
2008.03.11
コメント(0)
![]()
「哲学者廣松渉の告白的回想録」広松渉 /小林敏明 2006/03 河出書房新社 単行本 221p 2006年03月 Vol.2 No.0014★★★☆☆ 「廣松渉 - 近代の超克」を書いた小林が、晩年の廣松を、その病床に尋ね、長時間インタビューした記事が中心になっている。左翼活動に生涯に渡ってかかわってきた人物の過去を洗って、個人史を書こうというのだから、それは確かに容易なことではない。思い立ってから四半世紀の時間がかかったという。 逆の立場から言わせてもらえば、ネット社会→マルチチュード→荒岱介→廣松渉と流れてきた、わが数ヶ月の読書の側から見ると、この人はそんなに重要な人だったのだろうか、と、ちょっと失礼(かな?)なことを考えてしまう。たしかに稀有な家庭環境の中で、ミドルティーンにしてすでにコミュニストたらんとし、その主義主張に生涯をささげたのだから、もの珍しい、といえばいえるのかもしれない。 しかし、そのささげた対象が、さて、人類史の中で今後どのように評価されるかはわからないが、60年余りの廣松の存命中にあっても、すでに命脈がきれたかに見えていたことは事実だ。どのような心境でその生涯を閉じたのだろう、と思い図りたくなるのは、誰しもおなじことだろう。 「日本共産党」の筆坂秀世にせよ、「破天荒伝」、「大逆のゲリラ」の荒岱介せよ、あるいはあまた数いる「かくめいか」たちにとって、その立場はほぼ対極に位置しているとは言え、重要な回転軸として共産主義に重きをおいてきた人生にとって、かんたんに「さらば共産党」と言えるのだろうか。「されど共産党」と居直ることはできないのか。「共産党が見た夢」はつに幻と霧消してしまったのだろうか。 マルクス・エンゲルス、あるいはレーニンやトロッキー、毛沢東やゲバラ、はては大小数あるコミュニスト群像が闊歩した20世紀は、過ぎ去っていく。しかし、その動きをコミュニズムと言わずとも、その動きをささえた人類の思いは、形を変えて今後何度も繰り返し噴出してくるに違いない。その一つの変形がネグり&ハートの「<帝国>」と「マルチチュード」という対比の中に現れているだろう。 「吉本隆明などと並」び称せられたp2という事実は、不勉強にして知らなかったが、廣松渉という人、これだけの影響力を残して去っていったのか、と本書を読んで、あらためて認識した。しかし、同時代に生きて、ここまで知らなかったのだから、私自身との人生とクロスするところは、ほぼ皆無と言っていいようだ。 ただ、廣松の母方の伯父が若い頃「東洋経済新聞社」に勤めていたp38というあたりは、ちょっと面白そうな引っかかりを感じる。私と縁浅からぬ友人の祖父が、この当時、この雑誌の編集長などをつとめていたからだ。まぁ、このあたりは、もっと周辺の事実を掘り起こしてからじゃないと、確たることは何も言えない。他日を期す。
2008.03.10
コメント(0)
![]()
「心の扉を開く」 聖なる日々の言葉アイリーン・キャディ /デビッド・アール・プラッツ 1998/4 日本教文社 単行本 395p Vol.2 No.0013 ★☆☆☆☆ フィンドホーン本は大体読み終わったかな、と思っていたところ、以前にリクエストしていた本の残りが、3つも4つも離れた他県からやってきてくれた。これは、心して拝読しなければいけない、と思いつつ、やはりフィンドホーン本に対する私の印象は大きく変わるものではなかった。 いままで、翻訳がいまいちなのかなぁ、と思っていたが、この本は三人の翻訳者がそれぞれに独立して翻訳したものを合本したものなのに、読み終わるまで、その違いを感じることはなかった。つまり、もともとの原書がもっているエネルギーが、このものなのだろう。 「神宮館高島暦」を彷彿とさせるような、365日一日一句のような形で編集されており、日めくりカレンダーの「一日一善」みたいな趣もないではない。一番、私がなじめないのは、do、should、not、must(原書を読んでいないので不正確だが、そうだと思う)などの言葉使い。いちいち命令されているようで、私の趣味ではない。迷い迷って、藁にもすがる思いのときは、このような断定的な言葉つかいは、頼りがいのある存在に思えるかもしれないが、平常の私には重過ぎる。 瞑想というものの考え方も違うようだ。アイリーンにとっては、瞑想とは、内側の言葉を聞きに行くことを指しているようだ。そして、その内側の声を「神」と名づけていることも、私にはなじめない。天使やニューエイジ、オールドエイジ、などという言葉使いも、なじめない。 ものには出会いというものがある。正しい出会いのときがあることを期待する。あるいは一期一会。まずはこの一冊も目を通した、ということだけメモしておく。この本についていろいろ書くには私は適任ではない。
2008.03.10
コメント(0)
![]()
「破天荒伝」ある叛乱世代の遍歴荒岱介 2001/02 太田出版 単行本 248p Vol.2 No.0012 ★★★★☆ 荒岱介の一連の著書については、この一冊を持ってほぼ一巡したと言っていいのだろうか、と思ってみたが、探してみればまだまだありそうだ。ましてや、彼のペンネームともゲバ名とも言える日向翔の名前ででているものを加えれば、限りに無く多岐に亙っていきそうだ。いつまでも彼の過去を追っかける意義は、当ブログとしてはすでに失っている。むしろ、これからの荒岱介にこそ注目したい、という気持ちのほうが強い。 この本は、先に読んでしまった「大逆のゲリラ」の前編にあたる。異論はあるだろうが、 日本における「新左翼とは何だったのか」と問うことのできる、数少ない当事者の一人であろうし、これだけの自己開示をできる力量のある人物もそうそういないだろう。 この本をよみながら、この本にかかれている35年間について、私自身の時代体験をダブらせながら、読み続けた。当然、そのおりに触れての自分の考えなり体験を、書き加えたいという想いはあった。しかし、次第次第のその想いは失せた。どのような形であろうと、読者としての意見を加えようと、著者が生きた人生は、著者の人生だ。たしかに彼は「かくめい」のために生きただろうし、一貫して「うんどうか」だった。それは、多くの人々と共有できるはずの時代体験なのではあるが、いや、これは優れて彼独自の隔絶した世界なのではないか、と感じるようになった。 その生き方、その体験、その人生に、とやかく一読者として、訳知りのことをいうのはやめよう。彼は彼の人生を生き切ったのである。そして1945生まれの現在63歳という人生の折り返し地点においても、まだまだ、この人には「みらい」を感じさせる魅力がある。今後、この人はどうなっていくのか。興味をかきたてられる。 いろいろな体験を書き綴った本書の最終章が「さうなら共産主義」であることが、物悲しいのか、呵呵大笑、なのか、判別がつかない。是非論では、もうこの本は読めない。よくぞ、書いていただきました、と一言礼を述べておくにとどめておく。 共産主義の理想社会を建設するという革命運動の夢は、もはや夢破れているが、現実の矛盾に対して闘い続けるべき要素は逆にましている。しかし全く従順なだけになっている日本の若者たちに、失望を感じないではいられないのが私たちのような叛乱世代なのだ。 若者が希望を胸に荒野に旅立ち、傷つくことを恐れず生きてこそ、青春の日はそこではじめて貴重な思い出にも昇華する。p227 春爛漫の卒業シーズンを迎え、どこかの学校の校長が卒業生におくる祝辞のようでもあるが、実はその青春をヘルメットと角棒、逮捕と服役、逃亡、そして前衛党の指導者として人生を渡ってきた人物の、朴訥とはしているが、本音のひとことなのである。
2008.03.09
コメント(0)
![]()
「新瞑想法入門」 <1>Osho /スワミ・デヴァ・マジュヌ 1999/3 瞑想社 /市民出版社 単行本 507p Vol.2 No.0011 ★★★★☆ 初版 1993/1 私の手元にあるのは、1993年発行の初版である。本にはそれぞれの思い出があるものだが、とくにOshoの本には、個人的にさまざまな想いがこめられている。この「新瞑想法入門」も、いくつかの記憶に彩られている。多くの友人たちにとってもそのようだ。 この本は1993年の1月19日に発行されている。つまり、Oshoが肉体を離れて三年目の発行を目指して、翻訳・出版が準備されていたのであろうことは容易に想像がつく。巻末には、25の団体の連絡リストが掲載されている。今となっては、当時の日本におけるOsho(ムーブメント)の状況が彷彿とイメージできるようになっている。 当時の記憶は、もうすでに曖昧だが、この本は、たしか出版前に出版社から購入の打診があって、当時運営していた瞑想センターとして、ある程度まとまった数を前もって発注していたのだったと思う。結局は、販売用に数冊を残して、仕入れ金を何回かに分割して送金したように憶えている。(さだかではない)。 いずれにせよ、この本がでた93年当時は、往相と還相がないまぜになっていた時代であり、市場における瞑想を地でいく姿勢が要求されていた。友人たちのボランティア活動から、市場に抗するに値するビジネス・マインドも要求されていた、ということでもあるだろう。この本、「Meditation: The First and Last Freedom 」の翻訳である。このタイトルは、クリシュナムルティの「The First and Last Freedom」(邦訳「自我の終焉」)を意識してつけられているかもしれない。まぁ、しかし、日本語訳のタイトルがこの「新瞑想法入門」となったのかはさだかではないが、日本独自のマーケットを意識していたことは間違いないだろう。 <2>につづく
2008.03.09
コメント(0)
![]()
「フッサール起源への哲学」斎藤慶典 2002/5 講談社 全集・双書 302p Vol.2 No.0010 ★★★☆☆ そしてご覧のとおり、この問いから彼が解放されることはなかった。すなわち、この問いに解答が与えられたわけではなかった。あえて言えば、この問いには答えがないこと、したがってそれは解体されねばならないこと、ただこのことを示すことにのみ、哲学者の一生は費やされるのである。それも、わずかひとつの問いに対して、である。だがそもそも、一人の人間が一生かけても付き合いきれない問いなど、あったとしてもせいぜいひとつが関の山ではないのか。たいていの場合、その「ひとつ」さえ出会うことなしに、無事に一生が経過するのである。幸いなことに、と言うべきか。あるいは私たちは、すでにどこかでそれに出会ってしまっているのだが、知らないふりしているのである。その方が楽だからである。しかもその方が有益ですらあるのだ。一生かけて付き合って、しかもそれは答えのない問いだったなんて、途方もない「無駄」ではないか。そんなもの付き合うエネルギーがあるのなら、もっと有益なことにそれを振り向けるべきではないのか。世界にはいくらでも、あなたのそうした有益な行ないを必要としている人たちがいるのだ。p290 Oshoがどこかで言っていた、「月のない夜に、窓のない家の中にいて、目の見えない人が、その部屋にいない、黒い猫を探している。」という、現代哲学を評した言葉を思い出す。 フッサール、という名前を通り過ぎることはできるし、通り過ぎて何年も来てしまっているのだ。10代でその名を聞いてからすでに30年以上の時間が経過している。このままこの人の哲学とやらを知らないでも、何の不足もなくこちらの人生はすぎるのだろう。しかし、やはり、なんだか、くやしい。フッサールや現象学、とやらを、なにはともあれ、一度は噛り付くことも必要なのではないだろうか。 正論である。だが、その正論が通じない一握りの人たちがいるのだ。通じるも通じるないも、その無益な「問い」の方が彼/彼女を捕まえて放さないのである。その「問い」に否応なしに向き合うことでしか生きていけない人たちが、本当に存在するのだ。ということは、この「問い」に向かい合うことの中から、彼ら/彼女らは生きる養分を得ているのである。すなわち、それを「享受」しているのである。そんな人生は、繰り返せば、たしかに途方もない「無駄」である。そんな生き方には何の価値もない。そのような人は、いてもいなくてもよい。いや、いない方がよっぽど清々する。ごもっとも、である。p291 木田元も、「そんなふうにわけの分らないものだと思いながら、哲学に関心がある、心惹かれる人は予想外に多い。それが百人に一人か千人に一人かはうまく言えないが、いつの時代にも哲学に関心をもつ人は必ずいるのである。」てなことを言っていた。 だが、ひょっとしてこの「無駄」は、そもそも私たちのこの現実が「現象する」ことの中に孕まれていた「余剰」と同じものではないのか。世界は現象することも、しないこともできたのではなかったか。別に、世界が現象することの方が、現象しなことよりも「有益」であったわけではなかったのではないか。そして、有益なことも、そうでないことも、すべてはこの「現象する」ことから始まっていたのではなかったか。すべてはこの「現象する」ことの「享受」だったのではないか。これが、私たちの世界の「起源」が「無い」ということ、なぜか世界はその根本において、現に在るとおりのものとしていつもすでに「受け取られて」しまっていることにほかならなかったはずである。そうであればこの「無駄」は、私たちの現実の隅々を充たし、それを成り立たせている態のものなのである。p298 老子の「無用の用」を思い出した。
2008.03.08
コメント(2)
![]()
「鈴木大拙」秋月龍眠 2004/4 講談社 文庫 266p 『鈴木大拙の言葉と思想』改題書 Vol.2 No.0009★★★☆☆ 龍眠の「眠」は正確には「王」偏に「民」だが、機種依存文字でアップできなかった。 アメリカに行けばもう参禅はできないというので、背水の陣をしいて坐禅に打ち込み、ついに二十八年の臘八接心のある日、山門を下ろうとして、「これだ」ということがあって初関を透過されました。このとき先生は、月明の中の松の巨木と、己れとの区別をまったく忘じつくした自己を自覚されました。参究五年の結実でした。 この「無字」透過の経験はさらに渡米の直後、「ひじ外に曲がらず」とう句に契当するに及んで真にその「根源」に徹せられました。それはまた、禅宗でいちばんポピュラーな本である『無門関』でいえば、その第一則「趙州無字」の考案から第二則「百丈野狐」の公案への徹底といってもよいでしょう。この時の体験を「忘想録」一編に草されて、日本の雑誌に投稿したといわれていますが、不幸なことにまだこの大拙伝にとって大事な雑誌のなんであるかを発見できません。p37 この部分をもってして、「これから私が話す人は光明を得た人として認められていない。彼を認める人がいなかったからだ。」というOshoの大拙評価の是非を問うことが妥当かどうかは私には分からない。ただ、この秋月の大拙伝の中でも、これ以上の大拙の「さとり」を表現しているところはなさそうなのだが。まぁ、この辺について、こだわりすぎるのは、当ブログのセンスではない。すくなくとも、その投稿したされる「日本の雑誌」はいまだに発見されていない、と理解していいのか。 あるとき、わたくしはこのことを西田哲学のもっとも正しい継承者と信じる務台理作先生にただしました。そのとき、先生はいわれた。 「それはなにもあなた一人の意見ではない。わたくしはそれを西田先生から直接きいた。西田先生はあるときわたくしに向かって、『務台君、きみは禅をやるなら”絶対矛盾的自己同一”を公案にしてやってもいいんだよ。一息に、”絶対矛盾的自己同一、絶対矛盾的自己同一”と純一に工夫してゆけば、きっと開ける時期がくる』とおっしゃったことがある」と。 わたくしがこの話を鈴木先生にしましたとき、先生はひじょうに喜ばれて、「そうか、任台さんがそういったか。そうだろう、そうだろう。それはたしかに西田君の真意であったにちがいないな」と、何度も何度もひとりでうなずかれました。p107 大拙と西田の生涯を通じた交流があったればこその逸話といえるか。 ちかごろ、妙にカトリックの人に禅に注目する人が多い。ボストンで『ゼン・キャソリシズム』という本が出ただろう。ケンタッキーにトーマス・モリタンという神父がいて、西田の哲学に興味をいだいている。アメリカにいたころ、わざわざ上司の許可を得てわたしにあいにきたこともある。きみにも見せようと思っていたが、せんだって送ってきた論文などなかなかおもしろい。「イースタン・ブディスト」にでも載せたらどうかと考えているところだ。 p119 大拙談 「禅キリスト教の誕生」を彷彿とさせる部分でもあり、『禅肉、禅骨』のポール・レップスや、『禅仏教』のクリスマス・ハンフリーズなどの動向も気になってくる。 そうだ、これからは「禅」も「華厳」も世界的に見てゆかねばならぬ。単に伝統だけではダメだというのだ。日本人もうっかりしておれんぞ。p117 大拙談 そうだね。たしかに禅者も、真宗のことをもっと勉強せんといかん。それはきみのいうとおりだ。真宗の人も禅のことを知らんので困るが・・・・・・。p126 大拙談 親鸞聖人には一面どうしても禅宗の悟りみたいなものがあったにきまっている。わしはそれはまちがいないと思う。その証拠の一つとして『恵信尼文書』の中の寛喜三年(1231)四月四日の病中の幻覚のところにある「まはさてあらん」という親鸞の言葉をあげることができる。わしはあれが親鸞の”か地一声”(悟りの瞬間に思わず出るひとこえ)だというのだ。 p167 大拙談 (ここの「か地一声」の「か」は「口」構えの中に「ヵ」) 後半には、ドラックカルチャーについて述べている部分もあったが、もちろん否定派的表現であるが、いずれにせよ、面白い展開とはなっていない。巻末には、大拙が秋月にむけて書いた私信の数々が公開されている。秋月も1999年に亡くなっている。
2008.03.08
コメント(0)

<1>よりつづく「鈴木大拙全集(第11巻)増補新版」 <2>「歎異抄」を読む 全集として編まれたこの巻のなかには、3つの本が合本されており、「Zen and Japanes Culture」として1938年に発行された「禅と日本文化」、1959年に「Zen Buddhism and its Influence on Japanese Culture」として改訂された「続・禅と日本文化」、そし1961年に追補された「日本仏教」という文章が含まれている。 「続・禅と日本文化」には「禅と日本人の自然愛」、「禅と能」、「禅と茶人」、「禅と問答」、「禅と空観」などが含まれている。「日本仏教」の中には、8つの章があって、浄土真宗についての展開が多く、あり、最後は「『歎異抄』を読む」という文で締めくくられている。 親鸞については、当ブログが経過してくるプロセスの中では、幾度となく遭遇してきたのだが、どうもタイミングを計りかね、後回しになっている。特に現在は、禅、あるいはZenに向かう途上にあるので、親鸞は、まだまだ後回しになる気配だ。 もうだいぶ昔の話だが、70年代の文化が花咲こうしていた頃、フォークソングは「使用前」、ロックは「使用中」、演歌は「使用後」、というジョークのような笑い話があった。その笑い話の例えがあっているかどうかはともかくとして、当ブログでいえば、フィンドホーンのようなニューエイジを「使用前」、OshoのようなZenを「使用中」とするなら、私から見れば、親鸞や浄土宗、浄土真宗は、どうしても「使用後」と思えてしまうのである。ちょっと、演歌っぽい。 個人的には、神道や禅宗は、わりと身近で、次に日蓮宗。浄土宗や真宗は、あまり縁がない。むしろバブテスト教会や内村鑑三や「キリストの幕屋」のほうが近い。だが、読書を進めていると、あ、この人も最後は親鸞かよ、と思わせられることがたびたびある。いつかはまとめて、その辺をうろつきたいとは思っているが、今はまだ時期早尚である。私はまだ「使用中」だ。
2008.03.08
コメント(0)

「鈴木大拙全集(第11巻)増補新版」 <1> 禅と日本文化鈴木大拙 /久松真一 1999/11 岩波書店 全集・双書 485p 初版1970Vol.2 No.0008★★★★☆ この本、1999年に新版として再刊行されているが、私が読んだのは1970年版。旧字体の日本語が書かれているので、時には日本人(かな?)の私でも読めないところが多少あった(苦笑)。目的は「禅と日本文化」という一文であるが、この部分だけなら、2005年12月にも出ているし、文庫本もあるようだし、もちろん英語版「Zen and Japanese culture」 も手に入る。各種読み比べてみるのも面白かろうが、まぁ、そこまで凝ることもあるまい。 大体の意向が汲みとられれば、それでよい。必ずしも学術的正確性を期せぬ。また、この書で述べたところは、禅と日本文化の全面に亙ったものではない。p6 「原著者序」1935/8 鎌倉にて 形としては新渡戸稲造の「武士道」とか岡倉天心の「茶の本」の系列に属する一冊といえようか。 天台・真言・浄土諸宗は日本人に仏教精神を深く浸透させる上に寄与する所が大きかった。仏徳具現を宗とすることによりて、彼らは日本人の彫刻・絵画・建築・織物・金工等の発達を促進させた。しかし、天台の哲学は抽象煩瑣に過ぎて大衆の理解するところとならず、真言の典儀は骨が折れて複雑で、結局、大衆には費用がかかり過ぎた。真言・天台は彫刻・絵画及びその他日常の信仰に用いる美術的な器具を製作した。最も高く評価されている国宝は、この二宗派が栄えて、日本の文化階級と密接な関係をもった天平・奈良・平安の時代のものに多い。浄土宗は諸菩薩を後ろに従えた無量光の仏陀のいます荘厳なる仏画を描いた。日蓮宗と真宗は日本的宗教心理の創造したものである。日蓮宗は特に吾々に対して、芸術的、文化的刺激を与えはしなかった。真宗は仏像破毀主義に傾き過ぎ、親鸞上人の和讃や蓮如上人の「御文」を除いては、美術・文学方面においては、特に挙げる程の作品は残さなかった。p24 上記の引用部分を含め、この本は旧漢字がかなり使われているので、当ブログとしては、通常使っている日本語並みに変換して転記したが、もともとの原書がもっている風合いを破壊していないか、恐れる。まぁ、当ブログとしては、いつものように大意がつかめればそれでよし。理解にいたらずとも、誤解は無関心よりまだマシ、という姿勢で臨む。 禅は真言・天台の後に本邦に入ってきて、直に武門階級の支持をうけた。禅が貴族的僧侶階級に反するものとされたのは、多少、政治的、歴史的事情んもよるのであった。当初、貴族は禅に或反感を抱いて、政権を利用して反対の挙に及んだ。それ故、日本禅宗史の初めに当って、禅は京都を避けて鎌倉の北条一族の庇護の下に興った。当時、幕府の所在地である鎌倉は禅修業の根拠地となり、シナから渡来した多数の禅僧達は、鎌倉に居を定めて、北条時頼・北条時宗及びその後輩者達と家来から最も強く支持されることとなった。p24 なにはともあれ、日本における禅を考える時、サムライ文化は切り離せない、ということだろうか。 日本においては、禅は当初から武士の生活と密接な関係があった。尤もそれは決して彼らの血なまぐさい職業を実行するように示唆したのではない。武士が何かの理由で一たび禅に入った時は、禅は受動的に彼らを支持したのであった。禅は道徳的及び哲学的の二つの方面から彼らを支援した。p34 「戦国武将を育てた禅僧たち」や「禅と戦争」などと併せ読むとき、この辺は若干複雑な気分で読むことになる。私は10代の頃すんでいた住まいの近くにあった、伊達政宗ゆかりの禅寺で座禅を組んでいたのだが、いちどインドに渡ってOsho.Zenを体験した後、お礼もかねてその境内に戻ってみると、何の意識もしていなかったにもかかわらず、強烈な「血なまぐさい」匂いがした。21世紀の禅は、アロマセラピーのような香りに包まれていたい。 哲学的見地からは、禅は知性主義に対して直覚を重んじる。直覚の方が心理に到達する直接的な道であるからだ。それ故、道徳的にも哲学的にも、禅は武門階級にとって非常に魅力がある。部門階級の精神は比較的に単純で哲学的思索に耽るというようなことは全然ないから-----これが武人の根本的資質の一つであるが----当然、禅において似合いの精神を見出すのである。恐らくはこれが禅と武士との間に密接な関係が生じた主なる理由の一つであろう。p35 本稿においては、「禅と美術」、「禅と武士」、「禅と剣道」、「禅と儒教」、「禅と茶道」、「禅と俳句」などなど、きわめてコントラストを高めて、くっきりとものごとを浮き上がらせるような文章になっているので、円周率3.14・・・を「3」と割り切ってしまうような、小気味いい切れ味がある。あるいは、この本に書かれている部分の多くについては、Oshoの講話の中で聴いているので、ああ、Oshoの種本はここにあったか、と思わないでもない。 「序」として、中学時代からの生涯の親友・西田幾多郎がまえがきを書いており、口絵として1953年にフライブルクにおいて撮影されたハイデガーとのツーショット写真がついているのも興味深い。1953年は、Oshoがエンライトしたとされる年である。 <2>につづく
2008.03.08
コメント(0)

<12>よりつづく「私が愛した本」 OSHO <13> この本のなかでOshoは鈴木大拙について、何箇所かで触れている。 これから私が話す人は光明を得た人として認められていない。彼を認める人がいなかったからだ。光明を得ている者だけがほかの者を認知することができる。その人の名は鈴木大拙(貞太郎)だ。瞑想と禅を普及させるために、この人が現代世界で誰よりも多くの仕事をした。鈴木大拙は生涯をかけて禅の最奥の核を西欧世界に紹介する仕事をした。 p46 鈴木大拙の『禅と日本文化』が私の5番目の本だ。この人は、誰も凌駕できないほどに、人類に対して大きな貢献をした。彼の仕事は絶大だ。全世界が彼のお陰をこうむり、また将来もそうだろう。鈴木というのは誰もが知っている名前であるべきだ。だがそうなっていない・・・・・。私はそうなるべきだと言っている。気付いているのはほんのわずかの人々だ。そして自分が気付いていることを遠く広くひろめるのは、知っている人たちの責任だ。p47 マルチン・ブーバーの『ハシディズムの話』や『我と汝』との比較では・・・ 鈴木大拙が禅に対して行ったことを、ブーバーはハシディズムに対して行った。ふたりとも道を求める者のために途方もない貢献をした。鈴木は光明を得たが、残念ながらブーバーは得ることができなかった。p164 鈴木は光明を得ている、が、ブーバーはそうではない。だが鈴木は偉大な書き手ではないが、ブーバーはそうだ。鈴木は普通の書き手だ。ブーバーは書く技術に関するかぎり、実に高く聳えている。しかし鈴木は知っているが、ブーバーは知らない。彼はただ、自分がその中で育てられた伝統を語っているにすぎない・・・・・もちろん、その語り方はいかにも信頼すべきものだが。p165 あるいは、ポール・レップスの『禅肉、禅骨』との比較では、こう述べている。 彼は禅の花を英語にもたらした。この花は禅に関する他のどの英語の著述家の中にも見当たらない。鈴木大拙でされそれはできなかった。それは彼が日本人だったからだ。光明を得ていながらも、彼は自分の光明の香りをその英文著作に持ち込むことはできなかった。鈴木の英語は美しいが、まったく光がない。多分電気は入っているだろうが、明かりはまったくついていない。p223 そしてクリスマス・ハンフリーズの『禅仏教』については・・・ このハンフリーズという男は、鈴木大拙の弟子だった。そして彼は、師に対して、特に西洋では、他の誰もしたことがないほどに尽くした。彼は一生、鈴木に帰依していた。p224 ハンフリーズは本当の弟子であることを証明した。彼は、鈴木がその生涯を閉じるまで、そして自分自身の最後まで、鈴木に対して真実であり、忠実であり、従順であり続けた。彼は一瞬たりとも動揺しなかった。彼の本の中に、その揺らぐことのない精神を見ることができる。p225 ところで、今回、「私の愛した本」を読んでいたら、こんなところがあった。 私は人から借りた本を読むのは、どうしてもいやだった。実際、私は図書館の本を借りるのもいやだ。図書館の本とは売春婦のようなものだ。私は他人がつけた印とかアンダーラインを見るのはいやだ。私はいつでも新鮮さを愛する。処女雪のような新鮮さを。p32 たしかにその気持ちは分からないわけではないが、図書館がなければ、私は読書生活を続けることはできない。もっとも、他人がつけた印やアンダーラインは、好きでもないし、それほど乱雑に扱われている図書館本はほとんど皆無だ。(ごくごく数冊はそうだったが・・・・・) <14>につづく
2008.03.07
コメント(2)
![]()
<2>よりつづくセカンドライフマガジン(vol.1) <3> 「自分がなりたい、もう一人の自分」の中の要素に、バイクを乗り回すことがあった。実際には、10代の頃に原付で二回ころんで以来、もう二輪車にはコリゴリなのだが、自分にない要素のおおきなファクターである、バイク乗り。 なにはともあれBMWのブース(ってシムっていうのかな)にいって、フリーのバイクを0リンデンドルで「購入」。 さて、開けてはみたが、どう乗りこなしたらいいのか、よく、わからないなぁ。 はて・・・・・? なにはともあれ、すこしは前に行っているかな・・・・? つづく
2008.03.06
コメント(0)
![]()
<1>よりつづく「セカンドライフマガジン」(vol.1)仮想社会を創るコラボレーション情報誌<2>インプレスR&D /インプレスコミュニケ ムックその他 127p 2007年12月 ほへぇ~、ここまでようやくやって来た。前回この本を読んでからあっという間に三ヶ月近くが経過してしまった。その間なにもしていなかったわけではなくて、なんとかSLがストレスなくできる環境をつくるチャンスを狙っていた。環境と言っても回線はすでに光だし、周辺の知識はまぁまぁ、意欲は満々、あとはパソコン選びという段階であった。 ところがこれが難航。最初からSLをやるためという口実では奥方の許可がおりない。なんとか仕事にかこつけて、グラフィック機能がまずまずのノートをようやく入手した。いろいろな設定をすこしづつやりながら(ゆっくり楽しみながら)だから、まだSLに本格的にとりかかったわけではない。でも、なんとかアバター多火手クンをすこしづつ修正した。 着ているものは、友人Pルがくれたものでほとんどで、気恥ずかしいが、まぁ、とにかくまずはこれでスタートだ。当ブログVol.2の主人公は、この彼である。ひさしぶりにSLに入ってみると、あいかわらず中は閑散としているが、あちこちのシムは、どんどん出来上がっていて、広い世界が続いている。 原点の「ウェブ仮想社会『セカンドライフ』」に戻って見ると、SLに参加するのに必要なのは、「英語力」「財務力」「ITスキル」そして「創造力」ということだった。この辺を軸に、今後のアバター多火手クンの活躍に期待したい。 <3>つづく
2008.03.06
コメント(0)
<上巻>よりつづく「神学・政治論(下巻)」聖書の批判と言論の自由バルーフ・ド・スピノザ /畠中尚志 2007/02 岩波書店 文庫 307p Vol.2 No.0007★☆☆☆☆ ちょっと長文の感想を書いたところで、気を緩めたら、ミスタッチキーで、すべてが失われてしまった。あの文章をもういちど書くことはできない。すでに頭の中で、思考は一巡してしまっている。だから二順目として、すこし冷めたスープのようなメモになるが、残しておく。 まず、私には、聖書を批判し、表現の自由を求めようとする渇望は、スピノザが置かれていた状況とは比較の対象となりえないほど、ほとんどない、ということだ。聖書を忌み嫌うなんてことはほとんどないし、また、生活のなかで聖書が必要だということもない。聖書もキリスト教にも触れたが、私はやっぱり、生来の日本文化の中で育った人間なので、仏教や禅の話のほうがすきだ。 表現の自由についても、戦時下の言論統制ならいざ知らず、当ブログにしてからがそうだが、むしろ私たちの時代は、表現の自由を叫ぶより、自由をいかに表現できるのか、と言ったほうがより緊急の課題だといえる。 そして、マルチチュードという概念を、どこに求めるか、ということだが、もうスピノザがどうした、という次元ではなく、ここではやはり、ネグり&ハートの著書に戻って、より今日的な言論の中で、原寸大で理解していくことが一番楽で楽しそうだ、ということだ。 ということで、Vol.1では、当ブログの大きなテーマであったこの課題を、原点に帰って再考するとともに、それなりの終結点をみつけるべき時に至っていると感じるようになった。スピノザがどのような文脈のなかでそのマルチチュードという概念を登場させたか、とか、スピノザはどのようにして日本についての情報を学んだか、などについては、当ブログの進行からすると、特段に重要な話題ではなくなってしまった感じがする。
2008.03.04
コメント(0)
「神学・政治論(上巻)」 聖書の批判と言論の自由バルーフ・ド・スピノザ /畠中尚志 2007/2 岩波書店 文庫 290p 初版1944/9Vol.2 No.0006★☆☆☆☆ おーい、どうなっているんだ。どこまでいっても、私が読むスピノザ本の中には「マルチチュード」なんて言葉はでてこない。すくなくとも必殺ページめくり人には、その単語すら見つけることができない。意味までわからんでもいい。文脈なんて、もうどうでもいい。せめて、マルチチュード、という単語、あるいは、その類語を探そうという試みは、ついに達成できなかった。 しかし、まぁ、荒岱介なんぞは、ちょうど私が期待しているように、「ネグり→マルチチュード→スピノザ→西洋哲学→現代思想→21世紀」というふうに読みとけるものだと、感心する。いや、彼とて、実は、自分で読みといたのではなく、どっかの解説本をそのままコピペしたのではないか、と怪しんでしまうほど、実に私には、困難な読書が続いている。 この本、隣の県との境界にある地域の図書館から上下巻で私のところにやってきてくれた。な、なんと、昭和19年発行の岩波本である。ページをめくると、いまだにバリバリと音がする。つまり、ほとんど読まれていないのだ。古い時代の貸し出しカードがついているのだが、なんとなんと、上巻は、この何十年という間に、たった一人しか借り出していないことになっている。下巻に至っては、真っ白な借り出しカードが裏表紙に張り付いているだけだ。 ガガーン。この本は、幸か不幸か、決して万人向けの本ではないようだ。実は、地域で一番大きい図書館にも、これとまったく同じ本が入っているのだが、こちらは館外持ち出し「禁」となっているのだ。つまり、この本は、すでに希少価値を持った「骨董品」化しているのである。存在していること自体が珍しい本になってしまっているのだろうか・・・・・・・? 私はなにも「お宝鑑定団」に出品するようなレアな本をわざわざ探そうとしていたのではない。むしろ、現代で一番かっこいい、最先端の流行を追っていたつもりだったのに、ああ、なんという袋小路。いったい、これから、どうなってしまうというのかぁ! <下巻>につづく
2008.03.04
コメント(0)
![]()
「京都学派の思想」 種々の像と思想のポテンシャル大橋良介 2004/02 人文書院 単行本 301p Vol.2 No.0005★★★★☆ いわゆる京都学派と言われる動きが台頭してきたのは1930年代だ。その祖といわれるのは西田幾多郎の「絶対無」か、あるいはその後継者にして最強の批判者となった田辺元の「種の論理」か、あるいは、獄死した三木清か、あるいは、学派の一人には数えられることはないが、西田と生涯の友情を結んだ鈴木大拙にこそ注目すべきなのか。京都学派とは別に京都哲学というカテゴリもあるということである。 この本は、その20世紀前半にこそ始動した哲学的な営みを21世紀になって、再認識しようという試みである。13人の研究者たちによるオムニバスなので、どこをどう抜書きしても、混乱しそうになるので、やめておく。ただ、この本で確認したことは、京都学派、という、ある意味、あいまい規定なカテゴリが、実はそれなりに大きな流れを持っており、また当ブログの展開にもおおいに話題を提供してくれそうだな、というところだ。場合によっては再読を要す。 関連の書物があるとすれば、すこしづつ読み進める必要があるだろう。そして、やはり当ブログと京都学派をつなぐインターフェースとしてのキーパーソンは鈴木大拙となりそうだ。Oshoは大拙については、何度か触れているので、まずはその辺を併読しつつ、そのナビを活用しながら、またこの戦前の動きに戻っていく必要もあるだろう。
2008.03.04
コメント(0)
![]()
「聖なる共同体の人々」坂井信生 2007/10 九州大学出版会 単行本 218p Vol.2 No.0004★★★★☆ ハッタライト、メノニータス、なんて言葉を聴いたって、なんのことやら見当もつかない。どうやら聖なる共同体という言葉や、アーミッシュという言葉で、なにやら、数百年前のヨーロッパ文化を保ち続けている農業共同体、に近いものであろう、とイメージするあたりにとどまる。 アーミッシュについては、たしか徳井いつこ「アメリカのおいしい食卓」でも触れていたし、奥野卓司もどっかで、アーミッシュ共同体を訪問したことと、自らの情報人類学というカテゴリのつながりについて書いていたと思う。あるいは、この一年以内のことだったと思うが、なにかアーミッシュ共同体のなかで殺人事件がなにかがおきて、突然ワイドショー的にアーミッシュの人々が紹介されたことがあったことも思い出した。 この本、たぶん、珍しい本に属するのではないだろうか。アーミッシュ文化が日本で紹介されることはそれほど多くなかったと思う。ましてやこの本は日本人の研究者の手によるものである。この本にたくさん登場する、当地の人々の多くの写真は、一枚を除いてすべて著者の撮影によるという。 日本のハッタライト・大輪コロニーp135などについての記述は、へぇ~という感じで、びっくりした。日本にもそういう動きがあったのか、と驚くが、やはり日本のものはスケールが小さい。「共同体」というだけなら、われらが島田センセイの飯のタネ「山岸会」などもあるし、玉川信明「評伝 山岸巳代蔵 」などでも、その一端がレポートされている。 しかし、数百年続いているということや、キリスト教・再洗礼派(どういうものか知らないが)の流れを汲んでいて、当時の文化を保守的に守っているという意味では、日本の「きょうどうたい」や他のコミューンうんどうとは一線を画している。宗教社会学的(どうでもいいがw)には「セクト」に分類されるという。 どことなくフィンドフォーンのことを連想しないわけではないが、「ニュー」エイジ、という言葉の対比でいえば、こちらは「オールド」エイジで、かたくなに保守的文化を維持し続けているといえる。維持するための方策も考えられており、また数百年の実績がある。 この人々が真に「聖なる共同体」の人々なのかどうかは、やや疑問だが、人間とはこういう生き方をすることもありうるのだ、という意味では、とても興味深く読み進めた。
2008.03.03
コメント(0)
![]()
「差異と隔たり」 他なるものへの倫理熊野純彦 2003/10 岩波書店 単行本 240p Vol.2 No.0003★★☆☆☆ PTA活動をしていたときに、さまざまな外郭団体に参加し、さまざまな会議に顔をだすことが多かった。或るとき、小中学校の障害学級の支援団体の会議にでたことを思い出した。地域の小中学校10ほどの学校の管理職とPTA幹部が集まって、年に数回の会議があるのだが、その時に話題になったことがある。 それは、子供たちは「障害をもっている」のか、あるいは「障害がある」のか、どちらかに用語を統一しようという提案だった。子供たちは好き好んで障害を「持っている」のではない。単に障害が「ある」だけではないか。だから、「ある」に統一しようということだった。あまりこのような話題にはなじんでいなかった私は、なるほど、と思った。 ところが次の会議では、反論がでた。障害が「ある」のなら、それは克服できない、子供と不可分のものになってしまう。むしろ「持っている」と意識することによって、いつかは「持たなくなる」ことを目指すのもいいのではないか、ということだった。 ことは会の規約に関することである。いったんそう議決してしまえば、最短でも数年、場合によっては数十年、その規約が延々と続いていくことになる。議論は議論を呼んで、大変なことになってしまった。一方の論陣は、最近は「ある」のほうに傾いている。NHKのアナウンサーは「ある」で統一している、と言い出した。 あれ、それなら、「ある」で統一だなぁ、と結論づけられそうになった、次の会議では、みんな、テレビ番組視聴の結果を持ち寄った。どうやら、NHKでも統一されていないようなのだ。「ある」も「もつ」もある。一体、これはどちらが正しいのか。延々とその会議は続いた。結局、私がその会議に属していた一年間の間、その議論は続いたが、結論は出ずじまいだった。だから規約は以前のまま、あいまいなまま、続いていくこととなった。 この「差異と隔たり」という「倫理」にかかわる一冊を読みながら、あの時の議論が髣髴としてきて、またまた頭のなかのパズルがカタカタと動き出すのを感じた。 あの議論、いくつも問題を含んでいる。「障害」はその人間の特性なのか、属性なのか。障害をもつ(あるいは障害がある)本人である子供が自ら発する言葉(規定)ではなく、他者である親(あるいは教師)がどうこういっても、あまり意味はないのではないか。いやいや、その障害を克服していくことこそ教育なのだ、などなど。 障害と言っても、子供たちの置かれている状況はさまざまだ。肢体に不自由さを感じている場合もあれば、情緒に障害(といっていいのかわからないが)がある場合もある。あるいは、家族環境や生育家庭においての「しつけ」の問題だったりする場合もある。 もちろん克服できそうなこともあれば、それは絶対無理で、その環境を一生自分の環境として生き切る必要がある場合も多い。一口にはいえない。だが、各学校にある障害教室には、それぞれ数人づつだけど、それぞれにユニークな環境におかれている子供たちがいるのだ。 この議論において、NHKのテレビ番組の報告や、一般論以外、私はほとんど意味あることは何も発言することはできなかった。この時まで、いかに自分が、このような環境におかれている人々に対して、ほとんど無知ですごしてきたかを痛感させられた。それから、すこしはモノを考えるようにはなったが、正直言っていまでもその答えはでていない。 たんに言葉の問題ではないか、と言ってしまえばそれまでだが、言葉ではすまない現実がある。好むと好まざるとかかわらず、その問題に直面しなければならない本人がおり、周囲の人々がある。できれば、このような議論からは逃げてしまいたいとは思うものの、そのような現実に生きている人々がいる、という事実からは逃げられない。 差異があり、隔たりがあったとしても、本当はひとりひとりが美しいのだ。ひとりひとりが完全なのだ。一人がいるからこそ、ほかの一人がいるのだ。均質性が、同質性が必ずしも善ではない。スマップの歌ではないけれど、本当はそう思う。 「ある」と「もつ」議論は、本当はそうとうに哲学的なテーマだと思う。「差異と隔たり---他なるものへの倫理」。この本は、そんな議論を思い出せた。この本で展開されている「哲学」のフォーマットの上で、いつかこの「ある」「もつ」論争を展開したら、何事かがでてくるかも知れない。
2008.03.03
コメント(0)
全55件 (55件中 1-50件目)

![]()
![]()