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「スーパーコンピューターを20万円で創る」伊藤智義 2007/6 集英社 新書 235p No.961★★★★★ 予算枠10万円で自作パソコンを創ろう、という話はありそうな話だ。CPUのメモリーの、HDDの、と、あるいはDVDやら地デジやら、最新のパーツをブロックを積み上げるようにして、およそプラモデルをこしらえるよりは簡単にいまや自作パソコンは作れるという。 予算枠が更に20万円にも増えれば、うん、たしかに何年か前の「スパコン」などと呼ばれていた計算機を凌駕するようなコンピュータを自分の書斎に所有することができるようになるかもしれない。 しかし、この本はそのような話ではない。仮に私が20万円の最新の自作「スパコン」を手にいれたとしても、やることは、せいぜい、現代版の読み書きソロバンであるエクセル・ワード・インターネット+アルファぐらいであろう。あとは、ブログを書いたり、ちょっと気取ってセカンドライフの云々なんて、しゃべってみる程度だ。 たしかにグラフィックボードが最新じゃなきゃ駄目だの、CPUが二個ないとだめのと言ってみたところで、こちらの「創造力」にそれほどの要求があるわけではない。流行に乗ってそう思わされているに過ぎない。 この本で登場するスパコンは、まずは解決すべき「問題」ありきなのだ。つまり天文学を研究する人々が、たとえば二つの銀河が激突した場合に、どのような経過をたどって、どのような結果になるかを、スパコンを使ってシュミレーションをしてみよう、というのがそもそもの発端なのだ。しかも時代は1980年代後半。 そのレポートは立花隆の「電脳進化論」でも紹介されているという。また、学生時代に漫画の原作も書いてかなりな高額な(年間1400万円)収入を得ていたという筆者の、ノンフィクションの姿を借りたレポートである。NHKの「プロジェクトX」の番組予定にも入っていたそうだが、あのような不幸な終わり方をした番組だったので、幸か不幸か、このグループの開発したスパコン「グレープ」はテレビ番組になることはなかった。しかし、「プロジェクトX」の火種になったとされる「栄光なき天才たち」の原作者でもある筆者の筆致はなかなか快適で、すっかりその世界に読むものを引き釣りこんでいく。 著者が天文学を選択し、研究室にとどまる経緯においても、西部邁が中沢新一を東大の教員に推薦して反発をくらい辞職した経緯と重なってきて、最初この本のタイトルから連想したイメージとはかなり違った展開をし始めるのが、なかなか興味深い。 月はなぜ出来たのか、という人類創世以来の謎も、彼らの開発したスパコンは、あざやかに解いてみせる。どうやら彼らのシュミレーションでは、地球が別の惑星と衝突した際に、地球の周りに散らばった岩石片が渦状に衝突を繰り返し、やがて、その中から成長を始めて、さらに周囲の岩石塊をひきつけて、月を形成したのではないか、と推論しているP188。すくなくとも、そういう計算結果がでているようだ。 ここで不埒なことばっかり考えている当ブログとしては、地球も月もすべての天体は空洞である、と主張する潮流に対して、どのような影響を与えるだろう、と考えてみる。ここでのスパコン「グレープ」ではそのような結果がでてきたかもしれないが、じゃぁ、地球は何故できたのか、あるいは空洞には絶対ならないと断言できるのか、というあたりまで、ぜひこのスパコンでシュミレーションしてほしいものだ、と思う。 「ワープする宇宙」のリサ・ランドールは、たしか、いくつかある力の中の「重力」だけは極端に弱いのはなぜか、という疑問から、彼女なりの「5次元」の発想がでてきたようだった。そのことがちょっと気になっていた私は、近頃、それって、ひょっとすると「地球の内部が空洞だから、重力が弱いのではないかしらん」などと考え始めている。 しかし、こんなあまりに単純な妄想ばかり追っかけていくと、こちらの頭脳が空洞化していることの証明になってしまうので、そこそこでやめておく。 著者は、「ゼロから1を作り出す研究」と、「1を10にする研究」の違いを述べるp161。もちろん、どちらも大切であり、どちらもそうそうたやすくできることではない。ネット・トレードなどではなおさらだ(笑)。1962年4月24日生まれの筆者は、バースチャートを見ると、おひつじ座からおうし座へ太陽が移動しつつあり、創造力豊かで持続可能な堅実な世界観の持ち主でもあるようだ。 それにしても、ゼロから生まれた20万円のスパコンは、「重力多体問題専用」マシンから、汎用モデルに転換し、「分子動力学法」を用いたタンパク質のシュミレーションなどにも応用されていく。宇宙の研究と分子や細胞の研究が酷似していたなんて事実は、想像することは難くはないが、実際にそのように活用されたと説明されると、なるほど、と深く納得してしまうのである。
2008.01.31
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http://www.levendegedachten.nl/No.P007-001★★★★☆ このページは何のページだか分らない。何と言うサイトなのかも確かめもしていない。なんせオランダ語で書いてあるようだ。なにげにOsho-Spinozaという二つの単語で検索したらでてきたページだから、本当に偶然としかいいようがない。ただ、感動するのは、少なくとも世界中には、この二人を同じページで書いている人もいることを確認できたという事実だ。 ほかには、クリシュナムルティや、ヴィヴェーカナンダ、マハリシ、メハーババ、サイババなどが、並んでいる。今はこのページがどうのということを深追いはしないで、ネット上の雑多な情報をピックアップしてストックしている「インテグラル」というカテゴリに入れ込んでおこうと思う。 Oshoとスピノザ。300年前のスピノザがOshoに触れるということはないだろうが、Oshoのほうも、別段スピノザに触れたような形跡も、私は発見できないでいる。この二人をつなぐなにかが、さて、本当にあるのだろうか。Oshoについては、それこそ私なりにだが、だいたいの印象は持っている。Oshoの「哲学」は、ほとんど「個」に依拠しているかに見えるところがある。ひとりであること、ひとりの人間であること、そこのところが、特に強調されているかに見える。 かたやスピノザについて、わたしは今だにトンチンカンな理解さえもしていない段階だが、先日読んだ本のタイトルが「スピノザ 共同性のポリティクス」だったように、スピノザは「個」を強調しないゆえに、必然的に「共」にならざるを得ない帰結があるようなのだ。 「個」にこだわるOshoに対して、「共」であることを強調するスピノザ、という図式が成り立つかどうかはわからないが、たぶんこれは間違いであろうと思っている。少なくともOshoは「個」にこだわっているわけではない。むしろ「個」にこだわっていけば、そこには「個」なんてないよ、「共」としての全体があるだけなのだ、という道筋ができているように思う。 スピノザにしても、「共」を強調しているかのようではあるが、実は、それは「個」としての自分へ還ってくるものだ、という読み替えが行われているように感じるのだ。だから、Oshoとスピノザは、陰陽マークのように互いに補完しあうような対称点の対極に存在しあっている、という風にみることも可能なのかもしれない。 Oshoなら、この辺は、愛と瞑想という言葉で、表現するかもしれない。愛する相手の目を覗きこめば、そこに映っているのは、自分でしかない。瞑想して、自らの中に入っていけば、そこにいるのは自分ではなく、愛する相手のことだ。このへんのことをスピノザはどんな風に表現しているだろう。そんなことを見つけることも道々の楽しみのひとつとしたい。 スピノザの倫理的な定式はただ一つ---「汝の活動力を増大させるように行動せよ」すなわち「汝の<喜び>を最大限に味わうように行動せよ」 これだけである。国家も共同体も法も制度もすべて、活動力の増大という生命活動のあとから要請されたものであり、その逆ではない。「スピノザ 共同性のポリティクス」表紙より
2008.01.31
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「ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ」北山耕平 2007/9 太田出版 単行本 217p No.960★★★★☆ ブログを書いて、よかったなぁ、と思うことはいくつかある。自分の中が整理できたことが一番大きかっただろう。1)麻原集団事件については、なんとも釈然としない気分で10年過ごした。だが、このブログを書いてきた中で、一通りの整理ができた。その頂点は林郁夫の「オウムと私」であろうし、その裁判記録「慟哭」佐木隆三であろうと、私には思える。島田裕巳の一連の仕事も、他の人々の仕事も、あるいは、なんとかジョウユウとかいう人の新しい動きも、注目していかなくてはならない。しかし、それは、次のステージに移っていると考えていいだろう。2)チベット密教についてもいろいろ思いをめぐらしてきたが、結果論として残ったのは、一つはチョギャム・トゥルンパの一連の仕事。そして、現在も活躍中のダライ・ラマ。このふたつの仕事をナビとするなら、大体のことは俯瞰できそうだ、という結論に達している。3)ネット社会については、もともとこのブログは「ウェブ進化論」に触発されて始まったといえるのだが、まぁ、現在のところは、いわゆるセカンドライフの動きに注目しながら、ティム・ゲストの二冊の本が、なにか他のことへの連なりを持続させてくれるようで、今後も注目し続けることになるのだろう。4)マルチチュードについては、なぜか西洋哲学史のふり返りというサイクルになってしまっているが、いくつかのヒントはあるものの、スピノザを中心として捕らえなおしてみれば、次なるなにかが生まれるのではないか、という予感がし始めている。5)Oshoについては、ひとくちではいえないし、このブログの主テーマでもあるので、まとめるなんてことはとてもできないが、まったくの試論[ OSHOmmp/gnu/agarta0.0.2 ] というカテゴリを転がしていくことによって、なにかが見えてくるに違いない、という強い確信がある。6)その他「アガータ」については、本ブログの隠れテーマであるが、これについてもほぼ見通しができるところまで来ている。ただ、これが当ブログの主テーマになるには、いくつかのプロセスが残っているので、時間がかかりそうだ。 さて、そして7)についてであるが、アンソロポロジーとしてのネイティブ・ピーポーの動きについては、当ブログとしては、一連の北山耕平の仕事が一番親和性が高いと判断している。そのネットでの展開を今後も注目していきたいと思っている。ただ、そのあまりに奥行きが深いので、どのように捉え直していけばいいのか思いあぐねているというのが本当だ。 今回もこの「ネイティブ・アメリカンとネイティブ・ジャパニーズ」を立ち読みして、ちょっぴり前半部を読んだだけなのだが、大幅に書き直されているとしても、ネットから受ける印象とそう変わるものではない。このカテゴリの、現在の問題は、あまりに対象のそれぞれの特異さに目を惹かれるあまり、そこから自らの立っている地平にもどってくるまで時間がかかりそうだ、というところだ。 ネイティブ・ジャパニーズという言葉で北山は何事か言おうとしているのだろうが、当ブログとしては、やはり今後もネイティブ地球人という原点を求めていきたいと思っている。
2008.01.30
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<2>よりつづく「ツァラトゥストラ(下)」<3>フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ /小山修一・訳 2003/05 鳥影社 単行本 325p No.959★★★★★ この訳書の秀逸なところは、文中に一箇所の註も、長たらしい解説もなく、ただただ現代文に訳された美しい詩文があるだけ、というところだ。「ツァラトゥストラ」を「心底愛している」という訳者小山修一にして初めて出来上がった一冊と言えるだろう。 わかるか、太古へと連なる源泉(みなもと)を知り究めた者は、ついには未来への泉と、新たに生まれる源泉(みなもと)を探し求めることであろう、--- おお、わが兄弟たちよ、遠からずして新たな民衆が陸続として生まれ、新たな泉から湧き出た泉の流れは、新たな谷をえぐり、歌いさざめいていくであろう。 つまり、大地が生まれ変わるのだ。---地震は多くの泉を埋め、多くの渇きにあえぐ者たちを生み出す。それはまた同時に、内部に蓄えられていた力と秘密を明らかにするのだ。 地震は新たな泉のありかを示す。古い民衆の拠って立つ大地が裂けるうちに、新たな泉がほとばしり出てくる。p117 革命にドグマチスト、オルガナイザー、アジテーターがいると仮定するなら、ニーチェのツァラトゥストラは、体系的な教義も持たなければ、優れた組織者でもないだろう。しかし、この心底から匂い立つような、激情としてほとばしるような、その心情の吐露。このツァラトゥストラが存在しているということ自体が、人々を動かす究極のアジテーションとなっている。 笑う者のこの冠、薔薇の花で編んだこの冠。わたしは自らの手で、この冠をわたしの頭に戴いた。わたしは自ら、自分の笑い声は神聖であると宣言した。わたし以外の何人も、今日(こんにち)自らそう宣言するほど逞しくはないと思った。 舞い踊るツァラトゥストラ、翼を振る軽やかなツァラトゥストラ、すべての鳥たちに飛ぶぞと合図するツァラトゥストラ、用意万端、至福を軽やかにつむぐ者。--- 預言者ツァラトゥストラ、真の笑いを知るツァラトゥストラ、待つことができるし、絶対者でもない、跳躍と旋回の愛好者。こんなわたしが自らの手で、この冠をわたしの頭に戴いたのだ。p261 ここにあるのはカリール・ジブランが描くキリストでもなければ、ヘルマン・ヘッセが描くシッダルタでもない。もちろん、拝火教のゾロアスターでもないだろう。ここにはニーチェのツァラトゥストラがおり、ニーチェ自身がいる。Oshoが愛する本の筆頭にあげ、「彼を連れ戻したのは、彼に命を与えて復活させたのはニーチェだ」「私が愛した本」p9というのは、このことだろう。<4>につづく
2008.01.30
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<1>よりつづく「ツァラトゥストラ(上)」 <2> Oshoは「私が愛した本」の中で、カリール・ジブラーンの本を9冊取り上げている。多分、ひとりの人間の作品としては一番多いだろう。それだけ、この作家を愛しているといっていいだろう。その中でも、筆頭にあげているのが、「預言者」だ。その美しさを愛でつつも、Oshoは、シンプルに言い放つ。 カリール・ジブランの「預言者」だ。私がたやすく「預言者」を落としてしまったのは、これがニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」の反響にすぎないという単純な理由による。我々の世界では誰ひとり真実を語るものがいない。我々はあまりにも嘘つきで、あまりにも形式主義的で、あまりにも礼儀正しい。「預言者」はツァラトゥストラを反響しているために美しいだけだ。「私が愛した本」p18 「ツァラトゥストラ」を読んでいると、ここでOshoが言わんとしていることがよくわかる気がする。ジブラーンは、定式化していて詩文としては面白いし、警句に満ちている。軽妙だ。しかし、ツァラトゥストラは、ある意味、難渋に満ちてもいる。その意味では、まるで、このニーチェのツァラトゥストラは、他のなにかの反響でもあるように思えてくる。それは誰あろう、イエス・キリストだ。 組織宗教としてのキリスト教については知らないが、青年イエス・キリストの言行と、ニーチェのツァラトゥストラは、どこかで通じているのではないだろうか。ヘルマン・ヘッセの「シッダルタ」が、いわゆるお釈迦さんと通じるよりも、どこか西洋化されているのを感じるように、ニーチェのツァラトゥストラは、本来のゾロアスターより、よりキリストに近い西洋文化の影響を受けていると感じる。 あるいはまた、この本を読んでいて背中がぞくぞくとするのは、どこかマルクスの「共産党宣言」にも通じるところがあるような気がする。「私はこの小さな本『共産党宣言』が大好きだ。この本の書き方が大好きなのだ---内容ではない、スタイルだ。」とOshoがいう時、ニーチェのこのツァラトゥストラが持つ、ある「宣言」性、マニュフェスト性を重ねて、評価しているように思えてくる。 ある夕方、ツァラトゥストラは弟子たちと共に森の中を通っていた。彼が泉を探し求めていると、いつしか樹立(こだち)と茂みにひっそりと囲まれた緑の草原にきていた。その草原では、なんと、妖精たちが歩調を合わせて踊りを楽しんでいた。ツァラトゥストラの姿を見つけると、妖精たちは踊りを中断した。だがツァラトゥストラは、好意的な身振りで彼らに近づき、このような言葉をかけた。 「可愛い妖精たちよ、踊りを続けるがよい! 楽しみを台無しにする者が邪なまなざしをして、おまえたちのもとにやって来たわけではない。わたしは妖精の敵ではないのだ。 私は悪魔に対しては、神の代弁者である。その悪魔とは、重因の魔である。軽やかに舞う生命(いのち)よ、どうしてわたしが神々しい踊りの敵であろうか? どうしてわたしが、美しいくるぶしをもった妖精たちの足を、目の敵にする必要があろうか?p177 当ブログにおいては、妖精は、正直あつかいにくい。思考の回路の中に、このコンセプトを入れ込む余裕はあまりない。せいぜい最近、「フィンドホーンの花」や「天使の歌が聞こえる」を読みながら、ふむふむ、と鼻がむずがゆくなるのを感じている程度のところだ。しかしニーチェのツァラトゥストラは「私は妖精の敵ではない」と宣言する。「神々しい踊りの敵ではない」と言う。<下>につづく
2008.01.29
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<初読>よりつづく「スピノザ 共同性のポリティクス」 <再読>浅野俊哉 2006/3 洛北出版 単行本 302p 手当たり次第に目についた本に手を出して、さらっとメモしておくことも悪いことではない。そして、あらためて巡り巡って再読してみると、、ますますその価値の重さが分ってくることもある。この本はまさにそのような本の一冊と言えるか。前回は、後ろの方をつまみ読みしたあとに、ついでに前の方をみてみた、という感じだった。今回は、最初から読んでみた。 Oshoがソクラテスやニーチェを最大限に評価し、その前後に触れる時、なにはともあれ、この二つの足がかりを貴重な立脚点として、全哲学史をふり返ってみることも面白い。ソクラテス以前のギリシャ哲学、あるいは、ニーチェ以後の実存哲学などについても、ふり返ってみる必要がある。ソクラテスからニーチェまでの間において、西洋においてはキリスト教が大手を振って世を仕切っていたことはわかる。しかし、果たして、ニーチェ以前の西洋哲学の中になにかのほかの足がかりはなかったのか。 「これらのことを話したのは、私の喜びがあなたがたのうちにあり、あなたがたの喜びが満たされるためである[ヨハネ15:11]や「主において常に喜びなさい。重ねていいます。喜びなさい」[ピリピ4:4]といった数多くの聖句に表れているように、キリスト教の伝統においても、喜びという感情は少なからず重要な位置を占めてきた。しかし、哲学者の中で、信仰とは一切無縁の形で、(快楽ではなく)<喜び>の価値を最前面に打ち出し、しかもそれを倫理学・政治学の基礎としても提示したのは---二百年後にニーチェがその「矢」を独自の仕方で放ち直すのだが---、17世紀オランダのスピノザが最初だった。p13 う~~ん、なんとも感動的な文章だ。ニーチェに先立つこと200年前、スピノザはひとり、何事かを始めていたのである。 ゲーテをして「かくも決定的に私に作用し、私の思惟方法全体にかくも大きな影響を与えたに違いないこの精神」と言わしめ、ニーチェを「私はすっかり驚いてしまった。夢中になっている。私には先輩がいるのだ。[・・・]私の独りぼっちは、少なくとも今は二人ぼっちになったのだ!」と感激させたスピノザ。ロマン・ロランの、ヘンリー・ミラーの、ボルヘスのスピノザ・・・・・。ある時には、「魔女の箒に乗ったよう」と形容され、またある時には、「何か微妙な極めて軽やかな空気のようなもの」と表現されてきたスピノザ---実のところ彼の思想は、その名前も著作も知らずに生きている大多数の人々にとって、「わからない」どころか、日々それを行い、そこで描かれた感情や表象に翻弄されている自分たち自身の<鏡>なのである。p17 ニーチェをして「私の独りぼっちは、少なくとも今は二人ぼっちになったのだ!」と言わしめた、スピノザ。四国八十八箇所の霊場めぐりのお遍路さんたちが、弘法大師空海を導師として、「同行二人」とつぶやいているのを彷彿とするようだ。 様々な視点からスピノザの読み直しは行われているが、あえてその主たる主潮を分類すれが、少なくとも二つの方向性を見いだすことができるのではないかと思う。第一の視点は、スピノザをマルクスとの連関の中で読み直そうとうポジションであり、第二の視点は、マルクスのみならずむしろニーチェとの結びつきを強調することで、第一のもの以上の展望を獲得しようと試みるものである。p32 第一の立場にあるのは60年代のアルチュセール派とされ、「ヘーゲルかスピノザ」か、などにおいて結実しているとする。第二の立場は、「結果としてニーチェに依拠することで、第一の立場よりラディカルに、スピノザを、弁証法的思考様式全体への批判者として位置づける」p33とする。第二の立場を代表するのはジル・ドゥルーズとアントニオ・ネグリであるp37とする。 ネグリの象徴的な言葉で言い表せば、現在明らかにされつつあるスピノザは、過去のしめつした遺物どころではなく、いまだ誰もその哲学を完全に把握したことも生きたこともない来るべき哲学、<未来の哲学>としてのスピノザなのである。p53 本書においては、よくよく読んでみれば、スピノザ賛辞のオンパレードである。あちこちにきわめて興味深いことがたくさん書いてあることを、再読してようやく気がつきはじめた。Oshoがスピノザを評価したものはまだ私は見ていないが、Oshoとスピノザの間にニーチェを介在させることによって、スピノザ以前、そしてOsho以後まで見えてきそうな気がするのである。すくなくとも、世界が広くなる。 この本においては、ノルウェーの思想家アルネ・ネスのディープ・エコロジーやエコフィロソフィーp145、アンドレ・ゴルツが70年代から警鐘を鳴らしていたとするエコ・ファシズムp169などにも触れている。いわゆる環境保護主義的な立場からスピノザが読み直されているという事実は興味深い。 このような<帝国>とスピノザの思想がどのような点で結びつくのだろうか。それは、<生--権力[bio-pouvoir(生を対象にする権力)]>の貫徹としてとらえられたこの<帝国>に対抗するための最も主要な拠点/器官として、スピノザが「政治論」で展開した、<群衆--多様性[multitudo]>という概念(実体を伴った)が用いられているからである。p204 マルチチュードの語源は、「政治論」であったか。この本は、前回読んだところとまったく違うところに興味引かれるところが多かった。もうすこし時間が経過して読んだら、さらにまた別な発見があるかもしれない。
2008.01.29
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「ツァラトゥストラ(上)」 <1>フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ /小山修一・訳 2002/12 鳥影社 単行本 252p No.958★★★★★ 先日、デパートの美術品展示場を覗いたら、たくさんの絵画や掛け軸の中で、ひとつだけやたらと興味を引かれたのが、「龍虎相克の画」だった。なにやら名前のある画家の手によるものらしく、なかなかの迫力だった。我が家の床の間にも、この掛け軸を書けたらどうだろうか、と想像してみたり、茶室では、この絵は合わないだろうなぁ、と思ってみたり。 龍と虎の対峙する姿をみていて、自分はどちらに身を寄せるだろうかと思うと、龍のほうだった。というのも、私が生涯を通じて対峙しているひとつの人物は、寅年の獅子座だからだ。しかもライオンズクラブのドン、と来ている。やはり、どうしてもここは、あの虎をなんともやっつけたい、と気力を奮い起こすには、自らを龍に喩えるほうが、わかりやすいようだ。 それにしても虎、寅、獅子、ライオン、などなど、いろいろな表現があるが、はて、どれがどれやらわからなくなる時がある。ニーチェは、駱駝→獅子→子供の「三つの変化」を説く。 獅子となった精神はここで、かつて自分を支配した者を探し求める。この精神はかつての支配者とかつての神を宿敵とみなし、本性をあらわした巨大な龍と勝利を賭けて格闘するのだ。 獅子の精神がもはや支配者と認めず、神と呼ぼうとしない巨大な龍とは、何ものであろうか? 「おまえを意のままにしてやる」これが巨大な龍の名前である。一方、獅子の精神は「わたしの意志を貫く」と主張する。 「おまえを意のままにしてやる」と言いながら、金鱗燦然たる怪獣が身を横たえて、獅子の精神の行く手を遮る。一つ一つの鱗には、「おまえを意のままにしてやる」という魔性が金色に輝いている。p38 ここでニーチェの言わんとすることは分るが、喩え話としても、なにも龍を化け物にしてしまわなくてもいいのに、と勝手なえこひいきをしてしまう(笑)。私はどうも寅年の獅子座のライオンズクラブのドンは、嫌いだ。彼は本当は、次の「子供」へと変化しなくてはならないはずなのだ。しかし、寅、虎、獅子、ライオン、と、自らを剛一点張りに固める姿は、美的ではないと思う。 Oshoが「私が愛した本」の168冊の中のトップに持ってくる限り、この本には敬意を表わさなくてはならない。「かく語りき」「こう言った」「かく語れり」などと訳されるニーチェの本だが、この本ではズバリ「ツァラトゥストラ」だけだ。余分な文を廃しているだけ、現代文としては読みやすく大意をつかみやすい。<2>につづく
2008.01.29
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<10>よりつづく「私が愛した本」 OSHO <11> Osho「私が愛した本・西洋哲学編」が成功したので、他の本もジャンルに振り分けてみた。驚いたのは、当初ジャンルを作っていなかったスーフィーに関する本が多いこと。中国編や禅編や心理学編は、割と少なかった。そして、一度は締めくくってみたものの「西洋哲学」に入れるべきではなかったのか、と思う本も出てきた。 次に検証してみるべきは「神秘学編」かなとも思う。ジャンルは便宜上のものというしかない。全体を俯瞰する上の不完全版でであるがUPしておく。Oshoが愛した本のジャンル分け(不完全版)「東洋哲学(インド)」編「バガヴァッド・ギーター」クリシュナ「ギーターンジャリ」ラビンドラナート・タゴール「イーシア・ウパニシャッド」「サマヤサーラ」クンダクンダ「サラハの歌」サラハ「ラーマクリシュナの『寓話集』」「ブラーマ・スートラ」バーダラーヤナ「バクティ・スートラ」ナラダ「ヨーガ・スートラ」パタンジャリ「カビールの歌」「ミーラの歌」「サハジョの歌」「ナナクの歌」「ヴィヴェク・チュダマニ」シャンカラチャリア「ジャイナ・スートラ」マハヴィーラ「ヴィギャーナ・バイラヴァ・タントラ」シヴァ 「タットヴァ・スートラ」 「マルクダーサ」 「グル・グランダ・サヒブ」 「ラーラ」 「ゴラクナート」 「シヴァ・スートラ」 「ゴーラング」 「ダドゥ」 「神が語る」メハー・ババ 「シュリ・バシャ」ラーマーヌジャ 「私は誰か?」マハリシ・ラマナ 「インドの心」ムーアヘッド&ラダクリシュナン 「グランタ」 「ダヤバイ歌集」 「ビジャーク」カビール「シュンニャ・スヴァバーヴァ」タラン・タラン「シッディ・スヴァバーヴァ」タラン・タラン「我が真理の実験」マハトマ・ガンジー「タントラ美術」アジット・ムケルジー「タントラ絵画」アジット・ムケルジー 「バージ・ゴヴィンダム・ムードゥ・マテ」アディ・シャンカラチャリヤ 「チャンディダーサ歌集」 「ラーマクリシュナの福音」 マヘンドラナート 「ラーマティルタ」 「ラヒム歌集」 「ディヴァン」ミルザ・ガリブ<11>その1乙に続く 補記 ハイパーリンクを張りつづけたため字数がオーバーしたので、甲・乙に分割した。2009/06/12
2008.01.28
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「スピノザ エティカ」<1>バルーフ・ド・スピノザ /工藤喜作/斎藤博・訳 2007/01 中央公論新社 新書 469p No.957★★★★★ スピノザは「エチカ」にあり、とターゲットを絞り込んで、さぁ、と意気込んでから早二ヶ月、我ながらなんとも情けないほど、何も起きていない。確かに年末年始の繁忙期であったし、引き込んでゆっくり「哲学」というわけにも行かなかったのは確かだ。雑多な飛ばし読みや切り張りはあちこちしているわけだから、「時間」がないわけではない。 「スピノザ エチカ抄」をずっと枕元において、いつその気になってもいいように、準備だけはしているのだが、最初の数行を読んだだけで、どうしても先に進まない。もう二ヶ月だ。最近、年令とともに物忘れも勘違いも増えてきた。ましてや理詰めの思考など、できれば勘弁してほしい、そのような個人的な体調(と、まずは言っておこう。本当は脳みそだが)の変化ゆえに、このような現象がおきているのだろうか。 そこで、考えたのは、「エチカ」は「エチカ」でも、別な訳本にしたらどうであろうか、というアイディアであった。図書館の開架書棚には、たまたま「エチカ抄」とほぼ同時に出版されたこちらの「エティカ」が入っていた。二冊紛らわしいが、一般的にはスピノザ・エチカで通すが、この二冊を区別するときは、前の本を佐藤「エチカ抄」とし、こちらは工藤「エティカ」とすることにする。 もちろん、訳にそれぞれの個性があるだろうが、まず内容はほぼ同じであることは察することができる。むしろ佐藤「エチカ抄」のほうが、「抄」となっているだけ、冗漫な繰り返しが省略されており、読みやすいはずなのである。しかし、こちら工藤本には、「『エチィカ』をどう読むか」が序文としてついていた。 スピノザの意図がどうであれ、「エティカ」の読者は、この方法による叙述に辟易することは論を俟たない。この意味で「エティカ」はきわめて読みにくい書物である。だからといってこの幾何学的叙述を解体して、読者に読みやすい「エティカ」を編み出したゲプハルトやカーリーの試みによって、スピノザの哲学を一応知ることができても、彼の精神にまでいたることができないのではないだろうか。何よりもスピノザ的なものが失われていると感じるのは筆者のみであろうか。p8 なるほど、この本は、もともと「きわめて読みにくい書物」であったのだ。それを知って、ちょっぴりホッとした。これは私ひとりの感覚ではなかったのだ。読者が「辟易」するだろうことは、もともと専門家達には充分お見通しだったのだ。ホウ・・・・(安堵のため息)。ただ、すくなくとも読みやすくしたゲプハルトやカーリーなる人々の仕事があることがあることも分ったことは、まずは収穫。 ともかくスピノザを知るにはこの読みにくい「エティカ」をまず読むことである。しかし第一部の定理一から順を追って読む必要はない。そのようなことをすれば、第一部の半分にも達しないうちに投げ出してしまうだろう。p9 はい、まさにおっしゃるとおりでございます、先生。最初の三行で投げ出してしまいました。 「エティカ」を読むには、基本的な定義と公理を頭に入れたなら、あとは自分の理解できる定理、あるいは興味をひく定理から読み出せばよい。全体は一つの連関を成しているのであるから、任意の定理を手掛かりに前に進むなり、うしろを振りかえるなりして、その理解の幅を広げていけばよい。このような仕方によって、たとえば「エティカ」冒頭の、味もそっけもない自己原因や神、実体、様態などの定義がより具体的に、内容豊かなもの、味わい深いものとなり、彼の哲学の全体像が次第に生き生きと明らかになってくるのである。p9 ははは、やはり「冒頭」は「味もそっけもない」のだ。私にも、この冒頭は「味もそっけもない」ということは、分っていた(エヘン、って威張るところではないが)。はてさて、この部分が、「読み進めて」いくうちに「内容豊か」で「味わい深い」ものになるなんてことは、一体あるのだろうか。摩訶不思議。 <2>につづく・・・かも
2008.01.27
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<9>よりつづく「私が愛した本」 OSHO <10> G・E・ムーアの「倫理学原理」だ。私はこの本を愛してきた。これは大いなる論理の実践の書だ。彼は「善とは何か?」という問題を考えるだけのために200ページを費やし、「善」は定義不可能だという結論に達する。大したものだ! だが彼は宿題をやってのけた。神秘家がやるように、ただ結論に跳躍したわけではない。彼は哲学者だった。彼は一歩一歩段階を追って進んだが、神秘家と同じ結論に達した。 「善」とは定義不可能だ。「美」もそうであり、「神」もそうだ。実際は、何らかの価値あるものはすべて定義不可能だ。それを記録しておきなさい! 何かがもし定義できるようなら、それは無価値だということだ。定義不可能なものに行き当たらないかぎり、何ひとつ価値のあるものに出会ってはいない。p241 何はともあれ、突然、思い立ってリストアップしたOshoの愛した本「西洋哲学」編17冊のトピックは全部読んだことになる。ニーチェに始まって、ムーアに終わった西洋哲学編。「善」とは定義不可能だ。「美」もそうであり、「神」もそうだ。実際は、何らかの価値あるものはすべて定義不可能だ。ああ、結局最後にこういわれては、結局、このブログでの「探求」の努力など、最終的にすべて「無」に帰すことになりそうだ。結局、Osho「十戒(笑)」の十番も、探求をやめよ、在るところのものは在る。立ち止り、そして見よ。が結論だった。 「私が愛した本」には他に151冊がリストアップされているのだから、結論めいたことはいえないが、少なくともOshoは大学で哲学教授をしていただけあって、哲学を無視はしていないけど、「好き」ではないことがわかった。もっとも、彼が哲学を愛していたら、大学に残って静かな「生活」を送ったのではなかっただろうか。 彼が「好き」というものは、カテゴリとしては西洋哲学と見られていても、結局そこから踏み出して神秘的傾向を帯びたり、東洋哲学へと歩みだしたものに限られているようだ。あるいは、部分的ではあっても、技法やスタイルが特段に芸術的にすぐれていたり、稀有な方法であったり、人類としてはじめて試みたようなところを評価してのことのようだ。<11>その1甲につづく
2008.01.27
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<8>よりつづく「私が愛した本」 OSHO <9> どういうわけかは知らないが、私は何度も何度も、自分がバートランド・ラッセルを入れなければならないということを思い出す。私と彼がかけ離れていることはよく知っているが、いつもこの人を愛してきた。実際は、我々は180度反対だ。おそらくそのためなのだろう。対極は互いに引き合う。p178 西洋哲学に関する限り、彼以前にこんな仕事をしたものはいない。哲学者にしかこんなことはできない。歴史家は試みたことがある。だから哲学史はたくさんある。だがその歴史家たちの一人として哲学者ではなかった。これはバートランド・ラッセルほどの哲学者が歴史書---「西洋哲学史」---も書いたという初めての例だ。しかも彼は実に誠実で、その書を「哲学史」とは呼んでいない。自分が東洋哲学については何ひとつ知らないことをよく知っているからだ。彼はただ謙虚に自分が知っていることを述べ、しかもそれが全哲学史ではなく、アリストレスからバートランド・ラッセルに至る西洋的部分にすぎないことを言明している。p178 私は哲学は愛さない。だがこのラッセルの本は歴史書に止まらずひとつの芸術作品だ。それは非常に体系的、かつ美的で、実にすばらしい。おそらく根本的にはラッセルが数学者だったからだろう。p178 バートランド・ラッセルのような人が、インドと中国によって必要とされている・・・・特にこのふたつの国だ。西洋はバートランド・ラッセルのような革命的な思想家を持つことができて幸運だ。彼はアリストレスから自分自身までの西洋思想の全発展をこの上なくすばらしい物語として描き上げる能力を持ち、そして実際に描き上げた。p179 Oshoの「私が愛した本」の中には168冊がリストアップされている。その中で、約一割の17冊が西洋哲学史の中に属すると思われる。しかし、その他には、さまざまなカテゴリが含まれている。「東洋哲学(中国・インド)」「禅」「仏教」「小説(文学)」「心理学」「神秘主義」などの切り口で、他のいくつかのリストをつくるることができるだろう。この次やってみたいと思っているのは「禅」シリーズだろうか。そして「神秘主義」も一度は整理してみたい。「心理学」だって、再確認が必要だろう。 バートラド・ラッセルとホワイトヘッドのふたりによって書かれた本だ。それを読む人はいない。タイトルは「数学原理(プリンキピア・マテマティカ)」だ。その題名だけで人を恐れさせるには充分だ。そしてこの本は、存在する中で最も難解なものに違いない。だから、私はできるかぎりこの書を読解しようと試みた。難しいものはどんなものでも、いつも私を誘惑する。魅力的な、人をそそる本だ。だが私はサニヤシンたちにあれを薦めることはしない。避けるがいい! 私はあの何千ページを読み通したが、数学以外に、ついに何も発見しなかった。数学、特に高等数学に興味があるというのなら別だが。私はこの本を入れておきたいと思ったのは、それがひとつの傑作---数学の傑作だからだ。p236<10>につづく
2008.01.27
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<7>よりつづく「私が愛した本」 OSHO <8> マルティン・ブーバーが入っていなかったら、私は自分が許せなかっただろう。その償いに私は彼の本を二冊入れる。一冊は「ハシディズムの話」だ。鈴木大拙が禅に対して行ったことを、ブーバーはハシディズムに対して行った。ふたりとも道を求める者のために途方もない貢献をした。鈴木は光明を得たが、残念ながら、ブーバーは得ることができなかった。 ブーバーは偉大な著述家であり、哲学者であり、思索家だった。だがこういうものはすべておもちゃにすぎない。それでも、私は彼の名前を入れることでこの人に敬意を払う。何しろ、彼がいなければ、世界は「ハシッド」という言葉すら知らなかったに違いない。p164 「ハシディズムの話」は、真実の探求者すべてが読むべき本だ。これらの話、その小さな物語にはある種の香りがある。それは禅とも違い、またスーフィズムとも違っている。その味わいは独特だ。どこから借りてきたものでも、何から移したものでもない。ハシッドは、笑いと踊りを愛する。その宗教は禁欲の宗教ではなく、祝祭の宗教だ。私の仲間とハシッドの間には橋があると思うのはそのためだ。p165 マルティン・ブーバーの二番目の本「我と汝」は、彼の最も有名な著作だ。この本で、彼にノーベル賞が贈られた。申し訳ないが、私はこの本にはまったく同意しない。私がこの本を挙げたのは、これが芸術的に大変な豊かさと誠実さを持って書かれた美しい作品だからだ。だがそれでもこの中には魂がない。なぜなら、ブーバーその人の中に魂がないからだ。どうやってあの貧しい人間が、自分の本、あの傑作に魂を持ち込むことなどできよう? 「我と汝」は、ユダヤ人によって非常に崇められている。彼らはそれが自分たちの宗教を代表していると思っているからだ。あれは、ユダヤ教にしろヒンドゥ今日にしろ、いかなる宗教も代表してはいない。あれはただ、マルティン・ブーバーという人間の無知を表わしているだけだ。だがその人間は確かに芸術家だ。偉大な天才だ。天才は、自分が何ひとつ知らないことを書いても、それでも傑作を生み出すことができる。 「我と汝」は、根本的に間違っている。ブーバーが、それを人と神との対話だと言っているからだ。「我と汝」・・・・・・? ナンセンスだ! 人間と神の間にどんな対話もありえない。そこにありうるのは、沈黙だけだ。対話? 神に何を話そうというのか? ドルの切り下げについてかね? それともアヤトーラ・ルホーラー・ホメイニについてか? 神を相手に何について対話しようというのか? 話せることなど何もない。人はただ畏敬の念に打たれるのみ・・・・沈黙あるのみだ。p166 その沈黙には「我」もなければ「汝」もない。それゆえ私は本だけではなく、タイトルにも反駁する。「我と汝」・・・・? ということは、人がまだ分離したままだということだ。そうではない。それは蓮の葉からすべり落ちて海に入る一滴のしずくのようなものだ。そのしずくは消える。あるいは別の言い方をするなら、それは海になる。だがそこには我と汝はいない。あるいはそこにいるのは、我のみ、または汝のみだ。しかし、我がいないのに、汝などありえない。それは意味を持ち得ない。汝がなければ、我もない。だから実は、あるのは沈黙のみだ・・・・この休止・・・・私という存在のこの一瞬の沈黙の方がマルチィン・ブーバーが「我と汝」の中で言おうとし、そして失敗したことよりずっと多くのことを語る。しかし、たとえ失敗であっても、あれは傑作だ。p167 ブーバーは「西洋哲学」の中で取り上げられるべき存在なのかどうかは、私にはわからない。便宜上、まずはこういう形でリストアップしておく。また彼はノーベル賞作家ということだが、思えばヘッセもそうだった。いちど、ノーベル文学賞作家を追っかけてみる、というのも面白いか、と、ふとまたよそへ心が動いている私がいる。 忘れてしまうといけないので、前回書いたところで、思ったことをメモしておく。マルクスや資本論が嫌いでも、「共産党宣言」のそのスタイルが好きだというOsho。鎖を断ち切り、ただ在れと、Oshoはいう。勝ち取れとか団結せよ、とは言わない。むしろ逆だと。つまり、共産主義の流動過程の延長戦上に、マルチチュード・ネットワークがあるとするなら、それは「勝ち取ったり」「団結」したりするところには向かってはならないのだ。 つまり、ネットワークでグローバルにつながったマルチチュードたちは、瞑想にこそあるべきなのだ。あるいは瞑想へと向かうよう影響しあうことこそ、よりマルチチュードが今みつけるべき真の自らの姿なのだ。そのことをもっと明確なかたちで、自ら納得したいために、私はネグリがルーツとするところのスピノザへ降りてきているのだった。しかし、まだ、明らかな確証をつかんだ、とは言えない。<9>につづく
2008.01.27
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<6>よりつづく「私が愛した本」 OSHO <7> マルクス「資本論」についてはすでにOshoのコメントを採集したが、こちらでは「共産党宣言」について語っている。 私はカール・マルクスとフリードリッヒ・エンゲルスには反対だが、このふたりの手になる本「共産党宣言」は評価しなければならない---が、いいかね、私は共産主義者ではない! 私以上の反共産主義者はいないだろう。だがそれでも、私はこの小さな本「共産党宣言」が大好きだ。この本の書き方が大好きなのだ---内容ではない、スタイルだ。p175 私は「共産党宣言」が書かれているスタイルを愛する、が、内容は嫌いだ。私のいうことが分るかね? 衣装は大好きだが、着ている人間は嫌いだということもある。この場合の私がまさにそうだ。「共産党宣言」の最後の文章はこうだ。「万国のプロレタリアートは団結せよ。諸君は鎖以外に失うべきものを何も持っていない。そして諸君は、世界を勝ち取ることができる」と。 このスタイルが分るかね? この言い方の強さ、「団結せよ! あなたたちには、鎖以外に失うべき何ものもなく、勝ち取るべき世界がある・・・・」と。それこそが私が私のサニヤシンたちにいうことだ。ただし私は、「団結せよ」とは言わない。私は「ただ在れ」と言う---そして鎖以外にみんなが失うものなど何もない。 そして私は、世界を勝ち取れなどとは言わない・・・・誰が気にする? 誰がそんなこと気にかける? 私に、アレキサンダー大王やナポレオン・ボナパルト、アドルフ・ヒトラーやヨシフ・スターリン、毛沢東になるように説得できるかね? こういう白痴たちが長い列を作っている。そして私はこういう連中とはどんな関係も持ちたくない。私は私のサニヤシンたちに「勝ち取れ」とは言わない---勝ち取るものなど何もない。「ただ在れ」---それが私の宣言だ。在りなさい、有ることの中で、人はすでに全てを達成している。p175 Oshoには「Beware of socialism」という本がある。どうやらネットからもダウンロードできるのかな・・? 1984年にアメリカのコミューンで発行されたものだが、翌年には「Rajneeshism」とともに、Osho自らが「焚書」に処したとされる本である。幸か不幸か、私の手元にも一冊残っているので、いつか、自分の関心が盛り上がってきたら、この本にも触れてみたい思っている。 この本は1970年にOshoがインドの聴衆に向かって講演したものを英語に翻訳したものである。この講話が成されたいきさつ。それが一冊の本にされて出版されたいきさつ。そして英語にされて、さらに焚書になったこと。そしていまだにネットで読めることなどを、一連の流れを考えると、貴重な資料となるのではないだろうか。もちろん、共産主義とSocialismとは同義ではないが。<8>につづく
2008.01.27
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<5>よりつづく「私が愛した本」 OSHO <6> ジャン・ポール・サルトルの「存在と無」だ。まず言っておかなければならないのは、私はこの男が好きではないということだ。私が嫌いなのは、この男が衒学者(スノッブ)だからだ。彼は今世紀で最も衒学的な人間のひとりだ。私が彼を衒学者と呼ぶのは、実存的であるということの意味をまったく知りもせずに、彼が実存主義の指導者になったからだ。ただ、この本はいい。私の弟子たちにとってではなく、ちょっとばかり狂った人間にとってはだ。ほんのちょっとだがね。この本は読みにくい。 この本はちょっとばかり狂っている人間を正気に戻す。その意味では大した仕事だ---薬効がある。p136 ジャン・ポール・サルトルが代表している実存主義はまがいものだ。瞑想については何ひとつ知らないのに、彼は「存在」(ビーイング)について語り、「無」について語っている。ああ、それはふたつのものではない。p137 だがジャン・ポール・サルトルは、私は好きではない---ただ好きでないだけだ。嫌いですらない。嫌いというのは強い言葉だからね。p137 ジャン・ポール・サルトルは、実存について何ひとつ知らないが、たわ言を書いた。哲学的なたわ言、頭の体操だ。それも本当の体操だ。もし「存在と無」の十ページを読むことができたら。人は正気になるか、狂うかのどちらかだ。とにかく、この本の十ページを読むのはむずかしい仕事だ。教授だったとき、私はたくさんの生徒にこの本を与えたが、ひとりもそれを読み終えた者はいない。十ページすら読めたものはいない。一ページでも多過ぎた。実際は一段落でも多すぎるくらいだ。何が何だか分るものではない。ところがそれが千ページ以上もある。これは大冊だ。p137 この男が好きでないのに、追補の中でこれを思い出したのは、・・・私が嫌いなのは哲学の方かもしれない・・・・。そうだ、それを哲学と呼ぼう、本人はそれを反哲学と読んでもらいたがっていたが。私がそれを反哲学と呼べない理由は簡単だ。あらゆる反哲学は、結局はもうひとつの哲学にすぎないことを、自ら証明することになるからだ。存在は、哲学的でもなければ、反哲学的でもない・・・それは、ただ在る。p138 私がこの本を含めたのは、彼のやった仕事が大変なものだからだ。これはかつて書かれたものの中で、大変は手腕と大変な論理を駆使して書かれた最も記念碑的な書物のひとつだ。しかもなお、本人のごく普通の、ひとりの共産主義者にすぎない---それが私が彼を好きではないもうひとつの理由だが。存在を知っている人間は、共産主義者などにはなりえない。平等などありえないことを知ることになるからだ。不平等こそがものごとのありようだ。何ひとつ平等ではないし、また平等ではありえない。平等とは夢にすぎない。愚か者たちの夢だ。存在とは、多面的な不平等性だ。p138 Oshoにとっては、哲学というものは、すでに狂っている人間のためのもののようだ。時には狂った人間を正気に戻すこともできる。しかし、それ以上のものではない。哲学だろうが、反哲学だろうが、同じコインの裏表だ。いや裏表でもない。「反」哲学という哲学でしかない。 通常に哲学の流れにあるように思われている哲学者たちも、Oshoにとっては、哲学者ではなく、別な名前で呼ばれるべき存在があるようだ。それは詩人とか、神秘家とか、光明を得た者とか呼ばれる。ポイントはその光明のほうにあって、共産主義の平等などはたわげた夢ということになる。 私は「平等」という言葉は好きだ。上でもなく下でも、同じ地平に立って手を取り合う、というイメージは、むしろ根本的な基本とも言える。Oshoの言説は、常に一様ということではなく、時と場合によっては大きくニュアンスが変わることがある。だからまだ平等という言葉のもっている可能性については、私はそっと自分の胸に抱いておく。 しかし、マルキストのネグリたちが<帝国>とマルチチュードを対峙するような形での「平等」主義については、Oshoにとっては収まりの悪いものとなろう。あるいは、むしろOshoの見方のほうに分があって、共産主義国家の低迷やその運動などが限りなく下火になっている事実を考えると、やはり、このまま共産主義はかぎりなくフェードアウトしていくことになるのだろうか。<7>につづく
2008.01.26
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<4>よりつづく「私が愛した本」 OSHO <5> 古代ギリシャ哲学者たちに対してOshoはどう言っているのだろう。 私はプラトンの「ソクラテスの弁明に触れなかった。私が忘れたのは、多分プラトンのためだろう。プラトンは言及するに値しない。彼はただの哲学者だった。だが彼の「ソクラテスの弁明とその死」はどんなに賞賛しても賞賛しすぎることはない。これは入れるべきだ。p18 そしてピタゴラス。 ピタゴラスの「金言詩」だ。彼は明らかに最も誤解された人間のひとりだった。知るにいたれば、誤解されずにはいない。それは確かだ。理解することは非常に危険だ。そうなったら、誤解されることになるからだ。ピタゴラスは自分の弟子にさえ理解されなかった。この「金言詩」の筆記者でさえだ。彼らはそれを機械的に書いた。なぜならピタゴラスの弟子は、ただのひとりも彼の高みにまで上がらなかったからだ。ただのひとりも光明を得た者はいなかった。そしてギリシャ人は完全に彼を無視した。彼らは自分たちの中で最上のものを無視した。ヘラクレイトスを、ソクラテスを、ピタゴラスを、プロティノスを。p44 ヘラクレイトスやプロティノスについては、名前だけで、本という形では紹介していない。 彼らはソクラテスも無視したかったのだが、彼は度を越していた。だから彼らは、ソクラテスを毒殺しなければならなかった。ただ無視することはできなかった。しかしピタゴラスは完全にむしされている。そして彼は、ゴータマ・ブッタやイエス、その他あらゆる光明を得た人と同じ鍵を持っている。もうひとつ言うなら、イエスも仏陀も老子も、その鍵を見つけるためにピタゴラスほどの努力はしなかった。彼はいちばん努力をした。ピタゴラスこそ最も真摯な求道者だった。彼は何もかもすべてを賭けた。彼は当時知られていた世界をすべて旅した。あらゆる類の導師(マスター)の許で学び、あらゆる種類のミステリースクールに入り、それぞれの師の条件を満たした。彼は彼自身でひとつの範疇(カテゴリー)だ。p44 ピタゴラスについては、Osho講話「永久の哲学」などがある。そしてアリストレス。 私はアリストテレスの敵だ。私はこの男を「アリストテレス症」と呼ぶ。一種の癒し難い病気だ。p236 アリストテレスは西洋の哲学と論理学の父と考えられている・・・確かにそうだ。だがそれは哲学と論理学のことだけで、本物の父ではない。本物はソクラテス、ピタゴラス、プロティノス、ディオゲネス、ディオニシウスから来る、アリストテレスからではない。だが不思議なことに、彼は美しい本を書いた---しかもそれは、アリストテレス学派の者たちによっては研究されてはいない---「詩学」だ。私はこれを、彼のたくさんの本の中から探さなければならなかった。私はただ、この男の中にも何か美しいもの発見できるのかどうかを確かめていた。そしてこのほんの数ページの本「詩学」を発見したときには、私はぞくっとした・・・この男にもハートがあった。他のものはすべて頭で書いたが、この本はハートからのものだった。もちろんそれは詩の、詩学のエッセンスについてのものだ。そして詩のエッセンスとは、愛のエッセンス以外のものではありえない。それこそ香りだ。知性のではなく、直観の香りだ。私はこの本を推薦する。p237 この本においての古代ギリシャ哲学者たちについては、だいたいこんなところでまとまっている。<6>につづく
2008.01.26
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<3>よりつづく「私が愛した本」 OSHO <4> ウィトゲンシュタインについては、Oshoは3冊とりあげている。G・E・ムーアやバートランド・ラッセルのような大哲学者たちも、自分たちよりはるかに優れていると認めている、という。「論理学論考」について、こう言っている。 ルードウィッヒ・ウィトゲンシュタインは本当に愛すべき男だった。私は彼が嫌いではないし好きでもなくもない。私はこの男が好きだ。そして愛してもいる。だがその本ではない。彼の本は体操にすぎない。何ページも何ページも読んだ後でほんのときたま輝かしい一文に出会うことがあるというに過ぎない。たとえば、「言いえないことは言うべきではない。それについては口をつぐむべきだ」というような文章だ。さて、これは素晴らしい言明(ことば)だ。聖者も、神秘家も、詩人も、この文章からたくさんのことを学ぶことができる。「言いえないことは言ってはならない」と、ウィトゲンシュタインは数学的なやり方で、段落すら使わず短い文章で書く。経文だ。しかしきわめて進んだレベルの狂人にとっては、この本は大変な助けになりうる。これはその人間の頭だけではなくまさに魂を打つことがある。ちょうど釘のように、人間の存在(ビーイング)そのものを貫きうる。彼を悪夢から呼びさますかも知れない。p140 ウィトゲンシュタインの「論理学論考」は「論考」と言われるが、「哲学探究」は「探求」と略称される。 それは、ルードウィッヒ・ウィトゲンシュタインによって書かれた本だ---実際は本として書かれたものではなく、またしても手記として書かれた。それは「哲学探究」として死後に出版された。それは人間(マン)の、あらゆる広範な問題についての、実に洞察的な研究だ。もちろん女性も含まれているがね。さもなければなければどこから男(マン)が広範な問題など見つけられるかね? 男性の真の問題は、女性だ。p206 この著、ルードウィッヒ・ウィトゲンシュタインによる「哲学探究」を、その明晰性、透明性、その非のうちどころのない合理性を私は愛してきた。私は何から何まで気に入った。そして私は、道を歩む者誰もが、これを通り抜けるといいと思う・・・・p206 そして、もう一冊が追加される。 ルードウィッヒ・ウィトゲンシュタインのもう一冊の本だ。彼もまた私の恋愛のひとつだ。その本の名前は「哲学的考察」だ。これは本ではない。むしろ時を異にして書かれた文章を集めたものだ。それぞれの論文がすばらしい。ウィトゲンシュタインが書けば、それ以外にありようがない。彼には、非論理的にはならずに美を生み出す能力と、また散文で詩を書く能力があった。彼は一度も自分を詩人と考えたことはなかったと思うが、私は彼が第一級の詩人であると宣言する。彼はカリダス、シェークスピア、ミルトン、ゲーテと同じ範疇の人だ。p222 いつも哲学者たちを笑いものにしてしまいがちなOshoだが、ウィトゲンシュタインをここまで言っていたということに今回初めて気がついた。<5>につづく
2008.01.26
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<2>よりつづく「私が愛した本」 OSHO <3> たとえニーチェが「ツァラトゥストラはかく語りき」のほか何も書かなかったとしても、彼は人類にこの上もなく豊穣な貢献をしたことになっただろう。誰にも、これ以上を期待することはできない。ツァラトゥストラは、ほとんど忘れ去られていたのだから。彼を連れ戻したのは、彼に命を与えて復活させたのはニーチェだ。「ツァトゥストラはかく語りき」は、未来のバイブルになるだろう。p9 私は「ツァラトゥストラはかく語りき」を愛する。私が愛する本はきわめてわずかだ。指で数えられるほどだ・・・・・。 「ツァラトゥストラはかく語りき」が私のリストの最初の本になるだろう。p12 「ツァラトゥストラはかく語りき」とくれば、もうあとはどうしても映画「2001年 宇宙の旅」で流れたリヒャルト・シュトラウスの同名の曲を思い出す。このほか、Oshoはさまざまな講話でニーチェに触れている。 フリードリッヒ・ニーチェは、自分の最上の本を、自分が死んでから出版するようにとっておいた。私はすでにニーチェの本を一冊数え上げている。「ツァラトゥラスはかく語りき」だ。だがこの「権力の意志」の前では、あの本さえも色あせてしまう。これは体系的に書かれた哲学論文ではない。それは単なる金言、寸評にすぎない。読む者がそのつながりを発見しなければならない。読者が読めるようには書かれていない。それゆえ、この本は出版されてはいても、あまり読まれていない。p104 Oshoはこれこそがニーチェの魂のエッセンスそのものだ、と絶賛している。そして、それを理解することは、それを超越することでもある、と述べている。<4>につづく
2008.01.26
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「現代の哲学」 <1>木田元 1991/04出版社: 講談社 文庫 248p No.956★★★☆☆ 木田元、偶然、新刊コーナーで手に取った本「反哲学入門」が面白かったので、自叙伝やその「反哲学史」なども読んでみた。しかしまぁ、哲学は哲学である。腐っても哲学、簡単であるなんてことはなにもない。この「現代の哲学」は、木田の原点に位置するような、20世紀の哲学をまとめたのがこの一冊である。入門書の入門書にあたるのか。 この本を読みかけながら、ふと思った。哲学について思いをめぐらせるなら、まずはソクラテスとニーチェは落とすことはできないだろう。それからそれから、と思いつつ、Oshoの「私の愛した本」を思い出した。そういえば、Oshoは大学で哲学を学んだのだったし、のちには哲学の教授もやっている。彼なりのガイダンスがあるはずだ。あの本の中では168冊の本が紹介されているが、その中でいわゆる「西洋哲学」畑に属していると思われるのは17冊。約一割である。「ツァラトゥストラはかく語りき」フリードリッヒ・ニーチェ「ソクラテスの弁明とその死」プラトン「ピタゴラスの『金言詩』」ピタゴラス「権力への意志」フリードリッヒ・ニーチェ「存在と無」J・P・サルトル「存在と時間」マルティン・ハイデガー「論理哲学論考」L・ウィットゲンシュタイン「ハシディズムの話」マルティン・ブーバー「我と汝」マルティン・ブーバー「資本論」カール・マルクス「共産党宣言」マルクス & エンゲルス「西洋哲学史」バートランド・ラッセル「哲学探究」L・ウィットゲンシュタイン「哲学的考察」L・ウィトゲンシュタイン「プリンキビア・マテマティカ」ラッセル & ホワイトヘッド「詩学」アリストレス「倫理学原理」G・E・ムーア 「ヘラクレイトスの『断片』」ヘラクレイトス「精神の運命」ウィリアム・S・ハース「一次元的人間」H・マルクーゼ このカテゴリは「スピノザ」で書き進めているが、「OSHOmmp/gnu/agarta0.0.2」カテゴリとの境界域として、これらの本を読み進めてみるのも面白いかな、と思い立ったので、なにはともあれ、リストアップだけしておく。<2>につづく
2008.01.26
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「国家論」バルーフ・ド・スピノザ /畠中尚志・訳 1940/12初版 岩波書店 文庫 213p 原文1677年No.955★★★☆☆ 「エチカ」一冊をまるまんま読むぞ、という決意と掛け声はすばらしかったが、ほとんど数ページを読んだまま進まない。最初はだいたいの概略は立ち読みで掴んだのだが、そんなことで終わってはいけない一冊だ、という直観があった。しかし・・・・。魅惑的ではあっても、それは読み手としての自分とかけ離れた世界であるからこそ魅惑的に見えるのであって、自らのものとするには、ふさわしくない世界というものもある。スピノザはそういう存在として私から次第に距離をとり始めるのだろうか。 「国家論」は「エチカ」の後に執筆されたものであり、未完のまま遺稿として残されてしまったものである。多くの部分を「エチカ」を論拠としている。ただ、「エチカ」の導入部の、あまりに静謐な抽象的概念の連なりと比較して、やや法律の文章を読んでいるような気分にはなるが、こちらのほうが、具象名詞が出てくるだけ、スピノザ初心者の私には読みやすい。 スピノザには、他に「政治論」や「知性改善論」、あるいは「遺稿集」などがあるが、それらの中でもういちど再評価される必要があるだろう。この「国家論」を読み進めていくことは、それほど難しくないが、なんともその世界は、現代の「国家」観や「政治」観に比較するとかなり古びており、そのままオリジナルなまま納得することはできない。なんせ330年前の執筆である。 この本においても単語としての「マルチチュード」は見つけることができなかった。なにか他の言葉に翻訳されているのか、あるいは、いまだに的外れなところを探し続けているのか、自分ではまだわからない。しかし、急ぎの旅ではないので、ぶらぶら散歩はまだ続く。そして、また考える。なんでまたネグリはこのようなスピノザへ毎回々々降りていくのだろう。疑問は疑問としてまだ続く。
2008.01.26
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「庭からの贈りもの」ジュディス・ハンデルスマン /南野茉莉・訳 1997/5 講談社 単行本 218p 原書1996No.954★★★☆☆ フィンドホーン関連の本をいざ探すとなっても、それほど多くないことがすぐわかる。そして、それらは必ずしも一つの方向性にむけて調整されているわけでもない。この本のなかにはフィンドホーンでの体験も綴られており、それこそ「波動」的には、他の本たちと相克するものではないが、ややトーンとしてはおちついているように思う。 「庭からの贈りもの」というタイトルからヘッセの「庭仕事の愉しみ」を思い出した。思えば、この二書を軽くリンクしておくことも悪くはないだろう。また本書でもでてくるがシュタイナーの農業を初めとする動きについて、積極的に評価している。個別性は個別性としてそのオリジナリティを味わいながら、やはり、インターフェイスを整えて、他のコスモロジーとつながることも大切だろう。
2008.01.26
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「天使の歌が聞こえる」ドロシー・マクリーン /山川紘矢・亜希子・訳 2001/10 日本教文社 単行本 261p 原書1980No.953★★★☆☆ ピーターとアイリーンとともにフィンドフォーンの創立メンバーの一人とされるドロシー・マクリーン。のちに登場する若きディビッド・シュパングラーとともに、アメリカにわたったとされる。創立メンバーの三人の本を読むと、それぞれの立場の距離感も測れるのだが、しかし、まぁ、よくぞ、ここまで自己にこだわり続けることができるものだなあ、とあきれる。 安手の宗教社会学者たちの、きわめて主体性を押し殺し、客観性を装う臆病なスパイ行為にも困ったものだが、フィンドホーンの人々の、この独特な粘りつくような自我への固着はいったい、どうしたものだろうか。出来事やイベント、ストーリーの積み上げの中で、「歴史」ができたのはわかるが、天使や聖霊、妖精や、内なる神、それらの声に従う、という感覚。 小説どころか少女漫画なども苦手中の苦手である私には、これらの「内なる声」シリーズは、どこか少女漫画に匹敵するような、どこか、こっぱずかしくなるような居心地の悪くなる感覚をかもし出しているように思われる。ああ、こんなことを書いてしまったら、ますます敵を作ってしまう。 どこをどう、ということを指摘することは今のところはやめておこう。ストーリー性があるものは、ついついそのストーリー性の中に巻き込まれしまうことが多いが、実は、ストーリーに含まれなかったイベントや重要事項がごっそり抜け落ちていることがある。しょせん、ストーリーはフィクションでしかない。ストーリーに書かれなかった部分を幻視しなければ、ホントのことは見えないだろう。
2008.01.25
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「スピリチュアリティといのちの未来」危機の時代における科学と宗教 島薗進 /永見勇・監修 2007/01 人文書院 単行本 411p No.952★★☆☆☆ 例のバチカン本の中に島薗の名前が何度もでていたので、なにはともあれ、この一冊も目を通してみた。以前に「スピリチュアリティの興隆 」も読んだ。科学と宗教を対置し、科学を「いのち」に象徴化し、宗教を「スピリチュアリティ」に集約しようという試みだろう。でも、よく考えれば、「いのち」を宗教の象徴とし、「スピリチュアリティ」を科学の集約とすることも、案外、荒唐無稽でもない。つまり、この両者はもともと一つのもの、一体のものと考えることができるからだ。 この本、国内外の20人ほどの研究者たちの共著という形をとっている。2005年9月に「淡路夢舞台という自然豊かなリゾート地」p398で開催された「危機の時代における科学と宗教」という4日間の国際会議の内容を編集したもの。主催は陽光文明研究所である。このようなヒモ付き研究書は論点がずれていて、まともに読む気になれないことが多いのだが、この本もそのような一冊と言える。
2008.01.25
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「フィンドホーンへのいざない」 誰もが癒される不思議な場所がある寺山心一翁 1998/10 サンマーク出版 単行本 267p No.951★★★★☆ キリスト教的文化に培われた西洋文明の中に花咲いた天使や妖精のような世界の中に、日本人の視点が加わることによって、より全体性を帯びてくるような感じもするし、また、あまり急いで手垢をつけずに、そのまま純なままでいて欲しいという不思議な感慨も湧いてくる。出来れば、今のところは伊勢神宮p236などとリンクするのだけはやめてほしいと思った(笑)。 農業や治療、ビジネスや政治などへの波及は当然あることではあるが、こちらもあまり急いでリンクせずともいいのに、と思ったり、いやいやリンクがあるからこそ成長を続けているのだ、と思ったり。特にこの本は、前二冊に比べはるかに日本的状況を書き加えているうえに、より現代に近い時代のフィンドホーンをレポートしている。また著者自身の体験も多く盛られている。 ニューエイジという言葉使いにせよ、エコビレッジというコンセプトにせよ、あるいはフラワーエッセンスや、フェニックス・ショップなど、フィンドホーンならではのオリジナルな考え方と発展の歴史があるようだ。原理原則のようなもので決められているのではなく、ひとつひとつの事実の積み上げから、ストーリーは成立している。 実際にその地を踏むことによってしか始まらないことがあるのであろうが、また、誰もが簡単にその地を訪れることができるわけでもない。本を読むという体験では遠く及ばないなにかが進行していることは察することができるが、また、本から十分受け取ることができるメッセージもある。 当ブログにおいて、「チェロキー」カテゴリは、このエントリーで108を迎えた。フィンドホーンで終わるとは思ってもいなかった。今後、このカテゴリはちょっと意匠を変えて「アンソロポロジー」というカテゴリに引き継ぐことにする。名前は変わるがニュアンスはそれほど代わらない。 もっと大きな枠組みの中で、大地にいきる人間達の営みのひとつひとつの波動が伝わってくるといいなぁ、と思う。行きがかり上、もうすこしフィンドホーン本を読み進めてみよう。そして、その時点でまだ余力が残っていたら、十分、天使や妖精たちの波動をあびてから、あのバチカンの本についても、再検討してみよう。
2008.01.24
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「フィンドホーンの魔法」ポール・ホーケン /山川紘矢・亜希子・訳 1998/10 サンマーク出版 文庫 377p 原書1975 日本教文社版「フィンドホーンの奇跡」1981No.950★★★★☆ 初対面の人に対して、あれ、どこかで会ったな、とか、誰かに似ているな、と思うことはよくあることだ。実際にはそんなことはないのだろうけど、自分のほうとしては、誰かと関連付けて記憶したい、その思いが、「世界には他人の空似が3人いる」というような俗信を生むのだろう。 この本を読んでいて、他の何かとリンクさせたり、比較しながら自分の中で整理してしまいたいという欲望を何度も感じた。しかし、今はまだ早いと感じる。それこそ、なんの先入観ももたないまま、もうすこし進んでいったほうが、読者として受け取るものが多いだろう。 フィンドホーンが唯一のものでも、絶対のものではないことは、創立者のひとりであり、アイリーンの夫でもあったピーターが後年この地を離れていることから考えても、わかる。アメリカからやってきたディビッド・シュパングラーの参加のしかたを見ても、そのことが分る。それにたしかにこのホーケンのレポートは、ちょっとロマンチックすぎるというのは本当だろう。 「フィンドホーンの花」と内容は重なる部分も多いが、別な角度から同じ現象を見ることはステレオ効果があって、立体的に物事を浮き上がらせる効果がある。ただ、いずれも10年以上も前の本であり、また、結局は他人の手によってレポートされた内容である。その地に自分の足で立たないことには、自分の目に見えないこともあることだろう。
2008.01.24
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<11>より続く「ニューエイジについてのキリスト教的考察」<12> 19世紀のエゾテリスムはヘレナ・ブラヴァッキーの思想によってはっきりとした形をとりました。ブラヴァッキーはロシア人の霊媒で、ヘンリー・オルコットとともに1875年、ニューヨークで神智学協会を設立しました。神智学協会の目指したのは、東洋の伝統と西洋の伝統を融合させて、進化論的なスピリチュアリズムを作ることでした。神智学協会には次の三つの主要目的があります。(1)人種、信条、階級、皮膚の色を区別することのない、人類の普遍的な同胞愛の中核を作ること。(2)比較宗教、比較哲学、比較科学の研究を促進すること。(3)いまだ解明されていない自然の法則と人間の内に潜在する能力を探求すること。p42 ブラヴァッキー夫人の著作の中心となる主張は、女性解放でした。それはユダヤ教、キリスト教、イスラーム教の「男性的」な神への批判も含んでいました。ブラヴァッキー夫人は、ヒンドゥー教の母なる神々と女性的な徳の実践に回帰することを人々に求めました。これを引き継いだのが、フェミニスト運動の先駆者であるアニー・ベサントです。ウィッカや「女性の霊性」は、現代の「父権的」キリスト教に対する闘争を続けています。p43 今や、バチカンやカトリックの司牧活動においてもこのような動きに対する見解を常識として身に付けておかなくてはならなくなっている、ということか。あるいは、もともとこういう動きに対しては、常にデリケートに「見張って」きている、ということか。Oshoは彼女についてこう言っている。 秘教的でたらめでいっぱいの「シークレット・ドクトリン」には、またたくさんの美しいダイヤモンドと蓮華もある。彼女の収集癖のせいで、その中にはたくさんのがらくたもある。ブラバッキーは、役に立つかどうかなど考えもせずに、手あたり次第、あらゆるところから、あらゆるがらくたを集め続けた。彼女は、無用かつ無意味なものをすべて系統的に整理していくことにかけて大変な手腕を持っていた。実に体系的な女性だ。だがそこにはわずかだが---悲しいことにわずかだが---ちらちらとダイヤモンドも含まれている。Osho「私が愛した本」p60 バチカンもいろいろ収集し続けていると見えて、このあたりになると、この本がもともとどこの本だったかわからなくなるくらい、カトリックのイメージからは遠いところまで言及しているようだ。ずいぶんあちこちまで気にしているんだな。 心理学とスピリチュアリティが交差する傾向は、ヒューマンポテンシャル運動に強く見られます。ニューマン・ポテンシャル運動は1960年代末にかけてカリフォルニアのエサレン研究所で発展しました。東洋宗教とユングから強い影響をうけたトランスパーソナル心理学は、科学と神秘主義が出会う観想的な道程を提示しています。p45 ニューエイジの最初の原動力であった、またある意味で今でも原動力となっている二つの中心地は、スコットランド北東部のフィンドホーンの菜園コミュニティと、米国カリフォルニア州ビッグスールのヒューマン・ポテンシャル開発センターです。ニューエイジを成長させ続けているのは、グローバル意識の高まりと、環境の危機が切迫しているという自覚の広まりです。p45 ここまで読んできて、まだ45ページだ。いままで、私はこの45ページのうち、どのくらい転記してきたのだろうか。われながら、あきれる。こんなことしているなら、いっそまるまんま転記してしまったらいいのではないか(もちろん、それでは著作権の問題があるが)。逆にいうと、バチカンが注目しているところは、ほとんど一般的な関心度の高い分野となにも変わりがないのだ。ちょっとしたアンテナを立てればすぐ見えてくるところにすべてはある。 もうそろそろいいかげん飛ばそうか。結局、バチカンは、有り体に現代文化をつまみあげた上で、でも本当はこうでこうなのだ、と想定問答集をやっているに過ぎない。だんだん飽きてきた。少なくとも、こんな揚げ足取りばっかりやっているだけでは、本当の魂救済活動はどうなってしまうというのか(なんちゃって)。 ディヴィッド・スパングラーも、ニューエイジの問題の一つは、「自分の完全な人生を積極的に造り上げるのではなく、新しい時代(ニューエイジ)の到来を待つことを口実にして、無力感と無責任にひそかに身をゆだねること」だと指摘しています。p57 本書ではスパングラーとなっているが、シュパングラーで検索すると翻訳されているものが数冊ヒットするようだ。さて、この本、初めの部分はともかくとして、だんだんと中盤にから後半になってくると、モロに衣の下から鎧が見えてきて、決して面白い本ではない。興味深く読ませてもらうことにするが、当ブログで取り上げるような内容ではなくなっている。すくなくとも、当ブログがバチカン礼賛で終結することはありえない。それでは、目的地の正反対側だ。もちろん、いわゆる「ニューエイジ」についても、自分を同一化することはない。もっと自由でありたい。 <13>につづく
2008.01.23
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「フィンドホーンの花」アイリーン・キャディ /山川紘矢・亜希子・訳 1994/11 日本教文社 単行本 353p 原書1988No.949★★★★☆ このような本を読み終わった直後に、私のようなうつけき男が、とやかくどうのこうのいうのは止めておこう。そんなことをするのは、どう考えてもあまりいい趣味ではない。自分の中で言葉が自然に降りてきて、静かに収まったころを見計らって、後日メモすることにしよう。 なにか他の本や出来事とリンクさせて考えることはそれほど難しいことではない。似たようなことどもと、共通項を見つけて、一山なんぼ、一把からげすることも可能だ。見て見ぬふりもできるし、なにかのアナロジーを見つけることもできるだろう。しかし、今夜はそっと、このエネルギーを味わうにとどめよう。 アイリン・キャディは1917年生まれということだから、もし現在もご健在なら卆寿をすでに越えられているということになる。この本が原文で出たのが1988年だからちょうど20年前。聞き取ったライザ・ホリングスヘッドの手になるものとは言え、微にいり細にいり、その長く特異な人生ストーリーを赤裸々に追っている。 翻訳も山川夫妻で、どことなくまだ新鮮さがあるような感じがするのは、こちらのひねた観察眼ゆえか。本文においてもニューエイジという言葉でてくるが、このフィンドホーンについて、バチカンがどうのこうのと言っているのが、なんとも可笑しいやら面白いやら。
2008.01.23
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<10>より続く「ニューエイジについてのキリスト教的考察」<11> 二元論的傾向は、究極的には西洋文明のユダヤ・キリスト教的起源に基づくとしばしばみなされます。もっとも、より正確にいうなら、二元論はグノーシス主義、とくにマニ教と関連づけるべきです。科学革命と近代合理主義精神は、とくにそのものごとを細分化する傾向のゆえに非難されます。こうした傾向は、有機的な全体を機械的構造として扱うからです。この構造は最小単位にまで分解された後、この最小単位に基づいて説明されます。p37 この辺で関連してくるのが「理性主義的形而上学」と称されるスピノザやライプニッツであろうか。また、二元論をうまいことグノーシスへとスライドしてしているが、検証を要する。 また両者は精神と物質に還元する傾向のゆえに非難されます。こうした魂を含む霊的現実は、本質的には物質的な過程の単なる偶然的な「付随現象」となるからです。これらすべての領域いおいて、ニューエイジがしめす代替は「ホリステッィク」と呼ばれます。ホリステッィク医療への関心から、意識の統一の探求に至るまで、また環境保護意識から、グローバルな「ネットワーキング」に至るまで、ホリズムはニューエイジ運動全体に見られるものです。p38 この辺あたりからニューエイジ「全体」を見通し、しかもここから批判に転じようとするなら、非常に脆弱な基盤だなぁ、と感じる。「個」に立ち返って「全」的につながろうというのは、なにもニューエイジばかりでもなく、もちろんマルチチュードの概念もそうだし、インターネットの考え方もそうだ。しかし、これはなにもバチカンいうところの「ニューエイジ」の特権ではないし、むしろ現代社会すべてに横たわるテーマなのではないだろうか。もちろんバチカンが置かれている立場もそう違いはないだろう。だからこそまた、こんな本もだそうとしたのだろうから。 ホリズムはニューエイジの基本要素であるとともに、二十世紀の最後の四半世紀に置ける主要な時代指標の一つです。機械論的思考の特徴である分裂を乗り越えるために多大な労力が費やされました。それはグローバルなネットワークに従わなければならないという意識を生み出しました。こうしたグローバルなネットワークはあたかも超越的な権威を帯びています。そのことをはっきりと示すのは、意識変革の展開と、環境保護思想の発展です。p39 翻訳がそうなってしまっているのか、意図的に原文がそうしているのかしらないが、とにかくこのような文章は地雷があちこちに仕掛けられて、安心して読めるものではない。すくなくとも自分の信条をすなおに正直に吐露している文章ではない。相手を理解しようとして、自らの理解と自らの枠組みの中に引き寄せたうえで、常に反撃の機会を狙っている。 「グローバルなネットワークはあたかも超越的な権威を帯びています」などという箇所を読むと、「2001年宇宙の旅」やGoogleのことを連想したりする。「Google が発見した 10 の事実」などはまさにバチカンが危惧するような事態がすでにおきつつあるかのように錯覚するかもしれないが、当ブログが関知する限り、まだまだ「あたかも」であり続けていて、真の「超越的な権威」はまだまだ登場していない。しかも人々は、その「あたかも」であることに気づき、たのしみさえしている。 環境保護運動は自然を賛美し、大地、すなわち大地の女神ガイアを再び祭り上げます。こうした思想を広めるためにささげられる情熱は、「緑の党」に見られるとおりです。大地を管理する主体は人類全体ですが、大地を責任もって管理するのに必要な「調和と理解」は、地球倫理的な枠組みによるグローバルな管理でなければならないと、ますます考えれるようになってきました。被造物全体をその神性によって包み込む大地の女神のぬくもりは、ユダヤ・キリスト教における被造物と超越的な父なる神との隔たりを埋め、このような超越的存在によってわたしたちが裁かれるという考えを取り除きます。p39 ひきつづきバチカンの文章は地雷を踏まないように、注意深く読み続ける必要がある。「地球的倫理的な枠組みによるグローバルな管理」も必要だけれども、地球人ひとりひとりが、自らちいさな取り組みを始める必要もあるのだ。当ブログにおいては、キリスト教の立場、ニューエイジの立場、現代社会(と、それぞれの立場からみえる)の立場、そして、当ブログの個的な立場からの言説がないまぜにしてしまって判然としないところがあるが、ただ明瞭になってくるのは、「超越的存在によってわたしたちが裁かれるという考え」に対する言説だろう。 バチカンにおいては、わたしたち「超越的存在」(つまり神だが)は「裁かれる」必要がある。(いわゆるところの)ニューエイジにとっては(西洋的社会の中で育ってきたがゆえにキリスト教的「神」を意識しつつ)環境こそが「超越的存在」として認知しようとしている。現代社会においては、経済的にも交通流通、文化政治的においてもグローバル化せざるを得ない時代なので、政策や指針において、「地球環境問題」は超越的優先課題としようと動きは当然大事なこととされる。しかし「神」は持ち出せない。現代社会はそういう時代ではない。 さて、当ブログにおいては、何を根拠に今後このブログを続けていけばいいだろうか。最終的には、ここを問われるし、ここを表現できる見込みがないということが分れば、早々にブログを終了しようと思っている。いまわずかながら掴みかけている足がかりをつかって、もうすこし前に行ってみよう。 「神」と他の霊的存在者と人間からなる閉ざされた宇宙という、こうした考え方の内には、汎神論が暗黙の内に含まれているのが認められます。これがニューエイジの思想と行動全体に見られる根本的な点です。それは、わたしたちがニューエイジのスピリチュアリティのさまざまな側面に対して積極的な評価を行うことを、最初から制限します。反対に、わたしたちはキリスト信者として、こう信じています。「人間は本質的に被造物であり、永久に変わることなく被造物にとどまります。ですから、人間の自己が神的な自我に吸収されることは決してありえません」。p40 いまさら、「キリスト信者」にこう居直られても、はぁそうですか、とひれ伏すしかないが、信仰の自由だから、それでいいんじゃないでしょうか。しかし、そのような態度で、のしのし歩かれ、「ニューエイジ」つぶしを標榜しながら、ローラー作戦で、あることないことのべつまくなくつぶされてしまうのは、ちょと困る。「評価する」ことを「制限」し、「反対」する。それはそれでいいでしょう。しかし、この態度では、それこそホリステッィクな地球意識の芽が出始めている今、バチカンは、ますます孤立していくことになってしまうのではないだろうか。心配だ。 <12>につづく
2008.01.23
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「反哲学史」木田元 2000/4 講談社 文庫 270p No.948★★★☆☆ マルチチュードからスピノザへ降りていこうという私の試みは、いまのところ成功しているとは言えない。ましてやマルチチュードから地球スピリットへ飛翔しようという目論見も今のところまったく見通しがたっていない。マルチチュードという言葉はスピノザの「国家論」の中にある、ということをようやく今朝気づいたのだが、本の絞込みを間違ったか。 それにしても、マルキストのアントニオ・ネグリがなぜに、他の「哲学者」たちをさしおいて、繰り返しスピノザへと降りていくのかは、実はいまでも疑問のままだ。そして、また、ネグリ&ハートを震源地とする21世紀の「マルチチュード」たちの情報についても、あまり豊富とは言えない。あっても難解であったり、批判的であったり、否定的であったり、明るい展望のひらけた希望的な見解はほとんどない。 そんなふらふらうろうろ散歩の途上で、「哲学」に対峙する形で「反哲学」を標榜する木田元の一連の著書を眺めてみることは楽しい。ひとつひとつの哲学について玩味することには至っていないが、およそこの2500年間を俯瞰する上で、木田の視点は私には多いに役に立つ。 ソクラテス以前(フォアゾラクティカー)、ソクラテス以後~(哲学)、ニーチェ以後~(反哲学)と区別することは、図式的で分りやすく、哲学や「反」哲学とやらの世界に、より関心を持ちやすくなる。 いわゆる理性主義的な形而上学は、その末期になると次第に独断論の色お濃くしてゆきました(もっとも、通常は理性主義的形而上学に数え入れられるバロック期の哲学者スピノザやライプニッツをこんなかたちで片づけるわけにはいきません。彼らには、私がいま描いているような近代哲学の枠組に収まりきれないものがあります。p140 分りやすく描いてくれる木田哲学史の中にあっても、なかなか一筋縄では処理できない位置に属しているのが、スピノザやライプニッツであるようだ。彼にはほかに「現代の哲学」やら「哲学と反哲学」などのたくさんの著書があるので、手当たり次第にあたっていけば、すこしづつ手繰り寄せていくことができるかもしれない。
2008.01.23
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<9>より続く「ニューエイジについてのキリスト教的考察」<10> フィンドホーンの庭から風水に至るまでのさまざまな現象は、自然や宇宙(コスモス)と波長を合わせることの重要性を多様なしかたで表わしています。ニューエイジにおいて善悪の区別はありません。人間の行為は、覚醒の結果か、無知の結果です。ですから、人は罪に定められることもなければ、ゆるしを必要とすることもありません。悪の存在への信仰から生まれるのは、否定的な気持ちと恐れだけです。否定的な気持ちを解決されるのは愛です。しかし、この愛は、行いに移すべき愛ではありません。それは心のもち方の問題です。愛はエネルギーであり、高波長の波動です。幸福と成功を得るための秘訣は、波長を合わせること、存在の偉大な連鎖の中に自分の場を見いだすことです。ニューエイジの教師やセラピストは、宇宙のあらゆる要素の間の照応を見いだすための鍵を与えるといます。それは、人々が自分の生活の波長を調節し、他人や周りにあるすべてのものと絶対的な調和を得ることができるためです。もっとも、基準となる理論は人によって異なります。p34 どこのだれからの引用かわからないが、ここまで立て板に水で「理論」を述べられると、ホントかな、とまずは眉唾になるのが私の常だ。ましてや、これこそ、バチカンの「ニューエイジに対するキリスト教的考察」でしかない。相手は、こう言っている、あるいは言っているに違いない、ということだ。フィンドフォーンにしても風水にしても、名前を挙げて指摘されている以上、このシステムに近いのかもしれないが、簡単にそうだ、とは認めないだろう。ましてやマスターピースとなる部分でもないだろう。最後に「もっとも、基準となる理論は人によって異な」る、と逃げを打ってはいるが。 もともとフィンドホーンと風水に自らは「ニューエイジ」だという認識はあるのだろうか。ケン・ウィルバーなどは、自らが「ニューエイジ」と同一視化されることは嫌っている。すくなくとも、風水は、一人のだれかによって管理されている動きではないし、もっともっと古くからその歴史がある。「ニューエイジ」でくくることは無理だろう。ここでバチカンが言及できたとしても、ニューエイジ的「風水」理解、という程度のことだろう。 フィンドホーンについて、当ブログにはまだ準備ができていない。今後機会があったら理解を深めよう。ネット上にはいろいろな情報もあり、エコビレッジについてのリストがY氏の書き込みにあった。・イギリス・フィンドホーン ・オーストラリア・クリスタル・ウォーターズ ・デンマーク・コペンハーゲン・トーラップ ・ニューヨーク・イサカ・エコビレッジ ・イタリア・ダマヌール ・インド・オーロビル ・スリランカ・サルボダヤ 当然のことだが、これらすべてが、必ずしもニューエイジということでは、ないだろう。GENグローバル・エコビレッジ・ネットワークというものもあるようだ。 さて、上のバチカンの文章だが、どこがどうとは言わないが、なんとも戯画化されていて、いるようで、まったく居心地がわるい。これを「ニューエイジ」の共通項だ、と指摘するつもりなら、これじゃぁ我こそニューエイジと自称する動きはほとんどないのではないだろうか。体が小さくて、目が細くてつりあがっていて、眼がねをかけて、首からカメラをかけているのが、日本人だ、なんていう漫画が昔横行したけど、それと似たような皮肉に満ちた悪意さえ感じる。 すくなくとも、当ブログが探求しようという道ではなさそうだし、いままでこの表現にぴったり、というものも見た事がない。「善悪の区別はありません」と断言しているけど、善悪はたしかに相対的なものではあるだろうが、すべてにおいて善悪の区別がない、なんて断言できる動きなどないだろう。「この愛は、行いに移すべき愛ではありません」というような評価を加えているが、これは、きちんとその出展を明記して語られなければ、私はこれは、たんなるバチカンの理解不足か誤解なのではないか、と思う。あるいは、言葉の定義の仕方が違うのかな。 あるニューエイジのセラピストは、死は避けられないものではないとまでいいます。人間のもっている潜在能力(ヒューマン・ポテンシャル)を発展させると、わたしたちは自らの内なる神性に触れるようになります。それは、疎外され、抑圧されていた自己の部分です。このことを何よりも明らかにするのが、変性意識状態(Altered States of Consciousness[ASCs])です。この変性意識状態は、薬物や、とくに「トランスパーソナル心理学」において用いられるさまざまな精神拡張技術によって引き起こされます。シャーマンはしばしば変性意識状態の専門家と考えられています。シャーマンは、心霊や神霊のトランスパーソナルな領域と人間界を媒介することができるからです。p35 さぁ、でてきたぞ。トランスパーソナルについては、それぞれにトランスパーソナルを自称する人々がいるのだから、ここは本人達が自ら反論したらいいだろう。本文がそうなのか、翻訳がそうなのか、わざと意図的にそうしているのか、とにかく、対象と主体の言葉が交錯していて、読みにくい。あるいは、両者において、それほど違いは多くないのかもしれない。 ホリスティックな健康増進のための方法には実にさまざまなものがあります。あるものは宗教伝統であれ、エソテリックな伝統であれ、古代の文化伝統に由来します。またあるものは、1960年代から1970年代にかけてエサレンで発達した心理学理論と関係しています。p35 フィンドホーンからエサレンとくれば、日本においては、これらの本の翻訳者であり紹介者と目されている山川夫妻の一連の書物を、いわゆる「ニューエイジ」の日本的現れと見ればいいのだろうか。実は個人的にだが、私はこのご夫妻の本は意図的にほとんど読んでいない。それこそ波動が合わないのかな。好き嫌いがある、ということで、とにかく今は苦手な本の部類に属している。 スピリチュアリズム、神智学、人智学、ニューエイジは皆、生まれ変わりを宇宙の進化への参加と考えます。このキリスト教を越えた終末観は、神の裁きに関する教えが答えることのできなかったさまざまな問題に答えるものとされ、地獄の概念を不要にします。魂が身体から離れると、個人はそれまでの人生全体を振り返ることができます。そして魂が新しい身体と合一すると、これからの人生への予見が与えられます。人は夢や瞑想法を通じて自分の前世を知ることができます。p36 この部分もいわゆるニューエイジを紹介しているということになるのであろうが、微妙に文章の主語や書き手の立場がぼかされていて、分りにくいことはなはだしい。文章を書くなら、もうすこし分りやすく、理解しやすいように書くべきだと思う。もともとが「おもに司牧活動に従事する人々に提供」p8されたものだから、バチカンの言説と、バチカン意外の言説については、瞬時に分離できて、その文章の落としどころやネタの面白さが内輪では大うけ、ということなのかもしれない。しかし、「本書の分析と示唆は、霊的探求を行う教会外の人にとっても多いに役立ちうるものではないかと考え」p167る限り、いずれはもうすこし分りやすいバージョンを発行すべきなのではないだろうか。 転生や過去生や前世についての考え方は、一様ではない。私はバチカン的言説をまったく意味のないことだとも思わないし、また転生を主張する人々にも耳を傾けて生きたいと思う。しかし、もともと最初から、そのような思潮を一笑に付してしまうような動きにだけは違和感を感じる。あらゆる可能性は残されているのだ。 もし当ブログが、理想とする方向性の中に、「転生輪廻を自らの体験として理解する精神的なカウンセラー」というモデルがあるとするなら、すくなくとも、バチカンはこの点にどういう態度をとっているのか、しっかり知っておきたい。ただ、ここに書かれている「ニューエイジ」的な過去生体験の技術などについては、どうやらバチカンは否定的な態度をとっているらしいことは、「キリスト教を越えた終末観」という言葉から推測できる。<11>につづく
2008.01.22
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<1>よりつづく「私が愛した本」 <2>OSHO /スワミ・パリトーショ 1992/12 和尚エンタープライズ・ジャパン 単行本 269p この本、「狂人ノート」 、「ゴールデン・チャイルドフッド」とともにOshoの歯科椅子三部作とされている。他のブッタ・ホールやチャンツ・オードトリアムにおける講話とは、かなり雰囲気が違った本だが、また、そこがまた興味深いところでもある。ある意味、言いたい放題という感じもする。木田元が自らが哲学者となる原点とし、やがては自分の専門としたハイデガーについて、Oshoだとこうなる。 マルチン・ハイデガー「存在と時間」だ。私はこの男が嫌いだ。彼は共産主義者であるだけでなく、ファシストでもある。アドルフ・ヒトラーの信奉者だ。ドイツ人というのは何をしでかすか分ったものではない。彼はあんなにも才能のある人間、天才でありながら、あの知恵遅れの低能、アドルフ・ヒトラーを支持していたとは。ただただ驚くほかはない。だがその本はいい---またもや私の弟子にとってではなく、その狂気が進んだ者たちのためにだ。本当に上級の気違いなら「存在と時間」を読むといい。これは完全に理解不能だ。金槌のように人の頭を叩く。だがその中にはいくつかのすばらしい一瞥がある。たしかに金槌で叩かれれば昼日中でも星が見えてくるわけだ。この本はちょうどそんなふうで、中に二、三の星がある。 この本は完成していない。マルティン・ハイデガーは、第二部を書くと約束していた。彼はその生涯を通じて、何度も何度も約束し続けた。だが、ありがたいことに、第二部は書いていない・・・自分で何を書いたか自分でも理解できなかったのだと思うね。それでは続けようもないわけだ。どうやって第二部を書く? しかも第二部は彼の哲学の頂点になるはずだった。それを書いて物笑いの種になったりしなくてよかった。彼は第二部を書かずに死んだ。だが第一部でも上級の狂人たちのためにはなる。そういう連中はたくさんいる。だから私はこういう本について話し、リストに加えている。p139 また、「ニューエイジについてのキリスト教的考察」や「知の歴史」を読み進んでいて気になったアウグスティヌスについては、またまたこうなる。 聖アウグスティヌスの「告白」だ。アウグスティヌスは、恐れることなく自分の自叙伝を書いた最初の人だ。だが彼はもう一方の極端に走った。私がガンジーを評価するのはそのためだ。「告白」の中でアウグスティヌスの告白は度を越している。---ただただ告白することがうれしいばかりに、彼は自分が一度も犯したことのない罪まで告白している。何という楽しみだ! 世界に向かってそう言うのが嬉しいばかりに、「私が犯したことのない罪はない。私は人の犯しうるあらゆる罪を犯した」とは! これは本当ではない。どんな人間にもあらゆる罪を犯すことはできない。どんな人間にも、神自身さえ、そんな能力はない。神など言うのも及ばない・・・・当の悪魔でさえ、アウグスティヌスが告白しているように悪を楽しむにはどうしたらいいのか、と考え始めるに違いない。アウグスティヌスは誇張している。 誇張は、聖者の共通の病のひとつだ。彼らはあらゆることを、自分の罪まで誇張する。だから当然、美徳も誇張できるようになるわけだ。それが物語の第二部だ。自分の罪を誇張すれば、その背景の前では確かにささいな美徳まで、非常に大きく、非常に明るく・・・暗雲の中の稲妻のように見えるはずだ。その暗雲が、稲妻を見せるのにこの上もなく役に立つ。罪なくして人は聖者になることはできない・・・罪が大きければ大きいほど、聖者は偉大になる・・・単純な算術だ! だがそれでも私はこの本を含める。それはこれが美しく書かれているからだ。私はそういう人間だ、ちゃんと記録しておいてもらいたい。たとえ嘘でも、それを美しく言えば、私はその美ゆえに評価する・・・嘘だからといって排除はしない。嘘であろうとなかろうと、そんなことを誰が気にする? その美しさが、それを楽しむ価値のあるものに、評価する価値のあるものにする。 「告白」は、嘘の傑作だ。それは嘘でいっぱいだ。だがこの男は、自分の仕事をほぼ完璧にやった。私がほぼというのは、誰かがその仕事をもっとうまくやる可能性は常に存在するからだ。だが彼はそれを99パーセント完璧にやった。他の誰かに、もうあまり余地は残されていない。たしかに彼の後にもたくさんの者が試みた。レフ・トルストイのような偉大な人間さえいた。私は彼の「復活」と「戦争と平和」については話した。彼は、生涯を通じてずっと、自分の告白を書こうとしていた。彼はそれには成功できなかった。どうやらトルストイのような人間でさえアウグスティヌスを凌駕することはできなかったようだ。だが、トルストイよ、どうかフリーク・アウトしないでもらいたい、私はあなたを、私のリストにのせるつもりだから。p215 <3>につづく
2008.01.22
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<8>より続く「ニューエイジについてのキリスト教的考察」<9> ニューエイジ「スピリチュアリティ」に見られるもっとも共通の要素の一つは、特別な権限、とくに超常的な霊的存在に引きつけられることです。「霊媒」と認められた人々は、ニューエイジ現象の中で「チャネリング」といわれる通常意識の変異状態(トランス)の間、自分の人格に他の霊的存在が乗り移ると主張します。「チャネリング」の間、霊媒は自分の身体や能力を制御する力を失うことがあります。p32 ニューエイジ共通の要素とは思わないが、たしかに私も「チャネリング」については、意見を一様とはしない。いろいろ散見されるチャネリング情報については、つねに眉唾で、懐疑的に接しているというのが実態だ。しかし、全否定をできないのは、自分がそれに近い体験をしたり、その現場を見ているからだ。それは恒常的なものではなく、ある意味、サンプリング的な、決して否定はできないですよ、という口封じをされているような程度のものではあるが・・・。 こうした出来事を目撃したことのある人は、このような顕現はたしかに霊的なものではあっても、神からのものではないことを進んで認めるに違いありません。たとえ、愛や光といったことばがほとんどいつも用いられるにしてもです。チャネリングは、厳密な意味でのスピリチュアリティというよりも、スピリチュアリズムの現代版だというほうがおそらく正確です。p32 この辺になってくると、私の意見もバチカンに近くなる。現代科学では決して証明されないような、神秘的現象がないとは思わないが、それが「神」、あるいは「神」から来たもの、と断定する根拠はなにもない。いや、むしろ私が見聞きするのは、そのような上からのものではなく、むしろもっと友好的なものだ。もうひとり、すぐ側に、友達がいていろいろ談笑している感じではある。 このほかに、霊界から来る友人または相談者として、天使がいます(天使は、新しい出版・美術産業の中心になっています。ニューエイジにおける天使とのかかわり方は、体系的なものではありません。この領域における正確な区別は役に立たないといわれる場合もあります。なぜなら、「宇宙のあらゆる段階には多くの次元の導き手、霊的存在、エネルギー、存在があります。p32 たしかにその手の本やうごきを見ていると、天使が出てくる場合がある。それは時には、個性的な名前であったりするが、どうやら聖書の中にでてきそうだぞ、という名前もある。あちこちのカードや、アロマセラピーやらオーラソーマなどの説明を聞いていると、ちょこんと聞いたような名前の天使が表現されていたりする。たしかにどこまでが「体系的」に捉えられているのかは、今の段階では、私には分らない。 ・・・・あなた自身の引力と反発の作用との関係で、それらは皆、形を選びとる」からです。こうした霊的存在はしばしば「非宗教的なしかたで」召喚されます。それは、くつろいだ気持ちで、うまく決断を下したり、自分の人生や仕事を方向づけることができるようにするためです。p33 この周辺については、いたづらに公開ブログに書くようなことでもなく、あるいは、個的に体験したものをどのように表現しようとも、第三者にとっては誤解してしまう可能性もあるので、一般化はとても難しいだろう。もともと表現できないものを表現しようとしているのだから。受容的懐疑派、懐疑的受容派、として遠巻きに見るとも見ずにいる感覚のほうがいいかもしれない。 特定の人間を通して教えを述べる霊との合一も、もう一つのニューエイジ的体験です。こうした体験は、「神秘家」を自称する人々によって行われます。ある種の自然霊は、強力はエネルギーとして、自然界や「内面」に存在するといわれます。こうした霊には、儀礼や薬物、その他の変性意識状態に達するための技法によって近づくことができます。すくなくとも理論上、ニューエイジが個人の内的体験以上の霊的権威を認めることがほとんどないことは明らかです。p33 中山みきや出口なおや、あるいはスエデンボルグなどを出すまでもなく、イタコやシャーマン的な存在によって、霊と直接会話するなどという描写は、あちこちで表現されているようだ。バチカンがこのようなことに触れている事自体は、評価できるものの、「ニューエイジが個人の内的体験以上の霊的権威を認めることがほとんどない」という意味がよくわからない。「ニューエイジ」と限ったわけではないが、「霊的権威」を認めることは、あり得ると感じる。このバチカンの言い回しが、回りくどくて、ちょっといやらしい。「理論的」に「ほとんどない」ことは「明らか」だ。ここでもまた100%ではないけど、100%だ、みたいな言い方を始めているぞ。<10>につづく
2008.01.21
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<2>よりつづく「知の歴史」 ビジュアル版哲学入門 <3>ブライアン・マギー /中川純男 1999/9 BL出版 単行本 240p 「キリスト教と哲学」p48から、「偉大なる合理主義者たち」p99のスピノザやライプニッツまでざっと目を通してみる。全240ページのこの本の中で、この部分が占めるのは、約20%。つまり、キリスト教以前の「古代ギリシアの世界」p12~p47よりも長いが、「偉大なる経験主義者たち」p100、「フランスの革命的思想家たち」p120、「ドイツ哲学の黄金時代」p130、「民主主義と哲学」p180、「20世紀の哲学」p192など、これ以降の展開に比較すれば、扱いは決して大きくない。 キリスト教と合理主義の間に挟まっているのは、「近代科学のはじまり」p64~p81だが、コペルニクスやガリレイやニュートンなど、おなじみの「科学者」たちが登場する。だが、「キリスト教と哲学」については、勉強不足であまりピンとこない。「アウグスティヌス、プラトン主義とキリスト教の融合。アウグスティヌスは、アリストレス以降、トマス・アクィナスが現れるまでの約1600年間において、だれよりも傑出した哲学者だった。」p50という表現が見える。 アウグスティヌスがプラトン主義とキリスト教をうまく融合させることができたひとつの要因は、キリスト教が哲学ではなかったということにあります。キリスト教の信仰は、哲学よりむしろ歴史に根ざしています。すなわち神は、世界を創造した後、そこでひとりの人間として生きんがために、パレスチナの町にイエスとして生まれ、紆余曲折の人生を送ったというものです。p51 アウグスティヌスは、プラトンの哲学には、聖書では扱われていない現実のさまざまな問題についての貴重な真理が含まれていることに気づき、プラトン主義をキリスト教の世界観に取り入れようとしたのです。しかし、そのためには、キリスト教と矛盾する可能性があるプラトンの説はあえて排除しなくてはいけませんでした。なぜなら、キリスト教の教えは神からの直接の啓示であったからです。キリスト教徒にとって、少しでもキリストの教えに反したことを信じるのは、異端を意味します。p51 なにはともあれ、アウグスティヌスの名前を覚えておこう。それと、もうひとり、トマス・アクィナス。 アクィナスの偉大な業績は、それまでの西洋思想のとくにすぐれた考えをすべて統合し、それがキリスト教教義と何ら矛盾していないと示したことでした。彼はそれを達成するために、ユダヤ教やイスラム教の思想の一部さえ取り入れています。p59 そして、近代科学がはじまり、合理主義哲学者たちへとつながっていく。ところで、木田元は、私にとっては至極わかりやすい話しをしてくれている。 「哲学」といっても、ソクラテス/プラトンあたりからヘーゲルあたりまでのいわゆる超自然的思考としての「哲学」と、ソクラテス以前の自然的思考や、そしてそれを復権することによって「哲学」を批判し解体しようと企てるニーチェ以降の「反哲学」とは区別して考える必要があります。それを一緒くたにして考えようとするから、なにがなんだか分らなくなる。「反哲学入門」p23 ということは、ヘーゲルやニーチェ以前のスピノザは、古代ギリシャやキリスト教や他の伝統を引継ぎながら、近代合理主義の波を受けながら、やがて「反哲学」という流れの中での、最後の哲学らしい哲学を展開した、ということになるのだろうか。 スピノザと並べ称されることの多いライプニッツ(万能の天才)p96、この二人は、いろいろな意味において対照的な存在でもあるようだ。 <エチカ>は、すべてをひとつの相互に関連した思想体系によって理解しようとするすぐれた試みであると評価されていますが、これほど遠大な思想をユークリッドの幾何学のような構成にしたため、実際は無味乾燥な印象を与えます。また、その論理の展開あ、スピノザの時代には有効であっても、今日では時代遅れの仮説(たとえば神の存在は自明のものだとする考え方)から導きだされたもので、現在の基準から見ると、論理的な証明であるとはとうていいえないでしょう。しかしこの著作の真価は、詳細な証明の仕方にあるのではなく、その結論、すなわち全体のヴィジョンにこそあります。p95 なるほど、「エチカ」を読み進めようという企ての役に立ちそうな評価だ。かたやライプニッツについては、こうある。 ライプニッツは、多忙な職務をこなすかたわら、自分の書斎でただひとり、孤独な知的研究をつづけました。書物としてまとめられることもなく、存命中に出版さえることもなかった研究で、彼が整然さに欠ける自分の執筆を説明した文章には、なかなか人間味のが感じられます---「私は何かを書いて2,3か月もすると、そのことをすっかり忘れてしまうのです。索引をつけて分類するような暇はとてもなかったので、何もかもが混ざった大量の原稿から探しだすよりはと、結局また最初から書きはじめてしまうのです」。たとえばスピノザが、自分の思想を綿密に構成したひとつの体系として大衆に示したのに対し、ライプニッツの読者は自分で彼の思想の断片をつなぎあわせて理解しなくてはなりません。p97 地球人スピリットの探求に始まった当ブログ、「マルチチュード」と出会い、スピノザへと降りてきたのはいいが、古代ギリシャやキリスト教を経て、さらには、20世紀の哲学、そして「ニューエイジ」へと、自分なりに俯瞰した地図をつくるには、まだまだ時間がかかりそうだ。しかし、足がかりはすこしづつではあるが、見えてきていることも確かなのだ。本書巻末で著者は言っている。 つい数年前に世界的な反響を呼んだヨースタイン・ゴルデルの<ソフィーの世界>(1991)は、小説という意外な形式で書かれた哲学史の入門書でした。このような本がベストセラーになるとは、一世代前には想像もつかなかったことです。p227 正月の松の内は終わったとは言え、まだ一月。イロハかるたの「い」、犬も歩けば棒にあたる、から始めてみよう。ふらふらとあちこちぶつかっているうちに、なにかがつかめるかもしれないぞ。年の初めじゃ、楽観的にいこう。つづく・・・かも
2008.01.21
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<7>より続く「ニューエイジについてのキリスト教的考察」<8> ニューエイジ的宗教の魅力を見くびってはなりません。キリスト教信仰をしっかり理解していないと、ある人は誤って、キリスト教が深い霊性に霊感を与えることはできないと考えます。こうしてその人は、キリスト教以外を探求することになるのです。p20 バチカンも必死だな。人々がほかに行ってしまうことを怖れている。 ニューエイジの成功は、教会に対する挑戦ともなっています。人々は、キリスト教が自分たちの本当に必要とするものを与えてくれない(あるいは少なくとも与えてくれなかった)と感じています。探求は人々をしばしばニューエイジへと導きます。p20 ああ、このバチカンの危機感は、どこから来るのだろう。 もし、この人々が教会によって満たされることがないならば、この叫び声は彼らを教会以外のところに導いてしまうからです。p21 満たされず、叫び声を上げているのは、バチカン自身だ。 イエス・キリストのみが、幸いへのまことの道であり、神に関する真理であり、神の愛にこたえるように備えられたすべての人にとっての満ち満ちたいのちだからです。p21 ああ、この信仰システムでは、もう、救われる人は限りなく少なくなってしまう。何百年、何千年続いてきたか知らないが、老舗ののれんを必死になって守ろうとする料亭のオカミの姿さえダブってくる。 ニューエイジは、「新宗教運動」ということばで普通表わされるような運動ではありません。ニューエイジは、「カルト」や「セクト」ということばで普通あらわされるものでもありません。ニューエイジは、さまざまな文化を横断して広まっています。すなわちそれは、音楽、映画、セミナー、ワークショップ、黙想会、セラピー、その他多くの活動や行事などのさまざまな現象にみられます。p23 あいつらは「新興宗教」だの「セクト」だのとせせら笑っていた時代は、まだ幸せだったということか。もうそんな対処療法では、もう手遅れだ、とバチカンは気がついたわけだ。逆に考えれば、たしかにニューエイジの広がりは、もう、バチカンの思惑をすでに超えてしまっているということだ。 「ニューエイジはきわめて首尾一貫した流行思想であり」、現代文化への意図的挑戦だということです。ニューエイジはさまざまな要素を取り込んだ混合的な体系です。それが人々に、さまざまな段階また次元でかかわりながら、関心や関係を共有することを可能にしています。p24 バチカンがニューエイジを「さまざまな要素を取り込んだ混合的な体系」とみているとしたら、ついにニューエイジをつかまえることはできないだろう。ニューエイジは、混合的な体系ではなく、混合的な諸要素を取り込むことのできる「プラットフォーム」だということだ。 バチカンは、アプリケーション・ソフトの多用さに目を見張っているけれど、ひとつひとつは雑多な寄せ集めだ。問題は、OSだ。ニューエイジOSの奥深さに気付かず、アプリケーション・ソフト群に目を奪われているのであれば、バチカンは、自らがOSとして、「現代文化」に即応できなくなっていることに気付かず、そのあやまった「正当性」を振りかざすことによって、自ら期待しない行動にでてしまいかねない。 多くの人が教団宗教を拒絶しています。それは、彼らの考えでは、教団宗教が自分たちの要求にうまくこたえられなかったからです。だからこそ彼らは「スピリチュアリティ」を見いだすために別のところに向かったのです。さらにニューエイジの中心には、既成宗教の時代は終わったという考えがあります。ですから、ニューエイジを宗教と呼ぶなら、ニューエイジそのものの自己理解と反することになるのです。p25 「伽藍とバザール」の、その本来の意味をバチカンはまだ理解していない。伽藍を必要とする人々は一定程度いるのだ。だれもがバザール派になることはない。人々には選択の自由が与えられている。バチカンは、一定程度の人々の救いの窓口になればいい。少なくとも、「イエス・キリストのみが、幸いへのまことの道」だ、などという偏狭なカルト的視野の狭さは克服しなくてはならない。 イエス・キリストを通じて救いの道を見つけ続ける人々は確実に存在する。しかし、そのほかの道も確実に存在するのだ。そのほかの道との共存を模索しないでは、本当のニューエイジに対する考察にもならないし、キリスト教における「新しい到来」にもならない。 本書の意図は、キリスト信者がニューエイジを真剣に考えるように招くことです。そのため、本書は、読者が、同じ世界をまったく違った観点から見ている人々と批判的な対話を求めるのです。p25 キリスト信者よ、引きこもったり、いじめたりしないで、もっとおおっぴらにケンカせよ、と扇動しているかに読める。本当だろうか、批判的な対話なんて成り立つだろうか。対話は「友好的」でなくてはならない。少なくとも、私にとってはそのほうが楽だ。最初っからケンカ口調なら、私なら逃げ出す。もう少し時期をずらしたほうがいい、と判断するだろう。 多くの人は「ニューエイジ」ということばを好みません。正確で、もっと広い意味のことばとして「代替的なスピリチュアリティ」を使いたいという人もいます。正直にいえば、本書で言及される多くの現象は、おそらく特定のラベルを貼れるものではありません。しかし、話を簡単にするために、読者が、少なくとも、多くの場合ニューエイジとして知られる一般的な文化運動と関連づけてよい現象ないし現象群を認識してくださることを、本書は前提としています。p26 いまさら「正直にいえば」なんて、なんだ、いままでは「正直ではなかったのか」と茶化すこともできるが、これは総論であって、各論もあるのだ、といいたいのだろう。方便につぐ方便は、対話者に対しての信頼を損なうことになる。もっと、最初から「赤子のような素直さ」で対話すればいいのに。 ニューエイジは「エソテリックな要素と世俗的な要素の混合」です。これらの諸要素が、個人と社会の世界の中で根本的な変化が起こるために時は満ちたという、広く支持される思想と結びつけられました。p28 つまり、バチカンが包括しきれなかった他の精神探求の諸要素とマーケットプレイスがうまくマッチして、劇的な変化をとげようとしている「現代文化」に、広く支持されているということだ。 ニューエイジとキリスト教の関係に関して、そのもっとも明白な例は、おそらくイエス・キリストの生涯と意味を完全に書き換えることです。ニューエイジとキリスト教という二つのものの見方を調和させることは不可能です。p30 哀れだな。ここでのニューエイジとは、バチカンが自らの体系に包括することができなかった外部の体系の総称だ。勝手に境界線を引いておいて、もう他のものは包括できない、と白旗を揚げているのは、バチカンその人なのだ。ここにあるのはAとBの調和の話しではない。 「A」が勝手に「非A」と思っているものを、もうこれ以上包括できないと、降参しているにすぎない。バチカンにとっては、この世の「すべて」を作ったのは彼らの神なのに、包括しきれない世界がやっぱりあるのだ、とギブアップしてしまったのだ。 自然科学と科学技術は、明らかに、かつて両者が約束したかに見えたことを果たすことができませんでした。そこで、意味と解放を求める人々は、霊的な領域に目を向けました。現在のニューエイジの出発点になったのは、西洋社会の生活の中で経験される抑圧と疎外ではなく、より人間的ですばらしいものを求める探求です。p30 かつて、キリストが預言したことがまだ果たされていない段階で、自然科学や科学技術ばかりを攻めるのは片手落ちというもの。なんとかかんとか、反撃の手がかりを探そうとする努力は買うが、今必要なのは、対決色を強めることなのかなぁ・・・? ニューエイジの初期の思想家は進んで広く世界中のものを探求し、受け入れたために、ニューエイジは折衷的な方法をとるようになりました。ニューエイジは「宗教への回帰」を表すしるしの一つとも考えられますが、はっきりしているのは、それが正統なキリスト教教理と信条への回帰ではないということです。p30 おやおや、それは残念でしたね。バチカンのふところがもっと広ければ、みんな「正統なキリスト教教理と信条への回帰」を果たしたかもしれないのに。惜しかった。彼らの御めがねにかなわなかったということなのかしらん。 う~~ん、確かになぁ、正統なキリスト教教理と信条は古臭くて、魅力的ではないなぁ。申し訳ないが、私もそう思っていることを「正直」に言っておこう。<9>につづく
2008.01.20
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「闇屋になりそこねた哲学者」木田元 2003/01 晶文社 単行本 212p No.947★★★☆☆ 「反哲学入門」 が面白かったので、つい著者の伝記にあたるこの本を読んでみたが、ご本人は割りと真面目な方で、「闇屋」の手伝いをしていたなんて期間は、戦後のほんの数年間だけだ。むしろ、この人、ホントに「闇屋」になって、アウトローの人生を送ったほうが、本当の「哲学者」になったのではないかしらん、と思ってしまった。 「近代の哲学書の文体はカントのあたりで大きく変わります。それはなぜでしょうか。近代哲学を担う哲学者の職業が変わるからです。カント以前の近代の哲学者に大学の先生はほとんどいませんでした。」「反哲学入門」p151などとおっしゃるから、よほど面白い人生かな、と思ったが、ちゃっかりご自身も大学の先生になっていたのだった。 70年前後は、スト対策の係りとして、大学内で学生と対峙していたらしいから、場所や時間がクロスしていたら、こちら側からは、あまり好きになれない人物だたかも知れない。いずれにせよ、この「伝記」においては、なんとおっしゃるにえよ、劣等性をよしとして人生を送ってきたこちらの身としては、なんとも「エリート臭」に悩まされる嫌味な本といえるかもしれない。 ただ、上には上があるものだから、いわゆる哲学者という職業の中にあっては、すこしは変り種なのかもしれない。彼の出身が隣県であったり、大学名も知っているところが次々でてくるので、割と親近感を持って読むことができた。哲学とは何か、再考するひとつのチャンスにはなった。
2008.01.20
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<6>より続く「ニューエイジについてのキリスト教的考察」<7> 多くのニューエイジの伝統を調べてみると、実際にはニューエイジの中には新しいものはあまりないことがすぐ分ります。「ニューエイジ」という名称は、フランス革命とアメリカ独立革命の時代に、薔薇十字団とフリーメーソンによって用いられるようになったようです。p16 「すぐわかるもの」であるならば、なにもいまさらバチカンが重い腰を上げて「調べ」なくてもいいようなものだが、ここは、相手を軽くいなしておく、ボクシングチャンピオン戦のインタビューみたいなもんだろう。あんなやつ、オレのパンチ一発ですぐ伸びてしまうぜ。まぁ、お互いにそうののしり合うことによって、試合は盛り上がるのだが。 バチカンのいうことにいくばくかの信憑性があるとしても、実際は、薔薇十字団やフリーメーソンについては、ちょっと「調べれば」「すぐ分る」ようなものではない。ましてや、その存在自体さえ否定する研究があるなか、簡単にこういい切ってしまうのはいかがなものか。 ニューエイジが実際に意味するのは、西洋のエゾテリスム(秘教主義)の現代版です。エゾテリスムは、キリスト教初期の時代に生まれたグノーシス主義の諸グループにまでさかのぼります。p16 秘教主義という言葉については、当ブログではエソテリズム、エソテリックなどの言い回しをしているが、当面はバチカンの言い方と混在させておく。意味は同じことだ。さて、このグノーシス主義だが、これもまた、「意味的には、古代ギリシア語で、認識・知識を意味する言葉」で、自らグノーシスを名乗った人々が現実にいたわけではない。 つまり、西暦1~2世紀以後、人間の精神性のプラットフォームとしてキリスト教はさまざま信仰体系や教義を包括してきたが、どうしてもキリスト教の体系に取り込むことができないで残されてしまったものたちがあった。教団は教団として成立するために、どこかで足切りをしなくてはならない。そこで残されてしまった精神性や当時のスピリチュアリティ体系を秘教的なもの、つまりグノーシスとしてキリスト教本体から切り離した、とみることが可能だろう。 立教以来、包括できるもの包括し、包括しきれないものを「無視」してきた結果、20世紀が経過して、いよいよ無視できなくなりました、と告発しているだけではないだろうか。つまり、グノーシスがニューエイジとして衣替えしたのではなく、単にキリスト教(バチカン)から見て、非バチカン的な体系を、その時々に適当に名前をつけて「警戒注意報」を出しているだけにすぎないのではないか。 ニューエイジ思想を発展させた近代西洋文化の強力な思潮は、ダーウィン(略)の進化論の一般的な受容です。自然界の秘められた霊的諸力の重視と並んで、これが現在ニューエイジ理論とされるもののかなりの部分の土台となりました。p17 さぁ、バチカンがいうところの「現代文化」の中においても、ダーウィンの進化論を認めないというのは、相当に難しい。戦後教育を受けた人間なら、地球上ほとんどが、生物進化論を「常識」として捉えている。それは、コペルニクスやガリレオ・ガリレイの「地動説」を学ぶのと同じ感覚で、当たり前の常識として教え込まれている。 ニューエイジの影に「ダーウィン」あり!、と注意報を出されても、はぁ、バチカンさん、それはちょっと困ります。でなければ、月曜日から土曜日までの6日間で世界が出来上がった、という証拠を提出しないと、「現代文化」は、バチカンを、「仰ぎ見る」ようにはならない。 ニューエイジの思想が存在し、熱心に実践されていることは、超越と宗教的な意味に対する人間精神の抑えることのできないあこがれを示しています。これは、現代文化の現象であるだけでなく、キリスト教と異教を含め、古代世界にも見られたものです。p17 つまり、現代文化において、「人間精神のおさえることのできないあこがれ」を、少なくともキリスト教は、満たせなくなった、ということなのである。だから、現代地球人は、さまざまな方法でその「人間精神の抑えることのできないあこがれ」をキリスト教以外に探し始めている。その動きを、バチカンは「ニューエイジ」と言って、キリスト教に対する挑戦とみるようになってしまっているのである。ここにある矛盾わかっているのかなぁ。 ニューエイジ的宗教はある意味で人間本来の正当な霊的あこがれにこたえています。たとえそのことを認めることができるとしても、ニューエイジのこたえ方は、キリスト教の啓示と対立することも知らなければなりません。p18 他のだれかが「人間本来の正当な霊的あこがれ」にこたえていたしたら、それはそれでいいではないか。AさんがBというあこがれを満たすことができたなら、Cは一緒になってよろこぶべきではないか。なぜにCはここで「対立」する必要があろう。 つまり、バチカンは地球人たちを迷える子羊と見て、全部、自分のところの檻に追い込もうとしているのではないだろうか。野山を自由に駆け回っている羊たちが、どこからかやってきたハメルンの笛吹きみたいな「ニューエイジ」について行ってしまっては困るのだ。お~~い、その子羊たちは、いずれ私の檻に入るべき予定になっている(というか、こっちが勝手にそうきめただけだけどさ、ヒソヒソ)んだから、連れていかないでくれ。う~~ん、困った。というあたりが本音なんではないかな。 ニューエイジの思想と実践について適切なキリスト教的識別を行う上で、必ず認めなければならないことがあります。ニューエイジは教会が異端とみなした諸見解をある意味で要約したものだということです。 p19 「異端」ねぇ・・・。もう、この辺になると、私自身が「異端」の烙印を押されて、せっかく友達つきあいしている友人のキリスト者たちからも村八分になるかもしれないので、ブログに書き込むことは、ほどほどにしておこう(クワバラ、クワバラ)。どういう論法であれ、バチカンはどうやら、ニューエイジを宗教裁判にかけて「異端」と決め付けたがっているようにしか見えない。しかし、いまさらではあるが、教会から破門されながら、一人でコツコツと自分なりの世界観をつくった、たとえばスピノザたちが、より一層、偉く思えるな。<8>につづく
2008.01.20
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「黄泉(よみ)の犬」藤原新也 2006/10 文藝春秋 単行本 314p No.946★★★★☆ 藤原新也著「インド放浪」は、ちょっと埃はかぶってしまっていたが、いまでも寝室においてある。奥付をみると、初版発行が1972年の7月であり、私が読んだのはその直後の9月である。高校を卒業してアルバイトでためた貯金をはたいて、仲間と3ヶ月のヒッチハイク日本一周の旅にでた。帰ってきて、4人のそれぞれの旅路を一冊にまとめようとして、ミニコミ雑誌「時空間」の創刊号を手作りで作っていた頃のことだ。 インド旅行に関する書物は、当時、今からでは想像できないほど数少なく、貴重な一冊だった。後年、自分がインドに旅することなど想像もしていなかったが、当時から憧れとしてはあっただろう。1944年生まれでちょうど、私より10年、人生の先輩になる著者は、常に私の10年先を歩んでいたのかも知れない。それにしても、あれから35年の月日が経ったのかと、目がうつろになる。それこそ、この間、どれだけのガンジス河の水は流れ去ったのだろう。 「黄泉の犬」というタイトルは、著者がインドで体験した、死体を食らう犬との対決の時のエピソードが元となっている。表紙はその時の写真だ。しかし、この本が出版されたきっかけの実際的な一点は、麻原集団事件における著者の感慨の再まとめ、という意味合いにある。 1995~6年にける事件に関する記事を「週刊プレイボーイ」に連載していた著者は、ある出来事をきっかけとして連載を中断した。それは、麻原の兄との対談だった。その兄もなくなり、麻原の刑も確定したところで、守秘義務はとりあえずなくなっただろうという判断のもとに明かされる「秘話」である。 当ブログにおいては、2006/11にでた「さよなら、サイレント・ネイビー」をきっかけにして、10年を経た事件をあらためて直視しようと読書を進めてみた。半年後には、「麻原集団事件」関連リスト を作って、自分なりには、決着をつけたつもりでいた。正直いうと、ふたたびこの事件を思い返すのはちょっと気が重い。すでに解決済みとして、パスしたい、というのが本音である。 その想いは、私ばかりではなく、おおかたの気持ちでもあるだろう。著者にしてみたところで、それほど違いはないかも知れない。でも、著者はだからこそ、事件後10年経過して、本著を世に問うた。あるいは立会人として記録した。麻原の身体に関する個人的、あるいは歴史的事実に対する証言は、いずれは重要なものになるかもしれない。そういう意味では2006/2にでた高山文彦の著書と重なる部分がある。高山は、知られざる麻原の個人の歴史を記録している。 本著は、事件だけにとどまらずに、著者自身の人生における旅におけるエピソードの数々を紹介している。それはおもにインド・ネパールやヒマラヤにおいてのことだ。著者はベビーブーマーや団塊の世代のすこし上の年代にあたる。立場としては、宮内勝典と同じく、すこし兄貴風を吹かせるところがある。いい感性をもっているのに説教臭くて、どこか簡単に事実誤認をする宮内はあまり好きにはなれない。だが、藤原に関しては、兄貴分ではあるが、旅の同輩としてこちらをみてくれるだけに、逆に、甘えを許されないような威厳を感じる。ある意味、怖い。 カトリックかニューエイジか、などという不毛の論争には無縁の人だが、どちらかいえば、ニューエイジの源流に位置する人物である。あるいは、比喩的な意味合いにおいてだが、伽藍とバザール、という対比を使えば、まさにバザールを象徴するようなお人柄であろう。いやもっとうまい表現があるはずだが、浮かばない。藤原新也には「藤原新也」という独立したカテゴリが必要だ。「インド放浪」以来、藤原ガンジスはとうとうと流れ続けている。
2008.01.20
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<5>より続く「ニューエイジについてのキリスト教的考察」<6> さて、大体の全体像がおぼろげながら見えてきたところで、第一章からすこしづつ再読してみる。個人の嗜好性によるところが多いので、つまみ食いのしかたがマチマチになってしまうことは承知の上だ。ただ、再度、明確にしておかなくてならないことは、私はキリスト者でもなければ、ニューエイジを自称する立場でもない、ということだ。あえていうなら、自らがプラットフォームとして使いたい、と思っているOshoについての再認識と検証につながるものがあれば、なお良いとは思う。しかし、飽くまでも個的な思索でしかない。 ニューエイジは、現代文化(とくに西洋文化)に訪れた、この歴史の瞬間にもつ意味に関する多くの説明の一つです。同時に、ニューエイジのどこがキリスト教の教えと相反せず、どこが相反しているのかは、はっきりと分りづらいことです。そこで、今は、ニューエイジの考え方とニューエイジ運動全体をキリスト教的に評価するために適切な時期だと思われます。p12 なにをもってニューエイジというかは、さて置こう。結果的に、この本が言わんとするところこそが、バチカンにとっての「ニューエイジ」なのであって、それ以上のものではない。むしろ「ニューエイジ」側にとってみても、これが「ニューエイジ」だ、と自己規定することはほとんど不可能だろう。 本来であれば、キリスト者にとっても、これが「キリスト教」だ、なんていえるはずはないのだ。いかに地球最大の宗教団体とは言え、バチカンが「キリスト者」をすべて代表し、一口に「キリスト教的」などと表現など、できるわけはないのだ。それは、仏教的とか、イスラム的、とか、共産主義的、とか、どの団体も代表していえないのと、同じことだ。言ったとしても必ず、包括しきれない例外が出るということは、覚えておかなくてはならない。 1970年代の代替的共同体の無秩序で混沌とした生活は、規律と構造への探求に取って代わられました。明らかにこうした規律と構造が、大流行のさまざまな「神秘主義」運動の中心的な要素となっています。ニューエイジが人々を引きつけたおもな理由は、ニューエイジが提供する多くのものが、既成の制度によって満たされないことが多かった渇きにこたえたことにあります。p13 これはバチカンから見た世界であって、「ニューエイジ」が、「規制の制度によって満たされないもの」を次々と提供したのではない。「規制の制度によって満たされない」渇きにこたえた動きを、バチカンは「ニューエイジ」と名づけているにすぎない。だから、バチカンが認めるものは「キリスト教」的であり、認められないものには「ニューエイジ」というスティグマを貼り付けて、差別しようとしているだけなのである。 ニューエイジの大部分は現代文化への反動ですが、同時に多くの意味でニューエイジは現代文化の落とし子ともいえます。p13 上記の推測から、この部分は、現代文化の落とし子でありながら、現代文明に反動的である動きを「ニューエイジ」と呼ぶことにします、と言っているにすぎない。地球最大のカルトであるバチカンは、この部分においては積極的な「現代文明」の主体者を自認しているようである。つまり、バチカンが生んでしまったようなものだが、バチカンに反対しているものを「ニューエイジ」と呼ぶ、と言っているにすぎない。つまり、いくら丁寧で慇懃な言い方に見えようとも、バチカンは、最初から「ケンカ口調」なのである。 人間性が崇拝されたために、宗教は内面化され、ついには自己の神聖性を賞賛する基盤を準備するまでになりました。だからニューエイジは、企業文化や「成功の福音」(略)が信じる諸価値や、消費文化が信じる諸価値の多くを共有するのです。p14 たとえばOshoはその「十戒(笑)」のなかで、1、内部から来るもの以外どんな命令にも従うべからず2、唯一の神は生そのものである3、真理は内にある、それを他のどこかに探すべからずと書いている。 バチカンにとっての「神」は人間の外にあるものであるし、その「神」とつながるには「聖職者」が必要である、とい論法になるのであろうか。もしそうだとしたら、こちらのOshoのほうもまた、かなりな「ケンカ口調」であることは間違いない。 注意すべき大切な点は、ある種のニューエイジの実践において、個人の成長を高めるために、神がないがしろにされるということである。p14 注意すべき大切な点は、バチカンが言わんとしている「神」は、ユダヤの神でもなく、天照大神でもなければ、ヒンズーのブラフマンでもなければ、イスラムのアラーでもない。キリスト教における神、しかもバチカンが認めた神でなくてはならない。つまり、バチカン的神をないがしろにしている実践は、すべて「ニューエイジ」として切り捨てるぞ、と言っているようさえ読めるのである。 いったいニューエイジとの関連において「スピリチュアリティ(霊性)」とは何を意味するのでしょうか。この問いに対する答えが、キリスト教伝統と、ニューエイジと呼ぶことのできる多くのものとの間のさまざまな違いのいくつかを解く鍵となります。p14 ここにおいて、翻訳者である日本の「秘書室」とやらは、スピリチュアリティと霊性を訳し分けられないでいる。もともと一つのpiritualityなのだが、バチカン的な理解を「霊性」、「ニューエイジ」的なものを「スピリチュアリティ」としたい。当事者たちは躍起となっている。そんなに一生懸命になるのはなぜか。 多くの場合、ニューエイジは完全に運命論的です。一方、キリスト教は、自分の外、また自分の上を仰ぎ見るように招きます。それはわたしたちに愛の対話を生きるように呼びかける神の「新しい到来」への招きです。p15 「多くの場合」+「完全に」とは、形容矛盾である。「多くの場合」とは100%ではないという意味だ。「完全に」とは100%という意味だ。つまり、ここでバチカンは、100%ではないけど、100%だ、と決め付けている。困ったもんだ。翻訳が悪いのか、原文がわるいのか。 「キリスト教は、自分の外、また自分の上を仰ぎ見るように招きます。」 さぁどうする。バチカンのいうところの「現代文化」においてさえ、この部分は、どう映るであろうか。よしあしはともかく、こう素直に「自分の外、また自分の上を仰ぎ見る」ことをできる人間とは、現代文化においてはいかなる存在であろうか。 「ニューエイジ」に対置して、バチカンは「新しい到来」という言葉を用意した。これはヨハネ・パウロ二世の1986年(p143参照)言葉とされる。ここにおいては、後出しじゃんけんで、むしろ、バチカンは、ニューエイジという言葉を借りて、自らの古くからの「意図」を、「新しい」到来、という言葉に忍ばせただけなのではないか。本当に「新しい」のだろうか。<7>につづく
2008.01.20
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「新教養としてのパソコン入門」 <1> コンピュータのきもち 山形浩生 2007/7 アスキー 新書 207p No.945★★★☆☆ 当ブログも変遷を重ねているうちに、パソコン本の感想を書くカテゴリがなくなりつつある。どのようにこれらの本を読み進めたらよいのか。かたや、進めようと思ってもなかなか進まないカテゴリがある。たとえば、この「アバター多火手」カテゴリなどは全然進まない。しかたがないので、この二つの現象を融合して、パソコン本をアバター多火手に引き寄せて読んでいくことにする。 もっとも、アバター多火手は、コンピュータのエキスパートである。周辺の教養はすべて吸収しており、革命的なプログラマであるべきだ。すくなくとも山形浩生くらいの存在感を持っていてほしい。山形は、当ブログにおいて「2ちゃんねる宣言 」や「暴走する『地球温暖化』論」で、ちょろちょろとその名前が散見されただけだ。でもその勇名を馳せたのは、エリック・レイモンドの文を翻訳した「伽藍(カテドラル)とバザール」1998年においてだった。 あるニューエイジ運動の主唱者は、適切で意義深いたとえをを用いて、伝統宗教をカテドラルに、ニューエイジを世界市場になぞらえました。ニューエイジは、カテドラルで告げられる教えを、今や全世界に広がる市場に示すようにという、キリスト信者への招きだとされます。「ニューエイジについてのキリスト教的考察」p110 エリック・レイモンドの文章は、ウィンドウズをカテドラル(伽藍=大聖堂)にたとえ、リナックスなどのオープンソース(あるいはフリーソフトウェア)をバザー(市場=マーケットプレイス)にたとえたものだが、バチカンの文章は、カトリックをそのままカテドラル(伽藍)にたとえ、ニューエイジをバザー(市場)にたとえている。ここにおいて、カトリック---マイクロソフト---大組織的営み、という図式ができあがり、対峙するものとして、ニューエイジ---リナックス(やオープンソフトなど)---自主的で自由な取り組み、という図式が出来上がってくる。 当ブログにおいて、表現不足ながら、[ OSHOmmp/gnu/agarta0.0.2 ]というカテゴリを作って、いそいそと歩き始めているのは、 このような図式を背景としているからである。最終的に、当ブログがどのような結論に達するのかは、今のところはわからない。わからないまま終了する可能性も相当高い。しかし、私が、熱烈なマイクロソフト絶対主義者にはならないのと同じくらい、カトリック信者になる可能性は限りなくゼロに近いといえるだろう。 あのカテゴリの名前に由来は、まずはプラットフォームとしてのOsho「的」なものとしてのOsho。mmpは「meditation in the market place」つまり、バザー「市場」を表わしている。gnuは、フリーソフトウエアの大御所リチャード・ストールマンに敬意を表している。agarthaはいまのところ規定があいまいだが、曖昧なこと、つまり神秘や不可知を表現するものとして使われているのだから、このまま曖昧であっても必ずしも的外れではない。 さて、「新教養としてのパソコン入門」にもどろう。山形はこの本においては、伽藍派でもなければ、バザール派でもない。むしろ、その分別をつける前の、「教養としてのパソコン」知識の入門書として、この本を位置づけている。 「コンピュータのきもち」2002/10というタイトルで出た本の改訂版と考えていいだろう。タイトルだけでは、岩谷宏の一連の著書のタイトルに似ているような感じもするが、視点はちょっと違う。 過去数年間の情報通信技術の革命は、まったく新しい状況を生み出しました。現代の人々は容易にまた迅速に情報通信を行うことができるようになりました。これが、ニューエイジがあらゆる年代と階層の人の関心を引くようになった理由です。またそれは、多くのキリスト信者がニューエイジとは何かが分らないでいる理由でもあります。何よりもインターネットは、とくに若者に対して、きわめて大きな影響をもつようになりました。 若者にとってインターネットは情報を得るための快適で魅力的な手段です。けれどもインターネットは、宗教がもつ多くの側面に関して誤った情報を与える不安定な手段でもあります。「キリスト教」や「カトリック」と称するすべてのものがカトリック教会の教えを反映するものと考えることはできません。同時に、ニューエイジの情報源の著しい拡大が見られます。こうした情報源には、まじめなものから、馬鹿馬鹿しいものまでさまざまなものがあります。人々には、キリスト教とニューエイジの違いに関する信頼できる情報を得る必要と権利があるのです。「ニューエイジに関するキリスト教的考察」p15 原書は2003年に出たものだし、翻訳の都合上、「過去数年間」と表記されているが、インターネットの功罪はさまざまある。「誤った情報を与える不安定な手段」であることは、なにもカトリックに関した情報だけではない。他の全ての情報と同様、ニューエイジに関した情報だって、同じ立場に立たされていることに留意しておかなくてはならない。 それでありながら、カトリックは、「伽藍」的発想で、正しい知識をパッケージで提供しようという動きにでてしまうが、「ニューエイジ」(とりあえずそう対置しておく)は、「バザー」的感覚で、ひとりひとりが、トッピングしたり、ウィンドウショッピングしたりして、楽しむのである。 まぁ、そうした中で生息しているだろうと推測されるのが「アバター多火手」だ。「新教養としてのニューエイジ入門」という本があったら、ぜひ読んでみたい気もする。<2>につづく
2008.01.19
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<4>より続く「ニューエイジについてのキリスト教的考察」<5> 独特の表現方法や、バチカン独特の婉曲な言い回し、そしてそれを文化的背景を考慮しきれないまま翻訳してあるので、小さな本ではあるが、なんとも読みやすい本とは言いがたい。だが、繰り返し読んでいけば、言わんとするところを摘み上げることは決して難しくはない。意味じくも「訳者あとがき」159~167Pは、その辺を修正して、なお要約を作っている。訳者とは「カトリック中央協議会 司教協議会秘書室研究企画」というところである。複数ではあっても少数の人々の手によるものだろう。 第一章については、「ニューエイジの基礎となる世界観は、相対主義の成長と拡大、またキリスト教信仰への嫌悪ないし無関心によって準備されたものです。」(17頁)163p、という要約が見える。世界的なキリスト教の影響力はともかくとして、日本においては、それを生活軸の基盤としている人々は、全体の1%にみたないとされている。ニューエイジは、すくなくとも日本においては特別にキリスト教を「嫌悪」しているわけでもなく、「無関心」でもない。キリスト教の持っているもともとの限界性なのではないか。あるいは現代人の特性と言っていいか。 第二章においては、「西洋世界の二元論を克服するとするニューエイジの主張は真の意味での二元論の問題にこたえたものではありません。また、その自然観が真の意味で人間間の連帯の土台となるかどうかも疑問です(二・四)。」p164とする。この部分については、「ニューエイジ」などと一括してしまわないで、個別に評価されるべきであろうし、必要であれば、バチカンも胸元を開いて、「ニューエイジ」と対話してみたらいかがだろう。内部でゴチョゴチョと下部へ指令を出しているという姿勢に姑息な態度が感じられる。つまり、本書の一部に書かれているニューエイジの一つとしての「ラジニーシ運動」に、わずかながらでも関わって、その動きにシンパシーを感じた者の一人として、この第二章の評価は、簡単にうなづけるものではない。 ついでに言っておけば、「ラジニーシ運動」という言葉は定着していない。もともとは「ラジニーシ・ムーブメント」など英語圏の宗教社会学における研究的表記が、島薗たちによって翻訳されたものであろうが、その影響は、伊藤雅之などの研究におけるORM(オショー・ラジニーシ・ムーブメントの略)などの表記に見ることができる。伊藤自身はその「ムーブメント」にかつて身をおいた研究者であるが、その表記は、便宜的なもので、現在においても過去においても、その「ムーブメント」に身をおいた流れからは、不評を買っている表現である。ただ、一般化する上で、変遷を続けて一定の形態をとらない動きを形容するに、さりとて、これ以上、的確な形容表現もないのが実態だ。 第三章においては、「神秘的合一への夢想は、実際には、単なる仮想的な合一に終わるように思われます」(70頁)p164、あるいは「ニューエイジにおける『神化』は、人格的な神との出会いとしての、恵みによって与えらるキリスト教的『神化』とは似て非なるものです。」(三・五)p165、とある。この辺はキリスト教的表現であり、比較されている他の動き全般を一括して言うことはできないが、いわゆるチャネリング的な動きの中では「人格的な神との出会い」は頻繁に記録されている。むしろ、彼らは積極的に「キリスト教的隠喩」を積極的に活用しているように思う。天使や過去の宗教的な存在など、積極的に「人格的な神」を認めている節もある。ただ、私個人は懐疑的だ。 第五章においては、「わたしたちはニューエイジを積極的で無害なものと考えることができないのです」(80頁)p165とある。積極的な価値を認めないとは、つまらん、あるいは不要、あるいは危険、という意味であろう。あるいは無害なものではないとは、「有害」あるいは「有害なものになりうる」という意味の表現だろう。それはなぜか。 「ニューエイジ運動のもつグノーシス的性格は、わたしたちがこの運動を全体として判断することを求めます。キリスト教信仰の観点から見るならば、ニューエイジ的宗教性の特性の要素をキリスト信者が受け入れることのできるものとして切り離して考え、他の要素を拒絶することは不可能です。ニューエイジ運動は、自然との交信、すなわち世界の善に関する宇宙的な知識を重視するため---それゆえ、それはキリスト教信仰における啓示された内容を認めません----,」p165 当ブログにおいては、「グノーシス」についてはまだ触れていないので、性急な反応はできない。だが、「であるがゆえに」ニューエイジは一括りにして、すべて消極的で有害だ、と決めつけるこの態度には、困ったもんだ。坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い。フグは食いたし、命は惜しし、という、哀れなバチカンの姿がうっすらと見えてくる。ひとつひとつ対処している場合じゃぁない、ええい面倒だ、お前ら全員有罪!、と言っているかのようだ。 第五章では、ヨハネの福音書で、自己補強をおこなう。 第六章では、「ニューエイジの土壌となった諸運動の多くは、明らかに反キリスト教的なものであることを忘れてはなりません」(100頁)p166という表現が見える。いくら慇懃に見えていたとしても、終章に近づいて、結論部分に達しようとする頃には、ついに本音がボロボロでてくるのである。つまり、ニューエイジは反キリスト教だ、と。つまり、反キリスト教だから、ニューエイジには気をつけろ、と言っているにすぎない。 反キリスト教、という表現で思い出すのは、アンチ・キリストという存在。真の救世主が現れる前に、偽の救世主がやってくる、という考えだ。20世紀末においては、さかんにこのような論議がされた。私は、個人的には、この役割を麻原集団が「担わされた」のではないか、と思っている。彼ら本来が持っていただろう特質もあっただろうが、表面からは見えざる手によって、「仕立て上げられた」と見ることができないだろうか。このことは、いつか、公平に検証したい。 「人は自分自身の現実を作り出すことができるという、ニューエイジに広く見られる確信は、魅力的ではありますが、幻想にすぎません」(102頁)p166。ここでも、「フグは食いたし、命は惜しし」をやっている。バチカンにとっても「人は自分自身の現実を作り出すことができる」という確信は、「魅力的」に見えるらしい。ただ、ここでこれを「幻想」と切り捨ててしまえば、ニューエイジばかりではなく、禅やほかの既成宗教からも、総すかんを食う可能性があるのではないだろうか。 「教育、養成、説教を含めた、カトリック教会のあらゆる次元で、認識論と心理学の健全な使用を推進することが求められます」(103頁)。p166 それは確かにそうだと思う。別にそれはカトリック教会に限ったことではない。非宗教的次元においても、あるいはにニューエイジとされる立場においても、つねに「健全な使用を推進することが求められる」のは当然のことだ。ただ、それを相手にもとめないで、「教会」内部だけで「健全化」しようという態度は、どうしたものか。なぜに、教会と教会の外と分けるのか。地球人としてのひとつの立場に立つことをバチカンが拒否し続けるのは何ゆえか。 何より求められるのは、いのちの水を探し求める人々を真の霊性へと導くために、信者が自らのあかしを通してキリスト教の魅力を示すことであることが指摘されます。p166 まずは、この辺あたりが、この本の結論だろう。「いのちの水」という表現はともかくとして、言わんとすることはわかる。しかし、ひとことで「真の霊性」と言ってしまうことに、不可解な気分になる現代人が、「宗教は信じていないけど、スピリチュアル」になってしまうのである。 Spritualityはキリスト教の場合は「霊性」、ニューエイジの場合には「スピリチュアリティ」とおおむね訳しましたが、両方に関連する場合は「霊性」としています。訳者p167 訳者はなぜにこの「スピリチュアリティ」で統一されている原書の単語を、日本語においては、二つに訳し分けたのだろうか。なぜに、日本で現在流行しているだろう「スピリチュアル」と同一視化されかねないリスクをとっても、ニューエイジに近づこうとしないのだろうか。 現代において、「真の霊性」を「キリスト教」の魅力として感じることができる人はどれだけいるのだろう。ここは皮肉ではなく、私自身の「乾き」として、真に問いたい。私は仏教を基本とした家庭に生まれ、8歳に父と死別し、当時より仏典に触れたり、生死観に思いをめぐらした。 悩み多き思春期時代は、自ら聖書をもとめ、教会にも通い、夏休みにはバイブル・キャンプなどにも参加した。「天にましますわれらが神よ」と純真な気持ちで呼びかけてもみた。現在でも、キリスト教の学校訪問や、知人であるキリスト者の葬式などの儀式では、こころを込めて聖歌や賛美歌を唄う。 信者が自らのあかしを通してキリスト教の魅力を示すことであることが指摘されます。p166 だが、「信者」ならざる私は、「自らのあかし」として、いまのところ、「キリスト教の魅力」を味わいつくすことはできないでいる。それはバチカンの不徳というよりは、私自身の努力不足、時期尚早、あるいは運命や因縁によるものかもしれない。なにはともあれ、日時は迫っているとしても、残された時間はゼロではない。与えられたチャンスを使って、より自らの「霊性=スピリチュアリティ」に思いをめぐらすことは大切なことであろう。(敬称略) <6>につづく
2008.01.19
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<3>より続く「ニューエイジについてのキリスト教的考察」<4> このようにニューエイジ運動は従来の宗教とは形態を異にします。しかしそれは、すでにあったさまざまなエソテリックな宗教思想や心理学(とくにユングの思想ヒューマン・ポテンシャル運動)を基盤とし、さらには最近の環境保護意識の高まりを背景にしながら、キリスト教を含めた従来の教団宗教を超越した「代替的」な宗教・文化のあり方を世界規模で探求しています。その意味で、やはりニューエイジは「宗教現象」であるといわなければなりません。また、それがキリスト教の代替を思考する以上、教会にとっても一つの挑戦となります。本書が公にされた理由はここにあります。p161(訳者あとがき) この前までは、ニューエイジに向けては、「カルト」としての批判がほとんどだった。1995年に起きた例の麻原集団事件において、「従来の宗教」つまり既成宗教側からは、邪宗=カルトという批判がほとんどだった。しかし、どうも麻原集団はニューエイジではない、ということを、ようやくカトリックは気付いたのだ。安易なカルト批判を繰り返してのんびりしているうちに、ニューエイジはさらに成長=蔓延してしまっていたのだ。 <3>でみたように、ニューエイジは、「はっきりとした教団の形をとら」ない。ここがまず麻原集団とちがう。彼らは、教団であることを強調した。組織、宗教、教団。とことこんここにこだわったのが、麻原集団だ。ここからすでに、ニューエイジの概念から外れる。そして、「参加形態が個人的である」といところがちがう。麻原集団は、信徒ナンバーまで付けて、人間をナンバリングした。そこでは個人が徹底的に否定された。 「インターネットを通じた情報交換・交流」は1995年当時までは一般的ではなかったのでしかたないが、麻原集団の一部エリートはインターネットをすでに使っていた。しかし、ほとんどの信者・信徒は新聞・雑誌を読むことどころか、外部との電話・手紙ですら交流することを禁止されていた時期がある。ところが、戦後生まれたニューエイジ、ましてや21世紀におけるニューエイジは、当たり前のようにインターネットを使い切っている。 「新しいスピリチュアリティを目指したさまざまな国際組織」。まずはこの「新しいスピリチュアリティ」はよいとして、「国際組織」という言葉は適当ではない。これではまるで、マフィアか、マフィアを追いかける国際警察の暴力ごっこさえ連想させる。新しいスピリチュアリティは「組織」を作らない。それは、あえて言えばやわらかいネットワークだ。 「一見すると宗教に関連するものに見えない」。一見もなにも、それは「宗教」ではないのだ。スピリチュアリティなのだ。人は自分の理解できる概念に対象を引き寄せて認識カトリックはカトリックとして、自らの理解できる概念で、このあたらしいスピリチュアリティを理解しようとする。つまり、どうしても、「組織」であり「宗教」とつなげたくなってしまう。だけど、それでははやりカトリックは、この新しいスピリチュアリティを見逃してしまう。 「最近の環境保護意識の高まり」。そもそも、「この世の終わりがやってくる」と叫んで回ったのはキリスト本人だ。いまその危機感を一番表しているのは、環境問題だ。このままでは「この世の終わりがやってくる」。確実に。代替でもなんでもない。キリストが「この世の終わりがやってくる」と叫んでから、すでに2000年が経過したが、なにはともあれ、人類は生存しつづけている。しかし・・・・、地球環境は、今、あと何年、人類に猶予をあたえているだろう。2000年残されえているだろうか。いや、科学者達は、合理的に考えて、そんなに時間がないと断言する。ほんの数年だという研究者さえいる。なんとかしよう、という危機感は、ニューエイジの共通した心情だ。 であるのに、カトリックは、ニューエイジは「宗教現象」だから、「教会への挑戦だ」と理解している。これではまさに仏教のいうところの法華経方便品「火宅の喩」そのままではないか。火事で燃え盛っている家の中で、何も気付かず、おもちゃを奪い合っている子供そのものだ。地球環境は、お~~い、火事だぞ、と叫んでる。カトリックにとっても、環境問題は敵でもないし、「挑戦」でもない。 「本書を公にされた理由」とは、カトリックのごくごく一部がようやく、これはやはり「火事だ」と気がついた、ということであろう。カトリックは眠りこけている。このままでは、火事の家から脱出できない。すくなくとも、一部のカトリックが気付いて、他のカトリックにお知らせをだした、ということだろう。好意的に理解してあげれば、という限定つきだが。 ニューエイジは、1980年代以前から展開していたさまざまな運動を母体とした成長してきました。島薗進氏は「ニューエイジの周辺」の運動とし次のものを挙げています。(前掲「精神世界のゆくえ---現代世界と新霊性運動」36~42P)。これらのうちのいくつかは本書の中でニューエイジの起源として取り上げられているますが、本書で言及されていないものもあるので、ニューエイジの広がりを理解するために、参考までにここに掲げます。p161(訳者あとがき) そして、ここで紹介されている、トランスパーソナル心理学、ディープエコロジー、仏教的瞑想・共同体、マクロビオエィック、気功・合気道など、約20ほどの動きの中に「ラジニーシ運動」の文字も見える。<5>につづく
2008.01.18
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<2>より続く「ニューエイジについてのキリスト教的考察」<3> 「ニューエイジ」(New Age)は、欧米を中心に、また日本をはじめとする東アジア地域(とくに韓国とフィリピン)でも、1980年以降、顕著な発展を示している宗教・文化現象です。日本では、欧米的なニューエイジだけでなく、「精神世界」までも含めた「新霊性運動・文化」という用語の使用を提案する研究者もいます(島薗進「精神世界のゆくえ---現代世界と新霊性運動」東京堂出版、1996年、同「スピリチャリティの興隆---新霊性文化とその周辺」岩波書店、2007年参照)。一般的にも、日本ではニューエイジに相当する宗教現象が「スピリチュアリティ」の語で呼ばれることが多くなりました。p160「訳者あとがき」 もともとの原文と日本語の訳者グループの論調はかなり雰囲気が違う。日本には日本の「ニューエイジ」観がある。島薗達の研究には、私はやや懐疑的だ。カトリックがカトリックの信者がニューエイジの影響を受けることに対して警戒感をもつことが、どれほど屈折している心情だろうと、まぁ、その考察自体の方向性はわからないことはない。しかし宗教社会学という学問が、あやしげな(と言っておこう)から補助金をもらって、ニュートラルを装っておこなう「研究」とやらは、なにやら諜報活動、スパイ活動にさえ見えてくる。 その研究がだれによって、どのように利用されるのか、そのことが日本の宗教社会学とやらの研究には明確にされていない。個人情報保護法、というものができて、日本でもプライバシーにはきわめて厳しい社会風土ができあがりつつあるが、ニューエイジであれ精神世界であれ宗教社会であれ、個人の心情を無遠慮に調査しまくる態度は、いずれ強く糾弾される事態に至るだろう。 「ニューエイジ」(新しい時代)ということばは、二千年間続いた魚座の時代の後に、新しい水瓶座の時代が到来しようとしているという、占星術の思想に由来します。魚座の時代はキリスト教をはじめとする宗教の時代であり、水瓶座の時代は、宗教に代わる、新しい霊性(スピリチュアリティ)の時代だとされます。この新しいスピリチュアリティを目指す点において、現在行われているさまざまな実践が「ニューエイジ」と総称されるのです。p160「訳者あとがき」 「ニューエイジ」という言葉だけなら、別にこの近年でてきたものではない。戦後の日本にはすでに同名の雑誌がでていたようだ。 ニューエイジ(毎日新聞社) 昭和24年5月号・8月号 確かに「5th dimension」というグループの「aquarius」という歌はとても素敵な歌だった。月が第7宮に入り、木星が火星と並ぶとき、各々の惑星は、平和に導かれ、愛が星たちの舵を取る今こそ、みずがめ座の時代の夜明けみずがめ座(アクエリアス)の時代アクエリアスアクエリアスWhen the moon is in the Seventh HouseAnd Jupiter aligns with MarsThen peace will guide the planetsAnd love will steer the starsThis is the dawning of the Age of AquariusAge of AquariusAquarius! Aquarius!Harmony and understandingSympathy and trust aboundingNo more falsehoods or derisionsGolden living dreams of visionsMystic crystal revelationAnd the mind's true liberationAquarius! Aquarius!Let the sun shine, Let the sun shine inThe sun shine inLet the sun shine, Let the sun shine inThe sun shine in ニューエイジにはさまざまな活動が含まれますが、その共通の特徴は、伝統的宗教のようにはっきりとした教団の形をとらず、参加形態が個人的であるところにあります。同時に、近年では、インターネットを通じた情報交換・交流などにより、新しいスピリチュアリティを目指したさまざまな国際組織も作られています。こうした組織がNPOなどの法人形式をとり、一見すると宗教に関連するものに見えないところにも、この運動(文化)のもつもう一つの特徴があります。p161(訳者あとがき) この動きをみているだけでは、とくに問題はなさそうだ。なのにどうして、「ニューエイジ」に警戒強めるバチカンの報告書邦訳、なんて記事がでてくるのだろうか。「宗教は信じていないが、スピリチュアル」という時、日本では、いわゆる「新興宗教的」な泥臭いものは信じていませんよ、という意味にもなるかもしれないが、世界的には、もっとも「宗教」というときにイメージするのは、キリスト教の三位一体のようなものではないだろうか。 現代人において、処女から子供が生まれる、死んだあと3日後に生き返る、神さまには一人しか子供がいない、なんてことを、信じるのは、月が第7宮に入り、木星が火星と並ぶとき、各々の惑星は、平和に導かれ、愛が星たちの舵を取る今こそ、みずがめ座の時代の夜明けみずがめ座(アクエリアス)の時代という歌を信じるより難しいのではないだろうか。<4>につづく
2008.01.18
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「鯨捕りよ、語れ!」C・Wニコル /森洋子 2007/7 アートデイズ 単行本 246p No.945★★★★☆ 「調査捕鯨船に侵入、米活動家2人拘束 南極海航行中」という事件が起きた。事件というより、そもそもこういう事態が起きることが多方面から指摘されていたし、事件にすることによって、話題を大きくしようという意図が当事者にある限り、大げさに騒ぐのもどうかと思うが、ネットを検索すれば、限りなく情報はでてくる。 「日本はなぜ世界で一番クジラを殺すのか」を出した星川が日本の代表を務めるグリーンピースではなく、シーシェパードという団体が今回の当事者だ。事件にいたるまでにはさまざまな要因がからみあっており、経緯も語られる立場によって多いに違う。ひとことでは片付かないが、たとえば、カトリックの立場から考えれば、このような環境保護団体も、一括して「ニューエイジ」とされる可能性もある。 C・Wニコルについては、テレビでハムの宣伝にでていたとか、森林保護のファンドをつくったとか以外、ほとんど何も知らない。だが、話したことはある。1991年の国際環境心理学シンポジウム(SPS)の時のことだ。ニコルは多くのパネラーの一人として招待されており、私はスタッフの一人として忙しく会場を動きまわっていたので、3日間の長時間のイベントだった割には、彼に注意を払うことはなかった。ほとんどこのイベントで彼の存在を始めて知ったというべきだろう。 会場は国際センターとして、コケラ落としのイベントであり、会議場も最新の同時通訳設備が自慢だった。二階の金魚鉢の中には、旧友のLオンのグループが後からみんなに絶賛されたほどの素晴らしい同時通訳を続けていた。会場にもガイジンが多くいた。観客には無線のヘッドホンが提供され、翻訳放送が容易に聞くことができるようになっていたのだ。 スタッフの私は、ガイジンを見つけると走りよって、この無線翻訳ヘッドホンを配り続けていた。会場の観客席にニコルを見つけたときも、私は彼のもとに駆け寄った。私がこのシステムを手渡そうとすると、彼は「大丈夫」と言って、受け取りを断った。その時、ああ、この人物は日本語が理解できるのだな、と思った。自慢の最新システムを断られたのはちょっと残念だったが、彼にしても「ガイジン」と見られたのは、ちょっと不快であっただろう。 多くの日本人は、ぼくのことを外人だと考えていて、ぼくは常にそのことを思い知らされる。かなり親しい間柄であっても、だ。ときにはちょっと心が傷つくこともある。ぼくの心はグリーンピースやシーシェパード、その他の西洋人のメンバーよりも、はるかに日本と日本人に近い。とくに日本のクジラ捕りに。p105 この本は、実際に長期間、調査捕鯨船に乗って体験したことを、彼自身の言葉で書いている。小説とノンフィクションの間あたりの文体だろうか。小説とするにはあまりに事実に即しすぎているし、ノンフィクションというには、あまりに自己撞着しすぎていて、時系列もバラバラで、ちょっと読みにくい。あるいは、この辺は小説嫌いの私の偏見かも知れない。 ただ、クジラ捕りの立場からのレポートを他に読んだことがないので、そういう意味では貴重なレポートであるだろうし、彼もまた貴重な書き手であることは間違いない。彼には他に「勇魚(いさな)」というクジラをテーマとした小説があるらしい。確かに、日本人の中においても、捕鯨問題についての意見は必ずしも一枚板ではない。現在ではさまざまな意見が表明されている。その中で、積極的にクジラ捕りたちに身を摺り寄せる「ガイジン」は珍しいといえるだろう。いや日本人だって、こうはできない。 そんなクジラ捕りが自らの体験について重い口を開くときは、たいてい他愛もない話しがきっかけだ。彼らの話を聞くうちに、ぼくは相手の軽口にうまく歩調を合わせ、冗談や質問をはさむコツを学んだ。時々は、わざと話に割って入り、話し手がひと息つけるよう気を配ることも欠かせなかった。その胸の内には、まだまだおもしろい話しが眠っているにちがいない。話しを聞きだすタイミングとしては、お茶やコーヒーを飲んでいるときがいちばんだ。くつろいだ雰囲気の中だと、皆、かまえずに話しをしてくれる。無論、酒が入れば口の動きはさらに滑らかになるが、根が照れ屋の男たちだけに、ついつい景気づけが過ぎてしまい、肝心の話が始まるころにはすっかり酔いが廻っている。結局、まともな話を聞けずに終わることも少なくなかった。p135 捕鯨問題について被害者意識のつよい日本人にとっては、外国は一枚板のように見えて、対話の糸口をつかみきれないところもあるが、C・Wニコルの一連の活動や著書は、よいきっかけづくりになってくれる。 妙な話だが、グリーンピースとはだいぶ前に和解した。少なくとも、グリーンピース・ジャパンとは友好関係にある。捕鯨や人間の食用として海洋哺乳類を捕獲することの是非など、全面的に合意するのは難しいとしても、その他の人類が直面する環境問題において、われわれは多くの点で意見を同じくしているからだ。p234 捕鯨問題を別にすれば、別にC・Wニコル以外の人間にとっても、彼らと「和解」することは、別に難しいことではない。ただ、捕鯨問題だけに絞りこんで批判してくるようなグリーンピースには納得できない、というのは率直な日本人的感覚だろう。ましてや、今回のような「事件」をおこすシー・シェパードにおいては。 二十一世紀を迎えた今、クジラにとって最大の脅威は、もはや捕鯨船ではない。それは化学物質による汚染や騒音公害、地球温暖化などのもたらす環境破壊だ。地球上で、はるか昔から紡がれてきた「命の曼荼羅」が今、崩壊しようとしている。その点については、このウェールズ系日本人(作者は、1995年に日本国籍を取得した)も、グリーンピースやフレンズ・オブ・アースを初めとする多くの環境保護団体も、全く同意見だ。p234 当ブログも同意見だ。
2008.01.18
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<1>より続く「ニューエイジについてのキリスト教的考察」<2> この文書は、ニューエイジを理解するため、また、ニューエイジ思想の影響を受けた人々と真の意味での対話を行うための招きにすぎません。この文書は、司牧活動を行う人々が、ニューエイジのスピリチュアリティを理解し、それに対応する上のでの導きになります。p11 さて、このあたりからどうか。なんであれ、ニューエイジといわず、戦後生まれのベビーブーマーたちは、世界的標準として、「思想・信仰の自由」という理想のもとで教育を受けてきたはずだ。「自分は自分の思想を持つ自由があるし、他の人々の信仰の自由を守ることが大切だ」というのが、まずは第一だろう。しかし、この文面からは、中学校の教師が、暴走族に属している生徒に対する教育指導方針を確認しているかのように感じる。それはなぜだろう。 「**思想に影響を受ける」ということは、基本的に自由であっていいのではないか。赤に染まるとか、バタ臭くなるとか、いろいろな差別的表現がある。もちろんキリスト教思想の影響を受けること、だって自由であるはずだ。であるのに、この文面では「ニューエイジ」そのものが、すでに「悪」とは言わないまでも「マイナス価値」として評価されているのはなぜだろう。 大体において、「司牧活動を行う人々」とは誰か。彼らが「ニューエイジのスピリチュアリティを理解」することなどあり得るのか。それに「対応」して、なぜに「導か」なければならないのか。「導く」とは「思想的影響をあたえる」ことではないのか。であれば、ある「人」対して、「ニューエイジ」的影響を受けることは「悪」で、カトリック的影響を受けることは「善」なのか?? それは何故か? Oshoの「十戒(笑)」の第一「内部から来るもの以外どんな命令にも従うべからず」を下敷きにした場合、ニューエイジ思想の影響を受けるより、カトリックの「導き」を受けるほうが、より強い強制力を感じる。むしろそれは命令と言っていいかもしれない。Oshoに言わせれば、その「思想」の内容そのものよりも、「その」強制力には従うな、と聞こえる。お互いに影響しあい、響き合うほうがまだましだ。 もし、ニューエイジ側に意見というものがあるとすれば、この「導き」という方法自体に「×」マークを出しているのではないか。おせっかいすぎる。知ったかぶりすぎる。この辺に、人々はカトリックにまずは拒否感を示し、いわゆる「ニューエイジ」的なスピリチュアリティに誘われていくのではないか。なぜ、人々は「宗教は信じていないけど、スピリチュアル」というのか。ここをまずはカトリックは分っていない。<3>につづく
2008.01.17
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「ニューエイジについてのキリスト教的考察」 <1>教皇庁文化評議会 /教皇庁諸宗教対話評議会 出版社: カトリック中央協議会 2007/4 単行本 167p 原書2003/2No.944★★★★☆ ありそうではあるが、実際にこのような本があるということに気付くとびっくりする。カトリック中央協議会というところでも、しっかり通販している。楽天ブックスでも入手できるのだが、実際に一般書店の店頭でも販売されたのだろうか。図書館の開架図書になかったら、私はこの本の存在に気付かなかっただろうし、このような本が必要とされる、ということさえ想像しなかっただろう。 以下の考察は、おもに司牧活動に従事する人々に提供されます。それは、この人々がニューエイジ運動がキリスト教信仰とどのように違うかを説明できるようになるためです。この研究は、読者に対して、ニューエイジ的宗教性が現代人の霊的な飢餓感にこたえる方法に注意を払うように勧めます。p8 「司牧」とは、検索してみると、「礼拝や式典の司式・説教(お話)、所属する人々の霊的指導や相談にのることその他色々の業務を含む働き」のことらしい。あるいは、「キリストに結ばれた集団 集会としてわたしたちが活かしていくさまざまなやり方、役割」のことでもあるという。つまりは、神父さんや、そのコミュニティにおける指導的役割の人々が、発揮すべきリーダーシップのようなことだろうか。 キリスト信者の一部がニューエイジ的宗教性に引き付けられる理由の一つは、彼らが属する教会が、実際にカトリック教会全体の一部を成しているさまざまなテーマに対して真剣に注意を払わないでいたことにあります。p8 つまり信者さんたちが、ニューエイジに関心持っちゃって、困っちゃった神父さんたちが、もうちょっと勉強して、信者さんたちがニューエイジに感染しないように、頑張っていきましょう、という内部勉強資料、という位置づけだろうか。 すなわち、人間の霊的な次元の重要性や、この霊的次元を生活全体と統合すること、人生の意味の探求、人間と他の被造物とのつながり、個人と他の被造物とのつながり、個人と社会の変革への望み、そして人間に関する合理的・物質主義的な見方への拒絶といったテーマです。p8 この部分はなんだかよくわからない話になってはいるが、敬虔なる神父さんたちが、あわててニューエイジやらについて、基礎的な勉強を始めた、という姿が彷彿してくる。 本書は、次の二つの必要性に対して注意を促します。すなわち、まず、ニューエイジを一つの文化思潮として知り、理解することが必要です。また、カトリック信者がニューエイジ的な諸テーマを適切に評価するために、真性なカトリックの教理と霊性に関する理解をもつことが必要とされているということです。p9 この本、167ページと、決して厚い本ではないが、読みようによっては、とても内容が濃い。私の立場は、カトリック信者でないことは確かだが、必ずしもニューエイジを自称する人間でもないし、その全体を理解しているとも、もちろんいえない。しかし、世界で最大の宗教団体であるカトリックに無関心でもないし、この半世紀ほどの動きとされるニューエイジにも、同時代人として、当然無関心であるはずがない。 カトリックが正直なところニューエイジをどう見ているかを知ることは、ニューエイジを知ることにもなるが、また逆に返す刀で、カトリックの現在の姿が見えてくるということにもなる予感がする。ざっと目を通して、まず気がついたこと。デイヴィッド・スパングラーという作家がなにやら面白そうな動きをしているぞ、ということ。そしてこの本では、ニューエイジの震源地をアメリカのエサレンとスコットランドのフィンドホーンにあり、と見ているらしい、ということだ。そしてニューエイジは時間待ちばかりしていて、自己責任が薄いのではないか、と見ているらしい。興味深いので、ちょっと細かく見てみようか。<2>につづく
2008.01.17
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「ア・カップ・オブ・ティー」 オショー・ラジニーシ初期書簡集 OSHO スワミ・プレム・プラブッダ/訳 スワミ・アナンド・ソパン/訳 1989/07 めるくまーる 367P No.943★★★★★ 茶つながりで、こちらの本も出しておこう。ほとんど自分では本を書くことのなかったOshoだが、ごく初期においては、周囲の人々に自筆の手紙を送ることがあったようだ。決して長くはないが、ひとりひとりに対する敬意に満ちた文面だ。まさに茶室における、心を込めた一杯のお茶に喩えられるべきメッセージと言えよう。 Oshoのもとにあっては、しきたりや作法などというものは、ほとんどないに等しい。あるとすれば、それは外見的なものより、内面から自然に湧き出てくるものが優先された。彼のアシュラムにおいての茶の湯の集いなども、指導する人はともかくとして、客人たちは思い思いの敬意の表し方で、その場に参加した。しかし、まさにそれこそA Cup of Teaだったのではないかと思う。 久しぶりにこの本をめくったら、以前にあのSNSで話題になった時、一つだけ必要箇所に付箋をつけていたようだった。そこをメモしておく。Loveあなたはわたしの「十戒」を教えてくれと言ったこれはたいへん難しいわたしはいかなる種類の戒律にも反対だからだそれでも、ほんの余興のつもりで次のようにまとめてみた1、内部から来るもの以外どんな命令にも従うべからず2、唯一の神は生そのものである3、真理は内にある、それを他のどこかに探すべからず4、愛は祈りである5、空(くう)は真理への扉である それは手段であり、目的であり、達成できる6、生はいまここにある7、完全に目覚めて生きよ8、泳がず、浮かび漂うべし9、一瞬ごとに死に、一瞬ごとに新生すべし10、探求をやめよ、在るところのものは在る 立ち止り、そして見よ p135
2008.01.16
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「茶の本」岡倉覚三 /村岡博 2007/4 岩波書店 文庫 106p 初版1929(昭和4)年No.942★★★★★ いくつかの廻り道をして、ようやくこの本にたどり着いたというべきか。解説本や、物語風伝記を何冊か読んだあとでは、かなりな先入観が出来上がっていたが、それでもなお、わずか100ページに満たないこの本を紐解いてみなければわからないこともあった。 インドのディアナが、中国で禅那になり、日本において禅になったことも、インドのチャイが、中国でテ(だったかな)になり、日本においてチャになったというこのも、すでに、Oshoの本、たとえば「草はひとりでに生える」などで知っていた。しかし、日本に来たことのないOshoが日本の禅や茶の文化にそれほど詳しいのは、きっと、天心(覚三)の本を読んでいたからではないか、とさえ思う。 禅はインドで生まれ、中国で育ち、そして日本で開花した。この道程全体がまったくめずらしい。 なぜ、それがインドで生まれることになったのか、しかし、なぜそこにでは育つことができず、ちがった土壌をさがし求めなければならなかったのか・・・? それは中国で大きな樹に成長したが、そこでは花を咲かすことができなかった。またしてもそれは、新しい風土、別の気候をさがし求めなければならなかった・・・・。 そして、日本で、それはまさに桜のように、あふれんばかりの花をつけて開花した。Osho「草はひとりでに生える」p12 1862年に生まれ1913に没した天心と、1931年~1990年の間に地球を訪れていたOshoの間に、時代的な接触はまったくない。その間には世代的には2つも3つもの隔たりがある。天心が放った直感的なアジア観は、さて、Oshoの時代においては、どのようなものであっただろうか。 日本に禅を求めて行くものがあるとしたら、空っぽの手でまた戻って来るしかない。今では禅はここ(インド)にある。日本からは禅は消えてしまった。あの国は花を咲かせるのには役立ちはしたが、今では花たちは消え、土の上に散り落ちた。そこにはもう何も残っていない・・・・。Osho(同上)p30 天心にしてもOshoにしても、その言葉を、なにかもっと別なものを料理するための方便として、パブリシティのように使うところがある。Oshoのこの言葉をそのようなマヌーバーと見たとしても、さて、あの世で天心は、これをなんと聞くであろうか。100年の歳月の間には、あまりに多くの水がガンジス川を流れ去った、ことを感じずにはいられない。 人生七十 力囲希咄 吾が這の宝剣 祖仏共に殺す 秀吉に自害を命ぜられた利休の辞世のこの句を持って「茶の本」は終わっている。 「七十年も生きた もうどうということもない 汝、永遠の剣よ 私と共に、達磨も釈迦も貫くのだ」 ある人は、この句をそのように訳している。 ドラマはドラマとして、雑事、俗事もそのままとして、人生の真実とは何か、最後の最後まで、一期一会の人生だった利休。51年の天心の人生、そして58年のOshoの人生は、長かったのか短かったのか。それを問うのは、彼らに対してではなく、我が身、我が命に対してであるべきであろう。
2008.01.16
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「岡倉天心物語」 新井恵美子 2004/12 神奈川新聞社 単行本 342p No.941★★★★☆ 本文は、2003年1月から11月、2004年1月から5月まで、新聞に連載されたものである。巻末にある参考文献はざっと60冊以上、実に多くの天心関連本が過去に出版されているということである。この物語が決定版ということではないだろうが、いままで読んだ本に記録されていた略歴からは、とても推し量ることができないほどのエピソードが詰まっている。 どこまでが史実でどこまでが小説なのかは定かではないが、新聞連載というスタイルが、物語全体に平坦なトーンを与えている。だが、破天荒な天心の人生をむしろ引き立てる効果をもかもし出しているようだ。 角の蔵で生まれた次男坊の天心は、角蔵と呼ばれていた。天心本人は、この名前が気にいらず自ら覚三と銘した。この物語は最初からこの覚三という名前ではじまるが、兄の港一郎が、幼くして脊髄カリエスを患い、病弱であったことを考えれば、むしろ、強く生きてほしいという親の願いがむしろ質素な名前をあえて選んで付けた、ということも推測できる。兄は16歳で短い人生を閉じるが、角三は、太く高く強く生き続ける。 欧米においてはkakuzoで通した天心であったが、彼自身が天心と書名するようになったのは1900年(明治33年)38歳の頃からであった。それから6年後にニューヨークで「茶の本」が出版される。この342ページにわたる「岡倉天心物語」においても「茶の本」の出版シーンになるのはようやく280pになってからだ。 「茶の本」は天心にとって代表作であり、「茶の本」をもってその名前を広くその名前を世界にとどめているのだが、実は、この物語を見る限り、実に多くの活動をなし、まさに明治とともに時代を生きた一大快男児であったことは間違いない。インドに渡り、アメリカに渡り、西欧を旅し、中国を訪れた。現代であれば、それほど珍しくない活動だろうが、当時の交通事情や経済状況、あるいは外交状況を考えた時、驚異的と言わざるをえない。 さらにインドにおいては、ビヴェーカナンダやタゴールと交流したことは、まさに時代の動きに敏感であった天心にして初めて成し遂げることができた快挙であったということがいえるかも知れない。「アジアは一つ」という有名な天心の言葉も、このような体験があればこそでてきた言葉であっただろう。Oshoの初期書簡集である「A Cup of Tea」は必ずしも茶の本ではないが、このような天心の活動が、Oshoになにかのインスピレーションを呼び起こしたことは想像にかたくない。 天心は、「アジアは一つ」と喝破した。100年前のことだ。そして、100年経過して、21世紀に生きる私たちは、「地球は一つ」と叫ばなくてはならない。美術や芸術運動の中で、時には日本製の芸術を欧米に売り込まんとする天心たちのパブリシティーとさえ思える「茶の本」は、おおいにその働きを発揮したといえる。しかし、現代に生きる地球人たちは、芸術の発展のみならず、科学の発達や、宗教運動も含めたかたちで、地球全体に思いを馳せる必要がある。 「東洋の理想」「日本の覚醒」など他の天心の著書にもチャンスがあったら、目を通してみようと思う。時代背景が違っても、その核心とすべきは、そう違うものではないだろう。戦争を嫌い、芸術を愛する。そのことに人生をかけた天心は、その放埓なライフスタイルの部分を補ってあまりある。だが、51年の太く短い人生を生ききった天心に、死角はなかったであろうか。その問いと答えは、現代にいきる者達に残されている。
2008.01.16
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「岡倉天心『茶の本』鑑賞」立木智子 1998/10 淡交社 単行本 190p No.940★★★★☆ 「茶の本」の和訳に関して言えば、著者の拙訳も含め、数多く存在する。そして、さらにインターネットにおいては「茶の本」の原著である英文そのものが、コンピュータの画面を通じて読めるのである。それも全文である。p11 探してみれば、天心関連本は数限りなくある。おっかけていったら、それだけで一つのブログが成立しそうだ。しかし、原点はここだろう。 「茶の本」でいくら茶の湯についての説明を読んだとしても、実際に茶会というものを目にしなければ、茶の湯とはどういうものかなかなか理解できなかっただろうし、同様に単に茶の湯を見ただけでもまた、それが何を意味するかは一般のアメリカ人には理解できないだろう。p37 そして、まさに茶の道については、そのとおりである。 現在では産業主義の発展の上に、情報革命という大きな社会変革がある。今の時点ではしがきを書くとしたら、残念ながら、松平(恒雄・1926年当時中米大使・引用者注)氏のように、茶の湯の精神を失っていなくて幸運であるなどと、楽観的なことは書けないし、天心が西洋の読者に対して警告していたように、今度は日本人自身が警告を受ける必要がある時にきていると思うのである。p54 ということも本当だろう。 日本では、蒙古襲来の影響を受けることなく、宋のお茶を受け継ぐことができたので、天心は、「茶の理想の極致は、日本の茶の湯において、初めて、見ることができる」と言う。そして、その茶の湯とは、茶の理想的な飲み方を説くものではなく、いかに生きるべきか、その技を説く”宗教”であると定義する。p82 簡単に首肯できる箇所ではないが、もしそうだとしたら、なんという、茶の道の魅力であろうか。 天心の言う宗教とは、俗世間を超越することのできる広い意味での哲学であり、そしてその哲学は茶を通して学ぶことができるのである。このように宗教を狭義に解するのではなく、広く定義した上で、最後に天心は言う。 茶は俗世間を超越する一つの手段であって、だからこそ、生きる技を説く宗教なのである、と。であるからこそ、天心の説く”茶”とは、文化や宗教を越えた普遍的なものである、とつくづく思う。p85 この部分については、共感できることは間違いないが、私なら、もうすこし自分なりの言葉に置き換えないと、腑におちない。 天心は芸術をあまりにも理想化し、神聖化することによって、我々鑑賞者と芸術に大きな隔たりを作ってしまっているのではないだろうか。p109 この疑問はよくわかる。あるいは、常にこのような批判的な読み方があってこそ、読書というものが成り立つはずなのである。 茶人とは、茶人自身が芸術そのものであると定義する天心であったが、果たして彼自身「茶人」であったのだろうか。p118 たしかに、「お茶のおけいこ」シリーズにみる茶人像からは、かなり乖離した人生を送ったかに思える。 天心自身、茶道をどこまで深く綿密に理解し、茶法を習得していたかは明確ではないし、また、自由奔放に自分の意志のまま何でも主張し行動した彼が、どこまで茶道が重視するところの自己抑制ができたかは疑わしいが、漢詩をはじめ、南画や書道を十分心得ていたという点では、総合芸術である茶を理解する素養は十二分にそなえていたのである。p118 この辺は、女性ならではのこまかいチェックがされている。たしかに天心には女性問題だけでないスキャンダルも見え隠れする。 現代社会に生きる我々が茶の心から学ぶべきものがあるとすれば、まずそれは、自然保護やエコロジーという観点からであろう。大量生産=大量消費という時代に簡素、質素、節約を慈しむ心を大切にし、無駄を省き、何事も合理的にことを運び、人は自然と共存しているという考えのもとに行動する。なんと現代に有益な今日的な思想であろうか。p127 文章としては美しい。まったくその通りである。しかし、この文章が書かれた1998年から10年経過して、おだやかなるべき正月の、茶の間の団欒時間に流されたTV番組は「地球危機2008」であった。 語学力はもちろんのこと、まず、第一に、自分の国の文化を知ること、第二に、国境を越えて常に批判的に考えようと努力し、第三に、地球規模で物を考え、自分の住んでいる地球、そしてその地球上に生息している動植物を大切にすること、つまり環境問題に敏感で理解があり、その理解にもとづいて行動することがが、国際人に必要な条件である(後略)。p130 ここまでくると、当ブログ「地球人スピリット・ジャーナル」の主テーマに近づいてきて嬉しい。しかし、茶を愛でているだけでいいのか、という疑問以上に、ブログを書いているだけでいいのか、という自らに対する疑念もまた湧いてくる。 「茶の心」とは今まで十分に論じてきたような、日常生活において些細な事柄に美を見いだす思想であったり、自然と共存していると認識しながら、自然と簡素を慈しんだり、国際社会に生きていいく上で、日本人としてのアイディンティティを持つことの重要性を認識することなどである。p134 「日本人」とはいきなり無規定には使えない言葉だが、文脈としてはまさにその通りであると思う。しかし、ちょっと理想が高すぎる嫌いがないでもない。 茶の文化を、我々の日常生活から切り離された単なる理想論、つまり「茶道とは、有閑階級のご婦人方が、暇潰しにお遊びをされているだけである」などというものに終わらせるのではなく、二十一世紀に突入しようとしている現代に、日常生活を生きる我々と茶の文化との二者をどのように繋げていくことができるのかを考えてみたい。p140 異論はない。しかし、この二者は、本当に繋がり得るだろうか。
2008.01.15
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「茶の本」 何が<和>でないか 岡倉天心 /村岡博・訳 黒崎政男 2006/06 出版社: 哲学書房 単行本 263p 日英両文 No.939★★★☆☆ 正月早々、一杯のお茶のつもりが、思わぬ深みへと導かれてしまった。お茶のおけいこから、岡倉天心の「茶の本」へ。東洋と西洋の文化の衝突・融合の話しへと突き進んでいる。もとより望むところではあるが、今日で一応正月行事も終わり、本格的な年度末の繁忙期に入る。そろそろ、けじめをつけて当ブログもすっきりした方向性へと進む必要があろう。 とはいいつつ、もとより急ぐ旅でもない。いきあたりばったりの自由奔放なスタイルのまま突き進むしかない。「茶の本」岡倉天心、などといいつつ、実はここまで、その本文そのものは読んでいない。この本にも、英文と翻訳が併記されている。もともとコンパクトな本であるし、また版権も自由になっていて、引用しやすいのだろう。 明治時代における日本人と西欧と英語。それを今日の私たちが読むということは、いま私たちにとって西欧とは何か、あるいは、私たちにとって<和>とは何か、という問いと不可分であろう。百年前に英語で書かれた「茶の本」を二十一世紀の今日、ふたたび読み返すとすれば、それは、<私>にとって和とは何か、と問うことと深く絡み合い、考え直してみることを意味していると思われるのである。p012 黒崎政男 黒崎は、生年も出身地も、私とほぼ近いところにある。もちろん会ったこともなければ、経歴も全く違う。だけど、同年代を生きてきた同じ日本人として、この人物を反射材として自らを省みると、実に人間とはそれぞれに個性があるものだと思う。つまり、この人物にかなりな異質なものを感じるということである。 いや、なにも、本来わたしは日本人なのだ、とか、東洋人なのだ、とか主張したいわけではない。そもそも、<本来の日本人>とか<本来の東洋人>などという発想自体、単なる抽象的で内実のない概念だろうことは、少しでも考えてみれば明らかだからである。それにあらゆる情報が地域や国を越えて、グローバルに共有されるデジタル・ネットワーク時代においては、ローカルな地域性や狭いナショナリズムはいったいどのような意味を持ちうるのだろうか。p014 黒崎 問題提起や、時代認識にさほどの違いは感じない。むしろ、同時代人として、当然の認識だろうし、共有できない問題ではない。しかし、なぜか、ザラつくこちらの心理はどこから来るのだろう。 西欧舶来主義のうちで育ってきた私にとって、まるで異邦人(エトランジェ)として出会う<和>や<東洋>は、実にフレッシュで興味深いのである。そして、天心の存在、である。p052 黒崎 少なくとも私は西欧舶来主義であったことはない。もとより<和>主義でも<東洋>主義でもない。そこはエトランジェでもなければふるさとでもない。私はむしろ、もっとプリミティブなアンソロポロジー的な、人間としてのもっと基本的な営みへと降りて行きたい気分のほうが大きいのだ。 「仏像は保護され文化として守られるべきだ」このような発想は、人類古くからの態度だ、と私たちは錯覚しがちである。しかし、決してそんなことはないのである。このような態度は、歴史的なある時点で、「発見・発明」されたものなのである。仏像破壊をするタリバンは野蛮で非文化的だと、我々は「ごく自然に」に感じるのだが、この「感じ」は、太古から自然に我々に備わっているものではない。獲得されたものなのである。そしてこの発想の発明者、それが日本では岡倉天心なのである。p061 黒崎 Boo~~~。私のなかでは、ブーイングのブザーが大きく鳴り響く。少なくともこの人物が言うところの「私たち」とか「我々」の中に、この私は含まれないし、今後も同調者としては見られたくない。いや、この感覚は、この著者に特徴的につよく現れている個性的な部分なのではないか? 天心を評価するのは一向に差し支えないが、せいぜい個人的な試論とでもしておいてほしい。 ああ、それにしても天心の扱った法隆寺の救世漢音や、彼が育てた大観、春草などと比べて、私のスケールは、まあなんと小さいことか。天心が、そもそも東洋美術そのものの発生、<和>の創出に関わっているのに、私は、その手のひらの上で、かくもこじんまりとした骨董、小さな仏像や茶碗などに歓びを見いだしているのだから。私の<和>の世界はすっかり天心の存在に負っているのだろうか。なんと私のスケールの小さいことか。p075 黒崎 ああ、こんな奴の文章をいちいちワープロで転記しているこちらがアホくさくなる。だいたいにおいて、こいつはSMAPの「世界に一つだけの花」を聞いたことはないのだろうか。法隆寺の仏像と自分の骨董茶碗を比較して、自分のスケールが小さいなどと言う奴に、もともと天心なんか語らせておくべきではない。仏像でも、茶碗でもない、もっと小さな茶筅や茶さじにさえ<宇宙>を見ることができなかったら、「茶」など語れない。ましてや、こいつの<和>など、ちゃんちゃらおかしい。
2008.01.14
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「茶の本」Bilingual books岡倉天心 /千宗室(序と跋)浅野晃・訳 1998/03 講談社インターナショナル 新書 251p 日英両文 No.938★★★★★ バイリンガル・ブックスの名前どおり、全文とも日英両文とも左右のページに掲載されている。序と跋を書いている千宗室の文(1989年・記)も英文に翻訳されている。 岡倉天心(覚三)による「茶の本」は、アジアの生活と思想を紹介する、英語ので書かれた本のなかでも最も洞察力のある書として、一世紀近くも愛読されている。「茶の本」は東西文化の架け橋として先駆的な業績であり、今でも同時代の生活に対するすぐれた洞察の書とされている。かつて書かれた題材の異国情緒性によって読者を魅了した本書は、今もその洞察の新鮮さと文章の卓抜さで読む者に新鮮な驚きを与え続けている。08P 千宗室 家元の他の本を読んだことはないけれど、ごくごく平明に岡倉を支持し、評価し、感謝している。 「茶の湯」は私の人生の核として常に存在してきたが、もし岡倉天心の「茶の本」がなかったら、人生における仕事は違ったものになていただろう。歩みをあとを振り返るとき、戦時中の混乱した記憶のなかのひとつの事件がとりわけ鮮やかに心に蘇る。かつて私は海軍航空隊の特攻隊の一員として訓練を受けていた。出陣の前に、仲間たちは一盈(わん)の茶を分かち合いたいといい、私は持参していった携帯の茶道具で茶の点前を行った。制服を着て、脚を組んで腰をおろした男たちは盈が自分の前に回ってくると、ひとりずつ茶を飲んだ。彼らのうちほとんどが翌日出陣して、二度と返らなかった。しかし、私の心には、その最後の茶会の静けさが焼き付いている。悟りきった友人たちの、もの言わぬ記念写真のように。p203 千宗室 名だたる流派の家元の跡取りが、特攻隊の一員だったとは驚いた。茶を出すだけの役割で特攻隊に配属されたのだろうかなどと、邪推してみるが、いずれにせよ、そのような戦争の時代があったのだ。戦時中に使われた茶箱の存在に最近気がついたばかりだが、いや、憎むべきは戦争だと思う。 戦争が終わると、私たちはみなあたりを見回し、未来へと自分たちを導いてくれそうな新しい方向や価値観を探し求めた。ある日、家に帰ると、茶道の家元である父が進駐軍の兵士たちに茶をもてなしている場面に遭遇した。私は複雑な思いを胸に茶室にはいった。その兵士たちは数ヶ月前までは、私たちの敵ではなかったか。しかし父は今淡々と茶を点てている。この記憶はそれから何年もの間私の脳裏にこびりついていた。私が茶の湯の精神を世界中に広め、それを自分の生涯の仕事にしようと決心したのは、その出来事がきっかけになっている。日本が戦争という暗い影と、国土をおおう瓦礫のなかから立ち上がろうとしていた時期に、茶の湯は復興と光を象徴していた。p204 千 利休が生きていた戦国時代以来、ひとつの伝統は幾多の苦難に遭遇してきただろう。この100年においても、明治維新、敗戦、そしてグローバルゼーションの落とし穴にはまったバブル崩壊など、さまざまな社会的変動の中で生きてきたのだ。家元の子供だから、家元になるのは当たり前だと思うけれども、一人の人間として千宗室を考えてみた場合、職業として茶の道を選ぶには、それなりのドラマがあったということだろう。 利休の時代に茶の湯を学ぼうとするものは、主に大名や、身分の高い侍、あるいは裕福な商人たちだった。茶会に集まる客のなかで武家階級のものはみな、その入口からにじりいる前に、まずは自らの身分の象徴である刀を外さなくてはならなかった。たとえ一国の主といえども例外ではなかった。 このような方法で茶室にはいることによって、厳格な封建社会での自分の地位を脱ぎ捨て、何よりも人間性によって敬意を払われる王国にはいり、すべての人が平等であるということを人々は認識する。p214 千 カウンセリングの勉強をしていた時、自衛隊の隊員にワークショップを指導していたU津氏は、よく、ネクタイを外して、肩書きを外して、グループワークに参加することの大切さを繰り返し強調していた。本来、心の世界には身分はなく公平でなくてはならない。しかし民主主義教育を受けて育った私たちの世代なら、そのことをすんなり理解しやすいだろうが、なんせ大名や高僧などが跋扈していた時代に、この「全ての人は平等である」という思想を実践することは、ただごとではなかっただろう。
2008.01.14
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