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今回の倉敷の事件で弟を殴り殺した兄の証言・・・「歯止めが効かなくなって結果的に殺してしまった」というのはウソだと私は確信する。絶対に殺そうとして殺したのだ。ただ、悲しいことに『死人に口なし』だ。命を落とした、いや奪われた弟さんはもう証言ができない。弟や妹に暴力をふるうような連中は保身の達人でもある。できる限り自分が悪くないような証言をすることなんて朝飯前中の朝飯前だ。できるものなら弟さんの無念を私が代わりに晴らしたいくらいだ。
2026.01.31
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私はいまだに心底悔やんでいる。なんであのとき警察を呼ばなかったのかと。幼いながらにあのとき私は思ったのだ。このまま警察を呼んだら親に迷惑がかかる・・・と。それをしたくなかったから電話を切ったのだ。もう五十年以上も前の話である。あの頃の警察が子供の通報で動いてくれたかどうかは分からない。しかし、今は動いてくれる!!暴行を受けているのだ。ちゃんと警察を呼ばなければならない。家族の迷惑より自分の身を自分の命を守らなけらばならない。あるいはちゃんと病院に行くという手もある。そんなに痛くなくとも痛い痛いといって病院にいくのだ。救急車を呼んでもいい。暴行を受けたことを医者に告げれば、医者が警察に通報してくれる。これを小さいうちから子供にしっかり教えておくべきなのだ。
2026.01.30
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もうひとつの術(すべ)はもっと簡単だ。ちゃんと警察沙汰にすること!これだ。私は小学1年生のときに家で次男にいじめられ暴力をふるわれて、一度次男の目の前で電話機の受話器を取り110番にダイヤルをしたことがあった。その日はいつもより執拗な罵声と暴力が続いたのでたまりかねて「警察呼ぶ!」と次男に言った。次男は「呼べるものなら呼んでみろ!」と挑発してきた。なので受話器を取ってダイヤルを回した。あるいは回している途中で次男があやまってくるかと思っていたが甘かった。「よう呼ばんくせに!弱いくせに!」と言いながら冷ややかな半笑いの表情を向けて私をみたいた。5回ほどコールをしたら向こうが受話器を取る音がして「もしもし」との声が聞こえた。その瞬間私は驚いてしまって受話器を置いた。その姿をみた次男は満面の笑みで喜んで「よう警察も呼べんくせに偉そうに言いやがって!」「弱いくせに、弱いくせに!」とさらに殴る蹴るを私に続けたのだ。
2026.01.29
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家族の暴力に抗う術とは何か?私の場合は力と技を身につけることだった。私の通っていた高校はまぁ当時はワルの巣窟というイメージがあった。そこでは体育の授業とは別に柔道の授業があった。それはかなりハードな授業であることは有名だった。私がその授業を受けだした途端に次男の身体的暴力は無くなった。それどころか我々は今まで仲良し兄弟だったよな・・・的な空気を作って行った。つまり、自分より弱いものに暴力をふるう人間は弱い人間なのだ。最近よく「マウントをとる」という言葉を用いる人が多い。ではなぜマウントをとらないといけないのか!答えは簡単!!そいつが下だからだ。下だからこそ上であることをアピールしなければならない。そんな連中には「お前は下」ということを嫌というほど思いせらせるのも有効な手段なのだ。
2026.01.28
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私には2人の兄がいて長男は7歳年上で次男は2歳年上の大男。特に長男が実家を出てからの4年間は次男に暴力をふるわれ続けた。その暴力は幼少の頃から続いており、私は心のどこかで「いつかは殺されるんやろうな」と覚悟はしていた。だから自分なりに日々を楽しく過ごした。いつその日がやってきてもいいようにだ。今回殺された弟さんはどうだったのだろうか・・・と思う。ゴルフクラブのようなもので殴り続けながら何を思っていたのだろうか。おそらくあの頃の私なら楽しかった出来事を思い出しながら殴られ続けているだろうと思う。たとえ実の兄に殴り殺されようとしている瞬間だとしても、せめて心の中だけでも楽しく愉快な状態でいたいではないか!!幸いなことに私は兄が暴力をふるってこなくなる要因を身に着ける機会があったので、高校以降はフィジカルな暴力は受けなかった。その代わり言葉の暴力はエスカレートしたが、相手にしなかったので問題は起きなかった。今回殺害された弟さんにもそのような転機がやってこなかったことが心から悔やまれる。残念ながら、兄弟間暴力に関してはこの国は見て見ぬふりをこれからも続けていくのであろう。家族で弱い立場にある者たちに暴力に抗う術が身につくことを切望してやまない。
2026.01.27
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つまりこのニュースは岡山・香川以外では報じられていない。これは兄弟間暴力ではなく兄弟間殺人だ。こういった事件が他の地域では全く起きていないとは考え難い。全国で集計したら一体何件の兄弟間暴力・兄弟間殺人が起きているのだろうか?なぜこの国はその集計をしなのかが大いに疑問だ。さて、このような事件だが命を奪った者がそれまで全く兄弟に暴力をふるったことがないとも考え難い。今回の事件の兄だって例外ではないはずだ。その証拠に「歯止めが効かなくなった」と証言している。この手の人間は、子供の頃にふるった暴力と同じ力加減で大人になっても暴力をふるう。暴力をふるう人間の身体が大きくなっても同じ加減で暴力をふるうわけだから、年々それを受けさせられる者へのダメージの大きくなってくる。同じく暴力をふるう者の身体的な持久力も上がるわけだから、暴力をふるい続ける時間も長くなる。これは家族に長年にわたって暴力をふるい続けられた者にしか分からない事実だ。
2026.01.26
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2026年(令和8年)1月19日岡山県倉敷市にて53歳の男性がゴルフクラブのようなもので複数回頭部を殴るなどをされて死亡した。殴ったのは55歳の実の兄。その兄は警察に自首し「その数日前に亡くなった父親の葬儀に関して口論になった。」「歯止めが効かず徹底的に殴り結果的に殺してしまった。」と供述しているらしい。この事件はローカルニュースでだけ取りあげられていて、全国ネットのニュースでは報じられていない。
2026.01.25
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このように、おせち料理ひとつにしても我々は知っているようで詳しくは知っていないことが多い。「どこの国でも自分の国の伝統文化の知識なんてそんなもんでしょうよ・・・」なんて思っている人も少なくないと思う。かつて私もそうだった。しかし我々日本人は特別その知識が乏しい。その原因についてはまた別の機会に述べさせていただくとして・・・言語を学ぶということは突き詰めればその言語を使う人たちの文化や思想を学ぶことにつながる。我々が日本の伝統文化のことをよく知らないことは、日本をを良く知っていないことの証明だ。反対に我々の伝統文化の意味を知れば、結構一年中暇をせずに楽しく過ごすことも可能である。昔と違ってその気になればネットですぐに調べることができる時代だ!今一度我らが祖国のことについて学んでいただきたい。古事記を読め!とまでは言わないが、身近なことに興味と疑問を持って接していこうではないか!!!
2026.01.24
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ではおせち料理の話に戻させてもらおう。『伊達巻』・・・なぜ『伊達』と呼ばれるかというと、もちろん見た目だ!おしゃれな感じでお重の中に存在感満載で鎮座する姿からきているらしい。江戸時代後期あたりから、おしゃれな人(特に男性)を『伊達者』と言ったことに由来しているとのことだ。『伊達巻』は巻物に見えることから、知識がより増えることを願っていて学業成就の願いが込められている。そして最後に『お煮しめ』だ。これには根菜が中心に用いられる。根菜は土の中にしっかりと根を張る植物であることから、揺らがぬ末永い幸福が続く願いが込められているのだ。
2026.01.23
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まず常用漢字としては『喜ぶ』を用いる。嬉しく思う、楽しく思うというニュアンスを含んでいる。実はそれ以外は常用外扱いとされているが紹介させてもらう。新年や結婚など、おめでたいときに用いるのが『慶ぶ』であり、『悦ぶ』は「悦に入る」との表現で用いられるように、何かひとつのことに深くのめり込むことに対するよろこびを表現する。そして『歓ぶ』は「歓喜」とか「歓声」に用いられるように、大勢でよろこぶときのことを表現している。どの国の言語でも共通しているが、その国や地域で大切にされていることに関しては言葉が細分化される。日本人は昔から『よろこぶ』という心理状態や状況を大切にしてきたことがよく分かる。ちなみに「よろこぶ」は高校生諸君の古文の試験には出題されない。なぜなら古(いにしえ)の時代からこの言葉の意味は変化したり省略したりされていないのだ。ここからも大切にその意味を継承されてきた言葉であることが分かるのだ。
2026.01.22
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で、『田作り』だ!皆さんは小さな干した魚を甘辛くした料理を「田作り」というかご存じであろうか。これはその昔、カタクチイワシを田畑に撒いたら作物がよく育ったことからそう呼ばれるようになった。もちろん五穀豊穣を願う料理だ。ちなみに多くの場合はカタクチイワシを用いるが、私はキビナゴを用いることが多い。そして『かまぼこ』!だいたい白いものと紅白のものが用意される。白いかまぼこは日の出を表し、太陽への感謝が込められている。紅白のかまぼこはお祝いの意味をもつ・・・これは多くの人が周知のことだとは思うが、それぞれの色に意味がある。紅白の紅(赤)は「慶び」を!紅白の白は「神聖」を意味するのだ!ちなみに『よろこぶ』という漢字が何個か存在するが、その違いを簡単に説明しておこう。
2026.01.21
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そうそう!エビ! 私の大好きなエビ!エビは漢字で『海老』!なぜ『老』という漢字があるかというと、あの長い触覚をヒゲと考えて・・・長いヒゲ=お年寄りつまりエビは長寿の象徴となっている。以前中国の人に教えてもらったことがある。中国語で「先生」というのは日本語の「さん」に近い表現だそうだ。日本語の「先生」のニュアンスがあるのは中国語で「老子」というようだ。つまり『老』『老いる』という言葉には尊敬の意味が込められているのだ。その人の説明の熱量から推測すると、中国語の『老子』は日本語の『先生』よりももっと深い敬意が込められていると確信する。なのでしっかりエビをいただいて、長寿を祈りたい!!
2026.01.20
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数の子はニシンの卵だ!その数の多さから、やはり子孫繁栄の願いが込められている。次に豆類だ。『お多福豆』は見た目の感じから、おたふくの顔に似ているとされ『お多福』と漢字を当て字に用いた。もちろん一家に多くの幸福がやってくることを願っている。『黒豆』は、まめに働いて1年間を元気に過ごせるようにとの願いが込められている。また、まめに働いて仕事がうまくいくようにとの意味もある。豆類ではないが感じが少し似ているように思うので『栗きんとん』も紹介しておこう。すべてを漢字にすると『栗金団』となる。栗の色合いから金色を連想させることから、お金・小判・財産につながり、商売繁盛や金運向上の思いが託されている。
2026.01.19
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そして料理の内容!!それぞれに意味がある。私の知る限りこれほど料理の名前の音に意味を持たせる国は無いと思う。では、私の思い浮かぶ順番にいってみる!まず日本料理に欠かせない昆布だ。「喜ぶ」の音に似ているからなおさら欠かせない。昆布がもちろん出汁にも使うが、『結び昆布』もある。これは「縁を結ぶ」がある。そしてもう一つ!「子生(こぶ)」とも同音で、『子が生まれる』=『子孫繁栄』の意味も持つのだ。同じく子孫繁栄の意味を持つのは数の子だ!
2026.01.17
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ちなみにその昔・・・古文の世界で「めでたい」という言葉の意味は現代のそれと少し意味合いが違う。というより元々の意味が存在する。古文の「めでたい」は『立派だ/見事だ/すばらしい』という意味が主となる。・・・これは大学入試にも頻出でっせ!・・・そもそも漢字では「愛(め)でたい」「愛(め)でし」と表記した。つまり「愛でる」に値する様子を表す言葉なのだ。我々現代人も「めでたい」「おめでたい」「おめでとう」という言葉を使うときは明確に、何が立派で、何が見事で、何が素晴らしくてその言葉を発しているのかを認識しておく必要がある。立派でもない、見事でもない、素晴らしくもないものに何となく使う言葉ではないことを知っておこう。
2026.01.16
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お次はおせち料理のスタイルだ。現在の我々がおせち料理と言われたら、重箱に入った状態を思い浮かべることが多いだろう。この重箱を用いるスタイルになったのは実は江戸時代後期から明治時代に入ってからだと言われている。それまではお膳に乗せた状態であった。しかしおせち料理はめでたい料理・・・そのめでたさを重ねるという意味で重箱を用いて重ねて提供するスタイルに変化していったのだ。確かにめでたいことは重なってほしいものだ!
2026.01.14
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この意味合いから、祝箸は大晦日の一日は神棚にお供えしておくの通例だと言われている。また使用期間は『松の内(まつのうち)』といわれ、一般的に元旦~7日までとされている。ちなみに松の内の期間は厳密には地域によって異なるようなので、自分の住んでいる地域の松の内の期間を調べるものいいことだ。その他の祝箸の特徴は・・・長さが八尺(約24㎝)とされている。これはもちろん数字の八が持つ「末広がり(すえひろがり)」の意味を重視しているとされる。次に形状だ。中央部分が太くなっている。これは俵箸(たわらばし)と言われ、米俵に近い形状にすることで五穀豊穣の願いが込められている。
2026.01.13
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せっかくなので、お箸についても触れておきたい。お正月に使うお箸を『祝箸(いわいばし)』という。「寿」と書かれた紅白の箸袋に入っていて、どっちでも食べられるような形状で両端が細くなっている。これにも意味があって、前述のとおりおせち料理は神様と供に食事をするという『神人共食(しんじんきょうしょく)』という意味合いが込められている。つまり、お箸の片方は人間が使い、もう一方は神様が使うとされてるのだ。
2026.01.12
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まだある!おせち料理は基本的にしばらくは保存の効く保存食だ。しかも1月という気温と湿度が低い時期であることも相まって、お正月3が日は大丈夫だ。足らなくなったものがあればただ補充すればいいので大助かりなのだ。昔テレビCMで「おせちに飽きたらカレーもね!」なんて宣伝をしていたが、三日間くらいは飽きないで食べてほしい。365日のうちの3日くらいは一家の料理担当者を休ませてほしいのだ。たった3日間だ!!心からお願いする。
2026.01.11
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とにかく何が助かるかといえば、作る料理が決まっている!!という点だ。「何を作ろうか?」と考えなくていいのはかなりポイントが高い。一年中どれほどこれに悩まされているか!または時間をとられているか!考えただけでも吐き気がする。(よってただ作ってもらう立場の者はメニューに異論を唱える資格など微塵も無いことを肝に銘じろよ!)作る料理が決まっているということがどれほど助かるか・・・長年台所をあずかっている者にしかわからないことだ!!そして全国的にそれが決まっているので、どこにいってもお店屋さんがその食材を用意してくれているのだ。これもかなり助かる!!!買出しに行ったとき、何かを忘れていても売り場にいけば「あ!そや!これも作らなアカンかったやん。」なんて思い出させてくれる・・・本当に本当に助かるのだ。
2026.01.10
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今回はその奥深い意義を2点に絞って述べさせていただきたい!!まずは、主婦の味方、または台所をあずかる者の味方であるという点だ。これは実際に年がら年中来る日も来る日も食事の用意をしている者にしか絶対に理解できない。私もその昔は、知識としては知っていた。しかし今は当事者としておもいっきりその恩恵を受けているから身をもって知っているのだ!!
2026.01.08
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さてこのおせち料理の起源となった『節会(せちえ)』は、弥生時代にユーラシア大陸から日本に伝わった後、平安時代以降は宮中行事(特に宴会のときの様式)として受け継がれてきた。その過程で神様にお供えする意味も含めて『御節供(おせちく)』と呼ばれるようになり、ここから『おせち』という言葉が派生したといわれている。その風習が平安・鎌倉・室町・安土桃山時代と宮中で継承された後、江戸時代になって武家や庶民の間にも広まったようだ。また『おせち料理』がお正月の料理として定着したのも江戸時代のようさ。そして明治時代以降に重箱に詰めることが定着して現在に至っている。このようにおせち料理の歴史はかなり古い。古いが故にその奥深い意義も洗練されてきたのだろう!
2026.01.07
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このブログに長らくお付き合いいただいている諸氏にはもうお分かりだと思うが、これに関しては毎回しつこく述べさせていただく!!「弥生時代に中国から伝った」って・・・弥生時代に中国なんてないからな!!中華民国は1912年建国やから歴史は115年やし、今の中華民人民共和国は1949年建国やから歴史は77年や!!!何かにつけて中国が何千年も何万年も前からある・・・みたいな意識を植え付けようとしてるけど絶対に騙されたらアカンで~~。世界中で国家としての一番古い歴史を持ってる国は日本や。第二次世界大戦が終わるまで、日本では皇紀(こうき)という紀年法が用いられてきた。それは初代の天皇である神武天皇が即位した年から数えた年数だ。計算方法は、[西暦]+[660年]つまり本年は2026年なので皇紀2686年となる。皆さんもご存じの通り西暦はキリストの生まれた年から数えた年数なので、キリスト生誕より660年も前に日本は国として成り立っているのだ!ちなみに釈迦は約2500~2600年前に生誕しているので、日本はその約60~160年前に成り立っている。さて・・・ではおせち料理の話に戻させてもらおう!
2026.01.06
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おせち料理を用意する側になってはじめていろいろな知識を知ることができた。食べるだけの側の時はなんとなくうっすらと知っているような知らないような・・・といった知識がかなり明確になった。何でも実際にやってみないとわからないものだ。わかっているつもりでいでも、わかったような気持ちになっていても、実際にやっていないと何一つ明確に理解できないのだ。さて、そもそもおせち料理はいつごろから始まったのか・・・という話から入らせていただく。何でもまずその歴史を知ることは重要だ。調べると、弥生時代に中国から伝わった『節供(せちく)』が起源で、これは季節の節目に神様へ収穫を感謝してお供えする風習である。とある。しかしここで明らかなウソがあるので、だまされないようにしてもらいたい!
2026.01.05
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母が台所に立てなくなってかれこれ9年が過ぎた。日々の食事の用意はもちろんのことだが、おせち料理も私が何とか用意をする。1人で仕事を2つしながら家事と介護をするのは想像を絶するハードさがある。これは同じことをやった経験のない人には絶対にわからないハードさだ。しかしそんな私をお正月3が日だけとはいえ助けてくれるものがある。それがおせち料理だ!!人間はだれも助けてくれない。母に介護が必要となると実の兄たちやその家族までもが音信不通を決め込んでくるのが現実だ。音信不通を「見限る」「見捨てる」「縁を切る」と言い換えても全く問題はない。それでも、お正月の3日間だけといえども、おせち料理は私を助けてくれるのだ。
2026.01.04
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とはいえどもこれらは昭和41年生まれの私が思うところのお正月らしさだ!今の子供たちには今の子供たちのお正月らしさが当然あるのだろう。私がそれを理解しようともせず理解できずにノスタルジーに耽(ふけ)っているだけであることはしっかりと認識しなければならないことは重々承知しているつもりだ。そして昔のお正月の遊びも必ずどこかで誰かが楽しみながら継承してくれていることと思う。ただ・・・昔はこんなだった・・・といったことを折に触れて言葉や文字に残しておきたいのだ。それも継承のひとつの手段と信じて・・・である。私もあと何回お正月を迎えることができるかわからないが、しっかりそのらしさを味わっていきたいと願っている。
2026.01.03
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そして最後は遊びだ!お正月特有の遊び・・・コマ回しと凧揚げだ。年末が近づいてくると、近所の駄菓子屋さんなんかの店頭にそれとなくコマやコマのヒモ、そしてヤッコ凧や凧紐が並びだす。コマや凧は1個50円、紐は10円くらいの時代だ。日ごろ蓄積しておいた小遣いでなんとか購入できる。そられで冬休みを遊びつくすのだ。ところが最近は凧あげをしている子供やコマ回しをしている子供を見かけることがかなり少なくなった。お正月の日本の空から凧の姿がほとんどなくなってしまっている。これも悲しくもさみしい現実なのだ。
2026.01.02
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またレンタルや画像配信などでいつでも映画を見られるようになったものお正月感を弱めた原因だ。昔は年末年始はテレビで映画がよく放送されていた。午前中はアニメなんかの子供向けが多かった。午後からは怪獣映画があり、夜から深夜にかけてはそれ以外の映画が放送されていた。それらを見るために計画と立てて家事の手伝いや大掃除、そして宿題をこなした。それらが私たち当時の子供の生活リズムを作ってくれていた。夜の遅くにブルース・リーの映画がある・・・とか、猿の惑星と続・猿の惑星が続けて放送されるとかがあり、そのために夜更かしすることに関しては親からも文句は言われなかった。それもお正月の特別感をしっかり演出してくれていた。
2026.01.01
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