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お茶の用意ができて、ヤンキー女も少しは見られる顔になって、4人は1つのテーブルを囲んだ。まーちゃんは元気に今日の出来事を母親に話した。ただ、動物園で泣いた、、、いや、私に泣かされたことには触れなかった。そうなのだ。かつての私と同じではないか。心配をかけまいと、寂しく感じたことや泣いたことなんか口にしないのが母親を想う幼い子供心なのだ。そして、「お母ちゃんのお弁当も美味しかってな!全部ちゃんと食べたんやで。」といって彼は幼稚園のカバンから弁当箱を出して、米粒一つ残っていない状態であることをヤンキー女に見せた。すると、ヤンキー女は声をあげて泣き出した。そらそうやろう!おそらく先輩のお母さんに言われて、キレながら、嫌々、半分ヤケクソで、自分で作りもしない出来合いの弁当の中身を文字通り投げ込んだ、、、そんな弁当をこの子は「美味しかった」「全部食べた」と喜んでいるのだ。自分のしたこと、いや、してきたことがどんなことなのかがこのバカな女にも分かったのだろう。泣いたらええんや。死ぬほど泣いたらええんや。それでこの幼い我が子に心から詫びろ!この幼い子を育てる途中でこの世を去ったお前の母親にも命がけで詫びろ!そう思った。そしてお茶を飲み干した私は帰ることにした。ここからは3人で話をするべきで、私はもう無用の長物である。私が玄関で靴を履いていると、先輩のお母さんが見送りに来てくれた。そこで私は朝いただいた封筒を返して「ありがとうございました。これ残ったお金です。」と言った。お母さんは「とっとき!」と言ってくれたが私は「それはできません。」と断って「実はこのお金はまーちゃんのお母さんから預かったとウソをついてしまってるんです。まーちゃんにはそれで通してもらえませんか?」とお願いした。すると先輩のお母さんは「ってことは、あのジャンパーもあの子の母親が買うたってことやな。ええこっちゃ。またあの子(ヤンキー女)がしっかり働き出したらうちがしっかり取り立てるわ。」と言って満面の笑みをみせた。
2018.01.31
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その顔は、この世のものとは思い難い状況だった。これでもかというほどの厚化粧をした女が大泣きしたらこんな顔になるという見本を見せてもらったような気がした。その状況がどんなものだったかを詳細に文章化するのは敢えてやめておくが、、、ともかく悲惨なものだった。それでもまーちゃんは「お母ちゃん!」と言って泣きながら抱き着いた。ヤンキー女は身をかがめてそれを受け止めて泣いた。「まー、ごめん、ごめんな。」と言いながら泣いた。その訳は聞かなくても理解できた。戦災孤児として生きてきた先輩のお母さんである。その壮絶な体験から子供にとって親という存在はどんなに大切なものかを切々と語ったのだろう。それはいくらバカなヤンキー女といえども理解ができたのだろう。私がそんなことを考えていると先輩のお母さんは我々に「まあ中に入って温ったかいものでも飲もう。」と家の中に招き入れてくれた。そしてまずはまーちゃんを椅子に座らせてお菓子を与え、ヤンキー女には洗面所で顔を洗うように言い、私には台所でお茶の準備を手伝うように言った。台所で2人になったとき、先輩のお母さんは私に「ありがとうな。ホンマにありがとう。ようやってくれたわ。」と言った。私は首を横に振り「いえ、全然です。まーちゃんを泣かせてしまって帰りの時間の約束も守れませんでした。」と返した。でもお母さんは「いや、あんでええねん。たとえ誰が連れて行ってもあの子は泣いたで。あの子はホンマはお母ちゃんと行きたかったんや。」と言ってくれたが私はその言葉に納得はできなかった。そしてお弁当の中身を見たときの自分のとった言動と、それに対してまーちゃんはどうしたかを全て話した。しばらく話を聞いたあと、先輩のお母さんは「その弁当見たらうちでもキレてるわ。でもあの子のその反応を見てまーちゃんの気持ちを理解できたあんたやろ。それでこそやねん。やっぱり今日のことをあんたにお願いしたんは間違いなかったわ。ホンマ、おおきにやで。」と言ってくれた。しかし、もちろん全く私の気持ちは晴れなかった。そう、、、あのお弁当がまーちゃんにとって大切な唯一無二の食べ物であることを誰よりも理解できなければならない存在が自分だったことを知っているのは私自身だったのだから、、、。何のために、あの冬に冷え切ったチキンハンバーグを食べ続けてきたのか!そう思うと本当に自分の愚かさが憎かった。
2018.01.30
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私が駄菓子屋のおばちゃんと話をしていた間、まーちゃんは悪ガキ達と遊んではいたが完全には泣き止んではいなかった。最初の数回は空をいくおもちゃに目を奪われていたが、そのうちまた「早く帰りたい」と言ってグズりだしていた。そんな彼に「さあ、お母ちゃんのとこに帰ろうか。」というと黙って私の横にきて歩きだした。しばらくするとI先輩の家が見えてくる。玄関には先輩のお母さんが出迎えてくれていた。「お帰り!、、、どないしたんや、まーちゃん、べそかいて?」という先輩のお母さんにまーちゃんは「おかあちゃんどこ?おかあちゃんどこ?」と言って泣きついた。「おお、そらそや、そらそや。あんたにとっては大事な大事なお母ちゃんやもんな。」との先輩のお母さんの言葉にまーちゃんは更に泣き出して「お母ちゃんいてへんのん?お母ちゃん帰ったん?」と声を大きくした。「帰ってへんよ。なんであんたが戻ってくるの待たんと一人で帰ることあるねんな。こんなかわいい子供を置いて帰るお母ちゃんなんかおらへんで!」と先輩のお母さんは家の中に聞こえるような声で言った。すると家の中からあのヤンキー女が姿を現した。
2018.01.29
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それ以来あまりに毎日やってくるまーちゃんの家庭事情をI先輩のお母さんが探ったこと。まーちゃんの母親は10代にして彼を出産した後、育児をほとんどせずに遊び呆けていること。そんな中、祖母がまーちゃんを育てていたが昨年亡くなったこと。それでも遊び呆ける母親に意見をしようと先輩のお母さんが考えたこと。話の内容をまーちゃんに聞かせたくないので、その日は誰かに連れ出してもらう作戦を立てたこと。その役に私が選ばれたこと。だいたい察しがついていたこともあったが、もちろん初耳のことも多かった。特に先輩宅に近所の子供たちが自然に集うようになった訳に納得することができた。私は駄菓子屋のおばちゃんにいろいろ話をしてくれたことにお礼を言った。そして「そろそろまーちゃんを連れていきます。」と言う私に、おばちゃんは「まあそのコーヒーゆっくり飲みなさい。そんであと5分ほど待っとき。」と言って店に戻っていった。しばらくすると、おばちゃんが店から出てきて「ええで!あの子連れていったげや。」と一言。I先輩の家に電話をして様子を伺ってくれたのだ。私は再びお礼を言って、まーちゃんを連れて再び歩き出した。
2018.01.28
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「えらいお早いお帰りやな! どないしたん?」と笑顔で話しかけてくれた。「はあ、、、お昼を食べるときまでは良かったんですけどね、、、。まーちゃんのお弁当の中身を見たときにね。」そこまで言って言葉に詰まった。駄菓子屋のおばちゃんはそんな私に店の前にある青い木製のベンチに座るよう促した。私はそこに腰を掛けて、悪ガキ達とまーちゃんが遊ぶ姿を見ていた。しばらくするとおばちゃんが温かい缶コーヒーを持ってきてくれた。「私のおごりやで!めったにないで!グイっと飲んで元気だし。」とおばちゃん!「ありがとうございます。いただきます。」と受け取ったはいいが、その缶の熱いこと熱いこと!思いっきり「熱っ!!」と声を出した私をおばちゃんはケラケラ笑った。それでも何とか缶を開けてズズっとコーヒーをすすりだしたときに、おばちゃんは色々と私に話を聞かせてくれた。その話は戦時中の頃の出来事からはじまった。「この辺りはな、、、戦争の時に一回全部焼けてしもたんや。ホンマにな~んも無くなってしもてな、、、。」いつも元気いっぱいで生命力に溢れたこのおばちゃんが、こんな遠いところを見るような眼をしたのをはじめて見た。2回に及ぶ後にいわれる大阪大空襲でI先輩のお母さんは家も母親も兄と姉を失ってひとりになったこと。戦時中の混乱で遠くにいる親戚とも連絡が取れなかったこと。戦地に向かったお父さんの戦死通知は来なかったが、結局帰って来なかったこと。そんな先輩のお母さんを近所のおっちゃんおばちゃんたちが寄ってたかって必死に支えて育てたこと。やがて大人になって仕事についたお母さんは、今度は自分が恩返しをしようと近所の子供たちが気軽に出入りできるように家を解放したこと。そんな場所にまーちゃんを連れてきたのは、あの悪ガキ達であったこと。「おばちゃん、あんな、こいつちょっと遠いとこに住んでんねんけど、家にオカン(母親)おらへんねん。せやからご飯食べられへんねん。そやから、ここに来させたってもエエやろ。」そう言ってあの悪ガキ達が頭を下げたこと。
2018.01.27
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私は眠っていたまーちゃんを起こして電車を降りた。彼は喜んで走り出すかと思ったが、何やら足取りが重い様子だった。「さあ、お母ちゃんに会えるで!」と言ってみた。すると「お母ちゃんに会いたい。」と言ってまた泣き出した。私は彼に一言だけ「ごめんな。」と言った。楽しいはずだった今日という日を台無しにしてしまったのは私なのだ。しばらく歩いて駄菓子屋が見える角を曲がったとき、私の目にあの悪ガキたちの姿が入ってきた。いつもI先輩の家でまーちゃんをいじめているあの連中だった。「まずいな」と思った。連中のこどだから、泣いている彼を見てまたバカにして笑いものにするだろう。しかし今の私にはそれを咎める気力も資格もないのだ。案の定、悪ガキ達は我々を見つけて走って近づいてきた。そしてそのリーダー格のガキが放った一言は私にとって意外なものだった。「あ。まーちゃん泣いとるやん。どないしたん、兄ちゃんがこの子泣かしてどないすんのん。」そう言ってまーちゃんを駄菓子屋の前にある少し広い場所に連れて行って、紐を引っ張って飛ばすプラスチック製のプロペラを飛ばして見せた。そのときまーちゃんはほぼ2時間ぶりに笑顔を見せた。その飛んで行ったプロペラをガキ達と追いかけたと思ったら、「今度はまーちゃんがやってみ!この紐を思いっきり引っ張るんや。」と説明を受けて、仲良く遊び出した。いつもまーちゃんがニコニコしているときはいじめて泣かせるあの連中が、泣いているときは仲良く仲間に入れて遊ぶ、、、。なんじゃそりゃ!と思っている私に駄菓子屋のおばちゃんが声をかけてきた。
2018.01.26
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やってきた電車に乗ってもまーちゃんはシクシクと泣いていた。私はまた何か心無いことを言って彼に大声を出させたくなかったし、何を話しかけていいかも分からなかったので何も話さなかった。電車の中でも見知らぬ女性がまーちゃんにお菓子をくれた。世の中というのはなんと温かいものなのかと私は驚いた。そして感謝した。また今回ばかりは何とかその女性にお礼を言うことができた。しばらくするとまーちゃんは泣き疲れたのか眠りだした。ちょっと助かったような気がした。しかし同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになってきた。本当ならこの子は今頃動物園で楽しい時間を過ごしていたはずなのだ。事実、お弁当を食べるまでは彼は楽しそうに元気にしてくれていた。それがどうだ!今はこんなに悲しそうな顔をして、頬に涙が伝った跡を幾筋も残して、電車の座席でうなだれたような姿で眠っているではないか。その姿を見ていると、もしかしたら、、、今日この日、彼が一番楽しみにしていたのはゲームセンターでも動物園でもなく、お母さんのお弁当だったのではないか、、、そう思った。もしそうなら、私は何という事をしてしまったのか。いや、そうでなかったとしても、、、一番親を恋しく思うこの年頃の子供に、私は何という事をしてしまったのか。あの頃、あの冷え切ったチキンハンバーグを食べ続けていたあの頃、誰かにあのチキンハンバーグを取り上げられて、「こんなもん」「食べんでもいい」「他のもの食べよう」と言われたら、、、、私はどうしていただろう。間違いなくこの子のように泣き叫んで怒っただろう。しかもあの頃、だれも私にそんなことをしなかった。なのに私はこの子にそんなひどいことをしてしまったのだ。帰りの電車の中で、私はあらためて自分の愚かさを思い知らされた。そして、それに引き換え、世の中のなんと温かいことだろう。そんなことを考えている間に電車は駅に到着した。
2018.01.25
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それでも何とか動物園内を歩き、1時間ほどを過ごした。その間もずっと「帰る、お母ちゃんのことに帰る。」しか彼は言葉を発しなかった。私ももう限界を感じて「ほなもう帰ろう。まーちゃんのお母ちゃんのことに帰ろう。」といって動物園を後にした。とは言ったものの、まだ約束の時間まで2時間半ほどもある。どうしたものかと思いながらも、何の策も浮かんでこない。そしてそのまま帰りの切符を買って改札を入ってしまった。駅のホームで電車を待つ間もまーちゃんはシクシクと泣いている。私はこのときすでにもうかける言葉さえ失っていた。そのとき一人のおばあさんが我々に近づいてきた。そしてまーちゃんに「どないしたんや。泣いたら男前が台無しやで。」と声をかけてくれた。そして手にしたカバンからビスケットを出して、細かく砕いたと思ったらそれをホームにまいた。「この駅はな、ハトさんがいっぱいおんねんで。」とおばあさんが言い終わるか終わらないかのタイミングで、ホームの屋根にから数羽のハトが舞い降りてクッキーを啄(ついば)みはじめた。「さあ、泣いてたらアカン。ハトさんにこれ食べさしたり。」と言って残りのクッキーをまーちゃんの手に握らせてくれた。まーちゃんは涙を流しながらもハトにエサをやった。「あんたの弟か?」おばあさんは私に聞いた。「いえ、違うんです。」と答えた私に「小さい子は機嫌ようしてたと思うたら泣き出したりもするさかいな。あんたのせいとちゃうで。」と言いながら私にもクッキーをくれた。「これはあんたが食べ。」「あんたいたいな若いもんがそんな暗い顔しとったらアカン。あんたがそんな顔しとるからあの子も泣くんやで。」「ハト見てみ。エエ顔しとるやろ。あんたもそれ食べて、ハトみたいにエエ顔せなアカン。」「あんたが暗うて怖い顔しとったら、あの子も泣かなしゃぁないがな。」と言ってにっこり笑ったかと思うと、まーちゃんの頭を撫でて「ほなな。」と言葉を残しておばあさんは人ゴミの中に消えていった。・・・あんたのせいとちゃうで・・・おばあさんはそう言ってくれたが、このときばかりは違うのだ。私のせいなのだ。小さな子供が母親を思う心を微塵も理解できない人間に成り下がってしまった私の愚かさのせいなのだ。そして私はこのおばあさんにもお礼すら言えなかった。ただ手に持たせてくれた数枚のクッキーを一気に口に入れて噛み締めた。するとなんだか少し頭が冷静さを取り戻したような気がした。もうくよくよしながら時間を稼いでも仕方ない!このまま先輩の家に帰る決心ができた。
2018.01.24
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弁当を食べ終えてもまーちゃんは泣いていた。さすがにこのときは大声は出していなかったが、シクシクと泣いていた。食べ終えた弁当箱とスプーンやフォークを彼は自分で幼稚園のバッグに入れた。そして水筒から水を汲んで自分で飲んだ。そうしながらもシクシク泣いて「もう帰る。お母ちゃんのとこに帰る。」と繰り返していた。私はもうこの時点で食欲すら無くなっていた。「帰る。お母ちゃんのとこに帰る。」を繰り返す彼に、「そんなこと言わんとせっかく来たんやから動物見いへんか?」と聞いてきたが、私がもう何を言っても言わなくても同じ言葉を聞かされた。正直私もすぐに帰ってこの状況から脱出したかったが、そうはいかなかった。先輩のお母さんと帰る時間の約束をしていたのだ。夕方4時以降がその約束の時間だった。まーちゃんがお弁当を食べ終えた時点で、時間はまだ12時を20分ほどしか過ぎていなかった。ここから4時までの時間がとてつもなく長いものに感じた。なんとか機嫌を直してもらおうといろいろと策を講じてみたが、全く効果は見られなかった。何をしても何を言っても「帰る。お母ちゃんのことに帰る。」の一点張りだった。
2018.01.23
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冬休みの家族連れで賑わう動物園の食事ができる休憩所で1人の子供が大泣きしながら弁当を食べている。その子を大泣きさせたのは私だ。その私はあまりの驚愕からくる落胆ぶりに、周りへの迷惑へ配慮できる精神力は無かった。どう思われてもいい。どんなに迷惑がかかってももう成す術が、、、いや、抗う気力が無かった。しかし、そんな私たちに世間というのは温かかった。見知らぬおばさんが近づいてきて、まーちゃんに声をかけてくれる。「お~、どないしたんや。美味しそうなお弁当を食べながら泣かんでもええがな。」と言いながら彼の涙と鼻水をテッシュで拭ってくれた。彼が泣きながらも「お母ちゃんが作ってくれてん。」と言う。言葉にそのおばさんは「お~そらよかったやんか。お~美味しそうなお弁当なや。よう噛んでゆっくり食べや。な~んも心配せんでもええからな。」とまた涙を拭いてくれる。そのおばさんの登場に、まーちゃんの泣き声は少しずつ収まっていく。「ほなな!」と言ってまーちゃんの肩を優しくポンポンと叩いたおばさんは、立ち去り際に私の肩もポンポンと軽く叩いてくれた。私はそのおばさんにお礼を言うこともできなかった。しかしなんとか立ち去るおばさんの背中に向けて、椅子に座ったままではあるが一礼だけはした。そして顔を上げたとき周りを様子が目に入った。子供を連れたお母さんたちは、そんな私にニコっと微笑んでくれたり、「大丈夫。分かってるから気にせんでええよ」と言わんばかりにうなずいてくれたりした。母親というものは、見知らぬこんな私にさえも、何と優しく慈悲深いものかとこのとき改めて思い知らされた。
2018.01.22
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私はその姿を見てただただ愕然とした。たった9年。たった9年だ。一人で冷えたチキンハンバーグをひと冬食べ続けたあのときから、9年しか経ってない。母が用意してくれたものだから、、、それだけの理由で寒さに震えながら冷え切ってパラパラになったご飯と一緒に食べ続けたのではないのか!だから子供が親を想う気持ちが誰よりも分かると自分で思っていたのではないのか!それがどうや。たった9年経ったら、子供から親の用意した弁当を取り上げて、「こんなもん」「食べんでええ」「他のものを食べよう」と平気で言う人間になったんか、、、今目の前で号泣しながら弁当を食べるこの男の子をこんなに泣かせたのは誰でもないこの私なのだ。9年前に親の有難さを、親の気持ちをかみしめつ続けたはずのこの私なのだ。悪いのは9年と言う歳月ではない。悪いのは弁当箱の中身でもない。悪いのはあのヤンキー女でもない。ましてや悪いのは泣きながら弁当を食べるこの子であるはずもない。私だ。悪いのは私だ。「どこまで愚かなんや。俺はどこまで愚かなんや。」自分の愚かさに愕然とした。椅子に座り込み、言葉も出て来ず、虚ろな目でこの号泣するこの子を見つめることしかできなかった。そのうち呼吸をすることすら苦しくなってきた。このまま呼吸が止まったらエエねんとさえ思った。
2018.01.21
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その瞬間!彼は今までに聞いたことが無い声を出した。力いっぱいの大声だった。「返せ!お母ちゃんのお弁当を返せ!」そのあまりの声の大きさに周りの人たちがこちらを注目するときには彼は椅子から立ち上がり私に駆け寄ってその手から弁当箱を奪い取った。そして再び椅子に座り、スプーンとフォークを手にしたまま大声で泣き出した。そして泣きながら私に訴えた。「僕はお母ちゃんのお弁当を食べるんや。他のもんなんか食べへん。僕はおかあちゃんのお弁当を食べるんや!」そう言いながら、、、そう何回も何回も言いながら、大声で泣いた。泣きに泣いた。そして泣きながらその弁当を食べだした。食べながらも「お母ちゃんのお弁当食べるんや。」「他のもんなんか食べへん!」を繰り返した。指の形がついて無造作に引きちぎられたハンバーグも、弁当箱の底に押し付けられたおにぎりも、歩きたびに弁当箱の中を転がったであろう歪(いびつ)な形をしたその他のおにぎりも、ニンジンもポテトも、、、彼は泣きながら、涙と鼻水だらけの顔で、「お母ちゃんのお弁当食べるんや。」「他のもんなんか食べへん!」と言い続けながら食べた。
2018.01.20
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お弁当の中身といえば、普通はご飯やおかずがほぼ隙間なくぴっしり詰められていて、見た目にも食欲をかき立てるものである。そのとき私が見たものはそれとは程遠いものだった。まず小さめのおにぎりが3つ全く別々の方向を向いて不規則に並んでいる。というか転がっている。その中の一つは押しつけられたように弁当箱の底に半分潰れた状態になっている。おそらく…ではあるが、投げ込まれたように感じた。そうでなかったとしても、丁寧に入れられたものではないことだけは断言できる。そしてハンバーグ。もとの大きさのものが子供用の弁当箱に入らなくて小さく切ったのであろうが、包丁で切ったのではなく箸で割ったでのはなく、手で乱暴に割られている。その証拠に側面に指型がついている。そして付け合わせのニンジンがかろうじて原型を留めているおにぎりの間に転がっていて、フライド・ポテトが3つ...これも全く別々の位置に点在している。この弁当箱を手にしたときのゴロゴロした感触は、これらの食材が転がったことから生じたのは明白だった。またそれらの食べ物は、どこかで売られている弁当の中身を無造作にまーちゃんのお弁当箱にただ放り込んだのも明白だ。自分で作ったハンバーグを汚らしく無造作に指で割ったり、自分で炊いたお米で自分で握ったおにぎりを弁当箱に半分潰れるほどの勢いで投げ込んだりする人間がいるだろうか?自分で作りもしない、食べる人間に対して優しさの欠片も愛情の片鱗もない人間の成せる技だ!あのバカヤンキー女だ!!!私の怒りは一瞬にして頂点に達した。そして言った。「まーちゃん!こんな弁当食べんでええわ。こんなん捨ててしもて、なんか美味しいもの食べよう。その方が絶対ええで。」私はその腹立たしい中身を捨てようと弁当箱を手にして席から立ち上がった。
2018.01.19
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その黄色いカバンのチャックは少し開けにくかった。かなり使い古された感があった。それでも慎重に開けると中が見えだした。無造作に折りたたまれたハンカチと、使用途中のポケットティッシュ、、、その下に布に包まれた弁当箱があった。それを取り出す瞬間、何か違和感を感じた。弁当箱の中で何かがゴロゴロと転がったような感触があったのだ。それをカバンから出してテーブルの上に置く。まーちゃんは「お弁当や!お弁当や!」と喜んで声をあげた。私が布の結び目をほどくと、弁当箱の上にケースがあった。その中には子供用のスポーンとフォークが入っていたので、それを出してまーちゃんに渡す。ケースにもフォークとスプーンの柄にも、そして弁当箱のフタにも宇宙刑事の絵が入っていた。「まーちゃん!全部宇宙刑事やん!カッコええやん!」と言いながら、フタを開てけ弁当箱を彼に渡そうとした・・・が!その瞬間、信じられない光景が私の目に飛び込んできた!!
2018.01.18
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1時間ほど我々は地球の平和を守ってゲームセンターを後にした。外に出ると日が高くなっていて年末とは思えないほどの温かさを感じた。その陽気の中を徒歩で動物園に向かった。歩きながら私はまーちゃんにお昼ごはんをどうしたいかと聞いてみた。すると彼はいつもの幼稚園のカバンをポンポンと叩きながら「お弁当があるねん。お母ちゃんが作ってくれてん。」と嬉しそうに言った。私は少し安心した。あのアホヤンキー女でも人の母親やから弁当くらいは作れるんやな。あるいは私が先輩のお母さんから託してもらったお金をまーちゃんのお母さんからもらったように言ったのと同じく、お弁当も先輩のお母さんが作ったのにヤンキー女が作ったことになっていているのも知れへん。それでもまーちゃんが喜んでるんやったら、それでエエわ。・・・そう思った。我々は動物園に入って30分ほど動物を見て歩いた。まーちゃんは動物園もはじめてだったらしく、大喜びで走り回った。そしてちょうど空腹を感じる頃に、ちょっとした売店があるコーナーにたくさんのテーブルと椅子が用意されている場所を発見した。またお昼の少し前だったが、すでにほとんどのテーブルが家族連れで埋まっていた。本格的なランチタイムになって満席になる前に…と思い、空いているテーブルに荷物を置いて座ることにした。「ここでお弁当にするか?」と聞くと、まーちゃんは「うん!」と言った。そして「でものどが渇いたからこれ飲む。」と水筒を手にした。「よし、ほなお弁当は俺が出したるわ。」と言いながら、私はまーちゃんの黄色いカバンを手にした。
2018.01.17
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少し歩いてゲームセンターに到着したが、ちょっと圧倒された。この頃はインベーダーゲームの爆発的な流行から3年が経っており、テーブルゲームの全盛期だった。しかも冬休みということで何がどうしたんや!と思うほどの人でごった返していた。それでもせっかく来たからと思い店内に入る。まーちゃんはこのある種異常な雰囲気を体験するのもゲームセンター自体も初めてだったので、見るもの全てに見入った。しばらく店内をうろついたあと「何かやってみる?」と聞くと、まーちゃんは見ているだけでいいと言う。自分はまだちっちゃいからうまくゲームができない…なのでお金がもったいないと言うのだ。「そんなん最初っから上手にできる奴なんかおらへんで!」と私は開いているテーブルゲームに彼を誘った。「お金ももろてるで~!」と例の封筒をチラッと見せたら、まーちゃんはにっこり笑った。空いていたテーブルはこの時の我々にうってつけのゲームだった。内容は単純!飛行機を操ってエイリアンをやっつけるゲームだ。「よっしゃ!2人で地球の平和を守るぞ。」と、2人で交互にプレイをした。まーちゃんははじめてのゲームセンターでのゲームを満喫してくれた。
2018.01.16
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目的の駅に到着し、我々は電車を降りた。この駅からであれば徒歩でも無理なくゲームセンターと動物園に行けた。この2か所はまーちゃんからのリクエストだった。しかし私は彼が道を良く知らないことをいいことに、少し遠回りをした。秋に高校の友人たちと遊びに来たときに見つけた服屋に寄りたかったのだ。その店の前にはあの時と変わらず、子供用のかっこいいジャンパーが陳列されていた。いかにも寒そうな格好をしているまーちゃんに一着買ってあげたかったのだ。店の前で私は「まーちゃん!あのジャンパーカッコようないか?」と聞いてみた。MA-1タイプのシルバーで、肩や肘にシャーリングが施されていてかっこいい襟もついている。まーちゃんは「ホンマや。かっこええなぁ。」と言ってそれの一着に触れた。「温かそうやし、なんか宇宙刑事みたいに思わへん?」と聞くと「うん!ギャバンみたいやわ。かっこええわ。」と返ってきた。「ちょっと着させてもらい。」と一着ハンガーから外して、カバンと水筒は私が持って着せてみた。偶然一発目が大き過ぎず小さ過ぎずベストサイズだった。まーちゃんは喜んで宇宙刑事のポーズをマネてみせる。それとほぼ同時に店員のお姉さんが奥から出てきた。まーちゃんは慌てて脱ごうとしたが私は「買おうや!」と声をかけた。するといいタイミングでお姉さんが「よう似合うてるわ!かっこええわ。」と言ってくれる。「え、そやけど、、、。」と言うまーちゃんに私は「実はな!…ジャジャーン!」と言いながら先輩のお母さんから頂いた封筒をポケットから出して「お母さんからお金を預かってるんや!」と言ってみせた。そのときの彼の歓喜ぶりは凄まじかった!!!するとお姉さんは「どうする?もう寒いからこのまま着ていく?」と言ってくれた。まーちゃんは「うん!お姉ちゃんありがとう。」と元気いっぱいにお辞儀をした。私は封筒からお金を払い、お釣りを持ってくるときにお姉さんはハサミを持ってきてジャンパーの値札の付いたタグの紐を切ってくれた。するとまーちゃんはそのタグも欲しいといってポケットに入れた。「あんな、帰ったらな、お母ちゃんに見せるねん。」とまたポーズをとった!そして私はこの小さな宇宙刑事と地球の平和を守るためゲームセンターに向かった。
2018.01.15
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電車の揺れに注意しながら水筒からコップに飲み物を入れた。透明な液体が出てきた。水筒の素材から熱いものが出てくることを期待はしていなかったが、案の定湯気らしきものは全くない。コップに6分目ほど入れたものをまーちゃんに渡した。彼は左手に食べかけの棒菓子を持ったまま右手でそれを受け取ると、美味しそうに飲んだ。「美味しい?」と聞くと、「うん。」と返事が返ってくる。「だれが水筒に入れてくれたん?」と聞くと、「お母ちゃん!」と返事か返ってくる。そして今度は棒菓子と飲み物を交互に口に運んだ。やがて棒菓子もコップの飲み物も食しきったまーちゃんは指についた棒菓子の粉をなめだした。そんな彼の手から棒菓子の入っていた袋をもらって、代わりにテッシュを渡して指を拭かせた。そのときまーちゃんが「お兄ちゃんはいらんの?」と言った。菓子の袋をリュックのポケットに入れながら私は「はな悪いけどちょっと飲み物もらおかな。コップに口付けんとサッと飲むから。」と言って、彼の水筒からコップ四分目ほどの液体を注いだ。まーちゃんは私の「コップに口を付けないで飲む」という言葉に敏感に反応し「どうやって飲むんやろ?」と言わんばかりの表情でこちらを見ている。私は映画で外国人がアルコール度数の高いテキーラやウォッカを飲むときのように、天井に向けて開けた口の中に小さいコップの中の液体だけをさっと流し込んで見せた。まーちゃんは「すごい!」と言って拍手をしてくれた。私は彼の拍手に少し大げさな笑顔で応えたが、、、、水筒の中身はただの水だった。この当時はまだミネラル・ウォーターなるものは販売されていなかった。つまり水はお店でお金を払って買うものではなく、水道から出てくるものだった。それが意味するものはこうだ!この子の母親は、あのバカ・ヤンキー女は、自分の子供の水筒に水道水を入れたのだった。自分の身なりも整えられないあの女が、一度煮沸して冷ました白湯を水筒に入れたなどどは全く考える余地は私には無かった。
2018.01.14
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駅に着いて切符を買って自動改札を通る。ホームに入るとすぐに電車が来た。平日の午前中ではあったが、もう通勤ラッシュの時間帯は過ぎていたので車内はすいていた。空いていた席に座ると、まーちゃんはさっきのお菓子を食べさせてほしいと言った。私はリュックから紙袋を取り出して手渡すと、彼は棒菓子を一本だけ手にした。丁寧にその袋をあけてひと口頬張る。そのとき見せた満面の笑みは、車内の他の人たちをも笑顔にした。しばらくその棒菓子を食べていたまーちゃんは、そのうち口の中の水分を奪われて飲み物が欲しくなり、肩からかけた水筒に手を伸ばした。しかし片手に食べかけの棒菓子を持ったまま、水筒の中の飲み物を口にするのは難しい。私は「ちょっと待ってや。」と言って、彼の肩から水筒の紐を外して自分の手に取った。そして水筒のフタを外して、中栓のつまみを回した。その水筒のフタはそのままコップになるタイプだったので、そこに飲み物を入れて彼に渡そうと思った。同時に水筒の中に何が入っているのかも確かめたかった。あの駄菓子屋の前で何か温かい飲み物を買おうとの私の申し出を拒否してまで、彼が飲みたかったものがこの水筒に入っているのだ。それが何だったのかを確かめたかった。
2018.01.13
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そんな会話をしながら駄菓子屋の前を10mほど過ぎたとき、聞き覚えのある声が我々を呼んだ。駄菓子屋のおばちゃんだった。彼女は小走りに駆けてきて、まーちゃんに紙袋を差し出した。「聞いてんで!まーちゃん今日この兄ちゃんとゲームセンター行って動物園行くんやてな。」とおばちゃん。「そやねん。」とまーちゃん。「この袋を兄ちゃんに渡しとくからな。電車の中で食べたらええわ。」とおばちゃんは袋の中をまーちゃんに見せた。「あ、お菓子や。ええのん、おばちゃん。」と言うまーちゃんに「今日はあんたの冬の遠足やろ。遠足にはおやつ持っていかなアカンがな。」といっておばちゃんはにっこり笑った。目の高さに合わせるため、しゃがみこんでいたおばちゃんに「ありがとう!」と言って抱きつくまーちゃん。そのまーちゃんを優しく抱きながら「おお!ええ子やええ子や!」といいながら、おばちゃんは私の目を見て3回大きく頷いた。そして立ち上がったおばちゃんから私はその紙袋を受け取って、自分のリュックに入れた。再び駅の方に向かって歩き出した我々が3つめの角を曲がって姿を消すまで、おばちゃんは大きく手を振ってくれていた。もちろん我々もその角を曲がる直前に、おばちゃんの方に向き直ってしっかり手を振り返した。
2018.01.12
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12月も末の朝はさすがに冷えて寒い。私はそれなりに防寒はしていたのだが、まーちゃんは寒かったに違いない。なぜなら彼はいつものいで立ちだったからだ。つまり幼稚園の服のままで、幼稚園のカバンを持っていた。唯一普段と違うのは、水筒を持っていることぐらいであった。知らない人がみると、間違えなく幼稚園の遠足だと思うだろう。もしかしたら、、、あのヤンキーのアホ女は、この子に服を買い与えていないのでは、、、そんなことが頭を過った。それでも彼は「寒い」なんて一言も言わないで、笑顔で歩いた。あの駄菓子屋の前を通るときに「なんかあったかいものでも飲もうか?」と言ってみたが、まーちゃんは「これがあるからええねん。」と水筒をポンポンと叩いて見せた。その水筒には彼が好きな『宇宙刑事』の勇壮な絵が描かれていた。その素材を考えるとに中に温かい飲み物が入っているとは思えない。たとえ冷たくとも、その中には彼が好きな飲み物が入っていることを祈ることしか私にはできなかった。
2018.01.11
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すると私の質問にまーちゃんがこたえた。「僕のお母ちゃん!」・・・・・「はあ?」そんなわけがないやろ! と思った。『良い子』を絵に描いたようなこの男の子のお母さんが、この限りなくだらしなくそれでいてバカ女なりに極力男の目を引こうとした格好をしているヤンキー女だと言われても信じることはできなかった。しかもこの女は姿を現してからずっと私を睨みつけているではないか!殴ってやろうと一歩踏み出したとき、先輩のお母さんが間に割って入り「まあまあ」と言いながら私を玄関の外に連れ出して、耳元でささやいた。「今日あんたがまーちゃんを連れだしてくれてる間に、うちがあの母親にこんこんと話をしようと思うてんねん。 あんなんでもあの子にとってはお母さんなんや。 そやからあんたもここはうちに免じて堪えといてくれへんか。 な!」と、、、。しばらく考えたあとで頷いた私の手に先輩のお母さんはポケットから出した封筒を握らせた。「ちょっとやけど今日の軍資金や!」「これは要りません。」と返そうとしたのだが、「アホか!ここは受け取っとくのが高校生っちゅうもんやで。またあんたがええおっさんになったら若い衆におごったたらええから。とにかく今は何も言わんと持っていき。」と私のジャンパーのポケットにねじ込んた。そうこうしていたら、玄関からまーちゃんが出てきた。そしてまた玄関に向かって「あんな、今日な、このお兄ちゃんとゲームセンター行って動物園行くねん。」と言った。その言葉にあのアホ女はどんな顔をして対応しているのかと見てみると、やはり子供を睨みつけていた。私はまーちゃんの手をひいて「ほなもう行こ!電車乗って行こ!」と駅の方に歩きだした。まーちゃんは「うん」と言ってついてくる。その我々に向かって先輩のお母さんが「まーちゃん、楽しんどいでや!」と言って手を振ってくれた。まーちゃんは振り返りながら手を振り返していた。私は一礼だけして足早にその場を離れた。
2018.01.10
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約束の日、私は朝約束の時間にI先輩の家に着いた。玄関は少ししか靴がない、ちょっと静かな、今まで経験したことのない穏やかな雰囲気だった。「おはようございます。」と声をかけると「はい、おはようさん!すぐ行くからちょっと待っててな。」と先輩のお母さんの声がした。「いってきます。」とまーちゃんの声もした。ほどなく玄関に先輩のお母さんとまーちゃんが姿を見せた。「今日は無理言うてすまんなぁ。」と先輩のお母さん。「いえいえ、お安い御用ですよ。」と私。「ほな行こか!」とまーちゃんに声をかけたとき、先輩のお母さんが家の中に向かって「ほら、あんたも顔ぐらい出さなアカンで!」と一言。「だれがおるんや?」と思った瞬間、朝早くからけばけばしい厚化粧をした香水臭いヤンキー女が姿を見せた。更に近づかれて気付いたが、そのアホのような厚化粧は朝からベタベタ塗りたくったものではなく、おそらく前夜からずっとその状態のようだった。センスの欠片もない厚化粧と、付ければいいと言わんばかりの統一性のないアクセサリーの陳列具合と、オシャレとはほど遠い男の目さえ引き付ければそれでいい衣服をチョイスして目いっぱい着飾っている割には、香水の後から鼻を突く異臭はこの女がしばらく風呂に入っていないことを示唆していた。「どちらさんですのん?」私は本人ではなく、先輩のお母さんに尋ねた。
2018.01.09
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その頼みとは、先輩宅によく来る子供の1人のまーちゃんを半日どこかに連れて行って一緒に遊んでほしいという内容だった。まーちゃん・・・彼はおそらく先輩宅に出入りする人間の中で私が知る限り最年少だった。幼稚園から帰ってそのまま先輩宅に来ている様子であった。子供嫌いの私であるが、彼は私が嫌う子供の特性というものを全く有していなかった。みんなの言うことを良く聞いて、だれに言われなくてもしっかりお手伝いをし、子供独特の甲高いキーキー声を出すこともわがままを言うこともなかった。一番年下であり身体も小さい彼をときどき小学生の悪ガキや中坊(中学生)のヤンキーがいじめることがあったが、その都度私が割って入って止めていた。身体が小さいというだけで一方的に暴力に晒される悔しさを自分以外の人間に味合わせたくなかったからだ。そんなこともあって、彼は私になついてくれてもいた。だから、先輩のお母さんは私を適任だと踏んだ・・・このとき私はそう思った。そして私はその申し出を快く承諾した。冬休みは部活も音楽隊の練習もオフでバイトは水曜日と土曜日は入れていないことを伝えると、先輩のお母さんは早速冬休み最初の水曜日を指定した。
2018.01.08
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高校生活最初の夏休みは多忙を極めた。地元の音楽隊では8月終わりにある関西コンクールの猛練習、学校の部活動では秋の文化祭演奏の練習と3日間にわたる学校泊まり込みの合宿、さらに新しいトランペットと、部活のOBの先輩の影響で興味を持ったバイクの購入資金を貯めるためのアルバイトにも時間を費やしたからだ。関西コンクールとバイトがひと段落して新学期がはじまって10月に入ったと思ったら、ある日突然身体が動かなくなった。そこから2週間も寝込んで学校も休んだ。復活したときには10キロも体重が落ちてしまっていたが、それでも文化祭の演奏はやり切った。文化祭も終わり、少し時間に余裕が出だした頃、しばらくぶりにI先輩宅を訪ねた。相変わらず大勢の子供たちでにぎわっていた。この頃にはもう『勝手知ったる他人の家』状態で、私は2階に上がる前に台所にいって夕飯の準備を手伝ったりしていた。集まった子供たちに食べさせるので、作る量もすごければ準備も大変だったのだ。そんな私の姿を見て先輩のお母さんは「とうとう男も台所に立つ時代の幕開けやな!」と言っては高らかに笑っていた。そして冬休みを目前にしたある日だった。先輩のお母さんが「あんたに頼みがあるねんけど聞いてもらえんやろか?」と私に切り出してきた。「僕にできることでしたら。」と言うと「あんたが適任やねん。」と返ってきた。
2018.01.07
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レコードとカセットを受け取った私は先輩に頼んでもう一度お母さんに挨拶をさせてもらった。「レコードをお借りしてカセットをいただきました。ご主人様にも宜しくお伝えください。」その言葉を聞いてお母さんは高らかに笑った。そして「ご主人様やて!高校生の口からそんな言葉聞くとは思わへんかったわ。あんな奴うちが放り出したったからおらへんで。そやからうちがエエって言うたらこの家では何でもオッケーや。」「あんたはいつ来てもエエし、誰に断らんでも2階に上がって好きなレコート持っていったらエエ。」と言ってくれた。私は「ありがとうございます。」と一礼をした。それから私は夏休み中ずっと毎週土曜日に先輩宅を訪ねるようになった。借りたレコードを返して、次のレコードを選んで先輩の机の上に置いておく。するとそれを先輩がカセットにダビングしてくれてスタジオで渡してくれるのがパターンとなった。もちろん選ぶレコードはサッチモ、つまりルイ・アームストロングだった。私は彼のトランペットに心底陶酔してしまったのだ。高1の頃の私の音楽仲間の皆さんは覚えているだろうか?4月当初はやれハーフ・アルパートだ、やれニニ・ロッソだと言っていた私が、夏休みを終えるころにはルイ・アームストロング一色に染まっていたことを!そう、その原因を作ってくれたのはこのI先輩であったのだ。ここから3年間1日とあけずに追い求めたのもルイ・アームストロングであった。そしてまた私がトランペットを置く原因となるのも彼のトランペットであることは、このときの私はまだ知る由もなかったが、、、、、。
2018.01.06
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I先輩宅はどうやら1階は誰でも自由に出入りできて、2階は家族以外立ち入り禁止といったルールがあるようだった。2階にはそんなに広くない部屋が2つあった。ひとつは先輩の部屋で、もうひとつはご両親の部屋だった。先輩の部屋にカバンを置いた私は、促されるままにご両親の部屋に入っていった。その部屋の一つの壁を占領する大きな本棚にはぎっしりとレコードが詰められていた。聞くと先輩のお父さんのものらしかった。「この人知ってる?」と言いながら先輩はその中から1枚のレコードを私に手渡した。そのジャケットには決してハンサムとは言えない黒人男性が大きく白い眼を見開き汗をかきながら必死にトランペットを演奏する姿があった。「見たことはありますけど詳しくは知りません。」と言う私に、「サッチモを知らんのはもったいないで!」「実は君に彼の音を聞いてほしかったんや。貸してあげるから一回そのレコードを持って帰って聞いてみ!」と先輩は言った。しかしこのとき私の家にはレコードを聴くプレイヤーが無かった。そのことを言うと先輩は「そんなこともあるかと思うてな!」とカセットを1つくれた。事前にレコードをダビングしてくれていたのだ。お礼を言いながら私はレコードも貸してほしいとお願いした。ジャケットの男性の写真が気に入ったからだ。そんなになりふり構わずに演奏して、どんな音を奏でているのかを知りたかった。そのジャケットを見ながら音楽を聴きたかった。するとI先輩は快く承諾してくれた。
2018.01.05
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アイスを食べ終えて店のおばちゃんに挨拶を済ませたら、我々は再び歩き出して先輩の家に向かった。そこは街並みの風景に溶け込んだ古い木造2階建てだった。まず私が驚いたのはそんなに広くはない玄関にある靴の数だ。「何人おんねん!」と思ったとき、家の中に多くの人間がいることが分かった。家の中から聞こえる声というか音というかの騒がしいこと騒がしいこと・・・・。先輩に促されて家に入ると、そこは民家というより何かの集会場といった雰囲気だった。特に同年代の高校生から小学校低学年までの子供の姿が多かった。その中の1人の小学生が私を見て「あ、さっきアイス食うてた兄ちゃんや!」と言った。そう。この子は我々がベンチでアイスを食べていたときに通りかかって、先輩と言葉を交わした男の子だった。先輩の姿を見つけると「あ、アイス食べてる!ええな~。先に行ってるで。」と言った。それに対して先輩は「うん!後でな!」と言葉を返した。「後で」とは、後でこの家で会おうという意味だったのだ。その騒がしい雰囲気に少し圧倒されていたとき、奥の台所から先輩がお母さんを連れたきた。「かあちゃん、こっちはスタジオで知り合ったゴマっていう友達やねん。」と先輩は母親に私を紹介した。「はじめまして。おじゃまします。」と私が一礼する間に、彼女は一気に距離を詰めてきて私の目の前に立った。そして「おお、うちの子の友達にしてはええ面構えしとるな!」「男子たるものこうでないとアカン。」「うちの子の友達いうたらナヨナヨした男か女か分からんのんが多いけど、あんたはエエな!」と言って私の肩にポンポンと2回手を添えた。そして先輩に「この子やったらええで。2階に上げたり。」と言った。その言葉を聞いた何人かの子供が「ええな~。」とか「なんで今日来たばっかりのこの人が2階に上がれるん?」とか口々に先輩のお母さんに言った。どうやら2階には簡単に上がれないようであることは、この会話から推測できた。そして私は先輩と2人で狭い階段をギシギシといわせながら2階に上がった。
2018.01.04
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楽器店は小さな通りに面していたが、I先輩の家はその裏通り側にあった。その辺りは古い木造の建物がこれでもかというほど密集しているが、どこか懐かしい感じの心地よい街並みだった。I先輩は生まれたときからこの辺りに住んでいたらしく、時折すれ違う人と気さくに挨拶を交わしていた。10分も歩いたときに先輩は「ちょっと冷たいものでも食べへん?」と言って、駄菓子屋に入っていった。アイスをおごってくれるというので、私は先輩が手にしたものと同じカップのバニラアイスを選んだ。支払いのときにも先輩は店のおばちゃんと親しく言葉を交わしている。その会話から彼は本当に小さい子供のころからこの店に通っていることが分かった。我々はそのアイスを手に、店の前に置かれている木製の青いベンチに座って食べながら話をした。話の前に我々はお互いがアイスのフタの内側についたアイスを木製のスプーンでへずって食べる男であることに親近感を覚えた。私は「ここを食べずしてカップアイスを食べるべからず!」と思っていたし、先輩は「ここが一番美味しいのに食べない奴はアホ!」と思っていた。このアイスのことで、なぜか先輩に対する私の警戒感は一挙に薄れてしまった。
2018.01.03
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彼はいつも取り巻きのバカ連中から名前で呼ばれていたが、名字がIだと分かったので私はI先輩と呼ぶことにした。本人はみんなと一緒でも呼び捨てでもいいとは言ったが、地獄のように上下関係が厳しかった野球部を卒業した私には、たとえどんな人物であっても上級生を呼び捨てにすることはできなかった。彼は私を家に招いたことを店長に知らせたらしく、店長は私に「行って来たらええよ。何か道が開けるかも知れへんで!」と言ってくれていた。そして夏休み最初の土曜日の午後に、私はI先輩の家に行くことになった。当日先輩と私はいつものスタジオがある楽器店で待ち合わせた。彼がスタジオに上がらず私を連れて家に帰ることを知ったバカ女共からはブーイングの声が聞こえてきた。それでも先輩はひとりひとりに言葉をかけて事情を簡単に説明した。このとき知ったのだが、店に来ていきなり店長の手ほどきを受けていたこと!スター気取りのアホとバカ女共が来たらこれ見よがしに店を出ること!この2点で私は女共に不評だった。そこに来て今度は私だけI先輩の家に招待されたのだ。女共からの評判は更に悪くなった。ざまぁ見ろだ!店から先輩の家までは徒歩で15分ほどだった。歩きながらまずは私が質問した。彼はいつもスタジオに入ると、セッテイングされているドラムセットに向かってその技を披露する。でもいつもギターケースを持ち歩いているので、どちらを本職(専門)としているのかが知りたかったのだ。先輩は自らをべ―シストだと言ったので、背負われたケースにはベースが入っていることを私はこのときはじめて知った。彼がドラムを叩き終えてベース演奏に移るころには、いつも私の姿は消えていたのだ。
2018.01.02
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その男は店の近くの公立高校の2年生だった。制服とバッチで分かる。しかもちょっとおしゃれにアクセサリーをつけて髪型も流行りのもの。私の嫌いなタイプであった。しかしながら一学年年上なので、礼儀として敬語で接した。彼は私がスター気取りのアホと取り巻きのバカ女共を嫌っていることに気付いていた。ますはそれを謝ってきた。「なんかいっつも迷惑かけててごめんな。」「分かってんねんやったらチャラチャラすんなボケ!」と心では思ったが、言葉にはしなかった。そしていろいろ話を聞いていると結局彼が言いたいのは、一度私に家に来てほしいとのことであった。その理由は「君に聞いてほしい音楽があるんや。」だった。心の中で「またチャラい音楽を聞かせる気とちゃうやろな」と私が思った表情に気付いたのか、彼は「まあそんな顔せんと、近くやから一回来てや!もしかしから君が目指すべき音を紹介できるかも知れへんから。」と言葉を続けた。「目指すべき音」という言葉に興味を持った私は、後日彼の家を訪ねることに同意した。
2018.01.01
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