全8件 (8件中 1-8件目)
1
逆に、工夫をして勉強しないあるいはできない人は、自分自身を厳しく分析できていないあるいはしない人であるともいえます。特に「ゆとり教育」にズブズブ世代の生徒さんには「自分を厳しく分析しない、できない、その必要も感じない」人が多いです。「ゆとり教育」では「良いところを伸ばそう」という考えがあるのは理解できます。しかしそれは「悪いところから目を背けよう」ということでは絶対にないのです。自分の弱点を知る。 ↓悔しい思いや、辛い思いを経験する。 ↓弱点克服の必要性を感じる。 ↓努力する。工夫が生まれる。 ↓人として成長する。このサイクルをしっかり見につけさせるのが『教育』ではないのでしょうか?
2012.01.30
コメント(0)
彼が身につけた能力は「家庭学習に工夫を取り入れること」でもあるのですが、厳密に言うと「自分の理解度を正しく判断すること」なのです。彼は私が歴代のプリントを渡したときの私の「その年その年の生徒のレベルに合わせて作り変えたり新しく作ったりしてるのよ!全部渡すから自分に合いそうなのもを使って。『これは必要ない』と思うのは捨ててくれてかまわないから!」、、、との言葉をを覚えてくれていたのです。そして家で「これは使おう」「これは不要」と仕分けていたときに、それはプリントの仕分けではなく自分の理解度を確認する作業だったことに気付いたらしいのです。この能力は、本当に重要です!!ある意味、勇気の要ることでもありますから。
2012.01.22
コメント(0)
「自分も工夫して勉強を進めよう!」と思ってもらうコツ。、、、というかコツらしきもの。それは、そのプリントを作ったときの苦労なんかを語ることではないかと思います。例えばここ最近で効果があったのは、理科のある単元を苦手とする生徒に歴代その単元の授業で使用してきたプリントを全部渡したのです。ちなみに私は基本的に毎年授業用プリントを新たに作ります。その年その年で我が教室に集まってくれる生徒のレベルは異なりますから!話を戻します。その歴代のプリントを家でしっかり見てくれたその生徒は、これは初級の基本編・これは中級編・これは上級編・と仕分けをして、自分の理解度に適したプリントを自分で選択して家庭学習に使ってくれたのです。今や彼にとってその単元は「必殺の単元(ほぼ満点を狙える単元)」となっています。
2012.01.21
コメント(0)
少子化で子供の人数が減っいく状況で教育する側が過剰なサービスをしてしまうと、子供達から『工夫する大切さ』『工夫する楽しさ』を奪ってしまう、、、、この事実に我々は細心の注意を払わねばならないのかも知れません。しかし『教え方を工夫する』『教材や資料やプリントの内容を工夫する』ことは、ある意味我々教える側の腕の見せ所でもあるのです。このあたりのバランス感覚が本当に大切だと感じます。とは言いながら、、、、やはり限られた時間内で生徒達にその単元を理解してもらいたいので、結構本気を出してプリントを作っています。幸いなことに、我が教室では「こんなまとめかたがあるのか!」「自分もこんなまとめ方をしてみたい!」と思ってくれる生徒が多く、ノートの書き方や家庭学習の仕方に工夫をしてくれるのです。実は最近そのようにことを運ぶ要領を、おぼろげながらにつかんでいるのです。
2012.01.17
コメント(0)
よく聞いてみれば、その生徒はプリントを受け取ってすぐにその言葉を放ったとのことでした。つまりこうなんです!その生徒は、努力も何もせずに一目見ただけで全てが分かるようなプリントが欲しいのです。自分の努力の無さ、またはそれが原因となって出来上がってしまった能力の無さ、を自覚することもなく「自分が理解できないのはプリントのせい」と決め付けているのです。それを指摘できないで「プリントが分かり難い」と言われて怯んでしまう先生側も先生側ですが、、、。努力しないで勉強をできるようになりたい。この考え方がゆとり教育世代の生徒の言動の端々に見え隠れしています。このプリントの話はそのたった1つの例に過ぎません。『工夫して勉強する』ということは『勉強に対する努力を楽しむ』ことでもあるのです。我々はそこをなんとか今の子供達に教えていく義務があるように感じます。
2012.01.07
コメント(0)
また、自分で単語帳などの暗記のための工夫や、自分で授業の要点をまとめたノートや資料を作るには非常に大切な能力が必要なのです。それは、「ここは暗記しとかないと!」「こことここがごっちゃになったら試験で困るからたて分けてまとめておこう!」「ここ3回の授業は一連の流れになっているから、その流れを理解するのが重要だからまとめておこう!」「ここは先生が試験に出すといったから要チェック!」等々、、、、。授業をよく聞いて、「どこがポイントか!」「また自分の弱点はどこか!」をしっかり分析する能力が要るのです。ゆとり教育世代にはその能力が本当に乏しいです。ある学校の先生が「生徒に『先生のプリントは分かり難い』っていわれて落ち込みました。」と私に悩みを告げたことがありました。そのプリントを見せてみらったら、、、ツッコミどころは確かにあったのですが、よくできた内容ではあったのです。
2012.01.06
コメント(0)
例えば昭和41年生れの私の世代が中学生であったころは「単語帳」「単語カード」なるものがありました。「単語カード」に至っては普通に文房具店に売っていました。学校にそれをもってくるかこないかは別として、かなりの割合でそれを使用していた生徒は多かったです。勿論私も使いました。中には英単語だけではなく、新出漢字・歴史の年代・理科の公式や元素記号や化学記号の暗記に使用していた友達もいました。また中には私も含めて、持ち運びの面から単語カードから離れてルーズリーフやノートに暗記表を作る者もいました。みんなそれぞれ何らかの工夫をして学習をしていたものです。だがら当時は『暗記の仕方が分かりません』なんてことを先生にいう者はいませんでした。それはもう『私には努力ができません』『私には能力がありません』と言っているのとほとんど同意の言葉だからです。
2012.01.03
コメント(0)
プリントを制作しながら気になること、、、それは『生徒達を過保護にしてはいまいか!』という点です。正直言うとここ20年くらいで生徒や保護者の皆さんが求めている授業用プリントや資料は、「こんなんは授業受けたあと自分で作るモンとちゃうんかい!」と思ってしまう内容なのです。でもそれがあると生徒の理解力を高めることができるのでついつい作ってしまいます。そんなプリントや資料は、生徒の理解力は高めても、工夫する力を奪ってしまっているような気がしてならないのです。今まで何回も生徒達に「授業の内容を自分でノートにまとめてみては!」と提案してきたのですが、ほとんどの生徒さんの反応は「まとめるって、、、何を?」ていった感じです。別の話題でも述べましたが、我々の世代が学生のときは自分でまとめノートを作るのは当たり前でした。なんで最近はそれが無くなったのでしょう?これもれっきとした『ゆとり教育』の弊害です。
2012.01.02
コメント(0)
全8件 (8件中 1-8件目)
1