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先日の記事で、店の有線放送を解約するに当って、CDラジカセを購入したことに触れた。そのCDラジカセの売り場でのこと。ウチの店はそんなに大きな店では無いので、CDラジカセも大層な物は必要ない。予算的には「1万円以内」で充分だ。その売り場には1万円以内で買える物が5点ほどあって、その中から私は2点に絞り込んだ。ただどうにもそれ以上決め手が無いので、私は店員を呼んで、「この2点のスペックを知りたい」と言った。その店員はパンフレットを抱えて戻ってくるかと思いきや、これがなかなか戻ってこない。しばらくして戻ってきた店員が言うには、「ホームページでいろいろ調べてみましたが、なかなかよく分からなくて.........」なるほど、そりゃ時間もかかるワケだ(笑)。とりあえずスピーカー出力だけでも知りたい、スペックが分からないなら、ちょっと試聴させて欲しい、と頼んだところ、「試聴はできません」「なんで?」「電源につないで無いんです」........。じゃあ何かい?このクラスのCDラジカセは、何を基準に選べばいいのかい?見た目と値段だけで選べってことなのかい?確かにこれくらいの低価格モノなら、他のお客はそれだけでパッと選んでいってしまうかもしれないが、たとえ安価なものであっても、後で後悔したくない私としては、じっくりと吟味したい。しかしどうもこの店では、そういうお客は“想定外”らしい。もっとも後から出てきた店員さんが融通の利く人で、延長コードを持ってきて試聴させてくれたので、何とか納得のいくものを購入することができた。しかしやっぱり今回も、この大手家電量販店の批判めいた文章なってしまった(笑)。
2009年07月30日
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先日の記事で書いたように、ウチのテレビがいよいよおかしくなってきている。財政状況を検討しているうちに1ヶ月以上も過ぎてしまったが、今日やっと「32型液晶ハイビジョンテレビ」の購入に至った。実は関東に住む義母(ひとり暮らし)から、私たちが来月の盆休みに帰省する折に、自分の代わりに地デジ対応テレビを購入して欲しい、という依頼があった。自分ひとりでは何も分からないから、ということだった。しかし私たちの少ない滞在日数の間に、店に行っておカネを払って、配送してもらって配線をつなげて........といった一連の作業を完了させるというのはどだい無理なことなので、結局全国チェーンの家電量販店の、ウチの近所の店舗で私たちが立て替えて購入し、盆休みに合わせて義母の自宅近くの店舗から配送してもらうということになった。大まかな配線は係の人がやってくれるようだが、ビデオに接続するなどその他の雑事や、不測のトラブル対応などは私がやることになる。その手配を今日行なったわけだが、当然のことながらちょっとは値切ろうとする(笑)。ただ最近の家電量販店は、おいそれと応じない。そこで私は、当初からの計画ではあったが、さも今思いついたように、こう言ってみた。「じゃあ、これと同じテレビをもう1台買うから、ポイントもっとつけてよ!」おそらくテレビを1台買いに来て、2台買っていく人などほとんど居ないのだろう、係員はちょっと呆気に取られたような表情をした後、「ちょ.....ちょっと待ってください」と言って、誰かに相談しに行った。で、結果的に破格のポイントを付けてもらえたので、それを元手に我が家のテレビを安価で購入することが出来たのだ。何だか義母の買い物をダシに使ったようで申し訳ないのだが、その分お盆はしっかりと面倒みようと思う。今日はそのほかにも、ファクス付き電話とCDラジカセも購入した。電話もちょっと前からおかしくなっていたし、CDラジカセは店で使うため(有線放送を解約するので)だが、これだけ1日に一所でまとめて買い物したのも、過去にちょっと例がない。また今年は年初から家電品が壊れる当たり年(笑)で、ここまでに電気炊飯器、電動シェーバー、コーヒーメーカーも、すべてここで購入している。実はここは、日頃から私がその対応の悪さについて、何度となくブログネタにしてきた家電量販店だが、ネタにさせてもらった分、ここの売上には結構貢献しているのである。何だか皮肉な話ではあるが...........。
2009年07月26日
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先日、津市にある単館映画館がひっそりと閉館した。ちょうど2年前には私の地元の四日市でも、単館映画館がひとつ閉館しており、それ以来、私も何度か足を運んだ。確かに建物は古いし、駐車場も少なく、いつ行ってもガラガラだったが、大手シネコンでは上映しないような作品ばかり(いわゆる「ミニシアター系」というヤツだ)を上映していたから、そういうのを観たいと思えばそこへ行くしかなかった。これでミニシアター系の映画を観るには、名古屋まで行くしかなくなったが、時間や交通費のことを考えると、そうおいそれとは行けない。シネコンの方でも採算が取れないから、やりたがらないのだろうが、多少はこういうミニシアター系の作品を取り入れて欲しい。たとえ1週間のみ、1日1~2回程度でもいいから。
2009年07月24日
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先日、知り合いの米屋さんと話をしていたときに聞いたこと。最近では米そのものの販売のほかに、「炊飯サービス」もやっているそうだ。つまり指定された日時に合わせ、炊き立てのご飯を運ぶというもの。もちろんその分の手間賃はしっかり取るわけだが、これがスーパーや弁当屋などで大好評。彼らも一度そのラクさを覚えてしまうと、もう自前で焚くという意識が無くなってしまうらしい。いわば「アウトソーシング」の一形態だ。また別の日、地場のみりんメーカーの人と話をしていたときに聞いたこと。某飲食チェーン向けに、みりんやその他の調味料を自社で調合して、オリジナルのたれとして卸しているとのこと。これも現場での手間を省くのにはもってこいで、なかなか重宝しているらしい。で、この両方の話に共通しているのは、得意先の手間を省くことで「時間」を売っているということ。製品そのものでは他となかなか差をつけられないから、何らかの付加価値を付けて差別化を図る、その付加価値が「時間」ということだ。ではウチの店で「時間」という付加価値を付けるとしたら、どんな手があるだろうか?あるいは「時間」という要素に、囚われ過ぎない方が良いのかもしれないが。というわけで、目下思案中。
2009年07月22日
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夏休みに入り、中学校の運動部は一斉に、中体連の大会に臨むこととなる。中2のムスメはソフトボール部だが、昨日の初戦に勝利し、今日の日曜日はベスト4入りを賭けた2回戦だ。もっともムスメは補欠で、昨日の試合は出てないし、よほどのことがない限り今日の試合も出ない見込みだった。ただ私はその時間ちょうどカラダも空いているし、妻と一緒に観戦に行こうかと話していた。ところがそれを耳にしたムスメから、「オトウサンは絶対に来ないで!」というキツ~イお達しがあった、と妻が伝えてきた。妻は見に行ってもいいが私はダメらしい。はは~ん、もしも万が一、彼女に出番が巡ってきたとき、無様なプレーをして後で父に指摘されるのがイヤなのだな、と思っていた。ところが妻が言うには、「来年(中3時)は来てもいいけど、今年はダメ」なのだそうだ。とすると、先ほど私が考えた理由とはちょっと違うようだ。どういうことなのか、夕食のときに直にムスメに聞いてみた。ムスメが言うには、「レギュラーでもないのに父親が見に来たりすると、何だか相当入れ込んでいるように周りに見られるのが、たまらなくイヤなの」だそうだ。な~るほど、兄弟の中でも人一倍他人の目を気にするムスメらしい理由だ。ただその気持ち、私にもよく分かる。なぜなら私も同じような感覚を持っていた時期があったからだ。私も中学に上がって以降の各種大会・イベントなどには、一切親を呼びたがらなかった。ただでさえ商店をやっていて、他の子の親よりも顔の知れている自分の親だ、別に目立つ振る舞いをするわけでなくても、そこに居るだけで、何だか気恥ずかしい気持ちがしたものだった。やっぱり親子だ、変なところで似るものだなあ。
2009年07月19日
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どこのお店でも同じだとは思うが、ウチの店では両替だけの要望には、よほどのことがない限りお断りしている。ただ特に夜間の客層が業務店に偏りがちな状況だから、どうしても両替して欲しいというニーズは強く、そのほとんどが「1万円札を千円札にくずす」というものだ。今日び銀行で両替するだけで、手数料を取られるご時世だ、我々商店が、その代わりをさせられるようなことになりかねない。もっともこちらが断れば、向こうも向こうで考える。例えばタバコ1個買うのに、一万円札を出してくる。こういうのはさすがに断れない。しかしそういったお客さんが続くと、たちまちウチの千円札の在庫は枯渇してくる。ある日私はたまりかねて、「千円札が慢性的に不足しています。ご協力お願い致します。」という張り紙を、レジカウンターのところに掲げた。ところが数時間経ったあと見てみると、その張り紙は無くなっていた。私の母親が剥がしたらしい。私がなぜ剥がしたのかと質したところ、「そんなもん、商店がお釣りも用意してないと思われたら、やらしいやん」と返り討ちに遭った。うん、まあ確かにそれもごもっともだ。ただ現実的に足りなくなったらどうするのか?「まあそんなことはないやろ」、どこまでも楽天的だ。でも事実、この会話がなされてから今日までの数ヶ月間、少なくなってヒヤッとしたことはあるものの、千円札が枯渇するということは一度もなかった。足りなくなりそうになると、例えば得意先からの支払いがドーンと千円札ばかりで来たりして、何とか持ちこたえるのだ。偶然といえば偶然かもしれないが、母から見ればこれも必然なのかも........。
2009年07月16日
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大分県・柳ヶ浦高校野球部のバスによる事故は、同じ高校球児をムスコに持つ私にとっても、大変にショッキングな出来事だった。亡くなられた生徒さんは遠くから野球留学で来ていた子だということだが、それだけに親御さんの悲しみも尚更のことだろう。謹んでご冥福を申し上げます。ウチのムスコがお世話になっている高校の野球部も、週末ごとの練習試合や公式戦には、バスをチャーターして会場に赴く。おそらくどこの高校でも、実情はほぼ同じだろう。今回の場合、運転していた副部長がスピードを出しすぎたとか、シートベルトが完備されていない旧型のバスをそのまま使っていたとか、何かと学校側のマイナス材料も指摘されている。確かにそれらはあってはならないことだが、一方的に学校ばかりを責めるのも酷なような気がする。基本的には自動車で移動する時には誰もが、すべからく事故のリスクとは隣り合わせになっている。そのリスクが現実に振りかかるかどうかというのも、自らの責任だけではどうしようも出来ない場合もある。私自身、ムスコが小学校の時には、所属する野球団の児童たちの送迎に携わっていたが、今こういった事故を目の当たりにして振り返ってみると、何と重い責任を背負わされていたのかと、今さらながら冷や汗をかく思いだ。そしてそれに携わっていた数年間、何事もなかったことに感謝したいと思う。小学校であれ高校であれ、保護者であれ教職員であれ、スポーツチームは多くの人たちの無償の手助けによって成り立っている。それがよく分かっているだけに、いたずらに当事者を責める気にはどうしてもなれない。もっとも事故の原因究明は、キッチリと為されなければいけないが、これが仮に責任の擦り付け合いに終始するようなことであれば、学生スポーツというものの在り方を、根本的に考え直さなければいけないのではないか、とも思う。
2009年07月14日
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私はかつて新婚当時、京成電鉄沿線に住んでいた。そして私の妻も小さい頃からこの沿線に住み、京成電鉄で高校に通い、京成電鉄は生活の一部みたいなものだったらしい。先日そんな妻と、どういうキッカケだったか忘れたが、京成電鉄の思い出話に花を咲かせていた。そしてその時、「そういえば私の小さい時と今とでは、駅名が変わった駅がいくつかある」という話題になった。いくつかの駅名を挙げたあと、『京成西船』という駅の名前も挙がった。『京成西船』は小さな駅ながら、JR西船橋駅のすぐ近くにあり、私も知っている駅だが、妻はこの駅がかつて何という名前で呼ばれていたか、ど忘れしてしまっていた。もっとも私にとっては、ここが昔違う駅名だった、ということの方が意外だったが。どうしても思い出せない妻に代わって、興味深く思った私がネットで調べてみると、なんと『葛飾』という駅名だったいうことが判明した。『葛飾』かぁ、ちょっと意外だなあ。柴又帝釈天からはずいぶん離れているようだが........?そういうことで私にとっては、この名前には少々違和感を感じたが、その成り立ちを知ればなるほどと合点もいった。今は船橋市に編入されてしまったが、かつてこの『葛飾』駅があった場所は、「千葉県東葛飾郡葛飾町」という地名だったという。要するに昔から脈々と続く地名としての「葛飾」は、今よりももっと広範囲にわたっていたというわけだ。そういえば今でも千葉県内には「東葛飾郡」が一部残っているし、お隣の埼玉県には「北葛飾郡」もある。そして今都内で「葛飾区」を名乗っているあたりは、かつては「南葛飾郡」だったこともわかった。そしてその広い『“大”葛飾』の中で、あえて「葛飾町」(昔は「葛飾村」)と名乗るほどだから、千葉の「葛飾町」は言ってみれば『“大”葛飾』の中心的土地だったのかもしれない。それが今では『葛飾』と言えば、現在の「東京都葛飾区」のあたりのこととしてしか、認知されていないように思う。もちろんそれは、「寅さん」と「両さん」の力に負うところが大きいのは、言うまでもないが(笑)。元々広範囲を指す地名を、ごく狭い地域を指す地名に転用してしまうことを“僭称”と言って、それに対する批判的な意見も、以前私が読んだ本の中にも書かれていた。ただもう定着してしまったものは、今更どうしようもない、という気もする。まあ地名というのもある意味、生き物のようなものなのかもしれない。もっともいくら「時代とともに変わる」といっても、そこに作為的なもの(政治力とか)があってはならないだろうが。駅名の変更ひとつで、いろいろ考えさせられることがあるものだ。
2009年07月12日
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今週はお中元への対応がピークを迎え、朝から晩までてんてこ舞いの毎日だった。「お中元」と「お歳暮」、この業界ではまだまだ無視することの出来ない「2大イベント」ではあるが、企業の経費節減、虚礼廃止の流れの中で、その受注は減り続けているのは言うまでもない。ところで先日、興味深い話を聞いた。ネットショップで酒類を扱っている酒屋も今はたくさんあるが、これらの店が動かす物量が1年で最も多くなるのはいつか、という話だった。当然私は中元・歳暮期だと思っていたが、答えはさにあらず、なんと........「父の日」だということだ。確かに中元・歳暮をネット通販で、というハナシはあまり聞かない。もっとも現状の中元・歳暮は、企業・団体からの受注が大きなウェイトを占めている反面、ネット通販は個人客が主体だろうから、それもまあ頷ける。それよりも「世代間の贈り物形態の違い」という方が大きいのかもしれない。我々くらいの世代でも、中元・歳暮というのはそれほど贈らない。ましてやもっと若い世代なら尚更かもしれない。そういえば先日のYahooニュースでも、若い世代が中元・歳暮の必要性に疑問を持っている、といったようなことが報じられていた。確かに現状では、「虚礼」の象徴だという気がしないでもない。みんながみんなそうとは思わないが、ある意味、「とりあえず、ここには、これくらい、しとこう」といった、打算の産物でもあるように思える。とても送る側のハートがこもっている物には思えない。それよりは、父の日のギフトの方が、遥かに分かりやすいし、贈る側の満足感も大きいのではないかと思う。そうやって考えていくと、さらに世代が進んできたとき、中元・歳暮という習慣がどこまで残るのか、というところが気になる。私たちとしても、この先行き不透明な伝統的習慣に、いつまでも頼っているわけにはいかないだろう。
2009年07月10日
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「草食系男子」に始まって「弁当男子」と来て、今度は「水筒男子」なるものが登場だ。所詮は流行語に過ぎないのだが、私は何となくそこに意図的なものを感じてしまう。だいたいどうしてみんな“男子”なのか?「草食系“男”」でも「弁当“男”」でも「水筒“男”」でもいいじゃないか(「電車男」というのもあるんだから......)。結局私が推測するに、“男子”という言葉自体に、侮蔑的なニュアンスを含ませているのではないか?言ってみれば、「男のくせに○○なんて、男らしくない。」といったような、ある意味、ひと昔前の男性像を引きずったような感覚である。さすがに今のご時世、正面切って言うにはちょっと憚られるようなことだが、だからこそ“男子”などという無難な単語にすり替えて、そういう一団を暗に蔑んでいるようにも思える。私も最近の若い男性の変化については、必ずしも肯定的なわけでは無いし、「○○男子」と呼ばれるような人たちの肩を持つわけでも無いが、こういう言い方を嬉々として流行らせては、揶揄しているような人たち(特にマスコミの)には、底知れぬ嫌悪感を抱いてしまうのだ。
2009年07月08日
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梅雨の合間の晴れ間の日曜日、久し振りにプロ野球観戦(中日vs阪神戦)に出かけた。........と、ここまで読んで、おや、と思った方は多いはず。なぜなら一昨日からドラゴンズは、ナゴヤドームにジャイアンツを迎えての3連戦の真っ最中だからだ。つまりドームではなく、ナゴヤ球場で行なわれた2軍戦の方なのだ。以前にもここで2軍戦の観戦をしたことがあるが、うるさい応援団や過剰な演出音に悩まされること無く、選手のすぐ間近で球音を楽しみながら観戦できるということで、すっかり気に入ってしまった。さて今日の先発は、山井大介投手。そう、かつてドラゴンズが日本ハム相手に日本一を決める大一番で登板し、8回までパーフェクトの快投を演じた、彼だ。その後2年間はまったく勝ち星に恵まれず、今期もまだ1軍と2軍の間を行ったり来たりだ。そんな山井投手だが、今日は結構気合が入っていた。立ち上がりこそ不安定で1点は献上したものの、その後は尻上がりに調子を上げて、終わってみれば5安打1失点、堂々の完投勝利だ。打線の方は阪神先発の石川投手をなかなか攻略できずにいたが、6回に満塁のチャンスを掴むと、代打・デラロサが鮮やかな2点タイムリーであっさり逆転に成功。1軍ではアライバの控えに甘んじている男だが、さすがにこの中に入ると格の違いを感じさせる。ところで前回観戦したオリックス戦の時には無かったが、今日は7回表が始まるときに、何と『六甲おろし』が場内に流れてくるではないか(もちろんその裏には『燃えドラ』も流れたが)。中京地区は案外と阪神ファンも多いので、そういう意味でのサービスなのだろうか?そういえば余談になるが、今日来場していた阪神ファンのみなさんが最も盛り上がった瞬間が、皮肉にもここだった↓(笑)。途中からは真夏のような日差しも照りつけ、ヘンな具合に日焼けもしてしまったが、のんびりビールを飲みながらの観戦は格別。あ~、やっぱり野球は屋外で土のグラウンドがいいね。
2009年07月05日
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サントリーがイオンやセブン&アイに対して、格安ビール風飲料(いわゆる“第3のビール”)PBの製造元として、商品を供給することになった。これが発売されるようになると、ビール業界の勢力図は大幅に変わってくるかもしれない、それくらいのインパクトはある。何せ350ml缶で小売価格が100円というから、これはもう掟破りの価格だ。いったいどこまで価格を下落させれば気が済むのだろう、というのが正直な感想だ。ただウチとしては、このジャンル(=“第3のビール”)は「積極的に売る商材に非ず」というスタンスなので、この顛末がどうなろうが個人的にはさほど影響はない。ただ、一業界人としては、どうしてもこの行く末が気になる。今回のこのPB商品販売に当っては、「消費者の強い要望を受けて」といったようなことが言われているが、正直なところ、どれだけの消費者が具体的にこういった要望を掲げたのだろう?そりゃ、安ければみんな買うだろう、結果はおのずと出せるだろう、しかしそれだけでは「後付けの理屈」でしかない。要は、サッポロをシェアで抜き差って業界3位の地位を固めたいサントリーと、古い商慣習の支配する酒類業界に風穴を開けたい流通大手の、それぞれの思惑が合致しただけのことで、結果的にお客が喜べば、「消費者のため」という大義名分は立つ。しかしその代償は限りなく大きいと思う。まず間違いなく他の大手3社が、何らかの形で廉価に向けてのアクションを起こす。とりあえず今は各社とも「追随はしない」方針のようだが、なんのかんの言って「利益額」よりも「売上高」を最優先する業界だ、このPB商品の影響が自社商品の売れ行きに及んでくれば、何らかの形で廉価な商品を投入してくるに違いない。そうなると後は消耗戦に突入だ。各社が廉売合戦に明け暮れることになれば、当然ながら中間卸業者、運送業者、原料調達先、資材調達先などにシワ寄せが来るのは目に見えている。また直接の競争相手でもある酒ディスカウントストアなどは、スケールメリットではスーパーに及ばないものの、同程度の価格が求められるだろうから、かなり厳しい状況に追いやられそうだ。影響は各方面に及ぶことは必至で、それが廻りまわっていつか自分の身に及んでこないとも限らない。100円だ、100円だと言って喜んでいる場合ではないのだ。あと、私自身の感覚で最も気に掛かるのが、“本物の”ビールとの価格差の拡大だ。言うまでもなく、「発泡酒」も「第3のビール」も、いわば「まがいもの」だ。一応酒税法上では『ビール』を名乗ることは出来ないものの、一般的な感覚では『ビール』と同列に捉えられていると言っていいと思う。本来「ビール」に対して、「発泡酒」や「第3のビール」が“安い”商品でなければいけないのだが、今や視点はすっかり逆転していて、「ビール」がそれらに対して相対的に“高い”商品と思われるようになってしまっている。いわば「基本的な商品」が「高級品」になってしまうわけだ。今回のように「100円モノ」が登場し定着すれば、その感覚により一層拍車がかかるだろう。何が本物か、何が基本か、その軸足をビール会社にはキッチリと押さえて欲しいところなのだが、「販売数量至上主義」の前ではそんな思想はかすんでしまっているかのように見える。日本酒の長期低落と同じ轍を踏んで欲しくはないと思うのだが..........。
2009年07月02日
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