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先日家族で談笑していたとき、たまたまドラえもんの話題になった。そこで私が、「ドラえもんのテーマソングって、一度替わっているよね」というようなことを言った。もちろん子供たちは知る由も無いが、実は私と同世代の妻が知らなかったようで、それが少々意外ではあった。「え!?どんな歌?」と聞かれて私は、「♪ぼっくっのドラえもんが~、街を歩けばっ、みんな、みんな~が、振り返~る~よっ♪」と歌って聴かせたが、やっぱり記憶に無いらしい。妻にとってもドラえもんのテーマソングは、「♪こんなこといいなっ、出来たらいいなっ.......」でしかないようだ。しかしあとで調べてみると、私の記憶もちょっと曖昧だった。テーマソングが替わったのではなく、現在まで続いている「テレビ朝日のドラえもん」が始まる前に、一度「日本テレビ製作のドラえもん」が放映されていたのだ。そしてその間のブランクは6年もあり、声優陣も全く違うので、言ってみれば全くの別番組だったわけだ。試しにYouTubeで検索してみたら、日テレ版のオープニングテーマが見つかった(→コチラ)。もしご存じない方は、ぜひ一度見ていただきたい。画面を見ると、テレ朝版のものとは画風もかなり違いが見られる。ドラえもんもやや「縦長」になっている気がする(笑)。ちなみにウィキペディアでそのあたりのことをいろいろ見てみると、日テレ版の中断の裏事情など、いろいろ分かって興味深い(→コチラ)。しかしテレ朝版のドラえもんが今日に至るまで、サザエさんに匹敵するほどの国民的アニメになるなど、日テレ関係者や当時の製作会社の人達には、全く予想もつかなかっただろうな。
2009年11月27日
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中2の真ん中のムスメが、一昨日から発熱し、新型インフルエンザの検査で「陽性」が出た。我が家では長男に次いで2例目だ。もっとも本人、長男のときと同じように熱は早々に下がり、傍目には特に具合が悪そうに見えるわけでもないので、まあ一安心だ。ところがムスメの発熱に呼応するかのように、学校でもまた感染者が増えたらしく、今日から今週末まで学年閉鎖になった。実はそのムスメの学年というのが、先月から今月にかけて実に3回も学年閉鎖しており、今回で4回目なのだ。長男や末娘も学年・学級閉鎖は経験しているが、1シーズンに4回というのは極めて異例だ。よほどこの学年の子供たちは感染力が強いとみえる。しかも今のこの時期は、2学期の期末テストの真っ只中なのだが、まだ行なわれていないテストは打ち切られ、閉鎖明けに順延となった。教員も5名ほど感染して休んでいるらしく、学校現場もよほど大変みたいだ。
2009年11月25日
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昨日の日曜日、酒蔵見学をかねて、鳥取県の智頭町というところへ行った。智頭町というのは、兵庫・岡山両県と境を接するあたりに位置する、山間の町だ。ここは昔から、畿内と鳥取とを結ぶ街道沿いの宿場町として栄えたところで、今もその街並みには古い建物が数多く残されている。 紅葉もいい具合に色付いてきている。さてこの智頭町、古くから林業が盛んで特に杉が有名なのだが、それを活かした「杉玉」作りの工房もある。酒蔵の軒下に吊るされ、新酒が出来た時に更新される、アレだ。で、注意して見ていると、酒蔵だけでなく、いろんな建物に当たり前のように杉玉が吊るされている。その杉玉工房も見学させていただいた。決して大量生産不可能な、見事な職人技だ。ところでこの智頭町へのアクセスだが、第3セクターの「智頭急行」というのを走る『スーパーはくと』という特急列車を使えば、大阪からわずか2時間、案外近いところなのだ。ちょうど三連休の真ん中だから、おそらくどこも人で一杯かと思うが、ここには観光客の姿はチラホラとしか見られず、静かで落ち着いた、良い感じの街だった。またいつか訪れてみたい。
2009年11月23日
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「ペットボトル入り禁止を」と生産地代表者昨日解禁されたボージョレ・ヌーヴォーに関して、このような記事(↑)が載っていた。少しでも軽量化を計り、輸送コストを下げることにより、少しでも販売価格を下げようということで、今年はペットボトル入りのボージョレ・ヌーヴォーを発売するところが出てきたのだ。これによって大手スーパーのPB商品には、1,000円を切るところまで出てきている。デフレもここに極まれり、といった感じだ。これに対してフランス側から抗議の声が上がったということだ。まあ文化が輸出される折に、自国の思惑から大きくかけ離れた扱いをされることは、普通によくあることだから、そこまで頑なにならなくても、という気もするが、それはさておいても、私にもペットボトルのボージョレ・ヌーヴォーは、非常に違和感がある。大手流通業界にとっては、経費を削減し、単価を落とすためには何でもアリというわけだ。しかしデイリーユースの商品ならいざ知らず、こんな「年イチ」商材までデフレの波にさらすとは、いったいどういう戦略なのか。ボージョレ・ヌーヴォーなんて、所詮日本では「お祭」であり、「縁起物」であって、言い換えれば「非日常的」な飲み物という捉え方が大半だと思う。こんなときぐらい、チマチマした節約志向を忘れるような消費行動を促してもバチは当たらないのではないだろうか、と思うのだが。
2009年11月20日
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先週、胃ガン健診を受けた際に飲まされたバリウムが原因で、腹具合をおかしくしたことを書いたが、その時以来、私のある持病が再び悪化し出した。それは「[ざ]と[ず]の間」というもので、「花粉症」や「腰痛」と並ぶ、私の「三大疾病」のひとつだ。かれこれ15年ほど前から患っていて、ここ数年はずっと調子がよかったのだが、コイツはちょっとしたキッカケで顔を出すのだ。今日もその専門医のところで診てもらったのだが、まあ手術するほどでもないし、時間をかけて少しずつ治めていくしかないな。とりあえず担当医からは、酒は少々控えるよう、お達しがあった。う~ん、辛いな~。
2009年11月18日
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一昨年の1月、私は携帯電話会社を「au」から「ソフトバンク」に替えた。理由はその時のブログにも記したが、妻と長男がソフトバンクなのに、私が「au」のままでは家族間で無料通話にならないから、ということだった。そしてそれは、私がソフトバンクに替えることで解消した。通話費もそこそこ安くなっているはずだ(と思うが、検証していない。私の悪いクセだ)。しかしその後で、新たな問題が発生した。私の自宅は、どうもソフトバンクの電波が入りにくいのである。以前から妻も、何となく電波が入りにくい気がする、と言っていたのを耳にしていたものの、それほど深刻には考えてなかった。単に妻の機種が“ハズレ”だと思っていたのだ。ところが今まで「au」で何の問題もなく電波が入っていた私の携帯電話も、ソフトバンクに替えてからというもの、妙に電波の入り具合が悪い。もちろん長男の携帯電話も、状況は同じだ。ここでやっと、私の自宅とソフトバンクの相性の悪さが実証されたのである。もちろん手をこまねいていたわけでもなく、一度ソフトバンクに問い合わせてたことがある。電話で状況を伝えると、すぐに係員が電波状況を調べる機械でも持って飛んでくるかと思いきや、「ホームアンテナをご利用になることをお勧めします」とのこと。ただ、それをつければ必ず改善されるかというと、それは「確実に、とは言えない」のだそうだ。さすがにこればかりは、「おとうさん」やSMAPの力をもってしても無理なようだ(笑)。もちろん家族間の通話だけでなく、他人様からの電話やメールにも支障を来たしている。このままの状況が続くのはとてもガマンできないので、全員揃って「au」に鞍替えすることにした。ちょうど私と長男の機械が来年1月で丸2年になるので、それを待って決行しようと思っている。もっとも番号ポータビリティの手続きには、少々手間と時間が掛かったように記憶しているので、年内のうちに行動を開始する必要がありそうだ。
2009年11月15日
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またまた「夢」の話だ。しかし前回の素敵な夢とはうって変わって、今回は少々ヘンな夢で、しかも2晩連続してよく似た内容だった。ひとつ目は、かつてよく通ったライブハウスでのこと。ここでの私は、一応ミュージシャンとなっている。「○月○日、急に穴が開いちゃったんだけど、リカーマンさん、埋めてくれない?」と、そこのオーナー。「あ、いいっすよ♪」と軽く受けてしまった。とはいえ、私はドラマーだ。ドラムがひとりで延々ソロをやるわけにもいかない。そんなこと初めから分かっているのに、今になって焦っている。ピアノもホンの少しなら出来る。歌も何とか歌える。これで何とかしよう。しかし1時間ほどの持ち時間を何とか持たすほどの技量があるわけでも無い。これは必死で特訓しなければ。でも本番まであと幾日も無い。どうしよう、ああ、どうしよう..........。その翌日には、ビジネス関係のセミナーの講師だ。主催者から、私を含めた3人でのコラボで、セミナーを開催すると言われた。ちなみに他の2人というのは、全国的によく知られた著名人(今となってはどんな人物だったか、全く記憶に無い)である。しかし私はそういう依頼を受けたことすら、すっかり忘れていた。当日になり、そのことを思い出したのだが、もはや後の祭り.........。もともと講師たる素養も何も無い状態の私が、大物2人に挟まれていったい何を話せと言うのか。どうしよう、ああ、どうしよう..........。いずれも目覚めとともに、その焦燥感から開放されるところは同じだった。しかしあまりによく似た夢を2夜続けて見るというのも、何だか気味が悪いな。何かの暗示なのだろうか?
2009年11月13日
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最近よく、印象的な夢を見る。印象的な夢とはこの場合、夢の内容を鮮明に覚えている、ということだ。先日は、初恋の女性が夢の中に登場した。実際にはその恋は片思いのまま終わってしまったのだが、この夢の中では私にとって理想的な展開になっていった。とても甘~い夢で、目覚めてからもしばらくの間、ポワ~ンと夢見心地でいたのだった。妻よ、許せ。
2009年11月11日
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今日は妻と一緒に、毎年恒例の定期健診に行ってきた。基本健診は後日、近所の医療機関で受けることになっており、今日は主に「ガン検診」だ。ということは「胃ガン健診」のときに、バリウムを飲むわけだ。私はあのバリウムというのが、嫌いだ(もっともあれが好きだという人にお目に掛かったこともないが)。いや、バリウムそのものよりも、あれを飲んだ後がイヤなのだ。バリウムを飲んで診断が終わると、バリウムを早く排出させるために、下剤を飲まされる。もともとデリケートな内臓を持つ私には、あの下剤がどうも相性が悪いようで、きまってその後ほぼ一日中、腹具合がおかしくなるのだ(汚いハナシで申し訳無いが)。だから私の場合、腹具合の悪いままで仕事をせずに済むよう、胃ガン健診は必ず休日に受けるようにしている。実は今日行ってきた健診会場も、私の自宅からはちょっと遠いのだが、自宅から近い会場は平日の開催だったので、そのためにわざわざ遠くまで足を運ばねばならなかった。バリウムを使っての内科検診というもの自体、ひところから見たら偉大な医学の進歩だとは思うが、個人的にはバリウムを飲まずに済むような、他の検査方法が開発されることを望みたい。
2009年11月08日
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民主党政権になり、このところまたもや「タバコ増税」案が浮上してきている。もっとも私はとうの昔にタバコを止めているので、タバコの値段が上がろうとも懐は痛まないが、このところの増税派の意見を聞いていると、決まって「健康」というキーワードが出てくるのが引っ掛かる。税収を増やすために何で賄うか、という論議と、国民の健康問題とは、本来直接関係は無いはずだ。健康のためには禁煙したほうがいい、というのもまた真理ではあるだろう。しかしそれはあくまでも強制されるべきものではなく、各々が個人の責任において喫煙している限りは、その判断もその個人に任されるべきだ。それが今回の増税案は、「タバコなど『百害あって一利なし』です。この際だから値上げを機に止めちゃいなさい。」などと言っているも同然だ。これはお節介というか、持って行き方が少々姑息では無いだろうか?共産党の市田忠義書記局長が、「喫煙権もある」と言ってタバコ増税を批判したのも、私には充分うなずける。受動喫煙とか劣悪なマナーなどへの批判が、タバコ増税への原動力になっているフシもある。しかしそれらが悪いから元から断ってしまえ、という発想も、ちょっと短絡的ではないかと思う。分煙が徹底されてきている昨今、私自身も外でタバコの煙を感じることもほとんど無くなったし、ここ数年の間に喫煙者のマナーも、目に見えて向上してきていると思う。それでもダメだと言うのなら、更なる分煙化を推し進めるなり、マナー違反者へのペナルティを強化するなり、何なりとやり方はあるだろう。とにかく安易にタバコそのものを悪者にすることは、いかがなものかと思うのだ。
2009年11月05日
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ずいぶんと前のことになるが、兄から「クラシックCD集」なるものを譲り受けた。通販か何かで衝動買いしたのはいいが、結局全部聴く前にその気が失せてしまったらしく、中にはまだ包装フィルムすら未開封のものも何枚かある。全数十巻から成るたいそうなものだが、どういうわけかいくつか欠番があるので、ネットオークションに出すわけにもいかない(笑)。まあ私もクラシック音楽は嫌いではないので、全部もらい受けてボツボツと聴いていくことにした。ところがこのクラシック音楽というものは、ある意味厄介なものだ。いや、音楽性がどうの、とかそういう問題ではない。比較的一本調子のポピュラーミュージックに比べて、メリハリのハッキリしているクラシックは、音量のレンジが桁外れに広い(特にオーケストラもの)。弦の音が蚊の鳴くようにしか聴こえないところがあるかと思えば、突然管と弦がいっぺんにドーンと地鳴りを立てるように響くところがあったりする。普通の音量で聴いていては、音の小さいところが聴こえないから、どうしてもボリュームを上げ気味にせざるを得ない。しかし私が音楽を聴く時間というと、平日の夜中、もしくは休日しか無い。もちろん夜中にそんなに大音量で聴くことは出来ないし、休日の昼間でも子供たちが騒々しかったりするので、落ち着いて聴くことが出来ないのだ。それならヘッドホーンで聴けばいいか、と思いきや、前述した音量レンジの広さがここでも災いし、音の小さいところを基準に音量を合わせると、音がデカくなる箇所では鼓膜が破れそうになってしまう。それに私は基本的にヘッドホーンで聴くのはあまり好きではないし、ましてやクラシックのように、音が伝わってくる空気感そのものを楽しむような音楽を、ヘッドホーンで聴くというのはあまりにも悲しいものがある。そんなこんなで兄から譲られたCDには、いまだに未開封のものが残っている。
2009年11月03日
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あまり宣伝が大々的な映画というのは、往々にして肩透かしを食らったりすることも多い。そんな懸念もあったが、「映画の日」の今日は1,000円で観られるということもあって、妻も観たがっていた『沈まぬ太陽』を一緒に観賞して来た。いやいや、なかなかどうして、素晴らしい出来ではないか!物語は1985年の御巣鷹山ジャンボジェット墜落事故を軸に展開する。ストーリー自体はあくまでもフィクションだが、事故自体は現実にあった出来事だし、ここに登場する半官半民の『国民航空』というのは、紛れも無く今話題の“あの”航空会社だ。ある意味ドキュメンタリー的な部分がフィクションの中に混在しているわけで、場合によってはリアルの人物に対して、一方的なイメージを植えつけてしまうことも有り得る。聞くところによると、遺族の方の描き方を巡って考え方の相違があり、撮影が難航したともいう。それでも今、あえてこの作品を映像化して世に出そうとしたスタッフたちの、並々ならぬ決意には拍手を送りたいと思う。あの墜落事故を風化させないためにも、後世に伝えていくべき映画だと思う。またこの映画の公開に歩調を合わせるかのように、日航の経営危機についてのニュースが取り沙汰されているのも、何か因縁めいたものを感じる。日航に対しては、今一度自らの足下をしっかりと見つめ、襟を正して再建の道を歩んで欲しい、というメッセージなのだろうか。エンタテイメントとしての映画性も疎かにはされていない。全体的に重苦しく、かつ長い(202分)作品だが、それでも最初から最後までずっと引き込まれっ放しだった。主人公の理不尽な人事異動のことと、ジャンボジェットの墜落事故、このふたつの大きなテーマをあえて区切らず、それぞれの時間軸を交互にかみ合わせながら物語を進行させ、その合間に家族愛などの要素をちりばめていった、脚本の上手さゆえではないかと思う。あとはやっぱり、個々の役者もそれぞれの持ち場で、それぞれいい仕事をしている。主役の渡辺謙にとっても、彼のキャリアの上での代表作になるものではないだろうか。
2009年11月01日
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