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もうかれこれ10年くらい前になるだろうか、NHK教育テレビで面白い番組をやっていた。グッチ裕三が出演する『ハッチポッチステーション』という番組だ。グッチが何対かのパペットと絡みながら、ドタバタを繰り広げるバラエティーショーだが、その中にいくつかのコーナーがあって、その中のひとつ『What’s Entertainment?』というコーナーが、異常なまでに面白かった。最近、これらの画像がYoutubeにいろいろアップされているのを知り、先日も懐かしく見入りながら、時折ひとり爆笑していた。内容としては、毎回グッチが様々な海外のロック・ポップスのアーティストに扮し、その物真似をしながら、気がつけば童謡を歌っている、という趣向だ。グッチの物真似もさることながら、アーティストの持ち歌と童謡との混じり具合がまた絶妙で、しかもバックの演奏も結構オリジナルに忠実だったりする。一部の作品のリンクを貼っておいたので、私があれこれ講釈を垂れるよりも、まずは聴いていただこう。 『あのこはだあれ』 byエリック・クラプトン 『一週間』 byディープ・パープル 『犬のおまわりさん』 byクイーン 『おうま』 byサンタナ 『母さんのうた』 byアース・ウィンド&ファイア元々子供番組のはずなのだが、今の子供たちがこれらの「元歌」を知っているはずも無いので、これはやはり「大人のためのパロディ」と見るべきだろう。それが証拠にこの番組は時々、まず子供が起きているはずのない深夜の時間帯に、再放送されていたことがあったのだ。こういうNHKスタッフの、確信犯的な悪ノリぶりというのは見てて楽しいし、パロディのセンスも悪くない。そしてなによりグッチ裕三の歌唱力とエンタテイメント精神に、改めて脱帽してしまうのだ。
2009年05月31日
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女優の森光子さんに対し、国民栄誉賞が贈られることになった。いまさらながら、この「国民栄誉賞」ほどいい加減な賞もない。そのことは確か以前にも書いたが、それでも今回ちょっとマシかな、と思ったことは、文化人でありながら生前に賞を受けることが出来たことだ。これまでに生前にこの賞を受けることが出来たのは、藤山一郎さんただひとりしかいない。ただ今回の森さんの場合、『放浪記』で主演を2000回務めたという功績が評価されてのことだから、どちらかというとスポーツ選手の場合と同じく、「記録達成」が選考基準になったケースだ。つまり依然として、文化人が生前に国民栄誉賞を受けるのは、極めて難しいのに変わりはない。同じような理由で、長嶋茂雄さん―――彼にもいずれ間違いなく贈られるはずだ―――も生前に受けるにはキッカケが無い。やっぱりあまり意味のない賞だと思う。そしてこれに倣って全国の自治体が乱発している「○○県民栄誉賞」とか「△△市民栄誉賞」みたいなのも、いい加減止めにしたら、と思うのだが........。
2009年05月29日
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ずっと以前から本屋で、この本が平積みになっていたのが気になってはいたが、今回初めて手にとって読んだ。 奇跡のリンゴおそらく以前の私だったら、こういった類の話はともすれば、斜に構えながら読むことが多かっただろう。この人は特別なんだ、とか、たまたま偶然なんだろう、というように、自分に重ね合わせることをしようとしない言い訳を、心の中で懸命に探しているような、そんな読み方だったように思う。しかし以前のブログに書いた「この本」で、「“一所懸命”と“本気”は違う」ということを学んだ私は、今ではこの人のスゴさがスッと理解できる。「“本気”でやったからこそ、どんな手間も厭わず、苦しいことにも堪えてやってこれたんだ」と素直に思えるのだ。この木村秋則さんこそ、まさに「本気」の人だ。
2009年05月27日
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映画『スラムドッグ$ミリオネア』を観た。実は前回、『グラン・トリノ』を観に行ったとき、この『スラムドッグ$ミリオネア』とどちらにしようか迷っていたのだが、結局は『スラムドッグ$ミリオネア』が今年のアカデミー賞8部門受賞、ということが決め手になって、そういう作品なら後にとっておこう、すぐに打ち切りになることもないだろうし、というわけで、『グラン・トリノ』を先に観た。そして以前のブログに書いたように、その『グラン・トリノ』はまことに素晴らしい作品で、どうしてこれがアカデミー賞にノミネートもされなかったのか、不思議でならなかった。さて、そしてこの『スラムドッグ$ミリオネア』だが、映画の出来としてはなかなかよく出来ているな、とは思ったものの、正直言ってあまり後味の良い作品ではなかった。観ていて、いろいろと引っ掛かるところがあった。まずこの映画のタイトルに出てくる「スラムドッグ」、これは「貧困層の少年」のことだと思うが、あまりにも差別的な表現ではないだろうか?もっとも今のインドの様子は、この映画の主人公の少年期とは違ってきているのかもしれないが、「スラムドッグ」なる言葉がタイトルに使われているのを、貧困層の人々はどのように受け止めているのだろうか、などと作品とは関係のないところで引っ掛かってしまった。この映画はインドのムンバイが舞台だが、製作はアメリカとイギリス、そして監督のダニー・ボイルは英国人だ。そういった予備知識が災いしているのかもしれないが、全体の描写が心なしか「上から目線」に感じたのだ。インド国内に根強く残る身分制度や、それに付随する不条理の数々は、人道的見地から、とても見逃すことの出来ないものなのかもしれない。それを覆い隠して、「臭いものにフタ」をしてしまうことも、良くないことなのかも知れない。しかし、時に目を覆いたくなるような映像を、あえてこの映画の中に満載する必要があったかどうか、というのも疑問だし、それが欧米人の手で為されるところに、やはり「上から目線」を感じずにはいられない。象徴的なシーンがある。ちょっとネタバレになるが、話の本筋とは直接関係ないところなので、ご容赦いただきたい。 主人公のジャマールは、日銭を稼ぐために、外国人観光客の観光ガイドをしていた。 ある日、彼が米国人夫婦の案内をして戻ってきたら、米国人夫婦のクルマが車上荒らし.... ....どころかタイヤに至るまで根こそぎ持っていかれていたのだ。 駆けつけた警官は、ジャマールが貧困層の出だと分かるやいなや、 「オマエもグルなんだろう」とジャマールに暴行を加え始めた。 ジャマールは、オロオロする米国人夫婦に向かって「これが真のインドの姿なんです」。 そして見かねた米国人夫婦は警官との間に割って入り、 「これが真のアメリカだ!」と言って、何とジャマールの手にドル紙幣を掴ませた........。ひょっとすると皮肉の混じった演出かもしれないが、一見して「大国主義ここに極まれり」といったシーンだ。よもやこういったところにカタルシスを感じるようなアメリカ人ばかりではないとは思うが、こういった「上から目線」的なアメリカ人のプライドが、アカデミー賞の選考に影響を及ぼしたかもしれない、というのは、あまりにうがった見方だろうか?アジア人種に華を持たせる内容だった『グラン・トリノ』が、アカデミー賞に無縁だったというところに、『スラムドッグ$ミリオネア』との決定的な違いを見たような気がした。
2009年05月24日
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毎日のように新型インフルエンザの感染者が増え続けている。普通に考えれば当然のことだと思う。そのわりにニュースなどを見ていると、いまだに「感染者が確認されたのは全部で○○都府県」とか、「××県では初の感染者」といった言い方がされているし、都道府県別の数字なども公開されている。でもこんな報道はあまり意味がないように思う。かえって感染者が出ていない県の人を、油断させることにならないだろうか?江戸時代じゃあるまいし、毎日のように新幹線をはじめ、各種交通機関が普通に動いて、人も頻繁に行き来しているのだ、この狭いニッポン、どこに菌が飛んでいっても不思議ではない。日本全国、自分の住む地域にも、すでに感染した人がいると思っておいたほうが良さそうだ。
2009年05月22日
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毎年ゴールデンウィークを過ぎると、仕事の方はパッタリとヒマになるものだが、今年はどういうわけか、先週から今週にかけて、いろいろとイレギュラーの仕事が舞い込んで、おかげさまで忙しい思いをさせてもらっている。まあ中には、労力の割りには全然儲からない仕事もあるが、反対に結構オイシイ仕事もあったりする。昨年暮れから今年にかけて、ウチのお得意先の飲食店さんで、閉店してしまうところが相次いで、売上はガタ落ち.......(>_
2009年05月20日
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新型インフルエンザが、今日一日で飛躍的に感染者数を伸ばしてきた。初めての国内感染が確認されたのがまだ昨日のことで、今朝の報道ではその数もまだひとケタだったのが、今この段階でもう42人にも上っている。驚異的な広がりだ。潜伏期間にある人も含めると、現時点での感染者はもっと増えていることだろう。もう「水際」だの「隔離」だのと言っている場合でも、なくなってきているのかもしれない。もはや無関心でいるわけにいかないが、かといって騒ぎ過ぎるのも問題だ。あくまでも冷静な判断をしないとね。幸い「弱毒性」ということがハッキリしてきているから、必要以上にビビることもないだろう。政府や自治体に頼っていてもしようがない。自分の身は自分で守るしかない。まずはうがい、手洗い、そして体を疲れさせないことだな。
2009年05月17日
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民主党の代表選挙が明日行なわれる。私にとってはどちらに転ぼうが、大して影響は無いのだが、岡田克也氏は私の小学校・中学校の先輩でもあり(年代は大分離れているが)、そういう意味ではシンパシーを感じている。ただ正直言うと、鳩山vs岡田というよりは、もっと別の候補者はいなかったのか、と残念に思うところがホンネではある。98年4月の結党以来、代表の職は<菅→鳩山→菅→岡田→前原→小沢>と流れてきているが、今回どちらが代表の座についても「2度目」となる。同じ人物が2度も代表につくというのは、それがその時点でのベストチョイスと言われればそれまでだが、やっぱり「人材不足」という感は否めない。それに「11年間で6代」というのも、ちょっと多すぎだ。この間、選挙に負けた責任といっては辞め、議員が不祥事をやらかしたといっては辞め、の繰り返しで、有権者はその代表の理念とか政策といった、もっと根本的で、且つ長期的スパンが必要な事柄について、吟味することがなかなか出来ない。言ってみれば、「選挙で勝つための代表選び」といった側面が拭えず、決して国民の側を向いているようには思えないのだ。基本的に「党の顔」なんてものは、そうコロコロと入れ替わるべきではないと思う。一旦党を挙げて選んだからには、たとえ多少のマイナス要因が発生しようと、トップたるものはもうちょっと、デェ~ンと構えていてもいいんじゃないかな。これは、何かと言っては揚げ足を取ることに躍起になり、すぐに「辞任」というイメージづくりに結び付けがちなマスコミと、それに常に振り回される我々の側にも、問題はあるのかもしれないが。
2009年05月15日
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ドラゴンズの岩瀬仁紀投手が、通算200セーブを達成した。おめでとう!200セーブの記録は彼で4人目、一見簡単に到達できそうにも思えるが、抑えに専念できる年数が比較的短いことと、常にコンスタントな成績を上げなければいけないことを考えれば、なかなか難しいことだろう。しかしもっとすごいのは、彼自身プロ11年目の選手ながら、本格的に抑えに転向してからは、まだ正味5年とちょっとしか経っていないことだ。しかもそれ以前の5年間も、宣銅烈、ギャラード、大塚晶則といった抑え投手につなぐセットアッパーの役割を担って、年間相当数の登板を余儀なくされており、その負担はセーブの付く抑え投手と比べても、さほど遜色がないとも思われる。それだけ酷使された後でも(特に星野元監督がそうやってリリーフ投手を潰していくのは有名だ)、たったの5年間で200セーブとは、考えてみればスゴイことだ。「ピッチャーの肩は消耗品」とはよく言われることだが、彼のその鉄腕ぶりは、彼のプロフィールにも関係しているようにも思える。彼の出身校である西尾東高校というのは、特に野球校というわけでもない普通の公立校で、肩を酷使するようなレベルでもないし、愛知大学に進んでからは、どちらかといえば野手としての出場が多かったようだ。もちろんバッティングもなかなかのもので、何を隠そう彼の大学4年間の通産安打124本というのは、愛知大学野球リーグでの最多記録にたったの1本及ばない、第2位の記録なのだ。もちろんプロ入り後は先発投手では無いので、打席に立つ機会はほとんど無いが、それでもごくたまにイニングをまたいでの登板のとき、チャンスに彼に打順が廻ってきてもベンチが代打を送らず、あれっと思っていたら、スコーンときれいなヒットを放つ、というシーンを何度か目撃したものだ。昨年の北京オリンピックでの大不振に象徴されるように、このところさすがに永年の勤続疲労がたたってきたかな、と思えるようなときもあるが、まだまだ頑張って欲しい投手だ。昨シーズン終了後、同僚の川上投手と共にFA権を獲得したとき、一部でメジャー挑戦が囁かれたが、「川上は別に行ってもいいけど、岩瀬だけは残ってくれないと困る」と思ったのは、私だけではないはずだ。
2009年05月13日
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我が長男、小学校のときから野球をしている。小学校のときに所属していた地域のチームは、運営自体を父兄で行なっていたので、何かと私たち夫婦も借り出された。もちろん試合会場までの送迎なども、その中の大きな仕事のひとつで、そのために日曜日に朝早く起きるのは、朝の弱い私にはとても苦痛だった。これが中学校以降になると、学校の部活動として動くわけだから、もはや父兄の出る幕ではない。ああ、これでやっと日曜日に開放される、ということで中学の3年間は、のんびりと日曜日の朝寝坊なども堪能していた。ところがいざ高校に入ると、思ってもみない事態が生じてきた。日曜日に練習試合で遠くへ行くときには、一旦学校へ集合して、貸し切りバスで移動するのだが、その集合時間がやたらと早いことがある。長男は普段電車で学校に通っているが、場合によってはその集合時間が、始発電車でも間に合わないような時間だったりすることもある。ちなみに長男は野球部員の中でも、最も学校から遠い部類なのだが、もちろんそんな事情が考慮されるはずもない(ましてやまだ一年坊主だし)。他に交通手段がない以上、もはやクルマで送って行くしか方法はない。そういうわけで今朝は4時半に家を出て、片道約40分くらいの道のりを学校まで送っていった。前日の夜も遅かったから、起きるのも辛いが、もちろん帰ってから“二度寝”するのは言うまでもない。もう子供の野球の世話で苦労することはない、と高をくくっていただけに、こんなケースがあと2年半の間に何回あるか、と考えると、さすがに滅入ってしまう。
2009年05月10日
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以前、某所で開催された「日本酒を愉しむ会」に参加したときのこと。この会は主に一般消費者の方が対象となっているが、私も含め、ちらほらと酒販業の人間の姿も見られた。その中のひとりで、私も見知ったある方(仮にAさんとする)の振る舞いが、少々気になった。この会には何軒かの蔵元の方が来てみえて、それらのお酒をいろいろと飲み比べてもらおうという趣旨だ。テーブルの上には利き猪口がひとりひとつずつ置かれ、それを持って各蔵元のブースへ行き、お酒を注いでもらってくることになっている。しかしAさんは係りの人にお願いして、自分のテーブルに銘柄の数だけの利き猪口を用意させ、なおかつ、口をすすぐための水まで頼んでいた。要するに、“仕事としての利き酒”のための体裁を、自分のテーブルの上だけに整えたわけだ。せっかくいろんな銘柄のお酒を味わう機会だから、キチンと利き酒しないと勿体無い、と思ったのだろう。勉強熱心といえば、勉強熱心だ。しかしこれはある意味、「空気を読んでいない」行為だと私には映った。ここはあくまでも、「日本酒を愉しむ会」なのだ。業者の「利き酒会」ではない。私も日々、自らの研鑽のために利き酒をするが、そうやってお酒を飲むことと、愉しみでお酒を飲むこととは、まったく別物と割り切っている。しかしながらAさんは、周りの大多数が日本酒を“愉しんで”いるところで、一生懸命“お勉強”しているようなものだ。確かに誰に迷惑をかけているわけでもないから、非難されるようなことでもないのだが、少なくとも私には「場違い」なように見えた。私は“愉しむ”場では、勉強抜きにして愉しみたい、と思う。そしてその方が、より「消費者目線」で商品を見ることが出来るような気がする。
2009年05月08日
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GWも今日で終わり。高速道路の渋滞もピークは過ぎたようだが、まだまだ激しい混雑は続いている。さて、先日高速道路の渋滞のことについて書いた折に、ちょっと思い出したことがある。高速道路が大渋滞すれば、当然ながらサービスエリアなどのトイレも大混雑する。そこでよく見られる光景に、女性トイレの長い列に業を煮やしたご婦人方(たいていはオバサンだ)が、男性トイレ(もちろん個室)の方に列をつくる、というのがある。あれは見ていて、あまり気持ちの良いものではない。あれがまったく公序良俗に反することなのか、あるいはどうしても止むを得ないことなのか、その見解は分かれるところだろうが、その良し悪し以前に、そもそも問題はトイレの構造自体にありそうだ。普通の「小用」を足す場合で考えると、そのために費やすスペース及び所要時間は、女性は男性のおよそ2倍くらいと考えられる(「大」なら同じだが)。その理屈で考えると、女性用トイレの総面積は男性用の2倍なければいけないはずだが、不思議とどこのトイレも男女同じ面積だったりする。これでは女性トイレが溢れかえるのは当然だろう。少なくともこれから公共施設のトイレを造るときは、男女1:2の面積比率で造らないといけないね。
2009年05月06日
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「良い映画」にはしょっちゅう当るが、「素晴らしい映画」というのには、なかなか当らない。「感動的な」作品というのは巷に溢れているが、心底「感動できる」作品というのは、めったにない。地味な作品ながら、このふたつの要素を兼ね備えた、まさに「名画」だと思う。クリント・イーストウッドには、前回監督作品『チェンジリング』でもやられたが、今回またしてもやられてしまった。しかも今回は主演俳優として主人公ウォルトの、ガンコだがカッコイイ老人ぶりを、余すところなく演じ切っていた。このガンコ老人の主人公ウォルト、過去の兵役の傷跡を心の中に残し、その一方で自分の正義に反するものは容赦なく罵倒するし、差別や偏見にも満ちた物言いもする。そんな彼が隣人であるアジア系家族との交流の中で、次第に変わっていく...........。まあこれ以上は語るまい。ただ、エンドロールに流れるテーマソングがとても印象的で、ここへ来て思わずグッとなってしまったことだけは付け足しておきたい。
2009年05月04日
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昨夜、仕事の合間にいつものように、YAHOOスポーツのプロ野球のページを開き、途中経過をチェックしていた。楽天はこのところ実に強い。この日もオリックス相手に8回までに12点を取って大量リードだ。しかしここまで取られたピッチャーは誰なんだ、と思ってオリックスのピッチャーをチェックすると、中山というピッチャーの名前しか出てこない。しかし12点も取られて、先発投手が途中降板しないはずは無い、これはきっとYAHOOのシステムエラーか何かかなと、その場では勝手に解釈していた。しかし今朝新聞を開いた時点で、YAHOOのエラーでも何でもないことが分かった。中山投手は完投してさせられていたのだ。オリックスの大石監督にしてみれば、球数を多く投げる中から何かを掴み取って欲しい、そういう思惑があったらしい。言ってみれば「訓練」、もしくは「懲罰」だ。なるほど、そういう考え方もアリなのかもしれない。しかしそれ以前に、プロ野球の公式戦が、「興行」だということを忘れてもらっては困る。そういうのは本来、2軍戦とかオープン戦でさせるべきだろう。指揮官にとってその試合は百何十分の1の試合でしかなく、その1試合の経験がこのあとの数試合に活きてくるのなら、無駄なことではないと思ったのだろうが、この日に球場に来た観客の中には、めったに野球を観に来ることが出来ない方も大勢いるだろう。この采配は、そういう方々に失礼な行為ではなかっただろうか?もし私がこの場に居合わせたら、間違いなく「カネ返せ!」とヤジを飛ばすね(笑)。どうしてもやるんだったら、たとえば欽ちゃんの「マイク・パフォーマンス」を真似て大石監督自らが、「中山投手は本日不甲斐ないピッチングをお見せしてしまったので、罰として試合終了まで投げさせます」と説明し、中山投手はそれに答えて「もう勘弁してくださいよ~」などと返したらどうだろう?それはそれで良いファンサービスになるかもしれない。案外これをキッカケに中山投手のファンも増えるだろうしね。
2009年05月02日
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ゴールデン・ウィークに入る前にメディアなどで報じられていた、高速道路の渋滞予測を見ていると、「関越道・花園インター」、「中央道・小仏トンネル」、「東名道・大和トンネル」などの、古くから渋滞でおなじみの場所に混じって、「東名阪道・四日市インター」という名前が、最近ではよく聞かれる。我が家からさほど遠くはない所だ。実はここはゴールデンウィークどころか、平日でも10km前後の渋滞が恒常的に起こっている、渋滞の名所なのだ。以前はそのようなことはなかったのだが、ここが渋滞するようになったキッカケは、昨年春の「新名神高速道路」の開通にある。これが開通したことによって、四日市あたりから関西へ出かけるのが格段に便利になったが、同時に名古屋以東と関西地方とを行き来するクルマが、従来の関ヶ原経由の名神高速からこちらに流れてくるようになった。関ヶ原経由よりも直線距離に近いし、道も新しくて走りやすいので、当然と言えば当然だ。そんなこんなでクルマの通行量も次第に増え、四日市インターが新たな「渋滞の名所」として急浮上してきたわけだ。もっとも私はGWの期間中、高速道路に乗ることはないから実害は無いが、ただひとつ心配なのが、東名阪道の渋滞を避けてあぶれたクルマが、一般道で別の渋滞を引き起こすことだ。そうならないようには祈っているが、何だか観光地の近くに居を構える人の苦悩がよく分かるね。
2009年05月01日
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