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福島第一原発及び同第二原発の今回の事故は、原発の設計条件においては考えられていない想定外の過酷事故であり、極めて深刻な事態が続いています。この影響を避けるためには、原発から距離を置くのが最も有効な手段です。可能であれば、福島原発から、できるだけ遠くへ離れることがベストです。移動できない方は、建物の中に入って、外気に極力触れないでください。雨には絶対に当たらないように気をつけてください。「何キロまで離れれば安全か」について判断することは容易ではありません。この判断のためには、放射能レベルと気象条件についての正確な情報が必要であり、さらに、今後何が起こりうるかについての的確な予測が必要だからです。これまでの政府・東京電力の情報提供は極めて不十分であり、この判断のために必要な情報を、正確かつ迅速に提供するべきです。◆ 放射線被ばくを考える被ばく線量の推定には、本来ならどのような放射能がどれだけ放出されたのかという基礎的なデータが必要だが、これが公開されていない。そこで、今の段階では、かなり粗いものであっても、各個人が自分の被ばくを推測して、判断する目安を得ることは有益だろう。【1】単純に被ばくを計算する例えば、住んでいる地域で20マイクロシーベルト/時の線量が測定されたと仮定しよう。この線量の状態が続くと仮定して、時間を掛けると、とりあえず被ばく線量が出てくる。24時間では480マイクロシーベルトとなる(20×24=480)【2】内部被ばくを計算しよう人間は呼吸をしているのだから放射能を体内に取り込む。この線量を計算することは難しいが無視することはできない。どの放射能がどれくらい出ているか分からないからだ。ここでは大まかに2倍とする。そうすると、24時間で960マイクロシーベルトとなる(480×2=960)【3】乳幼児や子供は放射線への感受性が高い乳幼児や子供、成長期の若者は放射線への感受性が高いと考えられている。ここでは2倍とする(ヨウ素131では10倍になるとの評価もある)。乳幼児や子供は、24時間で1,920マイクロシーベルトとなる(960×2=1920)。【4】被ばくの影響を考えよう専門家がいう「直ちに人体に影響を与える量」とは急性障害を与える量250ミリシーベルト(250,000マイクロシーベルト)のことを意味しているようだ。あるいは、人によっては100ミリシーベル トの被ばくのことを意味しているように思われる。これを基準に考えることは高い被ばくを容認することになる。微量な被ばくでも発がんのリスクを高める。発がんのリスクは被ばくの量に応じて高くなる。例えば、国際放射線防護委員会は1ミリシーベル トの被ばくで、将来10,000人に1人のガン発生が考えられるとしている。この評価には、倍くらい厳しく見るべ きとの意見もあり、その場合5,000人に1人となる。【5】被ばくは極力避ける方が望ましい。が、少しの被ばくで大慌てする必要もない。被ばくを低く抑えるには、『1』離れる、『2』時間を短くする、『3』身に付かない(吸入しない)ようにすることが原則。モニターの値が高い時にはできるだけ外出を控える、外出は短くする、マスクなどで防護する、などの対策 が考えられる。屋内は屋外に比べて、被ばくは2~3倍くらい少なくなる。モニターの数値は首相官邸「平成23年東北地方太平洋沖地震への対応」で得ることができる。http://www.kantei.go.jp/jp/kikikanri/jisin/2011031..●ドイツ気象庁 http://www.dwd.de/福島第一原発からの放射能放出の予測http://www.dwd.de/bvbw/generator/DWDWWW/Content/Oe..原子力資料情報室http://www.cnic.jp/modules/news/
March 31, 2011
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警察庁によると、18日午後2時現在、東北など12都道県警が検視などで確認した死者数は6539人に上り、平成7年の阪神淡路大震災の死者数(6434人)を超えた。家族や知人から届け出があり、依然行方が分かっていないのは1万354人で、死者と行方不明者は合わせて1万6893人。重軽傷者は17都道県で計2513人になっている。 北海道1人 青森3人 岩手2040人 宮城3860人 山形1人 福島583人 東京7人 茨城19人 栃木4人 群馬1人 千葉16人 神奈川4人 岩手・宮城の突出した人数は、いかに津波が恐ろしいかを物語っている。 また、警察が把握している18日正午現在の避難状況は、8県で計約38万2586人。 岩手4万8413人 青森367人 福島13万1665人 栃木1028人 宮城18万3184人 茨城7567人(福島からの避難者含む) 新潟7650人(福島からの避難者) 山形2712人(福島、宮城からの避難者) 地震に加え原子力発電所の事故がさらに避難民を増やしている。 この国難は、いつ解決できるのだろうか?
March 18, 2011
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「TSUNAMI」の爪痕はここまですさまじいのか。岩手県大船渡市の被災地に入り、生存者の捜索活動を行っている米国、英国、中国の救助隊員は、生々しい現実を目の当たりにしている。経験豊富な救助のプロも現地入りした際は、言葉を失うほどだった。大船渡入りしたのは米国150人、英国70人、中国15人。15日から地元の住民や消防隊員に被害状況を聞き、救助犬を使いながら、がれきの山をかき分けて捜索している。米国のジョージ・カーペンターさん(32)は「一人でも助けられないかと思って仕事をしている」。ジョー・カレダさん(51)は「スマトラやハイチの大地震よりもひどい」とショックを受けていた。中国からの救助隊員は「津波はあっという間に家屋を横倒しにするので、地震のような災害とは大きく性質が異なると感じた」と驚いていた。「四川大地震で日本に支援の手をさしのべてもらった。私たちも喜んで捜索に協力したい」と話した。16日午後0時52分ごろ、千葉県などで地震があり、同県北東部と茨城県北部で震度5弱の揺れを観測した。気象庁によると、震源地は千葉県東方沖で、震源の深さは約10キロ、地震の規模(マグニチュード)は6.0と推定される。政府は16日、東日本大地震の被災地で海外医療チームを受け入れることを決めた。日本の医師免許なしの医療活動は医師法上、認められていないが、今回は例外とした。派遣を準備しているカナダのチームから順次受け入れる見通し。15日、静岡県の東部を震源とする最大震度6強の地震があった。東日本大震災を受けた旅行代理店の日本ツアー取りやめや個人客のキャンセルが本格化してきたもようだ。15日までに、有力代理店の多くが、月内の日本パック旅行取り扱い中止を発表した。東日本大地震で、死者・行方不明者は、警察庁が把握しているだけで1万1000人を超えた。今後も増える見通し。警察庁によると、16日午前9時半現在、地震による死者は3676人に上った。最も多い宮城県で1816人、岩手県で1296人、福島県で509人などと、東北の3県に被害が集中している。また、行方がわからなくなっている人は7845人となった。最も多いのは岩手県で3318人、福島県は2507人、宮城県は2011人などとなっている。これにより、死者・行方不明者は、警察庁が把握しているだけで計1万1521人となった。
March 17, 2011
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いま大韓民国では日本への同情と心配、応援があふれています。光復(解放)後、日本に対してこのように温かい感情が広がるのは初めてです。日本が大災難に直面しているのを見て悟りました。日本は私たちの最も近い隣人でした。いま大韓民国の国民は日本の痛みを揶揄する人たちに対して憤り、日本を応援する心に対しては限りない拍手を送っています。天災で深い傷を負った方々を助け、日本の皆さまに勇気を与えられればと思う韓国人が列をなしています。中央日報と韓国新聞協会はこのたびの東北地方太平洋沖地震で被害を受けた日本の被災者の皆さまの救済の一助として、大韓赤十字社・全国災害救護協会・‘みどりの傘’子供財団などとともに共同募金活動を行います。日本からの要請があり次第、国内の医療・救護団体とともに医療陣とボランティアも派遣する予定です。 「日本の皆さま、頑張ってください!」 チェ・ジウ、日本地震の被害復旧に2億ウォンを寄託韓流スターのチェ・ジウが東日本大地震の被害復旧のために2億ウォンを寄託した。所属事務所C,JW COMPANY(シーコンマジェイダブリュー・カンパニー)は15日、チェ・ジウがこの日午前、大韓赤十字社を通じて寄付金を伝達したと明らかにした。チェ・ジウは「日本列島を襲った大震災と津波で暮らしの基盤を失い、精神的な恐怖を体験した被災者のために、ささやかな真心を送りたかった」と伝えた。キム・ヒョンジュンが1億ウォン(約727万円)を寄付 所属事務所のキーイーストは14日、「キム・ヒョンジュンが大震災の惨事で悲しみに沈んだ日本国民のために1億ウォンの寄付を決めた」とし「微力だが、日本に役に立ちたいという気持ちを表した」と明らかにした。キム・ヒョンジュンは日本の大震災の惨事についてのニュースが伝えられたあと、「どうにかして役に立てる方法を探したい」と積極的に寄付に動いたと伝えられた。同じ所属事務所のペ・ヨンジュンも寄付方法について悩んでいる。キム・ヒョンジュンは単に演技者というだけではなく、SS501の活動で日本にファンを多く抱えている代表的な韓流スターだ。キム・ヒョンジュンを皮切りに、多くの韓流スターらが日本援助に乗り出すものと見られる。ペ・ヨンジュンが10億ウォン(約7500万円)を寄付所属事務所キーイースト側は14日午後、「日本首相が総括する内閣府傘下の政府基金を通して10億ウォンを伝えた」と明らかにした。 今回の寄付は被害復旧作業と緊急救護物資支援に使われる予定だ。ペ・ヨンジュンは所属事務所を通して「世界の関心と支援の中で、早期に以前のような日常を取り戻せることを心より願う」とし「引き続き被災された住民のために何ができるか模索していきたい」と伝えた。KARAがニューシングルの収益金を全額寄付所属事務所DPSメディアは15日、「地震発生以後、被災者を助ける方法について一生懸命考えた。アルバムの収益金を全額寄付する形で復興に参加したい」とし、「ニューシングル『ジェットコースターラブ』で発生するKARAと所属事務所の印税収益金の全額を寄付する」と明らかにした。寄付基金はKARAの楽曲の流通を担当しているユニバーサルジャパンを通じて日本救護機関に寄託される。KARAは来る23日、日本で3番目のシングル『ジェットコースターラブ』を発表する。チャン・グンソクが日本赤十字社に1000万円を寄付所属事務所スリージェイカンパニー側は「チャン・グンソクは静かに寄付することを望んだが、日本側で先に報道され、おどろいていた」とし「被災者に少しでも役立てばいい」と伝えた。ソン・スンホンが2億ウォン(約1500万円)を寄付救世軍側は「ソン・スンホンさんがこの日午後遅く、救世軍の慈善鍋に電話をかけてきて寄付の意向を伝え、日本緊急募金口座に募金額を入金してきた」と明らかにした。これまで年末年始に登場していた救世軍の‘慈善鍋’は、今回の日本地震惨事のため、異例にも3月に緊急募金活動に入った。ソン・スンホンの所属事務所側は15日、「会社側も寄付内容を知らなかった。おそらく個人的にしたものと理解している」とし「地震の被害に接してからどういう形で支援すべきか考えているようだったが、救世軍を通して実践したようだ。会社レベルでも別の方法を模索している」と述べた。
March 16, 2011
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福島第一原子力発電所原子炉 原子炉形式 運転開始 定格電気出力 1号機 沸騰水型軽水炉 1971年3月26日 46.0万キロワット 2号機 沸騰水型軽水炉 1974年7月18日 78.4万キロワット 3号機 沸騰水型軽水炉 1976年3月27日 78.4万キロワット 4号機 沸騰水型軽水炉 1978年10月12日 78.4万キロワット 5号機 沸騰水型軽水炉 1978年4月18日 78.4万キロワット 6号機 沸騰水型軽水炉 1979年10月24日 110万キロワット 7号機(計画中) 改良型沸騰水型軽水炉 2013年10月予定 138万キロワット 8号機(計画中) 改良型沸騰水型軽水炉 2014年10月予定 138万キロワット 米CNNや英BBCはじめ欧米メディアは「(旧ソ連で86年に起きた)チェルノブイリ原発事故の再発を防げるのか」などと日本政府の対応に批判的な論調を強めている。スイス紙NZZ・アム・ゾンタークは、ビルディ・ジュネーブ大教授の話として「日本政府は事故の重要性を低く見積もっている。被ばくの危険性を低レベルに公表しているが、半径20キロ圏外に住民を避難させた事実は原発を制御できていない証拠」と伝えた。インド日印原子力協定交渉への影響を懸念する声が広がっている。「世論が(日本の原発技術に)厳しい目を向ける可能性が高い」と指摘。シン首相は14日、国内20カ所の原発で安全対策の再点検を命じたことを明らかにした。韓国青瓦台(大統領府)は任太熙(イム・テヒ)大統領室長が緊急会議を開催し、放射性物質の周辺国への影響などが論議された。聯合ニュースによると、2月に放射能漏れ事故を起こした大田市の研究用原子炉の再稼働が14日、「安全に万全を期す」という当局の判断で、15日に延期された。米国クリーンエネルギーの一つとして原発促進政策に転換した米国では、複数の議員から原発見直しを求める声が上がっている。民主党のマーキー下院議員は、連邦政府が緊急事態への対応策を強化するまで、新規建設計画の一時停止を求める手紙をオバマ大統領に送った。米国では31州65カ所の発電所で104基の原子炉が稼働し、総電力の2割をまかなっている。オバマ大統領が提案した360億ドル(2兆9520億円)の原発建設融資策を巡り、議会で議論を呼ぶのは必至だ。オバマ米大統領14日、東日本大震災について「これは国際的な悲劇だ」と強調した上で、「当面は、我々が協力して支援することが大事だ」と述べ、国際社会が団結して持続的な日本支援を行う必要性を訴えた。ホワイトハウスでデンマークのラスムセン首相と会談後に語った。これに先立つバージニア州での演説で大統領は、地震、津波、原発事故の「複合的災害」に見舞われた日本の復興に向け、米国があらゆる支援を続けることを表明した。カーニー大統領報道官によると、大統領は連日、最新の状況報告を随時受けているという。ドイツウェスターウェレ副首相兼外相は14日、連立与党が昨年、法制化した原発利用延長の凍結も含めた原発政策見直しを記者団に表明。連立与党は09年の発足から一貫して原発利用延長に積極的だったが、ドイツが原発政策で再び転機を迎える可能性がある。英国中断していた原発建設を再開し、25年までに原発10基を新設、電力供給量の4割を原発がまかなう政策を推進しているが、政府は今回の事故を機に、安全面を中心に原発懐疑論が高まることを警戒している。オーストラリア 自国での原発建設に反対する姿勢を表明。イスラエル 自国での原発建設に反対する姿勢を表明。フィリピン 凍結中の原発の再稼働を否定した。タイ20年に初の原発の操業開始を目指していたアピシット首相も、「(原発に消極的な)私の意見は皆知っている。日本の出来事がわが国の意思決定にどう影響を与えるか、検討している」と述べた。ロシア国営原子力企業ロスアトムの当局者は、旧ソ連で86年に起きたチェルノブイリ原発事故では炉心溶融から爆発につながった点を取り上げ、現時点では福島第1原発の原子炉が爆発する可能性は小さいと指摘する。ただロシアは1月に日本との原子力協定を批准したばかりで、日本企業の技術に着目してきたが、事故を受けて、日本製技術の安全性について再考する可能性もありそうだ。イラン中東初となるブシェール原発を近く稼働予定のイランは計画を続行する方針。福島第1原発のケースについて「(原子炉が入る)金属製の構造物自体は破壊されておらず、放出された放射性物質は少ない」とし、似た構造のブシェール原発の安全性を強調した。
March 15, 2011
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日本の国土が世界の国土面積に閉める割合は、たったの約0.25%。にもかかわらず、現在世界中で発生している地震のうち、マグニチュード6以上のクラスは、約20%が日本で発生している。 そんな日本を、いま世界中が支援しようとしている。 【写真】 1990年から2000年までの世界の地震の震央分布 マグニチュード4.0以上、震源の深さ50kmより浅い地震をマッピングしたもの(気象庁HPより) 米紙ウォールストリート・ジャーナル 「不屈の日本」と題する社説を掲載、「大自然からの打撃に遭っても生き延びるための備えを、日本人がどれほどきちんとしているか指摘せずにいられない」と、日本の防災システムや建物の耐震設計をたたえた。日本は長年建物の耐震性に気を配り、高層ビル「横浜ランドマークタワー」を建てられるだけの技術がある上、緊急地震速報も2007年に導入され「世界で最も洗練された早期警戒システム」と説明。近年大地震で被害が出たハイチや中国と比較している。その上で、日本の経済が停滞し「駄目な政治が生産性の高い優れた市民にとり恥になった」ものの「誤解してはいけない。日本の産業力は今も偉大だ」と指摘した。(共同) 防衛省によると、東日本大地震の被災者の捜索活動を行っている海上自衛隊のイージス護衛艦「きりしま」とアメリカ第7艦隊の空母「ロナルドレーガン」が13日午前、共同の救難活動に向けた打ち合わせを宮城県沖の洋上で行った。アメリカ軍は、ヘリコプターなどで広範囲の捜索活動を行う予定。 ロシア プーチン首相は「日本の原発の電力供給が落ちているので、液化天然ガスの供給増加を検討する」と述べた。原発の事故で、電力不足に陥っている事態に対して、プーチン首相は「日本は親しい隣国。さまざまな問題はあるが、われわれは信頼できるパートナーであり、エネルギー供給支援に全力を尽くす」と述べて、エネルギーの対日供給量を増やすよう関係閣僚に指示した。また、モスクワの日本大使館前には、ロシア市民が次々と訪れ、花やろうそく、そして折り鶴などを供えている。献花に訪れた男性は「日本人がこの苦難の状況を乗り越え、頑張り抜いてくれると信じている」と語った。 韓国 MBCテレビは「日本歴史上最大の地震にもかかわらず、日本人は万全の救援体制と秩序をもって困難を乗り越えている」と伝えた。韓国でも、今回の地震に対する衝撃は大きく、各新聞が20ページ前後もの大量の紙面を割いて、くわしく伝えている。ソウル新聞は、1面で深い哀悼の意を表するメッセージを、あえて日本語で掲載した。韓国の街の人は「ほかの国だったら、日本のようにできなかっただろう。先進国らしい」と語った。救助隊の先遣隊が12日に日本入りし、本隊102人が13日夜に出発する。 ドイツ 首都ベルリンでは、若者らおよそ100人が日の丸を作って、災害地や被災者への支援を呼びかけた。男性は「早く復興することを願っています」と語った。イベントを企画した男性は、フェイスブックで参加するよう呼びかけたということで、ウェブサイトやフェイスブックを通して、被災者への支援の輪を広げていきたいとしている。 ニュージーランド 先月、大きな地震に見舞われたニュージーランドのキー首相は、日本の地震災害に深い哀悼の意を示した上で、都市災害のエキスパート48人で構成される救助隊を日本に派遣した。また、キー首相は、ニュージーランド大地震で日本が国際緊急援助隊を派遣したことに感謝の意を示し、「我々ができることは、どんな支援でも行いたい」としている。 中国 中国メディアは、甚大な被害について長い時間を割いて報じる一方、整然と列を作って帰宅する市民の写真を掲載するなど、日本人のマナーの良さにも注目。「日本人の冷静さ」をたたえている。インターネットでは、被災者への気遣いや支援を呼びかける多数の書き込みが投稿されている。中国では、08年の四川大地震で日本の援助隊が懸命の救助活動をしたことが高く評価されており、中国国営・新華社は「恩返しの意識は日中両国民の血に流れている」と報じている。
March 14, 2011
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大震災の影響が出始めた。緊急逼迫による計画停電の実施と一層の節電のお願いについて明日(3月14日)の当社サービスエリアの計画停電につきましては、以下の、お客さまのお住まいの支店エリアをクリックしてご覧下さい。大変ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。第1グループ 6:20~10:00 16:50~20:30第2グループ 9:20~13:00 18:20~22:00第3グループ 12:20~16:00第4グループ 13:50~17:30第5グループ 15:20~19:00埼玉県東京電力長屋村東京都東京電力長屋村神奈川県東京電力長屋村千葉県東京電力長屋村栃木県東京電力長屋村茨城県東京電力長屋村群馬県東京電力長屋村山梨県東京電力長屋村静岡県東京電力長屋村(ご注意事項) ※グループ毎の時間帯は、開始・終了時間が多少前後することがあります。 ※当日の需給状況によっては、予めお知らせした時間以外にも停電する場合があります。 ※また、当日の設備状況によっては、お知らせしたグループと違う時間帯に停電させていただく場合があります。
March 13, 2011
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まさか自分が体験するとは思わなかった。その原因は地震。こんなに凄い地震は初めてだ。私の住む埼玉でも、個人的に知る限りでは最悪の地震だった。確かに神戸地震もあり、その悲惨さは理解している。凄いというのは、その連続性である。その範囲は、関東から北の地域と広域に広がる。震源地も北から日本列島の様々な場所に移動した。マグニチュードは過去最大、余震を含めた回数は数え切れず、数十分毎に起き、その規模も大きい。まるで新たな地震が起きたかのように、全く関係ない場所で発生し、これを予想するなんて到底無理だと諦めざるを得ないほどだ。始まりはこれだ。5弱 2011年03月09日11時45分 三陸沖 栗原市 登米市 宮城美里町 4 2011年03月10日06時24分 三陸沖 そして、おおよそ二日後に日本最大の地震が発生した。7 2011年03月11日14時46分 三陸沖 栗原市 発生場所も同じ。此れが予測できたならば・・・その後の連続的な地震への対応も違ったものになったのだろうか?5弱 2011年03月11日15時06分 三陸沖 八戸市 七戸町 東北町 五戸町 青森南部町 階上町 おいらせ町 大船渡市 盛岡市 二戸市 滝沢村 6弱 2011年03月11日15時15分 茨城県沖 鉾田市 5強 2011年03月11日16時29分 三陸沖 大崎市 5強 2011年03月11日17時41分 福島県沖 富岡町 5弱 2011年03月11日20時37分 岩手県沖 滝沢村 6強 2011年03月12日03時59分 新潟県中越地方 栄村 6弱 2011年03月12日04時32分 新潟県中越地方 栄村 6弱 2011年03月12日05時42分 新潟県中越地方 栄村 6弱 2011年03月12日05時42分 新潟県中越地方 栄村
March 12, 2011
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第1章 出発魏志倭人伝は大きく分けて6つの章に分かれている。|地理||習俗||社会||歴史||地理(二)||外交| 今回の目的は、邪馬台国はどこにあったかを突き止める事。なので、風習・社会等は必要なときに検討するが、場所を特定できる地理と地理(二)の解読を最優先とする。魏志倭人伝で「邪馬台国」の場所が書かれている部分が前回紹介したものだ。解読しなければならない文章もかなり少なくなり、私にすれば好都合である。まず、第1章は『出発』。さぁ、悠久の国、邪馬台国へ出発だ!******************************************倭人在帶方東南大海之中、依山島爲國邑。舊百餘國、漢時有朝見者。今使譯所通三十國。******************************************倭人在帶方東南大海之中、依山島爲國邑。倭人・・つまり日本人・邪馬台国・・・は「方東南大海之中」東南の大海の中にある。この帶方とはどういう意味なのか?方はおおよその位置・方向・時間などを表す他、方墳のように方形、つまり四角を表すときにも用いられる。在は存在する。帯はおび。東南大海之中は東南の大海の中。そのまま訳せば、倭人、つまり邪馬台国は存在する、東南の方角に帯状に、大海の中、となる。要するに「邪馬台国は魏国の東南の方角の大海の中に、帯状に広がっている」となる。はたしてこれでいいか?その為には、中国の歴史を知る必要がある。年表によると、魏は265年に晋により滅ぼされている。魏の建国は220年。たった45年しか維持できなかった国なのだ。これからわかる事は、220年から265年の間に日本に来たという事になる。紀元前108年から4世紀中頃までの朝鮮半島は、原三国時代と言われた。この時代、中国王朝はおよそ400年もの間、朝鮮半島中・西北部は郡県による直接支配、南部は間接統制を行った。直接支配は、前漢の武帝が紀元前108年に設置した楽浪郡・真番郡・臨屯郡、紀元前107年に設置した玄菟郡の地方行政機構により行われた。要するに、郡とは植民地のことである。下の地図は前漢(紀元前100年-紀元前97年)のときの朝鮮半島である。半島には多くの郡が設置されていた。古代中国によって朝鮮半島の中西部に置かれた軍事・政治・経済の地方拠点である郡の長が太守であり、その配下の官吏と軍団の在する郡役所が郡治である。帶方もこの郡の名前で帶方郡であろうと想像できる。それは、楽浪郡から作られていった。
February 19, 2011
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邪馬台国はどこにあったのか?それを知る為には唯一の手がかりである「魏志倭人伝」という本を読まないといけない。その為には、山の様な漢字を読み解かないといけないので、なるべく余計な作業を省くため、邪馬台国の場所の特定、いや比定、この一点に絞りたいと思う。でもこの本がまた難しい。どうやって読み解くか・・・インターネットを利用してこの本を読破する事にした。あの卑弥呼の国「邪馬台国」はいったいどこにあったのだろうか?既に多くの学者が、様々な説を唱えている問題。現在は九州説と奈良説が有力のようだ。だが、私は学者ではないので、それらを無視し、「魏志倭人伝」を読み解いた事実のみで邪馬台国の場所を推測してみようと思う。いや、その努力をしてみたいなぁと。(^^そもそも「魏志倭人伝」とはどういうものなのか?実は、魏志倭人伝という書物はないらしい。中国・西晋の時代に、陳寿という人物によって3世紀末(280年-290年間)に書かれた、中国の正史『三国志』中の「魏書」(全30巻)に書かれている東夷伝の倭人の条の略称である。三国志といっても、関羽や張飛が戦い超雲子龍が野を駆ける三国志とは違い、こちらは三国志演義という別物で、本物の三国志は、起こったことだけを無味乾燥に書き連ねた本であると言われている。正式な名前は「三国志 魏書東夷伝 倭人条」である。この本に、あの「邪馬台国」の場所が書かれている。ただ、あくまでも「東夷伝」の中に倭及び倭人の記述があるということに過ぎない。そう、この本は倭国のために書かれた本ではない。あくまでも倭(日本)に関係する部分があったから有名になっただけなのだ。当然、朝鮮半島にも行っており、今の韓国についても書かれているところがある。これは「三国志 魏書東夷伝 韓条」と呼ばれている。必要なときは、こちらも読み解くことになる。とりあえずスタートしよう。魏志倭人伝で「邪馬台国」の場所が書かれている部分は以下の通り。倭人在帶方東南大海之中、依山島爲國邑。舊百餘國、漢時有朝見者。今使譯所通三十國。從郡至倭、循海岸水行、歴韓國、乍南乍東、到其北岸狗邪韓國、七千餘里。始度一海、千餘里至對馬國。其大官曰卑狗、副曰卑奴母離。所居絶島、方可四百餘里。土地山險、多深林、道路如禽鹿徑。有千餘戸、無良田、食海物自活、乘船南北市糴。又南渡一海千餘里、名曰瀚海。至一大國。官亦曰卑狗、副曰卑奴母離。方可三百里、多竹木叢林。有三千許家。差有田地、耕田猶不足食、亦南北市糴。又渡一海、千餘里至末盧國。有四千餘戸、濱山海居。草木茂盛、行不見前人。好捕魚鰒。水無深淺、皆沈沒取之。東南陸行五百里、到伊都國。官曰爾支、副曰泄謨觚、柄渠觚。有千餘戸。世有王、皆統屬女王國。郡使往來常所駐。東南至奴國百里。官曰馬觚、副曰卑奴母離。有二萬餘戸。東行至不彌國百里。官曰多模、副曰卑奴母離。有千餘家。南至投馬國水行二十日。官曰彌彌、副曰彌彌那利。可五萬餘戸。南至邪馬壹國、女王之所都、水行十日、陸行一月。官有伊支馬、次曰彌馬升、次曰彌馬獲支、次曰奴佳革是。可七萬餘戸。自女王國以北、其戸數道里可得略載、其餘旁國遠絶、不可得詳。次有斯馬國、次有已百支國、次有伊邪國、次有都支國、次有彌奴國、次有好古都國、次有不呼國、次有姐奴國、次有對蘇國、次有蘇奴國、次有呼邑國、次有華奴蘇奴國、次有鬼國、次有爲吾國、次有鬼奴國、次有邪馬國、次有躬臣國、次有巴利國、次有支惟國、次有烏奴國、次有奴國、此女王境界所盡。其南有狗奴國。男子爲王。其官有狗古智卑狗。不屬女王。自郡至女王國萬二千餘里。女王國東渡海千餘里、復有國。皆倭種。又有侏儒國在其南。人長三四尺。去女王四千餘里。又有裸國、黒齒國、復在其東南、船行一年可至。參問倭地、絶在海中洲島之上、或絶或連、周旋可五千餘里。なんだ?なんだ?この漢字は??やっぱり難しい。。。(^^;
February 17, 2011
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旧年中はお世話になりました。 本年も宜しくお願い致します。 P.S. 今日から仕事です。。。
January 3, 2011
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日本の年末は、カボチャをくりぬいた中に蝋燭を立てて、魔女やお化けに仮装した子供達が「お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ」と唱えて近くの家を1軒ずつ訪ねる『ハロウィン』から忙しくなる。だが、これはヨーロッパの行事。今日はクリスマスイブ、そして明日はクリスマス。クリスマスは、イエス・キリストの降誕(誕生)を祝うキリスト教の記念日。「神の子が人となって生まれて来た事」を祝う行事。でも、これはキリスト教の行事。大晦日は、1年の最後の日。旧暦では毎月の最終日を晦日(みそか)といった。晦日のうち、年内で最後の晦日、つまり12月の晦日を大晦日といった。もともと“みそ”は“三十”であり、“みそか”は30日の意味。年越しの夜のことを除夜とも言う。かつては、除夜は年神を迎えるために一晩中起きている習わしがあり、この夜に早く寝ると白髪になるとか、皴が寄るとかいった俗信があった。「年」は稲の実りのことで、穀物神だ。その根底にあるのは、穀物の死と再生。古代日本で農耕が発達するにつれて、年の始めにその年の豊作が祈念されるようになり、それが年神を祀る行事となって正月の中心行事となった。年神は、神道の神。毎年正月に各家にやってくる来方神である。つまり、これは神道の行事。一月一日は元旦という。これは初日の出の事。元日の朝のことを特に元旦と呼ぶ。、「旦」の字の下線は地平線を表している。つまり、「地平線から昇りつつある太陽であり、太陽の日の出を恵の源として拝んだ。元旦の意味は「元日の日の出」である。そして、正月。正月とは、各暦の年初のこと。旧年が無事に終わった事と新年を祝う行事。正月は年神を迎えてその年の豊作を祈る「神祭り」だ。日本人は「人道」に対する「神道」という、人道よりももっと高度な、善悪を超えた、宇宙や地球の法則のようなもの、人類も含めた「物・事の在り方」「道(みち)」をその精神の中心に置き、大事に伝承してきた。神道は神話に登場する神々のように、地縁・血縁などで結ばれた共同体(部族や村など)を守ることが目的。だから、お正月も神道の行事?七草は、人日の節句(1月7日)の朝に、7種の野菜が入った羮を食べる風習のこと。芹(せり)薺(なずな)御形(ごぎょう)繁縷(はこべら)仏の座(ほとけのざ)菘(すずな)蘿蔔(すずしろ) この7種の野菜を刻んで入れた粥を七種粥(七草粥)といい、邪気を払い万病を除く占いとして食べる。御節料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うという効能もある。これは習慣?ともかく、日本古来或いは世界の様々な行事を見事にアレンジして楽しんでいる。これはまさに民族的特技だね(^^日本の年末年始が忙しいわけだ。
December 24, 2010
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+ 三月二十八日 + [37]手術日が目前に迫った時のことだった。看護師の河田がやってきて「大村さん、急遽、手術日が変更になりました。八日の予定だったのですが一週間延びて十五日になりましたからね。ご両親にもお伝えしておいて下さい」「十五日ですか?時間は?」「それは変わりません。午後一時から始めます」「分かりました」一日一日と迫ってくる手術日に、気持ちが高ぶる日が続いていた亜紀にとっては、ホッとした気持ちになり、延期になった理由などを聞く気にならなかった。隣のベットで横になっている三田ハルが、亜紀のほうを向いて微笑んでいた。亜紀もそれにつられて微笑み返した。何故手術日が、急遽変更になったのかを、なぜ三田ハルが亜紀を見て微笑んだのかを、亜紀はこのときは知る由もなかった。
December 15, 2010
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+ 気がかり + [36]夕方になって母の芳子がやってきた。「昨日のデートは楽しかった?」「とっても楽しかったわ。高志君と姉弟の指切りしちゃったの」「そう、姉弟になったの?亜紀は一人っ子だったから弟ができて良かったわね」「良いものだね、姉弟って」「お母さんも、もう少し丈夫なら三人くらい欲しかったんだけどね~」「しょうがないでしょう?もう」「そうね。お着替えした?」「昨日の分までよ」「洗濯物、持って帰るわね」「ええ。あ、ワンピースはまだ置いててくれる?」「まぁ、あなた、また、何処かへ行くの?」「そうじゃないけど・・・。何か着る物が無いと帰れなくなりそうな気になるから。着る物があれば元気に帰れると思うでしょ?」「そうね、分かったわ。でも昨日着たから洗濯したいわね」「じゃ、別な服を持ってきて頂戴ね」「分かったわ」芳子はワンピースと着替えた洗濯物を持って帰っていった。ハルは芳子が病室を出たのと同時に声を掛けた。「亜紀さん」「はい」「弟が出来たみたいだって今朝言ったのに、姉弟の指切りをなさって来たんですって?」「聞こえました?」「はいはい。ちゃんと聞こえましたよ」「実はそうなんです」「それじゃ、弟が出来たみたいじゃなくて、弟が出来たと報告してくれなくちゃ」「そうですね。でも恥ずかしいじゃないですか」「恥ずかしいことないわよ。二人を見てると全くの姉弟みたいなんですから」「そうですか?」「そうよ。その気持ち大事にしてね。いいものよ本当の姉弟って」「はい」亜紀はハルの兄達が元気でいるものとばかり思っていたから、何も考えはしなかった。そこへ「三田さん、検査へ行く時間ですよ」看護師が二人入ってきて、ハルをストレッチャーに寝かせて出ていった。亜紀はハルが定期検査へ行ったものだとばかり思った。しかし一時間経っても戻らないハルが気がかりになってきた。(遅いわ。いつもこんなに遅くならないのに)やがて二時間が経ち、やっとハルは戻ってきた。疲れ切った身体に、三本の点滴がぶら下がっていた。「三田さん・・・」亜紀は心配になって声を掛けた。「大丈夫よ。今日の検査、少しキツかっただけよ」「本当に大丈夫ですか?」「ええ、少し寝るわ」亜紀は自分のベットへ戻った。(おハルさん、この頃検査が多くなったわ。今日はどんな検査をしたんだろう?天寿が来るまで静かに待っていたいって言っていたのに・・・)思い悩む亜紀だった。
December 9, 2010
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+ 三月二十二日 + [35]翌日「亜紀さん、昨日は楽しかった?」隣のベットの三田ハルが声を掛けてきた。「ええ、とっても。弟が出来たみたいで楽しかったです」「そう。姉弟っていいわよ。亜紀さんはお兄さんか弟さんいらっしゃる?」「いいえ、私はひとりっ子です」「そう・・・。一番上に産まれた子は二番目に産まれてきた子に興味を持って成長するでしょう。二番目に産まれた子はお姉さんかお兄さんを見て育つでしょ。お互いにあるところを見たり無いところを見たり。心の中で勉強するわけなの。喧嘩して痛さを知ったり、悔しさや悲しさを知ったり。三番目の子供が産まれたら、それはまた分け合わなければならないから、物は少なくなるけど、分け合う気持ちや、助け合う気持ちが生まれて来る訳ね。遊びもそうね。私の場合は、お兄さんが二人いて、私は三番目だったの。三人兄妹だったの。いつも大きなお兄ちゃんが先頭に立って遊んだわ。大きなお兄ちゃんがいない時には、すぐ上のお兄ちゃんが大きなお兄ちゃんの真似をして先頭に立ったわ。大きくなるにつれて目上の人は偉いなぁ~って思って来たわ。だから年功序列を大切にしてきたわけ。今の子供達は兄妹が少ないし、いたとしても塾・塾でしょ。お互いに学力の勉強しかしないから、心の勉強が出来ていないと思うの。道を歩いていても今の子供達は避けてくれないでしょ?こっちが気を使って避けちゃたり。思いやりの無い子が多くなったわ。亜紀さん、亜紀さんに弟が出来て本当に良かったわ。いつまでも仲良くね」「そうなの。おばあちゃん。高志君と歩いた昨日は、今までに感じたことのない気持が心の奥から沸いてきたの」「良い事よ。人を大切にしたいという思う気持ちは、何よりも掛け替えのないことだわ」「死なせたくないわ」「誰だってそうよ」「そうね」「亜紀さん、高志君に出来るだけのことをしてあげる事ね」「ありがとう、おハルおばあちゃん」
December 5, 2010
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+ アウトドア + [34]ショッピングモール街を抜けて、ランドマークタワーの前へやってきた。下から上を見上げた二人は「お姉ちゃん、高いね」「ホント高いね。高志君、ここのエレベーターはね、世界一の速さで昇って行くんだってよ」「え~っ。大丈夫かなぁ~?」「そうね。言われてみたら恐いね」「心臓、止まらないかなぁ~?」「止まりはしないと思うけど、先生から無理はダメだって言われたからね」「お姉ちゃん、辞めよう。僕、心臓が止まったら恐いもの」「そうね。辞めましょう」二人はランドマークタワーを諦めて、帰りも動く歩道を乗り継いで駅まで来た。「お腹空いたなぁ~」「いつの間にかお昼を過ぎてるもんね」「あ、あそこでハンバーガーを売ってるよ」「え~?ハンバーガーでいいの?」「うん。僕、ハンバーガーでいいよ」「もっとどこかで美味しいもの食べない?」「ううん。なんとなく、今日はアウトドアって感じなんだ。だから最後までダーティーに」「何がダーティーよ」「あはははは」二人は空いているテーブルへ座った。それぞれにメニューを見て注文した。「お姉ちゃん、帽子に取り付けてみてよ」「うん。でも開けるの、もったいないなぁ~」「開けなくちゃ、付けられないでしょ。付けるために買ったんだからね」「そうだね」亜紀は綺麗に包装を外した。紙箱の蓋をゆっくり開けて、ブローチを眺めた。「綺麗」高志はそれをみて満足げだった。「付けてみてよ」亜紀はブローチのピンを外してから、帽子を膝にもってきた。真横より少し前に合わせて、ピンを差し込んだ。「どう?似合う?」「可愛い。カッコいいよ、お姉ちゃん」「でしょ。元がいいから」「ブローチが良いんだよ」「こらこら」笑い声が絶えないところへオーダーが届いた。「はい。ジュースにジャンボバーグ」「美味しそう」「こぼさないでね」「お姉ちゃんこそ」「ほらほら、顔にソースが」「僕、ダーティだから、いいのいいの。あははははは」「呆れたものね。あはははは」高志の笑いが止まって、胸を押さえた。それからちょっと咳き込んだ。「大丈夫?高志君」「大丈夫、大丈夫だよ」「わかったわ。そろそろ戻ろうね」「うん」亜紀はあえてそれ以上聞かなかった。高志もそれ以上心配させたくなかった。陽はまだ高かったが、ハンバーガーを食べ終えた二人は病院へと戻って行った。
December 3, 2010
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+ 秘密のプレゼント + [33]カーニバルストリートで縁日気分を楽しんだ二人は、ランドマークタワーへと向かった。途中にモール街、クイーンズスクエア横浜がある。次に二人はそこへ入っていった。「うわぁ、お姉ちゃん。すごいよここ。お店が沢山あるよ」「迷子にならないでよ」「お姉ちゃんこそね」「はいはい」二人はきらびやかな商店に目を奪われそうになりながら歩いた。暫くして「お姉ちゃん、あそこへ入ろう」「え?」「いいから、いいから」高志は亜紀の手を引っ張っぱりながら、先にお店へ入っていった。店のショーケースには、色鮮やかなブローチやネックレスが沢山並んでいた。「お姉ちゃん、どれがいい?」「え?」「えっとね、帽子に付けるヤツ。どれがいいかなぁ~?」「高志君、買ってくれるの?」「うん。だって、帽子のリボン、風で飛ばされちゃったじゃない。淋しいからブローチ付けようよ」「いいの?」「うん。僕、お金持ちだから」「本当?」亜紀は、高志がどんなのを選んでくれるのかと楽しみにしながら、後ろからついて行った。「これがいいかなぁ~、あれがいいかなぁ~」と、悩んでいた高志の足が突然止まった。「お姉ちゃん、僕、これをプレゼントしたいなぁ~」「どれどれ」見ると、ピンクの花柄模様に蝶々が二匹のブローチ。白い帽子には綺麗に映えそうだった。「ちょっと、高いよ、これ」「大丈夫だよ。それくらい僕持っているもん」「分かったわ、プレゼントして貰おうかしら」「うん」高志は大喜びしながら後ろのポケットから小さな財布を取り出した。「これ、下さい」「プレゼントですか?」「はい」「リボン、つけますね」店員がショーケースから取り出すと、小さな箱に入れて包装した。それが済むと小さなリボンをつけて、袋に入れて持ってきた。「三千百二十円です」「はい」と、高志は財布から五千円札を出して、お釣りを受け取った。「はい、お姉ちゃん、秘密のプレゼント」「ありがとう。これが秘密のプレゼントだったのね。お姉ちゃん、嬉しいなぁ~」「良かった、喜んでもらえて」「どこで付けようかなぁ~?」「タワーへ昇ったら付けようよ」「そうね」
November 30, 2010
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今年も残すところ1ヶ月余り・・・早いものですねぇ。。。そしておせちの予約を入れる時期でもあります。さて、今年はおせちはどうしますか?面倒ですが・・・つくりますか?ちょっと探してみたらこんなおせちがありました。安いですね!!私の家ではこれで決まりかな♪(^^おせち料理『博多』★4年連続グルメ大賞受賞!★おせちランキング106週連続1位達成!
November 27, 2010
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日本は縦に長く狭い陸地にもかかわらず多彩な気候環境の中にある。単に暑い寒いだけでもご覧の通り。まさに熱帯からツンドラ地帯までの環境を体感できてしまう。順位 都道府県 観測所 観測値 ℃起日1 埼玉県 熊谷 * 40.9 2007年8月16日〃 岐阜県 多治見 40.9 2007年8月16日3 山形県 山形 * 40.8 1933年7月25日4 和歌山県 かつらぎ 40.6 1994年8月8日〃 静岡県 天竜 40.6 1994年8月4日6 埼玉県 越谷 40.4 2007年8月16日〃 山梨県 甲府 * 40.4 2004年7月21日8 群馬県 館林 40.3 2007年8月16日〃 群馬県 上里見 40.3 1998年7月4日〃 愛知県 愛西 40.3 1994年8月5日順位 都道府県 観測所 観測値 ℃ 起日1 北海道 上川地方 旭川 * -41 1902年1月25日2 北海道 十勝地方 帯広 * -38.2 1902年1月26日3 北海道 上川地方 江丹別 -38.1 1978年2月17日4 静岡県 富士山 * -38 1981年2月27日5 北海道 宗谷地方 歌登 -37.9 1978年2月17日6 北海道 上川地方 幌加内 -37.6 1978年2月17日7 北海道 上川地方 美深 -37 1978年2月17日8 北海道 上川地方 和寒 -36.8 1985年1月25日9 北海道 上川地方 下川 -36.1 1978年2月17日10 北海道 宗谷地方 中頓別 -35.9 1985年1月24日我が埼玉県はさすがに暑くベスト10に二箇所も登場!関東が半分を占める好成績・・・喜んでいいのか・・・寒いところはさすがに北海道が独占。その中で唯一の他府県・。静岡県富士山。それでも一位になれないのには驚きだ。暑い日の続いた今年の日本。そんな年の冬は寒くなるとか・・・インフルエンザには気をつけたいものだ。
November 27, 2010
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+ 東風吹かば + [32]「お姉ちゃん、あれ見て、あれ」「どれどれ?」「ほら、あそこ、あそこあそこ」「ん?」「お姉ちゃんのリボン。黄色いリボンが海に浮かんで見えるよ」「あ~、本当だ。見えた」「沈んじゃうのかな~」「どうかなぁ~」「アメリカまで泳いで行ったりして」「それは無いでしょう」「はははは」高志に笑顔が戻っていた。十五分間の静かな観覧のひとときが過ぎた。「どうもありがとう御座いました」大観覧車を楽しんだ二人は、乗る前に撮った写真を受け取りに行った。「すみませ~ん。あ、この写真です」壁に貼ってある二人の写った写真を見つけた亜紀は思わず指を指した。「こちらですね。ありがとう御座いました」真っ白いスーツの亜紀と、赤い半袖のTシャツ姿の高志が色鮮やかに仲良く写っていた。「高志君、格好いいじゃん」「お姉ちゃんもステキだよ」「大事にしようね、これ」「うん」「暑くない?」「うん。観覧車、暑かったね。何か冷たいもの食べたいなぁ~」「よし、食べに行こう」二人は大観覧車の下にある売店でかき氷を注文した。「お姉ちゃんに、帰りにいいもの買ってあげる」「なに?」「秘密」「秘密なの?」「買うまで、秘密」「え~、何だろうなぁ~?」二人の廻りに、急流すべりのクリフドロップやダイビングコースターに乗っている人たちの悲鳴が響きわたってくる。「元気になったらあれに乗れるかなぁ~?」「乗れる、乗れる。絶対乗れるから」「お姉ちゃん、元気になっても乗れる?恐くない?」「恐くなんかないわよ」「じゃあ、元気になったら乗ろうね」「それも約束だね」「食べちゃった」「早いわね、高志君」「お姉ちゃんが遅いんだよ」「貴婦人ですからね、お行儀がいいのよ」「早く食べなよ」「わかったわよ」高志にせかされて、残りのかき氷を一気に流し込んだ。「お姉ちゃん、凄い・・・」「ふぅ~食った食った」「言葉も悪い。貴婦人じゃ無いじゃん」「えへへへへへ」二人は笑いながら大観覧車を後にした。やがて、来るときにリボンを飛ばされた橋までやって来た。「お姉ちゃん、風に気を付けてね」「さっきはイヤな『こち』だったわね」「え?僕、さっきはイヤな『子』だったの?」高志が『こち』と『子』を勘違いした。「え?そうじゃないわ。『こち』よ『こち』」「何?『こち』って」「東の風、『東風』って書いて『こち』って読むのよ。東から吹いてくる春の風のことなの」「へぇ~、お姉ちゃんって物知りなんだね」「好きな歌があるのよ。『東風吹かば 匂いおこせよ梅の花 主なしとて、春を忘るな』」「カッコいいね。お姉ちゃん。僕にも教えてよ」「いいわよ。いい?東風吹かば」「東風吹かば」「匂いおこせよ 梅の花」「匂いおこせよ 梅の花」「主なしとて」「主なしとて」「春を忘るな」「春を忘るな」それから高志の復唱が始まった。「東風吹かば 匂いおこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな」「東風吹かば 匂いおこせよ ・・・・・」亜紀も高志に合わせて唱い出した。二人のハモりはカーニバルストリートの近くまで続いていった。「入ろう」「うん」「うわぁ、公園のお祭りの、夜店みたいだね」「そうね。懐かしいわ~」
November 25, 2010
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+ 観覧車 + [31]気を取り直して観覧車があるところまで歩いた。入ろうとした入り口の所を、ジェットコースターが『ゴーー』っと風を切って横切っていく。「うわっ」高志は目を丸くしながら、その下の入り口を入っていった。二階へ上がりフロアーを通って、観覧車のチケット売場の一歩手前の所へ来たら、再びジェットコースターに襲われた。今度は上から下へ落ちて行く。「お姉ちゃん、恐いね」「凄いわね」途中でピカっと光るものがあった。「お姉ちゃん、何?」「これよ、見て」壁に写真が貼ってあった。ジェットコースターに乗っている人たちの、恐怖で引きつっている顔、笑っている顔。沢山貼りだしてあった。「写真のストロボかな~?」「そうね、そこにカメラが付いているみたいね」「ふ~ん。これが金額?」「そうみたい」「高いねぇ~、お姉ちゃん」「こういう所はそんなもんよ」二人はチケット売場へ足を運んだ。亜紀は財布からお金を取り出し、チケットを買った。「大人と子供、一枚ずつ下さい」「はい、どうぞ」「お写真はいかがですか?」張り出してある写真を見ると、観覧車の前で撮っているカップルなどの写真が貼ってあった。高志の顔は、一緒に撮りたいという顔をしていた。「そうね、折角だからお願いしようかしら」「はい。それではこちらへどうぞ」二人は観覧車のドアの前で仲良くカメラに収まった。それから二人は係員に案内されて、観覧車へ高志から乗り込んだ。後から乗り込んだ亜紀は、先に座っている高志を見て不安にかられた。あれほど楽しみにしていた大観覧車に乗ったというのに、何故か高志から今までの元気が消え去っていた。下の景色をずっと見ているだけだった。観覧車が半分登ったところで、今まで様子を見ていた亜紀が声をかけた。「高志君、どうしたの?」「うん」「心配事でもあるの?」「お姉ちゃん、僕、死んじゃうの?」「え?何言ってるのよ」「僕・・・・。聞いちゃったの」「何を聞いたのよ?」「おばさんがね、廊下でどこかの人と話していたのが聞こえてきたの」『子供の心臓病は治らないっていうし。家族揃ってあの世へ行くようになるなんて。何も事故で助かった子供まで連れて行かなくてもいいのに。神様って、いるのかねぇ~』「・・・・・」「・・・・・」「そんなことないよ。高志君。絶対助かるって」「でも、子供の病気は助からないって言ってたもん」「ううん。心臓移植が出来れば助かるって。だから希望を持って生きようよ」「お姉ちゃん・・・・」「お姉ちゃんが守ってあげるから」「本当?」「絶対、絶対。お姉ちゃんが助けてあげるから」亜紀はどんなことがあっても、高志を守ってあげようと心に誓わずにいられなかった。「高志君、ほら、見て。もうすぐ一番高いところだよ」涙を拭きながら、高志は外の景色を見た。「ねぇ、高志君。約束するね。お姉ちゃんが高志君を守ってあげるから」「・・・・うん」「お姉さんも・・・高志君も・・・手術をして・・・元気になったら・・・またここへ来よう。また観覧車へ乗りましょう」「また来れる?」「絶対来られるわ。それじゃ、一番高いところで指切りしましょ」「うん」ゴンドラがひとつ、またひとつと頂点を越えて行く。やがて・・・・・指切りをしながら頂点を越えていくゴンドラがひとつあった。
November 20, 2010
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+ 黄色いリボン + [30]二人はジュースを飲み干して歩き始めた。大観覧車へ行く途中に、キッズカーニバルゾーンがある。遊園地になっていて、小さな子供達がお父さんやお母さんに連れられてやって来ていた。メリーゴーランドでは、乗っている子供が手を振っていたり、サファリペットではパンダやコアラの乗り物に親子で乗っている姿があった。それを見ていた高志も、小さい頃の事を思い出していた。「高志君、乗る?」「もう、子供じゃないよ」「ほう~」また歩き出した。一段上のアトラクション『ブラーノストリートゾーン』へ向かった。「お姉ちゃん、ここは何?」亜紀は案内板を見てから「一面に映像が映し出されて面白そうだけど、椅子も動いたりするらしいから私達にはダメだね」「そっか。ここは恐怖の館だって。ここもダメだね。そっちは駄菓子屋さんだって」「面白そうね。でもさぁ~、帰りに寄ろうよ。先に観覧車へ乗ってこようよ」「うん。帰りに買えば荷物にならなくていいもんね」二人はそこを素通りして、大観覧車へ続く大きな橋を渡った。橋の真ん中辺りへ来たときに、太平洋からいきなり強い風が吹いてきて、亜紀のスカートと帽子にいたずらをした。亜紀は思わず片手でスカートを押さえ、もう片方の手で帽子のつばを押さえた。なおも風は止まず、暫く吹き続けた。高志も風を背にして丸くなった。「あっ、お姉ちゃん!」亜紀の帽子から黄色いリボンが取れて、空高く舞い上がっていったのだった。「あ~」風が止み、見つめていた黄色いリボンはまるで龍のごとく、命があるような動きをしながら、観覧車とストリートゾーンの間の海へ静かに落ちていった。「気に入っていたのになぁ~」亜紀の口からため息がもれた。リボンを失った白い帽子は、殺風景になった。「淋しくなったね、帽子」「うん。諦めるわ」
November 19, 2010
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+ 動く歩道 + [29]電車は多摩川を渡って横浜へと入った。間もなく『次は・・・桜木町、桜木町・・・』「高志君、次で降りるよ」「わかった」電車を降りた二人は、改札口を抜けて大観覧車を目指して歩き始めた。駅を出て少し歩いた所で、動く歩道が目に入ってきた。「あ、お姉ちゃん。あれ、動く歩道だ」「駈けちゃダメよ」足早に高志が動く歩道へ近寄っていった。振り返って「お姉ちゃん、早く早く」「急がなくても逃げないから」高志は亜紀が近づくのを待ってから、一歩先に乗った。「面白いね、お姉ちゃん。楽チン楽チンチンっと」横の歩道を歩く人をゆっくり追い越していく。亜紀も心の中で、高志の言葉をつぶやいていた。(楽チン楽チンチンっと)数分後「あ~、終わっちゃう」「ここまでです。残念でした」「もっと乗りたかったなぁ~。あっちにもあるよ?」「あっちはランドマークタワーへ行くの。いつまでも乗っていたら、遊園地で遊べないでしょ?」「そうだね。よし、次・行ってみよう」「はははは」「お姉ちゃん、喉が乾いちゃった」「今日は暑いもんね」販売機を見つけて、ジュースを二本買った。「ここへ座って飲もうか?」「階段だよ?」「いいじゃない。お船も見えるし、桜も見えるし」「そうだね」亜紀はハンカチを取り出して尻に敷いた。「高志君もこれを敷いて」「いいよ、僕は。ダーティーだから」「何、それ?」「いいのいいの」高志はそのままコンクリートの階段へ直接腰を下ろした。「あの船は何?海賊船みたいだね」「あれが日本丸よ。帆船。帆を揚げて風で走るのよ」「へぇ~、写真でしか見たことないよ。あれがそうなの。白くて綺麗だね。まるでお姉ちゃんみたい」「そうそう、海の貴婦人って呼ばれてるの。私みたいね」「貴婦人って、なぁ~に?」「そうね、身分の高い人って意味かな?」「それじゃ、ちょっと違うんじゃないの?」「気にしない、気にしない」「誤魔化しちゃって」「あはははは」「お姉ちゃん、観覧車、大きいね~」「大きいでしょう。あれに乗るのよ」「うわぁ~、楽しみだなぁ~」「行こうっか!?」「うん」
November 15, 2010
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+ 上野 + [28]二人は上野へ出た。「お姉ちゃん、桜が綺麗だね」「そうね。綺麗ね」上野公園の桜が、まるで二人に覆い被さって来るように見えた。中央改札から中央通りへと出て、少し歩いた所にそのお店はあった。「高志君、ここよ」「へぇ~」こじんまりとしたお店の割には、客でいっぱいだった。中へ案内されて席へ着いた所で、後から入ってきた客は待たされていた。「良かったわ~。私達すぐに座れて」「いつも混むの?」「ここは有名なお店だからね。美味しいし。所で何を食べようか?」「僕は、かき氷がいいな。ミルクに小倉がいいな」「分かったわ。私はあんみつにするわね」四月始めとしては陽ざしが強く、歩くと汗ばんでくる陽気だった。「お姉ちゃん、美味しいよ~」「そうでしょ。小豆が他と違うんだって」「へぇ~」「お姉ちゃんのも美味しい?」「もちろん」二人はゆっくり食べ上げ、汗ばんだ肌もすっきりとした。「お姉ちゃん、美味しかったね」「それじゃ、本命の場所へ行こうか」「うん」店を後にした二人は、上野駅の京浜東北線のホームに立った。電車が入ってきてドアが開き、ス~ッと先に入っていった高志が席を押さえた。「お姉ちゃん、ここ、ここ」亜紀は迷わず席に座った。元気な亜紀だったら、決してすぐに座席に座ることはなかったであろう。後ろめたさを感じた亜紀だったが、高志との事も考えるとどうでも良いと思った。走り出した電車の窓の景色がどんどん変わっていく。病室に閉じこめられている二人にとっては、新鮮な景色に感じられて目を奪われていた。病室の世界と、外の世界の違いをこんな所で亜紀は実感した。高志は向かい側の窓の世界と、背中側の世界を交互に眺めては、はしゃいでいた。
November 13, 2010
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私は旅が好き!でも先立つものも時間も乏しい・・・それならネットで旅でもしようか♪という訳で、実際に行った場所も含めネットで旅をしようかと思います。Fourty seven Friends Club(通称 47FC)なんてどうでしょう(^^ネットの旅をしながら全国47都道府県に足を・・・いや、画面を開きながら、ついでに友達ができたら最高!全国47都道府県に47人の知り合いをつくる事が目標!できたら海外にも友達を増やしましょう!貴方のブログ・HPも紹介して下さいね♪
November 9, 2010
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+ 三月二十一日 + [27]みなとみらい「お姉ちゃん、おはよう。起きて~」「まだ五時半じゃない。もう起きたの?」「うん。だって寝ていられないんだもの。お姉ちゃん、食べる物決まった?」「あ、夢を見るのを忘れちゃった」「お姉ちゃん、そういうこと出来るの?」「お姉ちゃんは何だって出来るんだ」「うそ~?」「あははははは」「歯磨き、行くよ」「しょうがないなぁ~もう」二人が楽しみにしていた日曜日がやってきた。まだ開けきらないカーテンの隙間から黄金色に輝く日差しが差し込んでいた。亜紀は窓際へ行き、指先でカーテンを少し開いて見た。「いいお天気だわ」雲一つない青空だった。遠くに見える公園の桜が満開になって、夕焼け空の雲のかたまりをつまんで置いたように一面ピンクに輝いて見えた。「亜紀さん、もうカーテンを開けてもいいわよ」「あ、おハルおばあちゃん、おはよう御座います」「おはよう、亜紀さん。お天気が良さそうね」「ええ、青空に桜がとっても映えて奇麗です」「今日は遊園地ね?良かったわね。お天気も良くて」「ええ」廊下で待ちくたびれた高志がやってきて「お姉ちゃん、早くぅ」「はいはい」亜紀は窓のカーテンを全て開け放ってから、洗面用具を持って高志の後に続いて行った。「高志君、お天気が良くて良かったね」「うん。ソフトクリームを美味しく食べられそうだね」「どうしてもソフトクリームが離れないのね」「だって、大好きなんだもん」九時になり、看護師長の徳永が高志の元へやってきた。「高志君、お天気が良くて良かったわね」「うん」「身体具合はどう?」「なんともないよ」「胸を出してみて」「・・・冷たい・・・・」婦長が聴診器を胸にあてた。「・・・・・大丈夫ね。熱も平熱のようだし。気を付けて遊んでいらっしゃい」「うん」「ジェットコースターとか、お化け屋敷はダメよ」「うん、わかった」「もう着替えを出してあるのね。準備が宜しいこと」「へへへへ」「それじゃ、着替えていいわよ」「わ~い」高志はベットから飛び起き、急いでパジャマを脱ぎ捨ててベットの上の隅に準備してある赤いTシャツにズボンを着始めた。「あら、靴下はもう履いてあったの?」「へへへへへ」スリッパからスニーカーに履き替え、引出から財布を取り出すと、一目散に亜紀の病室へと向かった。「お姉ちゃん、準備が出来たよ」「うん、行こう」一足先に準備が出来ていた亜紀は、高志の、出掛けるための健康診断が終わるのを待っていた。日曜日なので主治医の回診は無く、代わりに看護師長が来てくれたのだった。亜紀は昨日母が届けてくれた、白いワンピースを着ていた。この前電話で注文をつけたワンピースだった。また、それに似合った白い大きな帽子を手に持って待っていた。日焼けをしないようにと、母が届けてくれたものだった。帽子には細い黄色いリボンが巻かれていて、眩しいコントラストを放っていた。靴も真っ白だった。上から下まで白で決めた亜紀に「お姉ちゃん、カッコ良い~」「どう?モデルさんみたいでしょ?」「うん。とっても綺麗だよ、お姉ちゃん」「よし高志、美味しいかき氷食べさせてあげる」「本当?何処にあるの?」「上野」「うん。それじゃ上野へ出て、食べてから横浜だね」「よし、そういうルートで行こう」
November 8, 2010
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+ 正春 + [26]黄昏時になり窓にカーテンが引かれた頃、高志が飛び込んで来た。「亜紀お姉ちゃん。叔父さんが来たよ」「そう、今行くわ」掛け布団の上に広げてあったカーディガンをまとって、高志の病室へ向かった。「こんにちは。高志君の叔父様でいらっしゃいますか?」「はい。岡崎正春と申します。この高志の父の弟になります。大村亜紀さんですね。高志がいつも御世話になっているそうで。ありがとう御座います」「いいえ、とんでも御座いません」「今度は遊園地へ連れていって下さるとか。ご迷惑じゃないでしょうか?」「そんな事は御座いません。私もここへ缶詰状態ですので、私自身も楽しみにしているのですから。かえって、宜しかったでしょうか?」「いいえ、助かります。宜しくお願い致します」「良かった。叱られたらどうしようかと思いました。ホッと致しました」「亜紀さん、今後もいろいろとご面倒をお掛けすると思いますが、何しろ高志が亜紀さんを頼りにしているようですので、面倒をみてやって頂けないでしょうか?家内もなかなか家の事もあって、手が回りませんので」「はい。わかりました」「高志、亜紀さんの言うことをちゃんと聞くんだよ」「うん。僕、大丈夫。ね、お姉ちゃん」「うん」「それでは大村さん、私はこれで失礼します。高志のこと、くれぐれも宜しくお願い致します。それから外出許可願いの書類、書いておきましたので後で渡して頂けませんか?」「分かりました」「それじゃ、高志、また来るからな」「はい、叔父さん」叔父の正春は深々と頭を下げて病室を出ていった。伯母の理恵子とは偉い違いだなぁ~と亜紀は思った。「所で叔父さん、何か言っていた?」「ううん、何も。お小遣いくれた」「漫画本、買えるわね」「うん。でも買わない」「どうして?」「遊園地で使うの。ソフトクリームにジュースにアイスクリームにかき氷に・・・」「冷たいものばかりじゃない。お腹壊すわよ」「お姉ちゃんにも買ってあげるね」「おごってくれるの?」「うん。楽しみにしててね」「それじゃ、高志君にご馳走してもらうもの、寝ながら考えるかな?」「うん。そうしてそうして。何でもご馳走してあげる」「よ~し。寝ないで考えるか!」「所でお姉ちゃん、何処へ行くの?」「そうそう、ディズニーランドは人が多いから、横浜へ行こうよ」「みなとみらい?」「うん。駅から動く歩道もあるから、楽チンでしょ?」「動く歩道ね、僕、前から一度乗ってみたかったんだぁ~」「良かった。喜んでくれて」「日曜日が早く来ないかなぁ~」亜紀は、外出許可願いの書類を高志の分と一緒にナースセンターへ届けた。それから隣にある大きな電話ボックスへ入り、自宅へと電話を掛けた。この大きな電話ボックスは、インターネットに接続出来るようにノートパソコン用の台もあって、広々としたものだった。電話に出たのは父の浩二だった。「お父さん?日曜日に外出許可を頂いたから着替えを持ってきて欲しいの。ええ。外出許可よ。違うの。ごめんね。高志君を連れて遊園地まで行って来たいのよ。そう。家には行かれないと思うわ。ごめんなさい。お母さんいる?代わって頂戴。・・・・・お母さん?日曜日に外出許可が降りたから着替えが欲しいの。ワンピースがいいかな?白のワンピースがあったでしょ?うん。うん。そうそう、それを土曜日までに持ってきて欲しいの。・・・家じゃないわ。みなとみらいへ行くの。高志君と。大丈夫よ。ちゃんと先生と高志君の叔父さんの許可も出てますから。はい。はい。それじゃ土曜日にお願いね」
November 3, 2010
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+ 外出許可 + [25]数日後、亜紀は主治医の高槻医師を捕まえていた。「先生、高志君を遊園地へ連れていってあげたいのですが、外出許可、降りませんでしょうか?」「遊園地、ですか?」「遊園地というより、観覧車へ乗せて上げたいのです。ご両親と行くはずだった観覧車。まだ思いがあると思うのです。少しは気持ちが落ち着くと思うのですが」「そうですね。ジェットコースターなど負担にならなければいいでしょう」「本当ですか?」「はい。特別に許可します。元気なうちに楽しませてあげて下さい」「先生・・・・?」「亜紀さんも心臓の病気の事は知ってると思いますが・・・・・。亜紀さん、力になって上げて下さい。病気には元気が必要です」「先生」「今日は水曜日だから、今度の日曜日はどうですか?暖かくなって来たことだし。桜も奇麗に咲いている頃でしょうから」「ありがとう御座います」「ディズニーランドですか?」「あそこは人が多いので、横浜のみなとみらいへ行こうと思います」「そうですか。動く歩道もありますからね。二人にとっては楽でいいでしょう。それではあとで書類を届けさせますから、記入して提出しておいて下さい」「分かりました。ありがとう御座います」先生と別れた亜紀は、高志のところへやってきた。「高志君」「なに?」「先生が遊園地へ行って来て良いって」「本当?」「ええ、今度の日曜日に行って来なさいだって」「やったぁ~やったぁ~」「高志君の叔父さん、今度いつ来るかなぁ~?」「今週はまだ来ていないから、そろそろ来ると思うよ」「叔父さんが来たら、お姉さん、少しお話がしたいんだけどなぁ~」「分かったよ。叔父さんに伝えておくよ」亜紀はまだ、高志の叔父とは面識がなかった。今度の遊園地へ出掛ける件は話しておかなければ、と思った。
November 1, 2010
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+ 遊園地の指切り + [24]高志は父と母の亡くなった時の事を思い出しながら、亜紀に抱かれて十分以上泣き続けた。亜紀のガウンは、胸から腹部にかけて、高志の涙と鼻水で濡れていた。高志が落ち着いた頃を見計らって、両手で顔を上げさせ、頭から頬をなでて手を止めた。「高志君、お父さんの分とお母さんの分、生きなくちゃ」「ひっく、ひっく、ひっく、うん」こみ上げてくる感情と涙のために、なかなか声にならなかった。亜紀はポケットからハンカチを出して、高志の涙と鼻水を拭いて上げた。やがて高志の呼吸が落ち着いた。「ねぇ高志君、手に持っているものは何?」高志は握った手を軽く開いて見つめながら「お母さん」と答えた。「お母さん?」「うん。お母さんの髪の毛」「形見なのね」「うん。いい匂いがするんだ~」「お母さんって、いい匂いがするもんね」「うん」「いつまでも大事にしなくちゃね」「うん」「そうだ、高志君。もし、もしもだよ、許可が降りたら遊園地へ行こうか。観覧車。観覧車へ乗りに行こうか?」「本当?ほんとうに本当?」「うん、行こう」高志はおまもりを胸の中へしまい込んで「それじゃ、指切り、指切りして」と右手を差し出してきた。「はい、指切り、指切り」
October 31, 2010
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+ 高志の父親 + [23]高志の父親は重体だった。事故以来、集中治療室へ入っていて余談を許されなかった。三日目の朝に意識を取り戻し、付き添っていた実の弟の正春と少し会話が出来た。『お、兄貴。俺だ、正春だ。わかるか?』『家内は?』『兄貴、大丈夫か?』『直美は?』『直美さん、ダメだった』『そっか・・・・・・。高志は?』『高志君は大丈夫だ。背中を切った程度で、もうじき元気になる』『・・・・・・・』『火葬は?』『今日だ』『正春、お願いがある。直美の黒髪、少し切り取ってくれないか?』『髪の毛をどうするんだ?』『高志のための切り取ってやってくれ。頼む』『分かった』『それから・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』高志の父から正春への話は、暫く続いた。やがて、背中の傷が癒えてきた八日目に、少し動けるようになった高志は看護師に車椅子で連れて行かれて、父にやっと会うことが出来た。『お父さん・・・・・』父は看護師に酸素マスクを外された。『高志か・・・』蚊の泣くような声であった。『うん』『・・・・・お前が無事で良かった』『お父さん。お母さんが・・・・』『うん・・・・・高志。お前のことは正春おじさんに頼んであるから、お父さんに何かあったら相談しなさい』『うん。でも、お父さんは元気になるでしょ?』『・・・・・そりゃ、お前のために元気にならなくちゃ』『きっとだよ。きっと元気になってね』『・・・・・』返事はなかった。父は残っている体力を振り絞って声に変えていた。看護師が無言で酸素マスクを戻した。高志は涙を溜めたまま、病室へ戻された。それから二日後の早朝の事だった。『高志君、起きて』夜が明け切らぬ時間に看護師に起こされて、車椅子で父の病室に連れて行かされた。そこには最後の呼吸をしている父の悲しい姿があった。車椅子をベットの横へぴったりとつけ、父の手を握る高志であったが、高志はこれが現実とは到底思えなかった。『お父さん・・・・』高志には、死んでいくという事を受け入れることが出来なかった。母が目の前から消え去ったのも、これから父が消えていくということも、考えたくなかった。優しいお母さんがいつか目の前に現れてくれるだろうと、元気なお父さんが手を引いてくれるだろうと思っている。高志は掴んでいる父親の手を見つめた。(この手はいったい誰の手?)(お父さんの手はもっと大きくて温かいよ)(おとうさ~ん)(お父さんまでいなくなちゃ、イヤだぁ)そう思った時だった。『ピッ、ツーーーーーーーー』無情にも心電図は停止した。死亡の確認をとった主治医が『高志君、お父さんとお別れだ』高志は無言で父の最後の顔を見つめた。頬を涙が伝わってきたものの、独りぼっちになった寂しさから泣けなかった。やがて駆けつけてきた叔父の正春が『兄貴・・・・間に合わなかったか・・・・』暫く兄の顔を見ていた正春が、ベットへ向かって両手を合わせた。それから『高志君・・・・・・』そう言って、正春は膝を折って高志を軽く抱きしめた。『お母さんに続いてお父さんまでも・・・・・・可哀想に・・・・・』『高志君のことは、お父さんから頼まれたから心配しなくていいからね』『遠慮しないで、何でも言ってきなさい』頭を抱えられながら、高志は頷いたのだった。
October 29, 2010
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+ 形見 + [22]高志は、母が亡くなったのを知らされたのは、事故から四日経った日のことだった。背中の傷が少し癒されてきた頃を見計らって、病室に現れた叔父の正春から伝えられた。『高志君、傷は痛むか?』『うん』高志の首から背中は裂傷を負って、二十数針縫ってあった。朝から晩まで、二十四時間うつ伏せである。『叔父さん、お父さんは?お母さんは?』正春はカーテンを引いて、高志のベットを廻りから遮断した。それから高志の耳元へ近づき、静かな声でしゃべり始めた。『お父さんは、今、怪我と戦っている。集中治療室で、先生や、看護師さんが一生懸命になって、お父さんを助けようと頑張っている。もう少ししたら、高志君も会えるかも知れない。だから、早く良くならないといけないよ』『うん』『・・・・・』『お母さんは?』『・・・・・・お母さんは・・・・。お母さんは、大きな事故だった。追突されたはずみで・・・横転して・・・、前の屋根がつぶれて・・・頭を打って・・・お母さん。残念だけど、帰らない人になった』『お母さん、死んだの?』『・・・・』『お母さん、死んじゃったの?』『うん』(お母さん、死んじゃった・・・お母さん死んじゃった・・・・・・)『高志君・・・・』うつ伏せになっている高志は、枕に額を押しつけ、枕の下から手を入れて力一杯抱きしめて、すすり泣きを始めた。カーテンを閉めているとはいえ、廻りに入院している人がいるから、泣いている声を聞かせたくなかった。高志は、亡骸も見ずに母と別れたのだった。高志が少し落ち着いてきた頃、正春が言葉を続けた。『お葬式、済ませたからな』『・・・・・』『お母さんのお友達も沢山来てくれたぞ』『・・・・・』『ほら、イチバンのお友達の桜さんのおばさんも来てくれたよ』『・・・・・』『高志君、お母さんは残念だったけど、お父さんが一生懸命に頑張っている。早く良くなるように祈ってあげなくちゃ』『・・・・・・・うん』枕に顔を押しつぶしている高志から、ようやく返事が返ってきた。『高志君の背中の傷が良くなったら、お父さんのお見舞いに連れていってあげるから、早く良くなりなさい』『うん』やっと高志は顔を横に向けることが出来た。『高志君、何かあったら叔父さんに相談しなさい。力になってあげるから』『はい、叔父さん』『早く元気になって、お父さんの所へ行って上げよう。分かったね?』『はい』正春はポケットから小さな袋を取り出した。『高志君、これ』首をいっぱいに曲げて、正春の手を見た。『なに?』『お母さんの形見だよ』高志は背中の痛みをこらえながら、右手を差し出して受け取った。『お母さんの・・・・・形見?』『そう』『お葬式の前に高志君のお父さんが、高志のためにお母さんの髪の毛を少し残してくれって、言われたんだ』『お母さんの、髪?』『高志君は、お母さんの髪の毛の匂いが好きだったんだって?』『うん』『だからね、少しだけ切ってこれの中に入れてあるから』高志は受け取ると、枕を顎の下に持ってきて、顔を浮かせた。青いお守り袋だった。『それじゃ高志君、叔父さんは帰るから』『・・・・・・』『じゃあね。しっかりするんだよ』『・・・・・・』高志は正春が病室を出て行った後、枕から顔を持ち上げ、両手でお守り袋を少し開いてみた。中から、かすかだが、懐かしい母の匂いが漂ってくるのがわかった。思わず、す~~~っとその匂いを胸一杯に吸い込んだ。(お母さんの匂いだ)高志はゆっくり吐き出したあと、もう一度お守り袋に鼻をつけて、もっともっとゆっくり吸い込んだ。(お母さん・・・・・)また、高志の目から大粒の涙がこぼれはじめ、顔を枕に突っ伏した。
October 27, 2010
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+ 亜紀の優しさ + [21]河田看護師と別れて、一旦病室へ戻った。春先の陽気とはまだいかなく、亜紀の腕には鳥肌が立っていた。少しの間身体を暖めた亜紀は、高志の所へ顔を出した。「た~かし君。何してる?」「あ、お姉ちゃん。トランプ占いしてたの」「何を占ったの?」「わかんない。ただ遊んでいただけ」「そっか」「さっき来た人は、おばさん?」「うん・・・・・」「おばさん、いつもあんなにキツイの?」「・・・・・・・」口に出したとたん、高志は沈み込んでしまった。血縁関係の無いおばさんは、高志にとって大きな重圧なのであろう。厄介者扱いされても、かばってくれる父も母もいない。自分では何も出来ないから、静かにしているしかないのだった。高志が一瞬、不思議な行動をとった。しかし、亜紀には分かった。高志がこぼれ落ちてきた涙を見えないようにそっと拭ったことを。「高志、ちょっと屋上へ行こうか」「屋上?」「お姉ちゃん、高志君と話しがしたいの。いい?」「うん」それから二人は屋上へ上がった。お天気が良いから、沢山の洗濯物がここぞ狭しと干してあって、風になびいていた。「良いお天気ね~」「気持ちいいね、お姉ちゃん」二人は屋上の角のほうへ歩いて行って、高志を先に座らせてから亜紀も座った。「ねぇ、お父さんとお母さんの話しを聞いてもいい?」「うん」「お父さんやお母さんは優しかった?」「うん。とっても。お父さんはね、時々怒ったけれどいっぱい遊んでくれたの。キャッチボールをしたり、自転車に始めて乗るときも教えてくれたりして。最高のお父さんだった」「そっか。お母さんは?」「学校から帰ると、良くおやつを作ってくれたよ。クッキーやケーキを作るのが上手で、とっても美味しかった。風邪で熱が出るとおでことおでこをくっつけて計ってくれるの。この辺り・・・」おでこに手を当てた高志の目が曇り始めた。「事故のこと、覚えてる?」「ううん。ぜんぜん覚えていない。気が付いたら寝ていたんだ。ディズニーランドから帰ろうと、高速道路を走っている所までは覚えているけど、あとは知らない」「ディズニーランドへ行って来たの?」「うん・・・・・」「楽しかった?」「うん。だけど観覧車がいっぱいで乗れなかったの。次に来た時に乗ろうねって、話しをしたところまでしか覚えていないの」返事をした高志の目から大粒の涙が溢れ出した。亜紀は高志の涙と、悔しそうに握りしめている手を見て思った。そして、「高志君、もしかしてお父さんやお母さんが亡くなってから・・・・・泣いてないんじゃないの?」「・・・・・」声にはならなかった。亜紀の言うように、高志は母を亡くし父を亡くしても泣けなかった。本当は思い切り泣きたいはずだったのだが、抱きしめてくれる人がいなくなって、泣けなかったのだった。廻りに人がいる病室では、すすり泣きをしたことがあっても、声をあげて泣くことが今まで出来なかったのだ。「泣いていいよ、高志君。思い切り泣いたらいいよ。お姉さんが受け止めてあげるから、思い切り泣きなさい」そう良いながら亜紀は高志を抱き寄せた。亜紀の優しさが高志の心の中へ入っていった。高志は首にかけていたお守りを取り出して握りしめ、亜紀の胸の中で両親の事を思い出しながら大声を上げて鳴き始めた。
October 25, 2010
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+ 高志君 + [20]二人は庭へ出た。もう十一時に近かった。「こんなに遅くまでお仕事ですか?」「ええ、忙しくて時々帰れなくなっちゃうんです。時間だからって、忙しくしているのを見て帰るのも、何か忍びなくて」「そうですか。大変な職業ですね」「人手不足ですから、しょうがありません」それから若い看護師は、高志について知っていることを話し始めた。「正月明けの最初の日曜日の事のようです。東京ディズニーランドの帰りだったそうですが、両親と高志君の乗っている車にハンドル操作を誤った乗用車が突っ込んで、なんでも高志君の車は大破したそうなんです。その事故でお母さんは即死だったそうです」「そんな事が・・・。それで、お父さんは助かったんですか?」「はい。お父さんと高志君は病院へ運ばれたのですが、お父さんは十日後に亡くなったそうです。高志君は背中に大きな傷を負ったのですが、後部座席に座っていたのが幸いして助かりました。その時の検査で心臓の病気が見つかって、背中の傷が治ったあとに、この病院へ転院してきた訳です」「それじゃあの背中の傷は、事故の時の傷だったんですね?」「ええ」「それから、先ほど高志君の所に見えた女性はどなたかご存じでしょうか?」「おばさんの事でしょうか?高志君のお父さんの、弟さんの奥さんだと思います。高志君にとっては、伯母さん、ですね」「どうも優しくみえないのですが・・・・」「直接血が繋がっていないからなんでしょうか?他人扱いみたいで高志君が少し可哀想なんです」「お父さんの弟さん、つまり叔父さんはどうなんでしょうか?」「旦那さんから見れば高志君はお兄さんの子供ですから、一応血の繋がりがありますので優しいですよ」「それは良かった」亜紀はこの言葉を聞いて、内心ほっとしたのである。「どんな仕事をしてるのでしょう?」「そこまでは分かりません。叔父さんのほうは最初の頃は仕事の合間に良く見えていましたけど、この頃は忙しいのでしょうか?あまり見えませんね。でも、検査のお話がある時には必ず来ていますから」「そうですか。ところで、あの、さっきの伯母さんは何を持ってきたのでしょうか?」「あ~、あれですね。小袋の件ですね。あれは高志君の洗濯物です。パンツとシャツなんですが、毎日着替えたら小袋に入れて閉じているんです。それを二週間毎にさっきのおばさんが来て、取り替えていくのですよ。二週間分の新しい洗濯物を持ってきて、二週間分の汚れた洗濯物を持って帰っているんです。義理的な感じです。それから、請求書を持っていきませんでしたか?」「はい、手に持って行きました」「帰り際に会計をして帰るんです」「一応、面倒を見ている格好だけはあるんですね」「金銭的な面だけと言えば淋しいですけれど。でも今は大村さんがいて下さるから、高志君も明るいですよ」「ところで、高志君の病気っていったい何なのでしょうか?」「病気の事は・・・・・個人情報なので詳しく言えません。済みません。高志君の叔父さんの許可があればお話しても宜しいですが、その時は直接先生のほうからお聞きになった方が宜しいと思います」「そうですか・・・。ごめんなさいね。深夜のお仕事が終わって疲れて眠いところを・・・」「いいえ、どういたしまして」「それじゃ、どうもありがとう御座いました。えっと・・・・」「河田和美と言います。大村様もお大事にして下さい」「それじゃ河田さん、本当にありがとう御座いました」
October 24, 2010
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+ 定期検査 + [19]亜紀は定期的に心電図の検査を行っていた。それと、医師からの薦めの自己血採血を始めたのだった。午前の検査と採血を終えた亜紀は、病室へ戻ろうとエレベーターに乗り込んだ。患者専用のエレベーターもあったが、タイミング良く一般用が開いていたのでそちら側へ乗った。たちまち見舞い客やら患者やらで、狭いエレベーターはいっぱいになった。亜紀は中程に立った。「すみません、六階をお願いします」ボタンまで手が届かなかった。誰かが『6』のボタンを押してくれたのが見えた。「ありがとう御座います」亜紀は礼を述べた。エレベーターが半分閉まりかけた所で、駆け込んできた女性によって再びドアが開かれた。「ごめんなさい」気の無い謝り方だった。「いつ来てもいっぱいなんだから、まったくもう・・・」女は続けて愚痴をこぼした。ドアが閉まってエレベーターが動き出した。途中で止まることなく六階まで来て静かに止まった。『ピ~ン、六階です』エレベーターのアナウンスによって、亜紀は『6』の数字を目で確かめた。ドアが開いた。先ほど愚痴っていた四十過ぎの女性が、開けきらないドアに向かって、『早く開け』と言わんばかりに腰を大きく左右に振って出て行った。その後ろに出来た大きなスペースは、亜紀が続いて降りるのには十分で、引きずられるように降りることが出来た。病室へ向かう亜紀の前をその女性が歩いて行く。やがてその女性は亜紀の病室の斜め向かいへと入っていった。亜紀は自分の病室に入らずに、開け放たれているドアの横から、何気なく女性が入っていった病室を覗いた。女性は高志の横に立っていた。その高志はベットの上で正座をしていた。手にはトランプを持っている。恐らくそれで今まで遊んでいたのだろう。目は、先ほど入った女性を怯えるように見ていた。「高志、どうなの?」「うん、まぁ・・・・」「ホントにまぁ。厄介者を残しちゃって」そう言うと、その女性はベットの下の衣装ケースを引っぱり出した。持ってきた大きな紙袋をベットの上に置いて、中から折りたたんであった袋を取り出し広げた。その中に、衣装ケースに入っていた小さな袋をむんずと掴んで入れ始めた。白いビニールの小袋の数は十五,六個にも及んだ。全部の小袋を入れ終わった女性は、今度は持ってきた袋の中から真っ白い物を取り出し、衣装ケースの中へ押し込んでいった。全ての作業が終わったところで今度は引出を開け、病院の請求書を取り出すと「おとなしくしてなさいよ」そう言い残して、病室から出て来た。亜紀は体を交わして彼女を見送った。請求書を片手に去っていく女性の後ろ姿が、エレベーターに消えて行った。(高志君のお母さんでは無さそうね)そう思っていると、若い女性が亜紀を目指してやって来た。「大村さ~ん」「?」近づいて来た女性は今朝方の看護師であった。仕事を終えて、普段着に着替えてきたので、誰か分からなかったのだ。「大村さん、今宜しいですか?」「はい、検査も終わってきたので大丈夫です」「それじゃ、ちょっと歩きますか」「はい。ガウンを着てきます。ちょっと待って下さいね」
October 22, 2010
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+ 高志の両親 + [18]病室へ戻った亜紀の元へ、間もなく朝食が運ばれてきた。 今朝の献立は、サラダにワラビの和え物。それに鮭の薄い切り身だった。今まで残したことのない亜紀の箸が進まない。 高志の背中の傷の事が気になってしょうがなかった。ご飯を半分食べたところで、ついに箸を置いた。 (こうしてはいられないわ)そんな亜紀だった。急いでベットを降りてスリッパを履いた。食べ残しのあるお膳を持っていくのには普段、粗末にしたことのない亜紀にとっては抵抗があった。けれど、なにか釈然としないものに亜紀は襲われていた。お膳を下げると洗面所へ寄り、簡単に歯磨きを終えてナースセンターへ向かった。のぞき込むと、看護師全員が丸い机を囲んで、看護師長の話しに耳を傾けていた。どうやら朝のミーティングのようであった。亜紀は少しいらいらしながら、誰か手の空く看護師を待った。間もなく看護師一同が礼をして、四方へ散らばった。ナースセンターを覗き込んでいる亜紀を見つけた看護師が近づいて「大村さん、どうかしましたか?」と声をかけてきた。「ちょっと宜しいでしょうか?」「はい」「高志君のことなんですが、ご両親はどうしていらっしゃらないのですか?」暫く考えていた看護師だったが、高志と仲良くしてくれる唯一のお友達だという事を察して、小さな声で「大村さん、ごめんなさいね。あとで教えてあげます。ここではちょっと」やはり何か事情があるようだ。「分かりました。あとで教えてくださいね」「はい。あとで必ず」亜紀は看護師と約束をして別れた。
October 21, 2010
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+ 傷跡+ [17]歯磨きと洗顔をしに行こうと、ベットから起きあがった亜紀は病室を出ると、高志のベットをのぞき込んだ。 「高志君、起きてる?」「もう、お姉ちゃんより早く起きていたよ。お姉ちゃんこそ寝坊してたでしょ」 「へへへへへ~。歯磨きしに行こう」 「うん」 二人は仲良く洗面所へ向かった。 「高志君、何か良い夢でもみた?」 「うん。お姉ちゃんと遊園地へ行った夢、見ちゃった」 「遊園地かぁ~」 「お姉ちゃん。ジェットコースター怖がっていたよ」 「うそ」 「おしっこ、ちびったって」 「なにを~~~~」 「あははははは」 洗面所へ着いた二人は、歯磨きを始めた。やがて高志が「ガラガラガラガラ」と。口を濯いだ水を前屈みになって吐き出した。 「!!!??」高志の後ろの首から背中にかけて大きな傷跡を亜紀は見た。一瞬亜紀は口を濯いでる水を飲み込みそうになった。 「ガラガラガラガラ、ぺっ」 高志がまた口を濯いだ。 亜紀はその異様な傷に、高志に対して何も言えなかった。 飲み込みそうになった水を、亜紀はゆっくり吐き出した。入院してから三週間、亜紀は高志の親を見ていないのも気になりだしていた。高志の両親と話しをしている所さえも、一度も見たことがなかったのだった。亜紀は、あとで看護師に詳しく聞いてみなくては、と思った。洗顔を先に終えた高志が、 「今日は高志の勝ちだね、起きるのも顔を洗うのも」と、明るく笑って先に立って歩き出した。病室の前まで来ると「朝御飯を食べたらトランプで遊ぼうね」と、明るく自分の病室へ先に入っていった。
October 15, 2010
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+ 三月十日 + [16]検査結果から一週間が過ぎた朝「大村さん、おはようございます」看護師が亜紀へ声をかけた。一度目覚めたのだが、また寝入ってしまっていた。亜紀は看護師に起こされたかたちになった。「お早うございます」「検温ですよ」「はい」「変わりはないですか?」「大丈夫です」亜紀は受け取った体温計を、寝たままの状態で左脇に挟んだ。暫く天井を見つめながら、三分経つのを待った。ゆっくり深呼吸をした。静かな時間。亜紀は心臓が気になった。体温計が外れないようにしながら左手で左の乳房を持ち上げ、そこへ右手を持っていき心臓の鼓動を確かめた。ドクン・ドクン・ドクン・・・・・っと鈍いような鼓動。タッタッタッタっと軽快な音だったのは、いつの頃だったのだろうかと。亜紀は考え始めた。小学校の運動会。徒競走は得意だった。ゴールを駆け抜けたあとの忙しい呼吸と、テンポの良い軽快な心音が脳裏に甦ってきた。(どうしてこうなったんだろう・・・・)憂鬱な気分になり始めた時に『ピピッピピッピピッ』っと体温計が鳴った。亜紀は右手で体温計を脇から外して目の前に持ってきた。三十六.六分。平熱であった。(あのときの心音に近づけるのかな?それとも・・・)手術の事を考える度に不安は日々募っていった。しかし、今の亜紀には運命を受け止めるしかなかった。
October 13, 2010
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+ 指切りしようよ + [15]病室へ戻った亜紀の元へ高志が駆け寄って来た。「お姉ちゃん、どうだっだったの?」「お姉ちゃんね、手術しなくちゃいけないんだって」「手術しないと死んじゃうの?」「そうね。でも手術すれば助かるって」高志は今にも泣き出しそうになった。「大丈夫よ、大丈夫だって」「本当に大丈夫?」「うん。立派な先生が沢山ついてるって」「うん。お姉ちゃん、いつまでもいてね」「大丈夫よ。高志をみててあげるから」「本当だね。それじゃお姉ちゃん、指切りしようよ」「うん」「いつまでも元気で、高志を見ていてくれるって」「分かったわ。早く元気になって高志をみていてあげるわ」高志の小さい小指が、一回り大きい亜紀の小指にからんだ。「ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんの~ます」「ゆびきった」逆に高志に励まされた形となった亜紀に、笑顔が戻ってきた。二人のやりとりを見ていた亜紀の両親は、心から高志に感謝をしていた。「高志君も早く元気になろうね」「うん。お姉ちゃんと競争だ」「そうだね。お姉ちゃんと競争だね」「ボク、負けなぁ~い」「私もまけなぁ~い」あはははと病室に笑いが響いた。「それじゃ亜紀、お父さんとお母さんはこれで帰るから。気をしっかり持って頑張りなさい」「わかったわ、お父さん。お母さんも心配しないで。私、負けないわ」「亜紀、しっかりね」「大丈夫。まだ手術も先の話しだし」「それじゃ、行くよ」「はい。ありがとうお父さん、お母さん」亜紀は病室から出ていく二人を明るく見送った。二人は入り口で振り向いた。母は軽く手を振ったあと足を進めて帰っていった。
October 10, 2010
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埼玉県というところは夏には物凄く暑くなる。それは海が無いからだと自分を納得させていた。確かに全国的に暑いところは山形・岐阜そして埼玉と海無し県が多い。いや・・・山形県は違うね。40.9度という日本最高気温の記録をもつ熊谷。でも今年は完全に蚊帳の外。東京・練馬にも負けた(苦笑)。海が在る無しは関係なかったようだ。最低気温が25度以上の日数が過去最高を記録した今年の夏。世間的には異常気象と言われている。これは、2010年の6月1日から9月30日までの記録。京都・京田辺で39.9℃を観測した今年の国内最高気温の記録は、観測装置に大量に草が絡みついた状態での不適切な値だったとして、参考値にとどめることを決めたと発表。1 岐阜県多治見 39.4 2 岐阜県八幡 39.1 3 群馬県館林 38.9 3 三重県桑名 38.9 5 群馬県上里見 38.8 5 愛知県東海 38.8 7 福井県三国 38.6 8 群馬県前橋 38.5 8 埼玉県鳩山 38.5 10 群馬県伊勢崎 38.4 10 岐阜県揖斐川 38.4 10 岐阜県美濃加茂 38.4 10 鳥取県鳥取 38.4 14 岐阜県金山 38.3 14 京都府舞鶴 38.3 14 京都府福知山 38.3 14 広島県福山 38.3 14 福岡県前原 38.3 14 大分県玖珠 38.3 20 茨城県古河 38.2 20 埼玉県寄居 38.2 20 東京都練馬 38.2 20 愛知県愛西 38.2 20 岐阜県美濃 38.2 20 大分県日田 38.2 26 埼玉県熊谷 38.126 埼玉県越谷 38.1 26 愛知県豊田 38.1 26 京都府京都 38.1 26 大阪府豊中 38.1 31 愛知県名古屋 38.0 31 大阪府堺 38.0 31 兵庫県豊岡 38.0 31 島根県益田 38.0 31 愛媛県宇和 38.0 36 福島県浪江 37.9 36 埼玉県さいたま 37.9 36 静岡県佐久間 37.9 36 三重県津 37.9 36 兵庫県西脇 37.9 36 和歌山県かつらぎ 37.9 36 岡山県岡山 37.9 36 大分県犬飼 37.9 44 愛知県岡崎 37.8 44 三重県小俣 37.8 44 広島県加計 37.8 44 広島県府中 37.8 48 福島県梁川 37.7 48 埼玉県所沢 37.7 48 山梨県勝沼 37.7 48 岐阜県岐阜 37.7 48 石川県小松 37.7 48 島根県浜田 37.7 48 鳥取県境 37.7 48 鳥取県青谷 37.7 48 鳥取県米子 37.7 涼しいはずの東北・福島がベスト50に入っている。確かに異常気象なのかもしれない。いまは25度。あの暑さも忘れ、過ごし易い毎日。どの位暑かったかを表現するのも難しい。忘れる事も大事だ。
October 7, 2010
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+ 腫瘍 + [14]「・・・・・・」「肥大部分と腫瘍部分が一度に切除出来るかどうか、もしかしたら二度の手術をしなくてはならないかも知れません。」「あなた・・・」「前例はあるんでしょうか?」「肥大だけとか、腫瘍だけとかならありますが、二つ一緒というのは正直ありません」「体力的にはどうなんでしょうか?」「若いですから、出来れば一緒に切り取ってしまいたいのですが・・・」「別々にやって助かる確率と、一緒にやってしまっての助かる確率はどうなんですか?」「心臓を一度開くか、二度開くか、それがリスクとなります」「一度にやってしまったほうが良いという事ですね」「出来ればそうしたほうが宜しいでしょう」「このままほおっておけば?」「恐らく・・・五年くらいかと・・・」「五年?」「あなた・・・・」「・・・・・・・先生、手術はいつ頃になります?」「来月の、四月の八日に予定を入れたいと思いますが・・・。しかし最終結論を出されるのはご本人とご家族のご両親ですので」「亜紀・・・・」亜紀は心臓肥大の他に腫瘍があると聞かされ、愕然としていた。それも難しい位置にあると・・・。亜紀は両親と高槻医師との会話を、途中から他人ごとのように聞いていた。そうしないと意識を失って倒れていたかも知れないと思ったからだ。「亜紀」「亜紀、しっかりして」亜紀は浩二と芳子の呼びかけによって我に返った。「亜紀、大丈夫か?」「ええ」「手術、受けような」亜紀は浩二の言葉に頷くのが精一杯だった。「先生、宜しくお願い致します」「分かりました。それから手術の際の輸血の件についてですが、自己血輸血という方法があります。これは手術までに自分の血液を保存しておき、手術の際に使用するという方法です。当然、自分の血液なので感染症の心配がないというのと、アレルギーなどの免疫反応の心配がないのがメリットになります。お考え下さい」「分かりました」父の浩二に肩を抱かれながら診察室を出た亜紀ら三人は、廊下の長椅子に腰を落とした。時が止まったかのような、一瞬の静けさだった。何を考えていいのかと、三人がそう思った。「亜紀」少し経って時が動いた。最初に口を切ったのは浩二であった。涙を拭きながら、ゆっくりと顔を上げた亜紀は父の目を見た。「亜紀、向き合おう。病気としっかり向き合おう」「うん」「先生を信じて、頑張ろう」「うん」「少し、落ち着いたか?」「ええ。もう大丈夫」「お部屋へ戻ろう」下手な慰めは愚かなことだと思い、これ以上のことは言えなかったのだ。
October 6, 2010
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+ 三月三日 +[13]検査結果やがて検査結果の出る、三月三日がやってきた。浩二と芳子は、病室へ午後一時前に入っていった。「亜紀、亜紀」亜紀は、芳子の声で起こされた。「ん~~~~、お母さん」「お母さんじゃありませんよ。もう起きなさい」「?」「そろそろ時間ですよ」「もう、そんな時間?」お昼を食べてすぐに寝入った亜紀だった。「大丈夫か?」「あ、お父さん。ごめんね」「うん。検査の結果、なんとも無ければいいな」「ええ、大丈夫よ」「亜紀、寝ぼけていないかい?」「お父さん、子供じゃないってば。大丈夫よ」「亜紀、上着を着てね」「はい」十数分後、三人は診察室で主治医の高槻医師の前に座っていた。シャーカステンには、前回と同じように二枚のレントゲン写真と、二十枚のCT写真が張り出されてあった。「ご両親には以前お話ししましたが、亜紀さんには始めて説明しますね?」「はい」「病名ですが、特発性拡張型心筋症です」「・・・・・」「これが普通の方の心臓の写真です。こちら側が亜紀さん。大きさの違いが分かると思います。亜紀さんのほうが大きく見えると思います。この部分が肥大している部分です。これは現在のバチスタ手術で治りますので問題はありません。リスクが無いとは言いませんが。完治する確率は非常に高いです。しかし・・・」「しかし・・・?」「はい。前回の黒ずんで見えていた部分ですが、やはり腫瘍だと分かりました」「心臓に腫瘍・・・ですか?」「このCTの、ここ、ここも、この、黒ずんでいる部分がそうです」CT写真の数枚に渡って指をさした。「先生、心臓が癌になるんですか?」「原発性心臓腫瘍と呼ばれます。この腫瘍は、癌性のものも非癌性のものも、心臓組織のあらゆる部位から発生する可能性があります。原発性心臓腫瘍は、二千人に一人発症するかどうかという程度のまれな病気です。成人において最も多くみられる非癌性の原発性心臓腫瘍は粘液腫で、全体の約五〇%を占めます。亜紀さんの場合は、単発性の小さな非癌性原発性心臓腫瘍です。手術で切除して普通は治癒します。しかし亜紀さんの場合は腫瘍が心室と心室の間の壁の近くにあって、非常に難しいのです。肥大した分部にあれば一緒に切除してしまうのですが・・・・・」
October 4, 2010
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+ 心臓カテーテル検査 + [12]看護士が二人、ストレッチャーを押してやって来た。「亜紀さん、こちらに横になって下さい」「はい」亜紀はまな板の上の鯉の気持ちになって、ストレッチャーに横になった。部屋から廊下へ出たところで、高志が自分の病室から顔を出して見ているのが目に入った。やがて高志は、手を握ったり開いたりするような仕草で見送ってきた。亜紀は微笑みながら、高志に行ってきますを告げた。エレベーターに乗って、カテーテル検査室に運ばれた。高槻医師のほか数人のスタッフが、亜紀を取り囲むようにして検査が始まった。鼠径部に麻酔が打たれた。暫くして麻酔が効いたのを確かめてからメスが入り、カテーテルが挿入されていった。ビデオスクリーンに体内に送りこまれたカテーテルの模様が映し出されていき、やがて心臓に到達したカテーテルの先から、造影剤が注入された。「あっ」亜紀は一瞬唸った。心臓で波を打った不快感が、尾てい骨まで伝わっていく感じを受けた。高志から聞いてはいたが、想像を絶する不快感だった。(私も二度とやりたくないわ)そう思う亜紀だった。検査が終わって部屋へ戻った亜紀には、点滴が三本ぶら下がっていた。「お姉ちゃん、どうだった?」「高志君が言ったように、気持ちが悪かったわ」「そうでしょう」「もうやりたくないね」「ボクも」夕食時間になって、芳子がやって来た。「検査はどうだったの?」「それがもう、心臓が破裂したんじゃないかってくらい、気持ちが悪かったわ」「代われるものなら、私が代わってあげたいわ」「仕方が無いわ」「食事はあるの?」「この通り、点滴です」「おなか空くわね」「しょうがないわよ。そうそう、お母さん」「何?」「来週の三日に、全ての検査結果の説明があるらしいわ」「三月三日ね、何時から?」「二時からだって」「分かったわ。お父さんにも伝えなくちゃね」「宜しくお願いします」
October 2, 2010
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+ 高志 + [11]やがて高槻医師が看護師と一緒に入って来た。「大村さん、来週の二十五日に心臓カテーテル検査を行います。この検査は鼠径部(そけい部)か肘部の動脈或は静脈からカテーテルを挿入し、心臓に到達した時点で造影剤を注入して、心臓の状態を詳しく見る検査です。亜紀さんの腕はちょっと細そうなので、足の付け根の鼠径部から管を入れたいと考えています。これには局所麻酔でやりますので痛みはありませんが、心臓への造影剤の注入時に不快感を覚えることがありますが、一過性ですので心配は要りません。詳しい説明はこちらのプリントに書いてありますのでご覧下さい。何か質問はありますか?」質問と言われても、始めての事なので亜紀は返事に困った。「特別にありません」「それでは前日の二十四日に、カテーテル挿入のための準備がありますので、看護師から聞いて行って下さい」「わかりました」高槻医師はそう言い残して出ていった。残った看護師から亜紀は、心臓カテーテル検査のための前日の準備について説明を受けた。病室に戻った亜紀の所へ高志が飛んで来た。「お姉ちゃん、何だって?」「来週、カテーテル検査なんだって」「僕もやったよ」「痛い?」「心臓が熱くなって、気持ちが悪かったよ」「そうなの?」「僕、もう二度とやりたくないな」「そんなにイヤなの?」「それにね、お姉ちゃん。毛を剃るんだよ」「こら」「前の日にね、下の毛を剃りに来るんだよ」「さっき看護師さんから説明されたわよ」「えへへへへへ」「何を笑ってるの。こら」「僕も剃ったの」「へぇ~、高志君にも生えていたんだぁ~」「手術前は無かったんだけど、終わったら生えて来ちゃった。お姉ちゃんも一度剃ったら、きっといっぱい生えて来るよ」「要らないわよ、そんなに」「あはははははは」「あはははははは」
September 30, 2010
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四番ホームは何年も使われていないので、それをつなぐ連絡橋の老朽化も進んでいた。来年度の予算で改修予定となっているが、そういわれてからもう何年も改修などされていない。ホームに降り立った所で、まず上り側を見回る。異常はないが、老朽化は嫌でも目についた。「撤去するなり、修繕するなり早くして欲しいよな」そう言うと来たホームを戻り、下り側を見回る。周囲に明かりはないので、懐中電灯の明かりだけが頼りだ。下り側の確認も終わり、連絡橋を渡って駅舎へ戻ろうとしたときだった。連絡橋を支える鉄骨の下に何かが反射した気がする。気になって懐中電灯で照らすと、一人の老人がベンチに座っていた。「おいおい、まさかこんなところで浮浪者か?」相手に聞こえないように小声で呟く。暗闇の中で一人座っていれば誰でもそう思うだろう。そして他に誰もいないか確認し、再びベンチを懐中電灯で照らす。すると、いたはずの老人はそこにはいなかった。石井は幻でも見たかと思いベンチに近寄る。するとベンチには一通の手紙が置かれていた。石井は手紙を拾うと駅舎に戻る。駅舎の中は暖房が効いていて暖かい。早速、先ほどの手紙を確認してみるが、宛先も何も書いていなかった。「誰かのいたずらかな?」そう言って封を切る。中には手紙があり、こう書いてあった。『毎年見回りご苦労様です。おかげで私は今もこうやっている事が出来ます。隣の二人を見つつ、私もまたいずれ活躍できる事を期待して待っています。 四番ホームより』石井は目を疑って、窓越しに四番ホームを見た。もちろんそこに人影のような物はない。再び手元を見ると、手紙もどこかへ消えていた……
September 25, 2010
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西隈良駅には、使われていない四番ホームがある。線路は敷かれてあるが、架線がないので事実上放置されている。当然線路上には草が生え茂り、一部は草に埋もれてさえいる。それでもこの線路が撤去も整備もされないのには事情があった……「何でこんな日に限って当番なんだよ……」駅員の石井頼久は呟くように言った。「だいたい、昼間だってこの時期は客はいないのに、夜なんか誰もいないじゃないか」そうは言いながらも、当番で決められた見回りを拒否できるはずもない。駅舎以外は暗く、ホームは暗闇に包まれている。そこを懐中電灯一つ持って進む石井は、さながら幽霊のようだ。「当番がなきゃ、デートだったのになぁ」彼がぼやくのも仕方ないだろう。今日は十二月二十四日、クリスマス・イブだ。一ヶ月前に彼女とクリスマス・イブのデートを約束したが、二週間前に夜間当番を上司から言い渡された。もちろん拒否できるはずもないので、デートは後日という事になったが、やはり十二月である。外は凍えるように寒い。石井の吐く息も白かった。「あとは四番ホームか……」とぼとぼと連絡橋を渡ってゆく。
September 24, 2010
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+ 二月十五日 +[10]入院から一週間が経った。いつものように目覚めた亜紀は、朝の洗顔のために洗面所へ向かった。歩いていると亜紀の後を追うように小学生の男の子が付いて来た。亜紀が後ろを振り向くと、男の子は亜紀の顔を見て笑顔を作った。亜紀の斜め向かいの病室で、いつも一人淋しくベットの上でトランプ遊びをしている男の子だった。入院以来、少し気になっていた亜紀だった。亜紀も笑顔を作って語りかけた。「おはよう、ボク」「おはよう。お姉ちゃん」男の子は嬉しそうに足早に近づき、亜紀に並んだ。「ねぇ、お姉ちゃんはどんな病気なの?」「お姉ちゃんはね、心臓が悪いんだって。ボクは?」「うん。ボクも心臓の病気だって。でも治るって」「それは良かったね。ボクの名前は?」「ボクね、たかしって言うの。おねぇさんは?」「私の名前はね、亜紀って言うのよ。たかし君ってどんな字を書くの?」「えっとね、少年よ志を高く持て、の高志なの。」「へぇ~。面白いね、その表現。それじゃ高志君はどんな希望を持ってるの?」「うん。高い志だからね、高い所へ行きたいの」「高い所?」「うん、大きくなったらパイロットか宇宙飛行士になりたいんだ」「宇宙飛行士かぁ~。高志君はすごいなぁ~。所で高志君は何歳?」「僕、十一歳」「十一歳だと、五年生?」「うん。今度六年生になるの。亜紀おねぇさんって、歳はいくつなの?」「あははは。いくつに見える?」「ん~~~、二十五歳」「そこまで行ってないわ」「それじゃ、二十三歳」「おしいなぁ~」「二十二歳?」「ピンポ~ン」「ねぇ、これから亜紀ねぇちゃんって呼んでいい?」「いいわよ」「遊びに行ってもいい?」「ええ、いいわよ」やがて二人は病室へ戻った。
September 23, 2010
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+ ハル +[9]廊下に出ていた浩二と芳子が中へ入って来た。「頂戴したの?」「ショコラですって」「美味しそうね」「ええ・・・・。楽しかったなぁ~、旅行。お母さん、夏にまた行けるかな?」「早く元気になる事ね」「・・・・・」「先生から、仕事に行けるか聞いてみようかなぁ~・・・・」芳子は浩二をみた。言わなければならないだろうと、浩二は亜紀の枕元に歩み寄った。「亜紀」「なに?」「実は、病気が治るのには半年かかるんだそうだ。それで迷惑にならないうちにと思って、お前が勤めるはずだった会社へ、今朝方断りの電話を入れてきた。亜紀に言わないうちに電話をしてしまって、ごめんな」「・・・・・・・」「でもな、治ったら連絡してくれって言われた。力になってくれるそうだ。海外は無理かもしれないけど、国内なら使ってくれるかも知れん」「そう・・・・。仕方がないわね。心臓だもんね。旅行もダメだね、きっと」「あまり悲観的になるな。病は気からだ。頑張って治そう」「そうよ、亜紀。しっかり治せばまた元気に何でも出来ますよ」詳しい検査結果がでるまで、こうして励ますしかなかった。昼食前に浩二と芳子の二人は、夕方来るからと言い残し、自宅へと戻っていった。一人になった亜紀は、深呼吸をしながら自分の事を考えてみた。(仕事・・・・折角内定したのに・・・・)(旅行、また行きたいなぁ~・・・・・・)(心臓・・・・肥大・・・・・生きて帰れるのかしら?)思わず大きなため息が出た。(そうだ、このお部屋のみんなに挨拶をしなくちゃならないわね)そう考えたとき「亜紀さん、っていうの?」「え?あ、はい」隣のベットの女性が、亜紀に声を掛けてきた。「あなた、若いから大丈夫よ。きっと元気になるわよ」七、八十歳くらいの、ふっくらとした暖かそうな女性だった。「私はもう歳だから仕方がないけれど、あなたは若いから希望を持ちなさい」「はい。私、大村亜紀と言います。どうぞ宜しくお願い致します」病室にいる全ての人に挨拶するように、少し大きな声で言った。亜紀を見て肯き返す人や、具合が悪く知らんぷりをする人までいた。「私は三田ハル。宜しくね」「はい。こちらこそ」亜紀は、隣のベットの三田ハルによって、思いがけない入院デビューをさせられた形となった。(良かったわ)内心、心配していた挨拶のことがすんなりといって、亜紀はホッとしたのだった。亜紀には、色々な検査が待っていた。心電図心臓超音波検査MRI検査ドップラー血流検査頸動脈エコー検査心臓カテーテル検査血管造影検査心臓電気生理学的検査と・・・・。
September 22, 2010
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+ 二月十三日 +[8]浩二は仕事を休んだ。今日も病院へ行くつもりだった。家を出る前に、亜紀が内定していた会社へ電話を入れた。「・・・・・そのような訳でして、娘は勤めが出来なくなりました。ご迷惑をお掛けして誠に申し訳ありません」「大村部長、会社では日頃から御世話になっております。もしお元気になられましたらご連絡下さい。何かとお力添えしたいと思います。娘さん、どうぞお大事になされて下さい」「恐縮です。それでは宜しくお願い致します」「はい。お大事にどうぞ」浩二は電話を切った。「あなた・・・・」「うん。良くなったら声をかけてくれって言われた」「良かったじゃない」「うん」病気の事が心配で、浮かない浩二だった。「行ってみようか?」「そうね」浩二の運転で病院へ向かった。渋滞もなく、十五分で着いた。「おはよう、亜紀」「あ、お母さん。お父さんも・・・」「ちょっと心配で今日は仕事を休んでしまった」「ごめんなさい」「あれから痛みは無い?」「ええ、落ち着いているわ」「検査は?」「さっき、採血して行ったわ。あとは十一時からだって」「そう。どんな検査だって?」「今日は、心電図と心エコーとか言ってました。それからMRIも」「いろいろあるのね。これは何?」「二十四時間、心音を記録する機械だって」「不整脈をチェックする機械だろう」そのとき、ドアの外から病室を覗いている二人の女性がいた。「亜紀、お友達じゃないか?」「えっ?」「亜紀、美佐代さんと佐智子さんじゃない?」そういって一旦廊下へ出ていった芳子が二人を案内して来た。「亜紀、大丈夫?」「ええ、ちょっと卒業式で緊張し過ぎたみたい。大丈夫よ」「そう、それなら良かった。昨日は驚いたわ。救急車で運ばれて行くんですもの」「美佐代、また驚いて、腰、抜かさなかった?」「亜紀ったら、もういい加減にして頂戴ね」「あははははは。あの断崖絶壁は素晴らしかったね。景色も良かったしさぁ~」「そうね、また三人で行きたいね」「今度は夏に行こうよ」「行こう行こう」「今度はさぁ~、内陸を廻ってみない?」「どこの?」「また岩手」「また岩手なの?」「徹底的に行ってみたくなったわ」「石川啄木に、宮沢賢治」「平泉の毛越寺に中尊寺」「遠野の民話に、カッパ」「そうそう、遠野のカッパの顔は赤い顔なんだってね」「うそ?」「そうらしいわよ。それも確かめに行かなくちゃ」「そうね。なんか楽しみになって来ちゃった」「早く元気になってね」「亜紀、これお見舞い。つまらない物だけど食べて元気になって」「佐智子、いいわよ。そんな事しなくて」「美佐代と二人で買ってきたの。食べて。あなたの大好きなショコラ」「それなら頂くわ」「亜紀は食べ物に弱いわよね」「あははははは」「それでどうなの、身体?」「ええ、不整脈だって。少し安静が必要らしいわ」「そうなの。早く良くなるといいわね」「そうよ。間もなく就職よ。美味しい男をゲットしなくちゃ。寝ていられないわよ」「美佐代らしいわね」「あははははは」「亜紀、落ち着いたらまた来るね」「うん。また来て。暇だから」「分かったわ。お大事にね。バーイ」「じゃあね、バーイ」亜紀は手を振って見送った。
September 22, 2010
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+ 入院 + [7]代わって看護師が二人に声を掛けた。「それではこちらへ」看護師に促されて、救急診察室の外へ出た。「大村さんは、六〇八号室になります。六階の病棟になりますので、そちらでお待ち下さい」「分かりました」「あなた・・・・・」「卒業式に。こんな事になるなんて」「亜紀が心臓病だなんて・・・・」芳子は浩二の肩で涙を流した。「大丈夫だ。きっと、大丈夫だ」 浩二は芳子を元気づけて、六階の亜紀が入る病室へ向かった。六つあるベットのうちの、入り口側の一つが空いていた。「ここね」「そうだな」ベットを確認した二人は、テレビのある談話室へ移った。「あなた・・・。心配だわね。亜紀、大丈夫かしら」「何しろ心臓だからな。肥大の大きさによるだろう」間もなく亜紀は、点滴をされながらベットで運ばれて来た。「亜紀」「亜紀」「お父さん、お母さん」「心配させてごめんね」「そんな事より大丈夫なのか?」「ええ、落ち着いてるわ。折角の卒業式だっていうのに」「・・・・・」「所でお父さん、先生から説明を聞いてくれたの?」「ああ、説明を受けたよ」「私の病気は何?」遅かれ早かれ、話さなければならない。覚悟して話す浩二だった。「心臓肥大らしい」「心臓肥大?」「負担のかかるような事が無ければ大丈夫だって」「私、心臓の手術するの?」「いや、まだ。これからの検査結果次第とは言っていたけど」「恐いわ」「亜紀、まだ決まった訳じゃないわ。検査の結果が良ければ大丈夫よ」「お父さん、お母さん、就職はどうなる訳?会社へは行けるの?」二人は返事に窮した。そこへ看護師が、亜紀の着ていった袴羽織を持って来た。「どちらへ置きますか?」「私へ下さい」「それと入院のための必要書類です。お読みになって下さい。承諾書はあとで詰め所へ届けて下されば結構ですので」「分かりました。宜しくお願いします」羽織袴と書類を母の芳子が受け取った。亜紀は、じっとその羽織を恨めしそうに見続けていた。「亜紀、詳しい検査をして頂いて、治そう」「分かったわ」「私、亜紀の着替えを取りに家まで行って来ます」「そうしてくれ」「あと、お願いしますね」「分かった」大村家は、この病院から車で十五分の距離にあった。「病気一つせずに育って来たのに」「私もここに来て、病気するとは思わなかったわ」浩二の口が重くなった。亜紀も天井を見つめるばかりだった。二人の間の静けさを、戻ってきた芳子が破った。「お待たせ」「ご苦労だったね」「亜紀、着替えはベットの下の衣装ケースに入れておくからね。毎日取り替えなさい。私が取りに来て洗濯してくるから」「分かったわ」「亜紀、ゆっくり治しましょう。身体が一番大事よ」「そうだ、亜紀。しっかり治してから、仕事も頑張ればいいじゃないか」「・・・・・・・」亜紀は天井を見つめたまま、一筋の涙を流すのだった。
September 21, 2010
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+ 検査 + [6]病院へ着いた亜紀はすぐに救急外来へ廻された。芳子は夫の浩二へ電話を掛けた後、廊下の椅子に不安を抱きながら落ち着かない表情で腰を下ろしていた。そこへ出てきた看護師に身体が反応して立ち上がった。「済みません。先ほど救急車で運ばれた者の家族ですが・・・」「大村さんでしょうか?」「はい。そうです」「今、検査をしています。そこでお待ち下さい」「容態はどうなんでしょうか?」「不整脈のようですが、今は落ち着いています。これから詳しい検査をします。時間が掛かると思いますので、そこで暫くお待ち下さい」「はい」それから四十分後。父の浩二がやって来た。「どうなんだ?」「不整脈だっていうんですけど。まだ詳しく分からないの」「今まで病気なんてしたことが無かった子なのに・・・」暫くして、診察室のドアが開いて看護師から声が掛かった。「大村さんのご家族の方ですね?」「はい、そうです」二人は椅子から立ち上がった。「先生からお話がありますので、どうぞ中へお入り下さい」二人は不安気に中へ入っていった。「どうぞ、お掛け下さい」二人はすすめられた丸椅子へと腰を下ろした。「大村亜紀さんのご両親ですね?」「はい、そうです」「亜紀さんは、特発性拡張型心筋症だと思われます」「え?」「いわゆる心臓肥大です」「心臓肥大?」「このレントゲン写真なんですが・・・・」先生が座っている机の前のシャーカステンに、二枚のレントゲン写真と、CTスキャンの写真が十数枚映し出されていた。「こちらが普通の方の心臓の写真です。そしてこちらが亜紀さんの写真です。少し膨らんで大きくなっているのがお分かりになると思いますが・・・」「・・・・・・・」 それから高槻医師は心臓が描かれた図を持ち出して説明を始めた。「こちらが正常な心臓の図です。心臓の働きはご存じだと思いますが改めてご説明いたします。まず全身から血液がここの右心房へ戻ってきます。それを右心室から酸素を取り込むために肺へ送り込みます。今度は肺で酸素を取り込んだきれいな血液が左心房へ戻ってきます。その血液を左心室が全身に送りこむ訳です。この色がついている部分が心臓を動かしている筋肉、つまり心筋です。そしてこちらが『拡張型心筋症』、肥大した心臓の図です。肥大する原因はまだ不明ですが心筋の細胞が変質してしまい、伸びきってしまいます。こうなりますと血液を送るポンプの機能が低下し、今、説明したような循環がうまくできなくなります。その為に心不全を引き起こしてしまう結果となります。亜紀さんの心臓もこのような状態になっています。これから詳しい検査を行って行き、多分、手術に向けた方向へいくようになると思います」「心臓・・・・手術ですか?」「肥大した部分を切り取ります。バチスタ手術といいます」「心臓を・・・・。切っても大丈夫なものなんでしょうか?」「はい。実際には、心臓の左心室の心筋を三分の一程度切り取り、形を整えたあと、縫い縮めるというものです。現在では一般的な手術方法で、沢山の方々が社会復帰されています」「そうですか」高槻医師が一呼吸置いてから、二人へ告げた。「亜紀さんの場合、もうひとつ気になる点があります」「それは、何でしょうか?」「ここの、CTスキャンの黒い部分ですが、これがちょっと気になります」「何でしょうか?」「今の段階ではまだ分かりませんが、詳しく調べたいと思います」「先生、もちろん助かりますよね?」「これから色々な検査をしていきます。結果が分かり次第、またお話をしたいと思いますので。そのときは亜紀さんもご一緒に説明をさせて頂きたいと思います」「そうですか・・・・・。宜しくお願い致します」「入院しなければなりませんので、看護師の指示に従って下さい」「分かりました。所で、娘の容態はどうなんでしょうか?」「今は落ち着いています。負担がかかるような事が無ければ大丈夫です」「先生、娘は今日卒業式で、就職が決まっていたんです。会社のほうは・・・・?」少しの間があってから返事が返ってきた。「手術の事を考えますと、まず半年は無理だと思います。会社とお話なされたほうが宜しいかと思います」「・・・・そうですか。分かりました。それでは宜しくお願い致します」高槻医師は二人に背中を向けた。
September 20, 2010
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