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UFOを見たという人は多いが、乗ったという人はそれほどいない。 首相夫人の鳩山幸さんは、ある本の対談で「魂がUFOに乗って金星に行ってきた」と語っているという。 ほかにも精神世界に傾斜した言動が多く、首相夫人としては風変わりなキャラクターに外国メディアも注目している。 しかし、UFOに乗ったという人は幸さんだけではない。 UFOははじめ、目撃される対象だったが、次第に宇宙人と接触したという人が出始め、近年は「宇宙人に誘拐されUFOに乗った」という人が内外で増えているという。 世界に、空飛ぶ円盤という言葉が初めて知られたのは1947年。 55年には「日本空飛ぶ円盤研究会」が結成され、徳川夢声、三島由紀夫、糸川英夫らそうそうたる文化人が会員として参加。 中でも三島は宇宙人をテーマにした「美しい星」という小説まで発表した。 核の恐怖が世界を覆った冷戦時代に目撃例が急増したことから、心理学者のユングは、人々が「地球に救いが求められず、地球以外に救いを探す」結果として、UFOを幻視するのだとした。 目撃からさらに進んでUFOへの同乗、誘拐という「体験」が増えていることについて、「激動に直面し、人の無意識が大きく揺り動かされた結果で、昔からある『神隠し』と考えればいい」と説明する人もいる。 政治激震の震源地近くにいる鳩山夫人だけでなく、今すべての人の足元が大きく揺らいでいる。 UFO体験者はもっと増えるのかもしれない。
Sep 29, 2009
歌の題名に地名を付けた「ご当地ソング」といえば、「京都」や「大阪」「札幌」などがよく歌われてきた。 兵庫県なら内山田洋とクール・ファイブの「そして、神戸」がその代表だろうか。 最近は、安いうえにおいしい「B級ご当地グルメ」が人気だ。 宇都宮市のギョーザや静岡県富士宮市のやきそばなどを、テレビや雑誌でよく見かけるようになった。 兵庫県も負けてはいない。 神戸・長田の「ぼっかけ」に「姫路おでん」、高砂風お好み焼き「にくてん」、加古川の「かつめし」、佐用の「ホルモン焼きうどん」…。 甘めのスープが特徴の「播州ラーメン」も加えたい。 ほかにも挙げたい味は多いが、書ききれない。 それほど多彩で、ブームを感じさせる。 地元に目を向けると、お宝があった。 生かさない手はない。 「地域活性化につなげたい」が共通の願いだろう。 先ごろ、秋田県横手市で開かれたご当地グルメの祭典「第4回B-1グランプリ」に兵庫からは、姫路おでんとにくてんが出場した。 16道県の計26料理からグランプリには地元の「横手やきそば」が輝いた。 姫路おでんは2回、にくてんは3度目の挑戦だ。 グランプリになれば全国に名が広まり、それを求める観光客も増える。 庶民の味に磨きをかけたい。 姫路食文化協会は大会の誘致も目指す。 食欲の秋が深まってきた。 自慢の味を各地に訪ねてみるのもいいだろう。 行く先々の人情が隠し味だ。
Sep 28, 2009
すぐにお尻や「ゾウさん」を見せたがる。 「了解」の代わりの返事が「ブラジャー」。 先ごろ亡くなった臼井儀人さん作の人気漫画「クレヨンしんちゃん」を、人によっては悪書の代表だと言う。 それを見て育った世代ではない大人さえ、まねしたくなる衝動に駆られる。 子どもならなおのことだろう。 そうした面から、子どもに見せたくない、まねてほしくない、しんちゃんは「悪い子」だと考えるのだろう。 国民的漫画「ドラえもん」だって、いじめを助長するとか、のび太のように怠け者になると批判されたことがある。 手塚治虫も悪書の作り手とされた時期がある。 わが子に勉強させたい親には、そうした漫画は敵としか映らなかったようだ。 しかし、ドラえもんで育った親は、子どもに見せたくないとは決して思わない。 のび太が人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことのできる少年だと知っているからだ。 しんちゃんを見ている子どもたちも、彼が本当は両親が大好きで、妹や犬の面倒もよくみる子だと知っている。 人は未知なるものや、よく分かっていないものに対して、すぐレッテルを張りたがる。 断片的・表層的な情報で決めつけたがる。 悪書といっても、焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)や文化大革命のような政治的意図はない。 それだけに厄介である。 麻薬使用や飲酒運転など、客観的に線引きができる「悪」もある。 しかし作品となるとそうはいかない。 まして人間、特に子どもに対しては、どんなに慎重でも慎重すぎるということはない。
Sep 28, 2009
「子どもの預け先がなくて働けない」 「2人目はあきらめるしかないのか」 こんな嘆きやため息が聞こえてくるようだ。 認可保育所への入所を希望しながら入れない待機児童数が、今年4月1日で約2万5千人に上った。 その8割を0~2歳児が占める。 昨年同期より5800人余り増え、増加数、増加率ともに2001年以降最高となった。 兵庫県内は昨年より135人増え、905人だった。 神戸市483人、西宮市223人と、両市が突出している。 不況下、働きに出ざるをえない母親が増加しているという背景がある。 待機児童数はここ数年、年度途中にほぼ2倍になっている。 入所できれば働きたいという潜在需要も含めると、さらに増えるだろう。 子どもを預けられないと仕事に就けない。 その結果、生活が苦しくなり、子どもの成長にも影響する。 鳩山政権が掲げる「仕事と家庭が両立できる環境の整備」を、ぜひ強力に進めてもらいたい。 この7年間で保育所定員は17万人増えた。 昨年度創設した「安心こども基金」で、幼稚園と保育所を一体化した「認定こども園」や賃貸物件の利用、家庭で少人数を預かる「家庭的保育」も進められている。 それでも、都市部などでは需要に整備が追いつかない。 優先順位の高い「ひとり親」家庭やフルタイムの共働き家庭でも入所できないケースが出ている。 育児休業の延長や認可外保育所の利用、空きのある地域への転居などでしのぐ例もあるが、それができる家庭は限られる。 民主党は、空き教室などの活用による保育所増設を公約に掲げた。 少子化で幼稚園の統合や廃園も増えている。 それら施設の活用や、手続きが簡単な分園の開設は、待機児童解消の手だてになるのではないだろうか。 所管が厚生労働省と文部科学省にまたがり、制度が複雑な認定こども園も、もっと柔軟な対応で整備を進めてほしい。 保育所は子どもの「育ちの場」である。 子ども同士が触れあい、刺激を受けながら、健やかに成長していく。 それを保障する環境づくりが欠かせない。 子どもを安心して預けられるスタッフも要る。 スウェーデンやフランスなど欧州各国に比べ、日本は家庭や育児関係の公的支出が少ない。 もっと力を入れるべき分野だ。 とりわけ、増える一方の待機児童をなくす努力を新政権は急ぐ必要がある。 早急に具体策を打ち出し、実行に移して欲しい。
Sep 27, 2009
良くも悪くも言葉の影響力は大きい。 「うざい」。 少女を突き動かしたのは、このひと言だった。 なぜ、その言葉を浴びせられたのか自問しても答えは見つからないまま、心に深い傷だけが残った。 これをきっかけに事態は大きく動く。 中学校の生徒会役員を務める少女は、いじめをなくそうと生徒会で話し合いの場を持つ。 やがてそれは、オレンジリボン活動という形で実を結んだ。 いじめをしない、させない、見逃さない、と誓った生徒がオレンジ色のリボンを制服の肩に着ける活動だ。 「いじめが起こってしまったら、みんなで全力で行動を起こす。いじめを終わらせるのは誰でもない。わたしたちです」。 そう訴える少女の姿が頼もしく映った。 別の少女は、夏休みの宿題で父親の職場を訪ねた。 休みになると、いつもダラダラして腰を上げようとしないのに、仕事のこととなると別人のように変わることが不思議だったという。 勤務先は老人ホーム。 最初は認知症の男性に戸惑いを感じた。 でも、足湯で出会ったお年寄りのひと言に少女は父の原動力を知る。 「お父さんたちのおかげで、毎日楽しく過ごすことができているんだよ。ありがとうね」。 今は父の背中を目指そうとの思いを強くしているという。 いずれも先日、新潟市で開かれた中学生を対象とする「わたしの主張県大会」で聞いた話だ。 2人を含めた13人が肉親への思いや障害、介護、部活などをテーマに訴えた。 その真っすぐな視線と思いの強さ、そして言葉の力が深く心に刻み込まれたひとときだった。
Sep 26, 2009
超強力な台風の日本上陸が近づいているという。 その名は「スーパー台風」。 風速が67メートル以上に達するもので、米国などでそう呼ばれている。 2005年の大型ハリケーン「カトリーナ」を上回り、風速80メートルに達する台風が今世紀後半、日本を襲う可能性があるというのだ。 名古屋大と気象研究所(茨城県つくば市)のチームが予測した。 原因は地球温暖化である。 予測では、74~87年の日本南方の西太平洋では海面水温が現在より2度程度高くなる。 台風は暖かい海からエネルギーが供給されて発達するため、海水温の上昇で勢力が増すというメカニズムだ。 きょう26日は、日本の近代史上最悪となった59年の台風15号の上陸から50年に当たる。 紀伊半島と伊勢湾沿岸が高潮や河川のはんらんに見舞われ、死者・行方不明5000人超、住宅の全半壊約15万戸という被害が出た。 「伊勢湾台風」である。 この経験は気象予報技術の進歩を促した。 先の予測計算にも使われたスーパーコンピューターの導入もその1つだ。 しかし、より詳細な気象情報が住民の避難に役立つとしても、スーパー台風など異常気象の脅威が減るわけではない。 国連の気候変動サミットでは、各国首脳が温暖化対策への決意を表明した。 次期枠組みへ向けて国際社会の結束が問われている。
Sep 26, 2009
「一日一歩、三日で三歩/三歩進んで二歩さがる」。 水前寺清子さんの歌で大ヒットした「三百六十五歩のマーチ」の歌詞にある。 三歩進んで二歩さがれば、一歩前進だ。 前へ前へと進むばかりでなく時には後退することも必要かもしれない。 そう思いながら、ニュース番組を見ていた。 画面に、前原国交相の姿が映っていた。 群馬県の八ツ場(やんば)ダムの建設計画で、中止ありきの姿勢が地元の反発を招いている。 交渉ごとは相手あってのものだ。 向こうがテーブルに着かなくては始まらない。 さて対話拒否の住民の心を、どう解きほぐすか。 問題の多い計画ではある。 治水に利水、観光資源。 ダムの目的はどんどん増え事業規模は2倍に膨れ上がった。 調査開始から57年、この間、計画の迷走が続いた群馬では4人の首相が誕生している。 旧社会党の委員長、書記長もいた。 かつて、地元の反対運動を支えたのが旧社会党なら、今、建設中止反対の声を後押しするのは自民党だ。 水没する村で、先祖の墓から掘り起こした骨つぼを抱え、涙を流す。 そんな住民の姿が、地元の新聞に載っていた。 それでも泣く泣く建設を受け入れた住民を、再び大きな力が翻弄(ほんろう)しようとしている。 昔国策、今マニフェスト、という声が聞かれるのも無理はない。 水前寺さんは歌う。 「汗かきべそかき歩こうよ」。 その手間を惜しんでは政治主導の看板が泣く。 国民は決着の仕方をじっと見ている。
Sep 25, 2009
多い時で年間10通近かったはずのニュースレターが、気が付けば1通も届かなくなっていた。 聞けば昨年度で予算が打ち切られ、ホームページに切り替えたらしい。 送り主は国土交通省の首都機能移転企画課だった。 大層な課名だが、今の人員は嘱託を含めて10人もいないというから、実態はどこかの役場並みだ。 そんな部署が国会などの首都機能の移転問題の中枢なのだから、この問題がどれほど国から重視されていないか推して知るべしだろう。 移転が話題になった時期もあった。 「国会および政府機能の移転を行うべき」との国会決議がされたのは1990年。 法律ができ、有識者会議ができ、移転先の候補も「栃木・福島」など3地域に絞られた。 しかし長引く不況から立ち消えとなった。 国会議員会館の建て替えの際も、話題にすらならなかった。 入れ替わるように地方分権が注目を集めたが、それもまだ緒に就いたばかり。 一極集中に歯止めはかからず、東京の一人勝ち状態が続いている。 「東京五輪」の招致が盛り上がりに欠けるのは、政界の大変動と重なっただけでなく、こんな状態も関係しているのだろう。 地方に「また東京か」との思いがないと言えばうそになる。 「福岡なら素直に応援できたのに」との声もいまだ聞く。 開催都市が決まる10月2日の国際オリンピック委員会総会に向けて、都知事らは走り回っている。 彼らの胸に地方の思いは届いているのだろうか。 一極集中が崩れたといえるのは、いつのことだろうか。
Sep 25, 2009
携帯電話でメールを打つのが苦手だ。 若者の素早い指の動きを見ていると、年齢の差を感じさせられる。 しかし、感心できるのはそこまで。 自転車のペダルをこぎながら、視線は携帯電話にという光景を見掛けることが多くなった。 曲芸に近い行為である。 制服姿の中学・高校生が目立つ。 器用に人や車を避けているうちはいい。 メールに熱中すれば大事故につながる。 怖いもの知らずの運転が、他者をも巻き込む惨事になるという当たり前のことを再認識してほしい。 秋の全国交通安全運動が21日から始まった。 運動の重点は高齢者の交通事故防止、飲酒運転の根絶など。 ほかに自転車の安全利用の啓発も行うが、携帯電話の使用についてもぜひ触れてほしい。 交通安全運動にも時代に即応した指導が求められている。
Sep 24, 2009
食卓に上がったお魚の目がかわいそうで、食べられない子どもが増えているという。 「これは恐ろしいことです」と、青木淳一横浜国立大学名誉教授は嘆いている。 食習慣を大まかに形成するのは幼少期からの経験だ。 経験の歪曲(わいきょく)と欠如は、食への偏見、無知を生む。 その結果が人の命さえ奪うことだってある。 青木氏は講演で、ある青年の例を引いた。 まじめで従順な幼少時代。 内向的な性格だが、学校では成績優秀。 中産階級の家庭で不自由なく育った。 その青年がある日、命について考えた。 動物には命がある。 自分はこれまで、動物の命を食べ、奪ってきた。 なんて醜い人間なんだ。 彼は肉を食べなくなった。 それはそれでよし。 食を考える大切な行為。 彼は、魚と野菜中心の食生活を始めた。 その後、また気付いた。 魚にも命があることに。 ああ、自分はひどいことをしていたんだ。 以降、彼は魚も一切、口にしなくなった。 菜食主義者になった青年。 悲劇は、その先にあった。 ついに彼は、最終的な「結論」に達してしまう。 植物にも命がある。 がくぜんとする青年。 自分はどれほどの命を奪ってきたのか。 引きこもり、一切の食物を拒否。 両親が説得しても、頑として摂食しない。 そしてついに…。 精神的に不安定になった彼は、両親の命を奪ってしまう。 実際の事件だそうだ。 抱え込んでしまった命の意味、絶食までの苦悩。 少しずつ歯車が狂っていった。 次はある小学校の話。 教師がニワトリをひなから飼いはじめた。 児童とともに懸命に世話し、親鳥になったらみんなで肉を食べましょう。 命を学習する試みだ。 しかし父母からの異議で、中止されたという。 残酷だから。 わたしたち人間は哺(ほ)乳(にゅう)類。 養分摂取が不可欠だ。 養分とは他の命にほかならない。 肉は店頭に並ぶ。 切り身になった魚。 でも、そこに生の命はない。 分業時代になり、直接命を奪わなくてもタンパク質が入手できる。 いま、生活から「生き死に」の体験が消えつつある。 庭にニワトリはいない。 昆虫採集をする子どもも減った。 命を考える機会の減少。 そんな複合要素が、先の事件を生んだとはいえないだろうか。 動物愛護週間。 愛犬や愛鳥の精神は大事にしたい。 同時に、わたしたちの命を維持してくれるのも彼らの仲間。 魚の目がかわいそうと思う子どもの気持ち。 でもそれは動物愛護とは違うんだよ。 優しく諭す教育も、大切だ。 命をいただく行為だから「いただきます」。 命あっての命。 その意味を、家族みんなで考えたい。
Sep 24, 2009
ホッとしたら少し疲れが出たという。 「飄々(ひょうひょう)としているつもりでしたが、あちこちに、かなり力が入っていたのでしょう」と、なだいなださんが自身のホームページにつづっている。 作家のなださんが6年前、74歳のときにインターネット上で旗揚げした仮想政党「老人党」は多くの人の知るところとなった。 「政権交代」としていた目標のひとつを「現政権がより良い政治をするよう監視する」に変更した。 老人、弱者をないがしろにする政治を根っこから変えよう、とネット上のやりとりを通して主張してきた。 取りあえず自公政権には退場してもらう。 すべてはそこから始まる。 そう考えてきた。 もう4代前になった小泉政権が言いだした構造改革に「弱者切り捨て」のにおいを感じたのがきっかけだった。 年金先細りや医療費負担増に怒り「老人たちよ立ち上がろう」と呼びかけて党はできた。 年齢制限のようなややこしいものはない。 老人党を名乗った人が党員だ。 年金不安などは高齢者だけの問題ではないからひそかにすそ野を広げ、総選挙でも小さからぬパワーを発揮したと思われる。 民主党内閣は後期高齢者医療制度の廃止も明言した。 精神科医でもあるなださんは、日本は政権交代という手術が何度か必要なほど重症、と診てきた。 二度目のことは今はさておき、伍(ご)していけるだけの復元力が自民党にあるのかどうか、老人党ならずとも心配になってくる。
Sep 23, 2009
新型インフルエンザの全国的な流行が始まったようだ。 全国約5千の定点医療機関から報告される患者数は10週連続で増えている。 厚生労働省によると、流行のピーク時には1日当たり約76万人が発症する可能性がある。 最悪の場合、重症の人を救う医療が破綻(はたん)しかねない。 ほとんどの人は軽症ですむ。 まずは、わたしたち一人一人が冷静に行動することが対策の基本だ。 重症者をきちんと治療できるよう、地域の病院や診療所はネットワークづくりを急ぐ必要がある。 春にメキシコや米国を襲った新型インフルエンザは冬に向かう南半球の国々に広がった。 世界保健機関(WHO)に報告された死者数は3千人を超え、今は北半球で急速に拡大しつつある。 普通のインフルエンザと比べると、広がるスピードは同じか、やや速めだ。 かかって亡くなる人の割合は同じぐらいか、あるいは低いかもしれないと考えられている。 重症化しているのは基礎疾患のある人や妊婦、乳幼児などいわゆるハイリスクの人たちだ。 ただし基礎疾患が全くない人も亡くなっており、全体の2割程度に上る。 大流行に備え、政府は新型用ワクチンを医療従事者やハイリスクの人たちから順に接種できるよう準備を進めている。 抗ウイルス薬の国内備蓄も約5千万人分に達した。 重症者の治療に必要な人工呼吸器などについても政府は、新型の患者を受け入れる全医療機関を対象に費用の半分を補助する方針を決めた。 動きは遅いものの、対策は出そろってきたといえる。 こうした個々の対策を総合的に機能させてハイリスクの人を守り重症者を治療する態勢を整えなければならない。 抗ウイルス薬やワクチンだけに頼るのは危険だと思う。 抗ウイルス薬は発熱などの期間を1日前後短縮するだけで、肺炎や脳症を防げるかどうかは分かっていない。 発症後、早めに投与したのに亡くなった人もいる。 ワクチンは重症になるのを防ぐ効果が期待できるとされる。 しかし感染を完全に防ぐことはできず、かかって周囲の人にうつすこともある。 人工呼吸器があっても、その数を上回る重症患者が来たら、現場はパンクする。 流行のピーク時に新型の患者が一斉に押し寄せれば、医療機関の機能全体に支障を来す。 危機を避けるには、地域の病院や診療所の間の協力が不可欠だ。 役割を分担してネットワークを築き、重症者をスムーズに治療する。 行政はそうした態勢づくりの支援に取り組むべきだ。 特に医師不足などによって集中治療室(ICU)の病床が減った地域については、政府は十分な対応を取るべきだ。 個人レベルの対策も重要だ。 小まめに手を洗い、なるべく人込みに出掛けず、かかったらマスク着用など「せきエチケット」を守ってほしい。 症状が軽くなってもウイルスの排出は続く。 熱が下がった後、しばらくの間は外出しないよう心掛けて欲しい。 慎重な行動が感染する人の数を減らし、ハイリスクの人を守る土台になるのである。 発展途上国の状況も気がかりだ。 もともと医療態勢が貧弱で、重症者を治療することが難しい。 政府は、ワクチンや抗ウイルス薬の提供などに積極的に取り組むべきだ。
Sep 23, 2009
長嶋茂雄さんは巨人入団14年目の1971年、首位打者に返り咲く。 しかし、胸中では老いを自覚していた。 「ON」50年をテーマにしたおとといのNHKスペシャルで、印象的だった場面だ。 その通り翌年から打率は低迷、引退に至る。 当時35歳。 いまイチロー選手が同じ年齢で、40代の現役も珍しくない。 スポーツ医学の発達もある。 男性の平均寿命も当時から9歳以上延びた。 それでも挑戦する姿にこちらまで熱くなるのは、加齢にあらがう思いを重ねてだろう。 まあそう肩に力を入れずに、とたしなめるような作品群に出合った。 敬老の日に合わせ、全国有料老人ホーム協会が公募したシルバー川柳。 何事も明るく笑い飛ばすおおらかさは、人生の先達ならでは。 「物忘れ昔からだと負け惜しみ」(井上栄二)。 気は持ちよう、物は言いよう。 「我が家にも政権交代夢にみる」(伊能幸一)と願望を抱くうちはまだまだ。 「五十年かかって鍋と蓋(ふた)が合う」(田村常三郎)。 過去の入選作も面白い。 「無病では話題に困る老人会」。 嘆くべきか喜ぶべきか。 「あの世ではお友達よと妻が言い」。 ならば「来世も一緒になろうと犬に言い」。 それでも、やっぱり家族。 「孫優さしさっきも聞いたと言い出さず」。 ふと胸に手を当てる。 「不出来な子ふるさと捨てず親を看る」。 本当の孝行とは。幸せはいつも身近にあるのに。
Sep 22, 2009
ふわふわの毛並みに温かな体。 犬や猫などのペットには人を癒やす力がある。 しかし、ペットブームの陰で、飼い切れなくなって捨てたり、虐待したりする事例が後を絶たない。 今年は動物愛護週間が制定されて60年の節目に当たる。 20日から始まったこの週間に「小さな命」を守ることの大切さをあらためて考えて欲しい。 県によると2008年度に処分されたり、収容後に死んだりした犬猫は約3500匹。 その大半は猫だという。 犬は放し飼いが減るなど飼い主のマナーが向上したこともあり、以前に比べ持ち込みや捕獲は急減したという。 でも出歩くことが多く、増えやすい猫は9割が殺処分されている。 処分数は減少傾向にあるものの、県内で年間、3000匹以上の命が奪われている事実を重く受け止めたい。 そもそも動物を捨てることは犯罪行為だ。 犬猫などを遺棄すると、50万円以下の罰金が課せられる。 行政もペットの終生飼育の支援に本腰を入れ始めた。 県は改正動物愛護法を受ける形で、08年度から10カ年の「県動物愛護管理推進計画」をスタートさせた。 06年度に約4500匹だった殺処分を、17年度には2200匹に半減させようというものだ。 動物保護管理センターなどに収容した犬猫をすぐには処分せず、新しい飼い主を探すことに力を入れている。 安易な持ち込みを避けるため、受け入れのハードルも上げた。 飼う側も、動物の生態について正しい知識を持つことも必要だと思う。 猫は避妊手術をしなければあっという間に増えてしまう。 雄も含めて、避妊手術を受けさせるのは飼い主の義務である。 犬は「大きな声でほえたり、暴れたりして迷惑を掛ける」「高齢で病気になった」などの理由で持ち込まれるという。 無駄にほえるなどの問題行動や高齢期のケアは、専門家の知恵を借りれば適切に対応できる。 犬は十数年、猫は20年くらい生きる場合もある。 人間にとっても決して短くはない年月だ。 病気になることや年を取ることを前提に、終生飼い通す覚悟をしてから迎えるべきだろう。 どうしても飼い続けることが難しければ、譲渡先を探してほしい。 地域の獣医師や行政の窓口に相談してはどうだろう。 動物愛護団体などであっせんを行っているところもある。 インターネットの活用も有効だ。 一人暮らしのお年寄りが加齢や病気などで、泣く泣くペットを手放すケースも出ている。 高齢化の進行でこうした悩みは増えるだろう。 ペットのケアを含めた支援の方法を考えたい。 飼い主のいない犬や猫を引き取るのも、立派なボランティアではないだろうか。
Sep 22, 2009
暇の重みに押しつぶされる者は気の毒である―ボルテール。 それは勤勉の裏返しか。 暇への罪悪感か。 たまの連休を優雅に過ごそうと思いつつ、人の渦と渋滞の列に身を置く現代人はやはり気の毒なのだろう。 「閑静を愛する精神は、多忙な時の流れのなか、一瞬の恩寵(おんちょう)を逃さず、その外に出る術を心得ている」―仏文学者の山田登世子さんは「贅沢(ぜいたく)の条件」(岩波新書)で、贅沢とは日常のなかにあってこそ本物、金で買えないと説いている。 暇を持て余すことは贅沢の極みだ。 19世紀の英国紳士ジョージ・ブランメルは、胸の襟飾りが格好よく決まるまで何時間もかけたそうだ。 車のハンドルを何時間も握るのとは似ても似つかない。 きょうは敬老の日。 というよりも大型連休の中日という方がピンと来てしまう。 旅行業界などはシルバーウイークと名付けて、7年に1度の商機に活気づく。 秋晴れと「千円高速」が手伝い、県内の行楽地もにぎわいを取り戻している。 が、あちこち混雑していては休んだ気がしない。 実は、まんべんなく利用してもらいたいというのが店と道路の本音だろう。 みんなが一斉に休まないと休めないという風潮が贅沢の敵か。 5月のゴールデンに秋のシルバー。 もとは1950年代、映画の興行成績が良い時期を意味する業界用語。 休日という時間は、われわれ一人一人の金や銀であるはずなのに。
Sep 21, 2009
100歳以上の高齢者が4万人を突破した。 平均寿命は女性86・05歳、男性79・29歳。 世界に誇るこの長寿は、日本の保健衛生や医療水準の高さの証しだ。 一方で少子化が進み、高齢化率は22%を超えた。 2035年には3人に1人が65歳以上と推計されている。 社会・経済活動への影響は避けられない。 きょうは、高齢者を敬い、長寿を祝う「敬老の日」。 しかし、老後の安心を支える社会保障は揺らぎ、医療や介護現場の人手不足が不安を増幅させる。 長寿を素直に喜べる社会でありたい、国民の共通した願いだ。 シルバー世代がもつ技能や経験は、社会の貴重な財産だ。 意欲も高い。 これらを生かす場をもっとつくっていきたい。 それが高齢者の健康、生きがいや収入、増え続ける社会保障費の抑制にもつながると思う。 労働力不足を補う手だてとしても有効だろう。 そのためには、定年の延長や廃止をする企業への奨励金制度を拡充し、職場の環境改善や意識改革も進める必要がある。 働く意思のある高齢者には就労の場があり、医療や介護を必要とする人は安心してサービスが受けられる。 その両輪が機能してこそ、高齢社会に磨きがかかる。 しかし、現実には、暮らし向きが「苦しい」と感じる高齢者は3割近くに上っている。 収入の柱である年金も、今の制度では先細りが避けられない。 医師不足から十分な医療が受けられない地域が増え、介護現場の人手も不足している。 安心できる高齢社会には、ほど遠いのが現状だ。 日々の福祉サービスが十分でないうえ、ひとたび災害が起きると、そのしわ寄せは高齢者ら弱者に集中しがちだ。 経済大国・ニッポンの現状を、新政権はしっかり認識して欲しい。 連立3党の政策合意では、一元的で公平な年金制度の確立や後期高齢者医療制度の廃止、介護労働者の待遇改善などを、社会保障充実の具体策として掲げる。 日本は世界一、少子高齢化が進む国だ。 モデルとなる高齢社会の仕組みを示し、動きだしてほしい。 一日も早く、長寿を心から喜べる社会にしなければならないと思う。
Sep 21, 2009
「夏は夜。月の頃(ころ)はさらなり。やみもなほ 螢(ほたる)の多く飛びちがひたる」。 清少納言は枕草子で夏の夜の魅力を語っている。 満月だと、言うことなし。 闇夜もまたホタル観賞にもってこいだ、と。 そのホタルが秋の夜に光った。 収穫を迎えた稲の根元。 かすかに点滅していたのはヘイケボタル。 梅雨時の昆虫だが、ごくまれに9月にも羽化する。 遅れボタルと呼ぶそうだ。 清流好きのゲンジボタルに比べ、二回りほど小柄。 田んぼや湿地などの止水域を好む。 移ろいやすい環境ゆえに、個体数は激減。 各地で観察できるゲンジと違いヘイケの行く末は暗い。 ゲンジは放流もされ毎年変わらぬ光を放ち続ける。 ただ、やみくもな放流は地域生態系かく乱につながる。 全国ホタル研究会の指針も「移植は極力しない」。 ホタルは自然との交流方法もただしてくれる。 ヘイケはここでも脇役。 少し、人と距離を置く。 「ただ一つ、二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし」(枕草子)。 ほんの数匹がかすかに光るのも、風情がある。 ゲンジとは違った味わいがヘイケにはある。 平安時代、清少納言が愛したホタルはさて、どちらだったのだろうか。 秋のホタル。 生物学的な理由は抜きにして、栄華を極めた平家が源氏に追われた歴史を思う。 ゲンジのいない季節、ひそかに光るヘイケ。 平安末期の源平合戦が現代によみがえる。
Sep 19, 2009
青春の孤独や絶望、反逆のシンボル。 失恋からマリファナや酒におぼれ、暴れたといわれるジェームス・ディーン。 半世紀も前に主演した映画に共感した。 薬物は治療薬の一つで、まだ薬物汚染と言われなかった。 戦時中に「仕事がはかどる」と軍需工場などで使われていた覚せい剤。 20年前の愛くるしい笑顔、元気いっぱいの歌声は、アイドルを目指す少女らのあこがれだった。 覚せい剤取締法違反容疑で摘発され、17日夕の保釈後に記者会見した「のりピー」からは純情派のイメージは消えていた。 薬物追放のイベントにも出ていたのに。 今、戦後3度目の薬物乱用期といわれ、芸能界、大学生、力士などの事件が続出。 好奇心から近づく若者、家庭の悩みから手を出す主婦も…。 今年上半期の摘発は前年の21%増で最悪のペースだ。 自然の植物には身体の傷を治す力がある。 例えば、道端のヨモギをもんで傷口にすり込むと痛みは消える。 でも、大麻などはこころの癒しにならないばかりか、吸引を繰り返すと生命に危険を及ぼす。 今はディーンらの不良ぶりにあこがれる時代ではない。 保釈金を積めば出てこれて、初犯なら執行猶予のケースが多い。 厳罰も必要ではないか。 「子どもに会いたい」という愛情があったら、覚せい剤に手を出さなかったはず。 先日、中学生が街角で「薬物乱用防止」を訴えていた。
Sep 18, 2009
実に奇妙な生物がいたものだ。 その名はヤマトヒメミミズ。 体長1センチくらいのこのミミズ、体をバラバラに切断しても死なない。 それどころか、もともと頭だった部分には尾が、尾だった部分には頭が、胴体だった部分には頭と尾が生えてくるのだ。 彼らは単細胞生物ではなく、生殖器などを持つ「高等生物」。 そんな生物が、代わりがないと信じがちな頭部まで再生してしまう。 あえて自分で分離し、クローンを作る能力もある。 とにかくすさまじい生命力なのである。 しかしこれ以上の生命力ではと思わせたのが、これまでの官僚組織だった。 頭をすげ替えても、あっという間になじんでしまう。 どうしても胴体になじみの悪い頭は、自分から切り離してでも生き延びる。 いや国民から見れば、政治家だって同じようなものだった。 何度「改革」してみても、なぜか別の個体になった印象を与えない。 尾を切り頭をすげ替えては、元通りに再生したように見えた。 もちろんそれが信頼を生む場合もあった。 これだけ頻繁に頭が入れ替わる国なのに、諸外国が政情不安を覚えないのはそのためだ。 しかし劣化はやはり目に余り、政治家をごそっと入れ替えたのが先の衆院選だった。 昨日、新しい個体の新しい頭として、鳩山由紀夫新首相が誕生した。 「宇宙人」と呼ばれる頭には、官僚組織や政治家像を変えてもらいたい。 それと同時に、頭を自らの手で替えた私たち胴体も本当に変わったのか、確認しておく必要がある。
Sep 17, 2009
歯科医師もいれば、主婦やチンピラ風の男もいる。 議論が大好きな人もいれば、若くて美人だからと無罪を主張する人、早く切り上げて帰ることばかり考えている人もいる。 三谷幸喜さんの戯曲をもとにした映画「12人の優しい日本人」に出てくる人たちだ。 20年近く前に陪審制を描いた作品で、今の裁判員制と重ねて見ることができるが、いざ現実に置き換えると気になる点もある。 実に多種多様な人たちが参加していたが、これが現実なら果たしてそんなメンバーが集まったかどうか。 高松地裁で始まった裁判員裁判では、候補者として呼び出された人の出席率が全国最低の8割弱だった。 衆院選の投票率と比べるとずっと高いが、決して威張れた数字ではない。 しかし欠席した人にも言い分はあるに違いない。 仕事を優先したかった、他人を裁く重さに耐えられなかった、裁判員制度何する者ぞと反発した人もいただろう。 介護や仕事があるのに、辞退が認められなかった人もいるだろう。 許されるなら、辞退を認められた人も含めて、そんな人たちの意見こそ評議の場で聞いてみたい。 特に欠席や辞退を余儀なくされ、決して生活に余裕があるとは言えない人の声は、小さいけれども耳を澄ませるべき声のような気もする。 映画では、やる気を見せなかったチンピラ風の男がきっかけとなって、議論が白熱した。 多様で個性的な意見が真実への手がかりとなった。 そんな理想と現実のはざまをさまよいながら、裁判員裁判は進んでいく。
Sep 16, 2009
シアトル・マリナーズと対戦するチームは「イチロー封じ」を時々話し合うという。 ある投手は冗談まじりに提案した。 「ど真ん中に投げる、ってのはどうだろう」。 きわどいコースを狙うだけでは効果は薄いことをみんな知っている。 それにしても、なぜど真ん中なのか。 いわく「どう打とうかと一瞬頭で考えさせるんだよ。難しい球をヒットにする方法は彼の体が知っているからね」 機械のようにヒットを生産するイチロー選手に「前人未到の9年連続200安打」が加わった。 安打製造機のライバル、デレク・ジーター選手でも3年連続が最高の200安打を、米国で一度も割ったことがない。 ウィリー・キーラーも持っていた8年連続は100年以上前に作られた。 ファウルはストライクとカウントされなかった時代の記録らしい。 草創期の伝説の名選手を、日本人選手が米国民に思い出させた。 この先どこまで記録を伸ばせるか。 機械ではないから体との相談になる。 来月で36歳だ。 35歳から最も多く打ったのはピート・ローズ選手で、45歳までに1709安打を放った。 通算4256安打という大記録も持つ。 9年前に挑戦し始めたイチロー選手に破られていない安打の記録は限られてきた。 挑戦は孤高の領域に入っていく。 マリナーズの監督のこんな見方を紹介しておく。 「35歳なのに25歳のようにプレーしている。50歳までプレーしたいと思っているようだね」。
Sep 15, 2009
「目を見開いて、誰もいないところに打て」。 ヒットを打つコツを聞かれて、1世紀以上前に、そう言い切った米大リーガーがいた。 米大リーグ草創期の1894年から1901年まで8年間連続して200本以上の安打を打ち続けたウィリー・キーラーである。 ボルティモア・オリオールズなどで活躍した右翼手だ。 身長163センチ。 この伝説の「小さな左打者」がつくった「8年連続200安打」の大リーグ記録をシアトル・マリナーズのイチロー選手が108年ぶりに塗り替えた。 記録の更新に1世紀以上の歳月を要したことが、ヒットを打ち続けることの難しさと、キーラーの記録の偉大さを物語る。 同時に、イチローが打ち立てた新たな大リーグ記録「9年連続200安打」のすごさを思う。 そのイチローも、キーラーと同じ言葉を発したことがある。 「要は、誰もいないところに打つことです」。 打撃の極意は世紀をまたいでも不変であるようだ。 イチローはオリックスから米大リーグに挑戦した2001年に、いきなり242安打(打率3割5分で首位打者)を放ち、日本人打者が大リーグでも通用することを証明してみせた。 以後は、それが当然であるかのように毎シーズン200安打以上を記録してきた。 しかし、たぐいまれな才能をもつイチローも人の子だ。 この9年間、体調不良やスランプに陥ったり、記録へのプレッシャーに押しつぶされそうになったりしたことは、幾度となくあったはずだ。 今季も胃潰瘍(かいよう)で出遅れ、記録達成間際も足の痛みで欠場を余儀なくされた。 それを乗り越えての大記録達成である。 徹底した自己管理による体力、感性、集中力の持続がなければできる業ではない。 才能を自ら支え続ける彼の努力と心の強さは、求道者を思わせる。 その姿に私たちは喝采(かっさい)や感動を通り越した、まぶしささえ感じる。 04年に84年ぶりに塗り替えたシーズン最多安打「262」の大リーグ記録とともに、21世紀の新たな伝説として語り継がれるであろう不滅の大記録である。 イチローの前には半世紀以上破られていない伝説の安打記録がまだ横たわる。 68年前にヤンキースの4番打者ジョー・ディマジオがつくった「56試合連続安打」であり、同じ年に「打撃の神様」テッド・ウィリアムズが記録して以来出ていない「4割打者」の称号である。 「いろんな壁があるのは、選手として喜びにしなければならないと思う」と語るイチローである。 来季以降も200安打を重ねていけばディマジオ、ウィリアムズの記録、さらにはピート・ローズが持つ通算安打記録「4256」を超える日が来るかもしれない。 記録に挑み続けるイチロー選手に私たちもその夢を託したい。
Sep 15, 2009
ちょっと、ちぐはぐだと思いませんか? 日本語を大切にしていると思う人が増えた一方で、言葉や慣用句の意味の取り違え、誤用は相変わらず多いという。 文化庁の2008年度国語世論調査で、こんな結果が出ました。 「日本語を大切にしているか」の問いに、76・7%が「大切にしている」と答え、同じ質問をした01年度調査より7・6ポイント増えた。 年代別でもすべて7割を超え、16―19歳で28・4ポイント、20代で16・8ポイント、30代で10・3ポイントそれぞれ増えており、若い層ほど増加率が高い。 ところが「時を分かたず」(いつも)や「破天荒」(誰もなし得なかったことをすること)の意味を正しく理解している人は2割にも届かない。 慣用句で、本来の「采配(さいはい)を振る」を「采配を振るう」と間違えた人も6割近くに上った。 意味の取り違えなどが多いのは今回に限らず、07年度調査でも例えば「ぶぜん」(失望してぼんやりしている様子)の意味を正答したのは2割未満だった。 言葉は生きものであり、時代に応じて意味も変化することはあるだろう。 誤用にいちいち目くじらを立てるつもりはないが、やはり気になる。 しかも、大半が「日本語を大切にしている」となると、その落差に違和感も覚える。 なぜ、こんなことになるのか。 最近の若者を中心とした日本語ブームがあることは間違いないだろうが、もう一つ、今回の調査で意外な事実が判明した。 「互いの考えていることを、できるだけ言葉に表して伝え合う」のか、「考えていることを全部は言わなくても、互いに察し合って心を通わせる」のか。 人と付き合うとき、どちらを重視しているか-と聞いたら、同じ問いかけをした1999年度調査と比べて、「言葉で伝え合う」派が50・7%から38・3%に激減した。 逆に「察し合う」派は23・3%から33・6%に増えている。 人と言葉を交わしてコミュニケーションを図る際に、話の脈絡やその場の状況などに気を使うことが「日本語を大切にすることだ」と考える人が増えているとすれば、分からないでもない。 しかし、国際化が進むなかで、言葉による発信力が一層問われているのではないだろうか。 近年言われる日本人の内向き志向と重なるところがあるのかもしれないが、「言葉」より「察し合い」となれば言語力の衰退にもつながりかねないと思う。 今回の調査では、読書量の減少も明らかになった。 雑誌や漫画を除いて1カ月に何冊読むかを聞いたところ、「読まない」が46・1%に上り、6年前より8・5ポイント増えた。 「読書量が減っている」と答えた人は64・6%に達した。 言葉を身に付けるのは、世代を問わず読書に負うところが大きいだろう。 言葉は人生を豊かにする。 読書の季節に入った。 言葉の重みをかみしめたい。 言語力を磨くにはどうすべきか。 学校教育は重要だが、各家庭でも考えてみてはどうだろうか。
Sep 14, 2009
再発防止に取り組むだけでは十分とはいえない。 事件が社会に与えた影響の大きさを考えれば、芸能界が薬物根絶へ率先垂範するぐらいの覚悟がほしい。 女優の酒井法子被告や俳優の押尾学被告ら芸能人による薬物事件が続発したことを受け、警視庁などはタレントの所属事務所が加盟する三つの業界団体と、薬物乱用対策についての意見交換会を開いた。 会合には関東信越厚生局麻薬取締部や東京税関の担当者らも出席した。 こうした協議は異例のことだ。 警察庁の安藤隆春長官は8月20日の定例記者会見で対策強化の必要性を述べていた。 当局の危機感がうかがえる。 トップアイドルに上り詰め、女優としても人気を誇った酒井被告の事件は世間の耳目を集めた。 今回の件が薬物への好奇心を刺激し、興味本位での使用につながらないとも限らない。 警察庁のまとめでは、ことし上半期の大麻事件摘発者数は1446人と統計の残る1991年以降最多で、20代以下が6割を超えるなど若者を中心に広がっていた。 薬物は新たな薬物を呼ぶ。 大麻から酒井被告が使ったとされる覚せい剤などに移るケースもあるこうした現状を踏まえれば、警察が芸能界の薬物汚染に対して敏感に反応するのは当然だ。 一方で、異例の取り組みは、芸能人による薬物事件への対応にこれまで甘さがあったのではないかとの疑問も呼び起こす。 それは、社会の空気の反映でもあるだろう。 事件を起こしたタレントでも反省の姿勢を見せ、一定期間が過ぎれば、所属事務所やメディアが復帰のおぜん立てをし、ファンが受け入れる。 こんな繰り返しが芸能界に薬物汚染の土壌をつくってしまったのではないだろうか。 「芸能人にはよくあること」。 世間の受け止め方にも問題がある。 これでは歯止めになるはずもない。 「芸能人は著名で社会に与える影響は大きく、重大な事件と受け止めている」。 意見交換会で日本音楽事業者協会の専務理事はこう述べた。 薬物事件の根絶へ、まずはこの認識を業界全体で共有してほしい。 会合で各団体は、薬物経験者を講師とするマネジャーへの研修会や芸能人の管理教育指針作りといった再発防止策を提示したが、意識変革を伴ってこそ取り組みが実効性を持つ。 芸能人、芸能界は多くのファンに支えられている。 事件を起こしたのが人気者であるほど、同情や復帰を望む声は大きいだろう。 しかし、それにすがるのは甘えにすぎない。 不祥事でファンをがっかりさせないために、薬物事件防止に向けて芸能界が一丸となってもらいたい。
Sep 13, 2009
幕末の志士、坂本竜馬が長崎から京都へ上る船の中で記したとされる「船中八策」。 大政奉還のほか、議会制度の導入、憲法の制定など、近代国家づくりを説いた構想であり、明治維新への道筋を示した。 このほど来日した台湾の元総統、李登輝氏は東京都内で講演し、「船中八策」を模し、日本が大胆な政治改革を行うよう8項目の提案を行った。 李氏は「政治家と官僚、一部の業界団体が癒着する既得権政治が横行している」とし、根本原因は「首相のリーダーシップのなさ」と指摘。 首相を有権者の直接投票で選出するよう提言した。 世襲議員については「たとえ総理大臣になっても、志も実践能力も弱く、国民の期待にほとんど応えることもできない」と一刀両断。 安倍晋三氏ら首相経験者も青ざめそうな内容だ。 首相公選制の実現性はともかく、官僚兼学者からたたき上げ、初の台湾出身の総統となり、総統直接選の導入など、台湾の民主化を成し遂げた気骨の政治家の苦言は傾聴に値するだろう。 李氏はまた「米国への無条件の服従や中国への卑屈な叩頭(こうとう)外交は、世界第2位の経済大国の地位を築き上げた日本にそぐわない」と自主独立外交の重要性を強調。 次期政権に対しては「中国と節度ある交流をするとともに、独立した存在としての台湾との一層の連携強化に取り組んでいただきたい」と期待を表明した。 憲法改正を求める主張などは時に過激にも聞こえる。 李氏の話から参考になる部分だけを取り込んでいけば良いのではないだろうか。
Sep 12, 2009
マラソン先導の白バイ隊員2人が小声で話す。 「つまらん。独走だ。流してやがる」 「いや見ろ2位が来る」。 合併したものの、首位ははるか遠いとあけっぴろげに認めたかつての通信会社のCM。 広告文がふるっていた。「2位が世界を面白くする」。 消費者の心の中に複数の選択肢を浮き彫りにする手法と「時代を映したキャッチフレーズ事典」(電通)が解説している。 大鵬と柏戸の両横綱。 イチロー選手と松坂投手。 好敵手がいてこそ観客は熱くなり、互いも高めあう。 何事も同じだろう。 しかし、世界ならぬ政界の2位はどうか。 選択肢たりえるか正念場の自民党だ。 首相指名の対応に追われ、惨敗の総括はこれからだ。 難局に挑むリーダー候補も現れないでいる。 一方、連立政権樹立で合意した3党間では、巨体の民主を相手に2、3位の社民、国民新が、看板政策をめぐり活発に要求を突きつけた。 政権の座の移転は、活気の有無を冷徹に塗り分ける。 とはいえ火種は残る。 民意が彼我の議席に圧倒的な差を与えた自覚と、政権の一端を担う自負と。 政権内でも与党各党内でもせめぎあいは続くのだろう。 さて、冒頭の広告のシリーズでは与党にも野党にも意味深長に響きそうなこんな言葉が出てくる。 「No.2だから、ヤンチャできる」。 ただ「そういう意味で、ずっと業界2位も、いいかもしれない」ともいうけれども。
Sep 11, 2009
化学反応で期待以上の結果が出ることがある。 パートナーが代わった途端、仕事や結婚生活がうまくいったなんて例も聞く。 連立政権を組む民主党と社民党、国民新党だって、期待以上の成果を出す可能性はある。 期待外れに終わることもある。 そうした時、つい「相性が悪かった」と口にするものだ。 しかし彼女の足跡をたどると、相性は決定的要素ではなく、その他多くの要素の一つにすぎないようだ。 テニスの杉山愛選手が今季限りでの引退を決めた。 もちろんシングルスの成績は申し分ないが、同時にダブルスでも四大大会で何度も優勝するほどの結果を残したところに、彼女のすごさを感じる。 プロ選手はシングルスを重視する。 そちらで勝ち進めば、エントリーしていたダブルスを放棄する選手も珍しくない。 そんな事情だからパートナーはよく代わる。 にもかかわらず彼女は好成績を残し続けた。 当初は彼女もダブルスを軽視していたらしい。 試合直前にパートナーが棄権を言いだしても、簡単に了承した。 ところがその態度を、プロ意識の欠如だと家族から強く批判された。 彼女も自分の甘さを痛感した(杉山芙沙子・愛「コラボレーション」集英社)。 ファンのため自分のために全力を尽くすのがプロ。 パートナーが代わっても好成績を残せたのは、そうした意識がその都度伝染していたからではないだろうか。 パワー全盛の時代に、ダブルス仕込みの技術は彼女の武器となった。 相性を問う前に何をなすべきか、彼女から教わった気がした。
Sep 10, 2009
今年の上半期、自殺した人は1万7千人を超える。 過去最悪に迫るペースである。 昨年1年間ではおよそ3万2千人。 98年以降、3万人を切ることがない。 平均すると1日90人近くが自ら命を絶っている。 異常な事態である。 06年の自殺対策基本法は、社会的な取り組みとして自殺を防ぐよう政府と自治体に求めている。 対策の効果が出るには当然、時間がかかる。 とはいえ、好転の兆しが見えないのがもどかしい。 うつ病や借金苦など、自殺の引き金となりやすい要因が各種の調査から分かっている。 自殺した人の6割が直前に相談機関を訪れていたとの調査結果もある。 死を考えている人も、多くはSOSを発している。 そのサインを見逃さず、生の側に引き戻せるようあらゆる手だてを取り入れていかないといけない。 自殺の原因で最も多いのが、うつ病である。警察庁の調査では、昨年の自殺者のうち6500人近くがうつ病にかかっていた。 早めに相談や治療へつなげることが、自殺を防ぐ第一のカギになる。 うつ病に苦しむ人にきめ細かく対応できる相談窓口が、地域のなかに欠かせない。 企業側はメンタルヘルスの充実を急ぎたい。 長時間労働や人間関係のトラブルからうつ病になりやすい。 心の健康を損ねた人が、安心して休める態勢が必要だ。 多重債務や失業などの経済問題で追い込まれる人も多い。 弁護士、司法書士らの力を借りれば、大半は解決に向かう。 困っている人が専門的なアドバイスを気軽に受けられるよう工夫が要る。 忘れてならないのが、自殺者の遺族に対する手厚いケアだ。 亡くなった人と近しいほど、遺族は喪失感と「死なせてしまった」自責の念にさいなまれる。 自殺を「恥」とする社会の偏見から、孤立しがちでもある。 ここ数年、遺族が名前と顔を出して、体験を語る動きが広がっている。 その根底には、自分たちのように悲しむ人を出さないためにとの願いがある。 国や自治体は遺族たちの声を自殺対策に組み入れていってほしい。 きょう10日は世界自殺予防デー。 自殺予防週間も始まった。 今月25~27日には、大阪のNPO法人の主催で、過労自殺した人たちの遺書と遺族の手記を集めた全国巡回のパネル展が、長野市内で開かれる。 こうしたさまざまな機会をとらえて自殺の問題を知り、何ができるのかを考えていかなければいけないと思う。
Sep 10, 2009
イチロー選手の米大リーグ通算2000安打達成を華々しく伝えた昨日の紙面に、もう一つの大記録が地味に紹介されていた。 元横綱大鵬の納谷幸喜さんが1969年から寄贈してきた献血運搬車が、通算70台に達した。 イチロー選手が平成のスポーツ界を代表するヒーローなら、大鵬さんは「巨人、大鵬、卵焼き」と称された昭和のヒーローだ。 イチロー選手が日米野球界の記録を次々と更新したように、大鵬さんも大相撲界の記録を次々と塗り替えた。 史上最年少(当時)での横綱昇進、史上最多の32回の幕内優勝。 功績が認められて一代年寄も襲名した。 45でストップした史上3位の連勝記録も、今のようなビデオ判定があればどこまで伸びていたことか。 大鵬さんが献血運搬車を贈り始めたのは、偶然にもその連勝が途絶えた年だ。 以来、病気で倒れた2年間を除いて毎年、大鵬グッズの売り上げで車を寄贈し続けた。 香川でも昨年まで10年間、「大鵬号」が活躍していた。 現役時代に社会貢献を始めるスポーツ選手は少なくないが、引退後38年間も同じことを続けた例など聞いたことがない。 それをよしとしてきた大鵬さんにも、息長く支えたファンにも頭が下がる。 かつてイチロー選手は、「小さなことを重ねることが、とんでもないところへ行くただひとつの道」だと語っていた。 双葉山の69連勝に及ばなかった昭和のヒーローが、コツコツと「70勝」を積み上げた。 今回で寄贈は「引退」するそうだが、本当にお疲れさまでした。
Sep 9, 2009
政権交代を果たした民主党が掲げる一番の旗印は「脱官僚」である。 その鍵を握る国家戦略局の担当相に、菅直人代表代行の起用が固まった。 国の意思決定システムを「政治主導」に切り替えようというのだから、当然、官僚の抵抗が予想される。 鳩山由紀夫代表には、かつて厚生相のときに薬害エイズ問題で官僚を押し切って実績を挙げた菅氏の突破力への期待があるのだろう。 たしかに、明治以来、霞が関がリードしてきた統治の基盤に切り込むには、菅氏ぐらいのキャリア、戦う姿勢の持ち主でないと務まらないかもしれない。 トップははまり役としても、問題は国家戦略局そのものの具体像が、いまだにはっきりしないことだ。 民主党政権の命運を左右する組織というのに、遅すぎはしないだろうか。 その大枠は衆院選のマニフェスト(政権公約)に記している。 位置づけは首相直属で、官民から人材を集めて国家ビジョンと予算の骨格を策定するという。 さらに、担当相は党政調会長を兼務し、政府と党を一元化、スタッフは政治家や有識者、財界人、自治体代表ら30人程度、まず国家戦略室として発足、臨時国会で根拠法を成立などの考えが伝えられる。 印象としては、小泉政権の発足後、官邸主導による経済運営の象徴的存在だった経済財政諮問会議と重なり合う。 ただ、重要な政策形成の司令塔として、重みが格段に増すことは間違いない。 政権が発足すれば、公約を盛り込んだ新年度予算の編成など、さっそく難題が待ちかまえる。 限られた時間で組織の細部を早急かつ厳密に詰めなければならない。 例えば、調整役の官房長官とどう役割を分担するのか。 予算づくりなどで官僚と渡り合うには、よほど政策に明るい人材を集め、権限を与える必要がある。 連立を組む社民、国民新両党の意向をどう反映させるかは、民主党としては十分な配慮が求められるところだろう。 民主党が同様に重視するのは、やはり首相直属の行政刷新会議だ。 公約実行に必要な財源の捻出(ねんしゅつ)という重責を担うが、これもまだ明確な姿は見えない。 事務次官会議を廃止し、省庁間を調整する閣僚委員会の新設もうたわれている。 こうした組織を含めた制度設計をしっかり行い、官僚や族議員による国民から離れた政治を過去のものにすることだ。 政権交代の意義は、まずそこにある。
Sep 9, 2009
光は1秒間に約30万キロメートル進む。 この光の速さに近づくと、未来に行ける。 さらに光よりも速いスピードで進むと、過去にも行ける。 タイムマシンの理論を簡単に表現すると、こうなるそうだ。 「日本は科学大国というより、空想大国。過去へ未来へ、自在に飛んでいく」。 米プレイボーイ誌の日本アニメの紹介記事に、そんな批評があった。 日本生まれの大リーガー、イチロー選手も記録を塗り替えるたび、過去へ未来へとファンを導く。 これまでにシスラー、キーラーなど、大昔の選手を今によみがえらせた。 きのう放った大リーグ2千安打で登場したのは、アル・シモンズ。 1930年代にかけて活躍した2千安打最速の打者だ。 さらに大リーグ史上初の9年連続200安打の達成が迫る。 「イチローなら、ピート・ローズの4256安打を超えるかもしれない」 「40歳で3千安打も夢じゃないな」。 米スポーツ紙は、野球ファンの未来への期待であふれている。 タイムマシンに乗って、過去と未来を行き来する人気アニメといえば「ドラえもん」だ。 その原作者の一人、藤子・F・不二雄さんが、子どもたちの質問に答えていた。 「タイムマシンは、みんなの夢の力で動くんですよ」 イチロー選手は50歳までプレーしたいという。 「世の中の常識を少しでも変えたい」と話すプレーヤーの「夢」はしぼまない。 過去へ、未来へ。 まだまだタイムマシンは行き来する。
Sep 8, 2009
米大リーグ、マリナーズのイチロー選手がまた大きな記録を打ち立てた。 日本選手で初めて、大リーグ通算2千安打を達成した。 2001年4月に大リーグに初出場してから9年間、こつこつ積み重ねてきた。 2番目のスピード到達という。 イチロー選手にとっては通過点の一つにすぎないだろう。 いまや大リーグを代表する顔の一人である。 史上初の9年連続200安打にあと5本と迫っている。 打撃だけではない。 走塁や守備も光る。 まだ35歳だ。 さらに球場を沸かせてほしい。 偉業を成し遂げたイチロー選手だけれど、ここまでの道のりは平たんではなかった。 とくに今季は苦しんだ。 3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)決勝戦に出場した後に胃潰瘍(かいよう)と分かり、開幕から8試合を欠場した。 8月下旬には左ふくらはぎを痛めて8試合を休んでいる。 背景として、WBCからの過密日程の影響が指摘されている。 レッドソックスの松坂大輔投手らも調子を落とした。 それでも盛り返せたのは、日々の徹底した自己管理のたまものだろう。 柔軟な肉体を維持し、ほぼ毎試合ベストに近い状態で臨んでいる。 だから大きなけがにはならない。 そんな心身の土台があってこその安打量産である。 4月には、張本勲さんの日本プロ野球記録3085安打を日米通算で上回った。 動体視力とバットさばきに優れ、ヤンキースの松井秀喜選手は「バットの芯で球をとらえる技術はトップクラス」と評価する。 大リーグと日本球界には今季、新たなつながりが出てきた。 アマ球界トップの田沢純一投手が、日本のプロ野球を経験せずにレッドソックスと契約した。 独立リーグの四国・九州アイランドリーグの高知には、ロッテやヤンキースなどで活躍した伊良部秀輝投手が入団した。 プロ野球にはいろいろな道がある。 選手の行き来を球界全体の活性化につなげたい。 地方のリーグは順風とは言えない。関西独立リーグは経営難で、立て直しが急務になっている。 BCリーグももっと盛り上げたい。それには信濃グランセローズの頑張りが欠かせない。 イチロー選手の野球への姿勢は手本である。 今年はWBC決勝戦での決勝打が印象深い。200本は目の前だ。 いくつもの快挙が多くの励みになるだろう。
Sep 8, 2009
二百十日が過ぎ、朝晩はすっかり秋めいてきた。 夜になると、コオロギやスズムシが一斉に鳴き始める。 セミに代わり、トンボも飛び交うようになった。 そのトンボが、いつの間にかできているクモの巣に引っ掛かっている姿を見掛けることがある。 強力な粘着力がある横糸にからめ捕られてしまったのだ。 クモは、恐竜が誕生する以前の約4億年前から生息しているといわれる不思議な生き物だ。 何といっても、糸の強度に驚かされる。 1本はミクロン単位(1ミクロンは1000分の1ミリ)という細さながら、同じ重さの鋼よりはるかに強く、伸縮性もナイロンを大幅に上回り、耐熱性も高い。 理論上は太さ1ミリの糸であれば人間1人、1センチならばジャンボジェット機をつるすことが可能だという。 にわかには信じ難いが、映画やアニメなどで描かれる「スパイダーマン」の活躍も、まんざら絵空事では片付けられないかもしれない。 こうしたクモの糸の強度や伸縮性に着目した研究が進んでいる。 クモの遺伝子を蚕に組み込み、クモの糸の成分を含んだ絹糸が生成されたほか、糸を人工的に作る研究開発も始まった。 石油を原料とする化学繊維と異なり、環境にも優しく「夢の素材」といわれるクモの糸の実用化に向けた動きが注目される。 防弾チョッキや医療素材などに加え、将来的には航空機の機体や車に用いることも期待されるという。 ダニや蚊を食べる益虫ながら嫌われもののクモ。 その細い糸から生まれる新技術が、わが国の産業をけん引する日も案外近いかもしれない。
Sep 7, 2009
国民の大半が自らの生活レベルを「中流」と意識していた時代が随分昔だったような気がしてならない。 近年、年収200万円以下のワーキングプアの増大や母子家庭の困窮ぶりなどが取り上げられることが多くなり、貧困問題が深刻になっている。 富める層と貧しい層の格差是正は、今回の衆院選でも大きな争点になっていたのに、国が低所得者層の生活実態を広範囲に調べたデータが、ここ何十年間も存在しなかったというお寒い状況も明らかになっている。 貧困解消へ適切な対策を講じるにはまず問題点を明らかにしなければならない。 国はようやく重い腰を上げ、来年度予算の概算要求に「貧困実態調査」の費用を盛り込む方針を打ち出したが、「貧困」の定義があいまいなど調査のあり方自体が揺らぎ、貧困の実態が正確に把握できるかどうか難しいとの指摘も出ている。 連立に向けた民主、社民、国民新3党の政策合意案には、今年4月に廃止された生活保護の母子加算復活など貧困対策も盛られている。 政権交代を機に、わが国には貧困問題が存在するということを国民全体で認識すべきではないだろうか。 そのためにもきちんとした実態調査が求められると思う。 国民の生活実態を把握するものとして、世帯ごとの平均所得や人員構成などを調べる「国民生活基礎調査」が実施されている。 昨年の調査では平成19年の世帯当たり平均所得は556万2千円と、過去19年間で最低だったことが分かった。 一方、わが国など先進30カ国が加盟する経済協力開発機構(OECD)がまとめた「相対的貧困率」(2000年ごろ)によると、日本は14・9%で、メキシコ(18・4%)トルコ(17・5%)米国(17・1%)に次いで高かった。 相対的貧困率というのは、所得分布中央値の半分未満の所得しかない人が全人口に占める割合を示すものだ。 高齢者所帯や単身所帯の増加、少子化による世帯の小規模化などが背景にあり、OECDの調査は必ずしも実態を反映していないという意見もあるが、30カ国の平均が10・6%であることを考えると、わが国の貧困率は高いと言わざるを得ず、過小評価すべきでないだろう。 貧困対策に関しては、さまざまな考え方があり、ぎりぎりまでの自助努力を求める見解がないわけではない。 また、国や地方自治体の支援について財源が限られていることを挙げる向きもある。 しかし、それらの指摘は貧困から抜け出すことができるシステムが確立されていることが前提でなければならない。 100年に1度と言われる昨今の不況下での「雇い止め」や「派遣切り」など、一人一人の努力では抗し切れない環境に対するセーフティーネットもしっかり整備しておかなければならない。 実態調査の結果によっては、これまでどちらかというと見えにくかった貧困問題が明らかになり、国民全体で立ち向かう覚悟が求められるかもしれない。 生活格差是正は政治が真っ先に取り組まなければならない課題でもあり、超党派での取り組みを希望したい。
Sep 7, 2009

ある不思議なところで思わず撮ってしまいました! ある人は鳳凰だと言っていましたが、私にはフェニックスに見えるのです。
Sep 6, 2009
『月に吠(ほ)える』や『青猫』などで知られる詩人の萩原朔太郎は、その作品から「憂愁」や「倦怠(けんたい)」といったイメージで語られることが多い。 さらに無類の酒飲みとあって、「昼」というより「夜」の印象もある。 そんな朔太郎が50歳を目前にして、意外なものに取り組んでいたことを最近知った。 何かといえば、自転車。 日中外を出歩くどころか運動などしそうもない朔太郎がなぜ、と思って文学全集を開いたら「自転車日記」を残していた。 日記は昭和10年と思われる12月20日、貸し自転車を借りるところから始まる。 近くの空き地で練習をするのだが、なかなか乗ることができない。 「ペタルヲ蹈(フ)メバタチマチ顛倒(テントウ)ス(略)身体皮肉痛苦甚ダシ」といった具合で、「ヨリテ止(ヤ)メテ帰ル」ことになる。 さすがに懲りたのかと思ったら、これが違う。 翌日のしかも早朝から、弟を先生に練習を再開する。 が、やはりうまくいかない。 弟は朔太郎を評して「サナガラコレ酔漢ノ漫歩ニ似タリ」と言う始末。 それでも練習を重ねたのだろう。 翌年の1月15日の記述には「既ニ全ク熟練シ」とある。 1時間ほどの遠乗りをしたとのくだりもあり、「天下アニカクノゴトキ爽快(ソウカイ)事アランヤ」と書いている。 あの酒飲みの朔太郎が、そこまで自転車を評価していたとは。 マイカー派の皆さんも試しに一度、自転車に挑戦してみては。
Sep 6, 2009
兵庫県の新型インフルエンザ対策検証委員会(岩尾總一郎委員長)が流行期の対策や政府への提言を報告書にとりまとめ、井戸敏三知事に提出した。 重症者の発生状況に応じて、3段階の対策を柔軟に組み合わせることを盛り込んでいる。 現状は感染者、重症者とも比較的少数の「対策レベル1」との認識に立つが、重症者が増えることを想定して当面、県内で必要な入院病床の確保に努める。 また、都道府県に市町村との調整機能を持たせたり、社会活動制限を法的に明確化したりするため、感染症法の改正や災害対策基本法の適用などの必要性を提言した。 県はこれらを国に要望する。 国内での初の新型インフルエンザ感染者が確認された自治体だからこそ、問題点の指摘や提言に説得力がある。 本格流行の備えとして生かさなければならない。 神戸で最初の新型患者が確認されたのは5月16日。 発熱外来に人が殺到し、軽症者も入院するという事態が生じた。 弱毒性で重症者は少なかったのに、国の新型対策が強毒性を想定したものになっていたため、自治体は対応に苦慮した。 一方で、情報がひとり歩きして風評被害を招き、観光や経済にも深刻な影響を与えた。 検証委の報告書は、医療体制、患者情報の伝達と共有、社会活動の制限、広報、行政システムなどを柱に、検証と次につながる提言から成っている。 中でも難しいのは医療の対応である。 厚生労働省が先月末に公表した「流行シナリオ」の推計に当てはめると、兵庫県内では年内に約110万人が発症し、うち約1万7千人が入院。 流行のピークは9月下旬~10月上旬と考えられている。 報告書では、流行シナリオと同程度なら「レベル1」として一般医療機関での外来診療を続ける。 シナリオ以上に患者や重症者が増えれば「レベル2」に切り替え、入院は重症者を優先させる。 致死率が高い新型が発生した場合は「レベル3」とし、病院を重症者の治療に特化することや定員を超える入院も検討すべきとした。 重症化すれば呼吸困難になり、人工呼吸器が要る。 その数は足りているのか。 診療を一般病院にも広げるとすれば、院内感染対策も避けられない。 流行期に入り、ウイルス変異や重症化率の動向から目が離せない。 目に見えない敵に柔らかく備え、臨機応変に対応できるかどうか。 報告書が強調するのもそれだ。
Sep 6, 2009
何をするにも、目的が明確で実績が目に見えると、いっそうやる気が出る。 環境保護と国際貢献を狙って全国に広がる「エコキャップ運動」はその好例だろう。 ペットボトルのキャップを集めて再資源化のために売って、利益で途上国の子どもたちにワクチンを送る活動である。 神奈川県の高校生の声をきっかけに2005年に仕組み作りが始まり、07年にエコキャップ推進協会が設立された。 もともとペットボトル本体を資源ごみとして出す場合、必ずキャップは外さなくてはならない。 このキャップも焼却や埋め立て処分をしないで、役に立てることはできないかが、運動の出発点だった。 「キャップ800個で20円。1人分のポリオワクチンが買える」という呼び掛けも非常に分かりやすい。 県内でも学校や病院、会社、労組、JAなどが取り組みを行い、運動に賛同するスーパーなどが回収ボックスを置き始めている。 協会では売却益をNPO法人「世界の子どもにワクチンを 日本委員会」に寄付しているが、今年5月までに約850万円、ポリオワクチン換算で約42万5千人分に上っている。 協力は約1万5千件、回収数は約3億4千万個という これらは、活動の理念、課題などとともに端数まですべて協会のホームページで公開されている。 自分たちの活動がどう広がり、どう生かされているかが確認できる。 現在進行形の情報がさらに運動を盛り上げる。 「まず1個集めることから始めてください」。 論より行動-運動はさまざまなことを教えてくれる。
Sep 5, 2009
少なからぬ人が間違って使ううちに、間違いの方が主流になってしまうことがある。 そうなると、多数派こそ「正解」で、少数派は「間違い」ではないのか、と強弁する人さえ出てくる。 その好例が言葉だ。 文化庁の国語に関する世論調査で、言葉の意味の取り違えや誤用の実例が指摘された。 例えば「御の字」は正しくは「大いにありがたい」の意味だが、「一応、納得できる」だと信じている人の方が多かった。 「破天荒」も本来の意味は「誰も成し得なかったことをすること」だが、そのつもりで使っているのはわずかに2割弱。 6割以上が「豪快で大胆な様子」と間違えていた。 間違いだと知って驚いた人も少なくないだろう。 調査では慣用句の「采配(さいはい)を振る」を「采配を振るう」と間違えていた人が約6割いた。 いったん間違えている側が多数派になってしまうと、それを矯正するのは現実的に難しい。 辞書にだって「俗用」などと断りながらも、両方の意味が掲載される。 一度流れができてしまうと、なかなか止められない。 言葉に限らない。 政治では民主新政権が官僚組織に切り込もうとしているが、一度官僚に取り込まれ始めると、やがてそちらが主流となり、「正解」とされる恐れもある。 ここはぜひとも「破天荒な改革」に取り組み、正しい意味で「この出来なら御の字」と国民に言わせてほしい。
Sep 5, 2009
新型インフルエンザの本格的な流行が始まる中、ほとんどの小中学校が新学期を迎えた。 高校、大学も本来の活動期に入る。 これまでの感染者の大半は、10代以下の若者だ。 それだけに、子どもを中心に人の動きが活発になる時期の感染拡大が懸念される。 校内テレビを使い、教室単位の始業式を行った学校もあった。 今後も修学旅行など多くの行事が予定されているだけに、慎重かつ迅速な対応で子どもを守っていかないといけない。 新型インフルは多くの人が免疫を備えておらず、感染力が強いとされる。 基礎疾患を持つ子どもや教職員への対応は、最重要課題だ。 ただ、多くの患者は軽症のまま回復するとされている。 学校現場での対応に加え、地域ぐるみの取り組みも進め幾重にも防衛線を張って欲しい。 そのためにはいま一度、根拠のない情報に振り回されずに新型インフルの特性を把握すること。 そして、子どもたちへ正しく情報を伝える必要性を指摘しておく必要がある。 見えない相手だが、対応データは集積しつつある。 各教育委員会では手洗い、うがいの励行や体温測定などを促している。 学校単位でも消毒液の設置や疑い例の自宅待機などを徹底したい。 当然、学級閉鎖などが必要となるケースも想定される。 感染拡大によっては必要な措置だ。 ただ、全国的には「授業時間の確保が重要」として学級閉鎖の基準緩和を検討する教育委員会も散見される。 いま一度思い起こそう。 新型インフルは人類が未経験の疾患だ。 季節型同等の対策に加え、さらに慎重を期した取り組みが必要な時期に来ていると認識すべきだ。 接触の機会が多い集団をつくらないことがリスクを下げる。 単位や学力は大切だが優先順位を誤ってはなるまい。 地域社会も、学校との連携をあらためて密にしないといけない。 子どもの自宅待機には、地域や企業が家庭を支援する姿勢も求められる。 校外イベントや集会の中止を含め、個人の自由や経済活動との折り合い点を探りながらの難しい対応も避けて通れない。 患者数や発生地域などの情報を収集し、社会に提供する行政の責任も大きい。 先が見えにくい取り組みだが当面、感染拡大の抑制目標期間を「2カ月」とみたい。 というのも、ワクチン接種可能時期を、舛添要一厚生労働相が10月下旬と明言したからだ。 それ以前の感染ピーク到来は避けなければならない。 幸い、学校を含め私たちがはぐくんできた地域社会には信頼ときずながある。 いざというときは来たが、みんなで見えない敵に向き合いたい。
Sep 3, 2009
86年前の9月1日、昼時の関東地方をマグニチュード7・9の地震が襲った。 日本の自然災害史上、最大級の被害をもたらした「関東大震災」だ。 「地震が来たら火を消す」など、当時は防災意識も徹底されていなかっただろう。 昼食時と重なって火を使っていた家庭が多かったことから、地震による家屋倒壊に加えて火災も発生した。 死者・行方不明者は約14万人に上った。 1959年9月26日には、「伊勢湾台風」で約5千人の死者・行方不明者を出した。 防災行政も、まだ十分でない時代だ。 無防備に近い状態で、大型台風の直撃を受けた。 これが契機となり、地震や台風などの自然災害に対する心構えを育成しようと、翌年に創設されたのが9月1日の「防災の日」である。 各地で地震が頻発、山や急流も多い日本は、常に災害に見舞われる危険性がある。 中でも九州は集中豪雨や台風による水害などが毎年のように発生し、住民の防災意識も高いはずではなかったか。 今年も7月下旬に北部九州を記録的な豪雨が襲った。 土砂崩れなどで12人が犠牲となり、福岡、佐賀、長崎の3県で住宅約100棟が損壊、約5200棟が浸水するなどの被害が出た。 ところが、国土交通省九州地方整備局が、今回の豪雨で被害に遭った3県で初の実態調査をしたところ、避難勧告・指示を出された住民のうち約98%が避難していなかったことが分かった。 九州地方整備局は、過去に被害が出なかった体験や、自宅の立地条件なども考慮して避難しなかったと分析している。 避難を呼びかける防災無線の情報が伝わらなかったり、高齢者が避難できなかったりしたことも考えられるという。 8月の台風接近に伴う豪雨で大きな被害を受けた兵庫県佐用町では、町が夜間に出した避難勧告に従った人が避難中に濁流に流され、死亡する事故も起きた。 避難勧告や指示が出た地域でも、各住宅の立地条件などで危険度も異なる。 確かに、自治体が勧告などを判断するタイミングに検討の余地はある。 ただ、防災専門家は「雨量や河川のはんらん情報、土砂災害の危険度などを総合的に判断して各自治体が出す勧告や指示に従った方が、一般的には安全確保の割合が高まる」と指摘する。 何より、日ごろから自宅周辺の地形や避難経路を把握しておくことが肝要だろう。 8月11日に震度6弱の地震が発生した静岡県では、東海地震への備えからか防災意識は高く、県民意識調査で6割以上が一部でも家具を固定していると答えている。 こうした日ごろからの備えが被害を最小限に抑えることにつながった。 災害は、いつ降りかかってくるか分からない。 「いままで起きなかったから、これからも大丈夫だろう」という油断は禁物だ。 「防災の日」に限らず、「毎日が防災の日」の意識で備えていきたいものだ。
Sep 2, 2009
兵庫県は災害が多いね、といわれる。 14年前の阪神・淡路大震災の記憶が生々しいのに加え、その後もたびたび豪雨災害が起きており、そんな印象を与えるようだ。 2004年秋の台風では豊岡市街地が水につかった。 昨年は神戸の市街地を襲った集中豪雨で都賀川が急増水し、子どもらが巻き添えになった。 今夏の県西、北部豪雨でも多くの犠牲者と被害を出している。 「防災の日」のきょう、相次ぐ豪雨災害に備えて足元を固め直す日にしたい。 神戸の都賀川の鉄砲水と今回の豪雨は都市と中山間地の違いこそあれ、それぞれが抱える問題を象徴的に浮かび上がらせた。 一方はコンクリート張りとなった都市の排水問題であり、もう一方は過疎化などに伴う山の荒廃がもたらす問題である。 都賀川の災害が起きたのは昨年の7月28日。 神戸のその日1日の雨量は48ミリと記録されている。 ところが、その上流域に設置された国土交通省の雨量計は、事故直前の10分間で24ミリを記録していた。 1時間雨量に換算して144ミリという猛烈な雨。 この短時間豪雨が住宅街の側溝や雨水管から一気に都賀川へ流れ込んだ。 わずか2分間で水位が1メートル上昇した。 あまりの急な増水で、子どもらは逃げられなかった。 同様の痛ましい事故は昨年、東京のマンホール工事現場で、今年は沖縄県の排水路で起きている。 離れた場所での局地的豪雨が、避難を難しくする例もみられる。 まとまった量の雨を一時貯留したり、制御したりする仕組みが、都市に備わっていないことを示すもので、こうした都市災害への備えを急ぐ必要がある。 問題は異なるが、同じことは今回、大きな被害を出した佐用町などにもいえる。 山から流出した大量の生木や木の根に驚く専門家がいた。 山が「緑のダム」の機能を果たせなくなっている、と指摘する。 佐用町は04年の台風で森林が大きな被害を受けた。 木が傾いたり、伐採されたまま放置された山が少なくない。 そんな山が豪雨で土砂ごと流出した。 川や橋を傷め、田畑、家屋などの被害を大きくする要因となったのではないか。 森林の機能に目を向け、保全策を真剣に考えなくてはならない。 高齢化や過疎化で集落の運営が難しくなり、森林などの管理がままならなくなったところは全国各地にある。 こうした豪雨災害はどこでも起こり得るということだ。 見落とされてきた地域の弱点は何か。そんな目でいま一度、点検を進めたい。
Sep 1, 2009
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