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今年の夏は、暑くなるに違いない。 この人がいなくなってしまったから。 落語家の露の五郎兵衛さんだ。 夏といえば彼の怪談噺(ばなし)だった。 しっとりとした語りに引き込まれたら、もう戻れない。 背筋を寒いものが走ったとたん、照明が消えた。 白装束にお面姿の五郎兵衛さんが浮かび上がり、火の玉が漂う。 早変わりあり、仏壇返しあり。 テレビや映像では味わえない「生の感覚」にあふれる高座だった。 こんな言葉が残る。 「噺はその場その場の一回きり。きらっと光ってはかなく消える」。 七十三歳で、二代目露の五郎兵衛を襲名した。 初代は日本の落語家第一号と言われる。 江戸時代、京都の北野天満宮などで辻噺を繰り広げ、都の名物男とうわさされた。 初代もまた、道行く人の足を止めさせた「ライブ感覚」の持ち主だった。 こっけい噺の落語は、元は話芸の一つである。 怪談、人情もの、いろんな噺ができてこその「噺家」だ。 五郎兵衛さんはだから、噺家と呼ばれることにこだわった。 二代目の襲名あいさつでは「生涯現役で、五郎兵衛は最後まで未完成やった、と言われながら死にたい」と語った。 それにしても多才、いや多芸な人だった。 即興喜劇の「大阪にわか」を継承し、演劇集団を立ち上げた。 チェーホフの戯曲に挑戦したこともある。 洒脱(しゃだつ)な文章をしたため、テレビの映画番組の解説者を務めた。 すべて「噺家」というベースがあっての挑戦だろう。 怪談と人情噺を習った八代目林家正蔵(彦六)師匠の言葉を好んだ。 「名残の花には夢がある」。 いつまでも咲いていてほしい大輪の花が、散った。
Mar 31, 2009
現行の政治資金規正法では、企業や団体は政治家個人に献金をしてはならないことになっている。 しかし、現実は必ずしもそうなってはいない。 企業や団体が出した「カネ」がいろんな「抜け道」を通って政治家個人の資金管理団体などに渡り、政治活動や事務所経費に使われているのである。 法では禁止されていても、企業献金がまかり通っているのが現実だ。 自分たちがつくった法律を自分たちで平気で破っているのだ。 これでは国民が政治を信頼できるわけがない。 「政治とカネ」をめぐる事件が起きるたびに規制は強化されてきた。 しかし、そのつど政治家たちは「抜け道」を探しだし資金を集め続けている。 そうした裏切りが政治を尊敬できないものにし、国民の政治不信を募らせている。 なのに、政治はいまだそれを深刻に受け止めていない。 「企業献金がすべて悪とは考えていない」(麻生太郎首相)と言っているようでは、鈍感すぎはしないか。 小沢一郎民主党代表の秘書が政治資金規正法違反罪で起訴された西松建設の巨額献金事件で問われているのは、まさにそうした「政治の実態」でもある。 事件を機に、今国会で「抜け道」をふさぐ法改正議論に踏み込めるかどうか。 政治の自浄能力が試されている。 西松建設事件では、西松関係者が設立した政治団体が小沢氏の資金管理団体と小沢氏が支部長を務める政党支部に多額の献金を続けていたとされる。 事実であれば、企業の「カネ」がダミーの政治団体を経由して政治家に流れる「迂回(うかい)献金」であり、政党支部を「隠れみの」にした政治家個人への「ひも付き献金」である。 この政治団体は自民党の有力議員らにも、さまざまな形で政治資金を提供していたことも明らかになっている。 実態は政治家への献金であっても、政治団体間や政党への寄付の形を取っていれば、形式的には現行規正法には違反しない。 多くの政治家が「違法性はない」と言い逃れするのも、法にこうした「抜け道」があるからだ。 企業献金は、癒着を生みやすく政治腐敗の温床になる。 過去の多くの事例がそれを物語る。 政治家個人への企業献金をなぜ禁止したのか、与野党とも思い起こしてもらいたい。 1995年に導入された政党助成制度が、企業献金への依存をなくすのが目的だったことも忘れてはならないと思う。 そこに使われるのは国民の税金である。 共産党を除く各政党が毎年、計300億円以上の公費助成を受けながら、企業献金が政治家個人に流れる仕組みを温存しているのは、国民への背信である。 今度こそ「抜け道」を断つ法改正が必要である。 自民、民主両党とも「全面禁止はいかがなものか」と言っているようでは、政治は国民に見放されるだろう。
Mar 31, 2009
くすぐられると笑ってしまうのはなぜなのだろうか。 突然こちょこちょされ、頂点に達した緊張を笑いで一気に解放しているのだと聞いたことがある。 しかも相手が安心できる人でないと、笑いは出ないらしい。 その笑いが医療の分野で関心を集める。 免疫力の向上やストレス軽減につながるとの視点で研究が進められている。 医療の現場に、ユニークな形で笑いを持ち込んだのが、映画「パッチ・アダムス」のモデルで、実在する米国人医師ハンター・アダムスさんだ。 パッチは、赤い鼻のピエロ姿で入院患者の気持ちをほぐす。 映画の公開は十年以上も前のことだが、パッチの活動は「ホスピタル・クラウン」などの名で、日本でも徐々に広がりつつある。 クラウンは道化役者のことだ。 映画では名優ロビン・ウィリアムスが演じた。 パッチは自身の自殺癖のため、入院した病院で、相手と同じ気持ちに立った優しい態度で部屋の患者を妄想から救う。 人を救うことで自分も救われたことに気付く。 退院したパッチは医学の道を歩む。 そのハンター・アダムスさんが五月、姫路にやってくる。 招いたのは、姫路市内の病院で麻酔科医を務める大城宜哲(よしてつ)さんらのグループである。 大城さんは勤務医をしていたころ、宿直勤務の連続などで疲れ果て、研究者の道を歩もうと渡米。 パッチの映画を見たことをきっかけにハンターさんと出会い、以来、二人は交流を深めてきた。 大城さんは、海外でクラウンを二回体験した。 痛みを緩和する専門医として、その効果を実感したという。 笑うことの大切さ。 それは文化や民族を超えたものではないだろうか。
Mar 30, 2009
多くの若者が都会へと巣立つ春、新潟から少し寂しいニュースが入ってきた。 昨秋、佐渡島で放鳥されたトキのうち、生存している雌4羽すべてが島を出て本州に移り住んだという。 何となく人間社会と重なってみえる。 生活に困った経験のない女性たちが、より理想的な結婚相手を求めて「旅」に出る。 あるいは高校を卒業後、好奇心を刺激する都会に出て行ってしまい、田舎は嫁不足に悩む。 そんなような感じだろうか。 こんなことになって、佐渡の人たちも「嫁不足」にさぞや頭を抱えているに違いない。 せっかく地元で繁殖させようと思っていたのに、当てが外れたように思える。 捕まえて島に連れ戻してほしいとの要望も上がっている。 ただ地元に無理やり連れ戻すことが、彼女たちの幸せにつながるかどうか。 確かにいつも誰かに見守られ、食べる物に困ることもない。 しかし彼女たちは「野生」だから、再び飛び去る恐れもある。 そうなるともう羽を切ってしまうしかなくなる。 一方、地元を離れたとしても、自由と引き換えに幾多の試練が待ち構えている。 そこにえさが豊富にあるとは限らない。 わなの一つも仕掛けられているだろうし、未知の敵も潜んでいるかもしれない。 何よりトキの場合、そこに繁殖の相手は存在しない。 地元としての希望を言うなら、都会の空気をしばし堪能した後、やはり「青い鳥」は地元にいたと気付いてほしいが、そうはならないかもしれない。 いずれにしても、夢多き若鳥たちの末永い幸福を願わずにいられない。
Mar 30, 2009
二人の男性が足元の炎を見つめている。 タイトルは「燃える井戸」。 一九六七年に沖縄で撮影された写真だ。 「嘉手納村の井戸水が悪臭を放ち、火をつけると燃えた。米軍の航空燃料で汚染されたとみられ、基地公害として物議をかもした」と傍らの説明にある。 戦後の沖縄の軌跡をたどる「あんやたん写真展」(五月十日まで)が横浜の日本新聞博物館で開かれている。 「あんやたん」は方言で「あんなだった」を意味する。 地元紙の沖縄タイムスの記者が撮影した二百五十点の写真からは、激しい地上戦で「ゼロからの出発」を余儀なくされたオキナワの苦悩が伝わってくる。 朝鮮戦争やベトナム戦争では出撃基地となり、五九年には小学校に米軍の戦闘機が墜落、児童ら十七人が死亡した。 基地には一万トン以上の毒ガスが貯蔵され、六九年にはガス漏れ事故も起きた。 戦場さながらの報道写真が並ぶ。 米兵の交通事故を契機に起きた七〇年のコザ騒動では「米人車両」約七十台が焼き打ちされた。 真っ黒に焦げた車に、過酷な米軍統治に抗議する住民の姿が重なる。 現場にいた記者は「通りは火の海と化し、米兵も警察も手が出せず遠巻きに眺めていた」と回想する。 会場にはカンカラ三(さん)線(しん)も展示されている。 人々が敗戦後の収容所生活の中、米軍支給の缶詰の空き缶と落下傘のひもでつくった楽器だ。 厳しい状況下でも明るさを失わず、激動の時代を生き抜いてきたウチナーンチュ(沖縄人)の象徴でもある。 いまも狭い県土に全国の米軍基地の75%が集中するオキナワの現実。 その重さをあらためて胸に刻む。
Mar 29, 2009
二〇一六年の夏季オリンピック・パラリンピックの開催地決定まで、あと半年余りに迫った。 東京が一九六四年に次いで二度目の五輪実現を目指している。 ほかに、シカゴ(米国)、リオデジャネイロ(ブラジル)、マドリード(スペイン)の三都市が立候補している。 シカゴはオバマ米大統領の地元だ。 リオデジャネイロは南米大陸初の五輪開催を訴える。 いずれも強力なライバルと目されている。 五輪は世界最大のスポーツの祭典だ。 開催には、大きな財政的負担も伴う。 なぜ、再び東京開催なのだろうか。 大会は私たちの生活にどんな影響をもたらすのだろうか。 招致の先頭に立つ石原慎太郎都知事には、都民だけでなく広く国民に、もっと丁寧に、大会開催の意義や効果を説明してほしいと思う。 招致実現や大会の成功には、全国的な熱い支持が不可欠だ。 四月には国際オリンピック委員会(IOC)による現地調査が行われる。 招致の成否を左右するヤマ場の一つと言っていい。 東京都の招致委員会は、「五輪史上最もコンパクトな大会」をセールスポイントにしている。 競技施設の95%は半径八キロ圏内にあり、前回の東京五輪で使ったものを有効に利用する。 またメーン競技場の屋根には太陽光発電パネルを設置し、電気自動車を使うなど環境へも配慮する。 時代の要請に応えた、五輪の姿として評価できるのではないだろうか。 気になるのは支持率の低さだ。 昨年六月にIOCが公表した東京とその周辺の市民の支持率は59%で、候補四都市の中で最低だった。 招致委は競泳金メダリストの北島康介選手を応援団長役として盛り上げに躍起だ。 一月の招致委調査で支持率は70%まで上昇したというが、全国的に理解が深まっているとは言い難い。 六四年大会に合わせて新幹線が開通し、東京の都市機能も充実した。 戦後の日本が先進国に仲間入りしたことを国民に強く印象づけた。 二度目の開催の意義は、当時とは別なものになるはずだが、それが明確に示されていないことも盛り上がりに欠ける一因だろう。 また招致委は、三千百億円の大会予算は、スポンサー収入やチケット販売などでまかなうとしているが、景気動向に大きく左右されるだけに十分な検証が必要だ。 十月にデンマークで開かれるIOC総会で開催都市が正式決定する。 招致運動をめぐっては、過剰接待などの問題も取りざたされてきた。 東京には、あくまでフェアプレーの精神で招致レースに臨んでほしい。
Mar 29, 2009
古来、日本は八百万(やおよろず)の神々に守られてきた。 今は列島各地で、ローカルヒーローが活躍する。 日曜日には長野県下條村で、十地域の「英雄」が集まる催しがある。 兵庫からは、豊岡市の「城崎泉隊(きのさきせんたい)オンセンジャー」が駆けつける。 迎えるのは、地元下條村の「地域戦隊カッセイカマン」。 主催者によると、不景気の力で地域支配をたくらむ悪の組織「フキョーダ」と日々、戦っているそうだ。 どのヒーローもまちを救いたい、元気づけたいという気持ちにあふれる。 扮(ふん)するのは役場や観光協会などの職員で、仕事の休みを利用して地域を飛び回る。 課せられた「使命」はまちおこしや環境保護など、それぞれに重いがその分、住民の期待も大きい。 やはり重い使命と期待を集めながら、混乱が収まる気配がないのが政治の中心、永田町である。 国民を元気づけるどころか、逆に失望感を振りまくような状況が続いている。 二〇〇九年度予算は、互いに敵失待ちの自民と民主が、首をすくめ合う中での成立となった。 「英雄のいない時代は不幸だが、英雄を必要とする時代はもっと不幸だ」。 ドイツの劇作家で詩人のブレヒトはそう書いたが、国民は政治に英雄を求めているわけではない。 党の代表には、きちんと分かるように説明してほしい、副大臣なら守るべき規範を守ってほしい。 それがそんなに難しいことだろうか。 地域の声を託して、ローカルヒーローたちに大掃除をしてもらいたい気分だ。 兵庫には尼崎のアマレンジャー、明石のシゴセンジャー、赤穂の義士ライダー47など、つわものたちがそろっている。
Mar 28, 2009
北朝鮮の「テポドン2号」とみられるミサイルが、発射台に姿を現した。 四月四~八日までに発射するとした国際機関への通告が現実味を帯びている。 政府は安全保障会議を開いて自衛隊への破壊措置命令を決定し、直ちに命令が下された。 不測の事態への備えは必要だ。 ただし閣議決定見送りや、迎撃能力を否定する政府筋の失言もあって、麻生政権の危機管理能力には大いに不安が残る。 国民の安全を守るためには、万全な対応で臨んで欲しい。 北朝鮮は「人工衛星」の打ち上げだとして、国際社会の非難を突破する構えだ。 国連安全保障理事会での制裁決議をけん制し、六カ国協議からの離脱もちらつかせている。 脅しを込めたなりふり構わぬ姿勢はいっこうに変わらない。 発射阻止へ毅然(きぜん)とした態度を示さねばならない。 クリントン米国務長官が「高い代償を払うことになる」と強く警告したように、日米はたとえ人工衛星であっても弾道ミサイル計画の一環とみなす構えだ。 ただし、決議違反に当たるかどうかは最終的に安保理での判断となる。 中国、ロシアともに制裁論議には慎重な姿勢であり、日米によるミサイル防衛(MD)システム推進に警戒心もあるとみられる。 ミサイルの直接の脅威にさらされる日本などの立場をどう理解してもらうかである。 発射を阻止する国際包囲網形成へ、ぎりぎりまで努力しなければならないが、発射に至ってしまった場合の対応はどうだろうか。 北朝鮮のミサイル技術が確かなら、一弾目のロケットが日本海側、二弾目のロケットは東北地方を飛び越えて北太平洋に指定した危険海域に落下すると予測している。 平成十年に発射された「テポドン1号」とみられる長距離弾道ミサイルを、北朝鮮は初の人工衛星であり「成功した」と発表したが、衛星の軌道進入は確認されなかった。 今回もどのような不測の事態があるか分からず、日本領域内に落下する可能性は否定できない。 北朝鮮は迎撃に対しては「報復打撃戦を開始する」と警告しているが、万一にも被害を出すわけにはいかない。 政府は当初、破壊措置命令を閣議決定する方針だった。 関係省庁が一体となって対処し、地対空誘導弾パトリオットの配備など万一の備えを国民に明らかにした上で進めるためだ。 しかし、閣議決定すればいたずらに北朝鮮を刺激するだけとの意見で見送られた。 あらかじめ防衛相が破壊措置を命令しておく形をとることにしたが、この場合は非公開が前提となっており、情報公開するため安保会議を経て命令した。 外交配慮と強硬姿勢のはざまで腰の据わらない対応となった印象だ。 さらに「ピストルの弾をピストルで撃ち落とせるわけがない」との政府筋の発言が波紋を呼んだ。 巨額の税金を投入しているMDシステムの精度を政府自ら否定するものであり、今回の破壊措置命令でも、迎撃できるはずのないシステムを物々しく配備するだけということになる。 国民を余計に不安にさせるばかりの対応、発言は厳に慎んで欲しい。
Mar 28, 2009
フランス語で、「カファール」と呼ばれる虫がいるが、一体何かお分かりか? なんとなく優雅な響きだが、偽善者を意味する言葉でもある。 虫の正体は台所を動き回るゴキブリなのだ。 何でも食べあさる印象が強いゴキブリにも、学習能力が備わる。 二年前に発表された米国の実験結果によると、その能力は夜の間に向上するそうだ。 日本では夏の季語の一つである。 「ごきぶりや妻の怒りははげしきもの」(森川暁水) それにしても、この省には学習能力はないのか、とつくづくあきれるしかない。 ヤミ専従問題にからみ、秘書課長の文書改ざんが明らかになった農水省である。 食肉の偽装や汚染米の不正転売など次々と噴き出す問題に追われ、大臣の辞任や事務次官の更迭を繰り返しながら、今度は農水省自身が許し難い不正行為に手を染めた。 ヤミ、改ざん、虚偽、更迭、謝罪、信頼失墜…。 過去一年間の新聞記事のキーワードを拾い上げると、農水省と結びつくのは同じような言葉の繰り返しだ。 秘書課長といえば、将来の次官候補のポストである。 そこに就く人物がこんな感覚では、省全体も「推して知るべし」と言うしかないか。 今回のヤミ専従問題では、疑惑をもたれた職員の勤務実態を調べたが、労組側に事前通告し、ゼロになるまで調査を繰り返した。 思い出すのは、事前に連絡を入れて型どおりの検査を重ね被害を広げた汚染米事件だ。 学習能力には欠けるが、前例踏襲の力はあるらしい。 カファールには偽善者ともう一つ、「ゆううつ」という意味もある。 国民をめいらせるばかりの省庁に贈る言葉として、ふさわしいだろう。
Mar 27, 2009
北朝鮮が「人工衛星」の名目で発射準備を進める長距離弾道ミサイル「テポドン2号」に対し、政府はきょうにも、日本の領域に落下する事態に備えた破壊措置を自衛隊に発令する。 北朝鮮が今回の発射を国際機関に通告し、公表通りに準備を進める以上、政府の対応は安全保障の面からも欠かせない。 いうまでもなく、発射を断念させるための外交努力が基本である。 しかし、これまでを振り返ると、万が一に備えた「迎撃」があまりにも前面に出た印象が否めない。 通告によると、ロケットは来月四日から八日までの日中に発射され、一段目は日本海側に、二段目は東北地方を飛び越えてはるか北太平洋上に落下すると予測している。 政府は当初、防衛省の意向を受けて、破壊措置命令を閣議決定する強い姿勢で調整を図った。 しかし、「北朝鮮を刺激しかねない」との慎重論が浮上。 自衛隊法に基づき、事態の急変に合わせて防衛相が部隊に命令できる措置を、安全保障会議で決定するという折衷案に落ち着いた。 無条件に迎撃するというのではない。 何らかのトラブルが起き、弾頭部分やロケットの一、二段目が日本の領土や領海内に落ちてくるケースを想定したものだ。 空中でミサイルを撃ち落とす。 そんな恐ろしい光景は実際には見たくないが、仮に迎撃となっても、落下経路をわずかの時間にどう計算し、判断するのか。 至難の業という見方の方が腑(ふ)に落ちる。 実際、今回の「迎撃」問題をめぐっては、政府内に足並みの乱れもみられた。 「ピストルの弾をピストルで撃ち落とせるはずがない」や、それに同調するような閣僚の発言などだ。 切迫した事態にそぐわず、はなはだ緊張感に欠ける。 政府の危機管理の欠如を露呈するものといっていいのではないだろうか。 きょうの会議で冷静な議論をしたうえ、国民に対し十分な説明をして欲しい。 この問題をめぐって、クリントン米国務長官は、北朝鮮に発射の自制を重ねて警告した。 その米国にさえ、過敏な反応を抑える動きが出ているという。 対話を重視するオバマ政権の意向とみられるが、日本もこうした慎重さを忘れてはならないと思う。 「衛星」発射が国連の安保理決議違反かどうか、日米韓と中ロの間で意見は分かれる。 しかし、アジア太平洋地域の平和と安定を脅かすという点では一致する。 発射は北朝鮮に何の益ももたらさない。 その厳然とした事実を、粘り強く説くことではないだろうか。
Mar 27, 2009
北京五輪女子マラソンで2位になったヌデレバ選手は、自分の前に1人いたことを知らなかった。 「全く見えなかった。彼女はうまくやったわ」 女子柔道のドコス選手は常々「谷本とやるときは勝っても負けても1本で決まる。 楽しいし、やりがいがある」と話していた。 その谷本歩実選手に、北京五輪63キロ級決勝で投げ技で敗れて言った。 「最後に彼女と戦えてよかった」 「手元の英英辞典で『スポーツマン』を引くと」と、日本テレビ系「NEWS ZERO」のキャスター村尾信尚さんが以前コラムに書いていた。 辞典にいわく「フェアにプレーし、グッド・ルーザー(良き敗者)である人」 ワールド・ベースボール・クラシックでも、「良き敗者」が日本の2連覇の価値をいっそう高めてくれた。 日本に敗れて準決勝に進めなかったキューバの監督は「彼らは私たちより上だった」。 決勝戦で9回に同点となる安打を放った韓国の選手は言った。 「世界最高、最強のチームを相手にベストを尽くした」。 感情むき出しで張り合ってきた関係にさよならするきっかけになれば、と思う。 中継した米スポーツ専門局は「日本と韓国は本物の大試合(クラシック)をした」と報じた。 準決勝で日本に敗れた米国の選手の談話もいい。 「これからチームに戻って、アジアの野球の強さを伝える」。 幾通りもの「良き敗者」を生むにふさわしい日本代表の戦いぶりだったと思う。
Mar 26, 2009
それ見たことか、という中央省庁の高笑いが聞こえてきそうだ。 絵に描いたような「骨抜き」であり、地方分権改革の後退を強く心配してしまう。 全閣僚で構成する政府の地方分権改革推進本部(本部長・麻生太郎首相)が、国の出先機関の改革に向けた今後3年間の工程表を正式に決定した。 国と地方の役割分担の観点から、国の出先機関の事務権限と組織のあり方を見直す。 8府省の15機関を中心に出先機関改革を進め、今年中に具体的な改革大綱を策定する。 新体制への移行は2012年度からの実施を基本とする。 そんな改革のスケジュールが大枠で定まった。 ところが、政府の地方分権改革推進委員会が求めていた組織の抜本的な統廃合や職員削減の数値目標など核心部分は工程表に盛り込まれなかった。 改革に反発する省庁や族議員の猛烈な抵抗を抑えきれず、政府が骨抜きの工程表でお茶を濁したからではないだろうか。 麻生首相は首相就任後初の所信表明演説で出先機関改革に強い意欲を示し、「霞が関の抵抗があるかもしれないが、私が決断する」とも力説していた。 今回の工程表とかつての意気込みとの落差には驚きと失望のためいきが出る。 省庁単位で全国に張り巡らされた霞が関の出先機関は、「中央による地方支配」を象徴する。 膨大な国家予算と人員、強力な権限の源泉ともなっている。 自治体との二重行政の無駄が何度も指摘され、地方分権を阻む厚い壁だと繰り返し批判されても、中央省庁は既得権益を死守しようとする。 そこに分権改革のメスを入れ、風穴をあけることこそ、出先機関改革の眼目だったはずだ。 分権委は昨年12月の第2次勧告で、国土交通省の地方整備局など6機関を統廃合し、企画開発部門の「地方振興局」と国直轄公共事業を担当する「地方工務局」に集約するとしていた。 出先機関改革によって1万人程度を国から地方へ移管させ、将来は計3万5000人程度の職員削減を目指す数値目標も併せて提示していた。 これに対して、工程表では「第2次勧告で示された組織改革の方向性に沿って検討を進め、要員規模のスリム化方針も検討する」との表現にとどまり、具体化は改革大綱へ先送りされた。 工程表の決定を受け、焦点は年内に策定される改革大綱へ移る。 出先機関を根本的に改革するか。 それとも、なし崩し的に温存してしまうかの正念場だ。 秋までには衆院選が実施され、大綱の策定は新政権に委ねられる。 出先機関の見直しを含む分権改革の道筋をどう描くか。 各党は政権公約に掲げ、政治が果たすべき役割を明確に提示すべきだと思う。
Mar 26, 2009
「バントのサインが出た時、君たちは何を考える?」。 四十年近く前、米国から当時の南海球団へコーチとして招かれたドン・ブレイザー氏が日本人選手に尋ねたそうだ。 彼らは答えられなかった。 基本中の基本といえるそんなことさえ、昔は多くの選手が十分考えていなかったと、楽天の野村克也監督が述懐している(著書「巨人軍論」)。 ブレイザー氏は一塁側か三塁側か、状況や自分の得意をよく考えるよう丁寧に指導したという。 時がたち、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本が韓国を破り、連覇を果たした。 日本の野球は進歩したといえるだろう。 米国を倒した翌朝、ある報道は「戦術の差」と伝えていた。 決勝を前に原辰徳監督が「韓国に対して尊敬の念がある」と語っていたのが印象深い。 確かに韓国も強かった。 今WBCで決勝までの戦績は二勝二敗。 最後の勝利は、時の運でしかなかったろう。 チャンスに凡退しても誰かが補う。 終盤にきて、日本はチームとしてのまとまりが出てきたようだ。 日本に考える野球とチームプレーの大切さを伝えたブレイザー氏は、四年前に亡くなった。 天国で彼も喜んでくれているのではないだろうか。 野球はしばしば人生と重なる。 人間や組織の可能性を感じさせるWBCだった。 励みにしようと思う。
Mar 25, 2009
国や地域別で野球の世界一を争う、第二回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の決勝で、日本が韓国を5-3で破って優勝した。 初開催を制した三年前に続いての見事な連覇だ。 決勝は、延長にもつれこむ大接戦となった。 両チームとも総力を出し尽くした素晴らしい試合であり、多くのファンが野球の醍醐味(だいごみ)を堪能したことと思う。 開催地のアメリカではいまひとつ盛り上がりに欠けたようにもとれるが、決勝の球場は、ほぼ満員の観客で埋まった。 アジア同士による高いレベルの試合を披露できたことは、野球の世界的普及というWBC開催の趣旨にかなうものだと思う。 今大会の日本代表チームは、ライバル韓国に苦戦したものの、投打のバランスが取れ、文句の付けようがなかった。 韓国とは第一ラウンドで一勝一敗、第二ラウンドでも一勝一敗の互角だったが、決勝を見事に制して勝ち越した。 強豪キューバを堂々と二度破り、野球の母国アメリカにも競り勝った。 この戦いぶりをみても「侍ジャパン」は胸を張っていい。 振り返ると、日本での関心の高さは前回以上で、初開催時の「どんな大会?」といった疑問は払しょくされたといえる。 国によって温度差はあるものの、「野球世界一決定戦」のイメージが浸透した。 そんな中で、大会の提唱・主催国であるアメリカは、今大会でも大物大リーガーの出場辞退が相次いで水を差した。 自国の試合で目立った空席も気にかかる。 試合方式にも課題を残した。 前回は、一、二次の予選をリーグ戦で、四強がトーナメントで争う一般的な方式だった。 今回の敗者復活を組み込んだ変則トーナメントは独特のやり方だ。 分かりにくいという声や、予選から決勝まで対戦相手が偏り過ぎるとの指摘もある。 大会を通じて、日本と韓国が五度顔を合わせたことは象徴的だ。 ただ、強いチームでも勝ち負けを繰り返す野球というゲームの性質を、敗者復活方式が補っているのも事実である。 次回に向けて、よりよい方式を検討して欲しい。 世界的普及という点でも、大きな課題を残した。 オランダや中国などが急速に力をつけたことは明るい材料だが、参加した十六の国と地域は前回と同じだった。 真の発展のためには参加国・地域をもっと増やすことが重要ではないだろうか。 アメリカ主導に任せず、次回に向けて、もっと衆知を集めて発展させる方策を練る必要があると思う。
Mar 25, 2009
滑走路に着陸した途端、大きくバウンドし、あおむけになって炎と黒煙を噴き上げる機体。 テレビの映像を見ながら、青ざめた人もいるに違いない。 きのう朝早く、成田空港で起きた米貨物機事故だ。 ある高さを境にして、風向きや風速ががくんと変わる「ウインドシア」。 これが滑走路の上空付近で起きていたという。 風が急に強まったり弱まったりすると落ちる「たこ」のように、突っ込んだ飛行機は失速してしまう。 「風の断層」というほどの意味だろうか。 前線や低気圧の近くでみられるが、雲のように形があるわけではない。 目には見えないだけに、不気味さが募る。 きのうも気象情報で注意を呼び掛けていたのに、防げなかった。 以前の事故を調べてみた。 十六年前の岩手県・花巻空港では、日本エアシステム機が着陸に失敗して燃え上がっている。 乗客ら五十八人がけがをした。 全日空機が機体を函館空港の滑走路にこすったのは七年前だ。 幾たびもウインドシアによる事故は繰り返されてきた。 つい先月も、着陸直前のノースウエスト機が乱気流に巻き込まれ、六十四人がけがをした事故があったばかりだ。 最新のハイテク技術があっても、瞬間の風の急変まではとらえきれない。 空でも地中でも、やはり「断層」は怖い。
Mar 24, 2009
官僚の発想に頼らない大胆な景気浮揚策を探りたい。 そのために各界有識者の「知恵」を広く集めようということだろう。 その発想は悪くない。 肝心なのは、そこで集めた「知恵」を政策にどう生かすかだ。 言いっ放し、聞きっ放しでは、政権浮揚のためのパフォーマンスと受け取られるだけだろう。 麻生太郎首相の肝いりで先週、首相官邸で5日間にわたって行われた政府の「経済危機克服のための有識者会合」のことである。 会合では民間エコノミストや学者、企業経営者、橋下徹・大阪府知事や東国原英夫・宮崎県知事など地方自治体の長、社会福祉や医療、消費者団体の代表など84人が、首相や関係閣僚にそれぞれの分野で意見を述べた。 「国会議員や役人だけでは、限界がある。ここはオールジャパンで英知を結集する場面だ」という首相の会合にかけた意気込みは、危機に対処する政治の姿勢として間違ってはいないと思う。 しかし、求められているのは、有識者から出された多様な意見や提案から、経済対策として実効性あるものを見いだし、いかに政策として実行するかではないだろうか。 会合を主宰した首相の決断と指導力が試される場面でもある。 首相は一方で、すでに与党に追加経済対策の検討を指示している。 各省庁も与党の求めに応じて具体的なメニューをそろえ始めている。 そこでは旧来型の大型公共事業による景気浮揚策が主流だ。 財政再建を棚上げしてでも、拠点空港や首都環状道路などの整備のほか、学校や橋の耐震化、電線地中化の促進などの事業が盛り込まれることになりそうだ。 一方の有識者会合では、医療・介護など社会保障分野での規制緩和と重点支出、雇用対策や人材開発、農業や環境・エネルギー、情報技術(IT)分野への積極投資を求める意見が目立った。 もちろん、地方からは活性化策として公共事業の必要性も出された。 しかし、主流は大型公共事業への財政出動よりも、環境やIT、農業など成長分野や社会保障分野などへの積極投資の方が、経済危機の克服に有効だとする考え方だ。 とりわけ税制や財源確保、雇用や人材開発、社会保障や環境などの分野では、旧来型の官僚の発想にないユニークな提案や知恵も続出した。 ここで出されたアイデアのすべてが、直ちに経済危機脱出に役立つとは思わないが、総選挙を意識した与党主導の景気浮揚策では見落とされかねない、不況下の経済財政運営のヒントが数多く含まれているはずだ。 首相がこれをどう生かすか。 与党内での調整力も試されている。 政権発足から半年。 「百家争鳴」のまま有効な不況脱出策が打ち出せないなら、麻生首相が目指す支持率低迷からの脱出も難しいと思う。
Mar 24, 2009
「ありがとう」の言葉に胸を打たれた人がいると思う。 神戸の病院で八年前、四歳の崚介(りょうすけ)ちゃんが小児がんのため亡くなった。 母きよみさんが献血への感謝をつづったメッセージが今月、日本赤十字社のチラシに転載され、兵庫県内で新聞に折り込まれた。 「おなか、痛い」と崚介ちゃんが訴えたとき、がんはもう全身に転移していた。 余命一カ月と告げられた闘病生活を献血が支える。 きよみさんは書く。 〈あの子は輸血されると元気になる事を知っていて「アンパンマンのエキスだ~」と言っていました〉。 崚介ちゃんはママに頼む。 「献血してくれた人にお礼を言って。僕は入院してて言えないから」 輸血が連日必要になる。 〈「足りないので待っていてください」と言われ、祈るような想(おも)いで待っていた事もありました〉。 県内の献血が少なく、県外から届く。 献血が、家族で過ごす十カ月の時間をくれた。 崚介ちゃんが息を引き取って一カ月半後、きよみさんは初めて外出する。 三宮の献血ルームへ。 献血し、備え付けのノートに胸のうちを書いた。 〈献血していただきました皆様(みなさま)になんてお礼を言ったらいいのか。ありがとう! ありがとう!〉 日赤が広報の冊子に全文を載せた。 反響があった。 インターネット上で話題になり、八年後の今でも転載が重ねられる。 県内では昨秋から輸血用血液の需要が増え、前年より5%増の月が続く。 高齢患者の増加が影響しているという。 日赤は、きよみさんのメッセージを初めてチラシに載せ、献血への協力を呼びかける。 この瞬間にも輸血を待つ人がいる、と。
Mar 23, 2009
このニュースが重なって見えるのは過去なのか未来なのか、考え込んでしまった。 入所者10人が命を落とすことになった、群馬県の老人施設「たまゆら」での火災だ。 この施設、ろくな消火設備も整えず、県にも無届けだった。 その上、入所者の大半が東京都墨田区の紹介で、区が出した保護費は施設が受け取っていたと聞けば、なんというところかと思いたくなる。 しかし裏返せば、そんな施設でも必要とされていたということだ。 カネを持たず行き場もなくなった老人を引き受けてくれるのは、そうした施設しかなかった。 行政にすれば、都合のいい存在だったのではないだろうか。 入所者にしても、設備が充実していない分、利用料は安くて済む。 家族と縁が切れ、縁もゆかりもない地での暮らしがもちろん快適なわけはないが、行き場がないよりはましだったのだろう。 そこで事故に巻き込まれた。 どこかで耳にした話ではないだろうか。 重なって見えるのは、こうした施設に身を寄せざるを得ない老人と、ネットカフェを泊まり歩く若者。 あるいは今回の火災と、昨秋、個室ビデオ店で16人が亡くなった火災。 若者の何十年か先の姿とも重なる。 いずれの火災も、施設のずさんさを問わないわけにはいかない。 その一方で、命を落とした人たちの無念の矛先が、施設だけに向けられているとも思えない。 今はただ冥福を祈るしかない。
Mar 23, 2009
「こころよく我にはたらく仕事あれ、それを仕遂げて死なんと思う」。 石川啄木の歌である。 貧しさの中で若くして亡くなった啄木だが、自分に合った仕事に就きたい、いい仕事をしたいという気持ちは人一倍強かったという。 この週末、各地から五百五十四人の腕きき職人が神戸に集まっている。 「全国技能グランプリ・兵庫」の開催だ。 三十一の職種で、こころよく働く人たちである。 きょうまで技を存分に競い合った。 観戦は自由だ。 その姿にぜひ触れてほしいと思った。 参加した大工職人はこう言った。 「お客さんの要望を実現すること。それが一番」。 旋盤の親方は「不況があり、外国との競争があり。そのたび、いかに品質を落とさずコストを切りつめるか知恵を絞ってきた」と振り返る。 どんなに難しい注文にもどんなに厳しい状況にも、創意工夫で対応する。 職人の技は懐が深い。 会場には小中学生の姿もある。 素材が次第に形を整え、製品になっていく様子を、目を輝かせて見つめる。 和食の料理人が、小学生にこんなことを言っていた。 「国語も算数も理科も社会もみんな、仕事に生きてくる。無駄な勉強なんて一つもないんだよ」。 啄木はこうも歌う。 「こころよき疲れなるかな、息もつかず仕事をしたる後(のち)のこの疲れ」。 ものづくりに限らず、懸命に働いた後は、とても気持ちがいいものだ。 そして、体の汚れは作業に打ち込んだ証しである。 「よごれたる、手を洗いし時のかすかなる満足が今日の満足なりき」。 これも啄木の歌だ。 疲れや汚れに、心地よさや満足を覚える。 働くことは生きることだと、つくづく実感する。
Mar 22, 2009
昨年2月、日教組が東京で開いた教育研究全国集会(教研集会)で、全体集会の会場予約を取り消すなどしたグランドプリンスホテル新高輪の関係者が、旅館業法違反の疑いで書類送検された。 送検されたのは、このホテルを経営するプリンスホテルの社長ら幹部4人で、警視庁は同時に、法人としてのプリンスホテルも書類送検した。 この問題では、一方的な契約破棄で、恒例だった教研集会初日の全体集会が史上初めて中止に追い込まれた。 ことは憲法で保障されている「集会の自由」や「言論の自由」にかかわる事態であり、決して許すことはできないと思う。 プリンスホテル側は宴会場の集会使用拒否と併せ、教研集会参加者向けにいったん契約していた約190室の宿泊予約も取り消していた。 今回の送検容疑は、その宿泊拒否に関してである。 社長らは任意調べで、正当な理由なく違法に宿泊を拒否したことを認めているという。 一方で、ホテル側は「日教組集会での宴会場利用を断った結果、宿泊も不要になると考えて宿泊も断った。宿泊を断ること自体を目的としていたわけではない」との談話を出した。 奇妙な弁明である。 百歩譲って、集会を拒み、宿泊だけは受け入れることもあり得たはずだ。 しかし、ホテル側はまず集会拒否の判断があり、本意ではなかったが宿泊も拒否したというのだ。 いずれにしろ、ホテル側が集会と宿泊を一体ととらえて契約を勝手に取り消した事実は消えない。 もともと大手ホテルが一度結んだ契約をトップ判断でいとも簡単に破棄したことが異例であり、警視庁も見過ごせなかったのではないだろうか。 今回、さらに見逃せないのは、社長らが拒否の理由を「右翼の街宣活動が来ることで、ほかのホテル利用者や周辺住民に多大な迷惑がかかるため」と一貫して述べていることだ。 東京地裁や東京高裁が日教組の仮処分申請を認め、会場を使用させるよう命じる決定を出しながら、最後まで従わなかった。 それも「右翼による混乱の恐れ」を理由にだ。 ここで思い起こすのは2003年11月、熊本県南小国町のホテル(廃業)がハンセン病療養所に入所する元患者たちの宿泊を拒否した事件である。 「ほかの宿泊者に感染の恐れがある」が理由だった。 熊本県が再三、元患者は治癒しており、医学的にも感染の可能性はあり得ないと説得しても、聞き入れなかった。 ホテルの元社長らは旅館業法違反罪で罰金刑を受けた。 ハンセン病への偏見の根深さとともに、宿泊拒否自体が偏見を助長した罪深さを忘れてはならない。 今回の対応も同様だ。 一部にしろ、日教組やその集会を偏見視する風潮がいまだにある。 司法判断を無視した確信犯的な「拒否」は、結果的にその偏見を社会に広めたのではないか。 そのこともプリンスホテルは重く反省すべきだろう。
Mar 22, 2009
「春告魚(はるつげうお)」と書くニシンは、マイワシによく似ている。 長く不漁が続いた北の大地も、今年は半世紀ぶりの豊漁で、春を告げる群れに沸いている。 身近な春の魚で思い浮かべるのは、メバルである。 「眼張」または「目張」と書くように、ギョロッとした目が張り出している。 タケノコや木の芽のころによくとれ、関西では「タケノコメバル」とも呼ぶ。 いくつか辞書を引いてみると、決まってこう書かれていた。「美味」。 昨日は春分の日。 祝日を定める法律には「自然をたたえ生物をいつくしむ日」とある。 これから夏至に向かって夜が短くなっていく。 いつくしむように春の食材を味わい、夜の星空をたたえたいものだ。 北の空に輝く北斗七星を見つけたら、かに座、うみへび座、おとめ座と、ぐるっと見渡してみるのもいいのではないだろうか。 その天空では一昨日、国際宇宙ステーションに滞在中の若田光一さんが本格的な作業を始めた。 宇宙飛行三回目のベテランらしい、落ち着いた表情の映像が届く。 早速ロボットアームの不具合を見つける「ファインプレー」も飛び出した。 開設されたブログの書き込みを楽しみに待つとしよう。 地上に目を転じると、この島国では、経済対策の論議で騒がしい。 今週は、麻生首相が言うところの「オールジャパン」が始動した。 各界の第一人者を集めた総勢八十三人の有識者会合である。 さて、ぐっと大きく目を見張るような対策で、高らかに春を告げることができるか。 春分は彼岸の中日でもある。 どんなに厳しくつらくても、冬は必ず春へと移っていく。
Mar 21, 2009
県産米の米粉を使った商品の開発が活発となっている。 すっかり定番となったパンやめんにもうひと手間かけたり、若者にも浸透させようとスイーツを売り出したりといった動きが県内各地で見られる。 家庭向けのレシピも充実してきているようだ。 米粉は全国的にも注目株となっている。 県産米の消費拡大につなげ、全国に通用する名物商品も生み出して欲しい。 「米穀の新用途への利用の促進に関する法律案」が今国会に提出されている。 米粉を使ったパンなどの製造業者とコメの生産者が共同で事業計画を作成し、政府から認定されれば、所得税や法人税軽減の特例措置などを受けられる内容となっている。 日本は食糧用小麦の約九割を輸入に頼っており、代替として期待される米粉向けのコメや飼料用米の増産を促したい考えだ。 農林水産省は、この二年間でパンや菓子、めんといった米粉食品への認知度、関心度がともに高まっているとの調査結果が出ていることから、消費拡大の可能性は大いにあるとみる。 大手コンビニなどでも商品開発が活発となっており、普及を後押ししている。 実際、パンなどへの原料米の使用量は大きく伸びており、農水省のまとめでは平成十五年度の千トンに対し、十九年度は六千トンとなった。 米粉パンを学校給食に取り入れている学校は十五年度の約二千校から、十九年度は約八千校へと増えている。 需要をさらに伸ばすためには、味や食感、価格が鍵となりそうだ。 同省などの消費者ニーズ調査では、米粉製品に対しては好意的な意見が多数を占めるものの、今後は購入しないとする人も一部いるが、その多くが味や価格の高さを挙げている。 しかし、商品開発が活発となっているのは心強いと思う。 米粉めん「汁なし担々麺(たんたんめん)」(JAみな穂)、伯爵(はくしゃく)カボチャと米粉を使ったパンとクレープ(JAとなみ野)など、いかにもおいしそうな商品が編み出されている。 JA氷見市などは特産のハトムギと低タンパク米「春陽」の玄米粉を一緒に使ったオリジナル商品開発を進めている。 ほかにもロールケーキやどら焼きなど「多士済々」である。 小麦アレルギーの人でも安心して食べられる利点があるほか、家庭で気軽に作れそうなメニューをJAの女性グループなどが積極的に研究している。 きっかけがなく、米粉を使った食品を食べたことがない人はまだ多いと思う。 県内の米粉商品や料理を一堂に集めたフェアやコンテストなどをもっと活発に企画し、需要を掘り起こしていけば良いと思う。 価格面では、農家のやる気を引き出す国の一層の支援が必要だろう。 飼料米・米粉米の栽培促進のため新年度に十アール当たり五万五千円の助成制度が設けられるが、これでは採算が合うはずがないとの指摘が早くもされている。 農水省が目指す「水田のフル活用」を進めるためにも、さらに戦略を練って欲しい。
Mar 21, 2009
悲しき受験生とイチロー選手の背中が重なった。 不振を極めるWBCで、とうとう送りバントまで失敗した。 「ほぼ折れかけていた心がさらに折れ」、霧の中を肩を落として引き揚げる姿は、哀れを誘った。 しかし分からないものだ。 次の打席で執念のヒットを放つ。 その次は大きな三塁打。 久々の快音に、チームやファンはどれだけ安堵しただろう。 監督が彼を見限らず救いの手を差し伸べ続けたことが、運をたぐり寄せた。 実のところ、この大会自体も救済で成り立っている。 ダブル・エリミネーション方式という変則トーナメントのことだ。 一発勝負の高校野球と違い、一度負けても次がある。 柔道の敗者復活戦とも違い、負けても金メダルが狙える。 リーグ戦のような消化試合を生まず、しかもそれなりの試合数が確保できる点が、ビジネス向きではある。 だがそれだけだろうか。 どんなに強くても負けることはある。 負けたら再挑戦すればいい。 そんな哲学も垣間見える。 本当は米国のためだったのかもしれないが、そんな仕組みがあって日本は金メダルを狙える位置に復活できた。 再挑戦を受け入れる監督がいて、イチロー選手とチームに光が差した。 もちろん当事者の前向きさは欠かせない。 これが人生なら、再挑戦の機会はもっとあるし、あるべきだ。 一つの道に行き詰まっても、幸福への迂(う)回路はいくらでも作れる。 絶好調の一流打者でも六割以上は失敗している。 入試の失敗くらい、取り戻せないはずはない。
Mar 20, 2009
旋盤、機械組み立て、印章、表具…。 三十一職種の約五百五十人が日本一をかけて競い合う「全国技能グランプリ・兵庫」がきょう神戸で開幕する。 製造業を足元でがっちり支えるのが、こうした熟練の技である。 深刻な不況下だからこそ、丁寧な作業を見詰めることに意味がある。 日本の強みである「ものづくり」の大切さを再確認する機会になるはずだと思う。 技能グランプリは熟練の技能士たちの大会である。 同趣旨のものとして技能五輪があるが、これは二十三歳以下を対象とする。 グランプリにはそうした制限はない。 「無差別級」の大会といえる。 二十五回目となる今大会の選手と職種の数はいずれも過去最多だ。 「ものづくり立県・兵庫」にふさわしい規模になった。 開催の意義はいくつもある。 ものづくりは経済の基本中の基本とはいえ、製品ができるまでのプロセスはブラックボックスの中にある。 微細な部品の加工、組み立て、塗装…。 いずれも高い技能が求められるが、私たちの目に触れる機会は意外に少ない。 グランプリでは、第一線の職人の作業を通じて、製造業の基本工程をうかがうことができる。 ものづくりに対して若い世代の興味が深まれば、技能の継承につながっていくだろう。 地元開催を子どもや若者たちが職人の技に触れる機会にしたい。 重厚長大の大企業から、暮らしに密着した中堅・中小企業、地場産業に至るまで、兵庫県のものづくり産業の集積は相当なものだ。 しかし、団塊世代の大量退職や後継者難などで、先行きは決して明るいとはいえない。 今後、現在の分厚い集積をどう発展させていくか。 地域経済の未来を左右する重要な課題である。 いま、中学生に優れた技能を体験してもらうために、技能者が学校をまわる「キャラバン隊」が活動している。 さらに、人材育成や学習の機能がそろう「ものづくり大学校」(仮称)も姫路に整備される。 知恵を形に変え、価値を生みだす。 これこそがものづくりの本質だ。 大切なのは「ひとづくり」である。 多くの企業が基礎教育に力を入れているのは、技能を継承し、発展させるためにほかならない。 どこにもない画期的な製品は一朝一夕には生まれない。 斬新な発想、形にできる技術力など、いくつもの条件が必要だ。 グランプリ会場に足を運び、地域経済の底力を感じ取ってほしいと思う。
Mar 20, 2009
作家の林望さんによれば、日本人の観光は少しせわしすぎるそうだ。 言われてみれば、どこか旅行に出掛けても分刻みのスケジュールで移動していたりする。 異国では何もしないでゆったり過ごす旅行こそ大人の楽しみとされているそうだ。 でも、根っからの貧乏性か欲張りなのか空いた時間をもったいなく感じてしまうのは私だけだろうか。 自由行動とあってもオプショナルツアーに参加し、あれもこれもと見て回り自分で忙しくさせてしまう。 日本人宇宙飛行士の若田光一さんがきのうから、国際宇宙ステーションでの長期滞在に入った。 滞在は約三カ月半に及ぶというから、ゆったりとしたスケジュールかと思いきや、こちらも結構忙しい。 カエルの細胞を使った科学実験などは、スペースシャトル搭乗時から既に始まっている。 今後も実験用物資の移送や太陽電池の展開など作業が連日続くほか、自らが「実験台」となった骨粗しょう症薬の検証や被ばく量の測定などにも目を配らなければならない。 「宇宙では目薬をどうやってさす?」といった一般公募のおもしろ実験も予定されているようだ。 もっとも若田さんの旅は観光ではなく、宇宙開発という重要な任務を帯びている。 多大な費用がかかっているのも事実で、盛りだくさんの任務も仕方ないと思う。 宇宙旅行が何もしないでゆったり過ごせる楽しみとなる日は、遠い未来のことのように思える。
Mar 19, 2009
急激な景気後退を受け、県内企業が四月入社の新卒内定者を雇用調整のため自宅待機にする動きが広がり、労働局や県によると、三月十三日現在、対象者は高校生、大学生ら百七人に上っている。 背景には、景気後退に伴い製造業を中心に各企業の受注が大幅に減っていることがある。 対象となった学生らの不安を拡大させないため、できる限り待機期間を短縮することが必要だと思う。 景気悪化により輸出不振が深刻化し、自動車部品、機械メーカーを中心に大幅な減産が迫られ、人員が過剰になっている。 このため、企業は人件費削減を狙いに、四月採用の内定者を自宅待機としたのである。 自宅待機期間は四月からの三~六カ月間。 期間中は休業手当として基本給の六割程度を支給する。 受注が早期に回復すれば待機期間を短縮する考えだが、逆に、先行き不透明な状況が長期化すれば、延長される可能性もある。 自宅待機は、本人に十分な説明をして理解を得るなどの手続きを経た上で行うことが可能で、法律違反には当たらない。 このため、労働局は企業に待機期間の短縮や待機期間中の休業手当の上積みを求めているものの、強制は求めていない。 しかし、希望を胸に抱き、社会人としての第一歩を踏み出そうとした矢先に、自宅待機を強いられる学生、生徒が受けたショックは大きいと思う。 企業には待機期間をできるだけ短縮する努力が求められる。 自宅待機者の不安を軽減する取り組みも必要だ。 県教委は各高校に相談体制を強化するよう求めた。 一部の高校では、工業技術系の部活動を手伝ってもらうなどして、生徒が身に付けた技術を維持することを検討している。 ものづくりの技術を蓄積してきた県内企業にとっては、待機期間を「新入社員の育成期間」と、とらえることも可能ではないだろうか。 休業手当を支給しつつ研修を実施するなど、待機者のモチベーションを維持する取り組みを進めてほしい。 昨年秋以来、雇用情勢が悪化し、派遣社員、期間従業員ら非正規労働者の雇用契約打ち切りが相次いだ。 今年に入って内定者を自宅待機とするだけでなく、内定者を対象にした給与カットや時給制への変更など労働条件の切り下げに踏み切る動きが広がってきた。 定年延長が打ち切られ、高齢労働者が職を失うケースも相次いでいる。 人件費削減のしわ寄せが、非正規労働者から正社員に波及し、雇用不安が一層拡大していくことが危ぐされる。 「百年に一度」とも形容される世界同時不況の中、大幅な減産を迫られる企業側の苦しい事情も理解できる。 しかし、雇用不安が深刻化すれば個人消費が停滞し、企業の売り上げ減として跳ね返ってくる。 悪循環を断ち切るには、雇用を維持することが不可欠だ。 輸出頼みの経済構造を内需主導型に転換することが、景気対策の要の一つだ。 景気を上向かせるためにも国は早急に雇用対策を優先課題として取り組む必要があると思う。 社員の雇用維持に努める企業への助成金拡大など、支援策のさらなる充実が必要ではないだろうか。
Mar 19, 2009
春本番のような陽気に誘われて九州などから記録的に早い桜開花の知らせが届いている。 神戸の開花予想は二十六日。 月末には花見ができるかもしれない。 落語「長屋の花見」では、大家が貧乏長屋の店子(たなこ)を花見に呼び出す。 急に呼ばれた店子らは家賃の催促では、とおたおたする。 「おやじが遺言でこういった。『おまえの代になっても店賃(たなちん)を払うような大それた了見は起こしてくれるな』と」 「ご近所が出してないのにうちが払っては面目が立たねえ」 こんな店子を花見に誘う大家はよほど寛容だったのだろう。 江戸時代の大家は地主に代わって長屋に住んでいた。 「大家といえば親も同然、店子といえば子も同然」の言葉もある。 緊密な関係だったらしい。 貧しくても人情味ある世界の話は笑って聞くことができる。 最近耳にする「追い出し屋」はその正反対の世界の話だ。 短期間の家賃滞納で入居者を住宅から閉め出してしまう。 部屋の鍵を無断で付け替える、家財道具を勝手に処分するなどのケースもあるという。 敷金・礼金のいらない「ゼロゼロ物件」と呼ばれる賃貸住宅でのトラブルが多いらしい。 借り手の多くは非正規労働者で、まとまったお金がなくても入居できるが、滞納は容赦しない。 この落語に出てくる「戸なし長屋」。 戸まで焚(た)き物にしたが、取られる物もなく泥棒の心配は無用、と貧乏暮らしを笑いとばす。 一方、滞納者が入れないようドアをロックする現代の追い出し屋は背筋が寒くなる話だ。 派遣切りや追い出し屋。 こんな言葉が飛び交う世相では、落語のネタも生まれそうにない。
Mar 18, 2009
準大手ゼネコンの西松建設の巨額献金事件で、「政治とカネ」の問題があらためて浮かび上がっている。 小沢一郎民主党代表の公設秘書が政治資金規正法違反の容疑で東京地検特捜部に逮捕されて、2週間が経過した。 小沢氏は、きのうの記者会見で自らの進退について「検察当局の結論が出た時に判断したい」と述べたが、「潔白」を主張する基本的な姿勢は崩していない。 その一方で、東北地方の公共事業受注に大きな影響力を持つとされる小沢氏側と、西松建設を含むゼネコン業界との疑惑を指摘する記事やニュースが連日のように報道されている。 国会はハチの巣をつついたような大騒ぎになるかと思ったら、なぜか奇妙な静寂に包まれている。 西松建設の「疑惑のカネ」は、政治献金や政治資金集めのパーティー券購入を通じて、与野党の国会議員や政治団体にばらまかれているからだ。 へたに追及すると、返り血を浴びかねない。 そんな萎縮(いしゅく)した雰囲気が自民党にも民主党にも、まん延しているという。 参院予算委員会の審議でも「政治とカネ」は論戦の焦点とならず、腰が引けている。 質疑の持ち時間が短い共産党や社民党は熱心に取り上げるのに、肝心の二大政党が及び腰とはいかがなものか。 西松建設の事件は捜査中であり、不用意な言及は避けたいという議員心理は理解できないでもない。 しかし、「検察の捜査待ち」で政界が沈黙しているのは見過ごせない。 政治の自浄能力が問われていることを厳しく認識すべきである。 さすがに、このままではまずいと判断したのだろうか。 民主党は政治資金規正法の改正に向けた党内論議を始めることにした。 公共事業を受注した企業からの献金を禁止する方向で検討するという。 「公共事業受注企業からの献金禁止」は目新しい提案ではない。 菅直人代表で臨んだ2003年衆院選でマニフェスト(政権公約)に掲げ、岡田克也氏が代表だった04年参院選と05年衆院選でも同様の主張をしていたからだ。 小沢氏はきのうの会見で、企業・団体献金の規制に関連して「禁止するならば、全面的に禁止すべきだ」と述べたが、公共事業受注企業の分別は不可能だとの認識も示した。 実際、公共事業受注企業とは何かという定義や線引きも難しい。 政府の公共調達まで含めると、規制の対象は事務用品の納入業者にも及ぶ。 とはいえ、決して解答が出せない問題でもないはずだ。 今回の事件を教訓にするのであれば、ゼネコンを頂点とする業者と、公共事業、政治献金で形成される政官業のトライアングルに切り込み、その「絶縁」へ踏み込むべきではないだろうか。 自浄能力があるのなら、党利党略を度外視して、超党派で政治資金の透明化へ取り組むときである。
Mar 18, 2009
郷ひろみさんの「あ・ち・ち・あ・ち」の歌声が街中にあふれたのは、十年前のことだ。 米国で流行した歌に日本語の歌詞を付けた。 原曲を歌ったのはリッキー・マーティンさん。 この曲で、念願の全米デビューを果たした。 母国はスペイン語で「美しい港」を意味するプエルトリコだ。 今、野球の世界大会WBCで米国に大勝し、大騒ぎとなっている。 もともと野球の盛んな国だが、国内のリーグは財政難で休止に追い込まれ、ようやく再開にこぎ着けたばかりだ。 今回のWBCのチームは米大リーグで活躍する選手が多く、ここまで負けなし。 一方、まさかの大敗を喫した米国選手は「屈辱的だ」と唇をかみしめた。 盛り上がりといえばこちらの「あちち」も負けていない。 きのう、キューバに完封勝ちした日本だ。 V2を目指して、二万人のファンが現地スタジアムを埋めた。 試合では、こつこつとつなぐ打線がよかった。 ヒット十二本のうち、十一本が単打である。 投打がかみ合う。 その手本のような試合だった。 同じ短期決戦でも、変則的なWBCと違って、日本の高校野球は負けたら終わりである。 その甲子園で、監督就任から三十年かかって初優勝を遂げた徳島・池田高校の蔦監督がかつて言っていた。 「負けることにも、それなりの味わいがある」。 負けを知って強さを得る。 そして次の勝ちが見えてくる。 WBCでは、これから米国もキューバも巻き返してくるだろう。 何せ、すさまじい強力打線である。 しかし日本の投手陣が、そう簡単に炎上するとは思えない。 期間はあと一週間。 しばらく目が離せない。
Mar 17, 2009
宇宙飛行士、若田光一さんを乗せた米スペースシャトル「ディスカバリー」が、きのう宇宙へ飛び立った。 地上から四百キロ上空の国際宇宙ステーション(ISS)に日本の実験棟「きぼう」を完成させるのが最大の任務だ。 若田さんは日本人で初めて宇宙に長期滞在する。 ISSに念願だった自前の施設を持つことで、日本は宇宙開発の新しい一歩を踏み出せる。 「きぼう」の建設作業は昨年、土井隆雄さん、星出彰彦さんが、それぞれ船内保管室と船内実験室を組み立てており、三度目となる。 今回は宇宙空間で各種実験や観測をする船外実験プラットホームを運んで組み立て、一連の作業を終える。 若田さんは米国、ロシアの飛行士と三人で約三カ月半生活する。 「きぼう」の保守や整備のほか、無重力を利用した宇宙実験も行う。 「きぼう」の船内実験室は直径四メートル余り、長さ約十一メートル。 各国の施設の中でもコンパクトで機能性に富んでおり、大きな成果を期待したい。 重力のない空間では、地上の常識は当てはまらない。 例えば、植物が地中に根を下ろすのは、地球に重力があるからだ。 宇宙に長期滞在した飛行士の筋肉や骨量が減ることもわかっているが、それはなぜか。 若田さんは、その謎の解明にも当たる。 地上の骨粗しょう症薬が宇宙で効果があるか、自ら服用して確かめるという。 これまで宇宙は、特殊な訓練を受けた人しか活躍の場がなかった。 しかし、居住環境が整えば、普通の人でもチャレンジできるようになり、より高度な実験や多彩な研究への期待も膨らむ。 宇宙が今以上に身近な存在になる可能性がある。 ただ、そうなるためには宇宙に物を送る日本のロケット技術や採算性をさらに高める必要がある。 米国のISS計画への展望が不透明なだけになおさらだ。 日本がISSに参加し、自前の実験棟を持つのに二十年以上もかかったのは、米国依存があまりにも強かったからだ。 米国の宇宙計画の変更や事故で、たびたび打ち上げ延期になり、経費負担が当初計画より大幅に増えたのもそのためである。 「きぼう」の維持管理には毎年、数百億円の費用が必要になる。 費用対効果を明らかにし、宇宙開発に対する国民の理解を得る努力が、もっと求められる。 宇宙開発の新たな時代を見据えた政府の説明責任が、いっそう重要になるだろう。
Mar 17, 2009
卒業や転勤など春は別れの季節だ。 とともに、新たな舞台へと踏み出す「ハレの季節」でもある。 デビューの春を待ちわびている人は多いだろう。 姫路沖の家島本島で、女性を中心につくるNPO法人「いえしま」の面々が、そうだ。 ただし、世に送り出したいのは数枚のポスター。 まだ兵庫県内では、どこにも掲示されたことがない。 いずれもモノクロで味わいがある。 その一枚。 かっぽう着姿の女性がサバを手にして立ち、「素手でサバを〆(しめ)ます」のコピーがつく。 島の女性なら、珍しくない作業という。 漁師が漁船で座ってくつろぐ写真には「獲物を待つ時間あります」。 豊かな資源に包まれた島では慌てず騒がず、たえずゆったりとした時間が流れる。 手作りのコピーがなかなか読ませる。 ポスターは昨年秋、東京であった全国の離島の祭典「アイランダー2008」向けに作成された。 飾らない、普段着姿の島の人たちの表情が注目を集めた。 そんな話が伝わり、ポスターを見たい、掲示したいという要望が相次いだ。 NPOには鉄工所やスポーツ店、電器店などの奥さんたちが加わる。 不況は採石業が多い家島も襲い、高齢化と過疎化という離島共通の悩みも抱える。 「島の魅力をもっとアピールしないと、島がすたれる」。 魚の煮付けを真空パックにして販売したり、魚の出前料理教室を開いたりと、アイデアを重ねてきた。 その一環で作ったポスターが思わぬ評判を呼び、近く姫路市内で紹介される予定だそうだ。 女性たちの素顔と熱意が広く伝われば、島に春を呼び込むきっかけになるかもしれない。
Mar 16, 2009
妻や親の介護を夫や息子が担うケースが増えてきた。 厚生労働省の調査によると、同居の家族を介護している男性の割合は二〇〇七年で28%に上っている。 介護に主体的にかかわろうとする男性が増えたのなら、歓迎すべきだろう。 しかし、現実はそうとはいえない。 負担を感じて孤立しがちだ。 増加の背景にあるのは高齢化や核家族化だけではない。 独身男性が増えて、年老いた親の世話に携わることが多くなった。 介護者は家族の世話に追われ、家に閉じこもりがちだが、男性の場合は女性に比べて、よりその傾向が強い。 介助や家事にあまり慣れていない上、仕事中心の生活で地域とのかかわりが薄く、悩みがあってもじっと抱えたまま、孤立しやすい。 仕事と介護の両立がうまくいかず、離職に追い込まれる例もある。 介護者の高齢化も進んでいる。 介護にあたっている男性の約四割を、七十歳以上が占める。 高齢の夫が、高齢の妻らを介護する「老老介護」だ。 介護が長期化すれば、共倒れになりかねない。 懸命に妻や親を介護していた男性が、ストレスから虐待に及ぶケースも目立ってきている。 先の見えない将来を悲観して殺人や心中などの事件につながることも少なくない。 厚労省の〇七年度の高齢者虐待調査では、加害者の41%が息子、16%が夫だった。 介護放棄や虐待が原因で死亡に至った事例は二十七件あり、うち十九件は男性が加害者になっていた。 男性は、周囲に弱音を吐いたり、頼ったりすることを避けがちだ。 周囲がいち早く気付いて対応していれば、悲劇を救うことができたケースもあるとみられる。 そうした事態を視野に入れた対策を急ぐべきだ。 こうした現状を改善しようとの動きも出てきた。 互いに悩みを共有し、支え合っていこうと、「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」が今月、京都で発足した。 兵庫県からの参加者もいた。 情報交換しながら、男性介護ならではの実態、問題をあぶり出す。 介護保険制度を男性が利用しやすいよう見直しを求めることも検討する。 今後、老老介護、男性介護の割合はさらに高くなっていくとみられる。 行政は男性介護者に介護サービスの利用を促すなど、積極的に働きかける必要がある。 同時に地域での支援も欠かせない。 男性介護者を孤立させないよう、支え合いのネットワークをもっと広げていって欲しい。
Mar 16, 2009
年齢を重ねても元気で過ごしたい。 誰もがそう願っていると思う。 専門家によると、高齢者の健康のポイントは「免疫力」を維持することだという。 病原菌やウイルス、悪性細胞などが体内に侵入・発生したと認識すると、異物を排除して身を守ろうとする力である。 では、どうすれば維持できるのか。 東京で先日開かれた「免疫と健康フォーラム」(免疫抗体食品研究協会主催)では、九州大名誉教授の野本亀久雄さん、同大副学長の吉開泰信さん、医師で落語家でもある立川らく朝さんが、老後をすこやかに暮らすための知恵を紹介した。 加齢とともに免疫力は低下していくが、高齢者でも日常生活に支障はない。 問題なのは、体がダメージを受けて免疫力がダウンしたときだ。 回復が遅いお年寄りは、肺炎などになりやすくなる。 そして最も免疫力を低下させる原因がストレスだ。 ストレスを防ぐために、野本さんは「必要以上に責任感と義務感を持たないこと」とアドバイスする。 かつて日本移植学会理事長として臓器移植法施行に尽力した野本さんもストレスに悩まされたが、七十歳を超えた今は、気分転換と「笑うこと」を心がけている。 笑うと横隔膜が上下して副交感神経が刺激され、血行促進や緊張を解きほぐす効果があるとされる。 ちなみに「うそ笑い」でも一定の効果がある。 楽天的に考え、大いに笑うことが長生きの秘訣(ひけつ)と言える。 しかし、なかなか心から笑えない時代でもある。 「そんなときは私の落語で無理にでも笑って下さい」と、らく朝さん。 破顔一笑で冷え込んだ景気も解きほぐしたいものだ。
Mar 15, 2009
卒業証書は授業料と引き換えなのか。 そう思わざるを得ない出来事が起こった。 授業料の滞納を理由に、卒業式に出席させない。 出席しても卒業証書を渡さない、あるいは、いったん授与して式の後で回収する。 公立、私立を問わず高校でこんな事態が起きていることが、相次いで発覚している。 なかには、校印を押していない証書を渡した学校もある。 島根県の県立高校8校では、式の前に「授業料を滞納している生徒に卒業証書を渡さない」と文書で保護者に通告していた。 回収などの動きは山梨、山口各県でもあり、九州では福岡市の市立2校、佐賀県の県立2校と私立3校、長崎県の私立3校などで表面化している。 佐賀県の県立校の場合、保護者から3月中に滞納分を納めるとの約束を取り付けたうえで、生徒から証書を回収していた。 福岡市の市立校は発覚後、市教委に「保護者に納入を再三、要請した。 連絡が取れなくなるのを防ぐためであり、やむを得なかった」と報告したという。 卒業自体は認めるケースが大半のようであり、各校とも「苦渋の判断だった」と異口同音に語る。 「私立校は授業料で経営が成り立っている」(長崎県学事文書課)と理解を示す見解もある。 しかし、新しい門出の証しである晴れの証書を取り上げたり、与えなかったりする措置が教育的と言えるのだろうか。 公立、私立の区別なく、必要単位を取得して「校長は全課程を修了したと認めた者には卒業証書を授与しなければならない」とする学校教育法施行規則を持ち出すまでもないと思う。 卒業時も未成年であり、「滞納は生徒本人の責任ではない」と心中を吐露する校長もいる。 共同通信の昨年春の調査では、都道府県立高校の授業料か入学金を滞納した生徒は2006年度で延べ約8000人いた。 小中学校の給食費滞納と同様に「払えるのに払わない」という保護者のモラル低下も指摘されるが、背景の1つに家庭の経済事情があるのは推測できる。 日本私立中学高等学校連合会が昨年12月末時点で調べたところ、私立高校で授業料を滞納している生徒が2万4490人に上った。 昨年3月末時点では7827人だ。 わずか9カ月で3倍以上増えており、不況の深刻化が影を落としていると考えざるを得ない。 公立校の場合、滞納期間に応じて出席停止や退学勧告、さらには法的手段を講じる手続きを決めている県もある。 私立校も独自の徴収対策を持つ。 義務教育でない以上、保護者は授業料を納める責任があり、そうした処置もあり得る。 一方で、生活保護を受けるなど経済的な困窮世帯には授業料減免や奨学金制度がある。 周知をもっと図るべきだろう。 同時に、学校と自治体は連携して滞納の実態を把握し、生徒の身になって早めにきめ細かく指導する必要がある。 「卒業の春」は祝福で迎えて欲しいと思う。
Mar 15, 2009
往年の人気歌手ナット・キング・コールが甘い声で歌う。 「笑ってごらん。苦しいとき傷ついたとき、雲が立ちこめたとき。笑顔でいれば、きっと切り抜けられる」。 名曲「スマイル」だ。 笑顔といえば、忘れられない一枚がある。 キューバの革命家チェ・ゲバラの人懐っこい表情を写したものだ。 この冬、彼の生涯を描いた映画が相次ぎ上映されて話題になったが、写真の中の革命家は、はにかむように笑う。 どんな苦境もきっと切り抜けられるさ。 そう語りかけてくるような笑顔だった。 最近の笑顔といえば、この「人」だろう。 大阪の道頓堀川で引き上げられたカーネル・サンダースの人形である。 二十四年前阪神ファンに投げ込まれたまま行方が分からず、タイガースが日本一になれない「のろい」の主とされてきた。 川から上がったその顔は黒く変色していたが、優しい笑顔だった。 作家の宮本輝さんは小説「道頓堀川」で川の表情をこう描写する。 昼は「墨汁のような色をたたえてねっとりと淀(よど)む巨大な泥溝(でいこう)」。 一方、ネオンが輝く夜は「実像から無数の生あるものを奪い取る黯(くろ)い鏡」と化す。 その川の底から、サンダースの人形は川面を見つめ続けた。 現場は大騒ぎとなった。 上空を取材ヘリが飛び交う。 救出劇は海外でも報じられた。 阪神ファンという第一発見者の男性のコメントが印象に残る。 「使命を果たした気分です」 この二十四年間、関西は元気がなかった。 のろいが解けた今、阪神日本一とともに関西の浮上を願わずにいられない。 「きっと切り抜けられる」。 人形の笑顔がそう告げているようだ。
Mar 14, 2009
日本にとどまることが許されるか、強制送還しかないのか。 動向が注目された埼玉県蕨市のフィリピン人親子三人について、結論がでた。 両親は近く本国に帰り、中学生の長女は日本に残る。 親がこうした意向を表明し、法務省と東京入管は受け入れることにした。 住み慣れた日本で三人で暮らすという一家の願いは実らなかった。 日本語しか話せない長女が引き続き日本で学ぶことができるのは、せめてもの救いだ。 今後、離れ離れになる親子がたびたび会えるよう、国に十分な配慮をお願いしたい。 両親は十五年以上も前に、偽造旅券を使って日本に入国した。 長女は日本で生まれ、日本で育った。 二〇〇六年に母親が出入国管理法違反容疑で逮捕され、一家は強制退去命令を受けた。 命令取り消しを求める訴訟は最高裁で敗訴が確定している。 法の公平や法順守の立場からいえば、退去命令はやむを得なかったといえる。 ただ、不法滞在とはいえ、一家は地域社会に解け込んでまじめに暮らしてきた。 長年過ごした国で家族ともども住み続けたいとの願いを聞き入れる道はないのだろうか。 今回、突きつけた問題はそれだ。 日本が批准する児童の権利条約には、子どもが両親の意思に反して「父母から分離されない」ことを求める規定がある。 日本の解釈は定まっていないとの指摘があり、国連の児童権利委員会が懸念を表明した経緯もある。 子どもの人権には慎重な配慮が要るということだ。 この点に照らせば、国による一連の対応は杓子(しゃくし)定規にすぎたのではないだろうか。 家族には、関東地方に住む親族がおり、長女だけ日本に残っても養育・保護は可能との判断が働いたようだ。 通常、強制退去の後は再入国が制限されるが、法務省は両親が自発的に帰国すれば面会のための入国は認めると表明している。 強制退去に当てはまる場合でも、特例として法相が在留を認めることがある。 今回は形の上では適用例かと思われたが、そうならなかった。 違法滞在が発覚した後の訴訟など、一家の対応に問題があったためとされるが、今後も起こりうるケースだ。 親子を切り離す十分な理由といえるのかどうか、なお議論の余地を残す。 国内では親が強制退去になり、子どもだけが残された例は多くある。 国際基準を考えると問題は小さくない。 比人家族の事例も踏まえ、検討を進める必要があるのではないだろうか。
Mar 14, 2009
阪神タイガースファンにとって、昨シーズンは悔しさに身をよじりたくなる終盤の失速だった。 セ・リーグのペナントレースで、ぶっちぎりの優勝を飾ると予想していたのに、夏場以降は勢いが失せ2位に甘んじた。 逆に読売ジャイアンツファンには、こたえられない展開だった。 何しろ独走態勢の宿敵タイガースを引きずりおろし、逆転優勝で日本シリーズに進出したのだから、快哉を叫びたい気持ちだったろう。 タイガースは最高の助っ人と称されたランディ・バース選手を擁し1985年、21年ぶりにリーグ優勝を果たした。 その年、バース選手は三冠王に輝く大活躍でチームを引っ張った。 しかし、その後は長い低迷が続いた。 今シーズンは「夢よ再び」の期待がファンを熱くしそうだ。 85年の優勝時、ファンがバース選手に似ているとして胴上げをして道頓堀川に投げ込んだケンタッキーフライドチキンの「カーネル・サンダース」像が引き揚げられたのだ。 ファンの間では低迷の原因は、川に沈んだ「カーネル・サンダースの呪い」とまことしやかに伝わっていた。 その呪いが解けたと気の早いファンを喜ばせている。 24年ぶりに引き揚げられた像は、水も滴る笑顔を見せた。 さて、プロ野球はワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の第二ラウンドが米サンディエゴで始まる。 それが終わると、4月3日からいよいよセ・パ両リーグ公式戦が開幕する。
Mar 13, 2009
働きたいのに子どもを預かってくれる保育所がない。 新年度を前に、そんな悩みを抱える親が多いのではないだろうか。 認可保育所への入所待ちをする「待機児童」が一向に減らないのである。 厚生労働省によると、昨年十月現在で全国で四万百八十四人に上り、年度当初のほぼ二倍になった。 前年同期より約四千人増えた。 とくに都市部で深刻な状況にある。 同じ時期、兵庫県内では千四百二十九人を数えた。 うち七割以上が神戸市と西宮市だ。 毎年、年度が替わる時には定員に空きが出て、ある程度解消されるが、それでも昨年は七百七十人が入所できなかったそうだ。 待機解消のため、国や自治体は保育所を増設したり、認可要件を緩和したりしてきた。 二〇〇三年から五年間で定員を約十三万人増やし、〇三年をピークに四年連続で減少させた。 しかし、この間に減ったのは約七千人で、待機解消には至らなかった。 出産後も働く女性が増えてきたことが大きな理由とされる。 最近は景気の悪化で仕事を求める母親が多い。 保育所を増やすと、また新たな需要を呼び起こす傾向は否定できないが、「待機」を理由に仕事をあきらめざるを得ない環境は改善されて当然だ。 女性の労働力が欠かせない現実を考えれば、ニーズに合わせた整備を急ぐ必要があるのではないだろうか。 待機児童の解消は、少子化の歯止めにつながると思う。 放置すれば、子どもを持とうとする親の数がさらに減り、経済などあらゆる分野に深刻な影響を及ぼすと思う。 社会保障の危機にもつながりかねない。 そうした悪循環を断ち切る有効な手段を早く見つけるのが大事ではないだろうか。 政府は昨年、向こう十年間の目標や施策を盛り込んだ「新待機児童ゼロ作戦」を打ち出した。 幼稚園と保育所を一元化する認定こども園の設置や、事業所内保育所への助成、家庭で少人数の子どもを預かる家庭的保育事業(保育ママ)といった受け皿づくりだ。 さらに先日、賃貸物件を利用して認可保育所を開設する際の補助金支給など緊急対策の導入も決めた。 しかし、こうした施策も「量」の充足ばかりにとらわれていないだろうか。 保育所には、子どもの健やかな成長を育(はぐく)んでくれる人材が要る。 施設整備はもちろん、保育の「質」の充実も欠かせない。 子育て支援は「未来への投資」であるという認識を、国民みんなで共有することが大切ではないだろうか。 国の将来を考え、安心して子育てができる環境づくりを進めていって欲しい。
Mar 13, 2009
空襲警報が出たら逃げるもの、と戦争を知らない世代は思っている。 でも、戦時中の日本は違った。 民間人も市街地の消火を受け持ち、持ち場を離れることは防空法で禁じられていたのだ。 とはいえ、雨あられと落ちる焼夷(しょうい)弾が火を噴けば、消しようがない。 六十四年前の三月十日、東京大空襲で約十万人が亡くなった。 次いで十二日名古屋、十三日大阪、そして十七日は神戸が米軍の無差別爆撃を受けた。 その後も空襲は続き、神戸では山へ逃げる市民が増えた。 長田警察署は山すそに高札を立て「戦列離脱の利敵行為者は厳罰に処す」と警告した。 空襲を生き延びた人たちの体験談に警防団がよく登場する。 「山へ逃げようとして警防団に追い返された」 「警防団に消火を強いられ、逃げ遅れた姉が死んだ」。 こわもての“加害者”として語られるのだ。 だが、兵庫県警察史をひもとくと、印象が変わる。 殉職者名簿に警防団員の一覧もあり、空襲に起因する犠牲者を数えると、百二十八人に上る。 警防団員も“被害者”だった。 警察官も殉職した。 十七日の空襲で、兵庫署員の夫を亡くした妻の手記がある。 亡くなった二日後、逃げ込んだ防空壕(ごう)の暗がりで彼女は誰かが夫の名を言うのを聞いた。 「御崎の八幡様(さま)で井上巡査が声をからして世話していたが、おかげで大分(だいぶ)の人が助かった」と。 この言葉を支えに、彼女は戦後を生きた。 神戸は戦場だった。 市井の人々が“被害者”になり“加害者”にもなった。 忘れてはいけない、と「神戸空襲を記録する会」の慰霊祭が今年も十七日、神戸市兵庫区の薬仙寺で開かれる。
Mar 12, 2009
約三十年前に北朝鮮に拉致された田口八重子さんの家族と、金賢姫(キムヒョンヒ)元工作員の面会が韓国の釜山で初めて実現した。 元工作員は、百十五人が犠牲になった一九八七年の大韓航空機爆破事件の実行犯の一人だ。 韓国で死刑判決を受けた後に特赦された。 その事件を起こす前の約二年間、日本人になりすますために「李恩恵(リウネ)」と呼ばれた田口さんと生活を共にし、日本語と日本文化を学んだ、とされる。 面会したのは、田口さんの長男飯塚耕一郎さんと、田口さんの兄で拉致被害者家族会代表の飯塚繁雄さんだ。 田口さんが二十二歳で失跡したとき、耕一郎さんはわずか一歳。 母親のことは知らされないまま、おじの繁雄さんに育てられた。 その二人に、元工作員は「お母さんは生きています」と声を掛けた。 さらに「招待所でともに生活していた八七年に、田口さんはどこかに連れて行かれたと聞いたが、死んだのではないと思った」と語った。 田口さんについて、北朝鮮は拉致した事実を二〇〇二年に認めたが、一九八四年に日本人の拉致被害者と結婚し、二年後の八六年に交通事故で死亡したとしている。 これだけみても、北朝鮮側の説明と全く食い違う。 証言によれば、少なくとも八七年には生きていた。 この矛盾について、北朝鮮はどう弁明するのか。 面会が実現したのは、昨年、韓国に保守派の李明博政権が生まれたことによる。 それ以前の盧武鉉政権当時から、二人は面会を求めてきたが、北朝鮮に融和的な政権だったために見向きもされなかった。 拉致問題の解決よりも、南北の関係改善や交流促進が優先され、韓国に五百人近くいる拉致被害者さえ顧みられなかった。 しかし、李政権は対北朝鮮支援の前提として何より核放棄を挙げ、対北政策を大きく軌道修正する。 同時に、日韓協力こそ重要と位置づけ、拉致問題にも真剣に取り組む姿勢をみせた、といえる。 韓国には、北朝鮮の事情を知る約一万五千人の脱北者がいる。 田口さんが韓国の拉致被害者と結婚したという話もある。 こうした人たちの情報を共有し、北朝鮮側の言い分を突き崩す連携がより重要だ。 昨年の日朝協議で約束した拉致再調査を、北朝鮮は忘れてはならない。 元工作員は「北では死んだ(とされる)人も生きていることがある」とも言った。 今回の面会を突破口にして、拉致事件の一日も早い解決をめざして欲しい。
Mar 12, 2009
CDの販売店をのぞくと、「卒業」をテーマにした新曲がいくつも発売されていた。 卒業シーズンまっただ中である。 「SAKURAグッバイ」「10年桜」、そして「卒業」。 今月に入って発表された新曲のタイトルだ。 「卒業」は長渕剛さんの曲でNHKの番組で共演した母校の後輩たちと一緒につくったそうだ。 作詞者として、長渕さんと一緒に「県立鹿児島南高校3年7組情報処理科」と入っていた。 今週は公立高校の入試を控え、県内各地で中学校の卒業式が予定されている。 小学校時代を合わせると、九年間も一緒に過ごした友だちと別れて、それぞれの道に踏み出していく。 大人になって、切なさや甘酸っぱい記憶とともに思い出される春の別れは、中学時代のものではないだろうか。 卒業という言葉は比喩(ひゆ)的に使われることがある。 辞書には「ある程度や段階を通り越すこと」とあり、賭け事はもう卒業した、といった具合に使う。 その意味で、いつまでも同じようなことを繰り返し、「もういいかげんに卒業してくれよ」と言いたくなるのが「政治とカネ」をめぐる問題だ。「すべてオープンにしている」「献金してくださる皆さんの善意を信じてやってきた」。 西松建設の巨額献金事件に絡んで、永田町から聞こえてくる声である。 そして先週末の世論調査の結果は、これらの弁明を冷ややかに受け止める国民の姿を浮かび上がらせた。 それでもいたずらに不信を募らせ、卒業ソングのように「SEIJI(政治)グッバイ」とは言えない。 しっかり卒業できるまで、はっぱをかけ続けるしかないのだろうか。
Mar 11, 2009
王貞治監督が米国の球場で宙に舞う姿に酔ったのは、3年前の春だった。 今春、原辰徳監督が胴上げされる光景を目にすることができるだろうか。 野球の世界一を争う第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、日本と韓国のチームが2次ラウンドに進出した。 WBCには、世界から集まった米メジャーリーグの選手たちも自分の国・地域のチームに合流して出場する。 大会の華やかさは、五輪やサッカーのワールドカップ(W杯)に勝るとも劣らない。 五輪では、運営をスリム化する必要などから北京大会を最後に野球が種目から消えることになった。 その空白感を、WBCがかなり埋めてくれる。 原監督が率いる日本代表チーム「侍ジャパン」は、九州に縁の深い選手が全体の約3割を占めており、九州の方たちの心をなお一層、熱くしている。 福岡ソフトバンクホークスから選ばれた杉内俊哉、馬原孝浩両投手と川崎宗則内野手はもちろん、村田修一内野手、福留孝介、青木宣親、内川聖一の3外野手、それに城島健司捕手も九州出身だ。 米メジャーリーグ組は、福留、城島両選手にイチロー外野手や松坂大輔投手、岩村明憲内野手も加わり、心が躍る。 1次ラウンドでは、日本はA組で韓国に大勝後、1位決定戦で逆に零封を喫し、2位での2次ラウンド進出となった。 両チームの実力は紙一重だ。 両国の人々の一喜一憂は、これからも続く。 第1回WBCでの1つのエピソードが記憶に残っている。 1次ラウンドでも2次ラウンドでも韓国に負けながら奇跡的に準決勝に進むことができた日本が、その準決勝で韓国に勝って決勝進出を決めたときのことだ。 日本に勝って決勝戦に進めば先発予定だった韓国のエース朴賛浩(パクチャンホ)投手が「決勝では日本に勝ってほしい。アキ(大塚晶則投手)やイチローら友達がいるからね」とエールを送ってくれたのである。 1次ラウンド開始前の会見でのイチロー発言をめぐって、韓国国内では「イチロー嫌い」が急増していただけに、朴投手の発言は私たちの心に染みた。 野球に限らず、スポーツの国際大会では、健全な意味でのナショナリズムが刺激される。 それは、自分の国・地域という重いものを背負って戦う選手の姿に共鳴する、各国・地域の人々のごく自然な感情の発露である。 しかし、朴投手の言葉にみるように、スポーツの場ではナショナリズム感情を超えた友情が成り立ち得る。 今度の大会もぜひ、そうあってほしいものだ。 昨秋以降、世界の経済状況が急激に悪化する中で、失職や生活難に関するニュースがあふれている。 世界の強豪チームを相手に「連覇」という困難に挑む日本代表チームの雄姿が、こうした社会情勢のもとにある人々の心を励ましてくれるよう期待したい。
Mar 11, 2009
残り10キロとなった時、「走り終えるのがもったいない感じになった」というから彼女らしい。 現役を引退した高橋尚子さんが、「ありがとうラン」として出場した名古屋国際女子マラソンでそう話した。 2月の香川丸亀国際ハーフマラソンでも、そんな思いがあったのだろう。 ゴールした後、市民ランナーを励まして1時間近くも周回した。 思えば金メダルに輝いたシドニー五輪でもこう言っていた。 「すごく楽しい42キロでした」。 運動不足の身には1時間走るのでさえ至難の業だが、多くのランナーにとっても42キロは苦行ではないだろうか。 ゴールした時の充実感はあるにせよ、苦しみを乗り越え、自分と闘い、打ち勝っていくイメージが42キロにはある。 しかし彼女は違うらしい。 世界最高記録に挑戦した2001年のベルリンマラソンの前に、こんな句を詠んでいる。 「いままでに いったいどれだけ走ったか 残すはたった42キロ。」 のしかかる重圧の中で、「たった」と言えるほど走り込んできた。 そのハードな日々に比べると本番なんて一瞬、楽しまねばもったいないというわけだ。 その気持ちが自身の笑顔につながり、周囲の笑顔を誘うのだろう。 きょう公立高校の一般入試に向かう中学3年生も、ハードな毎日を送ってきたことだろう。 それに比べれば残る時間は「たった」のはず。 中学生活の最後の坂を惜しみ、楽しんできてほしい。 うん、朝から新聞を読んでいるくらいの君なら、きっと大丈夫だ。
Mar 10, 2009
政権選択の機会を目前にして、肝心の選択肢を見失ってしまった。 西松建設の巨額献金事件を受けて共同通信が実施した世論調査は、そんな国民の失望と当惑がひしひしと伝わる結果となった。 政治団体を隠れみのに法で禁止された企業献金を受け取ったとして、政治資金規正法違反容疑で公設第一秘書が逮捕された民主党の小沢代表には、予想通り厳しい批判が浴びせられた。 事件に対する小沢氏の説明に「納得できた」は12%にとどまり、代表辞任を求める声が六割を超えた。民主党の検察批判も「理解できない」が51%に達した。 「企業献金と知っていれば政党支部で受け取っていた」「カネの出所をせんさくするのは失礼だ」などとした小沢氏の説明は国民には言い逃れのように聞こえ、疑問に答えたとは受け止められていない。 国民の目は、そう簡単にはごまかせられない。 それでもなお、「民主党中心の政権」を望む人が「自民党中心」を10ポイント以上、上回った。 政権交代に対する期待感がいかに大きいかを物語るだけに、小沢氏と民主党の責任は重い。 しかし、民主党の危機が麻生内閣と自民党政権への「追い風」にもならないところに、いまの政治不信の深刻さがある。 麻生内閣の支持率はやや持ち直したとはいえ16%に低迷し、不支持率は70%を超えたままだ。不支持理由のトップは「首相が信頼できない」の26%だった。 麻生首相は「すぐに辞めるべきだ」が27%、「新年度予算成立まで」が32%で、早期退陣を求める意見も過半数を占めた。 象徴的なのは、麻生首相と小沢代表の「どちらが首相にふさわしいか」という問いで「分からない・無回答」が41%に急増し小沢氏を抜いてトップとなったことだ。 数字を見る限り、信頼できない首相と疑惑を晴らせない野党第一党代表、どちらにも国民は「ノー」を突きつけた、といえる。 問題の政治団体は、二階経産相ら複数の自民党議員に対する多額のパーティー券購入や献金の事実も明らかになっている。 議員らは返金の意向を表明しているが、返せば責任を免れるというものではないだろう。 問題は、実体は違法な迂回(うかい)献金であっても「適法に処理した」との言い分が通る法の「抜け道」であり、それを放置する政治の姿勢なのだ。 国民の信頼を取り戻すには、与野党ともに「政治とカネ」の深い闇と決別する覚悟が問われている。
Mar 10, 2009
二百三十三年前のきょう、英国で一冊の本が出版された。 原題の直訳は「諸国民の富の性質と原因の研究」。 それよりも「国富論」という邦題の方がよく知られている。 社会を豊かにする経済の原理を考察したこの本は、産業革命を経て繁栄の道を突き進む英国で大反響を呼んだ。 著者のアダム・スミスは「経済学の父」と称されるまでになった。 しかし何よりもスミスの名を高めたのは、この本にある「見えざる手」という言葉だろう。 「見えざる手」とは、経済を自然によい方向へと導く市場の作用のことを指す。 人は取引でまず自己の利益を優先するが、市場を通して富が最適に分配され、結果的に社会全体が豊かになるとの理屈である。 千ページ以上に及ぶ大著の中で一カ所だけ登場する言葉が、いつしか世界中に広がった。 ただ、「経済学の父」が残した言葉も、金融危機を引き金に世界中が不況の渦に巻き込まれた現状では、あまりに楽観的に響く。 マネーゲームの過熱と破たんが信用不安を世界中に広げた経過を振り返ると、「見えざる手」は幻想だったのかと疑いたくもなる。 もっとも、スミス自身は「国富論」より先に「道徳感情論」という著書で、公平さと正義の精神の大切さについて論じている。 大阪大学大学院の堂目卓生教授によると、人々が互いに共感する精神を失えば経済は乱れると、スミス自身は考えた(「アダム・スミス」中公新書)。 自己利益を求める競争が経済の原動力となる。 しかし、ここまで格差が広がり、支え合う精神を忘れた市場では、「見えざる手」もうまく働きようがないのではないか。
Mar 9, 2009
消費期限が迫った弁当や総菜を値引きする「見切り販売」。 閉店間際のスーパーや百貨店の食品売り場でよく見る光景だ。 その見切り販売で、公正取引委員会がコンビニエンスストア最大手のセブン-イレブン・ジャパンに、独禁法違反(優越的地位の乱用)の疑いで調査に入った。 フランチャイズ(FC)契約を結んだ加盟店に、コンビニ本部が契約解除などをちらつかせて、不当に制限している疑いが浮かんだからだ。 見切り販売をめぐるトラブルは、以前から両者の間で絶えなかった。 商品価格の設定権は本来、加盟店側にある。 そのため公取は、二〇〇二年に「正当な理由なく見切り販売を制限することは、独禁法の優越的地位の乱用に当たる」との指針を示した。 しかし、状況は変わらず、最大手で相談件数も多い同社の調査に踏み切った。 セブン-イレブン・ジャパンは、この事態を重く受け止めるべきだ。 なぜ、こうした地位の乱用がなくならないのか。 FC契約は、加盟店が利益の一定割合を経営指導料などの対価として本部に支払う仕組みだ。 収益確保のため、ほとんどの大手コンビニ本部は、推奨価格から値引きしないよう店側に求めている。 値引きが常態化することで、全体の利益が圧縮されるのを避けたいという思いがある。 加盟店にも事情がある。 二十四時間営業の店が多く、消費期限が設定された弁当や総菜類は一日に何度も入れ替えなければならない。 売れ残って廃棄すれば原価は店の負担になり、値引きしてでも売りたいと思うのは当然だ。 品質に問題がなければ、消費者にとっても安い方がありがたい。 今回は双方に切実な問題があり、互いに譲りにくい面もある。 本部と加盟店が、打開に向けて話し合いを重ねてほしい。 見切り販売の制限が、結果的に食品の廃棄を増やしている側面にも目を向ける必要がある。 消費期限切れや返品が原因で廃棄される製品・商品は、食品小売業全体で20%強に上るという。もったいない話だ。 今回のトラブルを通して、いまの消費社会が抱える問題がよくわかる。 コンビニ業界は、加盟店との廃棄食品の負担のあり方を見直すとともに、食品廃棄物を減らす工夫をもっとできないだろうか。 肥料化や飼料化への取り組みも、さらに進めて欲しい。 食料自給率が四割の日本で、事業者や家庭から毎日大量の食品廃棄物が出る。 そんな現状を見直す機会にもして欲しい。
Mar 9, 2009
映画 「男はつらいよ」 で、 大学生になった満男が、 母親のさくらと言い争う場面がある。 だらしない生活ぶりを責めるさくらに、 満男が言い返す場面だ。 親と同居し、 親の世話を受けてぬくぬくと暮らしている今の環境から抜け出したいと満男が息巻くのだ。 ベッドで目を覚ますと、 コーヒーの匂いが鼻をくすぐる。 食卓につくと、 湯気を立てた目玉焼きが用意され、 イチゴジャムの蓋も開いている。 こんな暮らしはもう嫌だ。 「俺、もうガキじゃないんだからな」。 満男は、 家を出てアパート暮らしがしたいと告げる。 自分の力で旅立とうともがく満男。 そんな満男の背中を、 寅さんがどんと押す。 「行け、 青年!」。 明日を開く若者のみずみずしい姿に、 寅さんはエールをおくる。 若者には未来がある。 可能性もある。 だからこそ「行け、青年」であり、孔子も 「後生畏 (おそ) るべし」と言った。 後進の青年は恐るべきだと、 若い世代に期待をかけた孔子だが、 ちゃんと釘もさしている。 「40、50歳になっても名声が聞こえてこないようなら、 恐れるに足りない」と。 可能性に満ちあふれていても、 うかうかしていたら、 しぼんでしまう。 だから、 日々励まなければいけない。 この戒めを、今まさに高校を巣立った若者に贈りたい。 馬齢を重ね、50歳になった反省を込めて。
Mar 8, 2009
短期間に家賃を滞納しただけで、家賃保証会社から強制的に住宅の退去を迫られる「追い出し屋」被害が相次いでいる。 職を失った非正規労働者らが被害に遭っており、不況とともに問題は深刻化している。 早急な対応が必要ではないだろうか。 敷金・礼金がいらない「ゼロゼロ物件」と呼ばれる賃貸住宅の家賃回収でトラブルが目立つ。 こうした物件は、連帯保証人や入居時にまとまったお金が不要のため、低所得者が借りるケースが多く、「貧困ビジネス」ともいわれている。 弱みにつけ込んだ商法で、家賃滞納への執拗(しつよう)な督促や追い出し行為などのトラブルが起きている。 中には、部屋の鍵を無断で交換したり、家財道具を勝手に処分したりするケースもあるのだそうだ。 たんすやテレビだけでなく、トイレットペーパーまでなくなっていたという悪質な例もあったという。 保証会社は、入居者の保証人代わりになるほか、滞納家賃の回収や交渉も代行する。 通常、家賃滞納で退去させる場合、家主は訴訟などで明け渡しを求める。 この手続きは時間がかかるため、家主が保証会社に回収などを頼るケースが増えている。 保証会社の契約書には、無断で部屋への立ち入りや鍵の交換、家財道具の処分などができるとした条項があり、これを盾に強引な追い出し行為が行われている。 こうした業者が出てきたのは最近で、これまでは規制の対象にはならなかった。 国土交通省が行った実態調査では、家賃保証会社は全国に九十二社ある。 契約書の中には違法性の高い条項があり、同省は見直しなどを業界に求めた。 一方で、保証会社の登録制度を盛り込んだ新法制定や、標準契約書の作成などの対策を検討する。 景気悪化に伴い、家賃をめぐるトラブルはさらに増えるおそれがあると思う。 悪質業者への規制を急いでもらいたい。 住宅対策を充実させることも重要だ。 単身の非正規労働者らは住む場所を見つけるのが難しく、ゼロゼロ物件などに入居するしかない状況がある。 財政難の自治体は公営住宅の新築を抑制している上、単身向け住宅も少ない。 若年単身者への「公」の支援は不十分だ。 低額の賃貸住宅の供給や公的保証制度の充実など、低所得者層への施策が欠かせない。 追い出し屋被害の背景には、非正規労働者の増加も含めて現代の貧困の問題がある。 根本的な解決には、そうした社会のひずみを是正する地道な取り組みが必要不可欠だと思う。
Mar 8, 2009
受け取るべきか受け取らざるべきか、と悩んでいる人もいるだろう。 定額給付金のことだ。 早い自治体は支給を始めた。 「究極の大愚策」と批判していた民主党の党所属国会議員は受け取らない方針とされる。 共産、社民、国民新各党の国会議員も辞退を決めている。 麻生太郎首相は「ぜひ給付金を使っていただき消費の拡大につなげてほしい」と呼び掛けるが、景気刺激効果は不透明だ。 自治体の中には、せっかくの給付金を地域振興につなげようと積極活用を目指すところがある。 給付金支給にあわせ、販売価格よりも利用できる額を割り増ししたプレミアム付き商品券を発行する動きだ。 地元商店街が元気づいてほしいと願う。 給付金に腹立たしい人は「ふるさと納税制度」を活用して寄付をしたらどうだろう。 浅口市にあるおかやま山陽高を卒業した沖縄県出身の女子プロゴルファー諸見里しのぶさんが先ごろ、第二の故郷のためにと行った。 気持ちがうれしい。 特定非営利活動法人(NPO法人)への寄付もある。 NPO法人はまちづくりや子育て支援、国際協力、地球温暖化防止、福祉など幅広く取り組む。 直接の参加は難しくても、寄付によって社会貢献活動を応援できる。 巨額の財政負担が伴う給付金だ。 使うにしてもいろんな方法が考えられる。
Mar 7, 2009
生活保護の受給者が昨年末で百六十万人を超えたことが、厚生労働省の集計で分かった。 四十数年ぶりの高い水準である。 受給者数は一九八〇年代半ばまでは、百四十万人前後で推移してきたが、バブル経済期に九十万人まで一気に減った。 しかしバブル崩壊で、九五年ごろから再び増加に転じ、その後の景気回復にもかかわらず増え続けている。 近年の保護申請では、低年金の高齢者や母子家庭の増加が目立つという。 最近では、世界不況で急激に悪化した雇用情勢も影響している。 失職した非正規労働者の中には、失業給付が受けられず、生活保護に頼る人が増えたということだろう。 一方、全国十七の政令指定都市を対象に、共同通信が行った今年一月の保護申請件数の調査でも急増が明らかになった。 前年同月より54%多い約八千六百件で、大都市で増える困窮者を浮き彫りにした形だ。 都市別の増加率では、名古屋の152%がトップで、次いで浜松の111%となり、不況が直撃した自動車関連企業の失職者を反映している。 その中で神戸は平均をやや下回る52%増だった。 こう見てくると、生活保護は社会を映す鏡だと痛感させられる。 景気の動向や社会の弱点が色濃く表れるということだ。 生活保護は社会保障における「最後の安全網」である。 受給者の多い少ないにかかわらず、しっかり張らねばならない。 ただ、本当に救うべき人を救い、不当な申請を排除することが前提である。 こうした点で問題がないわけではない。 受け付ける自治体が、受給資格のある申請者をしばしば「門前払い」にしたケースがあった。 背景には、生活保護費の四分の一を自治体が担う財政負担がある。 その一方で、不正申請があることも事実だ。 いずれにしても、憲法が保障した「最低限の生活」を守るという制度の趣旨を生かすには厳正な審査をすることに尽きる。 さらに、就業支援を行って、受給者を地道に減らす努力も必要だろう。 生活保護をめぐっては、一人親世帯や七十歳以上に上乗せ支給される母子・老齢加算が、社会保障費削減の波をかぶって廃止された。 いま、受給者が各地で取り消しを求めて係争中である。 進む高齢社会、悪化する景気など、制度にとってマイナス要因が広がる懸念もあるが、安全網の目を粗くすることなく、しっかり役割を果たして欲しい。
Mar 7, 2009
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