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初日はやっぱり思ったよりきつかった(>_
Feb 28, 2009
丹波地域のような農村部は過疎が進み、 担い手不足で山や農地が荒れ果てていることが問題になっている。 一方の都市では仕事を失ったホームレスやネットカフェ難民が街をさまよい、 食べ物にさえ困っていると聞く。 「経済危機」 「派遣切り」 などで、 さらに失業者は増えると予想される。 先行きが不透明になり、 今の仕事への不安からか、 農業を志し、 「有機の里いちじま」 を訪ねて来る人が増えているという。 農薬、 偽装など、 うんざりするほどの 「食」 をめぐる問題が浮上し、 丹波のような豊かな自然の中で育った安心な食材が求められている。 環境問題への関心が高まり、 農業や林業が少しずつ見直されていると言われるなか、 「山を手入れし、 畑を耕すことで賃金を得て、 暮らせる環境が整えば、 農村へ人をよぶチャンスだ」 と話す人もいる。 しかし、 誰でも明日から田んぼを耕せば、 山へ入れば暮らせていけるというものではないのが現実だ。 有機野菜が求められていても、 生産する地元の人たちに有機農業の考え方が十分に浸透していなければ、 「一部の人がしていること」 になり、 ブランド力にはつながらない。 外に向けて丹波地域の良さを発信していくことはとても重要だが、 中身が伴わなければ、 大声で呼びかけることはできない。 小手先の政策では人は集まらない。 人や自然にとって、 どうするのが最善かを真剣に考える時期がきている。 地に足のついた取り組みの積み重ねが、 「仲間に入れて」 と思わせるまちづくりや活性化を進めるうえでの最大の武器になることを改めて心にとめたい。
Feb 28, 2009
札幌市にある道立高校一年の男子生徒が、同級生を殺害する目的で爆弾を作る準備をしていたとして、殺人予備の疑いで警察に逮捕された。 十六歳の高校生が、本気で爆弾を製造しようとしていたとしたら衝撃的なことだ。 警察には、動機や背景を早急に明らかにして欲しい。 ただ、未成年者である。 冷静な対応が必要だ。 通学していた学校には、ほかの生徒に動揺が広がらないよう十分な配慮が必要だ。 逮捕の容疑は、爆弾を作るための原材料を、自宅に保管していたことだ。 一部を加工しており、殺人の準備をした疑いが持たれている。 警察は、自宅から、爆弾製造に使う固形燃料や木炭、過酸化水素水などのほか、殺傷能力を高めるねじなど約五十点を押収した。 これだけの材料があれば、かなりの破壊力のある爆弾を作ることができたと、警察は判断している。 生徒は「おれをばかにした同級生を殺すつもりだった。春休みまでに教室で爆発させようと思っていた」と供述しているという。 しかし、「同級生にばかにされた」からといって、爆弾を作る行為との間には落差がありすぎると思われる。 殺意がどのように形成され、爆弾作りにつながったのか。 警察は解明を急いでほしい。 そこに、類似の犯罪を防ぐ手がかりもあるだろう。 生徒が通う学校によると、いじめなどは確認されていない。 しかし、生徒は昨年十二月ごろから、教室で大声を出すなど、感情の起伏が激しい様子も見られたという。 少年は二月初め、脅迫容疑で逮捕された。 同級生の携帯電話に、「ばかにしてきたやつを殺すのが生きがい」と書いたメールを送った疑いが持たれている。 メールを送る一方で、爆弾を使った殺人の準備を進めていた少年の心の動きを、つぶさに見つめる必要がある。 また、学校での友人関係は実際、どんなふうだったのだろうか。 生徒が、インターネットを使って爆弾の作り方を調べていたことも見逃せない。 ネット上には爆弾製造に必要な情報があふれている。 未成年者による類似の爆発物製造事件は全国で起こっている。 二〇〇三年、自宅で爆弾を作ろうとした埼玉県の高校生が殺人予備の疑いで逮捕された。 山口県では〇五年、高校生が教室に手製爆弾を投げ込む事件があった。 いずれもネットで爆弾の作り方を知り、薬局など身近なところで原料を調達して爆弾を作っていることが共通点だ。 未然防止のためには、不審な大量購入者には販売を控えるなどの対応も必要だ。
Feb 28, 2009
まずは「奇跡を起こすダンスの秘密」の話を紹介します。 南米はアマゾンのある地区に住んでいる先住民族には、代々「雨乞いダンス」が伝承されている。 雨季には大量の雨が降るこの地域でも、乾季となると水不足に悩まされることは珍しくない。 いよいよ水不足が深刻化してくると、その民族の長老は、若い男たちに「雨乞いダンス」を踊るよう指示するのである。 噂では、その若い男たちが「雨乞いダンス」を踊ると必ず雨が降るというのである。 日本の科学者、本間海奈は、その実態を調査するためにアマゾンの現地に赴いた。 そして、調査した結果、驚愕の事実が明らかになった。 彼らがダンスを踊ると本当に雨が降るのだ!例外なく必ず降るのだ! さて、この奇跡が起こる理由は何だと思いますか? なぜ彼らがダンスを踊ると必ず雨が降るのか? その答えは・・・・? 「雨が降るまで踊る」です! 彼らは、雨が降るまで3日間でも1週間でも(交代しながら)踊り続けるのでした。 降るまで踊るのですから、彼らが踊れば必ず降るわけです。 これには、すべてを疑ってかかる科学者・本間海奈(ホンマかいな?)も驚いたというわけです。 現在のあなたにとって、最も大きな目標は何ですか? 「夢」と呼べるような目標は何ですか? その目標が大きければ大きいほど、自分のセルフイメージが、「自分には無理なんじゃないかな?」とささやきかけてきます。 目標に向かって走る時に、「本当に達成できるのだろうか?」「達成できなかったらどうしよう?」という不安に囚われると、行動が失速します。 また、行動が消極的になり、結果として達成が遠のいてしまいます。 そこで、まず最初にコミットしていただきたいのは、「達成するまでやる!」ということです。 達成するまでやるのであれば、必ず達成します。 目標が大きすぎて、達成期限を明確に決められない時は、まず「どんなに時間がかかっても達成するまでやる!」と決めるのです。 「最初はうまくいかなくても、最初は失敗が続いても、達成するまでやる!」とコミットするのです。 一人の人間が、そのコミットを持ってやり続ければ、多くの失敗が学びとなり、達成するにふさわしい人間に成長し、必ず達成する日がやってきます。 自信がなくてもOK。不安があってもOK。 ただ、その不安に囚われて失速しないためにも、「達成するまでやる」と決める勇気を持つことです。 私は、今、心に決めている事があります。 今、勤務している会社の看板を背負ってジョギングして、いつかはロードレースに参加したいと思っているのです。 まだ、50歳ですが、気持ちは20歳だと思っているので、徐々に距離を長くして、スタミナをつけてタイムも何とか参加できるくらいまで頑張りたいと思っています。 また、背中には「走ろう会」という文字も入れているので、一緒に走ってくれる方がいたら凄く感激してしまうだろうなあって思っています。 そのジョギングも日誌として綴っていきますので、期待して下さい。 私も、以前はヘビースモーカーで1日40本はタバコを吸っていましたが、去年の12月1日で禁煙してから1年が経ちました。 絶対にやめるという強い気持ちがあれば達成できるのです。 苦しかった時もありましたが、気持ちに負けず、やめることができました。 今では、風邪もひかなくなり、健康そのものです。 何か一つでも目標を持って一緒に頑張りませんか?
Feb 27, 2009
トヨタ自動車九州(福岡県宮若市)が4月から増産する。 1-3月の月産1万台前後から月産2万台超となるという。 昨年の4、5月は月産3万台超だから回復も道半ばだ。 とはいえ、減産、休止、閉鎖に人員削減と暗いニュースばかりの中で「光」を見つけた気分になる。 昨秋以降、九州経済を支える両輪である自動車と半導体関連の生産は急カーブを描いて落ち込んだ。 自動車は北米市場の不振で輸出が激減、在庫が積み上がるのを避けるために一気に減産に入った。 その結果、派遣など非正規労働者を中心に人員削減の嵐が吹き荒れた。 トヨタ九州が増産に転じることで「底無し沼」に落ちるような不安感を薄めることができるだろう。 しかし、問題はもう少し長い目で見て、この世界的な不況からの回復過程で、あるいは克服後に九州の自動車産業はどうなっているかだ。 北部九州に拠点を置くトヨタと日産自動車九州工場、ダイハツ九州で年間合計150万台まで生産拡大を図る構想がある。 いまは棚上げせざるを得ないが、将来、再び成長軌道に戻れるのだろうか。 「産業空洞化」の危機が叫ばれたのは1980年代半ばだった。 米国の「強いドル」政策が行き詰まり、ドル高是正のために日米欧が政策協調に動いた結果、米ドルに対して円が急騰した。 輸出産業は円高によって北米市場で競争力を失うことを恐れ、東南アジアなど海外に生産拠点を移していった。 今回もこうしたことが起きるのではないか。 九州経済調査協会による2009年版九州経済白書も懸念を示している。 そして、白書では「国内事業所を閉鎖して海外に機能移転する、という意味での大規模な産業空洞化は九州・山口では生じないと考えられる」と結論づけた。 それは自動車関連などで研究開発機能の立地が九州で進んでいるからだ。 空洞化論議では常に言われてきた。 単なる生産だけの拠点ではだめだが、新たな商品や技術を生み出す「頭脳集積拠点」となれば日本国内に残す意味はある、と。 いま円高も一服感がある。 しかし、内需に回復の兆しはない。 国内の自動車販売は大きく落ち込んできている。 「もはや国内市場に成長の余地なし」と企業が考えれば海外展開のピッチが上がることもあり得る。 その意味で、九州は「頭脳集積」を急ぐ必要がある。 九州の大学には多くの留学生が学んでいる。 彼らを採用して、将来の海外市場開拓に備える手もあるだろう。 産学連携はますます重要になる。 寝具製造から出発して自動車部品を生産する「フコク」(福岡県柳川市)はインターネットで見つけた九州大の研究室に電子メールを送ったことがきっかけに共同研究を始め、実績を重ねてきた。 積極的に求めていけば糸口は必ず見つかる。 産学の垣根を低くして知の交流、蓄積を強力に進めていくべきではないだろうか。
Feb 27, 2009
「書を捨てよ、町へ出よう」と若者たちの背を押す一方で、寺山修司さんはこんな言葉も残した。 「書物のなかに海がある/心はいつも航海をゆるされる」。 いかにも寺山さんらしい表現である。 優れた本は、心をときめかせる。 見知らぬ世界へ、読む者をぐんぐん引っ張っていく。 妨げるものはない。 なるほど本を読むことは、ひとときの心の航海にちがいない。 勝手に解釈すれば、そんな趣旨だろう。 学校の図書購入費に、明石市が三年間で計三億円を投入する。 これまでの三倍近い。 どこの自治体も台所が苦しくて、学校の図書購入費を他の目的に使うことも少なくない。 文化的な予算が削り取られるのを見慣れた目には、実に新鮮に映る。 クラス全員で本を読む「朝の読書」運動が全国で広がっている。 子どもたちの気持ちが落ち着く。 荒れていた校内が鎮まった。 そんな声を聞く。 明石でも実施する学校があるだろう。 学校図書館の蔵書が充実すれば子どもたちが心の航海に乗り出す環境がより整っていく。 随筆家としても知られる数学者の岡潔さんは、少年時代にたくさんの本を読んだ。 その内容もよく覚えていた。 かわいそう。 こんなことは許されない。 読みながら芽生える繊細な感情が大事で「きょうの情緒があすの頭をつくる」と書く。(「春宵(しゅんしょう)十話」光文社文庫) 文化勲章を受けた数学者が「人の中心は情緒」「人の心を知らなければ緻密(ちみつ)さがなく粗雑になる」と説く。 その「情緒」を育てる栄養源が、学校の書棚にもっと欲しい。 人づくりの即効薬ではないが、重ねた航海が心をたくましくする。
Feb 26, 2009
伝統野菜が注目を集めている。 地域風土に適した食材で、日常の食事以外に祭りや正月用の料理に使われたり、献上用として栽培されたケースもある。 日本人の食生活の変化とともに輸入食材が増えることは、食の安心・安全を脅かすだけでなく環境保全にも影響を及ぼすだけに、伝統野菜普及に向け持続性のある取り組みを考えてみてはどうだろうか。 北陸農政局は金沢市内で「伝統野菜サミット」を開催。 山形、東京、熊本など1都2府4県から関係団体、生産者、事業者らが参加し事例報告や意見交換を行った。 伝統野菜の重要性は、食と地球規模の資源、環境問題を関連づける指標「フード・マイレージ」でも立証できる。 これは食料の輸送量に輸送距離を掛け合わせた数値で、同農政局の中田哲也企画調整室長が農林水産政策研究所時代に初めて試算した。 2001年の日本のフード・マイレージは9千億トン・キロメートル。 世界で突出しており韓国、米国の3倍、英国、ドイツの5倍にも当たる。 いかに長距離輸送された大量の輸入食料に依存しているかが分かるだろう。 フード・マイレージにC02排出係数を掛けてはじき出された排出量は1700万トン。 1人当たり年間130キログラムのC02を排出していることになり、毎日浴びるシャワーを1分間減らして5年分の量という。 ある料理を例に加賀、能登野菜など石川県内の食材だけを使った場合と、流通している国産食材を調達した場合では、フード・マイレージ、C02いずれも17倍の差が出た。 さらに食材を輸入に切り替えるとフード・マイレージは260倍、C02は47倍にも達した。 中田室長は「部屋の電気を消すと同じ効果が、食事の面で気をつければ得られる。日ごろから意識することが大切」と地産地消を推進する。 また食をテーマに学校での授業や講演を展開するNPO法人「コミュニティスクール・まちデザイン」の近藤惠津子理事長は、輸入食材を日本で作った場合、どれぐらいの水を使うかを表した「バーチャルウオーター」を紹介。 年間約640億立方メートルにも達し、100グラムの牛肉ステーキに2千リットルも必要だと説明した。 牛が食べる飼料栽培の水量も計算に入れているためだ。 これを解消するには、食材だけでなく飼料も国産化しなければならないが、すぐには難しい。 同農政局のホームページでは本県の伝統野菜として河内赤カブラ、板垣だいこん、勝山ミズナ、吉川ナス、谷田部ネギなど15品目が紹介されている。 種の保存や生産の維持、拡大を図るため、国は栽培農家を顕彰しているだろうが、もっと踏み込み生産者、事業者と一緒に伝統野菜を使った料理コンテストを企画したり、現代風にアレンジして商品化するのを手伝ってはどうだろうか。 機運を高めることによって作り手の励みになり、消費者の関心を集めるのではないだろうか。
Feb 26, 2009
サッカーの天皇杯はプロ、アマのチームが対戦して日本一を目指す大会だ。 Jリーグのチームを大学生が破ったり、高校のサッカー部が勝ち進んだり。 一発勝負のトーナメント方式は、何が起こるか分からない。 例えば、不況で廃部になった企業チームが、地域の支援を受けて天皇杯を目標に再生する。 困難を乗り越え、心を一つにしたチームは強い。 一つ勝つたびに地元は大騒ぎだ。 ガンバやレッズを次々倒し、元旦の決勝の舞台へ。 月並みな筋書きかもしれないが、もしかしたら本当に起こるかもしれない。 この不況下で、ハンドボールやアイスホッケー、野球でも活動中止に追い込まれるチームが増えている。 十年前、やはり不況の影響で企業の休廃部が相次いだときJリーグ関係者がこう言った。 「Jリーグがなければサッカーもどうなったか。地域で支えるクラブという理念が、歯止めになった」。 所有から支援へ。 考え方を切り替えてチームを残した例もある。 新日鉄は、運動部を地元で支える仕組みに変えた。 その一つで、かつて「北の鉄人」と言われたラグビーの新日鉄釜石は四百社の支援を受け、「釜石シーウェイブス」に生まれ変わった。 潤沢な資金はないものの、突然チームがなくなる不安からは解放される。 選手たちは学校で子どもたちに指導し、イベントに参加して、その存在をアピールする。 地域も「おらがチーム」から目が離せなくなる。 応援するチームが活躍する。 身近な選手がプロの世界やオリンピックの大舞台に挑む。 一緒に夢を見て、地域もまた一つになる。 その力が、スポーツにはある。
Feb 25, 2009
インターネットや電話注文などによる大衆薬の通信販売が、六月から大幅に規制されることになった。 厚生労働省が販売方法の詳細を定めて先ごろ公布した省令では、ほとんどの市販薬が規制対象となる。 メーカーや患者、消費者へ及ぼす影響は大きいだけに、波紋が広がっている。 規制内容は六月施行の改正薬事法に盛り込まれていたとはいえ、国民には唐突に映る。 「このネット時代に、なぜ身近な大衆薬が」との疑問が出るのも当然だと思う。 厚労省は、ネットなどによる安易な購入と服用での副作用を防ぐため、対面販売を基本とする方針だ。 具体策として、大衆薬を副作用などのリスクに応じて三分類し、薬局やコンビニでの販売と通販の基準を設けた。 「第一類」は、効能を高めた一部の胃腸薬や発毛剤など注意を払う必要のある薬とし、薬剤師の対面販売を義務付けた。 「第二類」にはほとんどの風邪薬や解熱鎮痛剤などを加え、薬剤師がいなくても都道府県が試験で交付する新資格の「登録販売者」を配置すればコンビニでも販売できる。 一方、これまで通り通販が認められるのは、ビタミン剤や主な消化薬など、リスクの低い薬で、「第三類」とした。 大衆薬の通販をめぐっては、薬剤師の組織や薬害被害者団体などが「通販は薬の乱用などのリスクを高める」として規制を求めてきた。 一方、通販に頼っているメーカーやネット事業者などは「へき地の人や外出しづらい人たちが買いにくくなるなど、利便性を損ねる」と反対してきた。 確かに、今回の規制は通販が招くリスクを抑える効果が大きい。 安易な乱用に歯止めをかけ、悪質な通販業者も閉め出せる。 しかし、利便性が大きく損なわれることは間違いない。 さらには、漢方薬などを通信販売してきた老舗メーカーなどへの影響も少なくない。 厚労省は強い反対意見を考慮し、外部識者らによる検討会を急きょ設けることにした。 既に専門家会議を開き、国民からの意見を募ったというが、言い換えれば、広く意見を求めての事前の検討が不十分だったということだろう。 薬は普通の商品と同列には扱えない。 だからといって、高齢者や障害者が購入しにくいような一律の通販規制は避けるべきだ。 乱用を防ぎ、かつ利便性を損なわない方策について、もっと知恵を絞って欲しい。
Feb 25, 2009
誰にも訪れる死。 でも核家族化が進み、家でみとることも少なくなった。 通夜も葬式も、狭い家ではできないから葬儀会社に任せてしまう。 当たり前と思っていた。 そんな気持ちが、映画「おくりびと」を見て吹き飛んだ。 遺体を清め、メークをし、丁寧にひつぎに納める納棺師が主人公だ。 茶道のような所作で、宝物のように扱われる死者。 本来ならば身内がしなければいけない「儀式」のはずなのに…。 見守る家族の心も次第に清められていく。 葬儀というのは、死者を送ると同時に、心の中にとどめる儀式かもしれない。 楽しい思い出だけではない。 憎み合ったり、愛想をつかしたり。 それも含めて死者を丸ごと受け入れ、折り合いをつけていくこともあるだろう。 画面から伝わるのは、残された者の心の揺れだ。 それは米アカデミー賞の審査員にも届いたのだろう。 外国語映画賞に輝いた。 そういえば短編アニメ賞を得た「つみきのいえ」も、残された者の物語だった。 独り暮らしのおじいさんが、水没した自宅にもぐって「過去」と出合っていく。 先立った妻、かわいかった子ども…一つ一つの部屋に刻まれた思い出に癒やされ、自分を取り戻す。 死者は心の中で生きることができるんだよ―そんなメッセージを二つの映画から得たような気がする。
Feb 24, 2009
経済危機で景気が急激に悪化する中、百貨店が苦境に立たされている。 一月の全国百貨店売上高は、前年同月比9・1%の落ち込みとなった。 一九六五年にいまの統計となって以来、一月の売上高としては最大の減少幅だ。 この不況の深刻さを思わずにはいられない。 百貨店を取り巻く厳しい状況は、最近の店舗リストラがはっきり示している。 昨年秋以降、横浜松坂屋、今治大丸が閉鎖され、一月には北海道の丸井今井が破綻(はたん)に追い込まれた。 さらに二月初め、再生そごうのシンボルだった大阪の心斎橋本店が、大丸に売却される方針が明らかになった。 大阪・ミナミの老舗中の老舗だけに、なじみ客は寂しい限りだと思う。 当面、売上高の前年割れは避けられそうにない。 無駄を省き、減少幅を最小限に抑えることが必要だろう。 一方、「百貨店にしかできない」戦略の明確化が、より以上に求められる。 この不況の後に来る消費社会の姿を描いて行動することが重要になってくるだろう。 なぜ、これほど消費者の購買意欲が減退したのか。 経済危機が影を落としているのはもちろんだが、それだけではない。 賃金の伸び悩みや雇用情勢の悪化に加え、「年金や医療、介護などに対する根本的な不安が響いている」(J・フロントリテイリング、奥田務社長)。 消費そのものが成熟しているという指摘もある。 この先、景気が回復しても、かつてのような大量消費は見込めないと予測する。 そうした構造変化を見据えた経営が求められている。 大手各社は店舗リストラを進める一方で、大都市では増床や改装の計画が相次いでいる。 特に大阪では、「JR大阪三越伊勢丹」が二〇一一年春に開業する。 同じ年には大丸梅田店が増床する。 阪急梅田本店、高島屋大阪店も大型化を目指している。 一一年以降、東京、大阪の百貨店は「オーバーストア(店舗過剰)」に陥るといわれる。 拡大競争に乗り遅れると負けてしまうという危機感がみてとれる。 とはいえ、景気の先行きは全く予測がつかない。 過剰な投資によるリスクは何としても避けなくてはならない。 どんなに不況でも、消費者から支持される店はある。 少子高齢化が進むいま、大切なのは「生活の質」という視点である。 「いいものを安心して買える」というニーズはこれまで以上に高まるはずだ。 内需型経済への転換を支えるという意味でも、新しい活路を見いだしてほしい。
Feb 24, 2009
まさか! 松中と和田が落選。 宮崎市で合宿を行っていたWBC日本代表「侍ジャパン」の最終メンバー28人が22日、決定した。 33人の候補選手から5人が落選。 福岡ソフトバンクの松中信彦外野手(35)、和田毅投手(28)がメンバーから漏れた。 巨人との練習試合後、原辰徳代表監督(50)が選手に伝えた。 2人はシーズン開幕に照準を合わせ、24日に再びホークスの宮崎キャンプに合流する。 世界舞台に挑むサムライの中に松中信彦の名前はなかった。 「自分にできる準備はすべてやってきたつもりです。(落選は)仕方がない」。 王ジャパンを世界の頂点へと導いた2006年前回大会の4番。 ショックを胸にしまい込み、現状を受け入れるようとする淡々とした口調に悔しさがにじんでいた。 落選について原監督から直接、説明はなかったらしい。 左アキレスけん痛のため、松中が18、20日の練習で別メニュー調整したことが影響した可能性は高いが、松中自身はそう理解していない。 「左アキレスけんは落選に関係ないと思う。それを(落選)理由にされるのは逆にショック。その後はしっかり動いたし、21日もバッティングはやった。自分の中では総合的な判断だったと思っている。しっかり受け止めたい」 理由はどうであれ、代表落ちという屈辱的な現状を自分にとってプラスの反動へと変える覚悟がある。 「気持ちは切り替えます。明日からはホークスの一員として頑張りたい」。 24日に始まるキャンプ最終クールからホークスの練習に再合流。 紅白戦にも出場を直訴するという。 「(紅白戦に)出してもらいたい。打撃の状態や感覚は悪くない。一度ペースを落とす必要はあるけど、開幕に向けて順調に階段を上がっていけると思う」。 絞ってきた照準をWBC本番からシーズン開幕へと変える作業に入る。 野球人生で迎える最後の国際大会として昨シーズン終了直後からこのWBCを見据えてきた。 スケジュールの関係で見送ったものの、米国でのトレーニング講習への参加を検討したほどだ。宿舎にも単行本『大リーグのメンタルトレーニング』(ケン・ラビザ著、ベースボール・マガジン社)を持ち込むなど、すべてにレベルアップを目指した途上での落選が松中に何をもたらすか。 「見返したいとかいうような気持ちではない。すべては自分のためになること。努力は絶対に無駄にはならない。自分の求めてきた答えはシーズンで見つける。今年は絶対に暴れます」 自分に言い聞かせるように言葉を選んだタカの4番。 松中の心は折れていない。
Feb 23, 2009
日本の農業政策の骨格となる基本計画の見直しが始まった。 五年ごとの改訂であり、農水省の審議会が一年かけて議論し、農相に答申する。 見直しのなかで注目されるのは、コメの生産調整(減反)をどうするかだ。 減反は、コメの価格を維持するため、作付面積を減らして麦や大豆などへの転作を促す制度である。 一九七一年に本格導入され、今では全国の水田の四割に達する。 ただ、現行の制度に強制力はなく、実施農家は七割ほどだ。 たくさんコメをつくりたい農家にすれば、減反は生産意欲をそがれかねない。 減反に加わらなくても、価格安定の恩恵を受けられる不公平感もある。 しかし、すべての農家が自由に米作を行えば生産はだぶつき、価格の下落は目に見えている。 矛盾を解消するため、「減反選択制」の導入案も浮上している。 減反に参加するかどうかを農家の判断に任せ、参加農家に所得補償する制度だ。 この場合、国の負担が今以上に膨れる懸念もあるだろう。 石破茂農相は、この制度を含めて「ありとあらゆることを検討する」と話している。 日本の農業や農村に活力をもたらし、食料自給率の向上につなげるには、どんな制度がいいのか。 国の将来がかかっているという覚悟で議論を重ねて欲しい。 食料自給率が40%にとどまる日本にとって、主食をはじめ食料の安定供給は重要なテーマである。 昨年、干ばつやバイオ燃料の需要増などで穀物は世界的に高騰した。 長い目で見て、これからも世界の食糧需給は逼迫(ひっぱく)する可能性が高い。 日本の耕地の半分以上は水田だ。 十年後に自給率50%という目標を達成するには、水田を生かして米粉や飼料用米の利用を増やすなどの工夫が欠かせない。 日本は輸入米に高い関税をかけ、代わりにミニマムアクセス(最低輸入量)の義務を果たしている。 しかし、世界貿易機関(WTO)の交渉では、農産物の自由化が加速するのは避けられない。 競争力を高めるには、効率化を進めるだけでなく、農業への参入をしやすくする仕組みが必要だ。 中山間地の農村では、耕作放棄地の増加や人口減少、高齢化など多くの問題を抱えている。 農政の転換は、それらの改善に結びつくものでなければならない。 農村での暮らしや農業の将来に希望が持てるようにし、食の安全・安心への期待に応えることは、国の大きな課題だ。
Feb 23, 2009
「一芸は道に通じる」という。 一つの分野を究めた人は、あらゆる物事の道理が分かるという意味だ。 主に芸について語る言葉だが、食通も例外ではないだろう。 全国に事業所がある企業の幹部に名うてのラーメン通がいた。 転勤族なので神戸はもとより全国各地に赴いた。 当然、それぞれの地で有名店を訪ね歩く。 やがてラーメンどころがどのようにして誕生するかというメカニズムが見えてきたと、彼は説く。 札幌にしろ博多、旭川にしろ、ずぬけておいしい店が出現する。 評判を聞きつけて、同じような店が次々とできる。 店が増えていくほどに、生き残りへの競争意識が高まる。 切磋琢磨(せっさたくま)が繰り返されていくことで、全体の味が磨かれていく。 これが、彼の語るメカニズムだ。 新産業集積の構図にも通じるという指摘が、おもしろい。 つまり、優れた起業家が現れると、刺激されて意欲のある人が続々と集まる。 地域に競争と危機意識が浸透する。 すると「生き残るための創意工夫をし、全体の技術レベルも向上していく」。 例えば、米カリフォルニアのシリコンバレーのように。 要因のどれか一つでも欠けると、ラーメンどころとは言えなくなると、彼はみる。 核になる店舗がない。 後に続く店が少ない。 危機感に乏しい。 地域を盛り上げる気概がない。 創意工夫の跡がみえない。 これまた、どの産業にも共通する点ではないだろうか。 起業をめぐる講座が、盛んに開かれる。 兵庫のどこかで、だれかが、先頭を切って、新しい産業の渦をつくらないだろうか。 経済危機のニュースに心を重くしながらそんな想像にかられる。
Feb 22, 2009
少子高齢化がこのまま進み、人の数が減っていくと地域はどうなるのだろうか。 遠い先の姿はなかなかイメージしにくいが、二〇〇五年の国勢調査結果を基に、先日、兵庫県がまとめた今世紀半ばの将来推計人口は有力な手がかりになる。 〇五年の県全体の人口は五百五十九万人。 これが、五五年には三百九十七万人と、七割程度にまで減ってしまうと予測する。 高齢者の比率は40%を超え、いまの倍の水準になる見込みだ。 まさに超高齢社会である。 長期的にとはいえ、百五十万人もの人が減るという予測は重い。 まして、但馬や淡路、西播磨の九市町で人口が半減してしまうという推計には言葉を失う。 あくまで、人口や世帯動向にみられる傾向が続くと仮定した場合の推計で、必ずこうなるというわけではない。 ただ、人口減が想定より早く始まっている可能性が高いことを考えると、この先の数字の動きはもっと大きいかもしれない。 実際に住民の数が半分になれば、市や町はどうなるか。 生活の中にさまざまな問題が生じることは間違いない。 地元の商店街や農業、林業などをどう維持していくか。 住む人がいなくなる集落も増えていくだろう。 予想される暮らしや地域への影響を考えると、将来の話で済ますわけにはいかないだろう。 今回の推計では、人口減とともに偏在化という現象も明確になった。 長期的には県内全域で人口は減るが、神戸や阪神地域では二五年ごろまで人口増が続く。 東灘区や西宮市などでは、五十年後も一けたの減でとどまり、都市部と農山村部とのギャップが広がる。 同じ神戸・阪神間でも、都心部に人が集まる一方、交通の便がよくない都市周辺や開発から三十年を過ぎるような住宅地では高齢化や人口流出が続くだろう。 ひとつの地域内でも偏在化の傾向が進むわけだ。 さらに、高齢の夫婦だけの世帯や高齢者の単独世帯も増える見通しで、行政の施策は一層難しくなるだろう。 人口は増え、経済も発展する。 そんな「右肩上がり」を前提に組み立てられた社会システムでは、この先、ますます通用しなくなることは目に見えている。 見直しが、避けられない課題となってきた。 兵庫県でも、ここ数年をピークに人口減に向かうとみられる。 地域社会の明日を考えるためには、示された未来予測としっかり向き合うことが第一歩だと思う。
Feb 22, 2009
衆院議員会館の五一二号室は、窓の正面に首相官邸を望む事が出来る。 元衆院議長の原健三郎さんが長く使っていた。 引退後は、晴れて衆院議員となった原さんの元秘書が部屋の主となった。 彼はこの部屋で、次は大臣、総理と闘志をかき立てた。 信条を尋ねられると、いつもこう答えた。 「政治の心は母心。子を思う母のように、人心と向き合いたい」と。 彼は故郷、宝塚の市議、県議を経て国政の舞台に出た。 国会初当選の後、自伝を出版している。 タイトルは「わが掃苔(そうたい)の心」と付けた。 掃苔は秋の季語で、盂蘭盆会(うらぼんえ)の墓参りをいう。 これまで世話になった人たちへの感謝の気持ちを込めたと語っていた。 現職市長の汚職事件に揺れる故郷宝塚で、出直し市長選に名乗りを上げたのは、三年前の春のことだ。 「周囲に、生まれ故郷を助けてほしいと言われ、決意した」と訴えた。 そして「宝塚市に骨を埋める覚悟だ」と国政への未練を断ち切った。 市民は、この地元の保守政治家に市政再建を託した。 その宝塚市長、阪上善秀容疑者が、霊園の造成工事をめぐり収賄容疑で逮捕された。 前市長に続き、またも汚職事件である。 就任直後から金にまつわる問題が次々と浮かび上がり、釈明と訂正を繰り返してきた。 政治家というより、人としてのモラルが問われる場面も多々あったと記憶する。 市長に当選し「人柄と清潔さ、経験で選んでもらったと思う」と語っていた。 振り返ると悪い冗談としか思えない。 そして掃苔の心を言いながら、霊園を舞台にした事件で逮捕された。 今、彼の目に、格子の窓から何が見えるだろうか。
Feb 21, 2009
香川県の県立中央病院の医師が、不妊治療の女性に誤って別の女性の受精卵を移植した疑いがあることに気づき、妊娠九週目で人工中絶していたことがわかった。 医師がシャーレ(容器)に入った受精卵を他人のものと取り違えたらしい。 病院には過ちを防ぐマニュアルがなかった。 検査する作業台には一人の患者のものしか置かない▽シャーレのふたや容器に氏名を記すなど、基本が守られていなかった。 妊娠を喜び、出産を待ち望んだ被害者の苦痛や失望は察するに余りある。 事故が起きたのは昨年九月。 医師が受精卵を女性の体内に戻し、十月上旬に妊娠を確認した。 女性はそれまで体外受精に失敗していたのに、経過が順調だったため医師は不安になった。 作業手順を振り返った医師は、作業台に別のカップルの容器も置いた気がした。 受精卵は別人のものと確信するようになり、院長に報告したという。 誤りに気づいた後の病院の対応にも疑問が残る。 「自分たちの受精卵の可能性はないか」と聞いた夫に誠実に応えていたか。 手術後のDNA検査などを行わず、取り違えだったかどうかの確認をしなかった。 受精卵を間違って使われた夫婦への説明も遅かった。 事故を国に報告もしていない。 こうした事故は国内では初めてだ。 しかし、実情を知れば知るほど不安になる。 不妊治療の中でも卵子と精子を培養器で受精させ、子宮に戻す体外受精は年々増えている。 実施施設は五百を超え、年に二万人近い赤ちゃんが生まれている。 晩婚化や妊娠・出産の高齢化が背景にある。 ところが、安全対策は後回しなのだ。 一検査台に受精卵の入った容器を複数置かないことすら徹底されていない。 手順ごとに複数のスタッフが確認する基本もあまり守られていない。 香川のケースはすべての作業を医師一人でこなしていた。 国が五年前に実施した調査によると、全国の不妊治療施設で学会が望ましいとする設備や人員をすべて備えているのは、全体の二割に満たなかった。 受精卵を扱う技術者がいない施設も少なくない。 別の調査では、不妊治療でヒヤリとした経験を持つ医師が少なからずいた。 外国では受精卵を取り違え、他人の赤ちゃんが生まれた例も報告されているが、国内でも起きないとは言い切れない。 まず、実態を洗い出す。 次に受精卵取り扱いルールや作業手順マニュアルを徹底することを急いでもらいたい。
Feb 21, 2009
小泉ショックに中川ショックが追い打ちを掛け、麻生政権の弱体化は目を覆うばかりである。 定額給付金の財源などに関連する法案の衆院再議決に疑問を呈していた小泉純一郎元首相は、再議決の本会議が開かれれば欠席すると明言した。 麻生太郎首相は先に小泉氏から郵政見直し発言を批判された際、「叱咤(しった)激励」と受け止めたというが、今回は政権の方針に逆らう明白な「造反宣言」である。 影響力は限定的との見方もあるが、野党と対決する以前に足元の火消しに追われる政府・与党の姿は尋常ではない。 もうろう会見で引責辞任に追い込まれた中川昭一前財務相兼金融担当相の問題も、政権に重くのしかかる。 首相は昨日の衆院予算委員会で「世界的に不安や不信を招いたことは申し訳ない」と陳謝し、自らの任命責任も認めた。 財務相の辞任問題で国会が空転した揚げ句、野党も復帰した審議で首相は謝罪や釈明に四苦八苦のありさまである。 これまた、異常な光景というほかない。 自民党内からは中堅・若手を中心に「麻生首相では次の衆院選は戦えない」と首相交代論が公然と語られ始めた。 しかし、ちょっと待ってほしい。 わずか5カ月前の総裁選で雪崩を打つように「選挙の顔」として麻生氏を担ぎ上げたのは、どこの誰だったか。 党内では、新年度予算の成立後に9月の総裁選を前倒しで実施し、「新たな顔」を選び直そうとする動きもあるという。 いまでさえ、多くの国民が強い不信感を抱いている「民意なき政権のたらい回し」をもう一度という算段である。 いいかげんにしてもらいたい。 ご都合主義にもほどがある。 小泉氏のせりふを拝借させてもらえば、それこそ国民は「笑っちゃうくらいに、ただただあきれている」と指摘しておく。 共同通信社の緊急世論調査によると、麻生内閣の支持率は13.4%に落ち込んだ。 不支持率は76.6%と8割近くに及ぶ。 政権末期から崩壊寸前の極めて厳しい数字である。 その背景にあるのは「小泉・中川ショック」だけではない。 「政局より政策」「選挙より景気対策」と繰り返し、衆院の解散・総選挙をいたずらに先送りし続ける首相の政治姿勢こそ、厳しく問われているのではないか。 望ましい衆院解散・総選挙の時期は「いますぐに」と「予算成立後の4月ごろ」を合わせると、7割を超えた。 「100年に一度」とも「戦後最大」とも呼ばれる経済危機なのに、政治は一体何をしているのか。 早期の総選挙で民意の審判を受け、国民の信任を取り付けた本格的な新政権で出直すべきではないか。 そんな怒りを込めた国民の声が聞こえないようでは、あまりにも鈍感にすぎる。 いや、不都合な世論には意図的に耳をふさいでいるとしか思えない。
Feb 20, 2009
お金がなくてもちょっとしたレジャーは楽しみたい。 そこで不況の時は安い、近い、短いの「安・近・短」が余暇のキーワードとなる。 今、ぐるっと世の中を見渡して思い浮かぶキーワードは「軽い、甘い、低い」だろうか。 例えば、大学やスポーツ界で広がる大麻汚染がそうだ。 「軽い」気持ちで「甘い」誘いに乗って手を染めてしまう。 その結果、どんなことが身に降りかかってくるのかよく考えず、罪の意識も「低い」。 寂しいのは、今の政治の状況も「軽い存在感、脇の甘さ、低いモラル」でくくられそうなことだ。 きのう、「深酒疑惑」の中川財務相が辞任した。 世界各国が協力して、経済危機を乗り越えようとしているさなかの失態である。 緊張感のあまりの欠如に、来日中のヒラリー・クリントン米国務長官もびっくりしたのではないだろうか。 同じ米国の文化人類学者、ルース・ベネディクトが「菊と刀」を著したのは、太平洋戦争の終戦直後のことだ。 西欧は内面に倫理観を抱く「罪の文化」で、日本は世間体など外部に対し倫理を働かせる「恥の文化」だと分析し、論議を巻き起こした。 それから六十年余り。 今回の疑惑をめぐる財務相の言動からは、当初、迷惑をかけたという罪の意識も恥の意識も伝わってこなかった。 安倍内閣以来、すでに二人の首相が政権を投げ出し、六人の大臣がいすを追われている。 永田町の感覚はともかく国民としては、恥ずかしくてたまらない事態である。 重みのある言葉で語りかけ、自らの言動には厳しく当たる。 そして高い志を持った人。 そんな政治家はいないものか。
Feb 19, 2009
さながら「地方の反乱」である。 大阪府の橋下徹知事が二〇〇九年度当初予算案で、国直轄事業の負担金支出を一部削減し、国への対決姿勢を示した。 この負担金制度では、国が直接行う道路や河川などの公共事業について地元自治体が一定割合を支払う。 地方には事業の決定権がないのに多額の支出を強いられることが以前から問題になっていた。 大阪府の予算案は、負担金のうち建設費を原則二割、維持管理費を一割カットした。 財政難で府民にも我慢を求めざるを得ない。 そんな状況下、国に関係する支出にも聖域なく切り込んだ。 大胆だが、府民にとっては分かりやすい判断だろう。 負担金への不満は各地で強まっている。 新潟県の泉田裕彦知事は、建設費の上昇などを理由に国から求められた北陸新幹線の負担金増額に応じられないと表明した。 新幹線建設費の負担増には福岡、佐賀県知事も「説明が不十分」などと否定的だ。 兵庫県の井戸敏三知事も負担金のあり方に疑問を投げかける。 関西空港の護岸工事に対する負担金の出資では「(国の事業内容に納得していない)大阪府と共同戦線を張る」と述べている。 異議申し立てが相次ぐのは、自治体財政が苦しくなり、その負担が重くなっていることが背景にある。 国直轄事業で国道などを整備すると、地方は建設費で三分の一、建設後の維持管理費も半分近くを負担する。 国土交通省は「地方側の受益を考えれば合理的」としており、地方の負担金は〇八年度で計九千百八十三億円にも上る。 共同通信の調査では、国直轄事業負担金制度について、三十六都道府県が「国が全額負担すべきだ」「地元に事業内容の決定権がない」などと問題視している。 ただ、地方の側も制度廃止で一致しているわけではない。 国の大型公共事業への期待感から「応分負担はやむを得ない」との意見もあった。 とはいえ、分権改革が正念場を迎え、地方の主体性が問われているときである。 「応分負担」には議論の余地があるにしても、地方が事業決定に十分関与できないまま一方的に費用負担を押しつけられる上意下達の仕組みは改めねばならない。 地方負担金制度については、国交省も改善の必要性を認め、全国知事会との話し合いの場を設けることになった。 この際、抜本的な見直しに踏み出すべきだろう。
Feb 19, 2009
今回は、まず最初に、一つの寓話を紹介します。 一人の男が、家族のことで悩んでいた。 その男は、悩みを解決するために、「人生の達人」と言われる老人に会いに行った。 男は老人に尋ねた。 「妻には、もっと大らかであってほしいと願っています。しかし、実際の妻はとても神経質な性格で、いつも心配ばかりしています。そんな妻と一緒にいると、こっちの気まで滅入ってきます。どのようにすれば、私の望むような妻になってくれますか?」 さらに男性は続けました。 「私の子供は、勉強嫌いである上に、反抗的な性格で困っています。そんな子供を見ているとイライラしてきます。どのように育てれば、私の期待通りの子供に育ってくれるのでしょうか?」 今度は老人が男に尋ねた。 「わしも一つ悩んでいることがあるので相談に乗って欲しい。明日からの1週間、なんとしても晴れて欲しいのじゃ。明日から1週間の天気を必ず『晴れ』にするには、どうすればよいのじゃろうか?」 男は答えた。 「そんなことで悩んでも仕方ありません。天気はコントロールできないのですから」 すると、老人は言ったそうです。 「はっはっ、ははは、そのとおりじゃ。あなたの妻も子供も、天気と同じく、あなたの思い通りにすることはきないのじゃよ。妻は、夫の思い通りにはならんものじゃ。そして子供は、親の思い通りには育たないものじゃ。自分以外の人間を、自分の思い通りにしようなどと悩むのは、天気を思い通りにしようと悩むほど愚かなことじゃ。」 男は自分の愚かさに気づいた。 「私はコントロールできないものをコントロールしようとして悩んでいたのですね」 『こころの生態系』という本の中で、河合隼雄さんが、「20世紀は‘オペレーション’の時代であった」と語っておられます。 ‘オペレーション’とは‘操作’のことで、具体的には「自分の目の前の世界を自由自在にコントロールしよう」という‘操作主義’のことを指しています。 「科学技術という便利な道具を使えば、自然を人間の思い通りに操ることができる」と考えた人間は、人間の都合のいいように自然を操作しようとし、その結果、自然を破壊し、地球環境の危機を招きました。 自然を自由自在にコントロールしようとする操作主義のため、「自然を敬う気持ち」や「大自然に対する謙虚さ」を失ってしまい、自分たちが自然の一部であることすらも忘れてしまったわけです。 また、「人間関係のテクニックやスキルを使えば、人からの信頼を得ることができ、人を思い通りに動かす(操る)ことができる」と考える人は、自分自身の生き方や人間性を高めることを忘れ、テクニックやスキルに走ってしまいます。 その結果、一時的にうまくいくことがあっても、長いスパンで見れば、ますます思い通りにならない人間関係に苛立ったり、悩んだりすることになります。 (テクニックやスキルが役に立たない、と言っているわけでは決してありません。「生き方や人間性という土台をおろそかにしてしまうと、せっかくのテクニックやスキルが空回りしてしまう」ということが言いたかったのです) 最初に紹介した寓話の男も、操作主義に陥っていたために、妻や子供を、自分の思い通りにしようとしていたわけです。 こころの生態系ー日本と日本人、再生の条件(講談社プラスアルファ新書)この本の中で田坂広志さんが次のように嘆いています。 「私たち現代人は、『世界は操作などできないものだ』という覚悟さえ、いつのまにか失ってしまった」その結果、現実が思い通りにならないと、すぐに混乱したり、苛立ったり、無力感に陥ったりしてしまうわけです。 逆に、「他人も世界も、自分の思い通りに操作できるものではない」という覚悟を持つことによって、私たちは、コントロールできないものへの執着から解放され、コントロールできるものへの意識をフォーカスすることができるのです。 コントロールできるものとは、‘自分自身’ですね。 そこに意識を向け直したとき、「どこまでも自分自身を磨き、高めていこう」という向上心が生まれてくるのです。
Feb 18, 2009
「自壊」という言葉が思い浮かぶ。 内閣支持率の低迷にあえぎ、浮揚のきっかけさえつかめない麻生政権が、その内側の、しかも中枢から崩れ始めたとも言えるのではないだろうか。 先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)の記者会見で「醜態」を演じた中川昭一財務相兼金融担当相が、引責辞任に追い込まれた。 最初は、きのうの昼、国会で審議中の2009年度予算案と関連法案の衆院通過後に大臣を辞めると言った。 しかし、野党が「いますぐ辞めるべきだ」と反発し、野党が多数を占める参院に中川氏の問責決議案を提出すると、夕方になって、中川氏は麻生太郎首相に辞表を提出、受理された。 何とも、見苦しいお騒がせ大臣の退場劇だと指摘せざるを得ない。 中川氏の記者会見だけでなく、その後始末でもまた、政権は醜態をさらしてしまった。 中川氏の問題については、もはや多言は必要ない。 国際舞台で日本の財務・金融担当の司令塔として、世界に情報発信する役目だったにもかかわらず、酩酊(めいてい)状態のように、ろれつが回らず、しどろもどろの質疑応答だった。 多くの国民が、ローマから送られてきた映像に目を覆い、音声に耳をふさぎたくなったに違いない。 「日本の財務相が居眠り」「自国の政策金利を取り違えた」など、海外メディアも驚きと皮肉を込めて一斉に報じた。 折しも、内閣府が2008年10-12月期の国内総生産(GDP)は、戦後二度目の2けた減少だったとの速報値を発表し、「戦後最大の経済危機」と非常事態を宣言した。 私たちが直面している経済危機の深刻さと、その危機を乗り越える使命を担う財務・金融担当相の信じ難い言動とが、二重写しとなった。 国民の信頼を裏切り、国際的信用さえ傷つけた中川氏の辞任は当然だ。 首相の任命責任も厳しく問われるべきだ。 政権中枢の財務相が国会で予算案の審議中に辞任するとは極めて異例だ。 政権運営に与える影響は計り知れない。 より深刻なのは、財務相辞任をめぐる首相の朝令暮改ぶりである。 一昨日の段階で、進退問題が浮上した中川氏と会談した首相は、「体調をしっかり管理して、職務に精励してほしい」と中川氏の責任を問うどころか、かばっていた。 ところが、きのうになって一転、中川氏の「期限付きの辞意」を了承したかと思えば、「やっぱり即刻辞任」と右往左往する体たらくである。 首相にとって中川氏は、個人的な信任も厚い。 財務相に金融担当相も兼任させたのは、内閣の目玉人事でもあった。 しかし、国政の運営に私情は禁物である。 「泣いて馬謖(ばしょく)を斬(き)る」のに躊躇(ちゅうちょ)したとすれば、政治の最高責任者として優柔不断との批判は免れないだろう。
Feb 18, 2009
落語家の三遊亭歌之介さんが、ある出来事で悩んでいた時に、佐々木将人さんから次のように言われたそうです。 「歌之介君、君は1センチの物を、1センチのものさしで測っていないか?1センチの物は、100メートルのものさしで測っておけ。そうすれば大して気にならないぞ。いいか、人生はいつも100年のものさしで測っておけ。そうすれば悩まない。なぜか分かるか?100年経ったら、みんな死んどる。」 歌之介さんは、目からウロコが落ちたそうです。 たしかに、喜びも悲しみも100年以内なんですね。 いろいろな経験できるのも、100年以内。 そして、「今起きていることが、自分の人生100年の中で、どんな意味を持つのか?」と考えると、とても大きな視点で考えることができますね。 さて、あらためて「人生は100年」という前提で考えてみましょう。 秒で表すと、約32億秒です。 何かの本で、人生を砂時計にたとえていました。 つまり、人生とは32億秒の砂時計ということです。 1秒に1粒、確実に砂が落ちていく砂時計。 そして人生とは、この1粒(1秒)のことですね。 この1粒の積み重ねが人生になっていくのですから。 私たちにとって大切なのは、この目の前の「1秒」。 これは、2度と手にすることはできない。 逆戻りさせることもできない。 1秒に1粒落ちていくのです。 1時間に3、600粒、 1日に86、400粒、 1年間に2、592、000粒、落ちていきます。 今40歳の人だと、夏を経験できるのも、あと60回。 あなたの場合はどうですか? さて、今日一日を、どのように過ごしますか? 『質問』 「あなたの人生に今起きている出来事は、あなたの10年後から見て、どんな意味を持ちそうですか?」 「あなたの人生に今起きている出来事を、あなたの10年後に役立てるためには、今、何をすればいいですか?」
Feb 17, 2009
自由で公正な選挙は民主主義社会の根幹をなすものだ。 公職選挙法は、そのために制定されている。 必要な法律ではあるが、現行公選法は選挙の公正さを保つことに主眼が置かれ、厳格な規制や解釈が結果的に自由な選挙を阻害しているのではないだろうか。 総選挙が必ず行われる年だけに、そんな思いを抱く選挙立候補予定者や有権者は多いだろう。 自由で活力ある選挙は国民の政治への関心を高める。 オバマ大統領を誕生させた米大統領選が、それを見せつけたではないか。 日本でも公選法の実態に合わない規制は見直すときではないだろうか。 とりわけ求めたいのがインターネットを利用した選挙運動の解禁だ。 現行法では解釈上、ネット利用は選挙期間中に不特定多数への配布を禁じた法定外の「文書図画」として扱われている。 つまり、政党や候補者が選挙公示後、ネット上に設けたホームページやブログなどに主張や活動状況を書き込めば、禁止された「文書図画」の配布となり、公選法に抵触するというわけだ。 しかし、政党はもちろん、多くの政治家は既にネット上でパソコン画面を通して日常的に自らの政策や見解を訴え、活動状況を報告しているのが現実だ。 それが公示と同時に消えるわけではない。 選挙中もホームページは誰もがのぞける。 そこには公示前に書き込まれた候補者の政策、主張が掲載されている。 公示後の更新を禁止していても、実態的には意味がないと言っていいのではないだろうか。 ネット選挙を法的に解禁すれば、ネットによる政治活動に精通しているかいないかが勝敗に影響し、選挙の公正さが失われるとでも言うのだろうか。 有権者に主張や活動を知ってもらうのが選挙運動の本来の姿だろう。 だとすれば、これだけインターネットが一般化した社会で、選挙中に候補者のネット上での訴えを禁じているのは時代遅れだ。 ネット利用が解禁されれば、候補者の政策、主張がこれまでより早く、広く、いつでも伝わる。 有権者と候補者の直接対話も可能だ。 候補者選択の判断材料も増えることになる。 候補者にも選挙運動の手間と費用が少なくて済むという利点もある。 若い世代の選挙への関心=政治参加を高める有効な手段にもなり得るのではないだろうか。 総務省の研究会がネット選挙の利点を提言して6年。 民主党はネット利用解禁へ公選法改正案を提出し続けている。 自民党も一昨年、ようやく条件付き解禁の方向で報告書をまとめた。 無論、候補者に対する誹謗(ひぼう)中傷や外部からの改ざん、虚偽情報など選挙妨害を防ぐための規制や罰則は必要だが、ネット選挙解禁への機は熟している。 与野党は今国会で早急にネット利用のルールを整備し、次期衆院選で「ネット選挙」を解禁してもらいたい。
Feb 17, 2009
幸福は、人に与えることによって増大する財産なのです。 幸福というものは、他者に与えた分だけ、自分に返ってくるものなのです。 人生において最も素晴らしい報酬は、蓄積された金銭的な財産からではなく、人の幸福に役立つことができたという精神的な満足感から得られるのです。 人生で最も素晴らしい豊かさを手に入れる人というのは、お客様に満足をもたらすと同時に自分自身にも利益をもたらすサービスを提供する方法を見出した人です。 「あなたと取引することに決めて良かった」とお客様に喜んでもらえるようになろうという決意と豊かな心を持って仕事に取り組めば、大きな利益は自然についてくるでしょう。 他の人たちと喜びを分かち合うことの出来る幸福な人は、世の中には常に不足しているのです。
Feb 16, 2009
厳しい逆風にさらされながら、神戸空港はきょう、開港三年を迎える。 この一年間の搭乗者数は二百六十八万三千人で過去最低となった。 三百十九万人という需要予測を掲げているが、三年間で一度も超えたことがない。 路線も減った。 開港時は航空三社が国内七都市を結んだ。 しかし、新潟、鹿児島に続き、この三月末で仙台線もなくなる。 羽田、札幌、沖縄の主力三路線のほかは、石垣線と昨秋に就航した天草エアラインの熊本線だけになる。 景気が悪化しているだけに、路線拡充は難しい。 今期は赤字に転落する見通しの日航、全日空は、不採算路線の廃止や減便は進めても路線増は期待薄だ。 便数が減ることは、神戸への企業進出にも影響する。 空港島にある企業向け用地の売却は、まだ全体の6%にとどまる。 売却代金を造成費の借金返済に充てるという計画の達成に暗雲が漂う。 一方、三年間でポートアイランドの土地利用がかなり進んだ。 景気回復期に重なったこともあって、百三十社を超える医療関連企業が進出した。 医療産業都市構想は少しずつ形になってきたといえる。 理化学研究所の次世代スーパーコンピューターが着工にこぎ着け、大学の開校も相次いだ。 空港の存在が、ビジネスマンや研究者には魅力と映っている。 しかし、総じて状況は厳しい。 関西、伊丹、神戸の三空港を一体運営すべきという意見が官民で高まっており、将来の姿ははっきりしない。 いま大切なのは、増便への働きかけと同時に、将来をにらんで神戸の魅力を磨いておくことだろう。 スカイマークは神戸空港を「西日本の拠点」と位置づけ、今後五年間の経営計画の中で路線を大幅に増やす方針だ。 神戸空港の利用便数がもっと増えるよう、他の航空会社への働きかけを続けていかなければならない。 その際、神戸や周辺地域を訪れたくなる長期的な戦略が欠かせないだろう。 例えば、観光資源をもっと生かす方策はないものか。 兵庫で宿泊する人の半数は、関西圏内からの観光客だ。 より遠い地域からの観光客が増えれば、空港の利用者数も底上げされるだろう。 一度訪れたら繰り返して足を運びたくなるのが神戸といわれるだけに、誘致への工夫をさらに重ねていかなければならない。 企業活動や医療、観光、教育などで、神戸の力を磨く。 空港が元気になるかどうかは、そこにかかっているのではないだろうか。
Feb 16, 2009
同じごみでも、このごみは厄介きわまりない。 地球の周りの宇宙空間を秒速数キロという猛烈な速さで飛び回り、こぶし大のものでも衝突すると破壊力はすごい。 そんなものが有人宇宙船に当たれば身の危険につながり、人工衛星にぶつかっても通信や観測に深刻な影響が出かねない。 宇宙ごみ(スペースデブリ)へのこうした不安は以前から指摘されてきたことだが、とうとう現実になった。 シベリアの上空約八百キロで、米国とロシアの新旧二つの通信衛星が衝突したのだ。 片や重さ五百六十キロ、片や一トンという大型の衛星。 数百もの破片が宇宙空間の広い範囲にまき散らされたとみられる。 ロシアの衛星はすでに使われていなかったが、米国の衛星は携帯電話用の現役衛星で、衝突時の破損や衝撃で一時、通信停止などの影響が出たようだ。 宇宙の利用が進めば、ますます宇宙ごみは増えるだろう。 そうなると衝突の可能性はさらに高まる。 ごみを出さない国際的な取り組みや、用済みの衛星を安全に回収するなどの対策が欠かせない。 人工衛星は一九五七年に旧ソ連が打ち上げたのが最初で、この半世紀余りの間に約六千個を数える。 宇宙ごみは、形を保ったまま飛び続ける約三千の衛星のほか、打ち上げ時のロケット本体や衛星の部品など、追跡可能なものだけで約一万二千個、微小なものも含めると数十万個に達する。 こうしたごみは、低軌道と呼ばれる高度二千キロ以下の空間に集中するらしい。 そんな中を日本も参加する国際宇宙ステーションが飛行しているわけで、ごみへの不安が増すのは当然だ。 中国は二年前、弾道ミサイルによる人工衛星の破壊実験を行った。 その際、大量の宇宙ごみを発生させたことに国際社会から強い批判が出た。 これをきっかけに、国連の委員会は宇宙ごみを減らすことを目的にした指針を採択した。 もっと厳密な国際ルール作りが必要ではないだろうか。 最近の人工衛星は宇宙ごみの動きを監視しながら軌道を修正する機能を備える。 しかし、小さなものまで防ぐのは難しい。 宇宙航空研究開発機構は宇宙ごみを衛星で除去する技術の一環として、軌道上でごみの位置を特定する実験を行った。 こうした研究開発の実用化も必要だ。 宇宙ごみ対策は決め手がない。 極力出さない。 回収に努める。 動きを把握する。 それを基本に、できることから始めていって欲しい。
Feb 15, 2009
永六輔さんを知っていますか? これは永六輔さんが本に書かれていた話です。 永六輔さんは、映画評論家の淀川長治さんと誕生日が同じだったそうです。 ある誕生日の日に、著名人・芸能人の仲間数人と集まってパーティをすることにし、淀川さんを招待した時のことです。 淀川さんは、次のように話したそうです。 「誕生日は、母が陣痛の痛みに耐えて私を産んでくれた日です。私を産んでくれた母に感謝する日なので、母と一緒に過ごしたい。」 この話を10年くらい前に読んで、とても感動したのを覚えています。 誕生日は「自分が生まれた日」と思っていましたが、視点を変えれば「母親が自分を産んでくれた日」でもあるし、「母親が陣痛に耐え抜いてくれた日」でもあるのです。 その話を知った年から毎年やっていることですが、母に電話をしました。 「お母さん、42年前の今日、僕を産んでくれてありがとう。おかげで幸せな人生を生きてます。」 最初の年はすごく照れくさかったのを覚えています。 今では毎年の恒例行事になりました。 いつも、感謝の気持ちで胸がいっぱいになります。 悔いのない人生を送るためにも、感謝の言葉を伝える機会は大事にしていきたいと思っています。 もちろん、感謝の気持ちを伝えたいのは、両親だけではありません。 いつも私を支えてくれている私の家族、親族と友人たち、いつも元気と勇気を与えてくれる仕事仲間たち、ありがとうございます。 いつもいつも本当にありがとうございます。 皆さんの人生に、全ての良き事が、なだれの如く起きますように!
Feb 14, 2009
書店では漢字の本が山積みされている。 首相の誤読問題が火を付けた面もあるが、関心はかつてなく高まっている。 けん引役といえる日本漢字能力検定協会(京都市)が、文部科学省の立ち入り検査を受けた。 必要以上の利益を出すことが認められていない公益法人でありながら、かなりの利益を出し続けていたというのが、検査の理由だ。 文科省によると、二〇〇六、〇七年度の二年間に、協会は計約十五億円の利益を計上している。 〇七年度末の資産総額は約七十三億五千万円に達した。 それまでの三年間で二十三億円以上も増えたのだから、「もうけ過ぎ」の指摘はもっともだ。 業務委託の問題もある。 協会の大久保昇理事長、息子の協会副理事長が役員となっている広告会社など四社に、広報や採点処理などの委託業務として、〇六-〇八年度で計約六十六億円を支出しているのだ。 これも「不透明」といわれる。 広大な土地と和風建築二棟を計約六億七千万円で購入していたこともわかっている。 この不動産取得と漢字検定という本来の事業がどう結びついているのかも、実にわかりにくい。 こうした実態をみれば、文科省の立ち入り検査は遅すぎた感もある。 文科省は〇四年度以降、検定料の引き下げや業務委託の是正などを求めてきたという。 その後、検定料が見直されてはいるが、協会の高収益をみる限り、引き下げは不十分だろう。 文科省の指導は軽視されていたのではないのか。 今回の立ち入り検査では、理事長らが関係する企業との結びつきなど、数々の疑問点について徹底的な調査を求めたい。 協会は漢字ブームの生みの親である。 任意団体として発足した一九七五年、受検者はわずか六百七十二人だった。 財団法人となった九二年以降、急速に受検者が増えた。 いまでは小学校一年レベルの十級から最高難度の一級までに分かれた漢字能力検定の受検者は、二百七十万人を超える。 入試の評価に利用する大学も多い。 一九九五年に始まった同協会の「今年の漢字」第一号は、阪神・淡路大震災などを受けて「震」だった。 これも師走に欠かせない恒例行事に育っている。 知名度が上がるほど、責任は重くなる。 協会としても、自浄能力が問われる事態と受け止めてもらいたい。 「不明朗」の漢字がつきまとうようでは恥ずかしい。
Feb 14, 2009
残留農薬に汚染された輸入米を食用として売る。 とんでもない商売を重ねていた不正転売事件は、コメへの不安感を消費者へ与えた意味でも罪は重い。 この事件を調べていた大阪、福岡、熊本の三府県警合同捜査本部が、大阪の米粉加工販売会社「三笠フーズ」社長ら五人を不正競争防止法違反(虚偽表示)の疑いで逮捕した。 一斉捜索から五カ月がたつ。 ここまで捜査に時間がかかったのは、汚染米の流通ルートが複雑なうえ、より罰則の重い詐欺罪で立件できるかどうかを慎重に見極めたかったからだろうと思われる。 取りあえずは虚偽表示の疑いで逮捕に踏み切ったが、捜査本部は詐欺容疑の立件を断念してはならない。 厳しい姿勢で全容解明を進めてもらいたい。 それほど事件は深刻だ。 五人が転売したとされるのは、農薬に汚染されたベトナム産うるち米である。 工業用のり原料として購入しながら、正規米に混ぜて食用米を装い、九州の酒造会社へ販売した疑いがある。 このほか、カビ毒などの汚染米も政府などから購入し、転売したとされている。 「金もうけのため」と社長は供述しているようだ。 食用にできない事故米なので、仕入れ価格は一キロ当たり一八・九円だった。 それを酒造会社へは、食用として同六九・五-九八円に値を上げて売っていたのだから、ひどい話だ。 知らずに買った酒造会社などは、経営に大きな打撃を受けた。 汚染米の流通先として農水省が間違って名前を公表したため、今なお風評被害に悩まされている菓子製造業者なども少なくない。 流通先は四百社近い。 それぞれのルートをつぶさに調べ、詐欺商法としか思えない転売の実態を暴いてもらいたい。 その際に忘れてはならないのが、農水省の責任である。 三笠フーズへは九十六回も点検に入りながら、不正を見破れなかったのだ。 大阪農政事務所の元幹部が同社から接待を受けていた事実も明るみに出た。 昨年十一月、転売事件を調べていた内閣府の有識者会議は、農水省は食の安全を守る自覚や責任感が欠落していると報告した。 厳粛に受け止めるべき指摘である。 当時の事務次官が更迭され、農相も辞任した。 しかし、それで終わったわけではない。 捜査本部には、官民癒着の構図をあぶり出す積極的な姿勢を国民は期待している。
Feb 13, 2009

先日、姫路手柄山中央公園内にある平和資料館に行ってきました。平和資料館には毎年、姫路空襲をはじめとする戦争に関する資料が市内外から数多く寄贈され、今ではその数が約1万点近くになっています。平和資料館では、これらを当時を物語る資料として大切に保管するとともに、調査・研究し、毎年テーマを決めて展示・紹介しています。平和資料館では現在「戦時下の暮らしと姫路空襲」を開催しています。姫路は昭和20年6月22日と翌7月3日深夜から4日早朝にかけて二度の空襲に見舞われ、大きな被害を受けたのをご存知でしょうか。今回は、この「姫路空襲」をテーマに、戦争がもたらした悲劇と、当時の姫路市民の暮らしなどを知っていただける資料が数多く展示されています。それではいくつか展示品をご紹介しましょう。この写真は、中学校の軍事教練で、号令をかける際などに使用されていた信号ラッパや兵隊の絵が描かれた子ども用の茶碗。「戦争」が与えた子どもたちに対する影響の大きさがうかがえます。軍帽や水筒も展示されています。俗に「赤紙」と呼ばれた臨時召集令状です。わずか17歳の少年にも届いたそうです。どんな気持ちだったのか、想像すると胸が痛みますね。出征兵士へ贈られた日章旗(寄せ書き)です。寄せ書きは、戦争へ行く兵士に親戚や友人・知人が日の丸に名前を書いて、戦地での激励、お守りにするために贈ったもの。こちらは大阪から満州に赴いた「小松佐一郎」さんに贈られたもので、「横山エンタツ」や「花菱アチャコ」「桂春団治」など、当時、一世を風靡した関西寄席芸能人の名前が数多く書かれています。小松さんは、出征前、姉夫婦と同居しており、お義兄さんが寄席の演奏者であった関係で、これらの人々が激励したものではないかということです。展示会場には、お子さんにも戦争をわかりやすく理解していただけるクイズコーナーや、実際、空襲を体験された方の貴重お話を聞くことができるビデオコーナーもあります。この機会にぜひ、平和資料館へお越しいただき、戦争の恐ろしさ・悲惨さ、そして、平和の尊さについて、今一度考えてみませんか。姫路市平和資料館収蔵品展「戦時下の暮らしと姫路空襲」3月31日まで開催開館時間:9:30~17:00(入館は16:30まで)会期中の休館日:毎週月曜日観覧料:無料但し、常設展は有料 一般200円、小学生、中学生50円問い合わせ:姫路資料館TEL(079)291-2525
Feb 12, 2009
石破茂農相の強い意向をくみ、麻生内閣が後押ししようとしている農政改革に、早くも自民党内部から異議が出ている。 改革の目玉である減反政策の見直し策として、コメづくり農家に減反に参加するかどうかを委ねる「減反選択制」が有力な構想として浮上しているためだ。 選択制が実現すれば四十年以上に及ぶコメの計画生産態勢が崩れ、価格の急落を招くのは明らかだ。 減反を守ろうとする農家への所得補償はどうなるのかなどの疑問に明確な方針を示さなければ、コメづくり農家の不安と混乱は募るばかりだ。 農業問題の専門家によると、減反をすべてやめた場合、コメの価格は六十キロ当たり現在の半値程度の七千-八千円になるという。 これではコメづくりを主力とする日本農業は成り立たなくなってしまう。 農家もいままで以上の補償がなければ、コメづくりをためらうようにならないだろうか。 特に新潟県や富山県のように兼業農家が多いコメどころの打撃は深刻だろう。 耕作放棄地が増える心配がある。 一方、減反に加わらない農家は、自由にコシヒカリなど消費者に人気のある銘柄米をつくることができるが、価格が大幅に下落しても国の支援を受けられないリスクを背負う。 コメの国内消費が拡大しない中、豊作であればなおさら需給のギャップが開き、農家経営に与える打撃は大きくなる。 また、コメを基幹作物にして、現在40パーセントの食料自給率を50パーセントまで引き上げようとする国家的な政策にも支障が生じかねない。 石破農相が、市場原理に沿った「自由生産」とも受け取れる施策を打ち出した背景には、世界貿易機関(WTO)交渉の焦点になっている国外からのコメの関税引き下げ圧力をかわす狙いがあるように思われてならない。 選択制が実現すれば、保護対象だった日本のコメづくりは完全とは言えないまでも自由化される。 国際的な厳しい価格競争の波にさらされることを承知で、政権の改革イメージを強調させたいのだろうか。 確かに、減反割当面積を受け入れない農家が増加し、過剰作付けになっているなど、減反政策が曲がり角にきているのは否定できない。 昨年末、石破農相が思い切った農政改革に着手する姿勢を明らかにしたときは、まじめに減反に取り組んできた県内農家や農業団体などからは、生産意欲の向上につながる改革に結び付くことを望む声が上がった。 しかし、構想段階とはいえ、減反選択制は唐突であり、規模を問わずコメづくり農家の悩みをいっそう大きくしたと言えないだろうか。 引き続き減反に協力する農家への補償については、どの程度の財政手当てが必要なのかも明らかでない。 ばらまき補償と非難されないよう、消費者を含めた論議を進める必要がある。 迫る貿易自由化、農村の深刻な担い手不足など日本農業は正念場に立たされているが、改革の結論を急いでは、与党の次期衆院選対策と受け取られかねない。 日本農業の将来と国民の食料確保を主眼に、国民の合意が得られる農政改革に取り組まなければならないと思う。
Feb 12, 2009
今から、「成功するにふさわしい自分になるためには、何をどのように訓練していけばいいか?」ということをお伝えします。 もちろん、ここで言う成功者とは「幸せな成功者」です。 まず、1番目のポイントは「言葉の使い方」です。 成功者は前向き・肯定的な言葉を使います。 これは、幸せな成功者に例外なく共通していることです。 多くの人は、言葉の持つ影響力の強さを知りません。 だからこそ、否定的な言葉を使い、大きな損をしているのです。 たとえば、次の二つの言い方を比べて下さい。 1「頑張らないと、私の業績は上がらない」 2「頑張れば、私の業績は上がる」 一般的に1の言い方だと、業績を上げることが難しい感じがして、モチベーションが下がります。 2の言い方だと、業績を上げることができそうな気がしてきて、意 欲が湧いてきます。 1の言い方「・・・・・しないと・・・・出来ない」はダブル否定 と言われ、モチベーションを下げる言い方なのです。 自分で1の言い方をした時、脳は自分が発した言葉を聞いて何をイメージすると思いますか? そうです、頑張りきれなくて、業績を上げることができない自分の姿をイメージしてしまうのです。 一方、2の言い方だと、脳は、頑張って業績を上げている自分の姿をイメージするのです。 脳はイメージに反応して、自分をイメージどおりに動かすのです。 (だからこそ、ビジュアリぜーションが有効!) 上司が部下に対して声をかけるときも、この原理が当てはまります。 「本気でやらないと、いい仕事はできないぞ。」というダブル否定の言い方は、部下のモチベーションを下げる方向に働きやすいのです。 人に何かをしてもらった時の言葉についても考えてみましょう。 例えば、仮にあなたが老人で、満員電車に乗ったときに、座席に座っていた人から席を譲ってもらったとします。 ここで「すみません」と言うのと「ありがとう」と言うのでは、感じが違います。 一般的に、「すみません」という言葉を言うと、自分が萎縮するような、申し訳ないような気持ちになりやすいと言われます。 試しに、今、「すみません」という言葉を10回ほど、独り言でつぶやいてみてください。 どんな感じがしますか? 一方、「ありがとう」という言葉は、お礼を言った自分も明るい気分になりやすい言葉です。 さあ、「ありがとう」を10回言ってみてください。 どうですか? いつも「ありがとう」と言う人の方が、明るく自信に満ちた人になりやすいのです。 これも言葉の持つパワーです。 さて、ここで自分の言葉の肯定度を知るためには、自分の口ぐせをチェックしてみることをおすすめします。 「運命は口ぐせで決まる」などのベストセラーを多数書かれている佐藤富雄博士は、「人は誰でも口ぐせどおりの人生を歩んでいる」とおっしゃっています。 例えば、「お仕事の調子はどうですか?」と聞かれて、「いやー、苦戦しております」と答える人は、実際、苦戦の人生を送ります。 「私などは、たいしたことはありませんよ。」と答える人は、確実に、たいしたことない結果を作ってしまうのです。 「おかげさまで順調です。」といつも答える人は順調な人生を送り、「おかげさまで絶好調です。」といつも答える人は絶好調の人生を送ります。 (もちろん、TPOに応じて適切な言葉を使い分ける必要があることもありますが) 仕事から帰って「疲れた」と言う人は、その後、脳の活動が鈍ります。 脳は自分が発する言葉を聞いて、勝手にイメージし、そのイメージどおり自分を動かすのです。 一方、肯定的な言葉を使うと、脳は「ハッピー・ホルモン」とか「やる気ホルモン」といわれるベータ・エンドルフィンを分泌するのです。 また心理学で、「人間は、自分の言葉に洗脳される動物」と言われます。 いつも口ぐせのように言っている言葉に、自分自身が洗脳されているのです。 成功者は苦労話をしません。 誰かのために過去の失敗を語るときも、決して辛い苦労話としては語りません。 体験できてよかったこととして、明るく話します。 苦労話が好きな人は、苦労の人生を送ります。 演歌歌手の中でも、耐え忍ぶストーリーの歌が得意な人には、苦労の人生や悲劇的な人生を送る人が、比較的多いと言われています。 (もちろん、演歌歌手全員にあてはまるわけではありませんが) これは、暗いイメージ(例「耐えて、しのんで・・・」)の歌詞をいつも歌っている歌手に、特に見られる傾向です。 (もちろん、演歌の歌詞が全て暗いわけではありません) また、恋愛をテーマにした歌をいつも歌っている歌手は、恋愛におぼれたり、浮気・不倫に走ったりする確率が、一般人よりはるかに高いそうです。 さあ、まず口ぐせから変えましょう! 「失敗した」と言うよりも「学んだ~!」って言ってみましょう。 他には、「何とかなるさ」「やってみる価値はありそうだ」 「ありがたい」「ラッキー」「楽勝」 などなど、肯定的な口ぐせはいろいろありそうです。 まずは、自然に言えそうなものから口ぐせにしていきましょう。 日本を代表する高額納税者である斉藤一人さんは、「ツイてる」を口ぐせにすることをすすめられています。 「ツイてると思えばいいんだな、と解釈する人がいるけど、そうじゃない。 『ツイてる』って言葉にして言うことが大切。」とおっしゃっています。
Feb 11, 2009
「公益」という漢字熟語が読めても、その意味するところが何かを知らないのでは困る。 過剰な利益計上やファミリー企業への不透明な業務委託など、公益法人としての適格性が問われている財団法人・日本漢字能力検定協会(京都市)に対し、文部科学省が立ち入り検査をした。 営利を目的としないため、税制で優遇されている公益法人を金もうけの手段にするのはもちろん許されない。 文科省は早急に実態を解明し、問題があれば抜本的な是正を指導しなくてはならない。 協会側に十分な説明責任が求められるのは当然だ。 「漢検」の略称で知られる漢字テストを全国の会場で実施している同協会は、世相を表す漢字を年末に京都の清水寺で発表する「今年の漢字」の主催団体でもある。 漢字の読み書きなどの能力を十級から最難関の一級までランク付けする漢検は、近年の漢字ブームに乗って急速に受検者を増やしてきた。 草創期の一九七五年にはわずか六百七十人だった受検者数は、二〇〇七年に二百七十万人に達している。 受検層は幼児からお年寄りまで幅広く、検定料や関連書籍の売り上げなどで、〇六-〇七年度だけで、計十五億四千万円もの利益を計上している。 公益法人に対する国の指導監督基準は、収支の均衡を図り、健全な運営に必要な額以上の利益を生じないよう求めている。 文科省はこれまでも検定料を値下げするよう指導してきたが、協会は検定料を一部引き下げただけで、誠実に対応したとは言い難い。 同省の調査では、理事長やその長男が代表を務める複数の企業が、協会から多額の業務委託料を受け取っていることも分かった。 また資料館にするとして京都市内の豪華な邸宅を購入したり、幹部の供養塔を建てるなど、公益法人として首をかしげたくなる振る舞いが次々に明らかになっている。 法人認可した文科省の責任も重い。 不適切な運営が続いていたとすれば、監督の甘さは否めない。 協会は弁護士や公認会計士でつくる調査委員会を設置した。 問題が確認された場合、役員の責任追及も含めて運営を正常化すべきだ。 漢字は日本語を使う私たちの共通財産だ。小遣いや年金から検定料を払い、懸命に漢字を覚え、進級を楽しみにしている子供たちやお年寄りもたくさんいる。 過剰な利益を追わず、漢字に親しむ人たちの熱意に報いることで社会貢献を果たす。 それが漢検協会の担うべき公益ではないだろうか。
Feb 11, 2009
「ここを我が家だと思って下さい。」 これは、伝説のホテル王、セザール・リッツの言葉です。 雑用係から始まった彼のホテルマン人生におけるモットーは、 「お客様を喜ばせること」の一点につきました。 サービスを心がけ続ける姿勢が、彼に莫大な富をもたらしたのです。 だから、あなたもどれだけ他人に貢献できるかを考え抜いて下さい。 これは、トップアスリートのような才能とは全く別次元の問題です。 多くの報酬を得るために必要なのは才能ではなく、奉仕なのです。 自分が一番楽しめて、全力を傾けられる分野を発見しましょう。 その分野でサービスを高めることを考え、奉仕するのです。 多くの奉仕をすればするほど、あなたは大きな報酬を得るでしょう。 すべての報酬は、他者へ対する奉仕の質と量に比例するのです。
Feb 10, 2009
富良野市出身の日本語教師、鈴木千恵さんが、モンゴルの首都ウランバートルで何者かに殺害された。 海外での日本語指導に情熱を傾け、現地の学校で教壇に立ってきた女性である。 外国人に日本語を広めるという志半ばにして、犯罪で命を奪われた無念さは、察するに余りある。 現地警察は強盗殺人事件とみて捜査している。 警察には、容疑者逮捕に全力を挙げてもらいたい。 鈴木さんは、愛知教育大の日本語教育コースで学んだ。 教育専門家は「海外での日本語普及のパイオニア的存在」と評価していた。 日本語教師を志したきっかけは、中国残留孤児のニュースを見たことだったと語っていたという。 言葉の壁で日本社会にとけ込めずに悩んでいる人たちに、言葉を教えたい。 そんな強い使命感が、活動の場を海外に広げた大学卒業後の歩みから読み取れる。 青年海外協力隊に参加し、ウランバートルの学校で一九九四年から三年半、日本語を教えた。 九八年には北方四島への専門家派遣で、国後、色丹両島のロシア人に日本語を教え、交流を深めた。 二〇〇一年からは、三年続けて択捉島などに繰り返し派遣された経歴も持っている。 ウランバートルでは数年前から再び、現地のモンゴルとロシアの合弁の小中高一貫校で教えていた。 これだけ長期間にわたって、海外で地道に日本語教育を続けてきた日本人は、数少ないのではないだろうか。 三十八歳の鈴木さんの死が、一層惜しまれる。 アジア各国では近年、日本の経済活動への関心から、日本語の学習熱が高まっている。 海外の日本語教師の求人情報を出している国際日本語研修協会(東京)によると、モンゴルでも相撲人気などから日本語を学びたいという人が増えているという。 民間レベルでの文化交流も活発化している。 外務省によると、邦人が外国で殺人事件に巻き込まれて死亡するケースは、年間十件前後を数える。 外国でテロなどの危険がある場合は、外務省は「危険情報」を出し、ホームページなどで邦人に注意を呼びかけている。 モンゴルについての危険情報は出ていない。 しかし治安は悪化傾向にある。 ウランバートルでは〇六年、国際協力機構のシニア海外ボランティア男性が強盗に襲われ殺害される事件が起こっている。 日本人が海外で活動する機会は今後も増えていく。 外務省は、治安に関する情報をきめ細かく伝え、邦人の安全確保に万全を期してほしい。
Feb 10, 2009
レストランやホテルの格付けで知られるフランスのミシュラン社が、自国で発刊する日本旅行のガイドブックで、合掌集落が世界文化遺産に指定されている南砺市の五箇山地域を最高級の「三つ星」評価にした。 富山県内の観光資源の豊かさをあらためて認識する絶好の機会として受け止めるとともに、同じ三つ星にランクされた岐阜県高山市や白川郷とも連携し、飛越地域の観光の魅力を大いに発信して欲しい。 三つ星には「わざわざ旅行する価値がある見逃せない観光地」という「心憎い」注釈がついている。 フランス人ライターを含め十二人の調査チームが数カ月かけて日本国内を回り、美しさや知名度、歴史的価値などをフランス人旅行者の立場で評価したという。 富士山、京都、奈良、姫路城など三つ星に選ばれた十七カ所は日本を代表する観光地ばかりと言っていい。 フランス語版は三月に、九月には英語版が刊行される。 日本を訪れる外国人にとって手ごろで確かな観光案内書になるのは間違いないだろう。 調査チームが五箇山を三つ星にランク付けした詳細な理由は、発行を待たなければ分からないが、山間地に立つ合掌集落と人々の暮らしが日本の「原風景」を残す景観に映ったのではないだろうか。 これまで、県内の観光資源に対する県民の評価は、かなり控えめだったように思われる。 観光につきものの食材にしてもその良さは当たり前のこととされてきた。 今回の評価を県内観光地の魅力を見直すことにつなげたい。 折しも県は、昨年から台湾、中国、韓国などのアジア向けに加えて、欧米向けの観光PR戦略を強化している。 世界的な経済不況と円高は、外国人旅行者の動きを鈍くしているが、三つ星をぜひ追い風にしてもらいたい。 欧米からの旅行者は滞在日数が長い特徴があるとされる。 五箇山を含め富山、岐阜両県内を数日間かけて巡る魅力ある広域ルートを設定すればどうだろうか。 例えば、東海や関東、関西圏からバスで高山に入って一泊し、翌日は白川郷と五箇山の合掌集落の魅力をたっぷり堪能してもらう。 続いて高岡市の国宝瑞龍寺など近世の文化遺産群を見て、氷見市や宇奈月温泉などで宿泊。 最終日には立山・黒部アルペンルートの雄大なパノラマを楽しむ-といったルートなどを考えてみてはどうだろう。 ただ、三つ星効果だけでは観光分野での激しい地域間競争を勝ち抜くことはできない。 「名湯巡り」や「ものづくり体験」などの旅行のテーマ設定のほか、個人か団体かといった旅行形態に合わせたさまざまなメニューの用意が必要ではないだろうか。 観光立県を進めるには、まず一度、県内の観光地に足を運んでもらわなければならない。 その意味では三つ星は格好のPR材料となるだろう。 国内客も増えるのではないだろうか。 せっかく訪ねてもらっても、人込みで期待した「原風景」が堪能できなくては五箇山に対するイメージ低下を招きかねない。 案内板設置や駐車場対策などにも配慮してほしい。 三つ星を県観光の飛躍につなげるよう県民挙げて盛り立てて欲しい。 このことは何もこの地域だけではない。 日本全国の地域に言えることではないだろうか。 形式にとらわれず、独自の発想で盛り上げていく必要があると思う。
Feb 8, 2009
きょうは二十九回目の「北方領土の日」である。 返還実現に向けた決意を新たにするとともに、麻生太郎首相には、停滞するロシアとの交渉に弾みをつけるようあらゆる努力を求めたい。 注目したいのは、昨年七月に洞爺湖で開かれたサミット(主要国首脳会議)出席のため北海道を訪れたメドベージェフ大統領の発言だ。 当時の福田康夫首相と行った会談で「領土問題が解決すれば日ロ関係が最高水準に引き上げられる」と述べ、領土問題解決と平和条約締結に意欲を示したと受け止められた。 十一月にペルーで麻生首相と会談した大統領は、今度は「解決を次世代に委ねることは考えていない」と一歩踏み込んだようにも思えた。 しかし、最高指導者による前向きな言葉とは裏腹に、交渉が目に見える形で進展しているとは思えない。 首相は先の施政方針演説で「領土問題の最終的解決に向けた交渉を進める」と表明した。 そのためには粘り強く働きかけを続け、交渉前進の糸口を探ることが重要だと思う。 今月中旬にはサハリン州で首脳会談が行われる見通しだ。 大統領が「サハリン2」の液化天然ガス(LNG)工場完成式典に首相を招いた。 ロシアではサハリン州が四島を管轄している。 日本の首相が訪ねて行けば当然領土の話に焦点が当たる。 それを承知で招待した大統領は、胸の内に難しい交渉をいとわないとの気持ちを秘めているのではないだろうか。 背景に曲がり角を迎えたロシア経済があるのは間違いないだろう。 新興国の雄として飛躍を遂げてきたロシアも、国際的な金融危機のあおりを受けて経済が厳しい状況だ。 大きいのは主な輸出産品であるエネルギー資源の価格低下だ。 昨年のグルジア危機で欧州連合(EU)との関係が冷え込み、市場の将来性にも陰りが見え始めた。 ロシアは石油・天然ガス供給先の多様化を迫られ、アジア・太平洋市場を重視しているとされる。 そうであれば、日本の経済力、技術力が再び領土を動かすテコとなりうるかもしれない。 首相はこうした潮流の変化を見逃すことなく、機敏な対応を心がけてほしい。 とはいえ、懸念材料もある。 日本政府の人道支援物資を積んだ船が国後島でロシア側から出入国カードの提出を要求された問題だ。 両国政府が公式の場で合意したはずなのに、突然覆される。 同じようなことは領土交渉においても経験してきた。 それが交渉の足踏みにつながり、元島民の不満といら立ちを広げる結果となっている。 首相は、そのことを十分に踏まえて首脳会談に臨んでもらいたいものだ。
Feb 7, 2009
世界的な景気悪化と円高で、大手企業の業績が急落している。 昨秋の時点で好業績が予想されていた大手電機メーカーのパナソニックも、大規模な人員削減を発表した。 日本経済のけん引役だった輸出産業は自動車に続き、電機業界も「総崩れ」の様相を呈してきた。 失業者が増えれば、消費は冷え込む。 それがまた企業業績を押し下げるという悪循環が加速しかねない。 ここが踏ん張りどころだと思う。 企業には雇用維持に努めて欲しい。 失業者を増やさないのは大事な景気対策である。 政府は雇用のセーフティーネット(安全網)の強化に万全を期さなければならないのではないだろうか。 パナソニックは来年三月末までに、世界で約一万五千人を削減し、国内外で約二百三十カ所の生産拠点のうち二十七カ所を閉鎖する。 電機業界では、すでにソニーが一万六千人超、NECが二万人超の削減を打ち出している。 大手九社だけで人員削減の規模は合わせて六万人を超える。 電機は成長産業の代表格とみられてきた。 それが、薄型テレビなどデジタル家電販売の落ち込みや半導体事業の不振などで、経営環境は一変。 二〇〇〇年のITバブル崩壊後に続き、一段の合理化を迫られた。 経営環境の厳しさは分かる。だが将来展望を開くために、できる限り人材を維持し、成長の見込める分野の開拓に力を入れたい。 グリーン・ニューディール政策の名のもとに、欧米やアジアで環境・エネルギーに重点的に投資する動きが加速している。 太陽光や風力発電、エコカーなどを、不振脱出の足がかりとすることもできるのではないだろうか。 電機、自動車ともすそ野の広い産業だけに、大手の合理化は中小企業への影響が大きい。 政府の資金繰り対策だけでは不十分だ。 小規模でも身近な公共事業を通じて経営の下支えをする。 そんな対応も必要ではないだろうか。 景気のV字回復が見込めないなか、懸念されるのが雇用の悪化である。 今年三月末までに職を失う非正規労働者は約十二万五千人と見込まれている。 電機業界は非正規だけでなく正社員も減らすという。 雇用の維持は、企業の努力だけでは限界がある。 それだけに政府が緊急に取り組むべき課題は多い。 非正規はいったん失業すると、公的な保護を受けられないまま最低の生活水準にまで落ち込みかねない。 それを防ぐには、住む所まで失った失業者のための緊急避難所の整備や、生活支援などが欠かせない。 雇用保険の加入条件の緩和や職業訓練の充実も重要だ。 きめ細かな対策をお願いしたい。
Feb 6, 2009
雇用危機の受け皿にと、就農相談会が各地で花盛りだ。 日本の都市の繁栄は、農漁村から労働力を送る仕組みの上に成り立ってきた。 その仕組みを変えないと、新規就農者の定着は難しい。 農林水産省や都道府県農業会議が設置した就農相談窓口には、年末から年始にかけて三千件を超える問い合わせがあった。 連合は、農林水産分野で約二十五万人の雇用が創出できるという。 農業人口は激減し、耕作放棄地は急増中だ。 しかし、江戸時代の「帰農令」まで持ち出して就農を勧めても、解決策にはなり得ない。 バブル経済崩壊前後、全国農業会議所などに寄せられた就農相談は約六万件に上る。 しかし、農業を始めた人は七百人しかいない。 近代農業は「六次産業」とも呼ばれ、一人何役も要求される職業だ。 生き物を扱う上に、天候や地理的条件に左右されやすく、広範な知識や経験も必要になる。 腰を据えて働くには、十分な仲介、研修、就農後の支援が欠かせない。 自営には、農地と住居の確保、資金や技術の取得が壁になる。 農業外への安易な転用許可が問題視される一方で、個人が農地を買うにも借りるにも、農業委員会の許可が必要だ。 耕作はしなくても農地を手放さない農家は多い。 新規就農にかかる費用は、生活資金などを含めて平均千六百万円に上るともいわれるが、公的融資には一定の資格要件があり、新規参入者には敷居が高い。 しかし、一方で、食の安全や自給率向上への関心は高まった。 今度の雇用危機が浮き彫りにした問題点をクリアできれば、「農業」は雇用の受け皿にとどまらず、魅力的な選択肢になるはずだ。 就農改革の好機には違いないだろう。 農地の流動化を促すには、まず情報の風通しをよくすることだ。 全国の農地情報をデータベース化し、それを元に都道府県の農業普及課や農協が、積極的な仲介、あっせんに乗り出すべきだ。 そして、その土地の風土に見合った資金、技術、生活面の支援態勢を、地域の金融機関なども巻き込みながら、都道府県、市町村単位で立て直す必要がある。 農業生産法人を大規模化して雇用を増やすのも、農地法に制約される。 農業外への転用に歯止めをかけるルールを整備しながら、企業の出資規制や、株式会社の参入を原則禁じた農地取得制限の緩和も、考えなければならない時期が来たのではないだろうか。
Feb 5, 2009
目がかゆい。 鼻づまりがする。 くしゃみが止まらない。 熱はないのに、だるい。 花粉症の人にとっては、つらく、憂うつな季節の始まりである。 環境省が先月末に出した飛散量予測によると、スギ、ヒノキとも一部地域を除いて昨年より多めで、近畿から中、四国にかけては二-三倍に増えそうだという。 飛散が本格化するこれから三、四月にかけて、外に出るのもためらわれる。 花粉症には日本人の五人に一人が悩んでいるといわれる。 以前は三十代から五十代の大人に多かったが、最近は小中学生や幼児など子どもに増えてきた。 花粉症とは無縁だった人が突然発症することも珍しくなく、「国民病」ともいえる状況だ。 花粉症は異物に対して人間の体が起こす防御反応の一種である。 スギ花粉へのアレルギー反応が最も多いが、個人差があり、ヒノキやヤシャブシに反応する人も少なくない。 春だけとは限らず、秋のブタクサなどに激しい症状を示す場合もある。 国などの研究機関が免疫療法などの開発に努めるが、個人差や副作用などもあり決定的な治療法には至っていない。 治療費や薬代だけで年に二千億円を超えるとの試算もある。 発症すると作業効率が下がるなど治療費以外の損失も大きいとされ、治療法の確立は大きな課題だ。 花粉症対策の関連商品も多く開発されてはいる。 新成分配合の薬、新しい機能を持たせたマスク、簡単に持ち運びができる空気清浄器などがある。 しかし、治療法を含め「完全」なものがないだけに、個々人が防衛に努める以外にない。 花粉情報をチェックし、外出時にはマスクを忘れない。 こまめに洗眼し、うがいをする。 うがいは、お茶が良いとされる。 静岡の小学校ではお茶でうがいを行っており、最近は学級閉鎖をしていないと聞く。 お茶に含まれているカテキンが風邪に効果的らしい。 ふとんは戸外で干さない。 洗濯物は花粉を払い落としてから取り込む-などで、症状が出たら早めに治療を受けることも重要な対策になる。 スギ花粉症などの急増は戦後の拡大造林が原因とされ、国などは花粉の少ない品種の普及を進めている。 ヤシャブシなどを伐採し、違う樹種に転換する試みも各地で行われている。 こうした取り組みの効果を見極め、対策に生かすことだ。 国内には花粉症以外にも多くのアレルギー疾患がある。 排ガスの影響や食生活の変化など、さまざまな要因が指摘される。 環境や暮らしの見直しを含め総合的に対策を考えていかないと、花粉症という厄介な相手を克服するのも難しいと思われる。
Feb 4, 2009
市販薬のインターネットなどによる通信販売を、厚生労働省が今夏から規制する方針だ。 ネット業界や政府の規制改革会議などは「消費者の利便性を損なう」と反発している。 薬には副作用があり、使用法を誤ると、生命の危険にもつながる。 薬を他の商品と同列には扱えない。安全を第一に考えれば、一定の規制は仕方のないことだろう。 一九六〇年に制定された現行の薬事法は、インターネットを想定しておらず、医師の処方せんを必要としない市販薬の通信販売自体も禁止していない。 対面販売が基本としながらも、事実上、通販を黙認してきた。 六月に施行される改正薬事法では、副作用の危険に応じて、市販薬を三つに分類する。 最も危険度の高い第一類を販売する際は薬剤師による説明を義務づけ、第二類はその努力、ビタミン剤や整腸剤など危険度が一番低い第三類の場合は説明不要とした。 厚労省は法改正に伴い、省令を改め、全体の六割以上を占める第一、二類の通販を禁止する考えだ。 ネット業界などがこの方針に反対するのは、店舗でしか購入できなくなると、老人や障害者など外出しづらい人、薬局のない過疎地に住む人に大きな影響が出るからという。 しかし、通販だと、利用者の症状を把握せずに、薬の適否がわからないまま販売してしまう懸念がある。 説明を十分に行うことができるか不安も残る。 ネット販売で鎮静剤を大量に購入した未成年の男性が服薬自殺を図り、重い後遺症が残ったことが、昨年末にわかった。 この鎮静剤の販売を一人一箱に限定し、未成年には売らないよう、製薬会社は薬局に求めていた。 しかし、男性がネットで購入した際は年齢確認も数量制限もなかったという。 通販にこうしたずさんな販売の不安がつきまとう以上、まったく規制なしとはいかないだろう。 もちろん、店舗での購入が困難な人への配慮は欠かせない。 たとえば、初回は対面販売とし、二回目以降はその薬に限り、数量も限定して通販を認めてはどうか。 厚労省は検討会をつくり、省令改正に向けた詰めの作業を行う。 弾力的運用法を探ってほしいと思う。 市販薬の販売をめぐってはこれまでも、薬剤師が常駐していない店があるなど、問題があった。 薬事法の改正により、都道府県が認定する「登録販売者」がいれば、コンビニでも市販薬を扱えるようになる。 業界全体がルールを守り、薬に対する国民の安心感を高めていくことが大事ではないだろうか。
Feb 3, 2009
北方四島との交流事業は、これから継続が難しくなるかもしれない。 人道支援のため国後島に上陸しようとした日本の外務省職員らが、ロシア側から出入国カードの提出を求められ、上陸をあきらめて帰港した。 二〇〇八年度の支援は、中止せざるを得なくなった。 ロシア側は、〇六年の法改正で出入国カードの提出が必要になったと説明しているという。 それに応じれば、国後島がロシアの領土だと認めることになってしまう。 日本政府がロシアに対して遺憾の意を伝えたのは当然だろう。 このままでは、長年積み重ねてきた北方領土墓参や「ビザなし交流」も危ぶまれる。 日ロ間の領土交渉が膠着(こうちゃく)状態にあるなか、せっかく培ってきた友好関係まで揺らぎかねない。 出入国カードの提出なしで訪問できる状態に早く戻すよう、交渉を急いで欲しい。 交流事業は、一九九一年に来日したゴルバチョフ・ソ連大統領(当時)が提案したものだ。 交流の拡大、ビザなし訪問の枠組みは日本としても異論がなく、共同声明に盛り込まれた。 翌春に四島の住民が北海道を訪れたのを皮切りに、二〇〇七年度までに一万五千人近い住民が相互訪問した。 〇八年度には、心臓病などの患者二十人も日本が受け入れた。 今回国後島を訪ねた一行は、包帯や注射器などの医療品を届けるはずだったが、荷揚げもできなかった。 なぜ、ロシア側が態度を硬化させたのか。 治安当局の発言力が強まり、北方四島の実効支配を誇示する狙いだという指摘がある。 一方で、ロシア外務省や地元自治体は、ビザなし交流に前向きな姿勢を変えていないとされる。 ロシア側から提案があった事業であり、メドべージェフ大統領は継続の意思をはっきり示すべきだ。 交流を通じて築いてきた信頼を、ここで損なってはならない。 麻生首相と大統領は、今月半ばにもサハリン島で首脳会談をすることになりそうだ。 液化天然ガス(LNG)の対日輸出開始を祝う式典に合わせて日程が調整されている。 極東開発に対する日本の支援に、ロシアが期待している表れといえる。 経済面での結びつきは、住民の交流など民間レベルの友好関係があってこそ強まる。 ひいては、領土問題の解決を促すことにもつながるかもしれない。 日本としても、その自覚をもって事態打開に努めて欲しい。
Feb 2, 2009
「前方不注意で終わらせたくない。私たち遺族は殺人だと思っています」 被害者の妻は被告にそう訴えた。 東京地裁で先ごろ行われた交通死亡事故裁判の初公判での一こまだ。 被告のトラック運転手はバイクと衝突し、調理師の男性を死亡させたとして自動車運転過失致死罪に問われた。 これまでの刑事裁判では、被害者や遺族が法廷で被告に訴えたり、動機を問いただしたりすることはなかった。 当事者でありながら「カヤの外」に置かれてきた。 そこで、被害者や遺族の思いをもっと重視すべきとの考えから生まれたのが、「被害者参加」制度である。 昨年十二月一日以降に起訴された事件に適用されるようになり、初適用になったのがこの裁判だ。 同じ日、東京地裁でもう一件、別の被害者参加の公判が行われた。 若い男性二人に言いがかりをつけられ、暴行と恐喝未遂の被害に遭った男性が法廷に立った。 「私のせいで刑が重くなったとき恨みますか」の問いに、「恨みません」と被告の一人。 その後の論告求刑公判で、男性は検察側と同じ実刑を求める意見を述べた。 このように被害者参加人は、被告への質問だけでなく、起訴された法定刑の範囲内で量刑について意見を言うこともできる。 被害者らが裁判にかかわる道が開かれたのは二〇〇〇年の法改正からだ。 〇七年六月には刑事訴訟法が改正され、被害者参加の仕組みが整った。 非公開が原則だった少年審判も同様である。 被害者の傍聴を認める少年法の改正が行われ、昨年暮れから一部の事件について家裁の審判で適用されるようになった。 被害者参加は大きな流れである。 事件の真相に触れられず、歯がゆい思いをしてきた被害者や遺族には、被告と向き合い、前向きに生きるきっかけにもなる-など、評価する声は少なくない。 司法がこうした思いに応えることは重要だ。 一方、逆に被害者が傷ついたり、法廷が混乱したりしかねないと、慎重な運用を求める意見があることにも留意したい。 もうすぐ裁判員制度が始まる。 参加人の陳述が加わって検察側の声がより強くなれば、量刑判断にも影響し、被告の不利益につながりかねないとの懸念も広がる。 被害者の思いに応えつつ、裁判の公正を保つ。 制度の長、短所を見極めながら、その両立へさらなる工夫を重ねて欲しい。
Feb 1, 2009
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