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嘘(うそ)は泥棒の始まりとか、閻魔(えんま)さまに舌を抜かれるとか…。 子どものころ、嘘の罪悪を親がいくら諭しても怖くはなかった。 現実味がなかったからだ しかし、「嘘ついたら針千本のます!」。 こう言って指切りげんまんをする時は真剣だった。 幼心にも、秘密を漏らし、遊びの約束を破れば、仲間に顔向けできないと感じていたのだろう。 針千本をのむ勇気もなく、嘘はつけなかった。 総選挙に向けたマニフェスト(政権公約)がそろいつつある。 「ばらまきだ」「財源は」と各党で舌戦も始まった。 マニフェストを示す党首に、針千本をのむ覚悟があるのか気に掛かる。 10年ほど前まで、日本のマニフェストといえば、産業廃棄物の管理票のことだった。 それが2003年の統一地方選を前に、三重県知事らがマニフェストを提唱し流行語になる。 いまや「七つ道具」をしのぐ選挙の必需品となった。 前回の総選挙では、マニフェストの多くが、小泉旋風にかき消され、「郵政民営化」に単純化されてしまった。 多くは民営化の公約を支持し、自民党は圧勝する。 なのにいま、その民営化も揺らいでいる。 もし、マニフェストが有権者と政治家の民事契約ならば、政党や首長はどれだけ多くの違約金を払わなければならないだろう。 「なんで人物(政党)ではなくてマニフェストに投票するやり方をしないのですか?」。 インターネットの質問サイトにこんな問いがあり、「これは政治家不要論か」とうなってしまった。 立候補予定者は針千本を想像しつつ、質問の答えを考えてほしい。
Jul 30, 2009
山口県や九州北部で相次いだ豪雨災害、群馬県館林市を襲った竜巻など、地球温暖化が発している警告としか思えない自然災害が立て続けに起きた。 自然の猛威の前には、なすすべがない面はある。 しかし、避けられたはずの犠牲者はいなかっただろうか。 というのも、一連の豪雨災害で行政の備えや対応にいくつかのほころびが見られたからだ。 山口県の豪雨災害では、土石流により多数の死者が出た特別養護老人ホームを含む一帯に、防府市が避難勧告を出していなかった。 市は土石流の発生から約5時間遅れで勧告を出したと説明していたが、同じ地区内ながらホームとは離れた地域が対象だったという。 九州北部豪雨では、福岡市で24日夜から26日にかけ、避難勧告などの緊急情報を掲載した市のホームページが閲覧できない状態になっていた。 アクセスが殺到したためで、同様の情報を市民に配信する防災メールも送られていなかったという。 避難勧告が早い段階で適切に発令され、メールが正常に送ることができていたら、被害が軽減されたかどうか。 一概には言えないが、救えた命はあったかもしれない。 死傷者2人を出した広島県東広島市の豪雨による土砂崩れは、民家の裏山にあった残土処分場の盛り土が流出した。 住民が以前から危険性を指摘していたが、県側は土砂の量などを把握しないまま「危険性はない」と判断していたという。 これなどは明らかに悲劇を防げたケースではないか。 政府が昨年まとめた「自然災害の『犠牲者ゼロ』を目指すための総合プラン」では、行政による「公助」だけでは自然災害の危険から国民を守るのは不十分と指摘。 「自助」や「共助」という多様な主体による国民自らの日常的備えが重要と位置付けた。 もちろん、一人一人が自然災害の怖さを知り、災害に強い地域づくりに努めていくことは大切だ。 ただし、公助にぬかりがあっては困る。 犠牲者を限りなくゼロに近づけるためのハード、ソフト整備に最優先に取り組むべきだろう。 特に気候変動に対応した災害対策の重要性が増している。 ゲリラ豪雨の増加、台風の大型化などが懸念され、風水害への備えは今一度重点的に確認してもらいたい。 ほかにも地震や高潮、除雪中の事故防止などさまざまである。 総合プランは、災害情報の重要性も挙げている。 万一の際にできるだけ多くの人に確実に届くようにしたいが、技術面ではまだまだ改良の余地があるようだ。 群馬県の竜巻では、気象庁が昨年3月から始めた竜巻注意情報が被害の大きかった場所では間に合わなかった。 竜巻はデータ蓄積が不十分なこともあってピンポイントの予測は困難だ。 的中率は1割ほどという。 ゲリラ豪雨の原因となる積乱雲にしても局所的な発生を監視するのは容易ではないが、より精度が増すよう期待したい。 自助・共助・公助が効果的に組み合わさってはじめて、防災や安全対策は強固になる。 対応が後手に回らないよう情報も適切に生かし、命を守るための防災基盤の充実を図って欲しい。
Jul 30, 2009
TBS系列で放送中のドラマ「官僚たちの夏」が人気という。 原作は作家・城山三郎の同名小説で、舞台は敗戦後の日本。 国内産業の保護か、国際化を目指した自由貿易か。 そのはざまで揺れ動く通産官僚たちの活躍が描かれている。 ドラマの展開と制作者側の意図は至って分かりやすい。 宣伝文句にある「大人の男たちの熱き戦い」は、NHKのかつての人気番組「プロジェクトX 挑戦者たち」を思い起こさせる。 実際にドラマは中高年層にも楽しめる内容で、何より登場する官僚たちがさっそうとしていてカッコいい。 民主党の鳩山由紀夫代表は27日、衆院選の政権公約(マニフェスト)を発表した。 一読して驚いた。 「脱官僚」政治の実現を前面に打ち出し、ひいては中央集権から地方主権の政治に切り替えるのだという。 まさに政権交代を意識した公約である。 驚いたのはその内容についてではない。 鳩山代表の官僚批判と、カッコいい官僚たちのドラマとのギャップに目がいったからだ。 マニフェストでは自民党政治を「官僚丸投げ」と切り捨てた上で、官僚の天下り、渡りの全廃にまで踏み込んでいる。 ドラマの舞台である戦後とは時代背景が違う、と言われればそれまでだが、国民が抱く官僚に対するイメージの変化は否定できない。 一方の自民党は官僚との関係において、どのような対決軸を示してくるか。 政治決戦の今夏は、官僚たちの夏でもある。
Jul 29, 2009
最低賃金への関心が、これまでになく高まっている。 パートなど非正規労働者の賃金に大きな影響を与えるからだ。 非正規とはいえ、いまや労働者全体の3分の1を占める。 この不況のなか、賃金を少しでも上げてほしいという願いは、正規も非正規も変わりはない。 厚生労働相の諮問機関である中央最低賃金審議会の小委員会はきのう、地域別最低賃金の改定額の目安を決めた。 兵庫県など最低賃金が生活保護の給付水準を下回る12都道府県では引き上げを示し、それ以外の35県では引き上げの見送りを提案した。 これをもとに、各地の審議会で議論し、引き上げ額を決める。 全国平均では前年度より7~9円増の時給710~712円となる見通しだ。 ここ2年続けて引き上げ幅は2けただったが、今回は大きく下がった。 業績悪化に苦しむ経済界への配慮や、賃金底上げよりも雇用維持を優先した結果だろうが、長い目でみれば、一歩踏み込む姿勢が必要だったのではないだろうか。 非正規雇用の大多数は年収300万円未満だ。 ワーキングプア(働く貧困層)が社会問題化するなか、賃金をアップして生活を支援する姿勢が欠かせない。 この厳しい状況下、最低賃金の改善は到底無理との声がある。 しかし、日本企業は2008年3月期まで好業績を続けていた。 大手を中心に内部留保も分厚いはずだ。 ここ数年、グローバル企業が最高益を更新するなかで過度の外需依存が進み、非正規が増えた。 そのひずみが経済危機で明らかになった今、中小の商工業などの内需分野を補強することは急務だ。 新しい内需産業を創造することも求められる。 内需振興の大前提は賃金水準の向上だ。 個人消費にお金が回り、内需関連の業種が潤い、再び賃金増につながる。 最低賃金の改定を、こうした「いい循環」を生み出すきっかけにする必要がある。 日本の最低賃金の水準は国際的にみて相当低い。 欧州などでは1000円を超すのが、一般的だ。 日本には、段階的に引き上げる姿勢を堅持する姿勢がほしい。 最低賃金が生活保護を下回る。 働く人の収入が仕事に就けない人より少ない。 これでは勤労意欲をそぐことにならないだろうか。 雇用情勢が危機にあるなかでも、最低賃金アップを通じて、非正規労働者の増加や格差拡大という現実を変えていく。 そうした姿勢は忘れないで欲しい。
Jul 29, 2009
学校の夏休みは、いまごろが一番楽しかった。 夏休み帳も日記帳も真っ白。 でも、時間はまだたっぷりある。 終日遊びほうけたのはまぶしい夏空の下だったが、いまは梅雨空が去らず、バケツの底が抜けたように雨が降る。 九州北部などを襲った豪雨に、昨年の神戸の都賀川の被害を思い出し、胸が痛む。 二次災害の恐れがあるとして、首相の被災地視察がドタキャンになった。 実現していたなら、落とした評判を少しは回復できたかもしれない。 多くの犠牲者が出たのだから、何をおいても見舞いに駆けつけるのが礼儀であり、情ではないだろうか。 あすにも出直す雲行きらしい。 麻生さんに先を越されそうになっても、ほかの党首らに慌てた様子が見えないのは不思議だ。 なぜ一刻を争って、被災者を見舞わないのだろう。 もっとも、大物政治家の視察は、決まって仰々しい大名行列に似る。 緊張の続く被災地では、足手まといになりかねない。 そんな先例があったし、麻生さんならずとも、視察は「パフォーマンス」と逆に批判されるかもしれない。 被災地では猫の手も借りたいだろうに、猫ほどにも頼りにならない話もある。
Jul 28, 2009
混迷の時代を切り開くには、政治の指導力が欠かせない。 今回の総選挙は、景気対策など目前の課題への対応ばかりでなく、日本をけん引する覚悟が問われる戦いといえるのではないだろうか。 だからこそ、政権を争う自民党と民主党には積極的に語ってほしいことがある。 新たな時代を担うに足る人材をどう発掘し、育てるか、だ。 政治家に力量がなくては、政治の足取りはふらつくばかりである。 小泉純一郎首相退陣後の自公政権を見れば、それは一目瞭然(りょうぜん)だ。 いまほど「政治家改革」が求められている時はない。 安倍晋三氏、福田康夫氏と2代にわたる首相の政権投げ出しは国民から痛烈な非難を浴びた。 両氏が世襲議員だったこともあって、世襲批判が高まった。 さらに、「変革」を訴えた小泉元首相が次男を後継者に指名したことで一気に火が付いた。 こうした情勢の中で民主党は独自に世襲制限への取り組みを開始し、自民党でもその対抗策として世襲論議が浮上した。 当初は今総選挙から制限する案もあったが、最終的には今回の次の衆院選からに後退した。 いまでは議論はすっかり下火である。 世襲だからすべてが悪いかのような論法には賛同できない。 一律に立候補を禁ずるのは人材獲得面でマイナスもあろう。 とはいえ、政党が世襲の問題点をきちんと整理し、弊害を除く方策に知恵を絞ることは重要だ。 政治が家業となっているような環境で育った人物に、庶民の苦しみや切なさが理解できるだろうか。 選挙区の事情に疎い二世や三世に、地域の問題解決を託せるだろうか。 世襲批判を、議員の質の向上に生かす。 政党はそのための真摯(しんし)な努力を怠ってはならないと思う。 有権者も政権交代に目を奪われるだけでなく、そこをきちんと見据えて欲しい。 政治の信頼回復という意味で、「政治家は使い捨てが当然」といった見方にも警鐘を鳴らしておきたい。 小泉元首相は3年前、「政治家は使い捨てにされることを嫌がってはいけない」と若手議員に説いた。 当時どれほどの議員が本気にしたか不明だが、いまの「小泉チルドレン」の苦境を見れば示唆に富んだ教えだった。 しかし、国政に挑む政治家が「使い捨てでいい」では困る。 安易に知名度や若さなどに頼って候補者を選んでは政党の力がそがれる。 数を追うだけでは政治への信頼は得られない。 各党が銘記すべきはここだろう。 真に志を抱いている人材が政治の舞台に立ち、育っていくための環境を整える。 これが「政治家改革」への第一歩である。 そして、この改革なくして政治の再生は望めない。
Jul 28, 2009
日本人女性の平均寿命は86・05歳で24年連続世界一になった。 男性は79・29歳で4位だ。 どちらも3年続けての記録更新である。 長寿の理由について、国は医療水準が高いためだと胸を張る。 確かに三大死因のがん、心臓病、脳卒中の死亡率は下降している。 周りを見渡しても、がんの告知で人生に絶望する人は少なくなった。 「名医ランキング」といった情報もあふれる。 長生きのため、時間とお金は惜しまず、名医を他県に訪ねる人も多い。 病気が治せるのなら、県境どころか、国境だって簡単に飛び越す時代になった。 「医療観光」「医療ツーリズム」の流行だ。 高い報酬で優秀な医師を海外からスカウトする病院も増えている。 心臓バイパス手術は腕利きの外科医がそろったインドで、歯の治療なら格安のハンガリー、長期の療養は通訳やサービスが充実したタイの豪華病院…といった具合だ。 アジアの医療観光市場は毎年約3割ずつ膨らんでいるという。 先端医療が安く受けられる途上国の高級病院は、世界の金持ちでにぎわっている。 観光庁が医療観光の研究会を発足させた。 このブームにあやかり、治療目的の海外旅行者を増やそうというのだ。 ベトナム戦争の枯葉剤汚染で生まれた結合双生児の分離手術には、日本中が感動した。 大やけどをしたロシアの坊やを救ったのは、新潟市の病院だ。 医療とは本来そういうものだろう。 観光誘客の要素に加えたいという狙いは分かる。 でも、寿命がお金で買えるような考えが広がれば、「医の仁術」は影を薄くするばかりではないだろうか。
Jul 27, 2009
子どもへの虐待が、一向に減らない。 全国の児童相談所が2008年度に受け付けた虐待に関する相談件数は、4万2662件と過去最多となった。 集計を始めた1990年度から18年連続の増加だ。 兵庫県内は1552件だった。 近年、虐待への意識や関心が高まり、通報件数が増えている。 虐待そのものも歯止めがかかったわけではない。 昨年4月の児童虐待防止法の改正で、児童相談所の権限が大幅に強化され、虐待の恐れがあるにもかかわらず調査を拒否する家庭への強制立ち入りが可能になった。 しかし、実施は初年度、2件にとどまった。 現場には、鍵を壊してでも住居に入ることへのためらいや、判断に迷うケースもあるようだ。 とはいえ、放置は子どもの命にもかかわる。 専門職の増員など相談所の体制整備を急ぐとともに、家庭訪問や十分に調査した上で必要と判断した場合は、速やかに実行してほしい。 実際、立ち入りをした2件は、いずれも子どもが学校に通っておらず、部屋から異臭が漂うなど深刻なケースだった。 一方、厚生労働省の専門委員会が、07年1月~08年3月に虐待が原因で死亡した115事例を検証したところ、心中以外の73例78人の半数近くが0歳児で、特に生後1カ月未満の乳児に集中していたという。 その多くは、若年妊娠や望まない妊娠、また、妊婦健診や乳幼児健診を受けていないなどの問題を抱えていた。 実母の育児不安や養育能力の低さ、精神疾患などの割合も高い傾向にあるという。 保健師らによる乳児家庭訪問や、産科、小児科医らとの連携を密にし、早い段階で虐待の兆候に気付き、支えていくことが求められる。 経済的に困難な状況や将来への不安があると、育児ストレスが増幅し、子どもへの暴力や養育放棄につながりやすいといわれる。 生活を安定させ、親の不安を取り除き、孤立させない支援も必要だ。 虐待の早期発見と対応のために、国は学校や児童相談所、警察、医療機関などが連携する「要保護児童対策地域協議会」の設置を市町村に求めている。 兵庫県では全市町が設置済みだ。 関係者間で情報を共有し、きめ細かな対応に努めてほしい。 虐待の増加は、いまの社会を映しているともいえる。 虐待の防止、根絶には、わたしたち一人一人も、地域の親子の様子に目を配り、異変に気付けば関係機関につなぐことを心がけたい。
Jul 27, 2009
小学生のころ、よしず張りの駄菓子屋で友達と一緒によくかき氷を食べた。 口に入れると、こめかみ辺りがキーンと痛くなった。 この痛みを感じないとかき氷を食べた気にならなかったから不思議だ。 急激な冷たさに筋肉が縮んで血行が悪くなり、筋収縮性頭痛が起きるらしい。 今のようにクーラーなどはなく、うだるような日には最高の涼の取り方だった。 「昔の人はどうしていたんだろうなあ」と思ったりしたものだ。 清少納言の『枕草子』に、上品で雅(みやび)なものとして、白くキラキラ輝くかき氷、淡褐色の甘葛(あまずら)の蜜(みつ)汁、光を放つ銀鋺(ぎんわん)という組み合わせが出てくる。 冬の間、凍った湖水から切り出した天然氷を氷室に蓄えて、夏に取り出して食べたものだろう。 大変貴重だったに違いない。 夏も真っ盛りである。 熱中症が怖い時季である。 屋外で仕事や運動をしているときだけでなく、閉め切った室内や体育館などで発症するケースも多い。 日差しを避け、風通しを良くし、そして水分をこまめに取ることが肝要だ。 清少納言もキラキラ輝くかき氷を口に含み、キーンとこめかみを痛くしたのだろうか。 水分を取ることが熱中症をも防ぐことを、平安時代の人は知っていたのかもしれない。
Jul 26, 2009
衆院解散で国会に提出されていた法案114本が廃案となった。 政府提出が17法案、議員提出が97法案に上る。 このなかには、政府が重要法案と位置づけていた北朝鮮貨物検査特別措置法案や国家公務員法改正案など「国の在り方」にかかわる法案のほか、国民生活に直結する福祉や雇用に関する法案や被害者支援のために早期成立が求められていた法案も数多く含まれている。 衆院が解散された場合、法案の継続審議手続きを取らないという国会の慣例がある。 解散がほぼ4年間なかったからとはいえ、これだけ多くの法案が廃案になったのは異例だ。 とりわけ国民の暮らしにかかわる法案や社会的弱者支援のための法案が、解散をめぐる与野党の駆け引きの陰で葬り去られたのは残念である。 与野党がともに総選挙での政権攻防を優先した結果ではあるが、各政党が掲げる「国民目線の政治」に逆行する姿勢と言わざるを得ない。 例えば、雇用期間30日以内の日雇い派遣を原則禁止する労働者派遣法改正案。 「派遣切り」規制や雇用改善に法改正が必要との認識では与野党一致していた。 にもかかわらず、野党の対案提出が6月にずれ込み審議に入れなかった。 福祉サービス利用料の原則1割を自己負担から所得に応じた負担とする障害者自立支援法改正案も、各党が見直しの必要性を認めながら自己負担の是非をめぐる意見の相違が埋まらず廃案となった。 肝炎患者の救済法案も与党と野党4党がそれぞれ独自法案を提出していたが、「国の責任」明記などをめぐり折り合いがつかず、委員会審議も行われないまま解散を迎えた。 この3法案は、いずれも与野党ともに立法趣旨に異論はなく、合意が可能な法案でもあった。 廃案となったいま、当事者や関係者の落胆は大きい。 生活にかかわる法案では、ほかにも生活保護の母子加算を復活させる生活保護法改正案、高校生の保護者に支援金を支給する高校教育無償化法案、後期高齢者医療制度廃止法案など民主党提出法案のほとんどが廃案になった。 これらは成立よりも総選挙を意識して党の姿勢をアピールするために提出した法案ではあるが、ほとんど議論もなく解散に至ったのは国民には分かりにくい。 議論を避けた与党だけでなく、民主党の提出責任も問われなければならない。 いずれにしても、今回廃案となった法案は中身を練り直して次期国会以降に新たな法案として提出することになる。 その意味で、今回の解散から総選挙を経て次の政権ができるまでの期間は、廃案となった法案の不備を洗い出し、中身を再考する機会ともいえる。 各党や候補者が総選挙のなかで、これらの法案の扱いにどう言及するのか見極めたい。 その際、政党や候補者に求められるのは、新たな法案が国民に受け入れられる制度となるよう、見直すべきは率直に見直す姿勢である。 暮らしにかかわる法案だけではない。 このことは、自公政権が最重要法案と位置づけた北朝鮮貨物検査特措法案や、自民党内に異論を残したまま提出した国家公務員法改正案についても言える。 総選挙後に政権がどのようなかたちになっていようと、それは変わらない。
Jul 26, 2009
「うざい」「なにげに」など、若い人を中心に広がっている「新方言」の動きを、「みんなの日本語事典」(明治書院)が紹介している。 有名な新方言に「じゃん」がある。 1970年代前後に東京で若者が使い始めるまでは、横浜言葉として知られていた。 しかし、最近の研究によると100年以上前に山梨で誕生、大正・昭和期に長野・静岡に広がり、その後横浜に入ったようだ。 今では「いいじゃん」などの言葉は中年も使用している。 しかし、関西弁には「やん」という強力なライバル語があって、「じゃん」は関西圏ではほとんど使われていない。 「うざい」は東京都西部で使われていた「うざったい」が変化した言葉。 「なにげに」も首都圏から使われだし、広がっていったと思われる。 急速に広がり、すぐに忘れ去られる流行語と異なり、新方言は言語変化一般の中にある。 例えば「やっぱ」という新方言も、もともとは「やはり」だが、中世末期から近世初期には「やっぱり」「やっぱし」の記録がある。 江戸時代初期には京都で「やっぱり」の「り」が「し」に変化した。 この「り」「し」の脱落は中部地方ではかなり前からあり、それが東京に流入して広がったようだ。 「やっぱ」は九州でも古くから使われていたとの指摘もある。 江戸時代初期の「片言」という書物では「やっぱり」「やっぱし」は俗語的な扱いだが、今では「やっぱり」は標準的な言葉。 「うざい」「なにげに」も「やっぱ」標準語となるのだろうか。
Jul 25, 2009
待ちに待った夏休みに入り、子どもたちは大喜びだろう。 海水浴へ行ったり、河川敷でバーベキューをしたりとさまざまなプランを立てている家庭も多いはず。 しかし、毎年悲しい水の事故が全国で後を絶たない。 夏休みを楽しい思い出の日々にするために、保護者らは子どもたちの安全に十分に注意を払ってほしい。 警察庁が発表した「平成20年中における水難の概況」によると、全国の事故件数は1435件、水死者は829人を数えた。 このうち中学生以下の子どもたちの件数は214件、水死者は54人に上っている。 どんなときに事故が起きているかをみると、子どもたちの場合、水遊びが44%と最も多く、次に水泳中19%、魚捕りや釣りが11%と続く。 特に6~8月まで3カ月間の事故割合が多く、夏休みは特に危険な季節ということを裏付けている。 海水浴シーズンを迎え、子ども連れで海に出かける人は安全に配慮しなければならない。 海に限らず水に入ると子どもの気分が高揚し、大はしゃぎすることがある。 大人は安全な場所を選んで、子どもから目を離さず、一緒に泳ぐことが肝心だと思う。 海の中は急に深くなっていたり、水温が急激に変わったりする。 浮き輪などの救助用具を準備しておきたい。 おぼれている子どもらを見たら、すぐ付近に大声で助けを求めるとともに、119番通報とAED(自動体外式除細動器)の搬送依頼をしないといけない。 河川敷で水遊びをする際は、刻々変わる気象状況に注意を払い、水流が急激に変わる場所や激しい場所、藻が繁茂していて滑りやすい個所などでは絶対に子どもを遊ばせないことだ。 あらかじめ「危険区域」と表示された掲示板がないかを確認しておくことも大事だろう。 一方、子どもたちを守る立場にある大人の方だが、「遊泳禁止区域」を無視したり、飲酒して泳いだりする人がいる。 言語道断である。 水上スクーターで海に出る若者たちにも注意を促したい。 遊泳者がいるところでは絶対走行しないことだ。 スピードに夢中になって衝突事故を起こせば取り返しがつかない。 ルールを守って楽しんでほしいものだ。 また、この時季は花火で遊ぶ機会も多くなる。 「おもちゃ」とは言っても原料は火薬であり、取り扱いは注意しなければならない。 花火を人や家に向けたり、周囲に燃えやすいものがある場所では遊ばせないようにしたい。 風の強いときもそうだ。 使用方法を誤ればやけどをすることもある。 大人がそばにいて見守ることが大事である。 熱中症にも用心が必要である。 炎天下で長時間スポーツをしていたり、直射日光に当たっていなくても室内で風通しが悪く湿度の高い場所にいることで発症するケースがある。 気配りを忘れず楽しい夏休みにしたいものだ。
Jul 25, 2009
日本の国土のうち平地は3割しかない。 大半は山地、もしくは丘陵地だ。 山国日本に降る雨の量は世界平均の2倍もある。 狭い平地で稲作を発達させ、この国を瑞穂国(みずほのくに)にした恵みの雨は、一方で、山あいの地域を中心に多くの土砂災害も発生させてきた。 がけ崩れ、地滑り、土石流…。 発生件数が千件を超える年が珍しくない。 濁流が土や石と一緒にふもとに向かって激しく流れ落ちる土石流は、人家も襲って被害を大きくする。 数日前に集中豪雨に見舞われた中国地方では複数の土石流が発生し、お年寄りたちが犠牲になった。 老人ホームが被害に遭った山口県防府市では1時間雨量が70ミリを記録した。 70ミリは滝のようにゴーゴーと降り続く状態だ(気象庁)。 土石流は以前は「山津波」と呼ばれた。 滝のような雨と、「ゴー」と地響きを立てて津波のように押し寄せる土石流。 その恐怖は想像を超える。 「走っても逃げ切れないスピードだった」。 老人ホームの職員はそう話している。 防災資料には「土石流の時速は40―50キロ」とある。 入所者の多くは車いすだった。 土砂が1メートル以上積もった室内では行方不明者の捜索が続く。 胸がふさがる。 土石流などへの警戒が必要な地域は全国でどれくらいあるのだろう。 老人ホームがある一帯について山口県は土砂災害警戒区域に指定していたらしい。 砂防ダムを建設する計画もあった、との報道もある。 胸がいっそうふさがる。
Jul 23, 2009
暗闇に包まれた空を黒い太陽が支配する。 太陽を縁取る白いコロナの中で、地球の何倍もある赤い炎のようなプロミネンスが揺らめく。 国内の陸地では46年ぶりの皆既日食。 テレビで流れた神秘的な光景に圧倒されなかった人は、たぶんいないだろう。 姫路市内でも午前11時ごろには部分日食が観測できた。 オフィスビルからは続々と人が出てきて、三日月のような太陽を見上げていた。 皆既日食には及ばないにしても、人々を引きつけるに十分だった。 知的好奇心も満たされた。 皆既日食の地で空が明るくなる際、夕焼けのような状態が360度で見られるとは知らなかった。 日食で気温が下がると予想はしていたが、実際に姫路でも日食中に0・5度下がっていた。 それにしても運が良かった。 雨は欲しいが、昨日だけは降らないで、そんなわがままな願いが通じたかのようだ。 日食に合わせるように雲が薄れ、三日月のような太陽が姿を見せた。 しかし自然が相手だから、いつでもこんな都合よくいくわけはない。 山口では豪雨で土石流が発生するなどし、10人を超える死者・行方不明者が出ている。 中には日食を楽しみにしていたお年寄りもいただろうに、願いはかなわなかった。 私たちはたまたま日食がおきる時代に生まれ、たまたま死ぬこともなく、たまたま観察できたにすぎないのだろう。 宇宙や地球の営みの前で、あまりに無力で小さな人間の存在を強く意識する。
Jul 23, 2009
きょう、日本の陸地で見られる46年ぶりの皆既日食が起きる。 全国的に快晴とはいかないようで、せめて皆既帯に当たる南の島は観測できればよかったが・・・。 皆既日食が前回見られた1963年は、所得倍増計画を唱えた池田勇人首相の時代。 高度経済成長の真っただ中だった。 翌年秋に東京五輪を控え、国政の安定を図るため10月に衆議院を解散。 翌月の衆院選は自民党が過半数を制した。 この選挙に際し、戦後政治の中核を担った吉田茂元首相は政界を引退した。 その吉田元首相の孫に当たる麻生太郎首相が21日、衆議院を解散した。 約半世紀を経て、政治も社会も経済も63年当時と状況は極端なほど異なる。 皆既日食の見どころの1つは月の陰に隠れた太陽の光が1カ所だけ漏れ出すときの「ダイヤモンドリング」。 暗い世界が訪れた後に差し始める光明。 今まさに、有権者が総選挙に求めるものかもしれない。
Jul 22, 2009
物理学者の湯川秀樹が、日食にまつわる随筆を残している(「湯川秀樹著作集」岩波書店)。 1936年の夏、ちょうど太陽が欠け始めたころ、彼はけがをした。 隣の実験室で事故が起き、たまたま居合わせて巻き込まれた。 これが大昔なら、人々はけがを日食のせいにしたかもしれない。 古来、日食は凶兆だった。 魔物のしわざと考える人もいた。 永遠不滅と思っていた太陽が、ある日突然闇に飲み込まれるのだから無理もなかった。 現代では太陽が月の背後に隠れる仕組みも、それがいつ起きるかも分かっている。 だから日食を楽しみにしている人はいても、脅えたり凶兆と信じたりする人はまずいない。 実際、日食とけがに因果関係はなかった。 しかし、湯川は、自分のけがを予知できなかった事実が忘れられなかった。 科学がいくら進歩しても、未来がすべて分かるようになるわけではないということだ。 「未来に対する冒険はいつになってもなくならないと覚悟せねばならぬ。しかしそこにこそ希望がある」と悟った。 選挙にも通じるところがあるのではないだろうか。 いくら世論調査が精密になったところで、分かるのは内閣や政党の支持率、せいぜい選挙結果まで。 科学が進歩しても、日本の未来がすべて予知できるわけではない。 思わぬ事故やけがをすることもあるだろう。 それでも覚悟しなければならない。 昨日、衆院が解散され、未来への新たな冒険が始まった。 皆既日食が凶兆とならないよう、いざ知性の剣を振るおう。
Jul 22, 2009
さあいよいよ、と言えば、何を思い浮かべるだろう。 あす21日に予定されている衆院解散か。 あるいは46年ぶりに日本で見られる22日の皆既日食だろうか。 前回、1963年の皆既日食は北海道で観測された。 この年は東京五輪開催を前に、日米宇宙中継の実験があった。 そこへケネディ大統領暗殺の悲報が飛び込んできたのを、覚えている方は多いだろう。 皆既日食と衆院選を結びつけるつもりはないが、63年も解散総選挙があった。 時のリーダーは池田勇人首相。 選挙結果はくっきりと世代交代を印象づけた。 首相を経験した石橋湛山や片山哲、さらに「火の玉勘十」と異名を取った加藤勘十らが相次ぎ落選した。 代わって名乗りを上げたのは、20代の新人たちだ。 当時の新聞には、26歳の橋本龍太郎、小渕恵三、27歳の西岡武夫の3氏が初登庁する写真が載っている。 3人は「親譲りの20代トリオ」とも呼ばれ、以後、世襲議員が増えていく。 この年の落選を機に引退した石橋元首相といえば、57年の日比谷公会堂の演説が有名だ。 民主主義は往々にして国民の機嫌を取ろうとするが、これは国の将来のためにならない。 そう語って「私どもはご機嫌取りはしない」と宣言した。 今回も衆院の顔ぶれが、がらっと変わるかもしれない。 各党の選挙公約には、ご機嫌取りの言葉が並ぶのだろうか。 皆既日食が結ぶ時代の縁を感じながら、「さあいよいよ」の夏を迎える。
Jul 20, 2009
夏は観光のシーズンだ。 山や海、名所旧跡、温泉…。 どこへ行こうかと考えるとき、兵庫県を思い浮かべる人はどれほどいるだろう。 世界同時不況に加え、新型インフルエンザで県内観光は大きな打撃を受けた。 いま持ち直しつつあるとはいえ、厳しさに変わりはない。 観光は経済波及効果が大きく、内需振興に役立つ。 経済が苦境にあるからこそ、地域の観光戦略を練り直したい。 新しい魅力の発掘やPRも大切だが、何よりもまず、地元の人が心地よく暮らせる環境づくりを考えて欲しい。 そこに住んでいると実感は薄いが、兵庫は国内有数の観光地である。 2008年の延べ宿泊者数は872万人で国内11位。 観光目的では12位、業務目的は8位。 観光とビジネスの双方で、上位につけている。 神戸の大手ホテルでは、平日はビジネス、週末・休日は観光と、はっきり分かれる傾向がある。 そんな観光都市が、5月に発生した新型インフルエンザで客足が急激に落ち込んだ。 患者確認の直後から「キャンセルしたい」という電話が鳴りやまなかった。 県によると、神戸市内の主要ホテルで宿泊客は一時、通常の7~9割も減った。 有馬温泉でも5、6月の客数は3~5割の減少となり、ダメージは深刻だった。 県とJRグループが中心となって、今年4月から6月にかけて大型企画「あいたい兵庫デスティネーションキャンペーン」を展開した。 しかし、経済危機とともに、新型インフル禍が重なり、まさに「最悪の状況」で幕を閉じた。 魅力ある地域づくりを支援し、国内外から大勢の旅行客を呼び込む。 観光を通じて地域経済を元気にさせる。 そんな役割を担うため、新しい行政機関「観光庁」が発足したのは昨年10月のことだ。 1人当たりの国内観光旅行の宿泊数を10年度までに4泊以上とする目標を掲げる。 しかし、07年度は2・42泊で、ピークの05年度から16%減。 08年度も不況で厳しくなるだろう。 宿泊数が少ないのは兵庫が典型的といえる。 07年度に県内を訪れた観光客数(1億3200万人)のうち日帰りは85・5%。 ほとんどの人が宿泊していない。 特徴的なのは、兵庫で泊まっている人の半数ほどが関西圏の住民であることだ。 リピーターも多く「日帰り圏の兵庫に来てわざわざ泊まる」という人が少なくない。 自宅を離れて神戸のホテルでくつろぐのもいい。 城崎や有馬などの温泉もある。 姫路城も見学したい。 淡路で泳ぐのも楽しい。 地元の人と同じように、兵庫の観光地で過ごす。 京都や奈良とはひと味違う普段着の楽しみ方が兵庫にはあるようだ。 日銀神戸支店長を務めた額賀信さん(ちばぎん総合研究所社長)は、人口減少社会での観光の可能性を提唱している。 これまでは「見る(・)」「食べる(・)」「遊ぶ(・)」の「るるぶ」型だったが、今後は「安らぐ(・)」「集う(・)」を加えるべきだという。 「安らぐ」では長期の保養や療養、リハビリテーションなどが含まれ、「集う」では各種の会議やお祭り、イベントなどがある。 ハコもの整備が一段落した今、地域が本来持つ魅力をさらに高め、アピールすることがより大切になるだろう。 観光庁が体験・交流型の「ニューツーリズム」を進めているのも、そうした傾向の現れだ。 美しい景色を眺め、おいしい料理を食べるといったスタイルもいいが、地域固有の農林水産業、地場産業、産業遺産などを体感する旅を提案する。 先月上旬、尼崎の臨海部を船でクルーズするイベントがあった。 地元の市民団体が5年ほど前から続けており、今年は140人が参加した。 工場群や水門など、運河から見える景色に歓声が上がった。 大手旅行会社の担当者も視察し、ツアー旅行の企画に組み込む可能性を探っていた。 従来の発想を超えたツアーといえる。 こうした「知られざる」観光資源を掘り起こすことが大切だ。 国内有数の観光地である北海道や京都などに兵庫が追いつこうと焦る必要はない。 むしろ、いま私たちの足元にある資源を磨き、連携させることを重視したい。 住んでいて「心地よい」「面白い」「楽しい」と感じれば、当然、訪れる人も同じように感じる。 そこから、新しいツーリズムの形が生まれてくるに違いない。
Jul 20, 2009
将来の生活に希望や自信が持てない。 貧困社会は今後も広がっていく。 こうした悲観的な見方をする人が増えている。 文部科学省所管の統計数理研究所が、日本人の意識を探るために行っている「国民性調査」の2008年分がまとまった。 それによると、今後の生活が「貧しくなる」と答えた人は57%に上った。 1953年から5年ごとに行われてきた調査の中で最も高い割合である。 「人間の自由は減る」との回答も4割に達した。 研究所は「低迷する経済の影響で不安が増し、閉塞感(へいそくかん)が強まっている」と分析する。 こうした状況を生みだしている原因は何なのか。 深刻な不況が大きく影響しているのは、間違いないだろう。 しかし、さらに根深いものがあるはずだ。 一つは雇用の問題だ。 労働市場の規制緩和により、働く人の3分の1は派遣社員ら非正規社員が占めている。 昨年来の不況は、雇用の不安定さを一層際立たせた。 経営不振に陥ると同時に非正規社員は会社から解雇され、寮を追い出される。 社会から必要とされないと思い、疎外感を抱く人が増えている。 働き方そのものを見直さなければ、不安はなくならない。 しかし、その方策の一つである労働者派遣法の改正案は今国会で廃案となる見通しだ。 日本人の2008年の平均寿命は女性が86・05歳、男性が79・29歳で、いずれも3年続けて過去最高を更新したが、喜んでばかりはいられない。 少子高齢化に伴い、今後は低成長社会が続くのは必至だ。 医療や年金、介護制度は危機にひんし、老後への不安は世代を超えて広がっている。 ここにも閉塞感の根がある。 暮らしのセーフティーネットの立て直しは最優先のはずだ。 しかし、政治は目先の施策を講じるだけで、長期的な展望を描き切れていない。 調査では、社会に不満があるときどうするかとの問いに対して、「何もしない」が3割を切り、過去最低となった。 逆に「選挙で考慮する」が55%と大きく増えた。 将来の希望が見いだしにくい中で、1票の行使によって、混迷する政治を動かそうという機運が生まれてきたのなら注目に値する。 政治や社会への直接的な異議申し立ても始まった。 年明けに失業者が集まった「派遣村」の活動はその一つだ。 メーデーでは「生きさせろ」をスローガンに掲げて、非正規労働者らが街頭デモを繰り広げた。 安心して暮らせる社会の設計図を提示し、実行する。 これを怠れば、国民の不安や怒りはさらに増すことを政治は思い知るべきだ。
Jul 19, 2009
詩人で作家の伊藤桂一さん(91)が日本ペンクラブ編「年齢(よわい)は財産」(光文社)に「私の九十代・長命の哲学」と題して、こんなことを書いている。 「人間はもともと普通に生きて、九十歳までは生きられるのではないか。ということが九十歳になってみると実感される。・・・七十五歳前後では若死にである」。 91歳という、長寿を得た人ならではの感慨だろう。 2008年の日本人の平均寿命は女性が86・05歳、男性が79・29歳。3年続けて過去最高である。 男性は前年の世界3位から4位に順位を下げたが、女性は24年連続で長寿世界一。 女性の44・8%が90歳まで生きるという試算もあるから驚きだ。 こんな数字を見れば、伊藤さんの言うとおり、75歳は確かに「若死に」といえる。 しかし、日本では必ずしも長寿=幸福とは限らない。 孤独な一人暮らしのお年寄りは少なくないし、老老介護に疲れ果てた末の殺人事件や、病気などを苦にした自殺も後を絶たない。 政治の責任は小さくないのに、政界を見れば「麻生降ろし」をめぐる自民党の内紛劇ばかりが目につく。 こんなことで、歴史的な政権選択選挙が戦えるのだろうか。 人ごとながら心配になってくる。 医療技術の進歩とともに日本人の平均寿命はまだまだ延びそうだが、さて自民党の寿命は延びるのか、縮むのか。
Jul 18, 2009
「山稜の方へ広い原を登って行くと、あたり一面、白、赤、黄、紫の高山植物の褥(しとね)であった。あちこちに雪の溶けた池があり、その原が果てしなく拡がっている。この雄大、この開豁(かいかつ)、こんなおおらかな風景は内地では求められない」。 作家の深田久弥は著書「日本百名山」で、夏のトムラウシ山をこうたたえた。 アイヌ語で「水垢(あか)の多い所」あるいは「花が群生する所」を意味するとされる山には、名前の通り花畑や湖沼が点在する。 そんな風景にあこがれる登山愛好家は後を絶たない。 やはり彼らもあこがれたのだろうか。 北海道大雪山系のトムラウシ山などで遭難が相次ぎ、10人が亡くなった。 遭難者はいずれも本州からのツアー客で、50~60代の中高年が中心だった。 想像以上の悪天候だったのか。 ガイドの判断が誤っていたのか。 旅程に無理があったのか。 パーティーの人数が多すぎたのか。 それらを判断するには早すぎるが、恐らく遭難の要因は1つではない。 その要因に、ツアー客の慢心が含まれていたかどうかも気になるところだ。 老人というには早いが、もはや若者ではない。 脚力など自分の実力を過信し、夏山だからと侮って事故に遭った中高年は数え切れない。 そこにしかない雄大な風景や大自然。山に登るのは、そうしたものの大切さを感じるためなのだろう。 しかし人の命も、それ以上にかけがえのないものだ。 夏休みに登山を計画している方々、帰りを待つ家族のためにも、どうか無理をしないで注意して欲しい。
Jul 18, 2009
夜空に瞬く無数の星。 その光は何万光年、何十万光年、さらには途方もない歳月を経てようやく地球に届く。 それを想像するだけで疲れが癒やされるから不思議だ。 今年はガリレオ・ガリレイが自作の望遠鏡で天体観測を始めて400年になる。 日本にも同じように星空に情熱を注いだ男がいた。 江戸時代の鉄砲鍛冶(かじ)・国友一貫斎だ。 現在の滋賀県に生まれた一貫斎は、鉄砲の技術を生かし、日本で初めて反射望遠鏡を製作、天体を観測した。 口径60ミリ、倍率は70~80倍で、ガリレオの20倍を上回る。 反射鏡は、銅とスズの合金の割合を変えながら試験を繰り返し、最適な比率を探り当てた。 200年近くたった今も曇り一つなく輝いているという。 ちょんまげ頭でどんな世界が見えたのか。 「黒い所の外側に高い場所がある。黒いのは影である」。 月面を観測した記録には、クレーターの外輪山で影があることを図で示している。 「海」も正確に描いており、現在の写真と比べても遜色(そんしょく)ないという。 その神秘さに、きっと心を奪われたことだろう。 月が誕生したのは約46億年前。 地球に惑星が衝突し、衝撃で飛び散ったマントルなどが軌道上でぶつかり合い、形成されたともいわれる。 わずか1カ月間の出来事というから驚く。 一貫斎は太陽の黒点も継続して観測し、「温度が低くて、火の燃えていない所である」などと世界的に貴重な文献を残した。 その太陽が月に覆われる皆既日食(県内は部分日食)が22日、日本列島で46年ぶりに観測される。 一貫斎なら、どんな言葉で表現するのだろう。
Jul 17, 2009
学校に行かず、仕事や職業訓練もしていない。 「ニート」と呼ばれる若者が2008年は前年より2万人増え、64万人となった。 02年以来、総数は横ばいだが、15~24歳は減り、逆に25~34歳が増えて6割を占め、高年齢化が進んだことは気になる。 本来、仕事を覚え、最前線で働いているはずの年代が社会的に自立していない。 国づくりの面からも見過ごせない。 今年の「青少年白書」は、このニートに焦点を当て、背景にあると指摘される「学校段階でのつまずき」や、その後の支援のあり方などについて特集している。 内閣府は今春、04年度中に高校を中退した人と中学3年で不登校だった生徒を対象に調査を行った。 回答した中退者の5人に1人、不登校生徒のほぼ6人に1人が現在、ニートだった。 仕事に就いていても、中退者の半数以上、不登校生では6割以上がパートやアルバイト、派遣や契約社員などの非正規雇用という状況だ。 これらの割合は同年代と比べて高く、中退や不登校がニートや不安定雇用につながっていることを裏付ける。 一度そんな状態に陥ると、自力で抜け出すのは難しく、ニートが長期化しやすい。 早い段階で、やり直せるような支援が欠かせない。 調査では、中退や不登校の理由に対人関係を挙げた人が多く、病院などの利用割合も高かった。 一方で「働いて収入を得たい」「生活のリズムをつくりたい」など、現状を変えたいと思っている人も多い。 しかし、支援施設や相談機関を利用している人は少なく、現状はそれらが十分に機能しているとはいえない。 政府は昨年12月に新たな「青少年育成施策大綱」を策定し、四つの重点課題の一つとしてニートやひきこもり、不登校などの困難を抱える青少年の支援を盛り込んだ。 支援につながる具体策を急いでほしい。 今国会では、「子ども・若者育成支援推進法」も成立した。 国や自治体と民間の支援機関とのネットワーク化や、若者に助言や必要な情報を提供する相談センターの設置などを自治体に求める内容だ。 若者の問題を個人の責任とせず、地域社会が一つになって取り組むことが重要になる。 長引く不況で、ただでさえ雇用状況は厳しい。 ニートといっても一人一人で状況は異なり、社会に出ていくには時間がかかる人もいる。 社会全体で息長く支え、かつてのつまずきが経験として生きるような就労に、つなげていって欲しい。
Jul 17, 2009
男性に一度は就いてみたい職業は何かと聞くと、よく返ってくる答えにオーケストラの指揮者がある。 木管や金管、弦楽器など各メンバーを思い通り動かし、壮大なシンフォニーを奏でられたら確かに素晴らしい。 とはいうものの、指揮者には音楽に関する幅広い知識や能力が必要で誰もがなれるわけでもない。 オーケストラを率いるにあたっても個性豊かというか、ひと癖もふた癖もある音楽家たちをまとめ上げるのはやさしいことではない。 政治の世界も似ている。 同じ党にいるから考えは近いはずだと思いきや、右を向いている者がいる一方で、左に進んでいる者もいる。 総論は賛成だったのに、各論に入ると意見続出というのもよくあること。 うまく指揮をしないと、騒音ばかりになってしまう。 衆院の解散・総選挙の日程が固まったのに、自民党内で混乱が続いている。 混乱のもとは指揮者にあるというから、ことは簡単ではない。 そんな時はナンバー2が収拾にあたらねばならないのだが、こちらも頼りにはならなさそう。 20世紀を代表する指揮者カラヤンが亡くなって、今日でちょうど20年になる。 毀誉褒貶(きよほうへん)はあったものの、そのカリスマ性や統率力は多くのクラシック音楽ファンが認めていた。 政権党の不協和音にそろそろ飽きてきた向きには、ぜひカラヤン指揮の名曲を聴くことをお薦めしたい。
Jul 16, 2009
法律を改正しても歯止めはかからなかった。 全国の児童相談所が2008年度に受け付けた虐待相談が、ついに4万件を超えた。 少子化の中にあって、集計を始めた1990年度から18年連続で増え続けている。 警察が摘発した児童虐待も昨年1年間で307件に上る。 これも過去最多だ。 死亡した子どもは45人に達した。 なぜ、何の落ち度もない子どもが虐げられ、命を奪われなければならないのか。 「子どもは社会の宝」をあらためて肝に銘じ、虐待防止にあらゆる手だてを講じなければならない。 2008年4月に施行された改正児童虐待防止法は、相談所の権限を強化し、出頭を拒否する家庭への強制立ち入り調査をできるようにした。 強制調査は、保護者が再度の呼び出しにも応じなかった場合に限られる。 08年度には28件の出頭要求が出されたが、応じたのは8件しかなかった。 再出頭を求め、それでも出向いてこなかった2件に強制調査が入った。 大半の児童については一時的な保護や、在宅支援で対応した。 4万件の相談に対して強制調査がわずか2件とは、警察の摘発数を考えると少な過ぎるのではないだろうか。 厚生労働省は「制度が始まったばかりで、相談所も強制調査にためらいがあったのかもしれない」としている。 児童虐待は親子間の問題である。 そこに相談所職員とはいえ、鍵を壊してまで入っていく難しさはあるだろう。 しかし、事は子どもの安全にかかわる。 改正法を実効あるものにするためにも、相談所には毅然(きぜん)とした対処をお願いしたい。 一方、児童福祉司の不足など、相談所の体制が法律に追い付いていないとの指摘もある。 そうならば行政の怠慢というべきだ。 国は増え続ける虐待を看過せず、体制整備に万全を期さなければならない。 多くの虐待児は複雑な家庭環境に置かれている。 親が経済的な問題などで苦しんでいるケースもある。 子どもを救うには、まず親の抱えている悩みに向き合うことが欠かせない。 親身になったケアが行われているのか。 増加する虐待に対応できるだけのマンパワーを相談所や自治体に配しているのか。 国は検証を急ぐべきだ。 児童虐待の根絶を社会全体の問題としてとらえる必要がある。 学校や地域の連携を深め、子どもにもっと多くの目をいで欲しい。 親の愛に包まれて、健やかに育つ。 それが本来の子どもの姿ではないだろうか。 食事を与えられず、やせ細って死んでいく幼い子がいる。 親の暴力や育児放棄で泣いている子どもがいる。 それが私たちの社会を映す鏡であることを忘れてはならない。
Jul 16, 2009
「ぼうやにいのちをくれた人は誰ね~?」。 墓参りでばあちゃんが、コウちゃんに尋ねる。 「お父さんとお母さん?」 「そうだねえ。いのちをくれた人をご先祖さまと言うんだよ」 コウちゃんは、自分の先祖が何人いるか指折り数える。 母さんの母さん、ばあちゃんの父さん、そのまた母さん…。 先祖は昔に向かってどんどん広がり、頭の中は似たような顔でいっぱいだ。 「100万人くらい?」 おばあちゃんは答える。 「わかるのは、数え切れないご先祖さまが誰ひとり欠けても、ぼうやは生まれてこなかった、と言うことさぁ~」。 佐賀市の陶彩画家草場一壽(かずひさ)さんが出した絵本「いのちのまつり」が人気という。 発売は異例の20万部を超え、道徳の副読本になった。 孫に読ませたい祖父母の口コミによる人気もある。 無数の先祖に自分の命はつながっている。 この事実をお盆に確かめるのもいい。 「解散騒動」に紛れ、国会で改正臓器移植法が成立した。 これで臓器提供者の年齢制限はなくなる。 手術を待ちつつ、多くの子どもが息絶えた。 海外での移植に望みを託すしかない家族もいる。 待望の法改正に涙した患者家族は多い。 一方、「脳死状態」のわが子が人工呼吸器で息をする姿に、幸せを毎日かみしめる親もいる。 この法律が彼らに無言の圧力とならないよう祈る。 「命のリレー」はもう、親子が連綿と繰り返す縦の関係だけではないようだ。 移植医療が進めば、同世代同士の命のリレーが、横に広がることにもなる。 多様に連鎖する生命の不思議さに手を合わせるばかりだ。
Jul 15, 2009
臓器提供の要件を大幅に緩和し、移植医療を前進させる改正臓器移植法が成立した。 同法が1997年に成立後、初の改正で、公布から1年後に施行される。 改正法では、「脳死は一般的に人の死」と位置付け、15歳以上としていた臓器提供者(ドナー)の年齢制限を撤廃、さらにドナーカードなどによる本人の意思表示がなくても、家族の同意で臓器が提供できるようにした。 要件緩和で臓器提供が増えれば、海外での渡航移植に頼らざるを得なかった患者にとっては朗報だろう。 年齢制限で国内移植が事実上受けられなかった小児患者にも脳死移植の道が開かれ、子どもの移植を待ち望む親も希望が持てるようになる。 しかし、法改正によってこれらが一気に進むわけではなく、脳死移植が定着するには課題も多い。 改正法は「脳死は人の死」を前提としているが、抵抗感を抱く国民は少なくないだろう。 まずは、脳死や移植に対する国民的な理解を深める努力が不可欠だ。 法案提出者は「臓器移植に関する法律であり、それ以外の場面に適用されない」と強調していたが、「脳死は人の死」が医療現場で一人歩きしないか心配である。 それを受け入れられない家族に対して、周囲から重圧が掛かるようなことがあってはならない。 そして、脳死移植には臓器提供側の家族の協力が欠かせないのは言うまでもない。 肉親の脳死に直面した家族は混乱したり、戸惑ったりするものだ。 家族への支援体制を充実させ、その負担を軽くするためにも、移植コーディネーターの増員も必要である。 施行後は、脳死移植が臓器提供から移植まで適正に行われたのかをしっかりと検証し、できる限り公表することをお願いしたい。
Jul 15, 2009
心理学者のユングによれば、孤独は自分の周囲に人がいないために生じるのではない。 「自分にとって重要に思えることを他に伝えられないことや、自分が他人の許容し難い何らかの観点を持つことにより生じるものだ」という(『ユング自伝』)。 「どす黒いまでの孤独に耐えきれるだけの体力、精神力がいる」。 麻生太郎首相は首相に必要な資質を以前、そう語っていた。 その孤独感が、さらに深まったのではないだろうか。 衆院解散・総選挙の日程が昨日、麻生首相と与党間で合意された。 首相が想定していたとされる14日解散、8月8日総選挙は海の藻くずと消えた。 首相の専権事項とされてきた解散権すら自由に行使できなかった。 その無力感を想像すると痛ましく思える。 自民党が惨敗した東京都議選の結果を受け、党内には「麻生首相では総選挙を戦えない」と「麻生降ろし」の動きがくすぶる。 解散まで、まだ1週間以上。 総裁選の前倒しをまことしやかに語る向きもあり、すんなりと解散の日を迎えられない恐れだってある。 哲学者のニーチェによれば「孤独は我々を自分に対して一層過酷にし、人間に対して一層憧憬(しょうけい)つよいものにする。いずれにしても性格を良くする」(『悪意の知慧(ちえ)』)。 麻生首相の人柄の良さは、多くの人が認めるところ。 しかし、人柄だけでは政治はできないというのも確かだ。
Jul 14, 2009
ビール業界の王道を歩んできた感がある。 発祥地は日本ビール産業の祖とされるウイリアム・コープランドが築いた醸造所。 1907(明治40)年の創業には大財閥の三菱がかかわった。 キリンホールディングスのことだ。 一方、サントリーホールディングスは今でこそ大手ビール会社と言われるが、始まりは個人経営の洋酒店だった。 キリン創業と同じ年、日本人向けの赤玉ポートワインを発売。 その利益で初の国産ウイスキー製造に乗り出した。 寡占状態となっていたビール業界に参入したのは、戦後の話だ。 対照的な印象を受けるのは、社史だけではない。 キリンは上場企業だが、サントリーは鳥井信治郎、佐治敬三といったカリスマ経営者が引っ張ってきた同族会社。 株式も上場していない。 キリンのシンボルが東洋の霊獣なら、かつてのサントリーの社章は西洋の獅子だった。 キリンが正統派なら、サントリーは個性派。 山口瞳、開高健といった作家も出している。 東京と大阪の企業風土の違いもあるだろう。 そんな2社が経営統合に向けて交渉しているというのだから、よほどのことだ。 ともに昨年は過去最高益を出し、経営状態が良くないわけでは決してない。 それでも世界を相手にすれば安心できないらしい。 ビール党に言わせると、製品の味も随分違いがあるそうで、ひいきの物しか飲まないファンも少なくない。 猛暑日を記録するなど、いよいよ県内も夏本番。 ファンたちは、のどを鳴らして交渉の行方を見守っている。
Jul 14, 2009
国内ではほぼ半世紀ぶりとなる22日の皆既日食を前に、観察用グッズ商戦が活発だ。 遮光プレートを使った「日食眼鏡」などが売れ筋という。 46年前の日食を、級友たちと見た記憶がよみがえる。 今では厳禁だが、ガラス片にロウソクのすすを付けて「グッズ」にした。 当時は観察方法の一つとされていたし、子どもたちは大抵の遊び道具を自分で作ったものだ。 エッセイストの赤枝郁郎さん(岡山市)が85歳になったのを機に「いろはで綴る ボクの子供事典」(日本文教出版)を出した。 少年時代の遊びなどの思い出をいろは順に語っている。 いか舟。 烏賊(いか)の甲に箸(はし)を差し、紙を張って帆掛け舟にする。 竹で作った紙鉄砲や杉鉄砲。 割り箸を組み立てる輪ゴム飛ばし鉄砲もあった。 五寸釘(くぎ)も遊び道具になった。 陣取りゲームの「釘たて」だ。 1930年前後の昭和初期のことだが、戦後の高度成長期までは、子どもの遊びがほとんどそのまま伝わっていたことにあらためて驚く。 お金もモノもない時代、子どもたちは知恵を絞り、遊びに夢中になった。 宇宙飛行士の毛利衛さんは、15歳の時に見た皆既日食が科学者になる一番のきっかけになったという。 次に国内で見られるのは26年後の2035年。 その時、現代の子どもたちは思い出をどう語るだろうか。
Jul 13, 2009
自転車に幼児2人を同乗させる「3人乗り」が今月から解禁になった。 ただし条件がいくつかある。 運転する人は16歳以上、専用座席に乗せることができるのは6歳未満の幼児。 自転車は、十分な強度と制動性能がある、転倒しにくい、駐輪しやすいなどの6項目の基準に適合していなければならない。 新型の自転車が開発されたが、それだけで3人乗りの安全性が確保できるわけではない。 今のクルマ中心の道路はとても安心して走れる環境とはいえないだろう。 基準に合った自転車が高額という難点もある。 安全へ残された課題はまだ多い。 警察庁は2007年、3人乗り禁止を徹底しようとしたが、子育て中の母親らから猛反発を受けた。 このため、基準を満たす自転車に限って容認する方針に転換した。 現実的な判断だったといえる。 しかし、3人乗りが危険なことも否めない。 幼児2人を同乗させると、安定性は著しく低くなる。 こうした問題を克服するため、各メーカーは、車輪を小さくして低重心化したり、三輪車にしたりして基準に合った自転車を開発した。 試乗した母親たちの評判は良いようだが、安全のためには自転車の走行環境を整えることが重要になる。 車道では自動車などと、歩道では歩行者と接触の恐れがある。 欧州に比べ遅れている自転車道や自転車レーンの整備をもっと進めるべきだ。 特に幼稚園や保育所周辺での自転車道の整備、送迎時間帯の路上駐車禁止や速度制限の徹底などを求める意見もある。 検討すべき課題といえる。 また、新型自転車の価格の問題もある。 強度や安定性を増すために割高になった。 最低でも5万円程度、電動アシスト機能付きは10万円以上もする。 子ども2人を同乗させる期間が短いこともあり、子育て世帯は買い替えに二の足を踏んでしまう。 チャイルドシート義務化のときのように助成制度などを検討すべきである。 国は、子育て支援策として地方に配分する「安心子ども基金」を活用し、助成制度を設けるよう促している。 自治体も普及に知恵を絞ってほしい。 3人乗りは、子育て支援の意味から例外的に認められたものだ。 安全な走行ができるように、さまざまな面から後押ししていく必要がある。
Jul 13, 2009

力強い競漕で知られる相生市の「相生ペーロン祭」が11日夜、前夜祭の海上花火大会で開幕した。5000発の花火が夜空と海を焦がし、約6万人の観衆を魅了した。 祭は「初夏の風物詩」として例年、5月下旬に開催。 多くの観光客でにぎわう。 しかし、今年は新型インフルエンザの影響で約1カ月半、延期された。 祭の開幕を告げる花火は午後8時前、相生湾に浮かべた台船から打ち上げが始まった。 多彩な光が、漆黒の夜空と海を鮮やかに染め上げ、詰め掛けた観客からは大きな歓声が上がった。 インフルエンザも吹き飛ばしてしまいそうな迫力だった。 今年の花火は凄く良かった。 色とりどりの華やかさの中に迫力もあり、力強さを感じた。 花火大会の関係者の方々に感謝。
Jul 12, 2009
貧しくて学校に行けないのに、生き生きと暮らすケニアの子どもたち。 豊かさの中でいじめや競争にさらされ、笑顔を失っていく日本の子どもたち。 果たして、どちらが幸福か。 小林茂監督(54)のドキュメンタリー映画「チョコラ!」を見て、そう思った。 ケニアで貧しい子どもたちの自立支援に取り組む徳島市出身の松下照美さん(63)が撮影に全面協力した話題の映画だ。 チョコラはスワヒリ語で「拾う」。 生活のために鉄くずを拾うストリートチルドレンを指す。 汚れた服をまとい、シンナーにおぼれる彼ら。 それでも、鉄くずを売って得た食料は、ちゃんと仲間で分け合うことも知っている。 貧しいが、自立して生きる子どもたち。 そんなアフリカの現実を映画は淡々と描き出す。 上映後に講演した松下さんによると、重い腎臓病を押してケニアに出かけた小林監督は5カ月間の撮影中、血尿が止まらなかったという。 まさに執念である。 観客から、日本の親へのアドバイスを求められた松下さん。 こう答えたという。 「親の考えを押しつけず、子どもの声に耳を傾けてほしい。世の中、いろんな人がいて回っている。その一人として、自立して生きていければいいのでは?」 日本人が豊かさの中で見失った大切な何か。 「チョコラ!」は、それを思い出させる。
Jul 12, 2009
中高年を中心に登山やトレッキングブームが続く中で、昨年、全国の山で起きた遭難事故は過去最悪を記録した。 山が一番にぎわいを見せる夏を迎えた。 登山は自然が相手だ。 天候が急変する場合もある。 体力的に無理のない計画と、きちんとした装備が欠かせない。 警察庁によると、昨年の全国の遭難事故は1631件、死者・行方不明者は281人に上った。 ともに統計を始めた1961年以降で最悪となった。 死者・不明者の91%を40歳以上の中高年が占めている。 県内も同様の傾向にある。 県警によると、昨年は64件発生し、死者は12人。 前年よりそれぞれ8件、3人多くなった。 遭難者(73人)のうち40歳以上が93%を占め、死者の半分は65歳以上の高齢者となっている。 登山人口の7割前後は中高年だ。 若いときに比べ体力が落ちていることを自覚しなければいけない。 険しい岩場など不安定な場所でバランスを崩すと、取り返しのつかない事態を招く。 本県でも昨年、滑落と転落で8人が亡くなっている。 問題視したいのは、山を甘く見て遭難したと言われても仕方のない事例が絶えないことだ。 6月末に南魚沼市の八海山(1778メートル)で、県外の40歳の男性が道に迷い、ヘリで救助された。 男性は単独行で地図も持っていなかった。 軽はずみな行動が周囲に多大な迷惑を掛ける結果につながった。 梅雨明け以降、夏山は気象条件に恵まれ気軽に登れるのではないかとの意識が働きやすいという。 しかし、事前準備や技術の不足、軽装での登山は危険だ。 夏山特有の怖さをあらためて認識すべきである。 山頂は涼しくても、樹林帯や低い山では予想を超える暑さになる。 熱中症にならないため水分のこまめな補給が重要だ。 心疾患など持病がある人は特に気をつけて欲しい。 疲労が蓄積すると判断力が鈍る。 県警は「休憩のたびに地図を見ながら現在地と目的地を確認しメモを取ることで、集中力が持続できる」と言う。 平地の気温が28度でも、標高2000メートルでは風速によっては6度程度にしかならない場合がある。 疲労が激しいときは低体温症になり、死に至る恐れがある。 雷や夕立も要注意だ。 雨具は防寒具にもなるので欠かせない。 万が一に備え、登山届の提出のほか、目的地とルートなどを家族に伝えておいて欲しい。 さらに携帯電話など通信機器や懐中電灯も必携だ。 ことしの県内の遭難事故は6月末時点で46件起き、死者は既に昨年の12人に並んでいる。 登山者自身が命を守る対策を怠ってはならない。
Jul 12, 2009
「通り魔みたいに誰でもよいから人を殺したいと思った」。 事件後に警察へ出頭した容疑者は、こう話したという。 日曜日の白昼、大阪市内のパチンコ店で起きた放火事件のことだ。 床にまかれたガソリンが瞬く間に燃え上がり、逃げ遅れた客3人と従業員1人の計4人が死亡し、19人が重軽傷を負った。 思い起こされるのは、昨年3月に茨城県土浦市で、3カ月後には東京・秋葉原で発生した通り魔殺傷事件だ。両事件の被告は、いずれも「誰でもよかった」と口にしていた。 供述の奇妙な一致に不気味さを感じると同時に、繰り返される無差別凶行にやるせない怒りを覚える。 逮捕された41歳の男は消費者金融に200万―300万円の借金があり、事件当時は仕事をしていなかった。 「人生に嫌気がさし、一度に多くの人が殺せると思いガソリンをまき火を付けた」とも述べている。 こんな身勝手な動機で関係ない人の命を奪うとは断じて許し難い。 「取り返しのつかないことをしてしまい、責任を取るには死刑しかない」と出頭理由を話したというが、亡くなった人は二度と戻ってこないのだ。 男は福岡県春日市や鹿児島県内など九州にも住んでいたことがあるという。 妻や子が家を出た後、社会との接点も希薄になったようだ。 そうした環境は土浦や秋葉原事件の被告と共通点が多く、「刃物で人を刺すのは難しそうだと思った」とも言っていることから、実際に刃物で凶行に及んだ両事件から逆に何らかの影響を受けた可能性も否定できない。 警察庁によると、通り魔殺傷事件は2006年の4件から07年が8件、昨年は14件と倍々のペースで増えている。 見ず知らずの人を無差別に狙う事件は、誰が「憎悪」を増幅させ、いつどこで「爆発」させるか予測が不可能だ。 それだけに直接的に犯行を防ぐ有効な手だてがなく、社会に与える衝撃も大きい。 だからこそ、まず捜査当局は事件の真相解明に努めてもらいたい。 なぜ理不尽な犯行に至ったのか、どうして自暴自棄に走ったのか。 土浦や秋葉原の事件もそうだが、背景や真相に迫る努力を怠り「訳の分からない事件」にしてしまっては、社会は何も教訓を得られない。 経済のグローバル化が叫ばれ、日本社会は競争社会に変ぼうしたといわれる。 社会的な格差も問題となっている。 雇用危機に象徴されるように、一度つまずくと再起が難しく、将来に希望が持てない層が増えているのは間違いない。 世の中には、それでも歯を食いしばって生きている人は大勢いる。 いや、そうした人たちが大半だろう。 しかし、自殺者が11年連続で3万人を超えるなど、日本社会が抱える病巣は深刻だ。 孤独に悩み、言い知れぬ憎悪感を日々ためていく人の暴走を食い止めるには、私たち一人一人がいったん立ち止まり、いまの社会を見詰め直すことも必要だろう。
Jul 11, 2009
学校に行かず、仕事も職業訓練もしない若者・ニートが、2008年は前年より2万人増えて64万人に上り、25~34歳の高い年齢層で増加傾向にあることが、09年版の青少年白書で明らかになった。 総数は02年以降、同じレベルだが、年齢別では15~24歳が26万人で02年に比べ3万人減少した。 半面、25~34歳は3万人増えて38万人となった。 昨秋以降の急激な景気後退による雇用環境の悪化は、ニートの就業をさらに困難にするだろう。 白書は、内閣府が04年度中に高校中退した人や中学3年で不登校だった人を対象に行った緊急調査の結果を特集している。 現況を尋ねたところ、ニートは高校中退者の20・8%、中学不登校者の16・5%を占めた。 また、仕事に就いている人の半数以上は非正規雇用だった。 学校でのつまずきが、ニートなどにつながったことがうかがえる。 高知県では、高校中退者などの個人情報を県教委が一元化し、学び直しや就労への誘導・支援を展開している。 学校教育からの切れ目のない取り組みで、支援の手が届くように努めているという。 政府もニート対策に一段の力を入れ始めたところだ。 昨年12月、新たな「青少年育成施策大綱」を策定し、ニートの総合的な支援に取り組む方針を明記した。 今国会には若者の自立支援強化のための法案が提出され、子ども・若者育成支援推進法として今月1日に成立した。 地域に総合相談センターを設け、支援のためのネットワークづくりを進めるなどが柱だ。 ただ、具体的な支援策の中身は関係省庁や各自治体に委ねられている。 施策の具体化を急がねばなるまい。 行政、企業、地域が連携し、きめの細かい支援策が求められる。
Jul 11, 2009
失われし大地との絆を(きずな )結び やがて人々を青き清浄の地へ導かん。 宮崎駿監督のアニメ「風の谷のナウシカ」。 暴走文明に汚染された地球の歴史を解き、生き残った人類と地球との共生を模索する、未来の少女ナウシカの物語だ。 木々を愛(め)で 虫と語り 風を招く鳥の人―ナウシカ。 汚れた地球を浄化する「腐海(ふかい)」と呼ばれる森。 その腐海を守っている虫たち。 少女は、虫たちと会話することでそのシステムを解く。 やがて民族戦争をやめさせ、ふるさと「風の谷」を救う。 「頑張れ虫たち」の執筆者やその仲間も虫たちをこよなく愛する。 ただこちらは、決して可憐(かれん)とは言えないおじさんたち。 彼らもやはり虫たちと語りながら、それこそ少女のように地球への思いを募らせる。 「僕らの棲(す)める環境を返して」。 切実な虫の声を聞いて、少女のごとく胸をつぶす。 現代のおじさんは、未来の少女に虫の気持ちを伝えたい。 しかし今の地球で、虫たちは文字通り虫の息だ。 森林破壊や里山の消失、海洋汚染、温暖化。環境変化をいち早く警告してくれるのがライフサイクルの短い虫たちだ。 一寸の虫には五分どころか、地球の未来を見据える大きな魂が宿る。 ナウシカとおじさんたちが身につけているのは虫と語れる魔法の指輪。 古代イスラエルのソロモン王が着けていたというその指輪を探してみませんか。
Jul 10, 2009
食を通じて、健康な体と人間性をはぐくむ「食育」。 その推進の指針となる食育基本法の施行から4年がたった。 ことしの食育白書は、食育の意味や重要性が国民にかなり浸透し、学校や地域での取り組みも広がってきたと評価する一方、若い世代の高い欠食率などの課題を指摘している。 内閣府が3月に実施した意識調査によると、食育の言葉を知っている人、関心をもつ人は、共に70%を超えた。 現在の食生活に問題があると認識している人の4人に3人が、改善意欲をもっている。 半面、大半の人がメタボリック症候群を知っているにもかかわらず、予防や改善のために適切な食事や運動をしている人は3割にとどまる。 さらに、20代と30代男性のほぼ3人に1人が朝食を食べていない。 食への意識や関心は高いのに、行動が伴わない理由の一つは、長時間労働など不規則な生活が影響しているからだろう。 職場全体で食事と運動の大切さを認識し、実践できる環境をつくっていく必要がある。 4年間で学校での取り組みも広がった。 2005年度に全国の公立学校で34人だった栄養教諭は、今年4月には2648人に増え、兵庫県は311人と北海道に次いで多い。 栄養教諭らが専門性を生かして食育を進めてきた学校では、給食の残食率が減り、野菜好きの児童が増えているという。 食育の成果といえるだろう。 地場産物を学校給食に活用する機会も増えた。 07年度の活用率は全国で23・3%。兵庫県は27・5%だが、米飯給食の米はすべて県内産だ。 兵庫産品を生かしたメニューの開発や地元食材100%の日を設ける市町があるほか、農作業体験、生産者との交流を深める学校などもある。 こうした取り組みは、子どもたちの食材への興味や関心を高め、健康について考えるきっかけになる。 生産者の顔が見える食材は、なによりも安心・安全に通じる。 子どもの塾通いや親の働き方の多様化で、食育の実践が難しい家庭が増えているだけに、学校の役割は一層重要になってくる。 ただ、基本法で定めた食育推進計画を策定している市町村は全国で25・5%。 県内では神戸市や香美町など、11市町にすぎない。 計画は住民の健康づくりの基本や目標となるだけに、策定に努めてほしい。 農畜産業や漁業が盛んな兵庫県は、食材の宝庫だ。 地域の産物に目を向け、家庭や学校で味わえば、生産者支援につながる。 食育にさらに地産地消を取り込んで欲しい。
Jul 10, 2009
背表紙の題名に引かれ、新刊本に手を出す。 読んだあとはたいてい後悔する。 映画も似ている。 先日、妙な題名に誘われて映画館に入った。 「マン・オン・ワイヤー」。 訳せば「綱渡り男」か。 中身は大当たりだった。 この英国のドキュメンタリーは、日本の「おくりびと」と一緒にアカデミー賞に輝くなど、映画好きならよく知る傑作だと教えられた。 話は単純だ。 9・11テロに消えたニューヨークのワールド・トレード・センターで綱渡りした記録だ。 高さ411メートル、地上110階。 当時世界一高いツインタワーの間42メートルを、フランス人の大道芸人フィリップ・プティは8往復した。 1974年8月7日、朝もやの摩天楼を渡る。 物干しざおのようなバランス棒を持ち、優雅に空中散歩する姿は世界の話題をさらった。 もちろん命綱はない。 この若者の情熱にほだされ、不法侵入に問われるのも覚悟し、冒険を実現させようと協力する友人たちがいい。 名声と富が目的でないからこそ、夢や挑戦、友情という言葉が観客の胸に迫る。 「なぜだ。なぜとばかり聞かれる。実利性がないのが素晴らしいのに」とプティ。 この夏、政界では綱渡りが大流行だ。 宮崎県知事は国政転身の条件を「総裁候補」などと言っていたが、足元がおかしい。 麻生首相も、人事権のバランス棒を失い、解散の宝刀を自ら抜けるのか心配になってきた。 綱渡りには政治生命が懸かっているはずだ。 なのに権力維持の打算や、転身後の下心という命綱ばかりが目につく。 二流の大道芸にも劣るお騒がせはもう飽きた。
Jul 9, 2009
まるで繰り返しだ。 中国の新疆ウイグル自治区で、漢民族とウイグル族の対立から150人以上が亡くなった。 その構図は昨年3月、チベット自治区で起きた大規模暴動とあまりに似ている。 ともに背景には、漢民族に対する少数民族の不満がある。 どちらの地区も第2次大戦後、人民解放軍によって「占領」された。 漢民族が移住してくるようになって発展もしたが、その果実を得るのは中央とつながりがある漢民族ばかりだった。 それでいて少数民族に対しては、宗教的に抑圧したり漢語の使用などを強制したりする。 ウイグルの場合、頻繁に核実験も行われている。 先祖伝来の土地を蹂躙[じゅうりん]される怒りは、チベット以上に積もっていたのではないだろうか。 前回も今回も、政府は少数民族側に非があるとする。 前回はチベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世が、今回は世界ウイグル会議を率いるラビア・カーディルさんが扇動したと主張する。 ともに亡命中の彼らの言い分は、国内では制限される。 ここまで重なると、もはや偶然ではない。 問題が繰り返されるのは、根本に原因があると考えるのが自然だ。 民族政策を改善し不満解消に努めなければ、何度力で押さえつけても、同じことが繰り返される恐れがある。 残念なことに、こうした惨事にならなければ、世界の関心が集まらなかった点もよく似ている。 チベットの時は、その関心も後の四川大地震で薄れてしまった感があった。 今度も繰り返されるのだろうか。
Jul 9, 2009
気にする人も少ないのだろう。 ちまたに「すいません」がはびこっている。 謝るときや声をかけるときに「すいません」は、おかしいと思う。 そもそもが「すまない」の丁寧語。 本当は「すみません」と言わないと意味が通じないのではないだろうか。 「すいません」といえば、たばこである。 いや、「吸えません」か。 一服できる場所が減り続けている。 JR西日本は7月1日から京阪神近郊の在来線の駅すべてでホームを禁煙にした。 関東では大手私鉄が先行し、禁煙が定着したが、関西の鉄道での本格的な禁煙はJR西が初めて。 同社は「受動喫煙の防止を求める声が多くなった」と説明する。 神戸市は、三宮・元町地区での路上喫煙に過料1000円を徴収しており、7月1日で1年になった。 こちらはたばこの火によるやけどや衣類の被害、吸い殻のポイ捨てを防ぐのが主目的。 のべ4311人、1日平均12人が処分を受けた。 指導員は、紫煙を見つけるのが素早い。 徴収に素直に応じない喫煙者を説得する。 団塊の世代の言い逃れが特にひどいという。 一番に心掛けるのは「公平な徴収」だという。 ただし「罰金」まで取ることに賛否はあるだろう。 効果を精査して制度の検証を続けてほしい。 排除一辺倒では愛煙家が気の毒に思えてくるが、マナーの悪さを見せつけられると同情も引っ込む。 繁華街では「すいません」でいいと思う。
Jul 8, 2009
自動車が「家電製品」として扱われる。 そんな時代が来るのかもしれない。 三菱自動車と富士重工業が今月中に、電気自動車を発売する。 大手メーカーが量販に乗り出すのは、世界で初めてだ。 昨年来の不況で新車販売が冷え切っている。 トヨタとホンダは、エンジンとモーターを使って走行するハイブリッド車を200万円前後の価格で売り出し苦境脱出の切り札と位置付ける。 後発の電気自動車は、走行中に二酸化炭素を排出しないことから究極のエコカーといわれる。 次世代車の主役をめぐり、競争が激しくなりそうだ。 電気自動車参入の影響は、メーカーの販売戦略に及ぶだけではない。 産業構造や日常生活にも変革をもたらす可能性が高い。 しかし、普及の道筋を確かなものにするには課題もまた多い。 その一つは低価格化だ。 三菱の場合、深夜電力なら1キロの走行に要する電気代は1円で済むという。 しかし、車両価格は高い。 軽自動車クラスの大きさだが、国の補助金を差し引いても約320万円する。 バッテリー用のリチウム電池が高価なためだ。 1回の充電で160キロ程度の走行距離しか出ない。 強力でしかも安価な電池で、車体も大型化できるよう、研究開発が待たれる。 充電スタンドなどの設備は、最優先課題だろう。 電気自動車の普及が進めば、自動車産業の構造を一変させかねない。 ガソリン車は、下請け、孫請けなど多くの工場と、緻密(ちみつ)な技術の積み重ねによって成り立っている。 これに対し、部品が少なくて済む電気自動車関連は、電機など異業種の参入が相次いでいる。 新ビジネス創出を目指して、企業と大学が電気自動車やその部品の開発に挑戦している。 国や県は、地場産業の育成を視野に入れた施策を打ち出してほしい。 逆に、エンジンなどの部品会社の多くは業態転換が迫られよう。 自動車メーカーの中には、製造拠点を米国など海外に置く動きもある。 すそ野が広く、日本経済の屋台骨となってきた自動車産業の空洞化が懸念される。 雇用の問題も含めて官民の目配りが欠かせない。 自宅の太陽光発電装置を使って電気自動車に蓄電し、その電力を家電製品などの電源に活用する研究も進められている。 「車は移動手段」という考え方を転換させるものだ。 自然エネルギーと合わせて、電気自動車の普及を低炭素社会実現への試金石となるよう位置付けて欲しい。
Jul 8, 2009
後期高齢者医療制度の対象は75歳以上で、年で健康を色分けするようだと、相変わらず評判は良くない。 その2008年度の医療費が11兆円を超え、国民全体の3分の1を占めたという。 複雑な気分になった。 新潟県の1人当たりの医療費が約70万円で全国最低というからだ。 最高の福岡県は約108万円だ。 単純比較はできないが、近年、高齢者医療費の最低は長野県で、新潟県が追っていた。 晴れて逆転、日本一の健康長寿県-。 こう胸を張っていいものか。 素直に考えれば、健康で医者いらず。 しかし、医者に行きたくても施設がないと想像もできる。 06年データでは、新潟県医師は人口10万人当たり171人で全国42位、病床数も31位と低迷する。 忍耐強くきまじめ。そんな越後人気質で通院や投薬を我慢していたら悲しい。 新潟市では「地域の茶の間・大交流会」というものがあるという。 わが街はお年寄りを一人ぼっちにさせない。 世間話できる茶の間をつくろう。 そんな活動が新潟県では10年以上前から始まり、いまや1千カ所を超える。 この種の地域福祉で本県は全国の先進地という。 運動の草分け、河田珪子さんに最少の医療費の感想を聞いた。 「正直、お金がなくて医者通いできない人は多い。でも、地域のつながりが、新潟にはまだ残っているからだと思えたら、うれしい」。 気軽に通院できる医療環境は大切だ。 でも地域で、お年寄りの悩みや小言に耳を傾ける「事前診療」ができたらもっといい。 そんな茶の間に医療費抑制のカギが隠されているようだ。
Jul 7, 2009
消費者行政を一元化する消費者庁が9月に発足する。 地方の相談窓口の充実など課題はたくさんあるが、この新しい組織が趣旨通り、生産者重視の行政から消費者側に軸足を置く行政へ転換できるかが大事な出発点となる。 「官」の意識をよほど改めてもらわねばならないが、そう簡単ではなさそうである。 昨年、農林水産省が把握した食品表示違反のうち、9割近くは消費者に知らされなかったという。 日本農林規格(JAS)法に基づき行政指導や厳重注意をした879件のうち、公表されたのは悪質と判断した110件にとどまる。 一律の公開は業者が受ける社会的打撃が大きいというのが、農水省の考えのようだ。 非公表の中には、中国産を国産と称する「おなじみ」の手口をはじめ、遺伝子組み換え農作物の使用を隠すなどさまざまなケースが含まれている。 悪質との判断はどんな基準でなされているのだろう。 単純な過失で悪意のない表示違反もあるのかもしれないが、食べ物にかかわることでありチェックは厳重に行われなければいけない。 食品表示は、消費者がその商品を選ぶ際の重要な目安となる。 賞味期限や原産地、原材料など記載された情報にうそや誤りがあれば、一般の消費者が見抜くのは困難である。 食は毎日の必需品であり、直接口にするものだ。 生活の根源にかかわる。 ささいな点までおろそかにされることがあってはならない。 誤った表示が確認されれば、原則としてすべて公開するべきだろう。 中国産ギョーザ中毒事件や度重なる食品偽装問題で国民の不信感が高まり、食の安心・安全に大きな関心が寄せられるようになった。 悪質商法や重大な製品事故などと並び、消費者庁発足につながる重要な背景の一つであったはずだ。 平成20年度版食育白書によると、食育に関心を持つ国民の割合は72%となっている。 22年度までに90%以上にするとの目標値にはまだ及ばないが、確実に高まっていると言えるだろう。 同白書では、日常の食生活で悩みや不安を感じていると答えた中では、「食品の安全性」を挙げる人が最も多かった。 情報の多くを公開しなかった農水省の姿勢は、こうした消費者の感覚とはかけ離れている。 消費者庁には発想を逆転してもらわねばならない。 初代長官には民間人起用の観測もあったが、前内閣府事務次官が就くことが決まった。 監視役となる消費者委員会の委員長も固まったもようだ。 同庁は約200人の職員で出発する。 各省庁の寄り合い所帯となるのだろうが、まずは消費者行政の司令塔を務めるとの意識を共有することが求められる。 消費者自身もより賢くなる必要がある。 商品を選ぶ目を養うために、食品の安全性に関する基礎的な知識をある程度身に付けておいて欲しい。 そうすることで、地産地消のほか、食べ残しや食品廃棄を減らすことについても意識が高まっていくのではないだろうか。
Jul 7, 2009
今年は「我慢の夏」だ。 街中ではボーナス商戦が始まっているが、参戦するにも軍資金に乏しい。 政府は「景気は底を打った」と言うものの、財布のひもは緩められない。 まずは生活防衛を優先しよう。 損保ジャパンDIY生命がサラリーマン世帯の主婦に聞いたところ、そんな声が聞こえてきた。 半数以上が夫のボーナスが昨年夏より減ったと回答。 「プチ贅沢(ぜいたく)」や旅行をあきらめ、買う服もランクを下げた。 使い道のトップは「預貯金」である。 当然のように、夫の財布も厳しく絞られる。 ボーナスから支給される小遣いは2割のカット。 カットはまだましな方で、「渡さない派」が勢力を増している。 これでは、仕事帰りの冷えたビールもままならない。 ランチ事情も変化している。 夫に手作り弁当を持たせている主婦は3割だが、うち4割が不況といわれるようになった昨年から今年にかけて弁当へと切り替えていた。 理由が「愛」ならうらやましいが、その心は現実的な「節約」だった。 驚いたのは、家庭にも「埋蔵金」があるということ。 「へそくり」のことだが、その額は平均でなんと337万円にも上るという。 ただ「霞が関の埋蔵金」とは違い、取り崩すのは大物政治家でも至難の業。 家庭の女性財務大臣の豪腕にはかなわないからである。 冗談はさておき、来年も「我慢の夏」になるのだろうか。
Jul 6, 2009
大阪府の新型インフルエンザ患者から検出されたウイルスに、治療薬タミフルへの耐性を示す遺伝子変異が初めて確認された。 海外ではデンマークの患者から見つかったと6月末に報告されていた。 当初から想定されていたとはいえ、突然変異による耐性ウイルスが国内外で相次ぎ確認されたことは、このウイルスが決して侮れない強敵であることをあらためて印象付けた。 大阪の患者は、別の新型インフルエンザ患者の濃厚接触者としてタミフルの予防的な投与を受けていた。 その後発症し、もう一つの治療薬リレンザを投与され回復した。 家族を含む周囲への感染拡大はない。 厚生労働省はタミフル耐性ウイルスが拡散するような兆しはなく「公衆衛生上の危険はない」としている。 国内の新型インフルエンザの累計患者数は1500人を超え、ほとんどの都道府県で発生を見た。 夏に向かえば沈静化するとされていたにもかかわらず、集団発生も含め感染拡大が続く。 新型のワクチンの完成は秋だ。 それまでの間は抗ウイルス薬タミフル、リレンザの投与が最も有効な対応策である。 耐性ウイルスが広がるようなことになれば、この変更も迫られるだろう。 通常の季節性インフルエンザウイルスでも、一定の割合でタミフルへの耐性を持つことが分かっている。 しかし政府、医療機関は新型ウイルスでのタミフル耐性の今後の動きを厳重に監視していく必要がある。 タミフル耐性を持つだけならば、ウイルスの毒性を強めることにはつながらないといわれる。 また今回のウイルスは季節性インフルエンザと交じり合って生まれたものではない。 本格的流行が懸念される中で最も警戒すべきは、季節性インフルエンザや鳥インフルエンザと交じり合い、タミフル耐性が広がったり毒性の強い新型ウイルスが出現したりする事態だ。 鳥インフルエンザが多発し、鳥から人への感染で死者が出ている東南アジア地域で、新型インフルエンザ感染が急速に増えている状況は気掛かりだ。 世界保健機関の集計によると、ミャンマーを除く東南アジア諸国連合加盟国では6月24日までの10日間で8倍以上に増え、二次感染の広がりを裏付けた。 検査、医療体制が不十分な地域への国際支援の強化を検討すべきだ。 弱毒性だからと甘く見ては絶対にいけない。 大阪府は6月18日にタミフル耐性を確認したのに2週間公表せず、厚労省に促され初めて発表した。 緊張の緩みなどなかったか。ふに落ちない。 これからはウイルスの変化に目を凝らすことと、重症者の増加に備えた医療体制の構築が極めて重要だと思う。
Jul 6, 2009
少し懐かしい「ドンマイ」という言葉の力に驚かされた。 男子プロゴルフの石川遼選手のことだ。 先日のミズノオープン最終日、2位に5打差のトップで迎えた12番ホール。 ボールをコース外に打ってしまう失敗を連発した。 ボールの落下場所を確かめようと、観客の方に向かう。 もう気持ちは崩れかかっていた。 そこで「ドンマイ」「ドンマイ」…。 温かな声援が観客から響いた。 石川選手はブログに「ギャラリーからのどんまいコールに励まされました」と書いた。 大会後の会見では「今度会ったら、あのときドンマイは私ですと名乗って」と、若者らしいユーモアも光った。 一気に首位に並ばれたが、「あれで落ち着いた」。 その後のチップインイーグルは圧巻だった。 解説者も「強い」と叫んだ打球は、ポールに当たって真下の穴に。 今季の初優勝とともに、全英オープン出場権を手にした。 スポーツの声援は競技によって多彩だ。 サッカーなどでは、守備陣が体を張って窮地をしのぐ。 すると攻撃陣やコーチ席から「サンキュー!」がピッチ上に響く。 陸上も独特だ。 ランナーが全力でゴールする。 順位はたとえ振るわなくても、「オツカレー!」の大合唱がチームメートから届く。 今回の「ドンマイ」は、石川選手のひたむきな一打一打があったから、自然発生したのだろう。 don’t mind-「気にするな」。 声高な「頑張れ!」よりも、「ドンマイ」や「サンキュー」の気遣いが、選手に勇気を与えることがある。 こんないい声援、スポーツ限定ではもったいない。
Jul 5, 2009
雇用情勢が依然として厳しいことが5月の雇用失業情勢で明らかになった。 対策はますます急を要する事態だ。 全国の有効求人倍率(季節調整値)は調査開始以来最低の0・44倍。 すでに県や各市町では、一時的な雇用の受け皿確保を中心とした緊急対策費を6月補正予算に盛り込んでいる。 施策を着実に実行に移す必要がある。 問題は中長期的な対策だろう。 官民が連携して新たな雇用の創出へ知恵を絞らなければならないと思う。 1次産業や医療・福祉関係など、担い手不足とされる分野における人材のマッチングも課題だ。 いっぽう政府は、6月月例経済報告で「景気の底打ち」を宣言した。 中国など海外市場の需要回復が、自動車や電機などの輸出下げ止まりに貢献したという。 雇用は景気を後追いするとされ今後の改善を期待する声もある。 しかし、宣言の背景には総選挙を控えて経済好転を演出したい与党の思惑もあるようで、経済状況は予断を許さない。 6月日銀短観でも大規模製造業で2年半ぶりに景況感が改善した一方で、2009年度の設備投資計画は過去最悪の下落幅となるなど、内需に不安材料がある。 「底打ち」を実感することのないまま、景気が再び落ち込む恐れが大きい。 個人消費の回復で内需を拡大させるためにも、何よりもまず雇用の安定を最優先すべきだ。 企業には国の助成なども活用して従業員の雇用継続に努力することが必要だ。 内部留保をためこんでいる大企業は雇用に振り分けるべきだろう。 雇用枠が限られているなかでは、ワークシェアリング導入も検討課題だ。 09年版労働経済白書は、02年からの景気回復の成果を勤労者の所得改善につなげられなかったことが内需を停滞させ、依存していた外需の縮小と相まって経済収縮を深刻化させたと分析する。 さらに今後の雇用のあり方として、長期雇用システムの構築や非正規労働者の正社員化などを求めている。 安定雇用と格差解消が消費のすそ野を広げるとの指摘だ。 大企業を中心に進めてきた業績・成果主義に対しては勤労意欲低下などの問題点をあげ、長期雇用の人材育成機能を評価している。 長期的な視点で日本の雇用のあり方を見直すべきではないだろうか。 政労使が一体となって着実に歩を進めていって欲しい。
Jul 5, 2009
「人間の顔にはな、狐(きつね)型と狸(たぬき)型との二種類があるな」。 そう書いたのは 「狐狸庵(こりあん)先生」こと、作家の遠藤周作さんである。 先生自身は狐より狸好きを自認する。 「同じ人間をだますのでも、狸のほうがやはり愛嬌(あいきょう)があるらしいな」。 そんな先生の目に両者のだまし合いのように映ったのが、政治の世界だ。 選挙などは「愛嬌の競い合いだな」と看破したとか、しなかったとか。 昨日、注目の東京都議選が告示された。 解散総選挙の行方を左右するとして、各党トップが連日のように街頭に立つ。 どんな顔でどんなことを言うのか、しばらく目が離せない。 あす5日は静岡と兵庫の知事選の投開票日だ。 そして都議選の後には、いよいよ衆院選が控える。 だますつもりはなくても、公約を実現できなければだました格好になる。 狐狸庵先生は政治家には「照れくさいという気持ちがないようだ」と手厳しかったが、本当にやる気があるのか口だけなのか、候補者の愛嬌も含めてしっかり見極めたい。 選挙で戦わすのは「言葉」だ。 その言葉について、詩人の堀口大学はこう書く。 「円(まる)い玉子も切りようで/同じ言葉も使いよう/それは羽毛(はね)より軽くなり/それは石より重くなる/そこのけじめに詩はほろび/そこのけじめに詩は生きる」。 「詩」を「政治」に置き換えると、一編は警句に変わる。 言葉にけじめのない狐と狸のだまし合いは、聞きたくないし、見たくもない。
Jul 4, 2009
日本の漫画やアニメは、ポップス、ファッションとともに今や国境を越え世界中の若者に大きな影響を与えている。 中でも「ポケモン」や「ドラえもん」などの漫画やアニメ人気は世界を席巻している。 こうした状況を背景に「国立メディア芸術総合センター(仮称)」建設に117億円もの補正予算が付いた。 いわゆる「アニメの殿堂」である。 本年度内着工に向け、一昨日有識者でつくる設立準備委員会が発足したが、与野党内から「予算のバラマキの象徴」と批判が強いうえ、当の漫画家らにも賛否両論が渦巻いている。 「アニメの殿堂」は漫画、アニメ、ゲーム、コンピューターを使った美術作品などの「メディア芸術」を一堂に集めた国立美術館で、日本から世界への発信地にしようというものだ。 こうした日本の新しい芸術分野について、麻生太郎首相は「トヨタやソニーなんかよりも、サブカルチャーの勢いのほうがすごいんじゃないかと実感することもある」(『とてつもない日本』)とまで言っている。 自他共に認める「漫画好き」らしく、大変な熱の入れようだ。 しかし、漫画家の中には賛否がある。 古い漫画の原画の劣化がひどく、きちんと収集・保存がされなければ後世に残せないと賛成する声がある一方で、漫画やアニメはそもそも時の権力者や為政者、行政のあり方、社会のひずみなどをテーマに、やゆしたり、批判したりするものであり、それを国が「お墨付き」を与えて保管、展示すること自体がおかしいという意見もある。 どんな権力、体制であろうとも一本のペンによる力で向かっていく精神にこそ漫画やアニメの本質があり、それを国が育成するというのはどこか薄気味悪い。 収集に際しても恣意(しい)的な判断が入れば、危ういことではないか。 民主党は「バラマキの象徴だ」として政権奪取後にはご破算にする構えだ。 先日の党首討論でも鳩山由紀夫民主党代表は「アニメの殿堂のお金があれば、何で母子加算を戻してあげないのか」「人の命というものを粗末にしてしまう政治に成り下がってしまっている」と批判している。 4月に全廃された生活保護の母子加算復活に必要な額は年間約180億円。 「中学生で食べ盛りなのに食費を削るしかない」「もう私は高校にいけない」。 そんな深刻な声が上がり、民主党など野党4党が共同提出した復活法案が参院本会議で可決された。 身内の自民党の「無駄遣い撲滅プロジェクトチーム」も「こんなハコモノは要らない」と予算凍結を求める意見書をまとめたほどだ。 世界でもてはやされている漫画やアニメの産業、観光資源に期待して目を向けたわけだが、塩谷立文部科学相は「都心に箱物を建てることにこだわらず、いろんな意見を出してもらうことが大事だ」と述べている。 しかし、同じ税金を投入するなら、まずは庶民の生活に密着した施策から優先すべきではないだろうか。 「巨大国営漫画喫茶」(鳩山代表)を造ることの是非は、次期衆院選の争点の一つになるだろう。
Jul 4, 2009
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