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遠目にはしゃれた造りに見えるが、近づくと壁にはひびが入って天井や柱は傾き土台も朽ち始めている。 日本という国をビルに例えてそう評するのは見当外れだろうか。 外観をしゃれて見せる設計も工法も欧米あたりからの借り物が多い。 グローバリズムに名を借りた利益最優先主義が、持てる者と持たざる者との格差を拡大した。 根っこにあるマネー万能の風潮が、精神風土の土台も朽ちさせ始めて久しい。 昨秋以来の雇用不安は米国発の金融危機が直接の原因だからさておく。 働く場所がある人でも定年退職が近づくほどに年金の不安が増す。 妻は家計簿をつけながら国の税金の無駄遣いに腹を立てる。 こんな日本に誰がした。 国民生活に雨漏りなどが発生するたびに補修を重ね、巨額の補修費は借金で賄う従来手法は限界に近い。 新築しよう。 国を造る人たちを代えよう。 国民の多くがそう決意したことを、衆院選の結果は物語る。 それにしても結果は一方的だった。 大勝した民主党の新築設計図の骨格は政権公約に示されている。 建て替えは土台造りから始まる。 大黒柱も厳選したい。 鳩山由紀夫代表が言う「友愛」は候補の一つ、とご祝儀代わりに言っておこう。 日本には五重塔など世界に誇れる木造建築がある。 くぎを使わない。 地震には強い。 先人の知恵が生んだ木組みの柔構造が衝撃を吸収する。 伝統に学んだ構造を兼ね備えた国に造り替えてもらいたい。
Aug 31, 2009
薔薇(ばら)ノ木ニ 薔薇ノ花サク。 ナニゴトノ不思議ナケレド。 事前の世論調査からすれば不思議はないが、民主党のこのバラの咲き方には、やはり驚く。 衆院選は民主党が308議席を獲得し、空前の勝利を収めた。 民主党本部の壁は、鳩山由紀夫代表らが付けたバラで埋まった。 バラをこよなく愛したことで知られる祖父・一郎も、目を細めていることだろう。 香川でも自民党の固い地盤を突き破り、小川淳也さん、玉木雄一郎さんの花が咲いた。 この結果は4年前の反動だけだろうか。 前回、国民は「自民党をぶっ壊す」を支持した。 しかしその後、期待したスクラップ・アンド・ビルドどころか、政権投げ出しなど劣化が止まらなかった。 やはりぶっ壊すしかないと考えたのだろう。 だからといって民主党を全面的に支持したわけでもないと思う。 バラ色のマニフェストに少なからぬトゲが潜んでいることを、知らないわけではない。 政権運営の実績もない。 どうしても脅えや不安がつきまとう。 それでも民主党に投票したのは、新しい政治に期待したからだろう。 政権交代で日本を変えたかったからだ。 国民はそれほどの覚悟をした。 民主党は、そんな国民を決していばらの道に進ませてはならない。 北原白秋の詩「薔薇二曲」はこう結ばれている。 照リ極マレバ木ヨリコボルル。光コボルル。 期待が大きいほど、裏切られた時の反動も大きい。 民主党はこぼすことなく、国民の期待や不安をすくい上げてほしい。
Aug 31, 2009
政界で起きる争い事はしばしば歴史上の出来事になぞらえられる。 政権選択を軸に進行してきた2009年政局は、なぞらえられた史実の多彩さが際立った。 鎌倉期の弁慶の立ち往生、江戸幕府の大政奉還、西郷隆盛と西南の役…。 子細は省くがどれも自民党のお家騒動を物語った。 かくして政権側が傷だらけで迎えたのが総選挙という名の合戦だった。 天下分け目の合戦だ。 天下を二分した争いといえば800余年前の源平合戦がまず浮かぶ。 400余年前には関ケ原の戦いもあった。 400年置きなのはただの偶然か。 気分的には「平成の合戦」を加えてみたくなる。 一方の総大将を務める鳩山由紀夫氏は、源平最後の海戦となった「壇ノ浦の戦い」に思いをはせているのでは、などと想像する。 東から攻め込んだ源氏の軍勢は、西向きに急変した潮流に乗って平氏の軍勢を追い落とした。 関ケ原での両軍配置図を見た西洋の軍事専門家は、西軍が勝ったはずと言ったとされる。 現代のもう一方の総大将・麻生太郎氏は、知略を用いて勝利をもぎ取った家康率いる東軍に、自公の軍勢を重ねたいところだろう。 潮流に乗る側が世論調査の予測通り大勝するのか。 関ケ原に通じる結末はあるのか。 選べる国民が現代の合戦の主役だ。 主役の実感は投票所に出陣することから始まる。 有権者が等しく持つ1票は、屈強の兵士が有した剣より強いことも実感できるかもしれない。
Aug 30, 2009
新型の豚インフルエンザが予想より早く流行期に入り、国や地方自治体の動きが慌ただしくなってきた。 新型には免疫がなく、季節性インフルエンザより重症化しやすい。 慢性の呼吸器疾患や心疾患のある人、乳幼児、妊婦らは特に注意が必要だ。 あさってから本格的に新学期が始まると、集団感染が一気に拡大しかねない。 重症患者が増え、病院での対応が難しくなる恐れもある。 そんな事態は何としても避けなくてはならない。 厚生労働省は、新型の国内患者数が2500万人、人口の20%に達するとの予測を出した。 新型用ワクチンの対応に追われるのも、事態がそれだけ差し迫っているという認識があるからだろう。 厚労省は、国内で必要なワクチンは5300万人分とする。 年内に国内で生産できるのは1300万~1700万人分。 来年3月までに不足する1500万~2000万人分を輸入する考えでいる。 ワクチンには、安全性の問題がついて回る。 輸入するにしても専門家の意見を聞きながら、慎重に判断してもらいたい。 輸入となれば欧米製ということになる。 国産と製造や接種方法が異なり、安全性の検査を一からしないといけない。 国内で臨床試験や審査の手順を踏むと、承認までに半年から1年かかる。 すでに流行期に入っているのに、それでは間に合わない。 といって、舛添厚労相が示唆した「特例承認」にも不安はつきまとう。 海外での承認を条件に国内での臨床試験を省略するにしても、「たぶん大丈夫」という見切り発車になるからだ。 安全にかかわることだけに、丁寧な説明がほしい。 一方で、大量のワクチンを輸入することへの批判もある。 医療体制が整い、抗インフルエンザ薬を備蓄し、ワクチンを生産する能力を持つ国が、この時期に、海外から大量に買い取ることに対してだ。 こうした声を軽視してはならない。 いずれにしても当面、国内で用意できるワクチンに限りがある。 どんな人に優先接種するか早急に決めなくてはならない。 接種を義務とするか、任意とするか。 重い副作用が起きた場合、その補償や対策をどうするのか。 高齢者で重症化しやすい人には肺炎球菌ワクチンなどもある。 こうした既存のワクチンを使い、新型の重症化に備えることも選択肢に加えるべきだろう。 ワクチンは万能でない。 それを自覚して未曾有(みぞう)の大波への備えの一つとしたい。
Aug 30, 2009
衆院選の騒ぎをよそに、プロ野球では巨人にリーグ優勝へのマジックナンバーが点灯した。 「そりゃ金で有力選手を集めてるし」なんて感想を持ったとしたら、その人は熱心な野球ファンではない。 ちょっと前までの巨人は、確かに金にものをいわせてきた。 落合、広沢、清原、江藤など他球団の主砲を片っ端からかき集め、ずらり4番を並べたような打線にした。 FA制度は巨人のためにあるかのようだった。 しかし年俸に比例してチームが強くなったわけではなかった。 期待したほど優勝できず、スター選手の多くは輝きを失った。 こうしたやり方には巨人ファンすら眉[まゆ]をひそめ、プロ野球人気を下げることにもなった。 今、かつての印象は薄い。 主軸こそよそ者だが、チームを勢いづけているのは自前の若手。 年俸240万円の育成枠からスタートした選手も含まれている。 オフには大型補強をしなかった。 以前と逆に、巨人を見習えとの声まで上がるほどだ。 テレビ中継が減り、資金に余裕がなくなったなどの事情もある。 しかし、それ以上に彼らは反省したのだろう。 地道に選手を育てることが優勝、ひいてはファンの支持を得る近道だと学び、方針転換した。 これが実際にできてしまうところが、この球団のすごみである。 彼らが戦後の日本に夢を与えてきたことには間違いないが、もはや盟主の座にあぐらをかいていればいい時代ではない。 ファンの声に耳を傾け地道な努力をしなければ、たちまち支持を失う。 時代は変わった。
Aug 29, 2009
7月の完全失業率が前月より0・3ポイント悪化して5・7%と、過去最悪となった。 完全失業者数は359万人に上り、この1年間で103万人も増えた。 失業率が最悪を更新するのは時間の問題と見られていたが、それにしても予想を超えるスピードで雇用の悪化が進んでいる。 政府は各種経済指標を踏まえて、景気は底を打ったと見ている。 今回の失業率について、河村建夫官房長官は「厳しさを増していることは議論の(余地が)ないことだ。ある意味想定されていた」と述べた。 識者からは年末には6%を超えるとの予測が出ている。 政治はもっと危機感を持って、失業者をこれ以上増やさないという強い決意を示すべきだ。 2009年度の経済財政白書によると、企業が余剰人員として抱えている「潜在的失業者」は1980年代以降最大の600万人以上と推計される。 これらの人たちの多くは、政府の雇用調整助成金などで支えられているのが実情だろう。 景気が回復すれば雇用も良くなるという、これまでの図式が成り立たなくなってきている。 余剰労働力を抱えている企業は、業績が上向いても新規求人を控えるだろう。 現に、エコカー需要に追われる大手自動車メーカーは、休日出勤を拡大し、増産体制に入る構えだ。 しかし、従業員を増やす考えはないとしている。 一方で、中小・零細企業はまだ先行きの見えない状況にある。 政府は職業訓練の充実や、新規学卒で就職できない若者を採用した事業主を助成する方針だ。 しかし、仕事がないのに新たな人を雇う経営者がいるとは思えない。 雇用の悪化はなんとしても食い止めなければならない。 それも景気回復に頼るだけでは限界がある。 長時間労働の解消や有給休暇の取得率向上に本気で取り組む必要がある。 休日出勤や残業がある一方で、360万人もの人は仕事がない。 社会全体がこうした矛盾に向き合えるかどうかが問われていると言えるだろう。 企業は社会的な責任を負っているが、雇用の維持がその大きな柱の一本であるのは言うまでもない。 経営者はこの当たり前のことをあらためて思い起こしてほしい。 人口減少や少子高齢化で、日本経済が大きく成長するのは難しくなってきている。 真の豊かさとは何かを見据えて、働き方も問い直されるべきだ。 「ワークシェアリング」を流行語として消費してはならない。 即効性のある方策を打ち出すのは確かに難しい。 環境などの新産業を育てて、雇用の受け皿とするには時間がかかる。 ここが正念場だ。
Aug 29, 2009
日本は努力すれば報われる社会なのか。 大学生へのアンケートで、それに否定的な意見が半数を超えた。 調査はベネッセコーポレーション(岡山市)が昨秋、インターネットで行った。 79%が「日本は競争が激しい社会」と答えながら、努力が報われると答えたのは43%にとどまった。 非正規労働者が3分の1にまで達したうえ、余剰人員の企業内失業者は607万人(2009年版経済財政白書)という格差拡大の現状に、若者の意欲が萎(な)えそうになっているのが垣間見える。 多芸多才の趣味人で知られる俳優の小沢昭一さんは「結局、これ(仕事)も道楽だったんではないか」と語る(民俗学者の神崎宣武さんとの対談「道楽三昧」=岩波新書)。 戦争で家も財産も失い、アルバイトをしながら俳優の道に飛び込んだ。 「ただバタバタと、その日その日の仕事をシノイデ過ごすその日暮らしの連続」と言うが、仕事も、それ以上に遊びも全力投球の人生で、今年80歳を超えた。 先の調査で、仕事を通じての社会貢献は大切との回答は84%。 また仕事より趣味や自由時間との答えも75%ある。 「もう余禄どうでもいいぜ法師蝉」とは小沢さんの一句。 その境地に達するのは難しいが、少なくとも努力が報われる社会をつくることが、政治の大きな責任ではないだろうか。
Aug 28, 2009
まだまだ日中は暑いものの、朝晩は随分涼しくなり、気が付けばセミの合唱コンクールが終わりかけている。 代わって夜の草むらでは、コオロギやスズムシの演奏会が始まっている。 秋が近いらしい。 多くの日本人には、こうした秋の虫の声は涼やかで心地いいものだが、外国人には雑音にしか聞こえないとも言われる。 虫の声を日本人は言語をつかさどる左脳で聞き、西洋人は感覚的な右脳で聞く違いがあるという(角田忠信「日本人の脳」大修館書店)。 同じ音でも人によって反応が全く異なるのは、秋の虫に限らない。 セミの「声」に風情を感じる人がいれば、騒々しい「音」としか思わない人もいる。 テレビの声が気になって眠れない人もいれば、それがないと眠れない人もいる。 それどころか、音自体が聞こえなくなる場合もある。 赤ちゃんの声で母親は目覚めるのに、父親は高いびき、なんて話は珍しくない。 人間には、音を都合のいいように聞き、都合よく理解する力が備わっているようだ。 衆院選でもそろそろ、有権者の耳も不都合な音を遮断し始めたころではないだろうか。 自分が支持する候補者や政党の声には聞く耳を持つが、そうでない声はもはや騒音にしか聞こえない。 そうして投票日を今か今かと待っているころか。 候補者たちにとっては、懸命の訴えが声となって届いているのか騒音扱いなのか、気になるところだろう。 それもじきに分かる。 4年間、有権者の声に真摯(しんし)に耳を傾けてきたかどうかが表れる。
Aug 28, 2009
今月中旬、獣医師を夢見ていたケニアの小学生が亡くなったと伝えられた。 キマニ・マルゲさん、90歳。 ギネスブックに認定されていた世界最高齢の小学生だった。 彼の少年時代、ケニアはまだ植民地だった。 家庭の事情で学校に通えない子どもは、今よりずっと多かった。 彼も読み書きもできないまま80歳を超え、そのまま一生を終えるはずだった。 そんな彼の人生を変えたのが、2003年からの義務教育の無料化だった。 最初は冗談だと思われ、「制服が必要」などと入学を断られたそうだ。 生涯学習のクラスに行くべきとの批判も受けた。 しかし彼はあきらめなかった。 訴訟も辞さぬ覚悟で、学校側を折れさせた。 独立運動の闘士時代に拷問を受けた左足を引きずりながら、毎日、授業の1時間前には登校して予習していた。 大統領選をめぐる暴動に巻き込まれても、移住先の学校に通ったそうだ。 そうして念願の聖書も読めるようになった。 学ぶことが至上の喜びだったに違いない。 どんな夢を描いていても、お金がなければ学校には通えない。 一方、いくら義務教育が無料化されたところで、意欲がなければ通学してもむなしいだけだ。 お金と意欲、どちらが欠けても彼の晩年は充実しなかっただろう。 人生を左右する教育の機会は、できるだけ平等でありたい。 親の所得で制限されるべきではない。 それでいて向学心も持ち続けてほしい。 お金で解決できる問題とそうでない問題。 衆院選のマニフェストを見ながら、思い悩む。
Aug 27, 2009
今回の衆院選の最大のテーマは、やはり「政権選択」だろう。 それは取りも直さず政治家と官僚の関係や、日本の政治のあり方を有権者に問う選挙ということだ。 というのも、これまでは「政」と「官」が持ちつ持たれつの関係にあったからだ。 従来の政治家と官僚が一体となった中央集権的な政治を継続していくのか、それとも政権交代を実現させて新しい政治の仕組みを目指すのか。 政権選択は、今後の政治システムを選ぶことでもある。 自民党が「(政党としての)責任力」を訴えれば、民主党は「政権交代」で応じる衆院選。 二大政党は濃淡の差こそあるものの、「脱官僚」を打ち出している。 官僚は国民に奉仕するのが本分だ。 政策の選択肢を示すのが仕事で、決定するのは政治家の役目である。 その意味で政党が、「脱官僚」を掲げるのは当然ともいえる。 ただ自民党は、霞が関と二人三脚で長年歩んできた。 マニフェスト(政権公約)で首相を補佐する国家戦略スタッフの新設を打ち出してはいるが、官僚への依存体質が色濃くあるのは否めない。 一方、民主党のマニフェストからは、政治主導をめざす意気込みは伝わってくる。 閣僚や副大臣、政務官など約100人の国会議員を各省に送り込み、政治家が意思決定する。 各省間の調整は「閣僚委員会」が担い、首相直属の「国家戦略局」で国家ビジョンと予算の骨格を策定するという。 しかし、官僚支配を一気に転換できるのかは疑問で説得力に欠ける。 イメージ先行のきらいもある。 新しい政治の運営方法や政策の立案システムを十分に有権者へ説明して欲しい。 官僚機構の「前例踏襲主義」や「省益優先」体質が、時代の変化に対応できなくなっているのは明らかだ。 国民の批判も根強い。 しかし、一人一人の官僚は優秀で勤勉でもある。 一方的な官僚批判や対立をあおっては国益を損なうばかりだ。 要は官僚の能力を生かし、国民のために使いこなす政治家の意思の問題だ。 人材養成と政策立案機能を持たない政治の側の貧弱さも問われている。 官僚をめぐっては天下り問題も焦点になっている。 主要各党は、全面禁止で足並みをそろえた格好だ。 ただ早期退職慣行の廃止などを掲げてはいるが、定年まで働く環境整備など具体論は深まっているとはいえない。 たとえば定年を段階的に65歳まで延長すれば、人件費が増大するのは必至。 国民の理解を得るのは難しいだろう。 政と官の癒着構造打破は政治の課題だ。 新たな政治システムを考える契機にしたい。
Aug 27, 2009
悪魔とは何かと聞かれたら、どう答えますか。 辞書には「残虐非道で、人に災いをもたらし、悪に誘い込む悪霊。 また、そのような人間」(大辞泉)などとある。 エクソシスト(悪魔払い師)をタイトルにした米映画がかつてヒットした。 新しいところでは4年前にエクソシストが講師を務める講座がローマで開講されて話題になった。 カトリック教会系の大学が開講した「悪魔払い講座」だ。 本当に悪魔に取りつかれたのか、それとも精神的な問題か、を見分けられるようにするための講座だった。 イタリアでは悪魔崇拝の風潮が広がっていた。 所変わって日本では「悪魔のささやき」に魂を売り渡す人が後を絶たない。 悪魔はこうささやく。 「あんたは酒には強いから大丈夫だ」 「検問にひっかかるなんてめったにないし」…。 酒を飲んで運転した瞬間に犯罪のドアを押す。 飲酒運転は犯罪であることを胸に刻んだ「福岡市内の幼児3人死亡事故」から25日で3年が過ぎた。 市民がこうべを垂れたきのう、ひき逃げ容疑で逮捕された福岡県警の警察官から酒気帯び運転基準値の4倍のアルコールが検出された。絶句・・・。 昨年の飲酒運転摘発件数は福岡県内だけでも1800件を超え、280件余の飲酒運転事故が発生している。 飲酒運転加害者らの多くが悪魔のささやきを聞いていたことは、安全運転教本などに詳しい。 自分の内にすむ悪魔を追い払えない人は地獄を見る。
Aug 26, 2009
地方なら「疲弊」、医療ならば「崩壊」と続く。 ならば農業は何だろうか。 「衰退」「危機」あるいは「崩壊」か。 現状を簡潔に表現するのに便利な言葉である。 しかし、それが当てはまらない人々もいる。 農業、農家は多様である。 20代、30代の後継者がいる農家も見かける。 畜産や野菜などで大規模経営に挑む生産者がいる。 農産物の生産から加工や販売に手を広げる農業者もいる。 ところで、農業は「保護」産業だから「生産性が低い」などとも言われる。 間違いではないが、誤解もある。 農作物によって保護の程度も違う。 農政の中心は何と言っても「米」である。 しかし、政府が手塩にかけてきた米はなかなか思い通りに育ってくれない。 1990年と2007年の主な農産物の生産額を比較したデータがある。 米は90年の約3兆2千億円から約1兆8千億円と40%以上減少した。 野菜や果樹、畜産物も生産額は減っているが、果樹が28%で、野菜と畜産物はともに21%の減少にとどまった。 米の減少は著しいが、ほかの作物も減っているではないか。 五十歩百歩ではないか、と言われるかもしれない。 しかし、そうは言えない。 大きく変化したものがある。 その代表格が豚の生産者だろう。 1戸当たりの平均飼養頭数は2005年が1233頭で、40年前と比べると216倍になった。 一方、稲作の規模拡大は40年間で1・7倍にとどまる。 農業従事者は減り、それとともに生産総額も減っていった。 しかし、残った者は規模を拡大したり、野菜や果樹では端境期を狙ったり、より品質の高い品種に挑んだりして生き残りを図ってきた。 だから、「農業は生産性が低い」とひと言では片付けられない。 生産性を着実に高めてきた分野もあるし、努力が実を結んでいる農家もいる。 ここで問題なのは「農業」という言葉ではひとくくりにできないほどの違いができたことだ。 先を行く生産者を積極的に支援しながら、遅れ気味の生産者は背中を押す。 少しでも格差を縮めながら、全体の底上げを図る。 そんな政策が必要だった。 農水省も規模拡大の遅れが目立つ稲作について、担い手となり得る農家に集積させる政策を打ち出したことがあった。 しかし、まもなく頓挫した。 いま与野党とも稲作では規模の大小などを問わずに積極的に支援をすると約束している。 国内で生産を制限しながら輸入義務がある「米」をめぐる矛盾を、どう解決していくのか。 飼料米や大豆、麦などの転作作物の生産を奨励しても一時的で根本的な解決策にはならないのではないか。 「戦後農政の大転換」など仰々しい言葉をこれまで何度聞いたか。 新しい方針や基本計画ができる。 しかし、しばらくすると、また「農政改革」との言葉が聞こえてくる。 なぜ中途半端に終わるのか。 農業従事者で最も多い年齢層は70代である。 この人たちが現役を退く日もそう遠くないだろう。 その意味で、日本農業の再生に残された時間は少ない。 農業は天候に左右され、規模拡大にはリスクが伴う。 企業参入も現実には容易ではない。 地域農業の担い手として、やる気も経営感覚もある中核農家を育てるしかない。 選択と集中であり、ばらまきのような政策は時代とのズレを感じる。 過去の政策を総括し、「これならば」と思わせる政策体系が示せないのか。
Aug 26, 2009
どんなに野球通を自認するファンでも、あれほどの猛追劇は一生に何度もお目にかかれるものでないと思う。 鳥肌が立った。 「これほどすさまじい九回の攻防(の観戦)は初めてです」。 NHKの解説者にこう言わしめた。 栄冠は君に輝く・・・。 おなじみのメロディーが閉会式で甲子園に響く。 敗れたとはいえ、死力を尽くした笑顔の日本文理ナインに「君」が重なる。 新潟県勢初の準優勝を心から祝福したい。 「やっぱり力の差か」。 6点を追う九回だ。 ところが驚異的な反撃が2死走者なしから始まる。 四死球合わせ7人連続の出塁、打者一巡の猛攻で1点差に迫る。 甲子園で全国最多勝利、最多優勝を誇る名門、愛知県の中京大中京を、土壇場で「最弱県」代表が震え上がらせた。 最後の打者は、関川村の小学生時代から、甲子園を夢見て伊藤投手とバッテリーを組んできた若林捕手だった。 強烈なライナーが飛ぶ。 同点だ! そう思った瞬間、懸命に伸ばした三塁手のグラブにボールが吸い込まれた。 でも、球史に残る粘りに、球場の拍手はしばらく鳴りやまなかった。 冷夏で心配も尽きない8月を、文理ナインが史上最長の「熱い夏」にしてくれた。 お盆に帰省できなかった新潟出身者も盛り上がったことだろう。 日本一は夢物語ではない。 文理グラウンドに掲げられた「全国制覇」の横断幕が証明する。 文理ナインが残した「忘れ物」を目指し、新潟県の球児達も目の色を変えるに違いない。
Aug 25, 2009
衆院選マニフェスト(政権公約)で各党が看板として掲げているのが子育て、教育の支援策だ。 自民、公明両党は幼児教育無償化や返済不要な「給付型」の奨学金制度創設を打ち出した。 民主、社民、国民新の3党は児童手当にかわる子ども手当の創設や公立高校無償化を共通政策とする。 これまで選挙権のない子どもの政策が後回しにされてきたとの指摘がある。 その結果が、先進28カ国中最低水準という日本の公的支出(対国内総生産比)にも表れている。 未来を背負う子どもへの公的支援が拡充される意義は大きい。 特に所得格差の拡大や貧困の固定化が問題になるなか、経済的理由で子どもの成長や進学機会が阻害されない社会づくりは、喫緊の課題だ。 その観点からすれば、民主党の子ども手当のあり方には疑問を抱かざるをえない。 中学卒業までの子どもに月2万6000円を一律支給する。 いっぽうで所得税の配偶者控除と一般の扶養控除を廃止し、5兆3000億円を見込む財源の一部に充てる。 事実上、子どものいない片働き家庭などは増税となる。 鳩山由紀夫代表は「社会全体で子どもを養うシステムづくり」だとして、負担増への理解を求めた。 民主党は子ども手当を経済成長戦略としても位置付けている。 ならば批判していた定額給付金と、どう違うのか。 丁寧な説明が必要だろう。 使える国の予算は無限ではない。 経済的支援が必要な家庭に重点的に配分されるべきではないだろうか。 各家庭での使われ方や制度の持続性にも不安が残る。 その点、公立高校の一律無償化でなく低所得者を対象とする自民、公明党の公約の方向性は格差是正的だ。 ただ幼児教育の無償化は、保育所に特化すれば高所得層に有利になる。 そもそも肝心の保育所や託児施設が不足している。 待機児童問題の解消こそ優先課題だろう。 ほかにも仕事と家庭が両立できる環境の整備や学童保育の充実など、子育て家庭が期待する支援策はまだある。 いずれも国がすでに取り組んではいるが、効果が上がっていない施策だ。 少子化対策としては、出産一時金の拡充を公約とする党が多い。 さらには民主党が検討するとした不妊治療への支援も実現させたい。 大局的には若い世代の生活安定策が欠かせない。 将来に希望が持てる雇用や社会保障のあり方を提示してほしい。 これらを着実に推進する工夫や実行力こそ、政権党に求められる点だ。 そして見直すべきところは見直し、本当に必要とされている施策は何かを見極める必要がある。
Aug 25, 2009
松任谷由実さんのアルバム「ノーサイド」が発売されたのは1984年と聞き、はや四半世紀もたつのかと驚かされた。 ノーサイドとは、ラグビーで試合が終了すること。 笛が鳴れば同じプレーヤーとして、敵味方はなくなるとの意味が込められている。 振り返れば、そのころのラグビー人気はすごかった。 特に大学ラグビー。 早稲田と明治の早明戦、早稲田と慶応の早慶戦ともなれば、在校生であっても簡単にはチケットを入手できなかった。 ラグビー場に行けないときには、テレビの生中継に見入ったものだ。 かつてはサッカーに劣らず人気があったといえば、今の若い人たちはにわかには信じないだろう。 しかし、ラグビー人気も90年代からは尻すぼみとなり、93年からJリーグがスタートしたサッカーに今では大きく水をあけられている。 そんな人気の低迷久しいラグビーに、ようやく追い風が吹き始めたようだ。 2019年のワールドカップがアジアでは初めて、日本で開かれることが決まった。 さらに16年の夏季五輪で、7人制のラグビーが新たな競技として採用される見通しともなっている。 ラグビーにちなむ言葉には「ワン・フォア・オール、オール・フォア・ワン(一人はみんなのために、みんなは一人のために)」もある。 何かとせちがらい時代、そんなラグビー精神がもっと浸透していけばとも思う。
Aug 24, 2009
万引という「犯罪の入り口」に足を踏み入れた高齢者(65歳以上)のうち、40%が独り暮らしで半数以上は友人もなく、4人に1人が「孤独」を感じていた。 警視庁が万引で摘発したお年寄りらを対象に実施した意識調査で、社会の中で孤立した生活実態が犯罪の背景にあることが明らかになった。 高齢者と社会のつながりが希薄になる中で、予測されたこととはいえ、何とも切ない話だ。 調査は今年4月20日―6月30日、高齢者204人を含む万引摘発者計1050人に聞いた。 高齢者の万引をした動機(複数回答)では24%が「孤独」と答えた。 「生きがいがない」も8%あり、「むしゃくしゃした」は7%だった。 収入についても64%が「ない」と回答し、19%は生活保護を受けていた。 法務省の2008年版犯罪白書によると、一般刑法犯として摘発された高齢者は4万8605人で、1988年の約5倍となった。 罪名では窃盗が65%で最も高く、このうち万引は82%を占める。 20年間で高齢者人口は2倍に増えたが、摘発人数の増加率はそれを大幅に上回っている。 数年後には団塊の世代が高齢期に達する。 こうした状況はどの地方でも同じであり、白書も指摘するように犯罪対策を根本から考え直す必要がある。 そのヒントになりそうなことが、調査結果にある。 「店員の声掛け」で全体の62%が万引を断念したことだ。 逆に「防犯カメラの設置」は2%と極端に低い。 1050人のうち再犯者226人を調べたところ、「初犯」が万引だったのは高齢者で77%あり、万引犯罪の常習性が高いことも分かっている。 再犯を防ぐためにも、カメラの「監視」よりも店員らによる「声掛け」で防止をしたい。 お年寄りを「孤独」にさせない社会的支援も不可欠だ。 収入面からも、勤労意欲のある元気な高齢者が働ける仕組みを早急に整備することも必要だろう。 働くことで社会とのつながりも保てる。 「高齢者は働くことしか才能がない」と発言した麻生太郎首相だったが、その後、「元気な高齢者に働ける場をつくることが、活力のある明るい社会だと申し上げた」と釈明した。 政治が、その言葉を実行してもらいたい。
Aug 24, 2009
病気を患ったり、将来介護が必要になったりしたとき、望んでいる医療やサービスが受けられるのだろうか。 急速に少子高齢化が進んで支え手が減る中、国民が一番不安に思っているのは、この点だろう。 2008年度の医療費は約34兆円に上り、その3分の1を75歳以上が占める。 増え続ける医療費を抑えるために、06年の医療制度改革で75歳以上が対象の後期高齢者医療制度の創設が決まり、療養病床の削減方針も示された。 診療報酬はマイナス改定が続き、臨床研修制度が必修化されたことで、採算が取りにくい産科や小児科などは縮小や廃止が相次ぐ。 地方を中心に医師不足は深刻だ。 制度開始から10年目の介護保険も、サービス利用者は約380万人と当初の2倍以上になり、保険給付費は07年度に6兆円を超えた。 この給付費抑制のために、介護報酬は2度引き下げられ、低賃金と過酷な労働で、現場は慢性的に人手不足が続いている。 特別養護老人ホームの待機者は38万人ともいわれる。 このままでは医療も介護も制度が立ちゆかなくなる。 各党は政権公約に、医師不足対策として大学医学部の定員増や、介護従事者の賃金引き上げなどの待遇改善を盛り込んでいるが、財源問題を含めた解決への道筋を示す必要がある。 与野党で対立するのは後期高齢者医療制度だ。 現行制度を基に、年齢のみによる区分の見直しや低所得者への保険料軽減措置の継続などを掲げる与党に対し、野党各党は廃止を主張する。 現行制度は高齢者の割合が増えれば保険料も上がる。 不安や不満を抑えるために軽減措置を続ければ、財政負担は増す。 民主党は、同制度の廃止後、将来的に地域保険として一元化を目指すというが、時期などは明らかにしていない。 このほか、自民・公明両党は共通公約で特養など16万人分の施設整備をうたう。 民主、共産、社民各党は、療養病床の削減計画の凍結や中止、国民新党は老老介護家庭に支援金の支給などを訴えている。 日本の人口構成を考えれば、社会保障費の増加は避けられない。 重要なのは、将来を見据えて、誰が、どういう形で、どの程度負担していけば、どんな医療や介護サービスが受けられるかを、具体的に提示することだ。 安心につながる踏み込んだ論争をして欲しい。
Aug 23, 2009
近年、教育を社会保障の一環としてとらえる考え方が注目を集めている。 文部科学省の有識者懇談会が7月にまとめた提言も、その一つだ。 教育を「人生前半の社会保障」と位置付け、「次代を担う子どもすべてが共通のスタートラインに立てる」ように、家庭の教育費の負担軽減策を講じるよう求めている。 社会保障は年金や医療・介護など高齢者向けと思われがちだが、それだけではない。 文科省の懇談会は、幼児期から義務教育、高校、大学と子どもが社会に巣立つまで、国が子どもの家庭基盤を支えることが必要だというのである。 教育支援策は少子化対策とも密接に絡む。 その子育て・教育支援問題をめぐって、今回ほど争点となった衆院選はなかったのではないか。 各党が、こぞってマニフェスト(政権公約)で競い合う。 それ自体は歓迎すべきことだろう。 確かに家計は教育費に悲鳴を上げている。 小学生以上の子どもがいる家庭では平均で年収の3分の1強を占めるという調査もある。 高校入学から大学卒業まで費用は1人1千万円を超えるという。 幼児教育にもカネがかかり、小中学校や進学率が98%に達した高校段階では、給食費や学費の滞納が問題化している。 所得が低い家庭向けの就学援助申請も急増し、昨年来の深刻な不況が、子どもを取り巻く環境を一層厳しくしている。 文科省の専門家会議が2008年度の全国学力テストを基に調べたところ、親の収入が高い世帯ほど子どもの学力が高かったという。 家庭の所得格差が子どもの進路を左右し、学習意欲にも影響を及ぼしていると言う専門家もいる。 経済格差が教育格差を生み、それが経済格差につながる。 そんな格差の連鎖は何としても避けなければならない。 こうした事態に、自民党は幼児教育の無償化を打ち出した。 就学前3―5歳児の幼稚園・保育所費用負担を段階的に軽減し、3年目から無償にするという。 高校生や大学生を対象に、返済不要の給付型奨学金の創設なども約束している。 対する民主党は「子ども手当」の創設が目玉だ。 中学卒業まで1人当たり月2万6千円(10年度は半額)を直接支給する。 また、公立高校の授業料相当額を世帯に支給して実質無償化し、私立校生の世帯にも年12万円を支給するという。 公明党も幼児教育無償化や児童手当拡充を公約するほか、「保育所待機児童ゼロ、高校授業料無償化」(共産党)「月1万円の子ども手当、高校入学金・授業料無償化」(社民党)など花盛りだ。 ただ、疑問も付きまとう。 例えば自民党の幼児教育無償化は、子どもが幼稚園・保育所に入れない家庭には不公平ではないか。 民主党の子ども手当も、家庭に一律支給するのではばらまきだという指摘があるほか、実際にカネが子育て・教育費に使われるのか、懸念もある。 さらに、恒久的施策として財源は大丈夫なのか。 保育所を増やすなど、子育てしながら働くための環境づくりはどうするのか。 公教育を充実させるためには少人数教育を目指し、教員を増やすことも必要だ。 そうした裏付けや対策も含め、各党はもっと説明すべきだろう。 少子化対策も教育支援も、すぐに効果が出るものではない。 社会の活力をはぐくむための「将来への投資」であり、本気度が問われる。 有権者は各党の訴えに耳を澄まし、見極める必要がある。
Aug 22, 2009
風を見たような気がした。 陸上の世界選手権・男子100メートル決勝で、「9秒58」という驚異的な世界記録で優勝したジャマイカのボルト選手である。 9秒71という2位のゲイ選手のすごいタイムもすっかりかすんでしまった。 「別次元のレベルにいる」。 そう言ったのは3位に入った前世界記録保持者・パウエル選手だ。 まだ22歳のボルト選手がどこまで記録を伸ばすか。 考えるだけでワクワクする。 政策でしっかり競い合ってほしいのは、衆院選である。 お盆の間、墓参りや終戦記念日に配慮して自粛していた候補者のエンジンが、一気にフル回転する。 政権の座をかけた歴史的な選挙だけに、かつてないほど熱い戦いになりそうだ。 「暑い」戦いにもなる。 残暑厳しい8月に選挙が行われるのは、現憲法下では初めてのこと。 高齢の候補者には厳しい戦いになるだろうが、タフでなければ政治家は務まらない。 子ども時代のボルト選手は、貧しくて靴が買えず、はだしで競技会に出たこともあるそうだ。 だからだろう。 昨年の北京五輪で優勝したとき、「笑顔を取り戻す手助けに」と、四川大地震で被災した子どもたちに5万ドルを贈っている。 さて、日本の国民が笑顔を取り戻せる政策は、どの党のどの候補者の口から語られるのか。 投開票の30日には、そんな候補者がゴールを駆け抜ける。
Aug 21, 2009
舛添要一厚生労働相が、新型インフルエンザの本格的な流行が始まったと宣言した。 全国で入院患者が加速度的に増えてきた。死亡者も出ている。 多くの人は軽症で済むけれど、体力のない人がかかると命取りになる。 子どもの重症化も怖い。 それが新型インフルエンザだ。 決してあなどれない。 まずは救命を確実にしたい。 重症化を防ぐとともに、重症者が最善の治療を受けられるよう、地域の医療態勢を整えなくてはいけない。 政府、自治体は全力を挙げてもらいたい。 亡くなった人たちは、肺気腫や腎不全で治療を受けていた。 持病のある人や免疫力が落ちている人は、重症になりやすい。 妊娠中の女性や乳幼児にも注意が要る。 子どものインフルエンザ脳症の報告が相次いでいるのが、気がかりだ。 治療は一刻を争う。 小児の高度医療の充実が急がれる。 新型の診療には、すべての医療機関があたることが前提になる。 その上で、役割分担と連携を図りたい。 軽症者は一般の診療所が診る。 重症患者の入院治療は人工呼吸器や集中治療室(ICU)を備えた大きな病院が担う。 病院や介護施設は、集団発生を防ぐ対策を強めてほしい。 院内感染対策の徹底も求められる。 患者や入所者の多くが、重症化のリスクを抱えている。 社会全体の取り組みも欠かせない。 流行を小規模に抑えて、ピークを遅らせることができれば、医療機関がパンクする事態を避けられる。 重症者も安心して治療を受けられる。 流行が始まっても、一人ひとりが感染の拡大を防ぐ努力を続けていくことが大事だ。 うがい、手洗いなどの予防策をあらためて習慣づけたい。 自分や家族がかかった場合を想定して、自宅療養の準備も進めておきたい。 舛添厚労相は会見で、流行の要因に「国民の慢心」を挙げた。 見過ごせない発言である。 「心がけ」で流行を抑え込めるほど、ことは簡単ではない。 「慢心」を言う前に、自らの情報提供や注意喚起のあり方を省みるべきではないか。 国内で年内に生産できるワクチンは最大でも1700万人分。 さらに輸入したとしても、すべての人に行き渡らないのは明らかだ。 接種の優先順位について社会の合意を得る。 ワクチンと治療薬の確保に手だてを尽くす。 地方の医療態勢の拡充を図る。 政府のやるべきことは山積みである。
Aug 21, 2009
韓国では、日本の映画や歌謡曲が、ほんの10年ほど前まで禁じられていた。 若い人には信じられないだろうが、本当の話だ。 日本の映画が初めて韓国で公開されたのは1998年、北野武監督の「HANA-BI」だった。 歌謡曲の解禁は2000年。 人気ポップス歌手、チャゲ&飛鳥がコンサートを開き、韓国の若者を熱狂させた。 日本の大衆文化が禁止されていたのは、韓国を植民地支配していた日本への反発からだ。 それを解禁したのが、おととい85歳で亡くなった韓国の金大中(キムデジュン)元大統領である。 文化の開放は、「冬のソナタ」などの韓流ブームや日韓共催のサッカー・ワールドカップの成功にもつながった。 1998年の大統領就任後、日韓新時代を築いた金氏の功績には計り知れないものがある。 しかし、野党の指導者だった73年には、韓国当局によって東京で拉致され、ソウルに連れ去られるという不幸な事件も起きている。 そんなこともあって韓国では、軍事政権の弾圧を不屈の闘志ではねのけた民主化運動のリーダーとしての評価が高い。 祖国統一に向けて初の南北首脳会談を実現させ、韓国人初のノーベル平和賞にも輝いた。 北朝鮮は韓国に弔問団を派遣するという。 これをきっかけに北朝鮮の核問題や日本人拉致問題が少しでも前に進まないものだろうか。 金氏もそれを強く願っているに違いない。
Aug 20, 2009
少子化に歯止めがかからない。 このままでは次代を担う若者世代は細るばかりで、日本の未来が立ち行かなくなるかもしれない。 そんな危機感を抱いている国民も少なくないだろう。 2008年の合計特殊出生率(女性1人が生涯に産む子どもの推定人数)は1・37と前年より0・03上昇したものの、人口維持に必要とされる2・07には程遠いのが実情だ。 人口減少が続くと、日本の活力が失われてしまう。 少子高齢化がさらに進めば、年金や医療、介護など社会保障制度の維持も難しくなる。 こうした不安を取り除き、未来を切り開くためには、安心して子どもを産み、育てられる環境づくりを早急に進める必要がある。 衆院選では、各党がマニフェスト(政権公約)で子育て支援策を打ち出している。 どの支援策が少子化対策により有効で、国民にとって望ましいものなのか。 各党は、論戦を通じて大いに競い合ってほしい。 子育て支援で大胆な政策を打ち出したのは民主党である。 「子ども手当」を創設し、中学卒業までの子どもに1人当たり月2万6千円(10年度は半額、11年度から全額)を支給するとしている。 その財源の一部として所得税の配偶者控除や扶養控除を廃止するという。 このため「増税」も見込まれるが、民主党は全国4900万世帯のうち約1100万世帯は収入が増えると主張している。 ただ、実現には年間約5兆3千億円もの巨額な財源が必要になる。 いかに確保するのか、国民が納得できる説明が求められる。 負担増となる世帯の理解も欠かせない。 これに対し、自民党は就学前3年間の保育園を含む幼児教育無償化を柱に掲げた。 10年度から段階的に実施し、3年目の12年度から無償化するとしている。 自民党は民主党の子ども手当を意識しながら、子育て世代へのアピールを狙う作戦だ。 民主党の子ども手当が年間5兆3千億円かかるのに対し、約8千億円で済むと説明。 実現可能な政策として民主党との違いを強調している。 しかし、自民党も財源をはっきりと示しておらず、民主党が子ども手当を国庫負担としているのと比べ枠組みも明確ではない。 高校生以上の支援策では、民主党が公立高校授業料の無償化、自民党が高校生・大学生が対象の「給付型奨学金」の創設を掲げている。 子育て支援について、自民党と連立を組む公明党は幼児教育無償化や給付型奨学金の創設、共産党は保育所増設による待機児童ゼロ、高校授業料無償化を約束。 社民党は18歳までを対象に月1万円を支給する子ども手当の創設、国民新党は「仕送り減税」の創設を打ち出している。 これらに伴う財政支出は「未来への投資」と受け止めたい。 ただ、経済的支援だけでは子育てしやすい社会は築けない。 産科・小児科医不足を解消し、男性の育児休業取得をもっと進めるなど、さまざまな角度からの支援が不可欠だ。
Aug 20, 2009
一国のリーダーを経験した人は世界にあまたいる。 リーダーになるまでに獄中生活を、それも不当な投獄生活を経験した人、となると限られる。 最初に浮かぶのは南アフリカのネルソン・マンデラ氏だろうか。 同国初の黒人大統領に就く数年前までの27年間、往時の政府がとり続けたアパルトヘイト(人種隔離)に抵抗したため、投獄された。 韓国の元大統領・金大中氏が強いられた悲惨も世界は忘れない。 民主化運動弾圧に対する抵抗が罪とされ、一度ならず逮捕された。 投獄・自宅軟禁は約10年に及ぶ。 交通事故を装った暗殺工作に遭ったり、死刑判決を受けたりした。 事故と死刑判決にはさまれた拉致事件(1973年)も忘れられない。 白昼の東京のホテルから当時の韓国中央情報部(KCIA)要員により韓国に拉致された。 何度も死線を越え、4度目の挑戦で大統領に選ばれた。 北朝鮮で初の南北首脳会談を実現した時は世界をうれしく驚かせた。 経済協力を柱にした柔軟姿勢が、かたくなだった金正日総書記をテーブルに着かせた。 イソップ物語にある「北風と太陽」の太陽に例えられたことを思い出す。 ノーベル平和賞を受賞したマンデラ氏は「民族融和の象徴」として、現在はユネスコ親善大使などを務めている。 マンデラ氏から7年後にノーベル平和賞を受賞し、きのう訃報(ふほう)を聞いた金大中氏は、模索が続く「南北融和の象徴」として記憶されるだろう。
Aug 19, 2009
神戸市はきのう、新型インフルエンザに感染した神戸の70代の男性が死亡したと発表した。 沖縄県で腎臓疾患の男性が新型に感染し、肺炎を併発して亡くなったのに次いで2例目である。 神戸の男性には肺気腫、糖尿病などの基礎疾患があった。 急性気管支炎で肺気腫が悪化したのが死因とされる。 男性が、どこで感染したかは分かっていない。 新型インフルエンザの感染は先月中ごろから全国的に上昇カーブを描いており、患者の重症化が懸念されていた。 季節性インフルエンザでは毎年1万人前後の死者が出ている。 持病のない健康な人は新型にも過度に恐れる必要はないというのが専門家の見方だが、基礎疾患のある人や妊婦、乳幼児は注意が必要だ。 国内では、これから新型への感染者がさらに増えるとみられる。 手洗いやうがいの励行、人ごみを避けるなど、個人でできる予防策はしっかりと今からとって欲しい。 政府は6月、新型インフルへの国内対策の運用指針を改定した。 従来の対策が強毒性を想定したもので、今回の新型への対応にそぐわない点が出てきたためだ。 新指針では一般医療機関で感染者を診察し、重症化の恐れがある人には抗インフルエンザ薬の投与や感染確認の詳細検査を優先的に行い、迅速な対応を取る。 犠牲者を減らすためには、抗ウイルス薬による早期治療に加え、リスクの高い人たちへの感染を防ぐことが重要だ。 いまのところ、ウイルスの病原性が強まったり、感染力が上がったりした兆候はない。 しかし、海外の大学研究チームはこのほど、新型インフルの致死率を「アジア風邪」並みの0・5%程度とする研究報告をまとめた。 史上最悪の「スペイン風邪」ほどではないにせよ、0・1%か、それ未満とされる季節性インフルエンザより高いことに目を向ける必要がある。 厚生労働省は秋冬の流行に備え、5300万人分のワクチンを準備する方針だが、国内生産量は年内で1400万人程度しか見込めず、不足分は輸入するしかない。 希望者全員に行き渡らない場合、優先順位をどうするかの議論が必要だ。 新型の患者の中には人工呼吸器が必要となるケースも出てくる。 病院の施設で対応できるのか、その検討も欠かせない。 新型インフルエンザは弱毒性だからと甘く見てはならない。 最悪を想定した目配りと備えを怠らないことだ。
Aug 19, 2009
「30時間前、2人は強制労働収容所に送り込まれる恐怖におびえていた。突然、会合に行くと言われ、連れて行かれた部屋に入ると目の前にクリントン元大統領が立っていた。その瞬間、悪夢がついに終わるのだと確信した」。 2人の女性記者が北朝鮮と中国の国境周辺を取材中、北朝鮮に拘束され、不法国境出入罪と朝鮮民族敵対罪で労働教化刑12年の判決を受けて5か月。 わずか1泊の電撃訪朝の元大統領は、2記者の家族から持ち掛けられていた釈放にこぎつけた。 同時期に開城工業団地で働く韓国企業の男性職員が「北朝鮮の体制を批判した」などと拘束されたが、先ほど、企業のトップが訪朝し、開放された。 元大統領や企業トップが、どんな「おみやげ」を持って行ったのだろうか。 北朝鮮は外交シナリオによって記者らの拘束を巧みに利用した。 かたや、拉致被害者の日本人は元気だろうか。 衆院選のマニフェストで「人権侵害であり、解決に全力を尽くす」「国家の威信をかけ帰国を実現する」と書いているが、具体的な踏み込みがない。 麻生首相は地方遊説に先立ち、歴代の首相として初めて拉致現場を視察したが…。 「部屋に入ると、お母さんがいて『自由なんだよ』と抱きしめてくれた」という横田めぐみさんの姿が早く見たい。 曽我ひとみさんは母親救出の署名活動を始めた。 各党は「どうしたら北朝鮮を動かせるか」の論戦を繰り広げてほしい。
Aug 18, 2009
国際オリンピック委員会(IOC)の理事会が2016年夏季五輪で追加する競技をラグビーとゴルフに絞り込むことを決めた。 正式決定は10月のIOC総会で承認されてからとなるが、覆る可能性は低い。 日本で人気の高い野球とソフトボールの復帰が絶望となったことは残念である。 ただ、野球とソフトボールの落選は予想されたものだ。 理由は世界的な普及度の低さにある。 五輪は世界のスポーツの祭典だ。 競技普及に一層の努力を求められたということだろう。 野球は1992年のバルセロナ大会から正式競技に採用された。 しかし、実力、興行両面で最高峰とされる米大リーグ機構(MLB)は五輪への参加意識が薄く、選手を出さないなどIOCとは距離を置いていた。 メジャーリーガーの出場しない大会が五輪にふさわしいのかどうか。 最高レベルの大会を標榜(ひょうぼう)するIOC内部には、MLBに対する反発が強く、昨年の北京五輪を最後に除外された。 ソフトボールも96年のアトランタ五輪で正式競技になったが、普及面で後れを取ったといっていい。 特にIOCで多数派を占める欧州での認知度が低く、野球と同じ道をたどった。 野球は5大会、ソフトボールは4大会実施されたが、ともに出場国は極東、北中米、オセアニアなどを中心に同じ顔ぶれだった。 東欧やアフリカ、中東からの参加はなく、世界のスポーツというには無理があったのかもしれない。 五輪競技になったことに安心し、普及の努力を怠っていなかったか。 関係者は足元を見つめ直す必要があるだろう。 一度失ったものを取り戻すには、大きなエネルギーと時間を要する。 ラグビーとゴルフもかつては五輪競技だった。 ともに1900年のパリ大会で採用され、ラグビーは4大会、ゴルフは2大会で行われた。 ほぼ1世紀の時を置いての復帰である。 ラグビーは本来の15人制を捨て、女子種目もある7人制をIOCに提案した。 会期の短縮とスピーディーな試合展開は観客を意識したものだ。 ワールドカップは15人制で実力ナンバーワンを競う。 五輪は7人制でより面白く、分かりやすくということなのだろう。 野球とソフトボールには見習う部分が多いはずである。 競技普及に五輪採用は重要な要素となるだろう。 しかし、両競技関係者の落胆ぶりを見ると、五輪至上主義に陥っているのではないかとの危惧(きぐ)を抱く。 両競技に求められるのは普及への不断の努力だ。 世界のあちこちでボールとバットで戯れる子どもたちの姿が見られるようになれば、五輪の方からおのずとやってくるはずだ。
Aug 16, 2009
昆虫を取り巻く状況に異変が忍び寄っている。 県内でも開発による湿地や草原の喪失、森林破壊で昆虫類は激減。 その一方で地球温暖化に伴う南方系昆虫の北上が加速度を増している。 自然の健全度を測るバロメーターである虫たちの異変は農業など第1次産業の被害へ直結する恐れもある。 早急な対策を打つべきときだ。 昆虫類の減少は、以前から指摘されてきた。 戦後の拡大造林による自然林減少や、近年では大規模林道といった公共工事による破壊など森の受難は続く。 森林性のチョウ類やカミキリ、ハナムグリなどは森林減少と連動して減少し、かつてないほどの危機だ。 森林以上に深刻なのが草原や湿原、河川敷など開けた土地にすむ昆虫たちだ。 人間の生活圏に近い地域は開発が容易なため、多くが宅地や工場用地として整備された。 県レッドデータブックで絶滅、絶滅危惧(きぐ)種とされている昆虫の多くも、草原性だ。 湿原や河川敷などに生息していた各種ハンミョウ類も多くが姿を消した。 戦後まもなく県内の昆虫類を調査してきたある研究者によると、個体数は50年前と比較して「100分の1」と指摘する。 驚くべき数字だ。 種の減少や絶滅に人間が関与しているという事実の重みを、いま一度認識して欲しい。 また地球温暖化による種の北上も、毎年のように報告されるようになった。 毎年のように大発生するクマゼミは南方系のセミだが、かつては鳴き声を聞くだけで心躍った経験がある。 南方系チョウ類も、四半世紀前に比べて個体数を増やしている。 今年は南予地方で、東南アジアを主要生息地とするクロマダラソテツシジミが多数確認された。 今後もこうした現象は続くと見られる。 生態系を大きく変化させ、やがて私たちの生活を直撃する恐れもある。 県内でも、ミカンキジラミが媒介する「カンキツグリーニング病」によるかんきつ類枯死が懸念されている。 ミカンキジラミは、東南アジアに生息するカメムシの仲間。 1988年に南西諸島で初確認され、今後の北上も避けられない見通しだ。 ミカン産地の存亡にかかわるだけに早急な対策が必要だろう。 環境破壊で在来種が激減し生態系が崩壊したすき間へ、本来生息していなかった昆虫が北上、侵入してくると、爆発的に個体数が増える。 温暖化の影響に、近年相次ぐ外来種被害が追い打ちをかける構図も深刻度を増すだろう。 普段は人間の目に付かない小さな命だが、その異変はいずれ人間に跳ね返って来る。 昆虫たちの声なき訴えに、耳を傾けたい。
Aug 16, 2009
戦争の記憶が薄れていく。 このまま座視していいものか。 アニメ王国の礎を築いた漫画家たちが危機感を募らせ、「私の八月十五日展」を巡回する。 そんな話をNHKが放送していた。 アンパンマンの生みの親、やなせたかしさんは90歳になる。 彼のアニメヒーローは今月末、テレビ放映21年目で1000回目を迎える。 三越の包装紙をデザインしたり、「手のひらを太陽に」を作詞したり、多芸多才の日本漫画家協会理事長である。 ウルトラマン世代には、アンパンマン世代というと、わが子を想定してしまう。 だから「まだ幼い」などと軽く見ることになる。 ところが、アンパンマンのマーチに身体を揺すっていた赤ちゃんたちが、いま続々と選挙権を手にしている。 放送1000回と前後する総選挙で、アンパンマン世代はどんな一票を投じるだろう。 従軍中のやなせさんは、8月15日を中国で迎え、ひもじい体験もしたという。 弟は特攻隊で遺骨すらない。 「正義は或(あ)る日突然逆転する。…ぼくは骨身に徹してこのことを知った」と自伝「アンパンマンの遺書」に書く。 「正義って何だろう、と突き詰めていくうち、腹ぺこの人に、自分の顔のアンパンをちぎって分けてあげる、という、さりげない自己犠牲を伴うものに行き着き、アンパンマンが生まれたんです」と答えている。 なんのために生まれて、何をして生きるのか。 わからないまま終わる。 そんなのはいやだ! 明るいマーチを何気なく聴いてきた。 でも、その歌詞の奥底には弟の無念も重なっているのだろう。
Aug 15, 2009
今日の甲子園球場では、今年も正午になると試合を中断し、選手や観客が黙とうを捧げた。 全国戦没者追悼式が始まった1963年以来、毎年見られる終戦の日の光景だ。 第2次大戦では球児らの先祖だけでなく、多くの野球人も命を失った。 プロ野球・巨人の伝説の名投手、沢村栄治は召集のたびに体をこわし、3度目の召集で戦死した。 沢村とバッテリーを組んでいた吉原正喜も、南方戦線にて帰らぬ人となった。 特攻で散ったのは、名古屋のエース石丸進一。 39年の甲子園で準決勝、決勝と続けてノーヒット・ノーランをやってのけた海草中(和歌山県)の嶋清一は、プロに進む前に海に消えた。 いずれも20代の若さですべてを奪われた。 運良く生き延びたものの、選手生命を絶たれてしまった人も少なくない。 高松中出身で西鉄の監督を務めた三原脩は足を銃で撃ち抜かれた。 高松商出身で巨人でさい配を振るった水原茂も、シベリアに抑留された。 夏の甲子園は、41年から45年まで開催されなかった。 鉄道は軍隊や物資の輸送のためのもので、球遊びをする学生を運ぶためのものではなかった。 その時代、球場の鉄傘は武器製造のために供出され、グラウンドはイモ畑になった。 球場に響く甲高いサイレンの中で、先人たちの魂を慰め、野球を楽しめる今の平和を思いたい。 野球が五輪の競技から再び外されたのも、万一どの高校が敗れたとしても、その悔しさを味わえるのは本当は幸せなことではないだろうか。
Aug 15, 2009
抜き足差し足忍び足。 相手に気づかれぬように背後からそっと近づいて、「ワッ」と驚かす。 相手はびっくり。 それがおもしろくて幼いころ、そんないたずらをよくしたものだ。 姿は見えなくても、物音がすれば、その音で「人がいるのだな」とか判断が付く。 人に限らない。 「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風のおとにぞおどろかれぬる」。 この歌のように耳はさまざまな音を聞き分け、自分のいる状況を教えてくれる。 ハイブリッド車や電気自動車の走行音が静かすぎて、車が近づいてきても気がつかないという問題が最近取りざたされている。 歩行者にとって危険だとの指摘を受け、国土交通省が視覚障害者ら40人を対象に走行音を聞き比べる体験会を開いたそうだ。 参加者は車の接近に気がつくと手を上げる方法で行われた。 ガソリン車はみんな接近してくるのに気付いたが、電気自動車はほとんどの人が分からなかったという。 目の不自由な人だけではないだろう。 難聴の人やお年寄り、子どもたちにも分かりづらいに違いない。 体験会ではチャイムやメロディーを鳴らす試作音も披露された。 環境に優しいのが売りのハイブリッド車や電気自動車だが、人にも優しい工夫を凝らしてほしい。 乗っている人は静かで快適だろうが、知らずのうちに背後に接近して、「ワッ」と驚かされるのはごめんだ。
Aug 14, 2009
厚生労働省が来年度、40数年ぶりに貧困の実態調査に乗り出す。 不況で生活苦に悩む低所得の母子家庭や高齢者世帯、ホームレスなどが対象という。 ワーキングプア(働く貧困層)が社会問題になって久しい。 国内の生活保護受給世帯は120万を超え、過去最多を更新している。 経済的な理由による自殺も少なくない。 これだけ事態が深刻化しているにもかかわらず、貧困の詳細な実態調査は行われずにきた。 政治の怠慢といわれても、仕方がないだろう。 これを機に、政府は取り組みに本腰を入れ、しっかりとした調査に仕上げてほしい。 現場で貧困問題に取り組む地方自治体や民間団体などの意見を大胆に取り入れることも必要だ。 大切なのは、調査を現実の施策に生かすことである。 日本では生活保護や失業などについて、行政が縦割りで取り組んできた。 官民で危機感を共有し、貧困問題に正面から対するときだ。 政府が低所得者の広範な実態調査、分析を行っていたのは、1960年代前半ころまでだ。 高度経済成長を遂げた日本では、貧困は大多数の国民とは無縁のものと考えられてきた。 格差の拡大がいわれるようになったのは2000年代に入り、小泉内閣が構造改革にかじを切ってからだ。 自己責任論の下、多くのワーキングプアが生まれた。 世界的な不況が追い打ちをかけ、雇用の調整弁として多くの労働者が職を奪われた。 全雇用者の3人に1人が非正規である。 政府も格差是正を施策に掲げるようになっている。 格差と貧困は深くかかわってはいるが、その対策はイコールではない。 生存権にかかわる貧困は政治が克服すべき課題である。 貧困の実態調査については、この問題に取り組む民間団体などが要求し、民主党も母子家庭などの生活状況を調べるよう求めていた。 低所得者対策は総選挙のテーマにもなっている。 それにしては行政の危機意識は鈍すぎだ。 日本の社会は、低所得者の調査が行われていた1960年代から大きく変わった。 価値観や生活様式は多様化し、高齢者の単身家庭が急増している。 調査は、厚労省が毎年行っている国民生活基礎調査のデータを活用する。 本来は生活保護を受けられるのに、受給していない世帯の生活状況や受給しない理由などを探るという。 どう貧困を定義し、克服への道筋を描いていくか。 地方と都市部、家族構成の違いなどを踏まえ、精度の高いものに仕上げてほしい。 どんな時代であれ、文化的で健康な生活を送るのは人間としての権利ではないだろうか。 その原点に立った調査を実施して欲しい。
Aug 14, 2009
ツルハシは、かつて土木工事に欠かせない工具だった。 列島改造ブームの1970年代前後には、道路や鉄道敷設現場などでツルハシをふるう姿があった。 しかし、最近はほとんど見かけない。 これではメーカーも苦しいだろう。 先日、創業92年で国内唯一の存在だった姫路の「外川産業」が製造拠点を閉じた。 ピーク時には約20社がしのぎを削り高度成長を支えたが、ショベルカーなどの小型重機や、安価な中国製品に主役の座を奪われてしまった。 ツルハシはもともと、鉄鋼先進地ドイツで鉱山掘削具として発達した、とされる。 馬の蹄鉄(ていてつ)や農具を手がけていた外川産業は戦後、急速に増えた鉄道敷設工事に着目し、ツルハシに切り替えて大当たりした。 先代が本場ドイツに赴き、効率性を追求した形状と、日本伝統の鍛冶(かじ)技法を合体させ、和洋混交の製品を開発。 その出来栄えが内外の目を引きつけ、海外から45万丁の注文を受けたこともある。 しかし、職人の高齢化や姫路駅周辺の区画整理に伴う移転を機に、工場の閉鎖を決意した。 最後の鍛造品は、自衛隊用の斧(おの)だ。 中国製の台頭に、外川博文社長は「何くそ」の思いを込めて表に「メード・イン・ジャパン」と刻印したという。 近く、その中国に同社は生産の拠点を移す。 ツルハシから「ジャパン」の文字は消えるが磨き上げた技術は生き続ける。 時代の波に翻弄(ほんろう)されながらも、へこたれない企業の姿がある。
Aug 13, 2009
素人が違いを見極めるには、あまりに鑑賞時間が短すぎる。 それでも各作品には作り手の個性が表れており、見る人が見れば、誰が作ったか、誰の弟子かということまで分かる場合もあるのだという。 打ち上げ花火のことだ。 花火シーズンたけなわである。 夜空のキャンバスに多彩な色で菊や牡丹(ぼたん)、しだれ柳などが描かれた時、観客は心を奪われる。 空気を揺らす爆発音に心を震わせる。 花火が開く瞬間は、花火師たちにとって苦労が報われる瞬間に違いない。 しかし同時に、少々酷な瞬間でもある。 どんなに手間暇掛けたすばらしい作品でも、ほんの数秒で消えてなくなる。 それでいて作り手が注目されることもまずない。 画家のように作品の隅にサインを残すこともできない。 形も名前も残らない。 人によってはむなしささえ感じるであろう世界で、なぜ花火師たちは情熱を燃やせるのだろう。 花火師の小勝郷右さんは著書「花火師一代」(柏書房)で、花火の魅力に取りつかれたからだと説明する。 歴史の陰には、そんな人が何人もいた。 彼らの手で少しずつ磨かれ、日本の花火は発展してきた。 花火が上がるたびに小さな星がきらめくが、その一つ一つが「これまで歴史の陰に消えていった名人花火師たちのサインのようなものなのだ」。 これからまだまだ色々な地方で花火が夜空のキャンパスに打ち上げられることだろう。 嫌なことはしばし忘れて、夜空の名画を楽しんでみてはどうだろう。 名人たちのサインがきらめく大輪の花を、思い出のキャンバスにスケッチしてみてはどうだろうか。
Aug 13, 2009
直木賞作家の伊集院静さんは高校球児だったこともあり、野球を題材にした小説が多い。 そんな短編を集めた作品集に、『ぼくのボールが君に届けば』がある。 野球好きの男が、その魅力を語るくだりがいい。 「青空にさ、ボールが舞い上がった時、皆がそれを見上げているんだ(略)ホームランになるのか、ただのフライか、そんなことはどうでもいいんだ。皆がひとつのものを見てるってことが、おれは好きなんだ」。 昨日の甲子園球場。南砺福野高校の最後のバッターが打ち返したボールがレフトに向かって舞い上がった時、小説のくだりを思い出した。 「ホームランか、ヒットか」。 きっと、福野応援団の全員の目が集まったことだろう。 残念ながらボールは左翼手のグラブに収まり試合は終わった。 スポーツに「たら」「れば」は禁句とされるが、一回の失点がなければと思った県民も多いのではないだろうか。 春夏初の甲子園だっただけに力みや緊張もあったのだろう。 自分たちのペースに持ち込めず、「逆転の福野」は再現できなかったが、ベンチ入りした選手すべてが出場し持ち前の「全員野球」を見せてくれた。 伊集院さんの小説には、こんなくだりもあった。 「勝つことだけが目的なら野球なんてつまらないものだ。一生懸命にボールにむかっていくことが誰かのためになっているのが素晴らしいんだ」
Aug 12, 2009
雨が狂わせた。 夏の甲子園で、史上初めて2日続けてノーゲームとなった如水館(広島)―高知(高知)戦。 如水館は2日ともリードしながら中止を余儀なくされ、試合が成立した昨日に限って1度もリードできずに敗れてしまった。 3日続けて同じ相手と試合をするのだ。 集中力が切れたり、油断が生じたりしても不思議ではない。 高知の頑張りはすばらしいが、天の気まぐれに付き合わされた如水館の選手たちは気の毒だった。 同じ兵庫県では、この雨がさらに悲惨な事態をもたらした。 台風9号の影響を受けた豪雨で、川が氾濫し、20人をゆうに超える死者・行方不明者が出た。 母を失った子どももいるし、まだ見つかっていない子どももいる。 実に痛ましい。 避難する途中に、濁流にのまれてしまった人も少なくない。 ただでさえ泥水があふれかえって景色が一変しているのに、夜間の移動となると一層危ない。 避難勧告のタイミングは適切だったのか、検証を待ちたい。 それにしても今年の夏はよく雨が降る。 長かった梅雨は日照不足をもたらし、逆に農家を困らせ始めている。 梅雨明け後も、本当に明けたのかどうかよく分からない天気が続いている。 月末には衆院選も控えている。 日本の明日は晴れるのだろうか。 空模様が気になる日々は続く。
Aug 12, 2009
あなたならどうしますか? 外国の海水浴場に来て、海の方から悲鳴が聞こえた。 見ると少女が2人おぼれている。 放っておけば死ぬかもしれない。 だけど自分は泳ぎが苦手。 それでもあなたは飛び込みますか? インドネシアから漁業研修生として宮崎県に来ていたエンダン・アリピンさんは、迷わず飛び込んだ。 ちょうど2年前の今日のことだ。 少女2人は助かった。 しかし彼は海に流され、翌日遺体となって発見された。 土地を売って学資をつくろうとする父に、「自分で日本で稼いでくる」と言ってきかない青年だった。 死後も船主らが陰膳(かげぜん)を供え続けたくなるような21歳だった。 そんな彼だからこそ、迷わず飛び込んだのだろう。 彼の足跡を映画化した東京都の教員・井上実由紀さん(32)も、迷わず飛び込んだ。 日本の子どもたちに教えることを肌で学ぼうと、言葉もできないまま単身インドネシアに渡り、孤児院や日本人学校で働いた。 映画を作ったのは、日本でもインドネシアでもほとんど報じられることのなかった彼の話を、多くの人に知ってほしかったから。 映画など撮ったこともなかったが、「日本人として彼の家族に感謝の気持ちを伝えたかった」からだった。 2人にとっては当然のことをしただけなのだろうが、誰もが当然にできる行為では決してない。 その映画「マス・エンダン」が今日午後6時半から高松市のアイパル香川で上映される。 たとえ飛び込む勇気は持てなくとも、せめて彼のことは忘れないでいたい。
Aug 11, 2009
またしても雨による惨事が起きてしまった。 兵庫、岡山両県などで多数の死者、行方不明者が出た。 台風9号の接近に伴う豪雨による川の増水で流されたり土砂崩れに巻き込まれたりした。 被害が大きかった兵庫県佐用町では9日の24時間降水量が326・5ミリを記録し、過去最多だった2004年9月29日の187ミリをはるかに超えた。 被災地の人々が過去に経験したことのない雨だったと語っている。 住民も行政も、万一の警戒をしていたはずだ。 それでも多大な人的被害を防げなかったのはなぜなのか。 政府や自治体は住民の安全確保、不明者の救出、捜索に万全を期すとともに、被害の拡大防止に全力を挙げてほしい。 今回の災害の全体像を把握するとともに対応に手抜かりがなかったかを急いで検証し、新たな悲劇を食い止める手だてを考えて欲しい。 佐用町では、9日夜、町営住宅から小学校へ避難する途中、川の水に流された人がいるという。 近くに住む親族の様子を見に車で出掛け、車だけが見つかり行方不明になった人もいる。 大量の水が一気に津波のように流れ下る鉄砲水に近い状況だったことが想像できる。 予測するのはかなり難しいことだろう。 避難したり、外に出掛けたりするタイミングを少しずらしていればと悔やまれる。 いち早く、より安全な場所に避難することは重要だ。 ただ、どの時点で自宅などを出て避難所に向かうかは慎重に判断する必要がある。 状況を見極めなければならない。 避難指示や勧告をする行政の責任は重い。 外出に危険があるかどうかなど、住民が適切に状況を判断できる情報を随時提供する必要もある。 9日夜には関東各地でもゲリラ的に1時間に80ミリを超えるなど、激しい雨を記録した。 緊張感を保ち、災害につながる予兆を見逃さぬようにしたい。 梅雨明けしたものの、ぐずついた天候が続いている。 低温と日照不足が農作物に影響しかねない状況だ。 東北地方6県は梅雨明けを特定できないまま「秋への移行期に入った」と仙台管区気象台は発表した。 異常ずくめの夏が間もなく過ぎ去ろうとしている。 続く本格的な台風シーズンが心配だ。 繰り返された災害の教訓を胸に冷静、機敏に行動したい。 天災を封じる力は人間にはない。 知恵を出し、減災を一歩ずつ進めなければならない。
Aug 11, 2009
原爆が投下された夜、広島駅で早坂暁さんはボツボツと燃える青白い燐を見た。 「まだ収容できない死体から出ている燐光、火の玉。何千、何万もの死体から燐光が燃えて、地球が消滅する時の光景ではないかと思いました」。 なぜか、蝉や蛍の姿が見えない8月は「鎮魂と追悼の月」。 広島、長崎の原爆忌に次ぎ、終戦の日、お盆と続く。 目連が水を乞う子どもを見捨てた罪で逆さまに吊るされ、食べ物が燃える地獄で苦しんでいる母親を救ったのがお盆の始まり 「水を下さい」と叫んだ被爆地獄は想像を絶する。 「お母さん」の「お」さえ叫べず、瞬時に燃えた人々。 うめき、祈る被爆マリアの涙はとまらない。 原爆開発に携わった女性科学者(87)も惨状に「awful(オーフル=ひどい)…」と絶句した。 世界には2万発を超す核爆弾があり、核実験で200万人が被爆している。 原爆投下したB29乗員の1人は今夏も「戦争早期終結のため」と原爆使用を正当化、オバマ大統領の道義的責任も間違っていると批判した。 敗戦のきっかけになったのは事実だが…。 お盆には何千、何万という燐光・火の玉が帰ってくる。 オバマ大統領は「核兵器のない世界の平和と安全を追求」と宣言。 今、若者の間に「ノーモア・ヒバクシャ」の輪が広がっている。 「Yes we can」の前に「I can(私にも何かできる)」だ。 まず、戦争犠牲者の霊を慰めよう。
Aug 10, 2009
テレビから悪夢のような光景が広がった。 兵庫県西部や北部を襲った豪雨。 町を襲う泥流や壊された家財道具、疲れ果てた表情で復旧作業に当たる人々だった。 流木が家に突っ込み、車が何台もひっくり返っていた。 この被害で私たちの大切な方の家族の方が未だに行方知れずになっているのです。 何とか無事でいて欲しいと心から願っています。 何かあったら、直ぐに連絡して下さいと言っていますが・・。 決して他人事ではすまされない事だと思うのです。 環境は昔と違って凄く汚されているのです。 雨の量もゲリラ豪雨といって、桁外れの量が集中的に降るので川の氾濫も短時間で起きてしまうのです。 このような地球に誰がしたのでしょうか。 悲しいかな、私たち人間なのです。 世界規模で真剣に環境問題に取り組んでいかなければ益々深刻な事態になってしまうと思いませんか? 職場の方が昨日、独りで亡くなりました。 孤独死です・・・。 元気で明るい笑顔で仕事をしていたのに・・・。 まだ、50代の若さだけにショック・・・。 死因は心筋梗塞だそうです。 今、本当に一人一人が真剣に考えて行動する時ではないだろうか。 国は、誰一人として国民を救おうとか守ろうとかしないのです。 国には財源がないのです。 赤字だけが膨らんで、国民から何とかしてお金をまきあげようとしているのです。 まして、企業はパート・アルバイトだけじゃなく、正社員までも首を切ろうとしているのです。 政治家は、選挙に勝つことだけしか頭にないのです。 国民のために命を懸けて立派な政策を立てて実行する方がいない。 古い方はいらないと思う。 これからの日本を背負ってたつには、若いエネルギーが必要です。 政権交代=若者の時代ではないでしょうか。 本当に信念をもって国民の国民による国民のための政治を実行する若い方が必要だと思います。 もう綺麗ごとを言ってもすまされないのです。 また、これからの人生を楽しく有意義に過ごすためにも「ゆとり」は必要だと思います。 「ゆとり」は欲しくないのですか? 私は欲しいです。 夢もあります。 でも、私は今のこの世の中にいる方々に幸せになって欲しいのです。 いつまでも健康で若い気持ちで暮らしたくありませんか? 誰でもそういう権利はあるのです。 今の日本のやり方は間違っていると思いませんか? だったら自分たちの生活は自分で守る、自分の命は自分で守るしかないのです。 私と一緒に頑張りませんか?
Aug 10, 2009
「雨垂れ石を穿(うが)つ」と言う。 雨垂れの一滴一滴は微小に見えても、力が一つのところに加わるといつか穴があく。 そう信じて、世界に二つしかない被爆地から発信してきた「ノーモア広島・長崎」の訴えは、とりわけ原爆投下国に向く。 訴え続けて60余年。 石の壁を針でつつくようなもどかしさを伴った。 米国の大学が全米の18歳以上2400人から聞いた結果が発表された。 61%が「原爆投下は正しい判断だった」と答えたが、それは違うと考える人が若い世代ほど多い。 18―34歳では32%が「間違っていた」と回答した。 穿ち始めたと思いたい。 手応えを感じる人が長崎にもいる。 核廃絶を訴える「高校生一万人署名活動実行委員会」の高校生たちだ。 9年目のこの活動には海外からも署名が届く。 ことしは初めて米国の高校から届いた。 6日の広島原爆の日の式典には米国から来た若者の姿があった。 各紙によると、「原爆投下は必要なかった」と話す大学生や「他校と一緒に行動を起こしたい」と言う高校生がいた。 その高校はオバマ米大統領の母校でもあるハワイ州の高校だった。 唯一の核使用国の道義的責任を自ら口にした指導者と一緒になって、米国と日本の若者も、米国を、世界を、変えていく。 一人一人では微力に見えても無力ではない。 「夢物語」と言う人たちの壁もいつか必ず穿つ。
Aug 9, 2009
芸能界の薬物汚染はどこまで広がっているのだろうか。 俳優の押尾学容疑者に続いて、こんどは女優の酒井法子容疑者である。 夫が捕まった後に行方が分からなくなっていたが、自宅に覚せい剤を隠し持っていたとして逮捕状が出た。 「のりピー」の愛称で親しまれ、さわやかなイメージは中国などでも人気だった。 これまで麻薬撲滅運動や裁判員制度の広報活動でも一役買ってきた。 にもかかわらず、なぜ違法な薬物にかかわったのか。 ショックを受けたファンは多いだろう。 華やかに映る芸能界は、若者たちのあこがれである。 有名人の生き方やファッションは関心を呼ぶ。 どんな事情があったにせよ、期待を裏切る行為だ。 社会に与える影響は大きい。 薬物汚染は深刻である。 身近なところにまでまん延している。 会社員や派遣社員、少年が覚せい剤を購入し、薬物取引が横行している実態が明らかになった。 最近も、元大学生らによる覚せい剤密輸事件が発覚した。 どちらも背後に、有力な資金源とする暴力団の影がちらつく。 覚せい剤は怖い。 一時的に眠気や疲労が取れても、使い始めるとやめられなくなる。 身も心もむしばまれ「だれかに殺される」といった妄想や幻覚に襲われる。 殺人を引き起こすこともある。 MDMAなどの合成麻薬も、覚せい剤のように有害性が高い。 詳しい状況は分かっていないが、押尾容疑者と一緒にMDMAを飲んだという女性は死亡した。 こうした薬物の「入り口」になっているのが、大麻といわれる。 ネットからも購入しやすく、安易に手を出し、薬物の深みにはまる若者が増えているようだ。 15歳以上で大麻の使用経験がある人の割合が、2005年までの10年で2・6倍に増えた。 こんな厚生労働省のデータもある。 陸上自衛隊練馬駐屯地で先月、大麻問題が発覚したばかりだ。 大学生の相次ぐ大麻事件を受けて、関西の4私立大の学長たちは今春、薬物乱用防止に向けた共同声明を発表した。 スポーツでは、大麻問題に揺れた相撲界が再発防止に取り組んでいる。 薬物が忍び込むすきを与えてはならない。 酒井容疑者の長男は結局、両親から取り残された。 心は深く傷ついただろう。 薬物は周りの人も苦しめる。 社会全体できっちり締め出すことが大事になる。
Aug 9, 2009
その岡山の知人は、まず指先の感覚がおかしいのに気づいたという。 力が入らない。 数日後、「しんどくなった」。 ペンが持てない、電話の受話器が取れない。 かかりつけ医から大病院を紹介されて即、入院。 病名を「ギラン・バレー症候群」と告げられた。 女優の大原麗子さんが亡くなった。 清らかで、あでやかという両面性、ハスキーな声が魅力的だった。 このごろテレビで顔を見ないなぁ、と思っていたら訃報が飛び込んできた。 ギラン・バレー症候群で闘病生活を続けていたという。 この疾患は、川口順子元外相、最近では女優の釈由美子さんが発症したことでも知られる。 とにかく「おかしい」と思ったらすぐ病院に行き、治療を開始することが最も大事で、回復も早いとされる。 「どうなるんだろうか」。 岡山の知人も一時は悲観し、焦った。 しかし対応が早かったことが幸いした。 1週間ほど点滴で薬剤を投与されて退院した。 2カ月後には、感覚もすっかり元通りになった。 ウイルス性の感染症にかかるなどした時、ウイルスと戦う体の免疫機能が自らの神経を攻撃することによって発症する疾患と、知人は医師から説明された。 完治したら再発しないとも言われたという。 病状が深刻化しなかったため、知人には「難病」という認識がない。 大原さんも早めの治療はできなかったのだろうか。 テレビ、映画、舞台…穴を開けたら人に迷惑を掛ける役者稼業があだとなったとしたら残念だ。 いっときの迷惑などは、元気になれば何倍もお返しできたであろうに。
Aug 8, 2009
老後の暮らしを支える年金制度が揺らいでいる。 数千万件に上る年金記録問題の解決はめどが立っておらず、制度の抜本改革も手付かずのままだ。 「生活できるだけの額をもらえるだろうか」「制度が破たんするのではないか」。 暮らしの安心を保障するはずの年金制度が、逆に不安の種になっている。 有効な対策を打ってこなかった政治の責任は大きい。 年金制度にいま求められているのは、何よりも信頼の回復である。 国民の関心は高く、衆院選でも大きな争点の一つになるだろう。 各党とも、それぞれマニフェスト(政権公約)に政策を掲げている。 年金記録問題については、自民党は社会保険庁を解体して2010年に日本年金機構を設立、業務を徹底的に効率化し、10年末をめどに解決させるとしている。 民主党は11年度までの2年間で集中的に取り組むとし、記録の訂正手続きの簡略化や、本来の受給額への回復期間を短縮するなどとした。 誰のものか分からない「宙に浮いた年金記録」は、07年に判明した当初、5千万件に上っていた。 解明作業は進められているが、まだ3分の1の持ち主が分かっていない。 保険料の納付記録がない「消えた年金」や、厚生年金の算定基礎となる標準報酬月額が改ざんされた問題も残っている。 これらが解決されなければ、年金への信頼回復は望めない。 自民党が掲げる日本年金機構は社会保険庁より人員を大幅に減らすというが、それで10年末までに解決できるのか。 国家プロジェクトと位置付ける民主党はどのような体制で取り組むのか。 より具体的な中身を示してもらいたい。 少子高齢化が急速に進む中、将来への不安を払拭(ふっしょく)するには、現在の年金制度を持続可能な制度へと抜本的に改革する必要がある。 最も大きく変えるのは民主党だ。 国民、厚生、共済の各年金を一元化し、全額を消費税で賄う月7万円の「最低保障年金」と、保険料納付額に応じた「所得比例年金」をつくるという。 分かりやすい仕組みになる半面、新制度への移行が20~40年もかかる。 一方、自民党は厚生、共済両年金の一元化や非正規労働者の年金保障など、現行制度の修正を中心に据える。 無年金・低年金者の救済措置を3年以内に講じることも盛り込んだが、抜本改革というには物足りなさが残る。 公明党は低所得世帯対象の「基礎年金加算制度」をつくり、年金受給資格を得る最低加入期間を25年から10年に短縮。 共産党は基礎年金の満額を8万3千円に引き上げ、月5万円の最低保障年金を創設する。 社民党は月8万円の「基礎的暮らし年金」を導入するとし、国民新党は年金最低保証額を月8万円に引き上げるとしている。 年金制度はすべての国民にかかわる重要な問題である。 改革をどの党に託すのか、主張に耳を傾け、しっかりと見極めたい。
Aug 8, 2009
今までで最も遅い梅雨明けとなった。 本格的な夏到来だが、今後も雨に対する油断は禁物だ。 なかでも警戒すべきは、夏に多発するゲリラ豪雨である。 「福岡県内で今年7―9月前半に約330回起きる」という東京の民間気象会社の予想もある。 抜けるような青空が、一瞬のうちにどす黒い雲に覆われる。 雷鳴が響いて、滝のような勢いで局地的に大雨が降ってくる。 穏やかだった河川の流れは、瞬く間に濁流に変わる。 台風や梅雨期の大雨などは発生を予測でき、ある程度の備えも可能だが、晴天から一転して豪雨となるゲリラ豪雨では危険を察知するのは難しい。 昨年7月、神戸市周辺の局地的大雨で川が急速に増水し、川の中の公園で水遊びをしていた子どもら5人が犠牲になった水害は、不意に襲ってくるゲリラ豪雨の恐ろしさを見せつけた。 都市型被害も増えており、福岡市では99年と2003年、御笠川がはんらんした。 99年にはJR博多駅近くのビル地下に雨水が流れ込んで、1人が亡くなっている。 ゲリラ豪雨は、日差しで暖められた地表付近の湿った空気が上昇し、上空の冷たい空気と混ざり合うことで発生する積乱雲が原因だ。 雲に湿った空気がさらに流れ込むと水が大量に蓄えられ、一気に降り注いで思わぬ被害をもたらす。 とくに太平洋高気圧の勢力が日本付近で弱い場合、上空に寒気が入りやすくなり、豪雨も起きやすいという。 雷注意報などを出す際、ゲリラ豪雨に対する警戒も促すようにした。 しかし、発生場所や時間をピンポイントで予測することは、いまのところ困難という。 このため、気象庁も学校向けに「局地的大雨から児童を守るために」と題した解説書を作製した。 事故防止に向けた啓発活動にも力を入れている。 ゲリラ豪雨には兆候がある。 真っ黒な雲が近づく。 雷鳴が聞こえる。 大粒の雨やひょうが降りだすなどだ。 このようなときは、がけや川の近くから速やかに離れ、落雷を避けるため屋内や車の中に直ちに避難してほしい。 ただ、こうした情報や対策も、市民が防災を意識してこそ生きる。 気象庁が行ったゲリラ豪雨に関するアンケート(約2千人回答)では、水辺でのレジャーの際、大雨から身を守るため対策を講じている人は3割しかいなかった。 楽しい夏に悲劇を繰り返さないためにも、一人一人がゲリラ豪雨に対する自衛策を常に意識したい。
Aug 7, 2009
私たちの暮らしを支える「雇用」の落ち込みがとまらない。 6月の完全失業率は5・4%となり、過去最悪の5・5%突破は濃厚だ。 昨秋の経済危機以降、「派遣切り」「雇い止め」など、非正規労働者の大量失業は社会問題となった。 その数は20万人を超え、人員削減の動きは正社員にも及びつつある。 働きたくても仕事がない。 職とともに住まいを奪われ、再出発のきっかけがつかめない。 克服したはずの「貧困」がなぜ、社会問題になっているのか。 問題の根幹にメスを入れ、改善の道筋を示すことは、いま政治が最優先すべき課題である。 自民党の政権公約は「今後3年間で40~60兆円の需要を創出し、おおむね200万人の雇用を確保する」とする。 問題はそのための道筋だ。 麻生太郎首相が「全治3年」「100年に1度の危機」などと述べたとおり、この不況の克服は相当難しい。 日本が直面している苦境を見る限り、先行きは不透明と言わざるをえない。 とりわけ働く人の3分の1にまで増えた非正規労働者の対策を急がなければならない。 その大多数は年収300万円未満だ。 ワーキングプア(働く貧困層)に陥っている状況を、どう改善していくのか。 民主党は「雇用にかかわる行き過ぎた規制緩和を適正化する」と主張する。 製造現場への派遣の原則禁止や、専門業務以外の派遣労働者の常用雇用化などを掲げるが、そのための手順や実効性が問われる。 非正規雇用対策には、各党とも力を入れる。 共産党は「派遣を臨時的・一時的業務に限定する」と主張し、社民党も「最低賃金を時給1000円以上に引き上げ、ワーキングプアをなくす」とする。 また、公明党は「非正規労働者の社会保険適用の拡大」などを盛り込んでいる。 自民党は「派遣労働者の待遇改善を行う」とするが、製造業への派遣の原則禁止までは踏み込まず、「総合的な就労・生活支援」など、抽象的な表現も多い。 景気は持ち直しの動きがみられるが、深刻な雇用情勢は回復の足かせになる。 内需を支える個人消費が弱いのは、賃金の伸びが長く抑えられたことに加え、雇用が脆弱(ぜいじゃく)で不安定な構造になったことが大きい。 雇用政策は暮らしに直結する。 与野党は有権者に向けて分かりやすい論議を戦わせてほしい。
Aug 7, 2009
どちらもロングヘアを束ね、明るい半袖シャツにスニーカーの軽装だ。 米国から北朝鮮の平壌空港まで元大統領が迎えに来た。 足早に飛行機に乗り込む2人がのぞかせた安堵(あんど)の表情が印象的だった。 3月に中国と北朝鮮の国境付近で取材中、不法入国容疑で捕まった。 労働教化12年の有罪判決を受けていた。 両記者は韓国系と中国系。 顔立ちはアジア系だから日本人にも似ている。 だからだろうか。 拉致された横田めぐみさんの母早紀江さんの目に、2人の帰国姿がどう映ったか気になった。 「めぐみちゃんだったなら」。 胸を締め付けられる思いで見入っていたに違いない。 「北」側は、今回の恩赦を「わが国の人道主義と平和友好的な政策の反映」という。 ならば金総書記自らが2002年、小泉純一郎首相に拉致犯罪を認め、謝罪したのは何だったのか。 「解決済み」という、その後のおざなりな対応が、拉致被害者家族の心をいたぶり続ける。 約140日と32年。 今回の記者拘束期間と、めぐみさん拉致からの時間である。 途方もない「奪還力」の落差に言葉を失う。 きょうは世界平和を祈る「原爆の日」だ。 「人道主義」という言葉が悔し涙を流させているようだ。 「うらやましい」。 拉致被害者の家族は率直に言った。 「拉致解決なしに国交正常化なし」。 先日、麻生首相は新潟市で拉致現場を視察し、街頭で訴えた。 視察も大切だが、元大統領のような「私人」「私的」な外交の切り札が、なぜいないのか。 衆院解散を受け、私人となった小泉元首相はどう考えているのだろう。
Aug 6, 2009
クリントン元米大統領が北朝鮮を電撃訪問し、拘束されていた女性記者2人の解放を取り付けた。 米朝どちらのシナリオに乗ったかはともかく、大統領職をとうに退いているクリントン氏の存在感は光った。 欧米の政治家は、第一線から退いた後もすることがたくさんあるらしい。 クリントン氏の先輩、カーター元米大統領も北朝鮮に電撃訪問したし、中東などの和平交渉に尽力した。 その功績でノーベル平和賞に輝いた。 同じく平和賞を受けたゴア元米副大統領は、環境問題をライフワークとし、温暖化防止のために世界中で講演して回った。 ゴルバチョフ元旧ソ連大統領も環境保全団体を設立し、熱心に活動している。 あるいは回顧録の執筆に力を注ぐ。 先月亡くなったマクナマラ元米国防長官は回顧録で、ベトナム戦争は間違いだったと告白した。 古くはチャーチル元英首相は、第2次大戦を振り返った回顧録でノーベル文学賞を受けた。 クリントン氏もベストセラー作家だ。 舞台を去っても活躍できるのは、国際的に知名度があり、多くの国から信頼されているからだけでなく、当人が世界の未来に強い責任を感じているからだろう。 回顧録を書きたがるのは、過去に対する責任を取ろうとしているということだろうか。 残念ながら近年、日本の元政治家が第2の人生で活躍中との話は聞かないし、回顧録も話題にならない。 知名度や引退時期の違いだけならまだしも、未来にも過去にも責任を感じていないようなら困る。
Aug 6, 2009
世界をアッと言わせる「電撃訪問」は米国の得意技のようだ。 現職大統領では1972年の「ニクソン訪中」を思い出す。 元大統領では94年「カーター訪朝」の記憶が比較的新しい。 アッと言わせた元米大統領にきのうクリントン氏が加わった。 北朝鮮には今年3月から米国人女性記者2人が拘束されている。 解放を求めての訪朝だった。 核問題でにらみ合ったままの米朝関係が動きだすかもしれない。 カーター元大統領が訪朝した際も核問題で緊張が高まっていた。 一時は空爆を検討したといわれる。 当時の大統領がクリントン氏だった。 同じ人が今度は話し合うために同じ国へ。 筋書きのない国際政治劇を見るようだ。 表舞台を下りた後も別の場所で活躍する元リーダーは米国だけに限らない。 ロシアのゴルバチョフ元大統領は環境保護運動の旗振り役を務めた。 英国のブレア元首相は欧州連合(EU)初代大統領の有力候補とされる。 転身して活躍する元首相は日本にはいない。 議員バッジを着け続けるのが仕事のように見える人が少なくない。 「エッ?」と思わせた人はいるが、うんともすんとも言わない人もいるから、アッと言わせるどころではない。 小泉純一郎氏は世襲問題を含めて新聞・テレビを結構にぎわせた。 元首相として拉致問題で再び電撃訪朝してアッと言わせることができていたら、自民党の人気も上がっただろうにと、議員引退を惜しむ声も聞く。
Aug 5, 2009
サッカーW杯開催まで1年を切った南アフリカで、貧困層による暴動の火の手が広がっている。 アパルトヘイト(人種隔離)を克服し、黒人主体の政権が誕生してから15年。 人々が夢見た全人種融和の「虹の国」は見果てぬ夢のままだ。 この国では今も、水道も電気もない掘っ立て小屋に100万人以上が暮らす。 政府は過去15年間に都市の貧困層向けに300万戸の住宅を建設したが、腐敗とコネのまん延で、それを最も必要とする人々の手には渡っていない。 かつて白人から一様に虐げられ、その意味では平等だった黒人の間に貧富の格差が生まれ、経済発展とともに拡大した。 経済的恩恵を手にしそこなった人々は、社会に対し、白人政権時代にも増して強い不満と憎悪を抱くようになった。 都市部の治安は極度に悪化、夜間に外出する市民の姿が消えた。 金融危機以降は、17年ぶりとされる深刻な不況に陥り、近隣諸国からの出稼ぎ労働者が生活困窮の原因として目の敵にされた。 昨年末には彼らに対する襲撃事件が頻発、公式発表だけで60人以上が殺された。 最近は各都市のバラック街で公共サービスの不備を非難するデモが繰り返され、パトカーへの放火や商店略奪に発展するケースが目立つ。 南ア黒人解放の英雄、ネルソン・マンデラ元大統領は先月、かつての同志に囲まれて91歳の誕生日を祝った。 彼の目には、自分たちが血と汗で生み出した新社会の誰も予想できなかった悲惨な現状が、どう映っているのだろうか。
Aug 5, 2009
スポーツの世界が生んだヒーロー・ヒロインには特別な呼び名が与えられた。 海外では「人間機関車」「褐色の弾丸」「白い妖精」…。 国内では「フジヤマのトビウオ」が浮かぶ。 時代は戦前の「暁の超特急」と昭和30年代の「東洋の魔女」のほぼ中間。 水泳ニッポンを代表した古橋広之進さんをトビウオと呼んだのは米メディアだった。 自由形の古橋さんは1500メートルなどで世界記録を33度も更新した。 プールが短いのでは、と疑った米国にも遠征して世界新を出し、ギャフンといわせた。 焼け跡から立ち上がって間もない日本人を元気づけた。 小学生のころ、浜名湖の岸寄りに杭(くい)を打って囲ったプールが古里の村にできたのが水泳との出合いという。 戦争を経てひもじい思いもした。 日大水泳部時代も食べるものといえばサツマイモぐらい。 イモだけでは胸が焼けるから岩塩をかじって練習したという。 豪快な泳ぎを「手でかく力が8、ける力は2」と回想していた。 戦時中に勤労動員先で左手中指の第1関節から先を失ったハンディを練習で補った。 半端な練習では補えない。 「魚になるまで泳ぐ」ことを旨とした。 世界選手権が行われているローマで亡くなった。 世界水泳連盟副会長を務めていた。 役員も選手も観客も黙とうして冥福を祈る映像に、古橋さんの大きさを思う。 高速水着が主役になりがちな昨今「みんな、ふんどしで泳げばいいんだ」とも語っていたそうだ。
Aug 4, 2009
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