全4件 (4件中 1-4件目)
1
久しぶりにデスノートを見た。何回見ても面白いなぁ。映画として偉い人の評価は低いかもしれないけど、面白さは抜群だと思う。偉い人の評価は単なる彼らのこだわりだから。評価の元になる基準が彼らの「時代背景」と密接不可分だから仕方ない。例えば、今や何の意味も持たなくなった「ネクタイ」も、一昔前には、していないと「人間失格」みたいに言われていたのだから。最近のアカデミー賞受賞作品なんかでも、30年前なら「不道徳」でおしまいだと思う。まぁ、それはそれとしてデスノートの何が面白いか。やっぱり「テーマ」と「頭のキレ」でしょうね。原作でしっかりもんでるから本当に「なるほど」な部分が多い。厳密に考えれば「穴」や「都合良さ」は多いけど、テンポが速いので気にならないうちに進んでしまって気にならない。例えば「Lに所有権が移らないのに何でデスノートに自分の死を書ける?」なんて、結構大事な部分だけど(それでなければ物語が終わらないので)気にしない。だって「所有権が移るとデスノートに関する記憶を失う」のなら、ミサからデスノートを奪って(書き込む為に)所有権が移った瞬間に、ライトとミサは記憶を失うはずじゃん。あと隠れた「テーマ」なんだけど「絶対的な善と悪」を皮肉っているんですよね。どんな人間にも事情と言い分が有って、善と悪は裏表なんだと言う。この部分は軽く逃げているので、偉い先生方がそのせいでこの映画はダメなんだと言われるなら、確かにそうですねって言わざるを得ないんですけど。でもそれって難しすぎてこの手の映画じゃ無理ですよね。
January 29, 2011
コメント(0)
今日の日曜洋画劇場はレッドクリフPart2。長い物語なので2回に分けるのは仕方ないけど、2回に分けても緊張感が持続するのはジョン・ウー監督の力ですね。見所をうまく配置して見る人間を飽きさせない。この辺が日本の映画人が見習うべき所。盛り上がった部分では日本の監督も負けてはいないと思うけど、そうじゃない部分で負けちゃう。そう言う意味で問題は中村獅童。今週も浮いちゃって。君の所でリズムが止まるんだよね。いや、歌舞伎では「ため」が重要なのは分かるから、君の所でリズムが止まるのは君にとっては自然なのかもしれないけど、これは歌舞伎ではなく映画なんだよ。なので2周続けて言わしてもらおう。君は下手すぎ。それはそれとしてリン・チーリン美人過ぎ。いや洋服を着た別のCMなんかで見るリン・チーリンはそれほどじゃないから、小喬に扮するリン・チーリンが絶世の美女なのかも。え?日本語になってないって?役者は個人でなく役柄で顔貌まで変わって見えると言うことです。竹内結子さんなんかも、(いつも美人なんですけど)なぜかいつもの数倍綺麗に見える時があるからなぁ。普通の女の子でもそうですよね。「恋する女の子」が綺麗になるように。男はそうならないのかな?
January 23, 2011
コメント(0)
久々にレッドクリフを見た。前とは別の観点で感心した。前は「三国志演義」の映画化と言う観点から見たのだけど、今日は「アクション映画レッドクリフ」として見た。さすがにウー監督の映画だけあってすごいと思ったし、演じる俳優たちの演技もすごい。多分CGやワイヤーアクションも使っているのだろうけど、不自然さが全然無い。特に超雲役のフー。ジュンはすごい。馬上で飛んでくる槍を掴む所なんてすごすぎるし、超雲らしく槍や険の扱いが巧み。いや、当然演技ですよ。分かってます。でも、すごく自然に見えるから本物の超雲みたいに見える。その真逆なのが甘興役の中村獅童。彼は何でこの映画に出たんだろう?はっきり言って下手すぎ。演技のできは分からないけど、アクションはみっともなさ過ぎ。のっしのっしと歩いてんじゃないよ。まるで相撲取りだよ。おまけに目つきが悪くて品がなさ過ぎ。(まぁ、役柄が海賊の親分だから仕方ない?あ!だから中村獅童なんだ!)ワイヤーアクションで空中でもたもたしているのは彼だけ。日本の恥だよ。けなしてばかりではいけないので、気に入った俳優を一人。いや、一番好きなのは当然周瑜のトニーレオンと小喬役のリン・チーリンなんだけど、アクション的には尚香役のヴィッキー・チャオだよね。だっていかにもお転婆お姫様なんだもの。最近、日本では御無沙汰なんで、そろそろ良い映画に出ないかな?
January 16, 2011
コメント(0)
新潟のユニバーサルシネマは毎月14日も1000円で映画を見られます。だもんで、会社の帰りに行ったのですがちょうど良いタイミングがヤマトだけ。ヤマトは「キムタクのキムタクによるキムタクの為の映画」と評判が悪く、300人くらい入るシアターにたった5人しかいませんでした。でも、僕的にはどまんなかで悠々と見られて良かったですが。この映画を見て、プロデューサーって何だろう?原作って何だろう?って考えましたよ。原作の西崎義展はこの映画公開の直前にヨット「YAMATO」から落ちて亡くなったんです。で、この映画を見てやっぱりと思いましたね。だから「原作を忠実に」とか「原作を超えた」とか言う人間はおかしいと思います。宇宙戦艦ヤマトは大ヒットし、お金を生む関係で人間関係が複雑になり、「原作者=西崎吉展」、「アニメ・デザイン=松本零士」及び東北新社はケンカ別れしてた。だからこの映画には「スターシャ」は出てこないし、「デスラー」は顔なし。映画であってアニメで無いので仕方ないけど松本零士の名前は出てこない。僕らヤマト世代にはスターシャのいないヤマトなんて考えられないから、これはヤマトじゃ有りませんね。著作権なんてくそ食らえだと思う。だって映画館で映画を録画しただけで「殺人とおなじくらい重い罪」になるんだよ。つくずく法律なんて正義の為ではなくて一部の金持ちの保護の為に有るんだと思う。あ、これは関係ないか。もしかしたら西崎さんは松本零士と仲直りして映画に参加して欲しかったのかもしれない。でもそれがかなわなくて悲しみから自殺したのかも?だもんで映画そのものはそれなりに面白かったけど、何でこんな(僕らヤマト世代にとって)悲しい映画を作ったのかと思いましたね。アメリカで作ったゴジラがトカゲの化け物だったのと同じくらい悲しかった。二度と作らないで欲しい。
January 14, 2011
コメント(0)
全4件 (4件中 1-4件目)
1


