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2日にわたる中3特訓は、約21時間実施して終了した。 みんなの受験に対する機運も、かなり高まってきている。 特訓中も再三厳しい言葉をぶつけたが、脱落者も出ず、総体的に昨年よりも真剣さは伝わってきた。 かばんに詰め、手元に残った膨大なプリント資料。 あとは自分たちで肉付けをするのだ。 攻めることの大切さを何度も言ってきたが、絶対に攻め込まれるなよ。 自分が1日気を抜いている間に、数万人の仲間が前へ進んでいく。 最後に頼れるのは精神力。 でもまだ今のうちは、計画に沿った消化がいくらでもできる。 1週間、2週間・・・ これからは速いぞ。 しっかり足場を固め、目標を手に、前進していこう。 特訓の最後に渡した《お守り》、大切にしろよ。 ゴールのゲートは、 あと路地を7つほど曲がると見えてくる。 2006年の反省点は幾つかあるが、正月に触れたいと思う。 大きな事故もなく1年を終えられたことに感謝したい。 みんな、たくさんの笑顔をありがとう。 この1年で、「じゅくちょぉ~」 と何回呼ばれたことか。 みんなのその数千回の言葉に、改めてありがとうと言いたい。 来年もここへおいで。 そして学ぶことの素晴らしさを、一緒に紐解いていこう。 発見し、成長していく姿は素敵だ。 みんなの輝き、期待しているよ。
2006.12.31
真剣にやれば、必ずできる。 塾が求めるものは、到達不可能な能力ではない。 過去があり、データがあり、それらを元に設定した可能なラインである。 「できる」或いは「できた」という感覚は、達成した者だけが分かる、ある種の快感だ。 そしてその感覚は、自分で引き抜くもの。 何もせずに、不完全な挑み方で転がり込んで来るほど甘いものではない。 生徒たちよ、目覚めよ。 お前の可能性は、身の周りに山のように眠っている。 お前の声を、力強い指示を待っている。 成績が悪いのは、武器を持たずに戦うから。 眠っている力に、お前の手でいっぱい水をあげよう。 真剣というものはそんなもの。 真剣というものは、いつ見てもすがすがしい。 水を湛え、潤い、活力に溢れている。 毎日を1時間単位で記してみなさい。 今という時が来る1時間の間に、何を残せたか。 どんな「かたち」でも構わない。 誇れる足跡をフィルムに刻んでいこう。 学びの原点に帰れとよく言うが、時としてじっくり考えてみるのもいいことだ。 不変の人生は味気ない。 刺激ある、大きな夢につながる明日を探求しよう。 そのために、お前が自分に指示を出すのだ。 眠っている力を、有為な才能を呼び覚ますのだ。 いつどんな時も、戦いは続く。 だから、今日の真剣さを正しく記録し。 前を向いていよう。 仲間はいっぱいいる。 そしてここは、そんなお前の決断の場所。 過去のみんなが辿ってきた、汗の染み込んだ場所。 記録の道具も、水も、もらえる場所。 あとは、たったひとつ、 勇気がすべてを変えてくれる
2006.12.30
明日から 『中3冬の17時間+α特訓』 が始まる。 30、31日の2日間で、実質19時間超の缶詰特訓。 毎年恒例の特訓に、今年は15名の有志が申し込んできた。 受験へカウントダウンに入った今。 この特訓の意味をよく考えて参加して欲しい。 今までの対策と違うことは、すぐに解るはずだ。 甘く見ている者は、必ず泣きを見るだろう。 毎年、軽い気持ちで参加しては、泣く者が3名前後出る。 真剣な者に、真剣な手応えと収穫を。 彼らも最後は空気を取り込み、一回り大きくなって帰っていく。 さあ、今年はさらに厳格にいくぞ。 気の緩みは許さない。 精一杯目を開き、集中を持続せよ。 限界まで攻めろ。 攻めるのだ。 五官を奮わせて、「知」を奪い合え。 君たちが苦しむのなら、私はそれ以上苦しもう。 ひとつ忠告しておく。 いいか、絶対に遅刻はするなよ。 甘えているヤツには、開始5分後に地獄が待っているぞ。 私語は禁止、警告で退場処分とする。 いつもと違う空気に何人震え上がるか。 目的は何だ。 座る資格があるのは、やる気のある者だけだ。 そして合格のために、ここにわが教室の粋を集結しよう。 だから、姿勢を正し、喰らいついて来い。 本物の学びを受け取りに来い。 数時間後の朝。 いよいよ熱い時が刻み始める。
2006.12.29
あと72時間で今年が終わる この1年の締めとして 君は残りの期間 どんな足跡を残すつもりか 常に駆け足で 早かったこの1年 陽が眩しかった春のこと 辛かった夏のことを そっと思い出そう 君だけの想い出と教訓 そこから幾つものドラマがあった 目的を持ち 何かを強く信じ 君は 泣いても 塞いでも 歩いてきた 頑張ったぶん 力になる 頑張ったぶん 笑顔に近づける 頑張れば きっと大きな夢が叶う 君がそう信じ歩いてきた一年が やがて終わろうとしている 反省があるのなら 修復してみなさい 友達に負けそうなら 今日を真剣に過ごそう 自分を素直に見ること 素直に 冷静に すべきことを構築すること どんなに素晴らしい道具も 君自身の意識にはかなわない ここまでしがみ付いてきた物に 最敬礼で礼を言い さあ 巨大な壁を見上げよう 時は正確に 平等に目の前にある バッグを背負った小学生が 今日も駅のホームに吐き出される 鉢巻きをし 缶詰で特訓をすることを志願した6年生たち 水筒を持ち 正月も差し入れのお節で過ごす戦士たち 彼らに比べ 君たちは何なのだ 自転車でのんびりと 手には菓子と携帯を持ち 他人事のように いつも我がままを言っている 今日から明日へ 出来ることとすべきことを 区分けし 価値ある足跡を意識してみなさい 君の姿は 君だけのもの だがそれは 他人や周りがあってこそ 雄飛するのだ そのきっかけとして あと3日がある
2006.12.28
教科としての知識は、生活に直接役立たないものも多い。 化学反応式、飽和水蒸気量、因数分解・・・・ これらは皆、学問というジャンルをまとい、生徒に営業活動しているようなものだ。 将来、本腰を入れて学ぼうと思うか、あるいは軽く流すか。 判断は生徒の好みと印象で決まる。 面白そうだから追究してみようとなれば、契約の成立だ。 だから、幅広く様々なことを学ぶ期間は、とても貴重である。 真剣に知識のシャワーを浴び、自分の責任で思考を重ねていかなければならない。 同時に、その学問を与えていく師の責任も大きい。 いかに興味を持たせるか、営業活動の力量が問われるところだ。 だが実際のところ、そのまったく正反対のことが起きる。 生徒には興味がないうえ、師も興味を引く教え方をしない。 それでもカリキュラムは1年、2年と続く。 生徒はやがて、試験をクリアするためだけに、つまらない暗記や演習をするようになる。 理解しようとせずに、事務的に憶えた知識。 それはやがて、必ずと言っていいほど歪みを生む。 物理に興味がない生徒にとって、N、Pa、Ω、J、cm/秒など、どうでもいいことなのだ。 彼らは何度学んでも、理解できない。 学ぶ喜びが感じられないのだから、無理もない。 法然→浄土宗、最澄→天台宗、果てはヒンドゥー教と、宗教を色々教える。 その後、三大宗教の教祖を尋ねたら、どれも知らなかった。 彼らは、空海→真言宗を言えても、釈迦→仏教を知らないのである。 キリスト教に至っては、ザビエルが教祖と答える者もいるのだ。 中学3年生の話である。 瑣末な知恵が蓄えられていく一方で、本筋の大事な知恵が抜けている。 その瑣末な知恵も点の知識なので、互いの繋がりがとても希薄だ。 人物も出来事も、時代の流れの中で捉えることができない。 だから試験ではいつも、クイズのような問題しか正解できない。 我々は細かい知識を次々と与えていくが、そこには本筋は常識として知っているだろうという期待があるものだ。 小学校や家庭で教わってきたはずだという期待が。 だが、実際の落差は大きく深刻である。 本物の使える知識を築くためには、木のような太い幹と枝が必要だ。 そして内部のエネルギーを循環させていく。 細かい葉を増やす前に、まず幹がしっかりしているか確かめたい。 葉のシールをいくら貼り付けても、風が吹けばぼろが出る。 葉はやはり、しっかり枝に支えられ、若葉から育つからいいのだと思う。
2006.12.27
社会や理科ほど、好き嫌いが露骨に表れる教科はない。 授業や講習会、特別補習などで見せる生徒たちの姿や表情には、様々な問題を抱えた「かたち」がある。 担当である私は、今まで多くの生徒たちに接し、その歪んだ「かたち」を見てきた。 興味がなくても覚えなくてはならない教科。 生活に密着していなくても、目の前の単元を履修しなくてはならない教科。 教えていて空しく思えることが幾度もある。 用語を暗記しても、その位置づけが出来ず、ただ点の知識を抱えていく。 点と点の関連が不明なまま、闇雲に情報を上書きしていく。 その生徒。 知識は持っていながら、いつもテストで点数が取れない。 当たり前だ。 情報のメモ書きしかやっていないのだから。 本来は、メモを元に、 知識としてファイルするための、「まとめ」をしなくてはならない。 その作業を忘れた生徒が、如何に多いことか。 歴史では、「日清戦争→下関条約」ができても、その時代が分からない。 三国干渉を知っていても、日清戦争との繋がりを知らない。 日米和親条約が、平気で戦後の講和条約になる。 下田・函館を知っていてもそうなる。 彼らは、「足尾銅山鉱毒事件→田中正造」という項目を、信号として覚える。 慶安の御触書、治安維持法、といった用語を紙に書き、懸命に覚えようとしている。 だが、鎌倉時代の次が何時代かを知らない。 暗記した用語の、時代ごとの並べ替えができない。 情報を持っていても、使えなくては役に立たない。 情報はパズルにはめ込むピースなのだ。 だから、グループと流れを理解するよう指導している。 続く
2006.12.26
教科書を大事にして欲しい。 教科書をよく読み、じっくり鑑賞して欲しい。 図版も資料も解説も、そして索引も存分に活用して欲しい。 教科書は学ぶべき知識の宝庫だ。 本文を何回も何十回も読み直して欲しい。 参考書を開く前に、まず教科書を征服しよう。 どこに何が書いてあるかが分かるくらいに、何度も何度も反復するのだ。 問題を解くための知恵は、そこにぎっしりと詰まっている。 線を引き、染みを作り、修繕し、ボロボロになるまで。 頭の中の一部となるくらい、向き合って欲しい。 来る日も、来る日も。 これでもかと。 教科書と闘い、涙すること。 君の成績を上げる最大の方法論が、そこにある。
2006.12.25
1 プリントやワークなどで、途中で答えの間違いを指摘されると、闇雲に書いたものを全部消すヤツ。 問いが5個あっても10個あっても、全部消しゴムで消してしまう。 どこが間違っているのか、確認もしない。 誰が全部間違えてると言った。 懸命に考えて出した答えではないのか? 答えに自信があるのなら、消す必要もないだろう。 間違いを指摘されたら、まず戻って1問ずつミスの確認をしなさい。 それでも判明しなければ、答え合わせで赤を入れればいい。 問題を解く時に消しゴムを使うのは、誤りを発見した時だけだ。 あのなあ、 全部消して、答えと解説を待っていてどうする。 できるヤツは、解くという訓練を大切にするものだ。 誤答を恐れずに紙面を埋めようとする。 そして仮に間違いを指摘されても、どれがそうなのか考えようとする。 消しゴムは失敗をごまかすための道具ではない。 修正すべき箇所を発見した時に、初めて使うもの。 おい、 全部消して、ぐしゃぐしゃじゃないか。 自分が記入した解答に自信が持てないヤツはダメだ。 結局都合よくリセットを繰り返すだけで、伸びるはずがない。 2 ワーク・教科書・ファイルなど、必要な勉強道具をいつも学校に置いてくるヤツ。 塾でも家でも、やろうと思う時にモノがない。 試験の前でも、提出日の前日でも、肝心な道具が揃っていない。 おい、どうやって対策学習するんだよ。 範囲表にP38~45って書いてあるぞ? 何で学校なんだ? 前回もそうだったよな。 点を取りたかったら、商売道具は必死に抱えて来い。 プリントが無いと友達にコピーを頼み、ワークを借りているお前。 一体、何をやっている。 提出物も間に合わないじゃないか。 勝負は身の回りの確認から始まるもの。 中途半端にモノの管理をしてるヤツは、結果も中途半端で当たり前だ。 荷物が重いって? 冗談こくなよな。 小まめに点検し、カバンに入れないからだろう。 不要なガラクタをいつも詰め込んで、何を言っている。 できるヤツほど、カバンの中身はいつも必要なもので詰まっているものだ。 計画性も注意も試験の一部。 肝心なときに道具が揃わない者は、可能性を平気で捨てる者。 範囲表をなくしたお前もそうだ。 いつまで経っても、伸びるはずがない。
2006.12.24
本日の朝日新聞第2面に、「塾を禁止せよ」という見出しを見つけた。 ノーベル化学賞受賞者の野依良治氏の、教育再生会議における主張らしい。 どんな根拠で発言しているのか、興味深く記事を読んでみたが、何のことはない、論拠が飛躍したただの私見ではないか。 この人にしてこの意見かと、正直笑ってしまった。 すでに他のブロガー先生も書かれているが、ここでやはりひとこと言っておきたい。 灘から京大に行かれたエリート先生の論拠は、以下のような内容だ。 『塾はできない子が行くためには必要だが、普通以上の子は禁止にすべきだ』 『公教育を再生させる代わりに塾を禁止とする』 『我々は塾に行かずにやってきたのだから、今もできないことはない』 『みな塾の商業政策に乗っているのではないか』 この人、教育再生会議の座長を務めているらしいが、一体何を考えているのだろう。 公教育の再生がテーマならば、公教育そのものの改革が発露であるはず。 現場の課題を細かく調査し、抽出し、改善のためのたたき台を作ることが仕事であるはず。 それを他の機関と勝手にくくり、公教育の退廃は塾に原因があり、あたかも塾の存在が悪であるかのような発言をしている。 そもそも学校教育が情けないから、みな塾に頼るのであろう。 学校の指導内容と入試問題にズレがあるから、塾でそれを補うのであろう。 公教育と私学との履修内容のギャップを真剣に考えればこそ、塾で埋めようとするのだろう。 そして将来を見つめ、より高度な学習を求めるからこそ、塾で学ぼうとするのだろう。 塾はそもそも強制ではない。 目的を持ち、不安を補填し、ブラシュアップするための機関だ。 塾に言及する前に、まず自分の足場(公教育)を立て直すことに頭を使えよ。 内容も量も貧弱な指導要領、受験の仕組み、公私間の格差を何とかしろよ。 生徒を半日で帰したり、土曜を遊ばせている現状を改善させることが先だろう。 エリートほど現場の末端のことを知らないとは、正にこのことだ。 自分ができたから? いつの時代のことですか? しかもあなたは、カリキュラムの恵まれた私学出身ではないのですか? 今の子供たちがみんな勉強にやる気を持って取り組み、学校だけで十分な教育がなされると本気で思っているのですか? あなたの理論は、「和食が売れないから洋食を禁止する」 ということと同じですよ? 普通以上の子の塾を禁止するに至っては、もう噴飯ものである。 競争を排除し、内容を下位に合わせようとして失敗したのが前回の指導要領。 その反省が議論されている中、再び上位の展望を奪おうというのだろうか。 公教育を再生する代わりに云々ではなく、まず再生のための内部の手順を見せてみなさい。 塾の要不要は、個人が決めるもの。 学校に対する評価がNOだから塾が存在する。 塾が必要とされるのは、世の中の仕組みがそうであり、学校教育がその世の中と十分満足のゆくリンクがなされていないからだ。 学びを追いかけることに、何の罪もない。 公教育が再生されれば、やがて塾は淘汰されていく? ならば、すぐにでも再生してみてくださいな。 だが、改革のトップにいる人間がこんなことを言っているようでは、半世紀は望めそうもないな。
2006.12.24
冬期講習も始まり、今年もあと1週間ほどになった。 明日は年内最後の休校日。 生徒たちに向け、学習のコツを伝えられたらと思う。 今日はちょっと体を休めよう。 みんな頑張ってるか。 風邪ひくなよ。
2006.12.23
明日から冬期講習が始まる。 受ける上で、みんなへのお願いだ。 まず、目的を持って欲しい。 何故、ここでその科目を受講するのか、しっかりと自分だけの目標を見定めるのだ。 そして、攻めて欲しい。 与えられる知恵を受け止めるだけでなく、自ら拾いに行く。 その姿勢は、必ず君を大きくするはずだ。 そう、 知恵と情報を、ここでいっぱい拾い集めなさい。 そして、真剣に汗をかき、思いっきり背伸びしよう。 受験生も在校生も、時は平等。 目標も、ギアの入れ方も、すべて自由だ。 この限られた期間に、君のコレクションはどれだけ埋まるか。 ダラダラと何となく過ごし、手応えなく終わるのは不幸なこと。 後悔のない、日々の実りを期待する。 塾長はこの講習会の期間に、計87時間教壇に立つ。 補習を入れれば、ゆうに100時間は超えるだろう。 学ぶのは私ではない、君たちだ。 精一杯アンテナを巡らし、ぶつかって来い。 眼を見開き、ついて来い。 寒さの向こうに、その向こうに。 大きな光と収穫が待っている。
2006.12.22
これから先、3月までは、教室は異質な空気で満たされる。 そして、毎年同じ風景が教室を埋めていく。 受験が絡む、中学部の話だ。 中3の受験生は、いよいよカウントダウンが始まり、みな真剣になる。 受験を軽く見ていた者も、皆の刺激を受け、表情が変わる。 やがて常連以外のメンバーが自習に来る。 授業も私語がほぼゼロになり、空気が張り詰めていく。 1、2年生がその空気を、先輩たちの姿勢を、そっと感じ始める。 そして、信じられないほど静かになる。 主役は受験生という、暗黙の了解がそこにある。 特に2年生にその感覚が顕著だ。 次はいよいよ自分だということを察知するためか。 3年のクラスの講師の声だけが目立ち、教室に交錯する。 生徒も講師もモチベーションが上がり、時を形作っていく。 去年も一昨年もそうだった。 今の受験生も先輩たちの空気を感じ、静かになった時があった。 それまであんなに騒いでいたのに。 多分君たちには、記憶にないだろう。 もう1年になるんだな。 毎年役割が代わり、無意識に、新たに作られていく物語。 今年もその波が、とうとうやって来た。 受験までちょうど私立で1か月、公立で2か月。 受験生よ、いよいよだな。 これから先は根競べ。 教室の張り詰めた空気を君も感じ、可能性を模索しながら昇華しよう。 一人一人、目的も役割も違えば、能力も違う。 個別指導の利点がもっとも顕著に現れる時期が今なのだ。 ここでは泣いてもいいんだぞ。 空気の主役も、リズムの主役も、君たちなのだ。 在校生よ、そんな先輩たちを見守り、支えてあげよう。 次の気配りは、君たちが受けるのだから。 机の傷も、ホワイトボードの傷みも、先輩たちの歴史。 春になり、桜咲くころ、 きっとその意味が分かるだろう。
2006.12.21
多忙でブログを殆ど開けない。 コメントの対応も出来ずに、申し訳なく思う。 昨日はまたしても教室に泊り込み、徹夜の作業。ここ1か月で、とうとう6回目だ。 今、ちょっと、体が言うことを聞かない状態。 40数時間も起きているせいか、 歩いていて、ふらっと来た。 うーん、過労がいよいよ来たか・・・。 いやいや、 倒れるわけにはいかぬ。 週末から冬期講習が始まり、30、31日には17時間の年末特訓が待っている。 毎年、声がつぶれる超特訓。 気力だ。 何とか気力で乗り切ろう。 寒い街中で、ここは何処よりも温かい場所でありたい。 灯りをともすのは私の仕事だ。 誰にも渡さない。 明日も、子供たちが待っている。
2006.12.20
なんと、 受験生の講習会の景品です。 仕入れ元は 「受験用品・合格祈願グッズ」 の専門店。 合格を売りにしているので、縁起はいいはず? 側面の雑学が、果たして好結果を生むか。 試験当日まで、開けずに机に置いておこう。
2006.12.19
今日、冬休みの課題を教室に掲示する。 対象は、中学生全員。 内容は知識・語彙などのインプット学習。 休み明け、1月に入って間もなく、達成度の確認テストを行う。 問題は全部で100問、合格は90点。 課題は学年ごとに決める。 すべて中学生として押さえなくてはならない「基本事項」。 よって、未達の場合はもちろん追試あり。 成績は公表する予定。 上位者には景品を用意している。 「知らなかった」「聞いてない」 今回は、そんな常套句は通用しない。 1、2年生は、基礎定着と3学期のために。 3年生は受験のために。 必要なものをしっかり学んでもらおう。 課題を与えないと動かない君たち。 部活が・・・などと言ってる場合じゃないぞ。 冬休みは力を養い差をつける、恰好の期間。 しっかり頭に叩き込み、喰らい付いて来い。
2006.12.19
塾長は頑張る きみの意欲を 支えるために きみの悩みを 埋めていくために きみの未知の可能性を 高めるために きみにとっての 明日の目標のために そして きみの見せる 最高の笑顔のために だから 一緒について来い ここはみんなの楽園 知の飛び交う温かい楽園 言葉を交わし 学び 目の前にいつも 大きな夢をとらえながら きみだけの物語を しっかりと刻むのだ 迷い 悩み 苦しみ 何度も挫折し どんなに辛いことがあっても ここまでやってきた勇気 その足跡を 忘れるんじゃないぞ 塾長は力の限り応援する きみのために だから 精一杯力を振り絞り 闘おう きみの成長過程を ともに歩めることを 塾長は誇りに思う 辛かったら 語り尽くしたかったら 涙も笑顔も すべて抱えて ここに来い 知恵も言葉も 山のようにあるぞ いっぱい いっぱい拾い いっぱいカバンに詰めて 明日の夢に そっと分けてあげよう 大きくなれよ そして 強い心と勇気を忘れるなよ この楽園で ここで 一緒に 学びの若木を育てよう そして きみ自身の知恵と 汗で 枝葉を実らせよう もう少し もう少しだ だから 一緒について来い やがてそれは きっと大きな財産になる かけがえのない 力強いもの 天空にそびえる大木のような 大きな夢が そこにある
2006.12.18
人は失敗した時に何を思うか。 次があるのなら、何とか成功したいと思うのではないか。 算数の文章題の立式ができない。 漢字の書き取りが今回も全敗だ。 英語の時制表現がいまだに分からない。 数学の関数グラフと方程式が結びつかない。 理科の電流の計算がどうしても解けない。 さあ、困った、どうする。 やるしかない。 克服するしかない。 改善するためには一度ゼロに戻り、やり直すことだ。 今現在の手元の作業をこねっていても、発見はない。 面倒でも一度「ふりだし」に戻るのが近道である。 試験に負けたのならば、なぜ負けたのかを研究する。 その改善の姿勢で、過去の足どりをもう一度辿ってみるのである。 野球でカーブを空振りしたとする。 誰でもちくしょうと思い、次はヒットを打ちたいと思う。 だが大振りしていて、果たして当たるものだろうか。 一発をと思えば思うほど、投手の思う壺である。 一度自分のフォームを研究し、冷静に改善を図らなければならない。 空振りしたのなら、次はまず当てていくことを考えよう。 4打席に1回でいい。 ピッチャーゴロでもいい。 バットに当てる感触をまず味わうことだ。 次に繋がる過程を踏むこと。 一見地味ではあるが、成功のためにはとても大切なことなのだ。 みなその過程を面倒がり、難しい今の課題とにらめっこしている。 漢字が書けないのなら、小1の配当漢字からもう一度つぶしていけばいい。 英単語がだめなら、「pen」や「dog」からやり直せばいいだろう。 過去の抜けているものを塗りなおす作業。 成功の近道は、その一つ一つを征服していく過程に埋もれている。 コツを掴んだら忘れずに記録しておくこと。 そして、何度も何度もやり直す。 出来るようになっても、ひたすらやり続ける。 ものにするということは、練習を通じ、慣れを身に付けること。 調理や陶芸のプロの身のこなしは素晴らしい。 書道の師範は、目隠しでも鮮やかに筆を運ぶ。 それはみな、訓練と反復によって染み付いた技だ。 今出来なくても、誰にも上達できる可能性はある。 そのきっかけは、初心に戻れるかどうか。 そして終わりのない訓練を続けられるかどうか。 一旦ゼロに戻りやり直すことは、恥ずかしいことではない。 汗をかき努力することは、何よりも素敵な行為なのだ。
2006.12.17
何時間勉強したと、時間にこだわる生徒が多い。 親御さんも子供の学習姿勢を見る時に、「勉強時間」 で判断することが多い。 アンケートなどにも、よく「1日何時間勉強しますか」 という質問があるが、何ともナンセンスな質問だ。 1時間勉強した者と、3時間勉強した者。一体、差をどこで量るのか。 ここで私の考えをはっきり述べておきたい。 学びの根本に触れる内容なので、ぜひ自分なりにじっくり考えてみて欲しい。 勉強は時間ではない。 量である。 密度であり、征服した数である。 どれだけの量を自分のものにし、脳の格納庫にしまい込んだか、 そのナンバリングされた「知識」の絶対量である。 成績に反映される技量は、その絶対量に比例する。 鮮やかに正比例する。 試験は本人の能力を問うもの。 解けるか解けないか、知っているか知らないかは、能力=脳力で決まる。 勘違いしてはいけない。 いくら時間を掛けても成績が上がらないのは、頭が悪いからではない。 ただ単に、しまい込まれた「知識」の量が足りないからである。 使える情報が貧弱だからだ。 量を確保さえすれば間違いなく伸びるのだ。 もうひとつ大切なことがある。 知識量を築くと同時に、それを使いこなすスキルを磨くということだ。 格納庫の知識を実用化させる、《解くための道具》 を装備するのである。 これは訓練によって身に付くものだ。 何度も反復し、パターンによる即断を練習していく。 覚えるため、慣れるために、前後し、点検していく。 ズピード力はここで身に付く。 無数の問題をこなすことは、その解くための道具を感覚的に身に付ける大切な作業だ。 道具が脳に装備されれば、知識どうしの連携が可能になる。 ある問いに対し、どれとどれを使って解けばいいか。 その引き出す司令塔が、訓練化された道具なのだ。 もう一度言う。 勉強は時間ではない。 ものにした量である。 その量を確保するために、時間が発生するのだ。 慣れるための時間、覚えるための時間。 知識を構築し、しまい込むための反復作業。 そして知識を縦横に使いこなすための道具を頭に築いていく過程。 時間はすべて、そういった一連の流れの中で生まれる副産物に過ぎない。 時間の長さ=勉強量と、勘違いしてはいけない。 長時間机に向かって問題を解いている者。 最後に、今日何をものにしたか、自問自答してみなさい。 脳にどれだけ定着させたか、書き出してみなさい。 あいまいな情報を集め、頭に泳がせても、使い物にならない。 上書きされて消える前に、頭のフロッピーに記録するのだ。 何度も反復し、同時に解法のスキルも身に付けていく。 そのために時間があるのだ。 限られた時間の枠で、一体どれだけの数と量をものに出来るか。 意識することで、その絶対量は飛躍的に増えるものなのだ。 勉強は掛けた時間ではない。 集中力も、解いた問題の数も、目的のための過程に過ぎない。 目的は、量を押さえ、頭に叩き込むこと。 使える絶対的な知識量を獲得することなのだ。 何時間勉強したなど、どうでもいいこと。 一度、自分のやり方を振り返ってみなさい。 目的と手順を正しく踏めば、 君も、君も、必ず伸びるに違いない。
2006.12.17
中3生の貸切りの模試があった。 彼らには朝8時半に集合させ、午後1時過ぎまで入試本番の実体験をしてもらった。 毎年恒例の、リスニングを含めた5教科の模擬試験。 今日感じたことをいくつか述べたい。 まずは集合の様子だ。 試験は8時40分開始。集合は8時10分から30分の間とした。 いつもギリギリで駆け込むメンバーがいるので、案内には余裕を持たせたのだが、案の定、集合時間ではなく開始時間に合わせて来る生徒が後を絶たない。 36分、37分、38分・・・・友達と会話しながらぞろぞろとやって来る。 いつもの風景だ。 本番まで、あと1か月半。 カウントダウンに入っても、何ひとつ意識は変わらない。 私は来た者に無言で用紙を配り、開始の合図を出した。 その時点で来ていない者、6名。 開始後15分で1名来る。 理由を訊くと、寝過ごしたと言う。 合流できるギリギリの時間なので、座らせて受けさせた。 2教科目の試験中に電話が来る。 来ていない生徒の一人で、やはり寝坊の連絡だった。 すぐに来いと指示し、3教科目から参加させた。 本人は失態を演じ済まなそうだったが、事務的に厳しい表情で対応した。 残りの4名は、とうとう最後まで来なかった。 一体、何なんだろう。 受験する気があるのだろうか。 「8時半? そんなに早く起きれない」 「面倒だし、行けたら行く」 「どうせ受けても意味ないから」 この来なかったメンバーたちの、事前のセリフだ。 早いと言うお前。 いつも学校は何時から始まる。 これで早いのなら、毎日遅刻だな。 以前は土曜も当然のように学校があった。 いつからか週休2日に甘え、部活引退後は、こんどは腑抜けか。 面倒とか、意味がないとか言うお前。 意味のない模試って何だよ。 模試は自ら参加し、そこに自分の可能性を探していくもの。 弱点や知らないことの発見がどれだけ大切か、まだ分からんか。 今回は本番に傾向を合わせた、特に意義のある試験だ。 家にお知らせを送っても、直接、来いと言っても来ない。 ならばもう、塾はお前たちを合格までサポートすることができない。 我流で闘ってみればいい。 生徒たちにとって残りの期間が貴重なら、私のエネルギーも貴重。 私は、真剣に向き合う生徒たちに、そのエネルギーを注ぐつもりだ。 試験中の解き方にひと言。 相変わらず問題用紙を丁寧に扱っている生徒が多い。 問題用紙はボロボロになろうがかまわない。 折りたたみ、書き込み、設問ごとに自分流の解法を早く確立しなさい。 印や記号を縦横に書き込み、見やすいチェック方法を早く確立しなさい。 国語の読解問題でも、ラインや記号を書きながら解いている者が極めて少ない。 理科の実験や計算問題、社会の資料分析問題などは、条件や数値に印を付けなさい。 問題文に数値が書いてあるということは、100%その値を使って解くということ。 見落としと計算ミスを防ぐために、印、囲み、ラインをしっかり書き込みなさい。 また、数学には、定規とコンパスを使う作図問題があった。 事前に用意せよと注意したにもかかわらず忘れた者。 友達に借りてしのいでいたが、お前は受験会場でも誰かに借りるのか。 これから先は、己の心がけの問題だ。 真剣さは細かい注意から始まるということを自覚せよ。 最後に、試験終了後、ずっと雑誌を読んでいたお前。 何をやっている。 自己採点すらしていない。 2時間で、どれだけ今の試験の見直しが出来るか。 どれだけ知識をインプットするチャンスがあったか。 志望校合格は誰でもない、自分で引き寄せるものだ。 時間の管理ができない者、時間を大切にしない者は、最後の詰めで泣く。 受かりたいという強い思いは、行動に出るもの。 改善されることを願い、あえて苦言しておく。
2006.12.16
今回の期末試験は、みんなよく健闘した。 自己ベストや、ここ1年のうち最高という結果が多数出た。 『100点ボード』も、前回の中間試験の倍増。パンク寸前だ。 この感触をぜひ次につなげて欲しい。 今年もあと半月で終わり。 正月に向けて、今回はみんなに絵馬でも書かせようかな。 在校生は「今年の抱負」、受験生は「合格祈願」か。 うん、ちょっと考えてみよう。
2006.12.15
世の中には色々な 《もの》 があふれている。 特に歳末の季節は、どの店も売り出しに余念がない。 ひとつの商品ジャンルを店頭で眺めていると、その裏での店主の苦労がうかがえるものだ。 奇抜なキャッチコピー、オススメ文、サンプルとポスター、果ては幟(のぼり)と、互いに陣取り合戦をしながら鎬を削っている。 中でも薬屋の棚はカラフルだ。 この時期は何といっても風邪薬がメイン。 症状や効能の説明が棚にあふれ、まるでモザイク画のようだ。 いざ買おうと思い、成分を比較してみてる。 どれも大差はなく、何が違うのかよく分からない。 薬剤師の女性がいたので、「どれでも同じですよね」と聞くと、「全部違いますよ」という返答。 うーん、そういうものか。 傍から見ると同じようでも、それを生業としている人には、まったく違うものなのだろう。 その分野に熟知した人の 「内部ならではのこだわり」 か。 《もの》 があふれている時代だからこそ、こういった選別できる眼は持っていたい。 塾という業界はどうだろう。 我々は問い合わせに対し、いつも丁寧に説明する。 でも親御さんの中には、塾に通う目的も、塾がどういうものなのかさえも知らない人がいるものだ。 最後は学費で判断か、はたまた単なる印象か。 塾は見えないものを売るだけに、選別が難しい。 むしろそういうものこそ、中身を見抜く 「眼」 が必要なのだろう。 「どの塾でも同じですよね」 と言われれば、塾人はきっとこう答えるに違いない。 「全部違いますよ」 これも、内部ならではのこだわりである。
2006.12.14
言い訳をする生徒は伸びない。 断言しよう。 試験の後には、こんなセリフが必ず聞こえる。 「部活が忙しくてさー、勉強する時間なかったし」 「大会があったし、塾の対策も行けなかったからぁ」 「もう信じられないくらい範囲が広くってー」 「だって先生の出し方、変なんだもん」 「先生聞いてよ、記号問題全部外れたんだからー、不幸でしょ?」 「せっかくやったとこ、全然出なかったからー」 「提出物チョー多くて、じっくり試験対策出来なかったからじゃない?」 からじゃない? そんなこと知るかよ。お前のことだろ? 時間がないだと? 範囲が広いだと? 全部外れただと? あのなあ、言い訳は人を見て言えよ。 「それは可哀想に、まあ気を落とさずに次はがんばろうな」 などと私が言うと思うか? 全部、すべきことが分かっているのに、ろくに準備もせず降りかかった顛末ではないか。 努力をしなければ、結果など分かりきっている。 まずいと思えば、次に繋がる反省をせよ。 やったとこ出なかっただと? 全部やれよ! お前らには、そんな基本から教えなければならないのか。 試験範囲も、量も、提出物も、事前に分かっている。 計画的にこなせるかどうかが試されていることに気づけよ。 同じ条件でしっかりやっているヤツを、どう説明する。 言い訳を考えてる暇があったら、見直せ。 それがお前の仕事だろう。 理解することがお前の仕事だろう。 これから定期テストで基準に届かないヤツは、塾で追試させるぞ。 そっくり同じ問題にするか、別に作成するか。 合格は満点だ。 居残りで、何度でもやる。 お前は5教科全部か? そのつもりでいろ。
2006.12.13
中3生も志望校が出揃ってきた。 学力と比べ、残された期間をかなり努力しないと厳しい生徒が、数名いる。 毎年そうだが、ここで足踏みすると、「やっぱり無理かな」と焦りが出てくる。 やがて1月の段階で、楽を選び、こぞって志望校を落としてくる。 学校の面談では、決まって「無理」と言われる。 学校はとにかく受かってくれればいいのだから、安全校を勧める。 生徒のモチベーションを引き上げ、尻を押すどころか、平気で失意の底へ引き落とす。 「この内申で○○高校狙うって? おまえ、これじゃあ○○高校だって危ないぞ」 この言葉を真に受けてしまう生徒が、ひどく可哀想でならない。 少なくとも1年間、模試などで記入し、心の張りとしてきた高校が、最後の最後で手の届かないところに消えていく。 私はきみたちに言いたい。 まだ諦めるな。力は試験前夜まで伸びるのだ。 楽を選ぶのは選択肢のひとつだが、その瞬間、きみの伸びは止まるだろう。 偏差値が届かないのなら、届くように命をかけて燃えるのだ。 自分が3年間通う高校。 それが合格して心底喜べる高校か、じっくり考えてみなさい。 塾はきみの目標を達成するために、ギリギリまで力を授ける。 だからきみも自分の力を信じ、突き進むのだ。 馬鹿やろう。迷っている場合かよ。 そんな暇があったら、目の前の500の知識、一気に覚えてみろ。 学校が、親が何と言おうが、自分が通う高校だ。 命運を分けるこの時期こそ、強い情熱が必要なのだよ。 夜、眠い眼をこすって頑張ったよな。 暑い夏も、講習会と自習で頑張ったよな。 ここまでの汗と涙を、自分の記してきた道を振り返ろう。 教材やプリントを積み上げてみなさい。 どれだけの高さになる。 きみのやってきたことを、決して無駄にしてはいけない。 さあ、あと少し、マラソンでいえば35キロを過ぎたあたり。 きみだけではない。みんな辛いのだ。 それは誰にでもチャンスがあるということ。 今こそ、踏ん張る時なのだよ。 努力が必要ならば、塾が補修してエネルギーを注いであげよう。 補習やるぞ。 泣きごと言う前に、着いて来い。 教室に掲示するから、可能性を拾いに来い。
2006.12.12
ここに足を運び きみは何を持って帰る いつも定時に訪れ そっと語り うつむき ワークを埋め プリントを解き それらを無造作に重ね合わせ 鞄に詰め そそくさと帰っていく 雨の日も 風の日も きみはここに来て 乾いた空気を吸い まるで夢を探すピエロのように ぎこちない仕草で 友と向き合っている ここは きみの心を癒し 知恵を与える場所 知恵はきみが 手と足と眼と耳と頭を使い 自らファイルに記録を残し しっかり抱えて帰らなくてはならない 週2回で1年なら 100回 もう分かるよな すべきことが どんな物で どんな手触りなのか どんな形で どんな味で どんな匂いがして それがどんな価値を持っているかが 甘えてはいけない 知を探りに来ることは 空っぽの鞄を埋めに来ること フルとリセットを繰り返し その手でしっかり刻み 持ち帰るのだ 分からなければ 訊きなさい 先生たちは知恵を抱え そんなきみを待っている 素直に演じてみよう ここは きみにとっての訓練場であり 楽園でもある そしてそれが出来たなら 次に 大きな目標を持とう 目の前の細かいことではなく とてつもなく壮大な 明日のための目標を持とう きみは自分の長所を知っているか これだけは負けないという誇りを掲げているか 自信を持ち もう一度ここの空気を吸いにおいで 辛くても少しだけ時をくれないか きみの可能性は 手の届くところで そっと開きつつある 今歩んでいるレールの果てに 大きな成功とぬくもりが 必ずある 自信を持ち もう一度ここの空気を吸いにおいで いつも仲間は笑顔で待っている きみの席はここにあるよ
2006.12.11
ブログを始めて今週で丸一年になります。 皆さんの支持をいただき、また多数の温かいコメントをいただきながら、「GOAL通信」も何とか存続しております。 さてここで突然ですが、この一周年を期に、一度リンクの見直しを行いたいと思っています。 御覧のように私の書き込みは、子供たちを中心に置いた、メッセージ色の強いものです。 この教室で学び、人と係わりながら見せる子供たちの姿や表情を追い、学校や家庭、私生活における悩みや笑顔を捉えつつ、これからも教育というフィールドの中で私の思いを語っていきたいと考えています。 塾の人間に出来ることは限られていますが、私は子供たちの夢、目の輝き、生き生きとした姿を大切にし、それを互いの関係の中で育て上げながら、みんなで共有していきたい。 もちろんそこには悩み、苦しみ、涙といった負のイメージもある。でも今の辛さは、明日の可能性の塊なのだと考えたいのです。 日々の教室運営を記しながら、子供たちの様々な素晴らしい様子を描き、メッセージが添えられたらと思っています。 このような思いでブログを運営していく上で、現状のリンクを少し見直すべきだと考えました。 日々の拙文に共感していただける方は歓迎いたします(リンクフリーです)が、こちらからは私の主観と思考の波長が合う方、あるいはわが生徒に訪問をぜひ勧めたい方を中心に、新規登録を交えながら一度整理させていただく予定です。 私はアクセス数なるものには興味がありませんが、ブログワールドといいますか、視点や知恵、情報、内容といった広がりにはこだわりたいのです。 長期に渡り慢性化してくると、その機能が弱くなってきます。今後の展開を考えると、ちょうど一年、節目かなという判断です。 勝手で申し訳ありません。逆に、ご迷惑な方は、遠慮なくリンクを外していただいて構いません。 主に、互いの訪問状況などで、今夜か明日の夜に見直しを行う予定です。 趣旨をご理解いただければ幸いです。
2006.12.11
試験は舞台のオーディションのようだ 私はこの言葉を よく生徒に言う その場でテーマが与えられ 即興で演技を行う 曲が流れ 照明とみなの視線が注がれる 本番はたったの一回 やり直しはきかない 失敗しても、転んでも、声が出なくなっても 自分独りで演じ切らなくてはならない 自分のために与えられた時間を 最高のものにするために みな必死に汗をかき 走り回る 舞台は 力と成果を発表する場 その瞬間のために 練習を重ねてきた日々があり 幾つもの道具と 幾人もの人と 係わり合い 悩み 失敗し そして 掴みかけた知恵を手に みな この場で精一杯演じようとしている いい演技をするためにはどうすればいいか みな 知っている 何度も汗をかき 失敗し 成功できるイメージが描けるまで 練習するしかない 序盤でつまずいても 最後まで出来る強さを持つしかない その強さのために 心を鍛えるしかない 自分を信じ 走り抜ける勇気を持つしかない そんな当たり前なことが 当たり前のように出来た者だけが 最後には残るものなのだ 試験は独りで闘うもの みな同じ条件で 今日までの成果を競い合うもの たとえ完成のレベルがバラバラであっても 自分の納得できる形を 紙面に表現しなければならない 目的を持ち 視点を定めた者と 高をくくり 何となく受けている者と 同じ時刻に同じ場所で 席を並べてはいるが 始めの合図で もうすでに結果は出ているのだ 階段を上らなくてはならない 少しずつ知恵と技を集め 自分を磨き ステージを高めなくてはならない 結果を出そうと思うなら その一歩にこだわらなくてはならない エレベーターがなかなか来ないと 文句を言う前に 階段を上がってみなさい 試験の場で紙面を埋められないことが悔しいのなら 埋められるだけの力を養いなさい 誰でもない 自分の満足のために 自分の明日の可能性のために 独りで闘うのだ よく舞台の世界では こう言われる 演技のミスは 一日練習をサボると自分に分かり 二日練習をサボると仲間にも分かり 三日練習をサボると客席にまで分かってしまう きみはどうだろう 自分に分かった段階で 何をすべきか 試験は待ってくれない 試験に奇麗事はない 淡々と 粛々と・・・ 頼れるのは自分以外にないのだ
2006.12.10
今週私が実証してみせた。 寝ないと言っても睡眠時間ゼロではないが、自分でもかなりヤバイ状態だった。 日曜からの睡眠を辿ってみる。 日曜 就寝4:00、起床8;30 睡眠時間4時間30分 月曜 就寝3:55、起床8;10 睡眠時間4時間15分 火曜 就寝4:20、起床8:35 睡眠時間4時間15分 水曜 貫徹(教室泊まりで作業) 睡眠時間0 木曜 就寝4:30、起床8:40 睡眠時間4時間10分 金曜 貫徹(教室泊まりで作業) 睡眠時間0 土曜 現在活動中 こんな状態だ。 足してみると、今週17時間10分しか寝ていない。 日平均2.9時間。 よく死なないと思う。 特に後半は強烈だ。 今日までの4日間で4時間10分しか睡眠を取っていない。 体調も決していい訳ではない。 風邪薬と頭痛薬を服用し、腰痛と脚の張りを抑えながらの仕事なのだ。 今日もすでに40時間以上起きている。 でもぐったりとすることもなく、仕事に支障が起きないから不思議だ。 体質のものだろうか。 今日は朝から特訓補習があり、夜7時近くまで授業をしていた。 最後のコマも頭の回転は問題なく、むしろいい感じでキレがあったようにも思える。 今週は保護者の面談週間でもあり、違う意味でストレス疲労を感じ易い週だ。 今日の午後は、座っているとさすがにうとうとする瞬間はあったが、ほんの1、2回である。 さすがに今は眠いが。 例えば普通に8時間寝ていたらどうだったろう。 週7日で、睡眠時間は56時間。 その差は何と38時間50分もある。 言い換えれば、それだけの時間、作業に費やせたわけだ。 「8時間は寝ないと死ぬぅ」とか言っている生徒たち。 少しぐらい寝ないでも、こうして立派にやっている。 眠いだと? 執念さえあれば、時間の操作などいくらでも出来るのだ。 強い意志を持ち、限られた時間を限界まで使いこなしてみなさい。 1週間で38時間。 君なら何が出来ただろう。 ダラダラと寝ていては、何も出来やしない。 週10時間程度の捻出なら、屁でもないな。 その気になりさえすれば。
2006.12.09
昨日の理科であるが、うちの生徒たちの得点もやはりインフレ状態だ。 全部出揃っていないが、その中学の生徒たちの点数は、今のところ以下のような状況である。 97、97、94、97、100、97、93、100、97、97、97。 93点以上だけでもこれだけいる。 不明のメンバーのうち2人は95点以上らしいので、全体平均も94点ぐらいになりそうだ。 おやおやですね。 今回の期末の成績は、全体的に伸びた。 中2もよく健闘した。 自己ベストを出した者もかなりいる。 最高の伸びは、中間に比べ5科で+151点のN君。 中2のW君は+115点。 ともに、やる気になれば取れることを証明してくれた。 70点以上伸ばした生徒は、現在8名いる。 5教科の合計点でも、400点以上の生徒が大幅に増えた。 この増加は、先ほどの理科とは関係のない生徒によるものだ。 それにしても467点取ったYさん。 素晴らしい。 生徒にも言ったが、好結果が出た時は 「何故好結果が出たのか」 を分析しておくことが大切だ。 いつも反省ばかりではつまらない。 点が取れた時こそ、成功法則をファイルするのである。 つねにトップクラスにいる者は、それが感覚として身についている。 今回伸びた者たちよ。 その理由を科目単位で具体化してみよう。 レースには次があるぞ。
2006.12.08
今回の期末では、何と全問が学校のワークからのコピーという、とんでもない試験があった。 事前に出題される該当のページを伝えておき、「そこからしか出さない」 と公言していたそうだ。 そのため、うちの塾生も97点、95点が連発。 クラスの平均も90点台という、アホらしい結果となった。 塾に何度も通い、真剣に学び、問題を何問も解き、正しく理解した者。 たった一晩で、ゴロ合わせのように答えだけを覚えた者。 その点差がわずか数点。 中には、一夜漬けで100点を取った者もいるだろう。 こんなやり方で、理解度に沿った正しい評価が出来るとは到底思えない。 何を考えているのだろう。 私も問題を見て、簡単なうえ量も少なく、笑ってしまった。 確かにそのままのコピー。 数値も変えていない。 この先生は、前回の中間で「全国の公立入試問題のコピー」を寄せ集めて作り、ひんしゅくを買った理科の先生だ。 その時の平均点が40点。今回とは50点もの開きがある。 問題量も中間の見開き5枚に対し、今回は1枚と3分の1。 試験は難しすぎても易しすぎても、差が出にくくなる。 今学期の試験は、いずれも正当な実力判定が出来ない、最悪の結末である。 内申の確定する3年2学期に、一体どういうつもりだろう。 今学期この先生、自分で問題を一問も作ってないじゃないか。 授業で触れ、教えてきた重要事項の理解度を、自作の問題で多角的にチェックするのが定期テストの目的ではないのか。 未履修の応用問題や、予め解答の判っている既出問題で、どうやって授業の理解度を測るのだろう。 私なら、必死こいて問題を作る。 真剣に学び、高い力を蓄えた生徒が認められるのが、本来の試験の姿。 「あれだけ言っただろう」 「ここが大切なんだよ」 重点をどこまでものにしているか。 その尺度は自筆以外には測れないし、師としてこだわるべき部分だと思っている。 定期テストにコピーを使うこと自体、邪道だろう。 ましてや、生徒の手元にあるテキストから全問・・・ 評定がまもなく付くが、どう出してくるか見ものである。 全員5と4なのだろうか。
2006.12.07
「一問一答式」 の要点チェックをやっている生徒は多いと思う。 答えを隠し、ブツブツ言いながら、間違えたものに印を付けていく。 そして、その印のものを再度やり直してみる。 使い方としてそれはそれでいいのだが、私ならこうするだろう。 ひと通り流したあと、答えを実際に書いてみる。 何故ならテストは書いて○をもらうものだからだ。 正しく書けるまで、何往復も繰り返す。 そして、「問い→答え」の逆パターンの練習をする。 答えを見て問いが言えるかを試すのだ。 これは知識を定着させるために、かなり有効である。 もちろん理由を問う短文記述の問題などにも使える。 「○○だから」が答えなら、その問いを連想するのである。 何をばかなと思ってはいけない。 この感覚が身につけば、応用的な設問に対しても、正答率が安定してくるものなのだ。 また私なら、教材をバラしてシェイクしてしまうだろう。 特に年代順に並んでいる歴史などは、絶対にそうすべきだ。 年表に沿って、前のヒントをもとに言えてもクソの役にも立たない。 時代が前後する中で即答できてこそ、本当の力だと思っている。 これは別件だが、問題集の不要なものを一つ挙げておきたい。 市販のものに多いのだが、上部や下部に書かれている以下のもの。 「氏名」 「日付」 「目標(制限)時間」 「合格点」 「ABC判定」 「イラスト」 まったく無意味である。 そのスペースを使って、もっと問題を増やせと言いたい。 実際に目標時間通りにやっていたら、日が暮れてしまうぞ。 20問中17問以上が合格、16~13問がもう少し、12問以下が要見直し? 合格は満点以外にあり得ないと思うのだが。 これらが無意味だと思えるようなら、君の力はかなり付いてきた証拠だ。
2006.12.06
受験生の三者面談があった。 高校入試まであと57日。 いよいよ志望校の話も、現実味を帯びてくる頃。 苦しみ抜いた3年間の成績もほぼ出揃った。 Kさんとは秋口に一度話をしており、今日は併願と第一志望校の確認が中心だった。 手元のデータを分析し、色々とアドバイスを行う。 正直、内申がやや不安だ。 今回の期末はやや伸びたが、評定のアップまでは届きそうにない。 志望校は前期入試で大半が決まる高校で、筆記がない。 合否の判定に使われるものは、内申の評定と、特別活動の記録と、人物だけ。 さあ、どうしたものか。 本人の意志に変化はないが、お母さんも不安なようだ。 残りの期間で得点力を上げても、直接入試には反映されない。 いわゆる内申待ちの状態。 塾としても対応に悩むケースである。 こういう状況の生徒は、仮に前期がダメだった時は、後期はランクを落として受験する場合が多い。 Kさんもそう考えているようだが、意識は完全に第一志望に向いたままだ。 他の公立や私立は視野にない。 およそ2年になるだろうか。 学習姿勢や成績のことを幾度となく語り、叱咤と激励を繰り返してきた。 内申が最後にどれだけ重くのしかかるかということも語ってきた。 授業でふざけては、よく私に叱られた。 何度も面談したよな。 でもおまえは素直で純真で、憎めない温かいものを持っている。 教室に笑顔の花が咲く時、いつもその中心におまえがいた。 他校の生徒ともすぐ友達になり、人一倍元気に、生き生きと語り合っていた。 ここで地を出すことは一向に構わないが、自分を大切にしろよと告げたよな。 味気ない勉強にも真剣に向き合うべき時期があるのだ。 いつも一歩のところで結果が出ず、何度も同じことを繰り返す。 甘さがあることが分かっていても、そこを必死に埋めようとしない。 そしてまた平気で失敗を繰り返す。 でもとうとうその経緯が問われる時が来てしまったな。 過去の記録は替えられない。 ならば自分を律し、出来ることから実行しよう。 夜、授業があった。 私が見ているKさんの授業だが、どうも様子がおかしい。 表情が硬く、いつものように語ろうとしない。 「どうした、元気ないな。何かあったか?」 私が訊くと、夕方の面談時の姿勢を小声で謝ってきた。 私と向き合いながら、常にそわそわし、落ち着きなく、話を聞く態度も上の空だったという。 恐らく家に帰って、叱られたのだろう。 塾長に謝ってきなさいと言われたのだろう。 成績、進路、今までの姿勢の甘さ、自分のことに対する真剣さなどについて、いつになく指摘されたのだろう。 志望校も厳しいと言われたのかも知れない。 Kさんは泣いていた。 自分に対する悔しさか、うまくいかないもどかしさか。 それとも、普通にしてるのに言われてしまう辛さだろうか。 勉強は自分なりに頑張っているのに、形を得られない歯がゆさだろうか。 何かこみ上げるものがあったのだろう。 私の前で見せる初めての姿だった。 相変わらず素直なんだな。 でもな、泣くのはまだ早いぞ。 今できることをここで一緒にやっていこう。 元気を出して、笑顔で。 その涙は合格の時の感動に取っておこう。 これからが、おまえの本当の力を見せる時。 ゴールはすぐそこにある。
2006.12.05
私を信頼してくれる子供たちがいる。 私に質問を投げかけてくれる子供たちがいる。 私の指導を期待し、評価してくれる子供たちがいる。 有り難いことだ。 私は現在、中学生の理科・社会を総括して見ている。 これらの教科が不得手な者に、点を取る方法を指南するのが私の仕事だ。 もちろん、得意な者の得点力をさらに引き上げるのも仕事。 ここ数年で、色々な生徒を指導した。 いつも40点ほど生徒が、96点を取る。 30点で伸び悩んでいた生徒が、理科89点、社会91点を取る。 20点そこそこだった北辰の社会で、満点(40点)を取る。 実際にあった話だが、私にしてみれば不思議でも何でもない。 狙われる部分を正しく攻略すれば、誰でも取れるのである。 ただし絶対に必要な要素がある。 私の言葉を信じること。 高得点を狙う、絶対的な強い意志を持つこと。 そして私を質問攻めにすること。 この3点である。 私は試験で狙われる重要なことしか言わない。 常に緊張の姿勢で臨み、その一つ一つを丁寧にものにした者は必ず伸びるだろう。 試験などパターンが決まっているもの。 例えば今回の理科の天体には、設問のパターンは全部で26通りしかない。 この一つ一つを類題で反復しておけば、得点力は確実に増す。 私ならここを出す。 指導していると、そんな超べタな問いに何度も出くわす。 出るぞと言う私の言葉をどこまで信ずるか。 よく、その差が結果となって出てくる。 理社が苦手だと言う生徒たち。 特に女子に多い。 そのほとんどが知識不足と演習不足であり、傾向分析がゼロないし的外れのいずれかだ。 私は質問してくる意欲のある生徒は拒まない。 定期テストの答案を持ってくれば、真っ赤に添削と解説を書き込んでやる。 実際に意欲的に訊いてくる生徒は限られている。 彼らだけがどんどん伸びていく。 自分独りで悶々と唸っていて活路があるのか。 合理的によく考えてみよう。 私の正規の授業は中3生だけだが、中1・中2についても、いつでも受け持つつもりでいる。 定期テストが30点程度なら80点。 50点、60点なら、90点。 70点以上なら、95点以上を約束しよう。 私の指示通りにこなし、前向きな時間をしっかりと過ごせた場合だが。 もう一度言う。 理社が苦手と言う生徒は、的外れな勉強をしているだけだ。 苦手ではなく、すべきことをやってないのである。 理社は出るパターンが決まっている。 そこを攻めずに点は取れない。 逆に、知識武装し、そこを攻めれば誰でも点は取れる。 私を信ずる生徒たちには、そのノウハウは与えよう。 1時間早く来て、質問するのだ。 執念のある者に100点を取らせてやる。
2006.12.04
結果というものは一気に出てこない。 浮き沈みを繰り返しながら、徐々に手応えとなって表れて来る。 努力が少しずつ形を作り、やがてある時、大きな成果が訪れる。 その期間には個人差があるが、諦めてはいけない。 じっくり取り組み、時には辛抱し、待ち続けることも大切なことだ。 結果が出ないと焦る。 焦りはリズムを狂わせ、悪循環を生み、科目ごとの諦めへと繋がっていく。 いつ、どのように歯止めを掛けるか。 自分の環境の中で、時間と闘い、みな試行錯誤を繰り返していく。 もういいやと投げてしまった者。 自分を信じ、こらえ続けた者。 見返りがどう転ぶかは、ほんの少しの辛抱で決まるものだ。 今月で塾をやめる生徒がいる。 中学入学前からもう2年近く一緒にやってきた、中2の女子である。 もともと高い資質を持った子で、塾の模試などでも常に上位の成績。 だが定期テストになると、本当に詰まらないミスを続け、なかなか満足のいく結果が残せないでいた。 塾では完璧に理解しているのに、本番で点が取れない。 100点を取り、力を見せてくれたこともあったが、1年を通じて見るとなかなか安定しない。 その、もどかしさは本人が一番知っているのだろうが、それでもコツコツと学ぶ行為は崩さず頑張っていた。 ややのんびりした性格なので、緊張感が伝わらず損をする方かも知れない。 でも姿勢は良く、学ぶ意欲を持っている素晴らしい生徒だった。 お母さんから何度か成績の相談を受けたが、先月とうとう退塾の申し出があった。 私はきっと努力の成果が出るのでせめて期末まで猶予をと話したが、だめだった。 期待された成績を残せないのは、塾の責任である。 学習の組み立ても、お母さんの感覚と大きくずれているのだろう。 本人はやっていると言うが、それでも納得のいく結果が出ない。 お母さんの納得に届かないのだ。 ならば塾環境を変え、組み立てを見直したいというのが大きな理由だった。 子供の頑張りと、親の期待。 面談においてよくそのズレを感じるが、家庭と塾との意識の差はなかなか埋められない。 辛抱し、最後に結果を出した生徒を何人も見てきただけに、その説明はする。 親としてはすぐに、あるいはゆっくりでも確実に伸びるものだと思うのだろう。 だが人の行為は機械のようにいかない難しさがある。 何度も上下を繰り返し、一歩ずつ価値と力を蓄えていく。 手応えを感じた時の意識が、また次の意識を形成していく。 じっくりと取り組むことで、自分の中にその過程を記録していくのである。 一歩一歩階段を上るように。 この生徒は、もうじきその階段を上り終えようとしていた。 親御さんの理解が頂けなかったのは、正直残念ではある。 彼女はこの教室の中では明るく、そしていつも真剣に頑張っていただけに。 だがそれも塾の責任。 家庭の求める《かたち》をしっかり示せてこそ、信頼の関係は作れるのだろう。 塾をやめれば、生活環境と学習リズムが変わる。 せめて、今までの努力の流れを壊さないで歩み続けて欲しい。 もし悩んだら、ここで学び係わってきたことを思い出し、励みにして欲しい。 辛抱するんだぞ。 君ならできる。 塾長はそう思っている。 週末に期末の結果報告が届いた。 90点台が2科目、80点台が2科目、5科で405点。 迷いながら自力で積み上げてきた結果。 花開く自己ベストだった・・・・
2006.12.03
金曜の授業後、二人の女生徒と話をした。 時間が欲しいと本人たちから申し出があり、遅い時間まで1対2で話をした。 二人は高校を目指す受験生。 追い込みの季節となり、学びに対する悩みが色々あるようだ。 志望校と自分の偏差値を比較すると、不安でしょうがない。 合格のための勉強の仕方や姿勢を知りたいのだと言う。 私は学びの姿勢から、学習の方法、今後の留意点などを要約して話した。 今すべきことは何か。 どうすれば可能性が高まるのか。 もうヒントは要らない。 私は各論としての実践テクニックを二人に伝えた。 手順を説き、展開を説き、今日からの仕組みの大切さを説いた。 計画、実践、検証、修復の流れ。 反復暗記の方法論と攻略について。 執念のインプットの手順について。 事例をあげ、細かく説明した。 二人は頷いていたが、果たしてどこまで出来るだろうか。 大きな目標を前に、目は真剣だ。 不安だよな。 でも、今やらなければならないこと、数えてごらん。 漠然ではなく、具体化し、自分の手で崩していくんだ。 まず、足元から慌てずに攻略していこう。 3か月後の発表の日を、最高の日にするために、 みんな苦しんでいる。 あいつも、あいつも、 みんな自力で立ち向かっている。 だからここで、君も夢を形にするために走るのだ。 明日からではない、今日のこの時間からサクセスストーリーは始まる。 眠いから寝る、辛いから楽を選ぶ。 時間に呑まれる弱者の足跡はもういらない。 夜の寝る前、たった20分の刻を執念に転化させよう。 そう告げたら君はさっそく昨晩頑張ってみたという。 そして、20分が2時間になったという。 その感覚を忘れずに、あと少しだけ明日を描いてみなよ。 きっと成功するから。 相談してくれてありがとう。 数百日の頑張り。 その、してきたことを振り返り、自信を持て。 そして、涙を大切にしなさい。 やる気が君の未来を約束している。
2006.12.02
現在、27時間連続で教室に詰めている。 昨晩は帰っていない。 年に数回、仕事の波が一気に来ることがあるが、今回もけっこう強烈だ。 ブログを開く時間もない。 すべては子供たちの明日と、ご家庭の期待のため。 そして信頼関係のため。 一睡もしてないが、まだまだいける。 今夜は遅くに面談が入っている。 明日は朝から対策授業か。 記事が書ければいいが・・・・ さあ、あともう少し。 10時間頑張ろう。
2006.12.01
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