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おまえの持つ小さなカバン 誰も知らない 眼に見えないちっぽけなカバン おまえはひっそりとそいつを抱きかかえ 幾度もここを訪ねて来た 雨の日も 試験の前日も ここで拾った物を 無造作に詰め込み 細い両腕で 隠すようにかかえ 定時にそそくさと帰っていった 誰にも見えない 使い古したカバン 何度も新品を手に入れ損ない 未だに おまえだけの「形」がそこにある 手垢に汚れ 涙や感動の染み付いた 重い感触 ベルトはとうに千切れ 肩に提げることもできないまま おまえは 無言でそいつを守ってきた いま 問いたい そこには何が入っているのか 歓びも哀しみも凝縮された 命ある塊 くしゃくしゃの紙切れが 幾千もの バラバラの知恵の欠片が 折り重なり おまえだけの誇りを伴いながら ひっそりと眠っている 明日のために ただしまっているのなら いつが その明日なのか おまえは今でも その大切なものの大切さを知らないまま カバンの口を閉じている 学びの種を蒔くこと そして可能性の刈り入れをすること 自分を育てるためには 時として 気の遠くなるような 泥臭い行為が必要なのだ おまえにとって その見えないカバンは 勇気と価値の宝庫足りうるか 口を開いてみなさい ここに全部出してみなさい 仕舞い込んだ過去を辿りながら そっと ひも解いてみるのだ そこに一つでも 明日のための道具があるのなら 隠さずに使ってみなさい 勇気を持って・・・ おまえは独りではないのだよ さあ・・・カバンに手を入れて・・・・ 何がある 何が見える 何が手に触れた
2006.07.31
ただ今、『漢字コンテスト』の問題を作成中です。 小4から中3まで全員実施、全50問、90%が合格ライン。 不合格は追試となります。 追試の基準を上げるか、問題を増やすかは、検討中です。 それはそうと、 学年ごとに作るので、かなり手間取ってます。 今日は寝れるか微妙。。。 という訳で、また明日詳しく更新します。 夏期講習のコマもあるのに、参った。
2006.07.30
夜のBSの「スポーツ大陸」で、鈴木大地の特集をやっていた。 バサロの勝利、魚になった・・・というテーマで、水泳との係わりや、成長していく経緯、記録との闘い、トレーニングの様子、勝利への作戦という一連の内容がいつになく良かった。 18年前のソウル五輪、思えばちょうど我が家の一員に男の子が加わり、毎日が華やいでいたころだ。 同年6月生まれの長男はやっとお座りが出来た頃。オリンピックの画面を真剣に見詰める息子の頭を、私が支えているスナップが残っている。 その画面はちょうど競泳だったが、この年は大地フィーバーで日本が盛り上がった。 平泳ぎの田口以来、16年振りの金メダル。 小中高と、息子の同級生にも肖って名付けられた大地君は必ずいた。 スポーツ選手をクローズアップする番組。 そこには我々の日常の意識の甘さとの比較があり、考えさせる何かがある。 そう編集されているとはいえ、挫折を乗り越えての勝利は事実であり、我々凡人はその成功物語に酔うってしまう。 画面を見ていて印象に残った言葉が幾つかある。 《練習で腕の疲労が限界に達し、洗髪のときの泡さえも重く感じられた》 《ここまでやっている自分に、何だか怖いほど成長していくような実感があった》 《敵がどうのこうの言う前に、まず己に克つことが先だ》 《みんなには、何事にも思いっ切りチャレンジし、楽しんでもらいたい》 みな、一級の言葉だ。 変な教訓よりも実体験から滲んできた重みがある。 脳裏に、ふと、わが生徒たちの顔や仕草が浮かぶ。 仕事柄どうしても勉強と結び付け、生徒たちに投影してしまう。 みんなはどうだろう。 辛さの限界に挑み、日々大きくなる自分の現状に怖さを感じているだろうか。 目先に追われることなく、常に自分を律し、堂々と挑んでいるだろうか。 気持ちよさは、素直な自分を感じることにある。 素直な自分の中には、未開の可能性が眠っている。 別人格を造り、ギクシャクしてはいけない。 すべきことを、自分の中心に引き寄せること。 目標も、汗も、苦しみも、すべてがその中心から生き生きと活動を始める。 自分にしか分からない気持ちよさを伴って。 必然のように・・・ 《魚にはなれなかったが、あの瞬間、人類で最も魚に近づけたと思う》 金メダリストの最後の言葉が印象的だった。 その瞬間のために、誰も知らない壮大なドラマがあるのだ。 こういう番組を授業で取り上げて欲しい。 今の子供たちには、方程式を解くより数万倍必要に思える。 思いっ切りチャレンジし、楽しむ・・・・・ いい言葉だ。
2006.07.29
『夏期休暇直前2weeks達成報告』を見ている。 さて、みんなの成果はどんなものだろうか。 テーマは自由にしたので、教科、単元とも、様々な取り組みが集まった。 提出率は女子の方が高いこともあり、図、表、イラスト、切り貼りと工夫を凝らした色使いの鮮やかなものが多かった。 ことわざ・四字熟語・文法・社会用語・理科まとめ・計算練習・英単語・英文法・・・・ みんなの頑張りと気合い、ぜひ褒めたいと思う。 真剣に取り組んだかどうかは、活字の丁寧さを見れば分かる。 目的を持ってやった者は、提出物という形以外に、目に見えない大きな財産を得たはずだ。 夏休みに入り1週間が過ぎたが、この7日間に何を得たかもよく反省すべし。 とにかく日々の価値を高めなさい。 さあ、すでに伝えてあるように、未提出の者には楽しい夏休みを過ごしてもらおう。 塾は意味のない課題は出さない。意味があるから出している。 それが分からないのなら、分かるだけの量を与えてあげよう。 期限付きの必修課題あげるから待ってろよ。 みんなの力を合わせれば、こんなに大きな形が残る。 素晴らしいね。
2006.07.28
夏期講習は4日目に入った。 受講生は今のところ殆どが受験生だが、いい感じで取り組んでいる。 時間外自習も増えてきた。 さあ、一ヵ月後にどれだけの力を蓄えているか。 8月末には塾内模試も行うが、成果が出ることを期待したい。 わが教室は夏の期間も夜の授業は普通に行う。 夏期講習を受けた生徒は、そのまま居残り、あちこちで宿題の花が咲く。 明日までにやらなくてはならない。 締め切りがあるから、みんな集中してかじり付いてくる。 今埋めている講習用のテキスト。 たかが40ページほどの薄いものだが 何度も反復し、確実にものにしてみよう。 要点に線を引き、欄外を埋め尽くしている者が何人いるか。 弱点のページと向き合い、暗唱している者が何人いるか。 地道な努力は必ずプラスを生む。 苦しみの数だけ成長できる。 不思議だが、毎年繰り返される摂理だ。 夏期講習はまだ序盤戦。 明日以降の知との出会いに、 君の力の有りったけをぶつけてみよう。 きっといいことがあるに違いない。
2006.07.27
信じられない話を聞いた。 今日、飛び込みで来塾された中3の親子と面談した時だ。 通塾経験を訊いているうちに、お母さんの口から他塾批判の辛らつな話が飛び出た。 お子さんはこの夏まで塾経験はなく、今回初めて他塾の夏期講習を受けたらしい。 その初日の話・・・ 生徒8名くらいが部屋に集められ、プリントが配られた。 質問がある場合は言いに来なさいと告げられ、担当は事務所へ。 その場では質問を受けない。 授業らしき説明も一切ない。 生徒の学力はバラバラで、やがて空気が悪くなってくる。 監督すらいない教室。もう生徒の自由空間だ。 携帯で話す者、騒ぐ者、ジュースを手にフラフラする者。 事務所までは廊下があり、とてもスムーズに質問ができる状態ではなかったという。 この生徒は質問せずに先生が指導に来るのを待っていた。 だが結局、最後まで解説すらなかったという。 中身のない講習会に嫌気がさし、帰宅後親に相談し、即日やめたらしい。 7、8月と費用は前払いだった。 でもその後の指導を考え、泣く泣く捨てたという。 痛い話だ。 と言うか、ここは一体何なのだ。 こんな塾がうちの近くで平気で営業している。 残念を通り越して、眩暈がする。 生徒を網にかけ、嫌ならやめればと捨てていく。 受験を真剣に考えている子供たちを何だと思っているのか。 合否を決定付ける、将来につながるこの貴重な夏。 そして親御さんたちの期待。 受け入れた塾が応えなくて、一体どこが応える。 この男子生徒は、塾不信に陥っている。 私に眼で訴えてきた。 塾なんか何処でもそうではないのかと・・・ カウンセリングで少し笑顔は出たが、お母さんも深刻だ。 やっと部活の目処が立ち、塾を選ばなければならない時。 でも、生徒のやる気の喪失が痛いほど伝わってくる。 笑顔を得られるはずだった夏休み。 笑顔もやる気も奪った、この塾の罪は大きい。 もしうちでやるのなら、最大限ケアし、導いてあげたい。 それにしても 地元近くの○○○○よ。 何考えてる。 おたくの売りは夏期自習なのか。 自習なら無料でどこでもできるだろ。 こういうことがある度に 貴重な時間と心を奪われていく生徒たち。 見ていて 可哀想でならない。
2006.07.26
私は塾長だ 誰よりもこの塾を知っている そして誰よりもこの塾に係わり この塾を分身のように愛してきた 教室の持つ空気も生命感も すべて私の中にある 教室に鼓動があるならと 心臓の場所をイメージし 人知れず定めてきたのも私だ 毎年同じ営みを繰り返し 刻まれてきた幾つもの喜びと悲しみ そして熱い物語 私は思う この教室の歴史は ほんの数年の小さなものだが いつの日も もの凄い深みと温かみに満ちていた 今年もまた秋が来て 寒い冬が来て やがて受験という特別な朝が来るだろう 今までの経緯が重なりながら 繰り返されるデジャヴが来る 無口な教室は 何食わぬ顔でひっそりとここにあるだろう 塾長がこの教室とともに見てきた数々の物語を 今おまえに伝えておきたい 成功とともに苦しみとともに刻んできた仲間たちの歩み 枯葉の散る季節に皆が思うこと 雪の寒い日に歯を食いしばり頑張っている風景 動くなら 変わるのなら今だ 半年後のおまえたちを 教室はすでにイメージしている このままでいいのか 平凡なまま 去年の風景に重ねるだけでいいのか 試験一週間前に皆思う あと一週間あればと 試験前日に皆思う あと一日あればと 試験当日に皆思う あと一時間あればと 受験はくじ引きではない やり直しの効かない 一度だけの発表会 この教室の一員として おまえはこの教室に何を描くか 熱いものがあるのなら 今ここに掲げ私に立ち向かえ 自信と不安をしっかりと抱え 堂々とこの腕に飛び込んで来い 取るに足らない悩みなど 塾長がどうにでも料理してやる 今までやってきたように 私が知っている教室は おまえたちを裏切ったりはしない 先輩もその先輩もみんなそうだった この教室で足跡を探してみなさい ふら付くなよ よそ見するなよ 私は塾長だ そして おまえは生徒だ 合格までそれは変わらない
2006.07.25
生徒よ、食らい付いて来い 塾長はな いつもお前たちのことを思っている 点を取るノウハウが知りたかったら いつでも来い 襟を正し お願いしますと頭を下げに来い いつでも相手になってやる その代わり厳しさは半端じゃないぞ 腑抜けや へたれに用はない 絶対泣きごとは言うな 叩きのめされても 這い上がって来い 恐らく人生観が変わるだろう いいか 10回は泣く覚悟で来い やる気があるのなら どこまでも 地獄までも付き合ってやる 私がわが息子たちに行った特訓の再現 希望者をここに募る 定期テスト5教科合計で 2人合わせて950点をたたき出したカリキュラム 半年で偏差値を10上げたいのなら 襟を正して来い 何度も言う 挫折は一切許さない その代わり得点力だけは確実に上げてやる ぬくぬくと過ごしているお前たちに 果たしてどこまでできるかな 自分に甘えるか 才能に賭けてみるか さあ どうする 申し出るのは一体誰だ いるのか いないのか
2006.07.24
夏期講習が始まるが、塾生に言っておきたいことがある。 攻めてこい 参加していれば教えてくれると思うな すべき課題はみな違う 己を知り、身になる知恵を自ら盗め そして徹底して反復せよ 勘違いするな 比較すべきは学んだ時間ではない 学び取った ものにした量だ だから執念の反復を実践し 定着させるのだ 得点は定着の差 ならば参加する目的は何なのだ 辛くて涙するほど真剣になってみなさい 机の前で格闘してみなさい この夏の真の意味は 汗と涙の数は それらすべての結末を伴って やがて枯れ葉散る 秋に分かる 明日から待っているぞ 以上
2006.07.23
今日、子供たちの真剣な眼を九つ見た。 九人のわが生徒たち。正しくは18個と言うべきかも知れない。 午前10時過ぎに訪れた中3のM君。 自習をしたいというので許可した。 教室の照明のスイッチも自分で入れ、やたらやる気に満ちている。 微かに笑う目元が爽やかだった。その後昼まですべきことに没頭していた。 午後一番で訪れたのは、中3のAさんとMさんの二人組。 やはり自習希望だった。 社会が解らないので教えて欲しいと言うので、途中少し指導した。 昨日はまじま先生の授業にも参加した、真面目な二人だ。 騒いだりふざけたりすることもなく、夕方6時近くまでしっかり学んでいった。 その集中ぶりと表情は、受験生としても素晴らしかった。 昼過ぎにT君が飛び込んで来た。 夏期講習の申し込みが滞っていて、その提出のためだ。 彼も中3生。夏の計画について言葉を交わしたが、以前よりも大分やる気が出てきており頼もしい。 やろうと思えば一日15時間勉強できる。 私が話すと笑いながら申込書を手渡し、足早に帰っていった。 きっと家で何かに取り組んでいるに違いない。そんな雰囲気があった。 夕方前、午後4時から中3二人組の授業が入る。 OさんとHさん。以前記事にも書いた女子2人だ。 理科と社会を手がけたが、二人とも吸収力がある。 やりたいことを明確に言い、延長しても文句を言わない。 授業を重ねるたびに血肉が付いてきている。常にそんな印象が私にある。 少し眠そうだったが、板書を書きとめながら時折見せる真剣な瞳は一級品である。 夕方になり、授業の最中に中1のOさんが訪れた。 今日は2weeks成果報告の締切日。一所懸命トライしたものを提出しに来たのだ。 授業のない日、恐らくかなりの距離を自転車を使って来たと思われる。 ちょうど授業中で先輩達に注目され、カバンから出し渡す時の眼は恥ずかしそうだった。 私が頑張ったねと言うとニコッと笑い、嬉しそうだった。 まだ何も染まっていない。そしてすべきことは真剣に取り組む。 純真な素晴らしい生徒だ。 陽が落ちた頃、中1のO君が来た。 彼も夏期講習の申し込みだ。昨日に督促を受け、家で検討したのだろう。しっかり書いて持ってきた。 彼はまだ自分に自信がない。何とかきっかけを作ってあげたい。 私と頑張ると言う誓いを交わし、颯爽と帰っていった。 夜8時半頃、中1のSさんが訪れた。 彼女も2weeks成果報告の提出だった。 食後の団欒の時間。テレビも見たい時だ。その暗闇の中を自転車で来てくれたこと、私も嬉しかった。 今日が期限なので当然なのだが、でも月曜でいいやと思うか届けに行くかは、今後の塾との係わりを180度変える大きなことだと思う。 彼女はあえて届けに来た。息を切らしたその表情が忘れられない。 そしてもう一人、授業中にそっと私のデスクに2weeksを置いていった中3のYさん。 言葉は交わせなかったが、君の真剣さを塾長はしっかり受け止めた。 約束やルールはいつもきちんと守るYさん。2年間の通塾で一回も遅刻をしていないYさん。 常に真摯な瞳で授業と向き合っている。 短冊に書いたよね。志望校に絶対受かりたいと。 約束しよう。私が合格の二文字を必ず与えてやる。 今日見たそれぞれの眼の輝き 自信と不安に揺れながら ふともらす微かな笑顔 みんなの表情が忘れられない みんながんばったな・・・・ 何だか嬉しいぞ・・・・
2006.07.22
ブログのご縁で、今日は他塾の先生のご訪問を受けた。 来訪者は皆さんご存知の「まじま先生」だ。 私の授業並びに他の講師たちの授業を見学され、最後には少し授業パフォーマンスをしていただいた。 生徒たちが帰ったあとは、教育や生徒や塾運営などについて色々意見を交わしたが、ブログの写真とは違って、ソフトな印象の感じのいい方だった。 感想を訊く限りでは、まず授業の仕組みに驚かれたようだった。 わが教室では細かく仕切られたブースで少人数の個別指導が行われる。 夜は中学生が集まる時間帯。25人ぐらいいただろうか。 ブースを仕切るパーティションには隙間があり、隣の声がわんさか聞こえる。 しかも1年生から3年生までが入り混じり、教科もバラバラだ。 初めて訪れた人は、まず教室のこの騒がしさに面食らう。 真島先生もそのようなことをおっしゃっていた。 一般的には塾環境は静かなほうが集中できるといわれるが、私はあえてその逆を行っている。 沈黙の中で味気ない受け身の授業をするよりも、生徒たちが発散できる、楽しめる授業を演出している。 今の子供たちは、少しぐらいざわついていた方が集中できる。そう思い、また数年間の実証に基づいて今でも実践している。 その証拠に各ブース(クラス)の生徒たちは、担当の講師たちと向き合い、集中しながら心地よい学びを演じていたのではないか。 そこに一切強制はない。 今日のこの教室を、先生はどう思われただろう。 教育や塾のエピソードを遅くまで語り合い、私なりに色々ヒントを得たつもりだ。 悩みはみんな一緒ですね。すべては子供たちのために力を尽くす。 普段厳しいことをおっしゃっている真島先生も、子供たちを強く愛しているのだということが痛いほど伝わってきた。 子供と接し、喜怒哀楽を受け入れ、そして知を与え、明日に向かって一緒に歩んでいく。 何とも素晴らしい、可能性を秘めた仕事。それが塾で汗を流す、今我々がやっている仕事。 明日も明後日も子供たちがいる限り、笑顔で迎え、そっと導いてあげる。 二人で確認し合った共通の考えだ。 真島先生、遠いところお越しいただき、有難うございました。 あまり収穫はなかったかも知れませんが、わが生徒たちの活き活きとした笑顔は確認できたのではと思います。 先生のミニ授業も見させていただき、学ぶものがありました。 生徒の感想訊いておきますね。 みんな貴重な体験ができたのではと思います。 わが教室は発展途上。 まだまだ未完成です。 私は子供たちにとっての楽園を目指し、教室を破壊していくつもりです。 ワクワクする空間を子供たちにたくさん与えたい。 ある程度の型ができた時に、是非またいらしてください。 先生のその鋭い眼が飛び出るぐらいの光景を用意して待ってます。 お疲れの中、本当に有難うございました。 また明日から、子供たちの笑顔のために奮起しましょう。 みんな我々を待ってくれています。
2006.07.21
夏休みに突入する。 今年の夏は暑そうだ。みんな目標をしっかり持って、夏ばてをすることなく、元気にこの40日を乗り切って欲しい。 成果を慌てないこと。地道な積み重ねは、君の力をぐんぐん伸ばしていく。 ちょうどダイエットと同じだ。すぐに結果は出ないが、焦らずにすべきことを継続していくと、やがて実感を得ることができる。 そうなると、もうやめられない。生活の一部になり、毎日の時間の使い方も充実するだろう。 継続は力なり。 古くからある受験の格言だ。 目の前の小さな達成を、日々大切にするように。 通知表が渡され、みんなはどう思ったか。 努力が報われた者、またその逆の者。たかが数字の羅列に、自分を見失ってはいけない。軸を狂わせることなく、常に遠くを見つめていよう。 結果が不覚ならば、反省を試みなさい。他者に負ける何かが君にあったのだ。その何かを紙に書いてじっと見つめてみよう。 結果が良好ならば、自惚れることなく次の段階へ攻めていきなさい。油断し、間があくと、すべてやり直しになる。勉強のリズム崩壊は、ダイエットのリバウンドよりも深刻だぞ。 さあ夏の終了時に、日焼けした君たちはどんな表情を見せてくれるか。 勉強も宿題も遊びも、部活も行事も何もかもがごちゃ混ぜになった、遊園地のような夏休み。 パスポートの期限は40日だ。 君はどのアトラクションを制覇するか。 勉強ゾーンは一番広いぞ。毎日回らないと消化しきれない。 君は今日その入場門をくぐった。 さっそくマップを手に、明日のルートを研究してみよう。 塾長も昨晩は結局教室で徹夜だ。 みんなもオヤジに負けず、最高の気合を見せてくれよ。
2006.07.20
モノクロの世界が好きだ 私が小さい頃は カメラもテレビもみなモノクロだった アルバムを開けば そこには現実にはない色彩の世界があり ノスタルジーをまとった記録があった モノクロ写真には実在感とエネルギーがある 喜怒哀楽に満ちた ドロドロした塊のような 匂いさえ感じられる生命感 そして映像から突き抜けてくる音や 訴えるように漂い迫る 強い言葉を感じる 今 教室に残り 教室の風景をモノクロでイメージしている 机の古きず 散乱したスリッパ 忘れ物のノート 破れた掲示物 採点途中の答案 映像に言葉を感じながら 深夜ひとり 不思議な世界で耳を澄ましている
2006.07.19
来週、小学4年から中学3年までの全生徒に『漢字コンテスト』を実施する。 範囲は各学年とも、前学年までに習った漢字すべて。 10分間で50問。合格は90%。不合格者には追試が繰り返される。 前回の英単語でまだ合格していない者よ。 真剣にやらないと二重苦、三重苦になるぞ。 今回は少なめにしたが、漢字も次からは100問にする予定だ。 予告してから既に2週間。しっかり対策立ててるだろうな。 中学生たちは、直前2weeks成果報告の提出も週末に迫ってきた。 やることが一杯で大変か? そう思うか思わないかは本人次第だ。 毎回宿題を20ページも出す塾と比べてみろ。 毎日の時間の管理がいかに正しくできるか。 そして、どれだけ自分の可能性に向き合えるか。 自分の過去、現在、未来をどれだけ大切に思っているか。 その結果が提出物と試験の得点に出るだろう。 見事に出るだろう。 成果報告の提出物は君たちの命と思って見させてもらう。 期限内に提出がない者。 聞いてないとか、知らないとかいう者がいたら、さあどうなるだろう。 君にとって、今年はとても楽しい夏休みになるということだけ告げておこう。 「やることが一杯」とはどういうものか。 その本物を教えてあげよう。 再度言う。 漢字は一発合格しろよ。 先送りすると、授業後いつも1時間居残りになるぞ。 追試の雪だるまは、本人にとっても我々にとっても見苦しい。 決戦は一度だけ。 肝に銘じておくように。
2006.07.18
本物の学力などとよく言われるが、私はそんなものはないと思っている。 教育や勉強を特集した雑誌には、「頭をよくする方法」「一流校に合格する方法」「エリートへの道」などの台詞がズラッと並ぶ。そして「才能は親が伸ばす」というテーマで、家庭での指導法が何ページも組まれる。 親はそれを見て、うちの子もと思う。 我が子と比較し、普段の接し方がいかに甘いかを痛感する。そして、すべてとは言わないまでも、勉強への改革を起こし始める。 書店でドリルを何冊も買い、綿密な計画を立て、宿題やテスト直しやノートまでをも管理しようとする。 子供の能力や性格を超え、この紙面の体験談や評論家先生の言葉が、悩める親の教科書になる。 話し合いのない、心の通じない一方的な幻想は、やがて親子間に歪みを生む。 子供は反抗し、言うことを聞かない。成績も一向に伸びない。 理想が崩れ始める。 あるべき日々を消化してくれない自分の子供にイラつき、親は堰を切ったように言う。 「お母さんこんなに考えてあげてるのに、どうしてやらないの? 自分のことでしょ!」 子供はしらけた表情で思う。・・・・頼んでないよ。 親は大人の世界で頭を巡らし、「本物の学力」なるものを考えてしまう。 自分の子の力量が10のうち3であっても、8があるべき姿だと思えば基準はそこに置かれる。性格も生活環境も二次的な位置づけだ。 本人のやる気の問題だと言いながら、肝心なそのやる気を引き出すことを後回しにする。 こういった親は仮に子供の成績が伸びれば「やればできるってこと、分かったでしょ」と達成感を説くが、実は自分自身で達成感を味わっているのである。 今手元にある雑誌の紙面にこんなことが書いてある。 『時間割からテストの内容まで、子供に関するすべてを知ろうとする親は、子供を潰してしまう。親がこうした方向に走ると、子供は「自分を信じていないからすべてを知ろうとする」と感じてしまう。過干渉は、愛情のなせる業のようであって、実は子供の存在を肯定する愛とは正反対の行為であることを忘れてはいけない。』 子供を管理することと後押しすることは根本的に違う。 成績が伸びないからと、よく塾を転々とする子供がいる。親の理想に届かないからである。 動けば動くほど泥沼に嵌っていくということに気付かない。 子供の学力を量るときに、表面に出てきた見えるものでしか量ろうとしない。 内面で何かが芽生えているかも知れない。まだ骨組みの段階であっても、工程を着実にこなしているかも知れない。ちっぽけなものでも、子供にとって可能性を秘めた生命をしっかり掴んでいるかも知れないのだ。 私たち大人は、子供たちの細かい動作や本音を受け入れてあげる存在でありたい。甘えを認めるのではなく、ほめ方、叱り方のスキルを身に付けるのである。 やる気は本人が編み出し、本人が温め、本人が使い込んでいくもの。 周りの者はそれをサポートし、メンテナンスすることはできても、新品を与えたり大きくすることはできない。 やる気は表面に出ない部分にこそ本質があり、学びにおける最も大切なものだ。 子供が悩み、闘っている姿を見守り、そっと後押ししてあげること。そして、笑顔の時の快感を肌に植えつけてあげる。 大人だからできる、心得たい大切なことだ。
2006.07.17
地理で点を取るたの一番よい方法は、白地図の活用だろう。 地名や事柄を問われて地図に落とす、あるいは逆に地図上の空欄を埋めていく。 この作業が大体できれば、基礎点は安定してくる。 高校入試における地理の問題は、毎年パターンが決まっており、この地図の理解と、用語の知識、資料データ分析、時事的知識、短文記述の文章力まででほぼ完璧である。 地理が苦手な生徒は、内容を一方通行の紙芝居のように捉えてしまうクセがある。 例えば、『石炭の生産量世界一は中国』という知識を学んだとしても、苦手な生徒はそこまでだ。そのお話だけで他への発展はない。得意な生徒は次のようにどんどん発展していく。 2位はどこか、3位はどこか、消費量も中国が1位なのか、、石炭ってそもそも何に使うんだろう、工場? 発電? 二酸化炭素排出量との関係は? 輸出量は中国すごく少ないな、それだけ使うってことか。 日本の輸入先1位はどこかな、オーストラリア58%断トツじゃん、へぇ2位は中国なんだ、しかも日本の輸入量って世界一じゃないか、自給率2%未満ってひどいな。 日本の炭鉱ってどこがあるんだろう、あの八幡製鉄所の近くにあったよな、旧筑豊炭田? 地図にないぞ、もう採れなくなったのか、北九州工業地帯が衰えたことに関係ありそうだな。 そういえば工業都市ってみんな海岸にあるな、そうか原料を輸入しなきゃいけないからか、海岸の方が便利だよな、作ったものもすぐ輸出できるし、鉄鋼業の原料って鉄鉱石だよな、ということは鉄鉱石もほとんど輸入してそうだ、あれこれもオーストラリアが断トツだ、2位がブラジル、ここで区別すればいいのか。 あっあと原油も調べなきゃ、ついでに発電所の場所もチェックしておこう・・・・・ 極端ではあるが、1を知り10を知る。いや、100を知ることも可能なのだ。 情報を多角的にとらえ、パソコン検索のように発展させていく。この習慣の有無は、記述問題の時に大きな差になって表れるだろう。地理を学ぶ時には必ず地図帳と資料集を座右に置きたい。そしてどんどん検索して欲しい。 最初に戻るが、白地図ワークはすべての基礎。 日本の場合は都道府県名、都道府県庁所在地、主要都市、自然に関係した重要地名、産業の分布などを繰り返し書き込むといい。 世界なら、大陸や州はもちろん、主要国50程度が即答できることが条件。有名な首都、都市、自然が次の段階。さらに、気候、文化、産業などをとらえていく。 いずれも机上で学ぶ以上、資料の写真などをどんどん使っていくことが大切だろう。 アメリカの位置すら分からない生徒よ。地理が嫌いと言ってられるのは今のうちだぞ。大人になって常識が問われないように、学ぶ必要がある今から頭に刻み込んでおけ。 ヨン様は知ってるが韓国の位置が分からない。聞けば中国を指す。ジダンは知ってるがフランスの位置がインドになる。そんな生徒たちを相手に、この夏も地図特訓が始まる。 お前ら、ニュースぐらい見ろよな。
2006.07.16
今日は 日曜に行われる北辰テストの対策授業が行われた 生徒たちの表情が日増しによくなってきている 今日は妙に実感した 昨年は人数も多く 集中を欠く時間がかなり目立った 今年の生徒には私語が殆どない 隣と相談する者もいない いい意味で 個人の受験意識が高まってきている 私がボードに書くと皆が注目する 目の輝きと姿勢の変化は やがて結果になって返ってくるはずだ 今日は特にそう思った 理科は1分野 社会は地理が総じて苦手だ 苦手な理由は 行き着くところ 触れる時間の短さ 興味がないからと放置し 今になってやっと危機感が芽生え始めている だから言ったろう 1年前にも 半年前にも 1ヶ月前にも 1週間前にも 限界に挑んでみなさい 前向きな姿勢は大きな成果に繋がる この夏は君たちにとっての正念場 人生を替えかねない可能性の宝庫 課題を与える この夏は 必ず1回辛さで涙を流すこと 暑さの残る長月に その結果を問う 曇りのない表情と大きな自信を 一杯にして 教室に担いで来い
2006.07.15
ブログ上のある先生から、教室をぜひ見学したいというメールを頂いた。 私の授業風景を見たいという、熱意の溢れた子供思いの先生だ。 ありがたい話であり、私などでよければいつでもOKである。 だがここで一つ伝えておきたい。 教室の詳細はブログでは余り触れていなかったが、わが教室はFC系列の塾である。 看板名を見れば恐らく知っている人も多いだろう。 だが私はこの地にこの教室を開き、大きな野心を抱いている。 FCらしくない個性のある塾を構築することである。 今まで記事にした教室の風景は、その改革の過程に過ぎない。 色々と変わったことをする塾。 生徒思いの温かい塾。 恐らく完全なる個人経営の塾と、皆さん思われたのではないか。 実際のところ、教室運営に縛りは殆どなく、私の自由裁量でどうにでも料理できる。 2年前、大家に頼んで壁をぶち抜いた。 営業時間もクラス運営も、講師採用や待遇の設定も自由。 講習会スケジュールもあらゆる業者の選定も自由。 教材のオリジナル化も広告の打ち方も、すべて自由である。 私は教室の雰囲気をよりイメージに近いものにした。 カラーも什器も配置も私が決めた。 生徒が通い始め、思い出が刻まれたこの空間は私の分身でもある。 FCは自由が利かないと言われる。 完全に独立したとはいえないとよく言われる。 そうだろうか。 少なくとも私は好き勝手に攻め続けており、軋轢もリスクも特にない。 自分の目指す方向があり、その術がここに完全投影できるのなら。 私は今の境地に誇りを持ち、さらに前に突き進んでいきたいと思っている。 子供たちにとってのサロンを目指し。 私のすべき役割はFCの呪縛を溶かし、革命を起こすこと。 そして全国に一つしかない大胆なワクワクする空間を築くこと。 まだその第一段階。 間違ってはいない。 生徒たちの笑顔が証明してくれている。 見学を希望されている先生。 先生の校舎の近くにこのFCがあるかも知れません。 それでも是非とおっしゃるのであれば、歓迎させていただきます。 私も先生の教室拝見したいですし。
2006.07.14
読書というものは素晴らしい。 父が某直木賞作家と同人をやっていた関係で、私は物心ついた時からあらゆる書籍に囲まれて育った。 幼き日の私の記憶には、何かを書いているか本を読んでいるか、いつも真剣な表情の父の姿があった。 本も随分もらったような気がする。 学生時代、本は山のように読んだ。小説から哲学、思想まで、解った気になり格好つけていた。 キルケゴオル、ボオドレエル、サルトル・・・・。解らないまま蔵書は増えた。 古書店に通い、全集や文庫を買いあさった。文学でも大江、筒井、安部、倉橋、中井などはすべて揃えた。 本を開く時のインクの匂い。毎日が好奇心だった。 18の時、読むだけでは物足りなくなり、小説を書いた。原稿89枚。今でも枚数を覚えている。 自信作を父に見せたが、笑われた。欠点を幾つも指摘された。悔しくてその後何作も書いた。大学でも文芸の機関紙に作品を幾つも発表した。 本を読み、文章の深みを学び、知識を蓄えながら、深夜、スタンドの灯りの中で闇雲にペンを走らせていた。本との付き合いがより深くなった期間だった。 その後私は大手書店に20年近く勤務した。後半は店長として毎日100名を超える従業員を統率していた。 坪数500、年商20億。毎日現場の先端で、1万冊近い本を捌いた。 出版社の関係者とも付き合いが深まり、売れる本のノウハウを随分版元の編集部に伝授した。毎日営業担当が来て、情報をメモしていった。 雑誌などの取材も多数受け、写真も載った。私の本を出そうという企画が立ち、3度ほど原稿は書いたが、いずれも最終で見送られた。 教育、学参、児童というジャンルには何か心をくすぐる魅力があった。 ちょうど子供が幼児期に差し掛かり、幾つもの本を伝票で購入しては与えた。 息子の誕生日もクリスマスも、プレゼントはいつも本だった。包みを開けると中は絵本であり、物語であり、学習ものだった。 息子は喜んで夢中になって開いていた。 ちょうど私が父に受けた洗礼のように。 子供にはこれを読ませたいというこだわりが常にあった。自分が読んで感動したもの、今忘れ去られているロマンの漂う作品。 息子のみならずそれは客にも向けられた。ブックフェアという形で幾つもテーマを組み、店頭に並べた。 小道具で演出し、ポップにオススメの言葉も添えた。子供たちと接し、お客の相談にも随分乗った。 今でも名作、良書を挙げろと言われれば、湧水のように数百のタイトルが思いつく。あれも、これも、懐かしい・・・・ これはエピソードだが、ハリーポッター第1巻が出る前に事前情報が書店に伝わり、私は出版社(静山社)に初回1000冊くれと頼んだことがある。 版元の担当は、そんなに売れるわけがないと笑っていたが、私は真剣だった。このストーリーとロマンは必ず売れる。まだ誰もが見向きもしない、発売3ヶ月前の話だ。 結局200冊しか入らなかったが、追加を繰り返し、店では延べ2万冊を売った。 子供の成長と共に買う本は絵本が物語りになり、物語が学習ものに代わっていった。 徐々に本との係わり合いが大きく変化していった。教育や学びというものを実践してみたいと思ったのはその頃だ。 版元の学参担当との交流も深まり、様々なセミナーにも参加した。 学習というテーマに対する知識は持っていたのだろうか。今この仕事をしていて、当時の経験に助けられることがよくある。 我が家には本が溢れているが、一冊一冊にみな思い出がある。 数年前かなりの数を処分したが、それでもまだ数万冊が家の中に眠っている。そろそろ時代にそぐわない置き土産になりつつある。 読書は人間に深みを与え、自らの道への指標となる。 挫折した時、たった一行の言葉に救われることがあるという。 以前より、教室で読み聞かせや読書コーナーの展開を考えているが、なかなか仕組みが作れないでいる。 昔の版元仲間に頼んで、移動図書館でもやろうか。 子供たちの歓喜の声とともに、夢はふくらむ。
2006.07.13
学びを通じ 子供たちの笑顔を大切にしていきたい・・・・・ 単純ではあるが 奥行きのある言葉だ わが教室が求めている姿は 行き着く所はこの言葉と重なる 生徒がいて 講師がいて 塾長がいて そして教室がある どこがどう係わり合い どのように笑顔が生まれるのか 様々な子供たちと接し 教室に咲いた数千 数万の笑顔 その一つ一つは 私は決して無駄ではないと思う いや 無駄にしてはいけないと思っている 重い足を引きずり 今日も来てくれる生徒たち 学校の出来事を 目を輝かせて語ってくれる生徒たち 悩みがあるのと 心を開きながら半べそで相談してくれる生徒たち いつも友達感覚で接してくれる 元気な生徒たち 通りですれ違うと「塾長~」と声を掛けてくれる 明るい生徒たち いつの日も真剣な表情でここにいる 健気な生徒たち 突然訪れ元気な勇姿を見せてくれる 何人もの卒生たち みんな みんな ありがとう ここは君たちの辛さと喜びがしみ込んだ学び舎 自信と誇りを持って欲しい 君たちはやがて巣立ち 大人への旅に出るだろう ここはそんな君たちの原点でありたい 先生たちはみんな 君たちのことを真剣に考えている いつも宝物を持って 笑顔で 君たちを必死で支えたいと願っている 学ぶことに疲れたなら 一緒に悩もうじゃないか 前に進む勇気を 先生たちはいつでもあげるよ 毎年旅立ちの日に みんなが書きしるす色紙へのメッセージ 「ありがとう」 「最高!」 苦悩と涙の思い出を乗り越えてきた 君たちにもらうその言葉が 何よりの喜びだ 先生たちは待っている 知のさまよう小さなこの場所で 君たちの悩みを受け入れ 力になるために やがて開花するだろう みんなの最高の笑顔のために いつもこの場所で 数千 数万の笑顔を超えて・・・・
2006.07.12
わが教室の女生徒には 偏差値60台前半の中3生が5、6人いる 中には 中1で入塾し 40台からここまで伸ばしてきた努力家もいる まだ不安定な波の中 調子がいいと北辰5科で64 3科で66くらいの数値が出る 互いに競い 順位が入れ替わる下剋上のような成績表 彼女たちはみな前向きに そして健気に自己と闘っている 結果に満足せず みな授業ではいつも真剣な瞳を見せる 色のない 時の流れを背負い みなメリハリのある生活を弾こうと 下手な演技を懸命に続けている 汗の数だけ 私への声掛けや質問も日ごとに増えた 彼女たちは 夜静かな自室で きっと 自分の思い描く明日を夢見ているだろう 苦しいこと 辛いこと 何度も乗り越えてきた目の前の敵 きみは手探りで立ち向かい じっと涙をこらえる 誰のためでもない 誰に教わったわけでもない きみが頼れるものは生存に向かう本能の力 ガラスのような透明な心で 痛手を負った小さな身体で 耳を澄まし ひっそりと 自分のために やがて来る大きな予感を感じ取っている 彼女たちに少しでも明日に繋がる可能性があるならば 私は惜しみなく自己の力を分け与えてあげたい 偏差値という数値に意味があるのなら この教室であと5を模索してみなさい 苦しみを 指折り三つ乗り越えた時 素晴らしき未来の糸口が きみの視野に 手元に 背後に きっと形を変えながら溢れ始めるだろう いつも見せている姿勢でいい 聡明さと苦悩が混ざった表情でまた来い 不安をカバンに詰めてここに持って来い そしていっぱい笑顔を拾っていけよ 15の夏は やがて秋になる
2006.07.11
7月7日の記事で、「問題の質と精度を高めよ」というものを書いた。 地元中学の期末テスト(社会科)への問題指摘である。 その後の授業でも生徒に説明し、生徒たちも何が問題なのか理解したようだ。 今日、うちの塾生の一人がこの社会科の先生に質問に行った。 資料から読み取れる内容として正しい選択肢を選べという設問。資料から読み取れないので、この模範解答はおかしい。女生徒が問うと教師は答えたという。 「資料から読み取れるから、模範解答が正しい」 まあ、こういう問題を作り、ミスに気付かない教師のこと。予想した反応だ。 あまりしつこいと印象が悪くなるので、結局生徒には論破できず、引き下がったという。 この設問は解答欄の区分上、資料を分析する力を見る問題となっている。正しく分析し正解を導き出しても×になる、救いようのない展開だ。 資料を分析する力が問われるのは、この教師の方である。 こんな簡単な資料すらも読み取れず、ろくに使い切れないのなら、資料問題など二度と作るな。 教科書から転載し、独自の問いを作成するのは大いに結構。だがそこには約束事がある。正しいということだ。そして正解がなぜ正解なのか、論拠を持って説明できることだ。 部外者が見ても明らかにおかしいというレベルのミスを、この教師はなぜ認めようとしない。ズレた思い込みから、自作問題に酔っているとしか思えない。 実際の入試にこういう問題が出ると豪語したそうだが、間違ってもこんな片手落ちの駄問は入試には出ない。中学受験の6年生ですら笑える程度の、資料問題の定石である。進学塾に見せたら大笑いされるだろう。 私は、今回のこの問題で被害を受けた生徒が可哀想でならない。 真面目にコツコツと努力し、立派な分析力を身に付けた生徒が正解を書いても減点になる。 通知表の観点評価にも影響するだろう。たった1点で5段階の評定が変わるかも知れない。 そして今日から1学期の評定をつけ始めているという。 こんな理不尽なことがあっていいのか。教師は自作問題をもう一度見つめなおし、非を認め、徹底して糾弾されるべきだ。 そして、生徒が指摘しても相手にされないのなら、保護者が抗議すべきである。言っても分からない教師には文書を突きつければいい。 今後がまだあるのである。 泣き寝入りでいいのか。 私でよければいくらでも議論する。そして100.0000000000%論破できる自信がある。だが立場的にできないジレンマが、このような怒りになっている。 問題には時として間違いはあるものだ。大切なのは製作者のプライドではなく、非を認め、正しいことを守る姿勢である。 彼らにそういった潔さがあるなら何も言わない。だが、振り返らず、自分の手元も見ようともせず、揚げ句は他者の声を聞く耳すら持たないのなら、我々は正論というものを絶対に譲ってはいけない。 教職としての正義とは何だろう。こんな末端のいざこざにさえ、大きな意味が隠れているような気がしてならない。諦めるしかないのだろうか。 繰り返すが、生徒たちが可哀想でならない。 このテスト以前から、生徒たちの不信感も高まっている。 不満の理由を訊くと、授業に原因があるようだ。 今後のことを考え、 入試に向け、防禦策を強化しようと思った。 最後に、社会科の先生へ。 あなたにも悪気はないということは分かります。紙面には随所に良問もありました。 大変失礼な言動を重ねた点は、お許し願いたい。 あなたも私も生徒を思う気持ちは同じ。 立場の壁を越え、歩みを共にできれば素晴らしいのですがね。 ぜひ生徒たちに実りのある知恵を吹きかけてあげて欲しい。 2学期の公民の紙面、大いに期待しています。 くれぐれも私の血管が切れないようにお願いしますよ。
2006.07.10
先日実施した英単語トライアル。 200点満点のうち45点という中2生がいた。 内容は全て中1の単語。 彼は自信なさげに紙面を埋め、提出された答案は大半が空欄だった。 点数を見て、仲間の点と比べて、 動かなければ、やらなければ、そう思ったのだろう。 土曜の追試に来て、自ら2度トライを申し出てきた。 夜9時前、その2回目に結果が出た。 188点。 中3ラインを上回る合格点だった。 この得点を見て彼はどう思っただろうか。 45点が188点になる現実。 やるか、やらないかによって、こうも変わる現実。 辛さの先に広がる無限の可能性。 誰の頭にも天才的能力などないのだ。 できないと諦めるか、それとも、できるはずだと突き進むか。 動くか動かないか。 誰のためでもない、自分の力で自分の未来を拓くのだ。 当日は中1生も2人追試を受けに来て、2人とも合格した。 小さな自信は手の届くところに無数転がっている。 今日の笑顔の達成感、しっかり記憶しておけ。 できないことはない。 彼に続く達成感を味わえるのは、 自分の可能性を信じ、いまこの時にも努力を続けているお前たちだ。 甘えていて得することと損すること。 もう分かるだろ。
2006.07.09
この夏は小学部の指導強化を計画している 特にターゲットとしているのは次期中学生候補の6年生 現在6年生の在籍は10名 みな真面目に取り組んでいるが まだまだ秘めた力を出し切っていない 攻めることを知らない制服予備軍 一気に攻めることを教え 春を目指して大きな流れを作りたい 小学校と中学校の違いは何なのか 小学校では遊びや生活の中に学びがあり その中心姿勢は体験を重ね成長していくこと 与えられた成績は成長の過程として記録され やがて引き出しにしまわれていく 3学期だけハンコのない通知表 もう5通たまった 算数が苦手だね そう言われ少しずつドリルを埋めてみた だがそれも半分を残したまま 棚でほこりにまみれている 小学生の学習はノルマのない練習のようなもの 毎日が決戦のない舞台 だが 桜咲く頃、彼らは制服を身に付け一線に並ぶ 小学生活で何をものにしてきたか 壮大な3年間に渡る力比べが始まる 問われるものは体力であり 自分を出し切れる能力であり 知力である 好むと好まざるとに拘わらず 偶然出逢った仲間の間で いつのまにか優劣が付けられ始める 知力に関しては たった1回のテストで歴然とした結果が残る 担任にどう見られるか 仲間にどう見られるか 結果によって その位置づけがほぼ決まる ランドセルを卒業し 中学に飛び込んだ君が最初に体験する現実 それは 学力が生活の中心になるということにある 今までの自由やごまかしが通用しないオーディションが待っている 小学時代 成績が良いということは 親に誉められる範囲だったものが 中学時代 成績が良いということは 自身に絶対的な優位が約束されるようになる 中間とか期末とか わけの分からない試験が課され 引き出しの中の通知表の価値が 君にとって大きく変わる時が来るだろう やがて高校への岐路に立つ時 最も頼れるものは何か 君たちにはまだ漠然としてわからないだろうが いま中学生たちが 汗をかき 悩み トライしている試験を 疲れながらも 健気に土曜の夜に追試に訪れている姿を 1年後の自分に重ねてみて欲しい 繰り返す 一気に攻めることを教え 春を目指して大きな流れを作りたい 君たちのやる気と資質を 目一杯教室にぶつけて欲しい 短冊に書いたよね 勉強ができるようになりたいと 笑顔の中に芽生える自信 挫折を知らない聡明な20の瞳 6年生の才は 無限に広がる海のようにまだ穏やかだ
2006.07.08
あまり触れてはいけないのかも知れないが、今回のT西中の社会の問題が余りにもお粗末なので、あえて指摘させていただく。 私としても社会科を生徒に教えており、テスト対策でも入試を踏まえた正しい内容を指導しているつもりなので、今回はちょっと譲れないひどさだ。 対象となる設問は多数ある。 大問3(4) 資料から読み取れる内容として正しい選択肢をすべて選び記号で答えよ。 総耕地面積(万ha) 米1ha当たりの収穫(kg/ha) 日本 430 6219 アメリカ 17900 6354 タイ 2045 2324ア、日本の総耕地面積はアメリカ、タイに比べると狭いといえる。イ、その国で取れる1年間の米の生産量を資料から計算すると、 日本はタイよりも多く米を生産している。ウ、日本はタイよりも総耕地面積は狭いが、1ha当たりの収穫は高い。エ、アメリカの1年間の米の生産量は日本・タイに比べ圧倒的に多い。オ、日本の農業の効率はアメリカ、タイに比べると劣るといえる。 こんな問題だ。資料分析としてよく出るベタ問題である。だがよく見ると、資料と問いの関連に重大な欠陥がある。詳しい方ならもうお分かりかと思う。そう、この先生は《耕地=米を作る所》と解釈しているのだ。 耕地とは農作物の栽培を行う土地利用の総称。当然、野菜を作る畑や果樹なども含まれる。 さあ検証してみよう。 まず(ア)は数値を比較するだけなので、誰が見ても正しい。 (イ)は、資料データだけでは米の生産量は計算できないので×。米の作付け面積が不明だからだ。あえてこの先生の解釈で数値だけを比較しても、タイの方が上回るのでいずれにせよ×。 (ウ)は、前半は○だが、後半の文に主語がないので×。1haの前に「米」が書かれていれば○だが、この文では何の収穫かは判断できない。問いは飽くまでも「読み取れるものを選べ」なので、読み取れない以上、選べない。この先生は自分の頭で思い込んでいるので、間違いなく○を正解としてくるだろう。 (エ)は、(イ)と同じで、3国とも米の生産量が計算できないので×。この先生流の計算でいくと、面積×単位収穫量でアメリカが圧倒的になり○になる。アメリカの総耕地面積の全てで米を作っているという理論だ。アメリカにはとうもろこし、小麦などの大農場があることを知らないのだろうか。そもそも表の耕地面積の日米の数値を比較して、分かりそうなものだが。念のため地理資料で調べたところ、年間の米の生産量は3国間ではタイが圧倒的で、ついで日本、アメリカの順であった。よって確実に×である。 (オ)は、笑ってしまうが、読み取れるわけがないので×。先生流の数値比較だと、日本の効率がとても良いとなり、劣らないのでいずれにせよ×になるだろう。農業の効率と言っているが、アメリカの機械化された大農法の効率をどう捉えているのだろう。少なくとも日本より高いはずだが。 よって正解は(ア)のみとなる。意味合いは分かるので、100歩譲って(ウ)まで正解にしてもいいだろうか。だがこの先生の思い込みで予測すると、(ア)(ウ)(エ)の3つを正解にしてくるのではないか。 断っておくが(エ)はデータ的にもありえないので○の訳がない。そもそも耕地=米を作る所ではないのだから、(イ)以下は答えようがないのである。この資料は東書版教科書の転載だが、資料が示す内容をよく読めよと言いたい。 問題を見てうなっていたら生徒が模範解答を持ってきた。先生が配布したらしい。 正解は(ア)(ウ)(エ)だった。しかも完全解答のみ○。その生徒は(エ)を書かなかったので×だったという。週明けの抗議の方策を考えている。 大問3(9) 日本の貿易の特色を表現するのに最も適した語句を漢字四文字で答えよ。 加工貿易を正解として用意していることは容易に分かるが、先生、今の日本の貿易は加工貿易ではありませんよ。以前の加工貿易から、近年は製品を輸入し、製品を輸出する、各国の特色に依存し合う貿易に変わってきている。入試頻出のベタである。 少なくとも加工貿易は特色を表現する最も適したものとは言えない。四文字の言葉などどこ探してもない。私は直前のテスト対策で「今の日本は加工貿易じゃないぞ、選択肢の問題には気をつけろ」と生徒に念を押した。そのせいで迷った者がいたかもしれない。 それにしても悪問だ。教科書をしっかり読んで、設問をもっと緻密に作ってほしい。 案の定正解は加工貿易だった。 大問2(6) 日本で人口が集中している地域を選択肢から一つ選び記号で答えよ。ア、北海道の内陸部 イ、東京~福岡をつなぐ太平洋の帯状の地域ウ、日本海側の沿岸部 エ、瀬戸内 (イ)は太平洋ベルトを指し、恐らくこれが正解なのだろうが、(エ)は(イ)の一部ではないのか? ~福岡となっているので間違いなく重複している。両方正解とすべき超悪問だ。 模範解答は(イ)となっていた。どこまで慎重に問題を作っているのだろうか。 他の問題にも多数疑問点があるが、字数の都合で省く。 歴史の問題では、1927年の出来事の穴埋め問題があり、満州事変を正解としている。満州事変は正しくは1931年である。 私が何を言いたいのかといえば、『真剣に学んだ者が、努力して覚えた者が戸惑う問題を作るな』ということだ。正解が複数考えられたり、正解がなかったり、しっかりして欲しいという気持ちで一杯である。入試が近づいている中3生の立場をもっと考えて欲しい。 本来なら公民の三権分立、地方自治あたりをやっているべきなのに、未だに地理をやり、即入試対策であるべき問いの質がこの状況でいいのか。しかも黙っていれば正解が×になるという状況。1学期の内申が決まる大事な期末だというのに。 私が親なら怒鳴りこんでいる。 中学社会を教えておられるブロガーの諸先生方に、ぜひご意見を伺いたい。 社会科という教科は、正確なデータに基づいた、論理的に計算されたものでなければならない。 曖昧な、生徒が戸惑う問題や解説は排除すべきである。 私は常にそう思い、指導している。 前回の偏西風といい、今回の紙面といい、残念でならない。 時間がなくなった公民の授業内容がひどく心配である。
2006.07.07
期末テストが返され、中学生はみな一喜一憂している。 成績が上がった者の反応は見ていて微笑ましい。 言葉も表情もはずみ、全身そのもので嬉しさを表す生徒。 「やったな」と声を掛けるとニコッと笑みを浮かべる無口な生徒。 ほんの少しだが、彼らには成功に酔いしれる時間を与えてあげたい。 好結果はくじ引きではない。 そのための見えない努力を、彼らは苦しみこなしてきたのだ。 試練を乗り越えてきた今の状態を、気分を、忘れるなよ。 だが一方では努力しながらも成績が下がってしまう生徒もいる。 苦しんだ果てに訪れる苦悩。 表情は沈み、そこに笑顔はない。 「どうした、元気出せよ」と励ましても、彼らには陳腐な雑音にしか聴こえないのだろう。 作り笑いが痛々しい。 以前の私はこのような生徒に対して妙に気を使い、繊細なものを扱うように、なだめ、持ち上げることに徹してきた。 だが今は、そうすることよりも、現実を受け止め、次の一歩の大切さを説くようにしている。 より、ドライに。 辛いだろうが、みんな休まずに前に進んでいかなくてはならないのだ。 頑張りは、汗は、必ずどこかで流れを作る。 まずすべきこと。 それは反省し、緻密な作戦を練り、次を引き寄せること。 意識を変化させること。 また自ら成功のルートを描き、ゆっくりと手作業で埋めていこう。 浮き沈みは自然の理。 1日は24時間。 明日はまた来る。 夏期休暇直前の達成報告は、今日から生徒への通達を始めた。 反応は様々だ。 ブーブー文句を言う者。黙々と受け入れる者。 どうしようと困り果てる者。 早速何に取り組もうか候補を絞り始める者。 姿勢も意識も千差万別。 その違いがどう形に表れてくるか。 ここ2週間で塾生の間に大きな動きが出てくることは間違いない。 次に向けての、生徒たちの輝かしい行動に期待が膨らむ。
2006.07.06
中学部の期末の結果。5科の得点として、427と428という数字があがって来た。 1年生だが、よく努力している生徒たちだ。 2人とも英語は100点だった。 ノーミスというのは対策演習を入念にやった証拠。 努力を誉めてあげたい。 結果はまだまだこれから揃ってくる。 内申に直結する3年生が気になるが、どうだろうが腹を括れや。 今日も三者面談で言ったが、期末後の学校の授業は2学期の中間の範囲だ。 視点を次に向けなさい。 みんな夏の計画は、必ず今週中に立てること。 夏休みまでの来週からの2週間。 「こいつをやったぞ!」という成果を必ず得ること。 これは《夏期休暇直前2weeks達成報告》としてノートを提出してもらう。 単語、熟語、会話表現、基本英文リスト、漢字熟語、計算、ことば、古典、文学史、理社用語、社会資料まとめ、白地図、年表、人物、時事、文法、公式総ざらい、試験の見直しファイル作成、なんでもいい。 やりたいことを、とことんやりなさい。 そして貫徹し、形を残すこと。 きみの成果はどんなものか。ページ数は自由だ。 全中学生、1学期の結果を踏まえた形あるものを期待しているぞ。
2006.07.05
今日 中2のある生徒を叱った 昨年秋の入塾から9ヶ月 彼女は未だに学習の本質をつかめないでいる いや 私が彼女の本質をつかめないでいるのかも知れない 数百の生徒を見てきて 生徒の心が素直に読めなかったのは今日が初めてだ 彼女は常にマイペースで塾を駆け抜けていく 衒いも驕りも見栄もなく 言葉と態度に地をさらけ出す 小さい子供が公園で遊ぶように 快感と刺激を求めさまよい続ける 何度か記事にも取り上げた生徒だ 講師も塾の先輩も 彼女にとっては友達 平気で呼びつけては 嫌われ 叱られ 損を独り占めしている 学校でもやはり目立つのだろう すべきことをしないから教師に叩かれる 何度も反省を強いられ その都度嫌な思いをしていると親御さんから聞いている 部活では顧問に背き 遠征先から独りで歩いて帰ってきたり 提出物をためては 一夜漬けで生活リズムを崩したり 塾ではいつも忘れ物をし プリントに落書きをして楽しんでいる この前はカバンを忘れて帰ったよね 生活そのものが自己のリズムであり 流れさえも自分で作ってしまう 何度叱られても 何度叩かれても 我が強いと損をすることを知りながらも きみは飾ることを選ばない 誉められることの価値はきみにとって何なのだろう だが 飾らない故に脆さがある きみは淋しがりやだということは知っている 春の担任交代の時 涙が止まらなかったよね 理由が分かるか それが自分の求めている快い安心できる型が崩れた瞬間なのだ 人と付き合い生きていく上で 嫌なことなんて腐るほどある その中の何かを受け入れ 考え みんな自分を成長させていくのだ 周囲に心配してくれる人がいるということは素晴らしいこと 世の中にはそれすらいない友がいる だから自分にとって大切なものは 少しずつでもみんなに評価される形に進化させなければならない 今は楽しいだろう だが我流を通すことは危険のリスクを背負うこと 出る杭は打たれる社会に 独り反抗するのは自由だが きみはまだ巣立つ前の学習段階 温かく世話をしてくれる母を 母の心を泣かすなよ 今日きみは テキストを忘れて塾に来た 先日も同じことで指導したばかり もう何度目だ そして塾で学んだことを試すべき期末テスト きみは当日提出の宿題が終わらないからと 大事な試験に遅刻をし 充分に力を出し切れなかったという そして試験前の対策でやったことがほとんどそのまま出ているのに きみは何と言った そういえばやったかな 遅刻したり忘れ物をしたり 本番で失敗したりするのは自分の勝手だ だがきみのために本気で教えているこの場所を 先生たちの魂を 軽くもみ消すような言葉は私は絶対に許せない 一体何をしに来ている そういえばやったかな? やったよ 点が取れない自分の弱さを 情けなさを 存分に感じるがいい 学ぶことの重みを 真剣であることの大切さを苦しいほど知るがいい その体感がない限り次のステップはないと思え 努力しても結果が出ない生徒には 励ましとコツを与える 努力しない生徒には 必要性と方法論を説く だがそれ以前の 根本的な塾との係わりの部分に課題がある場合は ここに来る目的から説かなくてはならない 目覚めろ 何しに来ている いつまで甘えてるんだよ 結果を出したいのなら自分を変えてみろ 私の語気をきみはどう受け止めたか 山のようにすべきことがある きみ 泣いてはいなかったが 元気な返事もなかった 塾後 親御さんと長いこと電話で話した 色々な話が出てきたが 結局きみは純粋なのだと思った そしてたくさん叱ってくださいというお母さんの言葉と 家庭での苦労に 大きな愛と強さを感じた きみはいつまで彷徨う 家で学校で部活で叱られ さらに塾でも叱られ もううんざり そうだよな でもな みんなおまえが気になってしょうがないんだよ みんなおまえが可愛くてしょうがないんだよ こうすればいいというガイドはもう持っているだろう きみがやるしかないのだ 開くしかないのだ いつもの負けん気で強さを見せてみなさい 他人の眼を気にするな 一つでいい その純粋な瞳と心を 誇らしげにしっかり握り きみ自身のために広がる前方を見て 起承転結のストーリーを描き切ってみなさい 淋しければここに来ればいい 悔し泣きするまで 涙が枯れるまで いくらでも相手してやるから 不思議だが ため息つく度に 何故かいつも思う こいつは途轍もなくいいやつだと・・・・ 何故なんだろう
2006.07.04
成績が伸びない生徒の例を3点挙げる。1 テストの時、「始め」の合図の直後にシャーペンの芯を入れ替えている。 しかも筆箱をガサガサあさり、なかなか見つからない。 かなりのロスタイムだ。 できるやつは直前に数回ノックし、芯がまだあることを必ず確認する。 さりげないことだが、この習慣はとても大切だ。 入試では絶対にロスを起こしてはならない。一事が万事である。 みんなが解き始めているのに一人でカチカチやっている。 私が監督の時はそいつの前で腕を組み睨む。 結局芯がなく、先の丸い鉛筆で解き始める生徒もいる。 何をしている。 スタートからすでに負けていることを自覚せよ。 消しゴムがないおまえも同じだ。2 プリントの大問3から解けと指示しているのに、一人だけ大問1を解いている。 右半分後半の○○からやれと2度も指示しているのに、ご丁寧にも左上の1番から始める。 人の話を聞いていないのだ。 そういう生徒はいつも決まっているが、見つけしだい頭を叩く。 結局解き直しでみんなに遅れを取り、答え合わせに間に合わない。 私がボードで解説しているのに、まだ下を向いて違う所を解いている。 揚げ句に、解きながら前の答えの○つけを同時進行で行っている。 到底理解できているとは思えない。 自業自得である。 集中して話を聞きなさい。 「えっ、どこ?」などと隣りに聞いているやつもたまにいるが、最悪だ。3 プリントの大問1の答え合わせの後、2を飛ばして3をやれと指示した時、「えーっ、2番やんなくていいの? やって損したー」と言うやつ。 損しただと? 問題演習に損得があるのかよ。 指示された所だけ仕方なくやっているのなら、すべて身にならないと思え。 みんながやっていない2番が解けたということは、自分だけプラスになっているということを自覚しなさい。 こういう省エネタイプの生徒の頭は、常に受け身であり、絶対に伸びてこない。 伸びる生徒は、時間が余れば指示を待たずに次の問いにどんどん向かっていく。 やった所が飛ばされても苦笑いで文句を言わない。 そして最後に答えを確認してくる。 損したという生徒たち、この違いをよく認識せよ。
2006.07.03
中学全学年共通の問題で行った『英単語トライアル』を採点している。 あと数名で終了するが、やはり学年を超えた下剋上になりそうだ。 1年が3年を上回る。この現象が何を語っているか、参加した者全員で考えて欲しい。 得意だから、苦手だから。やらなかったから。 あいつは真面目だから、どうせ私は頭悪いから。 仕組みはそんなに簡単なものではないということに、みんなも気付いていると思う。 前にも書いたが、何もせずに好結果は手にできない。 今回、仮に全員が何の対策をしていなくても、得点の差は出ただろう。 敗者はここぞとばかりに頭の良し悪しを主張する。 苦手な者には不利だ、スタートラインがすでに違うと言う。 だがよく考えてみて欲しい。 好結果を出した者の、それまでの努力はどうだったのだろう。 勝者の過去と敗者の過去の、大きな違いは何なのだろうか。 過去の汗の数だけ、今の得点に重みが増す。 丸付けをしていると、今までの姿勢や、要領や、闘っている姿が一人一人浮かんでくる。 みんな頑張れ。 ぶつぶつ言いながら、一喜一憂しながら採点している。 再度みんなに言う。 何もせずに好結果は手にできない。 結果は頭の仕組みではない。やるか、やらないかなのだ。 攻めてみること。 そして可能性は皆にあるということを信じること。 成功体験は自分の姿勢と気概によって掴むことができる。 逃げてばかりいたきみ。また同じでいいのかい。 きみの体の熱いもの。 200問の並ぶ紙面に、堂々とぶつけてみなさい。 きみは順位表を見て何を感じるか。 達成感を得るまで追試は続く。 辿り着くまでカベは続くぞ。
2006.07.02
過去問をいつ開くか。 それは受験生にとって今後を占う大切なタイミングだ。 書店で購入し、家で袋から取り出す。 平成19年という表記と、「埼玉県公立高校6年間入試と研究」という大活字。 君はこっそり中をめくり、内容を探り始める。 毎年の問題量の多さに圧倒され思わず目を細める。 初めて開くページ。 行間から漂う印刷の匂いが身を引き締める。 得意な社会のページを開く。 その図版と資料データの多さは普通ではない。 理科も英語もかなりの量があり、知らない内容ばかりに見える。 君はいつしか巻頭の解説ガイドのページをひも解き、研究を始める。 傾向はどうか、来年は何が出るのか・・・・ 初めて開く過去問。 それは誰もが経験する儀式だ。 過去問は無機質である。 そこには前回までの真実があり、容赦なく君に迫って来る。整然と並んだ活字は君の頭脳を混乱させるのに充分だ。 過去問をいつから始めるかはよく議論されるが、私の理論では、1学期期末終了から夏休みに入るまでの今がベストだ。 今開き、夏休みに計画的に手がけていく。傾向に沿った入念な対応は、早い方が絶対に有利である。 よく、ひと通り学習を終えた12月頃、あるいは1月になってから始めるべきだという声を聞くが、私はそれほど馬鹿げた話はないと思っている。 今やっても解けないからと先送りする気持ちは解るが、1月になって初めて解いてみて、まったく歯が立たなかったらどうするつもりか。 目も当てられないだろう。 攻略には理論がある。 まず、敵がどのようなものなのかを知り、同時に自分の力を正確に知ることが大切だ。 早期にトライし、得点力と失点の分析をする。仮に合格ラインが7割で、自己採点が4割なら、あと3割をどう埋めていくかに視点を向ける。 習ってない単元がある以上、半年以上前に合格点など取れるわけがない。飽くまでも現状の実力分析に徹すればいい。 『敵を知り己を知れば、百戦危うからず』 過去問は最終的に行う腕試しではない。 司法試験や国家公務員試験を目指す時、実際の試験直前に初めて過去問を開くだろうか。志したと同時にどういう問題が出るかを調べ、計画を立てないだろうか。 まず敵を知る。そして分析する。 さらに己の力を知り、長期計画を練る。 これは、受験戦略の基本ともいえる重要なことである。 わが教室の受験生には、全員この夏に過去問を制覇してもらう。 習っていない大問があろうが関係ない。そういう問いが出てきたら、その場で概略を学び取り、類似問題に対応できるように仕向けていく。 学校のペースに合わせる必要がどこにあろう。入試へのカウントダウンは既に始まっているのだ。 仕上げに前年度の問題をとっておくなどというつまらないこともしない。要は、1冊を丸ごと理解、制覇させること。そんな暇があったら、5往復6往復と完全定着まで攻め続ければいいのだ。 攻撃は最大の防禦なり。 県の過去問が終われば、次は他県を攻めていく。 この夏、のんびりしている暇はないぞ。 出題パターンが飲み込めて、入試が待ち遠しくてウズウズしている君。 果たして秋までに何人見ることができるか。 試合は始まる。
2006.07.01
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