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親の意識について書いてみたい。 子供の勉強に、親がどこまで係わるべきか。 そして、どういうスタンスで子供に接し、導いていくか。 これは意見が分かれるところだが、 私が見る限り 「ちょっと違うだろ」 という親がここ最近急に増えた感じがする。 塾という仕事をしていると、当然 「子供の学習」 についての相談を何度も受ける。 以前の親は、 「こういう状況で、こう接しています。どうしたものでしょう」 と、 《接し方》 の相談が多かった。 なかなか勉強をしない。 仕向け方がいけないのだろうか。 そんな中で、語りかけや、場の作り方に何かいいヒントはないかと、 親の 「意識改革」 に目が向けられていることが多かった。 だが今は違う。 「本人のためにこうさせているのに、言うことをきかない」 「いくら言ってもやらない」 「どうやって勉強させたらいいのか」 《接し方》 はすでに決まっていて、 求めているものは、「どうしたらやらせることが出来るのか」 という 《強制力》 の部分に集中している。 「どうしたら勉強するようになるのか」 ではなく、 「どうやって勉強させたらいいのか」 なのだ。 この言い回しの違いは、深い意味を持っている。 先日、ある母親と面談した。 「こうしなさいと、何度言ってもやらない。いつも口論している」 親の気持ちも言い分も分かるが、大切なものを忘れている。 「動くのは子供自身である」 ということだ。 子供が納得し自分から動かない限り、空回りは続く。 今の親は、学歴もあり、少なからず 「こうすれば点が取れる」 という理論を持っている。 それをそのまま子供にぶつける。 それは別に悪いことではない。 問題なのは、それが絶対だという幻想を親たちが持ち、強制に走ることである。 適不適を考えず、「こうしなさい」 と管理すれば、当然ひずみが生まれるだろう。 こういう親の多くは、ひずみが生まれた時の対処の術を知らない。 自分が絶対であり、接し方も決まっているから、中身を変えようとする。 だが勉強の中身や方法をいじったところで、子供のやる気は芽生えやしない。 子供がどうすれば動くかという根本を見失っているのである。 私も親であり、子供の教育にはかなりうるさく接してきた。 方法論も説いた、課題も与えた。 だがリズムが合わない時は、常にリセットし、修正を加えた。 そして、何よりも本人とよく語り合った。 本音も訊いた。 「勉強するのは本人である」という考えに沿って、学ぶ上での意識や姿勢の大切さも随分話した記憶がある。 親は、どうしたら子供が能動的になれるかを考えるべきだろう。 方法というものは後からついてくるものであり、工夫も可能だ。 だが子供の行動が「する」と「される」では、帰結点は180度変わってくる。 どうして親はそこまで我が子を管理しようとするのだろう。 親が熱心になればなるほど、子供の心は乖離していくのに。 試験前になると、他の科目の勉強をしたいので今日は休むと、親から連絡が来る。 本人の意思ではなく、親の管理力がそうさせているとしか思えない。 試験前の段取りは本人の仕事。 学習計画が甘いからそうなるのであり、それを親が許容していては、いつまで経っても子供の自覚は芽生えない。 私の子供も試験前に塾を休んだことがあったが、理由をはっきりさせ、厳しく自覚を促せたものだ。 しかも自己責任として、本人に電話させた。 試験の得点は本人の力であり、本人が受け止めるものである。 親の力でも、親の努力の記録でもない。 勉強しない子も、ある程度強制的に管理すれば、得点は上がるだろう。 だが、管理には限界が必ず来る。 親が真剣になればなるほど、子供は表面的な繕いに走っていく。 親のジレンマは、やがて学びの崩壊につながっていく。 「お母さんを悲しませないで!」 「お母さんが勉強するんじゃないのよ。誰がするの!」 言ってはいけない台詞だ。 何も子供は、親を悲しませようとしているわけではない。 勉強は自分がするものだということぐらい、当然知っているだろう。 子供の学びの世界で、親がヤキモキしていてはだめだ。 親は主役ではない。 動くべきは子供なのである。 どうすれば動くのかという、《接し方》 の工夫に、力を注がなくてはならない。 まずそこをクリアして初めて、学習の方法論に発展していく。 あれも食べなさい、これも食べなさい。 常に目の前に用意された子供は、満腹で、味も分かっていない。 食べ方もよく知らないから、いつも怒られている。 そんな子供が独りになった時、自分の意思で食べようとするだろうか。 良かれと思うことが、目に見えぬひずみになって残っていく。 強制力の危険性は、親の気づかないところでシグナルもなく起きる点にある。 親は、子供の勉強にどう接したらいいのだろうか。 先に述べた、「どうやって勉強させたらいいのか」 という発想を、もう一度見つめ直して欲しい。 勉強は親がお膳立てして 「させる」 ものではない。 でも、親は言う。 1点でも多く取って、成績を上げなくてはならない。 確かにそうだろうが、点の価値を冷静に考えてみて欲しい。 本人が勉強せず、試験で失敗した時、親は普通 「勉強しないからだ」 と叱る。 では親が立ち会っても、それでも失敗した時、何と弁解するのだろう。 「ここは家でさんざんやったのに、どうして間違えるの!」 とでも言うのだろうか。 どうして間違えるのって、それは親が夢中になって立ち会い過ぎたからだろう。 子供の頭脳は、親の頭脳ではない。 親が受ける試験ではないのだ。 気がついて欲しい。 本物の力は、子供が自分で生産し、蓄えていくしかないのだ。 その過程に、親の知恵と経験と、そしてサポートが存在するのだ。 親の知恵にしがみついていれば、子供は楽だ。 だがその態勢で、今後も数々の試験を受験を乗り越えていくというのか。 子供をどこまで突き放せるか。 そして自力で進もうとする方向を、どこまで見守り、矯正してあげられるか。 親の辛抱は、強ければ強いほど、子供の可能性を広げる。 私はそう思う。
2007.02.28
長いこと一緒にやってきた生徒たちの 最後の授業 今週はすべての授業がそうだ もう何度も経験しているのに 何故か色々な思いが過ぎり うまくいかない 今日の生徒も 丸3年間教えてきた 世話の焼けるやつだった 大らかで マイペースで まだ女性の恥じらいもない いつも笑顔の似合う 元気な生徒だった 教室が騒がしい時 いつもその輪の中心におまえがいた 何度も叱り 面談もした 授業中に意識が飛び 急に違う話題を語り始める しかも 嬉しそうに 本当に 嬉しそうに・・・ 聴いてほしいという気持ちが ひしひしと伝わってきた 同じことをいくら教えても 呑み込まない テストでは 平気で宇宙人のような答えを書く 「雌雄」を「おすめす」と読んだおまえ それでいて いつも「ヤバイよー」と言っていたおまえ 大きな声で 衒いもなく 本当にマイペースだったよな 3年生の春 自宅から退塾の申し出があった 本人にやる気がないからという理由で 塾長は命がけで親御さんを説得した おまえに いて欲しかったから おまえを 育てたかったから 開けっ広げの 原石のようなおまえの姿に 塾長は もの凄い可能性を感じていたのだ 悩んだとき 相談に乗ったこともあった 受験が迫り 進路を決める段階で おまえは泣いたよな ここで記事にも取り上げたが おまえのその涙 今でもしっかり覚えている 普通にしてるのに 自分なりに頑張っているのに いつも悪く見られ 叱られてしまう 思うようにいかない はがゆさと もどかしさ よく分かるよ でもおまえは 作らずにそれを大切にしたらいい おまえの取り柄は 大きな声で 元気がいいこと そして 堂々といつも笑っていられること 塾長は知っている おまえが本当は繊細で 涙もろいということを 淋しさを隠すために ほんの少し無理をしていることも でもな そんな健気なおまえが 塾長は好きだ 新しい友がどんどんできて おまえは嬉しそうだったな 本当に嬉しそうだった 淋しければ どんどん語ればいい おまえは いいヤツだから 何かの時に きっと頼れる友がそばにいる その感覚は忘れずに 大切にしなさい 今日 最後に書かせた「ニワトリ」の絵 しっかり脚が4本あったよな 最後まで笑って 楽しそうなおまえ どこまでも 底抜けに明るいおまえ 進路の決定 待ち遠しいな もうじき春が来る あんなチビすけだったおまえが もう高校生か Kさん 良き思い出 ありがとう
2007.02.27
昨日、公立高校入試の出題予想を、2回に分けて書いた。 今日の受験を終え、生徒が手にしている問題を見て、正直驚いた。 予想と実際がどうだったか、記しておこうと思う。 理科は今年も大問が7問。4分野の配列も一緒だった。 地学 「地層」「岩石の組織・鉱物」「凝灰岩」「堆積作用について」 生物 「植物の呼吸や蒸散の対照実験」 「動物の分類について」 化学 「ガスバーナーの使い方」「銅の化合」「炭酸水素ナトリウムの分解」 「融点について」「体積と質量の関係」 物理 「凸レンズの実験」 「等速直線運動」「斜面運動」 これが実際の問題だが、私が予想したものと比べると、何と7問中5問も的中。 部分的中も含めれば、動物分類以外のすべての6問が的中している。 大問1の「地層」の問題は、まったくの予想通り。 「化石」は出なかったが、「組織」「凝灰岩」「堆積作用」と、想定したものが見事に出た。 大問2の「植物」では、指摘した「呼吸と蒸散の対照実験」がその通り出た。 化学の予想で触れた「塩化コバルト+水=桃色」がここで登場している。 「蒸散」という用語記述も出た。 大問3は想定外。H16年に出た単元が別の角度で登場した。 予想した「消化」は、来年度も引き続き出る可能性がありそうだ。 大問4は、いきなり「ガスバーナーの操作手順」で、ドンピシャ。 実験は「銅の加熱」と「炭酸水素ナトリウムの加熱」を並行して行うもの。 炭酸水素ナトリウムのみ予想が的中。水が発生すると書いたが、そこに触れた記述問題が出ている。 大問5は「パルミチン酸」の「融点」と、「体積・質量の変化」の問題。 融点と状態変化は予想できたが、体積等は予想外。 融点を求める問題もあったが、半分当たりというところか。 大問6は「凸レンズ」の問題。今年は怪しいと書いたが、見事に的中。 焦点距離という用語を答えさせる設問もあった。 大問7は、平面と斜面の「運動」の問題。 物理は「熱量」「凸レンズ」「運動」のうち2つと予想したが、そのうちの1つ。 昨日書いた、斜面運動の「縦軸を速さ、横軸を時間にしたグラフ」が見事に登場。 しっかり選べただろうか。 社会を見てみよう。 「世界地理」は、常識問題とデータの読み取り問題のみ。 「日本地理」では、予想した促成栽培ではなく、「抑制栽培」が出た。 漁業のところで、予想した「経済水域」に触れた設問があった。 「歴史」の「執権・管領・老中」は、もろに出て的中。 指摘した「外交史」もテーマとして取り上げられた。 「農地改革」は用語記述として出て、的中。 他に予想して出たものは、「国連の安全保障理事会」「公共の福祉」「法案の成立手順」など。 「公共の福祉」は、予想通り憲法条文に触れた用語の記述だった。 社会は理科に比べ、テーマが広すぎて予測が難しい。 「世界遺産」や「港の輸出グラフ」も、視点がずれていたが一応出題された。 範囲が細かい割には、まあ、健闘した方だろうか。 それにしても理科など、もっと早く生徒に伝えるべきだったか。 少し後悔している。 言っておくが、これはたまたまではない。 データを元に分析すれば見えてくるものなのだ。 今日、3人の受験生と話をしたが、3人ともブログを見ていなかった。 普段から、あれだけ見ろと言ってきたのに。 連絡プリントにも何度も書いてきたのに。 何よりも残念。 見ていれば、何点上がっただろうか。 10点でも順位は100位ぐらい違ってくる。 残りのメンバーで、試験前に見た者はいるのだろうか。
2007.02.26
前回の続きを書こう。 理科の1分野で気になる単元だ。 まず「化学」。 用具の使い方では、「ガスバーナーの使い方」がそろそろ出そう。 手順を正確に言えるように。 実験ものとしては、最近は化合ばかり出ているので、今年は「分解」に注意したい。 特に「炭酸水素ナトリウムの分解」と「水の電気分解」。 前者は、実験上の注意事項がよく問われる。 先端を上げる理由、火を止める前にすべきことを書けるようにしておく。 水が発生するので、塩化コバルト紙も登場する。桃色に変わる。 石灰水を用いた実験装置のイラストも、書けるようにしておくこと。 後者は、各極に発生する気体と、その調べ方を知っておく。 いずれも「化学反応式」は書けるように。 その他では、「再結晶」 「混合物の融点・沸点と蒸留」 「気体の性質と置換法」 「塩酸を使用した、過不足なく発生する気体」 「化学電池とエネルギー」などが怪しい。 置換法はやはり、イラストを書けるようにしておきたい。 「単体と化合物」の用語知識もしっかりと。 「物理」分野は、傾向が読めない。 可能性が高いのは、電流の「電力と熱量」、「凸レンズを用いた問題」などだろうか。 電流分野はよく出るが、昨年も「オームの法則」が出ており、一昨年も「磁界と誘導電流」が出ている。 熱量に関する問題は最近出ていないので、注意が必要だ。公式を見直しておこう。 2年前に光の屈折についての問題が出たが、レンズは今年は怪しい。 特に、「焦点距離の2倍の時、同じ大きさの像ができる」というポイントを押さえておく。 他に考えられるのは、「吊り下げられた物体に働く力」。これは重力の矢印の作図と、つり合いの関係が試される。 また、「力学的エネルギーの保存」に絡んだ、「ふりこ・斜面・カーテンレール」なども注意。 斜面運動の場合、縦軸を速さ、横軸を時間で表すと、直線の正比例のグラフになる。 選択でよく出るので見直しておこう。 あと出るとしたら、「方位磁石と磁界」 「音の反射」ぐらいか。 理科は全体として「実験・観察」が必ず出る。 教科書の図版、イラストをもう一度通読しておくことを勧める。 おまけとして、社会も書いておこう。 地理は、世界と日本の大問が1問ずつ。 今年は前期の総合問題Aで「地形図」がもろに出ているので、予測がつかない。 問1は、世界の総合的な問題だろう。「正距方位図法」や「気候」「エネルギー」などに注意。 問2で地形図が出るとしたら、「略地図」「ルートの作図」「土地の断面図」「地図記号」などが怪しい。 「地図記号」は最新の4つを書けるように見直しておこう。 その他では、「3大工業地帯+瀬戸内の工業の区別」 「港や空港の輸出入グラフ」 「IC・鉄鋼業の分布」 「輸入品の国判断」 「輸送交通の新旧比較」 「日米貿易摩擦」 「近郊農業・促成栽培の短文記述」「200海里と栽培漁業」 「発電の種別と立地」など、ベタ問題はしっかり押さえておく。 「IC・鉄鋼・促成栽培・栽培漁業」は、もし出題されたらもろ短文記述が出るぞ。 原発の日本地図上の位置も注意だ。 歴史は、通史が出るので時代が限定できない。 気になるのは、「室町を軸に、平安~江戸」にかけての部分。 「惣・座・寄合・株仲間」などの用語、「執権・管領・老中」の区別などはしっかりと。 「農業史」 「外交史」 「文化史」としての縦の出題も注意を。 特に「文化史」は図版・資料、「外交史」は条文がセットで出る。 近現代では、「日清戦争以後の年表」、特に「条約の歴史」をマークしたい。 「農地改革などの戦後の民主化」「都市や出来事の地図上の位置」についても見直しておこう。 あと、明治以降の「選挙権に関する改正の歴史」。 現在と絡めた公民との融合問題が気になる。 公民は、現代的なテーマが狙われ易い。 ここのところ騒がれている「憲法や法律の改正手順」は注意。 また、「少子高齢化と今後の問題点」は、出れば短文記述になるだろう。 「人口ピラミッドと過疎・過密・昼間人口に関する問題」 「新しい人権」 「ドナー、リサイクルなどの社会的なテーマ」 「PL法・介護保険~個人情報保護法まで」 「直接請求権」などは、出ても不思議ではない。 ワールド的なものとしては、「国連と安保理」「NIES、ASEANなどの略称」「世界遺産とユネスコ」「京都議定書と環境問題」「ODAとNGO」などか。 憲法条文もマークしたい。 出るとしたら25条(生存権)、41条(国会)、13条(公共の福祉)、14条(法の下の平等)あたりだろう。 再度断っておくが、これらが出るとは限らない。 必ず、ギリギリ直前の、見直しのヒントとして捉えて欲しい。 だから敢えて、前日に書いている。 運良く訪問した者、しっかり見直しておけ。 確認したいことがあったら、今晩でも朝でも塾に電話しなさい。 以上、健闘を祈る。
2007.02.25
今期も多くの受験生に理社の指導をしてきた。 入試に何が出るかは、私にも詳しくは分からない。 でもデータを見ると、何となく出題されそうな匂いはある。 明日の受験生のために、特別に理科だけその感覚を記しておこうと思う。 予想ではなく、最後の最後の仕上げのヒントとして捉えて欲しい。 理科の場合、地学1、生物2、化学2、物理2の計7つの大問で構成されている。 ここ数年、変化はない。それを前提に考えよう。 まず、地学だ。 「地震・地層・岩石」の分野の確率が、極めて高い。 中でも「柱状図を用いた地層の問題」「凝灰岩」「化石の分類」「堆積作用と堆積岩の分類、及びその知識」「火成岩の組織と鉱物」「プレートの知識」などが怪しい。 ここのところ、「気象」と「天体」が交互に出題されており、この繰り返しはストップされると見る。 敢えてあるとすれば、「星座の日周、年周運動の仕組みと計算問題」ぐらいか。 「地震」は6年前に、「火山」は5年前に出ており、「化石」「岩石の組織」「地層」などと比べれば、可能性は低いと見ている。 「柱状図で何メートル掘ったら凝灰岩が出てくるか」 「古生代~新生代の化石区分や、さんごの示相化石としての記述」 などをしっかり見直しておこう。 生物は、まず間違いなく「植物」が1問、もう1問は「動物」だが、これは何が出るか分からない。 「植物」は「光合成」も「つくり」も「受粉」も出ているので、敢えてシンプルな「分類」の問題や、「りん片を用いた裸子植物の問題」「呼吸や蒸散の対照実験」などが怪しい。 「二酸化炭素によるBTBの色変化」も注意。酸性になり、黄色に変化する。 「動物」は、可能性としては、「消化系」がもっとも高いだろう。 「柔毛のモデル図」「だ液の対照実験の問題」は見ておきたい。 「消化酵素・アミノ酸・毛細血管」などの用語はもちろん、「柔毛による表面積を用いた記述問題」「ヨウ素液、ベネジクト液の色変化」はしっかりと。 「組織液」などの「内呼吸」や、「肝臓に絡んだ排出系」も可能性がある。 とりあえず2分野。 時間があったら後ほど1分野を書く。 朝この記事を見た受験生。 言っておくが、これが出るとは限らないぞ。 会場で直前にチェックする時のヒントと思って欲しい。
2007.02.25
私はこの教室で、多くの受験生を送り出してきた。 受験というものは、時が来ればやってくる、通過点のようなものだ。 そこには、目に見えない一本のラインが引かれている。 君たちが定めた、君たちが描いた、小さなラインだ。 受験生たちはみな、それを越えるため、険しい道を歩き続けてきた。 自力で踏み越えて行かなくてはならないもの。 その意味や大切さは、通過した後に分かるという。 ラインにたどり着くまでの過程に、自分が刻んだ足跡。 迷い、道をそれ、汗を掻きながら上った坂道。 そこには、貴重な経験があり、学びがあり、出会いがあっただろう。 だが最後に頼れるものは、自分の力でしかない。 自力で方向を定め、知恵の一歩を刻んでいくしかない。 明日、新たな受験生がまた巣立っていく。 もう君たちに伝えるべきことはないだろう。 ここまでの道程で集めた「可能性」を、しっかり掴んでいればいい。 ラインはすぐそこにある。 その先の光を、感じる時が来たのだよ。 不安ならばテキストを開きなさい。 落ち着かなければ、表の空気を吸いなさい。 そして、夜遅くまでここで頑張り抜いたことを、思い出してみよう。 この1年間、何と闘い、何と向き合ってきたか、そっと思い出してみよう。 無理につくることはない。 舞台は、素直なままの君を待っている。 素敵な仲間たち。 旅立ちの道具は揃えたか。 受験票は、君の合格のためにある。
2007.02.25
昨日の夕方、自習を名目に集まり、好き放題騒いでいた連中を怒鳴り飛ばした。 受験生なのに、何というザマだ。 散々騒ぎまくり、他の講師の指摘もあったので私が注意に行く。 踏み込む直前も大声で笑い、まるで貸切りスペースだ。 注意すると、やっていないとか勉強してたとか、屁理屈をこねたので、ふざけるなと怒鳴った。 「騒いでるから、言ってんだろ?」 「ここは宴会場じゃねえんだよ!」 教室全体に響くほどの、相当大きな声で叱った。 その時、教室には12名の小学生がいた。 普段、温厚な私の豹変ぶりに、みな相当驚いたと思う。 ペンが止まり、凍りついたように私の方を見る者。 中には入って間もない生徒もいた。 驚かせて済まないと思うが、これも仕方ないことなのだ。 ここに集まり、みんなが授業を受ける時、教室の空気は大切にしたい。 真面目に学んでいる仲間のそばで、それを邪魔する迷惑な行為は排除しなければならない。 それは、みんなのために塾長がすべきことなのだ。 学校でも、今の先生たちはほとんど怒鳴らないだろう。 多分、昨日の私の大声は、 小学生の君たちにとっては「カルチャーショック」であり、 久し振りに体験した怖いものであったに違いない。 君たちも成長すれば分かると思うが、 人は常に自分の置かれている環境を考えて行動していかなければならない。 他人、いや友と一緒に行動する時も、 相手の気持ちを考え、言葉や行為を選んでいかなければならない。 世の中は、自分中心に回ったりはしない。 自分がいれば、必ず周りには人がいて、色々な考えを与えてくれる。 経験を積み、成長していく上で、その関係はとても大切な意味をもっている。 君たちも親に叱られたことがあるだろうが、 叱られるということは、とても有難いことなのだ。 成長していくために必要な「こころ」というものを、教えてもらっているのだよ。 この教室で学ぶ時、みんな一人一人が意識しなければならないことは何なのだろう。 楽しい、温かい空気は大切にしたい。 だが学びには厳しさも必要なのだ。 君たちが中学に入り、やがて受験というものを経験する時、きっとその意味が分かると思う。 ここは、真剣に頑張る者には、温かい手を差し伸べる教室。 塾は勉強をするところだが、その勉強のために忘れてはいけないことも教えている。 学びを通じて、先生たちは時々、君たちの親になると思って欲しい。 親は、誉めるときもあれば、叱るときもあるだろう。 昨日の塾長の怒鳴り声は、見過ごしてはならない心の叫び。 馴れ合いの空気は認められないという、学ぶための最低限のルールなのだ。 「すげえ、びびった」 などと家で話してるだろうが、これが当たり前なのだぞ。 ハメを外し、調子に乗ればみんなこうなる。 ここに来る目的をもう一度みんなで考えてみよう。 そうすれば、自分がすべき態度も、気を付けなくてはならない姿勢も、言葉も、気配りも、きっと見えてくると思う。 ここは仲間と一緒に学ぶ、共同の場所。 そして、何よりも、自分のために学ぶところなのだ。
2007.02.24
以前、似たような内容の記事を書いたことがあるが、一度詳しく触れたいと思っていた。 家庭における、或いは机周りにおける様々な道具。 今あるものに、そして簡単に揃えられるものに、 学習する上で、どのような使い方のヒントがあるか。 実際に私が子育てで効果を実証したものや、個人の持つ理論をもとに述べていきたい。 今後、シリーズ化していくつもりである。 1回目の道具は 『ホワイトボード』 だ。 あまり家庭に馴染みがないと思うが、ホームセンターなどで売っている、あのホワイトボードである。 今は通販などでも扱っているが、45センチ×60センチ程度のものがいいだろう。 私が使用したものは、床と天井を2本の突っ張り支柱で支え、中央部にボードを提げるというものだった、 いわゆる間仕切りとして使うもので、網もセットになっているものだ。 これを壁を背にセットする。 場所はリビングや、食卓テーブルのそばがいい。 子供の目に触れやすい位置が理想だ。 ホワイトボードというと、伝言やメモのイメージがあるが、実際用途は無限大にある。 私はまず、子供たちに 「学習目標」 を書かせることから始めた。 本人に書かせ、それが毎日目にとまる。 食事をする時、テレビを見る時、いつもその公約がそばで睨んでいる。 また、テストの前には 「目標点」 を教科別、合計と、すべて書かせた。 そして返却されるたびに、その脇に実際の得点を書き込んでいく。 すべて本人に書かせるのである。 これは非常に効果があったと思う。 到達、未達、いずれにせよ、本人の管理で本人が家族に公開するのだ。 やらないとまずいという、追い込まれた環境を作ること。 反省があれば、次へのステップになるだろう。 成功ならば、努力の成果として記される。 だから私は次の試験まで、いつもその結果は消さずにいた。 成績が伸びない子は、結果がいつも一過性なのだ。 だからその時反省しても、すぐに忘れてしまう。 ならば見える場所に、長期間結果を掲示し続ければいい。 それを見るたびに、子供は考えるのである。 しかも毎日。 ボードには親のコメントもよく書いた。 勉強法・注意事項・格言・励ましの言葉など、下校してすぐ見れるように午前中に書いた。 初めはすぐ気付かなかったものの、やがて、帰るとすぐ見てくれるようになった。 課題のプリントや、メモなどもマグネットで貼り、次第に連絡ボードとしての機能が増してくる。 テストの直前には、もうボードは活字と貼り紙だらけで、もの凄いことになっていた。 いずれにしても、この場合は、子供の目線に掲示することに大きな意味がある。 意図的にチラチラと見させるのである。 親が振り、食卓でその内容を題材にしてもいい。 私もよくやった。 ボードの使い方として、他にもこんなことが出来る。 新聞の切り抜き、雑誌の記事などの、学びに関するものをどんどん貼っていく。 欄外のボードにコメントを書き添え、とにかく読ませ、後に感想や意見を聴き取る時間を設ける。 また私は、よくボードに問題を書いた。 漢字や言葉についてのもの、用語問題、時事、公式、単熟語、図形問題など、常に何かを仕掛けていた。 下校後、本人が解答を書き込み、夜立ち会いながら答え合わせをする。 かなり効果のある作業だったと思う。 ボードはクイズ番組の時には紙がわりになる。 慣れてくると、問題が放送されるや、自分からボードに向かうようになる。 図形問題など、書いては消し、悩みながら答えを導き出すものには紙よりも便利であろう。 ある日曜に兄弟でボードと向き合い、何かやっていた。 問題を出し合い、勝負していたのだが、もうこうなると「ホワイトボード」はただの伝言メモではない。 知恵を探る、ひとつの道具である。 使い方は色々あるだろう。 私はよく「お前、この字読めるか」「この言葉の意味、知ってるか」などと殴り書きしたものだ。 紙に小さく書くよりも、視覚に訴えることで、印象にも残る。 また、ボードに書かせるという行為は、足を運ばせ、発表させることに繋がる。 ちょうど教室で前に出て、黒板に答えを書くように。 そして何よりも、構えずに楽しみながら出来る点がいい。 宣言や目標の掲示、成績結果の記録、コメントや問題の書き込み、さらには貼り紙としての機能。 成功も失敗も常に見えるという、考えさせる環境を、ボードは可能にする。 成績を上げたいのなら、一度試してみよう。 家庭がより刺激的になると同時に、きっと子供の活動も意識も変わっていくと思う。
2007.02.23
19日、20日はアクセスが一気に増えた。 今見ると、「GOAL通信」が部門のベスト50に入っている。 私はずっと、日に一つの記事を続けてきたが、ここ3日は複数投稿をしてみた。 その結果がこれだが、4件の投稿でこれなら、15件も投稿したらどうなるのだろうと、ふと思った。 それにしてもここ3日で2000アクセス。 ブログの世界は怖い。 毎日数千という凄い先生もいるが、リアクションの対応で火の車ではないだろうか。 今、ここ3日の自分の記事を読み返してみると、削除してもいいようなものがいくつもある。 「もっと書き込めたなあ」というような記事も、複数ある。 それは考えてみれば、読者に対して大変申し訳ない行為だ。 書き込み公開する以上、しっかりしたものを記録していきたい。 塾ブログの中には、毎回中身のある文章を記されている、素晴らしい先生がいらっしゃる。 しかも毎日、欠かすことなく。 頭が下がる思いだ。 言葉に魂が入ると、自然と長文になる。 書き込めば書き込むほど、長く、重い、そして深い文章になる。 私はこの「深い」という意味合いを、もう一度手探りしてみたい。 駄文を幾つも連ねるブログにはしたくない。 その気持ちと姿勢を、皆さんにもご理解いただきたい。 今後、写真を掲載する時以外は、従来のスタンスに戻すつもりだ。 記事に心を摺りこみ、書き込むということを意識していこうと思う。 ブログに何をぶつけるかは、個人差があって当然だ。 私のテーマは、やはり生徒へのメッセージ。 生徒たちの日常を追い、言葉を綴る。 親御さんへ、或いは教育のこと、勉強法について。 いずれもその中心には、生徒というものが凛として存在している。 いや、存在させていきたい。 内容についての意見交換は、タブーなのかという問題。 これも私は、フリーで構わないと思っている。 反論があれば、意見があれば、自身のブログで論ずればいい。 書く方も、批判されることを覚悟で、責任を持って記事をしたためるべきだろう。 もちろん批判する方も、リスクを冒す以上、大人としての責任を負うことになる。 互いの熱い思いを、徹底して論ずればいい。 誇りのぶつかり合いから、光を探っていけばいい。 みんな子供たちのために主張したいことがあるから、ここに居るのだから。 誰が間違っているかではない。 みんな正しいのだから。 ただ「そうですね」「素晴らしい」「同感です」だけのブログ。 そう思った時にしか書き込めない、コメント欄。 つまらないと思うのは、私だけだろうか。 仮面をかぶり同調するだけの世界は、やがて方向を見失う。 だから私は、 自分の主張に責任と誇りを持ち、他者の考えにも意見を述べていきたい。 頷いているだけの集まりに、新しい風が吹くだろうか。 この教育の世界で、言葉を持った熱い方々が参戦しているのなら、 ここは、深みのある大きなうねりの、発信源であるべきではないのか。 素晴らしいと思う感覚も、反論も、素直な感想なのだ。 文章力ではない、それを飛び越えた「心」を交流させていきたい。 互いに一歩ひき、大人として相手を汲み取ること。 そしてそこから、子供たちの未来に温かい「光」を探っていくこと。 まだ、おぼろげながらも、 我々には、 その流れを創り出せる可能性があると思っている。
2007.02.22
今も受験生が残り、対策勉強をしている。 現在残っているのは7名の女子。 1グループは、講師に立ち会ってもらっている居残り補習。 最近よく頑張っているメンバーだ。 もう1グループは自習組。 歴史をやりたいというので、カードを与えたところ、何やら盛り上がって質問合戦をやっている。 ルールを決めて並べられたらしきカード。 何か意味があるのだろうか。 でも、返答を聞いていると、意外と知っているものだなと感じた。 ここのところ、みんな暗記の見直しを重点的にやってきた成果か。 まあ、こういう乗りもたまにはいいか。 やりながらチェックし、覚えるんだぞ。 でもそのバナナは何だ?
2007.02.21
埼玉県の公立高校入試の仕組みが変わるようだ。 ここ2年、大きな変更はなかったが、いよいよテコ入れが始まりそうだ。 変更の柱は次の2点。 「前期試験の日程を3週間ほど遅らせる」 「前期試験の募集枠(合格者数)を増やす」 要するに、今の日程では前期と後期の間が25日もあり、前期合格組は丸々2ヶ月の間、勉強の意欲が低下したままになる。 そこで、前期を遅らせて改善し、合格者枠も約半数にまで持っていこうというわけである。 当然、様々な弊害が考えられる。 まず、前期合格を増やすということは、内申点の比重(価値)が高まり、学力検査での勝負が難しくなることだ。 そして内申点の不透明な部分を補うべく、前期に課されている「総合問題」の比重が高まるだろうということだ。 うーん、塾の役割はどうなるのだろう。 進学塾なども、入試から内申にシフトしていくのだろうか。 県の模試として定着している「北辰」はどうなるのだろう。 総合問題模試のような新商品も、今後は必要になるかも知れない。 いずれにせよ、まだ教育委員会からの正式な発表は出ていない。 答申に基づき、どういう通達が出るのか、要注意である。 それに伴い、私立高校も日程や入試制度を変えてくるだろう。 変更は、2年後の入試から実施される見通しだ。 現在中1以下のご家庭は、ぜひ今朝の新聞を見て欲しい。 特に中1生は、制度変更元年になるだけに大変だ。 早速、来週の定期試験に全力を注いで欲しい。 情報が入り次第、続報いたします。
2007.02.21
先日の理科の授業の時、「オームの法則」と「誘導電流」の問題を手がけた。 何度やっても分からない受験生。 もう、期日もほとんどない。 日程的に最後の説明になるだろう。 彼は本当に理科が苦手で、特に物理分野はお手上げ状態だった。 公式と、直列・並列における+、=の法則を徹底して教え、基本題をいくつも解いた。 初めは、やはりつまずいたが、次第に正解率が上向き、最後は自力で連続正解できるようになった。 その時に見せた表情が忘れられない。 「やったー」というような、達成感というような、 ほんの少し自信が芽生えたような笑顔。 我々は、きっと、こういう瞬間のために、日々教壇に立っているのだろう。 生徒たちの表情は様々だが、「知りたい」「解りたい」というサインは受け止めてあげたい。 「できる」という喜びを大切にしてあげよう。 改めてそう思った。 最後の授業は終了し、彼は週明け受験会場へと向かう。 ここで学んだことが、少しでも役に立てばと思う。 落ち着いて解いてこい。 やればできるという自信。 しっかり思い出し、紙面にかたちを残してきて欲しい。
2007.02.21
長い時間授業をしていて、77777番を見損ねました。 どなたかは分かりませんが、幸運が訪れることを願っています。 さあ、まだ生徒は居残りで勉強している。 本気で闘っている生徒は、応援するよ。 それにしてもよく頑張っている。 私も一仕事頑張ろう。
2007.02.20
今、受験生が何人も自習しているが、その集中力にもの凄い開きがある。 真剣な者と、いい加減な者。 ここは真剣な者に、自分を大切に頑張る者に与える場。 やる気のない者、ただ友達と話しているだけの者には、用はない。 出ていってもらおうか。 残りの日数とどう向き合うか。 ここにいる目的を、しっかりと確認せよ。 カウントダウンに入った受験生が、周りの小学生に姿勢で負けているようでは、終わりだ。 自分を律し、合格発表の日を想像してみなさい。 一生に一度しかない日だぞ。 その日の価値を決めるのは、お前次第だぞ。
2007.02.20
居るだけで明るくなる、強いエネルギーを持った生徒が何人かいる。 彼女たちが教室に現れると、周囲までもが元気になる。 素晴らしい能力だと思う。 彼女たちは総じて声が大きい。 笑い声も、受け答えも溌剌としている。 堂々と衒いなく、気持ちを素直に言葉に表している。 そうかと思えば、その対極とも言える生徒もいる。 彼女たちは語る前に、遠慮して引いてしまう。 でも両者が揃うと、いい感じの空気が出来るから不思議だ。 バランスとはうまく出来ているものである。 最近は男子のパワーがやや弱い。 我々に本音をぶつけてくるのも、圧倒的に女子が多い。 文句やわがままが多いという、別の見方もあるが、主張という技量で比較すれば、やはり女子に分がある。 この傾向は、小学校高学年あたりから顕著だ。 子供は元気な方がいい。 この考え方は、いつになっても風化しない、深い意味を持っている。 内向せず威勢よくぶつかっていく、ひた向きな力は、子供たちの財産だ。 学校でも家でも、そして塾でも、思いっきり動き回る。 そして必要な時、感じた時に、自信を持って言葉を語る。 素晴らしい子供の特権である。 子供たちは思いっきり失敗し、成長していく。 元気な笑顔が絶えないよう、 たとえ塾といえども、 いつの時も、挑める環境は大切にしていきたい。 ここでは地を出していい。 元気な生徒は大歓迎だ。
2007.02.20
また地元の中学ネタで、ひとこと言わせてもらう。 毎度お騒がせのT西中、今度は理科の先生だ。 受験生たちがみんな同じプリントを持って、私に質問に来る。 これと、これを、教えて欲しいと。 何事かと、その怪しいプリントを見てみて、何とも驚いた。 入試の分野ごとの出題傾向が数年間表になっていて、さらに本年度の予想まで書いてあるのだ。 何でも、先生に「ここが出ると」言われたらしい。 生徒たちは我を忘れて、その分野だけに夢中になっている。 そしてよく分からない分野を、私に訊いてきたわけだ。 しかも次々と、同じプリントを手に、懲りもせず。 おい、お前ら、塾長が、 「このプリント凄いねー、じゃあこの印の付いている所、ちょっと一緒にやってみようか」などと言うと思うか? あのなー、入試というものは、どこが出るか分からないから入試なんだよ。 そんな予想で全部当たったら苦労しないだろ。 そんな紙切れで舞い上がってる暇があったら、自分がすべき総合力のレベルアップにしっかり取り組め。 と、一喝した。 予想と言うものは難しい。 私にだって、ここは狙われそうだという匂いは確かにある。 だが、これは定期テストや模試ではない。 一度しかチャンスのない、合否のかかっている入試なのだ。 だから、この単元は攻めておけという指示は出すが、間違っても全ジャンルのランク付けなどはしない。 この先生、「去年出たから今年は出ない」などと言い切っているようだが、そんな保証はどこにもない。 現に過去を辿れば、連続で出ている年は何回もある。 生徒たちに様子を訊くと、予想の根拠も安易で破綻している。 直前で藁をもすがる気持ちの生徒たちに、何故このようなものを配るのだろう。 塾でサポートしてくれない生徒は、一体どうなる。 媚薬で惑わして、どう責任取るつもりなのか。 入試はギャンブルではない。 予想が外れても責任など取らないのなら、ただの自己満足だ。 過去の流れをデータとして渡すのなら、今年の予想もコメントもいらない。 自慢などいらない。 どうせ配るなら、もっと血肉になる素敵なプリントがあるはずだ。 この時期に一体何をやっているのか。 「ヤマかけなどするもんじゃない」と、生徒を律し、牽引していくのが教師の仕事ではないのか。
2007.02.20
入試前の社会の仕上げに、地図への落とし込みをやらせている。 地理・歴史・公民の枠を考えず、マスターすべき地名や所在地を、地図の位置で言えるようにする訓練だ。 広島・長崎・下田・下関・新潟・函館といった都市は元より、平城京・関ヶ原の戦い・安土城・八幡製鉄所・富岡製糸場・足尾銅山・吉野ヶ里遺跡などの項目群もすべてカバーする。 地理の世界遺産・山脈・河川・平野・島・海流・自然用語なども全部書き込ませる。 やらせてみると、結構知らない生徒が多い。 「ノルマントン号事件は、どの国で起きた事件か」 との質問に、「イギリス」とか「中国」などという答えが返ってくる。 何故、領事裁判権が問題になったかが、分かっていないのだ。 和歌山沖と知り、みんな「へぇー」と言う。 正長の土一揆・米騒動・シャクシャインの戦い・金印出土地など、地図上で確認させることで歴史の背景を捉えることが出来る。 地図は入試に必ず出るので、記号選択できる最低限の知識は定着させるつもりだ。 仕上げとしては、お隣の中国まで押さえたい。 何せ、「香港」も「台湾」も「遼東半島」も分からないようでは、話にならない。 「下関条約で、日本が清から得た場所はどこか、地図上の記号の組み合わせで正しいものをひとつ選べ」 こういうの、出るぞ? しっかり押さえておこう。
2007.02.19
私はアクセス数は意識していないが、この数字だけはちょっと気になっている。 どうやら明日、見れそうだ。 公立後期受験前に縁起がいい。 受験生に踏んで欲しいが、そうもいかないか・・・ と、言いながら、今日も教室に居残りだ。 頑張ろう。
2007.02.19
ここのところ、塾生の兄弟姉妹の入塾が増えている。 現在の塾生よりもむしろ、以前に塾生だった生徒の、弟や妹たちだ。 「上の子の時、よくしてくれたので」 ありがたいお言葉を多数頂いている。 近くに多くの塾が立ち並ぶ中、あまりチラシも打たない我が教室に声をかけていただき、本当にありがたく思う。 新しい仲間は、これから3か月くらいの間にさらに増えるだろう。 ちょうど塾生たちも、今春からのコースの設定を進めている。 決まった仲間たちには、最大限力を注ぎ、期待に応えたい。 この教室は、地元に密着したスタイルで始めた。 そして生徒の大半は、口コミと紹介によるものだ。 「ご相談事があれば、納得いくまで何度でも面談いたします」 オープンの頃に謳ったセリフを、今もう一度かみ締めよう。 そして縁があり支持していただける方に対し、精一杯恩を返そう。 兄弟姉妹の輪は、この教室の顔でもある。 笑顔の輪をしっかり描き、また未来へつなげていきたい。 そう思っている。
2007.02.19
思えば、 小学校高学年から中学にかけて、 こんな机を使っていた。 学年更新やクラス替えの度に、 使う机が変わり、 傷や汚れがあると何だかいやだった。 机の中はいつもゴチャゴチャだった。 授業参観の時、放課後だろうか、親の話し合いのような時間があった。 それぞれ自分の子供の席に着いて話し合うので、親に中身を全部チェックされ、叱られた記憶がある。 今の子供たちの机はどうだろう。 デザインは大体同じだと思うが、何か別の機能が付いているのだろうか。 でも机はシンプルな方がいい。 模型を眺めていて、当時のクラスの様子がふと懐かしく思えた。 あれから随分経ったもんだ。
2007.02.19
テスト対策用の「試験範囲表」の集まりが非常に良い。 今まで何度も指摘し、改善されなかったものが、急にまとめて改善されると却って不気味だ。 特に中2生など、意識が浸透してきたことの表れと解釈しよう。 そう言えば姿勢も良くなり、ちょっと期待している。 今回の学年末試験は、学年評定を決める大事な試験となる。 1、2学期の評定が異なる生徒は、3学期の評定がそのまま学年評定になることが多い。 範囲表を見ると、例によって学年全体が範囲のものがいくつかある。 気を抜かず、実技教科も含め、自己ベストを狙おう。 試験までの期間、何をどうするか、具体的に計画は立てたか。 最近は、受験生以外でも自習に来る生徒が増えた。 塾での時間もしっかり計画に入れ、頑張り抜くこと。 テスト対策の出席率、今回は期待しよう。 「100点のゴールをめざせ!」 今度は誰の名前が掲示されるか。
2007.02.19
よく、「鉛筆の持ち方」についての記事を目にする。 私も先日観察してみたが、確かに奇妙な持ち方をしている生徒がかなりいた。 文字を書き始めるのは、幼稚園あたりだろうか。 この頃にしっかり指導修正しなければ、そのままの持ち方で固まってしまうだろう。 5本の指全部で鉛筆を支えている子。 器用に指の間に挟んでいる子。 握りしめるように掴んでいる子。 色々いるが、細かい作業が与えられた時に苦労することもあるのではないか。 消しゴムの使い方も見てみたが、やはりかなり個人差がある。 大胆にゴシゴシ消すのはいいが、紙の支え方が出来ていない。 消すたびに紙が動くようではダメだ。 力が弱いのだろうか。 今の消しゴムは性能も良くなり、消しやすいはず。 昔の本当にゴムみたいなものに比べれば、天国である。 また、消すべき部分を集中的に消せず、周りまで消してしまっている。 これは憶測だが、最近の子は、消しゴムを使う頻度が、昔よりも減っているのではないだろうか。 よく観察してみて、そう思った。 漢字の間違いには、その上から濃く重ね書きをしている。 用語の間違えに気付いても、消さずに塗りつぶし、脇に書き加えている。 総体的に解答欄に白紙が多く、文章で書く問題には、何度も消し、悩んだ形跡がない。 ひどいのになると、文章を部分的に塗りつぶし、吹き出しで文を付け加えて終わりだ。 消すのが面倒なのだろうか。 文字を書く上で「修正する」という行為は絶対に必要だ。 その「こまめに消す」という行為に慣れておかないと、作文などで苦労するだろう。 私は、こういう指導は、家庭で徹底して行うべきものだと思っている。 鉛筆の持ち方もそうだが、定規、コンパスといった文具の扱いが正しく出来ているか。 しっかり家庭でチェックしてみてはどうだろう。 テストの字が汚い、あるいは重ね書きをしている。 消しゴムを使わず、乱雑に塗りつぶしている。 作図の線が曲がっている。 こういう子供たちは、果たしてしっかり文具を持っているだろうか。 綺麗に、使える状態で。 往々にして筆入れに揃っていないものだ。
2007.02.19
テストの点数の部分を 折って隠す子がいます もしその行為を あなたの子供がしてきたら ぜひ 温かい言葉を掛けてあげてください 恥ずかしいのです 友達と比較されるのを 嫌がっているのです そして同時に 親に言われるシーンを 子供は十分思い描いています 三重にも四重にも折り曲げられた点数 その折り目の数は 反省の証と思ってください 心の痛みを感じてあげてください 頑張った結果ダメだった あるいは あまり頑張っていなかったとしても 点数というものを意識しているから 折るのです 納得いく いかないではなく あなたの子供は「まずい」ということを 自分なりに察知したのです その「まずい」という思い 反省の心を 折り目に感じ取ってあげてください 何度もテストを重ね いつの間にか期待が大きくなってしまう そんな家庭はないでしょうか 点数で縛られた子は 自分の基準を忘れ 自分のためでなく やがて 評価されるための点数しか 意識しなくなります いつも点数を折る子は 評価されることを 嫌がっているのです その気持ちを感じてください もしあなたの子供が 点数の部分を折った答案を持ってきたなら ぜひ 温かい言葉を掛けてあげてください 目立たないように テーブルの隅に さりげなく置かれた 裏返しのテスト その 痛々しい折り目を見てあげてください 明日に繋がる励ましの言葉が きっと 折り目をなくすには必要なのです
2007.02.19
子供たちは失敗しながら成長していく それは間違いないと思う あいつに負け 不完全な自分を思い知らされ ちくしょうと思い 次の成功を 少しずつ思い描いていく 失敗には その原因を辿る行為が付きまとう 原因を辿り 工夫と改善を加えるか 原因を見ようともせず 逃避するか 長い目で見た場合 その差は 比較できない程の開きとなっていくだろう 経緯を振り返らず 何も改善をせず 繰り返し失敗を重ねる者がいる 簡単に失敗と言うが これは失敗ではない 失敗という言葉には 人の営為が込められていなくてはならない それは あるべき目標に あるべき姿に辿り着く過程で 弱点を知らされることであり 未熟を知らされることである 何もせずに同様の結果を反復するという行為は ただ「無知」を提示しているだけで 失敗とは言わない 成長とは何だろう 私は それは その「無知」を隠す行為から始まる 自己との闘いに根ざした エネルギーのようなものだと思っている 挫折を知ること 恥をかくこと どんどん経験してみればいい 嫌な空気を味わい それを正面から受け止めてみればいい 逃げている限り 君は可能性を掴めない 受け止めるのだ そして 悔しさの感覚を思い出してみよう 可能性は経験に宝のように転がっている 探してみよう 成長のために 敵と向き合ってみよう 独りでどこまで出来るか 挑んでみよう それでも悩んだなら 周りを見てみることだ そこには 使えるヒントがたくさんあるだろう そこには 温かい人の言葉が必ずある 成長期の君は ひとりじゃないぞ
2007.02.18
昨日は終日、受験生の授業に追われ、休む暇もなかった。 朝9:30から補習授業を始め、終了は夜の11:00。 昼休憩の1時間弱を除いても、指導時間は実質12時間を超えていた。 理社の問題を色々解いたが、夏の頃と比べ力は付いてきているようだ。 まだ、詰めが甘い。 だから、応用問題で苦労している。 リストを隠しながら、必死に暗記している生徒もいた。 いいぞ、どんどん覚えろ。 正確に、より正確に、紙面に記せるようにしよう。 もう少し早くから手がけていれば、もっと良かったが。 あと1週間で、階段を上れるだけ上ろう。 最終倍率も発表された。 それを見て、何人落ちるとか計算している君。 何人落ちるではなく、何人受かるかだぞ。 こんなにたくさんの人が合格できる。 そう考えなさい。 当日の合否ラインには、1点に20人位が集中してくる。 今はそのための1点を研きなさい。 そんなことを伝えた。 受験生には、みな同じ時間が与えられている。 「もう、これだけしか時間がない」 「まだ、こんなに時間がある」 君はどう思うか。 考えながらも、進んでいくしかない。
2007.02.18
中3受験生が次々に質問に来る。 自習のあいだ、授業の前、そして授業後に居残りで。 手が空けば質問攻めだ。 こっちとしても解答を見ずに説明するわけで、真剣勝負である。 私は普段から、「分からないことは何でも訊きに来い」と言っている。 非常にいいことだ。 ただ、すでに何回も説明している「ベタ問題」を、この時期に訊いてくるのはやや淋しい。 それが意外と多いのだ。 「こんなもの分かるだろう」という基本的なことも、本人にとっては難問なのだろう。 今日の《音の波形》の説明で、つくづく感じた。 音の高低、大小の感覚が身についていない。 だから波形で山の「高さ」などという表現を使うと、音の「高さ」と混同してしまう。 長時間かけて、やっと理解できたようだが、理解を試す問題演習の必要を強く感じた。 基本的な問題が出来ても、応用題になるとまったく解けない生徒もいる。 自分のテリトリーを超えると、思考を放棄してしまう。 音でも、弦の「長さ」「太さ」「張り」による「音の高低」の法則が分かっても、いざモノコードに重りがぶら下がってしまうと解けなくなる。 いや、解こうとしなくなる。 電流で「オームの法則」の基本は計算できても、回路図がちょっとイラストに変わっただけでミスが多くなり、グラフ問題が加わればもうお手上げ状態だ。 直列、並列と、回路をつなぎ替えていく問題もそうだ。 電力や磁界が苦手という前に、まずそこから治していく必要があるだろう。 でなければ、オームの法則と磁界が融合した問題など、永遠に解けない。 理科の入試では、条件を変えたときの比較を見る問題がよく出る。 現象、原理、法則というものの、正しい理解が問われるのだ。 いかに分析し、ヒントを探し、理由付けするか。 数学の証明問題に大変よく似ている。 「答えを見ても、なぜそうなるのか分からない」 最も多い質問のパターンだ。 分かるかどうかは、解くための道具をどれだけ持っているかで、ある程度決まってしまう。 だから知識を増やし、設問パターンごとの解法を訓練しなくてはならない。 問題解法のレシピを記録し、何度も実演を重ねていくのだ。 ファイルの数はそのまま力になって出てくる。 ワンジャンルごと、何をどうやって勉強したらいいか分からないという質問も、結局同じ手順を踏むしかないだろう。 まず基本知識や原理というものを、しっかり身に付けて欲しい。 理科の公式は10個もないぞ。 すらすら言えるようにしておきなさい。 「湿度」「圧力」「熱量」「密度」「平均の速さ」・・・・ 公式知らなきゃ解けないぞ。
2007.02.17
わが教室は、最寄の二つの中学の学区の境界線にある。 位置的には、至近のT中の生徒たちの目に付きやすいと思う。 だが、T中の学区は大通りを隔てた向こう側。 当然通学路も向こう側の歩道。 T中は1学年約300人というマンモス校なので、いつも相当数の生徒が行き来している。 教室の中からも、その姿はよく見える。 以前、正門付近でチラシを配った時、偉い目にあった。 部活のない日に、登校時間に合わせてやったのだが、生徒の波が途切れないのだ。 自転車通学を禁止しているため、みんなゾロゾロ歩いてくる。 横つなぎになり、縦にバラバラに、あるいは団子状態になって。 正門を目指し、二方向から合流してくる。 考えてみれば、ほんの10~15分程度の間に900人も集まるのである。 凄いわけだ。 渡そうと思うと波が逃げていき、次の波が一気に来る。 一人や二人では、とてもじゃないが渡しきれない。 いやあ本当に、都心のスクランブル交差点を渡る歩行者とも、ナイアガラの滝ともつかぬ、勢いの凄さを感じた。 そのT中と、T西中には、以前より「毎日写真ニュース」を寄贈している。 1階の通路によく掲示してある、ニュース写真のコーナーだ。 枠の下に塾名も明記してあるが、生徒に聞いてみると、認知度は半分くらいか。 ホリエモン、イナバウアー。 去年の同時期と比べて、インパクトのあるニュースが少ない。 その分、厳しいこともあるか。 地元中学との提携と、チラシによる認知度アップ。 今年はナイアガラ封じを考えよう。
2007.02.16
先日記事でも紹介した「激励文」。 無惨にも、表に捨ててありました。 受験生たちに込めた我々の魂が、丸められて・・・・ ただただ、残念でなりません。 供養のために写真を載せておきます。 何を感じますか。 踏みにじったヤツを追及する気はありません。 その分、この冊子の魂を、真剣なみんなに分けてあげたい。 人として大切な「心」が分かる仲間。 「思いやり」や「痛み」が分かる仲間。 それだけで充分。 ここには、いっぱいいるからな。
2007.02.16
昨晩もまた教室に残り、作業をしていた。 時おり手を休め、教室を眺めると、生徒との様々な記憶が甦ってくる。 この一年も様々な出逢いと成長があった。 塾の一年は、春に始まり春に終わる。 ちょうど桜の花が色づき始めるころ。 毎年巣立っていく仲間がいて、新しく合流する仲間がいる。 約3年前、あんなにチビっちゃかったあいつが、 いつもうつむいて、恥ずかしそうにしていたあいつが。 春からは高校生か。 教室の風景は、みんなのドラマを映し出すフィルム。 私だけが知っている景色がすぐそこにある。 新学期になると、近くの中学のジャージの色が、また一つスライドする。 赤、緑、青。 今の受験生の赤ジャージが、今度の1年生の色だ。 その前の赤ジャージの卒生は、今年大学受験。 知る限り、4人の朗報をすでに聞いている。 こうして何十、何百という生徒を送り出しながら、 その時、その年の顔を、教室はしっかり記録していく。 もうすぐ新年度が始まる。 私も頑張らねば。
2007.02.15
書店にテキストや問題集を買いに行く。 売り場には各出版社の教材やガイドが大量に並んでいる。 そんな中、お祝いでもらった図書カードを手に、 いくつかの親子連れがあれこれ比較している。 春になると、よく見られる光景だ。 私は以前書店で、学習参考書売り場の責任者を務めたことがある。 日曜日にはこういった親子連れが特に多い。 でもよく見てみると、その大半は母親と子供の組み合わせなのだ。 父親はというと、何故か実用書やビジネスなどの他のコーナーで立ち読みをしている。 そう、服を選ぶ時に「ああでもない、こうでもない」となかなか決まらないので、別行動をとる。 その感覚に似ている。 しばらくして父親がやってくると、決まってこう言う。 「おい、まだ決まんないのか? どれでも同じだろ」 さらに、 「こんなに買ったって、どうせやりゃあしないだろ」 と、駄目だしまでしてしまえば、母親も黙ってはいない。 以前、売り場で口論を始めた夫婦がいて、仲裁に入ったことがある。 「お父さんも少しは・・・」「教育は何でも私が・・・」「少しは子供のことも・・・」 子供の前で一体何を考えているのか。 せっかく希望を持って新しい節目を迎えようとしているのに、丸つぶれである。 これは極端な例だが、総体的に「学び」については母親に一任してしまう父親が多いのは事実だろう。 夫婦ともに高学歴の時代を迎え、母親の意識が以前よりも強くなったということも背景にある。 書店で参考書を選ぶときも、日常で深く係わっている母親が中心になるのは、仕方がないことかも知れない。 でも私はもっと父親に立ち合ってもらいたいと思うのだ。 おもちゃを買う時を例に挙げると、母親は子供が選んだものを否定することが多い。 「同じようなのが家にあるでしょ」「あんたにはまだ早いわよ」「こっちの方がいいんじゃない?」「ね、こっちにしなさい」 父親はというと、結構さっぱりしている。 「うん? どれにする?」「これでいいのか?」 事情を知らず、無責任と言えばそれまでだが、選択権を完全に子供に与えている。 問題なのは、それを子供がどう大切にするかということだろう。 しょうがなしに決めたものと、自分で決めたもの。 この流れは、参考書選びにもヒントを与えていると思う。 まったく選べない子供には、親が候補を絞り、提示してあげればいい。 ただし最後の選択権は、子供に任せるべきだ。 でなければ、強制になってしまう。 自分で選べる子供には、逆に自分自身で候補を絞り込ませればいい。 そして親はあくまでも選択のヒントを与えることに徹していればいい。 また、春だからとまとめて全教科購入することもない。 量に圧倒され、必ず自滅する。 思ったほど良くないと1冊評価されれば、他の教科も同じ運命を辿る。 だから、まずやってみて、内容の良さを確認してから、追加購入をすべきだろう。 シリーズも揃える必要はない。 各教科、自分に合ったものを、バラバラで選択していくべきだ。 参考書、問題集の類いは、自宅に冊数が増えるほど効果が薄くなる。 親の係わりは大切だが、慌てず欲張らず、一点主義の考えを持って欲しい。 テキストは保険ではない。 買い与えて安心をもらうものではない。 子供が使いこなせて、ものに出来て、初めて意味がある。 この春、親のサポート力というものを特に意識していただければと思う。 意欲が芽生える「道具」の与え方を考えてみよう。 そして父親も参加し、ぜひ「学びの世界」に価値を吹き込んでいただきたい。 自分で選んだものは丁寧に扱うものだ。
2007.02.15
先日、塾生のお母さんと家庭学習の話をした。 その中で、塾で使っている教材を分けて欲しいという話が出た。 下の4年生のお子さんに対してである。 色々と市販の教材も手がけたが、教科書に沿った演習としてはどれも物足りない。 塾で扱う準拠教材の良さは上の子で知っているので、できたら購入したいのだと言う。 確かに書店に並ぶ市販の教材は、問題を解くという目的では量が少ない。 別冊の解答を抜いてしまうと、厚みもあまりない。 そして問題の欄外に、余計なものが色々印刷されていて、邪魔に感じる時がある。 ヒントやら、イラストやら、制限時間、合格点といったものまで。 これらは以前にも書いたが、いざ演習しようという時に不要なものだ。 ヒントをチラチラ見て解いて正解したとしても、本番ではクソの役にも立たない。 ひどいのになると、そのページの欄外に解答があったりする。 また市販の教材は、往々にして解説が貧弱だ。 まあ、問題量に関しては、数種類のテキストを買い揃えればクリアできるかも知れない。 だが、他の付加価値を比較すると、やはり塾教材の良い点が目立つのだろう。 当事者である私が見てもそう思う。 このお母さんの要望は正しいので、今回は許可することにした。 十分に活用し、不明な点が出てきたら、塾を頼っていただければと思う。 塾生の関係者にはこういった配慮は必要だろう。 一般的には外部の方に販売はしないが、その辺も今後の課題かも知れない。 塾を発信源とした、より良質の教材斡旋。 今後の塾のサービスのあり方として、視野に入れるべきだろうか。 学びにとって良い道具をカタログに眠らせておくのは確かにもったいない。 子供にとって本当に役立つ、波長の合うテキストとの出会い。 オープンにすることでそれが可能なら、素晴らしいことだ。 あの塾はいいテキスト売ってくれるそうよ。 そんな会話が、近いうちにどこからか発信されるかも知れない。 戦略として、頭に入れておこう。
2007.02.15
ちょっと悪乗りしてみました。 「以下」(自分以下)を斬る、五ェ門。 みんなの斬鉄剣の切れ味は、今日も絶好調だろうか。 背後のハンコは、生徒に人気のアンパンマンです。 言うまでもないですね。 済みません、次からちゃんと書きます。
2007.02.14
今日締め切られた、後期の出願。 うちの生徒が受ける高校の倍率が、軒並みアップしている。 ほぼ0.1~0.2ポイント。 人数で30~50人程度。 簡単に言うが、この人数は合否ラインで微妙に絡んでくる。 16日までに志願先変更が一度出来るが、毎年そんなに動くものではない。 変更で抜けていく者もいるが、逆に受けてくる者もいる。 倍率を見て上から落としてくる生徒が多いので、受験生徒のレベルは微妙に上がる。 でもあまり考えないことだ。 数字はあくまでも数字。 いいか、30人など、当日の入試で1点多く取れば簡単にクリアだ。 自分の目指す頂点をしっかり見て、あと10日頑張ろう。 数字は明日の朝刊にも載るから、必ず見なさい。 共学の場合は、男女別の志願者数もよく見ておけよ。 有利、不利がそれで別れる場合がある。 不明な時は相談しなさい。 1月一杯でやめた私立単願の女子生徒。 そのうち、仲良し2人組が夜訪問してきた。 「手作りです」ということで、それぞれ例のものをいただいた。 そうか、14日か。 ありがとうな。 わざわざ済まないと思う。 仲間たちの追い込みを見て、何か感じたかな。 みんな、もうちょっとだよ。 エール送ってあげような。
2007.02.14
天体のメカニズムが分からない生徒が、 意外と多い。 ということで、地平線を着けてしまいました。 南中高度とはどの角度か、 南中高度は季節でどう変わるか。 また、 季節による昼夜の長さの違い、 季節による星座の見える方向、 金星の見えるタイミングなど、 懐中電灯やボールとセットで、いろいろと使えそうです。 「次元」は別に意味はありません。 ルパンの中では好きなので。 生徒たちの印象に残れば、それも良しですね。
2007.02.14
今週と来週の土曜日に、『理社の仕上げ特訓』を行う。 今まで学んできた知識を、得点に繋げていくための、確認ゼミだ。 「狙われるパターンの確認」「重要語句の最終チェック」「頻出短文記述の総ざらい」「そっくりテスト」などを中心に進める。 参加すれば、当日の試験で、2教科計15点は上がるだろう。 各科40点満点。 この得点の意味が分かる者は集まりなさい。 いちいちプリントで案内などしない。 お知らせは、昨日より教室のボードに書いた。 他の教科を優先する者は参加しなくてもいい。 当日ここに来て、自分のすべき自習をしていてもいい。 ただ当日時間になれば、号令をかけ説明を始める。 必要と思うメンバーは、その時に揃っていなさい。 24日は1、2年の学年末対策があるので、夕方からになる。 両日の予定時間を書いておこう。 最終確認は、ボードを参照すること。 17日 9:30~12:00 13:00~15:30 19:00~22:30 24日 19:00~23:00 いずれも9:30以降は自習フリー。 教室は終日開放する。
2007.02.14
貴様らは 一体何しにここに来ている 理由が分からぬのなら これだけ言って聞かせても まだ分からぬのなら とっとと帰れ ここは貴様のような 腑抜けが来る場所ではない 貴様らのようなガキが来て 遊び呆ける場所ではない 設備を乱し 食い散らかし 好き放題したいのなら 表で勝手にやっていろ 何度指導しても 何度譲歩しても 考えようとしない カッコ悪い貴様らよ いつも子供じみたことでしか 自分を主張できない 小さな小さな 情けない貴様らよ 哀れだぞ 見苦しいぞ 入試は12日後にやって来る 本気で闘うことも出来ず 逃げてはごまかし 結局 何を得たというのだ 受験というものは そんな連中に軽々しく合格をくれたりしない 高校行きたいだと? 行くためにどうすればいいか 考えてから言えよ 行動と態度で示してから 頭を下げ 相談しろよ 幼児がするような 下らない悪ふざけで教室を乱し 再三忠告しても改善されず 挙句に 謝罪の言葉もなく 暴言を吐き へらへら笑っているようなヤツは ここに来る価値はゼロだ とうとう俺を怒らせてしまったな 謝罪もせず 後で後悔するなよ ここのルールは俺が決める 俺が成敗してやるから 楽しみにしていろ ここは学びたい 教わりたい仲間が集まり 真剣に時を過ごす場所 人として最低限の常識を持ち 目標を目指して 苦楽を共にする場所 腑抜けでガキで 常識の意味すら分からんお前らに用はない みっともないぞ15歳 こんなことで高校受かると思ってるのか? 平和だな あえて要望はしないが じっくり考えてみればいい 世の中の厳しさが分からない限り 貴様らの明日は 果たしてどうなるか 大人になれよ 悔しかったら 賢くなってみろ 中途半端な生き様は 誰が見ても見苦しい したいことがあるなら 真剣に立ち向かい汗をかけ いつまで甘えている いつまで楽を選択している まだ分からぬか 貴様らが自力でつかもうとしない限り どうにもならないのだ それでもふざけ 乱し 散らかし ルールすら守れないのなら 他者の言葉が 師の心が 気持ちが分からぬというのなら もう来なくていい 来る意味がないから ここは貴様らの遊技場ではない ここは貴様らの溜まり場ではない ここは貴様らの憂さ晴らしの施設ではない 調子に乗るのも いい加減にしろよ 受験直前だからと 特別に扱う? ふざけるなよ 受験生は貴様らだけではない
2007.02.14
S君という中1生がいる。 彼は夕方になると教室に顔を出し、自習をしていく。 もう何回、自習しに来ただろう。 授業のある日も、ない日も、試験の前でも、普段の日でも、 一人でやって来て、黙々と自習していく。 彼は来ると必ず、まず私に挨拶に来る。 「自習室、借りてもいいですか」 しっかりと許可をもらい、それから入室していく。 それから2時間ぐらい、長いときは4時間も頑張っている。 手の空いた時、たまに見てあげるが、しっかりやっているようだ。 前回の期末では成績が伸び、420点を取ってきた。 私は頑張ったなと彼に言ったが、彼はもっと上位を狙いたいらしく、 「学年順位を一桁にしたいんです」 と、元気に言ってきた。 彼のいい点は、勉強に前向きに元気に取り組んでいること。 学び発見していくことが、楽しくてしょうがないという感じなのだ。 帰る時も必ず大きな声で挨拶していく。 「有難うございました」 素晴らしい習慣を身につけていると思う。 言葉遣いも礼儀も、しっかりわきまえている。 そういえばテスト対策の時も、一番乗りは彼だったな。 彼を見ていると、まだまだ大きく伸びていく資質を感じてならない。 文句を言い、たらたらやっている一部の先輩たちよ。 爪の垢を煎じて飲ませたいとは、このことだな。 今も受験生が自習に来ているが、 さあ、どこまで真剣に自分と闘えるか、見届けたい。
2007.02.13
小学校から数えて、君は何回試験を受けただろう。 100回、200回、小テストから、まとめの大きいテストまで。 その度に文句を言い、いやいや教科書を広げてきたよな。 好きな教科は、結構気分が乗ったかも知れない。 でも嫌いな教科は、やる気もなく何となく受けてきた。 部屋に眠る答案の枚数だけ、みんな、様々な記憶があると思う。 「じゃあ、これからこの前のテストを返すぞ」 答案を返される時のあの空気。 手応えのあった時と、失敗した時の複雑なリアクション。 点数の部分を、思わず折って隠したこと。 親に見せられず、引き出しの奥にしまい込んだこと。 でも、それも時が流れれば、みんな思い出となっていく。 100回も受けた試験。 その試験というものの意味を、君は考えたことがあるだろうか。 なぜ、何回もつまらない試験を受けなければのらないのだろう。 同じことを教わり、それをどれだけ理解しているかを調べるため。 定期的に行うことで、学びからの逃避に歯止めを掛けるため。 理由は色々あるだろう。 試験というものは、いつになっても緊張するもの。 みんな1点でも多く取ろうと真剣になるもの。 もし試験がなければ、みな真剣に学ぼうとするだろうか。 適度なハードルとして試験があるから、みんなそれなりに頑張るのだ。 点が多いほど評価されることを知っているから。 そこに深い理由はない。 では、点を取ることが、果たして 「美」 なのだろうか。 試験では、点が多いに越したことはないよな。 それは真実だろう。 でも試験の意義として、もっと大切なものがあると私は思っている。 それは、クリアしていくことの意義だ。 クリアするためにどういう経緯を辿ったか。 その行為を検証することの大切さである。 目的を持って欲しいのだ。 目標ではなく、試験そのものの目的を。 目的のために何をすべきか考え、悩み、越えた向こうに何があり、結果として手元に何が残るのか。 クリアすることにどんな意義があるのか。 そういうことを、定期的に考えることで、試験に臨む姿勢は変わってくる。 10点を取り、クラスでビリになってしまった。 点を取るためのテストならば、そこでピリオドだろう。 でも試験の目的を正しく捉えるならば、その結果に対する行為が生まれてくる。 90点分の与えられた課題を、どう料理していくか。 そこから新たな作業が始まるのだ。 結果が不満ならば、気に入らなければ、改善すればいいことだ。 自己を高めていけばいいのだ。 そのために、何百という数の試験が用意されているのだよ。 結果ではなく努力が大切。 よく言われる言葉だが、日常の営みではまさに正論であろう。 でも、入試のような節目の試験では、結局奇麗事になるよね。 スポーツの練習試合では、負けながらも何かを学び取ればいい。 でも大会の本番では、勝ちたい。 そのために雌伏しながら、目的を持ち、努力しているんだ。 学びの世界も同じなのだ。 試験が何故あるのか。 その目的を正しく捉え、手順を踏みながら越えていきたい。 そして常に課題を探し、消化を試み、次に向けて準備すべきなんだろう。 入試のようなイベントでは、日々の行為が底力となって出てくるもの。 そんなものなのだ。 そんなものなんだよ。 目標点などいらない。 まず受ける目的を、そして受けた後の行動を、再検証してみよう。 結果論ではなく、進行形で検証してみよう。 ハードルを越えるために必要な足跡を、今、どう付けていくか。 ハードルを越えた後の足跡は、どうつけていけばいいか。 意識してみよう。 イメージしてみよう。 その一連の行為が、やがて成功に繋がっていくのだと思う。
2007.02.12
明日は現中2生を対象とした、入試説明会がある。 昨年もやった。 大切な話があるのに、どうしたことか今年は集まりが非常に悪い。 昨年は10組、保護者11名、生徒5名が参加したが、今年は保護者2名しか申し込みがない。 生徒はゼロになりそうだ。 中2生はもう受験が始まっているというのに、大丈夫なのだろうか。 受験の仕組みや、データなどの資料は、持っているのだろうか。 伝えたいことがある。 今から、この2月から始めて欲しいことがある。 明日はみんなどう過ごすのだろう。 生徒たちの士気を見ると、何だかとても心配だ。 親御さんは、仕事の都合で参加できないのだろうか。 理由は分からない。 ただ、今後の1年を占う大切な日。 ものすごく貴重な話をする日。 決起という意味で、極力出席して欲しかったが、仕方ない。 今回出られる親御さんは、とても前向きに受験というものを考えておられる。 明日の参加で、ご子息にまず偏差値+5を約束したい。 それだけ価値ある話をし、資料を渡し、結束を深めたい。 今後1年間の塾との係わりを確認し合うということは、とても大切なこと。 その意義を感じていただける方には、可能な限り想いを伝えたい。 去年参加した5名の生徒たち。 当日の記事にも書いたが、その後もみんな前向きにこの1年間を過ごしてきた。 すでに2名は進路が決まっている。 うち1名は、高校に入っても塾を続けることになっている。 この教室で学ぶことの意義を見つけ、一緒に頑張りたい。 そんな生徒の気持ちに、精一杯応えていきたい。 毎年、卒生に色紙を書いてもらっている。 3月の慰労会に、教室へのコメントを記念として残してもらっている。 でも、今年は、後輩へのメッセージも別に書いてもらおう。 そう決めた。 新受験生に早くひとり立ちして欲しい。 そんな想いが、沸々と湧いている。
2007.02.11
学びの手法には、色々な切り口がある。 同じことを学んでも、生徒によってその定着はみな違う。 なぜ違うのかを考えてみれば、それは 「学び方」 が異なるからだろう。 どういう学び方を辿るかは、本人の意識とこだわりに拠るものが大きい。 「学習姿勢」 とか 「要領」 とか、聞こえのいいセリフを吐いてみても、 それも結局は、「こうしなさい」 という矯正力で縛るようなものだ。 定着に差が出るのは、学びにおける導入がズレていることが多い。 と、私は思う。 いわゆる 「つかみ」 で失敗しているのである。 目の前に100個の知識があれば、闇雲にそれをかき集めようとする。 とにかく集め、かじり、その行為に安心する。 重大なミスに気付いていない。 そう、集めたものを収める 「器」 が伴っていないのだ。 玉拾いで、玉を拾い集めながら、背中のカゴに穴が空いている状態。 器からどんどんこぼれているのである。 私はこれを、「知識のつまみ食い」 と呼んでいる。 色々な物に興味を持ち、行動し、攻めていくことは悪いことではない。 だが、彼らに共通していることは、結果として 「かたち」 が残らないことだ。 彼らは知識を次々に食べていく。 あれも美味しそう、これも気になると。 ひと口ずつ、気分に任せて。 やがて時間とともに、お腹がいっぱいになるだろう。 さあ何を食べたか。 思い出そうとするが、何故か断片的にしか出てこない。 あんなに集め、あんなに食べたのに、記憶にほとんど残っていない。 知識の 「つかみ」 が、思い付きと衝動で終始してしまっているからだ。 知識と情報は、個人にとって大きな財産となる。 だが、財産にするためには、集めたものを体系化していくことが大切だ。 体系化するとは、使いこなせるようにすること。 使いこなせて初めて、「得る」 という行為が生きてくる。 欲張ってはいけない。 腹八分でいいから、正しいメニューをじっくりと味わう必要がある。 そして得たものを振り返り、記録し、残していかなくてはならない。 分類され、整理されたリストは見やすい。 頭の中も同じで、使える情報を効率よく並べ、集積していかなくてはならない。 断片的な知識でゴチャゴチャになっている頭脳は、 それなりの情報量はあっても、使いこなせる機能が伴っていないのだ。 定着はやがて試験で試されるが、 その差はどのような 「かたち」 で頭に残っているかの差でもある。 いつも知識が曖昧で苦労するのは、学びにおける「つかみ」で失敗しているからだ。 成果というものは、学ぶ 「量」 だけでは決まらない。 その 「量」 を使いこなせる形で 「収納」 していくことと、 さらにそれを紐解き、練習していく 「復元」 が必要だ。 それらをスキルとして身に付けること・・・ 簡単なようだが、実は難しい作業である。 まず導入における 「つまみ食い」 を、一度リセットしてみよう。 そして、欲張らず、一点集中で定着を意識してみよう。 たくさんの曖昧な知識よりも、少ない使える知識を増やしていく。 「つかみ」のコツが分かれば、それも可能だ。
2007.02.11
「つまらないミスが多い」という生徒が必ずいる。 親御さんとの面談でも、この話題はよく出る。 「テストになると、うちの子は、つまらない間違いが多くて」 本当はもっと知っているのに、本当は解けるはずなのに、間違えてしまうのだという。 つまらない? つまらないって、どういうことだろう。 挙句に、「先生、つまらないミスをなくす方法ってないでしょうか」 などと、質問されることもある。 私は苦笑して、いつも返答に困る。 ここではっきり言っておくが、これは「つまらない」ミスではない。 実力である。 ミスを当然のように反復している、実力である。 いわゆるケアレスミスというものは、油断によるアクシデントを指す。 特異な例として捉え、データから除外すべき性質のものだ。 《いつも》 ミスをするということは、常態化したデータであり、たまたまでも何でもない。 また、同じミスを繰り返すのであれば、修正されていない欠点が露出されていると思っていい。 「分かっているのに、失敗した」ということなのだろうが、失敗するということは、良く分かってない証拠なのだ。 「つまらないミス」 とは、まことに聞こえがいい。 考えてもみて欲しい。 いつもつまらないミスで80点しか取れない。 では、いつミスがなくなり、100点になるのだろう。 ミスをすると言ってはいるが、これは単なる理解と練習の不足に過ぎない。 失敗が常態化しているということは、作戦ミスなのだ。 さらに点を取りたいのなら、リカバリーしない限り、いつまでも繰り返すだろう。 漢字の 「てん」 が抜けて、×になった。 小学4年の、簡単な掛け算を間違えた。 文中書き抜きの文字を、一字書き間違えた。 英文の大文字と小文字を、うっかり書き間違えた。 疑問文に 「?」 を書き忘れた。 どれも確かに不幸だ。 おそらく分かっているのに、失敗したと言うのだろう。 だがいずれも分かっていないから×になるのだ。 立派な力不足なのだということを、自覚しなければならない。 なぜなら、テストの×は力不足と弱点の判定だからだ。 仮に5-3を間違えたとしても、それが本人の実力なのだ。 本当に 「つまらない・・・」 と言うのなら、次から完璧にすればいい。 その作業をせずに、正しい分析もせずに、ミスを正当化していても成績は上がらない。 本来の実力は・・・・ こういう言葉はアベレージを残した者が言う言葉。 自分の答案をよく見て、間違いのクセを分析してみるといい。 親御さんも冷静に、厳しく修正に立ち会うべきだろう。 もう一度言う。 「つまらない」 などと言っていても、成績は上がらない。 親御さんの言う「つまらない」は、往々にして自分の感覚で述べているものだ。 「あんた、こんな簡単な計算、できるはずでしょ」 「博という字にはテンを打つって、このまえ言ったでしょ」 「この英単語、先週家でやったら書けたじゃない」 よく考えてみて欲しい。 あなたの子供は、果たして100%理解しているのか。 ○をもらうことが、常識というレベルなのだろうか。 「つまらない」 ではなく、「つまる」 ではないのか。 作業のヒントは、そこにある。
2007.02.10
昨年より 高校受験の仲間たちに渡している 対象は 公立の後期試験に臨む者 今年も 『ドラゴン桜』 のカットを使わせていただいた 講師一人一人が 受験生にメッセージを添える 一年・・・・いや・・・ 中には三年という歳月を 一緒に歩んできた想いが 温かい言葉になって生徒に届けられる 様々な記憶 出来事 そして語り合ったこと 笑顔と 汗と 熱い涙の足跡 講師一人一人のブログが ここにある 元気で頑張れよ・・・・ 自信持って臨めよ・・・・ ちっぽけな12ページの冊子から 言葉が聞こえる 先生たちは みんな君を見守っているぞ 君は どんな熱いものを感じるだろうか
2007.02.10
高校入試、前期合格の知らせが、少しずつ入ってきている。 倍率の高い分、内申点が極めて高い生徒か、ランクを落として臨んだ生徒以外は、なかなか難しいのが前期試験。 その中で、自分の志望校を替えずに挑戦し、堂々と合格を手に入れた君たちは素晴らしいと思う。 学びのリズムを失うことなく、高校に行っても前向きに何でもチャレンジしてみるといい。 人生は新しい発見の連続。 高校には高校なりの出会いと発見が用意されているだろう。 とにかく、おめでとう。 最後まで努力した甲斐があったな。 まとまった段階で報告しようと思うが、前期は今年も去年並みで落ち着きそうだ。 触れておきたい仲間へのコメントも、その時書こう。 さあ、いよいよ最後の後期試験がはじまるぞ。 受験のメンバーは、今もみんな真剣な表情で授業を受けている。 あと少し、目標を見失うなよ。
2007.02.09
T西中の3年社会科担当の先生。 試験問題の内容と進度について、ずいぶん書いてきました。 最後に、はっきりここで言わせてもらいます。 あなたは、教師として失格です。 何故なら、教科書に沿った全学習範囲が終わらないから。 単元、範囲ごとの、ペースにも比重にも、まったく計画性がないから。 もう、何度も書きましたよね。 受験生の場合、入試のタイミングを視野に入れた指導計画を立てなくてはならない。 本当に分かっているんでしょうか。 以前は疑問でしたが、もうここまで来れば、分かっていないと断言させてもらいます。 私立の相談会で使う北辰テストの範囲に間に合わない。 生徒が進度の遅れを指摘すれば、俺は俺のペースでやると逆ギレ。 定期テストの問題は、間違った内容を平気でいくつも使う。 正解なのに×だと、生徒が交渉に行けば、非を認めず門前払い。 生徒たちは正しい理解を評価されず、そのまま内申を付けられています。 進度が遅いのに余計な話が多い。 挙句に、入試までに終わればいいんだろうと、豪語する始末。 先生、その入試、先月から始まってますよ。 私立はもちろん、先週で公立の前期試験も終わってます。 前期の総合問題は、社会の色が非常に濃いものでした。 未履修を抱える生徒は有利だと思いますか。 生徒たちに戸惑いと不利益をもたらす教師は、私は失格だと思っています。 隣の中学も、その隣の中学もとっくに終わっている範囲です。 何でも先生は、まだ経済分野も終わってないそうですね。 社会保障・福祉・公害は終わったのでしょうか。 その後にまだ、国際社会・エネルギー・環境・国連・世界平和と、まるまる1章残ってますよ。 ここ、入試に頻出の重要単元です。 おかげで過去問をやっても、国連や核問題になると、生徒たちは解けません。 そりゃあそうだ、習ってないのだから。 入試までに、1月中に、終わるんじゃなかったのですか。 以前、そう話されましたよね。 塾では問題を解きながら先取り対応をしてますが、そんなものでしょうか。 地域の塾たちの助けを借りながらで、正しい授業運営と言えるでしょうか。 後期入試まであと2週間。 慌てて一気にやり、帳尻合わせますか。 そんなの授業と言えるでしょうか。 なぜもっと長期に渡り、ペースを考えた計画が立てられないのか、不思議です。 前回の期末の時、自分が示した範囲が終わらず、後はよく見ておけで済ませましたね。 入試もそうするのですか。 もしそうなら、非常に残念です。 いくら授業に工夫を凝らし、丁寧に進めても、教科書が終わらない。 先生、終わらせるって、教師としての義務じゃないですか。 現場の状況も知らず、一方的でひどいでしょうか。 お前などに言われたくないと思うのなら、思ってください。 でも、複数の生徒が、なぜみな同じことを言うのでしょう。 生徒たちは戸惑ってます。 困ってるんですよ。 私も社会科を教えています。 単元単位で知恵を与えていき、全体でひとつのまとまった形を作るのが社会科。 しかも期限付きの受験学年なのです。 志望校の合格が掛かってるんです。 さあ、どうしますか。 公立の問題は、授業をしっかりやっておけば解けるんじゃなかったのですか。 他の中学、地歴の復習と入試問題やってますよ。 入試では、地公、歴公といった融合問題が出ますよ。 対策、学校ではやってくれないのですか。
2007.02.09
すべきことから逃げずに、健気に頑張っている子。 目標を持ち、自分を変えようと懸命な子。 毎日自分に言い聞かせ、精一杯闘っている子。 真剣な生徒たちには、それに見合う春を与えてあげたい。 みんな前期は受かったら儲けものとは言いながら、やはり期待はしてしまうものだ。 照準は、飽くまでも後期試験。 今日は朗報を待ち、結果にこだわっている、特別な日ではない。 心の張りを保ち、すべきことをしっかりこなしていこう。 真剣な者には、それなりの結果が訪れるもの。 まだほとんど結果報告は来ないが、どう転んでも最後でリズムを狂わすなよ。 待っていても何もない。 自分から奪いに、行動に出よう。 マラソンも、いよいよ遠くに競技場が見えてくる頃。 時間は限られてきた。 みんなも辛い。 条件は一緒だ。
2007.02.08
志望校の最終調整に悩んでいる生徒がいる。 明日の合否結果により、即断しなければならないのだ。 昨日も書いたが、最後は自分の意思で決めて欲しい。 周りの大人たちは、そのための資料とヒントと指針を与えてくれる。 でも春になり、高校に通うのは誰だろう。 自分が行く高校。 目を閉じ、イメージしてみよう。 君のために掛けてくれる、温かい言葉と気持ちを感じてみよう。 そっと、そっと・・・ きっと結論はその先にある。 みんな君の決断を待っている。 15の冬。 誰もが越えてきた、誰もが越えなくてはならない試練。 ここまでの足跡をどう結論づけるかは、勇気のいることだろう。 でも時は待ってくれない。 塾長は去年も、一昨年も見てきた。 塾長はみんなの涙の意味を知っている。 だから、君だって越えられる。 そう思うのだ。 あとはじっくり考え、落ち着いて決断すればいい。 最後の舞台は、君の目標点。 最後の舞台は、一度しかない。 人生で一番頑張ったと言える姿で駆け抜けてみなさい。 そして耳を澄まし、夢の広がりを聴いてみよう。 心地よい風を受け、君が微笑んでいる。 塾長は、そんな眩しい君の姿を想い描いていたい。
2007.02.08
高校受験、前期の発表が明日行われる。 倍率が平均で4倍、学校によっては7倍を超えている。 生徒たちはみな、後期試験に視点を移し、追い込みに懸命である。 埼玉では、前期の発表を受けて、13日(火)と14日(水)に後期の出願に動く。 中学校では後期の出願校を決めるために、個別の面談が入るだろう。 私立を確保している場合はいいが、公立のみの生徒には間違いなく志望校を落とせと言ってくる。 敢えて公立一本の受験作戦に出た以上、仕方のないことだ。 先生とよく話し合い、自分が受けるべき学校を慎重に決めて欲しいと思う。 私立を押さえていれば、前期と同じ第一志望の公立にぜひトライしたい。 3年間通うことをよく考え、本当に生きたい高校を選んで欲しい。 私の下の息子は、現在私立高校に通っている。 公立高校を受ける時は、本人に志望校を決めさせた。 息子は、模試判定で五分五分の、兄の通う高校を言ってきた。 私も正直難しいと思ったが、最終的には本人の意志を尊重し受験させた。 挑戦せずに後悔を引きずるのなら、突き進み、賭けてみるのもやり方。 もちろんすべての生徒に勧められるやり方ではないが、我が家はそう選択した。 結果はダメであっても、挑戦することで何かを得たのだと思う。 息子は納得して今の高校に通っている。 「後期受験なら、志望校を見直した方がいい」 昨日、学校で先生に言われたと、ある生徒がこぼしていた。 さっそく、もう動き出している。 さらに、「もし替えないんなら、私立覚悟だぞ」とまで言われたらしい。 どういうことだろう。受けても受からないということなのか。 無理だということを、本人に伝えたいのだろうか。 後期まであと18日。 前期の手応えもなく、精神的に一番辛い時。 その大事な時に、よくこんなことが言えたものだ。 不安を和らげ、みんなのモチベーションを上げようという気配りは出来ないのだろうか。 この日のために、みんなどれだけ頑張ってきたと思っているのか。 志望校に合格するために、ここまでやってきたのだ。 そもそも受験の組み立ては、年末の打ち合わせで決めたこと。 水を注すのではなく、決めたことに突き進んで行けるよう、足並みを揃え、励まして欲しい。 私立を押さえていてもこれでは、公立一本の生徒が思いやられる。 心を強く持ち、よく考えて乗り切ろう。 相談事があれば言いなさい。
2007.02.07
また地震ネタで済みません。 日曜の千葉の地震(横浜方面では結構揺れたようですが)以降、全国で有感地震が14回も起きています。 2日でこの数は異常であり、もう暫く本震への警戒が必要な感じです。 列島の地下やプレートが不安定なうえ、電波の異常も多発しているようです。 受験生は大切な時期ですので、念のため防災に注意しましょう。 週末は天気が崩れそうですね。 金曜あたりから、北日本・北陸は雪、関東も雨になりそうです。 地震は統計的に、天気のいい、気温の上がる日に多いそうです。 今日、明日、そして天気の回復する日曜も頭に入れておきたいところ。 これは予言ではなく、関係サイトの情報公開ですので、意味合いはご自由に解釈してください。 また無関係な話をしてしまいましたが、気を悪くしないでくださいね。 私も科学や地球物理学、気象学などを色々学んでますが、確かに今回は気になる点が目立ちます。 もう書くこともないでしょうが、もし何か変化があっても、当記事のコメント欄に追加します。 外れて、何も起きないに越したことはありませんね。
2007.02.07
高校入試、後期まであと残り19日となった。 明後日には、前期の発表がある。 うーん、暫くの間、2週間ほどは、かなり慌しい日が続きそうだ。 今日も理科の授業で、電流の問題がいまだに解けない生徒がいた。 総合での得点力をどうつけていくか、今後は生徒単位で変えていかなければならない。 大切なのは、自分から攻めていくこと。 もう何度も言ったが、あえてもう一度言う。 どこまで攻略できるか、合格率を上げるために執念を見せて欲しい。 今しかやる時はないぞ。 同じ高校を志願している県内の生徒はどうしているか。 寝ているだろうか。 テレビばかり見ているだろうか。 この2時間である仲間は、用語を50個覚えたかも知れない。 ある仲間は、過去問を2県解き終えたかも知れない。 そう考えれば、やらずにいられないだろう。 時はどんどん過ぎていく。 「あと1週間あったら・・・・」 そろそろ、そんなセリフも出る頃だろう。 みんなの願いを込めた縁起ものも見守っているぞ。 全部終わったら、みんなで食べような。 もう少しだ。
2007.02.06
もういい加減にしなさい。 高校に行きたいのなら、ミスを修正しなさい。 精度を高めていく努力をせよ。 夏目瀬石。 板垣大介。 伊能忠高。 倉屋式。 祖庸調。 太閣検地。 富岡製紙場。 百性一揆。 元緑文化。 議員内閣制。 夫婦別性。 編西風。 裁培漁業。 疑灰岩。 胚種。 高温動物。 班状組織。 作酸カーミン・・・・ 君たちは受験生なのだ。 入学試験まであと20日。笑っている場合なのかよ。 何が福沢論吉だ。 何が福沢輸吉だ。 いいか、誤字リストを書いて部屋に貼っておけ。 今後私の前で同じミスをしたら、ただではおかない。
2007.02.06
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