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今回の中間テストは、 1、2年生の頑張りが際立っている。 「100点のゴールをめざせ」も、 ほとんどが1年生と2年生だ。 まだ途中集計だが、 90点以上の掲示が、ご覧のようにボードから溢れつつある。 明日までに、まだかなり増えるだろう。 個人別集計は週末に発表する。 すでに430点超えが、8人出ている。 教室で真剣に授業を受け、テスト対策も率先して頑張った仲間たち。 入塾テストもなく、平凡な成績だった君たちが、素敵な結果を出しつつある。 一人一人が自分と向き合い、可能性を自ら見つけようとしている。 S君、H君、自己ベストやったな。 みんな、努力の賜物だ。
2007.05.31
地元中学の学校行事日程が、どうもしっくり来ない。 6月は、部活の大会、就学旅行、教職実習、期末試験と、意外と行事詰めだが、塾としては生徒の検定試験や模試に支障のないように、ただただ願うだけだ。 地元T中の就学旅行は7~9日、T西中は11~13日。 その間の10日は、英語検定が実施される日だ。 重ならないだけよかったが、先行のT中の疲れのハンディは否めない。 また、部活の大会は、18~20日となっており、こいつはちょっと厄介だ。 前日17日が埼玉の「北辰テスト」の日で、中3生にとってはかなり大切な模試。 案の定、大会前日は最後の練習があり、この北辰を受けられないという生徒が続出している。 顧問に事情を説明しても、「部活の方が大事だろ、休むなよ」と、話にならないそうだ。 練習を午後3時からにして軽く仕上げるなど、配慮はできないものだろうか(北辰は昼過ぎに終わる)。 昨日は、2日に実施する漢字検定が、部活の遠征試合で受けられなくなったという生徒が登場した。 4月の時点で受検申し込みは済んでいたのに、何でも急きょ泊まりの遠征になったらしい。 学びの計画が部活によってどんどん乱れていく。 中間テスト前の部活の中止期間も、ある学校の部活では1週間が4日に短縮されていた。 顧問の判断らしい。 その生徒は塾の対策にも参加できず、仲間に比べハンディを背負った格好だ。 検定も模試も学校行事とは一切関係ないという理屈は分かる。 だが、進路に係わる大切なものを、そう簡単にあしらっていいものだろうか。 生徒にも年間の学びの計画があり、イベントの計画があるのだ。 モチベーションを下げ、不満が出ることを、何で毎年繰り返すのだろう。 去年も英検と学校公開日(登校日)が日曜で重なった。 以前は北辰と体育祭が重なった。 北辰の結果は、私立高校の個別相談会で、内定をもらう上で必要になる。 中学ももっと真剣に、生徒の学びと進路というものを考えて欲しい。 中学のHPを見ても、更新が遅くて行事予定が見えてこない。 T西中のHPに至っては、トップの大見出しにこんな表記まである。 「4月9日、平成19年度卒業式が行われ、・・・・○○名の新入生が入学しました」 もちろん、入学式の誤植である。 1か月様子を見ていたが、一向に訂正されないので、今日メールを打った。 しかし、誰も気づかないもんかなあ。 行事もそうだが、気配りに何か閉鎖的な、事務的な寂しさを感じる。 保護者のクレームはどうなんだろう。 ああ、またグチを言ってしまった。
2007.05.30
何度試験を受けても、一向に得点が伸びてこない。 わが教室にいる、数名の戦士たち。 共通していることは 「勉強が嫌い」 ということ。 そして、「勉強に懸命になろうとしない」 ということ。 頑張って少しでもいい結果を出そうという意識から、長いこと乖離してしまっている。 点を取る喜びを知らない。 点を取ることの価値を見い出せない。 ズルズルとそのまま、何となく臨み。 きみの手元には、味気ない結果だけが残ってきた。 さあ、 そんなに勉強が嫌いなら、やめてしまおうか。 どうするよ、受験生。 おまえは9か月後に、進学という岐路を迎える。 そいつは入学試験という関門を持って、確実に来る。 逃げるかい。 尻尾を巻いて降参するかい。 きみだけが特別でも何でもない。 県内数万人の仲間が、同じ条件で戦っている。 頭が悪いから、いくらやってもダメだって? おまえ本当に頭悪いな。 そんな寝言言ってる暇があったら、課題に取り組めよ。 やなねばならない課題どれだけあるよ。 もう、腰まで浸かって、足の自由が利かなくなって。 さぼりのツケに押され、手が回らなくなって。 まだ寝言かい。 何だい、あの中間の点は。 これがおまえの存在かい。 これがおまえの誇れる生き様かい。 こんな小さな壁にさえ、適当にやり過ごし、魂を込められない。 逃げて逃げて、ごまかし続け。 結局いつも他人事のように、失敗を垂れ流している。 おまえは尻拭いまでも、他人にやってもらうのか。 高校は自分の意志で行くもの。 行きたくなければ、行かなければいい。 行きたいのなら、行く資格を自分で築き上げろよ。 高校は義務教育じゃあない。 おまえ次第なのだ。 返却された10点、20点の答案。 おまえが立ち向かわなければ、ただの紙くずだ。 何も準備せずに試験を受け、当然の結果を受け。 また次も、繰り返すのか。 いつまで母を悲しませる、中3受験生。 やり方が分からない? いくらやっても、良くならない? 覚えれば点が取れるものを、覚えていないで何を言う。 しかも何時間自分に投資したというのだ。 やり方や要領を知りたいだと? そんなものは、 全力で戦っている者が、悩んだ末に言う言葉だ。 自分と戦い、何度も何度も練習し、努力を重ねている者が言う言葉だ。 悔しかったら、目前の課題をなぎ倒し、全力で走り抜けてみろ。 本気で汗をかいてみろ。 おまえなりの執念を見せてみろ。 発狂するくらいまで、頭に叩き込んでみろ。 100暗記する時は、100暗記しろよ。 10やそこらの暗記で、どうやって勝負するのだ。 遊びで試験を受けるのなら、受ける価値はない。 みな向上心を持ち、1点でも伸びるようにと努力しているのだ。 真剣勝負なのだ。 苦しいのなら、もっと苦しめ。 苦しさを知らないのなら、教えてあげよう。 毎日来い。 ここに魂を持って来い。 改造しようじゃないか。 おまえの崩れかけた仕組みを。 点を取りに行く勉強とはどういうものか。 嫌というほど、頭にしみ込ませてあげよう。 まだ間に合う。 泣く覚悟で来い。
2007.05.30
ある女子グループに、体験生が合流した。 先週面談した生徒がさらに友達を誘い、2名同時の体験となった。 塾生を加え、4名の仲良し中3クラス。 女の子は、友達がいると素直に地を出してくれるからいい。 元気な快活なメンバーは、授業後さっそく私を囲み、成績や志望校の話で盛り上がった。 塾生2名は、入塾してまだ1か月。 残り2名のうち一人は、先週1回面談しただけ。 そしてもう一人は、今日2時間前に初めて会った生徒。 ああでもない、こうでもないと、遠慮なく会話と質問、そして笑いが飛び交う。 何だかもう2年くらいいるような、自然なやり取りだ。 これが中1だと状況が違うのだろうが、さすがパワーのある中3生グループ。 去年もそうだったが、教室を明るくしてくれるエネルギー源のようだった。 生徒たちと入れ替わりに体験生のお母さんが訪れ、説明を兼ねた面談をした。 入るのが前提の説明と、進路相談に終始した。 その間にもう片方の体験生の自宅からも、入塾申し込みの電話が入る。 いやあ、元気印の仲間がこれで一気に増えそうだ。 活気の面で、下級生に押され気味の受験生たち。 彼女たちのグループが、何かいい流れを作ってくれそうな予感がする。 みなそれぞれ、去年の塾生たちの部活の後輩。 先輩の話をすると、みな、否応なしに盛り上がる。 勉強の話をすると、真剣に聞き入り、本音で質問してくる。 そんな、素直で、笑顔の似合う、いいやつばかり。 公立受験まであと9か月だよ。 何だ、この中間の得点は。 衒いもなく笑い転げ、頑張りますという表情を見せる彼女たち。 勉強も夢も一緒になって考え、可能性を広げてあげたいと思った。
2007.05.29
「分かった」 と 子供たちは言う 類題を10問解き 何とか出来るようになった それが分かったということなのか じゃあ 解いてもらおう 3か月前に 分かったと言った問題 先月 完璧だと言い切ったこの問題 どうした・・・・何をにらめっこしている 分かったんじゃないのか ここできみに忠告しておこう 「分かった」 という境地を 甘く見てはいけない 試験で高得点を取るために みんながどれだけ努力しているか 得点はアベレージが保証してくれるもの そのためには 何度も何度も繰り返し 肌で覚え 定着を図るしかないのだ 10で分かったのなら 100やって 正確さを高めていく 分かってからが本番なのだ 分かってからも解きまくるのだ それは無駄ではなく 完全定着に繋げる大切な行為 執念で解きまくるのだ 完成を目指し 暗記ものならば 100回反復してみなさい 何度も 何度も 夢に出てくるくらいに 書きまくり 命を吹き込んでみなさい 出来ないと 逃げるか 出来ると 自分に言い聞かすか 目的はただひとつ 完成を目指すこと 10で分かったのなら 100やって 正確さを高めていく 分かってからも解きまくるのだ 分かってからも反復確認するのだ 感覚が備わるくらいに 自分のステージで 練習は 技術を確実に高めていく 我々が普段書いている文字 10回しか書いていないだろうか 数百回という繰り返しの中で 自然と身に付いたもの そうではないだろうか 定着とは 安定した知識や行為を 瞬時に描けること 「分かった」 という境地を 甘く見てはいけない 10で分かったら苦労しないのだ 何が来ても対応できる高いレベル きみはその技量を奪いに行けるのか 分かったと思ってからの 次のステップ さあ 終わりにするのか まだ解き続けるのか 成績は そんな汗に比例して生まれてくる
2007.05.28
私はよく、学びを「木」に例える。 中心に「幹」という軸を持ち、しっかり「根」を生やし、実りの「枝葉」を付けていく。 根は、水や養分を吸収する《攻め》の部分。 そして、姿勢を安定させる役割。 どんな刺激にも耐えられるように、貪欲に、長く、深く伸びていく。 枝は、葉を支える《守り》の部分。 そして、実りを定着させる役割。 先端まで力を伝え続けようと、幾本にも分かれ、複雑に絡み合っていく。 知恵を吸収し、糧としていく。 学びのスタイルがそうであるならば、軸をどう置くかが大きな意味を持つ。 幹は、その軸となる顔の部分。 天空にまっすぐ伸びていく、力のシンボル。 すべては、その中心の幹の在り方によって決まる。 木は葉を茂らせ散っていく。 毎年、どれだけの葉をかたちとして残せるか。 攻めと守りと、それらを支える中心軸の在り方が、知恵の葉の数を決めていく。 攻めて行く土壌をしっかり見据え、毎日休むことなく学びと向き合う。 そして無数の葉に、学び取ったエネルギーを与えていく。 大木も、かつては小さな若木であった。 「伸びない」と、何かもやもやし、悩んだ時に、 「根幹」という言葉の意味を、学びにイメージしていく。 大小、様々な木を実際に見て、触れてみよう。 近道のない、年月の重み。 吹っ切れることがあるものだ。
2007.05.27
コメント欄、復活します。 以前のようにご感想をいただければと思います。 教室の風景ですが、写真は今月上旬のものです。 現在もほとんど変わっていません。 突っ張り棒を2本立てて、通路のアクセントにしています。 写真ではよく見えませんが、結構シャレてて気に入っています。 意味がないって? いえいえ、今後、その意味が分かる時が来ますよ。 用途は∞です。
2007.05.26
「なに、これ? あんた、27点じゃないの!」 さあ、子供たちの言い訳が始まります。 まずは、黙って聴いてあげましょう。 「今回は体調悪かったからだよ」 「部活があって十分に勉強する時間なかったし」 「提出物ばっかで、対策してる暇ないしさ」 「クラス平均たった35点で、先生マジ切れてた」 「学年の最低点、2点だって。笑えるっしょ」 「ミサちゃんだって46点だし、やっぱ難しかったんだよ」 「出すってところ、せっかく覚えたのに出なくてさ、ムカついた」 「今回は厳しく採点したんだって」 「問6できた人、学年で3人しかいないらしいよ」 「記号が15個あって、たった一つしか合ってないし」 「ねえ、不幸でしょ? 運、悪すぎでしょ?」 「前の日やったとこ出なくてさ、メチャ頭に来たし」 「次は得意な範囲だから、マジ大丈夫だって」 お母さん方、 可愛いもんです、大目に見てあげましょう。 本人もまずいと思い、なんとか取り繕い、評価を上げようとしているのです。 ぜひ、次につながる言葉を掛けてあげてください。 ただし、反省と分析は必要。 なぜダメだったのかをよく振り返り、次はどうするのか、具体的に公約させるといいでしょう。 公約はリビングなどに貼っておくのがオススメです。 言い訳しているうちは大丈夫です。 罪悪感を抱き、前向きに次にチャレンジしていこうという意思を持っています。 言い訳をせず、ノーコメントや、「うるさいな」とか「またかよ」とかすぐキレる時は、ちょっと要注意。 勉強を投げてしまっているのなら、いつまでも点数は上がりません。 話し合いが必要かも知れませんね。
2007.05.26
新、中1生の中間試験結果が、少しずつ届いてきている。 ほとんどが小学部から一緒にやってきたメンバーだが、かなり高い得点の報告ばかりだ。 90超えの数。 すでに18。 今まで教室で蓄えたエネルギーが、見事に結果に表れている。 試験のほとんどが今週に実施されたため、まだ返却は一部。 どこまで増えるか楽しみだ。 中2生以上も、90超えは今のところ10。 自然教室に行っている学校もあり、最終集計は翌週の後半になりそうだ。 私が直接指導している、中2のN君。 私がノルマとして彼に課した「理科」の得点は98点。 範囲のあらゆる問題をこなし、死角はない状態で臨ませた。 答案はまだ返ってきていないが、彼の予想ではミスは1問だけだと言う。 間違えたのは、昭和新山(溶岩ドーム)の岩石成分が花崗岩か流紋岩かという問題らしい。 これは難問だ。 粘り気や色は習うが、具体的な火山を形成する岩石の特定までは、教科書にもワークにも載っていない。 彼は昭和新山が白っぽいということは分かっていたが、実は花崗岩も流紋岩も白っぽいのである。 吹き出た溶岩が冷えて固まったという、作られ方に発想がいけば正解していただろう。 悩んだすえ、逆を書いてしまったらしい。 悔やまれる失点である。 今回、納得のいく結果を出せなかった君。 期末の対策はもう始まっている。 絶対に中間を超えるのだ。 さあ、その前提で何をすべきか。 熱き計画を、この土日から始めてみよう。
2007.05.26
定期試験が終わると、生徒たちが問題用紙を持ってくる。 授業で解説するために、あるいは過去問としてファイルするためコピーを取る。 どの塾でもここまでは、やっているだろう。 さあ、さらに別の生徒が問題用紙を持ってきたらどうするだろう。 「ああ、T中の3年の問題なら、昨日A君が持ってきてくれたから、ある。ありがとね」 などと言って、見もしないのだろうか。 ただファイルすれば終わり・・・・ こういう塾がほとんどではないか。 わが教室ではどうかと言うと、こんなことは絶対あり得ない。 生徒が問題や答案用紙を持ってきたら、必ず目を通す。 5人でも、6人でも。 有難うと言い、同じ問題用紙に何度も目を通す。 問題用紙には、生徒の汗が滲んでいる。 悪戦苦闘した経緯が記されている。 その一つ一つを生徒ごとの紙面に探し、アドバイスを加えていく。 問題用紙の使い方については、1年前、『きみの問題用紙は汚れているか』という記事で触れた。 時間があればこちらをじっくり読んでいただきたい。 その記事でも触れたが、問題用紙の傷み方は生徒によってみな違う。 書き込みも、折り目も、みな健気な奮闘の跡だ。 ラインは引いているか。 ポイントを囲んでいるか。 独自の記号や印は刻まれているか。 目を通しながら、その生徒の50分間の闘いをイメージしていく。 紙面の記入だけで、試験中のシーンを想像し、会話を交わす。 「お前、ここ、こうやっただろ」 「何で、分かるんすか?」 アドバイスを語り、生徒の反応を見ていると、得点が見えてくる。 最近は大体はずしたことはない。 問題用紙には、本人が切り抜けてきた足跡が必ず残っている。 計算ミスの筆算の跡。 何度も何度も書き直し、思い出そうとしている漢字の跡。 やたら上手い、少女のイラスト。 それらは、準備を積み、臨んだ試験の生々しい記録だ。 ただ得点を追い、この問題をどう解いたかを確認することが見直しではない。 試験にどういう姿勢で臨み、どういう手順で問いを処理していったのか。 時間は余ったのか、足りなかったのか。 そして何よりも、効率のいい「解き方」をしているか。 線を引かなくてはいけない部分に、次から線を引かせてあげたい。 丸で囲むべき部分に、次から自信を持って三重丸を描かせてあげたい。 試験に臨むやる気の有無も含め、紙面に次につながるヒントを見つけていく。 そして方法論を与えていく。 それが本来の見直しなのだろうと思っている。 だから同じ問題を持ってきても、私は拒まない。 そして、そこまで言うのなら、 そう・・・・期末より、全員提出ということも考えている。 一人一人の、50分間の闘いを知るために。
2007.05.25
枠で区切られた解答欄に答えを書いていく。 横書きのノートに、用語などを1行に1語ずつ次々と書いていく。 プリントの裏に、板書の語句を縦にどんどん写していく。 いずれも書いた文字の下に次の文字を次々と書いていく作業だ。 成績の悪い生徒は、このラインが乱れる。 縦のラインである。 斜めに曲がっていく者、凹凸の激しい者、様々だ。 板書や口頭の説明を写す場合を見てみよう。 こんな風だ。 標準時 明石(あかし)、東経135度 本初子午線 時差 北方領土、ロシア 経済水域 200 海里 沖ノ鳥島 地下資源 栽培漁業 (育てる漁業) 偏西風 環太平洋造山帯 大陸棚 口頭の語句を書きとめる場合は、もっと乱れる。 漢字が分からないので、「誤字」や「かな」が混在していく。 表じゅん時 明石(あかいし)、東経135度 本初し後線 時さ 北方領土ロシア 経済すいき 200海り 沖のとり島 地か貨源 裁ばい魚業(育てる魚業) 遍西風 かん大平洋ぞう山たい 大陸ダナ 見づらいったらない。 そしてさらに、活字の大きさが統一性なくどんどん変化していく。 ひどい生徒になると、一つの用語の中でさえ、字の大きさがバラバラになる。 もう何を書いているのか分からない世界だ。 成績のいい生徒は、この縦のラインがきれいだ。 改行ごとの最初の一文字。 その一画目の位置が、感覚でピタッと決まる。 だから枠で区切られた解答欄に答えを書く時も、バランスが整っている。 また、長い語句の時は、枠の幅を考えてうまく詰めて書ける。 口頭の語句も、書く時に説明を補足していく。 標準時 15度で1時間 明石(あかし)日本の標準時(東経135度) 本初子午線 ロンドンを通る0度の経線 時差 ロンドンとは9時間 北方領土 ロシアと領有争い 経済水域 漁獲量の制限 200海里 領海は12海里 沖ノ鳥島 日本の最南端 護岸工事 地下資源 水産資源→経済水域 栽培漁業 養殖漁業(獲る漁業から育てる漁業へ) 偏西風 大陸に吹く西よりの風 環太平洋造山帯 アルプスヒマラヤ造山帯・火山 大陸棚 潮目=よい漁場となる テストでどちらがいい点を取るか。 考えるまでもない。 よく分からない、苦手だ、頭が悪い。 そう言って弁解する前に、自分のノートを見てみなさい。 書き写す時点で、すでに勝負が付いている。 それじゃ、いくらやっても勝てやしない。 まず縦のラインを意識してみよう。 改行後の初めの一画目の位置を、丁寧に考えよう。 1秒間だけでいい。 次に、活字の大きさを揃えてみよう。 見栄えよくするために、自分のクセを調べよう。 そして、行や、枠や、スペースを、バランス良く埋めていこう。 バランスは物の収納に似ている。 知識や情報を整理し、「収める」という感覚を養うのだ。 それはテストの時にも、答案作成術として役立つ。 書く時には、視野を広く持つといい。 ペン先ではなく、上下左右の関係を視野の中に捉えていく。 そう意識することが、自然と縦横のラインの安定につながっていく。 ノートやプリントを調べてみよう。 さあ、改善すべき点はどこだろうか。
2007.05.24
統一達成テストの結果が出た。 教室には名前を掲示するが、約束通りここで速報を記しておく。 今回は塾内の全中学生に、すべて同じ問題でトライしてもらった。 漢字50問、英単語50問、各1点で計100点満点。 中1生には未履修の英単語が多数含まれており、確かにハンディではあったが、事前に範囲を告知し、どこまで前向きに取り組んでくるかを見る目的もあった。 漢字は、不利という理由の通用しない、小学校の履修範囲のものだ。 上位20名のみ合格、他は追試とした。 以下、得点結果である。イニシャルで40位まで連記する。 1位 S・96点・2年 2位 S・95点・2年 3位 S・94点・2年 3位 N・94点・2年 5位 H・92点・2年 6位 O・91点・2年 7位 Y・90点・3年 8位 S・89点・2年 9位 N・87点・2年 10位 K・84点・3年 11位 F・83点・1年 12位 K・80点・2年 13位 N・78点・2年 13位 O・78点・3年 15位 T・76点・1年 16位 O・75点・2年 17位 T・74点・3年 18位 K・65点・1年 19位 O・61点・2年 19位 U・61点・2年 ここまでが合格。以下は追試。 21位 K・58点・3年 22位 I・56点・3年 23位 W・51点・3年 24位 Y・50点・1年 24位 K・50点・2年 26位 N・49点・1年 26位 N・49点・2年 26位 M・49点・3年 29位 K・47点・3年 30位 E・46点・1年 31位 K・43点・3年 32位 I・42点・1年 33位 S・41点・1年 33位 K・41点・3年 33位 D・41点・3年 36位 Y・40点・3年 37位 E・39点・1年 38位 S・36点・3年 39位 T・33点・1年 39位 A・33点・2年 以下割愛。最低は8点・1年。 予想通り、2年生の健闘が目を引く。 10位までに8人、合格ラインの20位までに13人いる。 いつも不合格だった生徒が一発合格を決めるなど、この1年間の成長がしっかり伺える。 1位の生徒は英単語は満点だった。 1年生は英単語が出来るか出来ないかで、差がはっきりと出た。 家で真剣に練習したかしないかの差だ。 漢字に関しては、総体的にできている。 それにしても3年生は何をしている。 学年の平均点は、1年生と大して変わらない。 漢字に至っては1年生以下ではないか。 2年間のハンディがあるんだぞ? 1年生は、この間まで小学生だったんだぞ? しっかりせんかい。 追試の合格点は90点だ。 受験生として、情けない結果はもう許さんからな。
2007.05.23
先日の「統一達成テスト」からの、サンプルである。 上段は×が多い例、下段は○が多い例。 小さくて見づらいが、筆跡のどこが違うのかをよく比べていただきたい。 「験」や「配」の右側(旁)の部分、「減」や「域」の最後の払いや撥ねの部分、「約」の糸偏の点の打ち方など、丁寧か雑かの違いが明確に出ている。 上段は字体の角が丸く、全体がくにゃくにゃした一筆書きのようになっている。 大きさやバランスの問題もある。 「続け字、読めない字は×にする」と注意書きしたにもかかわらず、この状態。 試験の意図が解っていない者には、今回は全部×の洗礼を与えている。 下段の左3人は中1生。 止め、撥ね、活字の大きさとバランスの違いなどは歴然だ。 平素より丁寧に書き、筆跡を意識しているかどうかの差がはっきり出ている。 筆跡は性格を表すとよく言われるが、それ以前の練習不足の生徒が多数いる。 小さな字で筆圧もなく自信なさげに書いている生徒もいるが、漢字テストは大きくはっきりと書くことが基本。 上手い下手ではなく、一画ごとの正確さが基準なのだということを再認識して欲しい。 真剣に答案を埋め、判定してもらうのだという姿勢がない者には、追試で目覚めてもらおう。 英単語を含めた全体の結果は明日発表する。 追試はどれだけ出るかな?
2007.05.22
金曜にある生徒から、ブログのコメント欄に書き込みがあった。 塾の教室環境と対人関係における、悩みのメッセージだった。 私としては有難いアクションだが、文面の一部に個人を特定できる部分があり、塾生の保護者も閲覧することから、やむなく削除した。 翌日の記事で、その説明とアドバイスを書き添えた。 難しく書きすぎたので、分かってもらえたか心配していた。 内容としては、「語る勇気を持とう」「何でも相談に乗るよ」というようなものだった。 そして日曜に本人からコメントをもらった。 勇気を出し、話し合い、相手にも分かってもらえたという。 何よりである。 結果がどう出るかではなく、私はその生徒の行動を誉めてあげたい。 中学生というものは環境の変化に敏感で、心が揺れ動く世代。 グループや派閥ができ、みんなその中で自分の居場所を悩みながら探している。 よき友に巡り合える者、孤立してしまう者、輪の中心で能力を発揮する者。 色々なスタンスの仲間が、言葉を頼りに、心理合戦を繰り広げている。 そして、順応しづらい関係には、アクションをかけず一歩身を引くもの。 その中で語りかけるということは、リスクを背負うことなのだろう。 この生徒は、そのカベを自分の判断で乗り越えた。 私は、逃げずに前進を選択してくれたことが何より嬉しい。 「塾長の言葉が嬉しかった」 「迷惑かけてすみません」 本人がコメントで語っていたが、私は何をしたわけでもない。 生徒の本心が、自分のすべきことを自然に演じたのだと思う。 とても素直な、心優しい、いい子だ。 教室の仲間として一緒に頑張れることに、私としても感謝したい。 みんな何かで悩み、辛さを抱えている。 その気持ちを汲んであげ、言葉と笑顔で輪を作ってあげたい。 小さなものでいい。 やがて大きくしていけばいいんだ。 きっかけに子供たちが気づき、演じ始める。 教室の中には、見えない素晴らしい光景がきっといくつもある。 そんな気がしてならない。 「普通でいいのだよ」 私がこの生徒に語った言葉だ。 構えることもない。 ぎくしゃくすることもない。 自然に、仲間の広がりに身をあずければいい。 少しだけ自分の誇りを意識し、相手の気持ちを大きく意識してあげる。 普通の中に生まれる「普通」が、一番落ち着くものなのだ。 だから明日からも無理をせず、私の前では子供でいていいのだよ。 わがままも、悩みも、何でもここに持ってきなさい。 この教室は、そんなきみたちのために、いつもドアを開けて待っている。 そして、学びながら色んなことを発見していこう。 きみが巣立つまでに伝えたいことは、まだまだいっぱいあるぞ。 日曜のコメントをぜひ紹介したい。 了解ならばぜひメッセージを。
2007.05.22
週末土曜日に、卒生たちが自習をしに来た。 高校も中間考査が近い。 みなそれぞれ別の高校だが、私もさんざん指導した女子3人。 懐かしい顔ぶれだ。 元気な連中なので、さっそく意気投合。 時折盛り上がっていたので様子を見に行くと、相変わらず屋台を広げて机も足元もごちゃごちゃ状態。 あらゆる科目のテキストが折り重なっている。 「あのな~」 化学だ、数学だと、悪戦苦闘していたようだが、大丈夫だろうか。 その日はちょうど、中学生たちのテスト対策の日。 私もほとんど立ち会ってあげられなかった。 複数の中学が重なり、時間をずらして実施したものの、ピーク時の生徒数は32人。 逆に対策の助手として手伝って欲しいくらいであった。 まあ、試験頑張れな。 最悪の場合は、再入塾も検討すべし。 ゆっくり話もしたかったが、それも出来ず、悪かった。 いつでも自習に使ってかまわないから、今度は暇なときにおいで。 歓迎する。 お世話になったS先生、K先生にも会えてよかったな。 ガオちゃん、差し入れありがとう。 アロエも元気に頑張ってるぞ。
2007.05.21
終了した「試験」をどう活用するか。1 科目別にファイルする。 試験ごとで束ねないで、科目別のファイルを用意し、そこに重ねていく。 そして常に開いて、何度も何度も眺める習慣をつける。 2 解けなかった問題、誤答を、専用ノートに書き抜く。 問題を丸ごと写し、正解と照合できるようにしていく。 見開きの左に問題、右に答えとポイント解説というのがオススメだ。 「漢字」「単語」「文法」「英作文」「読解」「計算問題」「図形」「実験」「地理用語」などのように、項目別にページを作っていく。 このたった2つの作業で、試験の活用度は驚異的にアップする。 見直しというものは、次の試験・模試・実力テストなどに備える、大切な作業なのだ。 得点だけ見て、棚に無造作に放置しているようでは、到底成長は望めない。 そしてもうひとつ、3番目として、「マル」を意識してみよう。 正解だった部分をよく調べ、なぜ正解だったのか考えてみるのだ。 試験が勝負ならば、勝ち負けの両方を分析することには意義がある。 「ここはよく練習したから」「必死に覚えたから」・・・ 正解に至る理由が分かれば、その学習過程に次のヒントがあるかも知れない。 そしてそのヒントも、経験としてファイルしていくのだ。 せっかく苦労して取り組んだ試験。 放置し、紛失したりすることのないように、ぜひ意識改革をしてみよう。 折れて、くしゃくしゃの、不揃いの答案。 いい加減に改善しないと、頭の中も似てしまうぞ。
2007.05.20
事情があり、コメント・掲示板の書き込みを外しています。 詳細は説明出来ませんが、どうやら暫くそうなりそうです。 外すのは、ブログ開設以来初めてのこと。 全国の方から10万回以上のアクセスをいただきながら、申し訳ない。 他に方法が見当たらないので。 ページを設定している以上、外部からのアクションに無防備なのはしょうがない。 ここまで受身でやってきましたが、今回は事情が複雑に交錯しているのです。 いつもご訪問いただいている方には、何とかご容赦いただきたいと思います。 ご迷惑、お詫びいたします。
2007.05.19
中学生の『中間テスト対策ゼミ』が、明日の土曜日に集中している。 先週も実施したが、今週の人数は特に多い。 朝から夜まで、4中学校8学年を、範囲にそって細分化しシフトを組んだ。 対策ゼミは、試験の得点を上げるのが目的。 毎度のことだが、「友達が来る、来ない」などは一切関係ない。 先生が教えてくれるなどと、受け身の姿勢で集まるなよ。 一匹狼で、前向きに集中して参加し、必ず収穫を得て帰ること。 「テレビが・・・」「家の用が・・・」 どちらが大事か、よく考えて選べばいい。 特に、初めての中1生たちよ。 中学は小学校と違い、自分で行動を起こすものだ。 「お母さんがいなくて、車が・・・・」 はぁ? ならば、自転車で来ればいいだろう。 片道2キロ程度の距離、しかも明るいうちに終了するぞ。 大切なのは、参加する目的と意義。 去年の平均点、めっぽう高いからな。 やるぞという意欲があるのなら、襟を正して集まりなさい。 あと、毎回遅刻をする者たちへ。 正当な理由のない遅刻は、見苦しいぞ。 理由書、書かせようか? ペナルティー与えようか? 対策中にうるさい者、ルールを守らない者たちへ。 退場させようか? 正規授業ではないので、塾主導で何でも出来るということを伝えておこう。 今日はこれから4時間連続の授業。 明日の準備もあるし、また泊まりが濃厚になりつつある・・・・。
2007.05.18
二人合計で950点。 私の息子たちの、ある定期テストでの得点である。 兄が中2、弟が中1の時だ。 それぞれ480台、460台の得点だった。 兄はこの時が自己ベストだったが、弟はその後470台を取っている。 学年順位については、上には上がいるもので、兄が2位、弟は5位が最高だった。 ただ兄の方は、中3時の校内学力テスト(3回実施)では、1位、2位、1位と安定していた。 なぜこんなことを書くのかというと、中間が迫りながらも未だに甘えてユルユルのお前たちに、喝を入れるためだ。 勘違いするなよ。 わが息子たちも、何もせずに点が取れたわけではない。 自分と闘い、限界に挑んだからこそ、この数字が残っているのである。 試験前、どんな状況だったかは、以前の記事に書いた。 実はこれは、兄の学習記録なのだ。 ここまでやって、はじめて一定の記録が残る。 勉強には「しかた」がある。 だがお前は、「しかた」を考える前に動いているか。 ペンを持っているか。 紙を1000枚使い切るほど書きまくって、頭に叩き込んでいるか。 理論武装の前に、がむしゃらに知識をかき集め、片っ端から吸収するのだ。 膨大な量に押されるか、押し返すか。 みんな一人一人、勝負は始まっているのだよ。 甘えばかりの計画で、毎日をのんびり過ごしている者。 ある程度やっては妥協し、分刻みの時間を大切にしない者。 お前は力の何%を注ぎ込んでいるのか。 得点などというものは、自己の姿勢でどんどん変わっていく。 反復し、訓練し、武器とパワーを装備してみろ。 でもそいつらは、待っていても与えてくれない。 いつまでも身につかない。 だから、自ら奪いに行くのだ。 攻めてみなさい。 限界まで攻めた後には、必ず何かしらの方法論が残る。 そして反省と収穫をまた分析し、次の飛躍に繋げていくのだ。 まだ10%しかやっていないお前が、目標を30%に置く。 そんな「腑抜け」のような計画をやっているから、いつまで経ってもダメなのだ。 計画は100%しかないのだ。 その100に向けてどこまで這い上がれるか、真剣勝負なのだ。 成績が悪いことを、色々理由付けするヒマがあったら、脳みそのシワを1本増やせ。 あいつらとは頭の構造が違う。 いい点を取る者を指し、いつもそんなことを言っていて、自分との差は縮まるのか。 弁解で自分の点は上がるのか。 好成績をたたき出した者は、お前らの知らぬ所で汗をかき、努力しているのだ。 みんな真剣なんだよ。 自分を大事にし、成長しようとしているんだ。 残された時は、あとどれだけだ。 大事にしなさい。 攻めて、もぎ取ってみなさい。 単なる自己ベストではない、驚異的な自己ベスト。 一体、何点だよ。 実現はお前の心しだい。 あきらめるか進むかは、みんな紙一重の勝負なのだ。
2007.05.18
甘えることに慣れてしまった子供は、不幸だと思う。 親は子供が可愛い。 自分の子供が、誰よりもいとおしい。 子供の喜ぶ姿は、自分の喜び。 甘えてくれることもまた、自分にとっての永遠の幸せ。 だから、最大限の愛で子供の欲求に応えてあげたい。 人格の作られる、幼少時代から小学生にかけて。 親の意識が、子供の「わがまま」をどこまで受容してきたか。 それは、子供の人格形成に大きな影響力を持っていると思う。 わがままをいつも聞いてもらい、育った子供。 欲しい物も、食べたい物も、見たい物も、行きたい所も、いつも目の前にあった。 わがままは常に現実になり、当然のように満たされ続けてきた。 自我が形成される世代に入り、感性の発達とともに、表情に変化が出始める。 他者との交流や刺激に、何となく違和感があり、生活リズムが狂い始める。 あれがやだ、これが気に入らない、あいつが悪い。 言葉の攻撃が始まる。 親は心配し、同調し、甘えを満たすことで引き寄せようとする。 いわゆる過保護という関係が、普通のように繰り返される。 あらゆることに気を回しすぎ、親は疲れ、子供は都合の悪いことには口答えを始める。 そこに勉強の話が絡み、やがて自由がきかない自分と、親の干渉の中で、反抗期に突入していく。 言葉の発散は成長の証し。 考えさせ、アドバイスすることで、殻を破っていくもの。 その過渡期を、過去の延長で満たし続けてしまう親。 子供の反抗期にうろたえ、いつも機嫌を伺い続ける親。 そんな人は周りにいないだろうか。 その時はしのげても、見えない歪みがどんどん膨らんでいく。 中学生になり、判断を求められた子供は戸惑う。 自分で解決した経験がほとんどないからだ。 友達と意見が合わず、仲たがいになった子供は、自分から折れようとしない。 自分の意見が通るものとして育ち、我慢するということを知らないからだ。 折れて和を保つ、あるいは相手の気持ちを考える。 人との付き合いでは大切なことだが、こういうことは体験の中で育まれていくものだ。 今の中学生には、自世界しか見えない子供が多数いる。 相手の気持ちが分からない。 すぐにムカつき、キレる。 成長の過程で甘えを許容しすぎ、辛抱することを教えて来なかったから。 環境を含め、原因は色々あるだろうが、私はそれこそが最大の元凶だろうと思っている。 親に叱られ、悟らされ、「我慢する」ということを知らない。 満たされない状態を自力でしのぎ、「辛抱する」ということを知らない。 親はあまり子供の心に深入りし過ぎてはいけないのだろう。 「ダメなものは、ダメ」 「自分で考えてごらん」 年齢とともに、距離を置き、考えさせる接し方を意識したい。 子供の喧嘩に親が出て行くものじゃないとよく言うが、まさにそのとおりだ。 「あなたはどう思うの?」 「どうしたらいいと思う?」 常に身の周りのことは、自分自身で思考させていく。 そういう問いかけが、処世術に通ずる強い人格を作っていくのだろう。 子供は親に反抗するものだ。 もっとも気が知れた身近な存在である親に反抗し、ひとり立ちの学習をしていく。 その喜ばしい行為の芽は、しっかりと守ってあげたい。 甘えさせることと、突き放すこと。 対極にあるように見えるが、決してそんなことはない。 その両者を併せ持った心を親が示し、時と場所でどう判断し、どう行動していけばいいのかを伝えていく。 困った時の子供の動作は、まず親を真似るものなのだ。 親は自信を持ち、自分の生き様をぶつけてあげればいい。 辛抱の大切さを、説いてあげればいい。 きっと、子供もそれが嬉しいのだと思う。
2007.05.17
地震関係の各サイトから、気になる警報が出ています。 地域は不明ですが、規模は震災級とのことです。 先日の能登の時も、発生時期はほぼ当たっていましたので、一応お伝えします。 起きないに越したことはありませんが、念のため防災の点検をされてみてはどうでしょう。 今日は晴れるそうです。 低気圧通過後の気温が上昇する日は注意です。 予想されている地域をまとめますと、宮城沖~房総沖・関東・東海・佐渡~新潟・紀伊~四国などですが、地域に関してはあまりあてになりません。 電波異常・磁気異常・発光現象・水位変化などは顕著なようです。 あと、17日明け方は新月です。 警戒するしないは別として、くれぐれも一情報と捉えてください。 この記事は週末まで様子を見たあと、消去します。
2007.05.16
「負の学びの姿勢」は そっと表れる きみの気付かぬうちに いつもかたちになって 息をひそめた静物のように 音もなく 弱々しく きみの周囲に折り重なっている きみの放つ言葉には 力がない きみの書く答案には 情熱がない 自信なさげに 俯き加減に いつの間にかマイナスの方向に 心が向いている 答案の氏名欄に なぜ名字しか書かない きみには名前がないのかい 試験などというものは 水もの 初めの一文字を書く姿勢で 勝負が決まってしまうものなのだ 小次郎敗れたり まさにきみのようだね 魂のないきみに 魂のある答案は書けないよ 学びたい 力を付けたい 少しでも思うのなら 前進するしかない 肩に荷を背負い 汗をかき 進むしかない 仲間は助けてくれないよ ほら みんなどんどん遠くへ消えていく いつも遅刻する きみ いつも姿勢の悪い きみ いつも宿題を忘れる きみ いつも甘えて文句ばかり言っている きみ 楽しいかい 充実してるかい 時はどんどん過ぎていくぞ 取り返しのつかない膨大な時を抱え きみはいつも弁解ばかりじゃないか 学びの姿勢は 誰かが与えてくれるものなのかい もし 負のイメージを ほんの少しでも感じるのなら 終止符を打ってみないか 勇気をもって きみ自身を変えてみないか 身の周りを浄化し 目標を探し 自分で自分が 熱いと感じるくらいに はじけてみないか 弱々しい姿は きみらしくない 語ってごらんよ 笑ってごらんよ 辛くても我慢し 信じ通したあとに残るもの それをきみだけの力で 確かめてごらん 誰でもない きみの明日は きみにしか描けない カッコいいきみは きみにしか描けない 終止符を打つのも 岐路を選ぶのも きみだ もう 何年語ってきただろう そうではないのかな そうでは・・・・
2007.05.16
今日飛び込んできたニュースは、いつになくショッキングだ。 こんな凄惨な事件は記憶にない。 母の日の翌日に・・・一体、どんな事情があったのだろうか。 敢えてどんな事件か、言うまでもないだろう。 またワイドショーや週刊誌が、あらぬ方向にはやし立てることだろう。 心理学者、教育学者、ルポライター、作家などが出てきて、あれこれ言うのだろう。 同じネタで、何度も、何度も。 高3生だから受験との関係や、ネットの問題点や・・・ でも、世の中は変わらない。 事件があり、騒ぐのはその時だけだ。 そして忘れた頃にまた起きる。 社会の病理とか何とか言っても、処方箋は一体どこにあるのか。 親子という最も基本の関係が希薄になってきている。 そんなことは以前から判っていることだ。 子供の心理も、親の心理も、一律に比較はできない。 ニュースになる事件は、数十万分の1。 そうやって割り切る者と、割り切れない者が、画面や雑誌を見入る。 有効な意見は戦わせればいいだろうが、興味本位で取り上げるのは大きな問題だ。 大人の犯罪ではない、子供だけに。 環境をよく分析し、心を汲み取らなくてはならない。 親子の、あるいは周囲との、集団との関係の保ち方に、そして言葉の在り方に、ヒントを見つけ出す作業が待たれる。 どこで崩れてしまうのだろう。 その過程にはどんな経緯があるのだろう。 親学が取りざたされて、親子の絆というものが注目されている。 すぐ教育と結び付けようとする専門家たち。 何かズレている。 大人の判断で、大人の感覚で、いつも曖昧な言葉だけが残っていく。 子供たちの本物の言葉が、記録に残っていかない。 18歳に投票権を与える前に、すべき根本的な仕事があるだろうに。 子供たちがどういう気持ちで生活しているのか。 そして親たちはどういう気持ちで子供に接しているのか。 その接点をひも解いていく作業が必要だろう。 そう思うのだ。 塾は、子供とも母親とも、毎日顔を会わす仕事だ。 笑顔と会話で交流していくのが普通だ。 だが、何処かでは、このような事件が起きている。 そのギャップが大きいだけに、今日は考えてしまった。
2007.05.15
中学部の 『統一達成テスト』 が始まった。 予告してから3週間。 自分に対し真剣か、いい加減かの違いが、見事に出るだろう。 統一テスト初体験の生徒、特に中1生たちよ。 何とかなるという、甘えを持った君たちよ。 そういう考えが一切通用しないという洗礼を受けてもらおう。 中学は小学校と違う。 自分を変えない限り、追試が続くぞ。 中1から中3まで、すべて同じ問題、同じ条件の試験。 しかも小学校の漢字と、中1前半の英単語という基本試験。 中3生よ、まさか下級生に負けたりしないだろうな。 まさか空欄が幾つもあったりしないだろうな。 名前、貼り出すぞ。 合格は上位20名までだ。 試験は金曜日に終わり、集計結果は週末。 まずこのブログで発表する。 さあ、みんなの解答欄への気合、しっかり受け止めよう。
2007.05.15
中学の中間テストは、今週末から来週一杯にかけて行われる。 日数で、あと4日~11日というところだ。 みんな試験対策は計画通り進んでいるだろうか。 好結果を出すには、理屈抜きで踏ん張るしかない。 みんな分かっていると思う。 甘えと闘い、どこまで自分を大切にできるか。 いや、もう少し、さらに上へと、どこまで攻め込めるか。 結局その蓄えたエネルギーの差が、得点になって返ってくるのだ。 分かっているのなら、完成させよう。 「試験対策」という作品を、完成させてみよう。 いつも中途半端で、失敗と後悔を繰り返している君。 弁解はもう終わりだよ。 限られた回数の試験。 日程も前からとっくに分かっている試験。 自分の目標ラインを超えていく達成感を、じっくり味わってみよう。 試験は頭の良し悪しで決まったりしない。 姿勢の「輝き」で決まるのだ。 毎日の1分1秒の価値を、自分の姿勢にシンクロさせよう。 好結果は努力などという漠然としたものではなく、 実行の確たる記録によって編み出されるのだ。 だから、これだけやったのだという「かたち」を残すのだ。 試験対策という「かたち」。 工作のように、材料と道具を揃え。 切り取り、貼り付け、塗装し、組み立てながら。 こつこつと、丁寧に。 輝く、納得のいく作品を提出して欲しい。 その意識の差は、きっと無限の価値観をもたらすだろう。 君だけの大きな自信となって。 もう一度言う。 試験は頭の良し悪しで決まったりしない。 姿勢の「輝き」で決まるのだよ。
2007.05.14
授業の終わりに、講師が言う。 「今日やったところ特に重要だから、来週テストするからな」 「え~っ、またテスト~?」 「お前はここが弱いから、家でよく見直しておけよ」 「は~い」 よくある風景だと思う。 さあ、生徒が家で見直しをするかどうかは別として、 講師の伝え方は、果たしてこれでいいだろうか。 目的は何なのだろう。 授業で触れた重要な部分を理解させること。 そう。 ならば、テストはその道具として、もっと上手く利用できないだろうか。 ひとつのケーススタディとして、ここで語りの中における「道具」の置き方を考えてみたい。 授業は講師が進めていくものだ。 生徒の出方により展開が変わるとしても、仕掛けていくのは語りかける側にある。 その法則は変わらない。 今できる限り理解させること。 目的をよく踏まえ、組み立てに工夫を加えてみる。 仕掛けの手順を変えるとどうなるだろう。 先ほどのシーンと、手順を変えたシーンを比較してみよう。 授業の終わりに、講師が言う。 「今日やったところ特に重要だから、来週テストするからな」 「え~っ、またテスト~?」 「お前はここが弱いから、家でよく見直しておけよ」 「は~い」 授業の始めに、講師が言う。 「今日これからやるところは特に重要だから、来週テストするぞ」 「え~っ、またテスト~?」 「いい点取りたかったら、よく聴いておけ」 「は~い」 たった2回ずつの会話だが、違いが分かるだろうか。 目的は授業に向き合い、集中させ、理解させること。 テストという縛りを先に出し、誘導していく。 生徒のセリフは両者とも同じだ。 最後の「は~い」はどうか。 前者はテキストを仕舞いながら、うわの空で聞いている。 後者は前を向き、それなりにスタンバイの状態にある。 なぜだろう。 授業中の会話には、様々な刺激が隠されている。 我々は、それらを道具として組み立てることにより、流れを作っていく。 よく始業時の導入で、世間話をすることがあると思う。 心を解きほぐし、生徒と波長を共有していくためだ。 そしてリセットし、展開を工夫しながら、ポイントを明示していく。 前置きの長い話はかったるい。 手順を踏んでいない話は、聞かせるという軸がぶれてしまい、分かりづらいものだ。 我々が授業を進める時には、全体の持つイメージを築いていかなくてはならない。 生徒を引き込むシーンを描き、様々な道具に焦点を定めていく。 生徒の反応を見ながら、様子を観察しながら。 そうやって押しながら、引きながら、息を吹き込んでいく。 今回触れた例の場合、目的に沿った道具の使い方に改善の余地があると思う。 ちょっとした言葉の位置関係で、流れが変わる。 そのためには、講師が配列を意識し、手順を色々試してみることが必要だろう。 どんな道具を、どのように、どこで使うか。 意識してみよう。 大きな発見に繋がる気がする。
2007.05.13
高校受験用の要点集は、受験生だけのものではない。 中1、中2のうちに購入し、反復していくことで、重要事項がどんどん蓄積されていく。 直前仕上げ用の要点集は、入試に沿った重点のみで構成されている。 だから暗記すればするほど、効率よく得点力を磨くことができる。 中1、中2生は、書店で受験用の棚をじっくり見たことがあるだろうか。 手にするのが、定期テスト対策や教科書のガイド本だけではもったいない。 ぜひ「直前仕上げ」「カウントダウン」「7日間完成」などと書かれた、暗記チェックものも購入してみよう。 そして定期試験の谷間や、長期休暇などを活用し、どんどん「受験力」をアップさせるのだ。 写真の開いたものは、学研の「最後の7日間」の社会と理科。 狙われやすいポイントがうまくまとまっている、いわゆる「ベタ」「SSS」の宝庫だ。 習った、習ってないではなく、こういうものを読書の感覚で何度も読み返すといい。 知識量とともに、模試の得点も上がってくるだろう。 「直前対策」だから、中3の冬からやるものだって? そんなこと言ってるから、いつまで経っても知識が曖昧なのだ。 出家しようと思ったら、経典が必要だろう。 弁護士になろうと思ったら、分からなくても六法全書を揃えるだろう。 結局やるのである。 そして手掛ける時期が早いほど、定着するものなのだ。 反復しながら、どこまで覚えられるかの勝負なのだ。
2007.05.12
子供たちって、こうやって並べたりするのが好きですね。 そう言えば実験器具の紹介、してなかったような気がします。 蒸発皿は割れてしまいましたが、試験管・フラスコ・アルコールランプは健在です。 仕入れ元は、池袋のハンズ。 ハンズは何でも揃いますね。 人体や岩石の標本、化石、懐かしいジオラマと、目移りしてしまいます。 教室の近くに古道具屋があって、今年はそこから色々仕入れようと思っていたら、潰れていました。 蓄音機・SP盤・幻灯機、買っておくんだった。 ちょっと後悔してます。 今年のキーワードは「ノスタルジー」。 お父さん世代の古いものを色々展示しようと思います。 解説も添えて。 けっこう持ってますから。 子供たちが珍しがって、手に取り、古い時代の文化や知恵を体感できる。 いいと思いませんか? 写真の万華鏡も、みんな知りませんでした。 こうやるんだよと説明してあげると、目を輝かせて覗き込むんですね。 あと、イメージで使っている「点取り占い」もいっぱい仕入れ、どんどん引かせてあげたい。 でもこんなことやってる塾、うちぐらいかも。
2007.05.11
新学年になり一か月が過ぎた。 教室の雰囲気も、だんだん流れが固まりつつある。 そんな中で、子供たちは様々なサインを出し始める。 毎年のことだが、今後の展開を決めるとても重要な時期だ。 黙々と学びと向き合い、環境を呑み込もうとしている生徒。 友と楽しみながら、自分なりの環境を模索している生徒。 自分を主張し、環境を否定しながら自分の位置を確認している生徒。 定時になると、集まってきたメンバーの正負の力が混ざり合っていく。 小さなサインは、授業中よりもむしろわずかな隙間時間に現れる。 授業前の仲間との会話。 ほんの数分間の中休み。 トイレ周辺での表情や仕草。 講師が席を外した時の様子の変化。 そういったタイミングでの言葉や態度を拾っていく。 女子の場合は、自分の体調も学校も、友達のことも家のことも、すべてが不満の塊となって出てくる。 「ちょー」「マジ」「ムカつく」「信じらんな~い」「ヤバくない?」 相変わらずの会話だ。 それでストレスを発散しているのだろうが、集団で同調し合っているだけで、改善の兆しが見えてこない。 時おり、塾への不満も口走るが、些細なものは私も黙殺している。 講師やクラスについての不平不満が出るのも、この時期だ。 生徒には、「塾は教えてもらえるもの」という意識がある。 受身でいても、先生がうまく教えてくれるもの。 だからいつも教え方ばかりに視点が向き、自分で知恵を奪おうという発想が起きない。 「あの先生は分かりづらい」 よく聞くセリフだが、真剣に自分と向き合い、すべきことをしてから言えよと思う。 苦手で興味がない教科を学んでいると、だんだん集中が途切れてくる。 リズムが狂い、作業も意識もマンネリ化し、だらけてくる。 そうすると周りが良く見えてくるものなのだ。 冷静にすべきことをして、攻め込んでいるか考えてみて欲しい。 前も言ったが、塾は個人戦。 逃げている限り、いつまでも勝てやしない。 中には、「あの先生には絶対教わりたくない」とまで言う生徒がいる。 他のクラスの生徒や先生を指して、批判したりする。 そういうことを色々と口走りたい年齢なのだろう。 だが聞かされた友達や他の先生たちは、気持ちいいものだろうか。 評論家になる前に、もっと自分を見つめて欲しい。 大切なものは手元にいっぱいある。 周りにいっぱいある。 自分が幸せになれるように、心を操作してみよう。 折れることも、妥協することも、時としては大事な選択なのだ。 学びにおける先生との係わりについて、『サクラサケ』のある日記に素晴らしいことが語られている。 ぜひお読みいただきたい。 心のサインは、やはり表情に一番表れる。 内気な生徒は語ろうとせず、全部自分で抱え込んでしまう。 面談で解きほぐしてあげると、たまに本音をこぼす者もいるが、閉ざしたままのケースも多い。 以前、仲間に気を使って語ろうとしない生徒がいた。 自分が言うと仲間が傷つき、叱られるから。 そんな理由だった。 最後に語ってくれたが、「大人だね」と誉めてあげた。 気配りができ、他人も自分も大切にできる子供。 素敵だと思う。 小さなサインには深い意味が込められていることがある。 講師たちと連携し、拾えるだけ拾ってあげたい。 解きほぐし楽になり、そして笑顔になる。 難しいが、学びの効率のために心のケアは外せない。
2007.05.11
地元の中学では、中間テストが翌々週を中心に行われる。 1年生にとっては、初めての定期テストだ。 ここで1年生たちにひとつ注意しておきたいことがある。 1年の最初の中間テストは、平均点が高いということだ。 どれだけ高いか、近隣中学の昨年の平均点をまとめてみる。 国語 社会 数学 理科 英語 5科 5科平均 T中 64.7 65.1 74.3 66.2 87.8 358.0 71.6 T西中 77.9 77.8 78.1 76.6 81.4 391.9 78.4 どうだろう。T西中は全教科が70台後半以上、かなり数値が高い。 もう一度言っておくが、これは全生徒の平均点である。 平均点がハイレベルということは、どういうことか。 一つは、平均点をかなり上回らないと、学年順位の平均は取れないということだ。 数値感覚に疎いと、平均点と順位を混同して考えてしまう方も多いだろう。 だが、これはまったく違った出方をする。 例えば、生徒数が200人で、平均点が85点だったとしよう。 子供の点数は86点。 お母さんは、「まあ、平均点超えてるから、順位も90番くらいかしら」 などと安易に考えがちだが、いざ個票を見てみてびっくりする。 何と、155位。 なぜこうなるのか。 平均点の上の幅と下の幅の違いに着目して欲しい。 上は15点の間に密集している状態。 下は85点の間に分散している状態。 しかも中には途轍もなく点の悪い者が必ずいて、平均点を下げているのである。 100点が8人、95点が1人、5点が1人、計10人の平均は90点である。 さあ平均を上回っている95点の者の順位はどうだろうか。 実際の定期テストでも、平均点が高いとこれと似たような現象が起きるのである。 数字のマジックである。 昨年のT中の英語の平均点は、約88点。 100点がゴロゴロいたという。 上位3分の1に入るには、96点が必要だった。 T西中の5科計、平均点は392点だが、平均順位を取るには430点弱が必要だった。 こんなことを踏まえて、今年の試験はしっかりクリアして欲しい。 もう一つ、テストの採点も、小学校と違って厳しくなるぞ。 オマケが減ると思った方がいい。 今年も授業進度が極めて遅いので、問題は範囲の狭い平易なものになるだろう。 平均点も昨年並みではないだろうか。 1点を大切に、上位を狙っていこう。
2007.05.10
自転車に乗りたい。 きみはお兄ちゃんたちが乗っている自転車がカッコいいと思う。 練習は面倒くさそうだけど、自分も早く乗れるようになり、みんなと走り回りたい。 でもまだ乗れない。 僕のは、お兄ちゃんが使いふるした小さな補助つきの自転車。 お母さんに頼んで、新しい自転車を買ってもらった。 嬉しかった。 下校したあと、ランドセルを放り出し毎日練習した。 いくらやってもできない。 僕は何度も挫折しそうになった。 ちょっと進んでは転び、足は擦り傷だらけだ。 でも乗りたい。 みんなだって、そうやって乗れるようになったのだ。 ある寒い日、一人で広場の端から端まで乗れるようになった。 その後も内緒で練習した。 お腹がすいても、何度も何度もやった。 今度の日曜に、お母さんに乗れるところを見せてやるんだ。 もうほとんど転ばないぞ。 僕はだんだん自信のようなものを感じていた。 その日曜に見せた僕の雄姿。 一度も失敗しなかった。 みんな笑顔で、頑張りをほめてくれた。 何度も繰り返し頑張ったから今がある。 でも僕はそんなことを考えてはいない。 もっと上手くなり、早く道路を走りたい。 みんなと一緒に遠くへ行きたい。 だから明日もまた練習するんだ。 スイスイ乗れるまで、何時間も頑張るぞ。 ハンドルの傷が、努力の跡をしっかり残していた。 さあ・・・・・ 勉強ができるようになりたい。 きみはお兄ちゃんたちがスラスラ問題を解く姿がカッコいいと思う。 勉強は面倒くさいけど、自分も早くできるようになり、みんなと点の競争をしたい。 でもまだ勉強はできない。 僕のは、お兄ちゃんの使いふるしたドリル。 お母さんに頼んで、新しいドリルを買ってもらった。 嬉しかった。 下校したあと、ランドセルを放り出し毎日問題練習をした。 いくらやってもできない。 僕は何度も挫折しそうになった。 ちょっと解いては間違え、手元は赤いバツだらけだ。 でもいい成績を取りたい。 みんなだって、そうやってできるようになったのだ。 ある寒い日、自分の力でドリルのページの端から端まで解けるようになった。 その後も内緒で練習した。 お腹がすいても、何度も何度もやった。 今度の日曜のテストで、お母さんにできるところを見せてやるんだ。 もうほとんど間違えないぞ。 僕はだんだん自信のようなものを感じていた。 その日曜に見せた僕の雄姿。 一問も間違えなかった。 みんな笑顔で、頑張りをほめてくれた。 何度も繰り返し頑張ったから今がある。 でも僕はそんなことを考えてはいない。 もっとできるようになり、早く学校で結果を出したい。 みんなと一緒に競い合いたい。 だから明日もまた勉強するんだ。 スイスイ解けるまで、何時間も頑張るぞ。 ドリルの傷みが、努力の跡をしっかり残していた。 どうだろう・・・・・
2007.05.10
看板の脚元から、顔を出しています。 右に見える影は看板の脚。 下はコンクリートで固めたアスファルトです。 雑草でしょうか。 土も水もないのに、すごい生命力です。 不屈で、決して諦めない、この健気な姿。 人間も見習いたいですね。 何か、元気が湧いてきました。
2007.05.09
試験やプリント問題などで、マル付けをすることがある。 普通は正解に○を付け、間違いに×を付けるのだろうが、私はひねくれていて、ほとんど正解に○を付けたことがない。 合っているものに○を付けても、書き込んだ文字が見づらくなるだけ。 そう思い、いつも×しか付けない。 しかも書き込みの上ではなく、設問の番号のところに書くようにしている。 採点は飽くまで「正誤」の判定を下す作業。 大切なのは、その判定をもとに生徒が再度見直すことにある。 だから見直すべき自分の失敗作(書き込み)はよく見えるようにして返すのだ。 間違っても上から朱で×を付けたりしない。 授業中のテストなどでは、さらに発展させたマル付けをすることがある。 テストの形態や趣旨にもよるが、×を一切使わない採点法だ。 正解はそのまま。 誤答のみ、書き込み部分を赤マルで囲む。 厳密に言えば、○も×も使わない、囲みだけの採点法だ。 生徒にとっては、どこを見直せばいいのか、何を修正すればいいのか、一目瞭然で、次の作業に移りやすい。 後に聞いたところ、けっこう好評だった。 だがこれは誤答が少ない時に限って有効で、誤答だらけの時には使えない。 赤ペンのマルは、適度な数であって初めて修正の指針になりうる。 闇雲に○×を、しかも書き込みの上に書きまくる指導者も多いだろう。 学校の先生もほとんどがそのタイプだ。 でも採点された答案をよく見て欲しい。 ゴチャゴチャで赤くなった紙面が、果たして見やすいだろうか。 「どこをどうすればいい」という、次の作業に移りやすいだろうか。 正解に○はいらない。 テストは「弱点である×の型」をチェックするためのもの。 そして×も時としていらない。 間違いに○を付け、「ここを直せ」と目立たせてあげる。 こんな取り組みを、以前からしている。 ラインを引く。 ペンの色を使い分ける。 方法は色々あるかも知れない。 生徒にとってプラスになることがあれば、また試してみたい。 今回の記事は、袖にリンクしている「考えるのが好きだった」の、ほり先生の日記を踏まえている。 先生はノートを題材にしているが、ぜひ5月2日の日記を見て欲しい。 生徒自身が取り組める、ためになるヒントが書かれている。
2007.05.09
今回の『漢字検定』は、今までで最も多い申し込みがあった。 学校で秋口にやるにもかかわらず、意識の広がりが感じられる。 来週の「中学部統一達成テスト」でも、漢字問題を50問出題する。 小学校で履修した平易なものを範囲とし、もう問題も出来上がっている。 そんな折、「漢字が書けない子供が増えた」というようなニュースが、昨晩飛び込んできた。 毎度のことだが、今回の正答率の低さには少し驚いた。 今朝の朝日新聞にも載っているが、前学年の配当漢字が2割も書けないというのは、確かに問題だ。 しかも学年を追うごとに正答率が下がり、小6書き取り(中1に実施)の正答率は65%だったという。 読めるが、書けない。 と言うよりは、文字として使わないから書けない。 悪循環の構図が見えるようだ。 正答率20%程度、もしくはそれ以下の漢字には、次のようなものが挙げられている。 「関心」「積極」「支持」「記述」「従来」 いずれも昨年の塾内漢字コンテストで取り上げた漢字だ。 確かに正解者が少なかった。 今回の統一達成テストにも2つほど組み入れていたが、外すことにしよう。 我々にとって平易でも、彼らにとっては平易ではない。 しかし「支持」を書ける中1生が7%。 「実り」(5年生実施)、「末は外交官」(6年生実施)のそれぞれの読み、「みのり」「すえ」が読めたのが4割という現実。 そしてお約束のように、学校指導を強化工夫していくなどと結論付けている。 う~ん、そうだろうか。 こういうものは、家庭内で習熟していくものではないのかな? 漢字学習はドリルをこなすことが全てではない。 普段の会話の中で、「これ漢字で書けるか?」と問いを投げかける。 印刷物を見せ、「これ読めるか?」と、活字に触れさせる。 メモ用紙でクイズ感覚で問題を出してもいい。 共有スペースに辞書を置き、常に引く習慣をつけさせる。 親子のやりとりで、子供の漢字イメージは広がっていく。 そんな気がするのだが。 昨晩の朝日コムの記事を、一応載せておこう。 さて、統一テスト。 もう一度平易に作り直すべきか、思案している。
2007.05.08
すべてに 始めの一歩がある そんな当たり前なことを 忘れてはいないか いやなことも 楽しいことも ちっぽけな期待を感じながら 思い切って弾けた あの一歩 カタカタと揺れる体で 不安の中に踏み出した あの一歩 今はなぜ ある 今はなぜ できる 今はなぜ 語れる 小さな体験を重ね 何度も重ね 笑われても 叱られても 励まされながら 自分の力を頼りに歩んできた その「かたち」が きみの足元にあるから なにも知らないまま 真っ白なノートを手に 懸命に紙面を埋めていった あの不思議な匂いのする 過去たちを きみは 忘れてはいけない どんな失敗にも どんな成功にも 未知への第一歩がある 悩んだなら 一歩を踏み出してみればいい 辛かったなら ほんの少しでいいから まず 一歩を踏み出してみればいい そこから始まるのだよ 大いなる約束はないだろう だから いいのだ だから おいしいのだ 結果を深く考えるな 評論家になるのは 大人になってから いまは前を向いていればいい そして未知の世界に色を塗っていけばいい 堂々と 思ったままに ストーリーを描くように そして1000歩歩いたなら 始めの一歩を探ってあげよう ちっぽけな期待を感じながら 思い切って弾けた カタカタと揺れる体で 不安の中に踏み出した あの一歩 あの格別な一歩 今の きみの行動の始まりは すべてそこにある ヘタクソな 泥臭い感覚を それでいて 何かにしがみついていた あの 熱い期待感を 忘れないでいて欲しい 始めの一歩は 誰もが持っている 自分の純粋な記録 きみが向かおうとしている 明日の「かたち」も またそこから始まるのだ
2007.05.07
テストが返された時、本人と親御さんの目はどこに向けられるだろう。 親子の型を、4つに分けてみよう。 1 子供も親も、点数に目がいく。 2 子供は間違えた部分に目がいき、親は点数に目がいく。 3 子供は点数に目がいくが、親は間違えた部分に目がいく。 4 子供も親も、間違えた部分に目がいく。 1は、何点取ったかがすべての、得点至上主義のタイプ。 子供の感覚はゲームのスコアみたいなもので、間違えた問題を見直そうともしない。 親は基準に達していればご機嫌だが、失敗が目立てば、「もっと取れたはずだ」とうるさい。 親子間で互いの合格ラインが一致していればいいが、ずれていると非常に厄介だ。 点は取れて当たり前で、いつもピリピリした雰囲気が漂っている。 2は、1と同じだが、子供の視点に発展性があるタイプ。 子供があまり点を気にしない分、親のヤキモキがエスカレートする場合がある。 点数が悪いということは、勉強不足だということ。 親の考えのパターンは、1とほとんど同じだ。 子供がせっかく次につなげる努力をしようとしているのに、親がブレーキを掛けてしまう、残念なタイプ。 3は、子供が点を気にしても、親が正しくフォローできるタイプ。 「テストは見直しが大事なんだよ」と、親子によっては一緒に立ち会い、見直しが行われることもあるだろう。 親があまり点数を指摘しないため、子供は自分で考え、次へ意欲をつなぎやすい。 ただ、子供自身がテストの分析や復習をしない限り、大きく伸びてこない。 4は、「何を間違えたからこの点数なのか」という視点を大切にするタイプ。 作業は得点の記録ではなく、弱点の解明とリカバリーに注がれる。 点をまったく気にしないのも困るが、特に合格点のようなラインもない。 テストの目的が、弱点の発見にあるためだ。 だから、返却後に重点が置かれている。 さあ、長い目で見た場合、どのタイプの親子が伸びてくるだろう。 私の考える結論を述べよう。 3と4の中間ぐらいのタイプではないだろうか。 子供はある程度点数を気にするべきである。 そしてその点を反省に、「何を失敗してこうなったのか」という分析と対策が必要だ。 これは子供自身が動き、進めていかなくてはならない。 子供の意識で、自らやらなければならない。 親は、3、4にあるように、試験の目的をしっかり説ける存在でありたい。 点数は実力からはじき出された副産物。 そう割り切り、有意な次の作業は一体何なのかを、一緒に考えてあげる。 もちろん、約束事と目標設定は必要だ。 だが、大半を本人に任せてあげる。 親は結果検証と反省のときに主導権を握り、そっとアドバイスをしてあげる。 このタイプの親子関係に、成績アップのヒントが隠されている。 そう思うのだが。
2007.05.06
10万アクセスまであと少し。 開設以来、ずいぶんと色々な方に訪問していただいた。 深夜の更新が多いにもかかわらず、すぐに訪ねてくださる方たち。 貴重な意見や感想を、丁寧に書き込んでくださる方たち。 会わずとも、心の何かが動き合っている。 そんな素晴らしさがブログにはある。 このブログは、すべて塾長である私が独りで書いている。 だが最近は、そのスタンスに、少しずつ変化を加えていけたらと思っている。 講師、塾生、卒生。 彼らの声を紹介しながら、教室の広がりをもっと意識してみたい。 軸となるものは、私からの生徒たちへのメッセージ。 樹に例えれば、それは太い幹でありたい。 風にそよぐ枝葉は、元気な子供たち。 生活に、意識に、学びに・・・ そんな子供たちの未来に向けて、 あらゆる成長にプラスになる言葉を綴っていきたい。 私の位置づけは、やがて樹の幹から根に移っていくかも知れない。 幹はきっと、教室のありのままの記録がしっかりと守ってくれるだろう。 出会い、語り合った、数百の子供たち。 卒生が残した足跡を、私は大切にしたい。 ここで学んだこと。 ここで悩んだこと。 ここで最高の笑顔を見せたこと。 思い出して欲しい。 きっと大きな自信のようなものが見つかると思う。 私に元気をくれた卒生の贈り物を飾っておこう。 10万アクセスの間にくれた笑顔の思い出。 その足跡の、ひとつひとつを、 永遠に残しておきたいと思った。
2007.05.06
夢を持ち 明日を描き続ける それが子供たちの仕事だ 子供たちには 輝いた眼が似合う いつの時代も色褪せない 大きな 純粋なエネルギー 誰もが子供時代に感じる あの期待感 いま思えば 一体何だったんだろう 大きくなったらこうなりたいと 出来もしない知識を探し 本を調べ ポーズをまね 手元には 知ったかぶりの知恵が山積みになっていた でも何だか熱かった 何だか知らないけど ワクワクしていた ヒーローの姿は寸分の狂いもなく 目の前で夢を描いてくれた あれから40年 ヒーローは巡り巡り 頭の中に ひっそりと眠っている 気持ちを正直に表せと言うなら たぶん 「ありがとう」しかないだろう 最大級の「ありがとう」だ 今の子供たちが持っている夢を 未来に広がる絵画のような世界を 出来る限り支えてあげたい 純粋っていいもんだ みんな真剣な眼で見つめ 考え 悩み 最高のリズムで 自分だけの「道」を発見して欲しい きみの周りの大人たちは そんなきみたちの 大きな舞台に きっと 温かい言葉を贈ってくれるだろう なぜだか うまく説明は出来ないが 子供たちを見ていると 幸せになれる そして 自分の子供時代の夢が 再現された空気になって いつもそこにある気がするのだ こどもの日 第一生命保険による 「大人になったらなりたいもの」 毎年恒例のアンケートが また発表になった バブルのころの「サラリーマン」が泣けるな 今年は男子の1位が「野球選手」 2位が「サッカー選手」 女子は1位が「食べ物屋さん」 2位が「保育園・幼稚園の先生」 今から研究し よく学び 体を鍛え 夢を実現させろよ
2007.05.05
中学校の授業進度が遅い。 今年度も一か月が過ぎ、その兆候がはっきりと表れている。 塾には複数の中学が集まるため、進度の比較が行われるが、教科によってはもうすでに数か月分のズレが生じている。 T西中の社会の遅れは、昨年さんざん書いたが、今年もまた同じようなことをやっている。 中3生に訊いたところ、まだ歴史の第一次世界大戦あたりをやっているとのこと。 5、6月は学校行事も多いので、歴史が終わり公民に入るのが、推定で7月になりそうだ。 早くて6月下旬か。 理科もまだ2年の単元である「天気」をやっているそうだ。 本来の3年1学期の単元は「運動」だが、こちらもまだ見込みが立っていない。 M中2年の理科も、1年の単元である「地震」をやっている。 本来の学年配当である「電流」は、難解ゆえに時間を掛けたいところだが、後手後手状態だ。 しかも次は生徒たちの希望を聞いて、電流ではなく「動物」をやるらしい。 履修の順番というものは、指導計画に沿って学校が決めるものではないのか。 このペースで、2年でやるべき電流、化学分野、天気と終わるのはいつになることやら。 中1の英語に至っては、もっとひどい。 何とまだ教科書に入っていない中学がある。 そうかと思えばユニット4まで進んでいる中学もあり、このズレはもろに中間テストの範囲に影響してくるだろう。 対策をする立場から、範囲表がやたら気になる。 去年も随分書いたが、ペースを考え、計画のもとに教科書はしっかり終わらせて欲しい。 2学期頃になると、ズレもさらに大きくなり、北辰などの模試に未履修の範囲が出てしまう。 挙句に最後は間に合わなくなり、表面だけ一気になぞり、よく見ておけで終わらせる。 これがベストと言えるだろうか。 塾ではテスト対策だけでなく、普段の授業でも履修の開きが顕著で、クラス運営が難しくなってきている。 同じ地元で、学区をまたぐだけで、習っている範囲がまったく違うのだ。 親御さんはこの現実を知っているのだろうか。 学校の進めるカリキュラムがどこまで適切か、よく調べ、常に対策を用意しておきたい。 授業ペースが遅ければ、生徒は「ラッキー」などと喜んでいる。 目先の試験範囲が狭くなるからだ。 その分、あとの試験範囲が広くなり、しかも学びも浅くなるということも知らずに。 のんびりした進度と、のんびりした計画の学校は、やはりのんびりした受験対策が待っている。 最後は慌てて締めるにしても、受験結果に有利か不利かは明確だ。 受験前に困るのは誰なのかを今から考え、しっかりと自己防衛をすべきだろう。 教科を学ぶ上で、学年や学期の切れ目などない。 ましてや「まだ学校でやっていない」などという理由は、広域の受験で考えたとき、まったく意味をなさない。 隣の学校ではとっくに終わっているという現実。 可能な限り、どんどん先を見据えて率先学習されたし。 進度については、中間の範囲が出揃った段階でまた触れたいと思う。
2007.05.04
これは、暫く前にある本で読んだ話だ。 今の学校(小学校だったと思う)の、 朝礼についてのエピソードだった。 あるベテラン先生がしみじみと語っていたのを思い出す。 朝礼の間、子供たちを観察していると、どうも落ち着きがないのだという。 直立の姿勢を保持できないのか、体が左右に揺れている。 右に左に、規則性もなく。 ユラユラと。 その話を読んで、シーンが何となくイメージできた。 先生の話では、以前はこんなに目立たなかったという。 ある程度直立の体勢を我慢できたというか、姿勢も良かったのだろう。 視線も恐らく、壇上に向けられていたはずだ。 それが今は、うつむき加減の子供が増え、姿勢の乱れが顕著になっている。 縦の列が乱れるのも、常に前を見ていないから。 これは想像だが、前習えをしても、ビシッと決まるまでに随分時間がかかるのではないだろうか。 シャキッとしていない状態での整列は、ダラダラ感がどうしても拭えない。 私の小学生時代の前習えは、とても機敏だった。 トロトロしていたら、先生に怒られたものだ。 今はどうなのだろう。 何だかうつむき加減の子供たちの動作が、目に浮かぶようだ。 起立の姿勢で体が揺れるのは、体力の問題もあるのだろうか。 それとも、壇上の先生の話に興味が無いということからくる、単なる姿勢の乱れなのだろうか。 いずれにせよ、朝礼は朝に行うもの。 学校生活の始まりとして、シャキッとした雰囲気でありたい。 この先生の指摘には、表面的なもの以外に、何か大きな意味が含まれているような気がする。 子供たちの、学校生活に向き合う「視点」というか、「エネルギー」というか。 子供たちの「こころ」の鏡というか・・・・ 揺れている子供たちをイメージしながら、 今の学校そのものの空気について、何か考えるものがあった。
2007.05.03
中1生に 「正負の数」 の概念を教える時、トランプを使ったりする。 片方の色をプラス、もう片方の色をマイナスとしておき、カードをめくりながら計算の練習をしていく。 仮に赤をプラス、黒をマイナスとしよう。 「赤8」 「黒11」 と続いたら、「8-11」 なので 「-3」 が答えという、簡単な原理だ。 これを生徒たちにめくらせて、どんどん加減計算をつなげていく。 筆記ではなく、頭で計算させる。 感覚に慣れ、即答させるのが狙いだ。 ある程度慣れたら、次に 「赤を正の数」、「黒を負の数」 として、加法を訓練する。 先ほどの 「足し算・引き算」 と違い、負の数を足していくという感覚が必要になる。 そして同様に、減法もやらせてみる。 こんどは、負の数を引くという厄介なパターンが混じってくる。 「黒7」 「黒12」 と続けば、(-7)-(-12) を暗算しなければならない。 大体がここで戸惑うが、慣れてしまえばどうってことはない。 マークごとに四則算のいずれかを決めておいて、乗法、除法も取り入れてみる。 若い数の偶数だけなら、これも可能だろう。 まだやっていないが、やらせてみたい。 数学はペンを持って計算するものだと思っている生徒が多い。 数字の計算にはその正確さとともに、処理感覚に慣れるということも必要なのだ。 暗算はその技術を磨く、優れた方法だと思う。 「マイナス引くマイナスは、プラスなんだよ」 そう決め付けて筆算させても、理解が伴わなければどうにもならない。 負の数の導入段階で、頭で即答できる感覚がマスターできれば、後に大きな武器になる。 トランプを取り入れている塾が、どれだけあるかは知らない。 何が出るか分からないゲーム感覚に、生徒たちもいつの間にか集中している。 個別ならではの手法の一つだろう。
2007.05.03
今週の月曜に、ある実験的な授業を行った。 中3女子2名+中2男子1名というクラスで、理科の授業を実施したのだ。 日程的に調整がきかず、特別授業となった。 私としても、学年がまたがる編成は初めてのことだ。 中2のN君の知識は凄まじい。 彼についてはここでも触れた。 彼とは、次の中間テストの理科で、98点を取り学年トップになることが暗黙の了解になっている。 中3の女子コンビも、自分で攻めてくるいい生徒だ。 理科のセンスも決して悪くない。 私は力的に拮抗すると踏んでいたのだが、とんでもなかった。 N君のパワーが一気に炸裂した。 プリントを与えても、女子コンビが半分程度のところでもう終わっている。 しかも、ほぼパーフェクト。 「アンモニアはなぜ上方置換なのか」を説明する問題では、女子コンビが「空気より軽いから」と答えると、突っ込みを入れてきた。 「水に溶けやすく、空気より軽いからではないですか?」 その通りだ。 水上置換がNOであることに触れないと、マルにはならない。 うーん、こいつどこで知恵を蓄えているのだろう。 地層をやっても、地震の計算でも、スラスラ解いていく。 しかも、やたら速い。 圧力の問題では、前回私が説明した解法を、さらに発展させて解いてきた。 中3コンビはニュートンでもうお手上げだ。 途中から手順を変え、N君には中2の習っていない範囲を攻めてみたが、やはりどんどん吸収していく。 後半は社会(歴史)も交え、知識合戦になった。 中3女子コンビもいい経験だったのではないか。 解答欄を埋めていく上で、知識量がどれほど大事か。 曖昧なものを、より正確に。 点を取るために大切なことが、身に沁みて分かったと思う。 二人には言わなかったが、彼の苦手科目は何だと思う。 理科なのだ。 彼がなぜいつも学年3~6位を取れるのか。 解く時の集中力と速度に、何か発見があったのではないだろうか。 それにしても、恐るべしN君。 次からペースを上げるぞ。 1学期中に2年の範囲、全部終わらせるからな。 2学期は3年の単元を、そして3学期からは過去問だ。 北辰理科、40点満点を必ず取らせる。 学年というラインを超えた力がくすぶっている。 才能は、徹底して伸ばすべきもの。 力のある者には、どんどん攻め与えていくぞ。 学校でできないのなら、ここでやる。 私がやる。
2007.05.03
一人ずつ生徒を呼んで、模試の結果を返す。 毎回やっている定例行事だ。 授業中に教室を巡回し、テスト返すぞといきなり告げる。 特に前回悪かった生徒の反応が面白い。 「う~ん、小遣い、一ヶ月無しかな」 「おまえは、そうだな・・・半額くらいかな」 こんなことを言うと、みんな「ヒエ~」と頭を抱える。 本当に家で言われていそうな、図星っぽいヤツもいる。 特に男子たちに多い。 私も別に意地悪しているわけでなく、今回も本当に悪いのだ。 個別で面談し、色々と勉強の話をする。 その時は頷き、頑張るという仕草を見せるが、一週間もすればケロッとしている。 毎回繰り返されるやり取り。 生徒との貴重なコミュニケーションとして、観察と工夫を凝らし、言葉を聴いていく。 先週末からやっているが、今日は主に中1女子たち。 学校が、塾が、楽しくてしょうがない、元気な連中だ。 この女子グループ、今回はけっこうみんな頑張って成績を上げてきた。 偏差値で前回より13上げた者を筆頭に、8アップ、6アップとなかなか手強い。 テストの結果を踏まえ、見直しすべき部分や学習の話をする。 そして今回は、全員にその場で数学の問題を解かせてみた。 抜き打ちである。 「絶対値って習ったよね。じゃあこの問題解いてみて」 分数、少数の混ざった正負の数を、絶対値の大きい順に並べるという、中間テスト必出の設問だ。 「ええと・・・ええと・・・あれ?・・・ちょっと待って・・・」 などと言いながら、みんな真剣に問題に見入っている。 まだ受験を知らない、新中学生の真剣な表情。 今後の可能性を感じさせる素敵なものだった。 生徒により再履修が必要な者もいたが、後で必ずしっかり見直しておくことだ。 最後にやったのは、「以上」「未満」「以下」「・・・より多い」「・・・より少ない」の違い。 正しく理解していたのはゼロという驚きの結果だった。 正負の数や絶対値の単元で、これを知らなかったらアウトだぞ。 担当講師にも伝え、再度強化するよう指示したいと思う。 でもみんな前向きでいい子たちだ。 やる気もあり、礼儀もしっかりしていて、輝いている。 塾長と面談することに、畏敬の念が漂っている。 返事も「はいっ!」と歯切れがいい。 失敗すると、うつむき加減でほんの少し顔を赤らめる。 毎年、今だけ見られる光景か。 約3年後の様子は考えないようにしよう。 でもなぁ・・・・ 「じゅ~くちょ~ぉ!」 「めんご、めんご~」 「まじっ? ムリ、ムリ。ムリっしょ!」 ああ・・・・ 今年の卒生とのやり取りが頭をよぎる・・・・
2007.05.02
いたら、サインもらおう! う~ん、素敵だ。
2007.05.02
教室に届く波はいつも温かい 音をたて 探るように はじけながら この波打ち際で 様々な情念がゆっくりと溶け合っていく 今日も 昨日も そして1年前も 子供たちの 表情と仕草を乗せ この教室という箱の中に 静かにはじけていった 元気な大波も 自信のない小波も ここでは互いに素敵と言い合える 確かな鼓動をもち 力のたけに 強くはじけていく それは 旅の終わりにふさわしい 熱く澄んだ記録 次々に 無数の言葉をここに運びながら 刻が 目の前で踊り始めている 恥ずかしがらずに ぶつかって来いよ そう 飾ることはないのだよ 君が 君が 守り続けてきたものを 教室は今日も拾っている 小さな足跡が 消えるまえに 何度も押し寄せる 音の淵で そっと 波に温もりを感じながら
2007.05.01
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