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自分が何を学び 何を得たか 時間を区切り あるいは期間で捉え 丁寧に分析し そしてもっと丁寧に記録していく その書き込んだ「君のこだわり」を見せて欲しい 誰よりも どんな細かいテキストよりも 素敵な味わいのある ドラマのある 熱い魂の打ち込まれた 君だけのプレゼン 君は壇上に上がり 自信と不安の瞳で 積み重ねてきた 小さなこだわりを語っていく 聴衆は私ひとり このボードもペンも明かりも そして この静けさも 君の記録のためにあげよう 歩んできた時間が手元にあり 数々の汗と 心の波打ち際での駆け引きが ゆっくりと 君の言葉に染み込んでいく 素敵な時間 ものすごくカッコ悪い君でいい そんな君が好きだ ちっぽけな「こだわり」を 堂々と語り 精一杯 演じ終えたなら 私は 拍手を送ろう 君の記録は 誰のものでもない 君だけの光をまとった 価値あるもの だから 今日に 今の瞬間に 弾んでいて欲しい 君の視野は 永遠に広がる未来 力を信じ 大きなものを掴んでいて欲しいのだ 経験を背に 振り返り語るとき ドラマはそっとシナリオに変わるだろう 君だけのプレゼンのために ボードをいっぱいに使えよ 今日この教室は 君の貸し切りだ 何度 言葉につかえてもいいんだぞ 夜明けはまだだ
2007.07.31
最低限の常識とは何だろう。 今回の生徒たちの答案を見て、つくづく考えてしまった。 我々が「知ってて当たり前だ」考えていることは、もはや常識ではないのかも知れない。 社会に出て知らないと困ることを常識とするならば、確かに勉強的な知識など、知らなくても困らないものはいくらでもある。 だが人は、生きていく上で、様々な体験や見聞を重ね、思考を巡らしていく。 その奥行きというか、広がりというか、たどり着く地点の味というものは、自分個人の技量と努力によって決まるものだ。 知らなければ、その先の発展はない。 知っていれば、興味に係わらず次の命題にぶつかるチャンスが得られる。 考え、悩んでいく時に、あるいは選択を迫られる時に、決定していく基盤となるのは、突き詰めれば持ち得ている情報の量と質ではないだろうか。 常識とは「より深く考える」ための起点であり、社会云々を超えた性質のもの。 装備されていて、初めて、次の幾つもの発見が見えてくる。 12から15歳の子供たちに、どこまで期待すべきかは分からない。 だが今回の結果は、不十分なサンプルとはいえ、かなり憂慮すべきものだ。 理科や社会に興味がない。 興味がないから、調べもせず、会話もない。 私が小学2年で知っていたことが、今の中3で知らない者がいる。 高校、大学では一体どうなのか、本当に考えさせることだ。 たとえば今回の問題で次のようなものがある。 私個人としては、中学生には全員正解して欲しい「常識」だと思い、作った。 もちろんすでに小学校で習っているもののはずだ。 4問、誤答と一緒に挙げてみる。 『水が沸騰するときの温度は何度か』 正解=27名。 空欄=13名。 誤答=60度(3名)・40度(2名)・180度・56度・70度。 『星や太陽が動いて見えるのは、地球の何という運動のためか』 正解=1名。 空欄=29名。 誤答=公転(6名)・回転(5名)・引力(2名)・磁力・地転・遠心力・回っている運動・日周運動。 『両生類(りょうせいるい)の仲間をひとつあげなさい』 正解=18名。 空欄=18名。 誤答=つばめ・チンパンジー・カメ・ライオン・片生類・にわとり・ヤモリ・ヘビ・キリン・トカゲ・うさぎ。 『口から入った食物が、食道の次に通る消化器官はどこか』 正解=27名。 空欄=13名。 誤答=食道(2名)・消化管・のど・ちょう・食官・はい・大腸 いずれも常識ではないだろうか。 それとも私が無理を言っているのだろうか。 私は「自転」の正解がたった1人だったことが、何よりもショックだった。 また、すべてに空欄が多い。 要するに答えが浮かばない(知らない)のだろう。 これはある意味、誤答よりも深刻かも知れない。 実際これはほんの一部で、他の誤答を挙げればきりがない。 何せ、全員正解した問題はないのだから。 日本とロンドンとの時差を「180時間」と答えた者。 一体、何日分か計算してみなさい。 「そうなんだ」と知ることにより、次のステップがあるのだ。 よく見直せよ、そして不明なら親に聞きなさい。 君たちには、教えること、一杯ありそうだな。 博識になんかならなくてもいい。 最低限のこと、与えてやるから待ってろ。 そのためにも、追試のある本番、やるぞ。
2007.07.30
『SSSランク プレ・トライアル』を採点している。 中学生たちに共通問題で実施した、「理社重点&時事テスト」 である。 今回はいわゆる 《勉強もの》 をストレートに問うだけではなく、その背景として知っておくべき知識も盛り込んだ。 いわゆる、時事や常識の問題。 意図的に散りばめてみた、それらの出来はどうだろうか。 答案用紙を調べてみる。 「へっ・・・・・?」 「うーん?・・・・あのなぁ・・・・」 採点しながら、思わず唸ってしまった。 例えばこんな問題がある。 『日本国憲法で、「平和主義」 は憲法第何条でうたっているか』 もちろん「第9条」だが、現在までで正解率は25%だ。 どういう答えがあったか、正解も含め、一気に列記してみよう。 9条 9条 9 空欄 2条 13 空欄 9条 憲法十七条 3 19条 9条 空欄 空欄 13条 145条 9条 空欄 9 9条 3 16 空欄 空欄 第3憲法 3 二冠条 空欄 民主 空欄 2 9条 憲法第17条 第9条 29 17条 5条 8 9条 空欄 第一条 空欄 1 こんな状況である。 これは3年の公民で履修するが、小学校の歴史でも触れている内容である。 長期に及ぶ憲法改正問題で、最近は特に議論が交わされているテーマだ。 ちょうど選挙期間で、野党の言葉や、新聞、ニュースにも再三登場している。 時期も終戦記念日が近く、先日の大臣の「しょうがない」発言もあり、戦争・平和への露出も、機運も高まってきている。 うーん、それでこの程度か。 まあ、そうだよな、知らないよな。 思わず自問自答してしまった。 また、今回の選挙絡みで次の2問を出した。 『わが国の現在の選挙権は、満( )歳以上の男女に与えられている』 『7月29日の選挙は(衆議院・参議院・内閣・市長)を決める選挙である』 前者は数字を、後者は適語を選択する問題だ。 いずれもさすがに正解率は高かったが、それでも誤答が目立った。 選挙権では、25(3人)・18(3人)・15(2人)・40・30という解答があった。 29日の選挙では、衆議院(13人)・内閣(1人)・市長(2人)という結果だった。 15歳で選挙権も怖いが、40歳からというのも、それはそれで怖い。 全国一斉に市長選か。 ニュース、知らないんだよな。 家や学校の近くにも、色んな人のポスター貼ってあるんだけどね。 こういう話題は、学校でも取り上げているはずなのだが、本人に興味がないから情報として残っていかないのだろう。 だが、20歳の選挙権というのは、私は国民の常識であろうと思う。 中学に上がり、世の中のことを色々と学ぶ上で、知っておくべき知識の一つだと思う。 本初子午線、アウストラロピテクス・・・教科書で最初にやるのは、こんな語句ばかり。 難しい用語ばかり学び、大切な知識が欠落している。 かなり憂慮すべきことだろう。 せめて家庭において、世の中や常識について語り合い、子供たちに役立つ知恵を引き継いでいって欲しい。 テストの点だけでは量れない力もある。 そして、子供の常識力は親が育てるもの。 そんなことを思った。 次でも、他の問題を取り上げたい。
2007.07.29
ある有名なブロガー先生から、「新聞を使った小学生からの授業指導」について、考えを尋ねられた。 わが教室では、ちょうど先週より、時事用語を盛り込んだ「トライアル・テスト」というものに取り組んでいる。 対象は中学生で、答案もだいぶ回収されてきた。 答案を見てみると、時事やニュースに対する普段からの係わり合いや意識というものが、いかに弱いかが分かる。 予想したこととはいえ、彼らが示すその知識の弱さには、ただ驚くばかりだ。 新聞やテレビのニュース番組は、確かに面白くない。 味が分かり、深読みできるのは、ある程度大人になってからだろうと思う。 その大人でさえ、毎日変わり映えしない内容に不満を持っている。 今回も何人かの生徒に「新聞読んでるか」と訊いてみたが、驚いたことに、かなりの人数からこんな返事が返ってきた。 「新聞とってないもん」 そうか、今は昔と違い、情報ソースは至るところにあり、新聞にこだわる必要もないわけだ。 チラシがないのは不便だが、確かにテレビ番組表などは情報誌で間に合うだろう。 このことに対する賛否は、個人的なことを含む深い問題なので簡単には語れない。 だが一つ感想を述べるならば、何だか機会を失っているようで惜しいなという思いがする。 新聞には世の中の「旬」が凝縮されている。 それは活字で示された「記録」であり、他の媒体とは違う性質を持っている。 テレビのニュースは垂れ流しの感があるが、新聞の場合は保存がきく。 繰り返しのきく情報ゆえに、推敲された、責任の伴う表現で構成されている。 要は、読者が選択し、必要な役立つものを読み分ければいいことだ。 その選択する機会が絶たれてしまうのは、非常に惜しい。 新聞に使われている写真だけを切り取り、スクラップしたなら、時代の流れを汲んだ報道写真集ができるだろう。 新聞には、そういった「まとめ」ではない、変化していく時の「切り取り」的な価値がある。 老夫婦の家庭ならともかく、世の中を学ぶ世代のいる家庭にとって、新聞は使い方によっては大きな情操教育となる。 毎年、秋以降には、入試の志願倍率や実数が新聞に載る。 そう言えば、新聞をとっていないので教えて欲しいという親御さんが、去年もいた。 新聞が不要だと言うのなら、ポイントになる日だけでも、購入してみたらどうだろう。 コンビニや駅売店で売っている。 月に2、3回仕入れ、ざっと目を通すだけでも、世の中の動きが読め、情報も手に入る。 もちろんこれは、私的な勝手な意見だが。 私が子供だった頃には、学校で新聞を使った授業があった。 共通テーマで感想をまとめるという、今思うと陳腐な内容だったが、それでも何か楽しめ、世の中を知るきっかけを得たような気がする。 新聞に小学生から触れさせることは、意義のあることだ。 大人の世界を覗くようなワクワク感と、知らないことを発見できる刺激に満ちている。 仲間との間で、知恵を交換し、感想と意見をまとめていく。 知らない用語も、自分たちの力で調べさせる。 テーマによっては、中にはやたら詳しい博士みたいなのがいて、一人一人の役割も彼らが自然に感じ取り、未熟ながらもうまく作業を進めていけるものだ。 お尋ねの先生への答えになっていないが、私は新聞の活用は賛成である。 ちょうど選挙があり、新聞もそれ一色に染まる。 調べ、発見し、考えていく。 保存できる新聞の長所を活かせる、絶好のテーマだと思う。
2007.07.28
手が冷たければ、ストーブが欲しい。 暑くてしょうがない日には、木陰がいとおしい。 涙が止まらなければ、ハンカチが欲しい。 喉が渇けば冷たい水が、 背中が痒ければ孫の手が、あればと思う。 人はいつも、自分を守るために新しい体験を重ねていく。 あれが欲しい、これさえあれば。 欲求を満たそうとしながら、色々と考える。 人はみな、踏みとどまり、考えるもの。 どうすれば楽になるのだろうと。 手が冷たいから、この手をストーブにかざしたい。 暑いから、風通しのいい木陰でゆっくり体を休めたい。 医者が出す処方箋のように、 君は症状を和らげようと、行動に出る。 学びにおいても、この感覚は生き写しのように、君の行為と重なる。 成績が悪ければ、得点できる力が欲しい。 辛くてしょうがない日には、温かい言葉がいとおしい。 誘惑が止まらなければ、振り払うきっかけが欲しい。 ある教科が不振ならば攻略法が、 得点が足りなければ強い才能が、あればと思う。 だが、これらの君の考えは、あくまでも対処法。 根本を変えることを忘れてはいないだろうか。 手が冷たいのなら、温めて凌ぐのではなく、 手が冷たくならない方法を考える。 喉が渇くのなら、その場凌ぎの冷水ではなく、 喉が渇かなくなる方法を、じっと考えてみる。 体質を変える自浄力のように。 何かとても大切なことのように思える。 そんな意識を、日頃から引き出している人は、 きっと、学びにおいて成功する人。 根本に視点を定め、どうすればいいのかをひも解いてみる。 この教室で教わり、自分自身に変化を味わいながら。 君の手で、青写真を描いてみよう。 意識の、 「支点」 を感じながら。 「力点」 のさじ加減を工夫しながら。 「作用点」 の方向を真摯に捉えながら。 手引きは、ここにある。 この教室の隅々に。 成長のベクトルは、君が定めるのを待っている。
2007.07.27
最初は説明し、理解を促す。 理解が伴わないときは、再び理由を説明をし、指示する。 それでも改善されない時。 語気が強まる。 「おい、話すなと言っただろ! 何回言わせんだ!」 優しい塾長が、豹変する瞬間だ。 生徒にとってその落差は大きく、思わず周囲も振り向く。 ここのルールは俺が決める。 別に理不尽なことを押し付けているわけではない。 「こうしなさい」 「理由はこうだから」 その流れを汲み、クラスは運営されてきた。 君たちにもその意味が分かり、守れるはずだ。 はしゃぎ気味のクラスには、注意を与える。 だが大半は、そこで留まらず、忠告から叱責にまで発展する。 厳しく大声を出されて、やっと空気が変わる。 気まずい思いをし、何も得はない。 きっとむかつき、一日位はイライラするだろう。 今後の態度やコミュニケ-ションに影響が出ることだろう。 だが、塾長は悪役を買っているわけではない。 譲れないものは譲れない。 みなが共有するこの教室で。 「熱」 の流れを守らなくてはならないのだ。 生徒たちはどうしても自分中心になる。 自分の 「素」 が当然のように溢れ、周りを侵食しているのに気づかない。 指摘を忠言と受け止めるかどうかは、本人の心しだいだろう。 気配りができる人は素敵だ。 いつも周りにアンテナを張り、考えることを知っている。 塾の目的は、勉強だけではない。 仲間と接し、心を感じ、共同で空気を作っていく。 その節々で、気配りの価値が分かる人は、自分を大切にできる人だと思う。 気を遣うということは、自分を殺すことではない。 視野を広く持ち続ける。 自分への波長を大事にする。 普段のそんな習性が、行為に表れるのだと思う。 いつも自分が中心で、自分がヒーロー、ヒロインで。 周りを見ずに、マイペースに心地よく。 そんな君が、塾長は嬉しくもあり、心配でもある。 すべきことは、こういうことだよ。 君ならどうするか考えてみな。 感じてみよう。 周りの気配が、何を訴えているのかを。 大人になるということは、その判断が次に活かせるということ。 元気であれ。 そして悠々と、広い視野であれ。 気配りは教室を温かくする。 それはどんな言葉よりも勇気のある、 明日への小さな記録でもある。
2007.07.26
夏休みの初めの一週間には、生徒たちの日頃の姿勢がそのまま表れる。 普段と変わらず、前向きにぶつかってくる者。 休みの解放感を全身にまとい、なびいている者。 視線にも表情にも、その色がはっきりと表れて来る。 休みに入る前に、日程の入った連絡プリントを配布した。 にも係わらず、無断で休む生徒がいる。 「学校が休みなので、塾も休みかと思った」 学校? ここは学校の付属機関なのか? いつから国に営業日を管理されるようになったのだ。 休みかと思った? どうせ日程連絡をカバンに押し込み、見もしないのだろう。 この感覚は親御さんにも蔓延している。 来ないので電話すると、「今日あるんですか」というお母さん。 連絡が伝わっていないということ以前に、疑問を持とうとしない。 日程は郵便でも送っている。 それでも管理が行き届かない家庭が、毎回必ずある。 「○○が今日は休みだって言ってますが、塾、ありますよね」 こんな電話が授業開始30分前に掛かってくる。 本人はすでに休みモード。 塾の準備はおろか、宿題などもやっているとは思えない。 基本的な管理の段階から、すでに出遅れている。 渋々塾に出向き、一体どんな収穫が期待できるだろう。 プリント管理の雑な生徒。 話をよく聞かない生徒。 メモする習慣のつていない生徒。 明日の計画を描けない生徒。 そして、塾の位置づけが曖昧な生徒。 彼らはこの一週間で、何かしらルーズな面を見せる。 遅刻も、忘れ物も、いつになく多くなるだろう。 しっかり自己管理のできる生徒との差が、よりはっきりする期間でもある。 学習の成果は、毎日の積み重ねによって、実感へと変わっていく。 ペースを狂わせて、時間のロスを作らないことだ。 塾のスケジュール管理は、夏を乗り越える上での基本。 ここが出来ずに、夏休みの計画など見るまでもない。 普段の姿勢が見え隠れする一週間。 夏のリズムをここでしっかりものにしよう。 夏は長い。
2007.07.25
退塾の申し出があった。 小学生の時から一緒にやってきた中2女子二人。 一人はもう4年、もう一人も3年以上、ここで頑張ってきた仲間だ。 力のある生徒で、このブログでも何度か記事にしたことがある。 先日の中間テストでは、好成績の得点をここに公表もした。 期末が苦戦し、正念場の夏を迎えようとした矢先。 どうやら、他塾に移るらしい。 長いことやってきて、節目なのかなという思いと、 まだこれから、いくらでも伸ばせるのにという思いが、 複雑に交錯する。 小4と小5でそれぞれ入塾し、学びの基本から立ち合ってきた。 学ぶということは、辛いことではない。 発見があり、奥行きがあり、同時に自分を成長させる素晴らしいこと。 優しく、楽しく、時に厳しく、本質を伝え、指導してきた。 中学に入り、試験で90点台を連発し、学びの姿勢が花開いた。 対策授業での眼の輝きが忘れられない。 1年生の最後の北辰では、偏差値で好位置に付け、期待が持てた。 部活で疲れながらも、しっかり授業には参加する頑張る姿。 自分を知り、得点の価値を知り、 さらに成長していく予感を感じさせた。 どこで話が展開したのか、分からない。 期末の点が悪かったからだろうか。 今の塾環境で、自分を律することが出来なくなったからだろうか。 点の浮き沈みは誰でも経験するもの。 大事なのは、その壁を自力で突破する勇気を持つこと。 失敗と成功を常に冷静に分析し、次への指針を練る。 失敗は全面的に受け入れ、改善していかなくてはならない。 勉強不足だと思うのなら、勉強することだ。 不運だと思うのなら、運を引き寄せるほど勉強することだ。 まだ頼る年齢なのだろうか。 きっと、環境を変えることに活路を感じているのだろう。 だが、それはそれで致し方ないこと。 中2の後半に差し掛かり、塾として指導の仕組みが変わっていく時。 入試を意識し、受験に向け、より攻め込んでいく準備段階。 このタイミングでの別離は何とも口惜しい。 あれもやろう、これもやろう。 あいつには、これをしてあげたい。 これが効果的だろう。 科目の比重はこうだろう。 卒生たちに浴びせてきた、塾としての中核の指導。 受験のための学びを、一気に与えようとした矢先。 長年指導してきて、性格も弱点も知り尽くした仲間。 家で何をしなければならないか、その細部までアドバイスできる仲間。 個別でここまで育ち、これからという時だけに。 自分で学んでいく姿勢が身についてきた時だけに。 それだけに、もう少しという思いが拭えない。 わが教室は笑顔を大切にするが、それはただ楽しいというだけではない。 発見や成長から、達成感を知り、成功の素晴らしさを知り、 身体からはじけ出る笑顔をいう。 そこには失敗もあり、挫折もある。 その溝を乗り越えてたどり着く地に、本物の笑顔がある。 性急であってはいけない。 焦ってはいけないのだ。 じっくり構え、1年後を見据えていて欲しい。 中2の後半、受験が見え始めた頃。 もう舵を取るのは塾でも先生でも、友達でもない。 自分自身なのだ。 成績を操作するのは、環境ではない。 個人で闘っている、自分自身なのだ。 二人にとっての選択は、展望があるものと思いたい。 しっかり攻め続けることを忘れないでいて欲しい。 自分を高めることを忘れないでいて欲しい。 わが教室は、目的を持ち去る者は引き止めない。 もし進学塾に行くのなら、個別と根本的に違う点を受け入れること。 自分中心のペースは、すべて否定される。 軸は自分ではなく、塾の仕組みに置かれている。 リズムも、ペースも、量も、すべて変わるだろう。 勉強に押されて、踏み込まれるなよ。 歯車を失うなよ。 学びに大切なことは、もう君たちに伝えた。 その意味をしっかりかみしめなさい。 こんなかたちで巣立ちを迎えなくてはならない今日。 塾長の心は複雑だ。 ただ、追い風が吹くことを願っている。
2007.07.24
よし! その意気だ。 夏休み中でちょうど500時間。 汗をかき、目をこすり、喰らいついていけ! そして最後に待っている達成感を味わうのだ。 名前は伏せたが、K君、絶対やり遂げろよ。 受験生の誓いだぞ。
2007.07.23
英検の2次は、受検者全員合格でした。 教室にまとめて結果報告が来ています。 受験生もいますが、まずはおめでとうございます。 結果は郵送いたします。 学校の夏休みの宿題は、早めに済ませましょう。 先送りせずに、一気に7月中に終わらせたい。 8月は自分の学習に打ち込む期間です。 しっかりとした、メリハリのある計画を。 夏期講習は明日23日から始まります。 毎年のことですが、期間内の目標を立てることが大切です。 受け身ではなく、必ず率先して向き合ってください。 学校があると思って、塾に来て自習するのもOKです。 夏期講習期間も、夕方以降の授業は平常どおり実施します。 日程の管理にミスがないよう、気をつけてください。 中学生は、木曜からテストがあります。 気を緩めず、毎日を充実させ、今月を乗り切りましょう。 「夏休みは欲張らずに1冊をものにせよ」 よく言われる言葉です。 それは広く捉えれば、 「夏休みの収穫」 という作品を、40日かけて作成するということです。 最終日に堂々と公開し、 自分でプレゼンできる、 立派な作品を残してください。 時の流れは、いつもみなに平等ですね。 その、ほんの少しのこだわりが差になるのです。 毎日の10分、20分。 今こそ、大切にしてください。
2007.07.22
公立高校へ進学を考えるなら、理社は生命線だろう。 3科によほど自信があるのなら別だが、 そうでないのなら、理社の出来が運命を分かつ時が来る。 侮ってはいけない。 理社は暗記で何とかなると思っている者。 秋深まってからの追い込みで間に合うと思っている者。 あえて、忠告しておこう。 予定通りにいかず頭を抱えるであろうことを。 それは、君たちの先輩がみな体験したジレンマ。 英語が伸びたのに、理科が足を引っ張る。 理科に力を入れれば、数学が落ち込み、時間を割けない社会はボロボロだ。 一つ課題を克服すると、他の問題が芽を出す。 まるで「モグラ叩き」のような展開がこれから始まる。 理社は短期でものにできるほど、容易な科目ではない。 よく暗記科目だと言われるが、それは体系や基本理論を学ぶ上での一般論だ。 実際の試験で点を取るには、その暗記した知識を使いこなせなくてはならない。 関連性というか、ある知識ごとに腕が出ていて、その繋がりが意味を持つ。 複雑な知識同士をつなげて言葉を作っていく。 点ではなく線の知識が問われる。 いわば、知識ではなく理論を学んでいく教科なのだ。 そのためには、まず得た情報を、しっかりと自分の定めた場所にファイルしていかなくてはならない。 地番を定め、常に引き出せるようにしていく。 本番ではその地番から派生するものを、いくつも瞬時に描けなくてはならない。 イメージ発想のように。 たとえば社会の試験で「聖武天皇」という用語を見た時に、どんな展開が頭で起きるか。 「奈良時代」 「仏教を保護」 「仏教で国を鎮めようとした」 「諸国に国分寺・国分尼寺を建てた」 「都に総本山として東大寺を建てた」 「東大寺には大仏を祀った」。 さらに、「東大寺の正倉院に遺品を収める」 「正倉院=校倉造」 「校倉造=唐招提寺」 「唐招提寺=鑑真」 「鑑真=唐の僧」 「当時は唐と仏教の影響の強い時代」 「その時代の文化=天平文化」 「天平文化の代表=万葉集・古事記・風土記」 「万葉集=貧窮問答歌=山上憶良」 「万葉集=防人の歌」 「防人=北九州の防衛」。 また、「正倉院」 から 「古都奈良の遺跡」 「世界遺産」 「白神山地・屋久島・知床・・・」 「ユネスコ」 「国連」 「ニューヨーク」 「世界経済の中心」 「メガロポリス」 という、地理への発展。 あるいは、「世界経済の中心」 から 「世界恐慌」 「ニューディール政策」 と時代を飛び越える発展。 「校倉造」 から 「寝殿造」 「平等院鳳凰堂」 「平安時代」 「貴族中心の時代」 「藤原氏の摂関政治」 「国風文化」 「かな文字」といった、また別の時代への展開。 「校倉造」 から 「書院造」 へと展開していくこともできる。 「聖武天皇」 の文字を見たとき、どんなイメージ展開ができるか。 「聖武天皇=仏教=大仏」 だけでは、いかに弱いかが分かるだろう。 理科も同じように発想の腕が奥行きを広げていく。 数学の確率で「樹形図」というものをやるが、この発想展開はそれによく似ている。 理社に線の知識が必要というのは、この樹形図のラインを描く必要があるからだ。 なぜなら、そのラインに沿った多角的な問題が出題されるから。 点だけを見つめていてもダメなのだ。 一つの事象に、どれだけ腕を持ち、より深く彩ることができるか。 知識に地番が必要なのは、その関係性を明確にしておく必要があるためだ。 すぐ頭の中でヒットさせる必要があるためだ。 理社は、用語を暗記することで、ある程度まで成績を上げることができる。 だが、そこから先は、グループで捉える関連学習が大切になる。 単発の知識がどう絡み合って、どう問われるのか。 そのパターンを何度も入念にこなし、感覚を身につけなくてはならない。 みな、そこが不十分なまま入試に突入する。 ギリギリで詰め込んだ、おぼろげな、バラバラの知識を脈絡もなく抱え。 知っているのに解けなかったと、弁解する者がいるが、 何も知らないのである。 解き、正解するためには、手順を踏む時間が必要だ。 秋からやって間に合うのなら誰も苦労しない。 作戦が必要なのだ。 問いのベクトルを熟知し、感覚的なセンスが必要とされる教科。 理社ほど時間の掛かるものはないと、ぜひ認識して欲しい。 そんな理社を直接見ている生徒は、まだ4人。 受験生は3人しかいない。 8月から新たに中2が加わり、私のコマももう余りない。 早いもの勝ちになりつつある。 受験生よ、理社を甘く見て高をくくっていると、痛い目にあうぞ。 入試前期には、理社の力で決まる総合問題がある。 後期にも、付け焼刃では対応できない、短文記述が待っている。 総合力を磨き、懐を広くしておく必要があるのだ。 もう一度言う。 秋からでは遅いぞ。 9月は体育祭、10月は中間、11月は期末で時が飛んでいく。 受験の総ざらいをしている時間がどれだけあるか、頭で計画せよ。 この夏休みが岐路だ。
2007.07.22
今日はかなりの数の受験生が「進学フェア」に出向いていると思う。 昨日受け取った通知表。 どんな結果だったろうか。 これから先は、成績結果を元に具体的な相談が幾つも行われる。 今日、明日のフェアは、その幕開けとも言えるものだ。 模試や学校の成績を、他人に見せて判定してもらう。 あと1点、あと1ポイント。 もっと頑張っていればと思っても、手元の数字は変わらない。 結果を受け止め、修正できる最後のチャンス。 それがこの夏休み。 期間が長いと気を抜くことが多くなる。 成功、失敗は、その制御にどこまでこだわれるかで決まるものだ。 「よし、明日ここを一気にやって、覚えまくろう」 いくら具体的に内容を練っても、 明日と決めた時点で、もう今日は捨てているのである。 「明日からでいいや」 こういう投げやりな考えと、大差ないのである。 短い期間ごとに進捗を確かめ、「残す」 というテーマにこだわろう。 捨てる時間など元々ない。 封筒に入った42枚の一万円札。 君はその中の1枚を、簡単にどぶに捨てられるか。 夏休みの1日を無為に過ごすということは、それと同じこと。 一度捨てたものは、もう拾えやしない。 今日という進行形が、一番貴重なのだ。 やるヤツはやり、さぼるヤツはさぼる。 今まで以上に開きが出る、この夏。 始まりの日に、再認識して欲しい。
2007.07.21
終業式に、ある生徒が通知表を持ってきた。 去年の夏からここで一緒にやってきた中2生。 いつも真剣に授業と向き合ってきた、頑張りやだ。 5教科の評定を目で追う。 オール5だった。 観点評価もほとんどがA。 大幅に伸びたことが、何より嬉しそうだった。 元々、学びに向かう資質を持っていた生徒。 塾に入り、姿勢を学び、ライバルを知り、自分を見つめるようになった。 勉強の攻めを体験し、方法論を浴び、どうすればいいのかが分かったのだろう。 塾との係わりの中で、非常にいい雰囲気を出していたように思う。 質問をし、自習をし、教材のコピープリントを求め。 対策授業には率先して参加する。 限られた時間の中で、この教室が、戦略的な学び舎になっていた。 そんな生命力の発散が感じられた。 塾とどう係わっていくか。 個人差のある、難しいテーマだ。 自己解決し、理解できるなら、塾はいらない。 通塾の目的は、レベルを上げ、可能性を広げること。 自分の知らないことで叩きのめされる。 自分の知らない世界にカルチャーショックを受ける。 そういった経験を通じ、どこまで冷静に自分を評せるか。 そして、それをどれだけ吸収し、自分の力に転化できるか。 結局は、利用するための姿勢であり、スタンスなのだろう。 スタンスが身につけば、手順が見えてくる。 手順が分かれば、時間管理が上手になる。 家での時間、塾での時間、そしてその中核に置くべきテーマ。 そんな一連の流れも、自然とはっきりしてくるに違いない。 成績の伸びない生徒は、学びにおいて何かが不足している。 塾に対するスタンスが、どこかズレているのだ。 学習は自分のペースで行う時もあれば、そうではない操作される時もある。 懐に入り込まれる。 攻め込まれる。 ノルマに追われる。 こういう体験は、学習においてとても大切なことだ。 自己のペースを超えた部分に、成長のヒントがある。 ダラダラとただ塾に来て、解いて、丸付けして、説明を聞いて。 こんな時間を重ねる前に、早くメリハリのある手順を見つけてみよう。 成績が伸びていく者は、みな共通で自分の手順を知っている。 知っているから、塾での仕事に没頭できる。 知っているから、家での時間を大切にする。 知っているから、目的のために戦略的になれる。 自分の毎日を、じっと見つめてみよう。 見えてきた甘さ一つ一つに、糸口がある。 オール5の成功体験に学ぶのも方法だ。 知りたければ、尋ねればいい。 ファイルは私が持っている。
2007.07.21
ノートを一冊用意しよう。 買いたての新品がいい。 開いたなら、そこに日付を打っていこう。 見開きの左上に、一日ずつ、しっかりと打っていこう。 週末の土曜から8月の終わりまで、全部で42日。 完成したなら初めに戻り、工程を書き込んでいこう。 見開きの左半分を全部使い、大きく書こう。 君はこれから一軒の家を建てる。 誰の手も借りず、自分だけの力で建てていく。 図面も、デザインも、素材も自由だ。 どんな道具を揃え、どう組み立てていくか。 どの部分に力を入れるか、それも自由だ。 ただ、工程は君が作らなくてはならない。 納期は42日後。 つくつく法師が啼き始める、晩夏。 さあ、道具と材料は何を揃えよう。 基礎工事の穴掘りは大変だ。 雨が降っても、風が吹いても、祭りの太鼓が聞こえても、 君は一人でやらなくてはならない。 一日休めば、後の工程が大変になるだろう。 基礎にどれだけ力を入れるかは、自由だ。 建物の外観にこだわるのも、素敵な庭にこだわるのも、自由だ。 ただ、納期は守らなくてはならない。 納期5日前になって、まだ半分しか建っていない。 それでは間に合わないだろう。 納期2日前になって、重大な欠陥に気づいた。 それでもきっと間に合わないだろう。 道具をしっかり揃え、整え、手順を組まなくてはならない。 しっかりとした、狂いのない図面を引き、 細部を丁寧に満たしていかなくてはならない。 工程に沿って、一つ一つ 「かたち」 を残していく。 やがて、そのかたちが繋がり合い、大きな外観を創っていく。 さあ、イメージを煮詰め、細かい工程を書いてみよう。 材料はどう保管し、足場はどう組み、シートはどれだけ必要か。 入念に計算してみよう。 道具を持って動きまわる姿を描き、そこに重ねてみるのだ。 そして毎日、ノートの右半分に実績を記していこう。 君の造る家は、君の生き様を反映する。 計画をどこまで執念で守れるか。 あと10日。 あと5日。 そのこだわりが、完成を導く。 納期の日。 庭にあぐらをかき、自分の築いたものを見上げてみたい。 結局そんな心が、一連の作業の張りを保つ。 君はどこに重点を置くか。 どんなかたちを完成とするか。 中途半端な、未完成な代物をさらすのか。 小さくても実用のあるものを、しっかり残せるのか。 42日後。 納期は決まっている。 すべて君の判断と汗。 ノートはその足跡を残していく。
2007.07.20
今、普通にできることにも、必ず初めての瞬間がある。 そして、その「初めの一歩」には、いつも豊かな表情があった。 初めて歩いたとき、初めてクレヨンを手にしたとき、初めて箸でご飯を食べたとき。 何も分からぬ君のそばには、必ず親の笑顔があった。 「できる」という喜びを知ってからは、君自身が体験してきただろう。 初めはヘタクソで雑で、要領すら分からなかった。 でも、失敗しながらコツを学び、笑顔を知り、今の君があるのだ。 どんなことにも、初めての日がある。 それを記念日とすれば、365日、毎日が記念日。 君はその記念日を大切にしているだろうか。 ランドセルを買ってもらい、机を買ってもらい。 宝物のように丁寧に扱っていた日々。 目を輝かせていたその純粋な気持ちが、今はあるだろうか。 入学し、教室の自分の席に初めて座った日。 部活に入ろうと、勇気を出して部屋を訪ねた日。 その期待と緊張を思い出して欲しい。 今やっている当たり前の日常。 その原点が、初めての瞬間にひっそりと眠っている。 塾に新しい仲間が入ってくる。 すでにいるメンバーは、彼らを温かく迎えて欲しい。 君たちにも初めて仲間になった日があった。 視線を気にし、緊張し、おとなしくしていたあの時を覚えているか。 私が声を掛けると、うつむいていた記念日。 彼らは今、その時を迎えようとしている。 友達も勉強も、すべて出会いから始まるもの。 学んでいて、迷路にはまりそうになったら、初めに戻ってみよう。 最初の出会いに、その悩みの答えが記されている。 ぎこちない初めの一歩を、もう一度味わってみて欲しい。 自分の不安は、同じ立場にいる仲間の不安。 日常の「慣れ」に溺れていないだろうか。 自分の歩みをカレンダーでたどってみよう。 初めての瞬間に、今の原点がある。
2007.07.19
『SSSランク達成トライアル』のリスト作成が難航している。 色々まとめていくと、どんどん情報量が増えていく。 リストと言うよりも、もうテキストという感じになってきた。 そしてこんなに情報をぶつけて、果たしてどれだけ知っているのかという疑問も、日増しに強くなる。 だが、作成し、配布するからには、しっかりしたリストにしたい。 一切取捨選択せずに、そのまますべて頭に復元して欲しいリスト。 すべてものにすれば、偏差値で5~10は上がる。 それが目指すかたちだ。 そのためには、一度みんなの知識がどの程度のものなのか、点検してみる必要がありそうだ。 予定がまた変更になるが、まず先に「プレ・トライアル」を実施し、力を判定しようと思う。 本番はその判定を踏まえ、翌月後半に満を持して実施する。 今回は、事前にリストは配布しない。 今後の様々な試験のために必要な知識を一気に集積し、スコアを把握してもらう。 内容は、授業であまり触れない社会・理科に限定する。 もちろん、全学年共通の問題で。 習っていないという下級生。 その理由は一切通用しない。 入試に向けた最高級の知識が、先に手に入る。 その体験をするまでだ。 知らないのなら、このトライアルで学べ。 最重要リストとして、どんどんインプットしなさい。 半年後、1年後、そして入試当日。 その価値が、いやというほど解るだろう。 趣旨を明日配ろう。 決戦は26~30日と決めた。 梅雨も明け、いよいよ夏盛りのころ。 結果発表は、葉月の朔日がいい。
2007.07.18
追試を繰り返す 何度も 何度も 最初30点 40点だった答案が 次第に70点 80点になっていく まるで 日差しで生き返る生物のように 紙面が語ってくる 採点する 熱い瞬間 ペンを握り じっと紙面に漂う音を聴く 数千の書き込みに赤を入れ 解答の順番は もう私の頭にある 6回目 もう本人も回数を覚えていない 顔が浮かぶ 生徒の顔が 笑顔の空気をまとい 答案の行間から そっと語りかけてくる 何度も繰り返し やり直してきた その意味は君にある あと12点 あと6点 合格を目指し頑張ってきた 君の瞳 塾長は知っている 「何だこれ、よく見直しておけよ」 それだけで終われば 答案はもう君の手元にはないだろう 汗をかき やり直し 苦悩してきた時間 それは君にとっての 成長の階段 階段を駆け上がり 乗り越え 達成したときの表情には きっと 大きな自信が翳されている だから 妥協してはいけない だから 何度も紙面と闘わせる だから ペンを握り 書き込ませる みなが帰った教室に独り残り 君が仕上げた答案 消しかすの残る 生々しいエネルギーを感じながら 私は赤を入れた 90点 合格だった とうとうやったな 紙面の得点と 大きな合格の文字 それは 辛さの代償として君にあげよう 今日答案を返す時 私は直接手渡しせず 講師に任せた 最高の笑顔 きっと 最高の笑顔だったろう でも 何故だか 渡せなかった 何度も何度も挑んできた健気な姿 うつむき 必死に埋めていくその姿 その過程だけで 塾長は十分だ 君の笑顔は 鮮やかにこの目に焼きついている この紙面を通じて やっとたどり着いた 階上の世界 君の中で芽生えた力を 大切にしろよ 成功も 達成も やり続ければ必ず顔を出す 頑張り 素敵だったぞ
2007.07.17
『壊れかけのRadio』 何も聞こえない 何も聞かせてくれない ぼくの身体が昔より 大人になったからなのか ベッドに置いていた 初めて買った黒いラジオ いくつものメロディーが いくつもの時代を作った 思春期に少年から 大人に変わる 道を探していた 汚れもないままに 飾られた行きばのない 押し寄せる人波に 本当の幸せ教えてよ 壊れかけのRadio・・・ いつも聞こえていた いつも聞かせてくれた 窓ごしに空をみたら かすかな勇気が生まれた ラジオは知っていた 僕の心をノックした 恋に壊れそうな胸 やさしい風が手を振った 華やいだ祭りの後 静まる街を背に 星を眺めていた 汚れもないままに 遠ざかる故郷の空 帰れない人波に 本当の幸せ教えてよ 壊れかけのRadio・・・ ギターを弾いていた 次のコードも判らずに 迷子になりそうな夢 素敵な歌が導いた 思春期に少年から 大人に変わる 道を探していた 汚れもないままに 飾られた行きばのない 押し寄せる人波に 本当の幸せ教えてよ 壊れかけのRadio・・・ 華やいだ祭りの後 静まる街を背に 星を眺めていた 汚れもないままに 遠ざかる故郷の空 帰れない人波に 本当の幸せ教えてよ 壊れかけのRadio・・・ 遠ざかる溢れた夢 帰れない人波に 本当の幸せ教えてよ 壊れかけのRadio・・・ 作詞 / 徳永英明 もう17年になる。 今の塾生たちがが生まれる前のヒット曲だ。 手持ちのCDを広げてみると、いい詩に巡り合える。 子どもから大人に成長していく段階。 悩み、迷いながらも、何かに頼っている。 汚れを知らない、済んだ瞳で。 思春期に少年から 大人に変わる 道を探していた 汚れもないままに ラジオは鳴らない。 でも、ラジオはいつも一緒だった。 僕の少年期に語りかけ、励ましてくれたラジオ。 僕がどんな心でいても、 素敵な音で導いてくれた友。 遠ざかる故郷の空 帰れない人波に 本当の幸せ教えてよ 壊れかけのRadio 本当の幸せはどこにあるのか。 大人になりかけの僕に、もう答えてはくれない。 迷子の世代を卒業したというのか。 行き場のない心。 溢れる夢を背に、僕は人波の奥の空を見つめている。 繰り返される 「汚れもないままに」 というフレーズ。 少年期の象徴であるこの言葉に、強いロマンを感じる。 大人への階段を上っていく。 何もない未熟な自分に、不安を感じながら。 でも、もう頼るものはない。 これでいいのか。 本当の幸せは、自分の決めた道にあるのか。 教えてよ・・・・。 子どもたちの苦悩と不安、そして叫び。 塾生たちの明日に重ねながら、何度も聴いた。 一つ一つの言葉にメッセージがある。 郷愁を感じさせる、いい詩だと思う。
2007.07.16
紙をめくる音と、ペンの音しか聞こえない。 緊張の中、みな前を見据える生徒たち。 私語はもちろん、咳払いさえも許されない。 合格者の栄光の記録がずらっと並んでいる壁。 その脇には、「集中」「必勝」などの大活字が睨んでいる。 張り詰めた空気に反響する、先生の声、チョークの音。 制限時間で縛られたペーパーテスト。 終了の合図を無言で挙手する、鉢巻をした生徒たち。 異様な瞳と、醒めた瞳と、ぎらついた瞳と、死んだ瞳が交錯していく。 時の刻みと不協和音を描く、硬質の空間。 勝利のために封印された心が、表情の奥で泣いている。 その環境を望む生徒だけが集まる聖域。 安楽と引き換えに、見えない明日に賭けた聖域。 わが教室とまったく対極にある、こんな風景。 子供が望み、そして親が選んだのなら、否定はしない。 目的を持ち今に賭けようとする姿勢は、立派であろう。 やるからには、頑張っていただきたい。 学びには様々なルートがあるものだ。 目的や照準を定め、細部を確かめ、 利用する側がその用途を使い分ければいいこと。 私は少なくとも、生徒の歩調を大切にしていたい。 一律ではくくれない生徒の歩調。 ばらばらだからこそ、素敵なのだと思っている。 だからその歩みを見守り、そこを原点としていたい。 列車ならば、わが教室は各駅停車。 一歩ずつ足元を確認しながら進んでいく、ローカル線。 いつも学びとの出会いや発見を、じっくりと味わせてあげたい。 写真を撮り、絵日記を書き、思いっきり語らせてあげたい。 生き生きとした表情とともに。 近道のルートは険しく単調なもの。 私はそんな人工的な匂いのするものよりも、もっと刺激のある過程が好きだ。 脇道に逸れ、戯れ、観察してみる。 うんと寄り道すればいい。 そこで感じたもの、発見し、得たもの。 しっかり掴んでおこう。 何かを成し遂げようとする時、それらは不思議と役立つものだ。 慌てることはない。 自分の歩みを大切にし、視野を広く持てばいい。 しゃにむに頑張るときのエネルギーは、そんな習慣から育ってくるもの。 既成のルートに乗る前に、自分でルートを見つけてみよう。 学びにおける本物の喜びは、そこに渦巻いている。 苦労し、悩み、考え、そして喜びを感じてみる。 そんな体験を重ね、人は強くなっていく。 学ぶ時のパワーが根付いてくる。 強さを知った後の本物の発見は、素敵だ。 寄り道は、その近道であると思う。 日暮れまでは、まだ時間がある。
2007.07.16
対策授業で私が語る。 試験に出るものを、押さえるべき項目を、次々にボードに書く。 書いては消し、力を込めて伝える。 ここを押さえよ。 これを無条件で覚えよ、と。 必死に書き留める者の隣で、視線がずれている者がいる。 隣と話す者、プリントの違う部分を眺める者。 リズムが狂っている。 5秒程だろうか、沈黙ののち語り始めた。 「おい○○、今、俺が言ったこと全部言ってみろ」 生徒は間を置き、困った表情で一言漏らした。 「・・・分かりません」 「お前、何しに来ている」 「・・・・・・」 「俺は試験に出ることをみんなに与えるために、今ここで、大事なことを話している。頭に入らないんなら、することがあるだろう」 「・・・・・・」 「いいか、俺は不要なことは話さない。今ここで語ってることは、何度も出た、絶対に外せないことなんだよ」 「はい・・・・」 「ただ何となくここにいて、分かった気になってるだけだったら、家でやりたいことやって方がいいだろう」 「・・・・・・」 「来たからには、奪えよ。記録して知恵を持って帰れよ。点を上げるには、一つ一つにこだわって、ものにしていくしかないんだ」 生徒はうつむいたまま、返事がなかった。 「俺が今ここに書いたこと、話したこと、明日の試験に出るぞ。どういう角度で出て、何が問われるかまで言った」 「知恵をどんどん奪えよな。今日は対策だぞ。あとはお前たちの問題だ」 「点を上げるために、ここにいるんじゃないのか」 2年生に初めて飛ばす檄だった。 対策ゼミは生徒の姿勢で成り立っている。 5時間以上もここに座り、何を求めようとしているのか。 答えを明確にし、視線に責任を持ち、収穫にこだわること。 飛び交う「知恵」をかき集めるのは、お前たちだ。 何のために、私がお前たちの前にいるのか。 何のために、語っているのか。 何のために、ボードに書きなぐっているのか。 受身ではない、師の領域に踏み入ってくる気迫を放って欲しい。 明日の試験を良いものにしたい。 お前たちの目的を埋めることが、今日のメニューなのだ。 お前たちが主役なのだ。 私の話を聞き、みんな懸命にメモを取りだした。 まだ受験の実感がない2年生。 今日の私の語気を、一人一人どう記録してくれるか。 明日からの表情に、成長の跡を見てみたい。 伸びて欲しい。 だから私は、必要なことを語っていく。
2007.07.15
今日は「北辰テスト対策」がある。 今回の受験者数は、中2生が中3受験生を一人上回った。 開校以来初めてのことだ。 中3生の受験率が極めて低いわけではない。 それを凌ぐ勢いが、今の中2生にあるということだ。 受験を睨み、今から自分を冷静に見つめていく。 判定結果を受け止め、指針を決めながら、動いていく。 いい感じの空気だ。 長期戦ならば、それなりのやり方があるだろう。 この意識の高まりは、塾に対する期待にも繋がる。 学校の成績を上げ、模試の結果も納得のいくものにしてあげたい。 ならば今日の対策では、まずは真剣な表情を見せて欲しい。 成績は簡単には上がらないぞ。 結果はすぐには転がってこないぞ。 一度や二度の失敗。 先輩たちはみんなやってきた。 そこを乗り越えていく力は、君の意志から生まれてくる。 今日は3年と2年が同時に揃い、別クラスで自分を研いていく。 どんな姿勢で臨んでいるか、一人一人の気合を、互いに意識して欲しい。 3年はそろそろ仕上げの段階。 我々の緊張感がどれだけ伝わるか、 君たちの反応を、じっくり見届けたい。 闘いの主役は、常に君たちだ。 試験日の日曜には台風が来そうだが、普通通りに実施されるらしい。 今、北辰のHPで確認した。 雨の日の対策。 自分のために、形ある日にしよう。 10時に初めの一字を刻む。
2007.07.14
「分からなければ、また教えてくれる」 「分からなければ、また聞けばいい」 「分からなくても、もう教えてくれない」 「分からなくても、もう二度と聞けない」 君が授業で見せる姿勢や考え方。 前者だろうか、後者だろうか。 次があるか、ないか。 人間の集中力は、こんな簡単なことで信じられないくらいに変わる。 スポーツ競技の大会。 トーナメントの試合。 発表会。 入学試験。 みな、やり直しのきかない、一度だけのもの。 だから自分のために真剣になれるのだ。 授業というものに、どう向き合うか。 分からなければ・・・・ではなく、 分かろうとする執念が、自分の存在を変えていくことがある。 追い込んでみよう。 次がないという状態に、自分を追い込んでみよう。 小さな意識変化だけで、見えてくるものがきっとある。
2007.07.13
以前に書いた 「皿回し」 の話を、煮詰め直してみたい。 もう1年以上前に、「攻めと守り」 というタイトルで記事を書いた。 その中の 「攻め」 と 「守り」 のバランスの部分で、「皿回し」 について触れた。 どんなものか辿ってみよう。 昔、ビックリショーなどで、50枚ほどの皿を同時に回すという曲芸をやっていた。 変なおっさんが出てきて、1枚ずつ棒を使って回していく。 20枚ほど回すと、最初の方が失速し、落ちそうになる。 観客が指差し、騒ぐが、おっさんはワザとじらして、ギリギリでリカバリーに回る。 そんな一進一退を繰り返し、最後は全部回すという大道芸だった。 今思えばすべて作られた演出だったのだが、子供の私には何故か強い印象が残っている。 失速し、ゆらゆらと揺れる、今にも落ちそうな幾つもの皿。 まるで断末魔のようなその皿が。 学びの世界における 「攻め」 と 「守り」。 皿を 「知恵」 に例えれば、どれだけの知恵を生かしているかということに似ている。 「守り」 に徹する者は、一つ一つが慎重であり、なかなか先に進まない。 10枚も回せば、背後が気になる。 何度も戻り、エネルギーを注ぎ直し、20枚あたりで限界が来る。 失敗を恐れ、伸び切れないタイプだ。 「攻め」 に徹する者は、大胆にどんどん進んでいく。 一気に30枚も回し、後ろを振り返ろうともしない。 ふと、気がつくと、すでに何枚かが消えている。 目先に追われ、フォローを忘れた姿がそこにある。 この両者のバランスが、うまく操作できる者は強い。 「攻めと守り」 というものは、結局その按配が生命線なのだろう。 将棋の対局では、よく自分の陣地を固める。 そして守りながら、攻めのタイミングで一気に崩しに掛かる。 無理な時は退き、また守りに徹する。 兵法の定石にも似たような考えがある。 「攻めと守り」 のバランスが取れた者は、この切り返しが上手だ。 学びで得た知識を、まずはしっかり収納し、逃がさない。 いわゆる 《囲い込み》 と言われるものだ。 そして機を見て、再び大胆に集めに動く。 集めた知識はまた丁寧に収納され、確実に自分の武器にしていく。 常に視点が動いている。 動点を捉えている強さがある。 バランスの崩れた者は、この囲み込みが下手だ。 視点に余裕がないから、チャンスが来ても動けない。 自分の周りは、いつも曖昧な空気で満たされており、変化がない。 集めたものが消えていても、腐敗していても気づかない。 あるいはその逆で、保存に気を回しすぎて全体が見えない。 50枚の皿を同時に回すには、技術が必要だ。 その限界量は、ラインをどこに置くかで決まる。 知識の場合もまったく同じだろう。 限界などというものは、自分の意識でどうにでも変わる。 50なら50、100なら100、1000なら1000なのだ。 では、100億ならどうするか。 100億をものにするために、作業は迅速になり、回転は間違いなく速くなる。 やがて、上手下手を超えた、本能的なバランス感覚が不可欠になるだろう。 実際、100億など無理な話だ。 だが、無理だと分かっていても、体験してみる価値はある。 攻守の位置づけをどうすればいいのか。 何をどう守り、何をどれだけ奪いに行けばいいのか。 「攻めと守り」の軸は、そんな訓練から自然に根付いていく。 自分を超えたところ。 そこには、能力を引き出す 「場の力」 のような物があるのだろう。 夏休みが来る。 君はこの夏に、何枚の皿を同時に回せるか。 「攻め」 と 「守り」 の駆け引きを演じてみよう。 今にも失速し、消えそうな知識はないか。 エネルギーを注ぎ、復元させるタイミングをよく観察しよう。 そして、一気に攻めていく。 君の牙城はどこまで堅牢か。 それは 「攻めと守り」 のバランスが決めることだ。 100の知識が同時に回転した時。 君はきっと、 方法論というものを語りたくなるに違いない。
2007.07.12
夏休みの計画の立て方のヒントをいくつか。1、実行不可能な無謀な計画を立てないこと。 自分を追い込むためにハードな計画は必要だが、3日坊主では意味がない。 可能な範囲で、ややきつめの設定がいい。2、総時間数から、すべき課題を割り振ること。 あれをやって、これもやって何時間という漠然とした加法学習はしない。 全体の学習可能時間から逆に割り当てていく、除法学習を心がける。 3、内容に優先順位を付けること。 収穫すべきメインは何なのかをはっきりさせる。 漠然と同列に並べず、必ずランク付けし、それに沿って時間を割いていく。4、計画は5日で1期として組み立てること。 ダラダラと過ごさないために、休みを5日ごとに8期に分ける。 1週間だと曜日のサイクルが重なり、マンネリ化してくる。 期ごとの曜日や行事を加味し、変化のある達成計画を立てていく。5、スケジュールは過密にせず、何回か調整日を設けること。 アクシデントに対応できる、柔軟な計画を作る。 逆に目標をクリアしたなら、欲張らず自由な日を設定してもいい。6、細部に渡る、具体的な計画まで立てること。 英語・社会、などとせずに、その教科の何を攻めるのかまで具体化させる。 7、日々の達成内容と達成度を、カレンダーに明記すること。 自分の学習記録が常に見える状態にしておく。 達成度が伴わない時は、翌日以降の奮起を促す。 曖昧なまま40日を一つと捉えてはいけない。 スタートから遅れ、2週間くらいアッという間に過ぎてしまうだろう。 必ず40日を細分化して考えることだ。 5連休のゴールデンウィークが、8つもある。 そう考えてみる。 これだけ時間があって何も残らないのなら、普段は一体どうなるのか。 40日程度に持久力はいらない。 スタートで決まる、短距離走なのだ。 初めの3日で、40日の成果が見えてくる。
2007.07.12
せっかくの記事がまた消えてしまった。 どうなっているのか。 昨日は徹夜の次の晩。 睡眠を削って書いているので、辛い。 時間があるだろうか。 気力もしばらく元に戻りそうにない。 頑張ってみようとは思うが。
2007.07.12
追試を繰り返している。 5月連休明け(14日)に始めた「トライアル」である。 何度やっても点が上がらない。 あと30問、いや20問。 さあ、どうする、中1生。 私は言っている。 達成出来るようになったら言いに来い、と。 君たちは何度も受けては落ち、至って不機嫌だ。 でも何か違うんじゃないか。 練習はしたのか。 本気で、合格のためにエネルギーを注いだのか。 毎週、毎週、家で何をやってきた。 小学生の漢字と、中1前半の代表的英単語。 繰り返すが、この基礎をクリアせずに先には進めないのだ。 悔しかったら真剣に向き合い、自力で乗り越えてみなさい。 課題には、 甘えられないものがあるのだ。 自分で解決する過程を学ぶこと。 それは、これから先の定期試験に立ち向かうための、貴重な体験になる。 乗り越えなくてはならない。 君のために。 君の汗を得点に変えて欲しいのだ。 だから、塾長は譲れない。 たとえ嫌気が差して、モチベーションが下がろうが。 関係ないのだ。 選択はただ一つ。 達成という目的に向かって、その魂をぶつけること。 塾長は何度でも言うぞ。 君の成長のために、この課題がある。 ハードルを下げることは出来ないのだ。 攻めるしかないのだ。 あと何回だ? 次で終わりにするかどうか。 君自身、よく考え、行動してみなさい。 合格するまで何度でもやる。
2007.07.11
今回の期末で100点を取った子がいる。 いつも教室に元気を振りまいてくれる、中1女子だ。 中間よりもかなり難化した今回の問題で、100点は素晴らしい。 科目は数学だが、彼女は前回でも98点を取っている。 6年生の夏からこの教室の仲間になり、苦手な算数と懸命に向き合ってきた。 「計算ミスをしない」 「宿題をがんばる」 指導記録に残る、彼女の目標だ。 塾との係わりを大切にし、丁寧に学んできたこと。 その成果がゆっくりと実を結び、今回の得点に繋がっている。 入塾時に苦手と言っていたもう一つの科目、理科。 その理科も今回の期末では98点。中間も96点だった。 どこでどう変わったではなく、彼女は学ぶ姿勢を感覚的に身につけたのだと思う。 成績は、じっくりと、コツコツと取り組むことで、必ず上を向いていく。 塾との二人三脚、先はまだあるぞ。 1学期定期テスト5科計、913点。 2学期が大いに楽しみだ。 今回の期末の最高点は、473点。 いつも堅実に学んでいる努力家の、中3女子だ。 中2の時の記録を6点更新する自己ベストだった。 彼女の場合は、国語を除く4科の平均が97点。 しっかりした準備学習の姿が、得点に感じられる。 期末は中間よりも難化するので、特に中1は反動に苦しんだ。 そんな中で、得点をキープしている者がいれば、中には100点近く伸ばしている者もいる。 計画と実践がいかに大切か。 得点の積み上げは、その達成度と、より上を目指す向上心によって決まるものだ。 今回の成績を見てみると、何故かみんな国語がネックになっている。 400点以上の上位陣は、何と全員が5科のうちの最低点。 点を取りにくい教科ではあるが、こういう現象も初めてだ。 国語をどう上げていくか。 次回の課題がひとつできた。
2007.07.10
先日ここに記した「他校問題トライアル」は延期することにした。 色々事情があり、即実行に問題が発生したためだ。 だが、没ではなく、機を見て実施するつもりでいる。 さて変更後のトライアルだが、候補を絞り込んだ結果、次のものに決定した。 「一般常識」 「時事」 「ベタ問題」 をミックスしたテーマである。 タイトルは試験当日に問題用紙に表記するが、仮に 「SSSランク達成トライアル」 としておこう。 子供たちの常識力の欠如については、何度か記事にも取り上げた。 世の中のこと、言葉のこと、自然の摂理、学問や生活における様々な事象。 みんな、余りにも知らなさすぎる。 生活の根源とも言えるそれらの知識のうち、最低限の課題を提示する。 いずれも受験に向けて強化すべきテーマだ。 時事問題は、最近定期試験にも取り上げる学校が増えた。 新聞やニュースを見ていないと、知らないことも多いだろう。 だがこれは、昨今の入試には不可欠なテーマ。 入試に絡んでくる用語や出来事を、まとめて提示する。 ベタ問題では、試験によく出るパターン問題と超頻出用語を問う。 5教科すべてから抽出する。 インプットすることで、必ず得点力がつく。 そんな超SSSランクのものを集積する。 問題は、中学全学年共通とする。 ベタ問題には、中1ではまだ習わないものも盛り込む。 でもそれは、入試までに100%必ずマスターしなければならないものばかり。 定期テストや北辰で、今後嫌というほど出てくるだろう。 今から身につけ、得点の武器にしておくのだ。 中3は入試に向けた知識の装備として、ほぼ完璧をノルマとする。 問題は100問。 時間は40分。 合格点は、中3=95点、中2=90点、中1=85点。 当然、追試あり。合格までトライアルしていただく。 前回の追試がまだ続いている生徒は、ダブルの追試となるぞ。 今のうちにクリアしておこう。 今回は、事前に学習すべきリストを全員に渡す。 試験はすべてその中から出す。 中1、中2も、難しいと諦めずにチャレンジしよう。 リストは連休明け、翌週に渡し、試験は7月最終週(30日~)より実施する。 入念に準備し、試験に臨んで欲しい。 さあ全学年トップは誰だ。
2007.07.10
塾の広告は、夏期講習で花盛りである。 大活字や写真の躍る、カラフルなチラシが、毎日のように折り込まれてくる。 教室の周辺にはかなりの数の塾があるので、その数も半端じゃない。 最近は、「無料」 を謳った広告が多い。 無料体験である一定期間縛り、自動的に入塾にもっていく。 生徒としては体験のつもりが、いつの間にか塾生になっている感覚だ。 ひどい所になると、体験中に生徒にサインさせ、教材を先に渡してしまう塾もあるらしい。 常に親主導で管理する、注意が必要だろう。 最近、近隣に新しく塾が出来たようだが、いわゆる進学塾であり、気にも留めていない。 指導の仕組みはどこも似たり寄ったりで、親御さんも迷うと思う。 「○○高校、○○名合格!」というのは塾の常套句だが、この時代、もう陳腐ではないか。 そもそもその数が一校舎から出ているわけでもない。 校舎数が30もあれば、当然の数字。 しかも新規開校ならば、実績は未知数だと思うが。 また、今の世の中はカタカナ用語やアルファベットが氾濫している。 塾の 「売り」 にもそういった言葉が増えてきている。 『A.P.T.システム』『α メソッド』(思い付きなので、実在していたら失礼) こういう、よく分からない漠然とした用語に、何となく食指が動きやすいもの。 健康食品、例えば「コエンザイムQ10」など、どんなものか正確に理解している人は少ないのではないか。 理解せずに購入し、使いこなせない。 あらゆる場面に、その二の舞になる可能性が潜んでいる。 何事も自分の目で確かめ、じっくり検討すれば何ら問題はない。 塾の場合も同じだ。 割安感に惹かれるだけでなく、後の経費までじっくり確認することである。 儲け話で恐縮だが、塾が夏期講習で生徒集めに躍起になるのは、夏期講習で儲けようというわけではない。 そのまま生徒を囲み込もうという狙いがあるからだ。 だからこの時期は、割安感のある広告の露出が増える。 多少の差異はあれ、似たり寄ったりの感覚だろう。 特に大手は。 ではうちはどうかと言うと、夏期講習の宣伝をまったくしない。 「ほとんど」 ではなく、「まったく」 だ。 塾生には案内を配るが、外部に向けては何一つ配信しない。 折込もない、のぼりもない、ポスティングもしない。 唯一、ドアのところに案内を置いているだけだ。 そう、変わった塾なのである。 でも何故か、問い合わせが何件も来る。 塾生を経由し、巡り巡って来るのだろう。 大変ありがたいことだ。 我が教室は、学習の意義を大切にする。 学びは一律ではない。 目的には個人差があり、その目的に沿って履修を深めていく必要がある。 だから、夏期講習も細分化された講座を選択するというかたちを取っている。 学年ごとにコースを決め、日時や教科を固定したりしない。 英語が必要ならば、英語だけに絞り込み、一気に学ぶ。 夏休みだから出来るカリキュラムを、夏休みを利用して選んでもらう。 日時も自由だ。 一方、夜の平常授業は、夏の間も普通に実施する。 全体の学力の底上げは、普段の授業で行うもの。 だから、そこはきっちり外さないようにしている。 今回の期末試験で伸び悩んだ中学生は、これではいけないと動き出す。 チラシ広告で検討し、問い合わせをしてみる。 再三言っているが、塾に身を置くということは、生活の一部をそこに委ねること。 よく調べ、見学し、そして体験をし、納得の上で決めて欲しい。 毎年、色々な塾から生徒が転塾してくるが、 そのほとんどの理由が「自分に合わない」というものだ。 思っていたものと違う。 折角のやる気が、何かのズレのために壊れてしまう。 生徒たちが前向きに進めないということは、とても残念なことだ。 通塾の中心は飽くまでも自分にあり、目的や体質にリンクしていなくてはならない。 塾の仕組みや空気を肌で感じ、自分を活かせるプラスの環境を探して欲しい。 焦ることはない。 その最大のヒント、いや、決定的なものと言うべきか。 塾が終わり、教室から出て行く生徒たちを見てみよう。 生徒たちの笑顔と活気に、その塾の本物の姿がある。 生徒数ではない、溢れるエネルギーのようなもの。 広告にはないすべてが、その表情に集約されている。 そう思い、闘っている塾。 その空気を大切にしている塾。 探してみる価値はある。
2007.07.09
試験というものは、そこに何を書いたかで決まる。 マークシートは別として、学校の試験などは人手による採点で成り立っている。 ○をもらって初めて、得点の積み上げが可能になる。 何度も言っているが、いまだにその基本を理解していない生徒がかなりいる。 枠の中に、小さく続け字で書く者。 間違いの修正を、上から二度書きで済ます者。 消しゴムを使わず、グシャグシャに塗りつぶし、欄外にはみ出して書く者。 消しゴムで消す時に、隣まで半分消していても気づかない者。 英語ならば、大文字小文字や、h・n・r・vの正確な書き分け。 漢字ならば、「点」 の有無や一画ごとへのこだわり。 こういったものへの意識の度合いが、正直に得点になって返ってくる。 私は授業中、消しゴムを使わずペンで塗りつぶす生徒を見ると、厳しく叱る。 面倒くさがっていては、学びに進歩はない。 答案とは、ひとつの作品なのだ。 答案とは、未判定の課題なのだ。 自分が分かっていてもダメなのである。 採点官に○をもらい、初めて自分の理解が証明される。 また、口でいくら言えても、書けなければ知らないのと同じ。 「夏目漱石」 を 「夏目瀬石」、「板垣退助」 を 「板垣退介」 と書く者。 これでは永久に得点にはならない。 「夏目漱石ぐらい知ってるよ」 と言っても、ダメなのだ。 まったく知らない幼稚園児と同列になってしまうということを、常に意識していなくてはならないのだ。 先日の塾内の 「漢字達成テスト」 では、ある問いにこだわった。 「未満」 を 「末満」 と書く生徒が相当数いたため、すべて×にして、何度もやり直させた。 だがそういう生徒は、追試を重ねても、相変わらず 「末満」 と書いてくる。 クセになっているのだろう。 答案作成は、独りよがりではいけない。 お願いしますと、採点を依頼する姿勢がなくてはいけない。 生来字が下手で損をしているならば、筆記の練習をし、レベルを上げていかなくてはならない。 それが得点を築くための基本であり、自分にも跳ね返ってくる正しい認識なのだ。 狭い解答欄に文章を書く時は、バランスを考え、小さく詰めて書く。 文中から抜き出す問題ならば、転記ミスがないか、入念に見直す。 記号で答えよという問いに、用語で答えてないか。 すべて選べという問いなのに、一つしか選んでいないということはないか。 こういった注意力や感覚は、失敗によって改善されていくもの。 答案全体をまとめ上げる経験を重ねれば、より良い形が自然と身についてくる。 試験によく登場する、「見直し」 という言葉。 だがそれ以前に、書き込んでいくスタンスからまず見直すべきだろう。 雑な答案と、丁寧な答案。 その先には採点官が赤ペンを持って待っている。 試験とは、○をもらい、初めて理解したと判定されるもの。 答案とは、ペンと消しゴムだけで作り上げる作品。 目的をよく把握し、どう描けばいいかにもっとこだわりたい。 それは要領ではない。 たった1枚の紙切れに、 魂をどう込めるかということなのだ。
2007.07.08
せっかく書いた記事が、また消えた これで何度目だ メンテのお知らせもなく、画面が戻らなくなる 復元は不可能 気力も一気に消えた 久々の6000字程度の力作だっただけに・・・・ 深夜のブロガーを大切にしない楽天は、もうやめようか
2007.07.08
N君。 私が直接指導している、唯一の中2生だ。 そのキレと高い吸収力は、何度かここにも書いている。 彼がこの教室に来たのはちょうど3か月ほど前。 その時の最初の授業で、すでに強い天性を感じた。 私が見ているのは理科。 中間テストでは、指導すべきものはすべて指導し、98点のノルマを与えた。 予想外の難問が出て、結果は94点。 5科の合計点も満足のいくものではなかった。 特に苦手としている社会が最大のネックだった。 その後、期末に向けては授業に社会も取り入れ、理社全体の底上げを図ってきた。 今回の期末の理科も、出るであろう問題は事前にほとんどカバーした。 考えられる盲点も埋め尽くし、100点でも不思議ではない仕上がりだった。 本番では、学校の先生が用いたプリントからの発展学習の内容が出て、失点した。 86点。 納得できない得点だったが、全体的にかなり難しかったようだ。 学年トップだった。 社会も大きく伸ばし、理社の合計では逆に10点伸びた。 5科の順位は、学年3位。 能力が一つ一つ形を作っているという感じがする。 彼は家で、試験勉強らしきものをほとんどやっていないという。 信じられない話だが、お母さんに訊いても、やはりそうだと言う。 真剣にガツガツやるのは、性に合わないらしい。 「本気で取り組んでみよう」 「塾長の特訓を受けてみないか」 面談で話しても、再三「いやです」ときっぱり言う。 本気でスパークしたら、どうなるのだろう。 「これで納得しているか」 私が訊くと、彼は即答した。 「納得できませんね。1位を取りたいです」 今回の手応えで、我流の限界を悟ったのか。 頑なな心が、動いている。 立ち話の最後に、互いに無言でニヤリとした。 そのN君の宿敵とも言える学年トップの男子が、今度夏期講習に来るかも知れないという。 うーん、壮絶なバトルだな。 こういう刺激は、彼にはとてもいい影響を与えるだろう。 これでもかと攻めていく、知の洪水。 うんざりするくらい与えてあげよう。 来週から、さらに社会を強化するぞ。 まずは14日の北辰に向けた、即答、即解訓練。 半べそかくなよ。 偏差値68を必ず取れ。 そして、次の中間は、学年1位を狙え。
2007.07.07
中3の三者面談を連日繰り返している。 期末の結果が出てきて、1学期の評定も決まりつつある。 いよいよ進路を煮詰め、目標を定める時。 ぶれるなよ。 志望校は逃げたりしない。 そんなことを語りながら、現実の本人の姿勢に不安を抱く。 中3の1学期の成績がいかに大事か、何度も語ってきた。 今までがどうだろうが、関係ない。 この1学期の成績で、志望校が絞られるぞ。 そう語ってきた・・・・ おまえの今回の期末は、一体何点だった。 何だこの点数は。 これがおまえの生き様か。 これがおまえの命を賭けた姿勢かよ。 中間より100点も少ない、最悪の結果。 漢字、出来ませんでした? 数学、符号間違えました? 部活と提出物で時間ありませんでした? 試験勉強を2日前から始めていて、何を寝言言っている。 なぜ事の重大さが分からない。 今後悔しても、得点の記録は変わらないのだぞ。 もう後がないのだぞ。 中2の春、去年の4月28日に決起集会をした。 そこに、おまえもいたよな。 「高校に行きたいか」の檄に、行きたいと答えたのではなかったか。 あれから1年、一体何を学んできた。 何を身につけ、頭脳をどこまで鍛えてきた。 どんな汗をかき、どんな苦しみを乗り越えてきた。 塾長に説明してみろよ。 これをこうやり、これだけ成長したと。 俺の前でうつむくのなら、その前に思考しろ。 今日はもう来ないのだ。 昨日も、2日前も、3日前も、もうやり直せないのだ。 おまえが考え、動き、知恵を蓄える以外に何がある。 北辰も受けていないので、偏差値も分からない。 志望校の研究も、合格のための具体的なレベルも知らない。 そんなんで、どうやって戦うのだよ。 武器もない、敵も知らない、自分の立ち位置さえも定まらない。 それで合格できたら、みんなやってるよ。 受験とはそんなに甘いものではないのだ。 目を覚ませよ、中3生。 おまえの道は、おまえが刻んでいくしかないのだ。 目の前に山のようにある「すべきこと」に立ち向かう勇気を持て。 問題が分からないのなら、分かるように何度も練習する。 試験で思い出せないのなら、常に思い出せるように訓練する。 単純なことなのだ。 踏み出しなさい。 時間と闘い、力を蓄えなさい。 俺の前で堂々と努力を語ってみなさい。 おまえの母は、おまえが中2の時から進路説明会に参加し、誰よりもおまえのことを案じている。 そんな母を泣かすなよ。 おまえが今できることは何か。 明日があり、長い夏が過ぎたのち、残せるものは何なのか。 魂をぶつけてみなさい。 執念を昇華させるのだ。 誰でもない、 やり直しの効かない、今後6か月間の自分のために。 歯を食いしばり、 自分で闘うしかないのだ。 おまえと、母と、私で語ったこの夏の夜。 この1時間半の熱いものを、 決して忘れるなよ。
2007.07.06
一問一答のテキストを攻めるときのテクニック。 まず、問いに出てくるキーワードを的確に捉えること。 植民地時代→ 欧米諸国の資本→ 大農園→ 東南アジア・アフリカ→ 天然ゴム・コーヒー。 答えの 「プランテーション」 を導くのに、長い文章はいらないのだ。 キーワードだけを目で追っていき、その羅列で答えを類推していく。 この例の場合、「大農園」 の時点で答えが出なくてはならない。 「東南アジア」 以降は、その自分の答えを確認するための用語に過ぎない。 1951年→ サンフランシスコ平和条約→ 同時に→ アメリカ合衆国→ 条約。 これも答えの 「日米安全保障条約」 は、「同時に」 で出なくてはならない。 最初の年代で2つに絞り込み、同時にで確定する。 このタイミングを体得するのだ。 こういう、キーワード類推の練習を重ねていくと、問いを読む速度が数段速くなる。 何度も反復していると、やがて問いの 「かじり」 の部分だけで即答できる感覚が身についてくる。 「○○が・・・」 「○○によって・・・」 「○○の影響で・・・」。 助詞や語尾の違いによって、問いの展開を即断していく。 クイズの早押しのようなものだ。 もちろん初めは丁寧にやり、流れを捉える必要がある。 問いをじっくり読み、キーワードを押さえていく。 その時に、押さえるべきキーワードにラインを引いていくといいだろう。 だからなるべく、同じテキストを2冊用意されたい。 1冊は、理解、学習用。 もう1冊は、類推訓練用として使い分ける。 類推の力は、いかに早く答えられるかという、タイムトライアルで鍛えていく。 100問を30分で答えたのなら、20分、10分と短縮していく。 最終形態として、口頭なら1問を5秒で即答できるレベルにまで持っていく。 生徒たちの取り組みを見ていると、無駄な作業が多い。 一つ一つ書いては答え合わせをし、ご丁寧に○まで付けている。 一問一答に丸付けなどいらない。 失点のチェックボックスに印を付ければいいのだ。 間違えたものだけに着目すればいい。 目的は全部○にすることなのだから。 丸付けしている暇があったら、即答訓練を何往復もすべきだろう。 目的は一度できた○のコレクションではない。 目的は完全定着であり、いかに即答できるかなのだ。 一通りマスターしたなら、最後に逆パターンの練習をしてみよう。 答えの用語から、問いを作ってみるのだ。 解答編の用語の羅列が今度は問題になる。 その用語から、本文の問いを復元してみる。 その時に、訓練してきた「キーワード」が役に立つ。 本文の問いがキーワードを外さずに作れれば、試験の短文記述に絶大な力を発揮するだろう。 一問一答をのんびりやっている生徒よ。 空欄に赤で答えを書き、紙面を参考書にしているだけの生徒よ。 一問一答の目的は、まとめ作業ではない。 どれだけの量の重要項目を如何に暗記するかだぞ。 攻め込まずに何をやっている。 反復し、即答し、知恵の駒を増やせ。 テキストをボロボロに破壊せよ。 使い込み、頭に叩き込んでこそ、目的達成なのだ。
2007.07.05
高校2年の卒生たちが、昨日、今日と自習に来ている。 地元の公立に行った、悪友3人組み。 昨日は古典を中心に、今日は数学と地理を中心に黙々と頑張っている。 今日は昼の12時過ぎからずっと自習している。 今、最後の仕上げとして、数学の先生に対数を教わっているところだ。 しかし、明日の試験科目がまだよく理解出来ていない。 相変わらずだな。 でも、やるときはやっているようだ。 時折見せる真剣な表情に、1年間の成長の跡を感じる。 まあ、頑張れよ。 夜は長い。
2007.07.04
車内広告でおなじみの、「シカクいアタマをマルくする」の最新号である。 今回は理科で、2007年・神奈川大学附属中入試問題からの抜粋だ。 電車の中でこれを見て、一つの答えが推測できたが、同時に唸ってしまった。 入試問題としては、悪問である。 何故なら、答えが幾つも考えられるからだ。 検証してみよう。 便宜上、左の平地の木をA、右の森の木をBとする。 「日光の当たる部分には葉が茂る。だから森の中の木には、下の方に葉がない。一方平地に生えている木は全体に日が当たるため、下まで葉が茂っている。森の一番端の木は、森に面していない外側だけ日当たりがいいので、森の外側がAに、内側がBになる。だから半分がAで半分がBの木を描けばいい」 これが私が考えた内容だが、解答を調べてみるとやはり同じだった。 発想や思考を試し、表現するという意味では適切な問題だが、欠点に気づいてしまった。 「一番端にある木を、どの方向から見た図を描けばいいのか」 という点が、問題に組み込まれていないことだ。 森の外側から見れば、木の形はAと同じではないか。 森の内側から見ても、平面作図ではAと同じになる。 斜めの方向から見た場合は、その角度によって微妙に変わる。 森の側面から見た図を描けとはなっていない。 条件のない、こういう漠然とした問いを行う時は、どの角度から見ても同じ形でなくては設問として成り立たない。 何故なら、木の 「形を」 描きなさいとしか書いてないのだから。 単純に、設問に言葉や条件が足りないのである。 入試問題には元々あった条件を、日能研がカットした? それなら辻褄が合うが、原文のままでこれなら入試問題としてはいかがなものか。 真相は不明である。
2007.07.04
今週一杯、保護者や生徒と面談の時間を設けている。 今日は3組と面談した。 中2が2組、中3が1組、いずれも三者面談だった。 昨日は小6の面談があったが、子供の学年が違うと親御さんの意識も微妙に違ってくる。 学年が上がるにつれて、成績と進路の悩みはより現実的だ。 高校受験まで、あと200日、565日、930日、1295日。 学年によるその差は歴然である。 家での学習状況や成績についての会話を交わし、意見を訊き、言葉を与えていく。 元々面談は希望制を取っているため、参加されるのは意識の高い方だ。 お母さんもそれなりに学習に立ち会い、苦労されているケースが多い。 だが、それで軌道に乗り順調ならばここには来ない。 時間を割いて親子で私と向き合うのは、吹っ切れない悩みを持っているから。 私もそれは分かるので、言葉を選び、アドバイスを与えていく。 学びの姿勢、方法論、時間のこと、そして今すべきこと。 お母さんたちは一様に頷くが、肝心な生徒たちは比較的冷めている。 実行するのは自分。 そう思うと、負担に感じてしまうのだろう。 だが、言葉はヒントであり桎梏ではない。 その真意を伝えながら、毎日における平易な作業の大切さを説いていく。 悩みを解決するだけでいい者がいれば、今の学びとの係わり合いをすべて払拭しなければならない者もいる。 1時間という枠の中ですべて網羅するのは、正直、限界だ。 特に、受験生たち。 ぜひこのブログの過去の記事を開いてみて欲しい。 左の袖の年月をクリックし、できればすべて見て欲しい。 自分で言うのも変だが、使い方によっては、もの凄いヒントが詰まっていると思っている。 1年間、1日も休まず書いている。 それだけ生徒のために語ってきたつもりだ。 去年の7月、私が何を語っているか。 8月、9月・・・・・そして受験前日まで。 君たちの先輩に、私が何を語ってきたか。 紐解いてみて欲しい。 拾い集めてみて欲しい。 自分の未来を、そこに重ねてみて欲しい。 きっと、今日すべきことが見えてくると思う。 今日、ある女子生徒のお母さんと話をした。 先週すでに三者面談を済ませた中3受験生だ。 何度か記事にも取り上げたことがある、気になる生徒。 面談の席で随分と勉強の話をした。 勉強が嫌いで、ここまでズルズルと時を消耗してしまった彼女。 部活に没頭し、今月初めて北辰を受ける予定の彼女。 偏差値も分からない。 何から手をつけていいかも分からない。 でも、志望校がおぼろげに見えてきて、合格という文字が気になり始めてきた。 すごく、いいヤツ。 本気でやれば大きく伸びる可能性を持っているヤツ。 辛くても、今やらなければ後悔することが分かっている。 伸ばすべき偏差値は、推定10。 勉強の習慣のなかった彼女には酷な目標だ。 でもやらなければ、この夏やらなければいつやる。 家での娯楽やテレビをなくし、時間を作らなくてはならない。 何度も檄を飛ばし、流れてきた結果、今がある。 もう最後だよ。 ラストチャンスだよ。 面談が終わり分かれたのは、随分遅い時間だった。 お母さんの運転する車の後部座席。 彼女は泣いていたという。 悲しみ、悔しさ、ふがいなさ・・・・・ きっと、色々なものがこみ上げてきたのだろう。 素直な素敵な子だ。 でも、やらなくてはならないのだよ。 また泣いてしまったな。 でも、合格までは、まだ時間がある。 頑張ろう。 力になるから。 きっと明るい明日が待っているから・・・・・
2007.07.03
成績のいい生徒は記録する。 出会った知識を、丁寧に扱う。 情報が目の前にあれば、それを何とか持ち帰ろうとする。 成績のいい生徒は、常に前を向いている。 ペンを持ち、耳を澄ましている。 我々が説明に力を入れるタイミングで、いつもノートを開いている。 そして彼らはそこに、的確な情報を刻んでいく。 まるで記者の取材のように。 手帳に殴り書きし、写真を撮る行為のように。 ぶれることなく、収穫を重ねていく。 成績のいい生徒は、大胆である。 小さな字でコソコソと記したりしない。 丁寧に色分けしたりしない。 核心が 「ある単語」 なら、それを堂々と書く。 雑な字で、大きく、なびくように。 押さえるべきものが何であり、知恵としてどう収納すればいいか。 彼らはそれをとっさに嗅ぎ分け、外さない。 成績のいい生徒は、プリントの裏を使わない。 メモは常にノートという道具に託し、ファイルしていく。 プリントは表が生命線。 裏に、副産物の落書きを溜めたりしない。 どんなにグチャグチャになっても、戦場はノートの一画。 力強く、一点に集約しようとする。 まるで己の頭脳のように。 成績のいい生徒は、自分のアングルを持っている。 画家がキャンバスを立てるように。 方向を見定め、常に知恵のベクトルを感じている。 彼らが記録するとき、その知恵は武器となり、力を蓄える。 やがて来る試験で、何をどう組み立てればいいか。 その作業を、授業ですでにしているような。 凛としたエネルギーが漂っている。 板書の字を追い続ける。 自分の手元を見ずに。 感覚だけで、ノートに書きなぐっている。 今書かれた、旬な一字一句を逃さずに記しておきたい。 叩きつける雨を掻き分けるように。 必死に。 前だけを見て。 そんな経験を、君はしたことがあるか。
2007.07.02
『2007年・彩の国高校進学フェア』 が、今月開かれる。 今年は7月21日(土)と22日(日)。 例年より1週間ほど早いので、注意して欲しい。 会場はいつもと同じ「さいたまスーパーアリーナ」で、時間は10時~17時だ。 詳しくは、こちらを参照。 参加学校の一覧も検索できる。 このフェア、埼玉の受験生はほとんど全員が出向く。 何せ、数百校の担当者がこの両日に集まり、相談会を開くのだから、行かない手はない。 今年は、高校が235校、併設中学が75校出展する。 公立や、都内私立の参加も積極的で、例年になく充実したフェアになりそうだ。 親子で行き、学校別の個別ブースで質問や相談を行う。 ここでは「確約」はもらえないが、成績資料は用意していった方がいいだろう。 6月までの北辰結果と、1学期の通知表。 通知表は前日の20日にもらうかたちなので、塾に持参すればコピーを取ってあげる。 私立の一部は、名前を控え、確約に近いアクションを示す場合もある。 いずれにしても、秋口に各高校の個別相談会に出向くことになるが。 会場では、気になる学校の案内(パンフ)が、いくらでも手に入る。 間違っても不参加ということのないように、スケジュールを組もう。 お勤めのお母さんも、この日は必ず調整して欲しい。 混雑するので、21日の午前から出向くことをお勧めする。 また、このフェアは受験生でなくても行ってみる価値はある。 情報収集を早期から積極的に行うことは、とてもいいことだ。 受験制度の変更や、他の役立つお知らせについてなど、新しい情報が入手できることもある。 部活のスケジュールと照合し、ぜひ可能な限り動いてみて欲しい。
2007.07.01
定期試験が終わり、生徒が持ってきた問題に目を通す。 私のメインは理科・社会。 問題のパターンはいつも同じだなあと思う。 理科ならば、こういう実験・観察が出て、どんな注意が必要か聞かれ、何故こうなるのかという理由が問われ、この用語が出て・・・・。 どんな表や図が使われるかも含め、大体イメージ通りの問題構成になっている。 社会も、言うに及ばず。 地・歴・公、いずれも出る用語は決まっている。 問いの切り口はどんなか、記述で書かせるのはどこか。 書く時のポイントとして、どこを押さえなくてはならないかも定石通り。 図や資料も、毎回ほぼ同じものが繰り返され、手垢状態だ。 私は授業や対策の中で、それらを分析、まとめ、「ベタ問題」として生徒に提示する。 いわゆる必出事項である。 例えば消化の単元では、「柔毛のモデル図と栄養素の流れ」「唾液の対照実験(ヨウ素・ベネジクト反応)」は必ず出る。 100%である。 私が100%と言うのは、出ていない試験を見たことがないからだ。 それを対策で伝え、「こういう角度で出るから、こう答えよ」と教える。 「これを出さない先生は、インチキだ」とまで言う。 後は生徒個人の問題だ。 毎回、試験が終わり、確認する。 予想通りの問題が出ているにもかかわらず、失点している者が必ずいる。 そこだけでも30点近く取れるものが、全体で25点。 何のために対策に参加しているのか。 対策ゼミは、相手の出方を研究する、最先端の仕上げ空間。 「分かる」「分かんない」「知っている」「知らない」の申告会ではない。 出るところを無条件で覚え、ものにしていく目的の上にある。 趣旨を理解していないとしか、言わざるを得ない。 ベタ問題というのは、頻出だから「ベタ」なのだ。 繰り返されるから、SSSランクだから、「ベタ」なのだ。 指導要領にあり、先生が好んで使うから「ベタ」なのだ。 27日の夜、中3女子に社会の仕上げ補習をした。 記事にも書いた。 短時間だったので内容的に項目の羅列で終わったが、まさに「ベタ」の連呼だ。 昨日、別の生徒から実際に出た問題を見せてもらったが、やはりほとんどが予想の通り。 時間がなくて触れられなかった部分を含め、記事に列記したもののうち30項目近くが出題されていた。 それはそうだ。 そこしか出ないのだから。 繰り返すが、後は本人次第。 「必出」と言われたところを、必死に暗記し、押さえるのか。 聞き流し、中途半端で臨むのか。 微妙な得点差は、その姿勢によって素直に結果に繋がっていく。 この生徒の場合、恐らく間に合っていないだろう。 ベタを学ぶにも、手順と時間が必要だ。 私の場合、テストの過去問をそのまま解かせることはあまりしない。 類題を何種類も与え、正答のコツを身につけてもらうことを主眼に置いた指導をしている。 だが、生徒たちの意識がリンクしないのならば、過去問の抽出も考えなくてはならない。 理・社を普段の授業で取っている生徒は少ない。 試験前になり、今回は社会がまずいなどと、みな慌てている。 普段から、ターゲットを示してあげる。 そんなことも必要なのだろう。 過去問と類題をコンパクトにまとめた「ベタ問題リスト」を、事前に全員に配布しようか。 次回の定期試験では、改善案として考えている。
2007.07.01
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