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昨日の金曜を最後に、ここを去っていった生徒がいる。 退塾の話を受けた一か月前に、記事にもした。 受験に本腰を入れるべき、中2女子二人組み。 小学生の時に仲間になり、長いことここで一緒にやってきた。 もう600回以上も二人と顔を合わせてきたこと。 元気な時も、沈んだ時も、ここで君たちが自分を探してきたこと。 そんな過去が、力強い記録となって、ここにある。 学びの基本を身に付け、頑張った成果が笑顔を呼んだ。 様々な体験を重ねながら、より深い能力が開花しかけた時だった。 去り行く二人に贈る言葉は何だろう。 いざとなると、上手い言葉が見つからない。 新しい環境で力を出し切って欲しいという気持ちと。 まだまだ与えたいことがあったのにという後悔と。 まるで親父になりきったように、深々と考えている。 向上心を持ち、自分を見失うなよ。 そんな陳腐な台詞が、言葉を作っていく。 昨日、授業のあと、二人が揃って挨拶に来た時。 堰を切ったように、色々と語りかけていた。 大きな夢を持てよ。 自分を大切にしろよ。 ここで学んだことは、今、君の手のひらにある。 君たちがここに来た時から、私はずっとここでその仕草を見てきた。 小さくて、本当に小さくて。 語りかけると、俯きはにかんでいた君たち。 意見も言えず、泣きそうだった君たち。 悦びを知り、苦悩を知り、仲間との会話に目を輝かせ。 子どもから少女へと、いつしか強さを身に付けてきた。 すべてここで、この空気とともに。 大きく成長してきた姿が、目の前で弾けている。 最後の会話となった、半時ほどの時間。 勉強法も、学びの姿勢も、もうどうでもいい。 そんなものではない「何か」が、言葉を探していた。 もう話すこともないだろうと思っていただけに、 君たちから会話の機会を作ってくれたことが、嬉しかった。 君たちとこの教室で一緒に学べたこと。 素敵な瞬間だった。 そしてそんな期間を何年も作ってくれた、親御さんにも感謝したい。 最後まで輝きを持っていた君たち。 いつの間にか、一人前の意見を言えるようにまで成長した君たち。 大きくなれよ。 巣立ちの気配を感じた時から、この日が来ることは分かっていた。 だが、そう割り切れない「何か」がある。 もっと色んなことを教えてあげたかった。 やがて来る秋、そして桜咲くころ。 君はどうしているだろう。 送り出しながら、その姿を思い描いていた。
2007.08.31
29日、210時間に渡る夏期講習は昨日で終了した。 参加した者はその意義を踏まえ、必ずレベルアップに繋げる仕上げ学習をして欲しい。 受けっぱなし、あるいはただ解いて答え合わせをしただけの者。 それでは力は付かないぞ。 頭でモヤモヤしている物、手元にある乱雑な資料などを加工するのだ。 しっかり研き上げて、使える糧として欲しい。 いいね。 夏休みもあと3日で終わる。 毎年恒例の、「最終週宿題バトル」があちこちで行われている。 あれほど言ってもダメなんだな。 「自由研究がまだ終わっていない」 「理科と英語のワークと、あと作文と・・・」 何をやってるんだか。 今も中3生たちが来て自習しているが、覗いてみれば宿題合戦。 まだまだ受験の意識が足りていないようだ。 相談会で使う通知表のコピーも取っていない。 日曜は大事な北辰だぞ。 明日はその対策を10時から行う。 気合入れて臨めよ。 それにしてもお前らの靴はいつもこうだな。 昨日も注意したが、置き場所が何か変だろ。
2007.08.30
新学期を前に、恒例の改装を行う。 今回も机の配置を見直し、奇抜なワクワク空間を創っていく。 また、機能面で次の二点を充実したいと思っている。 一つは、「情報面」 の充実だ。 大きく5点を考えている。 「告知・連絡」 「成績結果」 「知識・情報・時事」 「検定資格」 「受験・進路」 いずれも機能的に掲示やコーナーを設け、生徒たちが活用できるようにする。 特に時期でもある「受験」に関しては、ガイドや案内を充実させたい。 生徒たちの進路への意識も高まっており、閲覧回数も増える傾向にある。 友と進路を語り、受験を考えつつ、色々な方向を模索していく。 仲間のそういう行為が、意識を生み、学習へのモチベーションに繋がっていく。 いい傾向だと思う。 教室としては、その空気を後押しする道具と情報を与えよう。 「知識」では、ニュースや常識をしっかりと提供したい。 新聞、雑誌、ネットも、フルに活用し、クイズコーナーなども設けたい。 もう一つは、「個人スペース」の設置だ。 ファイル(またはミニボックス)を、生徒ごとに作る。 そして、「通信」「案内」「提出書類」「メッセージ」などを収めていく。 生徒自身が毎回必ず開き、各自持ち帰らせる。 この教室に係わる一員として、自分の名のファイルがあるということは、ここで学んでいるという実感に繋がるだろう。 ただし、利用のルールを守れない時は、ペナルティを考えなくてはならないな。 他人が勝手に開いたり、紛失したりしてはまずいだろう。 これはある意味、シークレット・スペースでもあるのだ。 自分で開くということに意味がある。 試験で頑張ったら、激励の言葉をしたためる。 小学生なら、ミニ賞状などもいい。 個別に課題を与えることもあるだろう。 質問の回答や、依頼の返事や、資料などを入れることもある。 提出物や追試の連絡、督促などにも使える。 誕生日には「おめでとう」のメッセージを添えようか。 まるでプレゼントを開くような感覚。 生徒たちのそんな輝く仕草が、ほんの数名でも見られたら素敵だ。 一気に完成とはいかないだろうが、徐々に進めていきたい。 一人一人の教室との係わりを、大切に。 絵空事にならぬよう、工夫したいと思う。 変わった塾と思われても、 子供たちを思う心は地域一番でありたい。
2007.08.29
全天雲に覆われて、太陽すら「ぼんやり」としか見えません。 しかも前線が南下し、18時頃から雨が降るそうです。 ということで、今日の月食観測は残念ながら中止ですね。 16時半に、そう判断させていただきました。 見えないことにはどうしようもない。 夏休みの宵の口というベストな時間は、もうしばらくありません。 3年後の冬に皆既食がありますが、時間帯が合わず、ほとんど見れないそうです。 今日やるんですかと聞いてきた生徒。 う~ん、残念だけど、また今度イベント考えるから、待ってろな。
2007.08.28
塾内で全国模試を実施している。 昨日は小中学生31名、今日も20数名が受験しに来る。 試験中に巡回し、解き方や手順、要領、解答用紙への記入のし方、速度などを観察していく。 もともと解く速度には個人差があるが、解き方が遅い生徒は、総じて解答用紙の埋め方の要領も悪い。 正直に問1から始め、難問にぶつかってもいつまでもそいつと向き合っている。 5分考え、結局答えが出ず、次へ進む。 次でもまた同じことを繰り返す。 これでは解答用紙がなかなか埋まらない。 「攻めるか保留するか」 要するに、問いを見て、真剣に解いてみるべきか、とりあえず後回しにすべきか。 咄嗟のその判断が、感覚的に身についている生徒は、得点を積み上げる要領もうまい。 いつも時間配分を考え、効率良く答案が埋まっていく。 成績上位の者と下位の者は、一体どこが違うのか。 試験を序盤、中盤、終盤で分けたとき、中盤に顕著な差が見られた。 上位の者は、その中盤のリズムがいい。 エンジンが掛かり、答案が一気に埋まっていく。 集中しているのである。 下位の者はと言えば、先のように考え込み、リズムが停滞している。 また、下位の者はその停滞を終盤まで引っ張り、挙句に放棄してしまう。 試験時間がまだあっても、問題を閉じ、ぼーっとしている。 伏せている者、あるいは落書きをしている者。 こういう生徒で好成績の者はほとんどいない。 好成績の生徒は、終了ギリギリまで問題を眺めているものだ。 試験とは、自分の力を計測する時間。 得点にこだわるなら、終了の合図まで頭脳を闘わせるべきだろう。 自ら問題を閉じてしまう行為とは、 自ら時間を短くしてハンディを背負うこと。 終了の合図は、私がするものだ。 最後まで諦めない、真剣な表情はすがすがしい。 今日も色々観察してみよう。
2007.08.28
明日は午後から雨の予報。 一応、告知はしたものの、 微妙な感じだ。 様子を見て、 昼過ぎに判断しよう。 う~ん、 反射望遠鏡も用意できそうなだけに、 中止なら残念。
2007.08.27
28日(火)の宵の口に、6年振りの皆既月食が見られる。 月食は普段の月の満ち欠けとまったく違うメカニズムで起きる。 満ち欠けは、球体の月が太陽に照らされ、その角度によって変化が起きるもの。 月食は、太陽と月の間に地球が入り込み、月に影をつけるもの。 皆既月食とは、その影が月全体にかかり、完全に反射光を隠してしまうものだ。 実際の皆既月食では、月がまったく見えなくなるわけではなく、暗いオレンジ色の光がぼんやり見えるらしい。 東南東の方角で、月の出始める午後6時過ぎにはすでに月食は始まっている。 皆既食になるのは、午後6時50分から、8時20分頃。 その後約1時間は、地球の影が通過し終わるまで部分月食が続く。 滅多にない天体ショウなので、今回は屋上を開放しようと思う。 開放時間は、午後6時30分から、9時まで。 ちょうどその日は模試の実施日なので、試験の前後に立ち寄るといい。 試験のない者は、フリーで来てもらって構わない。 ただし実施は晴れのときに限るぞ。 急な告知なので、この記事を目にした者はラッキーだな。 S先生に観察道具借りられるか、相談してみよう。
2007.08.26
問題用紙と解答用紙が与えられる。 君たちは、それをどう使いこなしているだろう。 授業で模試などの過去問をやったり、あるいは本番の模試で巡回しながら、その様子を観察する。 以前にも、使い方について触れたことがあるが、正直、下手な生徒が多い。 点を取るためには、それぞれの用紙をどう使いこなせばいいのか。 週明けの模試を前に、もう一度まとめておきたいと思う。 翌週の北辰(中3)、10月の中間試験にも共通して使えるヒントである。 まず配られた用紙の目的をはっきりさせよう。 解答用紙は提出するもの。 君の知識や理解をそこに書き込み、採点してもらうものだ。 点を取るためには、○をもらうことが前提となる。 だから、判読できる 「丁寧な」 書き込みであることが望ましい。 雑な答案でも○になれば同じだが、同時にそれは×や減点になるリスクを背負うことだ。 漢字や送り仮名の正確さ、句読点・小数点・ピリオドなどの正確さ、記号やアルファベットの見やすい筆記、大文字小文字の書き分け。 いずれも、採点官が注目する部分であることを理解しておかなければならない。 消しゴムの使い方も大切だ。 消し忘れの文字、消しが不十分なまま上書きされたもの、ペンで塗りつぶしてごまかしたもの。 いずれも、「失点の要素」 を自分で作っているということを、認識しよう。 また、解答欄の大きさにも注意したい。 記号なのか、用語なのか。 用語ならば、長いものなのか、短いものなのか。 解答欄の設定に大きなヒントがある。 用語問題の場合、漢字で書けとなっていなければ、かなでいい。 これも答案作成の基本である。 問題用紙は持ち帰るもの。 だから、どんな使い方をしても構わない。 問題とは、解答用紙を埋めるために与えられたもの。 問いの目的に沿って、君自身が解きほぐし、答えを求めていかなくてはならない。 その過程を頭だけでやろうとする生徒が多いが、それではダメだ。 手にペンを持っているのなら、最大限そいつを活かそう。 問題用紙に、目いっぱい書き込んでみなさい。 問われている部分に線を引き、キーになる用語や数値に印を付け、自分で確認しながら解いていく。 答えが出たのなら、もう一度その答えを問いに当てはめてみて、間違いがないか確認する。 「正しいものを選べ」 「間違えているものを選べ」 「すべて選べ」。 こういった設問の指示にも、必ずラインを引いておく。 そして、「分からない問題」、「再確認が必要な問題」 には、後ほど見直すために印を付けておく。 それも変な小さな印ではなく、ひと目で分かる大きなマークをすべきだろう。 紙面に書き込むものは、自己採点のための 「自分の答え」 だけではない。 様々な線があり、囲みがあり、括弧によるくくりがあり、印がある。 自分なりの記号を幾つか作り、用途によって使い分けるのである。 そういった紙面の 「汚し」 が出来る生徒ほど、得点は高く、失点も少ない。 問題を解くということは、一つ一つを正確にこなしていく 「確認作業」 なのだ。 これは基本的なことだが、問題用紙と解答用紙の位置関係にもヒントがある。 ペンを持つ利き腕にとって書きやすい位置に、今取り組んでいるものがあるべきだ。 例えば問4を解いているのなら、他の問いも、解答用紙も、視野には不要だ。 問題用紙を見開きA3サイズに広げ、机を狭くし、散漫な解き方をしている生徒が相変わらず多い。 英・国の長文など、科目によって微妙な違いはあるが、問題用紙は折りたたみ、集中できるコンパクトな形状にした方がいいだろう。 何故なら、今解いているのは問4であり、問5ではないのだから。 また、用紙をどう置くか、その向きも角度も自由だ。 理科の天気図記号で、風力を作図する問題がある。 矢羽の位置は向かって右側に書くのだが、これが風向が北東なら書けても、南西になると間違えて左側に書いてしまう者がいる。 何のことはない、自分の解答用紙を180度回転させて北東に書けば同じことなのだ。 数学の点対称図形もまったく同じ。 初めから解答用紙を逆さにして、問題と同じ図形を同じ位置に書けば出来上がりだ。 数学の図形問題などは、問題用紙の角度を変えて眺めてみると、平行線や直角三角形や相似の図形が見えてきたりする。 こういう発想が出来ない生徒は、用紙を正直に置いて、頭を抱えている。 試験は正攻法だけではない。 「工夫」 も武器になるということを知っておきたい。 時間配分については、敢えてここでは言わない。 出来るものから処理し、見直す時間を確保しておくことはすべての基本だろう。 先の 「記号」 を駆使し、「解く」 という作業の流れを掴んでいく。 繰り返すが、解答用紙は提出するもの、問題用紙は持ち帰るもの。 問題用紙に書き込み、折りたたみ、どれだけエネルギーを注げるか。 頭の中ではなく、紙面に闘いの記録をしっかり残すこと。 それが勝利の鉄則なのである。
2007.08.25
自分を大切にしなよ 周りが何を言おうとも 周りがどんなに真剣になろうとも 光を感じ 受け止めるのはお前だ 夏が終わり やがて枯葉舞う秋が来る この夏の太陽の下 お前が残した足跡は 何処にあるのだ 見せてみなよ さあ こんなに頑張ってきましたと 語ってみなよ 自分中心で いつも逃げ惑い 都合よくごまかし続け そして 肝心な時にいつもここにいなかったお前 計画もなく 夏期講習にも適当に参加し 遊びの反動で宿題に追われ 目標を見失い 何一つ自分を完成させられない お前 居心地がいいのだろう その延長でいたいのなら そうしていればいい 男子のお前 夏期講習の日程を忘れ 来れなくて 別の日に6時間設定し直したよな 俺は待っていたが 結局その再設定すら一日も来なかった そして24日は模試を受ける日だったよな あれほど強く約束したのに お前は来なかった どうしてなのだ 女子のお前 夏期講習の参加は その時の気分で 都合8日の特訓も 二回来ただけで 何が残せる 今日の授業も来ないので連絡を取れば 休むだと? お前は一体 何様だよ 男子のお前 夏期講習はいつも中途半端で 未完成 来たり来なかったり 催促しなければ自分から来る気はない ここ二日は 足跡すらない お前 夏休み前に一日10時間勉強すると誓っただろう 講習のすきま時間は 自習することになっているのに とうとう今日まで 一度もしていない 何なんだよ 女子のお前 お母さんと私の前で約束し 夏期講習頑張るんじゃなかったのか 今週は前半の三日 すべて無断欠席 特訓も何度か休んだよな 今日の夜も 結局 連絡してやっと来る始末 お前 今日質問したら 受験が何月かも知らなかったよな そんなんで これからどうやって闘っていくんだよ 甘えたいのなら ずっとそうしていろ テレビが 携帯が 遊びが命なら ずっとそうしていろ お前たちがそれでいいのなら 好きにすればいい 最後には 自分が悲しむことになるだろう 自分に真剣ならば 動かずにいられない もう目を覚ませとは言わない 自分が大切じゃないのなら 飽きるまでそうしていなさい 受験の直前に 頭を抱えればいいだろう どうあるべきか 何をすべきかという課題 それを感じ どう行動に出るかまで カウントダウンが始まった今 それはお前自身の問題だ 塾はな お前のために語り 舞台を用意している 足場の感触は お前自身が試し 使いこんでいくものだ 仲間はやっている 本番のために 汗をかき 自分を守ろうと必死だ 興味があろうが なかろうが 明日の希望を掴むために 動くべき時なのだ 甘えていたいか 逃げて 逃げて ごまかし続けたいか こんな姿勢のまま大人になっていきたいか 苦難に立ち向かうこともできない 情けない 未熟者でいたいか 俺は今まで何人もの受験生を見てきた そして その先輩たちの本音と苦悩を 何度も代弁し お前に伝えてきた 後悔するなよ 時は戻っては来ない 15の春は 自分一人の力では得られない だがな お前が力を込めなければ どんな可能性であっても 一歩も進んでいかないものなのだ 親を悲しませるなよ お前の合格で泣いてくれる 大切な人の心を 裏切るなよ
2007.08.24
夏期講習や春期講習の後には、講習会に参加していた外部生が入塾することがある。 今回も講習会の生徒から、9月以降も続けたいという申し出があった。 以前にも記事で紹介した、優秀な生徒である。 現在中2生だが、過去7回の定期テストの5科平均順位は1.7位。 クラス順位ではない、学年順位である。 7回中5回が学年トップ。 優秀と言うよりも、恐らく実力的に学年のヘッドだろう。 今回の夏期講習では、理科・数学・英語を履修した。 特に理科が苦手ということで、私の授業に大半の時間を割いた。 その経過は8月1日の記事にも書いたが、やはり飲み込みのペースが違っていた。 今日、親御さんも立会い、入塾を前提とした話を色々した。 理科に関しては、学校の先生の授業がよく分からないらしく、本人は夏期講習で光明を見たと言っていた。 英語も会話塾をやめ、ここで学びたいと言う。 とても分かりやすく、展望の持てる内容だったようだ。 特に理科は、ぜひ私に教わりたいということで、ご指名を受けた。 拒否する要素はない。 その代わり、私の授業は厳しいぞ。 早いうちからどんどん消化し、3年の夏までに北辰で満点を実現しよう。 色々考えた末の決断が、私に向けられた。 光栄なことだ。 かつての 「クイズダービー」 の、はらたいらのように。 期待を感じながら、無言で君の札を立てよう。 まだ、「全部」 とはいかないが、「1000点」 位の指名の重みは感じている。 わが教室への期待。 しっかり形で描き返し、最後は花吹雪を舞わせたい。 そんなことを思った。 競り合う要素がまた一つ増え、2学期が楽しみだ。
2007.08.23
講師との会話の中で、講師から出た言葉が耳を離れない。 色々あるなあ、と思う。 そしてその後、ずっと考え、悩んでいる。 どうすべきか、どうあればいいのか。 教室運営の根本にかかわる大切なこと。 今日まで自分なりに考えてやってきたことが、空回りしていく。 伝わらない、そして全体として有意な時が残せない。 子供たちに差し伸べた手が、空を切る。 なぜという疑問と、どうしてという無念さ。 もどかしさ。 そんな感覚が体全体に貼りつき、答えを探している。 私一人ではどうにもならない命題。 もう少し考え、週末にまとめよう。 ここまでの試行錯誤を無駄にはしたくない。 子供たちは、毎日ここに来る。 期待を持ち、何かを探しに。 自転車で来る者、車で送られて来る者。 家を出るとき、どんな気持ちでここに向かうのか。 たった数時間の接触の中で、その期待をほんの少しでも汲んであげたい。 思いと運営の接点を、もう一度まとめてみよう。 灯りをともし、講師と子供たちが空気を創ってきた目的を考えてみよう。 ただこの教室の主役は、子供たちであること。 我々スタッフはその主役のために、ここに居ること。 そしてその主役たちには家庭があり、環境があり、今日までの経緯を抱え、悩みや感情を持った人間であること。 そのことを忘れてはいけない。 きっと、そうなんだと思う。 少なくとも、私は。
2007.08.22
試験でいい点を取りたいのなら、家でそのための訓練をするしかない。 暗記学習を否定する方も多いが、私は暗記こそが得点をあげる近道だと思っている。 中学生のテストでは、そのほとんどが暗記対応型の問題ばかりだ。 知らないから解けない。 知っていれば解ける。 暗記をしっかりやれば、ベースになる7割前後は取れる。 だが生徒たちはその暗記を十分にせずに、問題を解こうとする。 問題を解きながら、出てきたものを覚えるという者もいるが、極めて非効率である。 そもそも問題からの抽出では、覚えるべき量が足りない。 しかも内容や切り口に偏りがある。 例えばマグネシウムの燃焼では、色々な知識要素が試される。 化学反応式が書けて、 反応のモデル図が書けて、 3:2→5という比率を知り、 その比率を使った質量計算が出来て、 マグネシウムや酸化マグネシウムの色を知り、 同様の化合反応の例を知り、 その反応式がすべて書けて、 それぞれの反応の特徴が言えて・・・・ このように、マスターすべきものは、まとめてグループで押さえるものなのだ。 たまたま問題が 「反応式と色の問題」 であったなら、それを解いたところで不十分。 他の問われ方をされたら、どう対応するのか。 反応の質量比もグラフを読み取って答えるものがあるが、初めから3:2を覚えてしまえばいいのである。 グラフなど分析しなくても、簡単に計算できる。 点をしっかり取ってくる生徒は、こういう暗記を要領よく進めている。 頭にしまうべき暗記事項を、情報カードのようにまとめ、丸暗記している。 派生する発展事項もそこに集約し、本番で問われる最大の範囲まで一気にくくりながらマスターしている。 点の知識ではなく、線から面にいたる知識まで掘り下げて暗記しているのである。 理科や社会は暗記科目ではない。 よく耳にするが、その理論は、限りなく100点を狙う場合の話だ。 中学においての理社は、先も言ったように、暗記だけで7割は取れる。 だからまず、得点ベースになる知識を丸暗記することにエネルギーを注ぐ。 そして色々なパターンの問題に当たり、その知識を使いながら解き、解答欄を埋めていく訓練を重ねる。 それを、中途半端な点の知識のまま、しかも中途半端な量を解いているから、いつまで経っても足踏み状態なのだ。 手順が違うのである。 英語も、単熟語はもちろん、基本例文までをすべて暗記してしまうのだ。 あらゆる教科に共通するが、暗記するためには、頭に叩き込む「型」を自分で作成する必要がある。 要点集やテキスト、プリントなどを眺めていてもダメだ。 まとめリストを自作し、魂を吹き込むのである。 そして家で何度も開き、即答、即処理できるレベルまで、覚えこむ。 何のことはない、覚えてしまえば勝ちなのだ。 覚えた情報量に比例して、得点は上がっていくのだ。 それをやらずに点が取れないと言っている者。 取れるわけがないということを、知って欲しい。
2007.08.21
教室の環境というものは、言葉を生み、行動を生む。 数多くの仲間と創ってきたここの空気が、今日も君の周りにある。 空気を感じ、言葉が出る時、教室は君たちの共有の色を放つ。 私がいて、講師がいて、生徒がいる。 人と人が接する温もりを失うことなく、学びの悦びを体感させていきたい。 開塾からずっとこだわってきた、大きなテーマだ。 この教室の原点は、そんな環境の裾野にある。 様々な生徒がいて、幾つもの力強い輪を創ってきた。 元気な言葉があり、悩みがあり、笑顔も涙もあった。 教室の中で君たちの表情は育ち、やがて大きく成長し、巣立っていった。 「ありがとう」 「勉強の大切さが分かったよ」 ここにはその数百の瞳と、溢れんばかりの言葉が詰まっている。 私はそれを誇りに思う。 生徒には自分の世界があり、価値観がある。 素晴らしいことだ。 他人が操作できない、いや、してはいけない領域。 その一線を張りながら、学びを紐解き、自律できる「型」を作っていく。 ただ技術を吹き込み、数字で区分けする塾ではなく。 本質を片手に、学びそのものを「築く」という作業にこだわってきた。 そんな気の遠くなるような作業に、君たちの笑顔が重なっていく。 勉強が嫌いだった君が、ペンを持ち、解き始める。 希望と無縁だった君が、伸びた成績を誇らしく見せ、活気付く。 君たちの笑顔は、すべてここで生まれ、ここから始まった。 その空気の流れが、今の環境の中心にある。 環境は言葉を生み、行動を生む。 私はその仕組みを変えようとは思わない。 言葉の中から何かを発見し、エネルギーに変えていく。 自分を大切にし、仲間を気遣い。 主役である君たちが考え、行動していく。 ここは君たちの思いがいっぱい詰まった場所。 大切だからこそ、意見や感想が飛び交う。 そしてあるべき方向を、自由に探していけるのだ。 教室の環境は、君たちが創るもの。 課題があるのなら、分かち合おう。 わがままも、文句も、好き嫌いもどんどん言っていいのだよ。 でもな。 どうせならそれを解決し、笑顔を求めてみないか。 課題として受け止め、我慢する努力もしてみないか。 気遣いしてみないか。 行動してみないか。 そして、ここをもっと素敵な場所と感じてみないか。 君たちの教室。 君たちが学び、係わり合うこの場所。 逃げはしない。
2007.08.20
学んだ知恵をどう収納するか。 突き詰めれば、それは 「学ぶ」 という行為より大切かも知れない。 私はよく 「器」 という言葉を使う。 何かを受け入れる時の、その受容体としての表現に使っている。 どんなに素晴らしい知恵を授かっても、器がなければ受け止められない。 どんなに完璧な知恵のシャワーを浴びても、器がなければそこに記録は残っていかない。 当然のことだ。 当然のことだが、そういう状況は日常茶飯に起きている。 学ぶ時に、その受容体の在り方を意識してみることは、価値あることだ。 100の知識を得て、その大半がことごとく消えていくとしたら。 何とも口惜しい、残念なことではないか。 掻き集める器の底に穴が開いているのなら、塞がなくてはならない。 器が小さすぎるのなら、対応できる大きいものに替えなくてはならない。 器の向きや角度に問題があるのなら、 効率よく受け止めるために、その置き位置を工夫しなくてはならない。 学力を求め、高めるということは、得た知恵を紐解き、常に勝負に出ること。 収納された知恵をさらけ出し、客観的な判定を乞うことだ。 そのためには、知恵の置き場所を工夫していく必要がある。 知恵の一つ一つが、脳内のどの位置にあり、どんな状態なのか。 機能的な整理だけでなく、利便性についても追求し続けなくてはならないだろう。 学力というものは、そのベースとしての 「知識量」 である程度決まる。 だがそれは、日々更新していく進行形でなくてはならない。 そして、力を付けるということは、得たものを使い込み、自分のものにするということでもある。 知恵を頭の中にどう残していけばいいのか。 その 「更新」 や 「使う」 という作業の中に、収納の在り方のヒントが隠されている。 はっきりと整理された分類は、とても見やすい。 書店で本を探す時、我々はジャンルの表示を頼りに目的の棚にたどり着ける。 それは、一つ一つの本の収納すべき位置がはっきりしているからだ。 分類されているから探しやすい。 そしてまた、正しく分類されたものは、グループを形成していく。 書店でいうならば、「コーナー」 とか 「類書」 がそれに当たる。 これはコンビニでもスーパーでも同じだ。 在るべき場所に、在るべき商品が並んでいる。 日用品の脇にトマトや弁当が無造作に置かれたりはしない。 では、なぜ分類し陳列するのか。 言うまでもない、買いやすいからだ。 店の在庫の一つ一つを、知識に例えてみよう。 身近なスーパーでいい、ある店の店内を思い出して欲しい。 そして、その風景が自分の頭の中だとイメージしてみる。 買いやすいということは、探しやすいということ。 頭の中では、それは、使える知識がすぐに見つかるということを指す。 店内の客が、カゴに商品を詰め、あちこち動き回っている。 それはちょうど、頭の中で問題や課題を解決するための道具を集めるという行為に似ている。 問題が与えられるたびに動き回る。 そのためには探しやすい分類がいかに大切か。 もうお分かりだと思う。 知恵を収める 「器」 は、大きい方がいいが、頭脳というスペースには限界がある。 だからこそ密度を濃くし、機能的な分類が必要になってくる。 情報を得た時の受容体としての部分は、店で言えば 「仕入れ」 に当たる。 仕入れが貧弱でバランスが取れていなければ、店は活性化しない。 また、いくら仕入れても、店頭に正しく並べなければ役に立たない。 仮に一日でも、分類を無視し、適当に品出ししたなら、店が機能しなくなるだろう。 容易に想像がつくと思う。 仕入れたダンボールには、あらゆるものが詰まっている。 大切なもの、旬なものを、リアルタイムで仕分け、店頭活性化の武器にしなくてはならない。 頭に受けた情報も、ただ闇雲に仕舞おうとせず、収め方にこだわることが大切だ。 要不要を判定し、必要かつ重要なものならば、後に引き出しやすいかたちで保存しなくてはならない。 メリハリを付け、互いの位置関係を明確にしていく。 簡単に言うが、これが大変な作業なのだ。 貴重な知恵が目の前にあるのに、自分のものに出来ない。 いくら学んでも、いつも曖昧で定着しない。 もしそうならば、改善しなくてはならないだろう。 受け止めるという行為の機能を高める。 受け止めたものを分類し、使いやすく収めていく。 そして、収める器の状態にこだわり、常に更新できる進行形を保つ。 頭の機能に差があるなら、それはイメージ力と努力の差である。 何度も刺激を与え、斬り込んでいく。 その頻度が、気づきを生み、コツを引き当てる。 そんな泥臭い汗こそが、肝心な時の潤滑油となるのである。
2007.08.19
昨日の暑い中、頑張っていた中3たちへの差し入れ。 凍らせて吸うやつだが、こんなものでも結構喜んでいた。 今日は急に凌ぎやすくなり、とにかくよかった。 先ほど、8日に渡るその中3ゼミも終わったが、どの程度の収穫があったのだろうか。 社会など、懸命に暗記を頑張っている生徒も見られた。 秋にその成果がはかられる。
2007.08.18
よく耳にする言葉がある。 「どう書くんですか?」 対策授業や特別ゼミなどをしている時に、生徒がよく言う言葉だ。 答え合わせや解説で、私が言った用語の「漢字」が分からないのである。 生徒によってはそれが変形されて、友達にいちいち聞くという行為に走る。 聞いて確認している間に、次の答えに進み、聞き漏らしてはまた友達に聞くという失態を、凝りもせずいつも繰り返している。 こんな感じだ。 《35番、治安維持法》 「ちあん? ちあん何?」 「維持法、治安維持法よ」 「ちあんって、こう?」 「違うよ、政治のじに、安全のあん・・・」 「あっそうか、そうか」 《36番、全国水平社》 「ねえ、いじってどう書くんだっけ」 「えっ? 糸偏に進むっていう字の・・・」 「えっ? こう?」 「違うよー、こうだってば」 「オー、サンクス」 《37番、平塚雷鳥》 「ひらつか・・・ええと、ひらつか何だっけ?」 「雷鳥」 「らいちょう? 何それ」 「女性解放の・・・ちょっと今何番やってんの? 37だよ」 「えっ? 37がらい・・・らい何だっけ」 「雷鳥!」 《38番、原敬》 「35がちあん・・・だよね、36は?」 「何とか水平社」 「すいへいって、あのすいへい?」 「そうそう」 「えー、垂直のすいでしょ?」 《39番、関東大震災》 「違う違う、水だって」 「えっ、今、かんとうって・・・次、人じゃなかった?」 「ちょっと、よく聞いてなよ、39だって」 「えー、もう分かんない、かんとう何?」 何をやってんだか。 聞かれる友達の方も、明らかに迷惑だ。 この生徒の解答欄は、たぶんこんな感じだろう。 35番 治安いじ 36番 垂平 37番 平つからい 38番 伊藤ただたか 39番 関東 何だ、これは。 まったく答え合わせになっていない。 38番には、誤答の意味不明な人物が残り、正しい答えなど一つもない。 何でこんなにしてまで、その場で漢字にこだわるのか。 書けない文字は、「ひらがな」で書いておけばいいだろう。 今の目的は、正解を知り、正誤チェックをすることだ。 正解にしっかり耳を傾けなさい。 ひらがなで記し、家でしっかり調べるのだ。 取材の記者が、「えーと」なんて、いちいち漢字で悩んだりするか。 目的は、とにかくひらがなでもいいから、聞き逃さず正解を控えること。 そして、こういう生徒に限って、いつも聞きまくるだけで進歩が見えない。 そんなにこだわるのなら、今ここで覚え、同じ質問を繰り返すな。 一つ一つの正確さにこだわり、レベルを上げてみろよ。 家で、追いつく努力をしてみろよ。 お前の場合は、穴だらけの解答欄でも平気でカバンに仕舞ってしまうではないか。 不明ならば、終わってから私に聞けよ。 こだわる以上、納得してから帰れよ。 そうでなければ、ひらがなで正確に控え、しっかり家で調べなさい。 そして、次回に答えられるようにしてみなさい。 そもそも空欄が多いから、答え合わせが後手になるのだ。 合っていれば、○だけで済む。 その意味をしっかりと認識しなさい。 私の場合、時間制限もあるので、細かく板書しないことがある。 タイミングを逃さず、要領を学ぶこと。 今、何をしている時か。 必ず前を見て、アンテナを立てなさい。 その集中力の差は、やがて得点になって返ってくるだろう。 しっかり目的を捉え、醜態をさらすなよ。
2007.08.18
いやあ、暑い。 昨日は気温の最高記録が出たが、地元も40.4度と、測候所の記録を塗り替える暑さだった。 全国3位。 推移を見ると、午前6時台に30度を超え、9時台に35度、午前中に38度を超えていた。 35度程度はよくあるが、さらにそこから5度上がると、何か別世界のような暑さだ。 フェーンに重ね、お盆明けで活動を始めた都心の「ヒートアイランド」の熱波が重なり、吸う空気が熱でよどんでいる。 日陰でも衣服から熱が染み込んでくる、異様な現象を体験した。 今でもまだ30度以上ある。 地面が冷めないうちに、また陽が照らされる。 この暑さ、明日は本当にひと段落となるのだろうか。 生徒たちはみな、頑張って集まってくれた。 壁や窓の放射熱で、冷房を入れてもなかなか室温が下がらない。 そんな中、よく頑張っていたと思う。 明日も暑いようなら、飲み物の差し入れでもしようか。 ちょっと考えている。 ペルーでM7.9の地震があり、大きな被害が出たようだ。 太平洋を伝わった津波が、午前4時頃日本に来るという。 気象庁の注意報が1時に出るそうだが、水位が急に高くなるので、海岸地方は注意されたし。 台湾や北朝鮮は、洪水で壊滅的な被害を受けている。 ヨーロッパ、アメリカ、中国などの熱波も記憶に新しい。 温暖化の影響だろうか、何か、地球がおかしい。 日本もまだ何かありそうな、そんな気がする。
2007.08.17
今日から夏の陣の後半が始まる。 まずは3日間、中1中2のゼミと、中3特訓の後半戦だ。 特に受験生は、この4日間でどこまで仕上がっているか見ものである。 まさか何もしていないということはないだろうな。 いきなり雷が落ちるようなことのないように、注意されたし。 学習すべきラインは、志望校によって異なるが、とにかくみんなインプットの量が甘い。 この夏は汗だくになって、限界まで暗記量を増やしなさい。 そして曖昧な知識がないか、総チェックをし、正確さを目指しなさい。 英単語、語形変化、活用表、必出漢字、理社用語、どこまで正しく書けるか。 偏差値を上げたいのなら、そういう基本装備にこだわりなさい。 いい加減な取り組みには、いい加減な成績が待っている。 自明の理だ。 しっかりしろよ、受験生。 部活も引退し、県内のライバルも、全開で飛ばしているぞ。 同じ力をキープするだけでは、偏差値はジリジリ落ちていく。 そういう時期に入ったのだということを、しっかりと認識しなさい。 学校の宿題がまだ終わっていないタコは、まさかいないだろうな。 勝者と敗者の違い。 もう自分で嗅ぎ分けろよ。 爽やかな表情で会えることを期待している。
2007.08.16
暑い日が続く。 空を見上げると、太陽がすぐ近くにあるようだが、実は途轍もなく遠い位置にある。 地球と太陽との距離を、1天文単位と言う。 その距離は何と、1億5000万キロ。 光で約500秒もかかる、気の遠くなる距離だ。 その距離感を地上のスケールで考えてみる。 地球を直径1センチの玉に例えれば、太陽までの距離は375キロ。 これは東京、京都間の距離に匹敵する。 地球を直径1メートルの岩で考えれば、太陽までの距離はわが地球1周分の距離に匹敵する。 これだけ離れていても、直射日光はうんざりするほど暑い。 ものすごいエネルギーである。 生徒たちに、たまに雑学を語ることがある。 主に自然科学のネタだが、結構みんな 「へえ~っ」 と言って驚く。 「ベテルギウスの直径は4億キロ。何と、地球、太陽間の2.7倍もあるんだぞ」 「ジャンボジェットの燃料って、みんなの家でも使ってる灯油なんだよ」 「鳥もトカゲも卵生だけど、鳥は卵を温めるよね。ほら、分類で考えてみな。そう、恒温動物だからだ」 「鉄筋コンクリートの鉄筋って、どうして錆びないか知ってるか。錆びって酸性で起きるんだけど、コンクリートがアルカリ性だから、固めちゃえば錆びないんだよ」 「頭痛薬って、飲んでから暫くして効いてくるよね。ほら、吸収のところで習っただろ。柔毛から血液に入り込むから、それまで時間がかかるんだよ」 昔の子供たちは、「世の中の不思議」 みたいな雑学ものをよく読んだものだ。 今の子は、あまり読まないのだろう。 学校の勉強も表面的な 「型」 を通過するだけで、その背景には触れない。 学びというものは、その脱線する部分に面白みがあるのにと思う。 「そうなんだー」 「なるほどね~」 子供たちには、こういった感動や発見を、どんどん体験して欲しい。 きっかけが興味に繋がり、生活の中で考える習慣を呼ぶ。 そして、やがては思考の奥行きになっていく。 つまらない雑学も、反応があるうちは続けたいと思っている。 追記 上記、太陽までの距離の例えの部分に、計算ミスがありましたので、訂正します。 地球の直径を1センチとすると、太陽までの距離はその約11800倍。 ちょうどハードル走くらいの距離の、118メートルになります。 地球を1mの岩に例えれば、その100倍ですから、距離は11.8キロになります。 下記ご指摘により気づきましたが、お詫びし訂正させていただきます。
2007.08.15
今回、中3受験生に実施した、社理用語の漢字筆記テスト。 平素から書く習慣がついていないことが、見事に証明された。 私は授業の合間によく言う。 「試験では、正しく書けて○をもらって、初めて得点になる」 「いくら言えたって、書けなきゃくその役にも立たないだろ」 試験は答案に記入し、判定してもらうもの。 書けなければ、あるいは間違って覚え誤記をしていては、知らないのと同じだ。 これだけ言ってもまだ理解していない、のんきな生徒がいる。 「扇状地」が「戦場地」 「百姓一揆」が「百性一発」 「防人」が「先盛」 「酪農」が「楽能」 「鑑真」が「元人」 「黒田清輝」が「黒田世紀」 「凝灰岩」が「溶海岸」 おい、 何を考えている。 刺身じゃあるまいし、先盛はないだろ。 楽能って、お前、牧場で古典芸能やるのか? 改善する努力をしないのなら、いい加減匙を投げるぞ。 今回は75語。 カバーすべき用語は、こんなもんじゃない。 一体いつになったら追いついて来るのだ。 書けよ。 書いて覚えろよ。 書けないものは部屋に貼れよ。 悔しがれよ。 自分のことだろ。 「とよとみひでよし」「くらやしき」 「ゆうてん」「じょうりゅう」 言えてもダメなのだ。 書けるまで、塾が手取り足取り指導しなくてはいけないのか。 寝る前に、1週間練習すれば、マスターできるだろ。 親に立ち会ってもらい、敵に喰らいついてみろよ。 もう一度言う。 試験では、書けなければ点にならないのだ。 何も知らない幼児と同じなのだ。 真剣になれ。 合格するためにすべきことを、よく考えろ。 追試での醜態は、一切許さないからな。
2007.08.14
時間にこだわる生徒は伸びる。 毎日、細かい時間と向き合い、その瞬間を大切にする生徒。 彼らは、無機質なもの財産に変えていく力を持っている。 よく 「すきま時間」 と言うが、実はそんなものはないのだ。 10分でも5分でも、時間は時間。 その時間の価値をどこまで感じられるか。 そしてどのように実演できるかで、差はジリジリと開いていく。 貯金箱に小銭を貯めるように、知恵を重ねていく。 1円玉も10枚で10円、100枚なら100円の価値になる。 学習とは、腰据えて長時間しっかりやるものだと思っている生徒。 彼らは100円玉貯金にこだわり、なかなか貯まらない。 そうではなく、今出来ることに素直に向き合える生徒たち。 彼らは、3円、7円、11円と、可能性を拾い上げ、手元に 「かたち」 を残していける。 日々の収穫を重みに変えていく。 それは、日々息をしながら成長していく、進行形の 「かたち」。 過去の財産とは違う、強さを持っている。 時間にこだわるということは、自分自身にこだわること。 どんなに偉い人も、どんな境遇に置かれている人も、1日24時間は平等だ。 目の前にある 「時」 に、自己投資できるかどうか。 ほんのひとつまみの知恵に、こだわり、掴むのか否か。 長いレースでは、それは信じられない結果を描く原動力になる。 生徒たちよ。 10分という時を無駄にするな。 君は帰省の時に、何を手にしている。 旅行や帰省ぐらい勉強を忘れて・・・・と言うか? それは普段、死ぬほど勉強している者の言い草。 攻めるということは、環境を操作すること。 自分を高めることの出来る瞬間に、攻め込める道具を準備しておく。 差というものは、そんなところで明確に広がるものなのだ。 旅行の日も、24時間。 移動中、待ち時間、山のような時間の宝庫。 貯金箱はカバンに入っているか。
2007.08.14
学習する時には、様々な 「誘惑」 がある。 家の中で見ても、テレビ・ゲーム・CD・パソコン・携帯・DVD・マンガ・雑誌・遊び道具と、いくらでも時間を潰せるものは転がっている。 また、友達との付き合いや約束、行楽、買い物、レジャー、スポーツ、遊技場や屋外の遊びまで入れれば、四六時中誘惑だらけだ。 親御さんたちは自分の子供に、「勉強しなさい」 と言う。 遊んでる暇があったら、ダラダラ過ごしている時間があったら、少しは勉強しろと。 もちろん、過去の成績や前回のテストの点などが伏線になっているわけだが、中にはそういうこととは無関係に、ただ 「勉強しろ」 というだけの人もいる。 言われた子供は、渋々勉強する場合もあるが、反論することもあるだろう。 「あとでやるってば」 「だから、さっきやったじゃん」 「またそれ? 分かったから」 親は段々と口ごたえする子供に手を焼き、思うとおりにいかないジレンマに悩む。 ここで口論にまで発展してしまうか、否かは、大きな意味を持つ。 結論から言ってしまえば、口論しても何にも徳はないのだ。 親の言葉は、本人への通達に留めておけばいい。 計画が乱れていたら、知らせてあげる。 予定や約束を忘れていたら、教えてあげる。 生活の時間管理が後手になっていたら、時刻を伝えてあげる。 例えば、「勉強しなさい」 と言われた子供はどう思うだろうか。 楽しいことを中断され、命令を受けて、その後、集中して勉強するだろうか。 言葉を選んでみよう。 「○○ちゃん、もうすぐ2時よ」 「予定どおりいってる?」 のように、遠回しに伝えるのも方法だろう。 勉強という言葉を直接使わず、行動の変化を本人に委ねる。 強制ではなく、通達に留めると、決定権を得た分、その後の行動に身が入る。 10回強制でやらせるよりも、5回中1回でもこれで動いてくれれば、その方が実が伴うものなのだ。 また、勉強しないと嘆く割には、身の回りに誘惑が多すぎるということもある。 誘惑の対処には、3通りがある。 一つは、誘惑となるものをすべて取り上げ、封印してしまう方法。 もう一つは、約束を交わし、破った場合に限り禁止にしていく方法。 そしてもう一つは、誘惑はそのままで、自律させ共存させていく方法。 親御さんの話を聞くと、二番目の方法を取っている方は多いが、最後の共存させていく方法を取っている方はほとんどいない。 だが私は、この 「共存」 という仕掛けこそ、本来のあるべき姿だと思う。 間違っても一番目の方法は取ってはいけない。 人間は道具を管理できる動物だ。 様々な用途のある道具を、毎日使い分け、生活していく。 楽しめる、楽できる 「正」 の道具。 詰まらない、面倒くさい 「負」 の道具。 自分の立場と役割を理解させ、大切な道具はどれなのか、順位をつけてみたらいい。 なくては困るもの、あるいは1ヶ月なくても困らないもの。 紙に書いてみよう。 携帯とテレビと教科書を天秤にかけ、本人に決めさせるのだ。 そして書き終わったら、1週間でそれにどれだけ時間を費やしているか脇に書いてみよう。 自分にとって大切なものと、それに掛けるエネルギーのずれを自覚させるのだ。 最後に親子でゆっくり語り合い、ラインを明確に引きたい。 勉強は縛ってさせるものではない。 「大切なのだ」 「なければ困るのだ」 という、本人の意識が成果を生む。 誘惑を操作し、互いに譲歩し、うまいコミュニケーションをぜひ考えて欲しい。 指示する前に自分から考え、それなりにでも勉強をしていたら、笑顔で接してあげたい。 「いい子だ」 とか、「頑張ったね」 とか、言葉で伝えようとしなくていい。 あまり結果の評価をしすぎると、息苦しくなるものだ。 ストレートに誉めるのではなく、良いことだということを雰囲気で示してあげる。 親子間の空気がいいということは、子供にとっての何よりの褒美なのである。
2007.08.13
「先生~、これ習ってませ~ん」 予想された反応が返ってきた。 T西中3年の社会は、1学期が終わっても、まだ公民の「こ」の字もない。 歴史のポツダム宣言あたりを、チンタラやっている。 戦後の民主化さえ手掛けていないので、憲法や選挙や教育などの改革の流れが、全然分かっていない。 去年の進度もひどかったが、今年はもっとひどい。 相変わらず懲りない中学だ。 9月にはすぐ体育祭があり、またスケジュールが乱れる。 公民に入るのは9月の後半になるだろう。 「だから、どうした」 「習っていないんなら、ここで習っていけ」 いつも言っているが、学校のペースを万能と思ってはいけない。 他の中学は、「現代社会と生活」 「人権の歴史」 「日本国憲法」 「民主主義と選挙」 「国会」 「内閣」 「裁判所」 が終わり、「地方自治」まで進んでいるところもある。 その差はどうやって埋めるのか。 このままだと、いつも後手になり、挙句に教科書終わらないぞ。 去年がそうだった。 自分で先を見詰め、計画的にこなしていかなくてはならない。 今月末の塾内模試、そして9月2日の北辰。 公民が出るぞ。 おまえ、北辰会場で手を挙げて、「すいません、これ習ってません」 とでも言うのか? 自己防衛しなさい。 うだうだ言ってもしょうがないだろう。 学校の先生が悪いと思う前に、他中学の平均的な進度を知り、追いつく努力をしなさい。 歴史の終わりと、公民の前半。 一気に教科書を読書しなさい。 3回、4回と、読みながら、重要語句を抜き出してみなさい。 大事な図表を、ノートに書き出してみなさい。 受験するのは君だ。 君個人だ。 学校じゃないぞ。
2007.08.12
夏期講習というものは、生徒本人の姿勢でどうにもこうにも転がる。 暑い中、わざわざ教室に出向き、講習を受けるのだ。 それに見合う成果を得ることに、強いエネルギーを注いで欲しい。 どんなに優秀な者も、どんなに成績が悪い者も。 目的を失っては、ただの消化勉強だ。 個人差があるなと思う。 講習会、特訓、対策ゼミを通じて、強く感じた。 学年を問わず、真剣な者がいる。 その一方で、 相変わらず集中できず、ただここに「いる」だけの者。 質問を浴びせると答えられない。 今、どこをやっているか、見失っている者もいる。 受験生に多い。 何を求めにここに来ているのだろう。 学習レベルが未熟ゆえに、ここで指導を受けているのではないのか。 合格可能性をにらみ、手を加えるべきものがあればこそ、 攻略すべき量と、ターゲットを教わっているのではないのか。 データに基づいた方法論を教わっているのではないのか。 実際に動くのは、君たちだ。 我々教える側がいかに熱を帯びても、君たちに変化がなければただの祭り。 中3の特訓と対策ゼミでは、厳しいことを言い、檄を飛ばした。 すべきものはすでに手元にある。 指示を出すのは、私だ。 その指示を守らず、違う方向を向いている。 立ち向かい、弱さを知り、克服しようとしない。 「帰っていいよ」 「ただ何となくいるんなら、いる意味がない」 「俺の話が聞けないんだろ?」 「ここは楽しいピクニック会場じゃない」 あとは言われた君たちが、どう行動するかの問題だ。 社会の漢字筆記チェックの時。 一つずつ口頭で言い、書かせるという方法をとった。 そして、書けない用語は「かな」を書けと指示した。 答案を回収すると、空欄がいくつもある。 その適当にやっている者を全員前に立たせ、訊いた。 「おまえ、47番から52番、あと61番以降、空欄だけど、何だったか言ってみろ」 「・・・・・」 「指示しただろ?」 「はい・・・・」 「なぜやらない。えっ? なぜ守れないんだ?」 「・・・・・」 「○×をもとに、明日からのすべきリストをはっきりさせるんだよ。おまえは自分の弱点すら記録出来ないのか。あとは、おまえら個人の問題だろ!」 もちろんリストは私の手元にあるので、簡単に分かる。 だが、そういう問題ではない。 君の弱点はこれとこれと、私が調べて教えなければならないのか。 私が課題を一つずつ語り、投げかけているのである。 自分で弱点を捉え、控え、確認するものではないのか。 空欄40箇所の者よ。 パフォーマンスはもっとかっこいい場面でやれよな。 結局彼らは居残り、調べて提出するはめになった。 こと知識分野において、一人一人の弱点は私には分からない。 それは自分が確認しながら探し、ファイルしていくものだ。 その方法を指示し、取り組んでいるのだ。 頭を使い、自分を大切にしろよ。 それ以外、言いようがない。 来週の後半戦でまたトライする。 改善が望まれるが、それでも変化がない時は、より厳しい対応を考えている。 主役は君たちだ。 だが、主催は私だ。
2007.08.11
文章を書く上で、表現の奥行きは「色」であり、「味」である。 100字程度の作文では、あまり意識する必要もない。 だが、2000字の論文ともなると、表現の上手さは随所に現れてくる。 20歳の学生時代、本多勝一氏の『日本語の作文技術』という本を読んだ。 著名ジャーナリストの文章作法の本だったが、当時はなるほどと思った。 その後、文章についての類書や実用書を読み漁った。 50種は読んだだろうか。 みな似たようなことを言っていたが、当時の私には嬉しい情報源だった。 今も何冊かが棚に眠っているが、もはや開くこともない。 私自身、「文章の書き方に決まりはない」 と悟ってしまったから。 文章には文法的な 「ルール」 と目的に沿った 「型」 がある。 しかし、ひとつの伝達文を書くとき、みなが一様に合致することはない。 それぞれがみな違う文体で表現し、味を発散していく。 それは表現というものに無限の広がりがあり、組み立てに規制がないからだ。 広がりには 「韻」 があり、そして多様な 「イメージ」 を読者の内部に作っていく。 だから、この文章でなければとか、この文章が上手いとか、そんな理屈が通用しなくなる瞬間が必ずある。 それは、言葉が表現技法によって、とてつもない味を醸し出す瞬間でもある。 例を挙げてみよう。 日本語の凄まじさ。 そしてその広がりがいかに自由で、楽しいものかということが分かると思う。 「見る」 という表現の広がりを追ってみよう。 見る 見詰める 凝視する 注視する 眺める 目を凝らす 目を向ける 一瞥する 俯瞰する 目をやる 視線を投げかける 目に印す 瞳を凝らす 見下ろす 眼窩に焼き付ける 視線を移す 瞳を向ける 瞠目する 視野を定める 双眼を翳す 視線をたどる 視野に像を探る 焦点を捉える 視界をたどる 見入る 目を瞠る 視野を切り取る 像を捉える 瞼に焼き付ける 目に飛び込んでくる 瞳を向ける 視野に捉える 見据える 目で追う 焦点を定める 目に刻む 以前、小説を書いていたとき、こういった表現の機微をよく楽しんだ。 これに形容詞が付くと、表現の無限さがさらに際立つ。 「視線の果ての光景を、食い入るように見詰めた」 「虚ろな空気を誘いながら、ゆっくりと重い視線を定めた」 これをただ 「見た」 で片付けるかどうか。 目的に沿ってその幅はいくらでも広がる。 どう料理しようが自由。 味は色々あった方がいい。 今後何回かに分けて、文章について書きたいと思う。
2007.08.10
色々な作業に追われ、時間の流れと自分のリズムが妙にズレている。 特訓のための教材準備。 教場のセッティング(机の並べ替え)。 連絡事項の明記と確認。 事務処理。 特訓の実演。 来塾問い合わせに対する面談。 テストの採点と集計。 生徒とのやりとり。 保護者からの相談と、その受け答え。 新人講師の立会い。 夜の平常授業。 振り替え設定とシフト変更。 トライアルの問題作成。 夏期スケジュールと通達のまとめ。 郵便物の作成。 終わらないなと思い、時計を見ると、夜の11時半を回っていた。 何か疲れている。 夏バテが足に来て、体が重い。 泊まろうかと思ったが、持ち帰った。 作業がいっぱいある。 今晩、これから頑張って進めていくだけだ。 徹夜になるだろう。 明日(今日)も特訓で教壇に立つ。 フラフラになろうが、気力で凌ぐ。 頑張ろう。
2007.08.09
対策や集中特訓では、様々なプリントが手元に残る。 各教科とも、1年で延べれば相当な量だ。 一つ一つが知識の宝庫であり、可能性を高める武器となりうる。 しかしそれは、使いこなし、自身の血肉になればのこと。 プリントを集め、溜め込んでいるだけなら、それはただのコレクションだ。 300枚集まった、500枚集まった。 何枚重ねようが、その数には何の意味もない。 対策特訓で、膨大な量の資料が与えられる。 君はその1枚ごとに、どれだけの価値あるエネルギーを注いでいる。 何の気なしに眺め、指示された部分だけこなし。 指示された文字を刻み。 指示されたままの中途半端な塗り絵を作り。 その他の大量の情報は、折り重なり、開きもしない。 量を与えるということは、「使いこなせ」 ということだ。 自力で 「命を吹き込め」 ということだ。 昨日今日と続いた、中3特訓。 プリントの答えを幾つか渡したが、一部渡していない部分がある。 敢えて渡さなかった。 昨年も、その前の年も、そうすることで生徒から反応があった。 「先生、ここの答えください」 普通だろう。 自分でトライして、結果照合する。 そのためには、解答が必要だ。 だが、今年はそういう言葉がなかった。 手をつけていない数十枚の問題。 彼らは果たして家で開くのだろうか。 いや、開くとは思えない。 そう思えてしまうことが、残念でならない。 知識なんて、いくら集めてもクソの役に立たない。 丁寧に扱い、きれいに保存し、積み上げていくか。 コレクションが楽しいのならば、そうしていればいい。 時間を使い、ヒントをもらい、1級の資料をもらいながら。 その重みが分からないのなら、いつまでもそうしていればいい。 プリントというものは、書き込みながら自分で価値を高めていくもの。 有形のものを無形にし、頭に刻んでいくもの。 破壊し、形を変え、ボロボロにしてみなさい。 切り刻んでノートに張り、もう1枚要求してみなさい。 そんな気力もなく、ただ眺め、君は何を目指している。 可能性を拾うか、逃すか。 目の前の知識の山が、君の明日を決めるのだ。 まだほんの一部。 そんなことも分からないのか。 攻めてくる知識をただ集めるだけのコレクター。 以前、「知識のつまみ食い」という記事を書いたが、もう一度読んで欲しい。 どんなに素晴らしい知恵を授かっても、自分に取り込まなければ価値にならない。 手段を講じ、頭に残さなくては価値にならない。 糧にならないのだ。 使い込むことにウェイトの9割がある。 その意味を、必死にかみ締めてみなさい。 受験生よ。
2007.08.08
問1 日本列島や、ロッキー山脈、アンデス山脈などが含まれ、太平洋岸を取り巻くように連なる造山帯を( )造山帯という。 問2 江戸の3大改革のひとつで、松平定信の行った改革を( )の改革という。 問3 世界恐慌に対し、当時のアメリカ大統領、ルーズベルトが行った政策を( )政策という。 問4 わが国の標準時は、兵庫県明石市の東経( )度の子午線を基準にしている。 ある生徒の解答例。 問1 環太平洋造山帯、問2 寛政の改革、問3 ニューディール政策、問4 東経135度。 相変わらずやるか。 「環太平洋造山帯造山帯」 「寛政の改革の改革」 「ニューディール政策政策」 「東経東経135度度」 このように問題をよく読まずに、平気で誤答する生徒がいる。 いつになれば改善され、○をもらえるのだろう。 『記号で答えよ』・・・・用語で答えている。 『間違っているものを選べ』・・・・正しいものを一所懸命に選んでいる。 『すべて選べ』・・・・ひとつしか選んでいない。 二酸化炭素という答えが、慌てて書いたため、「二酸炭素」になっている。 いずれもケアレスミスではない。 試験の術にはまり、力のなさを露呈しているだけだ。 こういう生徒はいつも「問題をよく読め」と言われるが、決して適当に読んでいるわけではない。 注意力がないわけでもない。 そういう視点で活字を、自分の答案を追う姿勢が、普通になってしまっているのである。 ×になれば、知らないのと同じ。 白紙空欄と同じ。 ○を求めるなら、慎重にゆっくり、問題を何度も読み返そう。 必ず設問のポイントにラインを引き、求めるべき答えになっているか確認しよう。 クセは早く修正すべし。 侮ると、運命を決する大事に至ることがある。 とにかくラインを引きなさい。
2007.08.07
暗記する時は、姿勢が大切だ。 「さあ暗記するぞ」と、淡々と切り込んでいく。 迷ってはいけない、出来るだろうかなどと考えてはいけない。 そう思う間に、まず初っぱなの一つを覚えるのである。 「出来るかな」ではないのだ。 何度も言うが、出来る出来ないの判定は、進行形の中で滲んでくるもの。 始まりには必ず第一歩がある。 一歩一歩をしっかり刻み、エネルギーを蓄えていくのだ。 五歩歩けば、君に五個の光が降りかかる。 十歩歩けば、君に十個の可能性が与えられる。 三十歩で悩むなら、悩めばいい。 五十歩で挫折するなら、すればいい。 でも君の手元には、四十九の命が残っているだろう。 それを大切にすればいい。 それを誇りに、うんと自慢すればいい。 三百やらなければならない、というわけではない。 四十九でいいじゃないか。 初めの一歩がなければ、それもなかったのだ。 じっくり考え、悩み、次の一歩を見据えてみよう。 目の前の一本道。 ドラマの続きは、君が自由に描けばいい。 少しずつ、少しずつ。 三百なんて出来ないと逃げている君は、親とはぐれた迷子のよう。 尻込みし、逃げていないで、前に進んでごらん。 奔流に飛び込み、目を凝らし、 大切なものを探してごらん。 努力だ、過程だという前に、行動の幕開けをしっかり握り締め。 自信を持ち、はじけてみなさい。 一つが、たった一つが、 君をたくましくしていく。 かっこいいぞ。 いっぱい知っているということは、強いぞ。 前進しながら、その感触をしっかり記録していけ。 迷ってはいけない。 ただ淡々と切り込んでいく。 ほら、三歩進んだ。 十歩進めたじゃないか。 君の視野には、もう五十歩先が見えるはずだ。
2007.08.06
暗記には、「うまい」 「へた」 がある。 「いくらやっても覚えられない」 「やってるそばから忘れてしまう」 こういう悩みの多くは、一体どこに問題があるのだろう。 「やっても」 とか、「やってるそば」 とか、いかにも努力してそうだが、果たして具体的に何をどう 「やってる」 のだろうか。 成果が伴わない時に、過程を振り返り、どこまで自分を分析しているだろうか。 定着度を上げるためのヒントをいくつか挙げてみよう。 まず、覚える時の「スタンス」の置き方について。 初めに、暗記しようとする物を見て、君は何を考えるだろうか。 実はこの時にどう思うかで、結果はすでに決まってしまうものなのだ。 「こんなに覚えられない」 「面倒くさいし、時間もない」 「どうせ頭悪いから、無理」 マイナスのイメージが強く出る者は、向き合う前に「逃げる」ことを考える。 そして、その「逃げ」を正当化させるために、「だって」という理屈を必ず添えようとする。 「だって・・・・・だから」 思考が目的からズレてしまっていることに、気づいていない。 いつから「出来ない理由を述べよ」になったのか。 いつ「自分の頭を分析しろ」と言った。 誰が「評論家になれ」と言った。 目的は、暗記すること。 可能性や力量を分析することではない。 面倒くさくても、「覚えなくてはならない」と割り切れるかどうか。 「必ず完成させてやる」と、信念が持てるかどうか。 勝敗は、この前提の位置づけで、ほぼ決するものなのだ。 やらなければと、構えることはない。 すべき対象が10であっても、100であっても。 初めの一歩はみな同じなのだ。 どれだけ淡々と作業が進められるかで、蓄積の値は動いていく。 よくモチベーション云々と言うが、暗記作業においてそんなものは屁理屈でしかない。 目の前の課題に向かっていく、一歩ずつへのこだわりが結果を生むのである。 出来ないと甘えるか、出来ると信ずるか。 勉強法の本などでよく問われることだが、それ以前に実行すればいいことだ。 暗記は単純作業。 この暗記は、こういう目的のためにある。 そこだけをしっかり捉えて、淡々と制覇していくこと。 できるできないという「技量」や、好き嫌いの「好み」などは、ここでは問われていないのである。 考える前に、一つずつでもこなしていくことは、 知恵の蓄積が、進行形で進んでいることなのだ。 そういったことに、どこまで気づくか。 頭の中で、感情や誘惑をどこまで制御できるか。 スタンスなどというものは、いざやろうという時に、その対象物との駆け引きで決まる。 そいつを「押せる」か、そいつに「押される」か。 収穫は、その初動で決まる。
2007.08.05
また素人の観察で恐縮ですが、 台風通過のあとは、地震に注意してください。 特に日本海側を通過した今回のようなケースでは、高確率で発生しています。 先日の新潟や、3年前の新潟、過去の関東大震災もそうでした。 昨日はフェーン現象で日本海側が猛暑になりました。 今日は関東がすでに異常な高温です。 アメダスを見ると、東京周辺で10時ですでに33度を超えてます。 南風の影響だけならいいのですが、気温分布に地下からの熱放射が絡んでると、ちょっと危険です。 富士山と霞ヶ浦を直線で結ぶラインだけがやたらと高温で、気になります。 気圧配置、天候、気温などの条件が揃っているだけに、特に関東や太平洋側では注意されることをオススメします。 今日すでに福島で連発、千葉の銚子でも有感がありました。 何だか、エネルギーが地下で動いてるような雰囲気です。 台風禍の影響は、長く見ても週明け月曜ぐらいまででしょう。 今日の午後から明日の午前あたりが特に注意です。 対応できる準備は、できるだけしておきましょう。(12時半追記) 気温がどんどん上がって、外は何かすごい状況です。 12時の全国の気温マップで見てみると、すぐ隣の越谷市が全国1位でした。 12時ですでに35.4度。 なんと全国7位までが、埼玉と東京で占めてます。 ここは都心の活動が熱になって流れ込んでくる名所。 まだまだ上がり、体温を超えてきます。 高温や脱水で健康を崩したり、日射病になったりしないよう、気をつけてください。
2007.08.04
眼の調子が悪ければ、眼科に行く。 腰が痛いといって、まさか歯医者に診てもらう者はいない。 専門医がいて、患者がそれを使い分ける。 まじないや、自然療法などの知恵を入れれば、恐らく有史以前から行われていた営みだ。 塾にも人は集まる。 生徒を患者に例えるなら、それはもうカラフルだ。 喉の調子がおかしい、左の脇腹が痛い、転んで怪我をした、熱が下がらない。 色々な症状を持った者が次々と集まり、何度も治療に通ってくる。 そんな総合病院のような日常が、連日繰り返される。 塾に部門別の治療窓口があったらどうなるだろう。 たとえば、「英語文法科」「理科第1分野計算科」「国語読解科」「小学算数科」 そしてそれぞれに、専門の担当医がいる。 「どうしました?」 「はい、英語の読解ができなくて・・・」 「いつ頃からですか?」 「そうですねー、もう2年近くなるかと」 「では、ちょっとこれを解いてみてください」 「・・・・・・」 「どうしました? 最初の単語の意味は何ですか?」 「・・・・分かりません」 「なるほど・・・どうしてこんなになるまで、放っておいたんですか」 「済みません」 「しばらく入院しますか?」 「いえ、それはちょっと・・・」 「では、週4回はここに来て、しっかり治療してください。お薬も多目に出しておきましょう。あと、普段の生活は○○を心掛けてくださいよ」 塾を病院にイメージしてみる。 すると、こんなあり得ない会話も、何か現実味を帯びてくる。 学びの悩みや症状は、複雑だ。 治ったと思い安心すると、すぐに他の症状が現れてくる。 そして、「まだ大丈夫だ」 と高をくくっていると、やがて慢性化し、合併症を引き起こす。 自覚症状が出たなら、すぐに相談したい。 何が分からないのか。 テストの点数が検査値だと思い、よく自分のことを知っておくことだ。 普段のそんな心構えが、差につながる。 問診に対しての説明には、そんな姿勢が素直に出る。 「どこが分からないの?」 「ぜーんぶ!」 たったこれだけの会話で、回復までの時間が見えてくるものだ。
2007.08.03
来週の火曜から、延べ32時間。 中3受験生への 「特訓」 が実施される。 まず導入は、火曜、水曜の2日間で、理科・社会の超特訓。 総主幹は私。 コンセプトは、「得点力を高めろ」。 入試の傾向と頻出項目を知り、徹底してインプットしてもらう。 そして、ベタ問題攻略のための手順を完走し、免疫力を高めてもらう。 君たちに与えるもの。 それは得点を取るためのノウハウ。 合格に必要不可欠なものを、手順を踏み、集積していく。 君たちはそれに向き合い、吸収していけばいい。 戦いのための道具と武器を、徹底して装備してもらう。 だが一つだけルールを作る。 選り好みせず、すべてを 「得点のシステム」 として捉え、制覇にかかれ。 絶対に、中途半端な、ポンコツな知識で納得するな。 今回、真剣に参加し、吸収の努力をした生徒には、飛躍を約束する。 「社会はできるし、大丈夫」 と言って、参加をパスした生徒よ。 今後受験と向き合い、どうこなしていくか、そのノウハウを知っているのだな。 私が提示するものと、互いに質の勝負だな。 さあ、どっちが勝つだろう。 すべきことをして、脳を鍛えれば、自ずと得点力は増す。 制覇のラインをどこに引くか。 駆け引きを伴った、自己との闘いが始まる。 カルチャー・ショックを与えてあげよう。 今までの自分が、環境が、いかに「ぬるい」ものか。 嫌というほど分かるだろう。 まず初めに泣くのは・・・・・・誰だ。 散々サボり、腑抜けのままの、おまえか。 それとも、 いまだに他人事のような、甘え切ったおまえか。
2007.08.02
学年トップの生徒を指導している。 中2の彼は、過去7回の定期テストで、1位を5回取ったつわものだ。 最高スコアは485点。 文、理とも才のある、攻めればどんどん伸びていく資質を持っている。 前回の期末では、塾生のN君に負け、リベンジに燃えている。 そのN君は理科で学年トップだった。 その指導を私がしていたという経緯もあり、今回は彼が私に理科を教わりたいと申し出てきた。 授業は今日で3日目だが、やはり飲み込みが早い。 天性の才に溢れているという実感が、日増しに伝わってくる。 1日目で、履修済みの内容を総チェックした。 98%の達成。 特に問題はない。 解くスピードがやたらと速い。 試験で試されるポイントを攻め続けたが、しっかり押さえている。 2日目で、習っていない電流に入り、最後に3年でやるであろう湿度にも踏み入った。 電流では、説明をしているそばからどんどん吸収し、オームの法則は30分で完璧になった。 他の生徒がみな挫折する単元を、たった30分足らずで光速で解く。 地震の計算問題で少しつまずいたが、最後には幾つもの類題をノーミスでこなした。 湿度と飽和水蒸気量は15分程度の説明だけで、問題を宿題にした。 3日目は、その宿題の確認から入り、天気、そして磁界と電磁誘導へと先を進めた。 湿度でやや苦戦したが、20分ほどで理解し、電流と磁界の問題に時間を割いた。 たった3日だが、大きな課題もなくしっかり理解を示している。 学校で半年近く掛かる内容を、4時間で終わらせた。 しかも中間テストレベルでいえば、すでに9割は取れる理解度にまで達している。 理解力の高い生徒には、学校のペースがいかに遅く感じられることか。 さぞかし退屈だろうと思う。 意欲があり、攻めたい生徒には、その環境をどんどん与えてあげたい。 早期に3年の内容まで終わらせ、入試問題とのタッグに突入していく。 この生徒にはその環境を作ってあげたいと思った。 今まで先を学ぶ機会がなかったため、興味を持ち吸収していくエネルギーには凄まじいキレがある。 明日からはN君が合流し、より激しいバトルが予想される。 あと3日間。 前線を含めた天気の完成と、磁界の完成と、化学変化、定比例の法則、反応式まで終える予定だ。 すべて未履修の単元。 怒涛の一問一答攻めと、即答訓練をする。 そして最後には確認の試験を行いたい。 課題は悩ませるくらい与えた方がいい。 難問にぶつかりながら、適度に悩ませた方がいい。 そして、どんどん進んでいく。 未知の単元と向き合う時の表情が、その生徒の資質を示している。 まだ折り返し点だが、そんな気がする。 明日からの展開が楽しみだ。 泣きが入るくらい攻め込んでいきたい。
2007.08.01
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