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権堂西街区から、東に移り、さらに現地建て替えを余儀なしとした建て替え問題は、錯綜しながら今日市長記者会見で明らかにした。 それは、庁舎と市民会館は現地に合築するというもの。 様々な意見を持ち寄り、17日に建設検討委員会を開催し検討することになっていたにもかかわらず、その前に市の案を決めて公表したのは拙速もいいところ。市が自ら立ち上げた建設検討委員会を待たずに、基本計画の方向性を決めて公表したことは間違いだ。 手続きに問題があり、民主的なルールを欠落しているとし、総務部長に提案した方針案を撤回し、18日に招集した臨時議会に市民会館の廃止条例案を上程すべきでないと厳しく指摘する申し入れを行った。
2010年12月27日
飯縄からの寒風が遠慮なく吹きおろす団地を襟を立てて訪問した。 Mさんは、元S新聞社を退職しマスコミ関連の専門家だ。 いきなり、「W(市長のこと)、I(県議のこと)もだめだなあ、いつまでやっているのか」厳しい。浅川ダムも、市民会館も造る必要あるのか。やめさせてもらいたい」と手厳しい。 地下から湧いてくるような、市民の声はとめどなく後を絶たない。 Mさんも静かな人なのに、及ばずながらと声を荒立て「やめてもらいたい」と一括。 「頑張ってほしい」と強く言われた。 次も同じ団地のSさん。 民主党への失望を吐露しながら「共産党さん頼むよ」と強く言われたが、その通りと思う。 赤旗「しんぶん」を気持ちよく購読してくれた。 案内をしてくれた支部長さんは、隣近所の付き合いを落ち度無くきちんと付き合いしているようで、みんな知り合い。 丁寧で、いい付き合いをしてしているので、訪ねて対話しても違和感なく楽しい。 ・・・つながり活かし、明るく元気な共産党の活動は、尽きることない・・・
2010年12月26日
「久しぶりだね、どうしたい」と言われさっそく「来年四月の県議選で『石坂』をよろしく」とあいさつした。いきなり「今の政治は、どうしようもない、あんたがたのようなものが口をはさまなきゃやるものいないよ」と励まされた。 「そうですね、自民から民主へ振り子が大きく振れたが、逆揺れで民主の政治はさらにひどくなっちゃったですね」というと 「その通りだよ」と言いながら、「浅川ダム、あれはだめだよ」と言った。 「どうして?」と聞くと 「このあたりで暮らしてきたものは、誰だって反対さ。あんなところに水ためていいはずないよ」と剣幕でしゃべった。 県内きっての銀行から、ある会社へ派遣された保守本流の人だ。 このような、いい方するとは思わなかった。 そこで、浅川ダム反対で一貫して頑張ってきた県議だと言いながら「石坂をよろしく」と言ったら、「いいさ、陰ながら応援するよ」と言い放った。 他候補を押していた人なので、あえて訪ねたのだが驚いた。 飯縄おろしで有名な団地だが、今日も寒風が吹き厳しい寒さであったが、寒さが吹き飛ぶほどのうれしいひと時であった。
2010年12月25日
市長与党の若い議員が「就活をしている若者に人生の先輩としてのアドバイス」をと求めた。 壇上の発言席で市長は、就職活動をしたことが無いのでふさわしいかどうか、と前置きし「就職できないのは自分のせい(若者)、反省をし・・・。」「コネでも使ってでも・・・」などと言ってのけた。 すかさず、自席から就職できないのは「自己責任か」ととんでもない発言に怒りのヤジが飛んだ。「それどころではない」とのヤジも。異常な雰囲気となった。 わが団の団長は、怒り収まらず、市長答弁の録音テープを起こした。 そして間をおかず市長に直接会って、発言の撤回を求めた。 発言の撤回どころか、「うまくいかなった時に反省するのは世の中の基本。私の根幹だ」「コネを使うことの何がいけないのか。使いましょうよ」と開き直った。 地元記者が取材にきた。さっそく、掲載された。見出しは縦長で「長野市長『反省を』」横長で「就職内定していない学生へ助言」横長でもう1本 共 産 党 市議団反発 『若者に責任ない』 と。控室に、市議団へ怒りと励ましの電話が来た。ほっておけない、一大事。民主党政権の逆揺れを見ているようだ。いまさらながら、「市長選での651票差の重み」をかみしめている。
2010年12月24日
24回目を迎えた「もちつき大会」は、子どもたちが大勢参加してくれ盛り上がった。 はじめてお手伝いに来てくれた大人たちもいて、お勝手代わりの狭い事務所は暑く燃えている。 子どもたちも、自分ほどの大きな杵をもって、「よいしょ、よいしょ」と振りおろしている。
2010年12月23日
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