2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全11件 (11件中 1-11件目)
1
朝、赤旗日曜版配達後、隣組総出の側溝の大掃除。続いて、18日の地元での「集い」のお誘いで訪問活動。昼の12時から、日曜日恒例の長野駅頭宣伝を行う。「何とか」実現党が、北朝鮮と中国の「脅威」をあおりたてる宣伝を執拗に行っていた。この党が12時まで、次がわが党の番。原田、石坂県議と二人でマイクを持ってご近所や通行人に、沖縄の基地問題、派遣労働問題など訴える。12時20分までがわが党の時間・・3党話し合いで、時間を分け合う。しのぎを削る激しい宣伝選が、わずか60分間で繰り広げられた。わが党の後は、自民党の青年局が全国一斉の宣伝日だそうで、県議と予定候補が車乗で始めた。なんと、「何とか」党とまったく同じ内容。『北朝鮮と中国』の軍事的脅威を訴える日だそうで、がなっている。沖縄では、「基地いらない」「安保なくして」との声が根強く存在している。平和な社会構築のため日本共産党の前進は必須条件。貧困なくし、平和な日本政治を前に『日本共産』がんばれ。
2010年06月13日
浅川ダム予定地の中流と旧北国街道筋がまじ合う橋『他力橋』のたもとは、定置定点の一角。 7時30分から、マイクを握り、新首相と民主党の政策について訴えた。今日から6月議会。 夕方は「県政報告会」に参加。会場はほぼ満席状態。7人の共産党県議団全員が、県政報告をした。さすが、京都に次ぐ議席占有率だ。女性県議は、全国一。圧巻だ。この勢いを、参院選と知事選につなげたい。
2010年06月10日
月から金まで、毎日の早朝宣伝は、本日はラーメン屋さん前。仕込みに来ている店主にあいさつし、駐車場を借りた。この店主は、仕込んだ後、10時ごろから、周辺を約1時間マラソンの練習をしている。長野マラソンの常連で、4時間4~50分で走るというから、まあまあか。駐車場を借りた。『日本共産党・中野さなえ』のもも太郎旗を立て、「貧困なくし 平和な日本を」『政治を前えに』の志位ポスターを2枚かかげて、マイクを握る。ご近所の人が、出てきて聞いている。熱がこもる。後15日。頑張ろう。
2010年06月09日
参院選公示まであと16日と迫った。火曜日の駅頭宣伝の当番は、私でありのんびりはしていられない。がばっと起きて、急いで駅に向かう。中野さなえ、和田県議と私である。私が前座を務め、中野さんがとうとうと、あいさつ、締めは和田県議。終了ののち、いそいで自宅へ帰る。6月議会の質問原稿の準備だ。この6月議会は申し合わせで、私が党市議団代表で質問することになっている。22分なので、約6千字ほど。理事者の調査後、原稿書きが大変である。でも、何とか書きなぐりだが、めどはついた。原稿を精査し、日本共産党市議団にふさわしい質問にと神経使いながら、さらなる準備をしている。
2010年06月08日
連日、街頭宣伝で頑張っている土屋さん。今日は、奥深い山間の集落でマイクを握り訴えた。それとは知らずに、個人的な用で電話をすると「今、山んなかで演説中」と応答があった。浅川ダム建設の上流部で、山坂険しく、道路も狭く、障害者なので運転が心配である。「無理しないで、あわてずに、明るいうちに下って」といい、電話を切った。しかし、心配が頭を離れない。やると決めたら、とことん行動するタイプで頼もしいが、不安も否めない。参院選勝利と中野さなえさんを『国会へ」の思いが、そうさせていると思うと小生も負けられない。土屋さんは、中野さんと同じ地区に住んでいる。病気で倒れた際に、病院に担ぎ込まれ、命拾いした。さらに、リハビリで中野さなえさんの主人にはお世話になっている、命の恩人。投票日までに、わずか時間であるが絶好のチャンス到来。この地域から、共産党の国会議員実現!!!『土屋さん!無理しないで精一杯、悔いのない闘いをしよう』
2010年06月07日
今日一日で、100軒以上訪問、100人以上の人と対話をした。「今の政治はどうですか」と「中野さなえリーフ」を見せて『比例は共産党・選挙区は中野さなえ』リーフを指差して説明。ついでに、中野さんは前回19万5千票でを自民党候補伯仲・・・今回は、有力な立候補予定者が多く、頑張れば押し上げられるところにいる・・・と訴える。相手との話には、要求から出発し「聞き上手になれ」と言われているが言うとやるとではなかなかで、簡単ではない。時間がかかる。「北朝鮮問題」「抑止力」「小さいから大丈夫か」「いうことは何でも言えるが、実行に移せるのか」「昔の共産党は?」いろいろな問題で「共産党はどうなんですか、どう考えるんですか」疑問、質問、要望、意見と聞くことはいいことだ。あとは、相手の疑問、質問にわかりやすく応え共産党のこと、その党の一員として活動してきた自らの思いを伝え、支持をお願いする。時間が無いので、大勢の仲間の総参加が必須条件!
2010年06月06日
手・足片麻痺の土屋さんは、いつも街頭宣伝で大奮闘してくれる。 参院選も間もない今日、ようやくエンジン全開で若槻の北のはずれの「吉」(よし)地区からマイクを握り始まった。 午前中で、6回の宣伝。ひどい政治への怒りはビンビンと感じる。 民主党、鳩山首相の辞任の後、菅首相が就任した。何と鳩山首相の意思を継ぐようだ。「国外、最低でも県外」と言っていた民主党政権は、新首相に何を託すのか。もし、沖縄に負担をお願いなんて言えば、怒りの日が吹くのは目に見えている。沖縄県民の厳しい、しかも大きなしっぺ返しは当然。土屋さん引き続き頑張ろう。若槻団地で街頭宣伝と訪問。
2010年06月05日
これまで、仏式行っていた「追悼式」は無宗派で行うことになった。そこで、今回は来賓で、市議会議員が追悼のことばを要請された。要旨次の通り追悼のことば ご遺族をはじめ、大勢の皆様のご出席のもと、住民自治協議会「コミュニティわかつき」主催による、若槻地区戦没者追悼式が厳粛のうちに執り行われており、謹んで追悼のことばを申し述べます。1945年8月15日、終戦の日から65年を経過しました。第二次世界大戦で、2000万人を超えるアジアの人々と300万人を超える日本国民の生命が奪われ、痛ましい戦争の犠牲となってしまいました。「お国のため」と戦場で亡くなられた方は、若槻地区では250余名、長野市では5700人余をこえています。もとどり山を襟に、浅川原を帯に、三登山や蚊里田など田園風景豊かなこの地、若槻でも、終戦を前にした、8月13日午後4時頃、十数機の戦闘機はすさまじい爆音をとどろかせ、真夏の空を暗くし、若槻の国立長野療養所(現東長野病院)を攻撃の的に、上空から機銃掃射が始まりました。国際法上病院は、攻撃の対象にしてはいけないにもかかわらず、容赦のない攻撃は止まず、不気味な事態に患者も職員も防空壕に駆け込んでいきました。爆撃は煙突のある炊事場を直撃、鉄鋼弾の機銃掃射は続きました。この爆撃で、炊事係の女性が下半身がぐしゃぐしゃにつぶされ、「水を下さい」と懇願。一口飲んで、そのまま息を引き取りました。この爆撃で亡くなられた方は、この女性も含めて二人、負傷者は病院だけで百人はいたのではないか、といわれております。松林に囲まれ、緑多い閑静な若槻台の一角の病院が狙われ、非戦闘員をも巻き込む非人道的行為である戦争は、許されるものではありません。侵略戦争での、大きな犠牲は痛恨の極みであり、「過ちは、二度と繰り返さない」との思いから、国民の総意で制定された、日本国憲法の前文には、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意」し、九条でも、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久に之を放棄する」「戦力は保持しない」「国の交戦権は認めない」としています。長野市でも、「平和を愛するすべての都市とともに、核兵器の廃絶をはじめ、非核三原則を厳守し、すべての兵器による戦争の放棄を強く訴え、全世界の平和を希求し、ここに長野市を「平和都市」とすることを宣言する」と決議しています。私も、戦争を放棄するとしている日本国憲法や、長野市の平和都市宣言を離さず、冬季オリンピックで、平和を発信した長野市から、そして、この若槻から「戦争のない社会、核兵器のない社会」を目指し、微力を尽くすことをお誓いし、追悼のことばとします。戦没者の方々のご冥福と、ご遺族はじめ、参列者の皆さまのご健勝とご多幸を心からご祈念申し上げ追悼のことばとします。平成二十二年 六月四日 長野市議会議員 原田誠之
2010年06月04日
鳩山首相の辞任で、駅頭宣伝。本日ホームページアクセス19万によくぞ頑張ったという感じである。これからも、粘り強く、わが活動の一端を愚文ではあるが書き続けて行きたい。ご協力を。のぶちゃんより。
2010年06月03日
わずか8カ月。 普天間・政治とカネ・後期高齢者医療制度・労働者派遣法で公約違反で裏切り次々。 国民の怒りの包囲の中、辞任に追い込まれた。 首相いわく『国民は聞く耳持っていなかった』そのまま、お返ししなければ『貴方が、国民の声を無視したんだよ』と。政治家にとって、公約違反は命取りだ。誠実に公約実現めざし、努力することが本当の政治家である。普天間問題では、アメリカにひとことも、沖縄の心を伝えられなかった。労働者派遣法では、財界の圧力に屈して、抜け穴だらけ。後期高齢者医療制度は、即廃止を行っていたのに4年間先送りしてしまった。政治とカネでは、小沢さんと鳩山さんはともに、民主党のトップ、リーダーが説明責任果たせなかった。結局は、自民と変わりなし。アメリカいいなり、財界いいなりで、ものが言えないところは寸分と違わなかった。やはり、日本共産党の出番である。『貧困なくし、平和な日本へ』『政治を前に』6月24日が公示。全力尽くそう。中野さなえさんの事務所開き午後6時から、緊急に80人が結集し、盛大な事務所開きを行った。『沖縄の心を心として』中野さんの決意を受け止め、今度こそ国会へとりわけ、中野さんの居住する上野の地元では、熱く燃えた闘いをと決意している。
2010年06月02日
市営住宅家賃12カ月分、または30万円以上滞納者を『悪質滞納者』として決め、10世帯を退去のために控訴するとの説明があった。 このうち母子世帯が世帯だという。 裁判で決まった後でも、支払う意思あればいつでも和解に応じるとの説明もされた。 支払うと約束しても払わない世帯には、警告の通知を出した。 追いだしは前提でないと言うので、それなら、福祉の心で対応すべきだと提案もした。 格差と貧困が際立つ今、滞納せざるを得ないこともある。 入居者の立場で、相談に乗ってほしい。
2010年06月01日
全11件 (11件中 1-11件目)
1