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ねねのお寺です。 ”高台寺”(1995年3月 淡交社刊 野田文外・後藤典生/水野克比古著)を読みました。 京の古寺からシリーズの第5巻です。 著者の野出文外さんは高台寺執事長で、1925年愛知県生まれ、1934年得度。 後藤典生さんは高台寺執事で、1948年京都生まれ。 水野克比古さんは京都府出身の写真家で、京都の美しい風景や、歴史・文化の奥深さに魅了され、神社・仏閣を中心とした作品を発表しています。 高台寺は京都府京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の寺院で、山号は鷲峰山(じゅぶさん)、寺号は詳しくは高台寿聖禅寺と称します。 白山・鷲峰山・円山を背景に、深い樹林と菊渓川の流れに沿った幽境にあります。 豊臣秀吉没後、その菩提を弔うために秀吉夫人の北政所(ねね、出家して高台院湖月尼と号す)が慶長11年(1606)開創した寺です。 寺号は北政所の落飾後の院号である高台院にちなみます。 釈迦如来を本尊とする禅宗寺院であるとともに、秀吉と北政所を祀る霊廟としての性格をもった寺院です。 霊屋の堂内装飾には桃山様式の蒔絵が用いられ、北政所所持と伝えられる蒔絵調度類を多数蔵することから、蒔絵の寺の通称があります。 水野さんは1989年に高台寺境内一円の写真撮影を依頼され、5年間のあいだ折にふれて訪れ撮影することになりました。 夏から秋にかけて、まず手始めに関山堂・傘亭・時雨亭を写し始め、撮影は、修復の工事と併行して進み、1994年の陽春には、樹齢100年という枝垂桜のライトアップによる方丈庭園を、秋には紅葉のライトアップの庭園を撮影し一応の完了をみました。 修復され眠りから覚めて、桃山時代の文化を伝えてくれる建築や庭園や工芸品の数々、その栄華を極め贅を尽くした造型、佗びさびを追求した実の極致、禅機満ちた深厳の世界を、時の流れと四季の移ろいの中でかいま見ることができます。 京の古寺から(5)
2008.08.27
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JRが生み出した斬新なスイカは、いまJRと日本のビジネスを大きく変えようとしています。 電子マネーの時代は始まりました。 ”電子マネー・ビジネスのしくみ”(2006年5月 ぱる出版刊 竹内 一正著)を読みました。 5つの電子マネーと新たなもう1つの電子マネーの、現状と今後を省察したものです。 著者は1957年 岡山県生まれ、徳島大学工学部卒業、ノースウエスタン大学客員研究員として金属疲労を研究、1981年松下電器産業入社。 磁気記録事業部にて、小型フロッピーディスクなど磁気記録メディアの新製品設計開発に携わり、NHK技研とハイビジョンビデオカセットの開発に成功。 以後、アップルコンピューター、日本ゲートウエイ、メディアリングTCを経てビジネスコンサルタントとして独立しました。 2001年に1R東日本が非接触ICカード乗車券「スイカ」を導入して、その利用枚数はすでに1500万枚を突破しました。 ハイレベルなセキュリティーと高速で処理できる非接触ICカード乗車券は、その後JR西日本のイコカなど日本各地で次々と誕生してきています。 スイカは単なるプリペイド電子乗車券に留まらず、ショッピングができる電子マネーとして、「駅ナカ」を創り出し「街ナカ」 へ進出をはじめました。 社員証やマンションの鍵としても用途を広げています。 一方、ソニーグループやドコモが出資して出来たビットワレットが2001年からサービスを開始しました。 Edyは、電子マネーとしてすでに発行枚数1600万枚を超えています。 サークルKサンクスなどのコンビニをはじめEdy加盟店は約3万店舗を数えます。 ANAと提携して飛行機利用でのマイルをEdyに交換できる画期的な相互利用サービスがEdyの利用者を大きく増やしています。 そこへ2005年、新たな電子マネーサービスが3社から打ち出されました。 JCBのクイックペイ、UFJニコスのスマートプラス、そしてドコモのiDと、3つのクレジットサービスが、スイカ、Edyに戦いを挑む状況となりました。 ここに「5つの電子マネー」時代が到来し、少額決済60兆円市場でのバトルがはじまりました。 さらに、新たに6つ目のサービスがセブン&アイホールディングスから打ち出されました。 現在、ひとつひとつの電子マネーサービスを見ると、前払いであったり後払いであったり、利用額に上限があったりと、それぞれで違っています。 しかも、非接触式ICカードを読み取るリーダー/ライターには、互換性がありません。 ユーザーは、どの電子マネーサービスを利用すれば使いやすくて便利なのか、それぞれのサービス内容を知っておかなければ使い手が損をすることにもなります。 いったいどの電子マネーが覇権を握るか、今後が注目されます。
2008.08.20
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北京オリンピックが始まりました。 One World, One Dream(同一个世界 同一个梦想)(ひとつの世界、ひとつの夢)。 2008年の8月8日から8月24日までの期間に、中華人民共和国の首都北京を主な会場として開催中の夏季オリンピックです。 世界から204のNOC、約1万1000人のアスリートが参加し、28競技302種目で競技します。 アジアでの夏季オリンピック開催は、1988年のソウルオリンピック以来、20年ぶりで5大会ぶり3回目で、中国では初開催です。 北京での開催は2001年7月13日にモスクワで開かれた第112回IOC総会での投票により、イスタンブル、大阪、パリ、トロントの4都市を破り、開催地に内定しました。 開会式は中国標準時2008年8月8日午後8時から開始されました。 北京市内に37会場が設置されそのうち新設は22会場です。 全体の44%の施設が市北部に建設されるオリンピック公園に集中しています。 馬術競技は香港で実施されます。 これは検疫が大陸本土よりはるかに容易であるためです。 オリンピックの一部競技が異なる国内オリンピック委員会の領域で実施されるのは1956年のメルボルンオリンピック以来13大会52年ぶりです。 このときも検疫の問題から馬術競技がストックホルムで実施されています。 中国のオリンピック委員会は過去の事例(東京オリンピックで柔道が正式競技、ソウルオリンピックでテコンドーが公開競技として実施された)を挙げて、中国武術の正式競技化を狙いましたが、否決されました。 代わりに上海でオリンピックと同時に行う国際大会を公開競技の扱いにすることとしました。 ソフトボールと野球については、2005年7月にシンガポールで開かれたIOC総会において、2012年のロンドンオリンピックでは除外されることが決定しており、現時点では最後の実施となります。 人権問題、環境問題、衛生問題などがいろいろありますが、肝心の競技そのもので世界新記録がいくつ出るか、人類にとって4年に1度の大いなる楽しみです。
2008.08.13
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かつて旅したとき、バスガイドさんが、”かんしゅうじと書いてかじゅうじと言います”と言っていたのをよく覚えています。 ”勧修寺”(1995年2月 淡交社刊 筑波常編/横山健蔵著)を読みました。 京の古寺からシリーズの第4巻です。 著者の筑波常遍さんは1935年東京都生まれで、1954年勧修寺先代門跡驚尾光遍師に従い得度し、1958年種智院大学卒業し1963年勧修寺執行となりました。 横山健蔵さんは1939年京都市生まれで、1967年日本写真印刷写真部退社し、フリーの写真家として伝統に育まれた京の文化、特に伝承文化を中心に京の自然や風物を撮影しています。 勧修寺は京都市山科区にある門跡寺院で、真言宗山階派大本山、山号を亀甲山と言います。 開基は醍醐天皇、開山は承俊、本尊は千手観音です。 皇室と藤原氏にゆかりの深い寺院で、「かんしゅうじ」「かんじゅじ」などとも読まれることがありますが、寺では「かじゅうじ」を正式の呼称としています。 花は、自然の移ろいを確かに聞き、その訪れを華やかな表情や、可憐で控え目な姿で伝えてくれます。 それだけに、撮影の格好のモチーフとなります。 四季の花が美しく咲く古刹勧修寺は、洛中から東南の方向山科にあります。 この地域の春の花暦は、洛中に比べて一足早く始まります。 ですが、山内の南側に位置する氷室池の春は、決って遅れてやってきます。 しかし、春寒のみぎりには、不思議と書院前の老梅だけが、京都では一、二番の先駆けで開花し、ほのかな薫りを漂わすそうです。 春には椿やツツジの他、数々の潅木が花を咲かせる。染井吉野がパノラマのように広がり、古木の里桜は池を眺めています。 皐月になると山内は表する芝生は芽吹き、カキツバタがピュアーな紫色の花を開くそうです。 夏の氷室池は実に美しく、自然に根茎を張ったハスが群生し、スイレンが水面を覆うそうです。 晩秋、同寺を彩る紅葉は圧巻だ0障子に落ちる影紅葉は、京の風情を演出するそうです。 雪の朝、足跡を気にしながら池畔に立つそうです。 これらの四季をきれいな写真で楽しませてくれます。 勧修寺 京の古寺から(4)
2008.08.06
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