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歌になった音の星座を聞きました!作曲家宮城純一さんのピアノ、テノール王子松尾英章さんの歌による初演でした。始まりのピアノが星のまたたきのようにスタートしたら、もう音楽が流れ出してとてもう美しい歌でした。今までたくさん松尾さんの歌を聞かせてもらいったけれど、その、どれとも違うような、別の星で聞くような、でも、ピアノちゃんの気持ちを想像した時の気持ちを思い出す曲でした。びすた~りのカチャカチャいう食器の音が聞こえてきて、当然のように、あの天窓を思い出しました。これは絶対びすた~りで、聞きたい!と思いました。やさしい感じできらきらする星の流れを考えているうちに、自分が星座の一つの星になって窓の下の照明や歩きまわる人々の影を小さく見ているアニメーションの映像が浮かんできた。色々な人の色々な声で聞いてみたい曲だな~と感じました。宮城さんは、言葉の数がバラバラなのでメロディーをつけるのに苦労したという感想でした。まさか、歌になるとは思っていなかったので!でも、どんな歌詞でも音楽にできちゃう、というのだからさすが!!何度も聞きかえすうちに、お話をきいているような気持ちのよさになっていくのでした。現在我が家で流行中です。宮城さん、松尾さん、お客さん、みなさんありがとうございました!!
2010.03.31
ものもらい それは片目の隅に突如現れたもうひとつの目だった 体中の注意は全てその場所へと注がれたかつ中心に芯が生まれ痛みが戦いを知らせてくる 徐々に集まった兵士は整列じんじんと脈打つ行進靴音は揃う力強い前進 顔全体が痛みの中に入り込むこの戦いが終わるのはいつだ 痛みはそれがある限り今生きているということを見せるもうひとつの目だっだ
2010.03.30
昨日は白鵬が優勝しましたね。おかげで母の元気が保たれて、今週も頑張れそうです。私はものもらいがだいぶよくなり、痛みがなくなりました。今日はなんと、あの、音の星座のコンサートの日です。宮城さんの歌をテノール王子が初演です。どんな曲か、実に楽しみだ夜なので私は行けませんが、是非たくさんの人に聞いてほしいです。 東北の作曲家30周年記念プレコンサート 仙台市青年文化センター交流ホール午後7時から
2010.03.29
胃ろうの注入にチャレンジしているせいではないと思いますが、今度はものもらいができてしまった。せっかくおできがとれたのに、また、よけいなものをもらってしまった。えーん!ものもらいはなんで、ものもらいというのだろう。体的にはバイ菌と闘っているのでけっこう痛い。私は手を目までもって行けないのだから、かゆくても、いたくても、押さえたりできません。これがけっこう気になるものだ。調子が悪いと口内炎ができたり、胃ろうの入口の皮膚が痛くなったりするのである。が、いきなりのものもらい出現は、やっぱり、どっかでストレスがあったのにちがいない。休みの入りたては弟が本当につらそうになる。数日それがすごく心配でした。私も、平常の生活リズムが変わるので私の時間が減るのがとってもストレスなのだ。することがなくて、ぼ~っとする時間も、いろんなことを考えたり、みんなのドジを観察したりする面白い時間ではある。が、昨日から胃のむかむかが気になって、こっちにも気を取られて楽しい時間が減っている。目はじんじん。胃はむかむか。痛みはとても小さくても神経を逆なでする。ので、そっちに気を取られて、少し胃のむかむかが減ったかもしれません。こういうとき、やりたい仕事ができるということは、けっこう幸せかも。だから、つらい時も人々は仕事をしたがるのかも。仕事をしていると嫌なことを忘れるとよく聞く。なので、ものもらいの詩を考えることにしようかな。
2010.03.28
先日の手術でとったおできの検査結果を聞きにいった。なんと、皮膚の中に皮膚の垢がどんどんたまっていくおできなのだそうだ。何を考えたか、さっさと外に捨てればよかったのに、大事にとっておいたとは。人間の身体とは、うまくできているけど、へんなこともやらかすものである。何事も、能率よく無駄がない仕事だけですすむわけではなさそうだ。無駄もゼロにはできない。とりあえず、いらないものをとったのでさっぱり感がさらにすっきり感になった。物事が分かる、というのはいいことだ。まあ、いい結果だったからだろう。と、安心していたら、事態は急展開したついでに胃ろうを交換に行ったのに、今までのタイプと違うのにチェンジすることになった。腸までチューブを入れていたのが、胃のみになったのだー。ということは、食事を全部胃でやりくりするということだ。逆流がないのだからできるでしょ、というわけである。これは私にとっては大事件である。聞き間違いかと思うくらい、超びっくりして、目がテンになった。もう何年も腸への注入を卒業したらとすすめられているのですが、どうしても嘔吐があるので決心できませんでした。腸までチューブを交換するのは、実は先生も大変で、いつも苦労をかけている。私も楽をしたい、と相談されて、とうとう歩み寄ることにした。ある意味進化なのだが、不安だ。例によって母は「いいんじゃない」とあおるし、父は「絶対吐くだろうな」と引き戻す。その両極端の幅の中で私は自分の方向を決めなくてはならないのだ。たとえば両親の方向が一緒だと、子供としてはそれに同意していれば悩まないからすごく力もわくが、違うときは超悩むことになる。親は子供のためを思って言ってくれるのだが、子供の本当の気持ちを知っているかは定かではない。その点、いいんじゃない、と軽々しく励ます母を無責任だと思う時があった。ひとごとだと思って!とむっとしていたが、聞いてみると「ひとごとだからね」とへらりというのだった。父は私の不安同様に自分の不安とも同調させて考えるようだ。ときにはそっちの方が強くて私の気持ちとはずれる時もある。どっちにしろ、両親の間にずれがあっても、両親と私にずれがあっても、結局は自分が決めていくしかないのだと学習した。意見が通じるようになったらなったで、決めさせられるので大変でもある。それが自由ってこと、とも思う。そして再び考える。 点滴コースから消化器使用コースに大転換するとき、それはそれは一大決心したものだ。このままでは予後が悪い、と統計的に示されて、マジで焦った。長生きしてほしい、とちよこ先生に言われて心から生きのびたい思ったのだった。そこからは、そりゃ~苦しい毎日であった。1時間に8cc胃に注入するだけで一日中吐いた。24時間水分をとるのに、親も24時間寝られなくてへとへとだった。それを思い出していたら、なんだかへっちゃらのような気もしてきた。体力づくり宣言もしてしまったからなあ。とりあえず、第一日目。頑張ってみるか。
2010.03.27
帯 さっき言ったことはうそではないのにもう迷っている さっき言ったことばそこに漂いまだ迷っている さっき言ったことばが後悔の衣をまとった やがて長い帯をひいて行ってしまった
2010.03.26
水たまりと鶯 一面の雪景色から舞い降りる一粒キラリいのちの踊り忍び寄る闇を過ごした病室の背中再び夜の海鳴る赤ちゃんの遠い泣き声確かなる力背を押す回復の意志決意してひとふり雪を払う枝過去を脱ぎ捨て背の荷を降ろす筆の先白い絵の具含ませて空に夢描く森の画家たち雪解けて空にじませる灰色の水たまりはねて鶯の声
2010.03.24
学校が修了式を終えて、明日から春休みです。学校に行っている人がいると、社会人の私も一緒にまだその雰囲気を感じられる。あと1年だなあ、と思うと、自分の時を思いだすものですねえ。ものすごく大変でものすごく頑張った弟の1年でした。そばで見守る私も、どきどき、はらはら、しました。いい時は一緒にほっとして、そうでないときは一緒に神経を張り詰めました。通信票を家族みんなに発表してもらった。その、すごく頑張った様子を聞いていると、大変だったけど1日1日一生懸命過ごしていたのだなあ、とジーンとしてきました。振り返ると時間は束になって感じられますが、やっぱり1日1日があったからよかったのだと思います。家族でおもいっきり拍手をして、健闘をたたえました。私も拍手のかわりにパチパチパチ!と心の中でいいました。進級できて久しぶりにうれしそうな弟の顔でした。明日誕生日なので、なおさらほっとしているようです。3年生にはあの!修学旅行が待っている。私も高校3年はことさら充実した1年でした。青春である!!楽しい時間にしてほしいと思います!進級のみなさんたち、も、おめでとうございます!
2010.03.24
今年度最後の杜の星座コンサートに行ってきました。今年一年の活動報告と、感謝をこめて、音楽とアートのコラボです。メンバーのカラーアーチストひろみさんの作品はいつもきれいだな~と見せていただいてます。制作過程を近くで見るのは初めて!話には聞いていたけれど、一体どんな風になっていくのかすごく楽しみにしていました。http://blog.goo.ne.jp/hiromi-color音楽はテノール王子松尾英章さんの作曲による「青く」から始まった。初めて青い色を塗った時の目に色が飛びこんできたさわやかさを思い出した。同時にひろみさんは青をささっと塗った、のだろう。(見えないから予想)歌やピアノが今野沙知恵さんと松坂優希さんによって進む。完成の絵を目にするまで、その間ひろみさんがあっちこっちへと動いている。絵具を出したり、霧吹きでしゅっとしたり。そういう制作中の音がわくわく感を盛り上げていた。できあがった絵の近くに寄って、大きな作品を見ました。みんな口々に感想をいいながら、音楽のあそこのところで、これだったとか、感激したとか。あ~、やっぱり同時に見えたらどんなに楽しいことだろうと思った。出来上がった大きな作品はキラキラして、照明の明るさの中で生きているように見えた。だんだん動き出して本当に羽ばたきそうな、落ち着いているけど、これから何かが始まりそうな静けさの中にあるエネルギーを感じた。チャイコフスキーの4月を聞いたからかもしれません。音楽とアートとのコラボは、ともにその時間と空間を共有したお客さんやお店の雰囲気も全部影響してうまれるものなのだそうです。何かをこうかこうと決めているのではなく、その時に感じた色や形をかいているのだそうです。詩や言葉は実態のない感覚を「ことば」という形に変身させるのだけど、イメージアートはそんな制限もなくて、超自由な表現の方法だなあと改めて思った。私も自由に腕が動かせて思ったようにかけたら楽しそうだなあ、と、また思った。こんなとき、体が自由な人を思いっきりうらやましいと思う。(素直にそう思うので、すねていません。念のため)自分でできなくても、その近くにいて、自分のできる方法で感じることができるのが、幸せだと思いました。やっぱり、ライブは、ライブだからいいのであった。 杜の星座の活動にも改めて感謝しました。
2010.03.23
ものすごい風の音で、ばったんばったんしています。今朝初めて鶯が鳴いたそうです。けきょ、と一声だけ。今朝の風にびっくりした声ではなかろうか。季節の変わり目、弟がしばらく落ち着きません。先生たちや友達と別れもあるだろうし、教室の引っ越しなどが気になっているようだ。自分の部屋も模様替えの季節だから、自分なりに片づけや荷造りをしている。そうこうしているうちに、大切なものを見えなくしてしまって、おもいっきり叱られていた。クリスマスにもらったばかりの腕時計だもの。大切にしすぎてしまいすぎたのかもしれません。もうすぐ誕生日だから、新しくもらうプレゼントには意識集中。その矢先にこの事件で、自分でもがおっていた。現在という時間に生きる弟は、前後の流れや時間の連続、まとまりをとらえるのが苦手だ。今の目に見えることが世界の中心のようだ。お手伝いをしようとして「センタク・・・」と聞いたら、干すのもたたむのもするのもあるのに、ぱっと思った行動をしてしまう。いいと思ってする行動がみんなとうまくかみ合わない。というのが連続する。最後まで聞いてね、と母に毎度いわれているが、毎度聞かない。ここら辺をどうしたらいいのかと親はとても悩んでいる。見守る私も、弟の生きる世界がすごく孤立しているようでかわいそうになる。私に歩けと言わないように、弟が不得意なところを練習させるのはどうなのだろう、と母から相談された。いつになく弱気だ。私としては、やっぱり簡単なのでもやめない方がいいのではと思う。私は歩かないけど、リハビリで体を動かすことでいろいろと長持ちさせて維持する目的があるし、やめてしまったら一気に悪化するであろうことも予想できるのだ。とすると、頭の中で起きていることも、できそうなことはやめないのがいいと思うのだ。プライドが高い弟は自分の弱みを認めたくないのかもしれません。でも気合や根性では改善しない分野なのだと思う。弟にも楽しくて安心できる居場所が見つかればいいなあ、と心から思います。春の嵐のように、何かを境にばばっと一気に人間が変わるわけでもない。社会人になるという節目の最後の一年を前に、すごくプレッシャーを感じているのだろう。私でも大丈夫だったのだから、大丈夫だよと伝えたいけど、なかなか本人が納得できないみたいだ。それが青春でもある。時計が出てきてひとつほっとしていました。けど、道のりは長い。
2010.03.21
100枚染めた和紙に100個のことば(詩)を書く目標を立てた。のは、詩がちょうど100を少し超えたころのことだ。高校を卒業して社会人になって、何か目標を作ることにしたのだった。ずっとあたためてきた。新しく通うことになったセンターでの活動を中心に、その中で紙をまず100枚染めることにした。いろいろな紙ができてその都度楽しくて、だんだん紙を大きくしてみたり、色がついた和紙にしてみたり、と活動が広がりました。師匠(懐かしい!もう異動してしまったセンターのスタッフさま)やみんなと取り組み続けた紙が100枚だった。本当にできた。2年はかかった。そして、いよいよ詩を書く時がきた。目標を立てた頃は100の詩はすべて書くぞという意気込みだった。が、今数えてみたら、詩はもうすぐ200になろうとしている。自分でも感心しちゃった。そこで、200の中から100を選ぶ仕事から始めました。どれも、愛着があるので、却下しにくいのですが、大きな紙に全文書くのと言葉をひとこと選んで書くのと作りはじめました。今年度これは必ず完成させたいと思っている。詩を選んで、紙を選んで、言葉を選んで、筆の太さを選んで、書く場所を選ぶ。100枚書くのはけっこう時間がかかると思う。このプロジェクトは自分の言葉がおしゃれして発表会に出るようなものだから、生みの親としてはかわいくしてあげたいと思う。こういうのが親心なのだろう。200番目はきっともうすぐ出来上がる詩だ。それはプレミアムな1枚になる予定です。(いまから宣言)
2010.03.20
弟が寝違えたのか首が痛いと言って、2,3日たっている。湿布をはっても姿勢が悪くて、上半身全部固まって生活している。なぜかご飯を食べるときはちゃんと動くらしいから、大したことはないのだろう。しばらく前、私も首が痛くてひどかったのは寝違えていたのかもしれない。寝違える、という体験が初めてだったかもしれない。どんなもんなのか、よくわからなくて、かなり不安になった。不安で、また体が固まって、今度は肩こりになった。よくなれば、な~んだ、というわけである。でも、突然ぴきっと痛いのは、いつも緊張していなければならなくて、本当に疲れた。そっちの方が疲れる。昨日は訪問リハビりで、ぽんたPTさんと楽しく運動しました。ぽんたさんは体の使い方をイメージしやすく教えてくれながら動かしてくれます。考えながら体を動かしても、そうそう簡単には命令がでないのですが、ちらっと、動いたりすると超うれしい。うれしすぎてまた緊張が起きて、あ~あ、ですが。セントラルポイントというのを教えてもらってしばらくたつ。胸の少し上で、自分の真ん中を意識するというわけだ。くねくねの側わんの私はセントラルポイントを意識しても、首もあっちこっちなわけで、どうもうまくいかない。せいぜい首を除いた上半身をまっすぐにしてもらったときにちょっとわかるくらいだ。曲がった首は手術の傷をかばっているうちに肩とすっかりくっつくくらいになってしまって、首の後ろがこっている。首を真ん中に、とわかっていてもできなくなってしまった。で、昨日は体の軸を感じるという練習だった。頭を押さえてもらって、胸に手を置いてもらって、頭をきゅーっと押してもらって、軸を感じてみた。それから、いつも曲がって浮き上がっている、背中をベッドにくっつけて、くっついていることを感じる練習をした。あまり自分の命令で体を動かしたことがとても少ないせいか、体のどこに何があって、どう感じるのかをあんまりよく考えたことがない。痛いとか、かゆいとかはあるけど、「全体的にあっちの方、」というくらいに大雑把だ。なので、背中の右の方と左の方を、考えてさわっていることをよ~く感じてみるなんて、なかなか難しい注文でした。その証拠に、リハが終わったら、またぎゅ~っ、と浮いてしまった。弟は体を動かすのが苦手で、たぶん、私と同じように、体の細かい部分の感じをうまく利用していないのかもしれません。なので、首が痛いものの、全体的に痛いと感じてしまうだろう。動けている人でも、動けない私のように感じ方のセンサーを細かくするのが難しいということがあるのだ。動ける人はなんでもできてよさそうだと思っていたが、感じ方までは見た目でわからないのだから、そりゃそうか。というわけで、最近の介護の注文は、あれこれと細かくうるさくなってきている。協力しようと思っても、できないものはできないのだが、ちょっとは体の部分に気を使うようになってみると、なんでもかんでも一緒くたに不安を感じなくてもいいと思えるようになってきた。自分の体を知るのはほんと、難しい。まるで、小さな宇宙のようである。細胞にすんでいる宇宙人と交信したくても、なかなか協力関係になれない今日このごろである。自分でもうまくつかんでいない宇宙の実態をうまく外に伝えることはこれまた難しい。自分で言える人でも相手の感じ方と同じかどうかはわからない。それでも、相手の感じ方を想像して、さらに新しく感じ方を教えようとするリハビリって、実はすごい仕事なのかもしれない。そういえば、昔、体を触っただけで相手の体の状態が分かってしまうすごいリハビリの先生がいました。「神の手」と言われていた。あの先生は宇宙人と話ができたのだろう。
2010.03.19
今日の抜糸を待ち切れずに障害者福祉センターにでかけた。週に一度の利用なもんで、1回休むと2週間ぶりになってしまうのだ。とっても久しぶりの感じでついコーフンしてしまったこれから数回にわたり、書を計画している。というのも、7月の二人展にむけて作品をつくろうを思っているのです。詳しくはまだ、ヒミツですが(笑)、今回はセンタースタッフのお姉さまに支援してもらって作る書だというところがミソである。あとりえの仕事を外でしている、というのがポイントでもある。私の詩を毎回少しずつ書いている。そして、もちろんそのイメージで紙を染めて、そこに配置してみたいと思っている。学校では先生とたくさん作品をつくったものだ。作品を作って誰かにみてもらうというのはすごくやる気が出る。お姉さまと字を書く練習をして1年だ。1年の間に回数はあまりできなかったけど、ある瞬間に「おっ」と通じた手ごたえがあった。そこまでがお互いに大変だし、うまくいかないと落ち込むのだけれど、ちょっとでも「おっ」があると、またやりたいと思うものだ。なんでもそうだが、私が何かをやろうとするとき、一人ではできないので、必ず誰かの助けが必要だ。直接、書のお手伝いだけでなく、コーフンしたときの痰の吸引とか、字の書き方を伝えるとか、紙の使い方も前もって考えて準備しなければならない。何度も書けないからやり直しもできない。一発勝負に近い。なので、書の時は毎回一生懸命書いている。昨日は一生懸命過ぎて、ちょっと足の痙攣をおこしてしまった。看護師さんたちを心配させてしまいました。すいません。だから、私の書に関しては、一回のみ。一枚のみ。その時、かかわった人たちとのコラボの結果でもある。字がうまいとか下手とかの中に、そういう必死さがぎっしり詰まっていると思っている。なので、一枚を見て、ちゃちゃっと書いた1枚と感じとるか、考え悩んで書いた1枚と感じとるかは、もう作品を見た人の心にお任せするしかないのだけれど、かといって、障害が重い人が苦しんで闘って書いたと思われるのも何だか嫌だったりもするのだ。いろんな書き方や材料を探してきて、和紙を染めて詩を書く今の方法がいいなあと思うようになった。染めた紙が広げられたときに現れる美しい色を見ただけですごくうれしくなるし楽しい。そこに好きな言葉を書きたくなる、というだけのことなのかもしれない。できあがると、すっきりとうれしい気持ちになる。それらを見た人が、わーきれい、と思ってくれればよいのだ。その日そのときの感じ方で楽しく見てもらえるような作品を作りたいなあ~と思っている。
2010.03.18
花やの店先に並んだいろんな花を見ていた、、、、とは、あの有名な曲の歌詞ですが、父が思わずその状態になり、退院祝いをもらいました。珍しい!その名も「桂華」花を見て、というよりは、名前を見て買ってきてくれたのですが、見れば、しゅしゅっと線香花火のような花びらがおしゃれでかわいく、すごく気に入りました。花言葉は「快活」「元気」「喜び」。なかなかうれしいことばたちです。しかも冬が好きで寒さに強いそうだ。寒いほど華の色がきれいになるというので、元気の底力がある華らしい。見た目は細っこいのに、意外だ。やっぱり、見た目となかみは同じではないのだなあ、と感心した。花を見て、その形ばかりでなく、色、匂い、名前、印象、などなど、人によって気になるところも違うだろう。私は花はやっぱり色と形が好きだ。花のそばにいるとうれしくなる。あとは母は枯らさないように祈るばかりである。(しぶとい花らしいから大丈夫だと思うけどね)
2010.03.16
昨日に引き続き、ビデオの会、後半です。最中に地震があって、びっくりしましたが、我が家はみんな大丈夫です。電話をくれた人たちありがとう!だんだん成長すると同時に、私がどんどんやせてしまう様子に盛り下がり、弟がどんどん成長していく様子にみんなで盛り上がりました。病院の記録が増えていくと、どんどん気持ちも再現してきて、少しつらくなってきました。が、そのあとかなり回復してよい結果が待っていることを知っているので、余裕を持ち直すことができた。つらい思い出にはみんなでわいわい文句を言いながら、当時の怒りを解消するようなところがあって、だいぶすっきりしたみたいだ。(まだ足りないのもあるようですが。)テープが新しくなるにつれて、音声が復活。ついに私の「美声」も再現された。おお~っ!と一同歓声があがった。なんか、てれる~。自分で聞いても、うれしいものだった。失った声を自分で聞くのは、どうかと思っていた。でも、うれしかった。確かに声を出していた。失ったというより、ちゃんと「あった」ということの方を確かめることができた。弟の目覚ましい発達ぶりに、つい育児に力が入ったと母が反省していた。あれは無駄だったとか、これはあってた、などと検証している。その時間をこっちにしていたらよかったな~とか、もっとこうしていればよかったな~とか。でも、育児なんて、私が自分でいうのもなんですが、そうそう効率よく進むものでもないのでは?と思う。試行錯誤があるものでそれがいいのにちがいない。私も、小さい弟ばっかり構われているように感じて、ややすねていた時代のテープでも、ちゃんと遊んでもらっているところを確認して、大分気持ちがほぐれました。こうして、同じ時間に対する記憶の意味も、一人一人違っていた。そして、時代によって忙しさやバランスはあったけど、親が「けっこうふたりともに構っていたなあ」と言っているので笑ってしまった。親子や家族でも、気持ちを共有するというのは案外難しいことなのかもしれない。あとからでも、言いたいことは言ったほうがいいかもしれません。親も子もお互いに思い込みが激しいものなのである。
2010.03.15
ずーっと撮りためしていたビデオテープを一挙見直すことに!私が生まれる前からだから、うちの歴史の記録だ。みんなで見ながら、ひゃ~、だの、うお~だの、かわいい~、だの、わっはっは、だの、と楽しく見た。(私は聞いた)古いテープはすっかり音が変になってしまっていた。私の声がもう一度聞こえた!というのに、うお~・・・、と、幽霊のようになっていた。愛らしい声だったはずなのに。だんだん大きくなり、新しい車いすができ、引っ越しして、弟も登場し、懐かしい洋服や、覚えていない部屋の部分など、一挙に時間を早送りだった。小さい時に手術で入院してものすごく頑張っていたころの記録や、だんだん生活が忙しくなってジャスとトレーナーになって髪は短髪、という悲しい時代も出てきた。改めて悲しいことやムカついたことも思い出したが、この頃、つまんなくて怒っていたんだねえ~、とか、申し訳なかったねえ~、と言ってもらって、今なら許せることも大分あった。最近調子がいま一つの弟が、すごくかわいくてどんどん発達する様子を見て、見方が変わったという親だった。それは、よかった。すごくかわいい笑顔だったのだ。このごろ笑ってないな~、とみんなが言うのを聞いて、なんだかかわいそうになった。親は親で、あの時代は超忙しかったとか、電子レンジを買った、とか懐かしそうである。子供の立場から親の時代をふりかえると、その時には分からなかった苦労が少しわかった。7年分見た。後半も楽しみである。私の20年で、どの時代が一番よかった?と質問された。迷わず「今!」と即答できる。どの時代もけっこう苦しかった。今はとても楽しいと感じている。それって、すごく幸せなことかもしれません。幸せ保存の法則があるかどうかわからないけれど、自分のこれからも幸せを続けていきたいものである。ときどき、こうやって、時間の早送りを見るのも、今を実感できていいかもしれません。それにしても、痛かったことや、嫌だったことはいつまでもけっこうしっかり覚えているものだ。ということに気がついた。なかなか傷は癒えないものなのだろうか。それを帳消しにするくらいよいことをたくさん積み重ねないとなかなかなくならない。そのように、子供時代の時間が人をつくり、歴史は積み重なり、あとからやり直すことはできないのだとも思う。だから、これから先は、よけい、いい時間にしたいと思いました。
2010.03.13
たった2泊でしたが、久々の病院から家に帰りました。やっぱり、自分のベッドはいいわあ~。あのてんこ盛りの雪もすっかり解けて、今日はぽかぽか。ダウンコートもなしで大丈夫でした。今回は検査入院もあり、でした。麻酔でぼーっとした時間以外は、詩を作る時間がたくさんあって、充実の3日でした。仕事したって感じだ。病院で新たな出会いもあったし、(うひひ)、懐かしい人にも会ったし、検査結果もよかったので、安心して元気に一年を過ごしたいと思います。とりあえず、月曜日の入浴を楽しみに、週末はまったりすることにします。お世話になったみなさま、ありがとうございました
2010.03.12
なんと、大雪です。20センチ以上積もりました。忘れられない一日なることでしょう!行ってきまっす!
2010.03.10
入院が明日になり、また、たくさん荷物を準備してもらった。やっと、一段落。で、ブログの時間です。自分ではちょっとした検査入院だと気軽に考えているけれど、入院は入院だし、ちょっとした手術だとしても手術は手術だ。手順を踏んで一つ一つキチンと進んでいる。生まれた時から病院と縁の深い私は、通院も入院もほとんど日常生活になっている。長い入院の時はものすごく閉ざされた感じがあって、世間の人々と離れてしまったがっかり度が深かった。多分、そのあとの病気がどんどんよくなかったり、希望が少なかったのだと思う。どの治療も、どの入院も、「よくなるため」にするものだが、今回のように「よりよくなるため」と早めに相談する治療や検査は余裕があって、意欲も出る。もちろん、その「次」を見ることができるからなのだと思う。ありがたい。けして気楽に参加しているわけではないが、入院の時間を無駄にしないように、楽しみなことも計画している。もちろん、そんなに苦しくないだろうということが予想されるから、そんなことも言えるので、遊びに行く気やすさはないのだ。でも、改めて、病院の中に自分を移動させることで、改めて感じる気持ちが見つかればいいなあと思う。母は家事がないから喜んでいるが、私はいくつか詩を考えようと思っているからその材料や資料も用意してもらった。いつでも、どこでも、あとりえである。すごくありがたいと思う。自宅の生活があって、病院(医療)も近くで支えてもらっているからこそ、少し早めに次の健康を準備することができるのかもしれない。テノール王子からは、せっかく入院することですし、入院の詩などいかが、とリクエストも来ている。そんな風に私の生活を特別視しないでいてもらえることは、なんか気持ちがラクチンである。どこにいても、いなくても、できることはできるし、できないことはできない。その場所で、そのときできることは、どれも意味のあることだと思う。で、手術室にもっていく音楽は古関佳宏さんのギターにしよう。何気ない日常の何気ない手術のそばにぴったりの音楽だ。そんな風に自然に日常生活を大事にしたいと思う。
2010.03.09
昨日とはうって変わって、今朝はかなりスッキリ起きた。やっぱり、お腹の中にいいたいことをためておくのは、とってもよくない。心の便秘である。心ばかりの便秘でも、体の方でどか~んと発散すると、少しはマシだ。実は昨日眠る前にかなり一生懸命リハビリをした。姿勢はうつ伏せ、肘をついて頭を上げる。そしてまっすぐになる練習だ。汗だくで、取り組んだ。就寝前のリハビリというのは、そう、めったにないことである。いつもより、力が入っているおかげで、首がたくさん高く上がった。眺めがよい。それだけで、けっこうスッキリできたのでした。今朝は、今度は心の方の便秘対策である。体は座薬。心は作詩である。今年もとっておきの音楽祭に詩を応募した。今週が締め切りです。が、入院前に、と締め切りをあおられていた。私の中ではそれなりに計画があって、進行状況は把握しているのだ。なのに、事務を管理するほうの母は、焦るらしい。丈夫だと、いくら言っても、信じない。なので、まだなの、まだなの、と何度もうるさい。多分、仕事のペース配分が母と私は違って、準備のタイミングが違うのだ。私がのんびり、というか、だらだらしているように見えるらしい。私に言わせれば、母の仕事の仕方は細かすぎると思う。細かすぎて大切なところを落としたりしているので、心配しすぎて無駄が多いのだ。同じセリフを、今度は、弟に言っているのだから、笑える。というか、弟はいい迷惑である。とはいえ。私も細かいところはめんどくさくなるので、そういうところを助けてもらっているから感謝はしている。仕事はこうして、補い合うからいいのかも?ということにしておこう。というわけで、めでたく今日ポストに入れることができます。まに合った!と母。当然、と私。今年の詩は自分でも好きな出来栄えだ。また、採用されたら歌になる。歌になったら音楽祭で歌ってもらえる。息をするように詩を書く時間が大切になっている私には、言葉が歌になった瞬間、自分が自由に空を飛ぶ鳥になったような幸せを感じることができる。また、そんな幸せな時間が来るといいなあ~!!今年の、とっておきの音楽祭は6月6日(日)です。みんなで参加しよう!!心の座薬。作詩でスッキリ。
2010.03.08
今日はレストランびすた~りでティータイムコンサートがあったのに、行けませんでした。超残念。一応入院前なのでお休みしたのでした。あ~、でも残念。今日はフルートの白戸美帆さん、ピアノの可沼美沙さんと、テノールの松尾英章さんの出演でした。フルートのコンサートに行ったことがないのだ。あ~聞きたった!昨日からものすごい緊張で、汗だくになっている。コンサートに行けなくて残念だったのと、難病の子供を母親が殺害して父親が母親を殺害したというニュースがショックで、そのことを考えていたらミキミキと力が入っていった・・・。母は、入院の付き添いが疲れるな~とぼやくし、一人で泊ってくれないかな~と聞こえる独り言を大きい声で言う。私の緊張は入院の緊張だと思っているらしい。全然違うのに!週末はみんながくたびれていた。おかげで、ブログの時間がやっと来た。ようやく解説できるというものだ。くたびれていると生活に追われて、落ち着いて私に向き合ってもらえない。くたびれた時に事件のニュースだ。母親は60歳で限界だと思ったそうだ。本人も家族もぎりぎりだったのだろうけれど、どうして助けて、と言わなかったのだろう。楽しいことがなかったのだろうか。ちょうどそのころ、私はひろみさんと作品作りの相談をしていて、楽しくてううひゃうひゃしていた。今日のコンサートだって、ほとんど行く気でいたのである。弟も学年末でいろいろ落ち着かない。だんだん両親が疲れてきた。母からあれもこれも全部はできません!と宣言されてしまった。優先順位をつけなさいということです。母親が疲れると、家族はどかんを影響を受ける。父一人では我が家も回らない。事件のお母さんもそうだったのかもしれない。世の中にこんなに楽しいことがたくさんあって、わくわくしていても、支える人がダウンすると実現しません。あと10年できるかな~なんて「大きな独り言」を言われると、色々考えます。入院はそんなに嫌ではないのだ。でも、やっぱり全部一人では無理だ。う~~~楽しいことを我慢しなければならない気持ちと、楽しい時間を見つけられなかった人たちと、支援がなければ何もできない自分と、家族が元気でいてほしい気持ちと、頑張ってもうまくいかないことのいらいらと、・・・・そんなのが一緒くたになると、緊張が強まり、だれにもどうしようもなくなるのであった。とうとう、座薬を使った。それも、今一つだ。人間が生きて、日々の生活をうまく維持していくのは本当に色々な努力が積み重なっているのだと改めて思う。あ~あ、今夜はよく眠れるといいのだけど。やっとしゃべって、少しすっきりしました!
2010.03.07
カラーアーチストひろみさんとあとりえ・ローリエとのコラボで夏に展覧会を企画することになりました。ひろみさんは杜の星座のメンバーで、展示や舞台衣装などを担当しているイメージアートやヒーリングアートのプロプロプロフェッショナルです。 http://blog.goo.ne.jp/hiromi-color 今日は展示の打ち合わせをした。私にとっては、書や詩をテーマのもとにちゃんと展示するのは初めての体験だ。何から何をどのようにするのか!全部初めて。会場はおなじみ長町のびすた~りで。レストランなので、お客さんが来る場所だ。そのお店の中の空間を二人の絵や詩や書や色々なもので飾るのだ。ひゃ~~~楽しみ!まずはテーマを決めて、二人の作品をどのようにコラボするか、どこにどんなものをまとめていくか。お知らせのしかた、などなど、考えた。2週間の期間にコンサートもできればいいなあ、と思っている。お互いのメッセージをやりとりして一つの作品を作るというのも新しく計画中だ。衣装にもライブペインティングで絵を描いてしまうひろみさんです。私もドレスみたいに衣装を描いてもらうことにした。ひゃひゃひゃ。好きな色で服をまず用意する。テーマにあった絵を描いてもらう。それを着て、コンサートへ!!楽しみすぎる~。どんな布にしよう。お店に行かなくっちゃ。キラキラもつけられるそうだ。ふふふ。絵をもらって詩を作る。詩を渡して絵をかいてもらう。そして音楽が流れる。そこでおいしい食事をしたりする。すごくいい時間になるといいなあ~と思う。お互いに健闘をたたえ合った!がんばろう。同じものを見ても、二人のイメージや心の中には違う世界が生まれるはず。それを見える形に出してあげるのだ。それらは外の世界で一緒になったとき喜ぶだろう。心と心がつながってつながって、最後は円になる。縁になる。いいなあ~。展示する私たちも、見てくれるお客さんも、お店のスタッフも、みんなが元気になれるといいなあと思う。開催日と内容が決定したらブログでもお知らせしますからね~。お楽しみに!
2010.03.05
雛祭りの昨日、障害者福祉センターの利用日!いつも活動を何にするか、決めていく。やっぱ、雛祭り関係でしょうね~。調理を計画していた。センターのパティシエかっちゃんの指導により、ピンクのシフォンケーキができました。すんごくきれい。すんごく春。すんごく女の子っぽい。秘密は食紅だ。シフォンケーキはふわふわで、そこがまた、ウキウキ感がぴったり。桃の節句のピンクからきているのでしょう。ピンクがふわふわだと、もう、完璧。しかも甘い。幸せ~。パティシエかっちゃんと利用者メンバーのパン職人さんと作業にかかる。ケーキ初心者の私は工程を見ながらすごく楽しかったです。食べ物に色をつけるとか、材料の扱い方で出来上がりが違うクッキングはなかなか面白い。そういえば、お菓子は化学なのだそうだ。材料が化学反応でおいしいお菓子になる。おいしいお菓子を食べるとうれしい気持ちになる。うれしい気持ちをだれかと一緒にすごすとうれしい気持ちもうつる。お菓子の化学反応はまだまだ続く。家にお土産にすると、家族が喜んだ。女のお祭りだけど、みんな喜ぶ。喜ぶみんなを見て、私も喜ぶ。一日でずいぶんたくさん化学反応がおきた。楽し~~~い一日だった!来週の利用日は入院の日だ。休みは残念。でも、かなり、元気チャージしました。
2010.03.04
友人たちと集まり雛祭りのお祝いをした。女のお祝いです。タイ出身のおんさんとそのご主人、ちびっこと、仕事仲間が勢ぞろい。雛祭りだけど男大歓迎です。タイからはグリーンカレーとトムヤンクムスープを。日本からはちらしずしとギョーザである。ついでに甘酒。お菓子はチョコとかりんとう。オリンピックにちなんで、ワールドな食卓だ。おんさんには何度か会ったことがあるのですが、久しぶりに会ったらお母さんになっていて、日本語もすんごくうまくなっていて、私も話ができて超うれしかった!タイには女のお祭りはないとか、40度も暑いとか、病院に入院するとホテルより高い部屋もあるとか、面白い話がいっぱい。グリーンカレーというのを食べてみました。辛いよ辛いよ、といわれて、大丈夫大丈夫と思って二口食べたら、じわじわじわじわ~っ、と、か、かれ~!でもなんか甘くて、聞いたらココナッツミルクでまろやか。で、でも、やっぱ、かれ~!からいって!2口で降参。スープはエビのこくがあってうまみたっぷり。こちらも少し辛い。なんたって赤いスープだ。甘酒もなめたけど、こうしてみると、日本の味はパンチが少ないんじゃ最高に辛いと一体どんな味がするのか? 「痛い」「熱い」のだそうだ想像外だ。40度もあるなら辛い味もおいしいのだろう。冬の仙台でも緊張で熱がっている私はタイで生きていけるか?山の方は30度で涼しいよ、というのだから、これも想像外だ。どうりで、おんさんは家の中でも寒がってダウンを着ていた。今日は雪だ。雪はどうだった?と聞いたらきれいだった、と言っていました。が、きっと今日も朝からダウンを着ているのだろう。おんさんはタイ式マッサージのプロフェッショナルだ。私の首の痛みを相談してやり方を教えてもらった。プロの技で足をマッサージしてもらったら、気持ちいいのなんのって、本当にらくちんになった。またお願いしたいな、とホンキで思う。外国の話を聞くだけでもびっくりなのに、本当にその国の人に会うとすごく世界が近くなる。写真も見せてもらってますます行ってみたいな~と思った。(40度に!?)父と弟は即席で「こんにちは」のあいさつを勉強していた。サワディカー ⇒ 触っでええか~にしか聞こえない 完璧に東北訛りである。弟は食べ物、母はタイシルク、父は言葉、私は花と建築物、とみんな興味の対象が違った。音楽も聞きたいものだ。もっともっと、いろんなことを教えてもらいたい。国際交流の雛祭りでした。おもしろかった!
2010.03.02
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