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仙台光のページェント 大みそかイブの今日、のんびりの日です。昨日が仕事おさめの杜の星座、CDつき音楽絵本!のチェックをして終了~です。来年出来上がりますからね。お楽しみに。今年も、色々な出会いがあってとても楽しい一年でした。ひとつひとつ、ありがたく、みんなが自分の海の石を輝かそうとしている姿に元気をもらいました。小さい人から先輩まで、仕事もいろいろ、自分と違うジャンルで自分と違う時間を過ごしている人が見ているものの世界のはしっこと、瞬間握手をしたようで、とても新鮮でした。話を聞いて興味シンシン、直接出会えてさらに感激、ゆっくり話して奥深いところに隠されている宝に触らせてもらう、といったふうに人とであうことにはこれ以上ないスゴミがありました。さらに、その人が残したもの、生み出したものには、その人のメッセージがうつり、その人の時間とメッセージが誰かに何かを伝えます。そのものに形あってもなくても。その何かをキャッチする人には、必要なときに必要な分量で届けられ、さらにまた、必要なときにとりだされて磨かれたりする。そんなお宝が今年はたくさん増えてうれしい。それらに等身大の今の自分で答えられるようになりたいと思う。今の自分以上はできないけれど、今の自分にできる分は大切にしていきたいと思います。今年の大きな出会いのひとつが画家Chieさんとその作品たち自分が詩を書く意味や生きている意味を確かめる大切なつながりになりました。28日付けのブログにもアップしていただき感謝!http://www.chieart.net/index.html今年のお宝たち、ありがとう~~~
2010.12.30
IT支援のとっしーからすごい力作プレゼントをいただきました!いのちのことばカレンダーです!!!なんとやさしい~。じ~~~んとした!!大事にするよ~。とっしーとはパソコン支援でもう長いお付き合いですが、来年から大学院生となって障害がある人のコミュニケーションの研究をします。仕事をしながら研究もするんだからすごいことである。力いっぱい応援している!研究では、筆談の動きを拾って、文字に変換させるパソコンの技術を研究することに!!やったー!!!くわしい話は何度聞いても?????なんだけど、とにもかくにも、もうひとつの筆談プロジェクトが始動するので、わくわく通り過ぎて、どっか=ん!とうれしいe-プロジェクトはエレクトリックだから?というわけで、命名の理由もほにゃららと不確かなローリエであった。と、こんな研究協力者でいいのか!? 何はともあれ、いや~、面白いことになってきましたよ!!!研究レポートもご期待くだされ。
2010.12.28
言の葉アーチスト渡辺祥子さんと、筆談プロジェクトが始まっています!!みんなと、いつでも、自由に話ができるようになりたい~というのが、私の無謀ともいえる夢。とはいえ、誰でも、筆談のガイドさんをお願いできるというわけではないので、まずはぼちぼちと、初めての人とでも字を書くということをお願いしてやってみました。すると~!案外、自分が思うより、みんなに私が書いていることが通じるということがわかって、すごく希望が出た。そこへ!言の葉アーティスト祥子さんがチャレンジしてくれるというのじゃ。で、や!や!や!と、やる気に火がつきました。ボオ~!!何しろ弾丸トークの祥子さんですからね。いつもハタで聞きながら、超おもしろくって、自分も加わりたいのを我慢していたわけである。これで、その夢にも一歩ちかづく~。私や通訳の母にしてみると、初めての人がどんなところが知りたくて、どんな風に練習するとうまくいくか、ってことを、お互いに研究できるのがいいことじゃ。しかも、祥子さんは、レポート、実況のプロなので、どんな風に感じたかをうま~く伝えてくれます。すでにプログレポートがはじまっていますから、興味がある人はこちらも見てね。渡辺祥子言の葉だより http://kotonoha9.exblog.jp/あっという間に上級編になった祥子さんと、おしゃべりタイムに漫談をしてみました。ど~も~、しょうこで~す!ど~も~、かつらで~す!という感じです。声色を変えてモニターするのはお手の物!いつか二人で漫才芸で忘年会めぐりっていうのも、、、。しかし、どっちもツッコミで、困りそうだ。何はともあれ、新年を待たずに始動したこのプロジェクト。うまくいきそうです。続編にも期待してね。
2010.12.27

朝起きたら、まっしろしろの雪の朝でした。もう成人した私にはもちろんサンタクロースはきませんが、両親からうれしいプレゼントをもらいました。ヴェルダのヒーリングボディセレクション!でした。クリームやら、マッサージオイルやら、ハンドクリームやらが色々入っていて、つるつる、すべすべになるセットです。もちろん、どれもいい香りです。さすが、わかってるね!^^弟は、スヌーピーづくしで、それはそれは、幸せそうだ。ステップも軽い。 友達の福祉作業所ポッケの森で作っているクリスマスケーキでパーティーもした。友達は手が仕事でがさがさになっても、毎日がんばっているのだ。えらい!すご~くおいしいケーキだった。そうだ。来年はみんなも是非食べてみて!贈り物をおくったり、もらったり、どうしてるかなと思ったり、思われたり。すごく寒い一日、でも、静かにおちついたいいホワイトクリスマスでした。
2010.12.25
クリスマスイブです。みなさん、幸せにすごしているといいなあ、と思います。私は今年の感謝をこめて、レストランびすた~りで、クリスマス忘年会会食をしてきました!!店長のきくちゃんさん手作りのキャンドルを見ながら、好きな人と、好きな場所で楽しい時間を過ごしました。スペシャルメニューでみんな喋りまくる楽しいおしゃべりが私の食事。お店のキラキラな光の中で、すごく幸せいっぱいオーラに包まれました。みなさんも幸せオーラいっぱいになりますように。メリークリスマス!!
2010.12.24
今年もあと10日になりました。ニュースやみんなの会話がまとめモードになってくるころです。自然と私も年末モードになり、2010年を振り返る。今年もよく頑張った。というか、頑張れたことが嬉しい。体調が良かったし、入院しなかった。暑い夏や緊張に苦労はしたけど、けっこういい方だったと思います。おかげで体重も増えて、力が余ってきた感じがする。この実感は、これまでのようにギリギリのところでヒヤヒヤしながら過ごすのとは違っている。もっと、やりたいことに近づいていける自由度を感じられる。制限の多い自分の条件は様々な環境や条件で変化する。その生活の流れの中でも、今は待つ時でも、自分の分の機会や時間がちゃんとある、ということを待てるような気がしている。いつか、きっと、とか、できれば、という漠然とした希望ではなく、案外核心を持って待てる。あまり不安がなく、今の瞬間を等身大で受け入れられるような感じです。今年たくさんの人との出会いがあって、世間にはいろんな人がいろんな価値観で生きている。好きとが嫌いもあるんだけど、まあ、しょうがないか、と、自分が無理をしなくなった。無理をしません、と宣言するのは案外勇気がいることだ。相手の気持ちなんかを考え出すときりがない。でも、やっぱり、自分には自分ができることしかできない。ある意味積極的なよい意味での開き直りでもしないと、どんどん自分がいなくなる。それは、一度自分が病気で経験した気持ちなのですが、弟の姿を見守る方になってみて、改めて感じたことでもある。自分をしっかりもって、自分の輪郭を作るのは、案外日々の微調整が大切なんだなあとも感じる。押したり引いたり取引したり、とバランスが大事かもしれない。自分も変化すれば、相手も変化する。今、この時間を共有して共感してよかったね~と思える一つ一つが、ものすごくありがたいことなのだと思う。年末の時間が、ある人にとっては辛く厳しい、絶望の時間になることもある。クリスマスやお正月を大切な人と暖かい気持ちで喜べる人はもちろん、今はそうできない過酷の中で過ごしている人にも、一筋の希望のような力になるものが生まれればいいなあ、と思う。それは、ほんの一言の言葉でも、ほんの一瞬の自然の光でも、ほんのひとときの暖かい視線でもいいのだろう。今の自分は当たり前ではない、肯定された存在だと、みんなで思えたらどんなにいいだろう。それは、たぶん、肉体や精神を越えたところにちゃんと存在している真理なのではないかとも思う。
2010.12.21
このところの緊張がとても大変で、精神修行が必要では、ということに。高校生の時にお世話になった先生に教えてもらうことにした。禅寺のお坊様でもある先生は、高等部時代、訪問学級生の私のために、者偉人の義務と責任の講義をしてくれた。担任のぽっぽさんがゲストに連れてきてくれたのだった。あれから4年。早い~!体育教師のぽっぽさんと一緒に講義を聞いて、ほ~っと、ためになった貴重な時間だったと思い出す。それが、こうして、また教えてもらえることになるとは。うれしいことです。私は「無の境地」というのにとても興味がある。座禅はできないけど、何が、どうやって、「無」になるのか知りたい。座禅でそれを修行するというのは、どんなことなのか??先生にもらった資料には座禅の意味が説かれていた。心身脱落という状態が、座禅の思想なのだそうだ。意識ははっきりしているが、考えたり感じたりする状態が消え、ただ座っているという状態が現れるのだそうだ。う~む。さらに、交換神経と副交感神経が、ずず~っと近づいて、プラスマイナスゼロな状態なのだそうだ。う~む。私のかかっている周期性嘔吐症という病気は交感神経優位で緊張状態が持続しているので、色々な刺激が嘔吐を引き起こす。病状が重い時は身体と心がばらばらで、自分の存在も見つけられなかった。幸い、表現活動をするうちに、ずいぶん心と身体の境界が近付いて、嘔吐もかなりおさまっている。しか~し。心身脱落というのはどんな世界なのか?生きているのに死んでいるのか。自分の意識と、周囲の境界はあるのか。身体から魂がぬけるような感じなのか??今ひとつよくわかりません。でも、もすご~く、知りたい!!!とういうか、なってみたい。自分の意識に反して勝手に動くアテトーゼのある身体を自分の精神と切り離すことはできないのだけれど、 いくらかでも、身体やそれによって右往左往する気持ちをひとつ越えたところに「なにか」があるのではないだろうか??それが「無」なんでしょうか。あるのに、ないのか。いや~!こういうの大好き。禅先生とのやり取り、マイブームになる予感!!始まりを記念して、カテゴリーも「思索」を新設いたしました。楽しみじゃ!!
2010.12.20
11月 小高い丘で 満天の星空を見たくなったら小高い丘に寝転んでみる僕が宇宙の中心になれるプラネタリウム ポケットの左手に不確かを握ったままでかざした右手の指からこぼれて見える瞬く星と近く遠く宇宙の話をしようとりとめもなくよいこともそうでないことも どこかで合図の鐘が鳴った星屑たちが一斉に並び替えオーロラのスクリーンを広げた何かが映っている?無声映画?主人公は僕だ楽しそうな笑顔何をしているのだろう?誰かと嬉しそうに話をしているあの人は誰だろう?少し大人の顔をした僕がまだ知らない未来で笑っていた そうだ不確かのままでいいのだ不確かのままがいいのだ ポケットの中で左手が暖かくなってきた 12月 光の輪 くるくる回れ光の輪くるくる満たせ喜びの季節若葉の梢波の始まり月のため息小雪の踊り くるくる回れ光の輪くるくる満たせ生きる喜び誕生の産声蝉の一生稲穂の黄金霜柱ふむ朝 丁寧に失う見えない時間を光をともした祈りの中に迎え、手渡す受け取り、送る季節の中で命は回る明日のわたしが見るときへ明日のあなたがつなぐ人へ くるくる回る光の輪くるくる満ちる笑い声回る回る満ちる満ちる 今年いくつの星を見ましたか。ずっと昔の光を今目にしている。こうしているときにも新しい星の光が生まれている。その光が見える頃には、もう私たちはいないかもしれません。自分自身が光になって宇宙を回っているのかもしれません。今年新しく誕生した赤ちゃんも、今年星になった亡くなった人も、みんないのちのひかりになってつながっています。チャイコフスキーの一年を一緒に過ごして、限りのある時間の中にただ、いることができる今日に、改めて感謝することができた。いい仕事でした。 明日、仙台市天文台プラネタリウムにてChieArtの最終上映があります。いよいよ寒いきりっとした冬の夜、しんとした時間を過ごすのはいかがでしょうか。きっと左手のポケットが暖かくなると思いますよ。ChieArt~光に包まれる時間~19:00~19:30な~んと!Chieさんがおいでになりますよ!!!http://www.sendai-astro.jp/door/index.html
2010.12.17
9月 出発のとき 心のエンジンにスイッチを入れたいよいよ出発のときがきた 私の船に力強く真っ白い帆を張ろう風の行方をみきわめよう雲が走るあの方向だ見えないけれど見たい希望がまっている 船の上には空の青船の下には海の青空気の青と水の青強風が吹き荒れ波が高く荒れようともけして混ざらぬ巨大なふたつ 形のない空気の自由に精神は広がる形のない水の自由に意志は広がる青の自由は私の中で混じりあいいのちを支えてゆくだろう 風向きが変化したいよいよ今が出発のとき 10月 孤独な花 下をむいて花は考えていた私は孤独な花私の姿は誰にも見えない水の鏡にうつるだけ 薄紫にすける花びら重なるほどに透明になり水の深みに吸い込まれる誰も知らない誰にも見えない せめて香りを漂わせ幾重にも波打つ花びらふってみるが水面の波紋にとけて消えてゆく木漏れ日を重ねてつくった少し甘くて悲しい香り 霧の朝私の姿は朝露に形どられて光っていた薄紫の銀の粒ほんのひととき現れた本当の私 それなのに陽がのぼると銀の光は花びらをすべり一瞬に連なり落ちた 私はやはり孤独な花咲いているのに誰にも見えない涙がぽとりと水面に落ちた そこにいるのに、いないかのように思われるのは、本当に辛く苦しい。花にいのちがあることを知っている人はそのようなまなざしで見つめ語りかける。その見えないつながりの中に希望が生まれる。
2010.12.16
赤ちゃんがお腹にいるうちから、画像で色々なことが見えるようになっているそうです。いいことも、そうでないことも、よくわかるようになって、難しい判断を迫られることも増えたというテレビ番組を見ました。(聞きました)今までは赤ちゃんが元気に育っていることを確認する診断も、早くから異常がわかることで、生まない選択をすることもあるのだそうです。このてのテーマは、ほぼ、自分のことなので、なかなか客観的に見ることができません。自分の今の存在にひとつひとつ思い当たる事実があるからです。それがすなわち、毎日の生活なわけで、考えるだけで吐きそうになるほど緊張する。100人に2人の病気の赤ちゃんがいるそうだ。その半分は、生まれる前の治療も受けられるようになっているのだそうです。当然、治療できない赤ちゃんもいるわけで、その子のいのちをどうするか両親で決めてといわれるのだそうです。検査をしてあやしくても、健康に生まれた子とか、産まない決断をした人とか、いいと思って生んだけど考えと違ったとか、色々なことがあるのが現実です。赤ちゃんはかわいくて幸せの象徴なだけに、98人があまり想像しなくてもいいかもしれない喜びの反対側にものすごい事実もある。私は自分の今の存在を思いながら番組を見て、私はなんて恵まれて幸せなんだろう!と思った。そう、思えることに、すごく感謝した。生きていることは、苦しいことも多いけど、少なくとも生まれる前に生きることを終わらせられなかった。たっくさんの人が助けようとしてくれた。そのことが、わ~っと浮かんだ。生まない選択をしたお母さんは、お腹の中で赤ちゃんが苦しんでいるのなら苦しませたくない、と言っていました。でも、本当にそうなのだろうか。人の存在には、苦しいこととそうでないことがいつも両方あるのではないか。赤ちゃんだからとひょっとすると今判断できなくても、苦しいに違いないと思うのは「お母さんのきもち」ではないのか、と思う。本人はどう思っているのか?後からどう思うのか?思い病気やしょうがいを持って、大変だけどたくさんの人が懸命に生きている。病気や障害があると、全て苦しく全て不幸で存在しない方がいいということはない。人が人を生み出して親になろうというのはものすごく重い意味と価値があるのだ。お母さんに会うだけのために誕生してなくなる赤ちゃんもいるのだ。それを受け止めるのはすごく大変だし苦しいことだが、それができないほど人間は弱くないとも思うのだ。病気が重くて、終末医療も自分で選択する時代です。私は自分のいのちをどうしようかと、毎日考える。たぶん、今のところ、最後まで生きたいと思うのではないかなと決めている。最後って、なんだ、という問題もあるのですが、やっぱり生かされていることの意味をそう簡単には捨てられません。苦しいことと良いことは、対極にあるのではなくて、一緒ではないかと思う。自然の中で与えられた時間をどのように生きるのがいいのか、すごく深く考えます。
2010.12.15
7月 金の靴 ある朝私が目覚めると金の靴をはいていたとんがったつまさきにキラリサファイヤのしずく 七色の編み上げひもをきゅっとしばるとかかとに翼がはえてきた 私はあなたの金の靴邪悪なものから身を守る内なるものを外へと向ける さあ今だその境界を力強く踏み出そう 8月 方向 この驚きはどこへ向かっているのかとまどいが泥になり勢いを増すエネルギーの出口へ向かいもうすでに動いている 粘りをもつ力に引き込まれ吸い込まれ巻き込まれ押し出される ふと流れは方向を変え小さな輪を作る渦の中心をほどいて水底に光を見せた きっとこの道でいいのだ自由を駆けている呼吸 もう止まらない駆け抜けろ駆け抜けろ力を全てふりしぼれ 小さい時マヒの訓練で足に装具をはきました。歩けるようになる魔法の靴。のはずでしたが、緊張の強い私には痛くて痛くて地獄の靴でした。病気が重くなって訓練もできなくなって靴もはかなくなって、あ~ほっとした。その代わり、いつのまにか目には見えない魔法の金の靴をはいていた。どろどろの苦しみの中で、もがくほどずぶずぶと沈んでしまいそうな時ほど、じっと泥の重さを感じているとその中から金の靴が浮かび上がってくる。あわてて、かき混ぜると、靴もどっかに行っちゃうのだ。
2010.12.14
杜の星座のみんなと、石巻にある北上中学校に行ってきました!初石巻の学校です。しかも、中学校は初めて。どんなところかな~とわくわくしてでかけました。学校はいつも大好き。あの、子供たちが集まっている集団の立てる足音や人が並ぶわやわやとした空間が好きなのだね。特に体育館の照明や床を滑る上靴の音とか、パイプいすのがたがたする音がいつも懐かしい。中学生が静かにさ~っと並んだ姿は制服の青い色が森の木立のようだった。すすっと立っているのだけれど、静かに息をして生きている。木立の中に流れている暖かい血液とか動いている心臓の動きまで想像してしまう。それが、生き物と物の違い。目がよく見えなくても車いすの下から伝わる同じ場所に立っている感じと、空気を通して伝わるみんなの視線が天井の照明で包まれると、上空から光の球を眺める感じになっていきます。球の中にいる自分を眺める自分を一緒に感じながら、一緒にそこにいる気持ちを味わうことができる。中学生のかたまり、と一緒になるのは初めてのこと。つい、自分が中学生だった時のことを思いだす。元気な中学生たちはこうやって毎日学校でたくさんいろんなことを経験し、勉強していたのだなあと思う。今の、みんなのこともうんと応援したい気持ちになった。杜の星座の公演は、毎度のことながら歌も朗読も上出来。どの曲もまた心に染みた。会場が違い、お客さんが違うと、一回一回違う歌になる。リハーサルから聞かせてもらうと、本番前にマイクの響き具合とかいい音を追及して色々調整するのが大変なことがわかった。これまで本番に滑り込むのが精いっぱいでしたが、準備も聞いてよかった。北上中学生とは、詩の郡読や合唱、さらにトークもあってすごく面白かったです。中学生とおしゃべりするのは本当に面白かった。足りないくらい!終わってからも写真をとったりおしゃべりしたりできてよかった~。応援のエールというのを初めてもらった。ドドン!と太鼓の音と一緒にフレーフレーと言ってもらうのは、すごく照れたけど、お腹から力がわいてきましたよ。よしよしよし~っ!の力強さでした。少し前は太鼓の音を聞いただけで疲れて吐いていたものです。自分でも音や環境や移動についていける体力がついたと実感できてものすごく嬉しかった。天気に恵まれた日曜日、北上川はキラキラとしていて、広い田んぼと一緒にゆったりと美しかった。その景色は毎日見ていると慣れていくのかもしれませんが、美しい自然と光が見せる様々なメッセージの中で育っているみんなはすごく素晴らしい贈り物を手にしているのだと思う。私は医療と切り離せず、大きな病院の近くにいるには都市の真ん中にいることが生活する最優先だけど、ゆったりした自然に囲まれていることがもたらすすごいパワーにもとても憧れます。そのどちらも、人間が生きていくためには欠かせない。だから人は旅や移動をすることでいのちの洗濯をするのだ。少しずつ移動ができるようになってきて、本当にうれしいことだ。直接行って直接そこにいる人に会えることほどの贅沢はない。そして、おちゃめな校長先生が、ご自分の音楽仲間のみなさんとバンド演奏も聞かせてくれました。大人も生きていることを楽しんでいる姿を見るのは私にとってもとてもうれしいことでした。人には色々な表情があり、立派だったり、かっこつけたり、へこたれたり、がっくししたり、でも、支えあったり、笑いあったりして元気に復活するから、また頑張れるわけです。私のような障害を持つ人とそんなにしょっちゅう出会うことはないかもしれませんが、一人ひとり違ってみんないいとわかると、そりゃー元気になれるというものですね。案の定、私も昨日一日で相当元気になりました~!!北上のみなさん!ありがとうございました!お互いにガッツリがんばろうね。
2010.12.13
5月 オニキスの星 私は白夜を見たことがない照らされ続ける夜ならば知られたくない涙のわけをひとりこっそり小箱にかくし鍵をかけたい秘密のかけら 薄明るい白い夜木陰の下で眠る鳥は闇を求めて翼の下に小箱を見つける 夢の中でくちばしはカチリと鍵を開くだろう小さな小さな夜の中に美しいオニキスひとつ 静かな夜明けの白い夜小鳥は夢の一粒を確かにくわえて飛ぶだろう朝へ向かって飛ぶだろう 私は白夜を見たことがない白夜の星は黒いオニキス明け方に運ばれていく流れ星 6月 共鳴弦 あなたが悲しむとき私も悲しい あなたが喜ぶとき私も喜ぶ あなたが希望に満ちているとき私の胸も高鳴る あなたが水辺にたたずむとき私も側にいたくなる あなたがあなたの心に入り込むとき私もそれを理解したくなる しかし無遠慮にふみこんだりはしない あなたの意思が音源となったときわたしはその共鳴弦になろうあなたの波を受け止めて静かに響く低い音で行ったりきたりしながらそっと側にいよう オニキスの星は一番初めに作った。杜の星座が生まれてすぐにメンバーみんなが一番星になれるようにと願いました。それは、空へ登っていく、白い空の黒い星。普通と反対の星。何でも見方を変えるだけで気がつかなかったことにも気がつく。それは共鳴弦のように一緒に見る人がそばにいるともっといいんだね。共鳴弦は今年いのちの電話の国際会議でも朗読していただいて活躍した。私にとっても大切な詩になりました。
2010.12.12
レストランびすた~りで開かれていたじぞうもじ展。今日で最終日でしたね。たくさんのお客さんに出会ったのではないでしょうか!そこへ!夕深さんよりのじぞうもじが届きました~~!!お店に行ったときにはお会いできなくて、残念がっていたら、メッセージをくださったのでした。う~ん、やっぱりさすが、上手な字はきもちがいい。桂の文字の一番上ににっこりおのおじぞうさんが見守ってくれている時は、何度も見た字なのに字そものが生き生きして見えて動き出しそうです。すてきなオリジナル書。家宝になりました。超、うれしい~。大切にします。改めて、自分の名前の字が好きになった。
2010.12.11
3月 まどろみの夢 まだ雪に覆われた巣の中で まどろんでいた小鳥はゆっくりと夢を見る 遠くでばさりと雪を払う枝の声 暖かい幸福の中を飛び回りさえずる翼の美しい夢はそのまままどろみの中へ再び沈んでいった まだ雪に覆われた巣の中で 4月 予感 水に落ちた確かなる音そこに横たわる静寂の背中を押した 水の面(おもて)には波紋 波紋 波紋何かが始まる予感 予感 予感 水の底の沈黙が波動のゆらめきを確かにつかんだ じっと羽を休めているときほど自由への憧れが大きくなるもの。静の中にいて、動の可能性を感じる時が大好きです。
2010.12.10
じぞうもじ、を知っていますか?書の文字の中にかわいいおじぞうさんがちょこんといる書家後藤夕深さんの作品です。 http://plaza.rakuten.co.jp/nanairoangel/障害者福祉センターのみなさんとびすた~りで開かれている展覧会に行ってきました!びすた~りにかかっていた書はみんなかわいくて、おじぞうさんたちに囲まれてみんなでお茶をのんできました。と、ここまで聞くと、すごく普通のことのようですが、私にとってはかなり快挙な出来事なのです何しろ、日中活動の中で利用者のみなさんと、私が行きたかったところに行っちゃったのだセンターの行事に参加するのとはまた、全然違う。楽し~い時間でした。夕深さんとはブログつながりから、びすた~りつながりと発展した。まだ直接お会いしたことはありませんが、同じ仙台市で書が好きな出会いというのが感動する。もちろん夕深さんは全国を歩く作家さんですが、紫雲先生のように、書を通してその手法で表現活動している名人の作品に触れることはとても楽しい。びすた~りには桂ピアノもあるので、その存在と、お店全体の空間を利用者のみなさんに味わっていただいたこともうれしい。素敵なお店は仲間に紹介したくなるもんだいつもはコンサートで家族や杜の星座仲間と行くお店も、違うメンバーでいると、全然違う時間が流れて新鮮でした。寒い日でしたが、センターの車でみんなでお出かけ!というのも楽しかった。(すごく近いので、すぐついちゃったけど)そんな、こんな、も、びすた~りというお店があったおかげだ。そこに集う人々がいたおかげ。それらを見守るおじぞうさんであった。みなさんも是非是非、びすた~りから一人くらいお地蔵さんを肩にのっけて帰りましょう。寒い冬もほんわかしますよ。私も、なぜだか緊張がゆるんだみたいですよ~。 後藤夕深 じぞうもじ展 場所長町遊楽庵びすた~り12月12日まで
2010.12.09
1月 千年の木 きみはあの木を知っているかい?あの森が森になるずっと前にどの木よりも早く芽を出したそれから千年もずっとあの場所にいるあの木のことだ 深く張った根で悠久の時間を飲みながら次々に出会う訪問者と問答しその謎かけの答えを食べてきたという きみがなぜそこに生きているのか、と。 千年の幹に触れた時長生きの木の声を聞いた者は幸せになるというその問いを懐に抱えて旅する者の人生はきっと豊かになるという 今夜はきみとゆっくりその話をすることにしよう 2月 歓喜 ぱん!とはじけたぱぱん!と跳ねた体中の細胞が踊りだした 喜びはサイダーの泡階段は三段とばし 空に一番近い場所までかけあがったら両手をあげて太陽に報告! こんな歓喜があったなんて私を全部声にしてああなんてすばらしいできごと! 今年もあと少しです。今年の大きな仕事のひとつが、チャイコフスキーのピアノ曲四季に詩をつけることでした。完成してとてもうれしい。1年分をとおして演奏される日も近いでしょう!仕事と人に出会えた今年の時間に感謝の気持ちをこめて、100回以上聞いたCDの中に流れた1年を思いだしながら、今日から12の詩をお送りします。みなさん、どんな一年でしたか?
2010.12.08
近所のイチョウ並木の葉っぱもすっかりなくなってしまった。見通しが良くなった通りの先には冬の空が広がっている。 だましだましの緊張が本当に強まってきて、いや~、辛くなってきました。脳性まひの人が大人になると、痛みを生じて、毎日痛み止めの注射に通うなどどいう話を聞いていたましたが、こうなってみるとわかる~。私の場合は測わんが強まってから腰と首が痛くなってきた。上空写真をとれば、人間文字で「く」が書けます!近頃はさらに上下の反りかえりも強くて、腕がはまってしまうとなかなか抜けません。よって、着替えが本当に大変になってきて、このままだと「介護用前開きパジャマ」しかないよ、と母に脅されます。母も肩が痛くてぼやきの数が増えている。毎日聞かされる父もうんざりしてきて、ケンカになりそうなときもあり。しかし、絶対に介護用パジャマのみ、というのは避けなければよって、積極的に緊張対策に協力することにした。というか、自分のことなのですが、飲み薬マックスだし、注射のボトックスも短期間しか効果ないし、リラックスのアロマやお風呂もその時だけだし、あとはいったいどうしたら・・・・・。と少々投げやりモードになっていた。みんな、どうしているんでしょうねえ。色々考えてみると、私は何かを考えたり楽しみにすると、身体が緊張で反応する。ので、近頃は、なるべく喜ばないように、と言われる。それも無理。そこで登場したのは、外科的手術と無の境地になる精神修行!!無、というのだから、何も考えないのがいいそうだ。そんなのできるのか。考えない、と考えてしまうじゃないか。ぼけ~っと、しよう、と考えてしまうよ~。しかし、修行のお坊さんは心を鍛錬してそんな精神状態になれる人もいるのだそうだ。是非とも一度、お話をしてみたいものだ。そして、外科的手術は必要ならやってもいいかな、と少しだけ思っている。どうせ歩かないんだから、ととんでもないことを言う母ですが(笑)、歩かない足でも緊張で巻きついてほどけなくなるよりは、すらっとそろえて車いすに女優座りをしてみたいものである。とりあえず、枕を工夫して、動きを制限してみた。それはそれで、動けないことはストレスなんですが、洗顔の泡が目の中に入らないし、眉カットが丁寧にできるおかげでやくざ風にならずにすんだ。そうだ、エステもいいなあ。喜び過ぎて動かないように無の境地でほわ~っと。そんなの本当にできたらいいだろうなあ。イチョウも無の境地で冬をながめるのだろうか。じっとして、でも、静かに静かに呼吸するのだろう。
2010.12.07

さて、私はどこにいるでしょう??? 園部歯科医院の訪問歯科治療レポート!!いよいよ、始まりです。今回は園部先生と歯科衛生士さんが二人で来てくれました。たくさん機械を持って、大工さんのようである。歯科医院にある治療一式の持ち運び伴、と、吸引のための「掃除機!」と、いろいろな道具を組み立て準備している間、私もベッドを動かしたり角度を変えたりしてスタンばった。かたかた、と音は聞こえるのですが、何をしているかわからないと、どんどん心配になるので、実況してもらいました。歯石の深さを図ってから、水と超音波で歯石を揺らしてとってしまう機械を使い、最後消毒。な、流れである。機械はそれはすごい音で、口の中の音より、掃除機の音がデカイ。そっちの方が恐怖を誘うのですが、始めは緊張したものの、だんだん要領がわかってきたら慣れて力が抜けてきました。手が6本も顔面にきたもんで、肺炎のとき呼吸器をつけるための挿管を思い出した。あれは超苦しかったので、すごいキョーフ体験。なかなか抜けないのだ。しかし、落ち着いてくると、口の中はほとんど痛くないし、抑えられている手や指も、こっちが動かなければ力が抜けるし、とわかってきた。少し削って休憩もたくさん入れてくれたし、おえっっ、となりそうな時は、母が早めに言ってくれたし、と、思ったより大丈夫でした。機械や治療に興味しんしんの弟も近くまで見に来て、応援してもらった。いや~、ほんと、口の中、さっぱーり!!気持ちいい。舌で当たってもつるつる~の感じがわかります。もっと早くやればよかった、というくらいです。先生も衛生士さんも超ベテランで手早くて上手で全然大丈夫でした。私も最近は緊張が強くて、歯医者さんに行くもの大変だし、治療の場所でじっとリラックスしているなんてありえないくらい大変だ。他の人にも気がねするなあ、なんて感じていましたが、自分のベッドで、疲れたら思いっきり動いて緊張してみたりしてリラックスして、家族もいるから慣れた環境だし、終わればすぐお茶のみだし、というわけで、また是非見てもらいたいなあ~と思いました。みなさん!口の中さっぱりは、実にすっきりです。障害が重い人でも、どんどん訪問歯科治療をお願いしましょう。口腔ケアの気持ちよさをもっとみんなに教えたい気持ちです。しきりと、笑って!と言われて、にかっ!とわらうと、きれい~~~!!とほめられて、うれしい。ただし、そのあと「歯がね。」とダメ押しされるんですけど、悪くない。園部医院はもちろん市内にもたくさん歯医者さんがいますから是非チャレンジしてみてね!!聞いてみたいことは何でも聞いてみたらいいと思います。 在宅療養支援歯科診療所 園部歯科医院副院長 園部英俊先生ですよ~~!!訪問診療専用電話 080(3338)0957 ありがとうございました~
2010.12.05
今から、訪問歯科、初、歯石とりです。どんなかな~と考えると、つい緊張して、吐いてしましました。とほほ。機械できーんとなるとか、けっこう痛いとか、いろいろ母がおあるので、予備知識としては充分恐ろしそうである。これに関しては、弟の方が経験豊富で、余裕がある。ので、「情けないね~」と言われてしまった。2オクターブも高い声で言われて、むっとした。何事も、初めのことは、ちょっと構える。
2010.12.04
色々な心配事が落ち着いた弟。生活も落ち着いている。相棒のスヌーピーの飼い主となり色々言い聞かせたりして自信も回復してきたようだ。と、みんな喜んでいた。と、思いきや。事件だ~~。ルールを守るのがいつでもどこでもだれでも大切なことですが、弟にとっては一つ一つをまとめて理解するというよりは、それぞれの場面の行動を写真記憶のように頭の中にしまっている。ので、応用や、臨機応変が不得意でもある。寒くなってゆたんぽが登場して、思わずレンジでチンを何度も実行してしまい、とうとう爆発してしまいました~。><もちろん、母から危ない!!とこっぴどく叱られていました危ない!この先どうなる、というのは、予想したり考えたり判断したり、が必要ですが、このくらいでという加減や、あっちがこうだからこっちはそろそろ、と見通しをもって準備するなんていうことは、確かに大変だろうなあ、と思う。なので、シャンプーは5回ずつ動かす、とか、タイマーで時間をはかったりしながら行動の目安をつけて一つ一つ練習する。レンジでチンは、もう、何度もしていたのでみんな大丈夫と思っていた。けれど、久しぶりのゆたんぽだし、ちょっと風邪もひいて気もゆるんだのだろう、ということになった。けれど、自分でも、いつまた、忘れてしまったり失敗してしまうかと心配しながら生活するのは、大変だと思う。私もいつ吐くだろうと一日中心配しながら寝ているときはず~っと緊張しどうして眠れなくなったものだ。事件の後、相棒のスヌーピーがお預かりになってしまった。そんなときほど、安心の相棒といればいいのに、と私は思う。でも、社会のルールを教えようとする両親は、失敗の償いを話している。今日一日ガンバルのが挽回の期日だ。失敗してもいいのだけれど、危険を伴う失敗はやり直せないこともある。ゆたんぽくらいで済まないことにならないように、交通事故や火事、犯罪などをしつこく教える両親である。私は自分の不注意で交通事故や火事、犯罪にはなりにくいが、人工鼻をとってしまったり胃ろうを抜いてしまったり自分に降りかかる事故はあり得る。反省するんだけど、またやってしまうのだ・・・。みんなの見守りや保護や支援によって安全に生きている。心配かけるのも、あまり度重なるとみんなの忍耐にも限界が来るかもしれない。事件や事故を100パーセントゼロにはできない。が、爆発は1回きりにしてもらいたい。びっくりして。あ~、疲れた。
2010.12.03
福祉センターへの送迎がいよいよ始まりました!医療ケアが必要になってからの12年というもの、常に家族の送迎が必要だったわたくし。入院、在宅、と長~い時間がかかりましたが、とうとう、一人で日中の活動へ出かけることができました。社会人になって福祉センターの利用を始めたころから、親と離れて出かけて帰ってくる、というのは大きな目標でした。一つ一つの心配事をクリアしながらとうとうこの日だ~。前日から、なんだか緊張して自然に力が入ってしまい・・・。座薬も使用したもののなかなか落ち着かず・・・。心配の緊張ではなくて、たぶん感動の方だった。朝、送迎車が本当に家の前まで来てくれたときは、すごく大きな一歩を踏み出す瞬間に深く感動していました。仙台市のセンターで医療ケアのある人の送迎は初めてなのだそうです。お願いして話し合って看護師さんが二人になって、と、もうすぐ3年たちます。が、本当にほんと~ううに実現しましたよ~。朝早くから来てもらったヘルパーさんと母に見送られてすごい門出の気持ちになった。 他の利用者さんと一緒の車で、スタッフのいろんなおしゃべりを聞きながら出かけるのはとっても楽しかった~。いつもの道路もとても明るかった。何しろ、12月なのに天気のいい日で、季節の神様もおお~っ、どれどれ!とのぞきに来てくれた感じです。自家用車で到着するのとはぜ~んぜん違う誇らしいセンター到着でした!!スタッフのみんなが出迎えてくれる輪の中に、やっとやっと入れてもらったという感じ。普段通りの活動も、一日を通して充実度が違っていた。みんなと一緒にみんなと同じだけの時間を余裕で過ごすことができたのだから、ものすごく嬉しかったですっ!!障害が重い私は、障害程度や体力などからみんなと同じことができないわけですが、その中で個別のメニューを用意してもらって対応していただけることは欠かせないしとても大切なことです。それでも、できるところはやっぱりみんなと一緒に活動したい。ゆっくりでも通常の生活に復活したい。元気なときは8,9歳と、もうずいぶん昔のことになってしまったけれど、今からでも全復活の夢は持っている。週に5日毎日学校に行っていた暮らしは超高いハードルだが、それと今の暮らしの違いを見てがっくしするよりは、一ミリ階段を登ったという実感が大きい。というか、今回の階段は10センチくらい一気に登りましたよね~。帰ってきてからも全然いつもどうりだったし、これならきっと大丈夫なんじゃないかと思います。これから冬でもへっちゃら、って感じ。母よりスタッフさんの運転の方が上手だったし~。というわけで、この記念すべき日を「金の靴記念日」と命名した。金の靴を履いて力強く踏み出した日だからです!!コンサートで履いておいてよかった! 小さな階段も魔法のようには登れない。周到に準備して練習してやっと登れるのだ。詩の世界のように何でも自由で何でもできたら夢のようだけど、その世界があったおかげで現実の厳しさにも向き合えている気がします。現実でのよいことだけは、どんなに小さなことでも、大きな力になって支えてくれます。きっと、こうして、みんな一生懸命生きているのでしょうね。準備に力を注いでくださった仙台市のみなさん、センターのみなさん、がんばって12年も送迎してくれた家族、本当にありがと~。これからも金の靴履きっぱなしで、、、よろしくお願いします。
2010.12.02
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