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昨日の大雨がからっと晴れて今朝はいい天気です。今日から弟の修学旅行です。大阪・京都へ向けて出発で~す!!いや~長かった、長かった。一年前に先輩が行ってから、次は自分たちだとそれはそれは、それは、楽しみにしていました。しつこく、しつこく、しつこ~~~く、大阪、大阪、といったい何回聞いたことでしょう。千回くらいは聞いた。耳にタコができた。いや、耳でたこ焼きが焼けるくらいだ!!楽しみにしすぎて、体調を崩したり、いろいろとありましたが、何とか、今朝は、落ちついて出かけられそうなので、わたしもほっとするよ。は~。一緒にドキドキして巻き込まれていたもんで、かなりこの日が迎えられてうれしい。元気で、楽しく、行ってきてほしいです。私もすっきりと、センターに行ってきまっす
2010.09.29
やった~すっきりというのも、長丁場の作品ができあがったら。コンサートに向けて昨年から少しずつ書いていた詩が全部終わりました。漬物石のようにずっとずっしり身体の上にのっかっていた重みがとれて、すごく軽くなりました。特に最後の方は、重くて重くて。ぜんぜん言葉も降ってこなくて、うなりました。イチロー選手がスランプの時も焦りを見せない、とか、白鵬が大記録に向かって次の場所が楽しみだ、なんていうのを聞くと、心底すご~いと思う。周囲がわいわい言えば言うほど自分との闘いなのに、私なんて母一人にまだなの、といわれるだけでプレッシャーだ・・・。それにしても、仕事を頑張ったあとのすっきり感とは、こういうのか~と思うと、みんながすぐ打ち上げをしたくなる気持ちもわかるような気がします。これは、やっぱり、仕事だから、の気持ちだ。遊びも終われば楽しいけれど、充実感がたまるのが仕事のいいところかも。そうすると、他人にも少し寛大になってきます。今年も庭のイチジクが実をつけた。毎年、食べようかな~と思う頃に、鳥に食べられてしまう。今年はいい具合に、きれいな実を家族が一つづつ食べうことができた。私も取れたての甘いところをつるんと食べた。うす甘くてやさしい感じの味でした。いつもは、鳥と人間がおいしいところを取りあう感じですが、今年は、一緒に分けあう感じになれた。これもひょっとしたら、仕事で苦しんだおかげかもしれません。さて、このあとは、HIROMIさんが詩にあわせてイメージアートを表現してくれます。あ~楽しみだ。ご期待ください!
2010.09.28
杜の星座のみんなの演奏はいつもすばらしい。ので、今回のコンサートでもたくさんの人に聞いてもらいたいと思っています。最近ではユーチューブという便利がものがあるらしく、私も替え歌を考える時などに利用します。そこで、昨年のいのちのことばコンサートCDから、もくもくの冒険に演奏された曲を聞いていただくことができるようにしました。 ほほえみ(合唱)http://www.youtube.com/watch?v=DmyC9iTpTu4握手(アニーローリー)http://www.youtube.com/watch?v=dJ4AZkn1p_kひつじhttp://www.youtube.com/watch?v=Wlz1MW1SqEMいのりhttp://www.youtube.com/watch?v=uBhLUy6W1b0ほほえみ(アンサンブル)http://www.youtube.com/watch?v=Piu5Po0Ksxc もちろん、コンサートホールがピカイチですが、これなら聞ききに行ってみよう、と思っていただけるとうれしいな~。
2010.09.27
ChieArt 創造 創造 心を見つめる静かに見つめるその入り口から光の中へ導かれてどこへ 心は問いかけ静かに答える包まれてゆく創造の中で愛が愛になるまで 心は近づき静かにひろがり満ち足りてゆく創造の中でとわに輝くいのち 先日のロビコンで一番始めはソプラノ姫今野沙知恵さんによる「ピエ・イエズス」でした。透明な声が天使の声のようで、うっとりしました。実はChie artのChieさんの絵画「創造」をいただいたときに、詩をお返しにと思い、ぴったりだと思ったのがこの曲です。そしたら、なんとなんと、この絵を描く作業の最中Chieさんもシャルロット・チャーチさんのCDをかけていて、その中にこの曲もあったというので、びっくりでした。すごく偶然なのですが、こういうことってあるんだな~、とロビコンで歌を聞きながら絵が浮かんできた。その詩を少し手直ししてみた。絵の前でこの歌が聞けたら、これまた、すごく幸せいっぱいになれそうです。Chieさんの絵も曲もソプラノ姫の歌声も、生きているってすてきだな~と思わせるそんなスペシャルな組み合わせだな~と私は思う。
2010.09.26
さっきまで夏だったのに、一気に冬がきたような仙台。昨日は超~寒かった。季節もできれば順番を守ってゆったりと来てほしい。その方が情緒が楽しめる。コンサートでくたびれて昨日はよ~く休んだ。前日までの半そで汗いっぱいから、急に長袖、ふとんの数も増えて、なんだか身の周りが急に重い。囲われて何かのさなぎになったようだ。ばんばんと腕を出そうと試みるが、どうも調子が出ない。気管カニューレをまた引っこ抜いたりして怒られるし、空気が乾燥してきたので気道も少しかさかさしてきて、変化に追いつけない感じだ。風邪をひいたりしている人も多いようで、みなさんは元気ですか。それで、弟はこんなに寒いのに今日も学校でプールだったりする。私には考えられない!もともと仙台の秋は短いらしいけれど、庭の紅葉も紅葉するし、私が住んでいる山もイチョウ並木を楽しんでから冬が来る。今年は少し早めに暖房の準備をしたりして、いつでもどうぞ、と準備をしている。カビ大嫌い人の母が、先日、カーテンを洗濯して喜んでいた。それもつかの間、今度は、エアコンの内部にカビ発見!そのカビエアコンの真下で私は暮らしている。ぎゃー、と一声、同時に掃除が始まった。けど、奥の方は届かなかったりして、わーとか、うそー、とか騒がしい。そして、ガコン!と備品を壊したりして、とほほである。結局、見ちゃったものを見なかったことにできなくて、使用中止。かわりに、ストーブを試運転。今度は、ごご~っと埃でもくもくと臭い。家中試運転にして、これまた煙っぽい。ようやく静かになったところで少し日が出てきた。秋の小鳥や犬の鳴き声が聞こえます。今日の夕食はシチューのようだ。食べ物も冬じたくだ。みーちゃんが届けてくれた新米のお粥もとってもおいしかった。こうして、だんだん寒くなって、また冬がきます。でも、もうちょっと秋を楽しみたいと思う。明日は大阪でオハイエの上映会です。盛り上がるといいです!
2010.09.24
いや~、よかった!いや~、感動した!いや~、びっくりした!の県民ロビーコンサート。すんごく、すんごく、よかったです。杜の星座のメンバーと一緒に参加した、月に一度のこのコンサート、すっかり県民に人気で、ロビコンというのだそうです。県庁に入る時から、ワクド緊(わくわくどきどきの緊張)で~、汗びっしょり。せっかくの化粧もとれとれになってしまいました。目は汗もかかないだろうと思ったのに、だめだった。ホテルみたいな入り口にババンと車を停めさせてもらってリフトで降りた時に県庁のたたずまいを感じました。風格のある入り口を入ると広いロビーは吹きぬけで、少し暗い空間の中にもうお客さんが集まっていました。初めての場所は緊張する。リハーサルの声が外まで聞こえて、それでちょっと安心した。リハーサルを聞いただけでお楽しみに緊張になってきた。気持ちを鎮めようとトイレへでかけた。さすが県庁のトイレは広くて、こっちも風格感じたくらいだ。(車いすトイレでその建物の精神をチェックするのが私のいつもの目線です。障害者を大切にしてくれているかがすぐわかるのだ。)東日本放送ののっぽさんたちとも久しぶりに会うことができました。こっちも安心した。いよいよ始まったコンサートはイタリアから帰ったばかりの今野沙知恵さん、アルトクイーンの高山圭子さん、テノール王子松尾英章さん、ピアノ姫松坂優希さんの黄金チームです。いつも思うのですが、杜の星座のみんなは、なんてうまいんだろう~!と感動する。ロビーの2階からも人が見下ろしているのが気配でわかって、会場のみなさんも、どんどんし~ん、と聞き入っていきます。その集中の空気が今回も密度を高めていきました。凝縮すればするほど、私は音が直接感じられて、緊張も高まる。あ~、まただいぶ吸引の音を出してしまいました。これがなきゃ、ゆっくり聞けるのにね~。自分でも思う。私の詩では、握手、いのちさがし、などを4曲演奏してもらいました。毎回違うのですが、昨日のはすっきりと、それでいて透明でからっとしていました。秋の演奏でしたね。終了後お客さんのおじいちゃんなどに声をかけていただいて、握手までしちゃった。頑張ってね、といわれて、じーんとした。コンサートは常連さんが多くて、みんな楽しみにしているのだそうだ。ホールに電気がついたとたんにホール全体がドームのような包まれた空間になってお客さんがすぐとなりで、みんなで音楽を楽しむいい時間でした。(電気が消えて普通のロビーになったとたんに、遠足の小学生などでざわざわするのだった。)いつもコンサートではお客さんと時間を共有してうれしいなあ、と思うのですが、これまでのコンサートは少しちがって、ひょっとしたら、偶然杜の星座とであった、という人もいたのではないかと思う。この日、このとき、この場所で、たった30分すれ違うようにちょっと立ち止まって出会った。お客さんのほとんどを私は知らないけれど、みなさんに詩を聞いていただいたというのがすごくうれしかったです。詩は自分だけのためのものではないんだな。届く先あるって幸せだと強く思いました。さあ、10月のコンサートも頑張るぞ!杜の星座の活動を是非応援してくださいね。県庁のみなさん、350人も来てくださったお客さん、ありがとうございました。
2010.09.23
朝からの雨もいま、急に晴れてきました。今日は県庁ロビーで杜の星座による県民ロビーコンサートです県庁に行くのはな~んと初めてのことです。村井知事さんのいるところ。ニュースでいつも聞いているのでなんとなく身近な感じです。ロビーで私の詩がどんな風に響くのかな~と思うとわくわくしちゃう。星座のメンバーのみんなに会うのも久しぶりだ。私が一番のみんなの演奏のファンなのだ。何しろ、サポーター会員番号NO1なのじゃ12時15分からです。ぜひおいで下さい!!
2010.09.22
連休中墓参りをかねて久しぶりのドライブをしてきました。市内にできたアウトレットモールについに行った。たくさんお店が並んで、とにかく、人が多い。1年ぶり以上にローラアシュレイに。少し私には狭い店内でしたが、秋のショッピングをしてきました。青のミルナー。秋の空色だ。それにしても、すごい広さで、迷子になってしまいそうだ。車いすのエレベーターのあっちからこっちまで、たくさん歩いてやっと駐車場だ。とうとう、お店はひとつも入らず、一通り歩いてなんか、もう充分だった。こんなにモノがいっぱいあって、こんなにたくさんの人が買い物をして。売る方も買う方もなんか必死だった。あんなの、こんなの、と見せてもらったけれど、ちょっと意欲がわかない。それより、墓参りでのんびりしたほうがずっと良かった。風がだいぶ秋の色。もうすぐ開く黄緑の松ぼっくりの松ヤニの香りがススキといっしょにゆっくり揺れた。空気が少し乾いてきて、季節かかりの神様も今年の風呂敷を広げたようだ。大量の人がかたまりになってすごいスピードで移動する流れのようなショッピングモールの後で自然の動きを感じると、自分のスピードを見つけるのがなんだか大変だと思う。自分のスピードも選べるようでそうでもない。大勢の人がいう意見と流れは、声も大きく、なんか、それが正しいかのように聞こえてくるし、それと違う自分の方が乗り遅れているように感じるときもある。本当によいものは、大勢の人がよい、というのでしょうが、どれが本当かを決めるだけの材料がないな~と思う。なので、結局、好きか嫌いかに落ち着いている。でも~、好きなものを好きと言えないことってかなり恐ろしいかもしれない。好きなものを好き、といえるのはとても幸せなことなんだ。
2010.09.21
オペラ鳴砂を観てきた母が、あれこれと感想を語りながら夕食をするのを聞いていたら、すっかり寝るのが遅くなった。大人は、こうして、夜の時間ももう一つ活動できるのだから、うらやましいような。芸術の秋だから、夜のコンサートの良さも格別だろう。バリトンナイトのオペラ日本デビューは大成功だったようで、もっといっぱい歌うところが聞きたい~ということでした。そう!歌手が歌う上手な歌を聞きに行くのだから、当然ともいえる。バリトンナイト高橋正典さんには、ばしばし活躍していただきたいものですところで。鳴砂のあらすじを読んでもらったら、主人公の女の人イサゴは盲目なのだそうだ。悩みと苦しみで目を病んでしまったそうだ。じつは、私も秋のいのちのことばコンサートで用意している紙芝居劇「歌えない小鳥」の主人公の女の子の目が見えない。このことに少しこだわっている。目が見えないということは、一般の人にとっては、ものすごく大きな障害ととらえられているようだ。私の両親も弱視でも私の目が見えることがわかったときにすごく喜んだ。ずっと弱視の私には、見えても見えなくても、どっちでもいいような気がしていた。その後見える世界に美しいものがたくさんあって、みんなはそれらを自由に得ていることや、多くのことが視覚情報で処理されてできあがっている世の中のことを知るにつけ、なるほど、視覚障害はちょっと不便か、と思うときもある。とはいえ、その一方で、目が見えないことをかわいそうとか、守るべきものとばかり一方的に考えるのも、違うな~と思ったりして、この劇のイサゴが盲目であるということの意味を考えたりしている。見たいものを見たくなくて目を閉じる場合もある。心の目を閉じる場合もある。見たいものが見えなくても別の目、たとえば心の目などとよく言われる感覚でよく見る、ということをしょっちゅう考える。目が見えないからかえって詩が書けるといわれることもありますが、そうなのかな~と思う。目が見えたとしても、やっぱり詩を書きたくなるのではないか?と思う。ん~、でも、目が見えないから感覚や耳をよく使ったともいえるか。ならば、やっぱり弱視のおかげなのかな~。家族みんなで映画を楽しんでいる居間で、私のために吹き替えを日本語にしてもらう。画面のすごさに感心した家族は、私にも、是非DVDで見なさいよ、とワンセグで見えるようにしてくれます。これは、たぶん、よかれ、と思ってしてくれることで、私はハイハイ、と見ることにしています。実は画面は見ても見なくてもどっちでもいい。押し売り、というほどではないから受け入れている。見たいときはちらっと見て、疲れるとあっちむいて、で映画は充分。家族が、わーとか、おお~とか、言ってる状況でけっこう中身を理解したりして、そっちの方がおもしろかったりするのだ。みんなが見せたいと思うほど、見たくないときも、ものもある。だから、モノと場合によって聞いてくれるといいのだ。見えない人は見ないだろう、見ていない、と決めつけられて無視されるのが一番困る。 私にも見せたいな~という気持ちは、いつでも素直にうれしい。つまり、同じ目が見えないという状態でも、色々な状況下におかれているわけなので、場面でも心情でも変化している。それらを、やっぱり見える人が見る見えない人はひとつの姿になりやすい。「目が見えない人」という全体の一部分であると同時に、その人個人のこれまた一部分なのだと、どうやったら思っていただけるのだろう。「歌えない小鳥」の女の子は目が見えませんが、自分の感じる世界で楽しく暮らしています。都会にいったらどうするんだろう、とか、一人暮らしはできるかな、などという問題はもちろんあるのですが・・・。まずは、見える世界だけを信じ切るのではなく、他の人にもそれぞれの世界があることにも気を配れる思いやりのある関係があったらいいなあ~というところにこだわった。というわけで、わかりやすく、女の子の目は見えないということになりました。そう思うと、鳴砂のイサゴさんの様子を聞くうちに、歌えない小鳥の女の子のことも考えたりして、ますます、自分たちの作品を頑張りたいと思いました。今日もオペラ公演の2日目です。バリトンナイトの美声にしびれる人がたくさんうまれることでしょう!がんばってほしい。
2010.09.20
気持のよい秋の連休です。今日明日と仙台オペラ協会の公演です。杜の星座アンサンブルの高橋正典さんが出演しますバリトンナイトはアメリカから日本に帰ってきて、オペラデビューなのだそうです。きっと例の美声をばっちり聞かせてくれることでしょう!みなさん期待してください。鳴砂は在仙の作曲家岡崎光治さんの作品です。どんなお話しでしょう??詳しくはこちら。http://www.sendai-opera.com/fr-koannai.html宮城県にもきゅっきゅっと鳴る砂浜の場所があるそうです。美しい砂浜でないと音が鳴らないそうです。砂の中に歌を歌う小人が住んでいそうな。芸術の秋。始まりました~~。私も頑張らなくっちゃ。
2010.09.19
1日に何回「大阪」と聞だろう!そう。弟の修学旅行が近づき、もう朝から晩まで大阪コールなのだ。頭の中はすべて大阪の文字が張り付いた脳細胞になっているようだ。楽しみにしているのはよくわかるので、楽しみすぎて疲れないといいと思う。そしたら、大阪から嬉しいイベントのお知らせが来ました。とっておきの音楽祭の映画オハイエの上映会のお知らせです。オハイエを見てくだっさった大阪のみちえさんが、是非とも上映会をしたい!と動き出したのでした。6月の10周年記念講演会にはわざわざ仙台に来てくださって、私もお会いすることができました。そして、ついに~大阪市で実現します 9月25日土曜日 阿倍野区民センター 大ホールにて地下鉄谷町線 阿倍野駅6番出口 西へ1分 前売券1,000円 当日券1,500円(未就学児無料)たった一人で始まったことも、願いを広げて大きな波を起こす。仙台と大阪は離れているけれど、空気の波動はつながっている。 私も、飛行機にに初めて乗って土を踏んだあの大阪ですからね~。一人でも多くの人にオハイエを見てもらいたいです!そして、大阪でもとっておきの音楽祭が開催されちゃったりしたら、いいよね~。というわけで、是非ぜひそっち方面の人は出かけてみてください。すごいパワーで元気になれちゃうはずです!私もちょこっと出ています。手の詩が大阪で流れるのか~。と思うと嬉しいよ~。う~んと応援しています!http://ohaie-movie.jp/schedule.html#925あんべ光俊さんのライブもありまっせ!とっておきの音楽祭のページも見てね↓http://totteokino-ongakusai.jp/ 大阪ブームはまだまだ続く・・・。
2010.09.17
静かな雨の朝です。雨の音を聞くのは好きなことのひとつ。植物の葉に落ちる音やコンクリートのスロープ、はたまた、屋根から落ちるしずくなど、微妙に違う水の通り道の違いを考えながら時間を過ごす。夏の厚さの疲れが出てきている人も多いようだ。その一方で秋の行事はワラワラと始まり、家族はため息が多くなった。今は父の仕事がとても忙しい季節で、帰りが夜中になっている。母の連続勤務が長くなっている。父は仕事だから、としょうがないことを主張するのだけれど、大抵バランスのくずれがしわ寄せになるのは私の時間だ。こっちもため息だ。誰かにとって後回しの時間も、ある人にとっては一番待っている最優先の時間だったりする。一人ひとり感じていることも考えていることも違う。とても評判になっているというニーチェの言葉を読んでもらっている。とても有名な哲学者の言葉なのに、どっかで聞いたフレーズばっかり!そうなのだ。私もよく、そんなことを思っていた。一日の終わりに反省しない・・・という言葉があって、夜、疲れた時にする反省なんてロクなことがないから、さっさと休めというのがあって、母はとても喜んでいた。私は、精神が高まるほど繊細なものを喜べる、というのが気にいった。昔から、えらい人も、普通の人も、よく生きようとしていたのだど思う。人の一生は短い。今の一瞬を納得できるように見つめて、自分が思うように過さないと、ほんと損する。教えられる、というより、もともと自分が持っていた力に気がつく、というような本です。今日はどの言葉を読むか、楽しみだ。超訳ニーチェの言葉 白取春彦編訳 ディスカバー・トゥエンティワン
2010.09.16
週の始め。みなさんお元気ですか。今週、私は、いいかげんせっぱつまってきた仕事をしないと!と焦ってきました。ぎりぎりまで何もしないで自分を追い込んで集中する人、というのがいましたが、私の場合、ことばふってくるのを待っているのに、ぜんぜんこないよ~、どうしよう~、という焦りです。杜の星座のメンバーの人たちは、いろいろなタイプで仕事に取り組んでいるようですが、ぱっときりかえて、どんどん仕事をこなしても、ぎゅっと集中してできちゃう人たちなんで、まだまだ大丈夫~、と声をかけてくれたりする。しかし、そもそも、実力が異なるので、そのつもりで待っていてはいけない。のだ。大人のパワフルなペースを見ていると、いつの間にか、自分もできてしまいそうになるけど、騙されていはいけない。のだ。そんなことを考えながら、1週間への意気込みを確認していたら、またもやのどのカニューレを抜いてしまった。あっ!を思ったら、今回はばっちり気道をふさいだ位置に落ちた。まずい、まずい、と焦っているうちに、どんどん息苦しくなって汗だく。家事の途中の母が来た時には、ギブアップ寸前であった。あらら、とアンビューでバクバクしてもらって、一気に脱力。セーフだった。だから、こういうときにはしっかり抜き取りなさいと言ってるでしょ、と母は平然としていた。全然うろたえていない。それを見て大丈夫だったと安心した。介護者が焦っていると患者もどんどん焦るからだ。いや~、おとなってすご~い、と思う。私は、まだまだ子供大人だ~。この焦りの気持を切り換えて、ぱっと仕事できれば、私も大人ですがね。う~ん、ちょっとまだそんな心境になれませんよ・・・。(どきどき)
2010.09.13
今年もコンサートの季節。大越桂の詩によるいのちのことばコンサートが10月23日に東北大学百周年記念萩ホールで開かれます。ご案内が始まっております。大変なのは事務員ですけど、私も、それなりに気持ちでは作業がはかどるように応援している。昨年は本当にたくさんのみなさんにおいでいただいて感激しました。すごくパワーをもらいました。もう1年たつとは!今年は、昨年にひき続き、チャイコフスキー四季に詩をつけました。これで、1年完成です。ピアノはもちろん松坂優希さん、朗読は渡辺祥子さんです。混声合唱組曲「金の靴」は今回も松浦真沙さん作曲で、もちろん初演です。演奏は仙台はもちろん全国でも有名なグリーンウッド・ハーモニーのみなさんです。金の靴に使われた詩は、どれも好きなのばっかりなので、とても楽しみにしています。そして、今年は創作紙芝居劇「歌えない小鳥」も初公演!リメイクの歌を織り交ぜながら、全盲の少女と小鳥のお話が茅根利安(SENNDAI座)と高橋知美さんの語りでどんな風に展開するのか!!興味しんしん~。演奏はもちろん、杜の星座アンサンブルと、メンバーのみんな、日本手話アーティスト半澤啓子さんにもおいでいただき、昨年以上にパワーアップしています。紙芝居、っていうくらいだからイラストにも注目!チャイコフスキーとアートのこらぼもお見逃しなく。というわけで、今年のテーマの~つながり つながる~を心から実感しながらみんなで楽しく準備をしています。詳しくはこちらhttp://koeno.undo.jp/inochi2.pdf みんなで楽しいひとときをすごしましょう~~。
2010.09.10
福祉センターの利用日、アンパン作りをした。刻印つきの特製パンだ。アンコがみそ。疲れたときは甘いもの。だ。ここ数日、弟の不調につきあって家族も疲れている。私は食べられないけれど、やっぱりアンコかな、と思ったのです。できは上々。売り物にしたいくらいだ。味も上々だったようだ。家族がひとつずつ食べて、みんなにっこりになった。スタッフのみなさ~ん、ご協力ありがとう~~~。 それを見て、少々ほっとして、私は昨日から少し緊張が強まっている。なんでか、理由がわからないので、夏の間の疲れかもしれない。どうしても緊張が収まらなくて、とうとう座薬を使った。どろどろするのに、うまく休まらない。これが、ますます不快だ。涼しくなって疲れが出る人も多いことでしょう。みんな大事にしましょう。
2010.09.09
このところ気持ちがいろいろ変化している弟。調子が良いときも、努力してよい時と、本当によさそうな時がある。調子が良いと、みんな喜び、調子が悪いと、みんなで落ち込む。というように、波を増幅している家族である。いかん、いかん。毎日寝る前のよかった踊りも少し休憩だ。よかったことを見つけようとすることもプレッシャーになるのだ。そんなときは、やっぱり絵本だね。今日読みたい絵本を選んできて、私も聞く。よかった踊りもいいけど、これも私は好きな時間だ。気分にあわせて選んでくる絵本は、そのときの弟の気持ちそのものだ。少し前は、死んでしまったお姉ちゃんの話。お盆だったからね。その次は、ないた赤おに。学校で友達となかよくしたい、と気にしていた。週末からは「ぼくの病気はいつなおるの?」だ。(田沢雄作 田沢二三代作 かやのヒカリ絵 太陽の子風の子文庫)この本は、私が入院していたときに知っているお医者さんからいただいた1冊だ。先生が作ったおはなしは、病気と付き合う気持ちをテーマにしている。私はなんか、癒されて、少しのんびりする気持ちになった。弟がこれを持ってくるとき、母はドッキリして、かわいそうがる。ただ読みたいからかもしれないのに。大人はすぐ深読みするのだ。しかし、一度、二度、読んでいるうちは楽しくてよい。のですが、がんでなかなか病気がなおらない男の子のおはなしで、確かに内容は深いのだ。弟は、自分で声に出して読んでいるうちに、どんどん入り込んで、厳し表情になってしまった。それで、昨日はお預かりになった。自分の気持ちによりそって本を選ぶとき、それによって自分の場所や気持ちが整理されて安心する。私はだいぶそれでいのちの絵本に助けられた。会話しなくても、よんでもらうだけで落ち着いたものだ。今の弟にはどちらがいいのだろうと思う。お守りのようにこの1冊を抱えて、登場人物の今野先生(お医者さん)をよりどころにしたり、現実の自分といったりきたりしている。ぼくの病気はいつなおるの?とそのままの気持ちなのだろう。絵本の威力。絵本の魔力?絵本の持つ不思議な力。弟もいつか、この本をなつかしく手にとって、この本はよかったね~と振り返る日が来るといいなあと思う。
2010.09.07
県庁ロビーで行われるコンサートに、杜の星座のみんなで参加できることになりました。県民のみなさんに親しまれているコンサート、私も初めて県庁に行くのでとても楽しみにです。よく響くロビーでの音楽は毎回人気だそうです。杜の星座の音楽も、みなさんに好きになってもらえるといいと思います。 9月22日(水)午後0時15分~45分県庁1階県民ロビーみやぎ表現者Net.杜の星座今野沙知恵・高山圭子・松尾英章・松坂優希大越桂の詩によるリメイクソング握手(アニーローリー)いのちさがし(アメージング・グレイス)他 では~、会場でお会いしましょう~お問い合わせ 宮城県消費生活・文化課 022-211-2527http://www.pref.miyagi.jp/syoubun/bunkashinko/lobbyconcert.htm
2010.09.06
まだまだ暑い一日の始まり、朝からベッドに直射日光ががんがんくる。ので、もう、ずっと遮光カーテンをしています。穴蔵ぐらしも長くなって、だいぶ慣れた。一日カーテンをしていると、光の変化がわからない。のですが、そのカーテンに涼しそうな金魚をくっつけたら少し室温が下がったようだ。実はこの金魚てぬぐい、まちにまった赤ちゃんのおみやげだ。2か月のちっちゃいおんなの子赤ちゃんは~ちゃんです。初めてこの世に出てきたら、いきなりものすごい暑さの夏で、びっくりしたんじゃ~ないでしょうか!なかなかお出かけもできなくても、ベランダに出るのが大好きなんだって。そのは~ちゃんが、この世で初めて、おうち以外の友達の家に来てくれたのが私の家だったのです。雑菌は大丈夫か!?赤ちゃん大好きの私はさっそくは~ちゃんを腕に乗せて抱っこさせてもらったり、隣で一緒に寝たり、お腹の上にのせてあげたりした。じ~っとしているようにがんばった。パンチしてしまわないように。そのうち、は~ちゃんが泣き出した。さあ、どうする?あやしてあげて、とみんなが見ている。え、え、え、え~っ、、、、どうしよう。舌を出してあげたり、よしよし、と言って(心で)あげたりしたけれど、どんどんないちゃったよ~。困ったよ~。赤ちゃんの泣き声は、すごい。一泣きで周りのみんなを動かす。すっとんで来る人に助けられる。いや~、懐かしく思い出した。そのうちに、あんまりいつもないていると、怒られたり、ほっとかれたりするんだけど、何しろ、は~ちゃんはスターである。父なんて第三のじーじとなって、一生懸命あやしていた。いつもの声と全然違うじゃん!弟も抱っこさせてもらったり、よしよししてあげたり、にーに状態である。私が一番おもしろかったのは、私の腕の上をは~ちゃんが、キックするのを待って遊んだことだ。母のダッコは自動的につい脳性まひのリハビリ体制に、なってしまうようだ。受けた。こんな風に私も小さい時キックの練習をしたことを思い出した。すごく小さな足だった。赤ちゃんはそこにいるだけで希望のかたまり。みんなを元気にする。たくさん未来の時間をしょった目に見えない大きな風呂敷をしょっているからだね。その風呂敷をちょっとだけあけて、中身を見せてもらったようだ。その風呂敷にいろんな色で色を塗るのだね。自分で、みんなで、一日ずつ。昨日の私の分は、薄いピンクですすっと、でした。次に遊ぶ時にはなにしよう???と、ねーねの気持ちになってきた。また、遊ぼうね。
2010.09.05
35.5度の仙台。昨日は今年一番暑い日になったそうです。ベッドにいても、暑かった~。そして今朝は、朝から、秋の虫が鳴いています。やっぱり秋はやってきている。ちょっと夏のパワーが強すぎて、スキをねらって、ちらちらと、顔を見せる。あのセミたちはどこへ。きっと死んでしまったのだろう。暑すぎて、かもしれない。人間も死んでしまうくらいの暑さだ。新型インフルエンザと同じくらい、日本の暑さは災害級だとテレビで言っていました。ほんとうだ!生きていると苦しいことばっかりだ。今日は父の誕生日で、朝からみんなにお祝いされていた。9月4日。今年も苦しい一年になりそうですね~、と母に励まされていた。誕生日に何がほしい?と聞かれて、「平安」と聞こえた。お墓のチラシをみながら、だ。母はいつも誕生日にほしいものは「休み」という。それくらいの年になると、物欲というより、こういうものを求めるようになるらしい。二人して「平安をくれるのは君しかいない!」と弟に迫っていた。これがまた、プレッシャーじゃないのか???それでも、弟から色違いのかわいいタオルをプレゼントされて(自分のお下がりだけど)、とても喜んでいた。一つの平安である。私は母の誕生日にセンターの活動を利用して花のピアスを買ってプレゼントした。ポイントは若づくり仕様だった。父には苦しい一年を吹き飛ばして平安を得られるような「何か」をあげたい。・・・・・なんだろう。悩む。私の笑顔?ってことで。とても安上がり。一年間笑顔でいる。安いけど、けっこう大変なプレゼントだ。元気に過ごしてほしい両親である。
2010.09.04
修学旅行の説明会があって、母から弟は予定を聞いていました。しかも、ものすご~く緊張しながら言葉を選んで、慎重に様子を見ながら少しずつ伝えていました。その様子をそばで聞きながら、私も、修学旅行に行けるんだろうかと心配になった気持ちをリアルに思い出した。うれしいことも、けっこうドキドキしたのだった。私なんて3年もかけて準備したのだ。弟なんて樂勝じゃん、と思っていたが、ちがった。色々気になりだすと心配はつのるものだ。情報は教えればいい、っていうものでもないな。と思った。量も質も、ちょうどよさっていうのがある。私はどっちかっていうと教えられないでいるという雰囲気が、どうも、かくされている、嘘を疲れている、みたいな不信感に膨らみ、それだったらなんでも教えてほしいとすごく思った。ので、厳しい情報でも知りたいと思う。それでも、人によっては、知りたくない人もいるのだろうし、知りたくても受け止めきれない人も、受け止めるのに時間がかかる人もいるだろう。それを、受け止められないだけで弱い人、とちょっと思っていたので、少し反省している。正しいことも、正しいだけではうまく動かない。で、まあ、弟は大人用のプリントで漢字ばっかりだったので、ここには何が書いてあるの?と聞きながら、だいたいのことから理解したようだ。すごくすんなり行動していたのでびっくりしたくらいだ。これで、生徒用のしおりを落ち着いて待つことができそうだ。ひとまず成功。わかるように伝えれば、わかるのだ。あたりまえだ。けど、これが難しい。少しほっとしたら、私の胃腸も動き出した。あ~すっきり、だ。人の身体は自動的に環境に反応するものだ~。私自身も、緊張してブログも書けませんでしたが、皆さんからやさしいことばを書き込んでもらって、すごく安心した。やっぱり、辛い時も、つらいね~と、言ったほうがいい。そうやって、みんなが、お互いさまに元気を取り戻せばいいのである。元気は循環して、分けてあげることができる。感謝。
2010.09.03
毎朝弟の体調にひやひやする。本当はこういうひやひやも、弟は嫌なはずだ。そういう心の動きには敏感で繊細な弟だ。今朝はなんとか無事に登校できたので私の予定もできました。昨日は朝から色々な予定がつまっていて、センターに送ってもらった後も弟が学校で大丈夫かと気になっていた。センターの帰り道に病院で検診があったので、その間も留守番してるかな~とか、休めているかな~とか、心ここにあらず、であった。両親も連絡を取り合ったりして、心配している様子が伝わるのだけど、私の嘔吐の時のように、一刻一刻を過ごせているかと、心配するほうも疲れるものだ。自分が心配する人になってみてよくわかった。こんなふうに心配されていたのだと改めて知る。心配されているときは、自分のことでいっぱいなわりには、心配されることにもうっとうしくてムカついたり、いらいらしたりしたものだ。しかし、心配するほうも、なんか、自分の時間がうわのそらって感じで、気がたっている。そんなときに行った病院で、たまたま、駐車場でものすごくおっかないおじさんに、怒鳴られて超びっくりした。開いた場所に母が車を入れたら、後ろからすごい音量でクラクションを何度もならされた。俺が止めるところだ、とすごい声で怒鳴られた。知らなかったし、障害者車両なのだから、誰がとめてもいいのだろうけど、横入りされたと思ったのだろう。あやまって、別のところに移動した。私はものすごくびっくりして、そのあと、怖くなって、すごく緊張が強まってしまった。ついでに、胃ろうの交換もしたり、今後の手術の話なんかもしたりして、汗いっぱいになって戻れなかった。一同どなり声にうわ~っ、となって、周辺の人たちも固まったのですが、母は「暑くて気が立っていたんじゃないの」と、ヘーゼンとしているので、そっちにもびっくりした。でも、寝るころになって、あ~怖かったね~、と思いだしていた。私はず~っと怖くて、怖いと思いだすと緊張する。だいぶ吐いた。恐怖というのは後からもけっこう現実味をもって思い出されるものらしい。シーツブランコの怖い思い出を根に持つように、恐怖を気持ちの中で昇華させるのには時間がかかる。心配が恐怖に結びついた時、そりゃ~、どんだけ、心に残るだろう。思い出すのも怖い。弟はそんな思いが嵐のようにうずうずになって、本当に不安の中で戦っているのではないかと思うのだ。私の恐怖は自分の中にしつこく出てくる死の恐怖だった。これはこれで手ごわかったが、弟は環境の中に放り出された大海原の木の葉状態みたいに見える。不安定そのもの、だ。心配するほうも、される方も、恐怖を噛み砕いて消化したら、ぷっとオナラにして大気に捨てましょう昨日の恐怖がまだ残って思い出されるうちは、昨日の分はまだ私のお腹の中にある。きっとこのオナラは最大級で、かなりクサイかもしれませんね~~~(ひゃひゃひゃ)
2010.09.02
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