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久しぶりにぽっかりと何もない日曜日。何もない、ということを楽しめるというか、ありがたいと思うのは、そうでない忙しい日や大変な時のあるおかげでそう思うことができる。ということだなあ~、としみじみ~な午後です。たぶん、弟が落ち着いてきて、それによって、家族がぼよよん~とできるようになったのだ。弟の笑顔が増えてきてホントうれしい。大変なさなかというのは、なかなか外から冷静になって物事をみるのが難しくて、休日もいつも訪れていたのに、ぽっかり、と感じるのには余裕が必要だ。少し余裕があるくらいで、少し前の目標を持って、少しだらだらするくらいで、休み休み進んでいくのがいいのだ。ろうね。今日のショットは町内のイチョウ並木。道は下り、また登っている。車にひかれそうになりながら母が撮ってきてくれた。その日そのときに何が届くかには写真を撮る人の感じたことや、気がつく目線の先があるのだけれど、私はそれを、ただ待つのではなくて、人が運んでくるというひと手間をすごく楽しみにしている。案外、自分で勝手に出かけて、好きなものを好きなように見るのとは一味違って、その人が私に見せようと思ってくれた、そこの部分がとても好きなのだと思う。それを見て、ブログを書くときは、会話みたいなもんで、これってどう?そういえば・・・という具合に、やり取りが成立するからそのおしゃべりをみんなにも聞いてもらいたいという気持ちになる。この一直線の道は、もう10年住んでいる間に何度も通った。いつもはある気は歩道で、ほとんど車から見る道なのに、道路のど真ん中からだとこんなに一直線だったのか~とちょっと感動する。この道の終点には小学校がある。勉強したくて通いたいと思った小学校だ。写真には見えないそのまた一直線の先には、広い広い世界が待っていた。周囲の景色はイチョウが黄葉したり、雲が動いたりしながら、それでもその真ん中にあるこの一直線道路はいつまでも一直線である。ぽっかり、の休日に周辺の時間がストップしたような一直線を見ていると、その見えない先がさらにどうなっているのか知りたくなる。明日から6月。のっぽ体調が頑張って編集してくれた番組も出来上がりました。たくさんの人の熱意と気持ちと技が終結した30分を是非みなさんに見てもらいたいと思います。映像が届けられるそのひと手間(100手間くらい大変だったと思いますが)によって、またまた、私の道の先に何があるかがきっと見えるのだと思う。そこへ連れて行ってもらえて、新しい景色を見せてもらえる贅沢に、心から感謝しています。さらに、制作にかかわった人たちのそれぞれの一直線もまた少し前へ進むことだろう。さらにさらに、みんなと一緒に見る景色の美しさはまた格別、だろう。 番組を見たひとが、その人にとっての一直線の先を感じられたら、これまたうれしいことです。 是非ごらんください!!すごくかっこいいタイトルです。↓(ちょっと、てれる)テレメンタリー2010 きもちのこえ~障害と生きる筆談詩人 自立への1000日~6月7日(火)深夜1時51分~ 東日本放送(宮城)各局放送時間はこちら↓http://www.tv-asahi.co.jp/telementary/http://www.khb-tv.co.jp/teremen/index.html
2010.05.30
6月6日、とっておきの音楽祭がもうすぐです!今年は10周年で、前日5日に私もフェザーさんとイベントに参加するのが今から楽しみです!そして、今年は、さらに10周年を記念してCDパート2ができますよ毎年作詞応募して参加している私ですが、2008年にフェザーさんが作曲してくれた「神様の風呂敷」も入れていただきました~!!わ~い!!!「MUSIC BREAKS BARRIERS!2ーとっておきの音楽祭から生まれた歌たち」5月末リリース、音楽祭当日6月6日発売です。買わなくちゃ!音楽祭当日は、今年も新しい詩で参加しています。メインスタジオでバンドによる演奏で発表される予定です。もちろん私も行きますよ!どんな曲かな。わくわくです。会場でお会いしましょうね~~~。音楽祭の詳しくはこちら↓http://totteokino-ongakusai.jp/
2010.05.29
新緑が本当に美しい季節です。毎朝、ブログ用に庭の発見をケータイで母に撮影してきもらう。その日の表情を見て、トピックスを決めます。弟を送りだして草取りをしたり草花に水やりをやったり、と、なかなか帰ってこなかったりする。待っているうちに眠くなったりする。そのうちばたばたと家事が始まり、そんなこんなでやっと私の時間が来ます。今日の採用写真はホスタの新芽。ぐるぐると輪っかもようがとてもきれい。ヒロミアートのうずうずのようです。世界の始まりはこんなふうに小さな点から輪っかになり、うずうずが拡大しているのではないか?それが二つになり、四つになり、どんどん、どんどんわかれてはくっつき、そしてまた円になる。自然の作りだす形や色は本当に美しいと思う。人間の仕事はそれに知恵を加えることだ。工夫してさらに新しくてよいものをつくりだす。ぐるぐるをみていたらそんなことを思いました。最近出会う人ごとに、筆談チャレンジをしています。訪問リハビリのぽんたさんとももちろん書いてみました。さすが機能訓練士のぽんたさんは、私の腕の動きと姿勢を即座に筋肉の動きと身体のシステムの見方で考えてくれました。文字はもちろん成功。次の課題は、どうやったら、リラックスして文字を書く動きを引き出せるようにするかだ。素人母は、ウォーミングアップも自己流。虐待とは言わないがそれってホントにいいのか?と思うくらい直接的である。理論がないからそのまんま。見えるところでしか考えない。私も身体の中身はよくわからないので反論できない。ポンタさんの筋肉のしくみ講義を手掛かりにしながら、自分の身体の動きかたをもっと考え、命令を出しながらよい動きになれるようにしていきたい。ポンタさんはさらに作業療法士さんも連れてきたいと言ってくれたので、おお~っとうれしい。こうして、みんなの知恵で扉が開くわけである。話しながらリハビリしてみると、私自身が身体の感覚を持っていたりそうでなかったりしていた。動かし方のイメージも耳で(言葉で)考えてつくりだしてきたことが分かってきた。(物理的な身体をまだよく知らない、らしい。)脳の中はもちろん見えないのだけれど、すごく焦ったり苦しんだりした時に情報が錯綜したり混ざったりするところをみると、命令をうまくだす新しい技を編み出せば脳性まひの身体ともよりうまくつきあえるかもしれません。なにより、みんなとだれとでも自由に話すことが究極の夢である。私の脳の持主は私です。私の心も持ち主は私だ。夢があるからガンバレます。ホスタのぐるぐるが私一人の頭の中のみの円であったかのように見えたとしても、株は地面の下でちゃんと根っこでつながっている。知恵を使って美しいぐるぐるをふやしたいものです。
2010.05.28
銀の鍵 私に言葉をくれたあなたがそっと手の平に握らせてくれた冷たく固い小さなもの不思議な形それは次第に手の中で私と同じ温度になった ゆっくり開いた手の平に銀の鍵が光っていた私がまだ鍵穴がどこにあるのかさえ知らなかったころ何かが始まりそうな予感の小さな光で包まれていた 言葉が私に見せる世界で私はあなたともう一度出会いなおした鍵をあけるたびに心を見たその後に見えない充足に満ちた透明が残った そして透明は沈んでいくそこに沈む深い充足に鍵はもういらない 心を見せる扉の鍵に紫のリボンをつけてポーチに入れた薄紫の空の下に心を見る人のまだ開かれていない沈黙があるその透明へ導く神秘の鍵 この先の道は私の開く道だ いろいろな人と筆談にチャレンジしています。福祉センターのスタッフとも言葉の扉がひらきそうですごくうれしい!毎週アロマフットマッサージを担当してもらっている独眼竜さんとは足つながりで手つながりも成功でした。障害が重い人は体中の使えるところを駆使していろんなことを話そうとしています。耳つながり、鼻つながり、ひょっとしたらおしりつながりもアリです。一人ひとりの銀の鍵をあけるお手伝いを支援の人にはぜひお願いします!
2010.05.27
仙台市博物館のチベット展に行きました。始まりからすごい人気でした!チラシにもある菩薩像をみるだけでびっくり!顔が11、手が千本、その手に目が千個ついているのだ。大混雑の中でしたが車いすで場所をとりつつも、ゆっくりと見ることができた。ちょっと暗くて、遠い展示物は見えなくても、ガイドテープの解説で様子がわかり、密教の考えや大切にしていることを聞きながら、すごく昔のものなのに、目の前で美しく輝いている仏像を見ると自然に心を見つめる気持ちになりました。人間の5つの煩悩とか、道具の中に込められたたくさんの顔やそれぞれの意味が象徴的で美しく、どんな時代も人間の内面と向き合うことが修行なのだと思った。チベット密教の神様5人のおみくじがあって、それぞれを守り神にして展示を見るという面白い仕掛けがあった。私と母は、ヤマーンタカという神様があたった。智慧をもって悪を倒す神だ。智慧のひらめきで極悪な敵も打ち破る強い力を持つ神で、憎しみ、怒り、嫉妬などの悪い心を振り払い身を守ってくれるのだそうだ。しかもすごいのは怒りのあらわれ、青黒い顔でをしている。邪悪な存在を踏みつぶす足。足の下には牛がいる。動物は邪悪なものの象徴らしい。そしてちゃんと頭のてっぺんには本来の姿、菩薩がやさしい顔をしている。(これがミソ)そういえば私は、ピンチの時ほど、怒りで切り抜けてきたような。親子でそろって同じ神様というのが、笑えるというか、奥深いというか、似たもの同士なんだ、きっと。ちなみに同行のヘルパーさんは慈悲の神様だった。やっぱり~。ヤマーンタカの額にはあらゆるものを見るための三つ目の目がついている。実は私のおでこにほくろが出現してきている。おお~っ!もしかして、これはその眼か???あらゆるものを見る目。なんか、ものすごく神様に守られている気持ちになって帰ってきました。チベット展。30日まで。ものすごく中身の濃い展示でした。まだの人はぜひおでかけください!そして、自分の神様をみつけよう~。仙台市博物館022-225-3074
2010.05.25
真夏みたいに暑い日の次に、ど~んと雨が降って今度は寒い朝です。月曜の朝にこの天気はどうもすっきりしません。が、仕事の人たちもそうでない人たちも、今日がいい一日になるといいですね。昨日障害者のスポーツ大会に参加した弟が今日は代休。今日は休む日だ。「一生懸命休む」というのも弟にとっては案外難しことだ。私が体調が悪い時に「安静を頑張る」ように、心を身体を休めるように自分で自分に命令を出す。これも実は簡単にはいかない。今もがんばっている。昨日の大会で懐かしい人にたくさん会ったらしく、そのことを色々話していた。弟は人が大好きなので、友達も大好きだ。で、どのように付き合えばよいかとか、話をしたいけどテンポが・・・・。と、関係のつくりかたで苦労している。昨日は友達に「お弁当を一緒にたべよう」と自分で言ってみんなと食べてきたそうだ。ついでにおやつをもらったことを、ず~っとうれしそうに話ていた。そうなのだ友達って、本当に一緒にいるだけでうれしくなる存在だ。障害がある本人同士がすんなり友達になるのは難しくて、コミュニケーションに手伝いが必要になることも多い。どんなにお手伝いがあっても、やっぱり、自分が自分の友達を大切に思ったり気にかけたりする気持ちは直接その二人の間にあるものなのだと思う。(だから、通訳者にはあんまり出しゃばらないでほしい、というときもある。通訳って難しい。会話の文脈を読むのもこれまた難しいことですが・・・)そしてさらに、物理的に一緒にいるということだけではなくて、同じものを見ているとか、大切にしているのもが近いとか、心が響き合うところが通じる人とは遠く離れていても精神的にすごく励まされて力をもらう。真剣に生きている人の姿を知ると素直にすごいな~と思って、私もがんばろう、と思う。その関係は一方通行だったり、時や環境で変化することもあるが、本当に気があったり、一緒にいるだけで楽しかったりする人がたった一人でもいたら一生支えられるくらいのすごい力がそこには生まれる私は物理的に自由度がだいぶ少ないけれど、助けを借りれば「できるかもしれない」と思うことがたくさんあります。助けを借りないと「できない」と思うと、本当にへこむ。助けをお願いする相手も、友達になればかなりたくさんの人が優しい気持ちを持っているし発揮してくれます。そのきっかけ作りには工夫が必要だけど、なんでこんなにやさしい人ばっかりなんだろう?と思うくらいやさしい人にたくさん出会えています。弟が「お弁当を一緒に食べない?」と話してみたのはすごい一歩だと思う。自分の道は自分で開こう!自分がしたいことは自分にしか決められない。あとは方法を研究するのみ。それが簡単でないから実は苦労します。ほとんど失敗から始まるといってもよい。でも。待っているだけではなにも始まらない。行動することだ。行動して失敗しても、是非とも理解して見守っていただけると障害者はなおチャレンジする気持ちが生まれると思うし、見守る目線も、できればあたたかくお願いできるとうれしいです。(笑)ほんとうに障害者はみんながあたりまえにすすっとできる小さなことから、苦労して苦労して頑張っている。応援してね~。
2010.05.24
夏に企画しているアロマテラピーのイベント打ち合わせで東北福祉大学に行きました。大学という場所は私にとってはとっても特別な場所のように思える。高等部を卒業するときに社会人になった私は、進学した(小学校の)同級生が自分の夢や希望に向かってさらに進化する場所に進める体力があっていいな~とか、自分も勉強したいなあ~などとちょっとうらやましかったものです。ちょうど今同級生が4年生となっている。就職活動や卒業後のことに忙しくしている様子を聞くと、改めて私も高校生を終えて同じ時間が過ぎたのだなあ~としみじみする。キャンパスという環境に憧れて、大学祭に遊びに行ったのが3年前。その時いい香りに誘われてアロマサークルのみんなと知り合いました。それから、年に一度の企画が続き、今年は3回目。初めて打ち合わせを大学でさせてもらうことにした。新緑がすごくきれいでした。卒業生がアルバム用の写真をわいわいと撮影していたり、ベンチで友達のおしゃべりしていたり、食堂で勉強していたり、大学生がゆったりと過ごしていた。土曜日だったので、普段よりは人が少ないという「学食」というものに初めて入った。ちょっとだけ大学生の生活を想像した。一人暮らしの人や、出身地の話など聞きながら、みんな頑張っているなあと感心した。なりたいもの、目指す仕事に向かって、みんな責任を持って頑張っていました。その時間を一緒に過ごした、というのがずっとそれから後の人生も支えていくのだろう。私も、学生時代の友達が頑張る様子に励まされる気持ちは、社会人どうしが励ましあうのとは少し違う。学生時代の出会いは格別だ。友達も、先生も。そして同時に、私のように一般の人と大学の人が大学を舞台につながることもできる。色々な人が色々とコラボできるのも大学なのだなあと思った。大学で大学生のみんなと打ち合わせができて、ちょっとだけ大学生の気分を体験できました。どこで、どのように過ごしても、自分の夢に向かうのは一緒だな、と思った。そして、企画を一緒にできることを改めてうれしく思いました。なんと、大学の中に芹沢美術工芸館があります。 http://www.tfu.ac.jp/kogeikan/index.html ちょうど木型染めのワークショップをしていた。もちろん体験してきました。勉強した!っていう感じでした。大学という場所に出かけて、何かを教わると、こんなに勉強した実感がわくのか、とすごい充実感。学校に行って勉強ができるとは、なんと幸せなことなのだろう。今、その環境にいられる人は、その時間を大切に過ごしてほしい! アロマの企画はチラシができたらご案内しますね。(8月6日で~す)
2010.05.23
花と蝶 光り弾む春の日にああ貴方は白い羽ぱたぱたとどこへゆくのかどこまでも自由求めゆく貴方きらひらと飛んでゆくよ軽々と 君の姿美しいその花びら幾重にも重なる色なんて華やかかぐわしい香りまいている君をきらひらと探しながら旅をした 巡り合った君と僕この春の日何もかもが新しく今始まる見たこともない世界が輝いてきらひらと君と僕は恋をした 薫風さわやかな5月。窓をあけると野鳥の歌声がたくさん聞こえます。庭の花も次々に花を開き、とっても気持ちがよい時間が流れます。自宅の近くに森があり、楽しみにしていた花や実を食べられちゃったりするのだけれど、みんなも春を楽しんで人間の方にまで近づいてくれるのだと思って遊びにくるのを楽しみにしています。 (フォーレ歌曲 Le papillon et la fleurに作詞)
2010.05.22
遥か 時の流れの終点がどこへ向かうかまだ見えない 私の夢の終点に誰が待つのかまだ知らない だがしかし高すぎる山も深すぎる海も境界ではなかった 始まりは終わり終わりは始まるただつながりただつながる
2010.05.21
これで最後最後といって、追加で何度かみんなに会えてうれしかったのですが、今日が本当に最後の撮影となったテレビクルーのみなさんとのひととき。昨日から筆談の進化に気がついてちょっとわくわくしていた。ので!クルーのみんなと筆談チャレンジしてみました。すると、なんと、なんと、のっぽ隊長もカメラ王子もマイクさんともすらすら~っと大成功だったのじゃ!!はっきり言って超びっくりした。ま、まさか。というか、全然抵抗なく、私の手がすす~っといつものように動いたのである。おお~っ、書いてる!とみんなが感じとってわかってくれました。体験して撮影してもらっているので、また、目に見える部分だけではない私の存在が通じたのではないかな~と思う。なんか、ものすごく、大きなハードルを越えた感じ。初めての人と書く練習は2、3年チャレンジしているが、自分の緊張コントロールも不十分で、挑戦すると思うだけで制御不能になってしまった。学校の先生やリハビリの訓練士さんは脳性まひの人の身体にたくさん触れているのでまず、分かってもらえた人たちだ。その次に、というときになって、ヘルパーさんと書いてみてすんなりだったので、書くという技術と同時に一人ひとりと私の関係がものすごく重要なのだと思ってきました。今日の3人との筆談を通して、たぶん、私は、もう誰とも書くことができるとすごく思えたのがものすごくうれしかった。文字を初めて書けることがわかった時と同じくらい大きな衝撃だ。もう大丈夫だ、という確信ともいえるような実感があったのだ。社会人になって3年。杜の星座や、通所で学生とは違う社会人の仲間入りをしながら、少しずつだけど、私は何をする人か、何をすればよいのか、何ができるのかと考えてきた。仕事を通して社会(誰か)の役に立つことの大切さややりがいを感じてきた。その3年近くの時間を番組作りの中で記録していただいて、今日クランクアップの日に、だいぶ先だと思っていた大きな扉がぎぎ~っとあけられたような気がします。一つの時代が区切りをつけて動いた感じ。とにもかくにも、人間は、ゆるぎなく流れている日常の時間の中で、同じところにとどまることはないのだと心から思った。少しずつ変化している。大人になると、子供の時ほど大きな変化をすぐに感じることはできないが、こんな節目にすごいサプライズが起きて、自分で自分に驚くこともあるのだ。その変化に気づかせてくれるのは周りの人々だった。一緒に喜び感動してくれることにどれくらい励まされることか。そうして、また、パワーチャージするのだ。本当にみんな、みんなに感謝している。そういうわけで今日のクランクアップにはビールで乾杯しました(ノンアルコールですよ)!すんご~~~くおめでたかった。私も飲んだ。が、びえ~っと、まずかった。これがおいしいと思えるにはまだ道のりは遠い。さあ!だれとれも筆談できますよ。我こそは、と思う人。いつでもおしゃべりしましょう!!
2010.05.20
自分で言うのもナンですが、パソコンのスイッチがけっこううまくできた自分にちょっと感動して、実はけっこう、身体のコントロールができるようになっているのではないか?とかなりうれしくなった。で、自分にとって人と話をするのに今のところ最も自由な方法「筆談」を練習するのにも、やる気が生まれてきた筆談に一番高いハードルになるのは、支援してもらう人の方に心の迷いがあるかどうか、なんです。私にできるかな~とか、この人は本当にわかっているのかな~、とか、マヒと書いている動きが区別できるかな~、などという気持ちが強いとなかなかうまくいかないのだ。でも、今なら、私の方にみんなの不安な気持ちの多い少ないに少しは合わせられるような気がして、その人のちょうどよい早さや大きさで書けるような気がするのだ。もしかして、これも、進化だ!いつもかかわっていただいているヘルパーさんと、書いてみた。いつも、顔コミュニケーションではかなり通じ合っている。ケアの間にタイミングを合わせたりしているし、私の緊張具合のいい時も悪い時も触ってもらってよく知っている。で、!書けちゃったよ~!!な~んだ、というくらい、できちゃったのである。もう、充分、準備が整っていた、ということかも。なんで、もっと早くやんなかったの?というくらいすすっと動いた。超感激である。もっと、たくさんおしゃべりしたい。できるだろう。次はあのヘルパーさんともできるだろう。支援する側の感覚を伝えてもらうことができるからだ。これは当事者にしかできない。な~んか、すごく、目の前の霧が晴れちゃった、という感じ!一人が二人になり、二人が四人になれば、本当に私は本来のおしゃべりな私のままで自由にいる時間が増えるのじゃ!
2010.05.19
杜の星座メンバーの渡辺祥子さんが只今船の旅をしています。飛鳥という大型客船による世界一周クルーズだそうです。カメラマン小泉澄夫さんのフォトエッセーと、祥子さんの言の葉バージョンレポートをを楽しみに見ている。http://www.asukacruise.co.jp/focus/photoessay.htmlhttp://kotonoha9.exblog.jp/ちょうど春の祭典でイタリアのオペラアリアを聴いた。船もちょうどイタリアのナポリのレポートでした。地中海の海の青さと、空の青さが急に近く感じられて、レポートを読むだけでもイタリアの温度が漂ってくるようです。陸は離れているけれど、空は全部つながっている。おとといの新緑仙台の青空もイタリアの青にぐる~~っとつながっていたのだ。そう思うと、今は、部屋のベッドの上ですが、ぐる~~っと背中の下の陸がずんずん伸びて、地中海の近くに寝転んでいるような気持ちになります。世界は広~い。でも、案外近~い。その近さを感じさせるのは、美しい写真だったり、文章だったり、お土産話だったりする。その場に行けなくても、その素晴らしさを伝えてくれるのが体験した人一人ひとりの思い出だったり表現の力だったりするのだ。世界地図を引っ張り出して、初めてヨーロッパの細かいところを詳しく見ました。マルセイユレポートのコルシカ島、セザンヌのアトリエ。言葉で聞いただけの場所も、と地図を見ると本当の場所があるのだといまさらのようにわかります。私にとって、世界はまだひとまとまりの「知らなくて広い遠くの場所」で、仙台周辺以外は一足飛びに宇宙から見る地球のイメージに近いのですが、世界の広さと世界の近さを点と点で結んで少しずつ知って場所が増えていくにつれて、仙台と宇宙の中間に生きている命や人々のことを思ったりする。世界のいろんな場所にいってみたいなあ、とまた、思ってくるのでした。
2010.05.18
杜の星座、春のビッグ企画春の祭典に行ってきました。新緑の爽やかな一日、午後1時から夜の9時まで若い音楽家たちの10公演による世界の音楽への旅。たくさんのお客様においでいただき、本当にありがとうございました。私は今回は本格的なクラシック音楽をちゃんと聞くというのは初めての体験でした。なので、実は、痰の音や緊張で音を出したらどうしようと緊張してしまった。社会人として公衆の場に出るときに、何かと考えることが多い。障害や病気に理解があるイベントや場所ならもう、ブイブイ行っちゃうのですが、音にこだわる音楽界で音出しまくりの私たちが全面的にフリーパスとは言えない。お金を払っていい音を聞きにくる人たちの価値や望みも尊重されていい。いつもの自分が関係したコンサートならば、お客さんもそのつもりでおいでくださるだろうし、演奏の音楽家たちも事情を知ってくれていますが、大きなお祭りのようなコンサートで本当に自分が観客のマナーを守れるのかとっても心配していた。萩ホールは秋のいのちのことばコンサート以来です。春の会館前は若葉が美しくて、半年の時間が流れたことを感じました。一般のお客さんに交じって客席に入るときから何人か知っている人にごあいさつしましたが、心はすっかり緊張モードで、あんまり笑えませんでした。すいません。中澤香織さん、松尾英章さんと、松坂優希さんのオペラのステージを聞きました。びすたーり(レストラン)でも歌曲やオペラの曲を聞いたことがありますが、ホールじゅうに響く歌声には感動。心配していた痰も思わずひっこんだ。車いすスペースに落ち着いたものの、いつも隣にいる母は少し離れた座席についてしまった。照明が落ちたら、周りはし~んとしてしまった。目がよく見えない私はいきなり不安。でもまあ、ステージの明るさの方へ空気がきゅっと集中したら、大丈夫なような気もしてきた。ピアノが始まると私もあまり周囲のことが気にならなくなって、始めの一つの音が色のすじになって耳に流れ込んで来たら、大きい音も小さい音も言葉もはっきりと聞こえた。意味はもちろんイタリア語でチンプンカンプンなんだけれど、言葉が音楽と一緒に語りかけようとする心の動きの波は手にとるように味わった。(言葉の意味がわかったらもっとおもしろかっただろうに)身体はとても落ち着いていた。腕だけ感情と一緒に動いてしまいました。が、やっぱり、音楽を耳で聞く、というより、身体がすっぽり連れて行かれる感じはいつものように鮮明でした。曲が終わると同時に身体がずしっと重くなるのだ。演奏中一度も吸引しないですんだ。プロの音楽というのはこういうのか!と、改めてすごいな~と思う。世の中に音楽があって本当によかった。すばらしい演奏をその場で聞くことができるのはすごく贅沢だ。そのような場所に行けるようになったことをうれしく思う。私はステージを一つ聞いて、ロビーの音楽の中を歩き、新緑の空気を吸って、3時間。今のわたしには充分満足な春の祭典でした。春のパワーをだいぶチャージできたので、夏にむけて頑張るぞ!!
2010.05.17
今日明日と仙台は春のお祭りでもりあがります。天気が良くなりそうでよかった!ひとつは青葉まつり。仙台は杜の都というだけあって、ケヤキ並木が美しい街です。特に5月は新緑で青葉通りや定禅寺通りなど、とってもきれいです。お祭りでは、仙臺すずめ踊りが有名です。せんすを持って小さい子からお年寄りまでみんなが飛んだり跳ねたり踊ります。http://www.aoba-matsuri.com/今日、街の様子を見せてもらいました。どこも、だいぶ混雑しているようです。これから、あちこちでイベントが続きます。参加する人も、見る人も楽しんでください!そしてもう一つは、杜の星座企画の「春の祭典」がいよいよ明日!です。http://seiza.main.jp/index.php?%A5%A4%A5%D9%A5%F3%A5%C8すんばらしい音楽家のステイージがずらり、10公演!どのステージを聞こうかほ~んと迷っちゃいます。杜の星座のメンバー勢ぞろいはもちろん、ゲストの人々もすごい顔ぶれです。春のひと時、新緑の中で美しい音楽をお楽しみください!!ホールの公演以外でも、ロビー、会議室、ファカルティクラブなどで音楽家たちのライブ演奏もあります。12:00よりレストランパリンカによるカフェを出店しています。軽食・ご休憩にご利用ください。では、みなさん、会場でお会いしましょう~ 春の祭典 ~世界の音楽への旅~場所 東北大学百周年記念快感川内萩ホール 開演 13;00 終演21:001ステージ1000円 1日フリーパス3000円(再入場可)広瀬通りフォーラス前バス停より「ケイアイバス」の無料送迎バスあり。12時から終演まで運行します。ご利用ください。
2010.05.15
福祉センターにての初陶芸。香立て試作がついに完成です!かわいくできた~~~1 桂印2 ひつじ3 ローリエ模様4 花形に合わせてお香の色や香りを選んでみました。もうすぐ庭の薔薇がさきます。少し早めにローズのお香をたいてみました。自分の香立てで、というのがなんか、いいね~。今日は久しぶりに何もない日。のんびりのんきに次の作品のことを考えている。そうすると手があったかくなってきてうとうとしてくる~。春は植物が元気に起き出すのに、人間は眠くなる。冬眠する動物が活動を季節限定にするように人間も寒い時はじっと活動を休めばいいようなものだけど、それももったいない。一年中美しい自然がもたらす贈り物を楽しまないのはもったいない。なので、小出しに寝ては起きて、一年中、一日中何かを創造しながら活動を続けるのが人間、です。春は気苦労も多い季節。眠くなったら寝ましょうね!そんなとき、お香も役にたつと思いますよ。桂印のお香立て、どうでしょう?注文がきたら売ろうかな?
2010.05.14
水曜日の障害福祉センター利用日をすごく楽しみにしています。平日に通えるようになって、私も「社会の平日」に参加している実感があります。家族が学校や仕事にいくのと同じように、私もでかけるというのがいいのです。なぜいいかというと、なんか、街の景色が平日なのだ。休日の空気とがらりと違う感じがする。送迎の車の中でも、月末のこみぐあいと、休日のこみぐあいのびみょ~な違いがわかる。特に家の近くに動物園があるので、休日はいかにもお客さんの渋滞などで一気に休日モードになるから。こういうのを街の表情というのだろう。毎日、毎月、季節ごと、同じ日常でもまとまりをもって眺めると少しの変化も気がつくものだ。センター通いが3年目になって気がつくのかも知れません。平日のいいところは、母も自分の時間に平日の用を足せることだ。郵便局や銀行、通院など平日の用事を誰かを手配しなくても実行できる。ついでに、友達に会えたりして喜んでいる。平日の平日らしさは学生が学校に行くのともちがって、社会参加の実感が全然ちがう。社会のリズムに乗れてる感じあとりえの仕事は週末などにコンサートがあったりして、でかけることも多いのですが、そちらはイベントなので、平日の仕事をそれらのための準備に使う。平日が計画的になってくる。だぶん、仕事をしている大抵の人が、そんな風に週ごと、季節ごと、に計画を立てながら仕事をしていることでしょう。センターの活動は個別に計画を立てることが可能で、私は、主に創作などをしてきました。それを少しずつ自分なりの長い計画の中に組み入れられるようになったら、かなり充実感が生まれた。たとえば、7月のレストランの展覧会のために作品を作ることひとつとっても、家で母に手伝ってもらうのと、センターでスタッフさんに支援してもらうのとでは、まったく楽しさの種類が違う。あとりえは自由業だから、ひとりの時間に詩を書くことだけでも成立する。が、杜の星座に出会ってイベントに向けてそれぞれが担当しながらコラボのまとまりとして1回1回の時間が出来上がるごとに、それぞれの面白さや大変さや、課題などがあることもわかった。これがまた自由業ならではの自由度であり、面白さなのだな~と思う。ある組織に所属して、組織に求められている仕事(社会の中の役割)には、組織だからできることもあるし、組織だからできないこともあるだろう。一人でも同じことだ。同じ考えを持つ人たちがうまく出会って、いい意味で柔軟になり、進化できる社会のバランスならいいだろう。でも、ひとつの業界をとってもその中にはさまざまな考えの人たちがいて、それらがあちちこっちでからまりあって成立しているのが社会なのだ。そんな社会の大きさや複雑さを想像するだけで、私のことなどを振り返るとものすんごくちっぽけ~と思うけど、その超ちっぽけな一人でも、ちゃんと社会の一人なんだと思うことにすると、平日の中の1日、しかも5時間だけでも、居場所を与えられていることを誇りに思うし感謝したいなあ~としみじみと思うのでした。ま、ぼちぼちやりますかね・・・・・・・・・・・・・・・。
2010.05.13
とっしーとクルーのみなさん 今日は番組取材の最終日、パソコンのとっしーのご協力をいただいてスイッチの練習をした。いつもながら、張り切りすぎると力が入ってしまうところへ、クルーのみなさんも一緒なので、つい、喜び過ぎてしまった。ほっぺたのスイッチを使ってラジオを聞いたり、文字を入力したり、とわれながらなかなかいい入り方もできました。コミュニケーションがあるということは、人が人になれる、ことだ。言葉がある人は言葉で、そうでなくても得意な方法で人どうしが友達になれる。パソコンを習得することは私の究極の目標だ。一人でいつでも自由におしゃべりできる。夢のような話だが、可能性がないわけではない。とっしーのように、こうして障害が重い人たちのためにIT支援に燃える人たちもいれば、パソコンの会社もどんどんすごい機械を開発している。きっと必要なところに必要なものが届いて、思うような意思疎通がかなう日がくると思っている。こういう仕事にかかわる人たちは、人が人らしくいるために、コミュニケーションが欠かせないことを知っている人たちです。心を見る人たちです。とっしーにも「ゆっくりですよ!」と上達の合言葉をまたもらいました。高いハードルにぶち当ったり落ち込んだり、とコンスタントに継続することの難しさをうま~く支えてもらっている。了解!今回撮影の仕事で出会った人たちも心を見る人たちでした。私はこれまで、人は人を人にする、と思ってきたが、一番はじめの「人」がどんな人か重要なのだ。心を見る人になら、人を人にできるだろう。その人たちにならきもちの声が通じるのだ。目の前の人にさえ、気持ちが伝わらないと思ってきた私が、心を見る人と出会って、一人、また一人、と通じる人が増えた。そのまた人からそのまた人へ広がった。今、私は物のように扱われることは本当になくなった。深く感謝しています。そして、心を見る人の仕事によって、電波は日本に広がる。それによって、また心を見ようとする人に見てもらえることだろう。ものすごくうれしい。のっぽ隊長は、今では私の表情や文字を解読できるようになった、そうだ。すごくうれしい。付き合いの長さもあるけど、やっぱりきもちの声を聞こうとしてくれたおかげだと思います。カメラ王子は私の気持ちを伝えられるような撮影に努力してくれたそうです。私がどんな人か、きっと「人らしく」撮影されているのだろう。ぱっと見て心の中を理解するのは難しそうに思えるかもしれない私の「人の気持ち」を映し方で表現する技はカメラ王子にしかできない。心をみる目がカメラを通るとどんな映像になるのだろう!マイクさんは2回目だが、毎回来たかったと言ってくれたので、また感激でした。アシスタントさんと大集合で会うことはないけれど、一人ひとりの顔が見えて、どれくらい励まされたかわかりません。とっしーはいつもだけど、会うだけで元気がうつる。今日、みんなの勢ぞろいの写真をみていたら、すごく頼もしい人たちにたくさん応援していただいているのだと、改めて心からありがたいと思いました。放送はみんなの力の大集合です。みんなで見ようね!この日は夜更かしもオッケーにしましょう。テレメンタリー放送予定日6月8日(火)深夜1:50~東日本放送 (宮城)6月7日(月)深夜2:40~テレビ朝日 (東京)各地の放送時間はこちらhttp://www.tv-asahi.co.jp/telementary/
2010.05.11
8日、街では看護の日のイベントでアロマハンドマッサージ体験が行われたようです。私がいつも行く病院でも看護の日の企画で体験できます。医療にアロマがずいぶん取り入れられてきているのでいいなあ~と思います。 東北福祉大学のアロマサークルデコぽんさんとの出会ってからもう3年。あっという間だった。大学祭というのにいってみたくて、初めておじゃましたとき、いろいろなサークルの展示があった。廊下に漂ういい香りにくんくんとひきこまれてたどり着いたところがデコぽんさんのサロンだった!初めてハンドマッサージを体験して、こんんんんなに気持ちがよいものがあるとは~、とイベント企画に発展したのでした。久しぶりにみんなで遊びにきてもらって、もちろんマッサージタイムでした。調子が今一つで看護の日体験に行けなかった弟と母もリベンジできた。メンバーのアロマさん(元部長)がなんと、障害者施設に就職してその技を仕事に生かしている。やったね~、と私も超うれしい。施設のみなさんはものすごく幸せだ。是非ぜひ多くの人にリラックスタイムが訪れますように。うちでは毎晩、弟が眠る前に今日のアロマを選ぶのを楽しみにしています。香りにはすごく癒されます。ハンドマッサージ体験した弟が久しぶりににっこりしたのでみんなで喜んだ。クレイパックというのがあるらしい。どんなんだろう?是非体験してみたい!仕事人も、就職活動の人も、アロマを生かして頑張って~~
2010.05.10
連休前後からすごく調子が悪そうな弟です。すごく心配。毎日の行動が散漫で、まとまりがなくなってきた。それくらい不安なのだと思う。ひとつひとつの行動を長い時間をかけて覚えてきたのが知的障害がある人たちだ。覚えるというところや、身体の動きと考えをうまくくっつけたり、周りの状況と自分の行動を関係つけるのには本当に長い時間をかけて、一つ一つ頑張ってきていたと思う。身の周りのこと一つとっても、着替え一つにも色々と考えたり決めたりしなくてはならないことが山のようにあるのだから。それら、一つづつが、見えないテープでつなげられて、一つの引き出しに入れてあった。のが、バラバラにテープがはがれて、ついでに、宇宙の無重力で引き出しがひらいたように、あっちこっちに散乱している感じです。家族も心配するし、また、もとの通りに引き出しを見せたりするのだけれど、どうやら、ひきだしにたどり着く前に、ずいぶん混乱してしまうようだ。そのための方法は、一番初めに行動を覚えた時とは違うようで、再び行動をまとめるために試行錯誤している。普段から私の行動は周りの支援状況次第で成立するので、自分の時間を与えられても、それが最後までしっかりまとまって完結することが少ない。途中で吸引や注入の医ケアが割り込んだり、家事の途中で洗濯機に呼ばれたり、電話が鳴ったり・・・・という具合で、いい調子に活動が乗っているときは、ホントがっかりする。やりとげたスッキリ感も半分くらいになる。でも、私はまた、続きがあるので、最近は、しょうがない、と待っているのだけれど、弟の状況で行動がまとまらなくなると本人もかなりつらいのではないかと思うのだ。自分が休みたいのに身体がかってに動く疲労感は、私が小さい時に感じたマヒの侵入に似ていると思う。あれは、ほんと~に大変だった。それを、正しい姿勢の抱っこでぎゅっと動きも押さえつけられて、これまたストレス炸裂であった。同じ精神状態を弟が感じているのなら、どうやったら安心をあたえられるのだろうか、と、考える。私の活動まで両親は手が回らなくて宙ぶらりんだが、そこは、ぐっとこらえて考える時間にしている。ついこちらも緊張が強まるものの、一応、大人らしい行動をしなくちゃと思う。
2010.05.09
連休明けの受診日、外来のロビーは病院友達のオールスターが集合していた。みんなたくさん物品を抱えてそれぞれの家へ帰る。外来で会うということは、元気で家にいられている、ということだ。みんなのあいさつも最近の入院状況から始まる。最近の私はいたって元気なので、コンサートの営業をしたり、世間話をしたり、と、まあゆったりと顔見せに行く感じになっている。オールスターの外来を一手に片づける先生は急がしそうだが、いつものように、ぱしぱしと進んでいく。自分のことは最近の仕事の予定くらいで、ほとんど弟と母の心配を相談してきました。家族のことを相談するなんて、私の方が保護者のようだった。でも、私が言ってあげないと母は自分のことは言わないので、話題にしてあげたというわけ。弟はそこにいなくても、次々に家族がつながって体調を崩すことを先生はもちろんよく知っているので、私が入院中そうだったように、家族みんなのことをすぐ考えてくれます。先生一人ではなく、紹介された別の病院のことや、ケースワーカーさんもすぐやってきて、あっという間に次の道筋がついた。医療のネットワークも人のつながりだなあと思う。ケースワーカーさんは私がうまれたときの看護師さんだっとわかって、これも、すごい安心感。ちょっと背中を押されると、行動してみようかなあ、と思うものだ。やっぱり、何でも相談するのがよい。そして、淡々と、日常を犠牲にしないように、問題が小さいうちに早く方向転換するのがよい。・・・・とわかっちゃいるけど、物事は、知りすぎていても、知らなさ過ぎてもちょうどよい行動には移れないもののようだ。自分にある時間やエネルギーの全体の量は無限大ではない。全部を楽しいことばかりにはできなけど、できれば、苦しいことやつらいことで塗りつぶされないようにデザインできたらいいと思う。自分と他人の価値観は違うし、デザインの基準もそれそれだ。それでも、はたから見て、「苦しそう」に見えるのは、それだけで、こっちにもうつる。家族だったら、そうそう、無関心ではいられない。
2010.05.07
みなさん連休はいかがでしたか。天気がよかったので、例年のようにうちでは普段できない大掃除をしました!私がいつもいる居間のワックスがけ~!!私はあっちこっちベッドで移動しながら空を見たり、新緑を想像したり、色々な音を聞きながら退屈しませんでした。床のぴかぴかは見えませんが、きゅっきゅっと鳴るみんなの足音を聞いて、私もスッキリ!今日はこちらが本題。私がこうしてことばを得たのは、文字を教えてもらって筆談で表現する方法を教えてもらったのがきっかけです。もう8年もやっているのですが、慣れた人とはうまく話ができるようになったものの、まだまだ支援が十分とはいえません。始めの一歩のハードルが高いのだと思う。この筆談の方法を教えてくれた国立特別支援教育総合研究所で、ガイドブックができあがりました。http://www.nise.go.jp/興味がある人はぜひともチェレンジしてみてくださいね!!何ごとも、新しいことの発見は偶然や、予想外のできごとや、失敗から生まれたおまけ、みたいなところから出発するものだ。なにより、私が一番びっくりしたのだ。全国にたくさん筆談ができる人が増えてきているという。はじめはたった一人で、なんでできるのかな?と思っていたことも、仲間が増えれば、悩みや問題を相談したり解決できるのだから心強いことである。一つの方法を検証して確立して、さらに、みんなに広めるには時間がかかる。どの方法が一番いいかも実例が集まらなければみんなにいいことなのか、個人の特徴なのかもわからない。そうはいっても、私はこの方法によっていのちが救われたのだし、これしかできないのだ。自分ができることで自分の時間を大切にしていくことを仕事にしていることをありがたく思う。ので、ちびっこや、家族、療育や学校の先生、医療や福祉の人々が新しい方法を理解しチャレンジしていく方法に助けがあるということは、そのまま私たちのように障害が重い人にも自由を増やしていくことにつながるのだと思います。すごく力をもらいます。いいかも?ということは、挑戦してみてほしい。新しいものの中には、いまいちものもあるが、いまいちの中に必ず、いいものは隠れているのです。誰かがやってみて成功したものがそのまま自分にいいとは限らない。でも、やってみないと道は開けませ~ん。重い扉もみんなで開いてみませんか?コミュニケーションできるということは、本当に、本当に、すてきです!! 子どもと知りあうためのガイドブックーことばを超えてかかわるためにー<特に身体運動に重度の障害がある人への支援>平成19~21年度科学研究費補助金基盤研究(C)「重度・重複障害児の内的表現能力の脳科学的実証とそれを促進する指導法の開発研究」研究代表者 笹本健
2010.05.06
今年ももうすぐとっておきの音楽祭。あと1カ月に迫りました。今年は10周年!その記念イベントに参加させていただくことになりました。ので、改めてご案内です。とっておきの音楽祭のおかげで、私はすごく元気をもあらい、今があります。ので、10歳の誕生日をこうしてお祝いできるなんて、すごくうれしいです!!大越桂いのちのことば講演&ライブ 6月5日(土)13:00~14:30 開場12:30せんだいメディアテーク1階 オープンスクエア入場無料 往復はがきでご応募ください!詳しくはこちらhttp://totteokino-ongakusai.jp/10th.html とっておきの音楽祭でであった夫婦デュオFeatherさんとのコラボライブ!!必見。http://inter771.hp.infoseek.co.jp/fe1.html もちろん私も言の葉アーティストの渡辺祥子さんhttp://kotonoha9.exblog.jp/の朗読&ナビゲートでおじゃましますよ~。あの名曲「手」や「神様の風呂敷」も演奏されます。私が一番楽しみにしています。ぜひぜひ、みなさん、おいでくださいね!!会場でお会いしましょう~~~
2010.05.04
何事も本人が納得するか、すごく困らないと行動にはうつりにくいものです。いくら周囲がすすめても、やだな~と思っているうちは行動を変えない。変えようかどうしようか、と迷っているときにわいわい言われるとムカつく。なので、いかに納得させ、その気にさせるかが周りの人にはポイントになる。私はいまのところ、たくさん飲んでいる薬もいい調子になっているが、話が通じる前は体調をうまく伝えられなくて実に困った。見た目の様子で、薬がどんどん増えたり、今はやだ、と思っているタイミングでどかどか座薬をされたりしてひどいものだった。特に眠れないときにいろいろ薬を調整するのが大変で、どろっとしたり、ふらふらしたり。ビミョーな感じを「いい」と「わるい」のどっちかで言わなくてはならなくて苦労した。だいたいどっちか、なんてありえない。おかげさまで長い試行錯誤で落ちついているのでありがたい。最近眠れない日が増えた母がとうとう睡眠改善薬を飲んだ。ずっとぐずぐず乗り気でなかったのについに行動に移したのは、本当に困ったからだろうと思う。それで、感想は「強制的にねむりに引っ張られる感じ。ちょっとね~」というのでうける。それは、私がずっと言っていたコメントじゃ!自分では、私がそういうのもおかまいなしに薬を利用させようとするのに、なんという矛盾だ!私がいうとおりだった~、とやけに感心している。わかったかい!体験者の言葉は、そういうわけで、それなりに重みのあるものなのである。行動が変化しない、ということは、まだその人の心に行動を変えようという準備が整っていないということでもある。マスにいっぱいの水に一滴のタイミングでこぼれだすこともあるし、マスにまだ余裕があるうちから早めに一滴いれる人もいる。変化のタイミングは一人ずつ違うのだけれど、どんなときも、行動を起こすのはその人本人なのだと思う。で、体験者となった母は、これからどのように行動するのだろうか。興味深い。
2010.05.03
巨人の森 四方の壁いっぱいに文字の巨人が立っている研ぎ澄まされたまなざしの膜がじっと見下ろしていた小さな私は繭のように球の中心へと包まれていった 大きな文字が風を起こし小さな文字が時を数える凝縮した球の中で巨人たちは無言のままで語りかける それぞれの集中が私のからだを突き抜けた線になり渦になりはじけ飛ぶ 巨人の森に入り込んだ小人の私静かに深呼吸ひとつしてまた日常へと歩きだす みやぎの書60人展に行きました。書はことばなのに、すごい静寂。解説の言葉を聞きながらも、頭の中はどんどんし~んとして息をするのも気を使うほどでした。美術館の絵をみるのとは対極!絵はいっぱいおしゃべりしてくるのに、書はいるのにじっと見つめ返してくるのでした。作品は作品になってからも、なお、自分が持っていないもので、もっと何かを表現しようとしているのだと思った。う~~む。深い。
2010.05.02
連休が始まりました!天気もよくなり暖かい日が続きそうです。近所の動物園は大賑わいだろう!生活の切り替わりのとき、弟は不安定になり、朝から自分と闘う。この嵐がどこへ終息するのか~!!と私も気が気でない。気持ちの切り替えをするために色々と工夫するのだけれど、だんだんそれらの行動を利用するときもあって、一つの行動も意味が変化するとかえって解決が難しくなるのだと眺めながら思う。基本的に私は、眺めているしかないので、せめて吸引を呼ばないようにしたり、トイレもしばらく気持ち悪くても我慢している。これもひとえに学習で、しばらく待っても、必ずケアしてもらえることを知っているからガマンもできるというものだ。弟が逃げたくて行動を利用しようとするとき、母は「逃げるな!」と毅然としている。そのとき、子供の方は相当おっかないのだが、私もそうだったようにあとからそれが親心だったことがわかる。(そのあとかなり疲れている)崖から突き落とすライオンの母だと思っていたけど、最近は行動の緊張が起こりそうになると神経性下痢をおこすようになった。それについては私にボヤイたりしてガス抜きしているようだけど心配だ。受け止める私は、しまっておくと吐くので、こうしておしゃべりする。自分のことを言われて嫌がりながら通訳は母にしてもらう。この特殊な循環の中で、抜いたガスも循環しているのか?と思うのだが、誰でも、逃げながら立ち向かい、立ち向かいながら逃げるのだ。しょうがない。一度逃げたらずっと逃げなくてはならないよ、とよく言われる。私は身体の緊張から逃げられないのに、なんて勝手な理屈を言うのだとムカついていました。でもこうして、他の方法が見つかってやっとわかった。必ず方法がある。そのかわり、かなり必死に逃げない努力をした。逃げてもいい時とそうではない時を自分一人で見極めるのはすごく大変だった。助けが必要だ。でも、いつも助けてもらうとつい頼りきってしまう。そうすると今度は離れられなくなる。誰かがいなくては生きていけない自分と、誰かがいなくても生きていける自分と、生きていかなければならない自分をどこかで、離れた自分が見ている感じを実感したとき安心できるのだろうかねえ。対決に立ち向かうとき母は、「病気がそうさせている」とぶつぶつ言っている。これも、離れた誰かにそう言ってもらっているのかもしれません。
2010.05.01
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