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エストニアの作曲家の曲。昨日初めて聞いて心に響いた。 どこか永遠。 だから、狂気の政権の凶行を防げなかった国に誰も居なくなった時の映像のように思った。 この2年、権力を悪用しつづけるアベコベ氏の大罪の未来完了映像のように僕には見える。
Jun 30, 2014
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核の「ゴミ」という表現も「どうすんの」という表現も折角の活動をどこか損なっている。およそこの種の活動はどこか自らの価値を損なっていて、無責任な大衆や巨悪の者たちに迫りきれないという損をしている。 でもこの1000円で送ってくれたDVDの中身は凄かった。ドイツは原発廃絶を決めているが、長年の間核廃棄物の処理には先進的だった。日本でなら温泉が湧くような深さなので難しいが、特定の岩盤の層に核廃棄物を閉じ込めてしまう。でもこうして映像で現実を目撃したら、それは不可能なのだと誰でも分かる。地球を相手に、閉じ込めたままにしておくということは決してできないと分かる。 関係している人も、ほんとうはどこか分かっていて、でもそうしているしかない。それはやりとりで分かった。表情に出るし、説明に建前が混じるし、見せられない場所もあるからだ。 そして、原発立地の自治体の長の話も基本的に日本と同じで、巨悪のムラにがんじがらめになっている。ドイツと言えども、先進しているだけで、基本的に日本とそっくりだった。 末恐ろしい現実は穴倉の映像を見ても分かるし、関係者の言動でも分かってしまう。 もちろん現代日本の国と国民の最大の問題は原発である。 集団的云々など、ほんとは吹けば飛ぶような事だ。 ・・・ 原発問題というのは、実は核廃棄物の問題だということがフクシマで暴露された。再稼働なんてただの狂気の続演で問題を先送りするだけのことだ。 もちろん今の日本は汚染地は福島だけなのではなく、東京も汚染地だいやそんなことはないという狭間で揺れ動いている。 僕は除染など最初から無理と思っているし、東電はこれからも敷地から出る汚染の進行を制御できないと思う。また、政権が自民党に戻ったことで、真実はもう金輪際国民には知らされるはずはなく、汚染は列島全体に拡散し、北半球に拡散してゆく。食品の汚染も同じことだ。100ベクレルも10べくレルも有害は有害だ。まして500ベクレルなら、事故以前の1000倍もある。たとえ1ベクレルでも影響は誰にも分かりはしない。放射性物質を体内に入れることが危険の始まりなのだ。そしてもちろん子供や若者に一層深刻になる。 言うまでもない話だけど、原発の事故を防ぐことは不可能だ。原発の核廃棄物質の処理は不可能だ。それなのに、再稼働と言う狂気の凶行を防ぐことも不可能だ、という有史以来の危機に人類はある。 この恐ろしい不可能ミクスの結末はもう言葉にはできない。
Jun 29, 2014
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人間はみんな必ず死ぬと思っている。死ぬと分かっている。他者の死を悼む。心から悼む気になる。わざとらしい場合もある。でも、死んでしまったことを笑ったりはしない。それなのに死がいずれ来ることは笑ったり、苦笑交じりに言うことは多い。もう歳だし、長くは居ないのだし、というのを自虐的に言う場合だ。 生きている者には、死はほんとはこんなふうに口にするにはあまりにも深刻な現実なのだけど、もしかしたら、深刻でもなんでもないのかもしれない。 少なくとも、アベコベ氏はそうらしい。 2012年という時にせっかく政権を取ったというのに、やることは逆行ばかりのサイテー男だった。 「参拝」できなかったことがザンキのネンじゃなく、それを言うなら原発を顧みなかったことこそざんきのねんであり、起こってしまった非常事態こそざんきのねんであり、コントロールできないことを知ったからには原発廃絶に舵を切る最後の機会、唯一無二の使命が彼には降りたのだった。 凡庸の大罪というべきか、 狂気のように逆噴射に走りだしただけでなく、世界の範たる平和憲法を蹂躙する凶行に出た。 日本列島を放射性物質の墓場にするのが原発の末路なのに、何を世迷い事ばかり繰り返しているのだ。 山本太郎議員と広瀬隆さんのドイツ視察のDVDを見た。小泉純一郎さんがフィンランドで見たものは知らないけれど、小泉さんが改心したことはよく分かる。誰でも見ただけで分かるだろうけれど、放射性物質廃棄ということだけでも「不可能」という3文字しか出てこない。 山本さんも広瀬さんも恐ろしい現実を見ながら、ときどき笑いでごまかすような物言いになる。それは気になることだけど、世間で人々が死について口にするときと同じだから無理もないなと思った。 悲しい。哀しい。
Jun 29, 2014
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いまどき悪事の限りを尽くす政権なので、触れるだけでこちらの精神も汚染される。見ないでおこう、聞かないでおこう、なかったとこにしておこう、といつも思う。 最低最悪のメニューが通り過ぎようとしているが、そのあとにもまだいろいろあるよ。一連のことがすべて同じ体質、同じお仲間の逆走危険思想の売りつくしセール。 これからも、 買ったりしてはいけないが、食べたりしてもいけない。
Jun 28, 2014
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橋元さんは石原さんと馴れ合ったときに維新を台無しにしたが、結いの党との連携のおかげで別れてよかった。なぜあんなのに惚れたのかと男女でよくあるような理不尽なことだった。 3月決算会社の株主総会シーズンなので、彼は関西電力の大株主として大阪市長として出席していた。これは歯切れがよくて、以前から原発廃止を株主として要求し、原発が廃止になったときのリスク管理についても要求していた。それがまるで無視されているので、経営陣は総退陣せよと迫った。 3分の制限を10分以上喋ったらしいけれど、ほんとに昔から株主総会というのは酷いインチキなシステムだ。総会屋は排除されたことにはなっているが、今の強権国会と同じで、いやそれ以上に昔から堂々たるインチキ儀式なのだ。 日本社会はそうして見せかけのシステムで成り立っている。 僕がある公益企業の新規事業である有料老人ホームの所初代館長を任されたとき、清掃会社の委託先についてとうぜん公正に国益ならぬ館益に照らして決めようとした。すると親会社の総務部から呼ばれた。親会社の実績ある会社であるいわば指定業者と何か後見者然としたこわそうなのが同席して待っていた。プロだから、僕の説明を理解ありそうに聞いていた。本社の担当も理解ありそうにふるまった。つけいることができない如才なさだった。結局は見積もりを下げてもらって事荒げることなくすませたのだったけど、総会屋業界のような影を僕は見た。どこでもそうしているのだ。 橋元さんは、モノ言う株主に市の持ち株を分散させても主張を貫くと言った。それはそれでそうはうまくいかないけれど、日本中で長年ヘドロ化した既得権益を崩していくことでしか、日本の再生はない。アベコベ氏は言葉は巧みだがそういう方向とは正反対なことばかりする。
Jun 26, 2014
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12年前、ブログを始めた頃はまだ何かと仕事らしいことをしていた。ホームを退任してすぐ始めた輸入業は妻に任せていた。僕は主に介護用品と生活雑貨を扱う仕事と事務所として何かを請け負う仕事を並行していた。お金儲けになったことはないし、その気もなくて楽しくなければ仕事じゃないという主義だった。 事務所は最初は貸し机だった。電話代行と事務所スペースを貸すビジネスが始まった頃、その世話になった。大組織を離れて個人で仕事する高揚感から結構恥ずかしげもなく名乗っていた。B.A.と頭につけることで、business ambassadorという意味だった。京阪神圏に居るので、こちらに支店支社がない企業に、その代行をします、という意味だった。 自分の我流英語なのに、すぐアメリカ人からメールが来て、自分も全く同じことを考えている!と言われて興奮した。でもこれはそうかそうかお互いによろしく、だけで途絶えてしまった。 東京から引き合いが来て、会いに行ったことがあった。向こうも個人業者らしく、いろいろやってそうな人で、大量の輸入品在庫を安く引き取らないかというのとガソリンスタンドの免許があって大阪に作るのを代わりにやらないかというのだった。僕は車に縁がなく、まあ嫌いだったから、気のりはしなかった。名前だけ貸してくれたらあとは全部するみたいな話も違和感があった。でもその人の事務所は東京大阪間の長距離バスの停留所のすぐ傍というそこのところにいちばん惹かれたのだけど、結局は断った。たぶん、もちろん僕には全く向かないに違いなかった。 ビジネスアンバサダーとして実際にやったのは、ふたつだった。ひとつは介護衣料に新規に進出したい広島のメーカーだった。試作品の展示会などをする形でサポートしたのだけど、2年ほどの間で先方が断念した。介護衣料は実は百貨店時代もかかわったことがあって、それも企画段階で断念したのだけど、結局は育たない分野だった。要介護の人にも普通のファッション性をというコンセプトだけど、企画と言うものはしばしば企画先行になって市場に合わず企画倒れになるものだ。たぶんこの分野で成長したのは靴のほうではないだろうか。 もうひとつのクライアントだったのは、これは僕には明かに縁遠かったのだけど、ビジネスアンバサダーとしてのコンセプトにマッチしていたから僕は引き受けた。大衆演劇一座の大阪地方での公演に関するサポートで、いわば関西広報部だった。劇場の手配から、PR.切符の販売などしたこともないことばかりだった。当時介護用品でパートナーになってくれていたSさんが一緒に動いてくれたが、彼女にも全く未体験なことばかりだった。他の大衆演劇の座長にも協力してもらったので、見たこともない場末の劇場の楽屋で過ごさないといけない時もあった。Sさんは後年、僕のお陰でいっぱい体験したと笑っていた。その劇団は僕が関わった最初は大阪では結構苦戦したけれど、ちょうど上り坂で、テレビにも呼ばれるようになってめきめき売れていった。そうなると専門の興行会社が仕切り始めて僕の仕事は2年ぐらいで消えていった。 ブログを始めた頃はプライベートにまだ問題の影を落としていたので、60前後で色々な未体験な仕事をしたことは全体としてストレスフリーに自分をもってゆくのに役立った。 昔からストレスには弱いだけに、ストレスフリーにもっていくのは下手ではなかった。ひとことでいえば、いろんなことをする、というのが僕のストレス対策の要諦だ。
Jun 25, 2014
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再開という言葉は好きだ。 満を持して、という感覚がいい。 初会、という言葉はない。でも、満を持して、という感覚を伴いながら、初めて会う、 という場合の適当な言葉がない。 そういうことが今年ありそうで、そのことはブログをやめられる理由でもある。 架空の名前や、そういうわざとらしいやり方はずっと違和感があった。初期の頃からの長いおつきあいなのに、実名も住所も言ってくれない人がひとりだけあった。ほんとは実名も住所も要らないけれど、そのままではほんとにその人は実存するのかどうか分からなかった。いや分かっていたけれど、実存していないのと似ていた。今年初めて会えそうだ。 ブログは人の存在を感じさせるものでもあるということだ。感じさせるのに匿名の仮装舞踏会状態というのはある種の苦しい状態だった。 昨日のKさんのケースとはちがって、多分初会するだろう。最初で最後でいいのだけど。別に、出会い系じゃあるまいし。 でも、最初で最後、というケースがこれからは増えてゆく。
Jun 24, 2014
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ブログをやめるまであと3ケ月弱になった。12年間続いたのはミクシーやアメーバやライブドアも友達の関係から始めはしたけどすぐ続かなくなった。楽天はフォーマットや編集機能が馴染み易かったし、ブログのつもりだったけどブログ友達がたくさん増えて、リアルにもお付き合いがいろいろ出来た。今のフェースブックは交流サイトでもあるからそうなっているけど、初期の楽天ブログはそういう側面を持っていた。システム変更がなんどかあって、誰からアクセスがあったか自分でも他者からも分かったのが、いつのまにか廃止されたし、ダイレクト送受信できる私書箱もなくなった。たぶん、トラブルがあったのだろうと思う。フェースブックは基本本名だし、普通世間の交流に準じているけど、ブログで本名の人はまずいなかった。 あるとき、僕のブログをよく読んでくれていて親しくなったKさんを何日か泊めたことがあった。やはりブログで親しくなった彼をある大学病院に見舞うために会いたいということが目的だった。結局は会えなかった。病身の自分を見せたくないというようなことらしかった。彼女と音信が途絶えて何年かになるけれど、それから海外留学したので、いつかは交信は復活するとは思っている。でも、ついに彼女に言ってはみれないことがあった。僕は、その彼は居ないのではないかと感じたのだ。バーチャルの中での存在ではあっても、彼女が思っている彼は居なかったのではなかったか、とそう思っているのだ。 ブログは日記帳なのに、思えばいろんなことがあった。
Jun 23, 2014
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海外のメディアでは報道しているのに、国内ではどこもしていない、ということが多くなった。原発関連が多い。まるで一党独裁や独裁一族の特殊国家に似てきている。 病変が現れている牛を福島から東京の官庁まで連れてきて抗議した人が居た。騒ぎは抑えられたに違いないが、黙ってられるか?!という怒りの声は伝わった。 日本人の温和さと寛容は世界に誇れる美徳だし、失ってはならない。でも、圧政と巨悪には黙っていてはいけない。騙されてのに分からないのは最悪だけれど、分かっていて従属するのは反社会的行為だ。僕らは銃も何ももっていないのだから、行動できる者は行動で、行動出来ない者は言葉で闘わなければならない。1万人の呆けた人からただ1人でも目覚めさせれば、すこしづつ流れは変わる。 若者たちがいちばん騙される。若者たちよ、敵は海外に居るのではなく、敵は君たちの中にいる。君たちの上に居る。どうしても武器を持たされてしまったら、持たした者に銃口を向けなさい。
Jun 22, 2014
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アベコベ氏が諸悪の源だけど、自民党の中にいつにまにか陳腐な軍国主義の妖怪が湧いてきている。まだ居たのかという感じだ。 日本は戦後の再建と新生を誇りにしてよいと思うけれど、外交政策は取り返しつかないほど間違った。隣国最優先に転換すべき時期を失したのだ。 いまどき自衛だ防衛だと無垢な国民をやはりそうだなと思わせているのは外交政策の失敗と怠慢の結果の自業自得 であってすでに国益を損なっているのに、さらにそれを増幅しようとしているのが集団的云々だ。アベコベの総合商社みたいな国情にしてしまっている。 集団的自衛権という文字を手に入れたいがためにこの半年の間珍妙な問答の繰り返しで公明党を口説く様子はアベコベ氏の執拗な歪んだ野望を世間に公開しているのと同じなので、国民にはもうわかっている。わかっているけど、他国のように議会を占拠したりはできない国民なのだ。出来るならもう原発爆発後にしている。 僕は韓国も中国も外交努力でこれからでも解決していけると思う。 唯一北朝鮮だけがブラックボックスだと思う。 いつも思うのだけど、 北朝鮮は日本のすべてを掌握している。そう思う理由は書かない。 原発が射程範囲であることはいわずもがなだけど、一般の日本人よりは日本の中枢を 把握している。 お互いに親戚同士みたいなものなのに、現実は悲しい。現実は厳しい。
Jun 21, 2014
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戦争を知らない人が総理になる時代だからいつかはおかしくなるとは思っていた。でも、戦争を知らなくても見識が高ければこうはならない可能性もあったのだ。 あったのだ、と過去形にすることはないのだけど、ひとりのおかしな男に権力を与えたために、その言動と議会支配によって、 今の日本はすでに戦争というものの本質の影を落としはじめている。 その影というのは、自衛とか防衛とかの軍事に肯定的でないとまるで愛国心がないかのような抑圧と国民との分断が起こり始めるということだ。 当然、権力に媚びる側が圧倒するので、経済用語でいう悪貨は良貨を駆逐していく図になる。 国際的には他国は日本を外交的に攻める的が増えるので、自国民をまとめやすくなるし、国家間の摩擦が増えてやはり国防が、集団自衛がという国民が増え、アベコベ氏は自分が撒いた種なのに自作自演の結果の増長を重ねてゆく。 相手国にも都合がよく、アベコベ氏にも都合がよいどこか利害が通じる最低の状況が始まっている。 軍事行動自体は起こってしまえばそれは殺人と破壊でしかない。殺されるから殺しに行くという負のスパイラル以外の何ものでもない。それに、言っておきますが、そういう事態には法もルールもありはしないし、役にも立たない。 あの人は、国民の生命財産を守る、という虚飾の包装紙をまとっている。やっていることは、日本だけ今までのようにしていていいのか、国民の生命と財産を犠牲にすることを同意しろ、ということであって、国益とは正反対である。
Jun 20, 2014
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今地球には、72億人が生きている。生きているけどl、難民といわれる人は5000万人もあるそうだ。国外避難だけでなく国内避難も含めてだ。日本の原発爆発による避難民も移住者も難民ともいえると僕は思うけど、この5000万人は国内外の紛争や貧困食糧難の犠牲者である。地球が100人の村だとしたらそのうち7人が難民状態にさらされている。日本人はまるで竜宮城の浦島さん状態と言えなくもない。 日本は難民受け入れ協力では遅れている。外国人労働者の受け入れにも、まだ整備すべき課題は多いし、難民受け入れはさらにまだ体制が出来ているとは言えないと思う。 それ以前にまず、日本にはそれと同じぐらい深刻な課題が東日本全体の非常事態が続いている。同時に、 地球レベルの汚染源になる懸念もある。 でも、集団的自衛権容認のような、時代逆行のただのありきたりな国にするようなことよりも、地球規模で流動する人々への国際協力の場合はこれもありきたりなことなのだけど、ありきたりにも善と悪とがあるということだと思う。
Jun 19, 2014
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今日で処方薬を全部やめてひと月になる。 一応生きているし、特に異変もないような気がする。 でも、あるかもしれない。 たまたまFBで今日知ったことだけど、癌と診断されても無治療を選択する人はカナダでは20%あるのだという。真偽は分からないけれど、無治療の選択があるということには共感を感じる。日本だけかどうかは分からないけれど、余りにも医薬に従属しすぎているとは思う。 医療の疑問、医療ミス、投薬の疑問、いくらでも実例は知っているが、 基本的には日本人は自主性がなさすぎると思う。 今の悪政もそういう素地の上でだから成り立ってしまう。
Jun 17, 2014
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サッカーは、悪いけど、うるさいだけで関心はなかった。 昨日たまたま途中からテレビのあるところに居合わせたので、続いて2回やられたところを見てしまった。 最後まで見たけど、いいところが全然なかった。 スコアは別としても、こういうのは不本意だろうし、なぜそうだったのかは選手にしか分からないと思う。そういうことはあるからだ。 過日、アーサー・ビナードさんの話を聞いていたら、彼が来日した20数年前は、外人ばかりの宿舎に居てちょうど世界大会だったので、大騒ぎしていたのに、日本人はぜんぜん関心ないみたいだったと言っていた。20年ぐらいで一変したのだろう。半世紀以上前だけど、僕は高校の体育の時間のサッカーが嫌いだった。基本的には体力だけど、走力がいちばんだと感じた。僕はクラスで短距離のラストを競っていた。 ある日、一度だけ奇跡のような日があった。体育館でドリブルのテストがあり、僕はクラスで確か2番ぐらいだった。ドリブルは走力ではないし、体力でもなかった。でも、ドリブルのテストは、相手なしだったから、実はなんの意味もなかった。 サッカー考を続けるとやはり顰蹙を買うようなことになる。 ただ僕はスポーツは勝敗を結果として決めるけれど、勝ってもいいし負けてもいい、と思う。負ける立場がないと勝つ立場もないからだし、負けても楽しくて手ごたえもあるし、勝った相手を称賛できるのも悪くはない。相手はこちらと同じ立場なのだから、相手の喜びを喜ぶこともできるのは、対戦した者でないと分からないことだ。
Jun 16, 2014
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不思議なことは僕も好きなのに、この不思議だけはなんともやりきれない。 なぜこんな悪政に騙されて平気なのかということだ。 最近ふと気が付いてきたことは、自分はもう人生の終盤にいて、高度を下げていく一方なのだけど、それは人生の大半のときのようには忙しくなく、仕事も恋も夢中ではなく、だから世の中や人間について今までよりも見えやすくなってきたからなのだ。 今頃になってから、なんということだろう。 研究不正や偽作曲家のような個人が世の中を動かしてしまうようなのは分かってみればなるほどそうなのかで済むけれど、巨悪は巨悪と名付けるのにふさわしいようなやはり実力を備えている。それを解明、解剖して決着をつけることは一市民だけでなく各種の実力組織でも不可能なのだ。 人生の終盤で日本人と日本の暗転が起こるとは思わなかった。いくところまでいく。そこでなにかが起こる時まで。3分の2の国民が正気に戻り始める時まで。
Jun 15, 2014
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どういう団体の人か分からないけど、この暑いさ中に街頭に立って、集団的自衛権を阻止しましょうと署名運動をしている。いつも思うのだけど、無力で気の毒だと思う。日頃贅沢をしてそうにはない人ばかりなのも気がめいる思いだ。 原発問題も 首都圏も汚染されているかどうかは、公然の秘密なのかもしれないけれど、各種の悪影響を被って、今まで抗議するようなことをするはずもない人が強い悲しみを訴えていて不憫だ。 それなのに、これでもかこれでもかと強権を素人騙しの包装紙にくるんで、まるで時代を弄んでいる。国会は強権政治に合法性を貼付するだけの役目になっている。 法人税の減税などは財界との癒着の再生の号砲のひとつに過ぎない。 公然の秘密と言えば、税金は個人事業者から巨大企業に至るまで、脱税の手口のるつぼなのに法人税率という象徴数字にこだわることがどうして成長戦略のためだというのか。労働人口が確保できないのは自明なのに、税金が高いと国外に出てしまうとか、言ってることもおかしい。外国企業を誘致するためにもとも言うが成長期がもう終わっている日本に来る企業はどちらかというと日本の弱いセクターが壊滅するような業種だと僕は思う。 それにあの饒舌はいつもそうなのだけど、財源は法人税の範囲内でなどと強弁しておいて、結局はそうはならないと思う。そうなったようにみせかける知恵は官僚にはあると思うけれど。
Jun 14, 2014
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あっというまに地球レベルになったフェースブックだけど、いいね!にはなかなか馴染めなかった。英語のlikeもどういう感覚なのか分からないままだし、それでも毎日いいっぱい「いいね」を交換している。 何か発信しないと何も反応はないけれど、発信しないで受信中心の利用の仕方の人も多くいる。 毎日のように、それも一日複数回ウォールに投稿するのは僕もそういうことが多いのだけど、かまってもらいたいキャラだとも言われているようだ。自分でもそのケはあるなとも感じるけれど、忙しい現代人が互いに日常を一瞬でも触れあえるのは僕には些細だけど楽しい。 週末の今日は些細なことで三つ楽しかったのだけど、そのひとつはFBのおかげだった。 繋がっている人の投稿にコメントしたら、すぐそのコメント自体にいいね!があった。早朝だし、数十秒で反応があったので、え?と思ってよく見たら、誰でも知っているある人だった。でも長い間メディアで見掛けなかったので、フォローする旨と挨拶メッセージを出したら、それもすぐスタンプが返信されてきた。 僕が嬉しかった理由は、知名人だったからというのもないではないけど、今の日本の状況を憂う孤独感に少し光を当ててもらった気がしたからだ。 昔、プロ野球で江本さんがベンチがアホやから、だったか、なにかそういう趣旨の放言で球界を追われたけれど、アベコベ氏の酷さを批判するとまるでそれはそこいらに居る3人のうちの2人ぐらいの人、つまり友人知人でも3分の2ぐらいの人におまえらアホかと言ってるのと似ているからストレスもあるし孤独感もある。でも、あのような人でも体制に媚びていないようだと知ると希望は捨てなくていいかもと思ったのだ。僕らと違って、批判的な発言をしていると仕事来なくなくなるかもしれないのに、だからだ。 でも、FBが作るネットワークは国も民族も超えているし、強欲も貧困も超えている。権力構造を超えて、透過してしまうこともできる。FBにも今は陰険な妨害や介入が始まっているけれど、理不尽な権力構造を覆すことのできる潜在力はないわけではないと思う。
Jun 13, 2014
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日本人が一番好きなスポーツは野球。事実上国民的スポーツだ。スポーツは好きだけど、野球とテニス以外にはまったく関心がない。野球は、ほんとに普通に好きだ。アメリカが本場ではあるけれど、野球のようなタイプのスポーツがアメリカが本場というのは不思議だ。動と静を実にうまく組み合わせたあのようなスポーツは日本生まれなら納得だけれど、力任せに打ち、力任せに投げるアメリカ人らしさを見たらやはりアメリカ人的ではある。 ヤンキース田中投手は1年目なのにもう10勝に到達した。たしかまだ1敗だと思う。痛快な快挙進行中なのが、普通に嬉しい。 リトルリーグが盛んなところで暮らしているので、よく見掛けた少年野球の中の一人が、あっというまに駆け上がったという気がして、日曜日の早朝など特に自転車でまとまって練習に出かける少年たちを見るといつも自分の顔がゆるんでしまうのだ。 サッカーのようななにか全員参加の熱中現象には違和感がなくならない。オリンピックももちろんそうだ。そのためだったとさえ思う。 今の日本の政権のようなタイプの場合、とうぜんそういうものは格好の目つぶしメディアになるので、とても好都合だから、純粋になれない。今までも次々と繰り広げられたその類の愚民化政策の側面を知った上で熱中してほしい。 国難が進行中で見通しもたたない現実の中で、騙されているのに知らないふりをしないでほしい。
Jun 12, 2014
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ひとりごはんの時は原則として外食になる。行ったらすぐ食べられて、選択幅も大きいのが{回る}ほうのすし店だ。にぎりずしは基本的にちゃんとした鮨店でないとと思うから一品メニューが豊富な店になる。 回転寿司は他国にも誇れる素晴らしいサービスシステムだと僕は称賛しているのだけど、実はあまりにぎりずしを食べないのはそういう店は大声でどなっているからだ。知らない人から出る飛沫だらけの店が気持ちいいいかい? でもこんなの罪のない話なんだ。 3.11でアメリカのトモダチ作戦でドナルドレーガンで活動していた人が被ばくで訴訟していたけれど発がんが原因で亡くなったという。ムラ側の人やその一味なら、原因が原発爆発の放射能とは証明できない、などと言うのだろうけど、首都圏含めてあまりにも意外なような急死が多すぎる。関係ない、証拠を出せ、と言うような次元の問題じゃないはずだ。 海洋の汚染は明らかでも、風も強い美しい洋上でも被曝はさけられないのかも知れないと思うと、また氷山の一角を見た気がする。
Jun 11, 2014
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政治も宗教もブログや交流サイトではいわばタブーだと思う。さわらぬものにはたたりなし。たたりは誰も避けたい。まして今のような昔風ムラ風な世の中では危険でさえあるから無理もない。 今の首相を見ていて聞いていて、なぜこういう頭の人が出来上がってしまっているのかとよく思うのだけど、外相までいった父上とはかなり違うように思う。自民党と言う老舗的なムラ社会がやはりあのように育つ土壌なのだろうと思わざるを得ない。 自公だけで政治を進めることのできる今は、野党がすべて泡沫政党に落ちぶれて、まるで与党の民主的手続きのお手伝いをさせられている惨状の中で権力を弄ぶかのような二つの政党が、片方は確かに宗教団体ブループだけど、老舗自民党というのは優れて宗教団体的なお仲間なのだと僕には思えてきた。これからもいつでも逆走男が育つ土壌なのだろうと思う。 だから逆走男の頭の中は原理主義なのだ。 ほんとうは本人自身は国と国民の生涯を犠牲に晒してゆく原因になっているとは分からないようだ。 カビの生えるような陳腐な言説の数々。カビの季節に今複合汚染が全国津々浦々に測定されているはずだ。 そういうことだったのだ津々浦々。 僕たちは無力だ。無力だけれども、許せない。
Jun 10, 2014
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今朝は休刊日だとすぐ分かった。新聞もテレビも基本的に追放したから、なぜ分かると言うと。。。毎朝、家の前の道路にペットフードを沢山放置していく者があるのだけど、今朝はなかった。長年にわたっていろいろ紆余曲折があり、野良猫の繁殖の犯人たちが居るのだけど、近年はどうもこの1人になっているようなのだ。つまり新聞配達のついでに放置してゆくらしい。動物が好き嫌い、動物愛護とかという次元を相当逸脱した変質的なものを感じるので、お願い掲示も町内会も交番所もうやむやになっている。逆恨みを恐れるのも無理はない世の中だからだ。職場に通告したら、本人が失職するかも、というのが僕が自制している理由ではある。これは迷惑行為なのだ。近隣家庭への迷惑と、何よりも猫たちへの迷惑だ。野良猫は餌付けしないでも生きていけていると僕は見ているのだけど、人間の一種のエゴでこういうことをやめられない人があるのは仕方ないとして、そのためにどんどん過剰に猫が増え、可愛そうな猫をどんどん作り出してきた。子猫が死んで、庭に埋葬したことは再三あるし、猫と競争するカラスの死がいもそうしたことがある。カラスも猫も排泄がすごい。僕はいっぱい植物を育てているから、なんどもアタマに来ている。僕の家族も動物を可愛がるから、昔からみんな野良猫出身だし、今いるチャタローなんか僕が尊敬さえしているから、むこうも上から目線でなついている。街の中で野良猫問題はよく起こるけれど、僕は基本的には「猫も安心して住める街」がコンセプトでいいとそう思ってはいる。思ってはいるけど、僕の家の前、厳密には門からいちばんお隣寄りと空き家であるお向かいの前、のこの長年続く変質的行為には許せないでいる。こんなまずいペットフード要らないと、食べ残すからカラスの乱舞までに僕は水路の魚の餌にまいている。これからもこの紛争は続くけれど、決定的なことにはしないでおくつもりだ。集団的自衛権も使う気はない。
Jun 9, 2014
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睡眠中の夢は相変わらずよく見る。記憶はすぐ蒸発するけど、よく見るなあという記憶だけ残る。 たまに半日は覚えているものもあり、長く覚えて記憶が更新されるのもある。 記憶しやすいのは、夢だけの架空の世界じゃなく、どこかリアルにリンクしている場合だ。でも なぜか夢は蒸発が速い。 昨夜のはもう蒸発しつつあるけれど、夢によく出てくる場所だった。大阪の商店街の外れのようでもあり、バンコックの広がる市場の一角のようでもあるところを、何人かで話しながら歩いていた。すぐ横で僕と話している女性は海外にいた時の話をしていた。禁止されている国の多いタバコ?のことだった。現地では多くの人が吸っていると。そういいながら、彼女は吸い始めたので、どんなの?と言うと彼女は僕にそれを試すように差し出した。僕はちょっと吸った。 タバコなんか、半世紀ぶりだよ、と僕は言った。 ははあ、癖になるなと思う感じだった。 一口、ほんの2センチほど吸い込んだだけで、また返したのだった。 ふと、夢の中だったか夢が、覚めた瞬間 だったか、今ではわからないけれど、え?これって間接キス、とつぶやいたか、 そう思った。 タバコは、人生でいちばん嫌いなもののひとつなのに、この夢の深層をしばらく探索してみた。 その人はタバコなんかぜったいしない人なはずだし。。。。
Jun 8, 2014
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明け方にトイレに立った時、その空気感が結びついた記憶が蘇った。業界の視察旅行で、初めてアメリカに降りた朝だった。団体旅行で必ず抜け出す僕は、サンフランシスコの公園に入った。早朝のすがすがしい空気だった。雨上がりだったと思う。 ひと気のない公園のベンチに、若い女性がひとり本を読んでいた。初体験で高揚していた僕は、写真に撮ってもいいですか、と聞いた。ごく自然な笑みでいいですと答えてくれた。デジカメじゃないから見せられないので、住所をもらった。ノースカロライナ州から来ていた。 その焼きつけた写真は、長年家にあった。北欧的な民族衣装のような素晴らしいもので、とてもよく似合っていた。写真は送れなかった。住所のメモを帰国までにもう失っていたのだ。長年の心の傷が、小さいけれどもくっきりしたままで半世紀近くなっている。今なら、愛フォンで撮ってバックアップするのに、小さな後悔はいつまで経っても色あせないでいるのだ。あろうことか、その写真さえも今は何処にあるのか分からないでいる。でも、頭の中には残っている。 あの朝の日の晩、僕はまたしても単独行動して、大手コンピュータ会社の駐在員がまわしてくれた車でUCLA近くのオフィスに向かった。乗ったことのない大型車で、座席に埋まりそうになりながら、嵐の中を少し不安な初心者モードの日本人になった。アメリカ人の運転手と何を話せたかは忘れているが、ハリケーンが来ていると彼は言った。 夜遅く、レストランはとてもよかった。その経験以来、外国に行くと、大学のある近辺でレストランを探すようになった。後年、オックスフォードでも、それはイメージ通り当たった。 人は皆、成功体験を生かすことができる。成功体験を生かすことはできるけれども、人皆、得意なことで失敗する、ということも言えている。 悪業の限りを尽くしているアベコベ氏にもいつか破たんは来る。そう期待している。
Jun 7, 2014
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僕が生まれたのは1939年。この愛する日本が歴史上唯一発狂した時代だ。二十歳の頃に傾倒した加藤周一は、その20年前の1919年に生まれている。加藤周一の著作から知ったE.M。フォースターがさらにその20年前、今から105年前に書いた短編、Machine stops機械は止まる、は若い僕を突き動かした。 なぜか生まれつき、それは時代がそうしたのだろうけれど、僕は全体主義排斥が信条だった。この短編は、そういう信条に響いたとともに、そういう地球になりそうな示唆に富んでいた。今の文明とネット社会を投影している。 今はもう、日本がどうのというような時代じゃない。22世紀はないかもしれないし、あってもこの105年前のSFのようになっている。核兵器とその仲間である原発だらけの地球にしていったい何になる。積極的平和主義というような子供だましプロパガンダを拡散して、真似てはいけないありきたりの国にしてなにになる。 僕が生まれた頃にあった精神的毒物がまるでヘルペス菌みたいに眠りから覚めて発症しているらしい人物が権力を握ってしまっている。彼と彼の仲間たちに事もあろうに権力を持たせてしまった呆け症状の人々だけが気が付いていない。 現代は昔とはちがってもっと複雑だ。国も国民も発狂するようなことにはならないかもしれないが、国民が奴隷になる本質は変わらない。組織も高度、技術も革命的、強欲層の規模も物凄い。多くの人がフリコミサギの犠牲者のように信じられないことだが騙されている状況がある。 地球の反対側で互いに孤絶している母と息子の会話から始まるこの短編をモチーフにした動画を始めて今朝知った。 偉大で素晴らしかった戦後の日本と日本人を台無しにしそうな勢力に絶対に屈してはならない。騙され続けている人は目覚めてほしい。個人的には、すこしづつ、暇を作りながら、過去に探索して夢のある未来を投影する日々にしていきたい。
Jun 6, 2014
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はいかい、といえば、かつては俳諧のことだった。 分かっているだけで、国内で1年に1万人もの徘徊事案があるという。高齢者問題にかかわってきた僕でも驚きの数字だ。 もちろん、家族でもかつては何度も経験した。徘徊の理由は専門家や研究者でも未だに納得がいく説明はないけれど、女子大の学長までなった祖父の場合、15年以上認知症だった義母の場合に限って言えば、それは帰りたいところがあったからだと思う。祖父は僕が小学校6年のとき他界したが、老衰気味だった晩年は同居していた。だから、暮らし慣れた場所ではなかった。義母の場合、1.17で被災したから、一時は老親3人がうちで同居していた。やはり長年暮らし慣れた場所じゃないから、いつも口癖のように言葉を挟んだ。「これ持って帰ろ」と呟くのだった。そして何度も居なくなった。手足など体に不自由はなかったから、不意に見失うと信じられないほど遠くに行っていた。切符を自販機で買ったのか、自動改札をうまくすり抜けたのか、私鉄の駅から終点まで行って、改札抜けて、さらにはJRの改札に入り、また電車に乗って、次の駅で保護されていた。 友人の父上の場合だと、出張の記憶なのか、空港まで行って、札幌空港で保護されている。 もちろん、有料老人ホームの館長だったころは、いろいろとあった。忘れられないのは、まだ70台そこそこの男性で、マイカーで行方不明になり、僕らは徹夜で待っていたけれど、明け方に警察から交通事故の知らせがあった。道路の分岐点のコンクリートに衝突して、車は壊れたのに助かった。軽い痴呆気味だったからいつも気になってはいた人だった。軽い痴呆で迷ったけれど、軽い痴呆で狼狽せずに赤ん坊のように難着陸したと想像した。さすがにそれでマイカーとは絶縁出来た。 認知症も徘徊もとても不思議で仕方がないが、あと紙一重でそれが何であるのか分かるような気がしながら何年にもなる。分かると言っても医学的学術的な意味でなくて、自分も人間だから分かりそうな気がする、というだけなのだけれど。 アメリカのホームで体験ステイをしたとき、食事の時にそこのマネージャはあえて僕をボブと同席させた。小柄の男性だった。ほとんど会話は成立しなかったけれど、なんだか穏やかな時間だった。あとで、かなり弱っておられるね、と彼女に言った。 そうよ、よくわかったねアーサー、彼はもうかなりconfusedだから、ナーシングホームに行くの、と言った。 アーサーはアメリカ人用の僕のニックネームだった。 そこは女学校を改築したホームだったが、徘徊を想定した設計ではなかった。 アシステッドリビングというそのカテゴリーから、要介護専用のホームに彼は移らないといけない矢先だった。そう聞くと、ボブの穏やかにはどこか諦念が漂っていたと感じた。 confusedという痴呆、認知症に相当する英語表現がよく合っていた。
Jun 5, 2014
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最後まで聞ける人はいないだろう。だからだめなんだ。
Jun 4, 2014
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逃げるな、という声も聞こえた。あんな男に皆騙されて、騙された連中の中で思いを吐露しても自分が汚れるだけだともうこのスペースを無くそうと思った。無くしてもいいと思う出来事があった。ブログも交流要素もあるので、でも交流しているのに自分を晒さない人が居た。たとえブログでも、リアルの世界と同じように交流出来ないことがブログの世界に違和感をぬぐえなかった。でも不意に、普通にしてくれそうになった。だからブログのわだかまりが、未来完了形だけど溶けた。だから止められると思った。止められると書いたら、とめられる、とも読めた。あんなアベコベ男を批判しているから、刺客が見え隠れした、というわけでもなかった。でもちょっと、もうやばいかもとも思う面もなくはなかった。少し真面目に言えば、僕には若い時苦い経験がある。僕は人を悪く思うことのないタイプだった。あるとき、部下があまりにも人間関係で難しいことを言うので、そういえばそうだな、と特定の人を批判的に思うようになった。そういうことは始めてだった。でもそうすると、それはもう治らないのだった。自分に汚染が始まったのだ。化学反応のように、心のシミは取れなくなった。もちろん、アベコベ氏のようなオールマイティな権力を持つ者はこの体験は適用できない。逃げちゃいけないと思った。たまたま、大学出てすぐ日本に住んだアーサー。ビナールの講演に行った。2回だけ、ラジオと書き物で接しただけだったが、ずっと気になっていた。全く共感していたからだ。偶然土曜日に見つけて、日曜日に行ったのだった。NHK文化センターのプログラムのひとつだった。東京だったら、企画は生まれなかったかも知れない。おちろん、詩人、童話作家、言葉のスペシャリストの人としての出演だけど、彼の見識は痛快なほど僕にはぴったりしている。でも、彼がまだ活動できるのだから、日本はまだ北朝鮮や中国よりはちょっとだけマシと思った。現状は限りなく似てきているけれどだ。それに、世の中にはまだまだ騙されない人がいることも少しづつだけど見えてきた。人間は、追いつめられて四面楚歌に思っても、いくつか光明は見えるものだ。
Jun 3, 2014
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