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毎年、7~9月の間に5日の夏休みがもらえる。いつものことだが、なんやかんやで9月の末に最後の休みを取るはめになるのだが、今年は今日がその日。だが、雨で順延した業務上の大きな行事があり、午前中はちょっと参加しなければならなかった。その大きな行事と同じのが他に2回、講習会などが5回、それだけでも売れない落語家よりも忙しいのだが、プライベートで落語会に3回通い、人間ドックまで受けたのだから本当に忙しい9月だった。 10月はというと、業務上はさほどの行事はないが、部下の挙式や昔馴染みの集まり(鷹朗会)やら2回の落語会などで、また、忙しくなりそうだ。
2014.09.30
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「コミックはいまだ黎明期である」という、やたらに重々しいうたい文句で、創刊したIKKIだったが、これといったヒット作も生まれず、2年目ぐらいからは、書店から姿を消し定期購読を申し込まなければ入手困難になってしまった。私にとっても、やたらと読みにくいマンガばかりで、それどころか、私の神様である手塚治虫をパロディにした失礼な作品も連載されたりして、真剣に抗議したこともあった。購読を止めようと何回も思ったのだが、そろそろ休刊するだろうと意地だけで14年間も購入し続けていた。 コアなファンがいる作家の作品でも、まったく面白くなくなったのは、マンガの読み手としても年齢が行き過ぎたのかと自分でもショックだった。まぁ、好きな作家が亡くなったり、筆を折ったりしているのだから、それも当然なのかもしれない。なんにせよ、私の中で一つの時代がひっそりと終わった。
2014.09.29
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喬太郎師匠は愛煙家である。そして今回の会場ジョイナスは、喫煙室が一か所だけしかなく、おそらく楽屋も禁煙と思われる。開場直後に、その喫煙室に入ったところ、まだ私服姿の喬太郎師匠が入ってこられた。実は、前回のこの会場の時も、この喫煙室でご一緒したのだが、その時は全部で5~6人いたので、みんな、うれしいのに、牽制しあってか、話しかける人はなかった。だが、今回は私と師匠の二人だけである。会釈をすると答えてくれたが、素知らぬ様子でケータイをいじりながら一服していらっしゃった。喫煙室を先に出るタイミングで、「師匠、12月に大館の大町にいらっしゃいますよね」とお伺いすると、「えぇ、大館、行きますよ」と答えてくださり、「そっちも、楽しみにしています」と、とってつけたような返ししかできなかった。それでも、あなた、いまをときめく師匠と会話ができたというのは、ベタにうれしかった。これだからタバコはやめられない。
2014.09.28
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あきた落語愛喬会は、柳家喬太郎師匠のファンで結成され、毎年春と秋、喬太郎師匠を秋田市に呼んでくれる。今回は師匠の独演会だが、来年の春は春風亭一之輔師匠の二人会だそうで、これも楽しみ。なにしろ秋田県内の落語ファンにとっては、本当にありがことだ。今回も、ほぼ満席。演目は次のとおり。一席目 初天神二席目 梅津忠兵衛三席目 猫の災難 秋田に縁の深い師匠なので、年に最低三回はきいている。なので、どれも二回以上聴いた演目だった。その上で生意気な感想を言ってしまえば、二席目は、今回が一番の出来だったように感じた。一席、三席目は、爆笑ネタで大ウケ、数人いた子供客も笑っていて、これは寄席のいいアクセントだと思う。12月には恒例の大館市で大町特選落語会にも来てくれるという。楽しみだ。
2014.09.27
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青年マンガ雑誌「月刊IKKI」は、2000年に週刊スピリッツの増刊として誕生し、2003年から月刊となった。スピリッツの創刊号からの読者である私は、当然のように全部を購入し、保管している。それが、今日発売の通巻140号で休刊となった。出版の世界では「休刊」は「廃刊」のことである。創刊当初は、まさに鳴物入りだった。しかし、売れなかった。売れないので、一般書店では置いていないところが多く、よほどのマニアでなければ、その存在さえ知らないだろう。どう考えても赤字だと思われもっと早くに廃刊になっていても不思議ではなかったが、出版元の小学館にも歴代編集者にも、かなりの思い入れがあったのだろう。よくぞ、ここまでもったものだ。14年前といえば、まだ40代半ばで、女房も生きていた。その頃の記憶も、あまりないのだが、とにかく、よくもまぁ、購読し続けたものだと、自分でも呆れる。
2014.09.26
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先週末のtotoで、またまた当選メールが届いた。例によって、期待に胸を弾ませながら結果をみてみると、なんと、二つ外れの3等、230円。赤字も赤字で大赤字なのだが、あなた、缶コーヒー2本も買えないとは情けない。それにしても、相撲もサッカーも、トトカルチョってのは、なかなか当たらないものだ。わかっていても、購入する時の高揚感が何とも言えず、なかなかやめようとは思わない。くどいようだが、大金が当たったら、このブログは即閉鎖する。いや、なんとか閉鎖したいものだ。きっと閉鎖できると、信じて、また、明日もtotoを買ってしまうのだった。明日は、ちょっと朝早くから仕事なので、ここまで。
2014.09.25
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私が考えた犬の苦情が減った理由は、1.行政の動物愛護推進、2.屋内飼育犬の増加、3.人口減少、4.ペット病院の増加、なのだが、これらが絡み合って今の状態になっていると推測する。こう言ってしまえばお終いなのだが、これが時代の流れだと思う。なんだかんだ言って、世の中は確実に暮らしやすくなってきて平均化されてきている。良い悪いは別にして、経済も居住環境も整ってきている。その結果、子供にねだられて、まぁ、犬でも飼うかという、無責任な親が減ってきた。犬は、ひろったりするのではなく、購入するものになった。住民の意識も変わってきて、それまでは寛大だった野良犬や放し飼いも許されなくなり、散歩させるのがスタンダードになった。その結果、どこにあっても当たり前だった犬の糞が、飼い主の責任として処理するのがマナーとなった。実際、「家の前に、どこかの犬が糞をしたので、片付けに来い!」という苦情も1件や2件ではなくなった。無論、片付けに行くことはしないが、犬と飼い主が特定できれるように対応はする。ともあれ、犬とヒトにとって、いい時代になってきたことは確かだ。今、部下に、昔の苦情や捕獲や不要犬が多かったことを話しても、まぁ、理解さえできないだろう。ただ、あの時代があって、今があるのだということは、うるさがられても伝えていきたい。
2014.09.24
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苦情が減った原因を、もう一つみつけた。その4は、ペット病院の増加と避妊・去勢手術の発達だ。今や大都市ではペット病院が乱立し、もはやインフレ気味だという。秋田県では秋田市以外はそうでもないのだが。したがって、真っ当な飼い主は、選んでペット病院を利用できるワケで、正しい飼育方法を知る機会が画期的に増えたのだ。 その昔は、避妊・去勢手術なんかは、ほとんど普及していなかったが、今はだんだん常識化してきている。施術は、血統を守るためとか、飼育しやすい性格にするたとかの飼い主側の希望で行われることが多い。だが、子犬の時点でその手術をしてしまうというのは、ある意味、生き物として否定されることであり、殺処分に匹敵する残酷な行為だと私は思う。あくまでも過剰な繁殖の防止対策として施術すべきではないのか。
2014.09.23
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苦情が減った理由のその3は、人口減少。秋田県は、全国で最も減少率が高く老齢者の比率も高い。学校の廃校や統合は今も毎年のように行われており、高校なんかは元の高校名さえ忘れられようとしている。私の二人の子供も、卒業高校は統合され、今はない。確実に人口が減っているのだから、犬だけが増えるはずもない。人口が減り、それにより犬も減れば、苦情も少なくなり、行政もそれに確実に対応できることになる。案外、これが一番の理由かもしれない。新興住宅街では、苦情が続くことが多かったのだが、何年かすると、住民の間にバランスがとれるためか、それも落ち着く。今は、その新興住宅地さえ、少なくなっているし、犬を飼っても室内犬が主流なのでトラブルも少ないということだ。私が、感じて勝手に考えたのは、1.愛護推進、2.犬種の小型・室内飼育化、3.人口減少の三つなのだが、これらを、次回でまとめたい。
2014.09.22
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苦情が減った原因の二つ目は、飼育される犬種によると思われる。私が子供の頃、夕張の街にはスピッツ系統の犬ばかりで、やたらに吠え声がうるさかった。今では、ほとんど見ることがない。その頃、だいたい、血統書付きの犬は、スピッツ、プードル、コリー、シェパードぐらいなもので、それとてめったにお目にかかれなかった。その後、様々な外国種が入ってきてブームにもなったりしたが、そのほとんどが室内犬だった。大型といこれはえば、ハスキー犬ブームもあったが、これは一過性で、それでも、ブーム後にあきらかにその血をひいた雑種が増えたこともあった。最近多いレドリバーやラブラドールは大型ではあるが、性格がやたらに穏やかで、準室内犬扱いで大事に飼われており問題は少ない。血統書付きの室内犬が増えたことから、犬の散歩はあたりまえになり、放し飼いは激減したように思う。
2014.09.21
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中途半端で中断していたが、もう少し書いてみたい。秋田県の県北地区で特に多かった放し飼いや野良犬の苦情が、ここ7~8年激減しており、それによって捕獲犬や不要犬も大幅に減った。では、どうしてなのか考えてみたい。 まず一つ目は、行政でもようやく、動物愛護を実施しだしたということ。これまで捕獲、引き取り、処分は保健所だけでやってきたのだが、「動物管理センター」というような名称の専門的施設が全国的に新設され、そこで「犬のしつけ方教室」の開催などが実施されるようになった。この「犬のしつけ」については、なかなか深いものがあるので、また、じっくり書きたい。ともかく、それまでは、一般の飼い主にはまったくメジャーでなかった「犬のしつけ」という考え方が少しずつ浸透してきたというのも事実だと思う。
2014.09.20
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今日は職務免除をいただいての人間ドックだった。2年に1回受けられることになっているのだが、ここのところ、能代市の病院でやっている。これは別に、その病院がどーのとかではなく、半日ドックが終わったら、大好きな十八番でラーメンを食えるというのが一番の理由だ。胃の検診は、バリュウムを飲むといつも再検査にひっかかるので、最初から胃カメラにしている。今までは胃カメラは「飲む」ものだったが、ちょっと前から鼻からにしているので、胃カメラを「吸う」ということなのだろうが、しっくりこないので、鼻から飲むと表現することにしている。結果は、わからないが、少なくとも血圧が毎年上昇しており、ちょっとヤバイ。胃は、まぁ、問題ないと言われたので、そこはちょっと安心した。 それにしても「人間ドック」という言葉は妙だ。日本語では「入院型成人健康診断」とかになるのだろう。「人間国宝」とかならわかるが、なんで「人間」を頭に付けたのだろうか。「ドック」が「ドッグ」に似ているからとかも、案外ありそうだ。それとも、「個人」とか「成人」とかを無理に訳したのかもしれない。だが、やはり、最初これが出てきた時のインパクトがあまりにも大きくて、凄いと言うので、誰かエライ人がこう呼んだのではないだろうか。今日は、無事書き込めた。
2014.09.19
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このところ、このブログサイトが、おかしい。ここ一週間で、書き込み途中で突然に画面が消えてしまうことが3回もあった。せっかく、書き込んで終わる直前で水の泡になってしまうのだから、たまらない。実は、今もそれが起こった。私だけに、この現象が起きているとは思えない。楽天ブログさん、いい加減にしてくれよ。それにしても腹が立つ。すっかり、書く気が失せてしまった。明日は、人間ドックなので、怒ったままで寝ることにしよう。
2014.09.18
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実は、ビールについて書こうと思ったきっかけは、例の糖質ゼロ、プリン体ゼロの発泡酒ブームだった。発泡酒が出た時には、ミーハーな私は迷わず黒ラベルから浮気した。安いし味もそうかわらないとあれば、それでいいような気もするのだが、1カ月ほどでまた黒ラベルに戻った。説明が難しいが、ようするに発泡酒や第3のビールはビールではないということだ。安いからと、発泡酒などに代えるというのは、何か、ビールを裏切ったような感じがして、後味が悪い。何十円安いからといって、発泡酒に代えるのは、ビンの時代から飲み続けていたビールに対して、どうにも申し訳が立たない。まぁ、売れるからやるのだろうが、ビールの消費が減るようなものを開発するメーカーもメーカーだと思う。尿酸値やコレステロールの薬を飲み続けている私が言うのもなんだが、プリン体やら糖質がダメよぉ、ダメ、ダメーぇなら、きっぱりビールを止める!いや、多分だけれど。ビールは糖質とプリン体を含めてビールなのだから、それらのゼロの発泡酒に代えるというのは、男らしくないし、いやしい感じがしてしまう。だから、私はきっぱりやめる!いや、多分だけど。
2014.09.17
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父の晩酌は、私が中学校ぐらいまでは日本酒だった。当時の北海道の夕張では「千歳鶴」と「北の誉」というのが二大ブランドで、父は後者の方が好みだったようで、一升瓶を定期的に酒屋に届けさせていたようだ。その頃、今では当たり前でそれが主流というか、それしかない「生ビール」というのが商品化された。そこで、メーカーはその生ビールを飲んでもらおうと、今でいうビヤガーデンを盛んに開いたようで、父はそれを「ビール会」と呼んでいた。それ以来、父の晩酌は最初にビールが定番になったように記憶している。今はビンでも缶でも生ビールになっているし、それが当たり前なのだが、当時は生ビールはジョッキでしか飲めなかった。今でも、その違いがちゃんとわかるほどの舌やノドを持っているワケではないが、ビンでも生ビールが飲めるようになったというのは、ナニか、とってもスゴイことのような気がしたものだ。
2014.09.16
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今、私が最も聴きたい噺家、志らく師匠。さすがに青森でも人気は高く、連休最後の日の夜というのに、9分どおりの入り。期待にたがわぬ熱演で堪能させてもらったが、枕が最高だった。その内容を書いてもしょうがないのだが、号泣県議、氷水かぶりに、ゴジラに、朝日新聞まで、笑わせてくれた。演目は次のとおり。一席目(開口一番) 立川らく人 紙入れ二席目 立川志らく やかん三席目 立川志らく らくだ前座のまな弟子、らく人の演目は、艶噺なのだが、若手が演ると、聴く側もちょっと気恥ずかしい。二席目は、談志バージョンといってもいいのではないか。この不条理さと、ばかばかしさは、談志を知っていて、志らくで聴けるという、この上ない贅沢。志らく師匠も楽しそうだった。もっと膨らませてやってもらいたいと思ったのは私だけではないはずだ。三席目は、CDでも聴けない、ほぼ一時間の大熱演。落ちも師匠即特のものか。この噺そのものは、あまり好きではないのだが、志らくバージョンが聴けるとは、至福の時でした。
2014.09.15
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ビールを飲み始めたのは、もちろん大学生になってからだったが、さして旨いとも思わなかった。大学の運動系部活動では、毎年、幹部交代とかの飲み方があったのだが、そこでの主役は日本酒だった。最初の乾杯から、ほとんどが日本酒で、ビールなんぞは軟弱者の酒だという風潮が、確かにあった。学生で金も無かったので、晩酌なんてのはとんでもなかった。また、その頃はビンビールが主流で、缶ビールは独特の味がして旨くなかった。さらに、コンビニはまだ無くて、ビールの晩酌をする過程では中ビンを例のケースで購入していた。初期ののコンビニには、酒屋が転身したというのが多かったように思う。今考えると、ビンが缶になり、酒屋がコンビニになったのは当然の時代の流れだったのか。晩酌でビールを飲むようになったのは、父親の真似だったと、今なら、はっきりわかる。
2014.09.14
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週刊誌の広告に限らず、掲載広告についてはちゃんとした契約があるのだろう。だから窮余の一策で、朝日関連の不適切と判断した見出しの一部分だけ伏字にしたり、空白にしたりして載せていたのだろうが、読者がどう思い、どう行動するのかということに対する想像力が欠如している。今時、伏字になっている見出しが載っていれば、気になった読者は他の新聞で確認するか、ネットで検索するか、終いには購入してしまうだろう。実際に私も、朝日の伏字週刊誌見出し広告で、そんな行動をとったことがあるのだから、これは確かだ。きっと文春や新潮の編集部は、朝日が広告に伏字なんかを使ったら「おっ、今週号は売れるな」と大喜びしながら、怒ったふりをして「表現の自由の侵害だ!」と抗議するのだ。だから、そのまま掲載するのが一番無難であり、今週の〇〇誌の広告は当社の利益に反するため掲載しません、とかのコメントで全部を載せないような契約をするか、そもそもそういう週刊誌とは広告掲載の契約を打ち切ればいいのではないか。優秀な朝日新聞社なら、そんなことはわかっていての判断なのだろうが、やっぱり、偉そうだ。広告は載せてやる、記事は読ませてやるという思い上がりが判断ミスを繰り返す根本にあるのだと私は思う。
2014.09.13
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新聞のデジタル化にこだわるのだが、朝日のデジタル化は、私にとって思いもよらぬものだった。私のイメージでは、画面上に通常の新聞紙面(本社東京版)があって、読みたい記事や広告をクリックするとそれがピックアップされて、さらに過去の記事や地方版にも検索により読み進めていけるというものだった。ところが、読めるのは記事だけで、縦書きが横書きになっただけだった。まるで、「朝日新聞社のありがたい記事をコンピュータでも読めるようにしてやったぞ」みたいで、そんなもの誰が金を払って読むのかと思う読者がいるなんて考えもつかないのだろう。月曜日にポストと現代、木曜日に文春と新潮の週刊誌の見出し広告が載るが、それを必ず読んでいる読者がいるということも分からないのだろう。
2014.09.12
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朝日新聞は、かれこれ30年以上読み続けている、私にとっては最も読みやすい新聞だ。ここまで、ヘタを打ち続けると、もはや笑うしかない。デジタル化の勘違いと身勝手さとかで、ちょっとおごっているとは感じていたが、ここまで、読者の反応が読めないとは。最初から、謝っておけば、全然違う結果になっていたろうに。 それにしても、今回の「吉田調書」の公開タイミングはどうだ。結果的に、社長を引きずり出し、謝罪させたのだから、朝日潰しには大成功の公開だった。誰かが、朝日新聞を徹底的に潰そうとしているように思える。ここで、週刊文春と週刊新潮は、一転して「朝日を潰そうとしているのは誰か」的なキャンペーンをぶち上げてみてはどうだろう。案外、盛り上がるのでは。新聞をうのみにしがちな自分を深く反省しなければならないが、ここぞとばかりに、責め立てる勢力には、空恐ろしさを感じてしまう。
2014.09.11
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実は、9月7日に、今季の枝、豆の収穫を終えていた。最後の収穫はいっちょまえに見が入りすぎていたりしたが、旨かった。まぁ、結果的には大成功で、旨いビールを飲むという目的は達成した。これを食べると、もう、市販のモノは食えない。 さて、今年の反省から、早くも来年度の計画を立ててみた。まず、畑を拡大する。今回は、本当にテキトーだったので、軒下に蒔いたのは失敗も多かった。ようは、で土壌や水ではなく、日当たりが一番のファクターだという結論に達した。ということで、来年は、もっともうまく育った裏の土手をもっと3倍ぐらいに広げて、しかも、6月中旬から、1週間おきに蒔くという方針で、9月いっぱい食べられるようにしたい。裏の土手は、もう、イタドリがやたらに多いのだが、もう少しして枯れたら、本格的に開墾作業をしちゃうつもりだ。あくまでも、つもりなのだが、あの旨い枝豆を来年も絶対に食うぞという気持ちは強い。
2014.09.10
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2か月先の予定を組んでいて、早くも断念せざるおえなくなった。予定では、火曜日の遅い便までの時間にと思っていたら、なんと毎週火曜日は休館日。この日以外だと、うまく時間が取れないので、今回は諦めることにした。それにしても、月曜が祝日の場合の翌日ぐらいは、開いてほしいものだ。まだまだ、文句はある。完全予約制なのはしょうがないとしても、入場時間も、10時、12時、14時、16時に指定され、しかも30分の誤差しか認められないというのはあんまりだ。そして、羽田空港からのアクセスが非常に悪い。これでは、地方のオヤジは来なくてもいいと言われているようだとひがんでしまう。まぁ、このやりかたでも十分に商売になっているのだろうから、ひがみでしかないのだが。でも、なんだか庶民的なドラえもんの世界が壊されたような気がしてしょうがない。「なんとかしてくれよぉー、ドラえもーん」と叫びたい。
2014.09.09
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これまで、選挙に出る知人はたくさんいたが、どうも本気で応援したことはなかった。だが、今回だけは、私に出来ることがあれば、なんでもやろうという気になっている。それなのに選挙権が無いというのは、いかにも残念。そして、ちょっと心配なのが、ネットでどこまで許されるのかということだ。多分、本人のホームページやブログでの宣伝が禁止されているだけで、こんな個人的な、さして影響力も無いブログでなら、Aくんの本名を出そうが、人となりを褒め称えようが、何の問題も無いだろう。同窓生しか読めない高校のホームページも大丈夫だと思うのだが、どんなもんだろう。メールで「Aくんに一票を」と送るのはいいのだろうか。勉強不足で、よくわからないのだが、Aくんの足を引っ張るようなことだけはしたくない。Sくん、その辺の事情やら、この選挙の見通しなんかも教えてもらえればうれしいのですが。なにしろ、道新はネットでしか読めないもので。
2014.09.08
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卒業した夕張北高等学校の同窓会がやたらに元気がいい。これはSくんの力によるところが大きいが、最近は、同級生のAくんが、来年の4月に札幌市の市長選挙に立候補するということで、皆で応援しているようだ。残念ながら、ここからは簡単に参加することもできない。その思いは名取市在住のKくんも同じだったとみえて、今回、大館まで落語を聴きに来てくれた。なにせ、東北在住の同級生は二人だけなので、支部総決起集会としたのだが。 さて、落語は昨日のレポートのとおり堪能したのだが、終わったのはほぼ21時。そこから、30分で北秋田市鷹巣に帰って、いつもはシメに行くラーメン店で飲んだ。その後、いつものスナックへ。考えてみれば、Kくんとは5年前の田沢湖マラソン以来で、被災した後にも電話で話しただけだった。津波で家もクルマも失い、ゼロから出直しせざるを得なかったKくんの言葉は、とくに「死を覚悟した」というのは重かった。多少ボケ始めている頭でも、昔の話や友人たちの消息は、いや、楽しかった。翌日は、八幡平の秘湯 後生掛温泉に寄り、盛岡駅までお送りしたのだが、そういえば、震災以来、岩手に行くのは初めてだったと気づいた。
2014.09.07
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金曜とはいえ平日の18:30からの落語会、ここでも高校生なんかに呼びかけたが、残念ながら、それらしき若者は見当たらなかった。それでも、宮城県名取市から高校時代の友人が来てくれて、二人で落語を堪能し、その後も盛り上がった。で、報告が一日遅れてしまったというワケだ。演目は次のとおり。一席目 春風亭一之輔 桃太郎二席目 柳家花ごめ 王子の狐三席目 春風亭一之輔 青菜四隻目 春風亭一之輔 唐茄子屋政談 二席目の 柳家花ごめは、秋田県では名士である一族の出身、祖父は県議会議長、叔父は大館市商工会会頭ということで、縁のある大館で、二つ目昇進のお披露目となった。実は苗字が私と同じなのだが、残念ながら親戚ではない。なりたての二つ目だが、噺はしっかりしていて、これからは応援しようと思わせた。 一之輔師匠は、花ごめに気を遣い、一席目からの登場。どの噺にも、師匠一流の味付けがあり、本当に楽しめた。言葉のセレクトと、なんとも言えない感性の表現が、以前に聴いたことのある話をまったく新しい噺のように感じさせてくれた。お客さんは、ざっと見たところ300人弱というところか。来なかった方、もったいなかたなぁ。
2014.09.06
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いや、書いてみるもんだ。このブログで、明日の春風亭一之輔独演会を宣伝したら、なんと、宮城県から一人、お客さんがいらっしゃる。すごい集客効果だと自慢したいところだが、タネを明かせば、仙台在住の高校時代の友人、Kくんが、来てくれるのだ。以前にも書いたが、Kくんはサッカー部のチームメイトで、東北在住の夕張北高同窓生は私と彼だけだ。だから、東北支部同窓会を決行する。また、札幌市では同級生のAくんが市長に立候補するというので、かなり応援が盛り上がっているようなので、こちらも総決起集会を兼ねることとする。 Kくんとは、彼が参加した5年前ほど前の田沢湖マラソンで会って以来だ。同じ東北在住なので、お会いする機会はもっとあったのだが、例の震災で被災し、家を失い命からがら救助されるという、人生最大の災難に遭遇していたので、とてもそれどころではなかったのだ。落語を堪能した後で、そのあたりも、じっくりと聴いてみたい。
2014.09.04
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いつもコメントしてくださる、井上もやしさんと阿部さんから、また、ありがたいお言葉をいただいたので、ちょっと書いてみる。 井上さん、藤子ミュージアムの予約は、もちろん知っていて、やるつもりだが、実は、これがちょっと、ひかかる。なんか、ジブリの森みたいで、庶民から遠ざかっているような気がする。まぁ、これで運営がうまくいっているようだから、それでいいのだが。今から、還暦のオヤジが一人で行って、楽しめるのだろーかと不安もある。 阿部さん、ご賛同ありがとうございます。今、ドラえもんのネクタイは6000円以上するのですよ。昔は、たしか4300円だったんだけど、なんか、高級ブランド化してしまっている。実は、最初は鉄腕アトムのネクタイを集めようとしたのだが、どうにも、オヤジには難しいデザインが多かった。その点、ドラえもんは、なかなかシックなのもあり、遠目からは誰も気づかないことが多い。ここまで、笑われたことはあっても、叱られたことはない、が、それこそ気づかれないだけか、相手にされていないだけかも知れない。そして、定年間際ともなれば、上司も年齢下だったりするのだから、指摘するのもめんどくさいということなのかもしれない。弔事用のドラえもんネクタイがあったとしたら、これは怒られるだろう。私の葬儀では、もちろん可だが。
2014.09.03
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春風亭一之輔独演会が大館市民文化会館で18:30から開催される。一之輔師匠はフジテレビの「噺家が闇夜にコソコソ」にも出演中で今が旬の実力者。このまま旬を続けて名人になってしまうかもしれないので、絶対に今聴いておくべきだ。まだ、前売りで2000円で、高校生以下は、たったの500円聴けるでのだから。 とか、ここに書いても、客が増えるとは思えない。私が、ツイッターでもやっていれば、女子高生や女子中学生に「聴かないと絶対にゆるさない!」とか、かたっぱしからつぶやいて、たとえキモいといわれてでも、お客を呼びたいのだが。
2014.09.02
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M社は、私の、ほんの思いつきに対して、キャラクターの版元なんかにも照会して、かなりまじめに対応してくれたようだ。よーくかんがえてみれば、真っ当な大人は、当たり前の慶事用ネクタイを購入するだろう。それに、M社はなにもドラえもんのネクタイだけではなく、多くの有名ブランドネクタイを製造している。また、慶弔用のネクタイというのは、それなりに専門のメーカーがあるのかもしれない。それでも、これだけ真摯な対応をしていただいたということで、私のドラえもんと藤子・F先生の作品に対するこだわりが、なにか報われたような気がして、ちょっと満足している。そして、これはまだ、計画の段階だが、娘の結婚式という大事の帰りに、藤子・F・不二雄ミュージアムに行こうかと思っている。
2014.09.01
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