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いつものブックスアピアに行ったところ、店員さんが「コレ、注文ではないですけど、いりますか?」と、A4の厚さ4センチぐらいの箱を取り出した。30年近い付き合いの、この書店では、手塚治虫とか藤子不二雄のマンガが表紙になった雑誌まで、注文をしていないのに寄せておいてくれるという、非常にありがたい存在ではあるが、きっと店員のお姉さんは私を「ドラえもんオヤジ」と呼んでいるだろう。で、それはナニかというと「ドラDAYS vol.1」というもので、「かぶってタオルの巻」だそうで、ももクロの百田夏菜子ちゃんが、これを着て笑ってらっしゃる。近頃は、女性誌などで豪華付録本があるのは知っていたが、まさか、ドラえもんでも、この手を使うとは。タオルは、ドラえもんの顔がフードになっていてかぶれるというもので、還暦間近のオヤジが銭湯には絶対に持っていけないラブリーさである。わずか14ページのA5版小冊子はパンフレットのようで、はたしてこれが書店で売っていいものかという限界の商品である。では、買わなかったのかというと、とんでもない、意地で税別1500円で購入。ただし、使用する勇気は、今のところない。そして、これがvol.1であることに怯えながら、次は何かな?と、ちょっと期待している自分がいる。
2014.05.31
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藤子・F・不二雄大全集115巻は4月に完結。まだ、後追いの関連本が2冊ほど出るが、まぁ、一応の達成感に浸っていたのだが、それを許すほど小学館は甘くなかった。まず、「Fライフ」というムック本が創刊。どうやら、3が月ぐらいに1冊出るようだ。全集をコンプリートしたファンにとっては絶対に買わなければならない。これは、まぁ、雑誌なのだから私としても納得して購入できる。しかし、「ドラえもんふしぎサイエンス」というシリーズは、雑誌部分がほんの少しで、組立おもちゃが主体で、なんと10巻で完結したとばかり思っていたが、「もっとふしぎ」となり3巻出ていて、まだ続くらしい。この組立おもちゃというが、昔の学研の「科学」の付録のようなもので、例を挙げると「手回し発電タケコプター」とか「ドラジオくん」とかで、いかにも子供だましなのだ。もちろん、組み立てたりせず、場所取るばかりだ。ここまでは、諦めて、小学館との根競べだと思っていたのだが、さらに小学館の攻撃はようしゃなく続くのだった。
2014.05.30
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2か月に1回のディクト寄席、私の行動パターンを書いてみる。14:30~15:00に、チケットとお風呂セットを持って家を出る。90分後に青森なかまちパーキングに着く。ここは、ホテルと日帰り温泉などが入るビルで、1階の「まちなか温泉」はサウナも広く、なかなかの日帰り温泉、入浴料420円で2時間の駐車券がもらえる。ここでゆっくりと身を清め、会場へと向かう。だから、ディクトでの私は、常に加齢臭とメリットシャンプーの香をそこはかとなく漂わせていることになる。そして、落語を堪能し、「味の札幌 大西」で「ピリ辛ネギ味噌ラーメン」を急いで食べる。ここは、青森名物の「味噌バターカレー牛乳ラーメン」も出していて、私としては楽しみにしているしお気に入りではあるのだが、やはりここでも駐車券がもらえることが大きい。だいたい、21:00ぐらいには青森を出発し、90分後に家に着く、というのがパターンである。これが、先日のように、昼夜興行だったりすると、その合間に風呂に入ることになり、ちょっと忙しい。 とにかく、今はもう習慣になっているこの落語会で、ライブで聴けるというのが、しみじみありがたい。出来れば、もっと同好の志を増やしたいものだが、これはちょっと難しい。やたらと声をかけて人を誘うのもなんなので、せめてここで書いてみた。青森市に行ける方で落語が好きな方、騙されたと思って一度顔を出して下さい。
2014.05.29
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シネマディクトは夜店通りと呼ばれるアーケードの一番端にあるが、3階なので、ともすれば、そこが映画館だとは気が付かず通り過ぎてしまう。私も最初はなかなかたどりつけなかった。ここは、いわゆる名画座で、150席。邦画、洋画を問わず、ここでしか観られないマニアック作品を上映している。そこで、2か月に1回、主に日曜祝日の18:30から開催されるのが、この落語会だ。高座はちゃんとしているのだが、いかんせん、スクリーンの前なので、ちょっと高くなっていて、演者はよいしょと登り着く感じで、これがまた味がある。で、なにせ名画座なので、落語の前に上映の予告編が映写される。これが、とても楽しい。40年前の札幌でATG作品をむさぼるように観ていたころを思い出させてくれる。ここで上映される作品がメジャーヒットすることは、なかなか難しく、テレビで放映されることもめったにない。記憶にあるのは「英国王のスピーチ」と「鍵泥棒のメソッド」ぐらいだが、それも年末年始深夜の穴埋め放送だったような。予告編に魅かれて、近かったら仕事帰りに寄りたい!とは思うのだが、さすがに、それはできない。それでも、予告編だけで、これは観たいと思わせる作品もあって、そんな映画があるのだということを知っているというだけで満足してしまっている自分がいたりする。 話は落語にもどるが、地域限定なのでチケットはここでしか買うことが出来ない。だから、県外から来ている私の様な客は、次回の前売りを買って帰るしかないのだ。
2014.05.28
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青森市古川、県庁やデパートにも近いのだが、やはりアーケード街はシャッターの降りたままの店が多く、かっての賑わいはない。そのアーケード街にある映画館、シネマディクト(正確には、シネマディクト・ルージュ館)で、二月に1回ほどの落語会が開かれる。前の日曜日で41回目になるという。どんなきっかけで始まったのかは詳しくわからないが、青森県の落語の聖地であることは間違いない。開催の中心となっているのは、大館市が誇る秋田特選落語会代表のHさん。私は、勝手に、この寄席の席亭とお呼びしている。私がこの落語会を知ったのも、Hさん主催の大館での落語会でパンフを見たからだった。で、自分がいつごろから来ているのかを調べてみたら、平成22年12月の第18回 橘家文左衛門独演会からのようで、それからはほぼ参加、よっぽどのことがない限り聴かせてもらっている。遠いと思い込んでいた青森市も高速利用で90分、今や通いなれた道となった。それでも、冬はちょっときついのだが。
2014.05.27
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夜の部は、期待もふくらむR-18落語会ということで、艶笑噺ばかりではなく、いろんな意味で、めったに聴けない貴重な内容だった。演目は次のとおり。一席目 三遊亭白鳥 アジアそば二席目 柳家喬太郎 赤いへや (江戸川乱歩原作)三席目 柳家喬太郎 欣也め四席目 三遊亭白鳥 隅田川母娘 いくらここでも、書けないような噺あり、これぞR-18という内容だった。白鳥師匠の一席目は、NHKに出入り禁止になった問題作。宗教問題てんこ盛りでアブナイなんてもんじゃなく破壊的だ。喬太郎師匠の二席目は、乱歩小説のおどろおどろしさを熱演。師匠がおっしゃるとおり、後味の悪い終わりだったが、狂気の落語家は絶品だった。喬太郎師匠の三席目は、誰でも知っている代表的な艶噺。笑ったが、あれは、演じている方も相当に恥ずかしいのではないか。最後の白鳥師匠の噺は、もう何も言えない。ただ、これを新作落語にして演じてしまうのだから、素晴らしくアナーキーだと褒め称えるしかない。 ともあれ、今後、二度と聴くことのできないだろう噺ばかりで、両師匠と席亭に心から感謝。
2014.05.26
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本日は15時からの定例のディクト寄席と、18時30分からの奈良屋劇場寄席の二本立て昼夜興行。ここは、じっくり報告したい。まずは、最初の定例から。演目は次のとおり。一席目 柳家喬太郎 粗忽長屋二席目 三遊亭白鳥 金のエンジェル三席目 三遊亭白鳥 マキシム・ド・呑兵衛四席目 柳家喬太郎 小言幸兵衛 喬太郎師匠は、オーソドックスな古典を演ってくれた。なにしろ、師匠の場合、年間四回は聴いているので、正直言って、初めて聴けるという新鮮味はどうしてもなくなるが、その分、安心して、納得して聴ける。これも、贅沢というものだろう。白鳥師匠は、ほとんどが新作なので、堪能するにはやっぱり慣れが必要だ。三席目は、二回目だったので、しっくり、じっくり楽しめた。 新作というのは、初見の場合、どんな噺でも、私はなかなか入っていけない。だが、桂文枝師匠の新作は、弟子の三若師匠で聴いており、関東の落語家が演じることもあって入りやすくなっている。こうして、残っていく新作が、やがては古典になるのではと、壮大なことを考えたりしているが、あまりにアクの強い白鳥作品は、マニアックに楽しむ方がいいのではないか。いや、これだけでも満足させてもらいました。
2014.05.25
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豚のと畜検査は、おおまかに、1.生体検査、2.電殺、3.放血、4.内臓摘出(内臓検査)、5.頭部切除(頭部検査)、6.はく皮、7.背割り、8.枝肉検査、9.検印の順で行われる。 6.はく皮は、剥皮のことで、きれいに皮をむいてしまうのだが、今は、もちろんオートメ化されていて、信じられないぐらいきれいにむかれる。ただし、この時に、皮からの汚れが脂身に移ってしまう。だから、脂身も熱を通さないと危険だ。大昔は作業員が1匹づつ手作業でむいていて、正に職人技だった。今と比べると、昔の機械も、なかなか操作が大変で、そこにも職人技が必要だったりした。7.背割りも昔は1頭づつ電動のこぎりで背骨の中心を真っ二つに割っていて、これもまた職人技だった。現在は、これも機械化され、きれいな枝肉となる。枝肉とは、映画のロッキーがサンドバック代わりにつかっていたアレの状態になり、8・枝肉検査で最終確認され、9.検印が押される。8.の時には、内臓では腎臓だけが付いたままになっている。検印は、あまり見たことはないとは思うが、その昔は脂身に、食べても害のない紫色のインクが着いていたのを見た方もいるのではないか。ここには、都道府県名やと場の番号などが押される。
2014.05.24
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実は、昨日は仕事で飲み方があって、書き込めなかった。そこで、今日こそはと思っていたら、急な仕事がたて続けに入って大忙し。終わったのは10時過ぎだった。明日も、ちょっと連絡が必要なようだ。 さらに悪いことに、新しくなった卒業高校のホームページに入れなくて悪戦苦闘。気が付いたら25時になっていた。まぁ、こちらの方は、メールでSOSしたらなんとかなるとは思うのだが、どーもすっきりしない。 二日も書き込みを休むと、「さてはtotoで6億円当たったか」と思う読者がいるかもしれないと、必死で書いているのだが、今日はとりあえず、ここまで。
2014.05.23
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豚のと畜検査は、おおまかに、1.生体検査、2.電殺、3.放血、4.内臓摘出(内臓検査)、5.頭部切除(頭部検査)、6.はく皮、7.背割り、8.枝肉検査、9.検印の順で行われる。 続きの4.内臓摘出であるが、舌から肛門までを一挙に取り出す。昔は、なにしろ手作業だったので、汚染も甚だしかったが、今は肛門を結索して極力汚染を排除している。で、内臓におかしなところが無いかを検査するのだが、これは、あくまでも見た目の検査だ。正常な内臓と違うモノは食べない方がいいという判断で、問題があるモノを捨てる。この時点で、腎臓だけが枝肉に残っていて、他のあらゆる内臓は検査パン(皿)の上に乗せられる。ここで、あまりにも異常な内臓があった場合には、その枝肉も寄せられて精密検査の結果、廃棄になったりする。この判断は、あくまでも食べない方がいいということで、食べたら命にかかわるとかいうものではない。5.頭部切除は、なかなか衝撃的だ。頭の肉は、とりわけ頬の肉はなかなか貴重なもので、それなりに価値がある。昔は、頭部分を水桶に貯めて検査していたが、今はベルトコンベアのパン(皿)に乗せてと場内を巡回している。説明文だけではわからないだろうが、なかなかの衝撃映像ではある。
2014.05.21
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豚のと畜検査は、おおまかに、1.生体検査、2.電殺、3.放血、4.内臓摘出(内臓検査)、5.頭部切除(頭部検査)、6.はく皮、7.背割り、8.枝肉検査、9.検印の順で行われる。 1.生体検査では、生産者である養豚場から運ばれてきた豚を目で見て検査する。つまり、運搬途中で死んでしまったものは、もちろんはぶかれ、起き上がれない個体も精密検査に送られる。ちゃんと歩けないとか、どこかに腫れがある個体もここでチェックされる。もちろん、徹底的にシャワーで水洗される。 2.電殺は衝撃的だ。今はベルトコンベアに乗せられて豚の首筋に自動的に電気ショックを与えるというオートメ化されているが、昔は、1頭、1頭を電気ゴテをあてていた。電気ショックで豚は四肢を硬直させるのだが、絶命はしていない。そこで、 3.放血となる。これは、もう、その名のとおり、作業員が頸動脈に刀を入れ、逆さにつるして血液を出し切ってしまう。肉は、この放血がなければ、味も保存性も落ちてしまうのだ。気絶している豚の断末魔の悲鳴こそ聞こえないが、とにかく床からそこらじゅうが血まみれとなり、初めて目にした人にはとても耐えられないだろう。それが、昔でも30頭ほど連続し、5回以上繰り返される。今は、100頭が一単位だろうか。それが6回以上続くのである。
2014.05.20
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月曜日の朝、いつものようにスピリッツを購入。「美味しんぼ 福島の真実編最終回」と「ご批判とご意見」を読んだ。いろんな考え方があるものだ。それでも、この「福島の真実編」が、福島の復興に役立つとは到底思えない。福島の「食」は貴重で安全だと繰り返しながら、「福島は危ないので、ここを出る方には万全の協力をしよう」というのは、どうしても分からない。担い手である県民がいなくなっては、誰がその「食」を提供するというのだろう。それでも、これが問題提起にはなったということだけは認めた上で、私なりの結論。 困難だということはわかっていても、原発事故の収束を国家の威信をかけて最優先すべきではないか。汚染源を抑え込むことが出来て、初めて、除染、復興が可能になるのだと思う。脱原発うんぬんはその後の話ではないか。今の政府がやってくれればそれが一番手っ取り早いが、それが叶わないのならば、「脱原発」ではなく「原発事故の収束」をうたう党に政権を代えなければとさえ思う。国民を守るための憲法改正だとか解釈だとかの前に、福島県民を守るのが先ではないだろうか。
2014.05.19
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明日発売のスピリッツで、編集部の見解などが載り、一応の決着がつけられるという。その前に新聞などでは、いろいろまとめの記事がにぎやかである。 ここまでの記事の大体の論調を、私なりにまとめると1.事実だと証明されていないことを、影響力のあるマンガで表現してしまうのは無責任だ。2.低レベル放射線被ばくについては、わからないのだから描くべきではなかった。3.県民の不安を問題提起してくれたのだからありがたい。4.政府などの行政側が、こぞってブーイングしたのは異常であり、危険だ。5.話の前半では福島県産の食品の安全性をうたっておきながら、福島には住むなという矛盾。 1.2.3.については、だったら、どうしたらいいのかというところまで言及すべきだと思うのだが。4.は、行政側のうしろめたさが如実に出ている。実際に、事故の収束はおろか、除染もほとんど進んでおらず、避難者を呼び戻すめどさえ立たないのだから。5.についてはそのとおりであり、作品として成立していないと感じた。
2014.05.18
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興味の無い方にはつまらないだろうが、ここで、食肉と「と畜検査」について説明したい。スタンダードなのは、やはり豚なので、それで説明する。 ところで、われわれが食べている豚は、生まれてからどのくらいで肉となるのかご存じだろうか。驚くなかれ、生後5か月から6か月、それ以上になると食肉としては固くて価値が下がるのだ。生まれた子豚は初乳を与えた後、すぐに離乳食に切り替え、とにかく大きく育てる。尻尾はお互いに噛み合ったりするのを避けるため切られ、さらにオスは去勢というか、玉を切り取られる。今は、適当な運動をさせストレスが無いようにしているが、昔はただただ食わせて動かさないような飼育方法だった。生まれたら、すぐに太らせて、半年で食べられてしまう、そう考えると、人はかなりかわいそうなことをしている。ちなみに、繁殖豚のメスは子供が取れなくなった時点で廃用とされ肉にされるのだが、これは大貫と呼ばれ、ひき肉材料として食用にされるが、一般の豚肉に比べて味も価値も大きく落ちる。さらに、繁殖豚のオス、つまり種豚は数も少なく、一応と殺されるが、固くて臭いため、ほとんど人の食用とはならない。
2014.05.17
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「と場(とじょう)」というのをご存じだろうか。屠殺場(とさつば)のことである。ここで、「と畜」を殺し、解体し、検査して安全な食肉にするのである。「と畜」とは、豚、牛、馬、山羊、緬羊と決められており、熊やイノシシなんかは、「と畜」とは呼ばれない。したがって、「と畜」以外の肉は検査を受けていないし、厳密に言えば「食肉」とは呼ばれない。ちょっと外れるが、食鳥(鶏、鴨、あひる等)については別の法律があり、食鳥処理場で検査を受けている。 昭和の時代には、この小さな「と場」が秋田県内に10か所以上あったのだが、平成7年ぐらいに、それらはまとめられ、今は県内に二つしかない。昔の「と場」はほとんどが跡形もなく取り壊されているのだが、最後まで残っていた大館市の「と場」が、この春に取り壊された。ここは、私にとっては若い頃にいろいろな経験をした懐かしい職場だった。取り壊すまでは、市の物置のような使われ方をしていたのだが、外観はそのままで、遠くからクルマの窓越しに、あぁ、懐かしいと眺めていたのだが、ある日、忽然と無くなっていた。跡地には、今時の流行で太陽光発電のパネルが設置されるそうな。ということで、以前にも書いた記憶があるが、昔の「と場」について、思い出しながら書いてみたい。
2014.05.16
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今回の騒ぎは、主人公が鼻血を出したという、ショッキングな描写から始まった。これが被ばくによるのかどうかということが大きく取り上げられたのだが、断定できるデータはどこにもない。考えてみれば、広島、長崎の被ばくの影響はいまだに、その実態はわかっていない。お国柄もあるが、チェルノブイリでも、本当のところは見えてこないと私は思っている。では、福島はとなると、今のままでは同じ轍を踏みかねない。避難者の医療体制はどうなっているのだろうか。また、福島在住者のそれはどうなっているのだろうか。 国と福島県は、避難者はもちろんのこと、事故現場周辺住民の医療ケアとサーベランスを急ぐべきではなかろうか。実際は遅れているのだが、今からでも遅くはない、特別な保険証を発行するなどして無償でケアできる体制を作り、さらにサーベランスを行うべきではないだろうか。被災した方や避難している方をモルモット扱いするのかという批判は当然あるだろうが、ここはなんとかご協力いただきたい。30年後に、「日本はとんでもない原発事故を起こしてしまったが、これだけのケアを行い、このような貴重なデータを集めました」と言えるようにすることが、我々の出来る最低の責任ではないだろうか。
2014.05.15
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作品中で前双葉町長が「双葉町民は福島県内には住むな」と発言しているが、たとえ問題提起だとしても、これはないだろう。故郷双葉に戻れない町民たちは、それでも少しでも近くにと、県内の周辺に戻り居をかまえている。その人たちがが、この言葉を、どう聞くのかということに思い至らないのであれば、怒りを覚えるよりも哀れとさえ思ってしまう。原作者も、復興を願ってはいるのだろうが、もっと違う表現方法があったのではないか。避難を強いられている方々は、自身の健康よりも家族の、特に子供の将来を考え悩んだ上で、福島に戻る、戻らないの究極の決定をしているということに、もう少し気をつかうべきではなかったのか。 では、どうしたらいいのかと私なりに考えてみた。以前ここに、原発事故処理は戦争と同じなのだから、防衛庁を福島に移せと書いた。東京電力も本社を福島に移転しろとも書いた。が、それらを部分的に実行するよりは、超党派で超法規的な「復興省」を立ち上げて、そこに事故処理、復興、研究、医療などの機関を集中させることは出来ないだろうか。担当大臣はいるのだろうが、組織と予算が無いのでは何もできないのではないか。面と向かって反対する党や政治家はいないとは思うのだが、自分たちの生きている内に結果の出そうもない政策を積極的に提案する政治家も、またいないだろうな。誰かまじめに考えてくれないものだろうか。
2014.05.14
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いやいや、騒がれようはハンパではない。新聞社から評論家からコメンテーターから、初めてこのマンガを読んだような輩も、いろいろ書いている。だから、専門的なことはそっちに任せて、ここでは、私の感じたことについて書いてみたい。 一番、まずいと思うのは、このマンガがノンフィクションになってしまっているという点だ。料理を作っている方を実名で紹介するのは別に問題はないだろうが、鼻血を出した病状を持つ実在の前町長を登場させておいて、これは、あくまでもフィクションだとかは通らないだろう。そこは事実なのだろうから、まだわかるのだが、架空の主人公の山岡に鼻血を流させるというのは、発表後のこの騒ぎを予測できていなかったということではないか。原作者の雁屋氏は自身の体験を主人公に投影したもので真実だと言っているようだが、それは雁屋氏の事実なのだから、あまりにも安易だと思う。こういう例もあるという問題提起なのだと釈明しても、あまりにも底が浅すぎる。雁屋氏がどのぐらいの期間、そこで取材をしたというのか。福島在住の方々からすれば、じゃぁ、ここにずっと住んでいて鼻血が出たことがない私の場合はどうなんだと思って当然であり、本当に鼻血を出している健康被害が多発しているのであれば、いくらなんでもすでに問題化していて、ここには住めないとなっているのではないか。雁屋氏は、私なんかよりもっと大きな視点で、この作品を発表したのかもしれないが、結果的に、いわゆる風評被害を煽ってしまっている現状をどう考えているのだろうか。薄学な私にはわからない。
2014.05.13
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ネットや新聞でも問題になっているので、詳しい解説は抜きにして、ごくごく大雑把に言って、週刊ビックコミックスピリッツに連載(現在は不定期)されている「美味しんぼ」というマンガで、福島を訪れた主人公が鼻血を出すという表現が問題となり、さらに今日発売の最新号では「福島に住んではいけない」という前双葉町町長などの発言が載っていて、騒ぎは大きくなりそうだ。 私はこの「ビックコミックスピリッツ」をビックコミック別冊時代から、つまり創刊前から購入しており、さらに、それを全冊保存しているという、ちょっと信じられないような読者だ。したがって、「美味しんぼ」も新連載当時から読み続けている。また、食品衛生に携わる地方公務員として関心を持たざる得ない立場にもあり、さらに現双葉町町長が大学の一つ下の学年の友人だということで、避けることができない問題だと感じた。あくまでも傍観者であり、的外れな指摘をすることになってしまうかもしれないが、思ったことを書いてみたい。
2014.05.12
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いつものことだが、ゴールデンウィークは、子供たちが帰ってくることもあり、休んだ気がしない。今年は特に娘の結納という大イベントがあったので、ことさらだった。そこで、この土日はやらなければいけないことが貯まっていた。床屋とアカスリも、いつもより期間が開いたが、ここだけは、なんとかやっつけた。買い物や掃除・洗濯も最小限は出来たのだが、やり残しもあった。 前にも書いたが、枝豆が大好きで、とくに、30年も前に、実践していたころの取り立て、即ゆでの旨さが忘れられない。このGKに帰った娘が、仕事で家庭菜園をやっているというので、影響されて「だだちゃ豆」の種を買ってしまった。今日にも植えようかと思っていたのだが、時間が不足で断念。来週こそ!ということで、その際にはここで報告したい。
2014.05.11
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以前にも書いたが、札幌ススキノに中学生時代の同級生がママをしている「しーぶろす」という飲食店がある。まぁ、今では少なくなってきたカラオケスナックであり、札幌へ行く時には必ず寄り便利に使わせてもらっている。ママのまち子が、客が来ない、苦しいとか言うので、秋田から札幌へ行く友人にもPRして、札幌での同窓会後にも誰彼を連れて行き、「みなさーん、今度、あなたが来てくれないとこの店は無くなるかもしれませんよー」などと、酔って叫ぶのが恒例となっている。ということで、先日の高校の同窓会でもそのパターンで楽しかった。 昨日夜、その同窓会の幹事たち6人ほどが集まって飲んでくれているといううれしい電話があった。いや、ありがたいやら、参加できなくて悔しいやら。みんなに電話を回して、最後に、まち子ママが、今、また、かけ直すから、と謎の言葉で電話を切った。そして、しばらくすると、秋田の職場の同僚からの電話で、実は、今札幌で、そこで飲んでいるのだという。まち子ママの話では、今日の客は全部、私がらみだという。いやはや、ますます参加できない悔しさが増すというものだ。 札幌市中央区南5条西2丁目 美松村岡ビル3階 しーぶろす 011-552-9331 ススキノにいらっしゃる方は、どうかよろしく
2014.05.10
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「子供」というのが苦手な私は、孫が欲しいとかは、まったく無い。それでも、やはり結婚というのは家族をつくることだと思う。娘に、どうするのかを、おそるおそる聞いてみた。答えは「披露宴の後、仕事との折り合いをみて」という、至極真っ当なモノで、婿殿の方も同じ考えだという。まぁ、ひと安心したのだが、その次の娘の言葉が衝撃だった。「でも、アタシはどこで産めばいいの?」。ぼんくらな私は、「そりゃぁ、病院だろう」と受け答えしそうになったが、そうじゃなかった。つまり、ここ、母のいない、女手の無い実家では産めないということだ。言われてみればそのとおりで、ここに帰って来て出産するといわれても、私にはどーすることもできないし、母もまた年齢をとりすぎている。まだそれまでには時間はあるので、女房の実家や婿殿のご両親とも、じっくり話し合わなければならない。
2014.05.09
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相手方のご両親も、片親の私が娘に執着して、嫁にはやらぬ!などと言い出すのをかなり警戒していたようだが、自分でも不思議にそれはなかった。娘を千葉の大学に離した時に、その覚悟は出来ていたというか、しょうがないと思っていた。実は息子もそうなのだが、ここ北秋田のこの家から通える大学は限られているし、その実力も必要なので、県外に出るしか選択肢はなかった。だから、二人が行きたいというか、行ける大学に行かせるしかなかった。さすがに、最初の住み始めには、青森や千葉に行って、私なりに生活するためのお手伝いはしたが、後は、ほったらかしだった。しかも、どーしても母親目線が完全に欠如している面倒見なので、息子はあまりにも生活感のない、例えば缶詰はあるが缶切りがないというような悲惨な生活をしていたようだ。それは、今もあまり変わらないのだが。 だから、娘も住み始めを除いては、ほったらかしで、やりたいようにやらせていたので、その結果、ここまでちゃんんとした道筋を辿ってきてくれたのだから、認めるしかないのだ。そして、今思うのは、女房が生きていたら、息子はともかく、娘を千葉へ離すのに賛成しただろうかということだ。きっと反対していたのではと思う。少なくとも、夫婦でかなりの悶着があったのではと思われてしょうがない。
2014.05.08
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もう一つ疑問なのが「婚約指輪」というやつだ。これは、どう考えても無駄だと思う。結婚指輪ならまだわかるのだが(私はしたことがないが)、庶民の場合、それを付けるのは、他の人の結婚式に出席する時ぐらいではないか。そんなモノにお金をかけるなら、家電を買った方がいいのではと思う。 もちろん、自分の結婚の時もそういう思いだったのだが、若さゆえのつまらぬプライドで、かなりの安物を贈ってしまったのだが、妻がそれを付けたという記憶はない。 今年の正月に、娘に「実は、お父も贈ったのが、婚約指輪は無駄だからやめろ」と諭していたら、帰省していた妹が「えっ、じゃぁ、その指輪、今あるの?」ということになり、ちょっと探したら、ちゃんとあった。母から娘に指輪を譲るのはよくあることというし、しかもその母は亡くなっているのだからということで、婿殿にサイズ直しをしてもらい、これを使うことにした。サイズ直しの際に娘が職人さんに「これ、どのくらいするんですか」とよせばいいのに聞いてみたところ「いや、リングはプラチナだけどぉ、なにせ古いし、聞かない方がいいんじゃない」とやんわりとダメ出しされたという。30年ほど前の恥が蘇ってしまったものの、指輪もまた、蘇って結納に一役を担ったのだから、めでたし、めでたし、ということで。
2014.05.07
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結納金の相場は100万円で、半返しだとか、地方によってはいろいろ違いがあるようだが、どうもナンセンスだと思う。定かではなくなったが、私も確かに給料の3倍だとかをなんとかしたように思うが、これは意味がないとしか言えない。男性側というか婿側でそれなりの金を出す気があるのならば、それを結婚する二人の新生活資金として提供するのが一番なのではないか。 確かに娘はここまで育ててきたし、我が家の籍を出てしまうわけだが、そこに私や婿側からの金のやり取りが発生するというのはいかがなものか。もちろん、私とて多額の持参金を持たせることなどできない。だから、二人の両親から二人へお祝いのお金を、堅く言えば新生活準備金を渡せばいいのだと思う。 ありがたいことに、婿殿のご両親も、こちらの考えをわかってくれていて、結納金は一切無しということで、二人を応援していくことになった。結婚式と披露宴は11月なので、まだ時間はある。幸いにも結婚する二人も自分たちでなんとかしたいと準備は出来ているようだ。それを、出来る限り応援したいと思う。
2014.05.06
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「結納」というのに、いささか言いたいことがある。今は、昔と違って、仲人もいなくて結納の品も無しというのが、むしろ一般的になってきてはいるが、それでも地域によっては昔ながらの由緒あるしきたりどおりでなきゃダメということもあるようだ。「結納」が単なる婚約の儀式ではなく、家と家の顔合わせなのだというところまでは理解できる。これは、必要なことだとも思う。そして、自分の時も、女房方の親戚のリードで結納の品やら結納金やら婚約指輪を、まがりなりにもちゃんとやった。自分で、やっといて思うのだが、これは改革すべき儀式だと思うのだ。 まず、結納の品である。これはいらないだろう。スルメだか昆布だかをもらって、誰かうれしいのか。神事の品だとはいえ、あまりにも合理性がない。神社とホテルを儲けさせるだけではなかろうか。もちろん、今回は無しにしてもらった。
2014.05.05
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ちょっとここに書き込んだだけで、お祝いの言葉をいただいた。本当にありがたい。ということで、これから、このテーマでちょっと書いていきたい。 実は、今日は結納だった。とはいっても、本格的なものではなく、顔合わせの食事会である。娘と婿は千葉に住んでおり、私は秋田、そして婿のご両親は新潟ということで、秋田市のホテルで集まった。新潟の長岡市からは、部分開通している高速をつかっても6時間かかったそうで、申し訳なかった。こちらは一人で気楽なので、私がそっちへ行きましょうかとも言ったのだが、いや、いただく側が出向きますとのことでこうなった。婿殿とは2回ほど会っているが、ご両親とはもちろん、初めて。こっちとしては、さして気負いがあるわけではなかったが、あちらとしては、気難しい片親のオヤジだからと、相当なプレッシャーがあったようだと、終わってからわかった。飲まないつもりだったが、帰りの運転を娘に託していただいてしまった。婚姻届に署名し、婚約指輪を披露して無事終わった。
2014.05.04
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やりました。私は、ネットでtotoを購入しているので、結果もすぐにメールで届くのだが、このメールは「おめでとうございます!見事、toto当選です。詳しくはサイトでご確認ください。」というもの。で、大喜びでサイトへ。その間も妄想は膨らみ続け、いよいよこのブログを止める時が来た!とか、借金完済とか、仕事も辞めちゃおうとか、念願の図書館をどこに建てようとか、ネットに繋がるまでの数十秒で、そこまで考える。で、今回の結果はというと、これを書いていることで、もはやお分かりだとは思うが、なんとtoto3等当選で660円。妄想は完璧に崩れ去り、虚脱感だけが残った。 神戸VS広島の広島、大宮VS新潟の新潟、どちらかが勝てば5、168円だったし、どちらも勝てば706、804円だったんだ。どうしてくれるんだ!とか怒ってみても、まぁ、さほどの額ではなかったワケで、だから、やっと3等にひっかかったんだと納得したりして。ここのネタになるだけでも、当たらぬよりは当たった方がいいのだ、と自分をなぐさめたりして。
2014.05.03
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「北海道夕張北高等学校 昭和49年卒同窓会のホームページ」http://www.geocities.co.jp/HiTeens-Panda/8001/ というのがあり、実はこのブログもそこにリンクさせてもらっている。先日同期会を開催したのだが、こういうホームページがあるというのは、本当に恵まれていることだ。なのに、ちょっと前まではほとんどアクセスが無くなり、風前の灯状態だった。ブログをリンクさせていただいているので、そうそう書き込みはしていないが、なんとか、同窓生には参加してもらいたいと、ずーっと思っている。参加と言っても、書き込みをしろとかではなく、読んでくれるだけで十分なのだが。だが、これがなかなか難しいのはわかっているつもりだ。それでも、同期会では、「実はこのブログの読者だ」という同窓生が二人ほどいて驚いた。めいっぱいうれしかったのだが、なんだかちょっと恥ずかしかった。だから、ホームページも同じで、結局は、みんなの口コミでしかないと思う。てなことを、書き込んでみようか。
2014.05.02
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案の定、テレビでも新聞でもネットでもメーデーのメも発見できなかった。まぁ、明日の新聞にはちょっとは載るのだろうが。 私が小学生になったばかりの頃、夕張は炭鉱繁栄のピークだった。したがって、街は労働者であふれかえっていたわけで、メーデーは大変な盛り上がりだった。ヤマ毎に、グランドなどに集まった労働者が、市内をデモ行進したと記憶している。風船がもらえるというので、私たち子供も、そのデモの列に着いていった。メーデーだから、学校を休むという同級生もいたような気がする。「とどろきわたるメーデーの~」という歌は今でも耳に残っていて、この日ばかりは、本当に労働者の祭典という感じだったが、きっと、その頃の夕張のメーデーは、国内でも最高峰だったのではないだろうか。今思えば炭鉱会社側も、ここでガス抜きをはかっていたようだ。炭鉱の衰退と共に、労働者でいられるかもあやしくなったワケで、それどころではなく、組合行事の一つになり下がってしまった。それでも、30年ほど前に秋田で就職した頃、まだデモ行進をやっていて、組合の命令で若い者順で参加させられたことがあった。そのまま、花見になだれ込むという、インチキなデモ行進だった。 それが、今はどうだ。日本には労働者はいなくなり、したがってメーデーも無くなったということなのだろうか。参加したいとか、どうした労働者とか煽りたいワケではないが、なんとなく寂しい。
2014.05.01
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