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2010年、最初のお騒がせは、ロンブーの淳、小沢一郎幹事長、横綱朝青龍だろう。 淳は、たまたまお相手が超メジャーだっただけの話で、開き直っているので、まぁ、勝手にしなさいというところだ。あまり興味も無い。 小沢さんは、もう、芸能記事に成り下がった。ここが、問題だ。どうして、このタイミングなのかというのも、確かにあるが、億単位の金を、党のものか、自分のものか、妻や親族のものか、はっきりさせないでいる体質が、貧乏人には気に食わないのだ。だから、堂々と、「党も自分の資産もいっしょだ、ちゃんと書かなくて悪かった」と言えばいいだけの話なのではないか。金もちなのを隠そうとするところに私は腹を立てているのだ。わかんねーだろうな。 朝青龍は、やっぱり社会人としてダメなのだと思う。あきらめて、格闘技に行くなり、暴露本を書くなりするしかない。私は、酒乱が治ったという人をを見た事が無い。これはもう、飲まないしかないのだ。
2010.01.31
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ネットで秋田弁についてのサイトを調べてみたが、思ったよりたくさんあって、中には、ここで書いているのが申し訳なくなるような学術的力作もあった。真面目に秋田弁について学ぼうとして、ここに迷い込んで来た方がいたとしたら、そちらの「秋田弁講座」などに行って見ることをお勧めする。 さて、秋田弁の「単語なまり」でもっとも有名ではないかと思われるのが「がっこ」だと、私は思う。「がっこ」は漬物のことで、たくあん漬けを燻製にしたものが「いぶりがっこ」である。他に「茄子がっこ」とかとにかく漬物は「がっこ」なのだ。 秋田生まれ秋田育ちの娘は、千葉で大学生をやっており、居酒屋でアルバイトをしている。「がっこ」が方言だとは知らずに、「がっこの盛り合わせ」と注文を伝え、しばらく笑われたという。私も初めて聞いた時には、さっぱりわからず、騙されているかと思った。「がっこ」の語源は、聞いたような気もするが定かではない。
2010.01.30
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今では、使う人が本当に少なくなってしまったが、単語の最後に「っこ」を付けるのも、秋田弁ならではの特徴である。先回も登場していただいたA先輩は、この使い手としては達人だった。なにしろ、ほとんどの単語に「こ」を付ける。「犬っこ」「鶏っこ(とりっこ)」「べこっこ(牛)」、だいたいの動物には付けるので、きっとラッコの場合は「ラッコっこ」になるのだろう。「酒っこ」「お茶っこ」だけかと思ったら「ビールっこ」「コーヒっこ」と外来語もまったく気にしない。A先輩の「っこ」で、私が一番インパクトを受けたのが、「アルミサッシっこ」と「ダブルベッドっこ」だった。ふざけているのかと思ったが、本人はいたって真面目だった。 「っこ」は「子」で、小さいものや、可愛らしいものにだけ付くと勝手に考えていたが、どうやら違うらしい。英語の「a」のようなものなのか、だとしたら冠詞ではなく尾詞とでも言えばいいのだろうか。使い手の少なくなった今、研究と保存が望まれるのだが。
2010.01.29
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秋田弁の真骨頂は「発音なまり」にある。私の母は、24歳のときに北海道の父のところへ嫁いだが、「東北の何処から来た?」とか、「秋田の人だな」とか、すぐに秋田出身だとわかられてしまったという。昔の秋田県人は、県外では恥ずかしがってしゃべるのを止めたりしていた。大学の時も、単語でしか会話をしないようにしていた秋田出身の友人がいた。秋田弁は、イントネーションではなく、発音で発覚してしまうのだ。 私の場合、いまだに発音が不自由なので、関東方面に行っても、北海道に帰っても、なんとか、その場に合わせて話すことができるつもりだが、どうしても出てしまうのが、「んだ」である。夕張の「つん」は、面白がって真似をするのだが、真似されるまで気が付かなかった。 久しぶりに都会へ出た時、「すいません、○○ホテルは、この道でいいでしょうか?」と慎重に言葉を選んで尋ね、最後に「ああ、んだ」と言って台無しにしてしまうことがよくある。私も、発音以外は、すっかり秋田県人である。今後は、隠さずに、堂々と「んだ」を使おうと思うが、秋田県人の皆さん、いかがでしょうか?
2010.01.28
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昨日の「せ」と「へ」で書き忘れていたことを。もちろん、すべての「せ」が「へ」になる訳ではない。むしろ稀であるが、二つほど面白い例を思い出したので挙げてみる。「生活」が「へがつ」に、そして女性の名前の「節子(せつこ)」が「へつこ」になるのを私は体験している。法則も何も見出せない不思議な発音なまりである。 このブログの読者でもある幼馴染のターちゃんが、ご自分のブログ(空知高広亭のブログ:Ameba)で、おっしゃっていたが、秋田弁などの発音なまりには「50音には無い特殊な発音がある」というのだが、そのとおりである。ターちゃんの説では、アジア系の発音だとのことだが、正当な秋田弁はフランス語のようにも聞き取れる。特殊な発音の例といえば、「き」だが、秋田弁では「ち」と「け」が入り混じったような「き」なのだ。私も10回に1回ぐらいは、満足な「き」を発音できるが、まだまだである。昔、自在に使いこなしていた女房にレッスンしてもらったが、及第点はもらえなかった。 発音なまりは、このように奥深いが、だんだん薄くなってきているのも事実である。ちょっと、真面目に保存を考えなければならない時期にきている。
2010.01.27
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「せ」と「へ」の例を挙げると、「先生」(せんせい)が、「へんへ」となり、「せつない」は、「へつね」、そして「そうすれば」が「せば」になり、さらに、有名な「へば」となる。「し」と「す」、「ち」と「つ」とは明らかに違うのは、「せ」から「へ」への一方方向へのなまり行であり、「せ」と「へ」の発音は区別できないほと似ていない。あまり必然性があるとは思えないのである。 ここからは、まったくの推測でしかないが、秋田県人はサ行「さしすせそ」が苦手なので、楽な発音に代えてしまったのではないか。 秋田の地方ラジオ番組での実話。女性アナウンサーが、おばあちゃんにクイズを出した。アナ:ばあちゃんの体の中で、「へ」のつく場所はどこでしょう?ばあちゃん:うーん。アナ:ほら、あるでしょう、おなかとか。ばあちゃん:あぁ、へなが(背中)が。アナは、「へそ」と答えてほしかったらしい。ちなみに、私なら、「扁桃腺、扁平上皮細胞、人によっては偏平足」と答える。あっぱれ、おばあちゃん。
2010.01.26
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秋田弁の達人は「ち」と「つ」もなまる。はたして文章で伝えることが出来るのかはなはだ不安ではあるが、挑戦してみたい。 今から20年も前の話、同じ職場のA主任が別の職場のB主任に電話で「佐藤みち子」という女性の名前を伝えることになった。A主任:で、名前は「佐藤みツ子」だす。B主任:え、「みツ子」だすか?A主任:いや、タチツテトのツの「みチ子」だす。B主任:んだから、「みツ子」だすべ。見かねた私:A主任、血液のチだって言えばいいのでは。A主任:ああ、んだ、ケチエキのチだす。 犬の名前でも「ツビ」(チビと思われる)、「ポツ」(ポチと思われる)というようなマツガイも昔は良くあった。伝わっただろうか、チたわることを祈る。
2010.01.25
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偉そうに、秋田弁の発音について書いてはいるが、「じゃあ、お前はちゃんと発音できるのか」と聞かれれば、残念ながらできない。最初は真似てみたりもしたが、うさんくさがられたり、「わざと、馬鹿にしてるべ」とか怒られたりしてあきらめた。だから、私の秋田弁は発音についてはまだまだ本物ではない。冗談抜きで、英語の授業で大嫌いだったあの「発音記号」が必要だとさえ思ってしまうほどだ。 では、なぜ「発音なまり」が発生するのか?私の両親が秋田県人なので、少なくともDNAではない。生まれながらの言語環境が生み出すというのが妥当なところだろう。しかも、「発音なまり」の方々は、その自覚がない。と言うより、「し」と「す」の区別がつかないのだ。これを、真似て身に付けるのは至難の業である。 それにしても、今の時代、「発音なまり」が消えつつある。それがあったという証拠でもある「表記なまりの書類」さえ、電子化で見られなくなってきている。ちょっと、残念な気もするのであるが。
2010.01.24
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年に数回、大館市で落語が楽しめる。 今回は、大館ではおなじみの三遊亭白鳥と立川流初の立川談笑。演目は白鳥が「初天神」と「新あたま山」、談笑が「金明竹」と「薄型テレビ」。 どれも良かったが、私はやはり、立川流が好きなのだと実感した。「薄型テレビ」は、古典の「つぼ算」の談笑得意の焼き直しだが、こりゃ、なかなか。地デジ反対の私にとっては、ある意味痛快だった。もっと驚いたのは、「金明竹」が津軽弁バージョンだったことだ。本来は、こてこての関西弁の伝言口上を、津軽弁でやっちゃうのだ。これが妙にうまいと思ったら、母方の田舎が津軽だそうで、親戚に訳してもらった直伝だという。 方言について書いている時に、このタイミングでこの噺を聴くとは。とても偶然だとは思えない。考えすぎかもしれないが、なんか、私にはそういうところがある。
2010.01.23
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秋田弁は日本を代表する「発音なまり」の方言である。よく知られているのは「し」と「す」。秋田弁では「寿司も「煤」も「獅」も同じように聞こえる。これらは会話の中で、例えば「獅子舞の煤払いの後、寿司をふるまった」という場合でも微妙に違いがあるので、県人は理解できる。が、初めて秋田に来た私は、「罫紙(けいし)」という単語を「けいす」だと思い込み、総務担当者に「けいすください」と言ってしまい、「おめ、なまりを馬鹿にしてんだべ」と怒られた。簾内(すのうち)という苗字も「しのうち」だとばかり思っていた。上司が「なんだ、このワープロぶっかれてら(こわれている)」というので、何と入力したのか見たら、「すずくいし」だった。上司は「雫石」と打ち込んだつもりらしかった。犬の名前も「スロ」(白と思われる)、「ペシ」(ペスと思われる)というのがあった。犬ならまだしも、静子がの読みが「すずこ」だと断言されてしまったことさえある。 今は、テレビやネットの発達で、方言が認識されそうでもなくなったが、昔はこんな「表記なまり」による悲喜劇がたくさんあったのである。
2010.01.22
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さて、秋田弁についてを語る前に、どうしても書いておかなくてはならないことがある。これまで、方言、いわゆる「なまり」には、「イントネーション」と「単語」があると書いてきたが、もう一つ「発音」という重大な要素があるのだ。秋田弁は、この「発音」を抜きには語れない。ここで私がほざいている「なまり論」は言うまでも無く、何の学術的な根拠もない私の感じるままの駄文である。その上で、大雑把に各地の方言を、この3要素で10点満点で分類してみると次のようになる。北海道弁 :イント3、単語6、発音1東北弁(福島除く):イント2、単語3、発音5福島・栃木・茨城弁:イント7、単語2、発音1関西弁 :イント6、単語2、発音2広島弁 :イント5、単語3、発音2九州弁 :イント3、単語5、発音2沖縄弁 :イント3、単語4、発音3くどいようだが、根拠は無い。東北弁の中でも秋田弁と津軽弁は発音が6以上を占める、はなはだ特殊な方言だと私は考える。
2010.01.21
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故郷は18年間暮らした夕張である。札幌で浪人予備校生活1年、相模原市淵野辺で4年の大学生活、そして、秋田で勤務して30年、ありゃりゃ、完全に秋田県人である。 秋田に来た昭和54年、私の言葉は極めて不安定な状態だった。4年間の相模原生活で、微妙にシティナイズされた北海道弁で秋田の県南、大曲市に乗り込んだのだ。両親が北秋田出身なので、ヒアリングはほぼ大丈夫だった。しかし、県南の単語にわからないものがあり、職場の電話応答では苦労した。例を挙げると、「きゃんど」(道の意味で、街道からきたものと思われる)「えんこ」(犬の意味で、犬っこからきたものと思われる) 年配の女性からの電話で「えの前のきゃんどに、えんこいで、どでんしたども、おっかねしておっかねして、どもならねでば」=「家の前の道に犬がいて、驚いたけど、怖くて怖くて、どうにもならない」 分からなかったので、受話器の前で愛想笑いを繰り返すばかりの、23歳の私だった。見かねた上司が電話を引き継ぎ、「つかえねーな」という顔で私を睨んだ。
2010.01.20
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小沢幹事長が検察と戦っている。テレビ的には、キムタクとタモリのようだ。どうでもいいけど、やっぱり金持ちには、庶民の感覚を分かれと言っても無理なのだとつくづく思う。やれ、給料が下がったとか、どこのガソリンスタンドが安いとか庶民が毎日会話しているのを、小沢さんや、鳩山さんや、谷垣さんだって、想像さえできないのだろう。 だいたい、4億円で土地を買ったとか言うけど、庶民の生涯賃金以上の金の出所なんて想像も付かないし、それが「ある」という事実だけでめげてしまう。それだけの金があったなら、そして、それを本当に国民のために良かれと思って使ったとしたなら、これは義賊だ。法的にはどーでも、庶民は許すし、選挙にも勝てる。 私的には、全国民に100円づつ配るとか、夕張市にどっと援助するとか、ガソリンの安値安定基金にするとか、JALをこっそり助けるとか、不公平でもとりあえず、やっちゃいましたみたいな使い方をしていれば、許す。 金持ちは、どーせ、我党が政権を取れば、それが国民のためになるからとか理屈を言うだろうが、伝わっていないのだ。悪代官にしか見られてないんだよ、お金持ちの政治家さん。
2010.01.19
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秋田の方言の稿で、大学の寮に入った時のことを書いていて思い出したのだが、「チッキ」をご存知だろうか。ウィキペディアによると、これは旧国鉄が行っていた「託送手小荷物」制度のことで、知らない人のために説明すると、めちゃくちゃ簡単にいえば、乗車券で布団袋ぐらいの荷物を安く運んでもらえるという仕組みだ。 私は、昭和50年、夕張市清水沢駅から、神奈川県の相模原の大学へと旅立った。父は、クルマで駅まで見送ってくれて、その際に布団袋を駅の窓口で「チッキで」といって出してくれた。当時は布団袋も、チッキもごく当たり前だったし、こんなに便利な輸送手段はなかった。その布団袋が、どうやって寮に届いたのか、どうしても思い出せないのだが、おそらく軽トラかなんかで配達されたのだろう。残念ながら、この制度は昭和61年(1986年)に廃止されてしまった。 ようするに、飛行機の手荷物で布団袋が運べるか、高速1000円でも、ETC付きのトラックが必要でで土日限定だ、宅急便を使えばいったいいくらかかるのかって話だ。チッキについて、コメントください!
2010.01.18
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北海道出身のS先輩は、大学入学直後に「なんも、なんも」と連発してしまい、それがあだ名になってしまった。 千葉の大学に行っていた、K・Tくんは、友人と銭湯に行き、洗い場で隣同士で体を洗おうとして、先に陣取っていたおじさんに、「すいません、席、ばくってくれませんか」と頼んだところ、通じず怪訝な顔をされた。 もう一つ、北海道では「手袋をはく」と言うが、関東では手袋は「つける」というらしく、この辺に、寒さの差が出ているように思う。北海道では、パンツやズボンのように、手袋ははかないと大変なことになるのだ。 なお、北海道弁については下記の北海道弁講座を参考にした。http://www.yumei.com/hokkaidou/hougen.html
2010.01.17
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イントネーションなまりがあまり無い北海道弁は、標準語圏に出てもそんなに苦労はしないし、私もそうそう失敗はなかった。だが、やはり、あるのだ。 大学の寮の同室は、宮城県出身のS・Sくんと旭川出身のN・Tくんだった。N・Tくんとは、札幌の予備校でもみかけていたので、同じ大学の寮で同室になったのには本当にびっくりだった。彼とはサッカー部でもいっしょで、試合にでかけた山手線の電車でのことだったと思う。お互いに慣れない都会で不安だったのだが、次で降りようとした時、N・Tくんが大声で「かっぺい、次で降りるんだべ?」と大声で聞いてきた。私は、ちょっと変わった自分の名前を呼ばれるだけでも恥ずかしいので、知らないふりをしていると、また「なあ、かっぺい、次で降りるんだべ?」車内の乗客は、珍しい北海道弁に苦笑。私は、「そうだってば!」と答え、逃げるように電車を降りた。N・Tくんは、最後まで自分の「だべ」が北海道弁だと気付かぬまま、むしろ冷たい態度の私に対して怒っていた。 なかなか抜けない北海道弁の、私の中での筆頭は「~べ」「~だべ」である。
2010.01.16
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北海道の方言は、基本的にイントネーションなまりではなく、言語なまりである。イントネーションなまりの代表的なのは、福島、栃木、茨城あたりか。これは、もう、本人が標準語でしゃべっているつもりでも、誰にでも出身がばれる。 大学を卒業後、秋田に来た時は、ざっと、30年前の話だが、両親が秋田県人なので、ヒアリングはほぼ完璧だったが、しゃべりはだめだった。おかしな秋田弁をあやつる新人として、時には、言葉がきれいとさえいわれたものだった。今や、ほぼ、秋田県人ではあるが。 私の母は、23歳まで秋田の田舎に暮らし、その後、炭鉱で働く父のもとへ嫁に行ったのだが、最初は言葉で相当笑われたという。そして、30年を夕張で過ごし、秋田へもどったわけだが、帰ってきた当初こそ、「北海道の言葉はきれいだごと」とか、言われていたが、3日後には、完璧に秋田弁にもどっていた。私も同じで、夕張に行くと、ちょっとの間は、北海道イントネーションにもどるのだが、やはり秋田弁は隠せず「んだ」、とかが出てしまい笑われてしまうのだった。
2010.01.15
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北海道の方言で私の中で一番なのは、「じょっぴんかる」である。標準語で「鍵をかける」ということなのだが、これは、北海道以外では、まったく通じない。 大学に入学して4人部屋の寮に入ったが、寮の戸締り当番というのがあって、思わず「ちゃんと、じょっぴんかれよ」と言ったが、誰にも通じず、「ナニ?」と聞き返された。まさか「じょっぴん」が、方言だとは知らなかった私は、「だから、じょっぴんだべぇ」と力説したものの、わかってくれたのは旭川出身のN君だけだった。 思うに「じょっぴん」の「じょ」は錠だろうね。「ぴん」もなんとなくわかる。でも、なぜ、これが北海道だけで通じて、残っている(?)のか、誰もわからない。私の道産子判定法は、「じょっぴんかれよ」と言って、その反応をみるというものだ。すごいだろ。
2010.01.14
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北海道で普通につかっていたのに、他では通じない言葉のナンバー2は、「ジョンバ」である。これは、雪かきに使うスコップのような道具のことで、昔は木製だったが、今ではカラフルなプラスチック製であり、雪国なら何処の家庭でも使っているポピュラーなものだ。 大学のあった相模原で通じないのは、雪が降らないからだと思っていたが、雪国秋田でも通じなかった。秋田では、「スコップ」とか単に「雪かき」とか呼んでいるようだ。 検索してみたが、あまりにローカルすぎて、よくわからなかった。だいたい、カタカナ表記が正しいものか。夕張や道東では当たり前に使われているようだが、札幌でも通じないことがあるらしい。北海道の雪は乾燥していて軽いので、竹箒で掃けるくらいだったが、湿った雪が降ると、本格的に雪かきをしなければならず、「おい、ジョンバもってこい」などという会話が普通だった。少なくとも夕張ではそうだった。もう少し調べてみるが、ジョンバは奥が深い言葉である。
2010.01.13
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過酷な通勤の毎朝、6:30~8:00頃まで、FMラジオで「クロノス」を聴きながら運転している。1月12日、今朝も聴いていたところ、「By Your Side」という、アスリート(元を含む)のサポーターが登場するコーナーで、高校時代の友人、赤石信くんが突然、出演した。今回は、元ニッポンハムのガンちゃんこと岩本勉さんのトップサポーターということでの登場だ。以前から、親しいとは聞いていたが、これほどの仲だとは驚いた。 赤石くんは老舗札幌グランドホテルの支配人で、岩本さんとはニッポンハムの宿泊担当以来の付き合いだという。その放送内容が、また、立派だった。岩本さんへの熱いサポートはもちろん、グランドホテルのアピールもしっかり、故郷夕張市への思いまで、完璧に語ってくれた。なにしろ、全国生放送である。うれしかった。 変な放送の突然電話に右往左往、一喜一憂している私とは、えらい違いで情けなくなる。さっそく電話で話したのだが、いや、いい男だ。P.S:その、いい男から私的なお願いだが、みっちゃん、たみちゃん、ぜひお会いしたいとのことです。良かったら赤石くんに連絡を!
2010.01.12
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T・Y君を知る読者から、思わぬコメントが。こりゃ、まずかったかな、と一応反省してみる。まぁ、本人にも、このブログのことは告知はしてあるので、許してくれるとは思うが、T・Y君、もし読んでいたなら怒らないで、私を許してね。 ただ、言い訳すると、「ウタヘタ」も素晴らしい才能だということを、愛をもって語ったつもりなのである。さらに、私も、人の歌を、どーのこーの言えるほどの歌い手であるわけがない。そこのところを分かってもらえればありがたいのだが。 それにしても、人をチクリる時には、どうして、こうも筆がスムーズに運ぶのだろう。やっぱり、根が性悪なのか。 さて、実は今日もお仕事だった。例のごとく代休による遅れた連休が週末に来る。今は、坂崎・拓郎のオールナイトニッポン・ゴールドを聴きながら、これを書いている。なんか、月曜日はハッピー&ブルーだ。
2010.01.11
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というわけで、職場での飲み方での主役は、すっかりT・Y君となった。「兄弟船」の他にレパートリーも増え、何を歌ってもウケた。飲み方の度に、最初の1曲は彼だ。嫌がるかと思ったが、観客の笑いと賞賛の声には我慢しきれず、何曲でも歌う。彼の新曲でもっともインパクトがあったのが、名曲「メリー・ジェーン」だった。彼が歌い始めると、チークタイムよろしく踊っていたカッップルが、膝からくずれ腹を抱えた。それは、もう、英語も日本語も超越した悲壮感さえ漂う熱唱だった。聞く方も苦しかった。 彼の歌を初めて聴いてから数年がたち、また、いっしょにカラオケへ飲みに出かけた。例によって、最初は彼の「兄弟船」だ。ところが、なんか、以前と違う。笑えないのだ。そう、彼は確実に上達していたのである。今や、ちょっとヘタだが我慢して聞く程度になっているのだ。これは、問題だ。これまでだったら、観客は、間違いなく笑い転げていたものを。酔った勢いで、彼に「なんだつまらない」と言ってしまった。本当に申し訳なかった、年度末には、また飲もうね。
2010.01.10
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めちゃ×2イケてる!のウタヘタ紅白歌合戦を観た。いや、面白い! 20年ほど前の職場に、スゴイ音痴がいた。3年ほど後輩のT・Yくんはご両親が小学校の先生だが、お母さんは音楽の授業だけは他の先生に代わってもらっていたという。T・Yくんいわく、その母親の子守唄で育ったので、音痴になったとのことだったが、コレが中途半端じゃなかった。彼が新人で職場に来た時、体も態度も大きく、当時はまだ出たてのコンピュータを使いこなす彼がナマイキで、ちょっと自分に似たところのアル彼が気に食わなくて本気で喧嘩したものだった。ところが、いっしょに当時全盛のカラオケスナックに行って、彼が鳥羽一郎の「兄弟船」を歌った時だった。それまで、おざなりな拍手をしていた客たちが、全員ひっくり返った。声はおおきいのだが、絶妙の外れ方、もう、全員笑いが止まらない。本人が、けっしてウケ狙いではなく、真剣に必死だけに、よけいに面白い。
2010.01.09
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今朝、二度寝をしてしまった。あわてて、髭もそらずにクルマへ。幸いにも、天気予報より荒れていなくて、道路状況が良かったので遅刻はしなかった。 それにしても、相変わらず、除雪軍団と犬散歩軍団が私をいらだたせるのだ。何回も言うが、必要の無い雪かきは止めて欲しい。そして、本当に散歩が必要な犬だけを散歩させろ!犬がね、楽しそうじゃないんだよ。どうして、雪で狭くなった道で雪かきやら犬の散歩をしなければならないのだろう。 今シーズンは、まだ、事故には巻き込まれてはいないが、一歩手前は数回あった。自分がどんなに気をつけていても、対向車が突っ込んでくれば、それでおしまいなのだ。でも、あと、一ヶ月の辛抱だ。通算、8年目の山岳通勤、なんとか乗り切るぞ!
2010.01.08
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昨年末の芸能界、すっかりタイガー・ウッズに席捲されてしまった。いいんじゃないの、どーでも。ウッズなんだから。面白かったのは、白人ばかりが浮気相手なので「人種差別」だという批判。好みを差別と言われちゃー、どうにもならんわな。石川遼が結婚して、浮気したらなんて考えると、どうなんだろう。みんなうらやましくて、ねたましいだけだと思う。 脱線するが、私はもう、石川遼にはなれないし、子どもたちも石川遼のようになれる訳もない。だから、それは諦めざるを得ない。だけど、なりたいと思うものがある。それは、石川遼の父親だ。コレ、職場で叫んだらウケました。 紅白歌合戦の視聴率が、上がらなかったとか。1度だけ覗いてみたら、円天からの復活を遂げた細川隆が歌っていた。後から聞くと、私の嫌いな矢沢がサプライズ出演で、歌詞を間違えたとか。あぁ、観なくてよかった。
2010.01.07
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昨年の夕張紀行のパートナー、ターちゃんから、とてつもないプレゼントをいただいた。あの旅行を写真と記事で綴った「遠い記憶の夕張探検 ありがとう」と題した30ページの大作紀行文である。作者は、自分のために書いたと言い張るだろうが、どう考えても、私のために書いてくれたとしか思えない。母にも読ませたが、感動して、ターちゃんによろしく伝えて欲しいと何回も言っていた。 何度も夕張に帰っている私だが、行けば、ただはしゃいでいるだけで、写真とか記録に関しては、からっきしだらしない。その点、旅の数百枚のデジカメ映像と共に送っていただいたこの紀行文は、編集・構成も申し分なく、私だけが喜んでいるのはもったいない傑作である。可能ならば、ブログの読者にも公開したいものだ。特に夕張関係者とか、市長さんにはぜひ読んで欲しい内容だ。これだけをアップしても立派なホームページになるので、ターちゃん、HP化してください。お願いします!
2010.01.06
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生涯初のラジオ電話出演(しかも全国ネット)に興奮しているのは私だけだ。ここに書いただけで、誰にも話していない。話したところで、何のことやらわからないだろうし、信じてもらえそうもない。つくづく録音の失敗は痛かった。 冷静に考えれば、私の周りにも、このブログの読者の中にも坂崎・拓郎ファンや、ラジオを聴いている人が少ないということなのだろう。それでも、ちょっと冷静になれないくらい興奮し続けて、なんとかしてあの放送の録音を手に入れようと画策している私でした。
2010.01.05
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先ほど、「坂崎幸之助・吉田拓郎のオールナイトニッポン・ゴールド」の放送が終わった。なんと、あの日の電話が、そのまま放送された!!「大掃除でもしようかと」のくだりも、「正月から、大掃除なんですね」と、軽く受け流された。考えてみれば、そんなに構成に気をかけている番組でもなく、録音はバレバレだったし、繋がった電話は私だけだった。なんという強運、いや、うれしい限りだ。ところが・・・・。 実は、放送されるのを密かに期待して、120分テープをオンボロラジカセに入れ、途中でリバースして完璧に録音したつもりだった。だが、そのオンボロラジカセが何故か私の出演場面の直前で停止してしまい、肝心のところが録音されていなかった。くそー!証拠がないと誰も信用しないだろうな。どうして、こう、オチまでついてしまうのだろうと、自分の強運と凶運をつくづく考えてしまい眠れそうにありません。
2010.01.04
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昨日、脱線して「デレキ」について書いたところ、小林もやしさんからコメントをいただいた。それで、改めて検索したところ、「翻訳blog」http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_195e.htmlというところに、詳しく載っていた。小林さんご指摘の「柳瀬尚紀著 日本語は天才である」と小林多喜二の蟹工船にも「デレッキ」として使われているとのことだ。 北海道では「デレキ」は一般的だったと思う。しかし、東北地方では、少なくとも秋田では通じない。デレキは、薪ストーブにも使ったと思われるが、これが石炭ストーブ用になると、直径が1cm以上の頑丈な代物となる。夕張の場合、市内のほとんどが石炭ストーブだったのでデレキも大型であり、これで、固まった石炭のオキ(わかるかなぁ?)をガンガン砕いて火を起こすのだ。だから、子どもの頃、悪いことをすると「デレキでひっぱたくぞ!」などと親に脅かされたが、これが本当だったら虐待どころではない。ファンヒーターや床暖房等により今や石炭ストーブは絶滅。デレキもそれと共に消え行く運命なのだと寂しく思う。
2010.01.04
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今朝、帰省中の子どもたちが帰り、明日からは仕事。正月が終った。それにしても、久々の大雪。スノーダンプとスノーラッセルが壊れ、急遽買いに行ったが、スノーダンプは大型ホームセンターでも売り切れ続出。まぁ、それだけ久々の大雪だったということか。しばらく雪の無い冬を過ごしている娘は大喜びで、兄貴に手伝わせて、かまくらまでつくっていいたが、このかまくらは、10時間後に隣の家の屋根からの落雪で崩壊した。 ところで、北海道では雪かき道具のプラスチック製のスコップ(昔は木製)を「ジョンバ」と呼んでいたが、今でもそうなのだろうか。これと同じで北海道だけで通じる道具名に「デレキ」がある。これは全道的なのか、炭鉱地域だけなのかわからないが、「火かき棒」のことだ。話が相当外れてしまったが、これらについては、また後で書こう。ともかく、大雪で忙しかったが、それなりのいい正月だった。
2010.01.03
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秋田の土曜深夜に突如はじまった得体の知れない番組、それが「水曜どうでしょう?」だった。最初は、なんだ、これと思ったが、北海道の地方製作の番組だというので見たのだが、完全にはまった。何より、北海道弁が懐かしかった。そして、好き勝手にやっているのがまた、好きだった。今や、大泉洋をメジャーにし、その他のチームナックのメンバーも中央で活躍し、それに何の違和感もなくなっている。 秋田県は、全国でも5本の指に入る「水曜どうでしょう?」ファンが多い地域である。秋田朝日放送(AAB)内部に、この番組の熱烈支持者がいるようで、いち早くこの番組を放送したことが大きいと思われる。 いい年をして、どうでしょうファンであることは、ちょっと恥ずかしかったのだが、昨年の夕張帰省の際に、30数年ぶりにお会いできた後輩のご主人が、この番組の美術を担当する会社の代表だというのだ。で、いろいろおねだりして、いただいたのが昨日の書なのである。つまり、「水曜どうでしょう」のあの文字というかロゴを書いた方の直筆なのである。家宝である。
2010.01.02
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いやはや、大変な天気だ。朝から雪かき4回、夜中にももう一度やらなければならないかもしれない。今日だけで、万歩計が1万歩を越えた。高速はもちろん、一般道も通行不能になりそうな勢いだ。子どもたちの帰りの足も心配だ。いったい、いつまで続くのやら、この荒天。 寒くて風が強いので、見た目にはそう積もってはいないのだが、パサパサ雪が雪かきの度に30cmずつ積もっている。しかも、吹き溜まりがすごい。 なんだか年頭からグチっぽくなってしまったが、良いきざしもあった。このブログを年賀状で告知したところ、さっそく反応があった。うれしい! で、初めて写真を貼ってみたが、これについては明日でも詳しく書きたい。ともあれ、今年もよろしく!!
2010.01.01
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