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さぁ、F先生の完璧な展示の後は、いよいよ子供たちがうれしい展示や遊べるコーナーだ。まず、大きなガチャポンが2基。私も1回300円に3回挑戦、ジャングル黒べえ、ポコニャン、パーマンをゲットした。もっとやっても良かったが、一応やめておいた。裏の自然の森を取り入れたモニュメントは、家族やグループには大好評だったが、なにしろ、還暦男一人には撮影の術も無く、その様子を外から見守るだけだった。食堂というか、ミュージアムカフェの後ろにあるギフトコーナー藤子屋では、店員のお姉さんが、「ネクタイも、ドラちゃんなんですね」との、うれしいコメント。そう、今日はお気に入りのドラえもんネクタイとドラえもんタイピンの正装だったのだが、気付いてくれたのはこの方だけだった。最後のショップは、なかなかだった。ハロウイン関連やここでしか手に入らないグッズもあり、マニアには堪らない。しかし、思ったよりも売り場は広くなく、ネクタイが一本も置いていないのには、ちょっとがっかりだった。 完全予約制であり、公的にもなかなかの内容のミュージアムではある。私の様なタイプのファンは、ほんの少しだろう。だから、親子連れウケする今の運営で十分だと思う。もう一回、行くかどうかというと、ちょっと考える。何か地方から来るファンに対する思いやりが足りないように感じるのだ。まぁ、地方に頼らなくても、十分にやっていけるということなのだろうが。
2015.10.31
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最初の展示は、「おはなしデンワ」という音声ガイドグッツを渡されて、それにしたがって巡って行く。さすがに、新しいだけあって、この展示は完璧。たとえば、原画を展示する場所は原稿のダメージを防ぐために、あくまでも薄暗い。展示してある原稿も劣化を防ぐため、コピーしたものを展示し、そこにパーマンのコピーロボットマークが貼ってあるのが愛嬌だ。F・先生の年表なんかは、素晴らしく、個人のマンガ館としては、マニアを納得させる内容だった。裏の自然の雑木林を生かした展示には、恐竜や広場の土管など、昭和の臭いがしてうれしい。一番人気の「きれいなジャイアンのきこりの泉」は行列ができていた。食堂は、趣向を凝らしたメニューだったが、親子連れで最初から満員状態。とても、そこで食べる勇気はなかった。屋外に、ちょこっとある「藤子屋」ではお土産にちょうどいいお菓子が売っていて、なんだか、買わないと損な気分にさせられる。
2015.10.30
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さて、一番バスが到着。なるほど周りには駐車場も無く、自家用車では来られない。ここは完全予約制で、入館時間が、10:00、12:00、14:00、16:00の4回に限られている。入れ替えは無しなのだが、なにしろ定員が決まっているので、混みすぎてアトラクションの時間待ちをする心配もない。私とて、16:00に搭乗するので、ずーっと居座るつもりはない。 入場まで30分ほどあるが、5人ほどの紺のAC風(私に中ではスチュワーデス風)のコスチュームの若い女性スタッフというかコンパニオンが迎えてくれて、客を整列させてチケットの確認やら、注意事項などを伝えガンガンしきる。そうしているうちに、次のバスが到着、同じような親子連れなどが後ろに並ぶ。ここまでは、ほぼ日本人だったのだが、多分韓国の大型観光バスが到着、この団体がなかなかすごかった。声が大きいし、説明を聞こうとしない。さらに、最後のショップでは、爆買いもどきのおばあちゃんがいて、大声で孫にグッツを押し付けたりしていた。 ようやく入館した時にハプニングがあった。外からガラスをノックする女性がいる。昨日の同窓会でお会いした、川崎で開業している同窓生のR子さんだった。宴席で、地元のバター餅を数少ない個性参加者に手渡し、明日はFミュージアムだぁ、との私の叫びを聞いていて、愛車のバイク(彼女は、専門紙に載ったこともあるライダー)で、コンパニオン経由でお返しのお土産を届けてくれた。
2015.10.29
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公式には川崎市藤子・F・不二雄ミュージアムである。川崎市多摩区長尾に2011年に開設されたこのミュージアムは、私のような藤子・Fファンにとっては、絶対に来なくてはならない聖地である。前日の同窓会の地、淵野辺からどのくらいかかるのかわからず9時前にホテルを出た。JR横浜線から町田で小田急に乗り換え、登戸へ。30分もかからなかった。登戸駅からは、ミュージアム直通の藤子・F仕様の川崎市営バスに。このバスがたまらない。外面はもちろん藤子キャラクターで彩られているのだが、車内もつり革やら、降車ボタンやら、何もかもがキャラクターで埋められていて、子供は降車ボタンを押したがるし、大人は写真を撮りまくる。10時からの入館なので、もちろん、これが一番列車ならぬ一番バス。ほぼ満員で、ほとんどは親子連れであるが、中には、大人の女性やグループ、カップルも数組いた。私のような還暦のオヤジは、もちろん一人だけである。ここまで来たら、恥ずかしいなどとは言っていられない。私の嫌いな子供も、ワクワク、ドキドキで、その高揚感が伝わってくる。で、覚悟をしていたうるささも感じられなかった。いや、私も高揚していたせいかもしれない。
2015.10.28
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25日の日曜日は、相模原市で大学の同窓会があった。学園祭に併せて隔年で大学キャンパスで開かれるのだが、大学で開かれない隔年は全国各地で開かれ昨年は岩手は花巻だった。来年は九州だというが、行けるかどうか。 家から、あきた北空港まではクルマで5分。だから日帰りも可能で便が良さそうなのだが、羽田へ一往復しかないので便を選べない。10:45で飛び、大学到着は14:00ということで、フライト時間よりは、その後の電車の方が長い。それでも、昔に比べて羽田からの交通は京急が出来てから格段に便利になった。 さて、同級会は30名に満たない集まりで、メンバーも神奈川など首都圏周辺が中心で、あながち顔ぶれは決まってくる。だから久しぶりの参加者は人気者だ。今回は、養鶏場でいっしょに実習をしたMくんや、心筋梗塞から奇跡の復活したTくんが、私にとっても懐かしかった。さすがに、みんなアラ還暦なので、サラリーマンは退職や再雇用とかの話で、開業獣医は老眼なんかで手術が出来ないとか、引退後の隠居の話で盛り上がったというか盛り下がったというか。まぁ、お会いできるだけでも良かったということで、3次会までアラ還たちは頑張ったのだった。
2015.10.27
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お囃子を連れて来てくれて、寄席の説明というか、仕組みをおしえてくれるのは、本当にありがたい。喬太郎師匠は、秋田県の落語ファンにとっては大きな存在だ。今回も、寄席のノウハウを教えていただき、私なんかはすごく得をしたような気になる。 「ハワイの雪」については、新たな人情噺だと思う。詳しくは知らないのだが、三題噺からの創作だとすると、これはすごい。初見なので、本当にわからないのだが、あのような、いわゆるオチなしなのだろうか。実は、25日は、青森シネマディクトでの昼夜興行だったのだが、相模原で大学の同窓会があり行けない。でも、この「ハワイの雪」だけはなんとか聴きたかった。ちょっと、業務連絡気味だが、H席亭、ディクト行けなくて申し訳なかったのに、ありがとうございました。
2015.10.26
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柳家喬太郎師匠は、地方を大事にしてくれる噺家の代表格で、各地に熱いファンがいてこまめに落語会をやってくれている。秋田県ではおおだてとディクトのH席亭が呼んでくれるので私も、すっかりなじみになってしまったのだが、あきた落語愛喬会という団体が、心にしみる活動を続けており、今回は、その独演会スペシャルである。 演目は次のとおり。一席目 柳家やなぎ まんじゅうこわい二席目 柳家喬太郎 百川三席目 千葉しん、やなぎ、喬太郎 お囃子教室四席目 柳家喬太郎 ハワイの雪 やなぎは、なかなか達者。なんか、いい感じがする。お囃子の千葉しん師匠は、以前にも同じ企画で聴かせていただいたのだが、やっぱりいい。私は惚れています。さて、「ハワイの雪」なのだが、H席亭の席亭となるべききっかけとなった創作噺で、名作の評判だったが、私は今日が初めて。うん、深い噺だった。
2015.10.24
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昨日は、ちょっと急に決まった鷹朗会という会の理事会が秋田市であって急遽泊りがけで出席。そもそもこの会は、旧鷹巣保健所で20年ほど前に勤めていた職員の親睦会なのだが、会員は減少の一途をたどり、今や正会員は9人であり、昨日の理事会は6人が参加ということで、もう、総会にしてもいいようなものなのだが、一応は理事会。ということで、総会の場所や日時を決めて楽しく飲み明かした。 それにしても、20年以上前に、ほんの思いつきで、「毎年、集まろう」と決めた会がここまで続くとは思ってもいなかった。結成当時は、もちろん、全員が現職だったが、今や現職は今年限りの私を含め3人だけで、すっかり退職者会になってしまった。こうなったら意地で続けるつもりなのは会員の強い意志である。今回は11月に地元で開催ということで、実質的な幹事は私になる。いや、楽しみだ。
2015.10.24
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現在の夕張駅は、屋台村になっていて、それなりにお客さんでにぎわっていたが、なんか、元住民にはなじみにくい。もう少しなんとかならないものか。ただ一つの日帰り温泉だった夕鹿の湯は、やはり休業していた。好きな風呂だったのに、残念。 清水沢は今や、夕張市の中心なのだが、やはり元気はない。ホテルや旅館が無いというのも、お客さんが来ない理由かもしれない。清水沢に行った時には絶対に寄る駅前食堂は相変わらずで、最悪の体調だったが、好物のラーメンを堪能した。 新夕張駅近辺は、高速道路の入り口にも近く、新たな夕張の観光拠点なのだが、メロンが終わった時期には、なんともさみしい。新夕張駅近くの紅葉山農協が道の駅になっていて、それなりに観光土産なんかも買えたのはうれしかった。
2015.10.22
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肺炎状態で、巡っていて、しかも入院騒動があったので、ありったけ遅くなったが今回の夕張の旅について書いておく。市内は、ますます過疎化している。特に、北の端と南の端はもう、ほとんど人がいない。かって住んでいた福住なんかは、もう誰も行かない。かろうじて、石炭の博物館は営業しているようだが、客は韓国か中国の団体ばかりのようだ。博物館には入ってみたかったが、なんとなく二の足を踏んだ。旧夕張駅のあたりにあった花畑牧場も、営業してるのやら。だいたい、ホテルシューパロが、韓国だか中国だかの団体専用で、私の様な過去の夕張在住者を泊めようともしないのが悲しい。幸せの黄色いハンカチ広場には、20年ぶりに行ってきたが、高倉健さんの追悼施設みたいになっていて、なんだかなぁ。夕張北高の下にあったターちゃんの鹿ノ谷幼稚園は、見事に影も形もなくなっていた。
2015.10.21
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やむなく禁煙してから、ほぼ一カ月。食後や仕事の終わりには、やっぱり吸いたくなる。それでも、禁断症状というのは無くなったような気がする。 昭和の時代の喫煙者は野放し状態だった。デスクでもクルマの中でも、勝手気ままに、周りの人のことなど微塵も考えずに吸っていた。風向きが変わり始めたのは、平成に入ってからか。受動喫煙という考えが世間で認知された。これ以後、愛煙家は苦難の道を歩むことになるのだが、私は、あまり苦ではなかった。むしろ、喫煙場所を限定される方が良かったし、実際、クルマの中では吸わないことにした。家でも、踊り場書斎でしか吸わなくなった。それどころか、1年近く禁煙したこともあった。今回は、それ以来の禁煙である。まだ吸いたい気持ちは十分にあるのだが、このままやめれれば、それに越したことはない。
2015.10.20
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橘家円蔵というよりも、私たちにとっては月の家円鏡だった。テレビ、ラジオで大活躍だった。噺がうまいというよりも、花のある噺家だった。自分でも、そこはわかっていて、志ん朝、談志と並べられてはやしたてられても、ちゃんとしていた。私の好きだった作家半村良とも、付き合いがあったようだ。浪人時代にSTV全日空寄席で「猫と金魚」を生で聴けたのが思い出だ。とにかく、テレビの黎明期に、林家三平の後継者とも目された逸材だったが、落語は三平より確実に上で、楽しい花のある高座だった。 同じ新聞に声優熊倉一雄が亡くなった記事が載っていた。ひょっこりひょうたん島のトラヒゲが代表作のような記述があったが、私にとっては、NHKのものしり博士「ケペル先生」だった。また、昭和の才能が逝ってしまった。合掌。
2015.10.19
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時代が時代だった。就職してからも、職場はタバコ天国。喫煙者の机には灰皿が置かれていて、もう、吸い放題。誰がいようが、当然のように吸っていた。クルマの中でも、おかまいなし。窓を開けることさえしなかった。受動喫煙の概念さえなかったのだから恐ろしい。状況が一転したのは、嫌煙運動が一般的になった平成になってからだろう。これは、当然だった。職場の机上から灰皿はなくなり、喫煙室などが設けられ、それも束の間で、屋外禁煙が主流となった。この流れについては、私は従順だった。喫煙者は、自分の喫煙には寛容だが喫煙仲間については案外厳しかったりする。この時期から、つい先日まで、本当に控えめに、ひっそりと喫煙していた。
2015.10.18
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浪人の1年間は、イッチョマエに大人になった気で酒もタバコも好きなだけやっていた。今から考えると、いきがっていただけで、本当に恥ずかしい。大学時代も同じで、親のすねをかじりながら、サッカーをやりながら、タバコを吸い続けていた。少なくとも、やめようとか、減らそうとかはいっさいなかった。本当に馬鹿者だった。それにしても、当時の環境が環境だった。さすがに授業の教室では吸えなかったが、あとはどこでも喫煙OK。寮の4人部屋でも、吸わない同居人のことなど考えもせず吸っていた。分煙や禁煙は、まだその概念さえ無く、喫煙者にとっては天国のような昭和50年代だった。
2015.10.17
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今年度で定年退の私は、脳ドックと人間ドックを補助が出て格安で受診することが出来る。ということで、脳ドックは、9月に受診したが、その後に想いもかけぬ一週間の肺炎による入院、そして今日が人間ドックだったので、なんだか、この一カ月はずっと病院に居るような気分だ。今日のドックでも、いきなり入院とかはなかったが、あいかわらず血圧は高い。心配していた胃カメラも問題はなく、肺のレントゲンは退院直後なので撮らなかった。ということで、例年どおり、十八番の味噌、大、ラー油を堪能してドックを終えたのだが、さて、来年からはどうしましょう。よくはわからないのだが、B型肝炎の検査もあるので、それと併せてなんとかなるだろう。 で、十八番は、ほぼ満席だったが、行列ができるほどではなかった。それでも十分なのだろうが、いささか心配。味の方は、まぁ、空腹だったこともあるが、昔と同じように感じた。私の中では、ドックは十八番に直結するので、なんとか来年以降も続けたいものだ。
2015.10.16
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タバコを吸い始めたのは高校3年の時だった。当時はハイライトが確か、70円だったと思う。高校生にもいたずらで吸うぐらいは買えた。もちろん、自分の部屋で誰にも内緒で吸うだけだった。何がうれしくて吸っていたのかというと、やはり、カッコイイと勘違いしていたということだろう。今から考えると、学生服姿でタバコの臭いをぷんぷんさせていたのだから、本当に馬鹿だった。いい気になってやめられなくなったとか言っていたのだから笑ってしまう。それでも、本格的に吸いだしたのは浪人時代だった。初めて親元を離れたということで、酒、タバコを自由にやっていたのだから、とんだ浪人生だった。
2015.10.15
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実は、明後日には現役勤務最後の人間ドックがある。ここまで、禁煙は続いているが、あまりにも最近すぎて、禁煙していると問診に書き込むほどでもない。実際、タバコほぼ1箱とライターは捨てていないので、今でも吸おうと思えば吸える。なんかの瞬間、例えば旨いラーメンを食べた後とか、仕事であまりにも苛立つようなことがあった時など、思わずタバコを吸いに行きたくなり、ひょっとすると席を立ったりしてしまうことさえある。ただ、禁断症状とかは無い。それで我慢は出来ている。タバコを吸わないメリットとデメリットが、いろいろわかってきたところだ。息子が吸うのを、助手席で我慢してみたりという経験もできた。ただ、まだ吸いたい。もう、この際、タバコの臭いがちょっとしても苦しいぐらいになれば、あきらめもつくのではとか思うのだが。
2015.10.14
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この連休は忙しかった。9日に青森での結婚式に来た娘が、翌日、兄といっしょに帰省。で前述のようにいただきもののジンギスカンを食べたのだった。翌日は秋田市で私が出席する結婚式。息子は友人と紅葉見物、娘は秋田市までいっしょに連れてきてお買いもの。結婚式は、花嫁がドラえもんファンということで、入場はどこでもドアからという、ドラえもん結婚式だった。ドラえもんフリークにとっては、なかなか、うらやましい結婚式だった。私もドラえもんのネクタイにタイピンということで、一番趣旨に沿った出席者ではあったと思うのだが。さて、結婚式ではノンアルコールビールでしのぎ、午後6時半からは子供たちと3人で落語にでかけた。帰りには、新スタイルの飲食店「赤から鍋」を楽しんだ。翌日は大館きりたんぽ祭りに行って、旨いきりたんぽを食べ、秋田犬と戯れたりした。で、娘は飛行機で帰り、息子は今日、自分のクルマで帰ったようだ。忙しかったが、充実した連休った。
2015.10.13
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いや、何回書き込んでもうまくいかない。調子が悪いぞ、楽天ブログ。コメントをいただいたのだが、酒とタバコではまったく違うと、私は思う。タバコと酒では世間に対する害が違い過ぎる。飲酒運転は厳罰だが、喫煙運転は御とがめなしである。私にとっては、酒はいつでも止められるが、タバコはそうもいかなかった。いや、まだ吸ってはいないし、再開する勇気も無いのだが、息子が旨そうに吸っているのをみると、ちょっとうずく。その点、酒は案外、楽に止めることができる。寝酒をやらないと、ちょっと困るぐらいで、今回の肺炎騒ぎでも、酒は我慢できた。酒は、御返杯と作法とかがあって、それなりの文化があると思うが、タバコはでたらめだ。作法がなっていないから、こんなことになったように思う。落語の中でキセルで吸うのが正しいタバコで、紙巻きタバコの普及がそれを壊したと私は思う。
2015.10.12
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ここのところ、せっかくの地元落語会に参加できずにいたが、今日は久々。しかも、結婚式で帰省していた子供たち二人を無理やり連れての参加だった。残念ながら、100人に届かない入りだったが、内容は濃密だった。演目は次のとおり。一席目 林家 二楽 紙切り二席目 三遊亭 白鳥 ナースコール三席目 林家 二楽 紙切り アニメ風四席目 三遊亭 白鳥 隅田川親子一席目の二楽師匠は通常のネタで、客のリクエストに応え、見事な芸を披露。初めての客は大喜びだった。二席目は白鳥師匠の独特のナンセンス創作落語。三席目は、圧巻だった。一般の寄席では絶対に出来ない紙切りのアニメのような秀作2題。特に2題目のテーマが、早くに母を亡くした娘と父の物語で、あまりに私の境遇に似ており、しかも、昨年結婚した娘が隣にいるものだからたまらなかった。めったに聴けるというか、観ることのない傑作を観られて本当に感激だった。四席目は、白鳥師匠の最近の問題作、説明するのもなかなか大変な怪作なのだが、その過激さは十分に客ウケしていた。今回は客は少なかったものの、私が誘った人も、自分の子供を含め数人いた。毎度のぼやきだが、せっかく大館で落語が聴けるのだから、もっと多くの若い方が来てくれればと、また、思ってしまう。
2015.10.11
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昨日、夕張の中学校の同級生、「のんぺい」からメールが来て、退院祝いとして、長沼のジンギスカンを送るという。長沼のジンギスカンは有名でなかなかのものだ。実は、今日は、二人の子供たちが帰ってくることになっていて、こちらとしては願ったりかなったり。「のんぺい」は、同窓会での私の様子が気になっていたらしく、名物のジンギスカン肉を退院祝いとして送ってくれたらしい。いや、久々の長沼のジンギスカンは旨かった。息子も娘も、かなり、満足で食べていたようだ。今回の差いれはうれしかった。思いがけず、家族の食事が、ジンギスカン鍋によって、明るくなった。「のんぺい」と子供たちが、期せずしていい結果になった。うれしいことだ。
2015.10.10
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退院から一週間ということで、満を持して早朝から病院へ。それでも、43番目だったが、これが案外あっさりと診察していただいた。こちらとしては、採血やレントゲンがあるつもりで覚悟を決めていたのだが、なんと、聴診器も使わずに、あっさり終了。それでも、原因菌はわからないが、レジオネラや肺炎球菌のどのメジャーな菌ではなかったというのはわかった。まぁ、若いつもりで、風邪なんかはあっさり治る、という甘い考えは、還暦にはあてはまらないということだ。 今回の入院で本当に貴重な経験をした。体重が3キロ近く減った。タバコはあれから吸っていない。自分が老人のカテゴリーなのだと自覚した。病院の世話にはならないようにしなければと肝に銘じるのだった。
2015.10.09
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このところの、喫煙者に対するプレッシャーは並大抵のものではなかった。喫煙室は軒並みに廃止され屋外に追いやられた。職場の喫煙場所は、かろうじて屋根がある程度の吹きっさらしで、雨、風、寒さに耐えながらの喫煙を余儀なくされていた。都会の東京や札幌では、くわえタバコは禁止、コンビニ前の灰皿も撤去された。秋田県でも、タバコの吸える喫茶店はめっきりと減ってしまった。それでも、私は、これが当然だと思っていた。どんな虐待を受けようとも、馬鹿な喫煙者なのでいたしかたないと観念していた。私の場合、クルマの中では吸わない、ほぼ一人暮らしの家でも喫煙部屋でしか吸わないという、自己規制をしていたので、このぐらいの規制は当然だった。それだけに、喫煙者に対するプレッシャーに反発する気持ちが強く、意地でも吸ってやろうと思っていた。
2015.10.08
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肺炎で入院して退院ということで、かれこれ二週間ほどタバコを吸っていない。平気なのかと聞かれると、いや、今でもすいたい。仕事中も、ふらっと吸いたくなる。家でも、喫煙部屋に、たった今でも行、きたくなる。これで、一生、タバコを吸わないのかと言われると、案外そうでもない。今のところ、吸っていないので、苦しくなければ吸わないでいようと思う。50人ほどの職場で喫煙するのは6人ほどだった。職場が保健所だというだけに、なかなか肩身が狭かったが、私が抜けて、ますます状況は厳しくなるだろう。しばらくは吸わないでいようと思うが、そこには複雑な思いがある。ちょっと、ぐだぐだと書いてみたい。
2015.10.07
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ニッスイで、「スルッとふた」という新しいカタチの缶詰が発売されている。ニッスイいわく、缶詰のふたを開けるのが苦手のお年寄りや子供でも簡単に開けられる新しい缶詰、ということなのだが、これが本当にスゴイ。これで大丈夫なのかと思えるほど薄く、プルトップも無く紙のようなウマミが付いているだけ。ヨーグルトのふたと同じぐらいと思ってもらえればいいか。これだと、開けたあとのふたも危険ではなく、捨てるのも楽だし、洗う必要さえない。食品衛生上の缶詰食品の規格基準をクリアしているのだろうが、それが信じられないほどの簡単さだ。缶切りで開けるしかなかったのが、プルトップ式に変わったように、ほとんどの缶詰もこのふたになるのではないか。 ところで、体調はほぼ元どおり、今日は入院費のお支払いをしてきた。金曜日に決着を着けたいと、勝手に思っているのだが。
2015.10.06
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中学校の同窓会は、参加40人ちょっと。名古屋や関東からの参加者も数名いて、卒業以来の懐かしい出会いもありうれしかった。もっとも、肺炎の状態なのであまり、ちゃんとした話ができたものかはわからない。さすがに、還暦ともなると、すでにリタイアして闘病中の方、大腸がんを克服した方、ひ孫ができそうな方、など様々だ。だいたいにして、男はハゲたり、太ったりして、お互いに年齢をくったなと最後には病気の話になってしまうのだが、それに比べて女性は元気だ。若いし、生き生きしている。たくましいなとさえ思ってしまう。 これまでは、せっかく開催したのだから、何をおいても参加しろよ、と来ない奴らをどやしていたのだが、ここに来て、来ない人たちの気持ちも、少しはわかるような気がする。正直に言うと、開催者のほうでも疲れがでてきている。これからは、会いたい人とは自分で会うようにしなければならない。今回は私は何もしていなかったのだが、こういう同窓会を開催する方々、今回はタクミくんだが、はあまりにも報われない。そして、年齢と共にエネルギーも続かなくなってきている。また、今度会えるかはわからない。この出会いを大事にしなければならない。
2015.10.05
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昨日、高校の同級生のS本くんからメールがあり、11月28日に、札幌で夕張北高の同期会を開くという。こんな状態なので、お断りした。S本くんは、北高の文化系3クラスの代表格であり、いつも小さな同窓会を開いてくれていた。今回も多分、その流れで誘ってくれたのだろう。だが、毎月のように札幌に行くのはつらい。で、どの程度の同級生が集まるものか、ちょっとわからない。北高のホームページにこのことが載っていないのも残念。 還暦だからということもあろうが、何か同じ高校の同窓会が、何回も企画されているようだ。道内在住なら、またかぁ、とか言いながら行くのだろうが、そうもいかない。夕張在住のつんや山信も、そろそろ同窓会をとか言っていたが、なんか、ここぞという時に行きたいという気持ちが強い。その時は肺炎になどならないようにしたい。
2015.10.04
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体調は十分、いつもどおりの土曜日を過ごした。今日の昼食は野沢屋の中盛中華。いや、旨かった。でサウナにも行ったところ、体重は2K減。瞬間最低体重で、久々に70Kを割った。食欲は、ほぼもどった。タバコはかれこれ二週間吸っていない。タバコについては、井上もやしさんのリクエストもあって、後でゆっくり書くつもりだが、とにかく、これはタバコを止めろと言うお告げのようなものだと思う。いや、怒涛の2週間だった。入院費の請求書も届いたし、心身ともに来週で決着をつけたい。
2015.10.03
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味覚ももどって、福士のラーメンも旨かった。久々の晩酌ビールの旨かったのなんの。やはり健康がなによりだ。自分の家がなによりだ。 しかし、今回の肺炎騒ぎ、陰謀の臭いがする。ひょっとすると、ランニングを絶滅させようとする謎の組織が、初代ランニングマンの私に対してバイオ攻撃を仕掛けたのではないだろうか。冗談はともかく、入院している間に10月になってなってしまった。ランニングマンは冬眠に入る。来季こそは、病になることなく、ランニングの普及に力を尽くしたいものだ。
2015.10.02
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9時に退院しました。まぁ、自分のクルマで行って自分で帰って来たのでなんということはなかったのだが、いや、思いもかけない経験をした。スマートフォンから脱落してラインなんかを使えない私にとって、このブログが最も有益だった。さて、今週はゆっくり休んで、月曜から職場復帰というか社会復帰するつもりだ。ご心配をおかけしました。お見舞いのコメントなど、ありがとうございました。
2015.10.02
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明日、2日に退院がきまった。本当なら今日、帰るつもりだったが、台風くずれの爆弾低気圧をこの病院でやりすごすことになった。昨日は、職場の仲間がお見舞いに来てくれて、ちょっと痩せましたね、とか、なんか病人っぽいですねとか好きなことを言って帰ったのだが、いや、ありがたい。自分でも鏡を見て思うのだが、なんか顎がとんがったような気がする。先生は、完治ではないので無理をするなとのことだが、咳も熱もほとんど出ず、なにより、食欲があり、以前の味覚が戻った。この風邪というか肺炎になってから、花の奥に妙な感覚があり、今まで気にならなかった洗濯柔軟剤の匂いがきになったり、いつもの味が感じられなかった。さて、今日はおとなしく夜中の点滴をこなし、明日の朝食をいただき退院しようおっと。
2015.10.01
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採血とレントゲンを、ちゃっちゃとやったが、まだ退院許可は下りない。どうやら先生が忙しく、診てくれていないようだ。もう、心はすっかり退院なのに、点滴中である。お向かいの方が、たった今、退院の許可をもらって、今日の夕飯はいらないと、喜々として支度にかかっている。 それにしても、いくら暇だからと言って、自分の娘にブラトップについて説明のコメントをもらうというのは、いったいなんなんだ。そして私は、その情報をどうしようというのだろう。病気だな、こりゃ。
2015.10.01
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