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さて、藤子・F・不二雄ミュージアムであるが、チケットはローソンでしか購入できない。めんどうだったが、今朝、1000円で無事にゲットした。なにせ、一泊二日の同窓会の帰りに寄るので、飛行機の時間もあり、さほどの時間はいられない。はたして、還暦の爺さんが一人で行って、何が楽しいのかと思われるだろうが、そうではないのだ。手塚治虫記念館も、他のマンガ館でもそうなのだが、マニアは、そこでいかに楽しめるかではなく、そこに行ったということが大事なのだ。行ってもいないのに、だいたいの展示内容は把握している。だから、ひととおりヘラヘラと館内を歩き、あぁ、そうか、と確認して納得して満足する。子供向けの乗り物やイベントには絶対に参加せず、参加したら気持ち悪いが、さらに記念プリクラもやらない。館内食堂で「暗記パン」でも食べて、最後に売店でネクタイでも買って帰るのだろうと、今からわかっている。まぁ、オタクの一つの最高峰ではある。笑ってやってくれ。
2015.08.31
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早くも、テレビで放映された。ブルーレイがあるのに録画してしまった。いや、あのCGは素晴らしい。しずかちゃんがかわいい。ストーリーについても満足なのだが、私はもちろん、誰もが感動する名作を凝縮したあの内容だと、第二弾を造るのは難しそうだ。思い浮かぶ残っている名作は「おばあちゃんの思い出」ぐらいか。 さて、10月に大学の同窓会が、相模原である。当初は行かないつもりでいたが、思い直し出席することにした。家から5分の空港から行けば、一泊二日で帰ってこられる。そして、一昨年断念した、藤子・F・不二雄ミュージアムに行こうと思い立ち、計画を立てた。飛行機の時間もあり、なかなかタイトな日程だが、せっかく神奈川まで行くのだから決行することにした。
2015.08.30
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「清原は大丈夫か」というテーマで書こうと思っていたら、昨日、フジの「ダウンタウンなう」という番組に先を越されてしまった。刺青はやっているが、薬物はやっていないということだった。まぁ、番組やCMでも彼を使っているのだから、大丈夫だという確証があってのことなのだろう。でもなぁ、だったらなんで、あのタイミングでお遍路だったのだろう。だれか、最悪のタイミングだと教えてくれるブレーンがいなかったのか。だとしたら、今後も、また、やらかしてくれそうだ。清原は好きな選手ではなく、むしろ嫌いだ。だから、どうなろうと関心はないのだが、野球界に帰れないから、芸能界で稼ごうというのが気に食わない。少なくとも、今は、なんとか芸能界に残ろうと必死になっているようでみっともない。潔白であれば、世間はほっとかないのだから、いいブレーンをみつけるべきではないか。
2015.08.29
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ケータイの普及によって、公衆電話は絶滅したが、それも当然だった。息子も娘も妹も、距離と時間を感じさせなく連絡が取れる。電話が通じなければ、メールで連絡をつけられる。海外は別にして、いつでも、どこでも連絡がとれるのだから、世の中は変わった。子供たちの巣立ちというのも、ずいぶん軽くなってしまった。しかし、同級生となると、子供とは違い、ケータイ番号を知っていても、めったに連絡を取らない。同窓会でもなければ、連絡の必要はないし、番号を知っているだけで、安心してしまうところがある。さて、中学校の同窓会の1か月後に、大学の同窓会が、神奈川の相模原である。ちょっと迷ったのだが、やはり、退職の還暦の年である。行こうと思う。
2015.08.28
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中学生の頃、家に電話がなかった。しかし、好きな女の娘の家には電話があったので、どーしても電話したかった私は、近くの公衆電話ボックスへ、10円玉をジャラジャラさせながら通ったりした。その時の電話の色は青だったが、その後、黄色の100円玉が使えるのが出来た。大学時代には、この黄色に世話になった。さらに、行きつけのというか入りびたりの喫茶店にあったピンク電話にも世話になった。さらに、緑のテレホンカードが使えるのが出た時には、これは便利と大喜びしたのがウソのようだ。懐かしい公衆電話ボックスも、ほぼ絶滅状態になった。10年ほど前にはコンビニにもあった公衆電話は、もうどこにもない。今の若者に、こんな話をしても絶対に通じない。ケータイ世代とは通話不能である。
2015.08.27
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9月21日に、札幌で中学校の同窓会がある。私は名前だけは役員になっているが、北海道在住ではないからとか、身勝手な屁理屈をこねて何もしていない。実質は、彼も道外在住なのに「タクミくん」が全部やってくれている。本当に頭が下がる。そのくせ、日程を組み、段取りをして、今から楽しみでしかたがない。そんな私にも、参加不参加の往復はがきの返信が届かない連中の確認をしてほしいとの依頼があった。もろんを、ケータイ番号を知っている親しい数人についてである。それぐらいは、やらなければと、さっそく電話をした。番号を知っていても、一度もかけたことのない友人もいたが、なんということはない。札幌であろうが、鎌倉であろうが、ちゃんと繋がり、「あぁ、オマエか、わりぃ、今日出す」なんて、中学生時代のような軽い会話ができた。いや、今更ながら、つくずく便利な時代になったものだ。
2015.08.26
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あっという間に8月も終わろうとしている。9月から11月にかけては秋田、青森で落語会が目白押し。これに、同窓会や、ドックの予定がからみ、どーしようか悩んでいる。読者の中にあまりたくさんいらっしゃるとは思えないのだが、落語好きな方のために羅列する。9月6日 第49回シネマディクト寄席 柳家三三独演会 青森市シネマディクト9月19日 ヒロロ寄席 三遊亭兼好独演会 弘前市ヒロロ9月22日 おおだて特選落語若手の会 桂宮治独演会 大館市民文化会館展示室10月11日 おおだて特選落語会Vol.26 白鳥・二楽二人会 大館市民文化会館 10月24日 秋田愛喬会 柳家喬太郎独演会 秋田市文化会館10月25日 第50回シネマディクト寄席 柳家喬太郎独演会 青森市シネマディクト11月5日 春風亭小朝独演会 秋田市文化会館11月10日 柳家小三治独演会 秋田市児童会館 いやはや、豪華なラインナップである。ありがたいことだ。全部に行きたいのだが、同窓会と重なる日があって、悩んでいる。ご参考に。
2015.08.25
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私には孫はまだいないが、もしいたら、やはり反戦がテーマの作品、たとえば「火垂るの墓」なんかを見せるだろう。私も子供たちも、あまりの悲惨さに見たくないのにもかかわらず、そうするような気がする。だが、孫の世代は70年前の戦争を描いた作品をどう感じるのだろうか。もはや、時代劇としか思えないのではないか。まぁ、それでも戦争の悲惨さは伝わるとは思うが。とにかく時代が違い過ぎる。今、大きな戦争が起きれば、SF小説の中の話ではなく、人類滅亡の危険性がある。そのかわり、かの国でも情報統制や国民の洗脳が難しくなってきており、独裁政権はなりたたなくなってきている。 そろそろ語り継ぐのは終わりにした方がいいと思う。終戦記念日の黙祷も止めた方がいいのではないか。戦争は現在も世界中で起きている。子供たちには、その事実と危険性を教えるべきではないか。自然災害と比較してどれだけ戦争が虚しいものかを伝えていくべきではないだろうか。
2015.08.24
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語ることのできる方がいなくなってしまった今、あとは記録に頼るしかない。だから終戦番組も、どーしても同じような内容になる。だいたい、製作者が若い世代なので、これはどうにもならない。記事も同じである。私は、名作アニメ「火垂るの墓」を見る気がしなかった。子供たちでさえ同じだった。「永遠の0」も、そういうシュチエーションだったからのドラマだという、シニカルな見方しかできない。結論から言うと、実質的に体験者からの語り継ぎは不可能なので、これまでの記録の再現にならざる得ないのではないか。 日本は愚かな侵略戦争の結果、いやというほど痛い目にあった。だから、そんなことは絶対にしないようにと教育をしてきた。少なくとも私たち世代はそういう教育を受けてきた。これは、日本だけではなく、世界的に植民地政策が破たんしているという古い事実で明らかなのである。なんなら、しつこく謝罪を要求するかの国に「なんか、昔の日本に似ているよ、気を付けなはれや」と談話したい気がするのだが。
2015.08.23
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今年は戦後70年だそうで、終戦記念日には様々なカタチでマスコミは報道した。しかし、なにせ戦後70年、私の生まれる10年前に終わった戦争である。存命の戦争体験者の方は少なく、いらしてもとんでもない高齢である。この方々のインタビューで記事や番組を構成するのは、ほぼ限界である。朝日新聞では、終戦記念日に限らずずっと読者投稿「声」欄で「語り継ぐ戦争」を掲載しているが、これとて、戦争体験者による投稿はみられなくなってきている。戦争について語り継ぐことを否定するつもりはないが、体験者によるそれは、物理的にもはや限界である。考えてみれば、私より年齢下の安倍首相が談話を発表するというのも、なんだかなぁという気がするし、未だに謝れとかプレッシャーをかけてくる国もどーかと思う。いや、反省しなくてもいいとか、謝らなくてもいいとかではなく、とにかく時間がたちすぎているということが言いたいのだ。
2015.08.22
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ここにきて、枝豆がやっと実入りが良くなった。今までは量的に、ビールのつまみでしかなかったが、いや、最近は十分に食べごたえがある。5月、6月に蒔いたのは、やはりうらなりで、ペチャ豆で食べた気がしないほどの量だったが、7月に蒔いたのは、それを追い越す勢いで実をつけている。さらに、どれも食べごろになっているようで、9月中には食べてしまわなければならないだろう。で、採ってから10分で食べるのが一番旨いので、それを実践しているのだが、最近は採る時刻には日が落ちて暗くなってしまう。それでもペンライトなんかで照らしてなんとか採取し食べている。それだけ旨いということなので、全部自分で食べる。誰にもやらない。いや、ビールが旨い。
2015.08.21
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閉店の理由は、真知子ママによると「お客さんがトシをとったから、これまでのように来てくれなくなった」ということだが、ここは「お客さんも」にしなければならない。同級生の私も、さすがに外で飲む回数は激減しているし、二次会へ出ても、顔を出して金を払ってすぐ帰るようになった。もはや、飲み歩く客層の主流から外れてしまったということなのか。だからママとしても、これまでのお客さんだけでは立ち行かないと判断したのだろう。かといって、若い客を開発するために若い娘を雇えるワケもなく、ママが30歳ほど若返るのはもっと難しい。まぁ、冗談抜きで、ススキノの家賃はお高いということなのか。 真知子ママは、他のスナックなんかに勤めることも考えたが、今は某ジンギスカンの店に再就職しているという。人のことをどーのこーの言ってる場合じゃないが、還暦からの再就職はかなりハードらしい。なんか、還暦同窓会を前に現実を突き付けられた気がする。あぁ、残念。
2015.08.20
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札幌はススキノで、中学校の同級生の真知子ママがやっていたスナック「しーぶろす」が7月いっぱいで閉店してしまった。ここは、昔のカラオケスナックそのもので、私にとっては、ありがたい店だった。札幌に行った時にはかならず寄り、多くの友人と飲むことができた。ススキノで予約もせず行ける店があるというだけでもありがたいのに、店の性格上、料金もそんなに高くはないというか、格安だった。なにしろママは幼馴染のようなものなので、遠慮のかけらもなく、とにかく楽だった。だから、閉店するのを知った時にはショックだった。それを告げるママの電話に対して、まともに対応できないぐらいの大ショックだった。さて、一か月後の同窓会の後には、いったい、どこに行けばいいのか、迷子になった気分だ。
2015.08.19
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くどくど書いてきたが、わかったことが一つある。家族の下着を決定し購入するのは主婦だということだ。もうすぐ30になろうとする息子は、小学生のの頃まで、確かにランニングを着ていた。しかし、それ以後はランニングを着ることはなかったように思う。おそらく、ランニングがダサいと感じた女房がそうさせたのだろう。もちろん、私については、ダサいのが当たり前と思っていたのか、ランニングを買いつづけてくれたようだ。ようするに、平成頃から、世間の母親たちが、ランニングを敬遠し、自分の子供には着せなくなったというのがこの問題の発端だったと思う。売れなくなったら作らないのが商売である。そうしてみると、私の愛するランニングは、いわれなき差別と迫害を受け絶滅寸前に追い込まれたのではないか。死ぬまで夏の下着はランニングと心に決めてこのテーマを終える。
2015.08.18
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私の子供の頃、男の子の夏の下着はランニングだけだった。夏休みには半ズボンとランニングで遊んだ。田舎ではもちろん、都会の下町でも、ガキはランニングいっちょうだった。ガキだけではなく、若者も親父もジジイもランニング姿で夕涼みをするのが当たり前だった。ところが、平成になろうかという頃に、風向きが変わった。どうも、ランニングは貧乏くさいだとか、昭和だとかのイメージが定着したように感じる。これは、山下清や、たまのドラマーや、ラララライ体操の藤崎マーケットや、品川庄司の庄司が着ていたから、イメージが悪くなったというのではなく、それまで名前の無かった「Tシャツ」というものが出てきたからだと私は思う。さらに、重量挙げや、レスリングの選手や、ボディビルダーなんかのユニフォームが、妙にランニングを思わせるもので、なんか、筋肉自慢でダサいというイメージが世間に浸透したように思う。で、ランニングの呼び名をタンクトップと変えてみたりしたが、この流れを止めるどころか、逆効果でさえあった。調べてみたが、ランニングもタンクトップも同じようなものらしいく、ちゃんとした定義はないようだ。
2015.08.17
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昔、娘の白いタンクトップを間違えて着てしまい大ヒンシュクをかった。だいたい、タンクトップとランニングの違いがわからない。で、秋田市にある県内では最も大きいイオンに行ってみたところ、ちゃんとランニングという名前で売っていた。しかし、ランニングを作っているメーカーは少なく、イオンのトップバリュでは作っていないようだ。販売場所も、下の端の方で、ようするに売れないのだろう。とりあえず、4着をまとめ買いしたのだが、なんか、店員さんにも珍しがられているようで、居心地が悪かった。と、書いていると「ヨルタモリ」でタモリがタンクトップをネタにしたコントをやっていた。ムキムキのボディビルダーの着ぐるみ姿のタモリが、「アマタツ」ならぬ「スジタツ」として天気予報をするというものだったが、洗濯物乾燥情報をタンクトップ乾燥情報にしてパロッていた。なるほど、これかと思った。
2015.08.16
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私は、夏の下着はランニングと決めている。少なくとも7着は用意しており、着用している。ところが、このランニングシャツというのが、昨今、販売されていない。もう、数着がボロボロになってきているので、新しく買い替えようとしたのだが、私の利用しているイオン大館では、いくら探しても販売されていない。先日、薄めの半そでワイシャツの下にランニングを着て、職場の飲み会に行ったところ、娘より若い女性職員に、「ランニングってセクシーだと評判ですよ」とからかわれた。 さて、どうしてランニングは絶滅したのだろう。今や、裸の大将山下清か、タマのドラマーしか着ていないからなのか。それにしても、それさえ、もう古い。いったい、何が原因でランニングは絶滅しそうなのだろう。私とて、ただの半そでとかの下着に代えればいいのだが、なんだか悔しい。ランニング復興協会でも設立しようと思ったのだが、どうにも盛り上がりそうも無いので、少なくとも私だけはランニングを着続けようと重い決断をしたのだった。
2015.08.15
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毎年お盆には、少なくとも、私と母と女房の両親は必ず墓参りに行く。今年は、息子と娘と、女房の弟も参加し、全員集合の墓参りになった。そして、つくづく思ったのは年齢である。ウチの母も、女房の両親も、ほとんど自力では墓参りが不可能になっていた。母はともかく、数年前までは自分の船でアジなんかを獲っていた義父も80歳を越え、クルマの運転にも不安があり、30分以上の運転は難しそうだ。まぁ、私が還暦なのだから当たり前なのだが、自分の親世代が墓参りからリタイヤしなければならないというのは、本当に哀しい。シャレにもならないが、参る方から入る方に近づいているのは事実である。これが、昨年までは大丈夫だったのに、あっという間に来るのがたまらない。
2015.08.14
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今日は、子供たちが帰って来て、女房の実家とそろって墓参り。夕食は焼肉で、久々に楽しかった。で、息子が自分のクルマに着替えをとりに行ったのだが、なかなか帰ってこない。で、帰って来たとたんに「いやー、久しぶりに流れ星を見た」という。そこで思い出したが、昨日はペルセウス流星群のピークだった。そこで、これは大変だと、息子と娘と3人で外に出て星を観察した。思えば、このところ、流星群のピークの時は、決まって天気が悪く、ここ数年流れ星を見ていなかった。今日も、雨が降ったりしていたのだが、22時過ぎには晴れていて、星が見えた。息子と娘は、路上に寝転んだりして、待つこと10分ほどで、来ました。何年ぶりかの流れ星は、美しかったし、うれしかった。流れ星は、そこに行けば絶対に見られるという、例えばスカイツリーなんかよりは、よっぽどありがたいし、うれしいのだ。お盆に流れ星というのも、忘れられない思い出になりそうだ。
2015.08.13
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コンビニの進出によって、確実に滅亡して行った業種がある。まずは、24時間営業の自動販売機店舗。平成までは、国道沿いに、自動販売機の24時間営業店がしこたまあった。テーブルゲーム機のブームもあり、一時は、うどん、そばとか、ありとあらゆる自販機が、不夜城のように営業していた。しかし、24時間営業のコンビニによって、存在価値が根本からなくなってしまい、今や絶滅した。そして、ほかほか弁当と小僧寿しなどの、弁当店も同じく、激減している。注文して出来上がりを待つよりも、コンビニのショーケースから好みを選ぶ方が楽なのは目に見えている。さらに、中小の書店である。注文しなくても発売日に買えるのだから勝負にならない。さらに、絶滅寸前ではあったが、街のタバコ店も、コンビニにとどめを刺された。私は商売柄も会って、この辺が身を以てわかるのだ。
2015.08.12
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さて、またコンビニの話になるが、これまでの秋田県では、ローソン4、サンクスとサークルK3、ファミリーマート2、デイリーとその他1、ぐらいの比率だった。しかし、数年前からのセブンイレブンの進出で、これが大きく変わろうとしている。とりわけ苦しいのはサンクスKとデイリーその他なのだが、今のところの王者ローソンも対抗策を練っているようだ。私の行きつけのローソンも、現在の店舗裏に新店舗を立て直し中で、9月からはリニューアルするという。北秋田市のようにこじんまりとしたというか、客が限られているところでは、大手の新店舗の開店は存続の脅威となる。行きつけの店を代えるつもりはないものの、どこか面白がっている自分がいる。
2015.08.11
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この落語会を知ったのは、ここでもレポートした、5月に大館市で行われた立川志らく独演会だった。会場の大館市民文化会館で、何の気なしにみつけた「立川流落語会」のチラシだった。このチラシが、単に公共ホールの関係で置いてあったのか、H席亭が置いてくれたのかはわからないが、とにかくとびついた。会場の姫神ホールは、旧渋民村の公共施設で、600席の立派な快感である。そこに、500人ほどの観客で、興業的には大成功ではないか。しかし、駐車場のナンバーを見る限り、県外からの来客は少ないようだった。秋田からは私だけではなかったか。ここが、ちょっと残念。この内容ならば、近県から、とくに立川流の落語が浸透している青森、秋田からは、もっと客を呼べたのではと思ってしまう。願わくば、東北で、立川流落語会を、もっと開催していただけないものだろうか。
2015.08.10
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姫神ホール開館20周年記念事業 姫神寄席 生志・談笑二人会という今回の落語会は、盛岡市渋民文化会館で開催された。私の住む北秋田市からは高速で2時間。これは見逃せない。演目は次のとおり。一席目 立川笑二 真田小僧二席目 立川談笑 金明竹 津軽弁バージョン三席目 立川志の八 はじめてのお弔い四席目 立川生志 井戸の茶碗 一席目は、前座バージョンだが、まだ24歳の若手二つ目としてはいい出来だった。立川流の層の厚さだろう。 実は、談笑師匠のコレがお目当てだったが、演ってくれた。津軽とは離れた岩手ではどうかというのを考えたが、いらぬ心配で、会場は大ウケ。何度聴いても笑える。関西弁がメジャーになりすぎた今、これが本流で残るのではと思わせるほどの名作だと、私は思う。 三席目は、志の輔の弟子なので、師匠の創作とばかり思っていたが、調べてみたがわからなかった。志の八の十八番らしいが、いや、面白かった。 トリの生志師匠はさすが。好きな噺をそつなく熱演。どれをとっても、やはり立川流はすごい。談志という一人の師匠に、これだけの弟子がいたというのは、ほとんど奇跡ではないか。
2015.08.09
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甲子園出場球児だろうが、そこまで行けなかった選手であろうが、野球留学している球児であろうが、皆、純粋に野球で頑張っていることには間違いがないし、それをどーのこーの言う気は無い。しかし、高校野球があまりにも、プロ野球への登竜門というか予備校になりすぎたため、もはやどうにもならなくなってしまったように私は感じる。私が子供の頃、プロ野球と大相撲しか娯楽が無かったので、「巨人、大鵬、たまご焼き」だったのだが、NHKと朝日新聞と毎日新聞があまりにもイベント化し過ぎたように思う。そして、高校野球があくまでも教育の一環だと言い張る高野連というのが大嫌いだ。どっかで、というか、そろそろガラガラポンでなんとかしなければならない時期にきている気がするのだが。
2015.08.08
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以前にも書いたような気がするが、高校野球がどうにも好きになれない。昔からそうだった。それでも、出身高校の流れをくむ夕張高校はとか、今住んでいる地元の北鷹高校はどーなったとかの興味はあるし結果もチェックする。だが、秋田県代表の秋田商業に特別な思い入れがあることもなく、まぁ、頑張ってくれればという程度だ。秋田県は、私立高校が少なく、野球留学もあまり聞かないので、そこは応援したい。関西の2軍化している青森の私立高に比べれば、立派なものだし、そのポリシーについては、甲子園で勝てなくとも、なんら恥じることはない。そういう意味で、青森の三沢商業には頑張ってほしい。私が高校野球に入り込めないのは、この異常な野球留学が原因だ。郷土も教育もあったもんじゃない野球留学は廃止にすべきではないか。
2015.08.07
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その昔は、特に田舎では、コンビニであれば、商売になったようだが、さすがに今は違う。すでに会社や場所による淘汰があり、競合各社は綿密な調査の結果出店を決めているようだ。もっとも重要なのは、おにぎり、弁当などが供給できるかという点だ。今回のセブンイレブンの場合、秋田県の南側から出店し、秋田市までは整ったが、南側からの供給は、どうやらそこまでが限界のようで、今度は北側の青森か岩手から、鹿角市、大館市に開店するようだ。結果的に能代市と北秋田市は残されたのだが、これも間もなくだろう。こうして、今までセブンイレブンのなかった秋田と青森にも出店し、全国制覇となった。私にとっては、ほぼ40年ぶりに、セブンイレブンを日常的に使うことが出来るワケで、なんだか感慨深い。私にとって、タバコ、マンガ、サンドイッチ、おにぎりがいつでも買えるコンビニは、良し悪しを別にして生活の一部だ。異常に熱く語ってしまう自分がちょっと恥ずかしい。
2015.08.06
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昭和54年までの大学時代に、相模原にはセブンイレブンしか無かったような気がする。ローソンもファミマも見たことがなかった。そして秋田県に就職したのだが、もちろんコンビニなどというものは1件も無かった。秋田県にコンビニが出来たのは昭和の終わり頃だったように思う。最初はデイリーヤマザキだったか。その後、地方業者が立ち上げたコンビニが何件か出来たのだが、今はもう、影も形も無い。そして、サークルK、サンクス、ローソンなどがどんどん増え、今一番多いのはローソンだろう。10年ほど前にファミリーマートが出来はじめ、今も増え続けている。さて、セブンイレブンだが、やっと3年ほど前に県南の湯沢市に秋田県第一号店がオープンした。横手、大仙とだんだん北上し、今は秋田市内にも増え続けている。そして、この7日に、大館市でも県北第1号店がオープンする。
2015.08.05
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あれは、昭和53年だったろうか。大学のあった神奈川県相模原市淵野辺に、突然、セブンイレブンという店が出来た。たしか、酒屋だったのだが、なんか、急にこじゃれた店構えになった。最初は、どうにも入りにくかったが、朝の7時から、深夜11時まで開いているということで、こわごわ入ってみたのだが、週刊マンガ雑誌が売っているのに驚いた。発売されたら、すぐに読みたい私なので、駅の売店に通っていた私にとっては、うれしい店だった。思えば、これが、私のコンビニ初体験だった。まだ、コンビニという言葉も概念もなかったが、この時でさえ大きな革命だった。正月やお盆には、ほとんどの飲食店やスーパーが休みで、帰省しない学生は、カップラーメンの買い置きが必須だったのだが、コンビニの出現によって、それが解消された。次の年には卒業だったので、私にとってのコンビニといえば、そのセブンイレブンがすべてだった。
2015.08.03
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今回は、東京の企画会社による興業で、秋田ではちょっと珍しい。桂文珍と三遊亭円楽の二人会である。会場は秋田では立川志の輔でしか満員にならないという秋田市文化会館の大ホール。案の定、満員とはならなかった。それでも、私が買ったA席はなんと2階。60人ほどいただろうか。たぶん、S席なのだろうが、1階の後ろはかなり空いていたのに、ちょっと釈然としない。演目は次のとおり。一席目 三遊亭橘也 桃太郎二席目 三遊亭円楽 禁酒番屋三席目 桂 文珍 寝床 円楽師匠のまくらは笑点と歌丸師匠なのだが、やはり笑える。禁酒番屋は、柳家小さんの得意ネタであり、三遊亭では誰が演っていたのか、圓生は演っていないような気がするが。 文珍師匠の老人モノまくらは何度聴いても絶品だ。これだけでも、私は満足。義太夫も本当に習っているらしく、うまい人が真似するヘタは絶品だ。以前にも書いたが、文珍師匠は、もっと秋田でも聴いて欲しいものだ。
2015.08.02
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今日は秋田市で同窓会があった。で、当然懇親会もあるのだが、これがどうにも苦手だ。なかなか話し相手がみつからないのだ。で、実は明日は秋田市で昼から落語があるのだが、懇親会を逃げて、初めていつものアカスリのホテルこまちに泊まっている。ネットカフェもどきの一番安い部屋に泊まっているのだが、これはなかなか。布団一枚だけで、屋根もないので、これはどうかなと思ったが、タブレットも使えるので空間的に不満はない。隣のいびきいなんかも聞こえるのだが、込み合っていないので、さほど気にならない。これで風呂に入れるん¥おであれば、私にとっては御の字というものだ。さらに、ここは近くに出歩く場所も少ないので、もう、観念して部屋にいるしかない。今のところ、案外気に入っている。
2015.08.01
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