全25件 (25件中 1-25件目)
1
![]()
自己啓発本著者のキング、ナポレオン・ヒルの『アンドリュー・カーネギーのビリオネア養成講座』なる本を読了しましたので、心覚えを。 これ、ヒルの『How to Raise Your Own Salary』(どうやって自分自身の給料を上げるか)という本の抄訳なんですけど、なかなか興味深いところがありまして。 伝説によると、ヒルは1908年に鉄鋼王アンドリュー・カーネギーに新聞記者として取材したことになっていて、この時、カーネギーに気に入られたヒルは、カーネギーから「成功哲学」の編纂を頼まれたことになっている。で、500人のビリオネアを紹介するので、彼らの成功への道のりの取材を通じて、どうすれば彼らのようなお金持ちになれるか、その普遍的な方法論を確立せよという宿題を課せられた。で、その宿題を20年かけて果たしたヒルは、『思考は現実化する』という名著をものし、自己啓発本のキングとなって、自らも大金持ちになりましたと。 で、その伝説のヒルとカーネギーの面会場面を紙上再現したのが、まさにこの本であるわけ。 だからこの本は、基本的にヒルとカーネギーの対話から成り立っております。ヒルが尋ねたことに対し、カーネギーが答えるという形式ね。 で、それによると、ヒルが「どうやったらごく普通の能力を持った人物が、あなたのような大金持ちになれますかね?」という質問に対し、「そうじゃなあ、先ずは明確な目標を持つこと、それから自分の計画に完全に同意し、力を合わせてくれる仲間(=マスターマインド)を見つけることじゃ」みたいな感じであれこれアドバイスしてくれたと。 ま、そんな感じの本。抄訳だから、原著より余程短いですけれども。 ですが・・・。 前にも書いたと思いますが、実はヒルがカーネギーに実際に会ったという証拠は一つもないんですな。 カーネギーのご本尊に直接会ったとか、成功哲学を発見せよという課題を与えられた、というようなことをヒルが言い出したのは、カーネギーの死後のことで、だからカーネギー本人から「そんなことはない」と否定されることはあり得ない。それをいいことに、ヒルは自分とカーネギーとの直接対峙という伝説をでっち上げたらしいわけ。 そう考えると、まあ、この本なんてのは面白さ百倍よ。ここに書いてあるヒルとカーネギーの対話の一つ一つがすべてヒルの自作自演、まさに「自演乙」の世界なんだから。 いくらなんでも、そこまでやるかね、ヒルさん・・・。 というわけで、実在のビリオネアとの会話を自演乙してしまうナポレオン・ヒルなる人物の面白さだけが噴出してしまうこの本、世に数多ある自己啓発本の中でも噴飯モノの奇書と言うべきかもしれません。【中古】 アンドリュー・カーネギーのビリオネア養成講座 /ナポレオンヒル【著】,田中孝顕【訳】,ナポレオン・ヒル財団アジア太平洋本部【編】 【中古】afb
April 30, 2017
コメント(0)
![]()
GWということで、仕事とは全然関係ない本ばかり読んで暮しております。 まず読んだのは先日ブックオフで買った『売文生活』でしたが、これは予期した内容とはまったく異なっていたばかりか、その独自のユーモア感覚が私とはまったく相容れない性質のものだったので、即、読み進めることを中断。色々な意味でぞっとする本でした。 次に手にしたのは、昨年惜しまれながら亡くなられた原田治さんの『ぼくの美術ノート』という本。これは前述の本とは180度異なって、非常に楽しい、気持のいい本。 ミスドのキャラの考案者として知られるイラストレーターの原田さんは、職業的なアレもあって幼少の頃から美しいものに敏感であられたようですが、「美しいもの」と言ってもそれは必ずしも美術的な意味での名品に限られるものではなくて、例えば某名菓子店の饅頭の包み紙であっても、それが原田さんにとっては美しいと映ることもある。そういう意味で、何であれ原田さんの目と心を捉えた様々なモノについて写真とエッセイで紹介したのがこの本、と言うことができるでしょう。 で、原田さんのエッセイを読んでいると、我々読者もまた身の周りのありふれたモノの中にある美に導かれて思わずハッとすることが多々あるわけですが、原田さんのエッセイは、ただそういう瞬間的な驚きを与えてくれるだけでなく、もっと深い理解に我々を導いてくれることもある。 例えば岸田劉生の装丁に触れた章。この章の中で原田さんは、劉生が三十三歳の時に手掛けたとある美しい本の装丁を紹介しているのですが、その中でその装丁を手がけた時の劉生の日記にまで言及するんですな。で、それによると劉生はこの装丁をわずか数日で仕上げていたばかりか、その間も大勢の来客と楽しい酒席に明け暮れていたと。つまり、劉生は完璧な美しさを湛えているこの装丁を、ごく短期間のうちに、それもほんのついで仕事のような調子で仕上げていたわけ。それは劉生の仕事ぶりが不真面目だったということではなく、いわばモーツァルトが作曲をするように劉生は絵を描いていたんでしょうな。で、原田さんはそんな劉生の底知れぬ天才ぶりを示しつつ、その一方で、この大天才を当時の日本画壇が完全に無視していたこと、しかし劉生の方ではそんなことなどつゆ気にすることもなく、三十八歳で早世するまで、独自の道を歩み続けていたことにも触れている。 3ページ、たった3ページの短いエッセイにして、我々読者に大劉生の何たるかを理解させてしまうのですから、その手腕たるや大したものでございます。 とまあ、こんな調子で、原田さんの気持のいい文章を読みながら、色々な勉強まで出来てしまうのですから、私がこの本を一気読みしてしまったのも無理からぬところ。この本はね、いい本です。教授のおすすめ!ぼくの美術ノート [ 原田治 ] さて、次に私が手にしたのは、女優の杉田かおるさんが書かれた(ライターによる聞き書きでしょうけど)、『すれっからし』という本。私とほぼ同世代、『パパと呼ばないで』のチー坊役で天才子役の名を欲しいままにした、あの杉田かおるさんの半生記でございます。 毀誉褒貶の激しい人ですけど、小さい時から芸能界に籍を置いてその明るい面も暗い面も知り尽くしている人の話ですから、下世話な興味という点から言ってもすごく面白い。例えば、あの「日本の母」、京塚昌子氏の暗黒面に触れているところなど、ビックリ仰天よ。 ま、なかなか扱いの難しそうな人だし、色々なトラブルに巻き込まれそうな性格の人だなあと思いますが、私は杉田かおるという人は女優として傑出していると思っていますし、その一点によって許され、今後も芸能界をサバイバルしていく人だろうなあと思います。やっぱり、ある種の天才ですね。そういう天才の半生記として、本書も実に面白い。これも教授のおすすめ!【古本】すれっからし/杉田かおる【中古】 afb というわけで、GWの始まりにこれらの本を読み漁っているワタクシなのであります。
April 29, 2017
コメント(0)
『トレインスポッティング2』が見たいなと思い、しかし、前作の『トレインスポッティング』自体、20年前に見たきりで内容をすっかり忘れているので、『2』の予習として、見直しちゃった。 で、最初の方にあるトイレの便器に飲みこまれるシーン以外、ほとんどすべて忘れていたという・・・。 でも、とにかく前作を見直して、ふんふん、なるほど、そうそう、こういう映画であった、ということを思い出した次第。ユアン・マクレガーが若い! で、よしよし、予習終了。これでいつでも『トレインスポッティング2』が見られるぞ、と思い、レイトショーは何時からかしら? と思って、いつも行くシネコンの上映スケジュールを確認してみたと。 すると・・・。 ない。上映スケジュールに『T2』の文字がない。あれ、おかしいな。まだ上映してないのかしら? と思って確認したら、愛知県で『T2』を上映しているのは6館しかなく、そのどれも私の自宅からは遠いのでした・・・。 はあ・・・。 そういうところだよね、名古屋・・・。 もうその時点で東京に負けているんだよ! ディスニー映画とドラえもんばっかりやりやがって。少しはちゃんとした映画見せろい! ほんと、いつも思うのだけど、シネマコンプレックスって、なんのためにあるんだろう? 10スクリーン以上もあって、まともな映画一つやってないってどういうことだよ。いいよ、ディズニーだろうが、ドラえもんだろうが、上映したって。何だったらドラえもん吹き替え版、ドラえもん字幕スクリーン版、どらえもん3D版、ドラえもん4D版で4スクリーン占めてもいい。 でもさ、そのうちの1スクリーンくらいは『T2』に割り振れよ・・・。
April 28, 2017
コメント(0)
昨日、三木清の『人生論ノート』が見当たらないという話を書きましたが、よく考えてみたら、アレ、この前蔵書を整理した時、大学の近くのブックオフに売ってしまったのではなかろうか、ということに気づきまして。 で、それならば買い戻してやろうと。 とまあそんなわけで、仕事の合間に大学を抜け出し、そのブックオフに向かったものと思いなせえ。 で、元はと言えば私の『人生論ノート』を探索してみたものの、見当たらず。 まあね! 古本屋って、基本、そうだよね。何か特定の本を探しに行って、そのものずばりが見つかる場所じゃないよね! それは元々わかっていることなんだけど、それでもやっぱりやってしまうという・・・。 でもせっかくここまで来たのだから、何か収穫を得ないとなあ、と思い、店内を経巡ること二度三度。 その結果、見つけたのが下記の4冊:○町山智浩『キャプテン・アメリカはなぜ死んだか』(文春文庫)108円○養老孟司『バカの壁』(新潮新書)108円○キングスレイ・ウォード『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』(新潮社)200円○日垣隆『売文生活』(ちくま新書)108円 町山さんの本は、まあ、私が町山ファンということもあるのですが、アメリカ文化とかアメリカ映画に関する本なので、仕事にも役立つだろうと。 養老さんの本、言わずと知れたベストセラーですが、まだ読んだことがなかったのよ。108円なら読んでもいいかなと。それに、中身をペラペラめくってみたら、結構、自己啓発的なことも書いてあったし。 『ビジネスマン』は、これはもうバリバリの自己啓発本のベストセラーなので、200円ならいいかなと。ちなみに、この本には前例というかモデルがあるのご存じ? 『わが息子よ、君はどう生きるか』という300年前の本。フィリップ・チェスター卿というイギリス貴族が書いた本なんですけど、父親から息子へ手紙形式で人生訓を垂れるってのは、大昔からあるわけね。 で、最後の『売文生活』は・・・、まあ、文章を売って生活するってのは、どんな感じか、ちょっと興味があったので・・・。 というわけで、それなりに収穫あり。さすが、転んでもタダでは起きないワタクシの真面目とでも申しましょうか。 ま、お目当ての『人生論ノート』は無かったけれど、GW前半に読む本はしっかり確保でございます。
April 27, 2017
コメント(0)
![]()
三木清の『人生論ノート』は、戦後日本最初の自己啓発本、ってな位置付けがなされている本で、特にそれが「死について」という章から始まっているというので、日米自己啓発本比較的な観点から言うと、なかなか興味深いわけ。 というのは、アメリカの自己啓発本は、「如何によく生きるか」の指南書であるのに対し、日本の自己啓発本は最初に「死」から始まっちゃうのでね。 だーけーど、それは表面的なことで、じっくり読むと三木清の『人生論ノート』ってのは、アレなんだってね、一種の幸福論なんだってね。その意味では、やっぱり自己啓発思想の典型とも言えると。 私もこの本、高校生くらいの時に読んでいるはずなんだけど、内容を全然覚えてないや。だから、もう一回読み直さなくちゃ、と思っていたんです。 で、このところちょっと時間的に余裕があるもんで、この本をもう一度読み直そうと思って書棚を探すのだけど・・・これが見当たらないんだなあ。 もうね、私が読もうと思う本、持っていることが確実な本って、絶対、在り処が分らないの。それだけは確実。やんなっちゃうよね。どうして、私はこういつもいつも自分の持っている本ばっかり探していなくちゃいけないんだろう。 はあ・・・。仕方ない。ブックオフかなんか行って、108円で買ってくるか・・・。 青空文庫でロハで読むという手もあるけれど、『人生論ノート』をネット上で読むのって、申し訳なくない? とにかく、「死について」から始まる幸福追求の本とやら、どうにかこうにか読まないといかんですな。NHK 100分 de 名著 三木 清 『人生論ノート』 2017年4月[雑誌]【電子書籍】
April 26, 2017
コメント(0)
勤務先大学を定年で辞職された後、特別非常勤講師として引き続き教鞭を取られている先輩同僚の先生が授業後に遊びに来られたので、他の同僚共々、コーヒーを飲みながらしばし雑談しました。 で、その先生のお話を伺っていると、色々渋いんだよね、定年って。 まず定年を迎えると、噂に聞く「年金生活」というのが始まるわけですが、全然足りないんですって、額が。だから、今までと同様の生活レベルを維持するためには貯金を切り崩さなくてはならないと。そういうこともあって、「釈迦楽さんも、定年10年前になったら、心して貯金しないとダメだよ~」なんて言われちゃった。定年の時に住宅ローンなんか残して置いちゃいけないよ、とも。 ま、そんな景気の悪い話になりがちだったので、少し梃子入れしようと、「でも先生、定年になると時間だけはたっぷりあるから、研究は好きなだけ出来るんじゃないですか?」と尋ねてみたわけ。 すると、「いや、それがそうでもないんだよ」と。 確かに時間はあるんですって。だけど、その分、モチベーションと目標を失うというのですな。 加えて、ここにも経済的な問題が絡んでくる。先生も、途中まで翻訳した本があるそうなのですが、これを出版するとなると、多分、持ち出しになるので、ただでさえ苦しい生活がますます苦しくなってしまう。で、「そうまでして、出版する意味はあるか?」と疑い出したら、もう、やる気が失せるというわけ。 ふーむ! 渋いな! そんなもんかなあ・・・。この先輩同僚の先生は、相当、研究マインドの強い人だったのに、その人にしてそうなのか・・・。 私も定年まであと10年とちょい。できれば定年より前に大学を辞めて、自分の好きなことだけして暮らしたいと思っているワタクシですけれども、こういう話を聞くと、ちょいと萎えるね。 ま、そんなことを言っても、いずれ私にも定年の日はやってくる。その時までに、どういう風にその後を過すか、もっと明確に考えておかないといかんのかも知れませんな。
April 25, 2017
コメント(0)
![]()
池澤夏樹さんの近刊『知の仕事術』を読んでいたら、斎藤美奈子さんの『文庫解説ワンダーランド』への言及がありまして。ま、正確に言えば、この本自体ではなく、岩波書店のPR誌『図書』に連載されていた「文庫解説を読む」という一連の文章への言及なんですが。 実は、斎藤さんのこの本について、他人が褒めているのを読むのは、これが二回目なの。 日本の文庫本には、大体巻末に「解説」が付いていますよね。実はこういう風習というのは海外ではあまりなくて、ある意味、日本独特のものであると言ってもいい。で、それはそれでいいのだけど、その文庫本の「解説」は玉石混淆で、素晴らしい解説があると思えば、トンデモ解説もある。で、斎藤さんの『文庫解説ワンダーランド』というのは、その両者を取り上げながら、日本独特の「文庫解説」なるものを考察したものらしいんですな。で、その切り口、内容共に実に面白いと。 まあ、そういうことならば、買って読むしかないよね。はい、アマゾン、ポチ。 だけど、斎藤美奈子という・・・評論家?・・・って、ちょっと凄いよね。 何がスゴイって、目の付け所がすごい。 例えば出世作の『妊娠小説』は、日本近代文学の中で主要登場人物が妊娠するケースを集め、それを考察した本だったんだけど、そんな切り口の文学研究なんてそれまでトライされたことがなく、しかも、その切り口でめちゃくちゃ面白い分析が出来たわけで。 それから『文章読本さん江』では、世に数多ある『文章読本』を比較考察し、何でこの国では文豪と呼ばれる人からよく分からない人までこぞって文章執筆指南の本を書いているんだ、という謎を追究していて、ものすごく面白かった。 また『文壇アイドル論』では、村上春樹や吉本ばなななど何故かマスコミ受けのいい作家8人を取り上げ、何故彼らが世間に受け入れられるのか、否、何故時代は彼らを必要としたのかを鋭く突いて、優れた時代論になっていた。 その他、彼女が書く本というのは、目の付け所がほかの評論家と全然違うわけ。しかも、それがすべて、かなり高度なレベルで成功していると。 で、今度は「文庫本の解説」を解説するという挙に出た。うーん、またまたいいところを突いたもんだよね。斎藤さんの仕事ぶりには、毎回、唸らされることが多いです。私も勉強しなくちゃ。文庫解説ワンダーランド [ 斎藤美奈子 ]
April 24, 2017
コメント(0)
![]()
戦後から現在に至るまで、日本を代表するアメリカ文学・文化研究者であり続けられている亀井俊介先生の、その研究者としての足跡をご自身の語りとインタビューで辿る本、『亀井俊介オーラルヒストリー』(研究社)という本を読了しましたので、心覚えを付けておきましょう。 まず特筆すべきは、この本が「執筆」ではなく、「語り」で構成されていること。亀井先生が東大をご退官された後、第二の(本当は第三の、ですが、本来第二の職場であった東京女子大にあまり良い思い出がないようなので(そのことは本書にも記してある)、あえて第二の、と言いますが)勤務先となった岐阜女子大学の「デジタル・アーカイヴス」プロジェクトの一環として企画された本書は、戦後日本のアメリカ学をリードされてきた亀井先生の軌跡を、亀井先生ご本人の語りを通して、文字通り「肉声」で、記録することが主眼であったためにそういうことになっているわけですが、それだけに文語体で「執筆」された本とはまた別次元の読み易さがある。と同時に、研究者同志が難しい用語を使ってするような肩肘張った研究なんてものはつまらん!と主張され続けてきた亀井先生ご自身の研究者としてのスタンスからして、このような気楽な語りこそ、亀井先生の本質を掴まえるには最上の手段でもある。ま、亀井先生ご自身の言葉を使えば「浴衣がけ」のスタイル、ですな。実際、亀井先生のことをよく存じ上げている同業の読者はもとより、そうでない読者にとっても、亀井先生の柔和で、しかししなやかな強さを持ったお人柄が、語りを記した行間から漂ってくるようでございます。 で、「時代を追って」と題された本書第一部は、「見敵必殺」の軍国少年だった幼少期のこと、また戦後「親米」の方向に大きく舵を切った節操なき日本の中で、さほど違和感なく、否、むしろその解放感を謳歌するようにアメリカへの憧れを抱きつつ「英語少年」となり、やがて岐阜の田舎から東京大学に進学していった頃のことなどから語り始められ、その後、東大英文科のあまりに字義に拘泥しすぎる「文学研究」の在り方に疑問を抱き、文学の本質に迫れるような研究のスタイルを求めて大学院では比較文学研究科に進学、そこで島田謹二先生の薫陶を受けながら、また英文科に進学した連中には負けないという意地も持ちながら、猛勉強に励むことになる青年時代の思い出が続く。そしてその後、まだ日本人が容易に海外なんて行けなかった1950年代に初めてアメリカ留学を体験、これが決定的にその後の亀井先生の研究者の方向を定めることになっていく・・・。『福翁自伝』をはじめ自伝というのは大抵そうですけど、やっぱり若き日の一途な猛勉強の思い出というのは、勢いがあっていいもんです。 で、そうした猛勉強の末、亀井先生の最初の学問的達成として、『近代文学におけるホイットマンの運命』という本が出版される。弱冠三十代にして、亀井先生に学士院賞が授与されることになる、伝説の名著の誕生でございます。 で、その『近代文学におけるホイットマンの運命』ですが、「処女作にその著者の全てが籠る」というのは本当でありまして、この本はその後の亀井先生が展開される様々な方向のご研究の萌芽がすべて詰まっているようなものだったと。 それには幾つかのレベルの意味があって、一つはウォルト・ホイットマンという詩人の奔放さが、ある意味、亀井先生ご自身の奔放さの象徴であったということ。旧弊で束縛的な伝統に縛られることなく、自分の内面の欲望だけを信じ、それに突き動かされるようにして「僕自身の歌」を歌ったホイットマンに励まされるように、亀井先生も先生独自のアメリカ学を追究されることになるのですが、そういうホイットマンと亀井先生の共通性が、『ホイットマン』という本のそもそもの執筆動機であったということ。これはもう疑い得ない。 もう一つは、この本が「ホイットマン」という詩人についての文学的研究書というよりも、「ホイットマン」という稀有で破天荒な人物を一つの視点として、彼の思想的影響がどのようなさざ波を描きながら日本に伝わってきたか、ということを研究した「比較文学研究書」であったこと。やっぱり亀井先生は、お若い頃から「日本」と「アメリカ」という異なる文化の国の狭間で、両者を比較しながら研究することの意義を、自覚的に捉えられていたんですな。本書の中でも亀井先生が繰り返しおっしゃられているように、先生はアメリカという国、そしてその文化に対して「wonder」を常に感じていらした。色々なことが日本とまったく異なるアメリカに対して、何年経ってもビックリされていたと。その新鮮な「ビックリ」を解明したいという基本的な欲望、それが亀井先生のすべてのご研究の原点だということが『ホイットマン』という本で明らかにされたし、その後のご研究にもすべて当て嵌まっていると言えるではないか。 そしてもう一つ、『ホイットマン』という処女作が、それを書かれた亀井先生ご自身に、様々な宿題を投げかけてきた、ということもあります。例えばつい先年、傘寿を越えられた亀井先生は、『有島武郎』という日本の作家についてのご著書を出されたのですが、これはアメリカ(文学)研究に倦まれた先生が、手慰みに日本の作家について本を書いてみた、ということでは全然ない。『ホイットマン』の中で、ホイットマンに影響を受けた日本作家の一人として有島武郎のことを挙げていたものの、そのことを十全に展開できなかったという負い目が亀井先生の中にあって、その宿題を今、ようやく果たしたというのが『有島武郎』の執筆動機であったわけ。つまり、先生がお若い時に書いた本と、現在先生が書かれている本の間には明確な一筋の道があるのであって、全然ぶれていない。 そして、そのように考えてみれば、これまでに亀井先生が書かれてきた膨大な数のご著書、例えば有名な『マリリン・モンロー』なんかでも、突き詰めれば『ホイットマン』という最初の本から発した一筋の道の、その延長線上にあるものと言えなくもない。なんとなれば、ホイットマンもモンローも、彼らが生きた時代の主流ではなく、むしろその主流に逆らうような立場の中で、懸命に自分自身を表現しようとした人達であり、そういう意味で「もっとも美しい人」達だったのだから。 そして「主流に逆らうような立場の中で、懸命に自分自身を表現しようとした人」という位置づけは、亀井先生ご自身にも当てはまるかも知れない。そう考えると、本当に『ホイットマン』は、「亀井先生の本」だったんだなという気がします。 ちなみに、『近代文学におけるホイットマンの運命』が亀井先生にとって大きな意味があったのには、更にもう一つの側面がありました。この本が学士院賞を受賞したことによって、付随する様々な利点が亀井先生にもたらされたんですな。例えば、この本で有名になったおかげで、先生は再びアメリカに渡航する機会に恵まれ、それによってアメリカ文化研究に関して大きな収穫を得られたというのが一つ。しかしそのこと以上に大きかったのは、この本が亀井先生をアカデミズムの束縛から「自由」にしたということ。つまり、学士院賞を受賞したという点で、「やろうと思えば東大英文科の連中に負けないような『学術的達成』がいつでも出来るんだ」ということを証明しちゃったわけ。だから、もうこれ以上、アカデミックなことに拘泥しなくても済むようになっちゃった。 で、以後、亀井先生は、ますますご自身のやりたいような研究と執筆活動に邁進されるようになる。そしてその結果、例えば研究者のみならず一般の読書人に大いに受け入れられ、日本エッセイストクラブ賞も受賞した『サーカスが来た!』のような著作であるとか、あるいは口語体でアメリカ文学の魅力を語るという点で画期的な文学史であった全三巻の『アメリカ文学史講義』に繋がっていくと。その辺りの快進撃については、本書第二部「著作をめぐって」の中で縦横に語られております。 そして、この「口語体」の問題は、本書第三部「学びの道を顧みて」で語られている事々にも通じるのですが、亀井先生の研究上の信念とも重なってくるわけ。 亀井先生を多少とも知る人間にとって、亀井先生を笑顔以外の顔で思い出せない、というところがあります。それほど先生は柔和な、物腰の柔らかい方なんです。ところが、本書の中で何度か先生が結構厳しいことを仰っている部分がある。それは、現今のアメリカ文学研究の在り方を批判されているところ。今のアメリカ文学研究は、アメリカ本国の研究者の言をありがたく頂戴してそれに同調したようなことを云々していたり、難しい批評用語を弄び、研究者仲間うちでしか通用しないようなことを書きあって得意になっていたり、そんなのばっかりじゃないかと。その辺りのことに言及される時の亀井先生は、ちょっと意外なほど手厳しい。そしてそういう厳しい一面を知ると、ああ、亀井先生ってのは柔和なばかりじゃないんだなと。実はものすごく厳しい人なんだなということが分って、ぞわっと総毛立つような気がします。 いいねえ、そういうところ。 で、そういう厳しい批判を踏まえた上で、亀井先生は自ら「浴衣がけの精神」ということを仰り、浴衣がけで、時には酒杯を重ねながら、本当に自分が面白いと思うことを原点にしてアメリカ文学を語ろうじゃないかと、そう主張されている。日本とアメリカは違うんだから、日本人がアメリカの文学や文化に違和感を感じるのは当たり前じゃないかと。その「なんでそうなんだ!?」というワンダーを梃子にして、外国人としてアメリカのことを分析しようじゃないかと。そうして初めて、アメリカ人の研究者にも頷かれるような文学論・文化論ができるんだよと。 口語体で、しゃべり言葉で学問しよう。それができなかったら、本物じゃないよ――亀井先生は本書全体を通じて、我々後輩に対して、そういう挑戦を投げかけられている。それが「オーラルヒストリー」として書かれた本書の全てだと。私は、そう受け取りましたね。 あともう一つ、本書には東大時代の亀井先生の後輩同僚の先生方が書かれた文章が付け加えられているのですが、その中で川本皓嗣先生のは猛烈に面白いです。その中で川本先生は、亀井先生といっしょにアメリカを旅された時のことを語られていて、亀井先生が空港に到着すると、現地の女性がクルマで迎えに来られることにビックリされた、ってなことが書いてある。もちろんその女性達は(多分、アカデミックな意味で)亀井先生のファンで、現地で先生の足となることで先生のご研究をサポートしてくれるのですが、亀井先生がいかに女性にモテるか、ということの証言でもある。また、亀井先生が現地で大量の古本を買われ、それを日本に送るために段ボール何箱も郵便局に持ち込まれるのですが、そういう時、現地の郵便局員が、亀井先生に対して自然に「プロフェッサー」とか「サー」とか、そういう言葉で接せられるのに驚かされたとも書いてある。つまり、ラフな格好をされていても、自然と亀井先生の人となりから発せられるオーラによって、見ず知らずの、市井のアメリカ人ですら、敬意をもって亀井先生に接するようになるということ。これは、亀井先生の人物像を表した、素晴らしいエッセイであると言えましょう。 ということで、この本、私自身はすごく楽しみ、かつ啓発されながら読了いたしました。アメリカ文学・文化研究に携わる後進の人たち、亀井先生の本のファンはもとより、日本を代表する研究者の芯の通った生き方を知りたいと思う人であれば、誰にでもこの本を推薦することを私は躊躇いません。教授のおすすめ!です。亀井俊介オーラル・ヒストリー [ 亀井 俊介 ]
April 23, 2017
コメント(0)
![]()
つい魔がさして『70年代 アナログ家電カタログ』っていう本を買っちゃった。 前にこのブログでもご紹介した『まだある』という本も楽しかったけど、本書で扱われている70年代くらいの家電製品のカタログ見ていると、もう懐かしさに涙ちょちょぎれるわ。 何が懐かしいって、もうね、こういう家電品のカタログって、「幸せ」を絵に描いたようなのよ。まだまだ貧しかった日本、でも、高度経済成長で景気はぐんぐん右肩上がりの時代。懐が豊かになるにつれ、欲しい欲しいと思っていた家電品が「買える」ってなった時の高揚感。それが、カタログの中からもムンムン漂ってくるわけ。 「これがあれば、これを買えば、自分の生活はすごく良くなる」という確信。そういうのって、今、ないじゃん? なんか、モノを買うことに対するヨロコビが薄くなっているというか。それを、こういう本を読むと思い出すのよ。 でまた、この時代の家電品のカタログに、案外、水着あるいはミニスカートなどを着た女性モデルさん(結構ハーフの人が多い)が登場することが多いのですけど、時代のせいか、その水着とかがダサいわけ。で、ダサいんだけど、そのダサさがまた一周回って新鮮っていうね。こんがり小麦色のモデルさんとかを見ると、そうそう、この頃は小麦色だったんだよな、みたいな。 ま、だから何、っていう種類の本ではありますけど、私と同年代のご同輩には、この本、おすすめでございます。70年代アナログ家電カタログ新装版 [ 松崎順一 ]
April 20, 2017
コメント(0)
同僚の先生から面白い話を聞いちゃった。 その先生、最近、ご実家に置いてあった私物を処分されたそうなのですが、その中に大量の古いマンガ本があった。50年前のマガジン、サンデー、キング、そういったものですな。それ、取っておこうと思って取っておいたのではなく、ただ単に物置に放り込んでおいたのが積もり積もって相当な量になっていた、ということらしいのですが。 で、最近、その大量の古いマンガ本を処分しようと思って、そのうちの何分の一かを専門業者に、つまり「まんだらけ」に持って行ったと。 すると・・・ これがいい値段で引き取ってもらえたらしいんですな! もちろん、全部が全部、高額で引き取ってもらえたわけではなく、専門業者ならではの値付けというのがあって、高いものは高く、安いものは二束三文で引き取られたらしいのですけど、一番高かったのは、1冊3000円だったと。 当時1冊60円のマンガ本ですよ。それが50年経ったら3000円になっていた・・・つまり、元値に年数を掛けたような値段になっていたと。 ひゃーー。すごいね。 だって、前にこのブログでも書きましたけど、私の研究室に置いてあった蔵書、つまり、ちゃんとした本を段ボール数箱分売ったって、1500円ほどにしかならなかったよ。それがマンガだと1冊で3000円なんだ。 ちなみに、どういう号が高く売れるかというと、今から50年前、『ウルトラQ』的なものが流行っていた時代だけに、マンガでも「怪獣大特集」的な企画がしばしばあって、そういうのが高く売れるんですって。それから、雑誌別で見ると「キング」の値段がダントツ、マガジンやサンデーはそこそこなんですと。ふーん、そうなんだ。ま、私はその種のマンガ本をほとんど読んだことがないので、どの雑誌がどうなのか、なんて全然分かりませんが。 ま、ともかくですよ。ともかく、その先生は古いマンガを売ってひと財産儲けたと。しかも、まだ全部売ってないので、この先、さらにひと財産もふた財産も儲けられる予定であると。 「まんだらけの人が『この号が一番高くて、3万円で買い取りますよ」と言って見せてくれた号、確か、僕、持っているんだよね~」とほくそ笑む同僚をうらやましく眺めつつ、日本のマンガ文化の底力を見せつけられたような気がしたのでありましたとさ。
April 19, 2017
コメント(0)
渡部昇一さんが亡くなりましたね。享年86。 私が渡部さんのお名前を最初に知ったのは、私の世代の例にもれず、『知的生活の方法』を読んだから、ですね。東北から東京出てきて、大根を生でかじってビタミンCとりながら一生懸命勉強したら上智大学の教授になれました、ってな半生記から始まって、エアコンは買った方がいい、日本の夏には必需品だから、とか、知的生活するためには自宅を図書館化せよ、などという主張を聞かされ、しまいには図書館付の家の設計図の提案までしてあったりして、「なんだろうな、この本」と思いつつ、それなりに楽しんで読んだ記憶が。特に「背伸びする必要はない、本当に自分が面白いと思う本だけ読め」という本書の主張は、今考えてみれば、現在自分自身が実行していることだったりして、なにげに影響を受けていたのかなと。 ま、この人は専門が文学ではないので、その後の絡みというのはなく、またいつのまにやら学者というよりは右翼の・・・じゃなくて保守派の論客になってしまわれたので、ますます縁遠くなりましたが、実はこの人は「大島淳一」なるペンネームの下、ジョーゼフ・マーフィーの自己啓発本の翻訳を手掛けておられる他、ご自身の名前でウェイン・ダイアーの自己啓発本の翻訳をはじめ、そちら系の本を数多く出されているもので、ここ数年、私は渡部昇一さんのお仕事に係わることが増えてきたという。 よく考えてみれば、『知的生活の方法』自体が自己啓発本だからね。それに、この本の中で渡部さんがやたらに推奨していたP・G・ハマトンの『知的生活』もまた、自己啓発本だし。根が自己啓発系の人なんでしょうな。 だから、渡部さんが晩年に至って、魂の不滅を語り、スピリチュアルな方向に舵を切ったというのも、私にはよく分かるのよ。 というわけで、今、私が会ったら、案外、面白い話が聞けたかもしれないな、なんて思う所も若干あり。縁遠いように見えて、実は案外、縁遠くなかったのかも。 そう言えば、私と渡部さんは全然絡みがなかったと書きましたが、実は一度だけ絡んだことがありまして。私が最初の著書を出した時、出版元が気を利かせてくれたのか、私に何も言わずに、私の著書を渡部さんに送ったらしいんですな。それで、私は渡部さんから鄭重なお礼のお葉書をいただいたわけ。 ま、絡みと言えば唯一、その一回なんですけど、今考えると、なかなか感慨深いものがあります。 ってなわけで、この人の思想面についてはよく知りませんが、同じ業界の先輩として、御冥福をお祈りすることにいたしましょう。合掌。
April 18, 2017
コメント(2)
![]()
泉屋のクッキー、久しぶりに食べちゃった! 覚えてます? 泉屋のクッキー。私が子どもの頃・・・ということはつまり1970年代ですけれども、そのころ、お中元とかお歳暮とかでよくもらったのよ。親がお中元とかお歳暮とかよくもらう職業だったので、その季節になると山ほどもらいものがある。その中で、しばしばいただいたのが泉屋のクッキーだった。 だから、泉屋のクッキーの箱を見るだけで、もうノスタルジー!って感じ。 もちろん、我が家が人に贈り物をする時にも、泉屋のクッキーを使うことがありましたから、当時、日本では、夏と冬の二回、泉屋のクッキーが日本中を縦横に飛び交っていたわけですな。今では、もちろん、そういうことはないでしょうが。 で、その泉屋のクッキーを、今回、いただくことになったのは、ある同僚のために私がひと肌脱いだためでありまして、それでそのお礼にいただいたの。 で、その同僚のお母さまが、泉屋がお好きで、今でもしばしば贈答品として贈られるというのですな。だから、今回、私に何かちょっとしたものをということになった時に、自然とこのクッキーのことが思い浮かんだと。 なーるほど。やっぱり、お母さまはちょっと前の世代の人だねえ。オケージョンに合わせて、折り目正しいクッキーを選ばれたわけだ。 で、私が「わーーー! 泉屋だーーー!」と喜ぶと、同僚曰く、「あー、やっぱり釈迦楽先生は東京のいいとこの坊ちゃんだから、よくご存じですね。よかった、これを選んで」と。そりゃ、泉屋がどういうものか知らない人にあげるより、知っている人にあげた方が張り合いがありますからね。 でも、泉屋のクッキーって、今でも名古屋で手に入るんだ・・・。逆にそれが驚き。 で、伺ったら、名古屋では、丸栄(という名古屋ネイティヴの)デパートのみで売っているのだそうで。ふーん、そうなのか。知らなかった。 ま、それはともかく、子供時代に慣れ親しんだ泉屋のクッキーに、それこそ何十年かぶりに再会して、懐かしさ120%のワタクシなのであります。泉屋東京店 スペシャルクッキーズ(ギフト 引き出物 引出物 快気祝い 結婚式 内祝い お返し 引越し ご挨拶 香典返し【楽ギフ_メッセ入力】)
April 17, 2017
コメント(0)
![]()
先日、『スウェーデンボルグの霊界日記』という本を読んで、イマイチよく分からなかったので、同じスウェーデンボルグ研究者・高橋和夫さんの書いた『スウェーデンボルグの思想』という本を読んでみました。 この本は、素人向けにスウェーデンボルグの簡便な伝記と、その思想の大まかなところを解説した本なんですけど、これ読んだらスウェーデンボルグの神学思想の大まかな理解は出来ましたかね。これを元に、あと数冊、スウェーデンボルグ関連の解説書を読んだら、自分なりの、そしてあまり誤りのないスウェーデンボルグ観が掴めるかも。 で、じゃあ、この本を読んで分かったスウェーデンボルグの神学思想ってどういうもんよ、と言われると・・・あー、面倒臭いからここではパス。 だけど、一点、自分としてちょっと面白いことがありまして。 それはですね、アメリカ西部開拓史の中に現われる伝説的な(しかし実在した)人物である「ジョニー・アップルシード」が、実はゴリゴリのスウェーデンボルグ主義者だったということ。 ニューヨークのことを「ビッグアップル」と言ったり、「アップルパイ」なる極めてアメリカ的なお菓子があったり、アメリカを代表する創造的企業が「アップル社」だったり、とにかくリンゴというのはアメリカを象徴する果物であるわけですが、そのリンゴをアメリカ中に広めたのがジョニー・アップルシードことジョン・チャップマンということになっているわけ。 で、そのジョニー・アップルシードは、リンゴの種を持ってアメリカの辺境を歩き回り、人々にリンゴの種を売って歩いたんですけど、実は、彼が辺境に配って回ったのはリンゴの種だけじゃなくて、それと一緒にスウェーデンボルグの教えを記したパンフレットみたいなのを配って回っていたと。 で、それは結構有名な話だったんだけど、1948年にアップルシード伝説を描いたディズニー映画が作られて、それで彼の名前が一段と有名になる一方、ディズニー映画の中では、ジョニー・アップルシードはリンゴの種と聖書を携えて辺境をさまよったことになっていて、スウェーデンボルグのことが抜け落ちてしまった。それもあって、アップルシードとスウェーデンボルグのつながりがちょっと稀薄になってしまったらしい(ディズニー映画の件は香川大学の大賀睦夫先生の「ジョニー・アップルシードの宗教」という論文からの知識。) ひょえ~。マジかよ。そうだったの? 私が敬愛する亀井俊介先生に『アメリカン・ヒーローの系譜』という名著がありまして、今日アメリカ文化について云々している多くの人と同様、私もまたこの本の中で「ジョニ-・アップルシード伝説」のことを知ったのですけれども、この本を読んだのは、それこそ30年くらい前のことですから、亀井先生がこの本の中でジョニー・アップルシードとスウェーデンボルグの関係について云々していらしたかどうか、すっかり忘れちゃった。今度確認しておかなくちゃ。 というわけで、ひょっとしたらこの事実を私は前に読んでいたのかもしれませんが、とにかく、当時はスウェーデンボルグのことに興味がなかったので、全然覚えていない。今、その事実を聞かされて、改めて「そうだったの!」という思いを強くしております。 しかし、「スウェーデンボルグの思想は、リンゴの種と共に、アメリカの辺境に根付いた」っていう情報、実にいいね。使えるね。私のライター魂に、びびんびんと響きましたわ。このネタ、絶対使おうっと。 というわけで、今日は昨日とは一転、なかなか面白い研究上の進展があったのでした、とさ。今日も、いい日だ!【中古】 スウェ-デンボルグの思想 科学から神秘世界へ /講談社/高橋和夫(哲学) / 高橋和夫(哲学) / 講談社現代新書
April 16, 2017
コメント(0)
学会資料室の仕事、3月で終ったものと考えていたのですけど、4月に入ってからも続々、私の元に会員からの図書が送られてくるというね。まあ、10年も資料室をやっていたので、本を出版したら私のところに寄贈するもの、というのが学会員の間に定着してしまっているわけですな。 で、今日はちょっと溜めてしまったそれらの寄贈本に礼状を書いたり、学会のHPで紹介したりってな作業をしていたら、結局、それで一日終っちゃったよ。 明日はまた明日で、書類書きやら何やら、雑用が山のようにあって、おそらく、自分の仕事は何一つ出来ないことでしょう。 いやあ、ストレスたまるね。 まあ、そんな中、ちょっと面白かったのは、会員の方から送られてきた一冊の本。 その著者の方は、私より若いのですけど、才能豊かな人で、優れた実績もたっぷりある。これから学会を牽引していくことになること間違いなしの人。 で、そういう人の新著ですから、私も興味津々で中身をパラパラめくっていたのですけど・・・ ウソ! 驚きました。 だって・・・アメリカ文学についての研究書だとばかり思っていたら、なんと、将棋についての本だったんだもん! いや、もちろん前半はアメリカ文学の研究書なんですけど、後半は将棋の本だったの。それもバリバリのプロ戦の観戦記。 で、どういうことかと思ってよく読んでみたら、その人はアメリカ文学の研究者を目指す前に将棋の奨励会に入っていたんですと。はあ~。頭いいはずだわ。で、プロ棋士になることを夢見ていたのだけれど、夢かなわず、方針転換してアメリカ文学の徒となったと。その辺の事情などもこの本の中で述べてあるのですけど、実に面白い。人に歴史ありというか。 というわけで、さすが才能のある人は違うわ~。 私も、人のやらない自己啓発本の研究とかやって、「ワイルドだろう~?」とか自慢していましたけど、アメリカ文学の研究書に将棋の観戦記とか書いちゃう破天荒なまでにワイルドな若手が出てきて、もう、恥じ入るばかりでございます。
April 15, 2017
コメント(0)
![]()
突然ですけど、日清どん兵衛「鴨だしそば」って旨いよね・・・。日清食品 どん兵衛 鴨だしそばミニ【イージャパンモール】 ちょっとこう、炭火で鴨肉焼いちゃいました的な香ばしい系の香りが引き立ち、食欲増進! これにちょっと焼いたお餅でも添えて「力・鴨そば」にしたら、立派な一食になりますよ。実は今日のお昼、そんな感じで食べちゃったの。これ、教授のおすすめ!です。 それはいいんですけど、その美味しい鴨そば食べながらお昼のニュース見てたら、色々、キナ臭い話が飛び込んでくるじゃん? 例えば千葉で殺されちゃった小学生、リンちゃん事件の容疑者が、当該小学校のPTA的な組織の長だったとか。なんだよ、それ・・・。どうなってんの? それからまた、米軍がイスラム国に対してMOABを実戦使用したって話。さらに北の出方によっては、単独で先制攻撃やるつもりらしいとか。はあ・・・、これでまたアメリカをターゲットにしたテロとかも再発するのでは。今年の秋あたり、ちょいとアメリカ出張を考えていた私としては、気が気じゃないわ。そんなのに巻き込まれたくないよーーー。 ほんと、この広い世界で、みんな仲良く暮らすだけのスペースってないのかね。みんなで鴨そば食って、旨い旨いって言ってれば、喧嘩する気なんか無くなるだろうに・・・。
April 14, 2017
コメント(0)
![]()
先日、と言っても、もう結構前になってしまいますが、西荻で古書店巡りをした時、音羽館で『モダン古書案内』という本を見かけ、買おうかどうか迷った挙句、その時は買わなかったのですが、その後ちょっと気になって、結局ネット古書店で買ってしまったという。 で、その本を読んでみたのですけど、うーん、まあまあでしたかね。 『モダン古書案内』と言う時の、その「モダン古書」ってのは何かと言えば、60年代から70年代、つまり昭和40年代から50年代の頭くらいの日本で出ていた本のこと。別な言い方をすれば、万博からバブル前夜位まであたりの本。色々な意味で、日本が野蛮なまでに元気だった頃ってことですかね。 実際、そういう時期に出ていた本って、エネルギーがあって、今、振り返ってみると実に面白いーーというのが、まあ、この『モダン古書案内』の主張です。 で、有名無名取り混ぜ一癖あるライターたちがそれぞれの趣味に応じてこの時代の本を紹介しているのですが、そんな本書の目次を見るだけで、なるほど、この時代って面白かったなと。例えば、晶文社の植草甚一とか『それいゆ』の中原淳一とか。『暮しの手帳』の花森安治とか、保育社の「カラーブックス」シリーズとか。サンリオSF文庫とか、JICC出版局とか。糸井重里とビックリハウスとか。『話の特集』とか『わたしの部屋』の内藤ルネとか。その他、三島由紀夫に宇野亜喜良、横尾忠則に和田誠、柳原良平に金子國義などなど、この時代、面白い連中が八面六臂の活躍をしていて、それがその時代の本の中に証拠として封印されている。そのタイムカプセルみたいな本たちを、今読んだら面白いよと。 ちなみに、この本で言う「今」というのは、2002年のこと。だから、2017年の今から見るとちょっと古いのですけれども、当時としては、これらの本を「モダン古書」というレッテルの下にまとめてみようという試みは新しかったのかもね。ちょうどその頃から、モダン古書だけを扱うような新しいタイプの古書店を若い人が経営し始めるようになってきた、ということもあるのだろうし。 ということで、情報としては既にちょっと古いのですけれども、こういう「モダン古書」自体が好き、という人にとっては、「そうそう、そうだよね~」と共感しながら読める本。そういうものとして、教授のおすすめ、と言っておきましょう。【中古】 モダン古書案内 昭和カルチャーの万華鏡、「古くて新しい」本のたのしみ マーブルブックス11BOOK CAFEVOL.1/マーブルブックス(編者) 【中古】afb ところで、昨日も述べたように、今私は林望先生の『役に立たない読書』という本を読んでいるのですけど、この種の読書指南本っていうのは、廃れないものですなあ。先日ちらっと新刊本書店覗いたら、河野道和さんの『「考える人」は本を読む』という新書が新刊で出ていましたし。 ま、それはいいのですけど、こういう読書指南本って、結局、業界で有名な人じゃないと出せないんだよね・・・。つまり、この種の本って、本自体の内容以前に、誰が書いたかが重要なわけ。無名のワタクシには出せない本なんですわ、残念だけど。 私ももうちょい頑張って有名になって、読書指南本とか出せるようになりたいな・・・。役に立たない読書 [ 林 望 ]「考える人」は本を読む [ 河野 通和 ]
April 13, 2017
コメント(0)
最近、8時間連続して眠れないことが多くなってきた。というか、ほとんど毎晩、就寝3時間後くらいに一度起きてしまう。で、30分ほど輾転反側した後、再び眠りに就くのである。これは一体、どういうことなのだろうか? 老化? 林望先生のご近著『役に立たない読書』を読んでいたら、川本三郎氏の『物語の向こうに時代が見える』という書評集が面白いと書いてあって、すぐにアマゾンのカートに入れたのだが、実際に買うかどうかわからない。私はどうも川本三郎という書き手のことが分らないのである。別に嫌いだとか、評価しないというのではなく、頭に入ってこないのだ。何度会っても顔が覚えられない人のような気がする。理由は分らないが、きっと私とは縁のない人なのだろう。そういう人は私には結構沢山居て、例えば丸谷才一氏などもそうである。 あるところで私が書評をした、その著者の方から鄭重な礼状をいただいてしまった。私より先輩の先生なので、ひたすら恐縮である。勿論、お礼を言われて嬉しいのだが、(頼まれたこととはいえ)先輩の本を若輩の私が「評価」するような生意気なことをして、罪深い思いがあるところに、お礼まで頂戴してしまって、二重に心苦しい。私自身も、自分の本を書評していただくことがあるが、そういう場合も、お礼をした方がいいのだろうか? 夕方、同僚たちと雑談していた時、哲学の先生がレイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』を読んで面白かった、フィリップ・マーロウの美学というのは、中年男性からすれば、誰しも憧れるものなのではないだろうかと言われた。なるほどと思う。私自身はずいぶん昔、若い頃に読んで、あまり感心しなかった記憶があるが、ああいうものは自身が中年になってから読むべきなのだろう。再読してみたいと思うと同時に、こういう雑談こそ、勉強の刺戟になるなあと思ったことであった。
April 13, 2017
コメント(0)
![]()
今日、一般教養の英語の授業を2つこなしてきたんですけど、一つがっかりしたのは、割り当てられた教室が、黒板の部屋だったこと。 そう、黒板&チョーク。昭和! えー、マジかよ~。ホワイトボードに慣れた後で黒板&チョークに戻ると、結構キツイものがあります。チョークの粉で手は汚れるし、服も汚れてしまう。 で、教務課に行って、教室変更できないか尋ねたのですが、もうホワイトボードの教室は空きがないと。 ひょえ~。 で、失意のまま、別用で生協に行ったのですが、そこで目に留まったモノがある。 白衣。そう、実験用白衣。 おお! この手があったか! よーし、この白衣を買って、これを羽織って授業をしよう。そうすれば、降りかかるチョークの粉も何のその。スーツも汚れなくて、助かる~。 しかも、一度着てみたかったのよ、白衣という奴を。だって、文系の人間で着ることないじゃん、白衣。 おーし、来週の授業からはこれを着て、クレージーなマッド・サイエンティストっぽく、英語の授業をやったるで。白衣 男性白衣 実験衣 MR-115 抗菌加工が施された高品質素材で安心 男性用白衣 ダブル型白衣 ドクターコート歯医者 医療用白衣 はくい|医師 おしゃれ ドクター ユニフォーム 医者 病院 制服 手術着 医務衣 医療用 制服専科 診察衣 エステ 薬局 歯科助手 研究者
April 11, 2017
コメント(0)
ひょえ~、名古屋に戻って参りました~! 先週の水曜日に救急車で病院に担ぎ込まれた父ですが、結局、一命は取り留め、現在も入院中。病名は心不全で、このところの身体の不調はすべてこの心不全が原因だったらしい。夜になって床に入ると激しい咳が出るというのも、心不全の症状なんですな。 今のところ、安定していますが、なにせ歳が歳ですから、予断は許さず、とりあえずは継続入院で様子を見る。ま、そんな状況でございます。 だけど、こういうことがあると、付随して色々な経験をしますね。 介護認定を新たに受け直さなくてはならないというので、そういう方面に問い合わせをしたはいいけれど、問合せ先によって回答が全然違うとか。あるいは、この際、父のケータイ電話を解約しようと思ったのだけど、そのための手続きが異様に煩雑だったりとか。 色々な人に否が応でも接しなければならなくなったのですが、不親切な人にあたってガッカリさせられたり(新百合ヶ丘駅前のa○ショップのクソ店員のことだよっ!)、親切な人がいて救われたり(若葉台駅前の○uショップの超有能で親切でステキな女性店員TK田さんのことですぅ! ありがとうございました!)。困っている時に親切な人の親身な対応にあうと、ほんと、ありがたいなと思わされます。 ま、今後も色々な経験をすることになりそうですけれども、一番大変なのは母なので、母にあまり大きなプレッシャーがかからないよう、出来る限りのサポートに回りたいと思っております。
April 10, 2017
コメント(0)
はーい、私は今、どこに居るでしょうか?! 東京でーす。まさかの実家トンボ返り。 いやあ、父が倒れて救急車で緊急入院と聞いて、ついこの間名古屋に戻ったばかりのところ、また実家に戻った次第。 人生、何が起るか、分からないもんですな。 一時は最悪のことも考えましたが、幸い、今のところ小康状態を保っておりますので、一安心。ですが、年齢が年齢だけに、どういう展開になるか予想できないのが実情。 というわけで、このブログの更新も不定期になるやも知れませんが、そこんとこヨロシク!
April 6, 2017
コメント(2)
今日は新学年スタートの日。勤務先大学でもガイダンスがありました。 今年から私の所属も変わり、新しく設置されたコースに移籍したのですが、その新コースの新1年生を迎えるガイダンスに出席してきたわけ。新しいコースですから、所属学生は、この新入りの1年生のみ。 そしたら、新1年生の9割以上が女子学生だったのにビックリ。ここは女子大か? まあ、女子大2校で教えた経験を持つ私としては、別に苦手意識はないですが。 で、ざっと様子を窺っていたところ、みんな真面目そうな学生さんたちだこと。ま、初日だからまだ本性を出してないだけかもしれませんが。 でも、経験から言いますと、新設コースの1期生というのは、総じて出来がいいもんなんですよ。自らパイオニアに志願した連中ですから、どこか、こう、気概があるんですよ。 というわけで、これから新しいコースを盛り上げていくべき学生さんたちを迎え、いよいよ新学年が始まったんだなという思いを抱かされている私なのでありました、とさ。
April 5, 2017
コメント(0)
昨夜遅く、実家から名古屋に戻ってきました。高速代節約のため、真夜中の12時を越してからゲートをくぐるので、家に着いたのは12時半。疲れた~。 で、明日から新学期ですので、今日は一日、その準備。 手始めに冬物スーツをまとめてごっそりクリーニング屋さんに出し、これから着る春・夏もののスーツを並べてみたのですが、うーん、ちょっとくたびれてきたものもあるなあ・・・。 ということで、結局、春もののスーツを1着、買っちゃった! 黒とかチャコール・グレーとか、せいぜい明るい色のグレーとか、いつもそういう系統のスーツを買いがちなんですけど、今日はね、久々にネイビーを買ってしまったという。今、トレンドはネイビーでしょ。違う? そしてお洒落は足元から、ということで、通勤用の靴もまとめて磨いちゃった。毎日履くものですから、たまには感謝をこめて養生しないとね。 ふうむ。これで一通り新学期を迎える準備は出来たかな。 いやいや、もう一つ、やるべきことが。 そう! ダイエット! 今日、スーツ買う時に、ズボンのサイズでちょっと悩んだのよ。ウエスト76センチだと現時点でちょうどいい。一方、73センチにすると、若干窮屈だけど、シルエットは明らかにこちらの方が良く見える。 さあ、どっちを買う? ってなった時に、これからダイエットに励む前提で、73センチを選択! だから、服に合わせて身体の方をちょっと絞らないとまずいわけ。 でもさ、お洒落ってそういうもんでしょ。無理なきところにお洒落なし! というわけで、十分暖かくなってきたことですし、冬中甘やかしていた身体を絞りながら、新しい学期を迎えようと思っているワタクシなのであります。
April 4, 2017
コメント(0)
父母の愛用している電子辞書の電池が切れたのですが、年をとってくると、そんなことですら大きな障害として立ちはだかるわけね。電池換えるなんて簡単と思うのは我々の考えであって、後期高齢者にとっては、電池を入れる場所のふたを開けることすら、結構難しいんですな。 ということで、単3を買って来て、ちゃちゃっと取り替えてあげたと。 で、余った電池を、いつも電池をしまってある引き出しに入れようとしたら、単1電池がそこにおいてあるのが目についた。 おお! でかい!! 単1電池、でかいね! もう、最近の電池を使う機器って、たいてい単3とか単4とか、小さいのばかりじゃん? 単1を使わなくなって久しいですけど、久しぶりに見る単1、存在感あるわ〜。 感じとしては、カブトムシみたい。重量感が半端ない。力強い。 昔さあ、って、要するに私がティーン・エイジャーの頃ですけど、単1こそ一番使う電池じゃなかったかしら。特に、ラジカセとか。ラジカセなんて、いっぺんに4個とか、そのくらい単1をぶち込んだような気がしますけど。それに比べると、単4とか、細っこいのをチマチマ使っている現代の我々って、人間が小粒になった気がするのは気のせい? 単1電池を大量に使っていた時代はいい時代だった・・・っていうのも妙な感慨ですけど、そんな気がしますね。 さてさて、私の春休みもほぼ終了、今日はこれから名古屋に戻ります。 今回の帰省では、父の急速な衰えぶりが目に付くこととなり、いよいよ、「介護」の二文字が眼前に突きつけられたなという感じ。今日も実は区役所行って、今後のことを相談してきちゃった。要するに、ケアマネージャーってのを、そろそろつけないといかんのじゃないか、という話なんですけどね。 はあ・・・。今後のことを考えると気が重いわ〜。病人と違って、老齢の場合は、良くなるってことがないわけですからね。悪くなることは確実だけど。 それに、自分一人で何も出来なくなる親の姿を見るのって、辛いよね〜。でまた、それが三十年後の自分の姿でもあるっていうところがまたね、色々考えさせられるわけでありまして。 いかん、いかん。私はポジティヴ教の信者なんだった。Think positive! きっと宇宙が助けてくれますよね。 というわけで、後ろ髪引かれつつの、名古屋への帰宅なのでございます。
April 3, 2017
コメント(0)
![]()
予期に反して「ハロウィーン」なるものがここ数年、我が国にいきなり定着してしまったのに比べ、その他の西洋由来の行事って、なかなか定着しないですな。4月と言えばイースターで、どこぞのテーマパークあたりがイースター・エッグがどうのこうのと言って焚き付けようとはしているものの、国民一般は一向に反応する気配なし。 あと、エイプリル・フールも定着しないねえ。ま、これはハロウィーンの仮装とは違って、かなり高度なユーモアのセンスが問われるだけに、難しいのかな。 そういえば私が中学生の頃だったか、4月1日に庭で愛用の自転車の整備をしていたら、母から「電話よ」と呼び出され。慌てて家に戻り、油まみれの手を洗い、電話口に出た途端、「ラーメン一丁、大至急!」と言われ、ガチャンと切られたことがあった。電話の声は女の子、しかも切る寸前に後ろで爆笑する数人の女の子たちの声が聞こえたので、多分、クラスメートの女の子の何人かが、エイプリル・フールのいたずら電話をしてやろうと衆議一決、私がその標的になったのでございましょう。自転車整備中に呼び出された私もいい面の皮ですが、思春期の女の子たちのそのレベルの低いユーモアは、その日の春の陽気の心地よさもあいまって、必ずしも不快ではない記憶として今も残っております。 さて、そのエープリル・フールの一日、私はスウェーデンボルグの『霊界日記』という本を読んでおりました。これ、本当は全5巻とか6巻とかそういう大部のものなのですが、私が読んでいたのはそれの抄訳ね。 で、これは17世紀生まれの科学者にして神学思想家であったエマニュエル・スウェーデンボルグが、その晩年に記した、霊界探索記でありましてーー。 ーーいや、その、エープリル・フールじゃなくて、本当にスウェーデンボルグは霊界の人たちと対話が出来たらしいんですがーー。 実際、スウェーデンボルグ自身はこの記録を公刊するつもりはなく、ただ日記として書いているので、嘘はないと思うのですが、これを読むと、かーなーりー行っちゃっているなと。っていうか、ほんとに行っちゃっているんですけれども。 例えば、スウェーデンボルグのお師匠さんであったクリストファー・ポルヘムが亡くなった時、スウェーデンボルグは、そのポルヘムの霊と一緒にポルヘムの葬式に出たらしいからね。で、その時、ポルヘムは、「俺、ここにいて生きているのに、どうしてみんな、俺の葬式やってるの?」と言ったらしい。 つまり、人間が死ぬと、たいていの場合は生きていた時の自分の記憶を持ったまま、生きていた時の姿格好で霊界に入るらしいのよ。もっとも、霊界で姿が変わってしまう人もいるみたいだけどね。だけどその場合でも、生きていた時の自分のアイデンティティーは残るみたい。 それから、スウェーデンボルグは、使徒パウロにも会っているからね。パウロって、聖書にある「使徒行伝」に出てくる人。キリストさんのお弟子さん。 だけど、スウェーデンボルグによると、パウロはあの世では地獄に墜ちてるらしいよ。もともと、こいつはトンでもない悪人だったみたいで。スウェーデンボルグ曰く、「悪い奴でも、いい本書けるし、いい説教できる」。だから、パウロの業績は一応認めるけど、実際は生前もあの世でも極悪人だったと。 あとね、キケロにも会ってる。キケロにキリストの話したら、すげー納得して、「そりゃ、神の子だ」って頷いたそうな。スウェーデンボルグ曰く、異教徒にもキリストの偉大さは分かるらしいと。キケロって、キリスト以前に生きたローマの人だからね。 っていうか、ボルグはイエス本人にもマリア様にも会っているし。マリア様なんか、息子が偉くなっちゃったんで、はにかんでたって。 それからニュートンにも会ったけど、こいつはいい奴らしい。 その他、霊界の人たちと話をしたあれやこれやが沢山書いてありますけど、正直、ぶっ飛び過ぎていて、私には分からない世界かも。 ただ一つ、収穫だったことがありまして。日本では1990年代初頭にスウェーデンボルグ・ブームみたいなのがあって、関連書がどっと出ている。事実、この『霊界日記』も1992年に初版が出ているのですが。 その理由が今ひとつ分からなかったのですが、今回、この本読んでいて気がつきました。スウェーデンボルグは1688年生まれなのよ。だから1988年は生誕300年だったんですな。それで西欧ではこの年に次々と関連書が出た。で、そのブームが翻訳を通じて日本に届いたのが1990年代初頭だったと。おそらく、そういうことだったのではないかと。 ところで、この本を訳しているのは高橋和夫という人で、この人は大学教授で、ちゃんとした研究者らしく、例えばみすず書房とか、未來社とか、春秋社とか、ちゃんとした出版社からも訳本を出していたりするのだけど、この『霊界日記』に関しては、出版社が「たま出版」なのよ。 で、巻末にたま出版の本の宣伝があるんだけど、この出版社から出ている他の本というと、『驚異のオーラビジョンカメラ』『新版 言霊ホツマ』『大統領に会った宇宙人』『わたしは金星に行った!』『二人で一人の明治天皇』『太陽の神人 黒住宗忠』『前世発見法』 とか、そんなんばっか。トンデモ本のオンパレードじゃないかっ!! これ見ても、スウェーデンボルグの本が、世間一般にはトンデモ本だと思われているのが分かるよね〜。 ま、エープリル・フールに読むには、ふさわしい本だったのかも。【中古】 スウェーデンボルグの霊界日記 死後の世界の詳細報告書 /エマヌエルスウェーデンボルグ【著】,高橋和夫【訳編】 【中古】afb
April 2, 2017
コメント(0)
![]()
昨日は西荻窪の古書店を回る一人ツアーをやってきました。 ご存知の通り、古書店の多い中央線沿線の中でも特に古書愛好家の間で聖地ともなっているのが西荻窪であるわけですが、私の実家があるところからすると、一回、新宿に出ないと行けないということで、なかなか縁遠いところがありまして。 で、私がまず向かったのは「旅の本屋・のまど」さん。だけど、ここは旅好きの人専門なので、私の専門外でしたね。 次。泣く子も黙る音羽館。西荻を代表する古書店ですな。で、さすが古本好きに受けそうな品揃えでありまして、ここで私、見つけてしまいました。ユードラ・ウェルティ著、須山静夫訳『マッケルヴァ家の娘』の美本、2000円。買うでしょ。当然。【中古】マッケルヴァ家の娘 (1974年) 楽天だと1万円越えだよ。やったね。 そして次に向かったのが「花鳥風月」。店構えがまるで新刊本屋さんのように明るいので、最初、ちょっと嘗めてかかっていたんですけど、どうしてどうして、なかなかの品揃え。ここで私は池田満寿夫の「愛の瞬間」を1500円でゲット。【中古】 池田満寿夫 「愛の瞬間」 (「池田満寿夫20年の全貌」改訂増補) 《自店管理番号K-06 0 -1》 これはまあ、妥当な値段か。 そして次に向かったのが北口すぐそばの「タイムレス」。ここは店の規模こそ小さいものの、ジャズなんかかかっていたりして、雰囲気的には非常にグッド。ただし、今回は収穫なし。 お次は「比良木」さん。ここは、あまりにもマニアックすぎて、私には手が出ませんでした。っていうか、本が雑然と積み上がりすぎていて、それを崩してしまいそうで怖くて退散。 お次は「にわとり文庫」。ここはちょっと私にはメルヘン過ぎたかな。 そして信愛書店を探したものの、発見できず、仕方なく「盛林堂書房」さんへ。ここは文庫本の多いところですが、いい古書店です。時間をかけて探したら多分、収穫があったと思うのですけど、時間切れになってしまい、後ろ髪引かれる思いで何も買わずに出て来てしまいました。 ということで、7店巡って収穫2冊。でも、『マッケルヴァ家の娘』を入手しただけでも今回の古本ツアー・イン・西荻窪は大成功だったと言っていいのではないでしょうか。 そしてその後、新宿にて旧友のT君と会い、お好み焼きなどをつまみながら久闊を叙した次第。なんだかんだで1年半ぶりくらいですかね。で、互いに近況、仕事の具合、今後の人生計画等々、色々話して参りました。 それにしても、親しい友人とはいえ、彼は埼玉、私は名古屋ということになると、1年に1回会えればいい方で、このままのペースだと、死ぬまでに会えるのは20回くらいだよね、という話になり。 うーん、たった20回かぁ! そう考えると、なんだか寂しいですなあ。 というわけで、とりあえず会える時には会っておこうと。次回は、5月の静岡での学会で会えれば会おうと約して帰って参りました。 とまあ、今日は大好きな古本屋巡りもでき、親友にも会え、3月最終日にふさわしい楽しい一日となったのでした、とさ。
April 1, 2017
コメント(0)
全25件 (25件中 1-25件目)
1